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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
51/88

第51話 彼方覚醒


──亜凛亜──




「あの豪腕自由同盟を壊滅させたのが、この少年だというのか?」


 秋水が示した動画を見て、老中の一人が口を開いた。



 私は今、緊急で招集されたサムライ衆の老中会議に出席している。


 議題は、件の豪腕自由同盟壊滅に関してだ。


 ここにいるのは、元サムライであり、私達サムライ衆の実務を取り仕切る三老中と呼ばれる方々だ。

 この老中職は、サムライの最高位にして闇将軍の封印を守る要である裏将軍に次ぐ地位であり、表に出ない裏将軍様にかわり、私達に指示を出している方々だ。

 実質的に、私達の最高責任者と言っていい地位の方である。


 お年は六十代から八十代と様々で、同年代である先生ももうこの地位についていておかしくはないのだけど、先生は現役に拘っている。


 その名刀十選、第四刀であり、現在入院中の刀十郎先生の代理として、この会議に顔を出した。

 ……わけでなく、今回の問題。豪腕自由同盟の壊滅について、その張本人とも言える片梨士君を知るサムライとして、その人となりを説明するため招集されたのだ。


 士君の顔が映し出され、思わず声をあげてしまったのだから、言い逃れは出来ないし、少し調べれば入団のゴタゴタで名刀十選の方々や一部職員に顔が知られているのもわかる。

 だから私は、隠すことなく素直に出席に応じたというわけだ。


 でも、私達サムライ衆の実質的最高責任者を三人も前にすると、流石の私も緊張します……



「動画を見る限りは、そうなります」

 まず口を開いたのは、この動画を調べた技術者だ。


「そうなる。とは?」


「この動画が偽物、捏造でないかを私どもは調べました。投稿されたモノを調査したので絶対ではありませんが、これはなんらかの力で捏造、改ざん、編集された可能性は限りなく低いと思われます」


「ならばやはり、この少年が壊滅させた張本人ということになるのだな?」

 最初に口を開いた老中が改めて口を開いた。


 だが、技術者は首を横に振る。



「この動画に編集された箇所はありませんが、この動画そのものが刀の特性で作られた幻ということは否定できません。本当にあったことを映したのか、この動画そのものが捏造なのか。それは元データを調べないと……」


 そういうことか。と皆うなずいた。


 刀の特性を使用して作られた幻。もしくは精巧な模型などが使われていたら、この動画だけではどうしようもないということらしい。

 つまるところ、この動画そのものが捏造である可能性もゼロではない。



「じゃがこれは、死士達に危険を知らせるためのものだろう。秋水が我々に存在を知らせるなどというのはあちらにしても想定外のはじゃ。ならば、本物という可能性も高いのでは?」

 もう一人の老中がくちばしを挟んできた。



「いや、そうとも限らんらしい」

 最初の老中が、私に視線を送ってきた。


 どうやら、私の出番のようだ。


 私は促されるままに立ち上がる。

 説明するのは士君に関してじゃない。別のことだ。



「この少年が豪腕自由同盟を壊滅させたと死士達に思いこませたい思惑の者がいるからです」


「どういうことじゃ?」


「先日、死士のスパイが私に近づいていたことが判明しました」


「聞いておる。まさか、サムライの懐に入ろうとするやからがおったとはな」


「士力が見えるとはいえ、そいつは接触したばかりで重要な情報は握ってはいないと……まさか?」


「はい。彼女は新しく入った片梨士の顔と名前を知っています。なにより、その実力も」



 彼女は私と共に、士君の実力を目の当たりにした者の一人だ。


 鎧谷を倒したことも知っているし、あの八代をけしかけたのも間違いなく彼女だろう。

 闇将軍を復活させるべく活動する死士集団に所属する彼女が、士君をその障害と考えても不思議はない。



 あの動画を見た後、秋水は言った。


「死士ならば間違いなくこの動画をチェックしているだろう。そして、この動画を見た死士どもは、こいつを狙ってやってくるぞ。仇討ち。腕試し。死士としての名声など、様々な理由でな」


 強いものが死士の正義。

 それを大々的に喧伝出来るのだから、その機会を逃すことはないだろう。とのことだった。


「そして俺は、こいつに会いに来た。いつ会える?」

 そう言われて、はいあわせます。とはいかないので秋水はそのまま牢屋に幽閉中だ。



「つまり、闇将軍復活の障害となる彼を仲間ではない死士に襲わせるという策の可能性もあるんです」


 動画を最初見た時驚いたが、情報を得意とする彼女が関わっているとなると、そういう可能性もありえた。

 彼女の仲間である死士集団の中に幻が得意なものがいれば、動画の捏造もあり得るのだ。



 私の説明に、場の全員がうなずいた。


 老中の方々は彼が入団時に名刀十選第九刀の長居さんが士力を纏わない彼に手玉にとられたということを知っている。それほどの実力を持つのだから、闇将軍復活の障害になると罠にかけられても不思議はないと納得したようだ。



「闇将軍を復活させるため、手段を選ばんということか」

「死士も全てが仲間。一枚岩というわけでもないからのう」


 そもそも、サムライの中で豪腕自由同盟を壊滅させたと名乗りでなかった時、死士同士の縄張り争い。潰し合いというのが最有力だったのだ。


 こう言うのもなんだが、死士達は小さなサムライ達の集まりとも言える。

 私達サムライ衆とは違い、どこもかしこも好き勝手に行動しているのが実情なのだ。



「つまり、この動画は死士さえ騙すために作られた可能性もある。ということか」


「じゃが、死士の中では豪腕自由同盟を壊滅させたのは彼ということとなり、襲撃を受けるのは間違いないということになるな」



 動画が本物であれ偽物であれ、今後士君が死士に狙われるのは絶対だというのは確実だった。



「しかし、それほどに強いのか、その少年は?」

 捏造だった場合、闇将軍を復活させる一団。正確には『有浦まほろ』の評価の士君は、豪腕自由同盟を壊滅させて不思議ない強さを秘めているという意味でもあった。


「どうなのじゃ?」


 実際に顔もあわせたことの無い老中達が当然の疑問を浮かべる。


 うながされた私は、会議室の大スクリーンに彼のデータを映すよう技術者に視線をむけた。


 大スクリーンに、士君のデータが映し出される。



 映し出されるのは、先日の偽装アミューズメントで得たサムライ試験のデータと、彼方ちゃんをダシにしてとったヤタノカガミの測定データだ。


 顔写真が映し出されると、改めて驚きの声があがった。

 やはり、瞳が赤く光っていないだけで、動画の彼は、確かに闇の衣を脱いだ謎のサムライと同じだからだ。


 そしてデータにある、サムライの才能なしという試験データに首をひねり、ヤタノカガミによる測定。士力0という値でそういうことかと納得の声が上がる。



「まさかこの少年、この若さで『封神』を極めているというのか? この時代に、あの秘技を!?」

「だとすれば、豪腕自由同盟を単独で壊滅させたと評価するのも納得がいく」

「……っ!」


 士力0を見て、三老中の方々が納得と驚きの声をあげた。



「もうしわけありません。不勉強で。『封神』とは?」

 納得する三人を尻目に、私は思わず疑問の声をあげてしまった。

 技術者の方も、知らないように首をひねっている。


「まあ、今の若い者では知らぬのも無理はないか」

「あれはあつかいが難しく、ワシ等の時代とて実現できたものは皆無じゃったからな」

「……」


 三老中達が、自分達だけうなずきあう。


「『封神』とはの……」



 意図して体内の士力を抑え、外に漏らさないようにする技術は『気殺』と呼ばれる。


 全七層ある士力の門を意図して閉じ、外からぱっと見てサムライとはわからないようにする技術だ。

 これは、サムライを見分けるアミューズメントの試験や、ヤタノカガミを用いたり、意図的に閉じられぬ門の奥まで探られたりすればその者がサムライであるとわかってしまう。


 士力を操ることに長けたものでさえ、最後の第七層まで閉じることはできず、そこまで封じることでやっと、その『封神』を行う前提が完成する。


 そして、七層すべて閉じるとなれば、士力が外に漏れることはなくなり、ヤタノカガミでさえその士力を0と測定することになる。


 そうして完全に士力を体の中に封じるということは、それを内部に溜めこむということになり、それを解放した時の一撃は途方もないパワーとなる。

 それが、『封神』と呼ばれる秘技であり、その解放の一撃は神さえ砕く一撃となるとさえ言われている。



「士力全てを燃やしつくし、奇跡を起こすと言われる『神風』と同時にその士力を解放すれば、かの闇将軍を倒すことも可能とさえ言われておる。奴等が警戒するのも当然と言えるじゃろうて」


