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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
5/88

第05話 サムライとリオネッタ 後編


────




「お、おい。どうすんだ? リオのヤツサムライにくっついて行っちまったぞ」

「ば、バカ言うなよ。あいつを連れて行かなきゃ今度は俺達がシメられるぞ。どうもこうもねーだろ」

「そ、そりゃそうだけどよ。でもどうすんだ。あんな化け物相手に勝ち目なんかねーぞ」

「ああ。お前の言い分ももっともだ。サムライ相手に喧嘩を吹っかけるのはバカのやることよ。だから、もう少し見張るぞ。チャンスがくるかもしれねえ」

「ああ、そうだな……」


 食堂の窓から中をうかがっていた男達が、ぼそぼそとつぶやきあい、大きく一度うなずいた。




──ツカサ──




 注文も終わり、料理が運ばれてきた。


 どんどんと皿がテーブルに並べられる。


 どれもこれもが大盛りに盛りつけられている。大盛りとか言わなかったので、これがこの店のデフォルトなのだろう。きっと場所的に安くてボリュームのある大衆食堂。といったところか。


 ぱっと見、今まで見たことのない料理も多い。運ばれてきた時ヒポポンタスの手羽先とか言われたけど、どんな鳥なのかさっぱりわからない。鶏の太もものようにも見えるけど、なんか違う。というか手羽先なんだよな。太ももに見えるけど……


 不思議。


 ただ俺のよく知る料理もあった。ミートソーススパゲティがあってちょっとほっと安心しましたよ。


 味はちょっと濃い目。ぱっと周囲を見回したところ、いわゆる肉体労働者っぽい人達が多いように見えたから、そっちの方が受けがよいんだろう。肉体労働をするとその分塩分とかが抜けるから、それを補うため味の濃いものを求める。とかなんとかそんな感じのことを聞いた覚えがある。


 俺も昨日から歩いてばかりだったから、この濃い目の味はとてもおいしく感じた。うめえ、うめえよ。



 こうして、異世界はじめての外食が終わった。



 ただ、会計の時ひとつ問題が発生した。


 会計は、1ゴルドと34センツ。この世界だと、このセンツは1000集まると1ゴルドになるらしい。


 腹いっぱいになるまで食べてこのお値段てことは、100万ゴルドってとんでもないお金なんじゃないか! と驚いたのもつかの間。



「い、一万ゴルド金貨!? こんなのはじめて見たぜ! 兄さん、悪いんだけどこいつで支払われても、うちじゃつりが出せないんだが……」

 店主が申し訳なさそうに言ってきた。



 そりゃそうか。これだと定食屋で百万円札とかいうもので会計したレベルになる。そんなところでおつりの九十九万以下略円がいきなり出せるかと言えばノーだ。

 俺は千円札までしか使えない自販機で一万円札を使おうとしていたに等しい。


 店の中が大きくざわめいたのも当然だわ。


「と、言われても、俺今この国で使える金これしか持っていないんだけど……」

「そいつは困ったなぁ。こんなとこじゃこんな金貨両替もできねぇし」


 ううむと、ひげの店主はうなってしまった。



 こうなったら記念にこの一枚を置いて釣りはいらねぇぜ。とか店のみんなにおごりだ! とかやろうかと考えたら、リオがここは自分が金を払うからそいつをしまえと言われてしまった。


 ここはその好意に甘えるとして、俺達は無事店を出ることになった。



「今の、すごかったな」



「ああ。さすがサムライだ。あれがストロング・ボブの賞金か」



「半端ねえ。やっぱ、本物だ……」


「つーか一緒にいたあのガキ誰だ?」


「あいつだよ。近くに住んでるスリのガキ」


「あんなのがなんでサムライと一緒にいるんだ?」


「しらねーよ」

 店の中ではそんな会話がなされていたが、店から出るツカサの耳には入ってこなかった。



「悪いな」

「悪いなじゃねーって! あんな金あるのなら、なんでおいらにあんな取引もちかけたんだよ!」

 リオは当然不満だ。そりゃそうだろう。まさか自分が金を払うことになるなんて思ってもいなかったんだろうから。


「これはあのあと手に入れたんだ。そうだ……」

 俺はご機嫌をとるため、カバンの中をごそりとあさった。


「なんだよ。さっきの金貨をくれるってんなら遠慮なくもらうぜ。なんならあんたの国のコインでもいい」


「そいつはよかった。ほら、約束の取り分だ。半分やるよ」



「……は?」


 金貨五十枚の入った袋をずいっと出したが、リオは変な顔をして固まっただけだった。



「だから、あの時うまく硬貨が売れたら半分やるって言ったろ? それが、これだ。五十枚もあるぞ!」

 えっへんと、俺は胸を張った。


 ご機嫌をとるためだが、ちょっと前に約束もしたし、ちょうどいいと思ったのだ。俺、約束、マモル。



「……」


 眼前に出された金貨の袋を見て、リオはうつむいた。

 そのまま、金貨に見向きもせず、下を向いてただたっているだけだ。


 どうしたのだろうと、俺は首を捻るしかできなかった。



「……なんでだよ」



「ん?」


「なんで、そんなことできるんだよ!」



 なんでとは、なんぞ?



「意味がわかんねーよあんた! ホントに意味わかんねー!」


 そう叫んだリオは、俺に背を向けてそのまま走り出した。



 なんぞー!?



 俺は、その大逃走をぽかんと見ているしかできなかった。


 意味がわからない。


 一体全体なにが起きたのだろう。


 俺はひとまず金貨をしまい、頭をかいた。



「まいったな」


『だなぁ』

 オーマの返事に、俺はうなずいた。


 今後今日の宿や両替屋か銀行なんかに案内してもらおうと思っていたのに。

 なにより、約束の金はおろか、今回の食堂の金さえ返していない。


 宿やその他はどうにでもなるだろうけど、食堂の金ばっかりはきちんと返さないと気分も悪い。



「追わないと」


『ああ』

 俺はオーマの追跡機能を使用し、リオのことを追うことにした。


 例えまったく知らない土地でも知り合いを探せるってのは便利だなこの機能!




