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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
45/88

第45話 伝説のサムライは不滅である


────




 決戦前夜。

 ダークポイントと呼ばれる立ち入り禁止領域。かつて『闇人』の皇帝。ダークカイザーの船が突き刺さっていたことで有名だが、そこは千年前、地の底より現れた邪壊王の城があった場所でもある。


 今はそこに新たな城が現れ、その玉座には褐色の肌と銀の髪をした青年が腰掛けていた。


 彼は邪壊王。

 再び現れた、この城の主である。

 今は天空に浮かび上がった影ではなく、真の姿であるその生身で、時が来るのを待っていた。



「邪壊王様」

 王の間の床で小さな影がうごめき、ざわざわとそこに集まりはじめた。

 小さな集合体が人の形をかたどり、それがいくつも現れていく。


 それらは人が膝をつくような形をとり、邪壊王にむかって頭をたれた。


 それは千年の昔より邪壊王を崇める一族。

 ノミやダニによく似た、知性と魔法を操る者達であった。


 幾度かツカサ達の前に姿を現した神官を名乗る者達はこの一族の者であり、邪壊王復活のため千の時間暗躍してきたのである。



「我等ノニの一族。総数二千五百万全てがあなた様のためにはせ参じました!」



 もっとも位の高そうな一番前に膝をついた人型が口を開く。

 声を発したのはその頭頂にいる大神官だ。


 力ある個体は邪壊王のための神官として選出され、彼等の秘術、他者の体を奪う術を授けられる。

 その選定を行うこの一族をまとめるもの。それがこの大神官なのである。


 その秘術こそが、邪壊王の加護であり、こうして復活した今、その加護を一族のモノ全てに与えることも可能であるはずだ。



「ついにこの時がやってまいりました! 我等の力を使えば人間どもがいくら集まろうとおそるるにたらず! 我等全てに神官としてのご加護を!」


 全てが神官となり、加護を受ければあの野営地に飛びこみ、体を奪い同士討ちをしかけることが出来る。

 そうなれば邪壊王が出るまでもなく戦いが終わるという算段だった!


「そうだな。では……」


 玉座の邪壊王が手を動かした。

 ひざまずくノニの一族にむけ、手をかざす。



 ゴッ!!


 巨大な圧がノニの一族を襲う!



「な、なにをっ!?」


 上から押しつぶされる重圧を感じ、大神官が驚きの声をあげる。

 床に近い場所からは、プチプチと小さな体が潰れる音と断末魔が聞こえてきた。


 それは明らかに、彼等を始末する動きだ……!



「今までご苦労であったノニの一族よ。残る貴様等の価値は、我が糧となることだ」


 冷たい声が大神官の耳に響いた。



「な、なぜでございます! 力を貸せば、この地上は我等のモノだと。人の変わりに栄華を与えてくれると約束したではありませんか!」


「約束した? そのような覚えはないな。お前達が勝手に言い寄ってきたことだ。我はもとより、この世の生き物を一匹たりとも生かすつもりはない」


「なっ!?」

 大神官に衝撃が走った。



「すべての生命の裏切り者よ。それはお前達も例外ではない」


 ノニの体にかかる巨大な圧力がさらに強まった。

 後方にいた者達は完全につぶれ、人型ですらなくなっている。



「それに、貴様等の力などあのサムライを有する人類に通じるわけがなかろう。浅はかなモノどもが」


 どれだけの数が集まろうと、逆に利用されるだけだ。

 だから邪壊王は、同質の力とその反対の力を求めた。



「バカな。そ、そんな、バカなあぁぁぁ!」



 大神官の断末魔が王の間に響く。

 ぶちぶちと体は潰れ、そこに現れたノニの一族はすべて絶命した。


 邪壊王はゆっくりとその手を動かす。


 彼等を潰した見えない圧。

 空に現れたこともある邪壊王の影が床から姿を現し、つぶれたノニの一族をすくいあげた。


 邪壊王が手を握ると、その影の手におさまったノニの一族の死骸を同じように握りつぶした。

 再び手を開くと、それはネガポジが反転した光と化し、邪壊王はそれを口元へと運ぶ。


 玉座に座る青年は、それを喉を鳴らしのみこんだ。



「……ほう。予想以上に溜めこんでいたか」



 千年間邪壊王のため溜めこんだノニ一族の力を奪い、邪壊王は満足したように玉座から立ち上がった。


 そして、王の間に視線をめぐらせ、玉座の後ろで視線をとめる。



 そこには、一体の像があった。

 石像のようにも見えるが、金属のようにも見え、はたまた液体のようにも見えた。


 それは女神ルヴィアと呼ばれる創世の女神。その彼女の神殿にある女神像とそっくりであった。

 世の女神像は全て砕けたというのに、それは綺麗なままで存在している。


 邪壊王はそれを見上げ、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。



「さあ、姉さん」

 暗い笑みが邪壊王に宿る。



「これであなたが生み出した世界に生き物は消える。姉さんが悪いんだよ。こんな世界を作って、奴等にばかり愛を注いで僕を見てくれなくなるから」


 悔しさをにじませ、奥歯を噛む。



「だから、僕はイノグランドに生きる全ての者達を始末する。次に目を覚ました時、あなたの目に映るのは僕だけ。僕だけだ。そうすれば、姉さんはまた、僕だけを見てくれるよね……!」


 その未来を想像し、またうっとりと恍惚の表情を浮かべた。



 ほの暗い、笑みを浮かべながら……




──リオ──




 夜が明けた。

 邪壊王は昼と宣言したが、それより早く現れることも警戒して少し速めに戦支度を整え、邪壊王の城があるダークポイントにむけて戦陣を組んだ。


 城のある方にむいて左に義勇軍。右に騎士団が並び、中央には王子とマックスをふくめた王栄騎士団が陣取っている。

 基本はこれで、あとは邪壊王軍が現れたのにあわせ、陣形を変えていくのだそうだ。


 義勇軍はおいらという聖剣の勇者と、援軍としてやってきてくれたアリアとついでにトウヤがサポートについてくれた。


 全軍の後ろには魔法増幅のプレートを持つマリンを中心にした魔法使い達が待機し、そこで極大魔法とか通信魔法とかを準備しているらしい。

 作戦では魔法使いの極大魔法で邪壊王軍の雑魚を吹き飛ばし、丸裸となった邪壊王をマックスに集めたみんなの力で倒すというものだ。


 だからマックスは、中央の王栄騎士団と一緒にいる。



 ちなみにツカサは空から魔法使いを狙われた場合迎撃するという名目でマリンのすぐ近くに配置された。

 これはツカサを戦わせないための方便だったけど、反対する人は誰もいなかった。


 ツカサの考えはわからないけど、おいら達は戦わないですむよう離れた場所にいて欲しかったし、魔法使いや心配性の者はいざという時ツカサがテレポートで助けに来てくれるという考えがあったからだ。



 こうして準備は整い、あとは邪壊王軍が現れるのを待つばかりとなった。



「そういやさ」

 黄金の鎧を身に纏い、ソウラをお手玉しながらおいらはふとわいた疑問を口にする。


『どうしましたリオ?』


「邪壊王がサムライと『闇人』の力奪ったっていうけど、マックスの力が奪われるなんてことはないよな?」


『それは大丈夫。邪壊王は神話の時代女神ルヴィアに反乱を起こし、地獄に堕とされた存在なんです。そこで死者を管理していた経験があるから、死に行くものの力は奪えるんですよ』

「へー」


 そうだったのか。


『千年前、そこから地上に出てきて私と戦ったわけです。逆に言えば、ヤツが奪えるのは命が尽きる者からのみ。生きている者から自由に力を奪えるなら、闘技場で現れた時、贄を望んだりしなかったはずですよ』


「ああ、そっか」

 それができるならチャンピオンシップで復活をアピールした時あの場の全員から奪ってるか。


 マックスに聞いた限りだと、あのサムライとダークロードの場合は今から消えるというところで力を持っていったらしいから、そういうことなんだろう。


 なら、安心か。



 太陽がゆっくりと中天へ昇る。


 このまま出てこなけりゃ、邪壊王は尻尾を巻いて逃げたってことになり平和に終わるんだけどな。

 なんて思ったけど、そうは問屋が卸さなかった。


 空が灰色に染まり、色が消えた。

 太陽の光も鈍くなり、まるで曇りにでもなったような空に変わった。


 これこそが、邪壊王出現の予兆。



 それと同時に、邪壊王の城から黒い雷が放たれた。



 落ちたのはおいら達が陣を敷く場所の正面。


 もうもうと煙が上がる中、おいら達は誰もがそこに邪壊王軍が姿を現したのだろうと考えた。



 一斉に武器を構え、司令官となる王子様の号令を待つ。



 確かに邪壊王軍は現れた。

 でも、晴れた煙の中から現れたのは、たった一人の青年だった。


 褐色の肌に長い銀髪。人と同じ姿の男がそこに立っていた。

 いたのは、それだけ。


 その青年はマントをひるがえし、おいら達にむけ口を開いた。



「よくぞ集まった。我は邪壊王! ここに宣言しよう。今より我は、貴様等を全て駆逐すると!」



 前口上もなく、邪壊王と名乗った青年はそうはっきりと言い切った。


 その声は驚くほどによく通る声だった。

 拡声の魔法も使ってないってのに、その声は最後方の魔法使い達の陣を飛び越え、王都まで届くほどだったらしい。



「……今、たった一人ならば勝ち目があるかもしれないなどと考えた者が多数いるな?」


 邪壊王を名乗る青年がにやりと笑った。

 正直言うと、おいらもその一人だ。



「矮小な生き物は浅はかな考えばかり持つものだ。偉大な神を前に、いかなる存在も無意味だと教えてやる!」



 にやりと笑った青年は、右手を大きく動かした。


 同時に太陽の光が弱まり薄くなった影がのび、突如として立ち上がった。

 青年の背後に現れたそれは、かつて闘技場の空に現れた巨大な影。


 邪壊王の影そのものだった!