「……」

 三老中の方々の説明に、私はおろか門外漢の技術者達でさえ声を出すことが出来なかった。


 これが事実なら、長年続く争いに終止符がうたれる可能性さえ出てくる。

 もっとも、士君の命を捧げて。という前提がつくが。



「しかしここまで考えると、死士を彼にぶつけるための捏造と考えるのがよいじゃろう」

「うむ。むしろ、彼を保護すべきだろうな。本人に保護される気はないだろうが」


 士君はこちらなど眼中にもない状態なので、保護というより勝手に護衛につくと言った方が正しいかもしれない。


「しかし動画が捏造となると、一体何者が奴等を壊滅させたのじゃろうな……?」


「闇将軍を復活させることを狙う例の一団がその復活のため、生贄に使ったのでは?」

「それを、その少年のせいにしたということか。したたかなものじゃ」



「確かに、死士側に捏造し仲間でない奴等をけしかける理由はあるな。しかし、この動画。本当に捏造なのか?」


 三人目の老中がついに口を開いた。



「む?」

「それは、どういうことじゃ?」


「この動画が真実を映しているという可能性も捨てきれないということだ。これがもし、真実だった場合、対処を誤ればこちらも危うくなるとは思わんか?」


「危うくなる。じゃと?」


「動画の少年は、士力を吸収しておる」



「「っ!!」」


 その仮説に、老中達だけでなく私達も息をのんだ。


 確かに、これが死士達への注意喚起の動画で、真実をうつしたものだとすれば、その被害は死士にとどまらない可能性があるからだ。

 士力を狩るのが目的だとすれば、下手をするとこのカメラの映像は意図したものだったという可能性さえ生まれる。


「この少年がこちらに所属したのは、我等に邪魔されないためかもしれん。死士を狩っている間は、咎めはうけぬだろうからな」


 そして、死士を狩りつくし、その士力を吸い尽くしたあとは……



「『封神』を使い、我等にさえ真の力を隠すのは、後々我々にも牙をむく可能性があるとも言えんか?」


「……」

 全員が沈黙する。


 彼がその力を我々に隠すのは、我々が眼中にないのでなく、目的のため、我等にその力を知られないようにするため。

 確かに、その可能性も否定は出来なかった。


 そして可能性の問題で言えば、裏切り者の彼女もこの動画を見て、脅威を確信して行動したという可能性もありえる。



「死士が映像を捏造した可能性も否定は出来ぬ。しかし、ワシの仮説もまた否定は出来ぬと思わんか?」



 豪腕自由同盟を倒した存在。

 それは、名刀十選全員でかからねばならぬほどの強敵。


 それが実は味方ならばとても心強いが、それが敵ならばこの国の平和にとって大きな障害となるだろう。


 だが、それを断定するにはあまりに情報が少なすぎた。



 唯一確実と言えるのは、この動画を見た死士達が、この少年。片梨士君に殺到するだろうということだけ。



 それが、死士の目当てなのか、彼の目当てなのかもわからない。



「どうやら、もうしばらく調べが進むまで、様子を見るしかないようじゃな」

「うむ」

「それがよいだろうて」


 三老中がうなずきあった。



 ひとまず士君は自由に泳がせ、様子を見ることが決まった。



「して、秋水の方。ヤツはいかがする?」


「あいつか……」

「むう……」

 三老中が苦い顔をした。



「ヤツも相変わらずなにを考えているのかわからんな。いきなり死士に堕ちたかと思えば、今度は堂々と姿を現し、当事者にあわせろなど」


「なんらかの考えがある。とは思いたいのじゃが……」

「それは、ぬしがヤツと交流があったからだろう。無駄な情は捨てよ」


「わかっておる」


「当人に会いたいと言ってきたというが、その目的はあうだけにあるまい。むしろ、会ってからなにをするのか。それが問題じゃ」

「うむ。ひょっとするとこの動画をサムライに知らせたのも、我々の不和不信を生み出す策かもしれんからな」


 この動画が捏造ではなく真実ではないかと言った老中がそう口にした。

 これを真実とし、士力を吸うバケモノと我等が考えた場合、それは内部に軋轢を生む可能性もある。それを狙った策かもしれないとの考えだ。


 さすが老中の方々。

 現役を退いたとはいえ、その頭の回転の方はまだ十分現役である。


「そうして、自分の味方に勧誘する可能性もある。今慌ててヤツにあわせてやる必要もあるまい。今は、ヤツも思惑を探るようにすべきだろう」


「ならば、こちらもしばらく様子を見るとしようか」


「そうじゃな」



 いずれの可能性も、現段階ではどれも確信はなく、ここで判断するには早計との結論に至った。

 調査の続行が指示され、しばらくは現状維持が保たれることとなった。


 下手に反応するのも、むこうの思う壺かもしれないからだ。


 調査が進み、この動画を投稿した者の素性がわかれば、この動画がただの注意喚起だったのか、それともでっち上げ立ったのかもわかる。

 それを待ってからでも遅くはないと判断したのだろう。



 士君の方も、意図して力を隠していることから、こちらから接触するということはしないということになった。


 いわゆる囮として死士に襲撃させ、彼の出方を見るというのである。

 その対処法により、意図してあの監視カメラにうつり、死士をおびき寄せたのか、それとも闇将軍を復活させる一団による一方的な抹殺なのかを確かめるというのだ。


 士君を囮に使うというのは反論したかったが、私の擁護こそ彼の思惑の上という可能性はすでに老中のお一人が示されていたため、口には出さなかった。


 現状で彼の思惑を確認するにはこれしかないからだ。



 どうせしばらくは、死士と士君との戦いとなり、こちらに被害は出ないから。というのも様子見の理由である。



 ただ、あの動画を見た死士達が彼以外を人質にとるという可能性も捨てきれない。

 三老中もその事は憂慮しており、彼以外の家族にはそれぞれサムライが何名か護衛につくこととなった。


 さすがに、人々を守るのが目的の我々サムライ衆では、そこまで無情の囮には使えないと判断したらしい。

 私もこの決定には、ほっと胸をなでおろした。



 こうして、死士とサムライ。そして士君と、互いの腹の中を探り合う作戦がはじまるのだった……




──ツカサ──




 俺はこの日、朝から落ち着きがなかった。


 何故なら朝、登校して下駄箱を開けた時、そこに一枚の手紙を見つけてしまったからだ。



 こっ、これは……!


 ハートのシールで封をされた封筒に、女の子特有の丸文字で俺へという宛名つき。



 これは間違いなく、ラ、ラ、Loveレターというヤツじゃぁないか!?


 高鳴る期待と動揺に胸をときめかせ、おトイレの個室でこっそりと中身を確認する。


 内容は、とてもシンプルで短いものだった。



『放課後、16時30分。時計塔の最上階で待ってます』



 時計塔とは、俺の通う学校の中心にある、敷地のどこからでも時間を確認できるという、立派な立派な、この学校を象徴する建造物だ。

 その最上階には街を一望出来る展望台があり、絶好の告白場所となっている。


 そこに俺は呼び出されたのだ!



 それは、古風だがインパクトは抜群のシロモノだった。


 Loveレター。

 たった一枚の紙に書かれた短い一文だというのに、そう考えるだけでこれほど心が躍る物は他にない。


 い、いや、落ち着け。落ち着け俺。これはまだラブレターと決まったわけじゃない。

 ただの呼び出し状と考えるべきだ。


 ひょっとするとタチの悪いいたずらの可能性もあるからな。むしろその可能性のが高いってモンだろ!(精神的保険)


 だから俺、あんまり期待するな。期待して裏切られた時、ダメージが大きいからな!



 そわそわ。

 そわそわそわ。



 この日一日。

 俺はいろんなことが手につかなかった。


 そしていろんなことを考えた。

 いろんな可能性を考えた。


 でも、行かないという選択肢はなかった。



 たとえ罠だったとしても、バツゲームだったとしても、男には行かねばならない時があるんだ!



