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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド
46/88

第46話 新しい伝説のはじまり




 先に宣言しておこう。この章のラスボスも、もう一人のツカサであることを!




──ツカサ──




 いつもと変わらぬ学校からの帰り道。


 学校から出て、川べりに築かれた土手の散歩道を通り、橋を渡って帰るのがいつものコースだ。



 時は夕方。

 いわゆる黄昏時というヤツである。


 部活でワッショイしてこの時間というわけでなく、クラスで友達とくだらないことを話していたらうっかりこの時間。というわけだ。


 太陽がゆっくりと西の空に沈んで行くのが見える。


 むこう岸には川と平行に走る線路があり、前にイノグランドへ行くことになったトンネルも、その線路の下にある。

 今はもう工事は終わっているので、わざわざそこを通って帰る理由はない。


 なんで、今日はこのまままっすぐお家に帰るつもりだ。



 周囲に人影はほとんどなく、土手を歩いているのは俺くらいのものだった。



 のんびりとした家路。

 剣と魔法の世界イノグランドにいた時とはまた違う種類の、のんびりとした時間が流れているのを感じた。



 その時だった。




 ビュォッ!!




 突然の突風。

 ほんの一瞬の風だったが、あまりの強さに思わず手を顔の前に持ってきて目を閉じることになった。


「……」


 改めて目を開いて見て気づく、今の状況。


 オレンジに照らされた黄昏時。

 ざわめくほどの風。


 そして、川べりの土手。



 こんなシチュエーションなのだから、リアルファンタジー世界も経験した俺が思わずぽつりとその言葉を口にしてしまったのも自然な流れのはずだ。



「……風が、哭いている」



 思わず、口から出てしまった。

 なんて言葉を口にしてしまったんだとちょっと後悔するが、俺はまだ高校生。むしろいろいろあったけどこの世界じゃ数ヶ月まで中学生だったのだから、ここでそう呟いてしまってもセーフのはず!


 大丈夫。誰も聞いてたり……



 じーっ。



「っ!?」


 俺の背後で誰かがいる気配と視線が感じられた。


 さっきまで誰もいなかったはずなのに、誰かいるー!?

 気づかなかった! まさかテレポートしてきたの!?


 いや、単に後ろから近づいてきていたの気づかなかっただけなんだろうけどさ!


 というか、今言ったの聞かれた? 見られた!?



 じーっ。



 めっちゃ見られてるー!


 背中に視線が突き刺さっているのがわかった。


 心がかぁっと赤くなったのもわかった。

 顔色は蒼くなったのか赤くなったのかはわからない。


 むしろ蒼くなってたかもしれない。


 いずれにせよ、ちょう恥ずかしい。



 ちっくしょう!



 俺は心の中で悪態をついて、急いで走り出した。

 相手のことを見る余裕などあるわけがない。


 むしろ顔を見てその顔が嘲笑を浮かべていたりなんかすれば俺は間違いなく立ち直れない!


 なら、なにも知らないままの方が幸せってもんだ!



 シチュエーションに流されて口にしなきゃよかったと後悔するが、それは後の祭りだ。



 やっぱ高校生でも、あの発言はアウトだったよ!




──???──




 目の前を歩いていた少年が突然立ち止まり、日が沈んで行く対岸を見つめ、小さく呟いた。




「……風が、哭いている」




 風もないのに、なにをいきなり言っているのだろう。



 思わず私も、彼が見ている方へ一瞬視線をむけたが、別になにも感じなかった。

 なにかを感じ、士力しりょく死士ししの出現でも感じたのかと思ったが、その方向に感じられる力はまったくなかった。


 じっと背中を見つめ、その少年の力を探ってみたが、その内からは力らしきものはなにも感じられなかった。



 どうやらさっきの呟きは、少年期特有の熱病にも似たアレだったのだろう。

 なんて思い、私が慈愛の視線をむけた瞬間、彼は脱兎のごとくその場から駆けて行った。


 まるで、逃げるように。



 やはりそうか。


 私は、自分の推測が当たっていたと確信する。

 これは、私の胸にしまっておこう。


 それがせめてもの慈悲だから……



 でもその認識は、間違いだったとすぐ思い知ることになる。



 少年の姿が橋のむこうに消えた直後。




 ぞわっ!