──オーマ──




「おい」

「ああ。チャンスだな」

 食堂の影に隠れていた何者かが、走り去ってゆくリオを見てうなずいた。


 リオの走る方へ向かい、別の路地から先回りするようにして裏路地へと消えてゆく。


 ちっ。姿が完全に確認できなかった。これじゃあっちから追うのは無理そうだぜ。



「まいったな」

『だなぁ』

 相棒と一緒に、おれっちも思わずため息をつくようにつぶやいちまった。


 ったく。あの小僧、狙われているってのに一人で逃げやがって。せっかく相棒がさりげなく護衛してやっていたってのによ。


 相棒は当然だが、おれっちもあの衛兵に絡まれていた時からあの小僧が誰かに監視、追跡されているのは気づいていた。


 当然も当然だが、相棒もそれに気づき、あの小僧を食事に誘ってやったんだ。



 食堂のあのパフォーマンスだってそうさ。ホントはナイフなんて投げられる前に気づいていたし、声をかけるなりなんなりして投げる前に機先を潰したりすることもできただろうに、それをせずにわざわざあんなパフォーマンスをした意味ってのを、あの小僧は察せなかったようだぜ。


 ヤツ等も相棒と一緒にいる限りは襲わなかっただろうが、こうなっちまったらしかたがねぇ。



 で、どうする? とおれっちが聞き返す前に、相棒は「追おう」と言い出した。



 やっぱそうくるかよ。見捨てたって誰も文句もいわねえってのによ。相手はスリの小僧だぜ。むしろ自業自得ってヤツかもしれねえってのに。相棒はホント、金を問題にもせず、人を助けるんだもんな。義を見てせざるは勇なきなり。か。まさに相棒はサムライの鏡だぜ。


 おれっちは相棒にあの小僧のサーチ結果を伝え、おれっち達は走り出した。


 走り出した時、相棒はおれっちがいて助かると言ってくれた。



『……』

 それだけで、おれっちはとんでもなく嬉しかった。


 一つ、わかったぜ。なぜおれっちにこんな機能がついていたのか。それは、天下無敵の相棒をサポートするためだってな!


 相棒はおれっちのこの機能が良いとほめてくれた。これでやっと、おれっちは自分になぜこんな力が備わっていたのか、納得がいった。


 これは、相棒のために人を助ける補助をする力。そう感じた瞬間、自分に備えられた機能がしょぼいと思っていたおれっちは、あんなことを考えていた自分が情けなくなっちまったよ。


 炎を出せようが、水を操れようが、風も土も操ることは、サムライでもできることだ。だが、自分のようなことは自分にしかできない。それを、相棒は良いといってくれた!


 それだけで、おれっちは相棒と真の相棒になれた気がする!



『相棒!』



「ん?」

『これからも、よろしくな!』


「いきなりなんだよ。最初から、よろしくだろ?」


『ああ、もちろんだぜ!』


 最初から。最初からだったか! こいつは恥ずかしいぜ! おれっちは一生、相棒についてくからな!


 新たな気合とともに、おれっちはあの小僧の居場所をサーチし、その場所へと相棒を導くことに全力を尽くす。



 そこにたどりつけば、あとは天下無敵、最強無双のおれっちの相棒がなんとかしてくれるわけだからな!




──リオ──




 定食屋で食べ終わり、金のないにーちゃんがどうするのかとわくわくしてみていたら、懐から一万ゴルド金貨が飛び出してきた。

 中の客もおいらもびっくり仰天。王様や貴族達が使うような金貨が無造作に出てきたんだからそりゃ驚くってもんだよ。


 でも、あの賞金首ストロング・ボブを倒したサムライなんだから、その賞金を持っているのは当然だったんだ。でも、ならなんでおいらにあんな金策を聞いたんだろう。


 結局食堂じゃ一万ものおつりは出せなくて、そこはおいらが支払うことになった。こうなったらなんであんなことしたのか、そして、もうあの金貨の一枚くらいせしめなきゃやってられないってもんだよ!



「悪いな」

 出て早々、にーちゃんがおいらに謝ってきた。


「悪いなじゃねーって! あんな金あるのなら、なんでおいらにあんな取引もちかけたんだよ!」


 おいらは出て早々、持ち上がったまま宙ぶらりんになっていた疑問をぶつける。

 にーちゃんもそれに関して予想済みだったのか、納得したようにうなずいて。


「これはあの後手に入れたんだ。そうだ……」


 なんて言ってきた。あの、あと……? おいらがコインを奪った後のあの短い時間になにかあったってのかい?

 な、なら、おいらにも金貨の一枚もらうくらいの権利はあるよな!


「なんだよ。さっきの金貨をくれるってんなら遠慮なくもらうぜ。なんならあんたの国のコインでもいい」


 むちゃくちゃな言いがかりだったけど、なかば自棄だった。


 だってのに……



「そいつはよかった。ほら、約束の取り分だ。半分やるよ」



「……は?」

 にーちゃんは、笑顔で重そうな皮袋をずいっと取り出した。あの雰囲気からして、何十枚もの硬貨があの中につまっている。


 そいつを、おいらに……?


 な、なに言ってんだこの人。

 約束って、なんだよ。あの時のコインが売れたら取り分半分もらうってやつか? そんなの、そんなのなんで守るんだよ!


 おいら、約束を反故にしてあんたの金を奪ったんだぞ! それを、それなのに……!



 ずぐっ……



 胸の奥が、変にもやもやした。なにか、よくわからない感情が広がっている。


 なに、この胸の奥に広がるものは。



 なんなの……



 なんで、そんなお金をわたしにくれるの? 約束って、なんでそんな口約束を守るの……!


 意味が、意味がわからない。



 ぜんぜん、りかいできない……!



「う、うわあぁぁぁ!」


 にーちゃんの行動が理解できなくて、わたしはそこから逃げ出した。


 この感覚の正体が自分にはさっぱりわからない。


 心地いい。この人の笑顔が、その行動が、とても嬉しい。でも、だからこそ、だからこそこのままじゃいけないと、わたしの本能が訴えている。


 だから私は、にーちゃんから一刻も早く離れるため走り出した。



 ただただ、走って逃げた。



 なんで逃げたのか、自分でもわからないけど……!



「はあ。はあ……」

 にーちゃんから逃げて、私は小さく息をはいて足を止めた。


 肩を息をして、息を整える。



 なんなんだろう。このなんとも言えない気持ちは。



 意味がわからない。心地よいはずなのに、それを受け入れたくなくて、胸の奥がむずむずしてもやもやする。


 くれると言われて嬉しかったのに、素直に手が伸ばせなかった。


 それを受け取ったら、わたしのなにかが壊れてしまうと思った。



 頭の中がごちゃごちゃして、わけがわからなくて頭も胸も抱えたくなった。



 だからなのだろう……



「へへっ、みーつけた」

「ああ。こんな人気のねぇ場所に自分から飛びこんできてくれるなんて、ありがてえもんだぜ」


 おいらが隠れていた路地の入り口に、にやりと笑って立つチンピラが二人。


 おいらと同じ街のロクデナシ達で、裏で威張り散らしているダーエンて男の手下だ。



 こんなやつ等が近づいてくるのにも気づかないなんて、本当においらは今駄目だ。



「なんだよ? 今日は別にあんたらに睨まれたり上納金を払ったりするような仕事はしてないよ」

 嫌な予感がしながらも、おいらは答えを返してそこから去ろうとする。


「残念だったなぁ、リオよぉ、いや、リオネッタちゃん。だったかぁ?」



「っ!」


 男の言葉に、わたしは思わず足を止めてしまった。



 どうしてその名前を!