 それこそが、この青年が邪壊王であることの証!



 邪壊王が右腕を振るうと、その巨大な影も同じように腕を動かし振りかぶった!



 山ほどもあるその巨大な腕が、大きく横になぎ払われた!

 あんなものを食らえば誰であろうとひとたまりもないだろう。


 その腕の狙いは義勇軍。

 邪壊王に、騎士であるかないかなど関係はない。



 だが、義勇軍を襲ったそれは、誰かにあたることはなかった。


 巨大な盾と風の壁がその巨大な腕を受け止めたからだ。

 二人のサムライ。トウヤとアリアのサムライアーツが邪壊王の一撃を阻んだのだ!



 相手の正体が判明するのと同時に、人類も動き出していた。



 むしろ一人できてくれたのは好都合だ。

 マリン達魔法使いが使う雑魚散らしの魔法をわざわざ使わずすんだのだから。


 いくつものステップを跳び越して、一気に最終ステップへ作戦は進んだ。



 おいら達の足元が光る。

 これはマリンの魔法。マックスの刀。サムライソウルの特性。『融和』を使うためには人は手と手をつなぐ必要がある。

 ずらりとつながり、マックスに触れることでその力が全てアイツの元に集まるのだ。


 それを補助するのが、このマリンの魔法。

 ここに立つだけで手をつないだことと同じ効果があり、これでわざわざ手を触れずともマックスに力を送ることが出来る!



『リオ、行きますよ!』

 ソウラの声に従い、おいらは聖剣ソウラキャリバーをかまえた。


 おいらの役目は目くらまし。

 例え聖剣が効かなくとも、マックスが一撃を撃つまでの時間稼ぎと注意をそらすのが役目だ!



「いくぞおぉぉ!」


 大きく振りかぶり、邪壊王めがけてソウラを振り下ろす。


 刃が大きく輝き、そこから光がほとばしった。



 黄金竜の鎧の力により、千年前の倍の威力となった一撃だけど、邪壊王は身動きもとらずそれを受けた。




 ドンッ!


 大きな爆発と土煙があがる。




 邪壊王の巨大な影が霧散し、なにもかもが吹き飛んだようにも見えた。



 でも、煙の中でなにかが平然と動いているのがわかった。

 巨大な影は吹き飛んだが、土煙の中にいる存在はまったく揺らいでいないように感じられた。


 やはり、『闇人』の力を得た邪壊王に魔法の聖剣の力は通じない!



 でもそれでかまわない。

 むしろ予定通りだ。



 もうもうと上がる土煙。



 そこにむけ、場にいる全員の力を集めたマックスの力が放たれる!


 地面に張り巡らされた魔法の糸が大きく輝き、マックスの方へと収束して行く。

 マックスの刀。サムライソウルがさらに輝き、風を纏った斬撃が大地を削り、土煙の中から姿を現した邪壊王を襲った!



 勝った!



 その強力な一撃に、誰もが勝利を確信する。




 しかし……!




 ぎゅるんっ!


 大地を切り裂き邪壊王に迫った渾身の一撃が、突然邪壊王の目の前で捻じ曲がり、どこか一点に吸いこまれいった。


 マックスの一撃が渦を巻き、なにかに吸いこまれるように消えていった。

 本当に、吸いこまれたとしか言いようのない現象が起きたのだ!



 おいらは目を大きく見開いて驚いてしまった。

 一体、一体なにが起きたんだ!?


『攻撃が、吸収された!?』


 ソウラが驚きの声をあげた。


 吸収!? 吸収って一体どういうことだよ!?



 ヤツが奪えるのは死を目前にした人からだけじゃなかったの!?



 その答えは、すぐに明らかになった。

 誰もが信じられないとその光景に唖然とする中、ゆっくりと土煙が消えてゆく。


 煙が消え、邪壊王の姿がはっきりと現れると、そこに答えがあった。



「なっ!?」

「なん、だと!?」


 これは誰の驚きだったのだろうか。おいらのかもしれないし、マックスのかもしれない。はたまたゲオルグにーさんか、トウヤかアリアか。

 下手すると全員だったかもしれない。


 それくらい、驚くべき答えだった。



 邪壊王の手の中。

 そこに漆黒の刃が握られていたのだ。


 誰もがその剣のことを知っていた。

 だが、邪壊王がそれを持っているなんて、誰が想像しよう。



 それは、闇の剣。

 ダークソードと呼ばれる『闇人』の剣だったのだ!



 それがあるならば、さっきの吸いこまれるような現象にも説明がつく。

 攻撃が吸収されたことにも納得がいく!


 そのダークソードの力が発動したからだ!



「そうだ。多くのものは察したようだな」


 ゆっくりと前に出た邪壊王が言葉を発した。



「この剣の力は『吸収』。『闇人』の力は魔法の無効化だけではない。こうして闇の剣も生み出せるのだ!」



『そんなっ……!』

 ソウラが驚きの声をあげる。


 誰かが知っていればそれについて指摘しただろう。

 だが、おいら達は誰一人として『闇人』の力の形態に詳しいものなどいない!


 そんなのわかるわけないじゃないか! というのがホントのところだ!



「わざわざ我のために集まり、ご苦労であった。お前達はしょせん我が糧でしかないことを教えてやろう!!」



 邪壊王が『吸収』のダークソードを逆手に握り、地面に大きく振り下ろした。



『まずい!』



 とっさにソウラがおいらを包みこむようにバリアを張る。



 邪壊王を中心に、闇の球体が広がった!



『リオ、私を地面に突き刺して耐えて!』

「う、うん!」


 とっさのことで、それしか出来なかった。


 闇が迫り、激しいうねりがソウラの張ったバリアを揺らす。

 まるで嵐の中に放りこまれたような感覚の中、後ろに流され、すぐ今度は前に引っ張られるような感覚に襲われた。


 それは一瞬の出来事で、すぐにその闇の球は消え去った。



 それが消え、世界が元に戻る。

 ソウラのバリアが消えると、おいらはがくりと膝をついた。


 膝ががくがくと震えている。

 息が荒い。まるで長い距離を走ったかのようなけだるさだ。


 ソウラがバリアを張ってくれていたというのに、こんなにも体力を持っていかれたなんて……!



 たった一度の攻撃だというのに、あまりの被害に愕然とする。


 でも、愕然とするのはこれからだった。



 揺らぐ視界に活を入れながら、あたりを見回す。



「っ!?」

 驚きは隠せなかった。


 その惨状が、信じられなかったからだ。



 義勇軍として集まった人達。国を守るため身分の垣根をこえて立ち上がった騎士達。その彼等のほとんどが地面に倒れ、ぴくりとも動かない。

 息はしているみたいだけど、指一本動かす力もなくなっているようだった。


 あの一撃で、ほとんどの人の力が邪壊王に吸収されてしまったのだ!



「くっ……」

「先生!」


 近くでトウジュウロウさんが膝をついた。

 それをアリアが支える。


 そのアリアでさえ、刀を持つ手が震えている。



「まさか、これほどとは……」


 マックスも膝をつき胸をおさえている。

 あの一撃を放ったあとだから、マックスの消耗も激しいみたいだ。



 立っている者でさえ、さっきの一撃で壊滅的なダメージを受けていた。



 倒れた人達は意識を失っているだけで、まだ死者はいないようだった。

 むしろあの力では力を吸えても命は奪えないのかもしれない。


 でも、邪壊王の力を思い出す。


 死に行く者から力を奪えるその力。



 ここで動けない人達にとどめを刺されたら、邪壊王にその命まで全てを奪われてしまう!



『うそっ。なんて範囲なの。後ろの魔法使いの陣まで!』


 ソウラが驚きの声をあげた。

 後方の魔法使いにまで被害が出ているなんて、それだと前線にいた義勇軍も騎士団も全てあの闇に飲まれたということになる!


 十五万を超える人間の力を邪壊王は吸収したということになる!