 背筋が凍る。

 肌が総毛立つ。



 残酷なほど冷たい士力の発現。


 それは、死士が現われた証だった。



 しかもその方向は、さっき少年が見ていた方向。



 それはまさに、風が伝えた危険信号。


『風が、哭いている』


 その言葉が示す暗示そのままだった。



 まさか。と思う。


 彼は私にも感じられなかった、その存在に気づいてあの言葉を発したというの?

 彼は、サムライである私より早く、それに気づいてその場へむかったというの?



 確かに少年は、顔を青くして走り出していた。



 いやいや。ありえない。


 ただの少年でしかない彼に、この士力を感じることなど出来るはずがない。



「っ!」


 今度は暖かい士力が高まったのが感じられた。

 このサムライの力、私は知っている。


 この士力の波動は、師である人の力だ。



 そうだ。あの少年のことなど今はどうでもいい。


 気にしてもしかたのないことだ。



 それよりも、人々に害をなすだろう死士を止めねばならない。



 私は川のむこうではじまったその戦いの場所を目指し、駆け出した。




 そして、知る。


 あの少年が、どれほどの存在であったかを……



 あの時見た少年の本質を、まったく見抜けていなかったということに……



 とんでもないサムライが、世に現われたことを……




────




 商店街を歩く人ごみを、二つの影が通り過ぎる。


 人と人との隙間を縫うように動き、ときおりぶつかりあいながら、人々の間を駆け抜けてゆく。


 通りを歩く人々はそれに欠片も気づかない。

 二つの影が通り過ぎ、しばらくして、遅れてやってきた衝撃波のような風を受け、はじめてその二つの影が通り過ぎた痕跡に気づくくらいだ。


 しかし、その突風のような風が、まさか二つの影によって引き起こされた痕跡だとは思いもしない。


 ただの突風がふいたとだけ考え、何事もなかったかのように平和なひと時が過ぎてゆく。



 その通り過ぎた存在の名は、サムライ。



 士力を纏ったサムライは、ただの人から見れば幽霊や幻のようにしか見えないのだ。


 常人には見えぬ士力という力を纏った者。見えざる力に身を包まれているのだから、見えぬ者にその存在を知覚出来るわけがない。


 ぶつかり合う音も、はじけ飛ぶ士力も、聞き取ることも感じることも出来ず、気づかず通り過ぎて行くだけ。

 次元の違いすぎる彼等の戦いを、その断片さえ感じられぬ人々は見ることも聞くことも叶わないのだ。



 それが、士力を持たぬ者達から見た、サムライの戦いだった。


 その姿をはっきりととらえられる人間がいたとすれば、それは、サムライの素質があるということである。



 ゆえに、彼等は知らない。


 この現代に、サムライが生き残っていることを。



 その敵となる、死士ししと呼ばれる存在がいることを……!



 死士。

 それは、力なき人々を脅かす、力におぼれたサムライ。


 信念を忘れ、己が欲望のためだけに刀を振るう、志の死んだサムライ達。



 ゆえに彼等は、死士と呼ばれる。



 自分の欲望のままに刀を振るい、血を求め殺戮に走る。



 それを水面下で阻止する。

 それが現代に生きるサムライの役目なのである!



 同じ力を源流とし、正反対のことを目的とした戦い。



 それが今、この平和な街の中で人知れず行われているのだ!




 ぎぃん!




 刀と刀がぶつかり合う。


 刀。と言ったが、サムライの老人が持つモノは巨大な刃を持つ、斬馬刀と呼ばれるほど大きな刃で、もう一方の若い死士はごつごつとした棘がいくつもはえた歪な岩のような鎧を纏っていて、刀と言われ想像されるそれは握っていなかった。


 だが、それはどちらも、『刀』なのである。


 その巨大な刃も、鎧も、サムライの魂より生み出された、自身の半身。


 刀はサムライの魂ということを言い表した存在なのである。



 ゆえに、いかなる形であろうとも、サムライの魂で具現化されたソレは、『刀』なのである!



(硬い……!)


