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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
53/88

第53話 サムライの真意


──亜凛亜──




「それで、きちんと捕らえられたかね?」

「ええ。なんとか」


 再三老中会議後、私は決定された計画を秋水に伝えるため、彼の繋がれた独房へやって来た。

 ちなみに秋水が言った捕らえたのかというのが誰かといえば、前回暴れた『火吹き』の炎次のことだ。



「ならば、そろそろ納得してもらえたかな? 俺がただ、彼に会いたいだけだと」


「その言葉が真実かどうかは別として、許可は出ました。明日、壁越しにはなりますが、あわせても良いそうです」


「ほう」


 少し意外そうに顔をあげた。

 そして、納得したように小さく口角を上げる。


 どうやらこちらにもなにか思惑があるというのがわかったのだろう。



「そうか。それならいい。やっと、彼に会えるのか。楽しみだ」


「……」



 今回の士君と秋水の顔合わせは、得体の知れない者同士をぶつけあわせ、その出方を見るというのが目的である。


 この裏切り者の目的がなんなのか。

 それが、邂逅で判明することを祈ろう。


 だが、この二人の出会いがなにを引き起こすのか。


 それは、会おうとする当人にさえわかっていないように私には見えた……




──ツカサ──




 学校終わって放課後。さて今日はどうしようかってなったところで俺の携帯さんが鳴った。


 電話ではなくメールの着信音だ。

 誰からか。と思って見てみると、たった一日で筋肉痛など最初からなかったと言わんばかりの元気さで登校していった我が妹からだった。


 元気になったから放課後はまた劇団に行くと言っていたけど、どうしたんだ?


 内容を見てみると、どうやら張り切りすぎて学校に忘れ物をしたとのことだった。

 さらに、俺がまだ学校にいるのなら、ちょっと探して届けてくれないかというお願いも添付されていた。


「下駄箱にあるはず、か」


 靴と上履きを履き帰る時うっかり忘れたのだろうという推測があった。


 あいつ、頭いいけどけっこううっかり屋さんなんだよな。

 こうしてよく、うっかり忘れ物をして俺を頼ってくる。



「劇団サムライの稽古場まで届けて欲しい。か」



 彼方の勢いで俺も所属してることになってるけど、実はあれから一回も足を運んでいない。


 だって、最初にあんなこと──彼方に間違われてアドリブ勝負吹っかけられてマトモに反応できなかった──やらかしたから、行くのすっげぇ気まずいじゃん。


 さらに彼方からはあまり顔を出さないでとまで言われたのだから、足が遠のいていたとしてもおかしくはないと、みんな理解してくれるはずだ。みんなって誰だか知らないけど。


 でもまあ、せっかく妹が来てくれと言っているんだし、こんな理由もなければずっと避けていたかもしれないから、いい機会なのかもしれない。


 来るなと言っていたあいつが届けて欲しいというのだから、それだけ重要なものなのだろうし。


 頭がよすぎて習い事をしても「もういい」とやめてしまっていたあいつがこんなにも熱中できるものに出会えたんだから、俺も最大限サポートしてやりたい。

 ちょっとした恥をかいた程度のちっぽけな理由であいつの熱意に水を差すのもいかがなものだろう。


 だから俺は、あいつのお願いをきいてやることにした。


 ついでに、天才のあいつにこうして頼りにされるのも悪い気分じゃないし。



 しかし、追いつきたい人がいるらしいことを口にしていたけど、そんな人がいるなんて、演劇の世界って奥が深いもんなんだな。

 家族の欲目かもしれないけど、お前ならきっと凄い役者になれると俺は信じてる。


 応援してるからな!



 妹の校舎に到着し、下駄箱から忘れ物と思われる小袋を回収し、劇団サムライの稽古場へむかうことにした。




──片梨彼方──




 士力痛も治まったあの日の夜。亜凛亜さんから私に極秘の連絡がありました。


 明日、ある人と兄さんをあわせるため、ひと芝居打って欲しいという連絡でした。



 詳しい説明を聞くと、私が寝こんでいる間に、兄さんがまた人助けをしたようです。


 それで兄さんが関わったかもしれない他の三件も報告され、その思惑とある人の思惑を確かめるためあわせるということになったと言われました。


 それはまるで兄さんを試すかのような計画。


 上の人は兄さんの名乗り出ない行動に不審を感じているようですが、私はそうは思いません。


 だって、兄さんはただ、めんどくさがりで人を放っておけないだけなんだから。


「名乗るほどの者じゃござんせん」


 兄さんはそれを口に出さずやってるだけに違いないんですから!



 もしくは、なにか深い深い考えがあっての行動に違いありません。



 まあ、それを説明したところで、兄さんをまったく知らない人に理解してもらえるわけもありません。

 だから、それを証明するためにも、納得してもらうためにも、やってもらえないかと説得されました。


 いいでしょう。兄さんが他の人に信頼されるのは私にとってもやぶさかではありませんし。



「ただし、一つ条件があります」


「なんです?」


 説得に応じた私は、亜凛亜さんにあることを要求する。



「兄さんが稽古場に来るのは構いませんが、あの第一刀の人は兄さんに近寄れないようにしてください!」



 兄さんに極力来ないよう伝えたのは、下手に行ってあの第一刀と顔をあわせるのを避けたかったからです。

 あの人、悪い意味で兄さんを狙っていますから!


 亜凛亜さんは理由がわからなかったのか、一瞬困惑しましたが、了解の旨を返してくれました。


 これで兄さんが支部に来ても、兄さんを狙うあのケダモノと出会うことはありません。



 だから安心して、私に忘れ物を劇団サムライの稽古場まで届けに来てください。待ってます!