 ただでさえサムライと『闇人』の力を得た存在だというのに、さらにそこに十五万を超える人の力を得たなんて……!



 しかも、倒れた人達にとどめを刺せばさらに力を増す!



 ここで、吸収以外でも強力な範囲攻撃が放たれたら……



 いけない。


 それだけは阻止しないと……!



 わたしはソウラを掴み、彼女を杖のようにして立ち上がろうとする。


「くそっ」

 でも、膝ががくがくして体が思うように動かない。


 ここで、諦めるわけにはいかないんだ!



「ほう。まだ動くか。あれに耐えるとは、貴様も昔とは違うということだな。聖剣よ」



 立ち上がり剣を構えたわたしを見て、邪壊王が笑う。

 でも、邪壊王は余裕だ。


 当たり前だ。どんな魔法も効かない体を手に入れ、攻撃はその剣で吸収できる。一方的で圧倒的なんだから、余裕でないはずがない。



 それでもわたしは負けられない。



 だってここでわたしがどうにか出来なきゃ……




「……いや。続きは俺に任せろ」




 声が、聞こえた。



 わたしの前に光の柱が立ち上がる。

 その声は、全ての者にとって希望であり、わたしにとってあってはならない終焉の宣言だった……


 わたしを守るように現れたその人。

 光が消え、わたしの目の前に現れたのは、この場に一番現れてはいけない人だった……



 そこに現れたのは、一人のサムライ。

 わたしが最も尊敬する、最強の男。



 ツカサ……!



 颯爽と現れたツカサは、腰からオーマを引き抜きわたしの前につきたてた。


『相棒!?』

 どうして。とオーマが驚きの声をあげる。


 武器を捨てる。

 その行動は、こちらに迫ろうとした邪壊王さえ警戒させた。



 意味がわからない。


 だから、誰もが困惑する。



 でも、わたしにはそれがどういう意味を持つのかわかった。

 いや、オーマだってわかってる。だから声をあげたんだ……



「大丈夫。俺にはこれがあるから」


 ツカサは懐から一本の木の棒を取り出した。


 ペンほどの長さのただの木の枝。

 それを肩越しにわたしに見せる。



 そんなものであの邪壊王と戦うってのかい!?



 意味がわからなかった。

 いや、あとで考えれば、それはきっと邪壊王を挑発するためのものだったんだろう。


 自分以外の者を狙わせないようにするための……



 ツカサが首を動かし、肩越しにわたしへ優しい視線をむけると、邪壊王の方にむかって歩き出した。



 その背中は自信にあふれ、とても頼りになるわたしのよく知る背中だった。

 でも、だからこそ……



「だ、だめ……」


 ツカサがなにをしようとしているのかわかってる。


 だから、ツカサと邪壊王を戦わせないよう努力してきた。

 みんなで笑える未来を手にしようと必死だった。



 今回ツカサは戦わなくて大丈夫。



 だって、あいつは、邪壊王はわたしが倒すから。

 みんなはわたしが助けるから!


 それが、聖剣を手にしたわたしの役目なんだから……!



 だから。




 だから……っ!!




 わたしは必死に手を伸ばす。


 ソウラを杖の代わりにして体を支え、去りゆくツカサの背中に手を伸ばす!



 でも。




 でも……!!




 その手は、その背中に、届かなかった……





──マリン──




 最初ツカサ君が私のそばにいて文句を一つも言わなかったのが不思議だったけど、あとから考えれば私の魔法を使えばいざという時どこでも一瞬で跳んでいけるからだったのね。と、すべてが終わってから納得することになった……


 邪壊王が単体で現れ、いくつかのステップをつっとばして最終ステップに移行することになった。

 最初に放つはずだった雑魚散らし用の極大魔法を廃棄し、マックス君の力を使うための準備をはじめる。


 魔法の糸を作り出し、戦場全てに張り巡らせるためそれを伸ばした。


 それに触れればマックス君に力を与えることが出来、そうして魔法の通用しない邪壊王を屠るというのがこの作戦だ。



 ツカサ君とオーマには邪壊王がサムライと『闇人』の力をとりこんだことは説明されていない。

 彼等にそれを伝えれば、命をかけてでも世界を救おうと駆け出すと誰もが考えたから。


 サムライの力を得た、神にも等しい存在を相手にするとなれば、ツカサ君も命をかけねばならないと誰もが知っていたから……



『ん? 作戦ちがくねーか?』

 ツカサ君の腰にあるオーマが私が当初の作戦とは違う行動をしているのに気づいたようだ。


 当初の予定じゃ、雑魚がいなくとも邪壊王に極大魔法をぶつけてその後聖剣で畳み掛けるというものだった。

 その違いに疑問を持ったのだろう。



「臨機応変にいこうってことよ。相手が一人だから、もっと効率よくね!」


『そうか』

 オーマはそれで納得してくれたようだ。


 ツカサ君はただ、私の隣で戦場の方をじっと見ているだけだ。



 こちらの新しい作戦は成功を収めるはずだった。



 だがまさか、邪壊王がダークソードを生み出しているなんて。



『まさか、ダークソードは無から造れるのか!?』

 オーマが驚きの声をあげた。


 刀は魂を磨くための道具が必要だけど、あの闇の剣はなにもないところから作り出せたのね。

 これは大発見だけど、今欲しい発見じゃなかったわよ!




 邪壊王がその闇の剣を逆手に持ち、地面に突き刺した。



 ゴッ!


 闇の光が、邪壊王を中心に広がった。



「いけないっ!」


 私はとっさに防御魔法を展開させた。

 魔法陣を発動させ、幾重もの光の壁を生み出す。


 魔法を無効化できる『闇人』に魔法は通用しないが、『闇人』の体を離れる攻撃は別である。

 その攻撃に対し、魔法による防御は有効だが……



 バリンバリンバリババババッ!!


 次々と私が増幅した光の壁は破られ、闇の光が浸食してくる。

 義勇兵も騎士達も。それどころか魔法使い達までも闇に飲まれていってしまった。


 あの闇の光は私では止めることはできなかった。

 全ての障壁は破られ、その闇は平然と人達をのみこんでいった……


 ギリギリその範囲は私の所までは届かなかったけれど、その闇はこの場にいたほとんどの人達を包みこんだ。



 闇が消える。


 そこに残されたのは、『シリョク』を使って耐えたサムライ達と、黄金竜の鎧を纏ったリオちゃん。他数名だけだった。

 残ったのは、それだけ。あとの人達は倒れ、ぴくりとも動かない。


 命の反応はまだある。

 でも、このままじゃ……



『な、なんてこった。範囲にいた全員の力を吸収しやがった……!』

 惨状を見たオーマが驚きの声をあげる。


 これほどの惨状。誰が予想する。



 たった一人の存在に十万を超える人数が一瞬にして倒されるなんて。

 これが、サムライと『闇人』の力を吸収した神にも等しい存在の力……!



「……一つ聞くけど、吸収されたってことは、邪壊王を倒せばみんな元に戻るか?」


 ツカサ君が冷静に言葉を発した。

 はっと冷静になり、考えをめぐらせる。


「吸収。という形だから、可能性はゼロじゃないけど……」


 いえ。あの力なら、邪壊王を倒せば戻ってくる可能性は高い。

 ダークソードを破壊してもいい。


 でも、アレをどう攻略するというの?

 攻撃すればその力は吸収されてしまうのよ?



 だが、ツカサ君は大きくうなずいた。



「倒せば皆戻るというのなら、やるしかないみたいだな」


『ま、まさか相棒……』

 オーマが驚いてる。


 私も、ツカサ君がなにをしようとしているのかすぐにわかった。



 ツカサ君はカバンの中からなにかを取り出し、私を振り返る。



「マリンさん。俺を最前線に跳ばしてください。そして、みんなを安全なところに!」


「ツ、ツカサ君!」



「早く!!」



「っ! わ、わかったわ」

 問答無用の命令。


 私はそれに逆らえなかった。



「……俺はこの戦いで消えてしまうかもしれません。でも、死ぬわけじゃありません。女神様が復活することがあれば、俺も帰って来れます。覚えておいてください。俺は死ぬわけじゃなく、ちょっと消えるだけだということを」



「え? どういう……?」

 突然言われたことで、私は呪文の準備を中断して聞き返してしまった。


 でも、答えを聞いている暇はなかった。



「いいから早く! 手遅れになる前に!」



「ああもう、わかったわ!」


 勝手に口にして早くって一方的すぎるわよ!


 でも、私もとまれない。



 私はもう悟ってしまったから。

 もう、彼に賭けるしかないと……!



「行ってきなさい!」

 呪文を完成させ、ターゲットにされたリオちゃんの目の前にツカサ君を跳ばす。



 私の目の前から消える瞬間、彼は私にむかって微笑んだ。

 あまり表情を変えない彼が、少しだけ笑ったのだ。



 ……どうして?


 どうして君は、未来を悟っているのにそうやって笑っていられるの?



