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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
52/88

第52話 火食いと火吹きのサムライ


────




 ごうごうと、火が物を飲みこみ炎が声をあげている。


 火事。

 それは容易く命を奪う、自然の暴力。

 火と煙。それらにまかれれば、か弱い生命などひとたまりもない。


 現に燃え盛る火炎にまかれ、倒れた棚に体を挟まれた作業員は、自分はもう助からないと理解していた。


 火の気のないところから突然噴出した炎は、一瞬にしてその倉庫をのみこんだ。

 入り組んだ一角で荷物の整理をしていた彼は、奥まったその場所でそれに気づくのが遅れた。


 気づいた時にはもう遅かった。


 火の手は建物全体に回り、なにかが爆発した衝撃で棚が倒れ、彼はそれに挟まれてしまった。

 倉庫内にはスプレー缶などの可燃物を収めた荷物もあったから、それに引火して爆発したのだろう……


 唯一の出入り口は廊下ごと炎に飲まれ、ごうごうと炎が溢れている。

 すでに天井にも火が回り、いつ床に転がった荷物と棚に火がついてもおかしくはない状態だった。


 どれだけ低く状況を見積もっても、絶望的としか言いようがない。


 じき、ここも炎に飲まれる。

 逃げ場も手段もない。あと彼ができるのは、自分が焼け死ぬ前に助けが来ることを祈るばかりだった。


 電車で通勤中、突然襲われたお腹の痛みの最中でさえ祈ったことのない神様に、彼は祈る。



(いや、無理だろ……)


 作業員は諦めた。


 炎の熱と、消費された酸素の不足により、思考も鈍くなってきたのがわかる。


 あとはこのまま意識を失って、炎に焼かれて死ぬだけだ……


(ほら、入り口の炎がついに……)



 入り口の炎が大きく揺らめいたのがわかった。


 だが……


「……?」



 それは、不思議な光景だった。



 ずずずずずずっ。

 廊下の方に、炎が吸いこまれてゆく。


 水もかかっていないというのに、燃えるものがなくなったわけでもないというのに、突然火勢が弱まったのだ。


 同時に天井の炎も入り口の方へ吸いこまれて行く。



 それはまるで、掃除機にでも吸いこまれているかのようだった。


(なんだ、これ……?)



 風もないのに炎だけが吸いこまれてゆく。

 まるで夢でも見ているかのようだ。



 いつの間にか、部屋の火は完全に消えていた。



 こつん。こつん。

 足音が聞こえる。


 廊下を通り、誰かがこちらに近づいて来ているかのような音だった。



 視線を、入り口にむける。



「どうやら、間に合ったようだな」

 入り口に現われた男は、なぜか刀のようなものを手にしているように見えた。


 ぼんやりとそのシルエットを認識した直後、作業員の意識は闇におちた……



 ……



「……」


「おい、おいっ! 大丈夫か!?」


「はっ!」


 ぺちぺちと頬をはたかれ、作業員が目を覚ます。


 開いた目の前には、同僚の作業員が消火器を持って自分を見おろしていた。



 重い頭に酸素を送りながら、彼はゆっくりと体を持ち上げる。

 軽い。


 それも当然だ。意識を失う前まで自分を押しつぶしていた棚と荷物がなかったのだから。



「にもつが……いや、生きてる?」


「ああ、生きてるぜ。消防の到着が遅れて、お前はもうダメかと思ったんだが、火がいきなり消えてなくなったからよ!」

 彼が言うには、倉庫を襲った火事は突然中に吸いこまれるように消えてしまったとのことだった。

 理由は、もちろんわからない。


「そうか……ところで、棚はお前がどけてくれたのか?」


「棚? いや、俺が来た時には、お前はここに倒れてただけで、なにも乗ってなかったぞ?」


 部屋の中を見回すと、倒れた棚が不自然に壁によっていた。

 まるで誰かが移動させたかのように。


「ウソだろ? 俺、アレに挟まれて逃げられなかったってのに……」


「つっても、俺一人で動かせるわけないだろ」

「確かにな」


 棚は荷物とあわせてとても重い。まとめて転がっていたら、助けに来た作業員一人ではとても動かせるようなシロモノではなかった。

 それこそジョッキやクレーンなどの文明の利器か、十分な人数がいないと。


「気のせいだったんじゃないか?」


「いや……でも……」


「ははっ。ひょっとして、お前も見たんじゃないか? ほら、火事場に現われるっていう、噂の火事場サムライってヤツを」


「火事場サムライ……」


 それは、火事の現場に現われ、火を消して人を救ってゆくなんていう都市伝説だった。

 助けられた人が刀を持った人を見たなんて証言するから、そう呼ばれているのである。


 しかし時に、その人が放火をしてるんじゃないかとも言われている。


「……ああ、マジでそうかもしんねえ」

「おいおい。冗談だぞ、冗談」


 ちゃかしたら真面目にうなずかれ、助けに来た作業員は困惑してしまった。



「俺、見たんだよ。刀を持った人影を」

「……お前、ちゃんと病院で見てもらえよ」


「ホントだって!」


 どやどやと、遅れていた消防が場に走りこんできた。

 タンカも抱えられている。


 火事の幻を主張する作業員は、そのままタンカに乗せられ運ばれて行くのだった。




 倉庫の前に消防車と救急車が停まっている。

 倉庫からは白煙が上がり、その現場の前には規制線がはられ、そこには携帯電話を構える野次馬が群がっていた。


「……」

 野次馬の中から、その現場を見ている男が一人。


 中からタンカで運ばれ、救急車に乗せられるのを確認し、どこか安心したように息をはくのが見える。


 その男の、携帯電話が鳴った。

 男は視線をそこから外し、野次馬の群から抜け出した。



「どうした?」


 電話のむこう側から声が響くと、男の表情が変わった。



「わかった。すぐ行く」


 男は火事場を一べつすると、今まで浮かべなかった憎しみにも近い表情を浮かべ、そこをあとにする。



「待ってろ。『火吹き』の!」


 風のように走り出す。

 駆け出した彼こそ、火消しのエキスパート。通称『火食い』の尚治と呼ばれるサムライその人だった……!




