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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
44/88

第44話 決戦前夜


────




 邪壊王の宣戦布告から半日。

 たったそれだけの時間で多くの有志が王都へつめかけた。


 国王直属の王栄騎士団の働きにより、彼等は統率され、邪壊王の城に最も近い、ダークポイント入り口にある女神ルヴィア神殿周辺にある平原に集まれられた。


 義勇軍として組織されることになったそれは、統率者に聖剣の勇者と救世のサムライを置き、さらに王栄騎士団預かりの部隊として騎士団と共に戦うこととなる。


 その義勇軍は決戦直前まで参加者が現れ、その総数は十万を数えることとなった。



 騎士団も負けていない。

 宣戦布告から半日。


 それまでに通常は急いでも来られないような騎士団までもが集合し、ルヴィア神殿を挟んで反対側に野営地を築き明日の決戦に備え終わっていた。


 その総数は六万。

 かつて『闇人』との戦いの時でさえ集合しえなかった数だ。


 彼等がここまで迅速に集まれたのも、私欲を捨て人々を救うサムライの姿に感銘を受け、いつでも国を護るため動けるよう準備していたからである。

 チャンピオンシップのおりサムライの力になれなかった悔しさが、多くの騎士を目覚めさせたのだ。


 こうして、突然の布告であったにも関わらず、多くの騎士や戦士が王都へ駆けつけた。



 その頃。迅速に集合した騎士達は、明日の戦いをどう勝利するかの会議をはじめていた。

 義勇軍をまとめるのに手が離せない王栄騎士団の各隊長と聖剣の勇者&サムライを除き、王と王子をふくめた前線で戦う者達の会議であった。


 ここに勇者がいなかったのは、門閥貴族の都合であり、それがあったからこの会議は迅速に集まれることが出来た。サムライがいないのは、たった一人の少年にたよるでなく、今度こそ皆の力で護りたいと願う騎士達の想いがあったからだ。


 指揮系統はすぐにまとまった。王子ゲオルグを頂点とし、聖剣の勇者もサムライも全ての騎士団も統括される。

 王子の指揮で戦い、その栄光が歴史に刻まれる。


 決戦時の作戦も早々にまとまった。

 とる方法はシンプルである。


 邪壊王軍がどれほどの数でこの王都を攻めてくるのかはわからないが、この場に集まった騎士団と義勇軍でその進軍をおさえ、後方から魔法使いが極大魔法を撃ちこみ壊滅させ、その上で殲滅するという、『闇人』が現れる以前主体だった戦法が採用された。


 採用された理由は、今回の敵は『闇人』ではないこと。さらに魔法研究所所長アーリマン推薦の大魔法使い。マリンが強大な魔法増幅プレートを持っていると聞かされたからである。


 邪壊王が姿を現す前、王都において生まれた巨大な火柱。

 アレを行ったのがマリンであるという言葉は大きな説得力があり、彼女のそれを中心に邪壊王に向け極大増幅魔法を浴びせようということになった。


 それで邪壊王が倒せるならそれでよし。なければ聖剣の勇者をふくめた騎士団が力をあわせ邪壊王にとどめを刺す。


 それでもさらにダメなら、いよいよサムライの出番ということになる。



 それが決定した明日の作戦だった。



 一部の貴族からは、「最初から救世のサムライ一人を突撃させればそれですむのではないか?」という声もあがったが、「なぜ民が武器を持ちこの場に集まったのか理由もわからぬのか」「できる者一人に背負わせるのが良というなら、次卿の金で解決できる事態が起きた時、率先して実行してもらうとしよう」「むしろ今回の遠征費、彼がすべてを出してくれるという自己推薦なのでは?」そう反論され、押し黙ることとなった。


 この反論は、今回こそたった一人の少年に全てを託すことなどないようにしたかった騎士達の想いもこめられていた。



 全軍にその作戦も伝えられ、残るは明日の戦いを待つだけ。となったのだが……



 その夕方。とんでもない情報が転がりこんできた。



 聖剣の勇者と救世のサムライの仲間であるマックス・マック・マクスウェルからもたらされたその情報。

 それにより、あの時邪壊王が宣戦布告の前になぜ手を振り下ろしたのか理解することとなった。


 さらにその情報は、先ほど立てた作戦を根本から崩すものでもあった。


 もう一人のサムライと共にマックスが伝えたその情報。

 それは、邪壊王がサムライと『闇人』の力を手に入れたという信じられないものだったからだ。


 天と地をわけ隔てるとさえ言われるサムライと、魔法が一切通用しない『闇人』。その二つの力を手に入れたというのだから驚きを隠せないだろう。


 それは、作戦の要となる極大魔法と聖剣が邪壊王に対してまったくの無意味となった可能性があるからだ!


 極大魔法でどれだけ雑魚を一掃出来ようと、肝心要の邪壊王が倒せなければ意味がない!



 やる気にあふれていた騎士達は愕然とした。

 そして、不安に思う。


 このままではまた彼に頼るしかなくなってしまうのではないか。と。



 しかしマックスもその状況をよしとはしなかった。


 彼は感銘を受けた騎士達よりツカサの状況を知っている。

 この状況でツカサを戦わせれば、その命を賭して世を救おうとするに決まっている。


 そうなれば、彼は今度こそ命を落とす……


 だから彼は、ここに到着するまでに考えた。



 そして、ツカサに頼らず魔法も集まった人達も最大限に使い、邪壊王と戦える作戦を思いついたのである!



 マックスの刀。サムライソウルの力、『融和』を使った作戦。

 それを使えば、ツカサではなくマックスという新たなサムライを中心として展開できる。


 人々の力を集めて強大な一撃を放つ。

 それはかつて、ダークシップがこの地を狙った時も使われた。その時協力した騎士も多く、その作戦はすぐ正式に採用されることとなった。


 これはツカサに協力を求めずともできる作戦であり、なにより聖剣の勇者が邪壊王にとどめを刺すこともないという、一部の者達にとってもとても有益な作戦でもあった。


 聖剣の勇者大活躍は国の今後を考えればあまりよろしくないことでもあったからだ。

 彼女が邪壊王にとどめをさしたとなれば、戦後また面倒な問題が再燃しかねない。


 ゆえに、マックスの意見に反対するものはおらず、満場一致でこの作戦の決行が決定された。



 作戦の変更が伝えられた。

 新たに加わったサムライと力をあわせ、皆の力を集めて邪壊王を倒すというのは最初のがむしゃらに戦うというものより指示がわかりやすく、義勇軍の支持も高かった。


 これにより、義勇軍の志士達の士気はうなぎのぼりとなった。



 改めて作戦が伝わり。今度こそ明日の決戦を待つばかりとなったのである……




──ツカサ──




 どうやら俺の地道な『俺は弱いんだよ』アピールが実って、聖剣を持たない俺は次の作戦では戦力外と判断されたようだ。

 最後の戦いの作戦は、この国の人達が力をあわせ戦う作戦なのだとわざわざ教えに来てくれたゲオルグさんに聞いた。

 範囲魔法で雑魚を吹き飛ばし、聖剣を携えたリオと騎士団でとどめを刺す。



 それでもダメなら、その時やっと、俺の出番。



 それはつまり、俺の出番はないということだ。

 聖剣で勝てない相手にこの普通平凡の高校生の俺が勝てるわけもない。つまり、俺は戦力外と判断されたのだ!


 もっとも、聖剣の力が戻った今、いや、それどころか黄金竜の鎧というブースターまで手に入れたのだから、ソウラの勝利に終わるだろう。


 こうして人類勝利に終われば、俺も今逃げ帰らずにすむし、最後の一回の帰還も自由に選ぶことができる。

 もうちょっと、この世界を堪能できる。


 そうなれば、みんなハッピー。俺もラッキー。



 これはがんばれと応援するしかないな!



 こんこん。

 と今いる部屋の扉がノックされた。


 俺達は今、騎士やあの宣戦布告を聞きつけてやってきた人達が泊まる予定のテントにはいない。

 俺とリオは義勇軍のキャンプでも騎士達の敷いた野営地でもなく、その真ん中に建っている女神ルヴィアの神殿の一室で厄介になっている。


 これは俺も聖剣の勇者であるリオも有名人だからだ。

 顔は知られてないけど、名は知られている有名人だから、ホイホイ外を歩いていると決戦前から大変な人だかりになってしまい面倒が増えてしまうからと、義勇軍受付をしていた王栄騎士団の五番隊(ゲオルグ隊)の人達に言われ、いわば隔離されたのである。


 特にサムライは色々有名だから、義勇軍も騎士も会いたくてたまらない人がいっぱいいるのだそうな。

 だからそれを利用して、あとで顔を出して士気をどかんとあげるのだそうな。


 それまではここで待機してろとのことである。


 作戦上は戦力外だけど、顔を見せるだけで士気が上がってくれるのなら安いもんだね。



 特に俺が命をかけないってところが最高だ!