 だって、こんな経験、はじめてだもん!




──亜凛亜──




 老中会議も終わり、私は彼方ちゃんに今回の事情を説明するため合流することにした。


 彼女には一応死士が士君を狙う可能性があり、その家族も狙われるかもしれないから護衛がつくとだけ伝えてある。

 動画の件に関しては、直接会ってから説明する。

 教えた途端、士君に直接聞きに行きかねないからだ。


 それでは、死士と対峙した時の士君の出方が見れなくなってしまう。

 それらのことがないよう、最低限の説明しか彼女には伝えていない。


 ゆえに、彼方ちゃんにつく護衛は私だけだ。


 一般人であるご両親には二人のサムライがつく。


 彼女に対してサムライが私一人というのは、彼方ちゃんはご両親とは違い守られるべき力なき人ではなく、私達と共に戦うサムライだからというのがある。

 まだサムライを相手に戦うのは難しい卵であるゆえ、護衛はサムライ一人ということになった。


 さらに、最初に調べたとおり、彼女は士君と同じ学校の中等部に通っている。

 同じ敷地内とはいえ、高等部、中等部の校舎は離れているが、そこには士君もいる。ゆえに、実質二人のサムライが彼女の護衛にいると考えて差し支えないという理由もある。


 まあ、サムライも人手不足という一面もあるんだけど……


 おまけで追記しておくと、私は彼女の事情を知っているから、彼女が納得しがたいと言った場合、説得しやすいという点も護衛に選ばれた理由でもある。



 なにはともあれ、これからしばらく、登下校の間は私が彼女につく。

 やはり、登下校という時間帯が一番の危険地帯となるからだ。



 中等部から門を出てすぐの公園。

 そこが私と彼方ちゃんの待ち合わせの場所だ。


 ついたものの、彼方ちゃんはまだ来ていなかった。


 学校は目と鼻の先。

 すでに時間も放課後だから、もう来ていても不思議はないのだけど。


 あの子は天才で優等生だから、先生や友達に用事でも頼まれているのかしら。

 彼方ちゃんなら普通の生徒の半分以下の時間で済ませられるだろうから、引っ張りだこになっていても不思議はない。


 今のところ、学校の出入りに怪しい人物は報告されていない。

 一般の監視員では士力を纏ったサムライの姿は見えないが、士力を纏っていれば今度はサムライや従者の方がわかる。


 ゆえに、『見えず』の八代のような規格外でもない限り、生徒や関係者でない者の出入りは把握できている。


 その報告がまだないのだから、怪しい人物の侵入はないのだろう。

 まあ、時間の指定はしていないのだから、気長に待つしかない。



 ~♪



 私の携帯がなった。

 これは、電話の着信音。


 彼方ちゃんからだ。


 遅れるという連絡だろうか? それならわざわざ電話してこなくてもいいのに。

 取り出し、通話をはじめる。



「彼方ちゃん?」


「亜凛亜さん! 今、追われています。多分、死士です」


「っ!?」

 耳に流れた声に、一瞬自分の耳を疑った。


 どういうこと?

 怪しい人物の侵入はなかったはずだし、士力を纏った気配も感じられなかった。

 すでに『見えず』は倒され、あれほどの規格外はすでにいない。


 なのに、怪しまれず学校に侵入できるなんて、なぜ!?


 でも、答えはとてもシンプルで明快だった。


「去年から学校に来なくなっていたクラスメイトがいたんですが、急に来たと思ったら、彼が死士で、私をとらえようとしているんです」


「なんですって!?」



 学校関係者。

 確かにこれなら、怪しまれず彼女のところまで行くことが出来る!


 資料によると、中学二年に進級した頃から学校に来なくなり、進級はしたが一度も登校して来なかった子がいたらしい。

 その子が突然登校し、放課後彼方ちゃんに声をかけ、校外へ連れ出そうとしたが、怪しんだ彼女が私との合流をほのめかすと、無理矢理連れ出そうとしたとのことだった。


 彼女が逃げると、その子は刀を抜いて追ってきたのだという。


 刀は体の中から現われ、他の人達はその刀をまったく気に留めない。

 つまり、彼はサムライだということになる!


 そこまで聞いて、彼女を追うのは間違いなく死士だと結論づけた。


 まさか、こんな狭いところにもう一人士力を操れる子がいるなんて。

 不登校になっている間に、死士がその子を見つけ、弟子としたのだろう。


 中学三年の時点で刀を抜くなんて、十年修行する私でも出来なかったことだ。私でさえ、六、七年かかったというのに。



「刀をすでに抜いた相手ではいくら彼方ちゃんでも分が悪いわ」


 相手が刀の特性まで発現させているかはわからないけど、刀ありとなし。さらに士力の門も開いているかいないかでは圧倒的な差がある。

 いくら彼女が天才だといっても、刀もなしにサムライと戦えるわけがなかった。


「はい。いくら私でも、今の状況では逃げ切ることも難しいかもしれません」


「ええ。待ってて彼方ちゃん。すぐに助けに行きま……」


「だから、私も刀を抜いてかまいませんか?」


「……ん?」


 電話のむこうは大ピンチのはずだというのに、私は思わず唖然としてしまった。

 いきなりこの子はなにを言っているのだろう。


 一瞬理解が追いつかなかった。


 今、この子はなんと言った?

 刀を、抜いていいか?


 確かに刀を抜いたサムライを相手にするのは、同じく刀を抜かねば厳しい。

 ちょっと前に無手で倒すなんて例外があったけど、アレは例外中の例外だから除外するとして、刀を抜いて対抗するというのは大いに正しい。


 でも、彼女は士力とサムライのことを知ってまだ数日。

 サムライ衆にも入ったばかりで、基礎的なことは教わったはずだけど、本格的な訓練はまだはじまってもいない。


 一応、一応だが、いわゆる教科書は渡してあるから、それを読めばやり方くらいは頭に入っているだろう。

 でも、そんなの無理に決まっている。


 サムライのこと、士力のことを知ったばかりの彼女が士力の門を完全に開くどころか、いきなり刀を抜くだなんて。

 いくら才能に溢れる彼女と言えども、そんなのできるわけがない!



 だというのに、彼女はいきなり刀を抜くという許可を求めてきた。


 わざわざ上に許可を求めるなんて、若いのになんて出来た子だろう。

 いや、そうじゃない。



「一応確認しますが、そこらで拾った模造刀とかのことではありませんよね?」


「ありませんよ。正しいサムライの刀です」



 どうやら本気のようだ。

 本気で彼女は、刀を抜いてそのクラスメイト死士に対抗するつもりらしい。


 コレが本当ならば、とんでもない。


 彼女はまだ、士力の門も認識したばかりの素人。


 本当に、出来るとしたら……



 彼女は紛れもなく、本物の、天才。




 天才。




 その可能性が頭に流れた瞬間、私の体がぶるりと震えた。


 彼女ならば、本当に出来るかもしれないと、思ってしまったからだ。


 なぜなら彼女は、あの士君の妹なのだ。

 これで彼女がそれを成功させれば、その兄である士君もまた、それ相応の才能に溢れていて不思議はない。


 それは一種の証明とも言えた。



 だから私は、一つ、賭けに出た。



「刀を抜くことに私の許可は必要ありません。士力さえ解放してもらえれば、すぐそこに私もむかいます。刀を抜いてでも、私が行くまで持ちこたえてください!」


「わかりました」


 二つ返事で彼女は答えを返し、電話が切れた。



 直後。



 カッ!!



 学校の敷地内で、士力の柱が大きく立ち上がったのが感じられた。


 強大で膨大だが、柔らかく、暖かな士力。

 それは、冷たく、感覚を突き刺す死士独特のものではなく、我々サムライのものだった……!



 私は体に士力を纏わせ、そこにむかう!

 両足に力をいれ、地面を蹴った!


 待ってて彼方ちゃん!




──クラスメイト 藤谷──




 僕は、天才だった。

 周囲にいた人達は誰もが僕を褒め称え、大人達は常に僕を絶賛した。


 常にナンバーワンだった僕は、この地域でもっともレベルの高い私立の中学に進学し、そこでも常にナンバーワンになるはず。……だった。


 でもそこで僕は、二番だった。


 どれだけ努力しようと、どれだけがんばろうと、僕はその子に勝てなかった。



 絶賛していた大人達はいつの間にかいなくなり、ママさえ僕を蔑むように見るようになった。


 ママにさえ見捨てられた時。

 僕は、あの人に拾われた。


 そして、士力という力を教えられ、人を超える力を得た。



 この一年、お前に復讐するためだけに力を研ぎ。そして、ついにこの時がやってきた!