 振り下ろされた巨大な刃を、死士の男は左手の籠手一本で受けた。


 それを見て、老サムライ。刀十郎は思う。



 ぴたり。


 鎧の男が突然足を止める。



 男が足をとめたそこは、幅2メートルほどしかない暗くて狭い路地だった。


 無法を働く死士ならば周囲の被害など気にしないが、力なき人々を守るサムライでは、その巨大な刃を振り回し自由に戦うには適さない場所だった。


 巨大な刀を持つ刀十郎は、誘いこまれたのだ。


 この場では、大きな刀を持つ刀十郎は自由に戦えない!



 鎧の男がにやりと笑う。


 だが、刀十郎もその男に笑い返した。



「……剛乗ごうじょうの鎧谷と言ったか。無辜の民を幾人も殴り殺し、何名ものサムライを返り討ちにして名を上げた死士」


「剣聖なんて言われたあんたに覚えてもらえるとは、俺も偉くなったもんだ」



 歪にして鋼を乗算したような硬さを持つ鎧を纏い、力なき人々を潰して回る男。

 それを、力なき人々を守るサムライは見逃すわけにはいかない!


 刀十郎は、手にした巨大な刀。大断刀を大上段に構えた。



「確かにこの狭い路地ではこの刀を自由に振り回すことはできん。じゃが、この一撃をかわせないのは、貴様も同じ!」


「っ!」


 男の顔色が、変わった。



 狭い一本道の通路。確かに横に薙ぐには適さない。


 しかし、空は広い!



 そこから振り下ろされる一撃は、むしろ鎧谷の逃げ道を塞いでしまっていた!



「山をも両断する、ワシの一撃を受けてみよ!」


「しまっ!」



「くらえぃ!」


 気合一閃。



 大上段から、刀十郎の巨大な刀が振り下ろされた!


 士力によって生まれた巨大な斬撃が、鎧谷を襲う!



 その一撃は、まさに巨大な山さえ両断すると断言できるほど、大断刀と言う名に相応しい一撃であった!



 士力そのものの総量は刀十郎の方が上。

 いかに鎧に姿を変えた刀といえども、士力で劣るサムライがその一撃を防げるわけがない。



 見ているものがいたとすれば、誰もが、刀十郎の勝ちを確信しただろう。



 しかし……




 ギギギギギィィン!!




 鈍い音と共に、両手をクロスした鎧谷の刀は、その一撃を完全に防ぎきった!


 鎧に多少の傷は生まれたが、それだけであった。



 山さえ断つ一撃が、破られたのである!



「なん、じゃと……!?」



 刀十郎も、驚きを隠せない。



「防いだ。防いだぞ! 剣聖刀十郎の一撃も効かない! 勝った! どうやら、賭けは俺の勝ちだ!」

 鎧谷が勝ち誇る。



(なんという硬さ。これは……!)



 刀とは、そのサムライの魂の具現化である。


 その力を振るう時、力の指標とされるのがサムライの力の源、士力だ。


 当然ながら、その総量が多ければ無類の強さを発揮するし、少なければただの人と変わらない。


 刀十郎と鎧谷の士力を比べれば、総量そのものは刀十郎の方が大きい。

 そのままならば、如何な鎧を纏おうと、一刀両断できる。はずなのである。



 だが、そうはならなかった。


 通常ならば、ありえない。



 だが、ありえる。



 なぜなら、鎧谷の刀はある方法を持ってその力を増しているからだ!



 格上を倒すため生み出された方法。


 それが、力の限定化。その力の使用に制限、弱点を設けるということである。


 例えば、刀を振るい衝撃波を飛ばす技の場合、無言で振るえるより、必ず技名を叫ばなければならないのでは、技名を叫ぶ方が威力が高まる。


 それは、敵にいかなる技が放たれるかというリスクを背負い、その力の使用に制限をかけたからである。

 技名だけでなく、決まったポーズをとり、敵の前で時間をかけるなど、力の発動や維持に制限をかけたり、対象者を限定したりなどして範囲を狭め、汎用性を捨て先鋭化する。


 それにリスクを背負えば背負うほど、サムライの技は、その威力を増大させることが出来るのだ!


 刀十郎のこの無駄に大きな刀も、取り回しにくいという制限の上に威力を高めているのである!