────




 劇団サムライ支部。


 そこは、表向き劇団の稽古場や事務所の入っているところだが、その裏ではサムライになるべく修行をつむサムライ見習い達が日々切磋琢磨する場である。


 もちろん、表向きの劇団としての稽古などもするが、あくまで表向き。殺陣と思われる稽古は、士力を用いた戦いのための訓練でもあるのだ。


 今日も今日とて、若き戦士達はサムライを目指し、己を高めあう。



「おい、聞いたか?」


 背後で木刀がぶつかりあう音を聞きながら、休憩中のサムライ見習いの男がペットボトルの水を飲みながら、隣にいた汗を拭く同僚に聞いた。


「なにをだ? いきなり特性まで発現させたっていう新人の話なら、嫌ってほど耳にしたぞ?」

「いや、確かにそれもスゲェ話だが、それじゃねぇ。関係あるかもしれないが」


「どういうことだよ? いきなり『雲客』なんて位をたたき出した上、初陣で刀を抜き、その特性まで発現させたって天才以上にスゲェってのか? それ以上スゲェってありえねえだろ。しかもそいつ、最近サムライのこと知ったばかりだってんだから。マジでヤベェぜ」


「お前、スゲェ知ってんな。どんだけ気になんだよ」


「いや、マジ美少女だからよ。お近づきに」


 二十歳そこそこの男がてへへと笑う。



「キメェ。相手はまだガキじゃねぇか。それより、俺の話を聞け」



「んだよ。そんなにヤベェのかよ」


「ヤベェよ。あの鎧谷と八代。そして弾間。さらにあの火野を倒したのは、実は同じサムライかもしれないってよ」


「はぁ? なんだそりゃ。全部ちゃんと手柄立てたってヤツが出たじゃねーか。そのうち一人はあの子なんだぞ。デマ流してんじゃねーよ」


「手柄を立てたのはとどめをいただいたにすぎねぇって話なんだよ。再起不能手前にまでお膳立てしたのがそいつだって話なんだよ」


「いや、ありえねーだろ。そこにいたサムライは手柄を立てたヤツだけ。他に士力を発したヤツは確認されてないって話だろ?」


 いくら見習いといえども、敵対する死士が退治されれば話題に上がる。

 その時のこともサムライの情報網にあがる。


 その中でそこで他にサムライがいたなんて話は欠片もない。

 残り香さえ残っていない。


「だからよ、そいつは士力を使わずに倒したんだよ」


「んなのありえ……って、似たような話、少し前に……」

 汗を拭いていた男ははてと首をひねった。


「そうだ。第九刀の長居さんが士力も使わず手玉にとられたって話……」


「ああ。そうさ。そいつなんだよ。そいつがやったって噂だ」


「マジか。長居さんだけでなく、死士までやってたってのかよ!?」


「ああ。そうらしい。しかもそいつ、あの豪腕自由同盟を潰したサムライだって話まである」


「いや、盛りすぎだろ!」


「まだあるぞ。そいつはな、さっきお前が言った、いきなり特性を発現させた期待の新人。その子と兄妹だって話だ」


「どこまで盛れば気が済むんだよ!」



「だからマジなんだって。最近老中が緊急会議をここで開いたって話もあっただろ。それもその関係だって話だ」



「マジかよ……」


「ああ。今からそいつが来るって話だから、この話題で持ちきりなんだよ」



「来たッ!」


「アイツだ……!」



 稽古場の扉が開き、そこに一人の少年が足を踏み入れてきた。


 ざわりと場にざわめきが広がり、稽古をしていた者達も思わず手を止め、全員の視線がそこに集まる。



「あれが」

「噂の……」


「長居さんをあっさり退けた……」

「あの新人の兄貴か……」


「若い」



 そこにいたのは、平凡普通の高校生。片梨士その人だった。




──ツカサ──




 劇団サムライの稽古場に行った。


 扉を開けて足を踏み入れると、団員の人達が稽古をとめて一斉に俺の方へ振り返った。



「あれが」

「噂の……」


「長居さんを……」

「あの……兄貴か……」


「若い」



 ひぃっ!

 なんかひそひそ言われてるぅ!


 やっぱあの時やらかしたの噂になってた。

 ついでに彼方スカウトされただけあって有名だった。俺のこと知ってる人一杯いるー!


 でも、スカウトされたってのはスゲェ話題になるんだな。


 というか、あの時のアドリブ劇のことも言ってる気がする。

 さっさと忘れていいんですよあんなこと!


 いくらやらかしたとはいえ、俺までこんなに噂になるとは……



 これは早いトコ彼方に忘れ物を届けて、ここからオサラバしようそうしよう。


 お兄ちゃんが重荷になったら迷惑だもんな!



 顔がこわばるのがわかる。

 必死に平静を装って稽古場を見回す。


 でも、そこに彼方はいなかった。


 俺がいるというのによってもこない。



 しかたないのでついたとメールを送ると、ここではない別の稽古場にいるとのことだった。


 Oh。どうやらここには稽古場が複数あるらしい。


 俺が今いるところは入団したてとかいわゆる訓練生とかがいるところで、彼方はもっと上の人達が稽古するところで待っているんだとか。

 おいおい。むしろお前が凄すぎだろ。一足飛びに上に行くなよ。お兄ちゃんコンプレックスで逃げ出したくなっちゃうぜ。


 もう慣れたから気にもならないけど。

 全然気にしてないけど!



 ともかく、指定された第四稽古場というところへむかうことにする。



 でもよかった。このざわざわと注目された中で待たされたら俺逃げちゃったかもしれないからな。

 こんなに注目されたら俺耐えられない。だって小心者だから!


 表向きは冷静を装って、俺はその第一稽古場をあとにするのだった。



 んでっ。



 右に曲がって左に曲がって下にくだってけっこう歩かされた先に、その第四稽古場というのはあった。


 途中第二第三の前も通ったけど、中での稽古はなんか凄そうな音や怒号にも近いモノが飛び交っている。

 チラッと見たけど、木刀を振ったのを大ジャンプでかわしたり、二人三人同時に掛かってくるのを一人で捌いていたりするのが見えた。


 すげぇな。ワイヤーアクションとかを駆使した殺陣の練習かな(士力が見えないのでそう見えた)



 第四稽古場に到着すると、そこに人は誰もいなかった。


 はて。と首をひねる。

 メールを確認しても間違いはない。


 おかしいと思ってあたりを見回すと、稽古場の床にメモが落ちているのに気づいた。


 拾って読むと、彼方の文字で『用事が出来ましたから、戻るまで待っていてください』という置手紙があった。



 あらま。タイミングが悪い。

 ならしかたがない。下手に動いてまた入れ違いになってもしょうがないしな。


 俺は空気を読んで、この場で待つことにした。




──片梨彼方──




「……」

「……?」


 私は今、どんな顔をしているだろう?

 笑顔が引きつっているのでしょうか? それとも唖然とした顔でしょうか?


 少なくとも、この状況は私が想定していたモノとはまったく違うモノでした。



 兄さんが忘れ物を届けに来て、例の裏切り者とあうという間、私は力の制限についての特別講義を受けることになっていました。

 万一兄さんが私を探しに来たとしても、本当に用事があったというアリバイ作りです。



 でも、まさか、講師にこいつが来るなんて……!