 いいえ。知ってるわ。

 君は、他人を犠牲にするくらいなら、自分を犠牲にする子だって。


 それを知っていて、私は君をあの場に跳ばしたんだから……



 即座にもう一つの呪文を完成させる。


 今度は戦場で倒れた人達の体を魔法使い達が待機していた場所のさらに後ろへ転移させる。

 前にやった千人より圧倒的に多い数だが、私ならば出来る。


 めちゃくちゃ体力と精神を使うけど、私なら出来る!



 光が瞬き、倒れた人達を並べて放り投げ、意識のある子は私の近くへ呼び寄せた。



「ツカサあぁぁ!」



 手を伸ばした格好でリオちゃんが私の近くに現れた。

 なぜかオーマも一緒だ。


 なにかを話していたのはここからでも見えた。


 必死にツカサ君を止めようとしていたわね。



 ごめんなさいリオ。


 あなたの想いは、願いはかなえてあげられなかった。




 何度でも。何度でも謝るわ。




 でも、もうこの場で世界を救えるのは、あの子しかいないのよ……



 邪壊王と相対するツカサ君。

 邪壊王はどこか警戒したのか、前に立ったツカサ君にむけて手をかざした。



 カッ!


 黒い球体がツカサ君にむけて飛ぶ。


 ダークソードの力ではなく、けん制の一撃。

 それでもその一撃は私の極大魔法の何倍の威力もが圧縮された一撃に感じられる。



 これが、サムライと『闇人』。そして十五万もの人の力を得た存在の力……!




 どんっ!




 光と闇が反転したような爆発と、その中で光の柱が立ち上がったのが目に入った……





 ──ぞわっ。




 背筋が凍る。



 ……爆発の中。


 そこに、ナニカが現れたのがわかった。



 場にいた私も、マックス君もあのアリアというサムライガールもなにが起きたのか理解した。



 これが、サムライ最終奥義。

 その命を燃やし、全てを使い、奇跡を起こす最後の力……




 それが、発動したのだと……!




──ツカサ──




 それに気づいたのは、昨日の夜リオ達を待っていた時のことだった。



 部屋の外にも出れず暇をしていた俺は携帯を開いてあるリストを見ていた。


 これはいざという時の奥の手。

 女神様が俺のために残してくれた緊急脱出装置だ。


 異世界と異世界をつなぐルールとして、異なる世界の同一人物同士が出会うとその世界から消えてしまう。というのがある。

 その世界の人間ならば本当に消えてしまうのだが、異世界の人間は元の世界に強制送還されてしまうのだ。


 このルールを利用して、一方的にこの世界へ召喚するしか出来ない女神様に別の俺を呼んでもらい、元の世界へ帰るということを何度かやったのは記憶に残っていることだろう。


 この緊急脱出装置は、女神様に連絡せずとも一度だけ異世界の俺を召喚できるアプリである。

 これを使って異世界の俺を一人召喚すれば、俺はこの世界から元の世界。地球へ戻り、無事元の生活に戻れる。ということだ。


 女神様が最後の力を振り絞り俺に残してくれたもの。

 いざという時操作ミスをして逃げられなかったなんてことがないよう、こうしてチェックをしているのである。


 こんなもの使わないですむのならそれにこしたことはないけど、可能性はゼロじゃないから!


 みんなを信じてないわけじゃないよ。念のためだから。念のため!

 むしろ暇だし。ちょー暇だから。やることないから。だからしかたない!



 ベッドに腰かけリストを見る。

 ずらりと異世界の俺の名前が並んでいる。


 ただ、この世界の文字で書かれているからまったく読めない。

 まあ、どれを選んでも全員俺だから、読める必要はないんだけど。


 どうせ書いてあるのはミミズとかカナブンとかトンボだし。

 携帯を耳に当てていれば画面から出てきた瞬間にオサラバだし!



『なあ、相棒。その奇妙な羅列はなんだ?』



 同じく俺の腰で暇してたオーマが聞いてきた。

 腰にあるオーマの位置からだと携帯は裏側をむいているが、物理的な目を持たないオーマにそんなことは関係ないようだ。

 完全に周囲を塞がれるとわからなくなるみたいだけど、不思議な力で周囲を知覚することができるのである。



「これかー。なんだと思う?」



 正直これを見て俺の異世界同位体の羅列だなんて発想は出てくるはずがない。

 ミミズとかオケラとかアメンボとか並んでいてイコール俺につながるものか。



『なんだと言われてもよ。トンボとかミミズとかネズミとか。脈絡ないモンばっかだし。しかもそこにダークカイザーなんてあるんだからさっぱりわからねぇよ』



「……は?」



『いや、そのメモ作ったの相棒だろ? なんで相棒がびっくりしたように聞き返してくんだよ』


 いや、だって驚くよ。

 俺だってなんでダークカイザーがリスト入りしているなんて想像もしていなかったんだから。


 でも、女神様は確か留守電で言っていた。「この世界に現れた俺」と。


 その名がこの名簿にあるということはつまり……




 ……ダークカイザーもこの世界に呼べる!?




 それはある意味衝撃的な事実だった。

 アイツは自分で無にかえした元の世界に戻って消えたんじゃないのか?


 でも、名前があるってことはまだ呼べるということで、生きているということのはず。



 しぶとい。実にしぶといな世界の破壊者になった俺!



 でもこの時は、これを使うなんて発想はなかった。

 コレを呼ぶなんて博打も博打、大博打というよりもう石を投げたら地球が割れるレベルの賭けにならないたわごとだ。


 この世界の神様ですらさじを投げた存在を改めて呼び戻すなんて色々問題があるし、どんな結果になるのかわからない。せいぜい敵に勝たせるくらいならどっちも全滅してしまえというレベルの自爆覚悟の投入にしかならないからだ。


 そもそもこいつを呼んでもすぐ俺と接触するのだから、呼ぶだけ無意味。外で暴れさせたあとうまく接触して送還できないとホントに全滅してしまう。



 ……あっ。



 どうやればこいつに触れられるか。

 そう思案をめぐらせると、カバンの中に枝があったのを思い出した。


 この枝。どこにでもありそうなただの枝のように見えるけど、地面にむけて円を描くと幻妖界と呼ばれる妖精と幻獣の住まう異界へ行くことが出来る道と、反対の世界を見る窓が作れるシロモノである!

 これを使えば一時安全な場所に逃げこむことが出来る上、うまく行けば足元から不意打ちして触れることが出来るかもしれない!



 かなり分の悪い賭けだが、やらずに逃げ帰るよりかは結構マシかもしれないと、俺はちょっとニヤついた。

 そしたらそこでリオが帰ってきてちょっと焦ることになったけど。



 そして、今に至る。

 作戦であるみんなで力をあわせて邪壊王を倒すという一撃は失敗どころか吸収されて、なんかとんでもないことになっちゃったところだ。


 こりゃやばいと俺の本能が語りかけてきている。悪魔がもう逃げろと囁き、でもここで逃げてみんなを見捨てられるのかと天使が語りかけてきていた。



 どうする。

 どうする!?


 と思いながら、俺はマリンさんにふとわいた疑問を聞いてみた。



「……一つ聞くけど、吸収されたってことは、邪壊王を倒せばみんな元に戻るか?」


「吸収。という形だから、ゼロじゃないけど……」


 少し考えこんだあと、マリンさんはそう答えてくれた。



 つまり、邪壊王を倒せば今力を吸われた人は復活するし、なにより女神様が吸収されていれば復活→俺イノグランドにリターンも可能ということになる!



 なら、賭けるしかない。この分は悪いがリターンの大きいビッグウェーブに!



「倒せば皆戻るというのなら、やるしかないみたいだな」

 俺は覚悟を決め、大きくうなずいた。


『ま、まさか相棒……』

 オーマが驚いてる。


 どうやら俺がなにかする気なのかを悟ってくれたようだ。



 俺はマリンさんにお願いして邪壊王の前に跳ばしてもらった。

 オーマをリオに任せ、邪壊王の前に立つ。



 カバンから枝を取り出し、アプリを起動させた。



 あとはダークカイザーを邪壊王の目の前に召喚し、こいつ等を潰し合わせるだけだ!


 結果はどうなるかわからない。

 だがこのままならば全滅は必須! ならこの一世一代の大勝負に賭けてみるしかないだろう!



「出て来い。ダークカイザー!」


 俺はその名を呼ぶのと同時に、枝を使って幻妖界へ転がりこんだ!

 即座に通った道を、穴ではなく窓に変える!



 どぉん!



 穴に飛びこんだ俺の頭の上で、現れた影に黒い光がぶつかったのがわかった。


 召喚は無事成功。

 さあ、あとは野となれ山となれ!




────




 どぉん!