 ゆえに、劣った士力で刀十郎の一撃を防げるということは、その剛乗の刀は相応のリスクを背負い、なんらかの制限を抱えているということになるのだ!


(これほどの頑強さ。それすなわち、ソレが一瞬にして霧散するほどのリスク。制限をこえた弱点とも言えるモノを抱えておるな!)


 刀十郎は、その圧倒的な頑強さを見てそう類推した。


 そこに攻撃が当たれば、その硬さの代償として、鎧谷がサムライとして終わるほどの大きな弱点がその刀にはあると!



(死点となる場所か? それとも方法か? 攻撃一辺倒のワシの刀で、それを見つけるか……?)



 鎧谷の纏う歪な鎧の中で、明らかに弱点とわかる場所はなかった。

 それがわかるならば、この鎧はさらに硬くなっただろうが、さすがにそこまで阿呆ではないようだ。


 攻撃をされた際のリスクを大きくすれば、その分防御力を大幅に上げられるとわかっているからだろう。


 だが、あれほどの防御力なのだから、一撃で終わるほど致命的な弱点があるのは間違いない!



 刀十郎の刀は大きい。

 範囲の攻撃も出来るが、それは一方行からのみであり、その鎧全てを同時に攻撃するということは出来ない。


 今必要なのは、広範囲全てにダメージを与えられる技か、その弱点である箇所を発見し、ピンポイントに狙える力であった。


 刀十郎の刀は、そのどちらにも適していない!


 そういう意味で、刀十郎の攻撃をすべて防ぐ鎧谷との相性は悪いと言わざるをえなかった!



「うだうだ考えている暇はねぇぞじいさん!」


「くっ!」



 攻撃が一切通用しない。


 刀十郎渾身の一撃を防ぎきり、そう確信した鎧谷は、一気呵成に攻め立てた。



 狭い路地の中、威力のため大きくなった刀十郎の刀が仇となる。


 棘のついた鎧はそのまま武器としてもあつかえた。


 刀十郎の刀を防ぎ、押さえつけ、その拳を刀十郎の体に叩きつける!



 汎用性を失う制限をかけたもの同士の戦いは、相性によっては一方的な戦いともなりえる。


 今回の戦いは、その典型ともいえた!



 士力の劣る者が勝る者を倒すため生み出された方法。


 大きなリスクを抱え、相手を倒すために生まれた知恵が、刀十郎に襲い掛かった!



「おらぁ!」


「ぐっ!」


 ついに、刀十郎の手から刀がはじけとんだ。


 刀十郎も腹を殴られ、道路に崩れ落ちる。



「力ない人を守るなんて気取ってるからだよ。建物を破壊して俺をぶっ飛ばせば、また結果は違ってただろうになァ!」



 周囲を歩く人の気配もない。

 例えいたとしても、士力を纏うサムライ達の姿を認識できる者はいないだろうが。



 あるのは、刀十郎が崩れ落ちる音と、その背後に突き刺さった巨大な刀だけだった。



「かつての剣聖も、相性が悪けりゃこんなもんだな!」


 鎧谷が勝ち誇り、倒れた刀十郎にとどめを刺すため拳を強く握り、高くかかげた。



「くっ……」

 刀十郎の体は動かない。


 倒れたまま、その一撃をかわすことは出来そうになかった。



「とどめだ!」


 刀十郎の頭に拳を振り下ろす。



 その、瞬間だった。




 こつん。




 鎧谷の刀に、なにかが当たった。


 路地の入り口から、小石が飛んできたのだ。

 それが、鎧谷の背中に当たったのである。



 直後、鎧谷の動きが、止まる。



「な、んじゃと……」


 鎧谷の姿を見上げた刀十郎も、驚きを隠せない。



 さっきまで勝ち誇っていた鎧谷の顔が一変する。

 驚愕と愕然の表情を浮かべ、小石が飛んできた方を振り返った。



 刀十郎は、見た。


 鎧の背中に、背骨を思わせる意匠があり、その付近から大小いくつかの突起がある。


 その上から二番目。背骨から左の突起にヒビが入っていた。

 それが、刀十郎の見ている目の前で、ボロリと崩れる。


 刀十郎の一撃でさえ小さなかすり傷しかつけられなかったそれが、崩れたのだ……!