「おめぇを今、探しているやつがいるのさ。そいつにお前を連れて行けば、五千ゴルドももらえる。半年は遊び放題の金だぜ。さあ、きてもらおうか!」


「バカ言うんじゃねえやい!」


 来いと言われて行くやつがいるかよ! そんな得体も知れねぇ人買に自分の体をはいそうですねって売り渡す馬鹿がどこにいる! わたしは身をひるがえし、この路地から出るため走り出した。


 地の利は同じ。なら、身が軽くて小さいわたしの方が有利なはず!



 でも、そう簡単にはいかなかった。



 わたしの向かった路地の奥から、もう一人別の男が飛び出してきた。


 他にももう一人いたなんて! いや、五千ゴルドなんて大金だ。ひょっとするとこいつら一味全員がわたしを捕まえにきていてもおかしくない!


「かかったなぁ!」

 マズイと思い、なんとか頭をさげてその男の手をかわす。


 帽子に触れられながらも、男のわきの下を通り、なんとかそいつをすり抜けることができた。



 ばさり。



 でも、帽子がはじけとんだ。


「お、おい!」

「ひゅー!」


 男達の声とともに、帽子の中におしこんでいたわたしの髪がはじける。



 腰近くまである金髪が解けてしまった。



「やっぱりお前で正解のようだなぁリオよぉ!」

「今まで男のフリしてやがったんだな! 騙しやがって!」


 奥の二人がそう叫びながらわたしを追う。


 くそっ。最悪だ。今まで隠してきたってのに、よりにもよって最悪なヤツ等にバレちまった! これじゃあ逃げ切っても自分の居場所がここになくなる!


 わたしの住処は、いわゆる貧民街だ。そこで力のない女なんて知られたら、なにをされるかわからない。だから今まで、男装して過ごしてきたってのに……!


 力のないわたしじゃ、このままだと……



「このまま、だと……?」


 そこで、やっと気づいた。



 なぜ、あの人がわたしを引きとめて食堂へ誘ったのかを。


 逃げようとしたわたしを、わざわざひきとめたのかを。



 それって、わたしがこうして危険な目にあうとわかっていたから?



 だからわたしと、一緒にいてくれた?



 ずぐっ……



 まただ。

 また胸の奥が変だ。もやもやする。こんなの受け取ったことない。感じたことない。


 理解、できない。



「まて!」

「お前のその体、それが金になるんだよ! 大人しくしたほうが身のためだぜぇ!」


 そうだ、後ろから浴びせられる罵声。こっちの方が、まだ理解できる。


 いつもいつもどこかで発せられるこんな悪意。スリをしてスられる方が愚かで。


 奪われるのが当然だから、逆に奪って。


 身を守るために人を騙して。それが当たり前。

 だからこれも、当たり前。


 死なないように必死に他人を騙して生きてきた。


 身を守るために男装していたし、その正体がばれれば金のために売られる。それが、この世界の理屈。



 それが今回、わたしの番……



 だからわたしは助けなんか求めない。


 助けを求めても誰も助けてくれないから。


 助けを求めても、逆に敵が増えるだけだから。



 わたしはゴミ箱を蹴り倒し、積み上げられた箱を倒してさらに逃げる。


 でも、相手の方が一枚も二枚も上手だった。



 路地を曲がり、さらに人がいるのに気づいて空き地へと飛びこんだその時だった。



「へへっ、やっときたか、リオよぉ」

 わたしはその声に、足を止めた。


 路地から入った空き地。そこはなにかを建てようとして途中で放置された建物跡だった。


 その放置されたままになっている木材のところに一人の男が座っている。髭をもしゃもしゃとはやし、それでいてスキンヘッドの男。こいつがあのチンピラ達のボスダーエン。この一帯を仕切る悪党の親玉だった。



 やっぱりかと思い、心の中で舌打ちをする。



 当初の考えじゃ、あの悪党の座っている木材を乗り越えてその後ろにある壁を越えるつもりだったんだけど、これじゃ不可能だ。

 人買なんて重罪をやろうとしているんだから、こいつも噛んでいて当然だ。チンピラには五千ゴルドと言っていたけど、ひょっとするとこのダーエンにはもっと支払われるんじゃないだろうか?


 だって、ヤツ等は、わたしをここに追い詰めるようにして逃げ道を塞いでいたんだ。それは、それくらい大きな仕事だってことだ。



 わたしの考えを肯定するように、空き地の物陰からぞろぞろと他のチンピラ達が姿を現す。



 さらに空き地の入り口からわたしに追いついた最初のチンピラ三人が私の体を捕まえた。両手を捕まれ、逃げられない。

 わたしはそのまま、男達に引きずられ、ボスの前に連れて行かれた。


「ははっ。本当に女だったんだなおめぇ」

 木材から立ち上がり、わたしの顎に手を伸ばしそいつの方へ顔を向けさせられた。



「おうおう。よく見りゃかわいい顔してんじゃねえか。こいつで間違いねぇな。リオネッタちゃんよぉ」



「その名前を呼ぶな! このクズ!」


「ははは。その元気がありゃあ十分だな。なあ」

「そうですねぇ!」



 周囲にいる取り巻きも、ダーエンが笑うと一緒に笑った。



「ボス、あんまりゆっくりはしていられねぇんでさ!」

 最初に追ってきた三人で、わたしを捕まえていない見張りの男があわてたように声を上げた。


「あぁん? どういうこった?」


「こいつを追って、おせっかいなヤツがくるかもしれないんです!」


「それがどうしたんだよ。一人くらいならてめぇらでボコっておしめぇだろ?」



「そうじゃねえんです! サムライです。サムライがこいつを気にかけてたんですよ!」



「な、なにぃ!?」


 空き地にいた男達が、ざわりとざわめいた。



「偽者じゃねえのか……?」



「偽者なんかじゃないんですよ! 食堂じゃ、ちょっかいをかけようとしたやつを軽くいなしちまったんだから! 背中を向けたまま、投げたナイフをかわして受け止めちまったんですぜ!」