 おっと話を戻そう。

 そうして俺とリオが休んでいる部屋に誰かがやってきたのだ。



「ツカサ殿ツカサ殿! 拙者にございます!」



 その声はマックスだった。

 恩人の願いをかなえるため別行動していた彼が間に合ったのだ。


「おー、マックス。おいらてっきり来ないのかと思ったぜ」

「よく間に合ったな」



 扉を開け、マックスを招き入れる。



「ありゃ? あのツカサをつけねらってたサムライは?」


「トウヤは今義勇軍の受付をしに行っている。彼も共に戦ってくれると言うからな」


 おお。それは心強い。

 戦力が増えるのは本当によいことだ。


「へー。それじゃ無事二人でその願いかなえられたんだな」


「うむ」

 マックスが大きくうなずいた。


 どうやら無事かなえられたらしい。これで俺も安心である。



「して、リオ。ちと会いたい方がおられるというから、少し来てもらえぬか?」


「ん? おいらが? ツカサは?」


「今はリオだけにござる」


『どういうことだ?』


 俺としてはどうでもよかったのだけど、リオだけを指定したマックスにオーマがくちばしを挟んだ。



「うむ。リオに会いたいという方がいるのだ」



『会いたい方だって? こんな時に?』


「こんな時だからこそだ」


 オーマの疑問に、マックスが真剣な表情で答えた。

 誰が会いたいのかは知らないけど、マックスがそう言うのだから会いにいってあげるべきだろう。



「行って来た方がいい」



「……わかった。ツカサがそう言うのなら、行って来るよ」


 リオはうなずき、マックスの案内で外に出て行った。

 俺はそれを見送る。


「……」

 でも、なんか忘れている気が……



「あ、ソウラ!」

『あっ! あいつつれてっちまったじゃねえか!』



 追いかけようかと考えたけど、俺一人でこの部屋から出るというのはちょいと都合が悪かった。



 ダークポイント目前の女神ルヴィア神殿。ダークカイザーのところへ行く直前にここへ寄った時、女神様に呼ばれて像に吸いこまれたのは多くの神官、信者が見ていた。

 だから、女神様がいなくなった今俺はそのルヴィアの使いだと彼等に崇め奉られているのである。


 女神様を拝むように俺を拝んだり、世界をどうかとすがりついてくる人までいる。



 来る時は騎士団の人とかいたから遠巻きだったけど、いなくなってからの攻勢が凄かった。

 今はお叱りを受けてこの廊下にやってこない状態になっているみたいだけど、外に出てリオ達を追いかけたらどうなることか。


 下手すると追いつけず信者にたかられてしまうかもしれない。

 神殿の外でも注目され、神殿の中でも注目を浴びるなんて人気者はつらいぜ。



 それを思い出し、ドアノブに手をかけたまま足を止めてしまった。


「……どうしよう」

『……まあ、問題あるなら一度戻ってくるだろ。相棒はゆっくりしてりゃいいと思うぜ』



 一応ドアを開けて廊下を見たが、廊下のカドで俺を出待ちしている人影がいくつかあるのが見えた。


 これ、マックスとかに蹴散らしてもらわねぇと外にでれねぇや。



 しかたない。戻ってくるのを大人しく待っているとしようか。



 俺はふかふかのベッドに腰を下ろして待つことにした。

 崇め奉ってもらえたから神殿にある最高のベッドを備えた部屋を用意してもらえたけど、ああいう理由で好待遇されても困るよね。




──リオ──




「それで、誰がおいらを呼んでいるんだい?」


 マックスは神殿を出て、騎士達の集まる方へと歩いている。

 外に出たおいらは前を歩くマックスに聞いた。


 さすがにマックスが呼んだし、ツカサが行って来いと断言したんだから、怪しいヤツにじゃないと思うけど。



「うむ。その前にお前に伝えねばならぬことがある。これは決してツカサ殿には伝えるなよ」


「どういうこと?」


「うむ。お前だけをあえて連れ出したのはこの件を伝えたかったからだ。わかったか?」


「いや、なにも説明されずにわかったなんて言えるわけねえだろ。まずはどういうことか説明してくれよ」


「確かにそうだな。よいか。心して……」



『あ、ちょっと待って』


 おいらの背中のソウラが声をあげた。


「あっ」

 おいらも彼女の声を聞いて声をあげたのと同時に「あっ」と思った。


 おいらだけを呼んだのに、ソウラをうっかり持ってきちまったよ。



「いや、これはソウラ殿にも聞いてもらいたいことだ。だからあえて背負っているのを指摘しなかった」


「なんだ、そうなのか」

『わかりました。では、聞きましょう』


「では、聞いてもらおう」



 そして、マックスの説明がはじまった。


 簡単に言えば、この前願いをかなえに行ったのは成功したが、代償としてそのサムライとダークロードの力を邪壊王に持っていかれたということだった。


 おいらはそれを聞いて、愕然とした。

 まさか。と思ったが、ソウラに対抗するならこれ以上ない手段だ。


 太陽の石の時と同じく、ありえない可能性じゃなかった!



「それってつまり……」


「ああ。魔法も聖剣も邪壊王に通じぬ可能性がある!」


「なんてこった……!」



『え? ちょっと待って。ちょっと待ってよ。つまり、せっかく取り戻した私の力も、鎧でパワーアップした私の力も今の邪壊王にはまったく通用しない可能性があるってこと?』


「そういうことにござる」


『なにそれぇ!?』



 ソウラがなんてこったと口にしたくなるのもよくわかる。

 でも、おいらの問題はそこじゃない。


 それってつまり……!



 その瞬間、ぴんとくるものがあった。


 マックスがおいらだけを連れ出した理由。

 それはつまり……!



「……ツカサには黙っとけってことか?」



 ツカサがそんなことを知れば、また一人で戦うとか言い出しかねない。

 相手は最強の力を得た伝説の怪物。


 そんな相手でもツカサは絶対に勝つだろう。

 自分の命を燃やし尽くしても……



「察しがよくて助かる。今ツカサ殿は偶然にも神殿に隔離された状態だ。最初の作戦はすでに伝えてあると聞くから、改めて伝えなければこの事実を知ることもないだろうからな」


 確かに、おいら達が伝えない限りツカサはこの事実を知るすべはないはずだ。

 この件はトウヤの方にも伝えてあるとのことなので、あとはおいら達が黙っておけばいい。


 ……はずだ。



「でも、あのツカサだぜ……」

「うむ。すでにツカサ殿は察しておられるかもしれん。だが、なにも言わなかったということは拙者達の想いも察してくれているのかもしれん」


「それも確かに……!」


 ひょっとするとこの空気を読んで我慢してくれているのかもしれない。

 だとすると、おいら達は全力で邪壊王を倒さなきゃいけない!


 世界と一緒に、ツカサの命を救うために!



「……でもどうすんだ? 魔法が通じないとしたら、最初の作戦まったく無意味だろ?」


「その点についてはすでに考えてあり、会議も終えてきた。拙者に良い考えがある!」


「ホントか!?」


「ああ。お前にも、ソウラ殿にもマリン殿にも協力してもらう。いやむしろ、この場にいるツカサ殿以外の全員に協力してもらう!」


「……?」


 ちょっと本気で首をひねってしまった。

 いや、言われれば思いだすんだけど、ついうっかりマックスの刀について忘れてたんだ。


 だってほら、あの力使ったのダークシップで大ピンチになってた時一回だけだったからさ。

 他は全部ツカサがなんとかしちゃったからさ!



「魔法が通じぬなら、その力を別の力に変換すればよい。拙者の刀。サムライソウルの『融和』を使えば全ての力を一つにまとめ、邪壊王に叩きこめるという寸法だ!」


「おおっ!」

『おおー!』


 おいらとソウラが思わず声をあげてしまった。

 確かにそれなら魔法の通じない相手にもダメージを与えられる!


 マックスのそれは、一度『闇人』の本拠地、ダークシップにダメージを与えているからな!



 改めて成された作戦は、雑魚相手に極大魔法を叩きこみ、丸裸となった邪壊王に皆の力を集めて叩きこむというものだった。

 はっきり言って、前の作戦よりさらにシンプルになっている気がする。



「魔法が通じぬと思っている邪壊王に、これを叩きこめば逆に大ダメージを与えることができるでしょう!」



 確かに。魔法を封じたと思って逆に油断している可能性がある!


 最初の案よりいけるかもしれない!



「ああ。わかったぜ。最後はソウラの出番かと思ったけど、マックスに任せた!」

『ええ。囮にもなれますし、力も貸せます。絶対に邪壊王を倒しましょう!」


「うむ。まかされた!」


 おいらとマックスはがっしり握手をした。



 ツカサに命を使わせないよう、絶対おいら達が邪壊王を退治するんだ!



「んじゃ、戻るか」

「いや、おぬしに会いたいという方がいるのも事実だ。そちらもあって欲しい」


「え? マジでいるの?」


 てっきりおいらを連れ出す口実かと思ったんだけど。



「うむ。こちらだ」



 案内されていくと、そこは豪華なテントだった。


 入り口にはいかつい番兵が二人いて、マックスに頭を下げた。

 なんだろ。結構なご身分の人がいるってことか?


 首をひねりつつも、おいらはマックスがうながすまま中に足を踏み入れた。



 中に入ると、そこには王子様の格好をしたゲオルグにーさんがいた。

 思わず「げっ」と声を出しそうになったけど、なんとかひっこめることが出来た。


 そりゃ外で厳重に警備してるよ。王子様がいるんだもんな。


「なに立ち止まっている。中に入れ」


 おいらに続いてマックスが入ってきた。

 ちょっとむっとしたけど、この人と二人きりにされたら凄く気まずいから一応感謝してやるよ!