 相手は私の困惑などまったく気にせず、私の困惑を見て首をひねっている。


「……ああ、そういうことか。特別講師をやって欲しいと言われ、何故君のをかと思ったら、そういう理由だったのか」


 私を見て、その理由を察したのか、一人で納得している。



 なにを一人で納得しているんですか、第一刀、七太刀桃覇!



「聞いているぞ。彼が本性を現しはじめたそうだな。彼の活躍、私も祝福しよう」


 やっぱり気づいてる!

 今日、ここに兄さんが来ていて、近づけさせないためにこうして私の前にいると!



 というか亜凛亜さん?


 私は確かにここに来る兄さんにこいつを近づけないでくださいとお願いしました。

 でもまさか、こんな手段で足止めするなんて思いもよりませんでしたよ!


 いや、確かにこれなら私が質問を続け、講義を長引かせ続ければこいつも兄さんに近づけない。


 用件が終わったら私の代わりに亜凛亜さんが忘れ物を回収してくれれば万事OKなわけです。


 講義として考えても、相手は現在ナンバーワンのサムライ。それに教えてもらえるのなら、多くのサムライは泣いて喜ぶでしょう。

 きっと、亜凛亜さんはそんな感じで気を利かせてくれたんでしょうが、いらないきづかいです!



 ……でもまあ、確かに理にはかなっている。


 私の感情を別にすれば、この人は絶対兄さんに会えない。


 いいでしょう。この講義、じっくりゆっくり聴いて差し上げます。

 ここにいる兄さんには、絶対あわせませんからね!



 こうして、若いサムライなら誰もが泣いて羨む第一刀の特別講義がはじまりました。



「では、まずは制限の基本から説明しよう」



 制限の基本。


 力の制限。

 度々話題に出ている、サムライ自身に不利となることを課すことにより、技や特性の威力や範囲を広げる、格上を倒すため生み出された方法のことである。


 例えば、技名を叫ぶ。

 無言で振るえば相手にどの技が来るかはわからない。だが、あえてそれを声に出し教えることにより、技を放つ方は不利となる。


 例えば、ポーズ。

 技を振るう前、決まったポーズをとらねばならないなど、複雑であればあるほど、その技の出は遅れ、不利となる。


 例えば、詠唱。

 無駄に長ったらしく舌がつりそうになったり、言えば周囲からぷーくすくすと笑われそうな精神的屈辱を受けたりする呪文を唱えたりすれば、当然不利になるだろう。



 武器を巨大化する。見つかればサムライとして死ぬ。攻撃が外れれば死ぬ。

 他にも力の発動や維持に制限をかけたり、対象者を限定したり、士力の回復に特定の物が必要となったりと、自身が不利となり、リスクが増えれば増えるほど、その力は増してゆく。


 サムライが刀を生み出し特性を使うというのも、特性という強力な力を使うための、ある種の制限とも言える。

 その魂を、刀という形にして純度をあげ、その特性を引き出しやすくするためにだ。


 こうして制限をかけ、汎用性を捨て先鋭化することで、士力が低いものでも格上と互角。時にはそれ以上の強さを発揮することが出来る。



 制限は簡単な儀式を行うことでつけることが可能だ。

 戦闘中思いつきで制限をつけ、威力を上げる。というのは出来ない。


 ただし、事前に儀式を行ない、ある瞬間からその制限をかけ、戦況を変える。というのは可能だ。


 どのような制限をつけるかはそのサムライの自由だが、それを受け入れる覚悟と精神力がなければ力は増大しない。

 外したら終わりと思っても、覚悟が伴わなければ意味がないのである。


 ただし、一度決めた制限は取り消すことはできない。

 技ならば新しく作り出せば新たな制限を設けることも可能だが、特性や身体能力アップに使う士力に下手な制限をかけると、取り返しがつかなくなってしまうゆえ、注意が必要である。


 そうして致命的な制限は、時に弱点とも言われる。



「つまり、制限とは汎用性を欠いてゆく行為であり、可能性を狭めて力を得る方法だ。制限を行えば力があがるが、使いどころも限定される諸刃の剣だと覚えておけ」



「はい、わかりました」


 ……意外!

 意外とこの人の講義はわかりやすい。


 一番才能に溢れ、一番強いくせにちゃんと説明出来るとかなんなの!



 こういう人は天才であるがゆえ、独自の理論で語って他人には理解出来ず、「なんでわからないかな?」とか首を捻るような状況になるもんでしょうに。


 まずい。まずいわ。

 このままでは、この講義、私がこのまま聞いているだけですぐ終わってしまいます!


 私の方も簡単な説明を受けただけで大体のことが理解できてしまうから、それ以上の説明がいらないというのも問題です。

 むしろこれだけでその先まで理解できてしまう。


 通常の講義と比べれば、多分五割増の速さで進んでいるのがわかる。

 でも、ペースを落としてなんてことを口にすれば、この男はさらにペースアップする可能性すらある。


 そうなれば、ヤツは喜び勇んで兄さんに会いに行くに違いありません。

 まだなにもしなくとも、神聖な兄さんの目にこんなのを触れさせたくありませんし、兄さんを変な目で見るのも許せない。


 それを阻止するため、なんとかして講義の時間を延ばさなければ……!



 落ち着きなさい、彼方。


 これは特別とはいえ講義。

 一方的に授業が行われる録画ではなく、一対一で行われる立派な授業なんです。


 ならば、時間を引き延ばすすべはいくらでもある!


 そう。例えば質問。

 わかりきったことでも、知らないフリをして質問し、説明を引き出せればそれだけでも引き伸ばせる。


 聞いてませんでしたと聞き直すのもいいでしょう。

 それだけで同じ分だけ時間を延ばせるのだから。


 ただ、何度も同じことを聞き直したり、あまりに馬鹿馬鹿しい質問を繰り返せば怒って強制終了してしまう可能性もあります。

 それを避け、真面目に聞こえるよう質問を選ばなければなりません。


 ふふっ。意外に大変なミッションじゃありませんか。


 でも、これでいくらでも時間は延ばせます。兄さんの方がいつ終わるのかはわからないけど、それまで延々と引き延ばしてあげるわ!



「先生、質問があります」


「なんだ?」



 勝負よ、第一刀!