「なぁ!?」

 ダーエンはおろか、用心棒の顔色さえ変わった。


 そりゃ当然だ。そんなとんでもないこと、普通できない。


 伝説の証明のようなことを聞き、チンピラ達はうろたえている。



 でもわたしは、あの人が来るとは思ってはいなかった。


 だってあの人はここに来たばかりなんだ。


 そんな人が、入り組んだ裏路地を抜けてこんなところにたどりつけるはずなんてない。



 いくらあの人が底抜けの阿呆だったとしても、こんなところまでわたしを追ってくるはずなんてない。



 だって、そんなことをする意味なんて、あの人にはないんだから。


 なにもかも裏切って、逃げ出したわたしのことなんて……



「お、おい……!」

 入り口に視線を送ったチンピラの一人が、おびえた声を上げたのが聞こえた。


「う、うそだろ……」

「なんでこんな入り組んだところに入ってこれるんだよ!」


 男達の声は、悲鳴のようだった。



 私をつかむ男の力が緩み、入り口に背を向けていた男達は一斉に振り返った。



 わたしもつられて体が動き、そこを見る。


「……え?」

 そこに、その人は立っていた。



 腰に刀と呼ばれる最強の武器を携え、このあたりでは見ない格好をしている、一人の少年。


 サムライと呼ばれる、天下無双の戦士。



 わたしにはツカサと名乗った剣士が、そこにいた……!



「う、そ……」


 わたしは、信じられなかった。


 どうしてここまでやってきたの?

 どうしてあなたがここにいるの?


 理由がさっぱりわからない。



「な、なんでここに……!」


「も、もう終わりだ……」

「い、いや、まだだ! まだ、俺達にはこいつがいる!」


 わたしの背後にいたダーエンがナイフを取り出し、それをわたしの首筋につきつけた。


「う、動くんじゃねえ! こいつの命がどうなってもいいのか!?」


 突然現れたサムライにむけ、脅しをかける。



 なんてこと。わたしを人質にするなんて!

 この街でそんなの有効な手段じゃない。人質ごと殺してもいいなんて言うようなヤツ等ばっかりだ。


 でも、こんなところになんの得もないのにのこのこやってきたサムライには効くのかもしれない。



 サムライが、動きを止めた。



 ほら、やっぱりあの人は馬鹿だ。わたしなんかのために、こんなところに来るから……



 なぜかわたしは、わけもわからず涙が出てきた。



「そうだ。動くんじゃねえ。そして、その腰の剣をこっちによこせ!」

 ダーエンが続ける。



 にやりと笑った雰囲気が私の背中にも伝わってきた。これで勝てる。そう思ったんだろう。サムライを倒したとなれば、その悪名はうなぎのぼりにも間違いない。そんな希望を思い浮かべてしまったからだ。


 でも、次の瞬間、男達もわたしも、それは明らかな悪手だったと、いや、最悪の手をとってしまったと、理解する……



 人質にとられたわたしの姿を見て、あの人の目が大きく見開き、その雰囲気が変わる。


 あの人が、口を開いた。



 その、刹那。




 ドゴォォォォン!!!




 彼の背後に、光の柱が立ち上った。


 地面を大きく破壊し、爆発とともに岩や石畳を空へ巻き上げ、天までのびたその光の柱は街の上にかかっていたうす雲さえ消し飛ばし、空を青空に変える。


 それはまるで、怒りの爆発。天の怒りはいかずちといわれているが、それは地の怒り、噴火のようにも見えた。


 怒りのあまり髪が逆立つとか、噴火のように怒り出すとか、そういう比喩は聞いたことがある。



 でも、実際に怒りのあまり地を破裂させ、天を引き裂くような存在なんて聞いたことは……。いいえ。わたし達はそんなことができる存在を知っている。神様以外でそんなことをやらかす伝説を知っている。



 どこか神々しささえ感じさせる純白の光の柱。



 どうやってそれを引き起こしたのか、わたし達にはさっぱりわからなかったけど、それを誰が引き起こしたのかはすぐにわかった。


 その人こそが、わたし達の目の前に現われた伝説の再来。



 大地を破裂させ、天さえ引き裂く伝説のサムライ……!



 わたしはその光を背負い立つツカサの姿を見て。




 ──なんて綺麗なんだろう。




 そう思った……




──ダーエン──




「そうだ。動くんじゃねえ。そして、その腰の剣をこっちによこせ!」

 オレは思わず、リオを人質にしてナイフを取り出した。


 それをリオの首筋に向けて、そう叫ぶ。


 いくらサムライだからって、人質がいちゃそう簡単にオレ達に手出しなんてできないと思ったからだ。


 だが、それこそが失敗だった。大失敗だった。やってはいけないことだった! オレ達は、そのの逆鱗に触れちまった!



 次の瞬間、地面が破裂し、天が裂けた。



 なにを言っているのか自分でもよくわからねぇ。でも、目の前で起きているのは、それが事実だった。


 オレが人質をとったのを見た瞬間、サムライが怒りの表情を見せたのと同時に、その背後に巨大な光の柱が生まれたんだ。



 それはまるで、地獄からのいかずち。地の底からすべてを破壊する、悪魔の所業……!


 純白で真っ白で神々しいというのに、俺達の目には、悪魔の怒りにしか見えなかった。


 ヤツの顔は光の柱に照らされる逆光で見えない。



 だが、だからこそ恐ろしかった。



 雰囲気から、髪は逆立ち、怒りに包まれていることだけはわかる。顔は見えないというのに、その眼光がギロリとオレ達を睨んでいるようで、闇に隠れた双眸がオレ達を捕らえているように感じられた。


 オレ達の体がガタガタと震えはじめる。それどころか大地さえ揺れているように感じられた。いや、大地も、揺れていた。


 その怒りに、大地さえ怯えているかのようだ。



 これが、サムライ。十年前に、世を救った伝説……



 それが、オレ達の目の前にいる。


 それが、怒りをあらわにしてオレ達の前に居る!


 オレ達はやってはいけないことをしてしまった!



 その逆鱗に触れてしまった!