「やあ。わざわざ呼び出してすまないね」

 ゲオルグにーさんはにこやかにおいらにむけて手を上げた。


「一体おいらになんのようだい?」


 いろいろあったから、この人と顔をあわせるのけっこう気まずい。

 なんせこの人は一度おいらを殺そうと考えた人で、色々複雑な関係だからだ。



「いや、私が用。というわけではないんだ。邪壊王が聖剣の勇者が現れたというのに、めまぐるしいことがありすぎて謁見の時間もとれなかったからね」


「へ?」



「そう。王への謁見なんだよ。聖剣の勇者よ」



 そう言うと、ゲオルグにーさんは横にどいて、テントの奥を指差した。

 この豪勢なテントカーテンで仕切られ、さらに奥へ行けるようになっていた。


 王への謁見というのならツカサはどうなんだよ。とか思ったけど、口には出せなかった。


 だって、そんなこと冷静に考えている余裕はわたしになかったんだから。

 絶対に顔をあわすことはありえないと思っていた人がこのカーテンの奥にいるなんて、想像もしていなかった。


 だから、驚いて頭が真っ白になってしまったんだ。


『……大丈夫?』

 腰のソウラがおいらに声をかけてくれた。



「だ、大丈夫。問題ないさ!」


『……一応私も席をはずしておいたほうがよさそうね。マックス君。そのへんに私をつきさしといて』


「わかりもうした!」


 呆然とするおいらの腰からソウラを抜き去り、ソウラはむき出しになった地面に勢いよく突き刺さった。



『大丈夫よリオ。この先にいる人から、敵意は一切感じないわ。だから安心して行って来なさい』


 ソウラが言ったのはそれだけだった。

 おいらはそれで我に帰り、うなずいた。


 意を決してカーテンをくぐり、その奥へとむかう。



「来たか」


 そこには、髭を蓄え王笏を持った男がいた。

 王冠こそ脱いでいつでも戦えるような服装になっているが、ダークカイザーを倒したあとの式典とかチャンピオンシップの開会式の観客席とかにいるのを遠くから見たことがある。この人は間違いなく王様だ!


 ほんの数歩の位置に護衛もなしにいるなんて、あまりにありえないことだからびっくりしておいらは固まってしまった。



「聖剣の勇者よ」



「は、はい!」

 威厳にあふれた声がおいらに響き、おいらは思わず背筋をピンと伸ばした。

 こういう場合、どうすりゃいいのかまったくわからねぇよ!


 そんな礼儀作法スラム生まれのおいら習ったことまったくないんだから!



「ふふっ。よい。そのまま楽にせい」

「は、はい」


 少しだけ気が楽になった。

 足を開いて、じっと王様のことを見る。



「明日の戦い。期待している。この国を護ってくれ」


「は、はい。全身全霊をもってがんばります!」

 こんな感じでいいんだろうか。

 さすがのおいらもいつもの口調なんかじゃ話せない。


 敬語ってこんな感じだろうって見よう見まねで話してみた。


「うむ。それは心強い。勇者には期待しているぞ」


「はい!」

 おいらは背筋を伸ばし、深々と頭をさげた。



「ところで聖剣の勇者よ。いや、リオネッタよ」


 かたん。と王笏がどこかに立てかけられた音が響き、優しい声が聞こえたと思い顔を上げた、わたしは優しく抱きしめられていた。


 ふわりと優しく、包み込むように。



「苦労をかけたな……」

「……」



 優しく抱きしめられ、ぽんぽんと、背中を叩かれた。



 暖かい。

 まるで母さんに抱きしめられた時と同じような暖かさだった。



「なにもしてやれなくて、本当にすまなかった……」


 まるで独り言のように、わたしを抱きしめ王様はつぶやいた。


 ああ、やっぱりこの人が……



 わたしはなぜか、そう確信する。

 確信できてしまう。


 母さんから、その人について悪口は一度も聞かなかった。

 それどころか、とてもとても愛していたとよくのろけられたものだ……



「リオネッタ。お前が望むのならば……」



 そこまで口にされ、はっと気づいた。


 その心づかいは嬉しくないわけじゃない。


 でも……



 その行為の危険性は、学のないおいらにもどういうことかよくわかった。



 そんなこと、母さんは望んでない。

 だって母さんは、みずから望んでわたしと一緒にあの街にきたんだから……



 だから……



 わたしはぐいっと王様の体を引き剥がした。



「なにを言ってるのかおいらにはわからないけど、抱きしめてもらえたのは嬉しかったよ。だから、もう大丈夫さ」


 ちゃんと笑えただろうか。

 いや、笑えたはずだ。


 目の前の王様の顔が、どこか悲しそうに眉をさげた。

 でも、すぐなにかをかみ締め、おいらにむけて優しく笑う。



「……そうじゃな。一時の気の迷いだ。忘れてくれ」


「うん。忘れる。でも、ヤーズバッハの墓地のすみにあるお墓のことだけは覚えておいて欲しい。自分じゃいけなくても、誰かに花を持たせてくれれば、それだけできっと大喜びだろうから」


 どの花か。は言わなくてもきっとわかるはずだ。

 アンタが、本物なら。



「おいらも、その人もこの境遇に恨みはなかったよ。少なくともその人は、迷惑なんじゃないかって悔やんでたくらいだ。おいらはその人が死んだ時ちょっと恨んだこともあったけど、今は感謝してる。だって、そのおかげで大切な仲間と出会えたから」



 今度は、ちゃんと笑えた。

 そう確信できた。



「……わかった」


 王様は大きくうなずいた。

 どこか目を赤くして涙を我慢しているようにも見えたけど、きっと気のせいだろう。



 王様はにこりと微笑み、わたしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。



「それじゃ、おいらはこれで」

 お辞儀をして、おいらは来たカーテンの向こう側へ戻っていった。



 少し後ろ髪を引かれたけど。もう大丈夫。



 カーテンの向こう側に出ると、マックスとゲオルグにーさんが心配そうにおいらを見た。


 おいらはその二人に笑いかける。

 そんなに心配しなくてもおいらはなにもしないさ。


 ゲオルグにーさんは、どこかほっとした顔をしている。

 そりゃそーだ。色々察してたんだろう。気が気じゃなかっただろうな。


「……こんな短い時間ですまなかったな」


 王子様がおいらに頭をさげてきた。

 おいおい。それでいて頭を下げるとか、あんたツカサには劣るけどいい人だな。


 これならおいらも安心だ。



「いいんだよ。たったこれだけでも、おいらは十分嬉しかったから」



 おいらは触れてもらった頭に触れ、にへらと笑った。

 元々期待はしていなかったのに、こうして無茶してあってくれたんだ。


 わたしはそれだけで大満足さ。



「そうか。ありがとう」


 また、ゲオルグにーさんは頭を下げた。



「頭を下げられる覚えはないよ。ただ、そう思うなら誇れる立派な王様になっておくれよ!」



 頭をあげさせ、おいらは手を差し出した。

 おいらの手を見て、ゲオルグにーさんもちょっと戸惑ったようだ。


 でも、にこりと笑い、大きくうなずいた。


「ああ!」


 がっしりと手を握り、おいら達は別れた。


 床に刺さったソウラを引き抜き、見守っていたマックスとテントを出る。



「それじゃあ戻ろうぜ。マックス」

「ああ」



 ツカサが待っているから、さっさと戻ろうか!

 気分も朗らかに、おいらはツカサの待つところへ歩き出した。


 明日どうなるかはわからないけど、今の気分は最高だ!




──ゲオルグ──




 ……私は彼女に感謝しなければならないな。


 覚悟はしていたが、まさかただ会うだけで、それ以上は望まないと言ってくるなんて。

 私は真相を義父(王)に尋ね、全てを知った。


 私がこの件を聞くまで、彼女が王都に来ているということさえ知らなかった。



 だが、あの子が義父の娘であることは事実であった。

 私にとって、現実は残酷だった。



 かつて犯した義父の過ち。



 ダークロードが化けた大臣に聞かされた事実。


 ──今から約十四年前、ゲオルグの両親と王の妻が病に倒れたあと。傷心であった王は王宮に使えていた一人の美しいメイドに手を出してしまった。


 その一度の過ちの結果、子が宿り。それがわかったメイドは城を離れ、姿を消した──



 ダークロードに聞かされたその話は事実であった。

 偽の義父に聞いた話も、本物の義父に聞いた話も。同じであった……



 その告白を聞いた時、私は覚悟を決めた。

 そして、この謁見をセッティングした。


 彼女が王の娘として戻るならば、私はもう王の座を諦めようと。


 だが、彼女はすでに自分の道を見つけ、自分の足で歩いていた。



 私にとって嬉しいことだったが、とても複雑な感情が私の中を駆け巡った。



 しかし、彼女の答えと覚悟を無碍にも無駄にも出来ない。



 私はもう、後戻りは出来ないのだ。

 邪壊王を倒し。私は王となる。そして、この国の人々を幸せにする。



 彼女に後ろ指さされぬよう、そうなるしかないと私は誓った!



 これが私の歩むべき道なのだから!