 前に出たツカサにむけ、邪壊王が闇の球を放った。



 吸収の力を持つ邪壊王ですら、ダークカイザーを屠ったサムライには様子見の一撃を放つことにした。

 邪壊王にとってこれは小手調べの一撃だが、その威力はマリンの放つ極大魔法数発分にも匹敵する一撃だった。



 激しい轟音と共に、大きな煙があがる。


 火事でも起きたかのような真っ黒な黒煙により、そこにいた存在の姿はまったく見えない。



 あれは間違いなく直撃であった。

 いかな『カミカゼ』を発動したサムライとはいえ、無事とは……




 ぞわっ。




 世界が一変したかのような雰囲気がそこに現れた。


 なにも脅威を感じられないただの少年の気配が一変し、それを感じるだけで息も詰まるかのような圧迫感と存在感を持った圧倒的な気配がそこに現れたのだ。


 視界が揺らぐ。

 いや、揺れているのは世界だ。

 そこを中心に、世界が震えているようにさえ見えた。



「な、なんだ、貴様は……?」

 口を開いたのは、邪壊王だった。


 今までの余裕が吹き飛び、目の前に現れたそれはありえない。なにかの間違いだと否定するかのような声だ。



 次いで、ふわりと風が吹いた。

 その風が、場に巻き上がった漆黒の煙を吹き飛ばす。



 そこには、ナニカがいた。

 それは、一言で言えば影がそこに現れたかのようだった。


 立体感のない、真っ黒な人型。



 人々は一瞬、黒焦げになったのかと息をのんだが、彼等はすぐ、それは違うとわかった。

 彼等はそれとよく似た存在を知っている。


 千年間封じられていた邪壊王でさえ、神官からの報告で知っている。



 ピシッ。



 そののっぺりとした顔面に、ひびが入った。


 ぱきんと、表皮を覆っていたその闇の薄皮が砕け、まるでサナギから蝶となるかのように、中からソレが現れた。

 目を瞑った黒衣の衣を纏ったツカサ。



 無傷の彼が、そこに現れた。



 世界がまた震える。

 いや、今度は世界ではなく、彼を見た者達の背筋から身体までが震えたのだ。



 背筋が凍り、恐怖さえ覚える。



 傷一つない綺麗なその姿に、逆に違和感を感じる。

 静かな姿だというのに、なぜか震えが止まらなかった。


 本能的に、ソレを恐ろしいと感じ、死の恐怖に怯えてしまったのだ!



「ふっ、ふははっ! これは恐ろしい! だが、それさえ我が糧となる! いかな力を使おうと、今の我には意味のないことだ!」


 邪壊王がにやりと笑い、手にしたダークソードを振り上げた。



 その通りだった。

 いくら『カミカゼ』を使い膨大な力を取り戻したとしても、それを全て吸収できてはなんの意味もない!


 命をただ無駄に燃やし、邪壊王の力を増やしたに過ぎないからだ!



「いただきます!」



 邪壊王の宣言と共に、振り下ろされたダークソードの力が目を瞑りただ立つツカサを襲った!


 サーチライトのような闇の光がツカサの元へと飛ぶ。

 ツカサはまだ目を瞑ったまま、その直撃を身に受けた。



「ああっ!」

 魔法使い達の陣でそれを見ていたマックス達が驚きの声をあげる。



 だが……




 すうっ。




 その闇の光は、ツカサの身体をすり抜け、そのままダークソードへ戻っていった。

 光の戻った邪壊王にも、ツカサにも一切の変化が見られない。


 オーマの見た互いの力にも変化は見られなかった。



『き、効かなかった。邪壊王の力、ダークソードが相棒に通じてねえ……』


 ありえない。とオーマが口を開いた。


 同時に邪壊王も気づく。


 この力が、目の前に立つ少年に通じなかったと。

 少年の力を欠片も吸収できなかったと。



 一体なぜと疑問が浮かぶが、その疑問はゆっくりと目を開いたツカサによって明かされることとなった。


 開かれたまぶたの下から現れたのは、真紅に輝く瞳。



 世を破壊にいざなった『闇人』と同じ色だった……!



 この瞬間。マックスとソウラ。オーマ。そしてリオとトウヤはソレの存在に思い当たった。

 その存在と同質の存在に覚えがあった……!



『『ダークカイザー……!』』



 ありえないとソウラがつぶやき、オーマが間違いないと声を出した。



 しかし、それならダークソードの力が通用しなかったのも納得がいく。

 それは全ての『闇人』を統べる存在。


 今のツカサがダークカイザーと同じ存在であれば、その配下でしかないダークロードの力しか持たぬ邪壊王の『吸収』が通用しないのも当然と言えた!



『そ、そうだったのか……!』


 オーマがなにかに気づいた。



「どうした!?」

「なにがそうだったのでござる!?」


 リオとマックスがオーマに振り返る。



『なんてこった。どおりで相棒に似ていると思ったはずだ。表裏一体なんて感じたわけだ。あれは、サムライが闇に堕ちた姿だったんだ!』


「な、なんですって!?」

 マックスが驚きの声を上げる。



『修羅となり、心はおろか体まで闇に堕ちた存在。それが奴等だったんだよ!』



 サムライの刀と『闇人』のダークソードが似ているのも当然だ。

 世界は違えど、どちらも表裏一体の存在だったのだから!



 だから、はじめあの地に現れたし、ダークソードは刀と同じような力があった。



 サムライが命をとして行う最終奥義。『カミカゼ』

 彼はそれを使い、自分とまったく逆の存在であり、ダークソードの力が通じぬ同質の存在へあえて堕ちた……!



 無敵の力を得た邪壊王を倒すために!

 世界を救うために……!


 それが、ツカサが発動したカミカゼの内容!



 絶望の力をあえて身に宿す、サムライにしか出来ぬ禁忌の奇跡!



「そんな……」

「世を救うために、サムライとしての存在さえ捨て去ったというのですか……皆を救うために、その誇りさえ……!」

 オーマの言葉を聞き、リオは言葉もなく、マックスの瞳から滂沱のごとき涙があふれた。


「これが、ツカサの覚悟……」

 トウヤが信じられないと声をあげる。


 自分にその決断が出来たかと問う。

 トウヤはそれは無理だと思った。サムライたるおのれを捨てること。それは死よりも恐ろしい!


 だが、それこそが、彼とツカサの差。世界を救える者と、救えない者の差……!



「我を倒すためだけにすべてを捨て闇に堕ちたか! その心意気天晴れ! だが、十五万もの贄を得た我はすでに無敵! 最後の希望たる貴様さえ消せば我の勝利だ!」


 邪壊王はダークソードを握りなおした。


 一方ダークカイザーと化したツカサは、自身の身体を確認するよう手を広げ、その手と身体をまじまじと確認していた。

 まるで久しぶりに身体を動かすかのように……



 ドンッ!



 地面が爆ぜ、邪壊王がダークカイザーに迫る。



「速い!」

(……見えない!)


 その動きを見たマックスが声をあげ、アリアが驚きの表情を浮かべた。



 サムライとしてはまだ未熟なマックスとはいえ、一流の腕を持つマックスはなんとか。サムライとして立派になってきたアリアですらそれを目で追うのは難しかった。


 十五万もの人の力を得た邪壊王は、それほどの速度とパワーを得たということだ。



 ダークソードを両手でかまえ、一瞬にして間合いをつめダークカイザーめがけてその剣を振り下ろす!

 誰もかわせない。


 それほどの速度の一撃がダークカイザーを襲った。




 スカッ!!




 しかし、邪壊王の剣は空を切った。


「なっ!?」

 目の前に、ダークカイザーはいなかった。


 十五万もの人の力を吸収した邪壊王が目標を見失ったのだ!



 ゆらり。



 邪壊王の背後に気配が現れる。

 それに気づき、邪壊王は振り返ろうとした。


 しかし……




 ゴッ!!




 その顔面に、ダークカイザーの拳が深々と突き刺さった。



 次の瞬間。邪壊王の頭は地面に突き刺さる。

 インパクトの刹那、その頭は地面にあった。それはまるで、時間さえ吹き飛んだかのような速さ。



 衝撃波が爆ぜ、大地にクレーターが生まれる。



 どごんっ!



 音が、遅れてやってきた。


 衝撃が頬を駆け抜け地面に抜けたのを、邪壊王は地面に突き刺さったあとで気づいた。

 地面にバウンドし、反動でほんの少し浮き上がったところで、邪壊王はやっと信じられん。という表情を浮かべる。


 だが、ダークカイザーの動きは止まらない。



 小さくバウンドした邪壊王にむかい無造作に足を持ち上げ、振り下ろす。

 地面に跳ねたのにあわせ、無慈悲にその身体を踏みつける。


 ゴッ!


 ガッ!!


 ゴッ!



 足を振り下ろすたび、クレーターの形が大きく広がってゆく。

 無造作に。無慈悲に。ただただ足を踏みおろす。


 小さな悲鳴と破壊音の中……



「くくっ……」



 ……声らしきものが混じりはじめた。

 言葉というには短く、声というには耳障りな音だった。


 それは、ダークカイザーと化した少年から聞こえる。



「ははっ。はははははは!」



 それは、笑い声だった。

 ダークカイザーの口角があがり、どこか嬉しそうな表情が見えた。


 戦っているというのに、ただ破壊を楽しんでいるようにも見える。

 一撃のたび歪むそれを見て、その変化を面白そうに感じているようだった。


 それはリオ達の知るツカサの表情ではなかった。


 その声は、今までのツカサのものとは思えないほどに不気味で恐ろしい笑いだった!