 サムライの手が動いた気がした。その手は、ゆっくりと腰にある剣。カタナと呼ばれるサムライ最終兵器へ向かっているように見えた。



「死にたくなければ逃げろ!」


 凛とした声が響いた。


 それは、警告だった。それでいて、最上級の慈悲でもあった。逃げりゃ追わない。ただし、立ちむかってくるのならば殺す。そう、明確な殺意のこもったありがたい忠告であると、オレ達は理解した。そして、悟る。



 こんな化け物に、勝てるはずがない。と……



「ひっ。ひいいいぃぃぃ!」


 誰かの悲鳴が合図となった。



 それとともに、手下の一人が逃げ出す。



「で、伝説がいるなんざ聞いてねえぞ!」


「に、にげろー!」

 オレももう、戦う気なんてなかった。リオから手を放し、空き地の壁に開いた穴へを目指して逃げてゆく。


 敵意がないことをあらわすためナイフを地面に投げ捨て、必死に足を動かす。



 だが、中々足は前に進まない。半分腰が抜けてしまっているからだ。四つんばいになって地面を這うようにしてそれでやっと逃げられるようになった。


 それは人間とは思えないとんでもないカッコウだったが、そんなこと言っていられない。


 命がかかっている。そのおかげか、そんなカッコウでも、いつもの二本足で走るより速かったように感じた。



 なに? そのまま人質をとっていればよかったんじゃないかって? バカ言うんじゃねえ。そんなことをして怒りの炎に油を注いでみろ、今度はこの街ごと吹き飛ばされていてもおかしくねぇぞ。



 そもそもリオに手を伸ばそうとしたら最後、間違いなく斬られていた。相手がまだまだ遠い間合いに居たからなんてそんな余裕はありはしない。相手はあのサムライだぞ。多少の間合いなんて関係なくオレ達を斬るに決まっている。


 瞬きした瞬間、その時点でオレ達の首と胴が離れているに違いねえんだ!

 これはもう本能、直感が告げた事実だ。


 あんなの相手にできるわけがねえ! オレ達は一刻でも早くサムライの視界から消えることだけを選択した。必死に「どうか、どうか殺さないでください」と泣き叫び、信じたこともない神に祈りながらそこから逃げ出した。



 なんとか逃げ切った。いや、見逃してもらったオレ達は、十歳以上年をとっているように見えたんだとか……



 オレはもう、断言するぜ。




 サムライには関わるな……って。な。




──リオ──




「ひっ、ひいぃぃぃ!」

 誰かの悲鳴が合図となった。


 男達はわたしを離し、われ先へと空き地の外へ逃げ出してゆく。


 剣もナイフを放り出し、ばたばたと足をばたつかせて。全員まともに走れない。四つんばいになって地面を這うようにして逃げる。それは人とは思えない醜悪さで、そして驚くほど早かった。


 かくいうわたしも、掴まれていた手が離されれば、地面にひかれるようにぺたんと座りこんでしまったのだけど。



 ツカサが目の前に歩いてきた。


「大丈夫か?」

 彼はそう、わたしへ声をかけ、手を伸ばした。



 ──ああ、そうか……



 わたしは、なぜこの人といると調子が狂うのか、わかった。


 なんで、胸の置くがむずむずするのか、わかった。


 この人はわたしに、それを与えてくれていたからだ……



 それは、他人から与えられる、無償の優しさ。親切と呼ばれる行為……



 この人は、スリをして生きるしかないわたしに、こんな冷たい貧民街では絶対に与えてもらえないものを与えてくれていたんだ。


 この人は、わたしが今まで与えて欲しくとも与えてもらえなかったものを与えてくれたんだ。


 わたしの心が変だったのも、この人から親切を受けて、心が温かくなっていたからだ。



 親切心なんて受けたこともなかったわたしだから、だから居心地が悪くなって、あの時逃げ出してしまったんだ……



 でも、でも……



「どうして?」

 わたしは、思ったことをそのまま口にした。


 この人は、わたしがなにも言わずに逃げたというのにここまで追ってきてわたしを助けてくれた。


 助けても、自分になんの得もないのに。

 助けたとしても、なんの見返りもないというのに。


 意味なんて、ないのに……!



「どうしてわたしを助けてくれたの?」



 つい、男を演じるために『おいら』と自分を呼ぶのも忘れて、わたしはその疑問を口にしてしまった。


 そしたらあの人はまた、にこりと微笑んで、路地の途中で落とした帽子をわたしにかぶせてくれた。


 そしてわしわしと、わたしの頭を撫でる。



「どうしてってそりゃ、お前が全身で助けてって言っていたからな」



「え?」

 一瞬、なにを言っているのかわからなかった。


 そして、言葉の意味が理解できたあとも、どうしてなのかわからなかった。



 わたしはただ、ただただ、ツカサを前にして、大粒の涙を流していた。



 意味がわからない。理由がわからない。だってわたしは、助けてなんて一度も言ってない。言ったことはない。

 ううん。嘘だ。わたしはずっとずっと叫んでた。


 言葉に出さないけど叫んでた。


 助けて、助けてって叫んでた。



 全身全霊で叫んでた。



 でも、そんな助けなんて来ないと思ってた。


 ずっとずっとありえないと思ってた。


 そのうち今日のようにヘマをして、酷いことをされて失意のまま死んでいくんだとずっと思ってた……



 なのに、なのにこの人は、ツカサは、わたしの心の声を聞いてくれた……


 手を差し伸べてくれた。



 わたしに、優しさを教えてくれた……


 こんなに、こんなに人に優しくされたのははじめてだ!



「うっ、うあっ、うえぇ。うええぇぇぇ」

 わたしは泣いた。ただただ泣いた。


 わたしにできることは、それしかなかった。


 ありがとうとも口に出来ず、突然泣き出したわたしを見て、ツカサはオロオロするしかできなかった。



 天下無双のサムライだというのに、泣く子一人に勝てないんだから、おかしな話……!




──ツカサ──




 オーマのサーチ機能とやらを頼りに路地を進み、途中でリオのかぶっていた帽子が落ちていたのでそれを拾ってさらに走った。

 なんで走ったのかと言えば、オーマが妙に急かしたから。


 路地を走り、石畳の道路を走ってどこか建設途中の建物のある空き地へ足を踏みこんでみると、目の前に金の長い髪をした女の子と、大勢の男達がいたのに気づいた。


 どうやら女の子が男達に絡まれているらしい。まったく異世界でも元の世界でも変わらずナンパというものはあるんだな。



 なんて思ったら、その女の子の服装に見覚えがあった。



 男がその女の子を俺の方に振り向かせたので、顔がよく見えるようになる。帽子がなくて髪が長い状態になっているから一瞬わからなかったが、その顔は間違いなくリオだった。


 その瞬間俺は、目玉が飛び出すほど……とまではいかないものの、目を大きく見開いて驚いていただろう。


 まさか。とは思っていたけど、本当に女だったなんて。

 あまりの驚きに、声さえ出なかったほどだ。



『やっぱりか』


 オーマが一人なにか納得していた。

 なんだお前、リオが女だって気づいていたのか。なんて冷静な部分の俺がそんなことを思ったが、次の瞬間、さらに驚くことが巻き起こる。



 なんと俺の後ろが突然爆発したのだ。



 爆裂したのは道路で、石畳を吹き飛ばしてなんかものすごく光る火の柱が立ち上がっているようだった。


 ようだとか推定系なのは、あまりのことに後ろを振り向く余裕なんてなかったからだ。リオの衝撃で愕然としているのに、そんな爆発反応できるわけもない。


 どうやらその爆発の威力はすべて真上に向かっていたようで、身動きの取れなかった俺に被害らしい被害はなかった。せいぜい髪が逆立ったくらいか。



 身をすくませ、はっと気づけばその爆発も収まり、うす曇だった空が綺麗に晴れていた。



 一体なにが起きたんだ? ガス爆発? いや、ここは中世ファンタジー世界だし、ガス管が……なんてのはまだ早いか。というかこの世界ではこういうことがよくあるのかもしれない。