「ば、かな……」



 信じられんと、鎧谷が声をあげた瞬間。彼の剛乗の刀が粉々に砕け散った!


 全身を覆う鎧が、ぱきんという音を立て、ガラスが砕け散るかのごとく粉々になったのだ……!



 それこそが、鎧谷の刀にあった弱点。


 そこを突かれれば、終わりという致命的な制限だった……!



 そのまま、鎧谷は白目をむき崩れ落ちる。


 あれほどの硬度を誇ったのだ。その制限の中に、鎧が砕ければサムライとして再起不能となるというものがあってもおかしくはない。

 鎧谷は自身の魂を砕かれた結果、二度と刀を生み出すことは出来なくなっただろう。


 サムライとしても、死士としても、彼は終わったのだ……



 鎧谷が倒れ、刀十郎の視界が開けた。


 小石が飛んできた路地の入り口が、彼の目に入る。



 そこには、刀十郎のピンチを救った何者かがいた。



(あの一瞬でヤツの弱点を見抜き、そこに小石を当てた。それは一体、誰じゃ!?)


 近くに来ていたはずの弟子かと思ったが、弟子の中であれほど見事な一撃を放てる者に心当たりはなかった。


 そう。小石を当てたあれは見事な一撃であった。



 人の動きには、どうしても止められない瞬間というものがある。

 攻撃しようと動き出したその瞬間や、終わって伸びきったその瞬間などは、その最たる例だ。


 あの小石は、鎧谷がとどめを刺そうと拳を振り下ろすという、動きの中絶対にとまれず、かわすことのできない完璧なタイミングで放たれていた。


 一見すると素人でもかわせそうななにげない一撃も、達人が放つならば体が動かずかわせないというのも、その間合いとタイミングを完全に掌握しているからなのだ。


 刀十郎とて、それが出来るのは圧倒的な実力差のある格下を相手にした時のみ。


 目の前の実力の拮抗したサムライを相手に必中の一撃を与えるなど、剣聖と呼ばれた彼でさえ出来ぬことだ。


 そんな神業的な一撃をこともなげにやってのける心当たりは老人の中にない。ゆえに、一体誰なのかと、その姿を確認する。



 そこにいたのは……




 そこにいたのは、ただの、少年だった……!




 制服を着て、カジュアルなカバンをたすきがけにして背負っている、一見するとどこにでもいる普通の少年。


 刀十郎も知らない、近隣の高校に通う生徒だった!



 だが、その少年からは、士力も威圧感も欠片も感じない。


 サムライから見れば、路傍の石と言ってもおかしくない存在。

 だが、だからこそ、サムライに集中した鎧谷も注意を払わなかったとも言える。


 意識にいれるほどのレベルですらない、ただの、少年。



 それが、そこに、いたのだ……!



(なん、じゃと……この少年が、あの刀の弱点を見抜いたというのか……!?)



 サムライとはとても思えない。

 だが、この少年が刀十郎を助けたのもまた、間違いない。


 刀十郎が視線をむけた時、小石を蹴ったようなポーズをしていたのだから。


 少年は体を戻すと、刀十郎の方をいちべつだけして背をむけた。



 それはまるで、ここに二人が倒れていることなど気づいていないかのような行動だ。



 確かに、士力を高めたサムライ同士の戦いは、人知を超え、例え道のど真ん中だったとしても、士力を感じられないただの人には見えも感じもしない。

 わかるのは、その結果引き起こされる、突風や陥没など、一見すると突発的な自然現象のようにみえるものだけだ。


 ゆえに、サムライでない人達がサムライの存在を知ることはほぼないと言ってもいい。


 そうした一般人としてならば、彼の行動は、当然と言えた。



 だが、彼は刀十郎を助けたのだ。


 人を殺そうとした鎧谷の弱点を正確につき、刀十郎の命を救った。


 夜の帳が降りてきているとはいえ、路地の中は、サムライならば見通せないほどの暗闇ではない。


 その行動と、見えないから去るというのは、刀十郎から見れば、不自然極まりない行為に見えた。



 むしろ、刀十郎の無事を確認し、これ以上の助けは必要ないからと、取り繕ったようにしか見えない。



 本当は関わりたくなかったが、見過ごせなかった。


 彼の行動からは、そんな優しさが見て取れた。



 少年はそのまま、路地の入り口から去ろうとする。



「まっ……」

 刀十郎は手を伸ばすが、ダメージが大きく横隔膜も体も動かなかった。



(礼も、言えぬのか……!)


