第50話 サムライ暗殺計画
──亜凛亜──
なんやかんやありましたが、あの鎧谷を倒し、先生を救った謎のサムライと当たりをつけた子をサムライに引き入れることに成功しました。
こちらにまったく興味もなく、信頼してくれているとはまだ言いがたいですが、死士として敵に回るという最悪の事態はクリアできたはず。
しかしまさか、士力をこちらに隠し、避けていた理由が、こちらにまったく興味も、眼中すらなく、相手にするのがただ面倒なだけだったからだとは……
そりゃ、プロの選手が実力のあわない素人の大会に誘われても嬉しくもなんともないだろう。
力を見抜けないのなら用はない。あの日、私達は彼にそう突きつけられた。
彼方ちゃんの説得がなければ、彼は今だ一匹狼を続けていたでしょう。
彼はまだ正式なサムライとは認められていません。これは、彼の主張が通ったわけでなく、正確な士力の数値も不明のままだからです。むしろ才能がないと判定されているのだから、サムライ衆の団員に登録されている方が異例な状態です。
ひとまずこちらも、下手に手は出さず、様子見に徹する状態となりました。
サムライ衆と士君。しばらくはどちらも平穏を装った腹の探り合いが続くことになるでしょう。
そしてもう一つ。
その妹であり、秘めたる士力は現在サムライ衆にもたった二人しかいない『雲客』という位をたたき出した期待の超大型新人まで加わったのも大きなことです。
妹である彼方ちゃんがサムライの側にいるのならば、家族を大切にするという彼。片梨士君も私達に敵対することはないでしょう。
大きな才能を秘めた超大型新人と、士力を見せず、名刀十選さえ手玉に取った底の知れない少年。こんな二人が我がサムライ衆に加わったのだから、我々はその話題で持ちきりに……
……とは、なりませんでした。
彼等の入団が話題となる前に、それ以上に衝撃的な激震が我々サムライ衆に走ったからだ。
それは、手強いことで名をはせた、豪腕自由同盟を束ねる首領とその手下幹部八名全てが討伐され、その一党が壊滅したとの一報が入ったのである。
サムライを知らぬ人でも記憶にあるだろう、死者数十名を出した電車脱線事故。トンネル崩落事故。フェリー消失事件。
これらを引き起こしたのがこの一党であり、快楽のため何百人もの人の命を奪い、何人ものサムライを返り討ちにしてきた、我等の仇敵ともいえる死士集団。
説明するまでもありませんが、サムライは、強い。
士力を纏う術を持たぬものを相手なら、例え一万人いようが敗北はないでしょう。
そして、サムライが集まると、さらに強い。
同じ士力を纏うサムライ同士の戦いは、純粋な士力の差ではなく、特性と特性の相性によって大きく左右される。いかなる特性も、強大な士力も、相性によって一瞬にして敗北する可能性があるからだ。
ゆえに、サムライが集まれば集まるほど、その相性による敗北は防げる形となり、実力あるサムライが徒党を組むということはそれだけ強力な集団が出来上がるということなのである。
戦いは数。数は力。
それはサムライの世界にも十分当てはまる理論なのである。
それを実現しているのが、私達サムライ衆であり、その豪腕自由同盟も同じと言えた。
おのが欲望に忠実であることを良しとし、その力を赴くまま使用する死士の中で徒党を組む奴等は、名刀十選を持ってしても討伐は容易くない一団だった。
それが、たった一晩で壊滅する。
それを衝撃と言わずしてなんと表現出来よう。
多くの士力が消失したことを感じ取ったサムライがその現場──判明した豪腕自由同盟の隠れ家──へ駆けつけたが、それを成した存在はすでにおらず、士力の痕跡も追うことはかなわなかったという。
残されていたのは、豪腕自由同盟を構成した死士達の成れの果てのみ。
それを完膚なきまでに叩き潰したのは何者か。
やったと名乗り出たサムライは一人もいない。
これほどの集団を潰したとなれば、一気に名刀十選にも選ばれるほどの手柄であるというのに、名乗りを上げたものは誰もいない。
それは、おかしな話だった。
ならば我々はこの一件は死士同士の争いと考えた。
しかしその場合、死士の中に豪腕自由同盟以上の存在が現われたということを意味している。
あれをすりつぶせるということは、それ相応の実力と刀を集めた一団ということ。
それは、名と顔を知られた豪腕自由同盟よりタチが悪い。
なんの情報もない強力な死士集団が現われたということなのだから。
その一報が流れた直後、サムライ衆の中で様々な憶測が飛び交うこととなった。
こんな衝撃的な事件が起きたのだから、新人の話題が霞んで話にも上がらないのも無理はないだろう。
多くのサムライがその調査に走り、真相を探ろうとする。
当然私も、あの二人のことは一度脇において、支部にて情報収集をしようと考えた。
しかし、支部にやって来た私を、もう一つの衝撃が出迎えてくれた。
「たったった、大変です。亜凛亜さん!」
支部の受付の人が私を見つけて助けを求めるように受付をとびこえスライディングしてきた。
え? いきなりなに? なんて思ったけど、起きたことを聞いてあんぐり口を開けることになった。
その支部に、『凍結』の秋水と呼ばれる死士が投降してきていたのだ。
死士が自分の意思で投降してくるなど、歴史を見てもほとんどありえない事態。
しかも投降してきた死士は、かつては名刀十選に選ばれるほどの実力もあった名うてのサムライ。
氷の特性を持つ刀を持ち、全てを凍らせるとさえ言われた程の実力者だ。
なぜ死士に堕ちたのか、その理由は私は知らない。
私がサムライとしてスカウトされる十年以上昔に彼は死士に堕ちていたからだ。
年齢で言えば、もう四十も近い男だというのに、対サムライ用の手錠をつけられ地下の拘束室で待っていた髪の長い男は、二十代前半と言っても十分に通る若々しい男だった。
昔先生に見せられた写真よりさらに若々しくなっているようにも見える。
士力という自然法則を超える力は、老化という現象も抑えることも可能にすると聞くけれど、彼もその類なんだろうか?
私が部屋に入ると、『凍結』の秋水はやっと来たかと、小さくため息をついた。
こちらとしては待たせたというより、なぜ来たという気持ちの方が大きいのですがね!
そもそも、サムライでない者達しかいない時の支部に投降してきても、サムライが来るまでまともに対応してもらえないのは元サムライならわかるでしょうに!
「お前の名は?」
「貴方に名乗る名などありません」
刀を取り出し、いつでも抜ける状態にして手をそえる。
いくら対サムライ用の手錠といえども、ダメージも受けていない万全のサムライならばその拘束を解除し暴れることは十分に可能だからだ。
そして、私の刀の特性は『風』
時に『嵐』の亜凛亜などとも呼ばれることもあり、この間合いなら、氷より速く私の風が届くはずだ。
「一体、なにが目的ですか?」
その目的を素直に教えてもらえるとは思わないが、一応聞いてみる。
なんにせよ、なにか目的がなければ我等に投降する理由などない。
それが嘘であったとしても、なんらかの手がかりがつかめるかもしれないからだ。
警戒する私を見て、ヤツはふっと笑う。
手錠をつけられているというのに、なんて余裕ですか。
「目的は一つだけだ。あるサムライにあわせてもらいたい」
「ある、サムライ?」
この男は元サムライ。
その時の知り合いとあいたいとでもいうのだろうか?