 なにが起きたのかわからないが、次になにが起きそうなのかはわかった。



 地面が小さく揺れている。どうやらこの穴が原因になって、ここら一帯が崩れそうだっていうのはわかった。



 やばい。これはやばい。


 俺はとっさに、空き地で腰を抜かしている人達に向けて大きな声で叫んだ。



「死にたくなければ逃げろ!」



 ちょっと乱暴な言葉だったが、四の五のは言っていられない。


 このまま穴が広がって崩れれば、建設途中の建物とかをまきこんで大惨事になることは間違いなかったからだ。


 俺の声を聞いたからか、それとも事態がすぐ理解されたのか、リオに絡んでいた男達は蜘蛛の子を散らすかのごとくものすごい速さで逃げていった。



 もうどひゅーんとかそんな擬音がつくんじゃないかと思うほどの速度で。



 とりあえず、現地の人達の反応を見るに、これが異世界の日常ってことじゃないってことだけは察することができた。


 なら、逃げるのも当然の話。そもそも俺だって驚いて立ちすくんでいなければ、目の前でへたりこむリオのようになっていたか、ものすごい速度で逃げ出したあの人達のように逃げていたに違いない。


 地面の揺れが激しくなってきた。きっとさっきの衝撃でこのあたりもヤバイのだろう。



 地震になれていない人だったりすると、これくらいでも世界が震えているように感じるんじゃなかろうか?



 俺も逃げないとマズいと思い、なんとか一歩ずつ足を動かし逃げはじめた。とはいえ、目の前に知り合いが腰を抜かして逃げ遅れているのだから、それも放っていくわけにもいかない。


「大丈夫か?」

 俺はリオに近づき、手を伸ばした。


 立てないようならおんぶしてやるしかないか。



 女の子だとわかったから期待しているわけじゃないからな!



「どうして?」


 ぺたんと座ったリオが俺を見上げ、そうつぶやいた。



 どうして? どうしてとは地面が爆発した理由か? そんなの知らんぞ。



「どうしてわたしを助けてくれたの?」

 続きを言われ、言葉の意味はわかった。そうか。この状況でわざわざリオを起こしに来たのが疑問だったのか。


 しかし、転んだ人に手を伸ばす理由ってのを改めて問われると説明に窮するものがある。



「どうしてってそりゃ、お前が全身で助けてって言っていたからな」



 なので、腰を抜かしている姿を見て救助が必要だと思ったということを素直に伝えた。

 そう言ったら泣かれてしまった。


 うわんうわん大号泣。



 なしてぇ!?



 オーマにはけらけら笑われるし、泣き止ませるまですげぇ時間がかかったし、びっくりした。


 ちなみに、リオが泣き出した後マジで地面が崩れ始めたので、リオを持ち上げて逃げ出した。


 おんぶしようと思ったけどわんわんないて全然動いてくれなかったので、背中と足に手を通して抱き上げた。



 まさか異世界でお姫様だっこというものを経験できるとは思わなかったよ。



 リオが軽かったからよかったものの、下手すりゃ崩落に巻きこまれてお陀仏だったかもしれない。




──オーマ──




 いやはや、トンでもねえ逸材だぜ、ウチの相棒はよ。


 ガラガラと崩れ、広がりはじめた穴から逃げる途中、おれっちはそんなことを思った。



 リオの小僧が男じゃなくて女だってのは予想外だったが、それ以外のことはおおむね予想通りの展開だった。



 おれっちと相棒に睨まれたんだ。そりゃ戦意も即喪失して逃げるってもんよ。



 ……っと、もう一つ予想外な展開もあったか。


 こっちはあのチンピラ達やリオ嬢ちゃんの方じゃなく、相棒の方だが。



 まさか、相棒があれほどの『シリョク』を秘めているなんて、さすがのおれっちでも予想外だぜ。


 あのチンピラ達もバカな奴等だよ。相棒相手に人質をとろうとするんだからな。



 おかげで相棒はイラっと来て『シリョク』を少し解放させちまったじゃねえか。



 あれこそが、サムライが刀一本で山さえ斬るという理由さ。体内の『シリョク』をもちいて不可能を可能にする。相棒のアレはいわば獣の咆哮と同じ。


 威嚇でがおっと吼えたレベルだったんだが、相棒の場合『シリョク』が強すぎて地は裂け空の雲まで吹き飛ばしちまいやがった。


 とんでもねぇ才能だが、これからはもう少し加減してもらわねーと大変なことになるぜ。


 強すぎる才能ってのもある種問題だな。



 ま、おれっちの相棒なんだから、あれくらい破天荒じゃねえとやっていけねえか!




──マリン──




 さて。唐突だけど、私のターンよ!


 あまりに唐突過ぎて、私が一体誰なのかわからないという子のために答えてあげるわ。私は天才大魔法使いのマリン様!


 ここまで言ってわからないというのなら、さらにヒントをあげるわ! そう、あの地上であのサムライ君から薄くて軽いコイン型のプレートを買い取った麗しの乙女。世界最強の魔女! それがこのマリン様なのよ!(ばばーん!)



 ちなみに、外と口調が違うってツッコミは禁止。外での私は正体不明の謎の魔法使いを装っているのだから!



 さて、地下にひっそりと作られた私の極秘研究室(どうして地下にひっそりいるのかとか聞いたらダメよ)。私はここで、あのサムライ君から手に入れたコイン型プレートを手に、それを天井から吊り下げた魔法の光にかかげてみる。


 くすみのない綺麗な銀色がきらりと光を反射した。


 何度見ても、この薄くて軽いプレートは、とんでもなく特異な存在だ。ここに書かれた文字さえ二百年生きる私の知識に該当しない。この素材でさえなんなのかさっぱりとわからない。実に、わくわくする代物だわぁ。


 見れば見るほど、私の顔はにやけてしまう。


 この新しい素材を用いて魔法の触媒とすれば、きっと新たな魔法が生み出せるだろう。



 そうでなくとも、これに魔力を通し、増強の触媒として使っても、今までに類を見ない強力な魔法も発動できる。……かもしれない。



 ふふふっ。このコインをくるくる回すと、そんな素敵な未来が脳裏に流れ、さらに口元が緩んでしまう。まさかゴールドさえ生み出す魔法を会得した私が、またこうしてわくわくする素材を手に入れられるなんてね。


 世界は本当に広い。これだから魔法の研究はやめられない。深淵への道のりはまだまだはるかかなたのようね!



