第42話 黄金竜の行方
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これまでのあらすじ。
千年前地の底より現れたといわれる邪壊王の復活。
それに呼応するかのように、邪壊王を退治した時勇者に振るわれた聖剣ソウラキャリバーも突き刺さった岩より引き抜かれた。
しかしその聖剣は人々のおせっかいのおかげで天より降り注ぐ太陽の光がさえぎられ、完全な力で復活することは出来なかった。
ゆえに、どうにかしてその力を取り戻す必要がある。
先人の用意した保険。天の光を集め力を蓄える太陽の石があることをツカサ達は知るが、それを目前にして邪壊王の妨害によりその力を霧散させられてしまう。
邪壊王も聖剣の力がまだ不完全であることに気づいていたのだ。
聖剣完全復活の目がなくなったかに思われたが、最後の手段。天に輝く太陽と同じ力。ドラゴンの炎をもちいての聖剣復活に希望を託し、彼等はドラゴン。ハイエンシェントドラゴンと呼ばれる神話の時代より生きる黄金竜のの手がかりを求め王都キングソウラへと戻ってこようとしていた。
その道中、すでに滅んだサムライの国からやってきたというトウヤと出会い、さらにマックスはかつて憧れたサムライが死に瀕しており、最後の願い。サムライらしく戦いで散りたいと願っていると知り、そちらへむかうためツカサ達と別行動をすることとなった。
そのトウヤも、同じサムライの願いをかなえるためマックスにどうこうした。
こうしてツカサとリオはマックスと別行動することなり、聖剣の力を取り戻すため王都へと戻ってきたのである……
──マリン──
はぁい。みんな。おっひさしぶりねー。そう、私よ私。みんなのアイドル。マジカルグレートウィッチのマリンちゃんよ。まさか私を覚えてないなんて子はいないわよね。きゃはっ。
……今、無理すんなと思った子、あとで屋上ね。ノーロープで私の研究塔のてっぺんから新開発のどこまでも空へ飛んでゆける浮遊魔法の実験につきあってもらうわ。
大丈夫。ちょっと月まで行ってそこにある石とか土をとってくればいいだけだから。
この私の手にかかれば安全確実! 例え死んでもちゃんとゴレムとしてよみがえらせてあげるから安心よ!
「こりゃ」
ぺこんと後頭部を杖で叩かれた。
「いたい。なにをするのですアーリマン先生!」
私がちょっとカメラにむかってお話していたら杖で後頭部を叩かれた。
振り返った先にいるのは、呆れた表情を見せるいかにもな魔法使いの格好をした老人。
三角帽子にローブと白い髭と目も隠れんばかりの眉毛をもったこのジイ様が私の師匠。王立魔法研究所の所長であるアーリマン先生だ。
「だから誰にむかって説明しておる」
「気にしないでください先生! ささ、お話を進めて進めて。一応ちゃんと聞いたフリしてますから」
はあ。とため息をつかれた。
やっぱりちょっとふざけすぎたかしら。久しぶりの出番だから張り切っちゃってるの。しかたないじゃない!
あ、いまさらだけど、ここアーリマン先生の執務室だから。前にもきたあそこよ。覚えてないなら最初から読み直してここまできたらまた読み直すのよ!
またため息をつかれたわ。
おかしい。こんなに綺麗で素敵な弟子を目の前にして疲れるなんておかしいわ。むしろ元気にならなきゃおかしいのに!
やっぱりもうお歳なんですねぇ。そりゃ六百年も生きればもうろ……って、痛い。痛いから杖を飛ばしてぽこぽこ叩くのやめて!
「はあ。なぜまた呼び出されたかわかるか?」
「最近どこも吹っ飛ばした覚え……ああ、嘘です。嘘。もう呆れたような顔しないでください。じょーくです。じょーく」
「はあ」
「そんなにため息つかなくたっていいじゃないですか! 今度はあれでしょ。邪壊王が復活したからでしょう!?」
私が正解を発すると、アーリマン先生は大きくうなずいた。
ホントに大きく大きくうなずいた。
ちなみに復活の最新情報からけっこう時間が経っているのは地下の研究施設にこもっていたせいだったりするわ。
だから空の異変とかさっぱり気づかず先生の使い魔に叩き伝えられはじめて知ったなんてのは秘密よ。秘密。言ったらおねえさん許さないんだから!