「奴等。豪腕自由同盟を壊滅させたヤツだ」
「っ!?!?」
驚きのあまり、言葉が出なかった。
この人はなにを言っているの?
死士が豪腕自由同盟壊滅のことを知っていることに不思議はない。
サムライや死士が倒れる時、その体から士力の柱が大きく立ち上がることもあるからだ。
その花火のような狼煙は、サムライが一人再起不能となった証なのである。
豪腕自由同盟が壊滅した際も、いくつかその柱が立ち上がった。
それでサムライが調査におもむき、壊滅の速報が流れたのである。
でも、豪腕自由同盟を壊滅させたのは私達サムライ衆でなく、お前達死士ではないの!?
まさか、奴等は死士同士の争いでなく、サムライに倒されたと思っている!?
いえ。待ちなさい亜凛亜。
焦ってはダメ。
相手は死士。なんらかの探りや揺さぶりをかけに来た可能性も十分にありえます。
ここで焦ってそんな人いないと素直に答え、相手に判断の材料を与えてはなりません。
「いきなりなにを言っているの? まさか、はい。どうぞ。とあわせてもらえるとでも思いましたか?」
「思っていないし、俺の言葉がいきなり信用されるとも思ってはいない」
「……」
「だから、まずは信用されるための材料を持ってきた。俺の知る死士の情報をお前達に伝えよう。それを持って、俺の言葉を信用して欲しい」
「……味方を切り捨て、それでこちらの信頼を得られると思っているんですか?」
元サムライとはいえやはり死士。
仲間を平気で売るという、とんでもないことを言い出した。
それで信用されるとでも思っているんだろうか?
「仲間? そちらから見れば同じに分類されるかもしれないが、俺に仲間などいない」
「……」
まさかの言葉だ。
だが、納得できる。
元サムライとはいえ、やはり中身は死士。志の死んだサムライ。その呼び名に相応しい外道だ。
「今はなんと思おうとかまわない。だが、聞くのは急いだ方がいい。最初の情報は、一刻を争う」
「……いいでしょう。聞くだけ聞いてあげましょう」
本当ならば、とても大きな情報でもある。
ゆえに、聞くだけは聞いてあげてもいいだろう。
嘘ならば、それまでの話であるし。
本当なら、豪腕自由同盟を壊滅させたという情報も改めて聞いてもいいだろう。
ひとまず、他のサムライがくるための時間を稼がねばならない……!
だが、『凍結』の秋水からもたらされた情報は、嘘であれ本当であれ大慌てで動かざるをえない情報だった。
「鎧谷を倒した者が狙われているぞ。まだ入院中なのだろう? あの剣聖、剛靭の刀十郎は」
「っ!? 先生が!?」
「ほう。お前は刀十郎の弟子か。ならば、早くしたほうがいい。あの殺し屋。『見えず』の八代が動き出しているのだからな」
「八代……。あの……!」
八代と言えば、誰も姿を見たことのないという死士だ。
今まで6名もの要人と三人のサムライがその刀で殺されているが、その刀も、姿さえも確認したものはいない。
そうしてついた二つ名が、『見えず』
ゆえに、それに特化した特性を持つと推測されている。
その暗殺に特化した力は、先生と言えども対処できるとは限らなかった……!
「鎧谷と八代、そしてもう一人は親友らしいからな。狙われて当然だろう。この話を聞き、お前はどうする?」
「……」
頭をフル回転させる。
当然、嘘でも報告はする。
だが、それが目的だった時のことを考える。
先生が狙われていると報告すれば、この場に来ようとしているサムライは先生の方へ護衛に回されるだろう。
となれば、この秋水はしばらくここに留め置かれる。
そして、警備も手薄となる。
それが、ヤツの目的だとしたら……
……と、ここまで考え、それになんの意味がある。と考えを改めた。
ここに拘束され続けることや、ここで時間を稼ぐ目的だったとしても、ここにいる意味はないし、降伏してくる理由はない。
ここはただの支部。本部ではないし、それぞれ独立しているからここに重要なものはない。
警備が手薄になると考えるなら、そもそも降伏する必要はない。
あの話をした意味があるとすれば、やはりその言葉の真贋が確認されるのを待つということになる。
ゆえに、こいつの監視は最低限にしておいてよく、私達サムライは先生の護衛へむかうことになるのだった……
──八代──
俺は、八代。
人からは『見えず』の八代なんて言われる、孤高のサムライだ。
決して人との係わり合いが出来なくて、士力を操るサムライにさえ気づかれないという特性に目覚めたなんてことはない。
あくまで孤高。一人がすべてというのを目指した暗殺者だ。
ちなみに、俺の名前に『こ』をつけて後ろから読まないように。
俺は殺し屋と呼ばれるのは嫌いだ。大っ嫌いだ。どうしても呼びたいのなら、暗殺屋と呼ぶように。
そんな孤高にして最高の俺にも、友人がいた。
鎧谷という、とても優しいヤツだ。
孤高の俺に、臆せず話しかけてくれたのだから。
「なあ、八代。金貸してくれねぇか?」
俺にジュースを奢ってくれたりもした。
「かわりにその腕時計、くれよ」
一緒にご飯食べたりも!
「んじゃ、会計ヨロシク」
こんなにも優しいヤツをサムライどもは俺から奪った!
絶対に許せることではない。
だから、絶対ぶっ殺してやる。
鎧谷を再起不能にしたヤツ、絶対に!
ぷるるるるる。
復讐を誓い拳を握っていると、俺の携帯が鳴った。
それは、鎧谷の同士であり、俺よりよくつるんでいた弾間からだった。
……アイツ、俺の番号知ってたのか。
「……なんだ弾間。俺は今忙しい。鎧谷を再起不能にした剣聖とかいうふざけたじじいを殺しに行くんだからな」
イラつく心をおさめながら、俺は電話に出た。
これ以上イラつかせるなら、まずはお前を殺す。
いくらお前でも、見えぬ気づけぬ相手からの攻撃はかわせない。
俺の刀を使えば、例え裏将軍だろうと俺はぶっ殺してみせる。
「……なに?」
だが、電話のむこうから聞こえた言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「鎧谷をやったのは、大断刀のヤツじゃないって!? ……ああ。ああ。そうか。そいつがか。いいことを教えてくれた。なら、目標変更だ。ありがとよ、ダチ公!」
なんてこった。弾間は鎧谷のことをあんなに思っていたなんて。しかも、俺のことも! コレでお前と俺は、友人だな! やったぜ、二人目の友人だ!
俺は携帯から耳を離し、そいつの情報が送られてきた携帯の画面を見る。
速く見て覚えないと、このデータは自動的に消滅してしまうらしい。
「……片梨、士。俺のダチをやったのは、テメェか……!」
俺は病院にむかう足を、そいつのいる学校へとむけた。
学生。ということだが、サムライに年齢は関係ない。老人だろうが小僧だろうが、士力さえあれば誰でもバケモノになれるのだから。
親友。お前の仇は俺が必ず討ってやるからな。
学校、学年、クラス、その場所までわかっている。
そこまでわかっていて、この俺に殺せないわけがないのだから……!