──ツカサ──




 ……流石に一人で待っていると暇だ。


 かといって散歩に出ようとしても、外には女神様の信者が出待ちしているからうかつに外に出るわけにもいかない。

 まあ、神殿の外に出ると今度はサムライとして追い掛け回されるから出るに出れないのはかわらないんだけどさ。

 だからこの部屋用意してもらったわけだし。



 ごろんと横になってたベッドから体を起き上がらせると、窓が目に入った。



 何気なく窓を開けてみる。

 ここは二階。その気になれば飛び降りられないこともないけど、流石にそこまでして外に出る理由はない。


 神殿の周りに塀はなく、壁の下はもう平原だった。


 外はもう薄暗くなっていて、集まった義勇軍の人達がテントなどをつくり野営の用意をしている。

 いくつものたいまつの光と、明日に備えて英気を養うためか宴会じみた食事をしているのが見えた。


 ものすごい光の数と、声の響きだ。この国を守らんとするためこんなに人が集まってくるなんて素直に凄いと思う。



『お、相棒。懐かしい顔も来てるぜ』

「ん?」


 オーマの言葉に、窓の下へ視線をむける。


 すると二人の男が神殿の壁のところを歩いていた。

 どこかで見たことがある。


 いや、すぐにわかった。



 俺がオーマと出会い、最初に出会ったこの世界の人間。ユラフニッツ村のニースという少女。

 そのニースの父でありユラフニッツ村の村長である人と、彼女の兄。


 その二人がそこを歩いていたのだ!


『なっつかしいなぁ。確か名前はムラクでアニキの方はアニアスだったかな……』


 なんてオーマが懐かしんでいる間に、俺はとっさに窓の影に身を隠した。


 ま、まさかあんな辺境の土地からここまで世界を守りにやってきたなんて!

 なんて行動力だ。なに考えてんだ!



『なんでぇ相棒。声かけねーのか?』



 声なんてかけられるわけないざんしょ!

 お前は忘れてしまったのかいオーマ君。


 俺は彼等の村が存亡の危機となり、必死で戦っている中一人命を優先して逃げた男なんだぞ。

 下手に顔をあわせたらなに言われるかわかったもんじゃないだろう!




「ここまで来れば彼に会えるかと思いましたが、会えませんでしたね」

「仕方がないさアニアス。彼に会いたいと願う者は我々以外にも大勢いる。それを許せばそれこそ全員と会わなければならなくなる」


 隠れた俺には外からの喧騒もありまったく聞こえないが、歩く二人はなにかを話しているようだ。


「ニーナの言っていた通りですね。会えないから手紙も書かない。会えないけど、祈りは通じる。と」

「そうだな。我々の想いは彼に伝わっているだろう」


「ただ、彼に直接村も平和になり、今は安心して暮らせるようになったということを伝えたかった」

「安心しろ。私達が村々は平和になったと伝えて歩けば、いつか必ず彼の耳に入る。そのためには明日を勝たねばならぬ」

「はい。ここでこうして共に戦えるのもなにかの運命。あの時と同じように、きっと勝てます!」

「ああ。その通りだ!」




 そっと顔を出すと、なにか嬉しそうに話しながら二人は窓の下を通り過ぎていった。

 あの時は必死に逃げてきたけど、心の隅でひっかかってはいた。


 その人達の無事をこうして確認できたのはよかったと思う。



「ふー。行ったか」


『(ったく。見つかったら前の礼を盛大に言われるのを嫌ったか。ホント会った時からかわらねぇなあ。相棒は)』


 ふいーと一息ついた。



『お、相棒。今度は反対側からヨークス一家だぜ』


 なんとぉ!


 村長親子が野営地に曲がったのと同時に、今度はそのヨークス一家がぞろぞろとこっちの方へ歩いてきた。

 また隠れた。


 ヨークス一家ってのは第十二代目ヨーク・ヨークスって人がまとめる街道筋をまとめる一家で、どこかのアウトローな一家と喧嘩することになってそこにたまたま通りかかった俺達に助っ人を頼んできた一家だ。


 あの頃はまだマックスもおらず、さっきの村の時と同じように。というか俺は基本的に逃げてばっかりだけど、見事に夜逃げを果たして見捨てたご一家だ。


 俺は無事逃げ切って、風の噂では喧嘩に勝ったと聞いたけど、命惜しさに夜逃げまでした俺が顔をあわせられるはずがない。


 というかなんで逃げ回ったところばかりが来るのさ。

 ひょっとしてみんな俺に文句を言いにきていたとか!?


 逃げたくせに凄いサムライだと褒められるなんて生意気だなんて!


 だとすれば、余計に見つかるわけにはいかない!



 また俺は、見つからないよう気配を殺した!




「やっぱサムライさんには会えないみたいですね」

「そりゃそうだろ。会いたきゃ活躍しろってこった」


 ヨークスを先頭にして、後ろについてくる子分達が話をしている。


「でも、親分だってサムライさんに結婚式出てもらいたかったですよね」

「んなの親分に聞くまでもねえだろ。んなの当たり前だろうが!」


「せめて、親分が無事結婚式を挙げたって話だけでも耳にしてもらえるといいなぁ」


「おい」

 親分であるヨークスが後ろで好き勝手言う子分達をにらみつけた。


「俺の幸せなんて今はどうでもいいんだよ。あのダンナにしてみりゃ、俺達が幸せになるのは当然のことなんだから」

 少し恥ずかしそうに、ふん。と鼻を鳴らした。


 それを見て、子分達はニヤニヤと笑う。


「だから、ダンナの迷惑になるようなことを言うんじゃねえ。あの人は俺達どころか世界を救うようなダンナなんだぞ」


「そうでしたね。俺達は宿場守ってりゃいいですが、あの人は世界だ」



「だが、今回は俺達も一緒に戦う機会を得た。前回は遠慮されちまったが、今回は違うぞ。お前等、気合はいいか?」


 この国の命運がかかった瀬戸際なのだ。

 普段は宿場を守る彼等であったが、世の一大事。街道の警備は宿の者達にまかせ、この国を守って欲しいと出てきたのだ。


 あの日ふらりとよっただけでこの一家を助けてくれた。

 今度はそれを、お返しする番だ!


「もちろんでさあ!」


 気合をいれ、彼等も野営地へ戻っていった。




 ……行ったかな?


 窓からちょっと顔を出す。



 行ったようだ。



 なんかすげぇ声だしてた気がする。

 でも好奇心を押さえて俺は耐え切った。


 ユラフニッツ親子と同じく、こっちの人達にも顔なんてあわせられないからな!



 俺は一息ついて、外を見るのも危険だと判断し、諦めて部屋の中へ戻った。



 またベッドにごろりと転がる。

 誰か戻ってこないかなー。




──リオ──




 ツカサのところへ戻ろうと、神殿にむかって歩いていると、見知った顔にばったり会った。


「げっ!」

「うおっ!?」


 お互いに顔をあわせて、そんな声が二人同時にこぼれた。


 騎士団の人間が集まる野営地にいたのは、ヤーズバッハの街で衛兵をしていた男だった。

 ほら、スリだったおいらを捕まえて意地悪したり、ツカサに因縁つけて賄賂をねだろうとしたアイツだ。


 あっちもおいらがいると思ってなかったのか、びっくりしている。



「でも、なんであんたがここに?」



「そりゃ俺は仮にも街を守る衛兵だからだ! 今回街ではなく国を守るため大急ぎできたんだよ。街のみんなで!」


「あ、そっか」

 言われて気づいた。そうだよ。反対側に集まっているのはいわゆる義勇兵。これは民が自発的に組織したものをさすから、兵士とか騎士とかのすでにどっかに所属しているのはこっちの騎士団側にいるんじゃないか。

 で、こいつは一応衛兵だから、こっちの騎士サイドにいるってわけか。


 うっかりしてたよ。


 でも、ここにいるのも納得だ。



「お前、俺をなんだと思ってんだ」


「悪徳警官?」


「それは昔の話だろ!」



「何者にござる?」


「ほ、本物のマックス! こいつはどうも」

 衛兵が愛想笑いを浮かべてぺこりとお辞儀した。


 おいらの時と態度違いすぎだろ!



「おいらの住んでたヤーズバッハの街の衛兵さ。悪徳警官で、ツカサが悪事を働いたって因縁つけてきたこともあるんだぜ」


「なんだと?」

 マックスが腕をまくった。



「か、勘弁してくれよ。無実はサムライが自分で証明したし、俺だってもう改心したんだからよ」



「ふふん」

「……なぜそこでリオが胸を張る」


「いいだろ!」

 そりゃ確かに改心させたのはツカサがこいつを手玉に取ったからだけどさ。それでも気分がよかったんだからいいだろ!