大きくうなずいた先生はなんだかとっても疲れているように見えた。
「先生、なんでそんなにお疲れなんですか?」
「まさかその原因がわからぬわけではあるまいよな?」
そりゃ私のせいでしょうね。私しかいないし!
「ドンマイですよ!」
「ドンマイなのは貴様の頭じゃ!」
「てへっ」
あ、またため息つかれた。
ここまでため息つかれたのはじめてじゃないかしら。
むしろ、それだけ事態がヤバイってことでもあるのかもしれないけど。
ならしゃんとしろと言われるかもしれないけど、時すでに遅しってヤツね。明日から真面目にやるわ! 来週から本気出す!
「ともかく、ダークカイザーの脅威が去ったのを見計らったように邪壊王が現れ、さらに女神もお姿をお隠しになられたようだ」
この姿をお隠しにってのは、下手すりゃ死んだ。ってことである。
「……」
どうやら世界がまたヤバイ。ってのはマジらしいわね。
いつか力をつけて女神にとってかわってやろうと思っていただけに、残念だわ。
「そして、聖剣を引き抜いた勇者も現れた。マリンよ、その勇者を助け、世界を救う手助けをするのだ!」
「えー」
「そこで嫌な顔をするでない!」
「だって噂を聞く限りじゃその聖剣の勇者、世界を救ってノコノコ帰ってきたツカサ君か一緒にいたリオちゃんて話じゃないですか。それが本当なら聖剣をサムライが持つって反則的な状況になっているというのに、そこにさらに私という究極魔法使い、ウルトラマジカルマリンちゃんまで加わったら邪壊王も泣いて謝る話になりますよ?」
「泣いて謝ってくれるなら願ったりじゃろ」
確かにその通りだわ。
「ならばなおのことお前が行くべきじゃろう」
「しまったやぶへびだった! 天才なのも考えものね……」
「……今のおぬしを見て誰もが天才であることを疑問に持っておるぞ。ワシをふくめて」
「ところで先生、千年前に途絶えた邪術が使われたってホントですか!?」
「本当じゃ」
「くー。見たかった! 地下に潜ってばかりはやっぱりダメね!」
ちなみに、闘技場にいた人達を喰らおうとしたアレのことよ。
「唐突に話題を変えても無駄じゃぞ」
「えへー」
こういう時はかわいく笑って誤魔化すに限るわ!
「もうかわいいの時期はすぎとるぞこの二百歳児」
「歳のことは言わないでください!」
私は歳をとらない体質だから歳のことはいいの! 二十歳と何千ヶ月と言ってください!
「というわけじゃ。今彼等は王都に戻ってきているという。合流し、今度こそ彼の力になって来い。魔法の通じぬ『闇人』ならともかく、邪壊王が相手ならばぬしでも十分力になれるじゃろう」
そういう言い方かちーんとくるわ。そりゃ『闇人』相手の時なにをしたっていったら踊らされた騎士団をテレポートさせたくらいしかしてないけど、あれは仕方ないでしょうに!
というかあのツカサ君が規格外すぎるからいけないの!
……でも、毎回あの子に世界の命運を預けたまま。というのは癪なのは確かね。
それに、あの決戦のあとあの子は力を使い果たしているって話も聞いたし、まあ、そういうことならしかたがないからこのおねーさんが力を貸してあげましょうかね!