──ツカサ──
いやー、この前は散々だった。
いきなりアドリブで演技をなんてできるわけねーべ。
人と喋る時だってたまにやっちまったってなる時があるってのに。
ああ、欝だ。
学校が終わったら、またあそこに顔を出さなきゃならないなんて。
いくら彼方の付き添いでついてくだけだといっても、またあの人達と顔をあわせるかと思うと気が重い。
放課後にならなきゃいいのに……
……なんて現実逃避してもしかたがない。
彼方の夢のためなのだから、お兄ちゃんは多少の恥は我慢しよう。
基本自由参加みたいだから、毎日通う必要はないわけだし。
こういう時は、現実も忘れられるほどのことを堪能し、心を安らげるしかない!
毎日毎日同じことが続く学校でも、今俺には楽しみなことが一つある。
すでに何度か主張しているから覚えてもらえているとは思うけど、俺は小動物を。正確にはモフモフした生き物を撫でるのが好きだ。大好きだ!
例え異世界に行ったとしても、立派に堪能することを忘れなかったのだから、それを行える機会を俺が逃すわけがない!
ここ最近。昼飯を食べ終えた俺は、ある場所へとむかう。
この学校は、とんでもなく広い。
なんせ一学年で千人以上いるのだから。
それだけの生徒と教職員、関係者が一同に集まるのだから、敷地は無駄に広く、校舎も一杯ある。
ちなみに敷地の中心には、でっかい時計塔があるのはお約束だ。
ゆえに、普段からまったく人の来ない校舎裏なんかはたくさんあるのだ。
そこに今、とても毛並みのいい猫が来てるのである!
ノラ猫なのか飼い猫なのかはわからない。その子はノラとは思えない美しい毛並みを持ち、触ればシルクのような肌触りの毛ざわりなのである。
そんな素敵な子を撫でまわせる機会を俺が見逃すだろうか。
それは当然、否。否である!
俺は、その子を撫で回すため、そこへと向かう。
その子は人懐っこいが、とてもしたたかだ。
タダではその身に触れさせてはくれない。
足元に擦り寄っては来るのだが、触れようとすればするりと身をかわしてしまうのである。
彼女は食べ物という対価を与えない限り、その体に指一本たりとも触れさせてはくれないのだ!
ゆえに俺は、彼女に餌を与え、その対価として彼女を撫でさせてもらっている。
高級ニボシはちょっと懐に痛いが、この素晴らしい毛並みを撫でられるのならばむしろ安いものだろう!
彼女が食事を平らげるほんの短な時間。
その時だけが、俺が感じられる至福の時間!
それを誰にも絶対邪魔させないためにも、昼を食べ終えた俺は一人でそこにやってくるのだ!
いつもの校舎裏へ到着する。
校舎の壁と、道からの視線を遮るため作られた雑木林&茂みに囲まれた、生徒さえ滅多に来ない隠れ家的な場所だ。
俺がここに現われると、あの子はいつも茂みの方から姿を現す。
くくっ。知っている。知っているんだぞ。なんだかんだいって、君とて俺が来るのが楽しみであるということを!
その茂みで、俺を待ち構えていることを!
「そこにいるのはわかっている。餌に釣られ、ノコノコやってきたのに気づかないと思ったか? さあ、観念して、そこから出てくるんだな!」
一回くるりとターンをし、ずびしっと、俺は彼女がいつも飛び出してくる茂みを指差した。
ふっ。こうして人の視線がないとわかっていれば、コレくらいの演技は俺もできる。
人さえ見ていなければ、俺だって立派な役者なのだ!
そう。人さえいなければ!
さあ、唯一の観客である子猫ちゃんよ、出てくるがいい……!
「……」
しーん。
あれ?
反応が、まったくない。
肝心の猫ちゃん、出てこない。
おかしい。いつもなら、もう茂みから飛び出してきて俺から餌をねだり俺にモフられているはずなのに。
あの子が出てこず、冷静に返ってみるとすっげぇ恥ずかしくなってきた。
逆に反応がないと気づくと、さっきの自分が客観的に見えてきてしまって、なんかすっごく恥ずかしい!
ちょっと前の川べりの時みたいに誰かに見られていたら間違いなく恥死するレベルのことだって気づいちゃった。
一人でいるのに恥ずかしいなんて、なにやってんだよ俺は!
つーか、いつもなら俺がこんなことせずとも姿は現すってのに、今日に限ってなんでまた……
がっくりと肩を落としながら視線を足元にむけてみると、そこにはなにかが食べ散らかしたかのようなあとがあった。
糖分を得られそうな菓子のカスがぱらぱらと転がっている。
さらに、そこには俺のよく知る毛並みの毛が落ちていた。
土に汚れているが、この毛を俺が見間違えるはずがない。
ここから導き出される答え。
それは、すなわち……!
ちきちきちーんと、答えが出た。
なんてこった。すでに誰かがあの子に餌付けをすませてやがってやがった!
そりゃ出てくるわけがない。
餌を与えられ、既に満腹なのなら、俺なんか相手にする必要もねぇわ。
せっかく持ってきた懐の高級ニボシが無駄になったと、俺はさらに肩を落とす。
「猫の恨みは恐ろしいぞ」
ちくしょう。誰がやったのか知らないが、この恨みはらさでおくべきか!
……いや、これはただの逆恨みだな。
そもそも俺がもっとハイレベルなモフりテクニックをもってあの子をメロメロに出来ていれば、満腹でも関係なく、こんな餌に頼らずとも撫でられたんだ。
そう。食欲にも勝てないとは、むしろ俺がモフり師としてまだまだだったのだ!
責任転嫁はやめ、俺は自分の不甲斐なさに落ちこむ。
悔しい。でも、あとで覚えとけ猫ちゃん!
次は必ず、飯よりモフられたいと思わせてやるんだから……!
そう誓いながらも、俺はきびすを返し、教室へと戻るのだった。
とぼとぼ。
──八代──
片梨士のいる学校へ潜入した。
士力を纏い、悠然と学内を歩き回り、ターゲットの居場所を探す。
士力を操れるサムライでなければ、この状態の俺を見える者は誰もいない。
これは、サムライも死士も同じ士力の特徴だ。
だが、探すターゲットも同じくサムライ。
ならば、士力を纏ったところで姿はかくせない。むしろ、纏った士力がかがり火のように目につき、その不自然さで逆に目立ってしまうだろう。
こんな場所でそれをすれば、学内にいるターゲットだけでなく、外にいるサムライにも俺の存在が気づかれるのは間違いない。
そこで活躍するのが俺の刀の特性だ。
俺の刀の特性は『隠業』。士力を発していても、誰も俺の存在に気づかなくなるという力だ。
これを発動している限り、俺が目の前で踊りを踊ろうと、尻を出そうとサムライでさえ気づかない。
それが俺が、暗殺屋として活躍出来る理由である!
ゆえに、俺はその気になれば誰でも殺せる。
相手が授業中であろうと、会議中であろうと、大勢の護衛に護られて風呂に入っていようとだ!
だから、貴様はなにが起きたのかもわからず殺されるのだ。
覚悟しろ。そして後悔しろ。片梨士ぁ!