「ともかく、あれから俺も心を入れ替えた。少しずつだが、ヤーズバッハの街も変わりはじめているよ。お前がいた頃より治安がよくなったし、これからもどんどんよくなっていく。これもみんな、あのサムライのおかげだ。街のみんなが感謝していたと伝えてくれ。俺もふくめてな」


 ツカサが来たことで、街を牛耳っていた悪党は一掃された。

 そこで他の悪党が入ってくる前に街のみんなが立ち上がったんだろう。


 それで、あの街も少しだけよくなった。


 きっとこいつももう、賄賂なんて要求せず真面目に働いているんだろうな。

 じゃなけりゃ、命を懸けてここに来るわけない。


「……わかったよ。ツカサに伝えといてやる」



「ああ。頼んだぜ。しっかし、お前も変わったな。まさか聖剣の勇者だなんてよ。もううす汚ねぇガキじゃねえ。丸みも帯びてきて、立派な……」


「太ったとでも言いてえのかそれ!? 聞き捨てならねえぞ!」


 かちーんときて言葉をさえぎった。

 いくらなんでも言っていいことと悪いことがある!



「い、いや、そうじゃなくてだ……」


「はっはっは」

『くすくすくす』



 しどろもどろする衛兵を尻目に、なぜかマックスとソウラに笑われた。なんでだよ!



「ふふっ。ははは」

 しまいにゃ衛兵にまで!



「いやあ、悪かった悪かった。やっぱまだまだガキだったよ。それじゃ、今度は一緒に世界を守ろうぜ。勇者様よ」


 ケタケタと笑い、衛兵はひらひらと手を振って去っていってしまった。


「もう! なんなんだよ!」

 おいらはぷんすかするけど、誰もまともに取り合ってくれない。



「すねるなすねるな。リオも立派に成長しているということだぞ」

『ええ。成長しているわ』



 太ったって言われて嬉しいわけねーだろ。アホマックス!


「ふーんだ」

 すねたわたしはマックスを置いて歩き出した。

 できるならソウラも放り出していきたかったけど、こいつはおいら以外今持ち運べないからお情けだ。



「悪かった悪かった!」

 マックスが追ってくる。

 その口調、全然悪びれてねぇ!




──衛兵──




「……」

 俺は一度振り返り、元気に歩くリオを見た。



 ……本当に、あのサムライが来てなにもかもがいい方に変わったよ。



 街の悪党は一気に力を失い、他の悪党が入ってくる前に現状をうれいていた奴等が少しずつ街の治安を変えようと動いている。

 俺も賄賂を貰うことなんてやめて、愛するあの街を守ろうと必死になっている。


 サムライがよその悪党を倒すと聞くたび、俺達は勇気づけられどんどんと街はよい方へむかっている。



 リオよ、昔お前が住んでいたスラムも、今は少しだけマシになったぞ。

 戻ってみたら全然違くて驚くだろうぜ。


 まあ、驚いたのはこっちも同じだがな。



 あのスリだった小僧のお前も、あの頃とは見違えていた。

 もう小僧じゃなく、立派な女の子に見えるぜ。



 そうなったのは、旅のせいか、それともサムライのおかげか。



 おっと。そいつを俺が考えるのは野暮ってもんか。



 俺は思わず笑い、明日のため英気を養うため用意されたテントへむかうことにした。

 俺と志を同じにする仲間達が休むそこへ。



 明日の戦い。絶対に負けられないな!




──エニエス──




 私の名はエニエス。マックス様の親友であるマイク様が騎士団長を勤めるマクマホン騎士団の副官を務める者だ。

 邪壊王の宣戦布告を知り、我々もマクマホン騎士団と共にこの王都へやってきた。

 野営地を築き、明日の決戦に備えているとこの野営地を横切ろうとしたマックス様と聖剣の勇者となったリオ様とばったり顔をあわせることになった。


 マイク様は意気揚々とマックス様と立ち話をはじめたが、正直私はこの二人。いや、正確に言うとサムライ御一行と顔をあわせるのは気が重い。


 なぜならこの聖剣の勇者となったリオ様を私は何度か暗殺しようとした過去があるからだ。

 すべて刃が届く前に阻止されたとはいえ、国家のためと言い訳をして行動をしていたのは事実。


 それがあるゆえ、私は彼女と顔をあわせるのはバツが悪いのである。



 ゆえに、私は一歩距離を置いて会話には加わらずただ成り行きを見ているしか出来ない。


 だというのに、マイク様とマックス様が話している間で手持ち無沙汰となったのか、リオ様が私の方を見た。

 しかも近づいてきた。


 な、なにをする気だろうかと心の中で身構えるが、なにかをするわけにもいかない。



「あの件さ、きっちり断っといたからもう心配することはないぜ。安心しろよ」



 私のみに聞こえるようそう言い、リオ様はにっと笑った。


 一瞬なにを言っているのかわからなかったが、彼等がやってきた方を見てすぐ察することが出来た。

 そこにあったのは王と王子のテント。



 今、王との謁見があったのだ!



 今ならば、たとえ話にあがったとしても聖剣の勇者と謁見したと言えばどうとでもなる。

 その中で彼女は真実を伝えられたのだ!


 そして、継承権を得ることを断った。


 それを臆さず私に言えるのだから、彼女は本当に王位にも権力にも興味もこだわりもないということだ。

 さらに、このことを私に伝えたということは、暗殺に関しても気にしていないということでもある……!



 なんという子であろうか。



 サムライ殿と同じく、あの一件についてなんのわだかまりも感じていないなんて!



 私はその瞬間、彼女に王の器を感じてしまった。

 しかし、私はマクマホン家につかえる者。マクマホン騎士団は王子と共に進むと決めた者だ。


 そこにつかえる私が今さら心変わりするわけにはいかない。



 それに、結果で言えば我等王子派大勝利なのだから文句など出ようはずもない!

 私は思わず小躍りしてしまうかと思ったが、それはぐっとこらえた。


 マイク様とマックス様の話も終わり、二人はその場を去った。



 その後テントで一人になった私は、無駄に床とベッドを転がりまわるのだった。



 ……だが、まだ喜んでばかりはいられない。

 まだ全てが終わったわけではないのだ。



 むしろ明日を無事乗り切らなければ次期の王などとも言えないのだから!



 なにがなんでもゲオルグ王子を守り、未来を手にしなければと、私はごろごろ転がりながら天に誓うのだった!




──サイレントエッジ──




「……」

 俺は神殿の屋根の上に座り、集まっている奴等を見おろしていた。


 屋根の上に居る俺のことなど誰も気に留めていない。

 人が屋根が居れば普通注目を浴びるだろう。


 だが今の俺は注目されない。ある意味ここにいるのは当たり前のことだからだ。


 なぜなら神殿の屋根に座る俺は、猫だからだ。

 猫が屋根に座り下に居る奴等を見物しているのは別に珍しいことじゃない。


 だから俺は、騒ぎにもならずここにいられる。



 俺の名はサイレントエッジ。いや、この名はもう死んで居ないのだが、今はあえてそれを名乗ろう。


 サイレントエッジ。かつては伝説と言われた『無貌』の暗殺者の後継だなんて言われたこともある暗殺者だ。

 そのいわれは、どこに居ても違和感を感じない暗殺者と同じく、猫に姿を変えることの出来るシェイプシフトの力が使えたからだ。


 シェイプシフター。

 それは、人と獣の姿を自在に変えられる突然変異の存在だ。もっとも有名なのは狼男だろう。

 俺の場合は人と半分獣と完全な猫とけっこうバリエーションがある。


 それを使いわけ、暗殺者をしていたが、いろいろあって廃業になったのはいい思い出だ。



 ひゅう。と風が吹いた。



 視線を改めて下におろすと、ゆらゆらと揺れる多くのたいまつの炎が見えた。

 その近くには明日の戦いに英気を養う騎士や義勇兵がたくさんいる。


 よくもまあ、こんな短い時間でこれだけの人間が集まってきたものだと感心する。

 感心と同時に呆れもするが、それだけこいつらはこの国を護りたいということだ。


 そう思わせたのが、俺もよく知るあのサムライ。

 誰もが護られているだけでなく、今度は俺達が世界を護るのだと口にしている。


 影ながら悪を倒し続けたあのサムライの行動は、見えなくともこの国の奴等の心に響いていたってことだ。



 その見えない影響を受けたのは、ある意味俺も同じ。



 あいつは俺が命を狙ったってのに、結局逆に命を助けられて暗殺者を廃業することになった。

 命を狙った暗殺者さえ助けるんだ。その博愛の心は普通の奴等にゃたまらないだろう。


 それが巡り巡ってこれだけの人数を集めるにいたった。



 俺はどうせサムライがなんとかするだろうと思っていたが、一応命を助けられた借りがある。

 だから、それを返すために力を貸しにやってきたってわけだ。


 ついでに言うと、友達のリオも心配だったからな。


 別に義勇兵としてこの戦いに参加するつもりはない。

 リオのヤツを影ながら守り、やれる時手を出す。


 それが俺のやる戦い方だ。

 むしろ、これしか出来ないと言ってもいい。


 だから、今の俺は昔の名前、サイレントエッジを名乗る。

 ほんの短い時間だが、暗殺者としての俺が帰ってきたってわけだ。



「……」



 くわーっとあくびが出た。

 流石に大急ぎでやってきたから眠い。


 俺はひと鳴きして明日の戦いがはじまるのをを眠って待つことにした。




──マックス──




 ツカサ殿がいる神殿に戻るべく歩いていると、見知った顔だが騎士の野営地にいるはずのない男を見つけた。



「ハチガネ? ハチガネではないか!?」



「あ、マックスのダンナ!?」



 拙者の言葉に気づき、こちらを見たらぱぁっと笑顔を見せた。

 やはり見間違いではなかった。


 この頭にハチガネをつけた男の名はハチガネ。


 サイモン領を裏で牛耳るジョージ・クロス率いるクロス一家の構成員の一人だ。

 当然騎士などではなく、裏社会で生きているはずの男がなぜこんなところに!?