 無念と思いながらも、刀十郎は手を地面に落とした……




──ツカサ──




 俺はこの時、色々恥ずかしい思いをしてむしゃくしゃしていた。


 そこに、蹴りやすいサイズの小石が道路にあった。

 さらに、誰もいない薄暗い路地もあった。


 なら、憂さ晴らしにそこにむかって小石を思いっきり蹴るのは当然の行為と言えよう!



 ちぇいさー!



 気合と共に、小石が綺麗な曲線を描いて飛んだ。


 日も落ちてきて影が落ち、暗くなった路地の奥へ消える小石を見て、俺はすっきり清々しい気持ちになった。

 むしゃくしゃした気持ちも小石と共に飛んでいったという気分である。


 ふー。すっきり。


 俺は、新しいパンツをはいて目覚めの良い朝を迎えたかのような爽やかな気持ちで、家に帰るのだった。




──亜凛亜──




 現場へ駆けつける途中、携帯で応援を呼んだ。


 路地に近づいた時、冷たい士力がはじけ、消えたのがわかった。


 どうやら、決着がついたようだ。



 先生の士力は健在。

 ならば、勝ったのは先生の方!



 路地に入ると、倒れた二人のサムライの姿が目に入った。


 一人は私の師匠。刀十郎先生だ。



 となれば、もう一人は先生と戦っていた死士。


 見て驚いた。



 剛乗の鎧谷。あの有名な死士を、刀十郎先生は一人で倒していたのだ!



 強大な防御力を誇るという噂だったが、先生の大断刀にかかれば敵ではなかったようだ。


 いや、それでもこの鎧谷が強かったというのも事実。先生ほどのサムライが相打ちとなり、地面に刀を刺しているという結果になるとは、意外としかいいようがない。


 その鎧と先生の相性もあるだろうし、ヤツの刀は大きな制限を抱え、先生の士力に匹敵するほどだったのかもしれない。


 まあ、先生が勝ったのだから、それはどうでもいいことだろう。



「先生!」


「うっ……」


 駆け寄り、抱きかかえると先生はすぐに目を覚ました。


 大きな怪我はないようだが、今は動けないようだ。あとは、従者達の呼んだ救急車を待つしかない。



「亜凛亜か……」


「はい。私です!」


「彼は、いるか……?」



「彼? 鎧谷ですか? それならそこに倒れています。先生が倒しましたよ!」



「そうではない……」


 先生が重々しく首を振った。



「その死士を倒したのは、ワシではない。ワシではないのだ……」



「それは、どういう……!?」



 先生の言葉に、私は驚きを隠せなかった。



「いや、これ以上は語るまい。ここに戻っていないのならば、彼は我等と関わりを持ちたくないということなのじゃろうから」


「彼……? 関わりあいたくない?」


 先生の言っている意味がよくわからなかった。


 だが、その言葉から類推するに、先生はその彼に助けられ、その子は我々の知らない存在だということだった。



「待ってください先生。我々の知らないサムライを見つけたと言うのなら、放置した方が問題じゃないですか!」


 何者かはわからないが、そのまま放置すれば死士となる可能性もある。


 そんな強大なものが無法のやからの仲間入りをすれば、力なき人々に大して大きな脅威となる。



「亜凛亜よ。お前はまだ若いな。我等のみが正しいと考えるのはいけないと、何度も言ってきただろう。すべての者が、望んでサムライの世界に足を踏み入れたいとは思っていないのだ。その一面的なモノの見方は、新たな死士を生み出すことになるぞ」


「ですが……!」


「ワシは、これ以上語るつもりはない。朦朧としていたとはいえ、彼のことを口に出してしまったのは失敗であった。忘れるのだ」


「……」



 先生の言うことにも確かに一理あるかもしれない。

 でも、それならなおのことこちらで把握する必要があるんじゃないだろうか……?