──亜凛亜──




 最近の私は忙しい。


 先生が入院してしまったので元々やっていた雑務に先生の分が上乗せされ、彼方ちゃんの護衛もあり、さらに士君について三老中に報告したり、秋水と面会したり。


 いろいろあって充実していると言えば言葉は良いけど、大変なのも事実だ。



 今日は、秋水が私と話したいというので、面会にやってきた。


 今日も彼方ちゃんの護衛があるかと思いきや、昨日の今日で彼女はやっぱり士力痛になったみたいで、朝、もの凄く簡潔なメールが届いた。


『なた』


 きっとこれが精一杯だったのだろう。体を動かすのも大変なくらいの士力痛に襲われているに違いない。

 彼方ちゃんなら一日もあれば治まるだろうけど、今日一日は間違いなくベッドの寝こむことになるでしょう。


 ずっと家にいるならば、母親の護衛が兼任できるので、少数の増員で私はそのまま秋水の元へ面会しにくることになった。


 あの男、なぜか私としか話さないと言うんですから迷惑です。



「さて、これで少しは信頼してもらえたかな?」



 私が席に着くと、手錠をかけられた秋水が口を開いた。



「確かに、情報どおり動画にうつっていた少年が狙われているのは事実でした。ですがあの動画は貴方の仕掛けた罠である可能性も消えません。最初の情報も先生が狙われていたのかもわかりませんしね」


 士君の名前は出さない。

 わかっていて接触しにきている可能性も捨てきれないからだ。



「つまり、まだまだ信用してもらえないということか。ならば、信頼してもらうため、もう一つ情報を出すしかないな」


「……なにをですか?」


「お前達の追っている死士の情報を一人伝えよう。今度こそ、正しい情報のはずだ」


「……」


 今度はサムライが狙われているという情報でなく、死士の居場所まで。

 いくら死士同士は個別で自由気ままに動いているとはいえ、そんなことをすれば私達はおろか死士達からも不評を買うことになる。


 つまりそれは、それほどまでして私達の信頼を買いたいという意味でもあった。


 ……それが、策でなければ。



「そんなことをしてまで、その動画の人物に会いたいんですか? なぜ?」


「見極めるためだ。今はそれしか言えない」


「見極める……?」


「私を信頼してくれるというなら、詳しく説明しよう。そんなことより、死士の居場所、聞きたくないのか?」


「……わかりました。言いなさい」



「ここに一番近いのは、『火吹き』の炎次だな。ヤツの隠れ家を、教えよう」


「『火吹き』のっ!?」


 その宣言に、私も驚きを隠せない。


 本名火野炎次。『火吹き』二つ名の通り、士力を炎に変え、火のないところに火をおこす放火魔だ。

 火をつけ、人を苦しめるのをよしとするサムライであるため、死士として指名手配されている。


 一匹狼で火をつけることが目的であるため、動きが読みずらく私達も全力で追っているが足取りがつかめない死士だった。


 その情報が本当に手に入るというのなら、願ったりとも言えた……!



 秋水は、その隠れ家の場所を口にした。

 いくつかの隠れ家の一つだというが、今、この地に来ているはずだという。



「……わかりました。本当ならば、上も少しは考え直すかもしれませんね」


「そうなることを願おう」


 私は立ち上がり、面会室を後にした。



 まずは、この情報の真偽を確認しなければならない。


 本当にそこにいるのか、人を動かし確認しに行かせる。

 今回は上の許可も得ているから、士君の時のように私が走り回らなくていいのが幸いだ。


 同時に、その情報が本当だった場合に備え、他のサムライに救援要請を出した。


 何度も説明していることだが、サムライ同士の戦いも数の力が物を言う。

 街中で突発的に顔をあわせたとか、不意を撃たれたでもないかぎり、用意が出来るのなら複数の人数を用意するのが基本だ。


 相手は炎を操るサムライ。周囲の被害を考えれば、被害を少なく出来る人間を用意するにこしたことはない。

 ちなみに私の特性は『風』。時に『嵐』の亜凛亜と呼ばれることもあります。火とは協力する場合には相性はいいが、敵となると延焼を広げるのを手助けしてしまうので戦うとなると相性はあまりよろしくないのが実情だ。



 救援要請を他のサムライにかけ、さらに個別で一人のサムライに連絡をとる。


 この死士の名が出たのだから、彼を呼ばねばはじまらない。

 ずっとこの『火吹き』を追っているサムライを。


 炎を食らい、無効化できるサムライ。『火食い』の尚治さんを……!



 彼ならば、この情報を聞けばすぐにかけつけてくれるだろう。




──ツカサ──




 放課後。

 俺はあるものを買いに、ショッピングモールに来ていた。


 家とは別方向の寄り道であるが、それには理由がある。



 今朝。

 珍しく朝寝坊している彼方を心配した母さんが起こしに行ったら、なんと筋肉痛で起きられないとのことだった。

 母さんが来てそう報告した時とても驚いたものだ。


 どうやら、劇団サムライの稽古で頑張りすぎたのが原因らしい。


「自分の体調を見失うくらい熱中するなんて、そこまで演劇にのめりこんでるのね」

 戻ってきた母さんは、どこか嬉しそうに言っていた。


 確かに、あいつがなにかに熱中する時がくるなんて、母さんも感慨深いだろう。


 頭がよくて体調を崩すこともなく、なんでもそつなくこなして人並み以上に出来て、なにをするにも熱中することもなく、すぐ人より出来るようになってやめてしまった彼方なのだから。


 滅多にない手のかかることがあって、母さんも看病できて嬉しいようだ。



 んで、看病している母さんからあいつの好きなお菓子を買ってきてと頼まれたので、放課後こうしてモールに買いに来たのである。

 ま、たまには俺も、兄らしいことしないとな!


 だから、大奮発して行列の出来るプリン専門店までやって来た。

 お値段もお高いようだが、家族みんなの分も買っていけば父さんがその分の小遣いをくれるだろう。きっと。


 これから午後の分が販売されるとあって、もの凄い行列が出来ていた。


 その最後尾に、俺も並ぶ。



 さて。あとは列が進むのを待つばかり。

 問題は、こうして並んでも買えるかどうか。か……




──片梨彼方──




 ……体中がとんでもなく痛いです。


 これが、亜凛亜さんが言っていた士力痛……!