「ダンナ、聞いてくださいよぉ!」

 必死になって拙者のところに駆け寄ってきた。

 なにやら聞いてほしいことがあるようだ。


「ああ。拙者もお前がなぜここにいるのか聞きたい」


 裏社会の人間なのだから、義勇軍の野営地に居るのならわかる。だがここはまだ騎士団が集まる野営地だ。

 その理由は知りたかった。



「それがですね、覚えてますか? あのサイモン家のバカ息子」


「あぁ」

 サイモン家のバカ息子と言われ、すぐ一人の顔が思い浮かんだ。


「あれかー」

 リオも嫌そうな顔でつぶやいた。

 流石にアレはなかなか忘れられなかったか。



 そのバカ息子。

 名はエディ・サイモンといい、サイモン領の次期領主となる男だ。

 だがそれはクロス一家が裏から操りやすくするため頭空っぽになるよう育てられた、まさにバカ息子だ。


 接待試合を繰り返され、自分のことは最強の戦士で無敵の男だと勘違いしている。

 サイモン領の平和を守るため、領内のどこかを視察して回るのが日課になっているようだ。


 おかげでサイモン領を我等が通った際、街で見かけたリオに一目ぼれをし、あろうことかツカサ殿を目の仇にして決闘を挑み見事返り討ちにあうということをやらかした。


 リオが嫌そうな顔をしたのもそれが原因である。



「うむ。よくわかった。理由は言わずともよい。がんばれ」

「ああ。がんばれ」


 拙者とリオは、バカ息子と聞いただけで色々察し、ハチガネへ優しい笑顔をむけ拒絶の意思を示した。



「せめて聞いてくださいよダンナがたぁ!」



「いや、どうせソレが張り切って邪壊王退治をすると意気ごんでやってきてしまったとかだろう?」

「だからアレの身を守るためサイモン領の腕利きを表裏から選りすぐってきたとかそんなとこだろ?」


「ついでに言えば、ジョージ殿はなんらかの事情で来ることが出来ない。来ていれば彼の言うことくらい聞くだろうからな」



「ど、どうしてそんなに見てきたかのようにわかるんです? オヤジは腰をギックリしてるのまで」



 拙者達の推理にハチガネは驚いた。



「わからいでか」


 簡単な推理の結果だ。

 どうにかしてアレを無事領に返したい。そうでなければ裏のお前まで借り出されるわけがないからな。



「な、なら話は早い。アイツホントになにも知らなくて。自分ひとりで邪壊王も倒せるって意気ごんでるんですよ。なんとかしてください!」


「と、言われてもなぁ……」

「自業自得だろ。そう教育したのあんたらなんだから」


 拙者が言いよどんでいた言葉をリオがずばりと言い切った。

 拙者があえて濁したことをはっきり言いおった!


「そ、そいつを言われたらどうしようもないんですが……」


 しょんぼりした。

 こればかりは事実だから拙者もフォローのしようがない。


 いくら担ぐには軽い方がいいとはいえ、中身が空っぽすぎて完全に空を飛んでしまっているからな。



 しかし、拙者には一つ浮かんだ疑問があった。



 それは、なぜそのバカ息子が領外に現れた邪壊王を討伐せんと出陣したかだ。

 そりゃあ放っておけばサイモン領に被害を広げる可能性もある。


 だが、外に目を向けられ、自分が井の中の蛙だと知られるのはクロス一家にもサイモン家にも大きな痛手のはずだ。

 であるからエディ・サイモンはチャンピオンシップにも名を連ねないし、興味もないはずだった(自分はすでに最強だから)



「んー」

 隣にいるリオも拙者と同じことを考えたようだ。

 なにかおかしい。と首をひねっている。



 領内で完結しているはずのエディ・サイモンが外に目をむけた理由……



「……あ」

「あ」



 拙者とリオは同時にその原因に思い至った。




 ツカサ殿……!




 決闘で負け、世の広さを知り、その世界を領内からこの国全体に広げた。


 そしてこの国の危機を知り、立ち上がった……!



「そういうことか」


 拙者は納得し、うなずいた。



 世の危機。本来なら領内にて発揮されるべきその心が、外に向いてしまった。

 ある意味成長したということなのだろうが、はた迷惑な話である。



「残念だが、アレは阿呆だが民を守りたいという気持ちだけは本物だ。それが領内だけでなくこの国全体に広がったというのはある意味成長したということだ。諦めろ」


 そう。あの男は愚か者だが、民を守るという気概だけは本物だ。

 実力がまったく伴っていないが。



「諦めろっすかぁ!?」



「なに。ヤツとて上下関係がわからないわけではない。総司令官からの命令をちゃんと聞いていれば問題はないはずだ。拙者としては聞かずに突撃されてもいっこうにかまわんが」


「後者は大問題ですよ!」


「そうならぬよう手綱を握るのも臣下の役目。大丈夫。ハチガネ。お前達ならできる!」


「そんなことできますかね?」


「いざとなったら魔法で眠らせればいいんじゃね?」

 リオがどうでもいい。というように投げやリに答えを返した。



「はっ! その手が!」



 しかし、わらにもすがりたいハチガネはそれにぽんと手を叩いた。


 拙者は呆れ、言った本人であるリオは逆に驚く表情を見せてしまった。

 まさか採用されるとは。という表情である。


 だが、必死に戦いの中で守るより、安全な場所に避難させてしまった方がいいのも事実。



「むしろ、なんで今まで気づかねぇんだよ」

 リオが呆れていた。


 拙者もそれは思う。



「い、いやー。なんというか、ほら、あのバカ息子突撃する気満々だったモンで」


 まったく理由になっていない答えが返ってきた。



「でも、これで無事に帰れそうです! あとは目覚めたあと大活躍だったとあることないことふきこむだけですから!」



 それでいいのか。

 と思ったが、下手にやる気を出されて突撃されて困るのも事実。


 実際に前線に立たれると逆に足手まといとなるのだから、それが最善であるのは疑いようがなかった。



「では、この良案みんなに伝えてきます! これで俺達も全力で戦えますよ!」



「そ、そうか」

「そいつはよかった」


 拙者もリオも、そう答えを返すしか出来なかった。



 ハチガネは喜び勇み、自分のテントへと戻っていく。



「がんばるのだぞ」

「がんばれー」


 拙者達はその背中を見送った。



「……マックス」

「なんだ?」



「あれで、よかったんかな?」



「よかったのだろう。これでサイモン騎士団もクロス一家も足を引っ張られることもなく全力で戦うことが出来る」



「なんか、複雑な気分だ」



 エディの気持ちを尊重したいという気持ちもわからんでもないが、無能な味方ほど厄介なものもない。

 実力の伴わないやる気ほどあたりを困らせるのだから。



「ま、今回はしゃーねーか。あいつらもこれで自業自得と気づいて最低限の実力はつけさせるかもしれねーしな」

「そうだな」


 リオが納得したようにうなずき、拙者もそれに肯定した。



「しかし、まさかツカサ殿に敗れたことで外に目を向ける成長を見せていたとはな……」


 あのドラ息子にさえ成長をうながすとは、さすがツカサ殿にござる。



「……今回のこればっかりは素直に褒められねー気がするけどな」

「……うむ」




──リオ──




 マックスがちょっと自分の騎士団。マクスウェル騎士団に顔を出したいというからついてきた。


 どうやらチャンピオンシップのため王都に来る途中怪我をしたヒースの様子を知りたいらしい。

 そういやその人が怪我した原因も元をたどれば邪壊王が関係していたと思うと色々考えさせられるな。


 おいらもテントの中についてくるかと聞かれたけど、ずっとツカサを待たせたままなのに気づいたから先に戻ろうと思った。


 テントに入るマックスを見送り、おいらは先にツカサのところへ戻ろうとした。



「リオ様ーっ!」



 きびすを返したところで後ろから名前を呼ばれて抱きつかれた。

 明日決戦の場となるここに不釣合いなほど綺麗な女の声だった。


 この声、知ってる。



「ミックス!?」

「あたりです!」


 びっくりして振り返ると、ドレスを着た少女がいた。

 おいらも場違いっちゃ場違いだけど、さらに場違いなお嬢様がそこにいたのだ。



「なんでここに?」


「わがまま言ってついてきちゃいました」

 えへへ。と笑う。


「なにしてんだよ。明日ここ、戦場になるかもしれないってのに」


「遅くなる前に王都の屋敷に戻りますから大丈夫です」


「いや、だからってよ……」


 邪壊王からの宣戦布告を聞いて、戦うため立ち上がれなかった戦う力を持たない者の多くは逆に王都から避難している。

 それはもちろん、そこが危険にさらされる可能性を考えてのことだ。


 だってのに、逆にやってくるなんてなに考えてんだ。



 心配するおいらを尻目に、ミックスはにっこりと微笑んだ。



「大丈夫です。だって、王都に被害が出ることはありませんから。ここにはお兄様達騎士団がいますし、聖剣の勇者となったリオ様。そしてツカサ様がいらっしゃるじゃありませんか。だから、なんの問題もありません!」