 永劫とも思える、長い長い講義にしてあげるわ!



「まず、私の特性についてですけど、どのような制限をつければいいと思いますか?」


「好きにしろ。制限をつけるつけないはそのサムライの自由だ。命をかけ、サムライでなくなるリスクを背負って一撃にかけるか、少ない制限で自由に戦うか。それはそいつだけのものだ。他人に聞いているようでは、先が続かないぞ」


「はーい」


 すぱっと簡潔にまとめられてしまいました。

 強者の余裕って感じで気に入りませんね。


 なら、次の質問です!



「ならば、先生の制限はなんですか? 参考にするので教えてください。是非!」


「かまわんぞ」


 なんとっ。


 意外や意外。まさか素直に教えてくれるとは。

 これでその制限をつけば私でも勝てるかもしれません!


 なんて自信。でも、それが大きな敗北に繋がるんですよ……!



「私の制限。それは、ない!」



「……」


 なんですと?


 理解しきれず、首をひねった。この私が。


 今までの説明覚えてますか? みんな1ダメージでも多く敵に与えるため、あえて不利になるよう制限をつけているんですよ。



 知ってますか第一刀。



 技名を叫ぶだけで、技の威力は平均30パーセントもあがるとデータがあるそうですよ。貰った資料に書いてありました。

 さらに詠唱やポーズを加えれば、相乗効果も加わって容易く威力2倍とか3倍にもなるそうです。


 弱点とまで言われる極端な制限をつければその威力(士力)は十倍にも跳ね上がるといわれ、命知らずの死士達が恐れられるのも、そのせいなんですよ。


 なのに、ユーは制限なしですと?



「ああ。特性を使う時、大前提となる刀を抜く。というのがあったな。それ以外に、私に制限はない!」


「ホントなんですか!?」


 ふふん。とふんぞり返った第一刀を見て、私は思わず立ち上がってしまいました。



「嘘をついてどうする。元々制限の技法は士力が劣るサムライが格上を倒すために生み出した下克上の技だ。力を先鋭化し、様々なものを犠牲にして強大な敵に一矢報いる。そのための知恵だろう? ならば、この私のドコに必要がある?」


 確かに、それはよく聞きます。

 でも、だからと言ってそれを強い人が行わない理由にはならないじゃないですか。


 強い人はもっと強くなるんですよ。


 私の疑問ももっともだと思ったのか、第一刀もうなずく。



「まあ、そうは言っても納得はしづらいだろう。だから、表を用意しておいた」


「……表、ですか?」


 第一刀は取り出した紙を、ぺたりとホワイトボードにはった。



・士力表

第一位 天霊 10000~

第二位 雲客  1000~

第三位  頂   100~

第四位 高値    50~

第五位 岳麓    25~

第六位 無銘     5~

第七位 世人     1~



 そこには、士力を測定した時表示される七階位の順位と、数字が書いてあった。

 この横にある数字は、私もはじめてみる。


「各位を数字として現すと、こうなる。基本的に数字は公表されていない。今回私の講義だから特別だぞ」


 それはありがたい。とは思いますが、声にも顔にも心にも出しません。



「もちろん士力測定の場合は、制限のかかっていない素の士力が測定されるゆえ、この数字だけで一概に強さは測れない。が、参考として、一流。名刀十選に選ばれるというのは大体150から200の士力を持つ者達だ。これは、敵の一流死士も同じと考えればいいだろう」


 つまり、第三位、頂に足を踏み入れた者でやっと、名刀十選の座につく資格があるということですね。

 ちなみに、亜凛亜さんの基礎士力は約120だそうです。二十歳にも満たない状態でこの数字は、将来的に名刀十選に選ばれる可能性があるレベルだそうな。


「そして、この基礎士力に制限をかけることにより、特性や技の威力は二倍にも三倍にもなる。時に命を賭けるほどの、致命的な弱点になりうる制限を賭ければ、その威力は十倍、十五倍にも跳ね上がるだろう」


 あの鎧谷や弾間など、一部の命知らずが行った命を賭けた制限。

 そうまで倍率があがれば、最終的な数値は2000にも届き、雲客の位を持つ士力にも十分届きえる。


 それはつまり、雲客の士力をもってしても、制限なしでは鎧に傷もつけられず、かわすこともままならないということになる。


 最大まで先鋭化されたその力に、敗北もありえるということだ。



「と、思うだろう?」


 数字と説明を見て、雲客といえども純粋な士力では相性次第で敗北もありえると思ったのにあわせ、第一刀がそう言った。


 私を見て、にやりと笑う。



「確かに命を賭ければ、その士力は雲客にも届きえる。だが、な。私の士力は、数字にすれば約6000ある」



「……は?」


 第一刀の言葉に、思わずそんな声をあげてしまいました。

 兄さん以外を前にして、私が目を点にして、こんな間抜けな顔をさらすなんて。



「ちなみに、端数ははしょってある」


「そこは聞いてません」



「6000だ」


「何度も言わなくてもわかります!」



 でも、これで制限がついてない理由がはっきりとわかった。


 第一刀の言っている士力が本当なら、一流の士力を持つサムライがどれだけ命をかけてもその差は埋まらない……!


 確かにこれだけ差があれば、制限などつける必要がない。理由がない!



「さて。私が制限を持たぬ理由、納得してもらえたか?」


「……ええ、まあ、一応は」



 一応なんて余裕ぶっていますが、内心では焦りさえ生まれています。

 私の現士力がどれほどなのか、正確な数値は教えてもらっていないのでわかりませんが、間違いなくこの第一刀より劣っているのは確実です。


 雲客という位に居ることから、少なくとも1000は超えているはずですが、体感として、2000を超えているとは思えません。

 1500弱ほど。それが、今、私の中で渦巻く士力の値でしょうか……


 私でさえ、本気で勝とうと思ったら二倍、三倍の制限をかけなければ歯牙にもかけられないほどの差があります。


 なんて、人なのっ!



 その上この人は、七本の刀を持つとも言われ、『七支刀』という二つ名を持っているんです。


 その名の通り、七本の刀。七つの特性を操れるんだそうです。


 だから、彼は一人で実質七人分のサムライということになります。

 圧倒的な士力を持つだけでなく、相性が大事とさえいわれるサムライの根本をも崩す特性を持っているんです!



 これが、サムライ界のナンバーワン……!