 なんというか、全身で筋肉痛が起こっていると思っていただければわかりやすいと思います。


 首、肩、腕、足、太もも、腹筋。その他。


 どこを動かしてもビキビンと痛みがはしるので、とてもじゃありませんが動けません。

 指一本動かすのも一苦労なレベルの痛さです。


 なので、亜凛亜さんへのメールもとっても短く、ギリギリ伝わるのしか無理でした。

 それくらい、辛いんです。


 幸い今日一日寝ていれば治るということなので、朝起きてこず様子を見に来た母さんには稽古に張り切りすぎて筋肉痛になったと伝えておきました。

 私がこうなるまで熱中するのも珍しいので、逆に喜んでいたようです。


 確かに、サムライの世界を知って、また世界が広がってこの世界に夢中になっていますからね。


 こう言うのはなんですが、私は手の掛からない子なので、寝てて看病できる母さんも楽しそうでした。



 お昼を過ぎるころには痛みもだいぶひいてきて、なんとか自力で動けるようにはなりました。


 でもまだ油の切れたポンコツロボットみたいな動きしか出来ないので、トイレに行くのも一苦労。



 そうして大人しくしていると、兄さんからメールが来ました。


 午前中もいくつか大丈夫かメールが来ていましたが、今度のは別。

 帰りにあの有名店のプリンを買ってきてくれるとのことでした!


 兄さん、私の好物覚えていてくれたんですね!


 嬉しい! しかも、動けなければあーんもしてくれるでしょうし、今なら頼めば耳掻きもしてくれるかも!

 こんな時じゃなきゃお願いできませんから、目一杯甘えちゃいましょう!



 たまには体調を崩すのも悪くないですね!



 兄さん、早く帰ってこないかなー。




──亜凛亜──




 ほどなくして、『火食い』の尚治さんがこの支部へ到着した。

 救援要請を受け取ったサムライや確認に行った人達より早く到着するとは、伊達にずっと追い続けているわけではないようですね。


 詳しいことは私も知りませんが、彼は昔、この『火吹き』により家族を失い、それからずっと追っているのだとか。

 この執念にも似た速さの到着。それがこの人の執着を証明しているようです。



 しかし、心配な事が一つ。



 これだけの執着を見せる人なのだから、『火吹き』の姿が確認できたら一人で突撃してしまわないかということだ。

 何度も説明しているけど、サムライ対サムライにおいて最も重要なのは相性。そして、数。


 一対一より二体一。数が多ければ多いほど相性など気にせず戦えるようになるのだから当然の話。


 でも、人は時に有利不利を無視して感情で動くもの。

 獲物が見つかったと報告が入れば、即座に飛び出してしまってもおかしくはない。


 私一人でそれを止められるかは正直未知数だった。


 はやいとこ最低一人、サムライが来れば万全となるのだが、他のサムライの到着にはまだしばらく時間が掛かるようだ。

 かといって、一番近くにいる彼方ちゃんと士君は呼ぶわけにはいかない。

 彼方ちゃんは今士力痛で寝込んでいるし、士君は要注意人物に指定され迂闊にサムライから接触するわけにはいかない状態だからだ。


「……確認したとたんにとびこみたいものだが、ヤツを確保するのに万全を期したい。ここは、誰かが早く来てくれるのを祈るしかないようだな」


「え?」


 尚治さんの言葉に、私は耳を疑った。

 てっきり居場所が判明すれば即座に確保にむかうと思ったのだが、そうではないようだ。


 いや、むしろここまで冷静であるのは、逆に恐ろしいことかもしれない。


 未確認の情報には踊らされず、冷静のまま動く。

 それは、絶対に『火吹き』を確保する。そんな執念を感じさせたからだ。



 この二人の間に、一体なにがあったんだろう?



 ひとまず、確認が出来次第いつでも踏みこめるよう、その隠れ家近くへむかうことになった。

 まずは、『火吹き』が確認できなければ、話にならない。


 私達は尚治さんが乗ってきたバイクとサイドカーに乗ってそこへむかう。

 運転はもちろん尚治さんで、助手席となるサイドカーに私だ。



 ぶろろろろろ。



 バイクの音だけが、私達の間に響く。



「……意外でした」

 沈黙を破ったのは、私。


「ん? なにがだ?」


「てっきり、『火吹き』の居場所が判明したら一人で走り出すと思っていたので」


「まだそこにいるともわからないんだ。急ぐ必要はないだろう。まずは、確認してからだ」


 ははは。と彼は笑った。

 確かに、未確定情報すべてに飛びついていては、心も体も持たない。


 これはむしろ、期待していないのかもしれないわね。



「『火吹き』がそこにいてくれればそれでいいし、確認が取れるまでにもう一人誰かが来てくれた方が当然いい。万全の状態で相対できるのが、ベストなわけだからな」


「そうですね」

 やはり、この人は冷静だ。


 おかげで心強い。


「だが、君がいてくれるのは心強い」


「はい?」

 私はまだ二十歳にもなっていない若造だ。


 そりゃ私より若くて名刀十戦に選ばれているサムライもいるが、私はそこまで特別じゃないのを自覚している。

 だというのに、心強いと言ってもらえるのは予想外だった。



「ここ最近起きた死士確保で君の名前を聞かない時はない。大手柄を立てる若きサムライ。今名刀十選に最も近いといわれている君と戦えるんだ。これほど心強いのはないだろう?」