 お前の兄がどうとか知ったことじゃない。

 僕は、お前を倒し、捕まえる。


 あの人に差し出せば、僕はまた褒めてもらえる。

 あの人に偉いね。凄いねって言ってもらえる!


 そして同時に、僕がお前より凄いって証明も出来る。



 だから、逃げるなよ。片梨彼方ぁ!



 僕は修行の末引き抜くことに成功した刀を振り回し、アイツを追い詰める。



 アイツはついに観念したのか、外に出たところで立ち止まった。


 おあつらえむきに、人はいない。

 耳には携帯が当てられている。


 助けを呼んだところで無駄だよ。士力の前に警察は無力だし、他のサムライが来る頃にはお前はボッコボコであの人の前に転がされている。


 お前頭がいいんだから、それくらいわかるだろ?

 この天才の僕から逃げられないことくらい、わかってんだろ?


 わかれよ!



 アイツは、余裕そうに携帯をしまっていた。



 まるで、この人気のない場所に誘いこんだのはむしろ私の方ですといわんばかりだ。

 どうしてお前は、そんなに余裕なんだ。お前は!


 僕は知ってるんだぞ。お前もサムライの力、士力を知ってるって。


 だから、刀を抜いた僕と士力の門も開いていないお前とじゃ、ダンプにつっこまれる子供くらい絶望的なんだ。


 絶対、僕にお前は勝てないんだ!



 なのに、なんで余裕なんだよ。もっと、泣けよ。叫べよ。許しを請えよ!



 イラつく。

 前からずっと、イラつく。


 天才の癖に、自分より上を知ってるような顔をしていやがって!

 上には上がいると、すでに知っているような態度しやがって!


 挫折を知って乗り越えたような顔しやがって!!


 お前より上が、そう何人もいてたまるか!



 僕を前にして、アイツは自分の胸に手を動かす。


 その動作、僕は知っている。

 僕も同じことをやったことがある。


 それは、体から刀を抜くという動作。

 最初の刀を引き抜くための、いわゆるハートから最も近いところに手を置き、己が魂を引き抜き、その分身を具現化させるという儀式。


 胸に手を当て、己に語りかけ、魂を解放し刀を生成する。


 大天才の僕でさえ、一年お前を恨んでやっと出来たことだってのに、ほんの少し前に士力を知ったばかりのヤツに出来るわけがない!

 士力の門さえまだ開いてもいないお前に、いきなり士力の解放と刀の生成の二つをこなせるものか!


 それは無駄な努力だ。

 だから、そんなことをせず、僕にひざまずけぇ!



 僕は、それを中断させるため、刃を返して振りかぶって殴りかかった。

 人質に使うから、殺すわけにはいかない。


 峰打ちだ。


 でも、骨の一本や二本や三本。死ななければいくらでも痛めつけていい!



 ボッコボコにしてやるうぅぅ!!



 ギィン!!



「っ!?」


 信じられない音と手ごたえが僕の刀から聞こえた。


 僕の振り下ろした刀。

 それが、アイツの手に握られた綺麗な刃紋を持つ一本の細長い棒。


 いや、刀に受け止められていたからだ!



「うっ、うそだ……!」


 目の前が、ぐにゃりと歪む。


 ありえない。あっちゃいけない。

 お前、士力を知ってまだほんの数日って話じゃないか。


 なのに、なんでっ!



 お前より。僕の方が上なのに。


 なんでそんなこと出来るんだ!


 つばぜり合いに入ったというのに、士力を上乗せしたアイツのパワーは、僕をはるかに上回っていた。



 なんだよ。

 なんなんだよ!


 なんでお前ばかり。


 お前ばっかり!!



 なんでなんだよおぉぉぉぉ!!



 ぶつん。

 僕の中で、なにかがはじけた。


 ぶわっ!


 同時に、力が。士力が刀から溢れるのを感じる。



 こ、これはっ……!



 きた。

 きたきたきた!


 きたきたきたきたきたーっ!



 僕の刀が。


 刀が、真に目覚めた!!




 サムライには三つの段階が存在している。

 最初は士力を操ること。


 ここでやっとサムライ見習いだ。


 次に刀を抜くこと。

 これでやっとサムライとしての資格を得たと言ってもいい。


 最後に、刀の力。特性の発動がある。

 己を現す唯一無二のパワー。


 それを発現して、やっと一人前のサムライとなる。




 さすが僕。

 この大一番で、真のサムライの力。刀の特性の発現に成功した!



 これで、この女に、勝てる!



 刀の形が変わる。


 それはいわゆる、ガトリングガンだった。


 一分間に何百発もの弾丸が発射できる重火器。

 それが、僕の刀の特性!


 すごい。これなら、コイツを……!



 僕はもう、命令なんて忘れていた。

 ただ、目の前の気に入らないヤツを吹き飛ばせればそれだけでいい。


 そう考えていた!



 バレルがものすごい勢いで回る。



 死ねっ。

 死ね死ね死ねっ!


 お前さえ死ねば、僕が一番なんだから!



「……」


 ヤツは死を悟ったのか、自分の刀を逆手に持ち、それを地面にむけ、ゆっくりと手を放した。


 ヤツの刀は、そのまま刃を地面にむけ、落下はじめる……




「響け。私の理想」




 ヤツの最後の言葉が響いたその瞬間。


 僕の刀から、士力で作られた弾丸が何千発も撃ち出された!



 激しい光があたりを包む。

 一分。二分。三分。五分。


 もう、撃てるだけ撃ちつくす。



 光が瞬き、カラカラと、ばれるが回るだけになっていた。


 僕の士力がつきたのだ。



 もう、何万発撃っただろうか。

 いや、何十万発撃った。


 間違いなく、片梨彼方はこの世からいなくなり、行方不明の未解決事件になった!



「勝……っ!?」


 勝利宣言をしようとした瞬間。

 僕は、固まる。



「……」

 だってそこに、あの女は、無傷で立っていたんだから……!




──亜凛亜──




 途中、士力を纏い彼方ちゃんの所へむかう私の存在を察知し、校内に侵入してきたもう一人の死士が私の前に立ちはだかった。

 それを撃破していたおかげで彼方ちゃんのところにつくのが少し遅れてしまった。


 私が到着した時、そこは地獄絵図のようだった。


 ガトリング砲を手にした少年が、一ヶ所にむけ弾丸を乱射しているというところだったのだから。


 ひと目見てわかる。

 あの少年の持つ重火器は、少年の生み出した己が半身。刀。


 人の技術が進めば、それに応じてサムライの認識も変わる。

 新たに生まれたサムライは、今まで生きてきた己の人生から、己が半身を生み出す。


 その際、今までになかった刀が生まれるのは、いわば必然と言えた!



 その狙いは、間違いなく彼方ちゃん。


 すでに銃弾はそこに到達しており、幾度も着弾の光を生み、弾幕が大きく輝いていた。

 これでは私が刀を抜いたとしてももう間に合わない。


 私がいながら、彼方ちゃんを守れなかったなんて!


 絶望と無力感にさいなまれそうになったが、すぐそれは間違いだと気づいた。



 弾幕の後ろでなにかが動いてる。

 気づき、注意深く彼方ちゃんの士力を探ってみると、そこでピンピンしているのがわかった。


 ガトリング砲から発射された士力の弾丸で気づきにくいが、彼女の士力に変化はまったくない。


 彼女は、生きている。


 そもそも、発射されるガトリングの弾丸が、彼方ちゃんに届いていない。

 彼女の目の前に現われた光のなにかがすべてそれを叩き落しているからだ。


 もの凄く早く動く、人型。


 それが、迫る弾丸すべてを拳と足で受け止め、はじき、いなしている!