 さあて、前置きはこれくらいにして、実験を開始しましょうか。



 このコインはそのまま使っても十分な触媒となるでしょうけど、その形をさらに加工することでより魔力効率をあげることができるわ。

 魔力を通しやすい銀も、ただの塊よりはそれに適した形に整えてあげるとより強い魔法や消費を抑えることもできる。


 問題は、それに適した形を探す。というのも一つの探求となるわけだ。銀には銀の、金には金の。その金属にあわせた形というのもある。当然この未知の金属にも、その魔法を強める形というものが存在するのさ。


 とはいえ、そのためにはこの金属がどれほどの魔力を増幅させるのか、どのような触媒なのかを知る必要がある。

 天井の光にかかげたコインを指で挟み、私は小さく呪文を唱えた。


 魔力の浸透力と、その緩和性を調べる呪文だ。指先から魔力を流し、その伝導率や増幅率を確かめる。



「……なにこれ、すごい」


 魔力を流し、私は思わずそうつぶやいた。



 まだなんの加工もしていないというのに、このプレートだけで銀や金を超える魔力伝導率が感じられた。下手をすると、オリハルコンやアダマンテウム、ミスリルクラスの金属だわよ。


 神々の金属とさえ呼ばれるそれらに匹敵するなんて、あの子はなんて物を持っていたの。


「……これ、下手に加工するのもまずいかもしれないわね」


 ひょっとすると、この形こそが最適解なのかもしれない。とさえ思う。下手に形を変えれば、この触媒としての力は失われ、効率が下がる可能性も十分にありえた。



「まあ、二枚手に入ったのが不幸中の幸いね。これなら一枚の形を変えても安心できるわ」


 にひっと笑った。



 もう一度それを天井の光にかざす。綺麗な銀色がキラキラと反射している。きっと同じように私の目もキラキラしているに違いない。私はさらなる実験と高みへ行ける希望に胸を高鳴らせながら、次の実験へと進むことにした。


 次の実験とは、実際に魔法を発動させ、その威力を確認すること。


 本当なら形を加工してからやるものだけど、今回は手に入れた形のままを使う。それでも、一体どれほどの威力が発揮されるのか、この私でさえ想像ができない。


 本当ならいきなり大魔法。といきたいところだけど、私の信念をちょいと曲げて、まずは一番簡単な魔法から。



 頭の中で術式を思い浮かべ、祈り、詠唱、そして念じる。



 私以外の魔法使いなら、これらすべては口に出して呪文を唱えなければ不可能だろうけど、私ならば頭の中で描くのみで可能だ。


 一番シンプルな魔法が構成され、それにあわせ、私はこのコイン型プレートを天井へかかげ、触媒となる銀の円に向けて魔力を流し、発動させる。


 触媒とは、簡単に説明すればレンズだ。光を収束させて一転に集め力を増すとか、増幅して出力するとか、そういう感じなの!



「飛べ、アロー!」


 私の詠唱に応じ、魔法が発動した。



 これは、光の矢を飛ばす呪文。威力は実際の矢を飛ばすのとほぼ同じと考えてもいい。


 矢を消費する必要はないが、呪文を詠唱する必要がある分連射性はよろしくない。まあ、非力な魔法使いが撃つのには便利な魔法といえるけど。



 それを天にかざした触媒に魔力を通し、発動させた。



 その瞬間、私は信じられないものを見る。


 増幅された魔力がはじけ、触媒から巨大な光の杭のようなものがそこから噴出したのだ。


 天井。正確には部屋全体に防音と防壁の障壁が張り巡らされていたけど、それを安々と貫通し、さらに天井、地面さえぶち破り、地下研究室だというのに、地下の文字が失われるという事態を引き起こした。



 太陽の光さえここにさしこんできているようにも感じる。今日はうす曇りだったというのに。



「……うそぉ」


 放った私でさえ唖然とする威力だった。


 こんな破壊を引きおこせるのは、伝説の勇者かサムライくらいだろう。


 ぽかんと空を見て口をあけてしまう。大魔法使いの私にそんなことをさせるなんて、とんでもないわこれ。



 あの一枚でこれほどの魔力生成ができるなんて信じられなかった。かつて伝説と言われた魔力の石。それはひょっとするとこれなのかもしれないと錯覚するほどだ。



「ふっ、ふはっ、ふはは!」


 私は笑いがとまらなかった。


 なんてモノを見つけてしまったんだ。これがあれば、私は新たな扉を開くことができるかもしれない! そう、あのダークシップが現われた異界まで行けるかもしれない! 次元や時空を操る魔法が使えるかもしれない!


 しかも私の手にはこれ一枚だけじゃなく、もう一枚ある。二枚あればどれほどのことができるというの!?



 ああ、なんて夢が広がるのかしら!




 ごごごごごっ。




「……はっ!」

 高笑いしていると、地面が大きく揺れているのを感じた。


 残った天井がゆれ、さらに他の部屋も震えているのがわかった。

 って、これ喜んで笑っている場合じゃ絶対ないわ!


 支えを失った天井から嫌な音が聞こえてくる。これ、やっぱりあれだわ。さっきのアローの魔法で穴の空いた天井に向かって崩れるってことよね?


 確認するまでもなく、天井が崩れはじめた。



「まっずーい!」


 これはまずい。このままでは殺到する土と瓦礫に埋もれて死んでしまう。


 この世界最高の知性をもつ私が死んでしまうなんて許されない。



 なによりこの崩落。こんなの引き起こしたら確実に問題視される。ただでさえ私は評判よくないんだから、こんなことをしでかした挙句こんな触媒を持っているなんて知られたら災厄の魔女として討伐令を出されてもおかしくない。三度目の討伐令なんてうれしくなーい!



 しかたがないので私はこの地下研究室を諦め、別の街にある予備研究所の方へ避難することにした。あくまで避難。責任を放棄して逃げるわけじゃぁないわ。決して!


 前々から用意してあった魔方陣を展開し、転移の魔法を発動させる。設置タイプは詠唱、消費を省略して使えるというメリットがあるけど、動かせないし転移場所は固定されるのがデメリットよね。


 まあ、長距離転移なんて大魔法が使えるのはこの世に私くらいしかいないけど!