……と、意気ごんだのはいいんだけど、俺は校舎裏でげんなりしていた。
人の来ないところで壁に寄りかかりながら腰をおろしている。
「なんだこの学校。尋常じゃない広さじゃねえか。肝心のターゲットはどこにいるんだよ……」
一時『穏業』をとき、ため息をつく。
この力、他のサムライと同じく、様々な制限がある。
制限があればあるほど強くなるのだから、それがあるのは当然の話だろう。
一つは、力の制限時間。
俺が消えていられる時間は、最長で一時間。
おかげで、逃げるまでの時間も考えて一時的に力を解除せざるを得なくなった。
再び使えるようになるまで、使った時間の倍待たねばならない。
こうなっては、警備員にも見つかって面倒になってしまう。
だから俺は、誰もいない場所でその制限時間を回復させているってわけである。
二つ、三つと制限はあるが、俺がここにいる理由の主はそれなので、割愛する。
くそっ。まさか俺が一回の『穏業』で見つけきれねぇとはな。ちゃんと下調べしてからにするんだったか。
いや、見つけてしまえばどうせ一瞬だ。
さっさと見つけて、さっさと鎧谷の仇を討てばいい!
ボリボリと、懐から取り出した菓子を食う。
これは刀の制限とは関係ない。ただ、俺は甘いものが好きなだけだ。
「にゃー」
糖分を補給していると、茂みから一匹の猫が現われた。
俺の方にとてとてとやってきて、足元に擦り寄ってくる。
なんと人懐っこい猫だ。
俺はそれを見おろしながら立ち上がり、にんまりと笑った。
菓子を袋から出し、それを地面に放り投げる。
するとそいつは、俺が落とした菓子をおいしそうにほおばりはじめた。
「……」
ゴッ!
「ぎゃんっ!」
猫の小さな悲鳴が上がる。
俺が菓子をほおばる猫を蹴飛ばしたからだ。
ただのガキが蹴ろうとしたならば、いくら不意をついたとしても猫はかわしたかもしれねぇが、俺はサムライ。士力を纏わずとも、こんな猫蹴飛ばすのは朝飯前だ。
そいつは抵抗も出来ず木にぶつかり、そのまま足を引きずりながら逃げていった。
俺はその情けない姿を見て腹を抱えて笑う。
ははっ。ざまぁねえ。俺様に媚を売ろうなんざ百年早い。
痛い目を見たのだ。もうここには戻ってこないだろう。
なにより、あの調子じゃ途中でくたばっているかもしれないがな。
「いい気味だ。俺はな、お前みたいのが嫌いなんだよ。人間になって出直して来い」
いるだけで人に好かれるとか、お前等全員気にいらねぇんだよ畜生が。
俺は食いカスを地面に捨て、片梨士を改めて探すことにした。
「……見つけたぜぇ」
ヤツのいる反対の校舎に立ち、その姿をやっと見つけた。
時は昼休み。
友人と昼を食べ終えたヤツが、一人で教室をでるところだった。
なんと好都合。
このまま人気のないところへ行けば、殺しが判明するのも遅らせられる。
俺の姿は見えずとも、殺した死体は消せないからな。
俺は、ヤツを追うことにする。
ヤツは、靴を履き校舎を出て、どんどんと人のいない校舎裏へとむかってゆく。
なんて好都合!
俺はヤツのあとに続く。
ヤツは、人気が完全になくなったところでぴたりと足をとめた。
見つからないのはわかっているが、つい癖で茂みに隠れてしまった。
あとは、この刀でヤツを切り裂くのみ!
機をうかがい、舌なめずりをした、その瞬間だった……
「そこにいるのはわかっている。餌に釣られ、ノコノコやってきたのに気づかないと思ったか? さあ、観念して、そこから出てくるんだな!」
一回くるりとターンをし、ヤツはずびしと俺を指差したのだ!
「っ!!?」
茂みにいる俺の動きが、止まる。
ヤツの指先は、はっきりしっかりと俺のことを指差している。
その言葉。その行動。それははっきりと、そこに俺という存在がいると示していた!
それは、俺が見つけられたという確かな証!
次の、瞬間……
ぱきんっ。
俺の刀から、ナニカが砕けた音が発せられた。
いや、それは、俺の体の中から聞こえた……
それは、俺が終わったという音。
俺は絶対誰にも見つからない。
しかし、万一誰かにそこにいるとはっきり指定された時、俺は、終わる。
それが、俺最大の弱点ともいえる、刀の制限だった。
見つかれば終わり。
命をかけた、制限を超えた、弱点ともいえるモノ。
それは鎧谷と同じく、一撃必殺の弱点。
並の意思では、ここまで大きな制限を己にかすことは出来ない。
超パワーアップするとわかっていても、その揺ぎ無い覚悟がなければ弱点とはならないのだ。
ゆえに、それが弱点となった時、誰にも見つけられない絶対的な特性となる。
そうなる、はずだったのに……っ!
ふう。
ヤツがため息をついた。
そして、なぜわからないんだと、一言。
「猫の恨みは恐ろしいぞ」
「っ!?」
言われ、気づいた。
ここは、俺がさっき猫を蹴飛ばしたところ!
そ、そうか。
ヤツは俺の気配に気づいていたわけじゃない。俺に残る猫の残り香に気づいていたんだ!
だから、俺の存在がどこにあるのか確定させるため、わざと人気のない場所へ……!
まさか、あんな小さな異変を察知し、俺の存在にあたりをつけただと!?
バカな。バカなっ!
裏将軍にさえ見破れないだろう俺の特性を、こんなガキが!?
猫一匹のために、俺は……っ!
ヤツが俺に背を向け歩き出した。
まるでもう、この場にも俺にも用はないように。
その瞬間、俺の刀も完全に砕け散る。
同時に俺の士力がはじけ、俺のサムライ人生は終わった……
この戦い、俺達は刃さえ交えず、終わる。
鎧谷。お前、なんてヤツを相手にしたんだ……
意識が遠のいて行く。
刀が粉々に砕け、俺はそのまま、仰向けに倒れて行く……
なんて、ヤツ、だ……
すまねぇ。鎧谷。
お前の仇、とれなかった、よ……
ぐふっ。
──亜凛亜──
降伏してきた秋水から得た、死士鎧谷を倒した者への報復活動。殺し屋八代が狙っているという情報は、私によって上に伝えられ、秋水を運ぶため派遣された一部のサムライや見舞いに来ていた人達が念のため先生の警護に走ることとなった。
全部で五人。しかもその中に名刀十選が二人も混じっているのだから、いくら『見えず』の八代が現われたとしても先生を殺すのは不可能だろう。
来るのがわかっていて、なおかつ警戒しているのだから、いくら見つからないものといえども、見つけられるはずだ。
もっとも、本当に来るかどうかは半信半疑でしかないが。
さらに、秋水への監視のため、名刀十戦を一人ふくめた増援もやってきてくれた。
眉唾だとしても、豪腕自由同盟を倒した者を知っているという言葉も大きかったようである。
援軍が来たため、私は一時フリーとなった。
このまま先生の所へ行き護衛に加わるもよし。秋水のところに残り監視するもよし。
でも私は、先生の場所でもなく、秋水の監視でもなく、別の場所へと来ていた。
それは、士君の通う高校。
私だけが知っている。
鎧谷を本当に倒したのは、先生ではないことを。
だから、彼が狙われるはずはない。
でも、なんとなく予感がして、私はここにやってきた。
「……まあ、当然ながら杞憂ですよね」
時間は昼休み。
学校はあまりにも平穏を絵に書いたかのような光景だった。
それでも念のため、彼に死士が君を狙っているかもしれないと伝えようと思う。
携帯の番号聞いておけばよかったわ。
実家の固定電話の番号。妹の彼方ちゃんの番号は知っているけど、彼の番号は知らない。
正しく言うと、調べたけど私が覚えてない。というのが正しいのだけど。
いっそ、彼方ちゃんに連絡して……いや、でも真偽もわからない情報を彼女に伝えるわけにもいかないか。
とりあえず彼を呼び出そうと、校内へ足を踏み入れようとしたその時だった。
カッ!