 カラカラカラカラカラ。


 ガトリング砲の弾がつきた。

 銃弾の嵐が止まる。


 同時に弾けていた光も収まり、彼方ちゃんを守るソレの姿もあらわとなった。



「……え?」


 思わず声が漏れてしまった。



「勝……っ!?」

 勝利を確信していた少年は、その姿を見て声を詰まらせた。


 粉々にしたと思った彼方ちゃんが無事で、さらに彼女を守る人影が見えたからだ。



 そこにいたのは……


 彼女の前に立ち、彼方ちゃんを守護するように立っていたのは……




 彼女の兄、片梨士君だった!!




 でも、なにか違和感がある。


 姿は確かに士君だ。

 なのに、なにかが違う。


 確かに士君なんだけど、まるで後光が差すかのようにキラキラしたオーラを出し、顔もきりりと美化300パーセントくらいされている気がする。

 作画の気合が妙に良くて同じ人だけど別人みたいだとか、色々整えたとか、そんな違和感が感じられた。



「ありえない。どこから、どこからあらわれたんだよ!」


 ガトリング砲を構えた死士の少年が困惑の声をあげた。

 それは、死士の目から見てもそこに飛びこんで間に合うほどの余裕はなかったという意味だった。



「ふふっ。本当に、出てきた」


 彼方ちゃんが、キラキラ光る士君の背中を見て、成功に満足するように笑ったのが見えた。



「うそ、だ!」

 ──まさかっ!



 私と死士の少年。二人同時にその可能性に思い当たった。



 この場にいる士君。それは、彼女の刀の特性によって生み出された士君(偽)だ!


 士力の門を開け、刀を生成しただけでもとんでもないことだというのに、さらに刀の真の力、その特性まで発現させたというの!?


 歓喜より、ぞっと背筋が震えたのがわかった。



 こんな規格外、見たことないわ。



 これが、士君の、妹……!

 本物の、天才。



 彼方ちゃんが手を上げる。

 まるで目標を指し示すよう、右掌で死士の少年へむけた。



「さあ、兄さん(理想)。私を守って」



 今、兄さんという言葉のあとになにか見えた気がする。

 それがきっと、彼女の特性を示す、なにかに違いない!



「まかせろ。かなた」


 どこか違和感を感じる士君が、一歩前に出た。


 死士の少年はプレッシャーを感じ、気合を入れなおしてガトリングガンを構えなおした。

 士力は大きく消耗しているように見える。弾は出るかはわからないようだった。


 彼方ちゃんの刀は見当たらない。


 素手の士君が、一体どうやって……


 私が助太刀に入ろうかと、刀を抜こうと手をかけた瞬間。



「理想フラーッシュ!」


 士君(仮)の目からビームが出た。



 ちゅどん。

 と、死士の少年のガトリングガンが爆破し、少年は口から煙を吐いて、そのまま白目をむいた。


 あっちも完全に予想外の攻撃だったようだ。


 もちろん、私も。



 少年は、そのまま地面に倒れ、ぴくぴくと痙攣し、気を失った。

 撃退に、成功である。


 成功。だけど……



「きゃー。兄さん、すてきー!」

 彼方ちゃんが喜びの声をあげた。



 ……いいのか、これで?


 なんて思ったけど、刀の特性は時に理不尽な効果を引き起こすこともある。


 特に彼女のは、私の推測が正しければ特大に理不尽で強力だ。

 雲客の位という士力のランクを考えれば、下手すれば世界を変えうるかもしれない。



 死士を倒したことにより、士君(仮)は彼方ちゃんに振り返り、頭をぽんぽんと撫で、きらーんと歯が光りかねないまばゆいばかりの笑顔を見せた。


 うん。違う。


 私の知ってる士君とはまったく違う。

 私の記憶している士君は、もっと物静かで、言い方は悪いかもしれないけど、無口で無表情で冷静なイメージだ。


 こんなの士君は言わない。

 はっきりとわかるほど、別のイメージで動いているのがわかった。


 彼女にはあの子がこう見えているのかしら。



 士力によって顕現し、ここに存在するそれは、私の知る召喚系、現実干渉系の特性に合致していた。


 一方の彼女は、自分の思い描いた士君に頭ぽんぽんされ、ぽーっとご機嫌になっていた。



 彼女の特性。

 それは、『理想』だろう。


 思い描いた理想をこの世に顕現させる。

 ゆえに、理想のキラキラ光る士君が現われ、彼女が理想とする勝利を実現させた。


 ……目からビームって、そんな理想考えてたのね君。

 睨んだだけで、敵をすべて屈服させるとかそんな感じかしら。


 なんか間違ってる気がするけど、そういう特性なんだからしかたがない。


 ともかく、彼女の理想を実現するのだから、極めれば世界も変えかねないとんでもない力といえるだろう。


 制限を間違えなければ、理想の世界も作りえる。



 なんて特性なの。



「ぬふふっ。これでいつでも、兄さんに頭を撫でてもらえる気分が味わえます。それどころか……っ!」


 でも、彼女の性格を考えると、あまり不安はなかった。

 隠しきれずぐふふと笑う彼女を見て、私はそう思う。


 極一部の士君にしか興味ないみたいだから。



 もっとも、今の問題にその彼が関わっているのが問題だけど。



「あ、彼方ちゃん。そろそろ刀を納めた方がいいと思うわ。あまり長く出すと、士力痛が長引くから」


「亜凛亜さん、来ていたんですね。見てください。刀を……って、士力痛?」


 私に気づき、刀を自慢しようとした彼女が首を捻る。

 一緒に、理想の士君もこちらを見て首をひねった。


 さすがの彼女も、この『士力痛』は初耳だったか。

 そりゃそうね。まだ教えてないことなんだから。


 むしろ、刀の抜き方までちゃんと把握していた方が驚きなくらい。


 逆に知らなくてほっとしてしまうくらいだわ。



「筋肉痛と同じようなものよ。それが士力を使ったことで起きる。効果もほとんど筋肉痛と同じね。おさまると、少しだけ引き出せる士力の量が大きくなる。いきなり刀の特性まで発現させたから、しばらく全身が痛むかもしれないわ」


 身体の準備も出来ていない状態でいきなり三段跳びともいえる速度で刀の特性まで引き出してしまったのだから、士力痛にならない方がおかしかった。

 彼女の士力の総量がいくら多かろうと、その身体はまだ準備ができていないのだから。


 むしろ、これで士力痛が起きないとなると、彼女はこれ以上成長しないということにも繋がりかねない。

 士力痛は、彼女に必要な通過点となるはずなのだ。



「確かにいきなりですからね。わかりました。名残惜しいですが……」


 後ろ髪を引かれながら、彼女は理想の士君を消し、その刀を自身の身体。魂へ戻した。



 倒した死士を確保し、後始末のためバックアップに連絡を入れる。


 回収班が来るまでの間、倒れた少年死士を見おろす。


 残念ね。

 彼方ちゃんと同じく、この年齢で刀を抜き、その特性まで引き出した。


 彼方ちゃんには劣ったとはいえ、その才能は、きっと私以上。あと五年たち、私と同じ年齢になった時、私以上のサムライになれたかもしれない。

 出会いが違っていれば、ちょっとした掛け違えさえなければ、君も時代の片翼を担う立派なサムライになったでしょうに……


 そう思うと、残念でならなかった。


 このまま彼がサムライとして更生できるのか、それともずっと牢に繋がれたままとなるのか。それは、私にはわからない……



 しばらくすると、後始末のため従者達がこの場にやって来た。



「それで、どうして兄さんと私が狙われるんです?」


 後始末を終え、当初の予定通り再び二人になった時、彼方ちゃんは当然の疑問を聞いてきた。


 さすがに、聡い彼女に説明をしないという選択肢はない。

 状況から見て、彼女はあの一件になにも関わってはいないだろう。


 士君のした所業を聞き、彼女がなにを思い、どんな行動に出るか。それは私にもわからない。


 刀の特性を引き出した彼女を、私がとめられるかはわからない。


 でも、彼女なら、彼がなにかを企んでいたとしても、彼を正しい道に戻してくれると、私は信じている。



「わかりました。一から説明しますから、どうか冷静に」



 私は動画の一件から、死士の謀略の可能性。

 士君が自分の意思でしでかした可能性を伝えた。


「……」


 彼方ちゃんが、私の携帯に流れる動画を凝視し、動きがとまっている。



「……これ、何日の夜にとられたものなんですか?」


 動画をじっと見ながら、彼女は口を開いた。


「日付と時間は、その右下に表示されているもので間違いありません。24時間表記にはなってませんが、もちろん深夜の出来事です」


「ならこれは、捏造の映像だと思います」


「深夜に起きた一件ですが、確信があるんですか?」


「はい。この日、その時間、兄さんはトイレに起きていましたから。ちゃんと入って出てくるのも確認して、すぐ私もトイレを使ったから間違いありません!」


 彼女は鼻息荒く断言した。

 記憶力のいい彼女がこうまで断言するのだから、間違いはないのだろう。


 片梨家からその現場まで100キロ以上離れている。

 いくらサムライといえども、トイレに入っていてはことを起こせるわけがない。


「そうですか。なら……ん?」

 私は首をひねった。



「ちなみに、トイレの時間が重なっただけで、私が兄さんの動向に耳を傾けていたとか、トイレのあとを狙っていたとかそういうことはありませんからね?」



「あ、はい」

 なぜか微笑まれた。とっても怖かった。思わず真顔で返事を返すしか出来なかった。これが、天才……ッ!