 胸を張り、自信満々にそう断言した。



「そりゃそうだけどさ……」


 負けたらこの国はおろか、このイノグランドに住まう生命ははおしまいなわけだからな。

 そう考えれば、どこにいても同じだ。


 そういう意味じゃ、さすがマックスの妹、ミックスだ。肝が据わってる。


 おいらは呆れたように肩を沈めるしかできなかった。

 完敗である。論破である。



「ったく。肝が据わってるぜ」

「ふふっ。ありがとうございます。でも、リオ様だってそうじゃありませんか。その聖剣で明日戦うんでしょう?」


「あー、おいらの場合は……」

 凄いですね! という視線を受けて、思わず視線をそらした。


 だっておいらが戦えるのは、ソウラが力を貸してくれるからだ。


 このことをミックスに秘密にしていてもしょうがないので、そのまま説明することにする。



「おいらが変わったわけじゃなく、このソウラが戦えるよう力を貸してくれるからさ。な。ソウラ」


『ええ。今は私の力で剣を振るっていますけど、あなたにもきちんと才能があるということですからね?』


「イ、インテリジェンスソード! 聖剣はインテリジェンスソードだったんですか」

 ソウラの言葉を聞き、ミックスが驚きの声をあげた。


『ええ。世界で最初のインテリジェンスソードなのよ。よろしくね。ミックス。私のことはソウラと呼んでください』


「はい。ソウラ様!」

 ミックスが行儀正しく頭を下げた。



『明日は私がしっかりリオも守るから、大船に乗ったつもりで安心してね』

「はい!」


 ……守ってくれるのは主に黄金竜の鎧なんじゃないかな。と思ったけどおいらは空気を読んで口にはしなかった。



「そうだ。いつまでいられるんだ? 時間があるならツカサにも会ってかないか?」

「あ、ツカサ様にも会えるのですか? 今騒ぎになるから身を隠していると聞きましたけど」


 そう。ツカサは下手に出歩くと大騒ぎになるから今神殿で待機することになっている。

 顔を出して見つかると決戦前に争いごとになりかねないから。



 でも、おいらとマックスはツカサの仲間だから例外だ!



「おいらがいれば大丈夫だから、案内するぜ」

「いいんですか!?」


 わぁいと喜びの声をあげた。

 そもそもおいらも戻ろうと思っていたところだしな。



「ミックス様。ミックス様ー!」

 しかし、テントの方からミックスを探す声が聞こえてきた。


「あら。もう時間……」

 その声に気づいたミックスが残念。というように肩を落とした。

 どうやらさっき言っていた屋敷に戻る時間が訪れてしまったようだ。


 はあ。とため息をつく。


「しかたがありません。ツカサ様には世界をお願いいたしますと私が言っていたとお伝え願えますか?」

「ああ。まかせとけよ。全部終わったら顔をあわせに行くからよ」


「はい!」



 テントからマックスとさっき無事を確認しに行ったヒースが出てきた。魔法で治療したのか、傷はもうどこにも見えない。

 どうやらミックスを探していたのはこの人のようだ。


「ああ、こちらにいらっしゃいましたか。時間ですので王都のお屋敷にむかう時間ですよ」


「はい。お願いしますね。ヒース」



「ミックス。明日は屋敷で大人しくしているんだぞ」

「はい。お兄様も、この世界を頼みました」


「ああ。任せておけ!」

 マックスがどんと強く胸を叩いた。



 おいら達は別れの挨拶を交わし、再会を約束してマクスウェル騎士団の野営地を離れることになった。



 さて。今度こそツカサのところに戻ってミックスの伝言を伝えないとな!




──トウヤ──




 俺は今、明日は義勇軍となる志士達の集まる場所で明日を待っていた。

 マックスと共に戦ってもよかったが、俺はこちら側にいてこの義勇軍として集まった者達を守りながら戦うことを選択した。


 そうすれば、マックスが全力で邪壊王と戦えるからである。

 明日の作戦の肝はツカサではなくマックスとその刀の力だからな。


 ツカサはダークカイザーとの戦いで『シリョク』を使い果たしている。

 サムライの力を奪った邪壊王と戦う場合、あいつに出来ることはもう命を燃やすサムライ最終奥義。『カミカゼ』以外にない。


 それをさせないための作戦。それがマックスの刀。サムライソウルの特性。『融和』を用いた一撃である。


 これだけの人数がいて、その力が集まればひょっとすると邪壊王だけでなくダークカイザーさえも倒せるのではないかと思ってしまう。



 しかし、意外だ。

 この地には大勢の人が集まっている。邪壊王と戦おうと集まってきている。


 彼等はツカサが『シリョク』を使い果たしていることを知らない。

 だというのに、誰もが皆もう一度ツカサに頼ろうと口にするものはいない。


 むしろ、今度はサムライと共に戦い、自分達で世界を救おうと考えている。



 なぜか。と思ったが、ツカサのしてきたことを考えるとある意味納得がいった。



 マックスに聞かされたが、ツカサは人知れず世の悪を成敗し、力なき人々を影ながら救ってきた。

 お礼も名声もなにも求めず、人を助け人知れず去って行く。


 そんなツカサの行いに心を打たれ、全てを救おうとする彼の行いを聞いて、自分もそうなりたいと皆思ったのだろう。


 そして、世の危機が再び訪れた。

 だから今度は、たった一人に任せるのでなく、自分達も戦おうと皆立ち上がったのだ。



 ツカサのしてきたことが、めぐりめぐってあいつを助けるために働いたのだ……



 きっと俺じゃ出来ないだろうこと。

 それをやってのけるあいつを見て、俺は少しだけ嫉妬し、大きく憧れてしまうのだった。



 ツカサの影響。といえば、もう一つ目に付くことがある。

 それは、マックスと同じくサムライと同じような格好をしたものがずいぶんといることだ。


 そりゃ、あいつの人気を考えればありえることだし、これじゃうかつに外で歩けないというのもわかる。



 だからか、俺がこうして義勇軍に入りこんでいても誰も注視はしてこなかった。

 これはよいことなのか、残念なことなのか、悩むところだ。



『……若。サムライが来たとちやほやされたかったのですね?』

「そ、そんなことないぞ!」


 じいめ。そういうのは口にするな!



 しかし、大体がひと目で似非サムライとわかるが、たまにサムライと見まごうほどの完成度を誇るものもいる。


 例えば、あの女サムライと老サムライ。

 老サムライは刀を持たないが、姿は本物のサムライとかわ……



『って、あれトウジュウロウ様!?』



 ……わわ?


 前を歩く二人組に気づいたじいが突然大声を上げた。


 トウジュウロウと声が上がり、その老サムライが俺の方を見る。



『やはり! 若。あの方はかの十四名が一人。剛靭のトウジュウロウ様ですぞ!』

「なんだって!?」


 言われ、思い出した。

 シュウスイと同じく世を救うため十年前ダークシップに戦いを挑んだ十四人の一人じゃないか!


 俺は立ち上がり、そのトウジュウロウという老サムライのところへ駆け寄った。



『トウジュウロウ様。おなつかしゅう!』


「おおー。これは懐かしい。本当に懐かしいな!」

『はい! お懐かしゅうございます!』


「うむ。懐かしい懐かしい。懐かしいなあ。なあ」



「……先生。覚えがないのに覚えているフリをして相手が自己紹介するのを待つのはやめてください」



『……』

「……」

「……」


 横の女サムライがちくりと口にし、俺達は全員黙ることになった。


「まあ、しょうがないな。俺は初めて会う」

『ワシのことはわすれてしまったのですか!?』


「いやいや、刀の方は覚えておるよ。そうか。君がトウヤだな。こんなに大きくなったとは」



 どこか感慨深そうに目を細め、俺を見てつぶやいた。

 かつてのじいの持ち主。すなわち俺の父とトウジュウロウは友であったと聞く。


 ダークシップの襲撃でその父は亡くなり、じいは俺が継いだが、こうしてトウジュウロウと俺が顔をあわせるのは初めてだ。

 いや、俺が生まれた時など、物心つく前に会ったことがあるかもしれないが。



「まったく。久しぶりに会う人までいつものペースに巻きこまないでください」

「ア、アリアよう。せっかくの友人が来たというのに小言をいわんでおくれよ……」


「来ているからこそ言うんです!」


 ひえぇと、トウジュウロウはアリアと呼ばれたポニーテールのサムライに小言を言われ身を小さくしていた。

 先生と呼んでいたことからすると、彼女はトウジュウロウの弟子なのだろうか?