学校の敷地内で、唐突に士力がはじけたのがわかった。
今までまったく感じられなかったそれが突然現われ、風船が割れたかのように破裂し、霧散した。
突然士力が感じられたことを除けば、これは刀が砕け、そこにあった士力がはじけた時現われる現象だった。
すなわちそれは、サムライの刀が砕けた証。サムライが一人、再起不能になったということ!
「まさか……!」
私は慌てる。
今まで士力を感じられなかったところに突然士力が現われたという事実。
ひょっとすると、士力を隠す士君が討たれたんじゃないかと思ったからだ!
私は士力を纏い、現場へ急ぐ。
士力を纏ったのは一般の人に私が見えなくなり、面倒な制止をされないようにということと、一刻でも早く現場へ到着するためだ。
現場に到着する。
そこは、生徒もほとんど来ないだろう、校舎裏の茂みだった。
そこに、一人の男が倒れている。
手には、砕けた刀。
それは、士君ではなかった。
これが、さっき再起不能となったサムライ……?
士君ではない。なのに、このサムライが再起不能になった時はじめて、私はその存在に気づいた。
つまり、このサムライは士力を完全に隠蔽する力があった……!
そこから、この男こそ、『見えず』の八代だという推測が出来た。
鎧谷の敵討ちとして先生を狙っていたはずの死士が、ここで再起不能になっている。
そしてなぜか、怒り狂った猫がその男の頭を蹴り回し、あげく砂をかけている。
この猫はこの男になにか恨みでもあるのだろうか?
まさか、この猫ちゃんがこの男を倒したのだろうか?
いや、流石にそれは考えすぎだろう。
士力に目覚め、いわゆる妖怪と呼ばれる存在になる獣もいるが、この猫からは士力の波動はまったく感じられない。
ならば士力を使わずサムライを倒したのかという疑問になるが、そうなるとなると、別に当てはまる存在がいることに私には心当たりがあった。
つまり、この怪しい死士を倒したのは、士力を表に出さずサムライを倒せる実力者。
すなわち士君ということになる!
もっともこれは推測だけであり、証拠もなく証明するすべもない。
可能性をあげるなら、この猫がやったという可能性も否定できないし、もっと他のサムライがいたという可能性も否定は出来ない。
ここにあるのは、何者かが士力を使わず、この死士を倒したという事実だけである。
だが、私はこの死士を倒したのは、間違いなく士君だと思う。
そう、私の直感が告げている。
八代を誰が倒したか。それは簡単に推測できた。
でも、問題はそこじゃない。それじゃない。
それより問題なのは、どうして『見えず』の八代がこの場にいるのかということだ。
素直に見れば、鎧谷の仇をとるため、たまたま八代がこの学校を通り、たまたま気づいた士君に倒された。という流れだ。
……さすがにこれは、無茶がある。
偶然他のサムライが八代を見つけて倒した。という可能性を加味しても、『見えず』の特性を持った八代をどうしてここで発見できる? どうして八代は、ここでその刀の特性を使っていた?
倒したサムライが名乗り出てもいない現状、『見えず』の八代は本当の仇である士君を狙い学校へ侵入し、返り討ちにあったと考えるのが自然だ……
でも、その推理には大きな穴がある。
八代はなぜ、鎧谷を倒したサムライが士君だと知っているのかということだ。
鎧谷を倒したサムライが士君であるという事実は、助けられた先生でさえ知らない情報だ。
知っているのは私か彼方ちゃんくらい。
でも、彼方ちゃんが士君を売るわけないし、私からの流出に心当たりがあるわけがない。
だというのに、八代は士君が仇だと知っていた。
「……っ!」
いや、もう一人。もう一人いたじゃないか。鎧谷を倒したのが、先生ではないと知る人が。
私達以外に、もう一人、士君のことを知っている人がいたじゃないか……!
でも、それは、私にとってとても残酷な真実だった……
私は八代の後始末を他の人に任せ、彼女のいる場所へ駆け出した!
──亜凛亜──
「……来ると思ってたよ」
大学にある部室棟。その一角にある部屋。
彼女はそこに陣取り、サークル活動と称してパソコンを運びこみ、自由に使用していた。
いつもそこに彼女はおり、そこがまるで、彼女の家のようであった場所……
そこに、彼女はいた。
だが、そこはいつもと違う。
常に動いていたパソコンとエアコンの電源は切られ、常に締め切ってあった窓は開けられている。
その、非日常が、私を不安にかきたてる。
その予感を、確信に変えてしまう……
「なぜ、です?」
「なぜ? なんのことを聞いてるのかあたしにゃさっぱりだよ。情報収集をするため、死士であるあたしがサムライのところに入りこんだ理由かい? それとも、あの小僧の命を狙った理由かい? はたまた、あたしの死士としての目的かい?」
「……」
私は、じっと彼女を見る。
否定して欲しかった。
だが、彼女から帰って来たのは、明らかな肯定。
茶化しているが、隠すつもりはないようだ。
ならば私も、覚悟を決める……!
「……そうですね。あえて聞くならば、なぜ、士君を狙わせたか。ですね。それがなければ、私は多分、あなたが死士だとは気づかなかった」
死士である彼女がこのサムライの息がかかった大学に入りこんだのは私達サムライの情報を得るためだろう。
目的はわからないが、死士であるなら大体は察せる。
でも、情報収集を得意とするだろう彼女が、自分の出自がばれるような真似をやったのは理解できなかった。
「ふん。なんだい。サムライの癖にわからないのかい。いや、サムライだからこそ、わからないんだろうね。あれを敵に回すと考えてみなよ。あれほど危険な存在はないよ……!」
「……」
そういう、ことか。
確かに、第九刀を士力も見せず軽くあしらったのを見たばかりだ。
その彼を敵に回すことなど考えたくもない。
実力の底も見えない相手。だからこそ、正体がバレるのを承知で、情報を伝えたというわけか。
「それほどまでに、士君が危険だと判断した。ということですね」
「そういうことさ。あたしの直感が告げているんだよ。あの子は危険だと! あたし達の目的の最大の障害になると! でもまさか、あの『見えず』の八代でさえ殺し損ねるとは、とんでもないガキだよ。あたしの直感は、大当たりだったってことさ」
確かに彼がサムライの仲間に加われば、鬼に金棒。サムライに刀。それほど心強い。
だが、敵となる死士からすれば、これほど恐ろしい相手はいないだろう。
「それほどまでに彼を排除したいと願う。となれば、あなたの最終的な目的は……」
「ああ、そうさ。あたしの。いや、あたし達の最終目的は、お前達が封じた闇将軍様の復活だよ!」
「っ!」
言われ、やはりという気持ちと共に、そうであって欲しくなかったという気持ちも生まれる。
『闇将軍』
千年以上前に存在した、世を己が望みのまま闇に変えようとした、災厄にも近いはじまりの死士。
みずから生み出した闇の軍勢を率い、当時の朝廷と激しい戦いを繰り広げ、時のサムライ達の手により封印された世を乱す死士の象徴。
ある地において存在するその封印を守り、平和を保つのが我等サムライに与えられた使命の一つでもある。
いつの時代においても、その復活を願う死士は絶えず、それらはこの社会になじめず、ルールに縛られるのを嫌う死士とは違い、徒党を組み、サムライを目の敵にし、常に攻撃してくる厄介な連中だった。
「やはり、闇将軍の復活。それが目的ですか」
「ああそうさ。じゃなきゃ、うっとおしいあんた等の情報を得にスパイなんかするわけないだろ!」
その通りだ。
ただの死士ならば、わざわざサムライに近づいては来ない。
「私はあなたのことを、友人だと思っていました。残念です」
しゃらんと、刀を抜く。
「友達相手に遠慮なく刀を抜けるんだから、アンタほんとクソ真面目だよ。アンタがもう少し愚かなら、この偽りの関係も続けられたんだけどね」
やれやれと、彼女は肩をすくめた。
同時に、その姿が薄くなっていく。
「くっ!」
斬ったが、手ごたえはなかった。
まるで雲を斬ったかのように。
「ははっ。今回はひかせてもらうよ。でも、覚えておきな。あたし達は必ず、闇将軍様を復活させると!」
ゆらゆらと蜃気楼のようになった彼女の姿が、完全に消えた。
彼女は最初からこの場にいなかったのか、それとも瞬間移動などで逃げ出したのか。
それは、私にはわからない。
唯一わかるのは、彼女は死士であり、士力が見えるだけでなくあつかうことも出来たということだけだ。
調査が入れば、その特性などもわかるだろうか?