 それは、むしろ暴力。

 相手を傷つけるために振るわれる一方的な力。


 そこに慈悲もなにもない。ただ相手を破壊するためだけの攻撃。

 これこそが、理性さえも捨て去り、修羅と化したサムライの末路……


 その姿は、すでにサムライではない。

 ただの、破壊の獣であった。



 全てを破壊するという、ダークカイザーそのものの姿だった……



「……っ!」

 もう見ていられない。とマックスは目をそらそうとした。


「ダメだ!」

 しかしソレは、リオの言葉にとめられた。


 彼女もマックスと同じく涙を流している。

 ぼろぼろと、泣いている。



「ツカサは、その命も、理性さえもかなぐり捨てて、目の前の相手を倒そうとしているんだ。なにもかもを捨てて、わたしたちのために戦っているんだ。だから、目をそらしちゃダメだ。見届けないと……せめて、わたしたちだけが……!」

 これは、自分達の弱さゆえの地獄。


 そうさせてしまった、不甲斐なさゆえの状況。

 それを引き起こしてしまった自分達が、どうして目をそらせよう!



 マックスは一瞬リオを見て、そしてうなずき、改めてそれに視線を向けた。

 涙は止まらない。


 その残酷で、非情な姿を見て、マックスもトウヤも、それどころかインテリジェンスソードのソウラもオーマさえ泣いているようだった……



「があぁぁぁぁ!」



 クレーターの中で咆哮があがる。


 小さなくぼ地の中から影が噴出し、ダークカイザーをのみこみ空へと連れてゆく。



 それは、一本の左手だった。


 巨大な影の左手がダークカイザーを持ち上げ、クレーターの穴の中から巨大な影が這い出した。

 山よりも大きな巨大な影。


 左腕にダークカイザーを握り、右手には巨大な闇色の剣を握り締めている。



 それは、頭部に邪壊王の身体をおさめた邪壊王の影だった。



 幾度もの踏みつけによって足は砕け、右肩も消し飛んでいたが、この状態になれば肉の身体は無意味。

 影の中で徐々に再生が進むが、今必要なのは肉体うんぬんではない!



「このまま、握りつぶ……」



「……」


 邪壊王が左手に力をこめようとしたその瞬間。



 ぼんっ!



 赤い光が瞬き、影の左手が逆にはじけとんだ。

 それは、真っ赤な閃光の爆発だった。



 幾人モノ人が見たことがある、ダークシップより放たれた世界を破壊する閃光。

 ソレと同じものが、邪壊王の影の身体を一瞬で消し飛ばしたのである。



 しかし邪壊王も負けてはいない。


 ダークソードと同じ形をした巨大な剣を握る右腕。

 それを左手を砕いたダークカイザーにむけ振り下ろしたのだ!



「おおおぉぉぉ!」



 ずずぅん!!



 巨大な剣がダークカイザーを巻きこみ、大地に突き刺さった。

 形勢逆転である。


 先ほど邪壊王を地面に沈めたダークカイザーが今度は逆に地面に突き刺さったのだ。


 巨大な闇の剣の一撃は大地を割り、はるか彼方の山さえ砕くものであった。

 幸いなのは、そちらの方向にダークカイザー以外の人はいなかった。ということだろう。


 邪壊王の影は闇の剣をもう一度振り上げる。

 それを逆手に持つよう回転させ、砕かれた左手を再生させそこにそえた。



 誰もがヤバいと感じる状況だった。



 あれほど巨大な塊をつきたてられたらどうなるのか。

 それは誰も想像も出来ない衝撃に違いなかった。



「大地と共に滅びよ!」



 隕石のような勢いでその巨大な闇の剣がダークカイザーの沈んだ大地へと叩き落される。

 その衝撃は、隕石や噴火。大地震以上の衝撃を大地にも与えるだろう。


 そうなれば、この地に住まう人々も巻きこみ大きな災厄となってしまう。



 誰もがとめようとするが、誰もそこに動くことは出来なかった。



 なぜなら……




 バキンッ!




 それを振り下ろした瞬間、その巨大な闇の剣は大地に突き刺さる前に先端から砕けていったからだ。


 真正面から、なにか見えない障壁にでもぶつかるようにして、粉々に砕けてゆく。



 それは、なにか見えない壁にぶつかったわけではない。

 すでにそれは滅んでいたのだ。


 一度ダークカイザーに叩きつけられた時点で、すでにその巨剣は破壊されていたのだ……!!



「バカ、な……!」



 すでに砕けた剣を見て、邪壊王は驚愕の表情を浮かべる。

 視線は、足元。


 とどめをさそうと剣を振り下ろそうとしたあの一点だ。



 ゆらり。とその穴から浮かび上がってきたものがあった。



 空をゆっくりと浮かぶそれ。

 土さえ身体につかずまったく変わらぬ姿で存在するそれ。


 その赤い瞳が、邪壊王の巨大な影を見上げていた。



 すっと、ダークカイザーが右手をあげる。



「っ!」

 ぞっと恐怖を感じた邪壊王は、とっさに残った腕を持ち上げた。


 腕をクロスさせ、ガードを固める。




 カッ!




 どす黒い赤の光線が邪壊王の巨体を襲った。


 本能とも言える反応で邪壊王はなんとかそれを影の腕で受け止めた。

 受け止められなければ、頭に存在した邪壊王の本体に直撃していただろう。


 邪壊王はなんとかその赤い光をはじこうと両手に力をこめる。



 しかし、その両腕は徐々に破壊され、その力に押し負けはじめていた。



(な、なんというパワーだ。十五万もの命と千年つかえた一族を吸った我より強い。これが、命を燃やし奇跡を起こすサムライの力! 世界を守るため、大切な者を守るため命を賭けたサムライはこれほどにも強いのか!)



 邪壊王は眠っていたが、ノニの一族を吸収したことでその強大な力の存在は知っている。

 知っていたが、まさかこれほどのモノだとは想像していなかった。


 たった一人で新たな神たる自分を凌駕してくるなど考えてさえいなかった!



(……だがっ! それでも、負けられない! お前達人間を、この地に生まれた生命全てを殺し、姉さんの視線を取り戻すまでは!)



「おおぉぉぉぉ!」


 邪壊王が、吼えた。

 その意思に力が生まれ、両手の影に力が戻った。



「ああぁぁぁぁ!」



 ばしゅんっ!

 咆哮と共に、その赤い光は天へと弾き飛ばされた。


 色の失われた空に、太陽にも似た光が瞬く。



 影の中、邪壊王はぜい。ぜいと息を切らす。



「どうだ。いきの……っ!?」


 見おろすと、同じように手をむけたダークカイザーの姿が見えた。




「え? うそ。まさか……?」




 邪壊王が驚きの声を漏らす。

 その、まさかだった。


 ダークカイザーの右手に、真っ赤な光が集まる。




 カッ!!




 先ほどと同じ力が、こともなげに集まっていた。

 さっき寿命を縮めんがごとく勢いでなんとかはじいた赤黒い光。



 それがもう一度飛んできたのだ。



 手を伸ばす。


 だが、ソレをもう一発受け止めるだけの余力は、邪壊王になかった……



「ば、か……」



 じゅわっ!!



「……な」


 断末魔さえあげられない。

 邪壊王の影を赤い光が貫き、灰色の空にソレが突き刺さる。


 刹那灰色の空が裂け、そこからシャボン玉が割れるかのように青空が広がった。



 ぱぁっと弱まっていた陽光が戻り、美しい青空が戻る。



 それはすなわち、邪壊王が滅んだことを意味している……!!