「あー」

 それはあくまで、結果的に私の手柄になった。ということで、私自身の手柄でもなけれ栄誉でもない。

 なのでまったく自覚のないことだから、言われて逆に驚いてしまった。


「さらに噂の大型新人も来てくれればそこで準備完了だとは思うのだが、どうなんだ?」


「ああ、その新人は今士力痛で動けません」


「そうか。いきなり刀を抜いたというから、戦力になるとは思ったのだが……」


「刀を、ですか?」


「サムライのことを知り数日で抜いたのだろう? そして、君と協力して死士を撃退した。そう聞いたが?」


「ああー」


「さらにその兄は名刀十選を相手に一歩も引かなかったとか。それほどの士力を秘めた期待の天才兄妹。聞いた話が本当なら、とんでもない新人が現われたものだ」


「なんというか、その噂は色々違いますね」


「なんだ。やはり尾ひれ背びれがついていたか。流石にいきなり士力の門を開いた挙句刀は規格外すぎるものだよな」


 いえ。違うんです。

 誇張されているのではなく、矮小化されているんです。


 確かにサムライの世界でいきなり士力に目覚めた挙句刀を抜いたなんて前例はほとんどありません。

 ここ百年でも五例あったかどうかのレベルです。


 でも、彼方ちゃんはさらにそこから刀の特性まで発現させたんです。


 士君は確かに第九刀の長居さんを手玉に取りました。

 でも彼は、その時士力を欠片も使わなかったんです。


 ただの人と同じ状態で、名刀十選に匹敵したんです。



「……」


「ん? どうした?」


「いえ。なんでもありません」



 頭が痛くなったので、思わずコメカミをおさえてしまい、心配されてしまった。

 改めて考えてみて、あの兄妹はどちらもサムライとしての常識外。まさに規格外の超大型新人なのだと思い知った。


 噂より実物の方がとんでもないとか、どんだけ規格外なんですあの二人。


 目の当たりにしなければ信じてもらえないと思ったので、修正はしないでおいた。



 いよいよ『火吹き』の隠れ家に近づく。



 ぷるぷるぷる。

 私と尚治さんの携帯が鳴る。


「俺だ」


 手元のスイッチを押し、ヘルメットと連動しているハンズフリーの状態で尚治さんが出る。


 一方私の方は、緊急のメールだった。



 そこには、隠れ家に入る『火吹き』の姿を撮った写真が添付されている。

 この男。間違いない。我々が探し続けた死士。『火吹き』の炎次だ!



「なんだって!?」


「っ!?」


 尚治さんが声を荒げた。


「どうしたんです!?」


「見張りが見つかったそうだ。ヤツが、監視に気づいた……!」



 ゴオッ!!



 私達がむかう先で大きな火柱があがったのが見えた。


 間違いない。見張りにむかって刀の特性が放たれた!



「先に行く!」


「え?」



 バイクに立ち上がった尚治さんは、士力の門をあけ、それを体に纏った。

 一般の人には、彼の姿が突然掻き消えたかのようにも見えただろう。


 いや、一般人以外にも、彼の姿は見えなくなった。


 なぜならそのままバイクの上からジャンプしてそこから去ってしまったから。



 当然の話になるが、私達サムライは車やバイクで移動するより士力を纏って走った方が速い。

 普段やらないのは、疲れるからだ。


 だから、死士が逃げるというなら、士力を纏って追うのは当然だ。


 でも、いくら緊急事態だからといって、バイクを捨てるかのように士力を纏って飛び出すのは普通考えられない……!



「や、やっぱり冷静じゃなかったー!」



 私は慌ててサイドカーから身を乗り出し、バイクの方へと飛び乗る。

 事故になったところで、サムライの私に怪我はない。


 だが、事故にまきこまれる側はそうもいかない。


 私は死士を追う前に、人に迷惑がかからぬよう、このバイクを路肩に停めなければならなかった!




──尚治──




 炎のあがる現場に到着し、俺は刀を抜いた。


 直後、俺の刀に炎が吸いこまれてゆく。

 これが、俺の刀の特性。


『火炎吸収』


 士力で作られていようが、自然の火だろうが、すべての炎を吸収し、消化することが出来る。

 その気になれば、都市一つ分くらいの炎を吸収できるはずだ。


 ただし、吸収するだけでその炎を放出したりすることは出来ない。

 ただひたすら炎を吸い、消すことに特化した。


 その制限の結果が、都市一つという吸収できる量の多さというわけである。



 自己紹介が遅れた。

 俺の名は火野尚治。


 この火災を起こした火野炎次の弟だ。


 俺達は代々火に関連した特性を引き継ぐサムライの家系に生まれ、人々のためその力を使うよう教えられた。

 師匠であった父は言った。


「火は多くの恵みを生命に与えてくれるが、一つ使い方を誤れば大きな災害も生み出す」


 同時に父は、俺達を戒めるため、凄惨としか言いようのない現場を見せた。

 それを見せられた時、俺の体に衝撃が走った。


 火によって蹂躙された山火事の光景。


 赤い火によって蹂躙され、全てが黒によって塗りつぶされた有様を見て、火とはこれほどまでに恐ろしいのかと思い知った。



「これを防ぐのが、火を御する力を与えられた我が家の使命だ。忘れるなよ?」



 俺はその通りだと思い、自分達に与えられた特性の力を誇りに思った。

 我が家の力があれば、恐ろしい火で傷つき、悲しむ人を減らせるのだから。


 ゆえに俺は、火によって人達が傷つかぬよう、それをおさめる力を磨こうと決意した。



 それから十年。

 兄が十八歳、俺が十六の時、火野家は焼失した。


 才能溢れ、免許皆伝を与えられた兄がその日、その力を使って家族も、屋敷も、庭も、全てを燃やし尽くして去ったからだ。


 俺だけは、この特性に目覚めたおかげで生き残ることが出来た。


 目覚めた時、そこは地獄だった。

 かつて父が見せた凄惨な光景。それが自分の家で。しかも自分の兄に引き起こされた。


 なぜあの日、兄がこのようなことを行ったのかはわからない。


 その日から十二年間ずっと、俺は兄を止めるため活動している。



 それが、俺に科せられた使命だからだ……!



 燃えていた家は、やはりヤツの隠れ家だった。


 サムライの監視がついたと察知したところで、火をつけて逃げたのだろう。


 今まではずっと後手に回ってばかりで、その士力の痕跡も消され、追うことはかなわなかったが、今回は違う!


「……っ!」


 感覚を研ぎ澄ませ、ほんの少し残ったヤツの士力を見つけ出した。


 まだ遠くには行っていない。

 逃がさないぞ。今日こそ捕まえ、相応しい裁きを受けさせてやる。


 それが、身内である俺にできる、せめてもの情けだ!




──炎次──




 俺の名は、火野炎次。


 俺は、火が好きだ。

 大好きだ!


 俺は、代々火に関連した特性を引き継ぐという火野家に生まれ、ただの人間のためにその力を使うよう教えられた。

 俺の師であり父であった男はこう俺に教えた。


「火は多くの恵みを生命に与えてくれるが、一つ使い方を誤れば大きな災害も生み出す」


 そう言い、父は俺達にある現場を見せた。

 それを見せられた時、俺の体に大きな衝撃が走った。


 火によって蹂躙された山火事の光景。


 赤い火によって蹂躙され、全てが黒によって塗りつぶされた光景を見て、火とはこれほどまでに美しいのかと思った。

 とんでもなく美しい。

 思わずイッてしまうかと思ったほどだ。


 他人のつけた火でこれなのだから、自分で火をつけたらどうなってしまうのだろう?