いや、期待は出来ないだろう。情報処理という点では、彼女はエキスパートだ。
「……有浦まほろ」
私はあの子の名を呼び、決意を新たにする。
友が死士であったのはショックだ。でも、私は悲しみに打ちひしがれ立ち止まるほど弱くはない。
むしろ、友だからこそ、彼女の野望を絶対に阻止しなくては!
そう。心の中で誓うのだった!
────
『見えず』の八代討伐される。
その報告は、一瞬にしてサムライ界、死士界に広まった。
入院中の名刀十選第四刀、剛靭の刀十郎を暗殺せしめんとした『見えず』の八代を発見。討伐したのは、予告を受けた彼の弟子である女サムライ。亜凛亜の手柄となった。
現場にいの一番に駆けつけ、処理班を呼んだのち本人は他にやることがあったのか早々に立ち去ってしまった。
彼女の口から報告は受けられなかったが、現場の状況から見て、彼女がその八代を倒したのは間違いないだろうと結論づけられ、そう報告された。
さらに彼女はサムライ衆に潜入していた死士の正体も看破するという活躍も見せ、入院した第四刀の弟子に恥じぬ活躍を見せた。
この一件により、一躍彼女の名が高まったのは言うまでもない。
しかし同時に、闇将軍を復活させようとする勢力の暗躍も明らかとなり、サムライ達はよりいっそうの警戒を求められることとなる。
そしてさらに、暗殺計画の予告が事実であったことから、投稿して来た秋水のあつかいがより難しくなった。
あの情報が誤りだったのなら、そのまま無視して牢屋にぶちこめばよかっただけに、他になにか知ることがないか、聞かなければならなくなったからだ……
──亜凛亜──
友との決別を済ませ、八代の一件の報告、後始末も済ませ、私は改めて秋水の前に立った。
本来なら実力あるサムライが来て監視の役に入るはずだったのだけど、何故だかそのお鉢は私に回ってきてしまった。
まあ、八代を発見した時の状況から、私が八代を倒したと勘違いされ、昇格ついでにそれに相応しい役があてがわれたらしいのだけど……
別の人がやったと主張はしたけれど、誰にも信じてはもらえなかった。
ひょっとすると先生も、こうなるとわかっていたからあの時見逃せと言ったのかしら。
まあ、それはひとまず置いておきましょう。
例え偶然が重なった形とはいえ、あの秋水を監視するという役目は、大任なのだから。
「結局、君が俺の監視役というわけか」
「ええ。そういうことになります」
「ならば、話は早い。俺の言葉は、信頼してもらえたかな?」
「……いいえ。確かに、八代はいました。でも、彼は先生を殺す前に、病院にたどり着く前に何者かに倒されていましたよ」
「? 俺の情報で無事発見したということじゃないのか?」
「残念ですが、道の途中過ぎて病院に行こうとしたのか、それとも別の目的だったのかわかりません。だから、貴方のことはまだ信用できないというのが上の方針です」
「……そういうことか」
彼は、どこか納得したようにうなずいた。
……この人、この説明でなにか気づいた?
「なら、しかたがない。他にも死士のことを伝え、君達に信頼してもらうことにしよう」
ということは、まだ情報はあるということね。
私しか知らないが、今回の情報は正しかったし、情報は信用できるのかもしれない。
だが、その目的。豪腕自由同盟を潰した者達と顔をあわせ、なにをするのかはまだわからない。
最初は駆け引きのため、豪腕自由同盟を倒した者はサムライの中にいないということは秘密にしていたため、それがどこの誰なのか質問できなかったが、今は違う。
少なくとも、八代がここに来ていたというのは本当だったため、そのサムライの名を聞き出せば、なにかの手がかりになるかもしれないと上は考えたのだ。
豪腕自由同盟を倒した者達の情報を餌とし、別の死士の居場所も口にさせようというわけである。
「一応、八代が来ている。というのは本当でした。なので、貴方の要望を聞くだけはしていいそうです」
「ほう」
「それで、貴方はまず、誰に会いたいんです?」
とりあえず、一人だけでもいい。
それがわかれば、あとは芋づる式に調べることも可能だからだ。
「?」
でも、秋水は私の言葉を聞き、不思議そうに首をひねった。
なぜ、首をひねるんです?
「まず。とはどういうことだ? 俺は言ったはずだ。豪腕自由同盟を壊滅させた『ヤツ』だと。俺が会いたいのは、一人だけだ!」
「は?」
秋水の言葉にこんな間抜けな声をあげたのは、私だけではなかった。
部屋の外でこのやり取りを見ていた従者、サムライ、老中。すべての人達が驚きとありえないという声と表情を浮かべた。
きっとみんな、同じようにぽかんと口をあけているに違いない。
だって、今秋水の言った言葉は、明らかにおかしかったのだから。
彼は、豪腕自由同盟の九人を倒し、その死士集団を壊滅させたのは一人の仕業だと言ったんです。
それは、ありえないと言ってもいいほどおかしな話だったのだから。
前にも言ったと思いますが、サムライは、強い。
そのサムライが集まれば、もっと強い。
力を増幅させるため、様々な制限をつけることにより、相性が生まれ、その相性によって時に楽勝、時に瞬殺という事態が生まれる。
サムライ同士の戦いは、強者を倒す戦いであり、相手の弱点を探し、いかにして相手の力を封じるかが重要なのだ。
でも、サムライが集まれば、互いの相性を補い合うことが出来、不利な相性と戦うリスクは減り、一方的な戦いへシフトできる可能性もあがる。
相手より多い数のサムライがいる。それだけで戦いは有利となるのである。
ゆえに、たった一人で九人ものサムライを一方的に屠るなど、そう簡単にできることではない。
いや、不可能なほどだ。
それが可能になるとすれば、相性など関係ないほど、次元の違う強さと士力を持ち合わせていなければならない。
だが、十人にも近い数を一人で倒すなど、歴代最強とも言われる第一刀。『七支刀』、七太刀桃覇さんでさえ無茶な話と言える。
いや、あの人なら可能なのかもしれないけど。第一刀もまた、底の見えない人だから。
それはさておき。
だから私達は、多くの凶悪事件を引き起こし、名の知られた豪腕自由同盟を壊滅させたのは、一人ではなく集団だと考えた。
そう考えて当然だからだ!