「……っ!?」



 その瞬間、私は一人の少年を思い出した。


 先生は、自身を助けた者のことを『彼』と言った。


 士力を感じとったかもしれない少年を、私は一人知っている。


 そういえば彼はあの時、こちらの方へむかって走って行った。


 あの時はありえない。考えすぎだと思ったが、彼があの時本当に死士の士力を感じ取っていたら?


 そして、先生を救っていたら?



 この広い街の中で、私達の知らないサムライが二人もいると考えるより、同一人物だと考えた方が自然だ!



「……先生。その彼とは、この近隣にある高校の制服を着た少年ではありませんでしたか?」


 こんな感じの。と説明すると、先生の顔色が変わった。



「彼は、いたのか!?」


 どうやら、あたりだったようだ。



「いいえ。この場ではありません。ここに来る前、見たのです。その少年は、鎧谷が本性をあらわにするはるか以前にその存在に気づき、そこへむかって走り出していました。私は、その時の彼を見たのです」


 私の説明を聞き、先生はなるほど。と納得したような表情を浮かべた。



「そうか。そんな距離から察知しておったか。ならば、あの芸当も納得というものじゃ」


 そして、うなずく。



「でも、私はその少年が先生を救ったというのは信じられません。私が見たあの時、彼から欠片も士力を感じることが出来ませんでした」


 そうだ。そもそも、その彼の士力を現場にむかっていた私は感じられなかった。

 だというのに、どうやって倒したというのだ。


「……しかたがない。話すとしよう」


 先生が、ついに折れた。


 でも、先生の見たことは、とてもじゃないが信じられなかった。



 剛乗の鎧谷の刀は、先生の一撃さえ防ぎきるほどの制限がかされており、その弱点ともいえる位置は先生にさえ見破ることが出来なかった。


 それが、鎧谷が何人ものサムライを返り討ちにしてこれた理由。


 だが、あの少年はそれを一瞬にして見極め、小石一つで先生を救って見せたのだ。



 確かに致命的な弱点を抱えていれば、士力を使わず小石だけで死士も倒す事は出来よう。


 でも、刀も使わず、誰にも暴けなかったそれを一瞬で見切り、これ以上ないタイミングでぶつけるなんて……



 それがどれほどの難易度か、サムライならばめまいをしそうになるほどのものだ。


 それを容易くやってのけたあげく、手柄も主張せずに去るなんて……



「よいか、これを話したのは、お前がその少年を見たというからだ。じゃが、彼を探してはならん。平穏を望む者もいる。よいな?」


「……はい」


 私は素直に返事を返したが、納得はしていなかった。


 先生は、人に甘すぎる。



 先生の言うそれが事実ならば、彼がどれほど恐ろしいことをやってのけたかわかるはずです。


 味方ならばまだいい。

 でも、先生を助けたのはただの気まぐれだったり、もしくは自身の立てる悪の計画に支障が出るためだから仕方なく排除したという可能性も捨て切れません。


 そいつは、士力を完全に一般人と同じにしたまま、サムライを屠る技を持つ怪物死士かもしれないんですよ。


 むしろ、死士ならば我等サムライが情報を持っていなくとも不思議はないんです。



 私はサムライとして。

 無辜の民を守るものとして、その少年が何者なのか、確かめる義務があります!


 なにより、本当に先生を助けるほどの力あるサムライだというのなら、彼はその力を力なき人達のため使う義務がある! それが、力を持つ者の責務なのだから!



 先生。言いつけを破ることになりますが、許してください。


 これも、民のためなのです!



 救急車によって運ばれる先生と鎧谷を見送り、私はそう決意する。



 先生を助けたという謎のサムライ。


 お前は一体、何者なの?


 絶対に、見つけ出し、その正体を暴いてやるのだから!



 死士が士力を解放し、暴れたというのにどこにも被害が出なかったという、あつかいとしてはとても小さな一件。


 だがこれが、この地において語られる、新たな伝説のはじまりだとは、その時誰も思ってはいなかった。



 ここから、新しい伝説が、はじまったのだ……





 第3部 サムライトリップ・ホームグラウンド





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