「つまり、その時間家にいた兄さんにその豪腕自由同盟を壊滅させるのは不可能であり、この動画も捏造ということになります。きっと、亜凛亜さんをだしに情報収集しようとしていた裏切り者がでっちあげた以外にないということになりますね」


「それが事実なら、そうなりますね」


「やはり、身内の証言ですから、証拠にはなりませんか?」


「ええ。悪いのだけど」


 完璧な客観的な証拠とするなら、身内からの証言はやはり弱い。

 身内だから、かばっているという可能性が捨てきれないからである。


「ですが、私にはこれしか言えません。私は、兄さんを信じてますから。そもそも、兄さんがこの人達を排除する理由はないじゃないですか」


「まあ、その通りなんですが。一応、サムライになった彼方ちゃんを守るため。という推測もありますよ」


「わざとらしくカメラにうつって、こうして私まで襲われてるんですから、そんな浅はかなこと兄さんがするわけないじゃないですか」


「んぐっ……」


 お兄さんを貶めるようなことになると、一気に辛らつになるわね彼方ちゃん。

 でも、確かにその通りだ。


 豪腕自由同盟を倒したことにより、逆に彼方ちゃんを危険にさらしている。


 これじゃ本末転倒だ。



「というわけで、兄さんはやってませんから、兄さんを一人囮に使うというのは兄さんを無闇に危険にさらしているということになります。だから、兄さんに事情を話し、協力を仰ぐ方がサムライ衆のためになると思います。そう進言します!」


「……」


 まあ、そうなるわよね。

 捏造ならば、死士が士君を抹殺するために仕掛けた罠ということになるのだから。


 罠ならば、サムライ総出で潰して回った方が効率がいい。



「言いたいことはわかります。でも、でもですよ彼方ちゃん」


「なんです? 私は兄さんのところに行って教えて褒められるんですから!」


 行こうとする彼女の襟首を掴み、どうどうと押しとどめる。


 彼女はサムライになって日が浅い。その上、士君のこととなれば、彼女は上からの命令に従わない可能性も十分にあり得る。


 彼女が私達サムライを信用していないように、士君も同じく私達に信用されていないというのを理解して欲しい。

 でも、それを素直に伝えることは出来ない。


 でもでも、私は彼女をなんとかしてとめなければならない!

 だから私が、彼女の護衛に選ばれた!



「行く必要はありません。むしろ、見たくないのですか? 貴方の知らない、士君を。サムライとして力を振るう、彼の真の姿を!」


「っ!」


 抵抗が止まった。

 やはり、彼女の説得に一番有効なのは士君本人!



「よく考えてみなさい。君の知る士君は、誰かの助けが必要なほど弱い存在なのですか? そこまでして守ってあげなければならない、弱き者なんですか?」


「……」

 彼女は無言で首を横に振った。



「どうか、おさえて。上からの命に従えないとなれば、若い彼方ちゃんといえどもサムライを追放しなければならなくなります。そんなこと、私達にさせないで下さい」


「……わかりました。兄さんにはなにも伝えません。それさえ守ればいいんですね?」


 しぶしぶ。とだが、彼女は諦めてくれたようだ。


「ええ」


「わかりました。秘密にしていればいいんですね。なら。妹の私がただ兄さんと一緒にいるのは禁止できないってことになります」


「へ?」


「つまり、私が一緒にいれば、実質私と亜凛亜さんで兄さんの護衛が出来るってことになります!」


「──っ!」


 したたか!

 にんまりと笑う彼女を見て、私は反論できなかった。


 それは確かに、決められた定めに反していない!



「というわけです。今日は兄さんも誘って一緒に帰りましょー」



 おー。と手を上げる彼女を見て、私は負けたという意思表示として、肩をすくめた。

 中学生にやりこめられたというのに、悪い気はしなかった。


 この子はきっと、将来サムライ界を背負って立つ存在になりますね。



 なんてことを思いながら、私は彼女と一緒に歩き出す。



 士君と合流するために……




 スッ。



 歩きはじめた直後、私達の頭上を紙飛行機が通過した。



 珍しい物が飛んでいる。


 そう思った瞬間。




 ぱんっ!




 空を飛ぶ紙飛行機となにかがぶつかり、そのぶつかった方が砕け散ったのがわかった。



 砕けたのは士力。


 なにかが私めがけて飛来し、ソレが紙飛行機に当たって砕けたのだ。


 そのままそれが飛んでいれば、紙飛行機でなく私に当たっていただろう……



 私も彼方ちゃんも突然のことに、その紙飛行機を見上げる。


 なにかとぶつかったというのに、それは悠然と飛翔を続けていた。



 一体なにが起きたのか。

 私達が疑問に思った刹那。



 カッ!!



 刹那。学校の敷地外にあるビルで士力の柱が伸びたのがわかった。

 私も彼方ちゃんも、ほぼ同時にその方を見る。


 それは、サムライが再起不能となった時放たれる敗北ののろし。


 この冷たい士力の破裂は、まさに死士のソレ。


 まさか、もう一人潜んでいたなんて!



 ならばさっき紙飛行機にあたってはじけた士力は、あのビルで再起不能となったサムライの放ったもの。


 私を狙って、なにかをしてきた攻撃という可能性もあり得る……!


 だが、なにがどうなっているのか、ここからではさっぱりわからなかった。



 ゆえに、それを確かめるため、私達はその現場へとむかう。




──弾間──




 俺の名は弾間。


 鎧谷の仲間で、あの『見えず』の八代とも一応仲間だったモンだ。


 八代と同じく、暗殺者ではあるが、俺の刀は刃のついたモノじゃない。俺の手にあるのは、ライフル。

 そう、俺はスナイパー。


 出し入れ自由のスナイパーライフルを使う、人呼んで、一発必中の弾間だ。



 今日は鎧谷と、おまけで八代の仇を撃ちに来た。



 とはいえ、真正面からあの片梨士というヤツを狙うのは自殺行為だ。


 あの八代は友達はいないが、その力は本物だった。

 スナイパーとして、他者に気づかれてはいけない生業をしているから、あの特性の異常性はよく知っている。


 見つかれば死。


 それだけの覚悟を持ち、刀を解放していた八代。

 俺も一目を置き、鎧谷と一緒にヤツを俺達命がけチームにおいてやった。


 それだけの制限を持った八代を打ち破った。


 となると、同じく隠密が主の俺など、簡単に気づかれる可能性が高い。



 俺も、鎧谷と八代と同じく、はまれば一撃で再起不能となる致命的な弱点を抱えている。



 俺の致命的な弱点。

 それは、狙った獲物に当てられない場合、俺の命はそこで終わるというものだ。


 一発必中。それは、俺の全てを現した、俺のみに相応しい二つ名だ。



 俺の弾丸ならば、鎧谷の鎧さえ真正面から撃ち倒せるだろう。


 だが、やらない。あいつはダチだからな。

 その、鎧谷はもういない。


 だから、その仇はとる。当然の話だ。



 八代さえ見つけ、撃退する洞察力。

 真正面からあの豪腕自由同盟を壊滅させるあの強さ。


 こんなヤツをバカ正直に狙おうものなら、俺の弾丸さえかわされる可能性が十分にあり得る。


 当たれば俺は勝つだろう。

 だが、外せば俺の負け。


 だから、絶対に避けられない状況を作り出す必要がある。


 そのために必要なのは、人質。

 いくらわかっていても、かわせないのなら俺の勝ちというわけだ!