 その圧倒的な差に、恐怖さえ覚えてしまいました。



 ……あぁ、だからですか。



 私は、なぜ兄さんを見てああも食いついたのか理解しました。


 兄さんに、求めたんですね。

 自分が制限をつけなければ戦えないほどの、強者を。


 兄さんとは間逆に、圧倒的な士力を見せつけるそれと、互角に戦ってくれる人を求めているんですね。



 やっぱりこの人、危険だ。



 最初に感じた勘が間違っていなかったと私は確信します。


 この人を、兄さんにあわせちゃいけない。



 私は改めて、心に誓うのだった……




──七太刀桃覇──




「……」


 講義をしながら、私は思う。


 この少女も、極上の素材だ。と。



 彼女は、彼(あの兄)を見て育ったせいか、その自己評価が周囲が思うそれよりかなり低い。


 ゆえに、気づいていない。

 お前が、どれだけの素質を秘めているのかを。


 私と同じ『雲客』の位を持ち、士力の門を開けると同時に刀と特性まで解放した、稀代の天才。


 それが、本気で私を倒すため修行すれば、どうなるか。



 考えるだけでゾクゾクする。



 しかもその特性は、『理想』を具現化するという万能型!

 使い方を誤らなければ、私の特性と互角に渡り合える可能性さえある!


 すでに私に匹敵するその兄と、育てれば私さえ凌駕しかねないその妹。



 あぁ、迷う。

 兄を倒し、その妹を怒りに染めあげ、修羅とするか。


 妹を生贄に、その兄の本気を出させるか。



 なんて贅沢な迷いだ。

 これは、どんな死士にも叶えられない難題だ。



 サムライ同士の戦いはご法度? 世界の平和や世界の行く末?

 そんなもの、私にはどうでもいいことだ。



 私はただ、自分の限界を知りたいだけなのだから……




──ツカサ──




 カッチカッチコッチコッチ。


 壁にかけられた時計の音だけが小さく響く。



「……」



 カッチコッチコッチカッチ。


 一定のリズムだけが、ただただ稽古場に響く。



 うん。暇だ。

 ただ待つのは、ホント暇だ。


 床は板張り。壁には手すりのついた鏡とただの壁。

 稽古場だけあって、なにもなかった。


 他にあるのはただの壁にそえつけられた模造刀と思われる刀や薙刀。サスマタとか、時代劇に使われるいろんな武器達だけだった。


 来る途中殺陣をやっているのを見たけど、ここはこういう本物仕立ての物を使って稽古する場所なのかな。

 しかし、本格的な小道具だ。


 劇団サムライというだけあって、時代劇に力入れてるんだろうなあ。


 木刀だけより、実物あった方が稽古もやりやすいだろうし。



 ……ん?



 暇だからそれに視線を送っていると、一つ気づくことがあった。


 壁に掛かっている模造刀。そのうちの一つに、見覚えのある刀があったのだ。



 似ている。


 黒い漆塗りの鞘に綺麗な装飾のついたツバと柄。



 それは、異世界イノグランドを旅した時、苦楽を共にした刀、オーマによく似ていた。



 亜凛亜さんみたいな同じ人もいるんだから、こうして同じ刀があっても不思議はない。



 俺は少し悩み、きょろきょろとあたりを見回した。


 うん。誰もいない。

 なら、ちょっとくらいいいよな。


 いるのは鏡に映る俺だけ。なら、大丈夫。


 人がいないとわかると、思わず口元が緩んでしまった。



 ぱっと見、とったら警報がなるって装置もなさそうだ。


 こういうの勝手に触れるとか、悪いことをしている気分でちょっとドキドキする。



 壁にかけてあるオーマ似の刀を手にとる。

 ずしりとしたその重さは、異世界でも感じた本物と同じ重さのように感じられた。


 かちりと鯉口を切り、そのまま抜いてみる。



 しゃらん。



 とその刀はよどみなく抜けた。

 それは、異世界の刀とまったく同じ感覚。模造刀って、本物の刀と同じ重さと感覚で抜けるんだな。


 いや、俺が経験したのは異世界ので、本物の模造刀も刀も抜いたことないから、同じと決めつけるのはよくないだろうけどさ。


 しかし、見れば見るほどオーマにそっくり。


 持ち上げ、刃を光にかざしながら確認する。



 君、喋りだしたりしない?


 しない。



 うん。当然ここの刀は喋ったりしないわな。


 これはオーマだったとしても、俺の知るオーマじゃないんだから。



 なんか逆に虚しくなってきた!


 心に隙間風のふいた俺は、刃を鞘に戻し、元の棚に戻した。



 他の武器を握ってみるような気分でもなくなっちゃったし、大人しく彼方を待つことにするか。



 稽古場で時間を潰すのを諦め、俺は携帯をとりだしてそっちで時間を潰すことにした。




──亜凛亜──




 彼方ちゃんに協力してもらい、忘れ物と称して士君に第四修練場(稽古場)に来てもらった。


 天才の彼女が忘れ物だなんて通用するのかと思ったら、けっこうな回数届けてもらっているから不思議には思われないとのことだった。


 つまり、わざと忘れ物をしているってことね。


 なら、わざとと見抜かれていても、これに別の目的があるとは推測出来るとは限らないわけね。



 しかし、用意周到というか、やっぱり彼方ちゃん士君にかまって欲しいのね。

 まあ、忘れ物をしているのは本当だから、私が深く追求することではないわね。



 ともかく、彼方ちゃんの協力で、劇団に寄りつかなくなっていた士君を呼び寄せることに成功した。

 それと、彼方ちゃんからの要望で、第一刀、七太刀さんは劇団に来た士君に近づけないようにとも約束させられた。


 理由はよくわからないけど、彼女がそう望むのだから、叶えなければならないだろう。

 まあ、その結果で、ああなったわけだけど、彼女の要望を最大叶えた形なのだから、それで納得してもらうしかないわ。


 そう。彼女が七太刀さんを見張れば、絶対に士君に近づけないのだから!