「そうか。では、そいつはサムライでもないというのか……」
私達の反応を聞き、秋水は気づいてしまった。
この反応を見ても、彼は嘘を言っているとは思えない。
まさか本当に、たった一人が豪腕自由同盟を壊滅させたというの?
「ならば俺はここにいる意味は……」
ゴッっと、秋水に士力が集まり、発せられるのがわかった。
やっぱり、対サムライ用の手錠なんて意味がない!
ヤツがその気になれば、こんなところ簡単に抜け出せる。
このままでは、無駄に被害が広がってしまう!
私は思いつくまま、口を開いた。
「待ってください! 確かに私達もまだそれは把握し切れていません。ですが、その人の名を言ってもらえれば、調べることも出来るはずです。組織力という点で言えば、個々で動くしかないそちらより、圧倒的に上のはずです!」
戦いは数というのは基本ですが、情報を集めるという点でも数は大変有効である。
だから私達は、この国を影から守ることが出来ているんですから!
「……」
秋水の体から発せられる士力が止まる。
「確かに、その言葉は一理あるな。ひょっとすると名乗り出ていないだけで、サムライの中にいるかもしれない」
「その通りです」
私も、そして外で見守る皆もほっと胸をなでおろす。
「それで、その者の名前は?」
もう隠したり駆け引きをしても意味がない。
私は思い切ってその名を聞いた。
「いや、名はわからない」
「わからない?」
「ああ。名前は知らない。俺が知っているのは、奴等を壊滅させたサムライの姿をとらえた動画があるということだけだ」
「どう、が?」
「死士は死士で独自のネットワークを持っている。奴等が壊滅した際、お前達がそこに駆けつけるより早く、誰かがそこに駆けつけていたようだ。その際、その一部始終を録画したカメラのデータを回収していたんだ。それを、死士達の情報交換に使う場所に流した。俺はそれを見て、お前達に接触したというわけだ」
「そういうことですか」
だから、秋水はそれを誰がアップロードしたのかは知らないらしい。
となるとそれが本当に豪腕自由同盟を壊滅させているのかはわからないということにもなる。
その動画が本物か偽物かはあとで技術班が確認するとして、彼の話が本当なら、死士のネットワークが判明するという大きな収穫がありえる。
もちろんこれこそが秋水の狙いであり、罠である可能性も十分にあり得る。
そこにアクセスした途端、この支部経由で本部へ侵入するのが本当の目的なのかもしれない。
でも、そういう技術は私にはさっぱりなので、外の人達に任せるしかないのが実情だった。
秋水が口にする、その動画が見れるというアドレスとアクセス方法を聞き流しながら、私は技術班の待機するマジックミラーの先を見た。
すると、マジックミラーに光がともり、動画が映し出された。
これ、モニターにもなるんだ。
どうやらアクセスした先に罠はなかったようだ。
というか、動画が投降されていたのは誰でもアクセス可能な動画サイトだった。
死士達が情報交換のため作られた特別な掲示板とかではなく、誰でも見れるのだから、調べて意味があるのはこれを投稿した者くらいだろう。
それでも、調べる価値はあるでしょうが、それを調べるのは私の役目ではない。
技術者の方に任せるしかないだろう。
私達サムライにできることは、その動画に士力がうつっているかどうかを確認するくらい。
そんなことを考えていると、動画の再生がはじまった。
「これは……!」
その動画を見て、私は驚かざるを得なかった……
それは、豪腕自由同盟のアジトだった建物入り口を映すよう設置された監視カメラの映像だった。
外からいわゆる駐車場を映し、侵入者に備えるためのものの一つだろう。
豪腕自由同盟のアジトは山の中にあり、かつては工場だった場所の事務所跡を再利用したところのようだった。
アジトの崩壊をうけ、そこで多くの士力がはじけたのを把握し、そこが豪腕自由同盟のアジトではないかとサムライが現場に踏みこんだ時にはすでに破壊されていたカメラのモノだ。
秋水の言うとおり、生き延びた死士。もしくはサムライ達より先に到着した死士が私達より先に回収し、アップロードしたのだろう。
動画のタイトルには『求む。情報』と書かれている。
どうやらこれを引き起こした者を探すため、これを回収した者がアップロードしたということだった。
動画は、ただの人が見れば、建物が唐突に崩壊するというハプニング動画だった。
士力の見れない人から見れば、ただの倒壊動画。巻き込まれそうになった人もいないので気に留める人は誰もいないだろう。
しかし、士力をとらえる目を持つ人間が見れば、この動画の意味は大きく変わる。
一分にも満たない短い動画なのだが、そこにはサムライ同士の激しい戦いが記録されていたからだ……!
敷地の入り口から、事務所跡のアジトにむかう黒い影が現われる。
時間は深夜であるが、カメラの精度がいいのか、月明かりだけでそこに人がいるというのははっきりとわかった。
しかし、その人は、人であるが、人ではなかった。
まるで影が地面から這い出したかのような、漆黒の人型だったのだ。
全身スーツに頭をすっぽりと覆ったヘルメットをかぶっていると言えばいいのだろうか。
一番わかりやすいのは、立体的な影。
漆黒の中歩くその影の姿は、とても異質だった。
あの姿は刀の特性によるものだろうか? それとも単純に姿を隠すための鎧だろうか?
わかるのは、アレは士力で出来ているということだけだ。
わかるのはそれだけで、その鎧の士力は、歩く当人のものとは限らない。
人の身につける装備を生み出す特性も存在するからだ。そのサムライの士力は、そのサムライが発してやっといかなるものかというものがわかるのである。
この、士力の鎧を見ただけでは、それは判断は出来ない。
アジトの二階から、なにかが飛び出してきた。
豪腕自由同盟のナンバースリー。難波という戦闘狂だった。
トンネル崩落事故は、こいつが暴走し、好きに暴れた結果発生した結果だとも言われている。
純粋な戦闘力。腕力のみに特化しており、すべての制限を戦いに割り振った隠れる気もない死士だ。
この同盟がなければ、すぐにでも包囲され討伐されている男でもある。
それが今まで野放しになっているというのだから、集団とサムライの手ごわさがよくわかるというものだ。
アジトから飛び出した難波は、警告もなしにその影へ殴りかかった。
刀を引き抜き、その特性を発動させている。
まあ、ある意味当然の反応だろう。
あんな格好をして真正面から歩いてくるのだ。血の気の多い豪腕自由同盟の者が気づけば、こういう行動に出るのも当然と言える。
引き抜かれた刀は、巨大な刀だった。様々な形の刀が無作為に合わさり、時に合体して大きく、時に分解して小さくと、戦況によって使い分けることの出来る、戦うためだけの刀である。
今回はそれをひとまとまりにし、合体した巨大な刀でその影に振り下ろそうとしたのである。全力で。
攻撃のみに特化したその一撃は、山をも断つと言われる先生の一撃に匹敵。下手すると超えているかもしれない!
ぼんっ!