 その時を想像しただけで、ゾクゾクした。



「これを防ぐのが、火を御する力を与えられた我が家の使命だ。忘れるなよ?」



 だと言うのに、師である父はこれをやらせないと言った。

 人の過ちの結果だと。


 父はなにを言っているんだろう。

 父は凄惨な光景だろうと言ったが、俺は言葉の意味がさっぱりわからなかった。


 こんなにも美しい光景を誰にも見せるなというのだろうか? 独り占めしろというのだろうか。


 だが、力を学ぶにつれ、父も弟も、本気でこれを起こしてはいけないと思っていたらしい。



 火野家はなにを考えているんだ。あの光景こそ、火のもたらす恵みそのものじゃないか!



 こいつらはダメだ。

 この世にいてはいけない。


 だから俺は、この力を完璧に使いこなす術を得た時、その最初の恵みを家族に分け与えてやることにした。



 屋敷は焼け、庭も焼け、そして家族も焼けた。

 それはそれは、とても美しい黒い姿だった。


 俺はイッた。


 やっぱり火はイイ。最高だ!



 俺はこの素晴らしさを皆に伝えるため旅に出た。

 多くのところに火を放ち、多くの人が見に来る。


 暖かい光は、多くの人達に恵みを与えた。



 だが、あの火から生残った弟は、そんな俺が気に入らなかったらしい。

 目の前であの素晴らしい光景を見たというのに、ヤツは理解できなかったようだ。


 同業のサムライと協力し。俺を追いかけてきた。


 この恵みを与えるのをやめろと言われてしまった。


 わずらわしい奴等だ。

 この美しさ。火の赤さと残される黒さ。これがなぜわからん!


 だが、奴等の手口は知っている。伊達にサムライの家に生まれてはいない。


 火を放ち、士力を発した後それを綺麗に隠蔽する術を、俺は知っている。


 だから、この十年、俺は奴等に見つからなかった。



 だというのに……



 今日、隠れ家に帰った瞬間、妙な視線を感じた。


 監視されている。


 即座に視線の正体に気づいた。

 どうやら、ついに俺も見つかってしまったようだ。


 俺が隠れ家に戻ってきたというのに今だ動きがないということは、まだ俺を狙うサムライは来ていないってことか。



 なら……!



 俺は自分の家に火をつけた。

 巨大な火柱が上がり、俺の存在をそこに示す。



 火が上がれば、監視した奴等の目はそこへむく。

 その隙に、俺はそこからオサラバだ。



 隠れ家からは無事脱出できた。

 だが、問題はこれからだ。


 今回は時間がなく士力の隠蔽は完全じゃない。弟が来ていたら、それを追って俺の元にやってくるだろう。


 このまま逃げ切れるか? それとも、ヤツだけでも殺しておくか。

 ヤツさえこの世からいなくなれば、俺はまた動きやすくなる。



 だが、今の俺の士力ではちと心もとない。


 ヤツと俺との相性は双方で最悪。

 援軍がいれば俺は捕まり、二度と火を見ることのない生活となってしまうだろう。


 それだけは、避けなくてはならない。


 そう考えれば、逃げるにしても戦うにしても、『アレ』が必要になる。



『アレ』

 簡単に言えば俺の炎を使うための燃料だ。


 サムライのことを知っている者ならもはや常識だと思うが、技や特性に様々な制限をつけることにより、その威力や範囲を広げることが出来る。

 技名を叫ぶ。対象を限定する。発動に必ず動きが必要となるなど。


 そういった制限があるなか、俺の制限は減った士力は自然回復せず、特定のものを摂取した時のみ回復できる。というものだ。

 士力という燃料を、外部から補給しなければ俺の炎は使えないということを意味する。


 ちなみにだが、これはガソリンなどの可燃物である必要はない。

 飲み物でも食べ物でも金属でもなんでもいい。


 それを飲むなり触るなりと、種類も様々だ。


 その効果は、入手が困難であればあるほど威力や範囲が増してゆく。

 その人に対し入手の時間や労力、当人の財産に対するどれだけの重荷になるか(金持ちの100万と貧乏の100万では重さが違う)、入手が困難になればなるほど、少量で士力は回復し、技や特性の威力も増してゆく。


 これには一つメリットがあり、例え士力を使い尽くしていたとしても、それを摂取できれば即座に回復できるという点である。


 しかし今、俺の手元にそれはない。

 士力を使い尽くせば回復できず、追っ手に対抗できないことを意味していた。


 これでは、複数のサムライを相手するのには心もとない。



 よし。まずはソレが手に入るかどうかを確認し、それから逃げるかを考えよう。



 俺はそう結論づけ、『アレ』の売っている場所へ足をむけた。



『完売しました』


 俺はその張り紙を見て、小さく肩を落とした。

 俺が今立っているのは、いわゆるショッピングモールと呼ばれる大型複合施設の一角だ。


 その店の前で、がっくりと肩を落としている。


 俺の燃料ともいえる『アレ』はやはり売り切れだったようだ。

 俺の燃料たる『アレ』とは、この系列店でしか売っていない『プリン』だ。


 全国に十店舗もないこのプリン専門店のプリン。


 それが俺の士力を回復させる唯一のシロモノなのである。


 だから、俺の隠れ家は基本この店の近くにある。



 この通り、今からかなり前に売り切れるほどの人気で、並ばなければ買うことも困難なシロモノだから、それだけで俺の炎の威力もマシマシとなる。

 ついでに言うと俺はプリンが嫌いだ。焼きプリンならマシだが、焼いてないプリンはもう甘くてダメだ。口から火が出るほど辛いのがいい。嫌いなものをあえて食べねばならないのだから、それはさらなる俺の力となる。


 本来ならゆっくりと入手し、隠れ家で士力を回復するところなのだが、今回はそうも言っていられない。



 士力を纏い、冷蔵庫にあるかもしれない予備や明日の分を盗むことも考えたが、士力を纏えば一般人に見えずとも、今度はサムライに存在を察知される。


 中にプリンがあるかもわからないというのに、それはリスクが高すぎた。



 やはりここは素直に逃げるしかないか。

 と結論づけようとしたその時、俺の目の前を、その店の紙袋を手にした学生がルンルン気分で通り過ぎるのを見つけた。


 この店はプリン専門店。

 その中身はすなわち、プリン以外にない!