 それはさておき。



 士君が劇団支部に入るのを確認し、私は秋水をその修練場へと連れて行った。


 第四修練場の鏡はマジックミラーになっている。

 そこは時に抜き打ちで師匠が弟子の様子を見たり、試験をしたりなどに使われるのだ。


 声をかけない限り、修練場にいる者はこちら側に気づくことはまずない。

 これは、秋水が士君の顔を見て一方的に不意打ちできるという形だ。


 士君を襲撃した場合、反応が出来たとすれば……


 そうなれば、私達の疑問は全て解決するだろう。



 彼方ちゃん待ちの士君のいる修練場隣へ、私達は入った。


 秋水の手足には錠と鎖がつけられている。一応士力を封じる鎖だが、この男に本当に通じているかはわからない。枷をやぶり、襲撃する可能性も十分ありえるだろう。


 そのため、私達が入った廊下には名刀十戦が二人控えている。

 万一士君が破れた場合、彼等の出番だ。


 マジックミラーごしに、秋水は士君を見た。

 長い髪の囚人は、士君をじっと見て、はて。と言わんばかりに首をひねる。


「どうしました? 貴方の望んだ、サムライですよ?」


「……確かに、同じ顔だ。だが、どこか、違うな。覇気もなければ、士力も感じない」


 どういうことだ。と、襲撃するでも、声をかけるでもなく、また首をひねった。



「……」

 私はなにも答えない。


 まあ、士君を知らず、士力を察知できる者から見れば、当然の反応と言ってもいいでしょう。


 士君は士力の門など欠片も開いていない、ただの少年にしか見えないのだから。


 ということは、やっぱり秋水は士君のことをまったく知らず、あの動画を見て探していたということになるのかしら……



「そうか。気殺。そして、『封神』か。これなら納得がいく……」


 秋水がそういうことかとうなずいた。


 どうやら、この人も『封神』のことを知っているようだ。

 今の世には使い手のいない、老人達が辛うじて記憶にとどめていた幻の技を。



「……」



 鏡のむこうの士君の視線が突然ゆらめいた。

 まるでなにかを探しているかのようだ。


 キョロキョロとあたりを見回し、最終的に私達のいる方へ視線をあわせた。



「っ!?」

「……っ!」


 私と秋水。どちらも息をのむ。

 ここは特性の監視ルーム。


 稽古をしている者に気づかれないよう監視するための部屋。

 先ほど秋水が言った、気殺と同じ効果のある壁によって覆われている。



 もちろん士君は私達がここに来るなんて知らない。



 だというのに、彼は私達の方を見た!


 まさか、この特別な壁を苦もなく突破し、私達の気配を感じとったというの!?


 彼の視線を感じ、私の背筋は思わず凍った。

 だが、今までのことを考えれば、可能性は十分にありえた。


 ひょっとすると、本当に予知をしているのかもしれない。



 でも、彼の視線の先にいるのは、私ではなかった。



 じっと見ているのは、秋水。その人だ。

 その瞳は全てを見通しているかのようだった。


 まさか、彼の思惑も、その動きも目的も把握していたりするの?



 にっ。



「っ!?」

 秋水を見て、彼は笑った。

 あまり表情を変えない彼が、口角を少しだけ上げ、笑ったのだ。


 さすがの秋水も、それには驚いたようだ。


 私は確信する。やはり彼は、私達に気づいている!



 私達の動揺など気にもとめないよう、彼はおもむろに隣の壁にかけられた一本の模造刀へ手を伸ばした。


 稽古などに使う刀のレプリカだ。

 無銘の刀だが、それらを使い、士力の使い方を覚えたサムライは刀の使い方を修練する。


 己の内側にある分身を振り回す時、どのような刀の形があっているのか。それを試したりするためだ。



 はっきり言わせて貰えば、すでに刀が抜けるのなら、これを手にする必要はまったくないものだ。



 なのに、何故刀を?



 しゃらん。

 綺麗な音を立て、士君の手によってその刀は抜かれた。


 迷いない手つき。

 実になれた手つきである。その抜き方は、実際に刀を抜いた経験のある動きだった。


 だが表向き、彼は刀など抜いたことのない少年のはずだ。


 だというのに、こんなにもスムーズに刀を抜いた。



 この場に自分ひとりしかいないと油断していた? いや、そんなことはない。なら、これをあえて私達に見せているということだろうか?

 でも、抜いたのは壁に掛かっていたただの刀だ。


 それに、なんの意味がある?



「……もういい」


「はい?」

 唐突に響いた言葉に、私は一瞬誰がそれを発したのか理解できなかった。


「もう十分だと言った。俺の望みはかなった。俺はもうなにも望まない。地下の牢にでも、どこにでも好きなところへ連れて行け」


「それは、どういう……?」


「言葉のままだ。これ以上この茶番につきあってもらう必要はない」


 意味がわからなかった。


 でも、私は気づいた。

 士君を見る秋水が、その姿を見て脂汗を流している。


 冷静沈着な彼が、動揺を隠しきれていない。


 明らかに、彼を見てなにかを感じ取っていた。



 それはつまり、彼にしか伝わっていないなにかがあったということだ。



 彼は私の答えも聞かず、ふう。と一息つくと、士君から視線を外し、一人で勝手に出口へ歩き出してしまった。


 ちゃりっ、ちゃりっ。と、鎖がぶつかり合う音だけがここに響く。



 私は慌てて秋水を追う。

 そして、部屋から出る直前に、士君を振り返った。


 そこにいるのは、刀を戻し、携帯をいじりはじめた少年の姿。



 もう、すべて伝え終えたといわんばかりの、こちらに興味を失った姿だった……!



 一体。

 一体なにが起きたというの!?



 私には、この面談の結果なにが起きたのか、さっぱりわからなかった……!




──亜凛亜──




「結局、顔を見ただけということか」

「不可解じゃな」


 三度目の三老中会議。

 そこで老中達は不満そうな顔を浮かべていた。


 気持ちはわかります。結局秋水は、士君の顔を見ただけ。一方の士君は、模造刀を持っただけ。

 私には、これになんの意味があったかわからなかった。



「だが、その少年を見て、秋水はなにかに気づいたのだろう? ならば、意味はあったのだ」


 三人目が二人を落ち着けるよう口を開いた。


 手をあげ、ひかえていた技術者に指示を出した。



 モニターが現われ、第四修練場の監視カメラの映像が映し出される。


 これは、秋水の動向を記録しておくために設置されたカメラだ。

 隠し部屋と第四修練場に仕掛けられ、今回の一件をすべて映している。


 彼等の行動の意味は私にはわからなかった。

 だが、三老中の方々にはわかるのだろうか?