 空を見上げたマックス達は一瞬なにが起きたのかわからなかった。

 派手な爆発も閃光もなく、ただ赤い光が通り抜けただけ。


 あまりにあっさり。



 あまりに一方的に邪壊王が滅んだとは誰もなかなか理解できなかったからだ。



「か、かった。のか?」

「か、勝った。うん」


 マックスもリオも、信じられないように口を開く。



 あまりに圧倒的すぎ、勝利したという実感がとても薄い……



 しかし、太陽の光が降り注ぎ息も絶え絶えだった者達が身じろぎをし、力強い呼吸をしだしたことにより邪壊王が本当に滅んだのだと悟ることが出来た。



 終わった。

 誰もがそう思った。



 だが、これで終わりじゃなかった。




「ふふっ。くひっ。くはははは!」

 地面に降り立ったダークカイザーが突如として笑いはじめた。


 同時に、地面が大きく揺れはじめる。


 それはダークカイザーを中心に生まれる巨大な地震のように見えた。



 ダークカイザーの足元から赤い光が輝きはじめる。



「まさか、邪壊王を倒しても止まらないのか? ツカサ殿! もう終わりましたぞ!」


『このままでは、彼が世界を滅ぼしてしまうかもしれません……!』

「そんなっ、馬鹿なこと言うなソウラ! ツカサがそんなことするわけない!」


『そうだぜ。相棒がそんなことするわけねぇ! 相棒ー!』


 しかしその声は、激しい振動によって起こされた轟音によりかき消されてしまった。



「ははははははは!」

 声と共に振動と光がさらに高まった。


 ついに目を開けられなくなり、誰もが目を瞑る。



「はははははははははっはぁ!?」

 笑い声が、突然途切れた。


 同時に、光と振動が止まる。



 恐る恐ると目を開き、そこを見ると……




──ツカサ──




 妖精から貰った枝を使って幻妖界へ逃げこんだ俺は、枝を使ってこっそり戦いの行方を見守っていた。


 ここはイノグランドの中にあるけど位相がずれていて一種の異世界にも近いところだけど、それでもこの世界にまであの二人の戦いの衝撃が伝わってきている。

 なんというかもう、ヤベエとしか言いようがない。一般人の俺には立ち入れる次元じゃねぇや。


 しっかしまさか、あの漆黒の鎧の中にいたのは俺と同じ姿をした俺だったなんてな。

 そりゃ異世界の俺なんだから似ていて当然というか当たり前なんだけど、年齢まで同じであの強さとか世の理不尽を垣間見た気がするぜ。

 いや、実は千年生きていて姿は若いまま。って可能性もあるけど。


 閑話休題。


 邪壊王とダークカイザーの戦いはわりとあっさり決着がついてしまった。

 はっきり言って一方的な戦いだった。


 伊達に創造主もさじを投げて裏技的な方法で世界から排除せざるをえなかっただけはある。まさに次元が違う。



 あれが、サムライの封印から開放されたダークカイザーの力。



 戦いが終わり、ダークカイザーは笑った。

 同じ人間だからわかる。


 理由はわからないが再びこの世界に現れることの出来た喜びの笑いだろう。


 これから色々復讐しようとか考えているに違いない。

 俺だから、わかる。



 だから、この隙しかない。この隙に乗じ、俺は用意していた穴を開け、その足に手を伸ばした。

 下からのぞいていたのは、こうしていきなり手をつっこめるようにもなるからだ!


「っ!?」


 突然足をつかまれた異世界の俺が驚きの表情を見せた。

 俺がいる。なんて想像もしていなかったようだ。


 そりゃそうだ。あっちの俺にしてみれば、この俺も元の世界へ戻ってここにはいないはずなんだから。



 同時に、前と同じく俺達はこの世界から排除されるよう、触れたところから光に消えはじめる。



 これでいい。あとは俺もダークカイザーも世界のルールに従い、元の世界へ戻される。

 こいつをこの世界に呼んだのは俺なんだから、俺が責任を持ってこいつも同じ世界へ送り返さなきゃならない。


 俺はそのまま穴を広げ、ダークカイザーを幻妖界に引きずりこむのと同時に、俺は外へと逃げ出した。



「また貴様か!」


 交錯する瞬間、ダークカイザーが喋った。

 なぜか、オーマがいないのに言葉がわかる。やっぱり同じ人間だからか? それとも、触れ合ったからか? 理由はわからない。


「悪いな。今回もまた、帰ってくれ」



「おのれ。一度ならず二度までも!」



 ヤバッ。

 瞬間的にそう思った。


 体が交錯し、ダークカイザーがこれをやったのが俺だとわかった瞬間、その腕を握り俺めがけて振り下ろしてきたからだ。



 その瞬間死をも覚悟したけど、その一撃はすかっと俺の体を通り抜けた。



 俺も、ダークカイザーも、驚きの顔を見せる。

 同じ顔で、同じように驚いていたんだから、はたから見ると間抜けだったろう。


 どうやら、触れ合った段階で俺達はもうどこにも物理的な影響を与えることは出来なくなるようだ。

 よかった。危うく死ぬところだった。そしてやけっぱちになって世界も破壊されないようで安心した。


 最後の最後で大博打に負けるところだった。



 ダークカイザーは幻妖界に落ち、同時に俺は地上へ飛び出した。



 掴んだ右手が、ゆっくりと光に消えてゆくのを見ながら……




──リオ──




 瞬いた光が収まると、そこにいたのはツカサだった。


 さっきまでいたあの黒衣を纏った禍々しい気配を放つダークカイザーのツカサじゃなく、いつものわたし達が知るツカサがそこにいた。



 わたし達は確信する。


 暴走をおさめ、ツカサが戻ってきたんだ!



「ツカサ!」

「ツカサ殿!」


 その姿を見て、わたし達は一斉に走り出した。


 わたしはオーマを抱え、ソウラの力を最大限発揮してツカサの元へ走る。

 そのせいか、ツカサのところについたのはわたしが一番最初だった。



「ツカサ!」



 その無事を確かめるべく、わたしはツカサに抱きついた!



 スカッ!



 でも、予想した結果とは違う結果になった。

 飛びついたわたしはツカサの体をすり抜けてしまったのだ。


 驚き、つま先で立って前のめりになりながらもバランスをとってなんとか倒れるのを防ぐ。



「ははは」


 ツカサはなぜか、そんなわたしを見て笑っていた。



 なんで? と振り返るが、ツカサの右手が半透明になって光に消えているのが見えた。

 それがどんどんと広がってツカサが消えていっているのがわかる……


「悪いな」

 ツカサは笑いながら、左手でわたしの頭に触れようと動かした。


 ぽんぽん。ではなくすかすかと、ツカサの手がわたしの頭をすり抜ける。



「俺はもうちょっとの時間しかここにはいられない」


 ツカサが笑った。

 それは、消えてしまうことを受け入れた、全てを悟っているかのような顔だった。



 それを見て、おいらもマックス達も全てを悟ってしまった。




 それはもう、避けられないと……




 サムライ最終奥義を使った代償。命を全て燃やして奇跡を起こすというサムライの最後の力。


 その代償は、ツカサといえども覆すことはできなかった……



 ツカサの浮かべる笑顔が、逆にわたし達の心に突き刺さる。

 思わず涙がこぼれそうになった。


 嘘だと叫びたかった。


 でも、必死に我慢する。

 肩を震わせてでも、それでも涙を流さないように耐える。


 泣いちゃいけない。



 ツカサは笑顔でいるんだから、こっちが泣いたらダメだ……!



 最後のお別れなんだから、涙の顔でなんて絶対嫌だ!

 世界を救ったツカサに見せる最後の顔が、泣き顔だなんてあっちゃいけない。


 最後なんだから。最後だからこそ笑顔じゃないと!



 それは、ツカサに残す最後の顔になるんだから……!!



 じゃなきゃ、ツカサが命までかけた行為が無意味になっちゃう!



「ねえ、ツカサ」


「ん?」



「ありがとう……!」


 わたしが口に出せたのは、それだけだった。

 精一杯の笑顔で伝えられたのはそれだけだった。



 本当はごめんなさいと謝りたかった。

 不甲斐なくてごめんなさいと。わたしが邪壊王を倒せなくてごめんなさいと!


 でも、そんなこと今言うべきじゃないと思った。



 だってツカサは、世界を救ったんだから!



 だから、ここで言うべき言葉は一つしかないと思った。



 わたしの、他の人の。世界の、すべてを代表してわたしが言えることはそれだけだった。

 これ以上口にすると、泣き出しちゃうからもう口は開けない。


 たった一度の感謝の言葉だけど、万感の想いを。ありったけのわたしの感謝をこめた一言だ!



 何度も何度も助けてくれて、本当にありがとう!