「ほぉぅ」


 思わず感心した声をあげてしまった。

 飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのこと。


 かなり前に売り切れたというのに、俺のためにそれを持って現われるとは、なんと殊勝な心がけだ。


 俺はその少年の後を追う。

 人目が少なくなったところで一般人では誰も目に追えない手刀で首を折って回収してやろうかと思ったが、そいつはベンチに座り一休みをしたかと思えば、かかって来た電話に出てそのまま電話スペースの方へと歩いていってしまった。


 電話スペースってのは、モールの往来で話をされると迷惑だから、迷惑にならないようそこで話せと設置されているスペースのことだ。公衆電話の近くに設置してあるアレだ。


 若いのに、マナーを守るとは親はいい教育をしているようだ。俺の親とは大違いだな。

 本当に良い学生だ。紙袋をうっかりベンチの下に置いて行ってしまっているのもなおグッドだ。


 お前は本当に運がよいな少年。マナーを叩きこんだヤツに感謝しろ。

 さらに運がよければ、ここが燃える前に逃げ出せるかもしれない。


 その時は、最高の芸術まで見れる。

 俺はそれがかなうよう祈っといてやろう。


 では、お前のプリンをいただいて行く。

 ほほう。ずしりとしたこの感触。中々の数が入っているじゃないか。袋の上から確認したが、間違いなくプリンだ。これだけの数があれば、俺は都市のひとつくらい大炎上させられるかもしれないな。


 お前は本当に運がいい少年。

 大火災で真っ黒になって死ねるのだから。



 俺は唇を小さく吊り上げながら、歩き出した。



 追っ手としてやってくるサムライ。すなわち弟を始末するために……!


 感じる。感じるぞ、お前の存在を!



 弟よ、残念だったな。

 まさか追っていると思うお前が、逆に襲われるとは想像もしていないだろう。


 だが、喜べ。

 今回こそ、お前を芸術にしてやる。


 最高で至高の黒こげのお前にしてやる!



 だから、こい。俺のたった一人の肉親よ!




──尚治──




 兄の残した士力を追い、俺はショッピングモールの地下駐車場に入った。

 柱によって区切られたコンクリートの地下世界に、ところどころに灯された光がその空間を照らす。


 多くの車が並ぶが、人の姿はほとんど見えない。


 この中に……



「くくっ。待っていたぞ」


「っ!?」


 車の影から、待ち伏せをしていたかのように兄が姿を現した。


 思わず驚いてしまった。

 追っていると思っていた相手に、逆に不意をつかれることになるとは思ってもいなかったからだ。


 兄も、俺の驚く顔を見てにやりと笑った。

 逆! 俺が逆にここに誘いこまれたというのか!?


 まさか、そのためにわざと士力を隠蔽せず、追えるようにしていたと!?

 だとすれば、手分けして探すというのも裏目!



 兄は刀を抜き、その特性を発動させる。



『火炎放射』!

 その名のとおり、刀から炎が噴出す力だ。


 その二つ名。『火吹き』を象徴する力。

 触れたものはたちまち燃え上がり、全てを黒く焦がす忌むべき特性!


 兄はソレを、ためらうことなく俺に放った!



「くっ!」

 それでも俺はサムライ。迫る炎に対し、なんとか刀を抜き特性を発動させる。


 その特性は『火炎吸収』

 いかなる炎も吸いこむ、ある意味兄の特性の天敵とも言える力だ!


 俺がいれば、炎の力はほぼ無意味となる!



 兄の刀から炎が噴出し、俺の刀がそれを吸う。

 刀と刀の間に炎の橋が生まれ、それを通じて俺達はつばぜり合いをするような形となった。


 両足で地面に根をはわせるよう踏ん張り、互いの特性で押し合う。



 受け止められた。

 となれば、ここで有利なのは俺の方だ。


 時間を稼げれば、士力の発動を感じ取った亜凛亜がきてくれる。


 そうなれば、炎を吸われ特性の使えなくなった兄に勝ち目はない。


 俺が直接兄は捕まえたい。

 だが、現状ではこれが精一杯だ。


 俺一人の感情で、これ以上他に迷惑はかけられない!


 だから、それまで……っ!



 放出、吸収。

 吸う。吸う。吸う。吸う。吸うッ!


「っ!」

 俺の額から脂汗が流れ、思わず膝をついた。


 兄が、にやりと笑うのがわかった。



 なんてことだ。俺の吸収できる炎が、限界に近い……!



 このままでは……っ!



「ぐっ……!」

 だが、限界が近いのは俺だけじゃなかった。


 兄も余裕がないように苦しみの声をあげた。



 どうやらこの勝負、どちらが早く士力が尽きるかの根比べのようだ。


 俺は、負けられない。

 負けたら、あの光景がここに生まれてしまう。


 上に大勢いる人達を、あの凄惨な山火事と同じ目にあわせてはならない!


 だから、俺は、負けられない!



 気力が士力にかわり、俺は立ち上がる!



「ふっ」


「っ!?」


 兄が、そんな俺を見て笑った。


 兄の足元に、紙袋が一つあるのに気づいた。

 兄はソレを、勢いよく蹴り上げる。


 ぱんっ。と宙に舞った紙袋の中から、いくつかのプリンが外へ飛び出した……



 俺はこの瞬間、それがなにか気づいた。



 回復制限品……!


 決して自然回復しない士力を回復させるための品物。

 俺の知らない制限。


 それが、このプリン!


 背筋がぞっと凍る。


 まずい。これ以上の炎は……!



 兄が刀から両手を離し、そのプリンを手に取った。

 それは、一瞬の早業。


 プリンの封を開け、その尻に小さく穴を開ける。



 その名の示すとおり、ぷりんという音と共に、ソレが兄の口へと……




 ごくんッ!!




──炎次──




 不意をついたが、やはり弟もサムライ。見事に特性を発動させ、俺の炎を吸収した。


 まったく、何度見ても気に入らない力だ。

 火を吸いこみ、消してしまうなんてそれでもお前は俺の弟なのか!



 吸収の限界が近づき、一度膝をつきかけたが、それでも気合を入れて立ち上がった。


 やるじゃないか。

 だが、ヤツは俺の行動を見て、絶望の表情を浮かべる。


 くくっ。

 そうだ。それが見たかった。


 根比べかと思ったか?



 残念だったな。

 最初から俺の勝ちは決まっていたんだ。


 お前がどれだけ気合を入れようと、俺の芸術は揺るがない!