「わかりましたよ先生。しぶしぶですが、力を貸すことにしましょう」
「なぜしぶしぶと上から目線なのかわからんが、よしとしよう。お前のその無駄な知識を役立ててやってくれ」
「なんだかとげがある言い方ですね」
「安心せい。とげのある言い方しとるからな」
「なら安心でって、ひどい!」
「性格に難のある弟子にはこれくらいの方がよいとワシは思う。ほれ、さっさといかんと日が暮れるぞ。さっさといかんか!」
しっしと、まるで追い払うような手つきで言われてしまった。
こんな天才魔法使いをそんなあつかいするの先生くらいですよ。まったく酷いんだから。
他の人は私のこと見たら一目散に逃げるんですからね! ……先生より酷かったわ。
「はいはい。それじゃ行ってきますよ」
「ああ、最後に」
「なんです?」
「聖剣が目の前にあるからといって目の色を変えるんじゃないぞ」
ドッキンコ。
「世界を救う偉大な聖剣なんじゃから、失礼のないようにな」
「ぜんしょしまーす」
私はそうアーリマン先生に投げ捨て、先生の部屋を飛び出した。
──ツカサ──
王都に戻ってきた。
マックスがいなくなって少しばっかり不安だったが、むしろマックスがいる時よりスムーズに帰ってこれた。
サムライが有名になり腰に刀をさしたサムライもどきが増えた今、ぶっちゃけ俺とリオだけだとそんなに目立たないようだ。
マックスはでかいし格好は自己主張満載だし、自身は有名人だしと、目立つ要素満載だから、それがなくなるだけでこんなに人に見られなくなるのかとびっくりした。
でも、マックスがいると心強いという安心感があるから、いて欲しいか欲しくないかで言うと、いて欲しいというのが本音である。
護衛としてはマックス満点星だから。
決していなくて少し寂しいというわけではない。
決して。
「しっかし、大丈夫かねマックス達は」
どうやらリオは別行動中のマックスが心配らしい。
「ん? 心配なのか?」
「べ、別に、いないと少し寂しいとかじゃないからな。マックスけっこう抜けたことがあるから、ツカサいないところでやられないかと心配してやってるだけだ!」
俺はそんなこと聞いてないぞ。
気づいて顔を赤くした。
勝手に自爆して、俺をポカポカ殴ってくるのやめなさい。
面白いからやめろと口には出さないけど。
「まあ、本気で殺し合いをするためにいったわけじゃないから平気だろう」
サムライと『ダークロード』の願いは武人らしく戦って散ること。
そう言うと物騒だが、相手の命はつきかけているわけだから、そこまで全力でつきあってあげればいいのである。
仮にもマックスはこの国一の騎士でさらにサムライなんだから、そう簡単に死ぬわけはないだろう。
その上世を救うため努力してきたもう一人のサムライも助っ人としてついていったんだから、なおのことだ。
俺が知る中でもとっても強い二人がむかったのだから、きっと二人はそのサムライ達を満足させ成仏させることだろう。
マックスにとってもそのサムライ。トウヤにとってもシュウスイってサムライは恩人みたいなものだから必死にやるだろうし。
無責任な話だが、無事に戻ると信じている。
むしろ、あっちの心配を俺達がしても仕方がない。
こっちもこっちでやることがあるんだから。
俺達は今、聖剣の力を取り戻すため黄金竜というハイエンシェントドラゴンの居場所を探す手がかりを探すため王立図書館を目指している。
だけど俺はこの世界の文字をマトモに読むことが出来ない。
つまり、図書館に行っても戦力にならないと気づいてちょっと焦っているところなのだ。
リオとオーマとソウラだけでいけるだろうか?
いや、きっといける!(希望的観測)
「あーら久しぶりね!」
なんて考えていたら、俺達の前に偶然を装ったようにマリンさんが手を上げ立ちふさがっていた。
「げっ」
その顔を見て、リオがいやーな顔を浮かべる。
気持ちはわからないでもないけど、そうあからさまにしちゃ失礼だぞ。
気持ちはわかるが。
「それでそれで、一体なにしてるのかしら? かしらかーしら」
絶対知ってて会いに来たに違いない。
でも、この人は魔法使いだけあって知識はばっちりだろう。
今俺達が欲する黄金竜の居場所も知っているかもしれない。
となると、協力をあおがない理由もない。
なので、一応事情を話すことにした。
「五百年前聖剣と一緒に戦った黄金竜。ねぇ……」
ふむ。と彼女はアゴに手を当て頭をひねった。
そして、ぽんと手を叩く。
「知ってるのかい?」
「いいえ。流石の私もさっぱりだわ。でも、それならわざわざ記録を調べずともその時代を知ってる人間がいるわよ」
「ええっ!? 知ってるって、五百年前のことだぞ。なに言ってんのさ!」
ふふんと胸を張ったマリンさんを見て、リオは驚いた。
マリンさんはちっちっちと指を振る。
「ふふっ。リオちゃんもこの前顔をあわせたあの魔法研究所の所長。あの人六百年も生きる大魔法使いなのよ。だからその時代のことも知っているはずだわ。ボケて忘れてなければ」
「ろっぴゃくさい。すっげえんだな魔法使いって」
リオが感心したようにうなずいた。
確かに六百歳ってのは凄い。
ちなみにならマリンさんの年齢は。と聞こうかという欲求が生まれたが、なぜかマリンさんに聞くことは出来なかった。
ものすごい目で睨まれたとかそういうことはない。単に興味がなくなっただけだ。
ないから!