 ツカサは、笑った。


 無愛想なツカサが、にっこり笑った。




「こちらこそ。一緒に旅できて最高だったよ。リオ、マックス。オーマ。それにみんな。また会おうな」



 ツカサはそう言って、涙も見せず精一杯の笑顔を見せて消えていった。


 その姿は、今から自分が消滅してしまうなんて思えないほどさわやかなものだった。

 でもそれは、この先、この世界のことを心配などしていない満足した笑顔だった……



 だからわたし達も、ツカサのことを笑って送れた。




 そう思う……




────




 こうして、邪壊王との決戦。後に王都決戦と呼ばれる戦は人類の勝利に終わった。


 邪壊王に力を吸われた人々は全員目を覚まし、死者を一人も出さずに勝利したという、歴史的にも珍しい一戦となった。

 人々は地上に住まう者全てを抹殺すると宣言した伝説の邪壊王討伐に声をあげ喜び、沸きあがった。



 そんな中、この戦いにおける勝利の立役者。いや、邪壊王をたった一人で打ち破った伝説のサムライはまた、忽然と姿を消した。


 歴史では彼がいなければこの世界に未来はなく、今の歴史はなかったと言われるほどの伝説の英傑だ。

 二度もの世界の危機を救った伝説にして最強のサムライ。



 歴史書によると、彼はこの戦いで行方不明となり、その戦い唯一の死者であると記載されている(行方不明なので記録上は死んでない)


 この時、サムライの旅は終わった。



 だが、民衆はそれを認めなかった。

 人々は彼はいつものごとく、戦が終わった直後風のように去って行ったと信じたのだ。


 誰もが信じた、世にはびこる悪を次々と退治し、多くの力なき弱者を救った彼はまだ生きていると誰もが思ったのだ。

 願ったのだ。


 当然だろう。

 サムライの正体は不明。消えたといわれてはいそうですかと認められるわけがない。



 ゆえに、伝説は終わらない。



 この後もサムライの目撃情報。伝説は多くの者によって語り継がれてゆく。



 ある村がサムライに救われたとか、また悪党がサムライに仕置きされ、怯え咽び泣いていたとか。

 それはただのサムライの名をかたる者だったり、憧れた者がそれを行ったと言う者も多いが、人々の心の中にはサムライの行為であると信じられた。



 サムライの旅は終わった。


 だが、伝説は終わらない。



 人々の心の中に彼が存在する限り、その伝説は決して終わらないのだ。

 ふらりと街に現れ、人々を苦しめる悪党を退治し、風のように去って行く伝説にして最強のサムライの伝説は。



 今日もまた、どこかの街でサムライに救われたと主張し、新たな伝説が生まれるだろう。




 こうして、サムライの伝説は続いてゆく……




──リオ──




「……」


 ツカサが消えて、冷たい一陣の風がふいた。



 わたしは彼の消えた場所を見て、ぺたんと座りこんだ。



 今までそこに確かにいたはずなのに、いた痕跡さえ残っていない。


 その消滅は、あまりにあっけなく、そして儚かった。



 消えた。

 いなくなっちゃった……


 最後はなんとか、笑えたと思う。

 笑ってお別れできたと思う……



「は、ははは。あれだろ。あれなんだろ。振り返れば前みたいにいるんだろ。そうだろ!」


 わたしはあたりを見回す。

 でも、いるのはわたしを心配そうに見るマックス達だけだ。


 その遠くには、勝利に喜び、騎士も義勇兵も関係なく抱き合う人達だけだ……



『リオ……』

 わたしに抱えられたオーマがわたしを呼んだ。


 それはありえない。と、わたしを諭すように。



 だって、だってあのツカサなんだよ……!



 ツカサなんだから、ダークカイザーを倒した時みたいにひょっこりと戻ってきてわたし達を驚かせてくれるに決まっているよ!

 決まっているんだ!



『気持ちはわかるぜ。でもよ、相棒はダークカイザーの時すべてを使い果たし、そして今、残された最後の命も使ったんだ。相棒は、もう……』



 ……わかってる。

 ツカサは前回とは違い、最後の力。『命』を使って邪壊王を倒したんだから……



 戻ってくるわけがない。

 戻ってこれるわけがない!


 でも、わたしはそれを認めたくなかった!



「拙者達は、弱いな。不甲斐ないな……」


「……」


 マックスが、口を開いた。

 その声はすでに涙声だ。


 マックス。お前だけは。お前だけはわたしと一緒で認めないと思っていたのに……



 ダメだ。



「ズカザぁ……」

 顔がくしゃりとゆがんだのがわかった。



 ついにわたしは、耐え切れなくなった。



 地面を握り、わたしの今まで我慢したそれを吐き出す。




「ツカサ。ツカサ。つかさあぁぁ!!」




 世界なんてどうでもよかった。

 名誉なんていらない。


 欲しかったのは、あの人と一緒に歩ける未来だけだった。



 なのに……



「ツカサが居ないのに、この世界があってなんの意味があるんだよぉ!」



 みんなを助けるために命を捨てて。自分だけ消えちゃうなんてなに考えてんだよ!


 わかってる。

 なにを言っても自分達が弱かったのが原因だって。


 ツカサが命をかけなきゃどうしようもない状況にしてしまった自分が悪いんだって!



 だから、だから余計に自分が許せない!




 わたしの慟哭が、喜びの歓声が舞うこの場に響いた……





 ──誰も、彼女に声をかけられなかった。



 かけられるわけがなかった。


 全員がおのれの未熟さをかみしめ、その無力さを呪う。



 たった一人の偉大な犠牲を払い、世界と大地に住まう命は救われた。



 しかし彼等は思う。


 そのたった一人こそ、生き残るべきだったと……



 十年という歳月おのれの人生を捨て、世界を救うことだけを考え努力してきた彼こそが、生きてその未来を謳歌するべきだったと……!



 ゆえに、誰も彼女の慟哭をとめられる者はいない。


 それをとめられるのは、世界でたった一人しかいないのだから……──





「自分を責めてもあの子は喜ばないわよ。それに、泣くのはまだ早いわ」


「っ!?」


 転移して現れたのは、マリンだった。

 みんな泣く中、毅然とした態度でおいら達の前に立つ。




「だって彼はまだ、死んでいないんだから!」




「……え?」

「は?」


 さすがのわたしも、マックスも驚いて顔を上げてしまった。



『認めたくねぇ気持ちはわかるが、カミカゼを使っちまった相棒は……』


「それは理解しているわ。でも、思い出して。彼はおもむく前に言っていたでしょう? 女神が復活すればまた会えると」


『そりゃ言ったが……』


「彼があのタイミングで無意味なデタラメを口にすると思う?」


『つっても、相棒はカミカゼを使っちまった。それは命を全て燃やして引き起こす最終奥義だ。いくら相棒といえども……』


「そう。そこよ。いくらツカサ君といえども? いいえ違うわ。あのツカサ君ならば。その『カミカゼ』で消えたとしてもなんらかのきっかけがあれば復活する規格外ってことは考えられないのかしら?」


『っ!』


 オーマの雰囲気が変わった。

 今までの固定観念が壊され、並のサムライならば無理でもツカサならばと思ったのだ!



『そ、そうだ。確かに相棒ならそんな不可能も可能にするかもしれねぇ。そのきっかけが女神の復活にあるってのか!?』


「そういうことよ!」



「そ、それってつまり、女神ルヴィアが復活すれば、またツカサに会えるってこと?」



「ええ。その通りよ!」

 わたしの言葉に、マリンは力強くうなずいた。



「でも、女神は邪壊王に倒されちまったんだろ? どうやって復活するんだ?」


「その方法はこれから探すの! 邪壊王の城に行けばなにかわかるかもしれないし、なんなら天界に殴りこんだっていいわ。いい、リオ。彼は言ったでしょう? また会おうと。その言葉を信じないでどうするの!」



「っ!」

 わたしは目を大きく見開いた。



「確かに、言った。ツカサはまた会おうって言った!」


 全身に力が戻る。

 わたしはすっくと立ち上がった。



「そうよ! ほら、マックスも!」


「ああ。ちゃんと聞いていた。それが本当ならば、復活の手段を探すしかないな!」


 マックスも復活した。



 これは、ただの悪あがきなのかもしれない。

 悲しみを紛らわすための現実逃避なのかもしれない。


 それでもこれは、わたし達がこの悲しみを乗り越え、前に進むのに必要な理由だった!



 ひょっとするとツカサはいなくなった時のことを考え、嘘を言ったのかもしれない。

 また会えるという希望を見せて、わたし達に新しい目的を与えてくれただけなのかもしれない。


 でも、もし本当なら……!



 この希望は、例え嘘であってもわたし達にとってとてもとてもとても大きな嘘に違いない。


 それでもわたし達は確信している。



 ツカサの言葉に嘘はないと!!




 ──こうして戦後、彼女達は新たな旅に出た。


 それは表向き、女神ルヴィアの復活という王からの勅命とされている。

 女神ルヴィアの復活は人々の心の安寧と世界の再生のため必ず必要になるという判断からだ。


 彼女達の真の目的。伝説のサムライの復活というのはあくまでおまけである。



 彼女達の旅の結末がどうなるのか。


 それはまた、別の機会でかたるとしよう……




──ツカサ──




 ……あれからしばらく。


 元の世界に戻った俺は、前と変わらぬ学生生活に戻っていた。



 長いようで短かった異世界生活を思い出すこともある。

 危険もたくさんあったけど、刺激的でとても楽しい旅でもあった。


 でももう、あんな経験をすることもないだろう。

 


 なにせ呼んでくれる女神様はもういないのだから。



 今日も変わらぬ学校の帰り道。


 なんとなくだが、あのトンネルに来てしまった。

 そこを抜けたら前は異世界イノグランドだったが、通り抜けた先はいつもどおりの変わらぬビルと電線が並ぶ光景だった。



 そりゃそうだ。

 そう思っていると、携帯が鳴った。



 誰からだ。と画面の表示を見て、俺は思わず口元をほころばせることになった。


 俺は通話ボタンを押す。




 どうやら、サムライの伝説が終わるのはもう少し先のようだ……




 おしまい

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