 さあ、最高の焼き加減で極上の炭に変えてやるぞ!



 ぷっちん。ぷりーん。


 俺の口に、甘い砂糖とカラメルと卵とミルクの味が広がる。

 甘い。世の人間はなんでこんなモンがいいと思うんだ。


 毎回毎回食うたびに思う。


 だが、我慢してこれを食えば、俺の士力は即座に回復……



 ぷすん。



 ……しな、かった。



「っ!?」


 容器を捨て、宙に浮かぶ刀を再び握ろうとした瞬間気づいた。


 味が、違う!

 もう何個食べたかわからないほど食べたいつものプリンじゃない。


 これ、あの店のプリンじゃねぇ!!



 気づいた時には、遅かった。



 刀に伸ばした手が空を切る。

 炎だけではない。刀も消えていた。


 それは、俺の士力が完全に尽きた証……



 ひゅっ!

 目の前に、弟が迫っているのが見えた。


 火の束縛がなくなった直後、ヤツは一瞬でその間合いを詰めたのだ。



 どごッ!



 俺の腹に、弟の刀の柄頭がめりこむ。

 衝撃でさっき腹に入れたプリンが逆流し、意識が遠のいて行く……



「ばっ、かな……」


 ありえない。

 紙袋は本物だ。


 なのに、なぜ中のプリンは違う……!


 遠のく意識が、過去の記憶を呼び起こす。

 最初に浮かんだのは、この紙袋を持っていたガキの顔。



 ……っ!


 思い、だした……!



 あの時のガキ、あれ、豪腕自由同盟をたった一人で潰したっていう死士内要注意人物だっ!


 なら、この紙袋は……



 あのガキが、仕掛けた、罠!?



 でなければ、紙袋に偽物を入れておく理由がない。


 ありえん。

 弟さえ知らない俺の回復制限。

 ヤツはソレを、いつ、どうやって把握した!


 ありえない。

 だが、ありえた……っ!



 えも知れない恐怖が俺を襲う。


 方法は、なにかあるはずだ。

 俺が、想像もつかないだけで……!


 その恐怖は、ただの人が俺達サムライを認識できず、霊や妖怪などと思い恐れるのに似ていた。

 全てを見通したその行為は、サムライを超えた更なる存在のように思えた。


 アイツには絶対勝てない。


 そう俺に確信させるには、十分な芸当だった。



 豪腕自由同盟が、やられるわけだ……



 俺はどこか納得がいかないまま、迎えにきた闇にその全てをゆだねた。

 あぁ、この闇の黒も、美しい……


 そんなことを、思いながら。




──ツカサ──




 並んでいると、俺の二人前のところで今日のプリンは売り切れとの札が上がった。


 Oh。

 あと一歩というところで買えなかったよ……


 一応お詫びとして、紙袋とポストカードがもらえた。

 次来た時、ちょっと割引してくれるらしい。


 ちくしょう。こういうサービスしてるから繁盛するんだ。それならもうちょっと余分に作っといてよ!


 あとでまた買いに来るから覚えてろー!



 さて。どうしよう。

 ここのプリンを買って帰るというのはメールしてしまった。


 こんなことなら買ってからメールするべきだったな。



 だが俺は、秘策を思いついた!


 プラシーボ効果ってのがあると聞いたことがある。


 偽の薬でも、薬だと思って飲むと効果があるってヤツだ。



 それを応用し、他のトコで買ったプリンをもらった紙袋に入れて、ここのプリンだと誤魔化す! どうかな!?



 ふふっ。自分の才能が恐ろしい。


 これで彼方に怒られることもなく、みんなに褒められる。

 完璧。完璧な作戦じゃないか!


 バレたらその時は素直にごめんなさいしよっと。



 そしてしばらく。




 ……紙袋なくなったぁ!




 他のお店で似たような入れ物のプリンを買い、ぱっと見ただけじゃわからないよう綺麗に紙袋に移してあとは帰るばかりと休憩していたら電話があって、終わって手元に紙袋がないのに気づいてベンチに置いたままだと慌てて戻ってきたけど、紙袋はもうなかった……


 ほんのちょっと油断してうっかり忘れただけだってのに、なんてこったい。



 親切な人が落し物として届けてくれたんじゃないかと希望を胸にインフォメーションセンターに行ったけど、届いてなかった。



 これは、神様がそんなことをせず、素直に買えませんでしたと頭を下げろという天の思し召しってことだな。

 そうかい。わかったよ! そうするよ!


 俺は、物欲にとりつかれ小遣いをせしめようとするのはいけないことだと悟りを開き、とても穏やかな気分で家路につくのだった。



 ほら、俺の体はこんなにも軽い!


 とぼとぼ……




 帰って素直に並んだけど買えなかったと謝ったら、プリンの代わりに膝枕と耳かきで許してもらえた。


 これで許してもらえるならお安い御用ってもんだ。



 めでたしめでたし。




──亜凛亜──




「尚治さん!」


 巨大な二つの士力がぶつかりあい、大きく乱れ破裂した場所に私は駆けつける。


 そこには、疲れて膝をつき、荒い息をはいている先輩サムライがいた。

 倒れた『火吹き』は意識はなく、その後ろ手には手錠がかけられていた。


 どうやら、勝ったのはこちらのようだ。


「やりましたね」

 ほっと胸をなでおろし、事後処理のためサポートに連絡を入れる。



「……ああ。ギリギリだった。あのプリンが回復制限の品だったら俺は炎を吸収し切れなかっただろう」


 尚治さんが床に散らばるプリンの容器を見回す。

 あの紙袋。世間に疎い私でも知っている。並んでも買えるかわからない、毎日売り切れ必須の人気店だ。


 サムライである私でさえ現物を見たことのないこのあたりでは有名なスイーツ。


 その入手難度を考えれば、回復制限の必需品と限定がかけられていた場合、それ一つで士力が全快した上、基礎威力や範囲は大きく増していたことだろう。


 一つで全快とすると、かなりの時間戦い続けられるほどの数が床に転がっていた。


 これだけの回復アイテムがあるなら、逃げずに堂々と戦いを挑んできても不思議はない。


 でも……



「なぜ、それを手にして回復できなかったんです?」


 言っては悪いが、これだけの物があって負けるのはおかしい。



「簡単な話だ。これは、その店のものじゃない。裏のラベルを見てみろ。別の店のプリンだ」


「えっ? ほ、本当ですね」


 一つひろい、ラベルを見る。

 すると、その店のプリンではなく、別の店のプリンだった。



「そういえば、今日ここのプリンが売切れになったのは彼が逃亡する前のことです。これを自力で並んで買えるはずがない……」


「つまり、他の誰かが買ったものを盗んだか奪ったかしたということか……」


「それが、偽物だった……」


 紙袋は、本物だ。

 そこにプリンが入っていれば、外から見るだけでは本物と勘違いしておかしくはない。


 つまり、誰かが別の店で買ったプリンを、あえて本物の紙袋に入れた。


 なんのために……?