 録画が再生される。


 マジックミラーから士君を見る秋水。

 それに気づいているかのようそちらに微笑みかけ、刀を抜く士君。



「……あれは」

「いや、まさか」


「だが、これがメッセージだとすれば、秋水の目的は……」


「待て。そうなると、復活が前提となる」


「いやいや、そうとも限らんじゃろう」



 秋水が冷や汗を流したのと同じように、三老中も士君の行動に驚き、口々になにかの可能性を話し合った。


 私は、その喧騒をただ頭にクエスチョンマークを浮かべ見ているしか出来なかった。

 あの刀、なにか意味があるんですか?



「亜凛亜よ」

「はい」


「念のため確認するが、彼は秋水とおぬしの存在に気づいていたのだな?」


「まず、間違いないかと」


 私の言葉を聞き、三老中もうなずいた。

 録画を見れば間違いなくこっちを見ているとわかるが、それでも私に確認したかったのだろう。



「ならばこれは、メッセージということじゃろう」


「そうなるのう」


「……うむ」


 三人は納得したようにうなずいた。



「あの。一体どういうことなのでしょう……?」



 一人置いてけぼりとなった私は、おずおずと手をあげた。

 同時に技術班の人達も、私にむけ頑張れ。と心の中で応援しているのが感じられた。



「あの刀に、どんな意味が? 申し訳ありません。不勉強なもので、あの刀にどんな意味があるのかわかりません。今までずっと、無銘の刀の模造刀とばかり……」


 ただの模造刀。

 それは私だけでなく、他のサムライもそう思っていたはずだ。



 三人は顔を見合わせ、うなずく。



「それも仕方がないじゃろう。あのようなところにある刀。しかも模造刀の由来など、誰も語らぬだろうからな」


「あれは、この施設を作る時、我等が先代が秘めた願いをこめて置いたものだからな。あえて説明するようなものではない」



「あれは、元々実在するある刀を模して作られた模造刀だ」


「その刀の名は、『禍薙剣まがなぎのつるぎ』」



「禍薙剣ですか!?」



 その名前なら、私も聞いたことがある。


『禍薙剣』

 まがとはいわゆる災厄を意味し、それを薙ぎ払う者の剣として生まれた刀である。

 闇将軍が出現するはるか以前。それを封じた初代大将軍様が現われるよりさらに前。世にまだサムライという名前さえなかった時代、サムライの始祖とも言える存在が使った剣と言われている。


 それは、突如として世に現われた災厄を払い、世に平和を取り戻した。


 いわば、世を救う刀……



 さらにもう一本。それと対を成す刀も存在するという伝説もありますが、今の話には関係ないので省略します。



「それが、そうなんですか?」


「うむ。そこにある刀は、その伝説の刀。『禍薙剣』を模して作られておる。それは、いかなる災厄も打ち払えるサムライになって欲しいとの願いをこめたからだと、ワシは先代から聞いた」



「それを握り、秋水にそれをアピールした。それはすなわち、あの少年は自分は災厄を打ち払う存在であるということを伝えたということになる!」



「っ!」


 三老中から飛び出した言葉に、私は驚きを隠せない。


 自分を見る者を意識しながら、救世の願いがこめられた刀を抜き放った。

 確かにそれは、みずからが世を救うという意思表示に他ならない。


 そして秋水はそれを見てもう十分だと納得した。


 それは、それこそが秋水の望む答えでもあったということだ!



 だが、私が驚いたのはそれではない。豪腕自由同盟というサムライ集団をたった一人で倒し、死士の弱点を見抜き士力も使わず倒してのける実力を考えれば、世を救うと自負してもまったく不思議ではないからだ。


 私が驚いたのは、そこではないのだ。

 驚くのは、もっと別のこと。



「待ってください。世を災厄から守る剣をあえて抜いた。それは、裏を返せば災厄が世に迫っているという意味になりませんか!?」


 私の言葉に、三老中は重々しくうなずいた。


 そう。士君が自分を災厄を薙ぎ払う者と主張したということは、その薙ぎ払うべき災厄がどこかになければならない。

 そして秋水はその災厄があると知っているから、士君に会わずとも満足した!



「秋水の目的。それは世に災厄が迫っていると彼に伝えること」

「そういうことじゃな」

「……」


 三老中がうなずく。



「ヤツめがどうしてそれを知ったのかはわからん。じゃが、強い確信があって来たのは間違いない」


「問題は、その災厄がなにか。ということじゃ」


「世を襲う災厄というのだから、それは闇将軍の復活と考えるのが妥当だろう。今の世で災厄足りえるのはヤツしかおらんし、その復活がなれば、世は地獄と化す」


 確かに、今闇将軍を復活させようと動く死士勢力も存在している。

 可能性という点で言えばそれが一番高いような気がする……


「待て。いくら闇将軍を復活させようとする勢力があるとしても、我等が守護する裏将軍様が維持する封印を破り、復活することなど出来ようはずもない」


 無口な三人目が二人の会話にくちばしを挟む。

 こちらもその通りだ。いくら闇将軍を復活させようとする勢力があろうとも、その封印は私達サムライ全員が死守している。



 今まで千年以上封印を守り続けてきた我々がそう易々と不覚をとるとはとても思えなかった。



「ならば、別の災厄が迫りきているということか?」


「うむ。そもそも『禍薙剣』で世を救った相手は闇将軍ではないはずだ。その点を考慮すれば、別の災厄の可能性も十分ありえる」


 もちろん、その時それを主張できたのがあの刀だったから使っただけで、彼等の想定する災厄は闇将軍の復活である可能性もありえる。



「大体、闇将軍が復活するという前提で話すのもおかしな話ではないか? 彼等はその復活を阻止しようと考えている。そう読み取ることも十分に可能ではないか?」


「むっ、確かにそれもありえるのう……」



「ともかく、あの二人はその迫まり来る災厄がなにか見当がついているということになるな」



 でなければ、士君は世を救った者の剣など抜かないし、秋水はそれで納得しない。


 でも、それを二人に問うたとしても答えは返ってこないだろう。


 士君にたまたま刀を抜いただけと言われたらそれ以上追求など出来ないし、秋水の方もそう易々と答えるような男ではないと御老中方も知っている。

 答えてくれるというのなら、最初から彼は私達サムライに助力を求めたはずだ。


 相手は死士に堕ちたサムライ。やはり私達を信用していないのか、それとも他に理由があるのか。その理由はわからない……


 同様に、士君もそうだ。

 世を災厄から守りたいのなら、サムライと協力した方が圧倒的に効率もいい!