巨大な刀が振り下ろされた瞬間、なにかが小さく爆ぜた。
私達は、信じられないと目を見開く。
爆ぜたのは、難波だった。
刀が砕け、肉体が爆発し、バラバラとなりアジトへ吹き飛んで行く。
ただの肉の塊となったその破片により、アジトの土台が揺れた。
これが一般人の見る、建物崩壊の序章である。
だが、事態を見れる私達の方も、一瞬なにが起きたのかわからなかった。
じっくり見て考えて、なにが起きたのかやっと理解する。
攻撃を受けた影は、小さく動いていた。
その攻撃を受け止めるよう手をあげていたのだ。
さらに、刀が振り下ろされ、命中する瞬間、インパクトにあわせ、デコピンを発しているのが確認できた。
命中する刃と指。
それで、難波は負けたのだ。刀身が砕かれ、士力で身を固めたサムライの体も砕かれた。
確かに難波は、攻撃に重きを置いて防御はおろそかになっている死士だった。
だが、その分攻撃は強力。超強力だ。
だというのに、その攻撃を真正面から打ち破り、さらにそのサムライさえも砕いた。
それは難波の弱点をついての攻撃ではない。
その攻撃を真正面からぶち破る、純粋な力の差。
圧倒的な一撃……っ!
普通ではありえない。
相性云々の全てを覆す、圧倒的で絶対的な差がなければそれは不可能なことだった。
見ていた私達も、思わずざわめく。
いくら一対一だからといっても、相手は豪腕自由同盟のエース。それをああまで一方的に倒すなんて……
きしむアジトに動きがあった。
難波の衝撃で揺れるアジトの中から、八つの影。死士達が同時に飛び出し、影にむかい攻撃を仕掛けたのだ。
どうやら難波が倒されたことにより、一人一人で行くのでなく、全員で一斉にかかることを選択したようだ。
それは、それだけその影がトンでもない相手という証であり、逆にそうすれば相手を制圧出来るという確信のあらわれでもあった。
一人を倒したせいで、豪腕自由同盟に油断もおごりもなくなったのだ。
さらに、彼等は仲間で共通して制限を作っており、仲間が倒されたとすれば、その怒りによって攻撃力が増すというものがあった。
八人もの死士からの同時攻撃。
様々な特性を持つサムライに襲われれば、いくら圧倒的な力を持つものだったとしてもひとたまりもないだろう。
豪腕自由同盟は攻撃に特化した集団だ。
だが、その中にも絡めてとして毒や束縛など、いやらしい特性を持つ者がいる。
それらを組み合わされ、防御の出来ない状態でいくつもの特性で同時攻撃されればジエンドだ。
ガスにまかれ、アスファルトを突き破った樹木にからめとられた影にむかい、残りの全員が刀を振るった。
仲間が一人やられているせいもあり、その一撃は私達が想像するよりはるかに強力であった。
この連携。
これは、サムライ衆が誇る名刀十選が全員で対処せねば被害をゼロにはできないほどの攻撃だった。
一般の人には知覚できない激しい光が瞬く。
まるで太陽のような球体に覆われる影。
誰がどう見ても、助かるはずはなかった。
着地する死士達。
その顔は、勝利を確信している顔だった。
確かに、その威力を目の当たりにすればたった一人のサムライが防ぎきれるとは思えない。
しかし、私達は知っている。
勝ち誇る彼等が、敗北するという事実を!
死士達の着地と同時だった。
瞬き続けた光が、唐突に裂けた。
彼等は、直後に起きたことに、まったく反応することは出来なかった。
いや、それを見ていた私達でさえ、なにが起きたかわからなかった……!
光が裂けたと思った瞬間、勝利を確信していた八人の死士が、爆ぜた。
彼等は、自分達の身になにが起きていたのか理解も出来なかっただろう。
勝利を確信したまま、一瞬にして肉の塊に変わってしまったのだから……
それは、見ていた私達も驚く出来事だった。
本当に、なにが起きたかわからなかったからだ。
唯一わかるのは、光の方からなにかされ、彼等はアジトの方へ吹き飛んだ。ということだけである。
八つの塊がアジトであった建物に突き刺さり、その衝撃は建物の崩壊を誘った。
巨大な散弾がアジトにぶつかったからだ……
裂けた光の中から、あの漆黒の人型が姿を現した。
倒壊したアジトにむかい、ゆっくりと歩を進めている。
小さな太陽が生まれたかと思うほどの一撃だったというのに、その体にダメージらしきものは見えない。
何事もなかったかのように、ただ歩いている……!
死士達の力をあわせた一撃も、まったく意味がなかったのだ。
それは本当に、戦いだったのだろうか?
そう思わざるを得ないほど、一方的で圧倒的な戦いだった。
この影は、刀さえ見せず、あの豪腕自由同盟を壊滅させた。
この影のようなスーツが刀であり、鎧谷のように途方もなく硬いという可能性はあるが、そうするとどうやって豪腕自由同盟の者達を倒したという疑問が生まれる。
反射の特性? いや、それ以前の問題だ。
そうだ。そもそもあの影は、士力を発していない……っ!
画面には、それから発せられた士力は一切映っていなかった。
あれは、なにかをしたそぶりも見せず一方的に豪腕自由同盟を壊滅させた。
その時に、特性は発動していない。士力の発動は、誰も見なかった。
鎧こそ士力に包まれているが、これはカメラに映らないため以外になく、戦いとはまったく関係ない。
それは、どのような特性を持っているとか、どんな制限をつけたとか、弱点を持ったとか、そんなレベルではなかった。
力そのものの次元が違う。
そう、感じさせるほど、全てを超越しているように感じられた。
圧倒的なナニカで、無慈悲に敵をなぎ倒す。
こんなサムライが、現代にいるだなんて信じられない……!
「……?」
そして皆が唖然とする中で、私は一人首を捻っていた。
なぜだかわからない。不思議なデジャヴを感じていたからだ……
倒壊した建物の前に、影は立ち、大きく両手を広げた。
すると、倒れた死士達からはじけ、立ち上る士力の光が、その影の方へ流れを変えたのがわかった。
サムライが倒れたことを現す光の柱が、その影に吸いこまれてゆくのだ。
「士力を、吸収しているの……?」
それを見て、私達は驚きを隠せない。
倒したサムライの士力を吸収する。
士力さえ見せず、圧倒的な強さを見せたというのに、そんな特性まで併せ持つなんて。ありえないを通り越して反則と言ってもいいくらいだった。
そんなことが出来るなら、それは無限に強くなれる……!
ビキッ!
死士達の士力を吸った余波だろうか。
それともあの攻撃の残滓だろうか。
その影の顔の部分に亀裂が入った。
小さなヒビが広がり、大きな割れ目が顔にはいる。
パキンッ!
場に溢れた士力をすべて吸収し尽くしすのと同時に、顔を大部分が完全に割れ、その素顔があらわとなった。
「う、そ……」
私は思わず、声を出してしまった。
なぜ、デジャヴを感じたのか、わかった。
ほんの少し前に、私は似たようなことを見ていたからだ。
士力を使わず、サムライを手玉に取る……
私は、その少年を、知っている。
まるで燃えるかのように赤く輝く瞳だけは例外だが、力を手にし、にやりと笑うその顔を知っている。
九人もの死士を一方的に倒したサムライ。
漆黒の衣に隠されていたその正体。
それは、士君だった……!
おしまい