「ところで、そちらの女サムライは?」



「おお、自己紹介がまだだったな」

 小言から開放される! とトウジュウロウが身をひるがえし俺と女サムライの間に立った。



「こいつはアリア。ワシの弟子じゃな」

 アリアと呼ばれた女サムライは、俺にぺこりとお辞儀した。



『こちらはトウヤ様。トウジュウロウ様とはトウヤ様の父が友でございまして、ワシとは旧知の仲にございます』

「よろしく」


 俺はアリアと呼ばれた女サムライと握手を交わした。


 互いの手が取り合われた瞬間、『シリョク』と『シリョク』がぶつかり合い、互いの力を比べあう。

 握手をして握力を比べあうようなものだが、サムライ同士ならばコレで大体の力がわかる。


 時にはにらみ合うだけでも可能だが、これは友好のしるしでもあるので、攻撃的に『シリョク』を高め威嚇したりはしない。



 どうやらトウジュウロウの弟子というだけあって『シリョク』においてはマックス以上のようだ。

 もっともマックスはほんの少し前にサムライになったばかりで『シリョク』においては素人並なのだが。

 マックスはその分剣技に秀で、それで足りないところを補っているが。


 彼女はマックスより『シリョク』のあつかいに長けているが、その分剣においては劣るように見えた。

 しかし、心はとても安定している。おごりもなく、澄んだ湖のようだ。


 総合で見れば、かなりの使い手である。



 ちなみに俺は、マックス並の剣技と彼女を超える『シリョク』を持っているがな!



「……やりますね」

「そちらもな」


 俺とアリアは、握手をかわしにやりと笑った。



『こちらにトウジュウロウ様も来たということは、邪壊王と戦いに。ですね?』

「うむ。ツカサ君はダークカイザーとの戦いで力を使い果たしているからな。少しでも負担を減らそうと思ってな」


 どうやら彼等もマックスと同じ気持ちのようだ。


 これでサムライが三人。引退したというトウジュウロウもふくめれば四人もそろったことになる。


 ならば、その力を集めれば負けるわけがない!



 心強い味方が現れたと、俺は心の中で拳を握った。

 これでマックスの作戦の成功率もぐんと上がったといえるだろう!



「しかし、ツカサ君以外にこの地へやってくるサムライがいたとはな……」


 俺を見て、トウジュウロウは驚きの声をあげている。


「いや、俺もまだ、この地に来る気はなかった。ダークカイザーがやられたから、誰が倒したのかと確認しに来ただけだ」


「む? ツカサ君と共に修行したわけではないのか?」



 ああ、そうか。ツカサは彼にも十年孤独に修行したことを伝えていないのか……



 あいつにとって、この十年の修行はあえて主張するほどのことではないということなのだろう。


 例え口に出さずとも、言外の態度に表れていてもおかしくはない。俺はこれだけがんばったんだ。俺は凄い。と。だというのに、ツカサはそれさえ表に出さない。

 それは他者の目を気にしない孤独な修行の結果とも言えるし、元々他者の目を気にしていないというのもある。


 あいつにとって全てを捨てた十年の修行は世界を救うのに必要なことであり、当然のことなのだ。

 やって当たり前のことをこなしただけなのだから、それをやった俺は凄い。とアピールすることはしない。



 他者から見れば、それは地獄の道を歩いてきたほどの努力だというのに……



 それだけで、あいつがどれだけ本気でこの世界とそこに生きる人を救おうと考えていたのかわかった。

 誰にも気づかれなくても、感謝などされなくてもかまわず人のために生きるなんて、むしろイかれてると言われても不思議はないぞ……


 俺は、他人へなにも求めないあいつの生き方を見て、羨ましいと思いながらも、バカだと思った。



 だからせめて、あいつのことをもっと知らせよう。

 特に同胞たるサムライは知らねばならない。


 これ以上、たった一人に世界を背負わせないためにも。



「なら、色々話しますよ。今、あの地がどうなっているのか。俺も聞きたいことがたくさんありますし」

「……そうじゃな。たまには昔話に花を咲かせるのも悪くなかろう」


 そう言い、トウジュウロウは俺の肩に手を回してきた。


「アリア、せっかくじゃ。ワシの故郷の話を聞いてゆけ」

「はい。是非!」



 そうして俺は懐かしい同郷の者との話題に花を咲かせた。



 しかし、やはりツカサが十年人と顔をあわせず修行したと聞けば、トウジュウロウも驚きを隠せないようだった。

 もっとも、だからかとその強さとあの心根に納得していたが。



 ちなみに、話を聞いたアリアという女サムライは顔を両手で覆っておのれの言動を恥じているようだ。

 どうやら俺と同じく、十年という時間修行したという自負からつっかかったことがあるらしい。


 真相を知り、顔から火が出るほど恥ずかしいようだ。



「ならば、今回マックス君の一撃、是が非でも成功させねばならんな」

「はい」


 絶句していたアリアも、トウジュウロウの言葉を聞きうなずいた。

 今回のマックスの刀の特性を使った邪壊王退治の作戦。


 それが失敗すれば、ツカサが前線に出ると悟ったからだろう。


 トウジュウロウも、なにがなんでも勝たねばならないと誓ったようだ。



 そう。勝たねばならない。

 勝って、十年人のために尽くしたあいつを自由にさせてやらなきゃならない。


 あいつこそ、幸せにならなきゃいけない。



 これは、ツカサに全てを託してしまったサムライのすべき業だ。



 だから、俺達は誓った。

 なにがなんでも邪壊王を倒そうと。


 この地を守ろうと。

 俺達は、密かに誓いあった!



 だからツカサ。今回はお前の出番はないぞ。俺達がかわりに、この世界も皆も守るからな!




──リオ──




 ルヴィアの神殿に入り、階段をあがってツカサとおいらに割り当てられた部屋へむかう。


 途中吹き抜けの踊り場から神殿の内部が見えた。

 月明かりがステンドグラスを通して中を照らしている。


 かつてツカサが吸いこまれた女神ルヴィア像は粉々に砕けて台座しかなくなっているのが見えた。


 アレがなくなっているんだから、本当に女神様いなくなっちまったんだな。と思い知らされる。



 二階に上がるとツカサの出待ちをしている神官達は流石にいなくなっていた。



 部屋に戻ると、ツカサはあの精巧な絵を生み出す魔法の箱を見ていた。

 おいら達が部屋に入るのに気づいたツカサはそこから視線を上げ、こっちを見た。


「お、戻ってきたか。お帰り」


 遅くなったけど、ツカサは気にした様子はなかった。

 むしろどこかすっきりしたような顔をしている。


 例えるなら、不安がなくなったような感じだ。



「遅くなってごめんよ。色々懐かしい顔ぶれにあってさ」


「懐かしい?」


「あのサイモン家の馬鹿息子まで来てんだぜ。ミックスまで来ててよ。明日、世界を頼んだってさ」



「そっか。それは負けられないな」



「ああ。だけど明日はツカサの出番はないぜ!」


 その前においら達が力をあわせて倒しちまうからな!



「それは心強い。頼んだぞ」


「まかせとけ!」

「任せてくだされ!」


 おいらとマックスはどんと胸を叩いた。


 今回はツカサの手を煩わせないで世界を救ってみせるぜ。みんなの力で!



「あ、ねえツカサ」

「ん?」


「これが終わったらさ、今度はどこ行く?」


 もう明日の作戦のこととか話していても仕方がない。

 下手に話すと邪壊王がダークロードから『闇人』の力を奪い魔法の効かない体を手に入れた可能性があるとか言っちまうかもしれないから。


 だから、口走らないようにする意味でも、話題を変えるという意味でもこれからの話をすることにした。



「どこに。か。どうするか」


『その前にチャンピオンシップが再開催されるんじゃないかしら?』

 ソウラが口を挟んできた。


「確かに、今は一時延期の形ですからね。邪壊王が退治されればまた再開されるでしょう」


「チャンピオンシップに出なきゃならねえのはマックスだけだろ。おいらもツカサももう関係ねーさ。邪壊王倒したら、ソウラは……どうなんの?」


 倒したらソウラは岩に戻ってチャンピオンシップに出る理由がなくなる。と思ったけど、実際どうなんだ?


『ああ。私は勇者が自分であそこに剣を戻すか、死んでしまうか、はたまたいらないと手放した時は勝手にあそこへ戻ります。そしてまた、世界の危機が訪れるまで眠りにつく』


「じゃあ、おいらが放り出すまでずっと一緒ってことでいいのか?」


『ええ。あなたが望む限り一緒にいられます』


「そっかー。ならチャンピオンシップに出てもいいかもな!」


「現金なやつめ」

 おいらがわーいと喜んだら、マックスがやれやれと苦笑していた。


「へんだ。その時はお前も倒しておいらがナンバーワンになってツカサの隣にいちゃうからな!」

「なっ!? そんなことはさせぬ! 当然拙者が勝ってツカサ殿の隣は拙者が立つ!」

『御意ッ!』



「いや、俺の隣は左右にあるからそこにいればいいよ」



 ツカサが苦笑いを浮かべておいら達を諭した。

 いや、そういうことじゃないんだよツカサ! これは、そう。ツカサの次のナンバーツーの地位を決める戦いなんだ!



『ったく。いつまでたってもおめぇらはいがみあってんな』

『そうなの?』


『ああ。最初からだ。どっちも相棒大好きだからよ』


 オーマとソウラが呆れた。



 夜が明ければ世界の命運をかけた決戦だというのに、この部屋にはいつもと変わらぬ空気が漂っていた。



 ずっとずっと、これからもこうしてツカサと旅を続けられると思ってた。

 力の弱いわたし達でも、全員が力をあわせれば勝てると思ってた。


 そう、思いこもうとしてた。



 でも……




 夜が明ける。

 その日、イノグランド全ての生命の運命を決める戦いが、はじまる……




 おしまい

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