「……どちらも、他者と協力できない理由があるのかもしれんな」


「それはどういうことだ?」

 やれやれと、口を開いた三人目(秋水と知り合いっぽい人だれだっけ)に、私達の視線が集まる。



「前回の会議の折、少年の力は一人で戦うからこそ出せる制限があるのでは。と言ったな」


「は、はい」

 私に視線がむけられた。


 士君がたった一人で戦う理由として、私が思わず口走ってしまった推測のことだ。


 そのあと、一瞬でそれはないと言われたことだったが……



「少年の方はどうかはわからぬが、秋水が死士に堕ちた理由。更なる力を求めた結果得た制限。それが、それだ」


「なんじゃと……?」


 衝撃だった。


 仲間を捨て、一人となることで更なる力を求めた。

 老中殿はそれ以上の説明はしなかった。


 なぜ秋水が力を求め、一人となり死士に堕ちたのか。それに関しては。



「そういう前例がある。ゆえに、その少年も同じ制限を持っていてもおかしくはない」


「……となれば、答えが返ってくる望みも薄いということか」


「だがそれではあの観察力の説明にはならぬと彼女を論破していたではないか」



「うむ。これもまた可能性の一つでしかない。だが、これもふくめ、我等に協力を求めぬ理由がなにかあるのは間違いなかろう」



 その制限が本当だったら、いくら聞いたところで協力は望めないだろう。

 そうでなくとも、我等サムライは、彼の眼中にない存在かもしれないのだから。



「これはまだ、しばらくは彼等から目を離すわけにはいかぬようじゃな……」



 やれやれと、老中の方々はため息をついた。


 だが、前回より進展は少しだけあった。


 少なくとも士君は世を守るサムライであることは間違いなくなったし、秋水の方も世を守る意思がある可能性が高くなった。

 秋水はその制限からサムライの元には戻らないだろうが、万一ことがあったならば、牢を開くことも老中は選択に入れるだろう。



「さて。いずれにせよ、若きサムライ達には気を引き締めてもらわねばならぬようだな」


「うむ。眉唾であるとしても、世に災厄がくると備える者が二人もいる。よりいっそうの精進を求めねばならぬ。よいな?」



「はいっ!」


 私は身をただし、簡潔に返事を返した。


 この天下泰平の世に災厄という名の闇が迫っている。

 それは士君でなくともサムライなら阻止したいと考えるのは当然のことだった!



 ……しかし、この災厄。そもそも秋水も士君も、どうやって知ったのだろう?


 この疑問だけは、本人に直接答えてもらわなければ答えはでなかった。




────




「……」

「……」


 地下牢。

 そこには二人の死士。


 炎次と秋水がお隣さんで入れられていた。



「なんだよ秋水。お前も捕まってたのかよ」


「捕まったわけではない」


 まさか秋水からもたらされた情報で隠れ家が囲まれたとは知らない炎次は、久しぶりにあった知人に話しかけるように声をかけた。

 ちなみにこの二人、どちらも元サムライなので顔見知りである。


「いや、どう見ても牢屋の中だろうが。俺と同じく、してやられたのか?」


「捕まったわけではない。ある人を探し、ここにやって来ただけだ」


「あくまで認めねぇのか。まあいいや。で、誰に会いに来たんだ?」


「救世主」


「……」


「救世主」


「いや、聞こえてるよ。聞こえてて呆れたんだよ。なんだよ救世主って。サムライならむしろ自分自身をそう思うだろ。俺は人をどうこうとか興味ないが」


「……その者がいなければ、世界が滅ぶとしてもか?」


「……どういうことだ?」


 さすがの炎次も、燃やすものの無い世界が生まれると聞けば思わず聞き返す。



「……くだんという存在を知っているか?」


「くだん……? いきなりなんだ?」


「生まれた途端、予言を残して死ぬという存在だ」


「あー、聞いたことあるような、ないような。その予言は絶対に起きるってヤツだったか?」


「そうだ。詳しいことは『件 予言』と入力して検索してみろ。それだ」


「いや、牢屋の中だ。できるわけねーだろ」


「出来ないなら予言をしてすぐ死ぬ存在がいると理解すればいい。俺は、それが生まれ、予言をし、死ぬところに立ち会った。そして、聞いたのさ」


「どんなだ……?」

 炎次も思わず神妙な面持ちになってしまった。



「それは口を開き、こう言った。『世を滅ぼす闇が迫っている』と」



「……闇将軍か?」

 サムライとして教育を受けたものならば、誰もが最初に考える存在はそれだ。


 死士の王とも言われる存在であり、ひとたび目覚めれば世は地獄と化すとさえ言われている、闇を統べる存在だ。

 闇が迫ると言われれば、当然それを想像する。



「……闇将軍かもしれんし、違うかもしれん。話と共に見えた闇は、まさに闇で、見えなかった。だから、俺はここに来た」


「見えなかった? 聞いただけなのにどういうことだ?」


「俺には予言の声と共に、その予言の場面場面が途切れ途切れだが見えた。そこには、その闇を打ち払う存在が見えた。件はそれを、『されどその闇を薙ぎ払う光ありし』と表現していた」


「……それが、救世主ってわけかい」


「そういうことだ」


 その予言に見えた姿と、豪腕自由同盟を壊滅させたサムライが同じ姿をしていたため、秋水はここに来たというわけである。


「俺は、彼と共に、世を守る」



「はっ。死士になりさがったってのにご苦労なことだな」



「俺はサムライは嫌いだが、人間は好きだ。そもそも俺は俺の信念で動いていただけだ。気に入らないものを凍らせ、己の正義で動いてきた。俺の邪魔をするサムライも死士も排除しているだけだ」


「お前やっぱり十分死士だよ。俺も好きだな。この世界は」


 炎次の場合は、好きなのは炎だ。

 だが、世が滅んではその炎で燃えて黒くこげるモノが見れなくなる。



「だから、出してプリンをくれるんなら、俺も手伝ってやるぜ?」


「断る。俺は一人で十分だ。彼とも共闘はしない。勝手に戦うだけだ」


「……意味がわからん」


「わからんでけっこう」



 そう言い、独房の中心に座った秋水は体内の士力を練りはじめる。


 暗い闇の中、士力の純度を高め、質を上げ、体内を循環させる。



 来るべき時に備えるために……




 おしまい

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― 新着の感想 ―
[一言] 禍薙剣がオーマで対になる伝説の剣ってソウラキャリバーの事なのかなーと妄想
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