 助けに来て奴と妹の体が重なった瞬間を狙う。例えかわせる実力があったとしても、かわせば妹に当たるとなれば妹をかばい、当たらずを得ない!



 しかし、片梨士が必ず守りに来る人質をとるのは至難の業だ。


 そこで俺は、一計を案じた。


 まず、朝早く片梨士の下駄箱にラブレターと誤解される手紙を入れた。

 これでヤツは、放課後別の場所へ行かざるを得ない。


 いくら強かろうと、甘酸っぱい青春のイベントに抗えるわけがない。

 ラブレターなんて貰ったら、罠だとわかっていても行くのがサムライってモンだからな!


 これでヤツは簡単には現場に来れない。


 いくら同じ敷地内とはいえ、あれだけ離れた時計塔で待ちぼうけさせられ、その上俺はそこからでは見えない位置に陣取る。


 俺を発見する前に、俺は邪魔者を排除し、その妹をさらうことが十分に可能のはずだ。



 あとは、ターゲットが姿を見せるだけ。

 俺はビルから狙いを定め、片梨士の妹、片梨彼方が姿を見せるのを待つ。


 俺の弾丸はただ相手を壊すだけじゃない。

 時に眠らせたり、時に体を麻痺させたりなど、様々な効果を発揮する弾丸も放てる。


 今回はある場所へ来させる、催眠弾を使う予定だった。



 だというのに、俺と同じくその妹を誘拐しようとする死士が妹のヤツを狙って動き出していた。



 狙いをつけながら舌打ちをする。

 死士を撃てば、スナイパーがいるのがわかってしまうし、ここで妹撃ってみすみす死士に手柄を渡す理由もない。


 ならばむしろ、誘拐させて注意を引かせ、俺が漁夫の利を得た方が得というものだ。



 だから、狙いをつけたまま、機会を待つ。



 死士と新人サムライの戦いは、サムライに軍配が上がった。


 まさか、刀を生み出した挙句特性まで得るとはとんでもない才能だ。

 その上あの『嵐』の亜凛亜までやってきてしまった。


 やっかいだ。

 やっかいだが、計画を変更するわけにはいかない。


 ノコノコやって来た女サムライよ。

 お前は必要ない。いらない。


 だから、そのまま弾けて死ね!



 俺は標準を片梨士の妹から『嵐』の亜凛亜に変え、引き金を引いた。


 そのかわいい顔、ぐちゃぐちゃになっちまいな!



 キンッ!



 火薬ではなく士力で飛ばすため、このライフルに音はない。

 光も反射しない。


 弾丸も光のごとき速さだ。


 士力で作られた弾丸は、空気を縫うように突き進み、風切り音さえ存在せず、目標へと突き進んだ!


 命中する。

 その、脳天に!



 すいーっ。



「っ!?」


 だが、俺が引き金を引き、弾丸が発射されたその瞬間、校舎と木々の間をすり抜け、俺の死角から一機の紙ヒコーキが飛来したのが見えた。


 木々のざわめきにまみれ、空を滑るように亜凛亜の背後から現われたそれは、まるで狙ったかのように俺の弾丸の射線を塞ぐ。



 バカなッ!


 俺は思わず立ち上がった。



 俺の弾丸に、自動追尾などという機能はない。

 そんなものがあれば、外せば死という制限に意味がなくなるからだ。


 すべては俺の腕があってかなう神業。


 だというのに、まるで俺が撃つタイミングがわかっていたかのように、それはそこに現われた!



「とっ、とまっ……!」


 思わず声が出た。


 だが、発射された弾丸は、もう俺の意思でとめられなかった。



 進む弾丸が、進路を塞いだ紙ヒコーキに激突した。


 ターゲットに当たらなければ、俺は終わる。というのはさっき言ったとおりだ。

 それは、俺が目標を外したり、相手にかわされたりした時だけではない。



 俺が狙っていないモノに当たった時にも当てはまる!



 だから……っ!



 ぱんっ!


 弾丸が紙ヒコーキに当たった瞬間。その弾丸は粉々に砕け散る。

 相手は紙であるが、そんなのは関係ない。あれは、俺の魂。俺が狙った獲物しか、貫けない……



 同時に、俺の手に持つライフルが粉々に砕け散った。


 それは、もう一人の俺。

 その瞬間。俺は、サムライではなくなった……


 意識が遠のいてゆく。



 最後の瞬間、弾丸を遮ったあの紙ヒコーキの紙に見覚えがあった。


 あれは、俺が片梨士に出した、ラブレターの便箋部……



 ヤツは、俺の武器を使い、俺を、倒しやがった……



「なんて、ヤツだ……」



 俺はどこか、清々しい気持ちで倒れるのだった。


 げはっ……!




──ツカサ──




 時計塔。

 それはこの集合住宅的な学校の敷地の中心にあり、敷地のどこからでも時間を確認できるという、立派な立派な、この学校を象徴する建造物だ。


 もちろん、その上からの見晴らしは格別であり、街を一望できる展望台が設置されている。

 本来なら許可なき立ち入りは禁止されている場所だが、こっそり入るルートが発見されているのは公然の秘密というヤツだ。


 千人規模の生徒がいるけど、ここに入るルートを知っているのは極一部。

 だから、告白するにはもってこい。人が隠れるのももってこいという場所だった。


 ちなみに、この展望台で告白し成功すると、そのカップルは一生幸せになれる。なんて七不思議もあったりするが、かなり眉唾である。

 現にそれで成功したというカップルが三日で別れたという話も聞いたことがある。


 むしろここで告白すると不幸になる。という十怪談もあったりと、噂には事欠かない場所なのだ。



 さて、時計塔の説明をするという現実逃避はここまでにして、俺の現状を改めて説明しよう。



 時計塔の展望台。

 俺はそこに、約束の時間より早く到着していた。


 何分早かったかとかはわざわざ口にしない。律儀な俺は、相手を待たせないようかなり早く来た気がするとだけ言っておこう!


 決してそわそわしすぎて待ちきれなかったというわけじゃない。わけじゃないよ!

 そう。期待しているわけじゃなく、正確無比で律儀で約束を守る日本人だからしょうがないのさ!


 だから別に、誰かが来ても喜んだりがっかりはしないんだから!

 ドッキリ大成功とか誰かがプラカードを持ってやってきても、ああやっぱり。全然予想の範囲内だからと、強がったりしないんだから!


 知ってるんだ俺。こういうの、バツゲームだったりウソ告白だったりするのが多いって!



 だから、欠片も期待なんてしてないんだから!



 ……



 そわそわそわ。



 ……



 そわそわ。



 ……



 そわ。



 ……誰も、きませんね。


 約束の時間ももう三十分は過ぎたというのに、展望台に現われた人は誰一人としていない。


 エレベーターが動くかと思うたびそちらを見たが、まったく欠片も扉は開かなかった。



 あのー。そろそろネタばらしして俺を笑いに来てもいいんだよ?

 ずっと見てるの、疲れたでしょ?

 ずっと待ってる俺を録画したりして、たっぷりいいネタとれたでしょ?


 だから、放置したままとかやめて!


 それってむしろネタにもならない、一番残酷な仕打ちだから!



 ……でも、待てども経てども待ち人は来なかった。



 ふっ。


 ふふっ。

 そういうパターンできましたか。


 まさか、呼び出された俺の方がすっぽかされる側だったとは!


 いいんだいいんだ。予想してたもん。このパティーンも予想済みだもん。



 だから全然悔しくなんてないんだからね!



 この目から出てる汁は、夕日がまぶしくて目にしみただけ。光が目に入ると、ほら、じんわり涙出ちゃうあれなの!


 ええい畜生。


 なんだよこんなの。

 こんな紙一枚で一日充実させてくれやがって。


 お前なんて、こうして、こうだー!



 ちゃちゃっと紙飛行機を折り、窓を開けてテイクオフさせた。



 こんなもの、俺の記憶と共にどこか遠くへ飛んでけー!



 さあ、丸めて投げるより、はるか遠くへ飛んでいってしまえ黒歴史よ!

 さよなら、俺の青春っ!