「確か、アーリマン所長だっけ?」
「そうそう。あの私ばっかりいぢめる爺さん」
「いや、それはマリンのせいだと思うなぁ」
リオがマリンの言葉に呆れた。
『アーリマン!? あのアーリマンがまだ生きているのですか!?』
リオの背中にいたソウラが驚いた声をあげた。
「あら、知り合い?」
『私の知る人物と同じなら、知り合いどころか五百年前共に戦った仲間の一人です!』
「え? 初耳」
「え? おとぎ話に魔法使いいたっての聞いたことないよ」
リオもマリンさんも驚いた。
『裏方が基本の子でしたから、ワザと歴史に名が残らないようにしたのかもしれません。しかし、さすが天才魔法使いですね。この時代まで生きているなんて』
「ぴーんときたわ!」
マリンさんがにやーりと悪そうな笑みを浮かべた。
「ねえねえ。五百年前だと先生もまだ年齢三桁いってない時代だから、色々ダメダメなところあったんじゃない? あったらこっそり教えてよ。本人に言って笑ってあげるから」
「うわぁ」
「うわぁ」
思わず俺もリオも声をあげてしまった。
やっぱり色々ダメだこの人。
「……げっへっへ。先生にぎゃふんと言わせられるなら恥も外聞もいらないのよ!」
開き直ったー!
「開き直ったー!」
声をあげたのはリオだ。
「あいっかわらず自由な人だなこいつ」
「リオちゃんにこいつ呼ばわりされちゃったー! あぁ、でもその視線、結構悪くないかも……!」
「……ダメだこいつ」
「ああ、手に負えないな」
「えっへー」
なんかウインクして舌出した。なんかそれもう古いと思う!
『年齢三桁いっていないといっても、彼は我々と戦った時代から大魔法使いでしたよ。そもそも元は人間なんですから、私と共に戦った時でさえ九十を超えた老齢でした。それに気づかないということは、あなたも人間を遥かに超えた時間の中で生きていますね?』
「ぴーっぴぴっぷっぷー」
よくわからない口笛がマリンさんの口から奏でられた。
どうやら図星だったらしい。
そしてさっきの俺への視線とコレをあわせると、この人も百年くらい生きてるってことか?
あ、深くは追求しませんよ。だから睨まないでね。
『そうでなくとも彼には色々助けられました。感謝してもしきれないほどですよ』
「ちえー。せっかく先生に歯軋りさせるネタが手に入るかと思ったのにー」
ぶっすーと口を尖らせた。
『……彼も苦労しているようですねぇ』
「うんうん」
リオがソウラに大肯定のうなずきを返した。
リオも一回服を魔法で変えられたりとか被害受けてるからなー。
「ふーんだ。もういいわよ。ほら、さっさとアーリマン先生に聞きに行くわよ。私もせっかくだからその黄金竜のこと知りたいし!」
ぷんすかと口で言いながら、マリンさんは俺達を魔法研究所の方へと案内してくれた。
さて。これで手がかりの一つでも手に入るだろうか。
──リオ──
おいら達はマリンに案内されて魔法研究所へやってきた。
来たのはアーリマンさんの執務室。
ここに来るのは二度目になるかな。
マリンは扉の前に立ちコンコーンとドアをリズミカルに叩き、返事を聞く前に中へ入っていった。
「なんのためにノックしたんだよ」
「様式美ってヤツよ!」
質問に答えてくれてありがたいことだけど、答えになってない気がする。
「なんじゃ。戻ってきたのか?」
「ええ。戻ってきたのよ先生。というか五百年前の戦いに参加していたってどういうことですか! あの頃はまだ未熟で逃げ惑っていたとか言ってたくせに!」
「なんじゃ、聞いたのか。これはこれは、ひさしいですな。ソウラ様」
『ええ。懐かしいですねアーリマン。五百年前と変わりないようで』
おいらの背中にいるソウラがアーリマンさんに挨拶をした。
「最近はもうめっきり衰えましたよ。五百年前のような無茶はできません。ですからそこの愛弟子をむかわせました。ああ見えて私以上の才能を秘めています。最近とっておきの秘密兵器も手に入れたようですしね」
マリンはべーと舌を出してた。
秘密兵器ってのはあれかな。ツカサから買い取ったあのプレート。
「……正直いいかな?」
おいらは思わず二人の間にくちばしを挟んでしまった。
「正直聞きたくない質問がきそうじゃが、あえて聞こう」
「アレがここ一番て、ヤバくない?」
「ぐはっ!」
アーリマンさんが胸をおさえた。
どうやら見事にクリティカルヒットしたらしい。