 ついでに必要なものも一緒に転移さるため認識し、私はそのままこの研究所から姿を消した。




──ツカサ──




 さっきの崩落現場を離れ、泣き止んで冷静になったリオが今度はお姫様抱っこの状況に気づいて暴れだしたため、彼女をおろすことにした。


 場所は……ここはどこだろう? 街の中なのには変わらないけど、いわゆる貧民街と市民街の間に位置する中間地点のようなところだと思う。


 降ろそうとしたら、そのままリオの足の裏が俺の顎の裏にヒットして首を一瞬跳ね上げられてしまった。


「いてててて」

『てめぇ! 相棒になんてことしやがる!』



「う、うっせえ! なにあ、あんなことしてんだ! わたし、いやおいらを勝手に運んでんじゃねー!」



 アゴをおさえて、首をごきごきする。蹴られた。というが正確にはアゴに足の裏をつけて押されたというのが正しいだろう。だから痛いというわけじゃない。



「まあまあオーマ。女の子に無断でああいうのはそりゃよくないさ。俺が悪い」


『ああ、そうか。単純に恥ずかしがっただけか』



「だから女じゃねーし! 違うし!」


 否定するのそこなんだ。



「ともかく、ここまでくれば大丈夫だ。もう安心してもいいぞ」

「そ、そうかよ。別に助けてくれなんて言ってないけどな。言ってないけどな!」


 腕を組み、ふん。とそっぽを組む。


 取り乱して泣いた顔を見られたのが恥ずかしいらしい。俺もそれを察したので、とりあえず髪を指差した。



「帽子、ちゃんとかぶったらどうだ?」



「……」

 むっと俺を睨んでから、彼女は一度帽子をとり、その髪をまとめてあの大きな帽子へ詰めこんでゆく。


 腰近くまである髪だというのに、頭の上に綺麗なお団子が作られてゆく。綺麗にまとまるもんなんだなー。と俺は感心してしまった。


 彼女が帽子をかぶりなおすと、前と同じように長い金髪はすっぽりと帽子の中に隠れてしまっていた。



 いやー、綺麗なもんだ。



「だっ、なにが綺麗だ!」

 あ、思っただけかと思ったら、口にも出していたらしい。



「で、なんのようだよ。なんでわざわざあんなところまでおいらを追いかけてきたんだよ!」

『おいおい、礼の一つもねえのかよ』


 確かに、あの場においてきたら彼女も危なかった。とはいえ、礼を求めてやったわけでもないからいいのだけど。

 なんで? と問われれば、そりゃ分け前を渡すためだ。


「ああ、そうか。そうだよな」


 俺がごそごそとカバンをまさぐると、なにを取り出すのか察したリオは手を大きく上げ、俺の前に手のひらを開いた。ストップとするかのようだ。


「いや、いいよ。わかった! なにしたいかわかったよ!」

 わかっているなら話は早い。



「だからそれを出そうとするなー!」


「えー?」



「いいよ。約束を守ろうとするその態度はすげぇよ! でも、いらないんだよ! もらえるわけないだろ!」


「え? いらないのか?」


「そりゃ欲しいさ。でも、その分け前ってのはさ、おいらもうもらったからさ」

 彼女はにっこりと笑い、懐から百円玉と十円玉を取り出した。



「これだけあれば、十分な分け前だよ。ただ、そのかわりよ……」

 なにか言いたげだが、いいにくそうにもじもじと体を縮こまらせている。



「なんだ?」

 なので俺は、言いやすいようにうながした。



「かわりに、おいらもにーちゃんの旅に連れて行っておくれよ!」



「は?」

『はぁ?』



「だって、正体はもうばれちまったし、なんだか狙われたし、これ以上こんなところにいられないよ!」

(それに、スリをやめたらおいらはもうここでは生活していけないしね。おいらだって、約束を守るよ! 真人間になるんだ!)



「あー」

 リオの言葉に、俺は納得した。そうだよな。女の子ってばれたら確かに大変だよな。身の危険を感じるってヤツだよな。



「それに、おいらがいればいろんな街の裏事情とか聞きだしたりもできるし、絶対役に立つからさ!」


「ふむ……」

 顎に手を当て考えてみた。



『きゃーっか! お前みてえな足手まとい、相棒とおれっちの旅に必要はねー!』



「お前には聞いてねーおインテリジェンスソード! 自分じゃ動けないんだから、口出しスンナ!」


『口出すわ! おれっちと相棒はいわば一心同体! 相棒が行くところおれっちが行く。ならば同行者も口を出して当然だろうが!』


「なにが相棒だよ! お前なんていなくたってツカサのアニキは問題なく進むだろうぜ!」


『なぁっ!? い、いってはならんことを!』


 ……いや、さすがにナビとかはあってくれた方が助かりますよ?

 でも、リオの言い分も一理ある。



「確かに、リオがついてきてくれると助かるかもな」



 異世界初心者の俺はこの世界での金銭感覚とかどうしようもねーし、常識も不足している。オーマに聞けばいいというのもあるけど、刀の身じゃ通じないこともあるし、交渉もリオのが上手だ。せっかく来てくれるというのなら、頼ってもいいのかもしれない。



『な、なんだってー!?』


「いやったっ!」



「それに、来るなって言ってもついてくるんだろ?」



「もちろんだよ!」


「なら最初から連れて行った方がいいだろ」


「やったー! 助かるよツカサのアニキ!」


「ああ。それじゃよろしくな。リオ」

 俺は答えを返し、リオに手を伸ばした。握手である。


「……」

 すると、俺の顔をじっと見返してきた。まさか、この世界握手の文化はないってのか!?



「……リオネッタ」



「は?」

 ぼそりと、リオがつぶやいた。


「わたしの本名だよ。でも、表では呼ぶなよ! 呼んだらアニキの金全部持ってどっか行っちまうからな!」


 ぱーんと俺の差し出した手のひらに手をたたきつけ、にっと笑った。


 いきなりなにをするのかと思えば、自己紹介かよ。

 リオはきびすを返し、歩き出した。



「ほら、どっか目指してるんだろ。ならさっさと食料とかの準備していくよ! あんな騒ぎがあったんだ。さっさと街を出ないと面倒になるぜ!」


 ずんずんと、一人で歩いてゆく。



「わかったよリオ。それと、俺のことはツカサでいいぞ」



 声は返ってこなかったけど、背中を向けたままこぶしを高々と上げたリオの姿が印象的だった。


 俺は苦笑しつつ、思わず笑ってしまった。



『はぁ。なんか厄介なのに目をつけられちまったなぁ』

「俺が助けたんだからしょうがないさ」



(な、名前でいいとか、なんか認められたみたいでうれしいー!)



 真っ赤になっているリオの顔なんて気づかない俺達は、やれやれと苦笑し、リオのあとについて歩き出した。




 こうして、俺とオーマに新しい仲間を加え、俺達はこの街からさらに西へと向かうのだった。




 おしまい

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