 太陽にむかってすべるように飛翔するそれを見送り、俺はすっきりしてスキップしながら帰るのだった。



 とぼとぼ。




──亜凛亜──




 士力の柱が立ち上がったビルの屋上へ到着した。

 そこには、一人の男。死士が再起不能になり倒れていた。


「この男、一発必中の弾間!?」


 男の顔を見て、私は驚く。


 鎧谷と八代の仲間であり、狙った獲物は決して外さないと恐れられるサムライスナイパーだ。


 狙われたら終わり。

 我々サムライの中でも豪腕自由同盟並に要注意人物として警戒されていた死士である。


 それに、私が狙われていたなんて!



 目的はきっと、彼方ちゃん。

 私を撃ち倒し、彼方ちゃんを誘拐して人質にする。


 そして、士君を撃とうと計画していたのね。



 倒れた弾間を見て、なぜ紙飛行機で弾丸がはじかれ、再起不能になっているのかの理由も理解出来た。


 それは、外したら終わりという弱点があったからだ。


 それならば、どれだけ防御を固めようとこの死士の一撃を防げるものがいなかったのも納得がいく。

 サムライ生命をかけた一撃なのだ。それを食らえば同様にサムライの命を軽々と奪うほどの威力となる。


 かわされるのをさけるため、弾間は彼方ちゃんを人質にとろうとした。


 納得の理由だ。



 それほどの一撃が私を襲おうとしていた。


 あの紙飛行機が守ってくれなければ、その凶弾が私をとらえていたかと思うとぞっとする。



「……兄さんです」


「え?」


「あの紙飛行機を投げて、亜凛亜さんを救ったのは兄さんです」



 確信を持った瞳で、彼方ちゃんが断言しました。



「いえ、さすがにそれは……」


「あのタイミングで紙飛行機が飛んできたのが偶然だというんですか?」


「それは、なんとも言えません」


 偶然だったのかもしれないし、意図的だったのかもしれない。

 残念なことだが、それを証明するすべはない。


「でも士君がやったというのも、根拠はありませんよね?」


「……はい」


 彼方ちゃんも素直にうなずいた。



「でも、兄さんなら、亜凛亜さんに死が迫っていれば助けたと思います」


「……」



 彼女が言うのなら、彼はそうするのだろう。


 だとすれば、先生だけでなく私まで救われた結果となってしまったというわけね。


 だが、何度も言うことになるけど、それは確かめようがない。



 いくら彼方ちゃんが紙飛行機を投げたのは士君だと主張しても、本当にそれを投げたのが士君だというのは証明できないからだ。


 紙飛行機はどこかへ飛んで行ってしまったし、結局見つからなかった。


 結局コレは偶然の一言で片付けられ、疑問を挟むものは誰もいなかった。

 ゆえに、弾間を倒したのは誰か。というのは迷宮入りとなり、その手柄は私と彼方ちゃんのものになった。



 結果的に、今回彼方ちゃんが自力で死士を倒し、力を示したことで、その実力は大きく世に伝わることになった。

 入ったばかりの新人が、いきなり士力の門を開け、刀も抜き、さらにその特性までもを発現させ死士を撃退したのだ。

 初陣だというのに、彼女はサムライとして一人前となり、立派なサムライとして我々に迎えいれられることとなった。


 この結果から、士君の家族を狙うというのは大きなリスクがあると広まるだろう。

 か弱い新人でなく、一人前のサムライが家族にもう一人いるということになるのだから。


 これにより、士君を襲撃する者達は慎重にならざるを得ないはずだ。


 これを知り、これ以上の襲撃を諦めてくれるのならそれでいいのだけど、次はきっと、もっと計画を練ってくるでしょうね。



 まあ、少なくともしばらくは大人しくなるのは間違いないわ。



 ……もし。


 もしもだけど。


 私を助けたのが士君だとしたら、彼は彼方ちゃんが自力で特性を発現するというのを予測していたことになる。

 さらに弾間の攻撃の瞬間までを計算し、紙飛行機を投げた。


 ここまでのことをやってのけたとしたら、彼は長居さんを手玉に取った身体能力だけでなく、頭脳の方も恐ろしいほど切れるということになる。


 それは、味方でいるうちは頼もしいけど、敵に回ったらこれほど恐ろしいことはない。


 老中のお一人が言っていた。

 士力を吸収するため、今は死士を狩っていると。


 万が一死士を狩りつくし、その矛先が私達にむいた時、私達は、彼を止めることが出来るのだろうか……



 ……いえ、こんな可能性の低いもしを考えてもしかたがないわ。



 妹の彼方ちゃんが信じる士君が、そんな無法を働くはずはないわよね。



 私はそう、信じている。


 彼方ちゃんを。士君を……




──有浦まほろ──




 藤谷と脇長は失敗したか……


 二人が破れたと聞き、あたしはため息をついた。


 あたしは闇将軍様復活を準備するため、邪魔となるサムライ達の情報をえようと潜入し、そこで今までにいない危険なサムライを発見した。


 あの鎧谷を士力も使わず倒したという少年。

 ヤバイと目をつけた途端、そいつはサムライ衆に加入し、豪腕自由同盟をたった一晩で壊滅させた。


 その圧倒的な強さに、やっぱりあたしの勘は間違っていなかったと胸を張りたかったが、その強さは想像を超えたヤバさだった。

 たった一人で、真正面からあの豪腕自由同盟を壊滅させる。

 しかも、刀らしい刀を抜かずに。


 身に纏っていたのっぺりした鎧が刀だという説もあるけど、あたしは違うと睨んでいる。

 ヤツはまだ、刀を抜いていない。


 刀を抜かず、士力も使わず、あの豪腕自由同盟を倒した。


 それは、サムライ側の第九刀を軽くあしらったことで同じ可能性を示してくれた。



 相性が重要なこのサムライ社会の中で、全てを覆すかのような正体もわからないパワーは、すべての計画を覆す脅威でしかない。



 動画を確認してすぐ、あたしは情報網を駆使して鎧谷の所属していた一撃必殺チームに連絡をつけた。

 ヤツが鎧谷を倒したことは亜凛亜に協力したことから知っていたし、彼等が鎧谷の仇をとりたいと息巻いていたのも把握していたからだ。


 ヤツの情報を彼等に流し、あの暗殺者を動かした。


 誰も見つけることの出来ない『見えず』の八代ならば、ヤツを殺せると思ったからだ。



 でも、甘かった。



 まさか逆に八代を撃退するなんて。

 おかげであたしの正体バレ損じゃない。


 情報を流した時点で亜凛亜にばれることは覚悟していたけど、リターンが皆無だったのが痛い。


 サムライ衆の新しい情報はほとんど得られなかったけど、まあ、ヤツの情報を他の死士に知らしめることができたのだからプラマイゼロということにしておこう。


 すべての死士において、ヤツは脅威となるのは間違いないからだ。

 だから、最大の障害となりえるあの少年は、絶対に殺さなければならない。



 真正面から命を奪うのは難しいと感じたあたし達は、搦め手に出ることにした。


 妹を人質にとり、ヤツを倒す。実にシンプルだが、サムライにはとても有効な作戦。

 ヤツもサムライを信用していないのか、協力体制が出来ていないからできる策だった。


 だがそれも、妹の予想外の強さで頓挫する。



 サムライの妹は、やはりサムライだった。



 あの子がサムライのことを知ったのはここ最近。


 それがいきなり士力の門を開き、刀を抜いて挙句その特性まで引き出すとは、天賦の才としか言いようがない。


 サムライになるために生まれてきたような子。

 あの兄にしてこの妹ありとしか言いようのない展開だった。


 妹くらいなら誘拐できるかと思ったけど、甘かった。


 妹まで規格外とは恐れ入るよ。


 今回の一件で両親へもサムライの警備は強化されるだろう。



 直接も間接もダメ。



 これは改めて作戦を練り直さないといけないみたいだね。


 どうせウチがなにもせずとも、あの動画でヤツを知った死士が勝手に動いて襲撃をかけてくれるはずだ。


 正直、勝てずとも情報が欲しい。

 今の状態でさえ、ヤツの刀の特性はおろか士力の位すらわからないのだから。



 片梨士。



 あたしは確信している。


 あの子が、あたし達闇将軍復活シンパ最大の障壁となることに。



 いつか必ず、絶対に排除してあげる。


 封印の要である、裏将軍とともにね!




 おしまい

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[一言] 魔法陣グルグルを思い出した
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