 その店のプリンと、誤認させるため。それ以外にない。


 そこにたどり着いた瞬間。私はぞっとした。



 それはつまり、誰かがわざとそれを仕掛け、『火吹き』はそれにひっかかったということになる。


 意図的に、騙したということに他ならない……!



 やったのは尚治さんではない。


 だが、私はその相手の弱点を完璧に見破り、士力も感じさせずそこをつくようなことを平然とやってのける人物に心当たりがあった。


 彼がやった。というのなら、納得ができる。



 片梨士君。



 彼なら、これを意図的にやっていてもまったくおかしくはない……!



 これが本当に彼の仕業だとしたら、彼に助けられたサムライは三人目ということになる。


 鎧谷から先生。弾間から私。そして、今回。


 三名ものピンチを、彼は密かに救ったということになる!



 だが、今回も証拠はない。

 あるのは、予感だけだ。


 そもそもなぜ、こうも秘密裏にサムライを助けてくれるのだろう?


 ただの親切心? それともなにか目的があるの?

 


 ダメだ。その意図はやっぱりわからなかった……




──亜凛亜──




「報告は聞いた。これで三例目である可能性があるのだな?」


 秋水から得た情報の結果により、また一人の死士が捕縛された。そのことを再び集結した三老中に報告し、さらに今回の件もふくめた死士撃破の真相を報告した。


「正確に言えば、四例になります。八代の一件。あれも先生。刀十郎師を狙っていたなら、それも彼の仕業でしょう」


「……にわかには信じがたいな」

 いつも無口な三人目の老中が口を開く。

 それは、それほど衝撃的な報告だったという意味でもあるだろう。


「はい。どれも確たる証拠はなく、状況証拠。しかも、憶測と仮定のみですから」


 私も思わずうなずいてしまった。

 信じられなくても無理はない。


 私とて、鎧谷から先生が救われたという状況から、八代が倒されたという流れを追っているゆえ推測できる事態だ。

 でなければ、どれにおいても彼が関わっているなど考えられないだろう。


 なので今までまともに報告してこなかったが、四例も続けば話は別。


 裏づけはなくとも、しっかりした状況証拠を積み重ねたならば、この三老中の方々ならなにか気づいてくれるだろう。

 そう思い、きちんと報告しようと思ったのだ。



「士力をまったく感じさせず、弱点をつき、死士を倒す。確かに不可能ではないが……」


「実際にそれを実現しているなら、我等に隠す必要はないと思うんじゃが。いや、実際出来るからこそ、我等も相手にしていないということか?」


 老中二人が、ううむとアゴに手をあて首を捻る。



「予知の特性を持ち、人に知られてはならぬ。という制限があるのやもな」


「確かに、人に知られてはならぬ。味方がいてはならぬという制限ならば納得がいくのう」


 確かにそれなら、その場で士力を感じられないのも、士力を使わず相手を倒せるのも納得は出来ますが……



「だがそれでは、豪腕自由同盟は屠れまい」


 三人目の老中が二人の推測を否定する。



 豪腕自由同盟の場合は、弱点をついたとかそんな次元の話ではなかった。

 真正面から、身に纏った鎧以外の士力を使わず相手を倒しているのだから。



「あれは死士の捏造。それならば十分スジは通るじゃろう」

 二人目がその否定をさらに否定した。


「……」

 これ以上の反論はしなかったが、どこか納得はいかないようだ。

 この方は、豪腕自由同盟の壊滅に映っていた士君は死士の捏造というのに異議を唱えた方だ。


 だから、予知しただけで勝てるほど甘くない豪腕自由同盟も倒せなければ道理が通らないと考えているのだろう。



「予知でなく、味方もいない一人の時もの凄く強いという制限なのかもしれませんね」


「その可能性もありえるな。じゃが、それでは士力をもちいず敵を倒せる理由にはならぬ」


 むむっ。一瞬で論破されてしまった。

 秘密にしてかつ一人で。という可能性も考えたけど、結局士力を用いず。という強さ以前の説明にはなっていない。


 士力も刀も使わず死士を倒す士君と豪腕自由同盟を屠った士君。どちらもを両立させようとすると大きな矛盾が生まれてしまう。

 まるで、陰と陽。裏と表が二つ同時に存在しているようだ。


 ひょっとすると、ソレが士君の強さの秘密なの……?



「いずれにせよ、憶測だけではラチが開かぬ。こうなれば、あえて事態を動かそう」


「む?」


 一人目の老中が思い腰を上げた。



「秋水とあわせる。ヤツの望むとおりにな。それでヤツの目的もわかるし、その出方次第でこの少年の隠された力の一片も見えるかもしれん」


「じゃが、もし襲われでもしたら……いや、それは好都合か」


「……確かにそうかもしれないな。なら、あくまで偶然遭遇したという体をとれば文句も出なかろう」


 どうやら、秋水の望みを叶え、士君とあわせ、その動きを見るようだ。

 もっとも、秋水の願いを聞き入れたというのでなく、偶然顔をあわせたという形にするみたいだけど。


 これで、秋水の目的と士君の隠された力がわかるのなら、一石二鳥だろう。

 万一襲われたとしても、予知であれば教われる前に対処するだろうし、強いなら返り討ちにするだけ。


 あくまで偶然の遭遇だから、士君も我等に怒る理由はない。



 そして、秋水にやられたとすれば、それまでのこと。


 冷酷だが、力を隠しているのだから、そのような事態になって対処できないというのは言い訳にはならない。



 いずれにせよ、我々の心配事が一つ減ると言っていい。



 なんにせよ、なんらかの動きが見えるに違いない。



 要注意人物二人の遭遇。それにより、いったいなにが起きるのだろう?


 それは、それをセッティングした私達にさえわからないことだった……




 おしまい

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