「せ、性格と才能が比例するとは限らんのだ。悲しいことにな……」
ホントに悲しそうな雰囲気が伝わってきた。
眉毛に隠れた目が凄く悲しそうなのが見えてないのにわかった。
「なによ。いくら私でもそこまで言われると不機嫌になっちゃうんだからね。ぷんぷん」
「なぜこうなってしまったのか。師匠であるワシの責任でもある。ホント、どうしてこうなったのか……」
「ひどーい」
当人だと言うのに、マリンはけらけらと笑っている。
まったく気にしていないようだ。
うん。こりゃダメだ。
『あの魔法使いのことは置いておいて、話を進めましょう。アーリマン。私の現状を知っていますか?』
「いえ。なにか問題でもあるのですかな?」
どうやら聖剣が本調子でないことはこの人も知らないようだ。
だからおいら達は、そこから説明する。
「なんと。それは私も盲点でした。屋根のせいで力の補充ができていなかったとは」
『ですので、黄金竜の行方を捜しています。彼の炎があれば太陽の石の代わりとして私の力もチャージできますから』
「……」
でも、黄金竜と聞いてアーリマンさんの顔が曇った。
『? ひょっとして、あなたも行方を知らないのですか?』
「そうなんですか先生?」
うわ、なんかうっきうきしてるよマリンのヤツ。
「いえ。はっきりとお伝えしましょう。ソウラ様の探す黄金竜。彼は今、この研究所の地下におります」
『なんですって!?』
「なんだって!?」
『ほう』
平然として驚かなかったのはツカサだけだった。
上からソウラ、おいら、オーマが声をあげる中、ツカサだけは驚きも見せず腕を組んで話を聞いている。
まるで、どこか予感があったかのようだ。
『なら話は早い! あわせてくださいアーリマン!』
「わかっております。見ていただいた方が早い。ついてきてください」
アーリマンさんの案内で、おいら達は部屋のある塔をおり、魔法研究所の地下へとむかった。
階段をおり、薄暗い地下へと降りてゆく。
少し冷たい空気が流れる地下につき、アーリマンさんがなにか呪文を唱えると廊下に光がともっていった。
アーリマンさんの案内でさらに奥へと進み、大きな赤い扉の前に到着する。
「この先に、黄金竜はおります」
『この先で眠っているのですね?』
「……」
ソウラの言葉に、アーリマンさんは黙ってしまった。
そして、取り出した鍵を回し、さらに呪文を唱える。
かちり。と鍵が開いた音が響き、重たい音を立ててその赤い扉は開いていった。
その行動は、中を見ればわかる。と告げているようだった。
『こ、これは……!?』
扉が開いた先。
天井から一筋の魔法の光が落ちるそこには、キラキラと輝く黄金の全身鎧があった。
広い地下の部屋にあるのはそれだけ。
金より光り輝く黄金の鎧。それが一式そこにあるだけだ。
おいらもマリンもキョロキョロと部屋の中を見回す。
ドラゴンなんてどこにもいないじゃないか。
「なにもないね」
「いないわね」
『そういやドラゴンの休眠は世界と世界のハザマに入りこむはずだから、このさらに下にいるんじゃねえか?』
そういえば、前ドラゴンが去っていくのを見たことがあった。
その時あのドラゴンは地面に吸いこまれるようにして消えていった。
黄金竜も、この床の下にいるってことだろうか?
「いいや、違う。君達の探す黄金竜はそこにおる」
すっと、アーリマンさんは部屋の真ん中にある黄金の鎧を指差した。
「……」
「……」
『……』
『……』
全員がその鎧を見て、固まる。
もう一度その指の先を見直してもそこには鎧しかなかった。
「……あ、ひょっとしてその中で寝てるとか?」
おいらが思いついたことを口にした。
でも、アーリマンさんはイヤイヤと首を横に振る。
「それが、今の黄金竜じゃ。五百年前巨竜ジャガンゾートとの戦いが終わったあと、死期を悟った彼はワシに頼み、みずからの体を材料として次代の勇者を護るための鎧となったのだ。たとえ死んでも、また共に戦えるようにと」
『なん、ですって……』
ソウラが驚きの声をあげる。
おいらだって信じられないと見ているしかできない。
声も出ない。
だって、死んでいて鎧になっていたら……
『どういうことなのアーリマン! あの黄金竜がなぜ!?』
「寿命だったのです。元々、あれから数百年ない命だったのです。私が知ったのも、あなたが眠りにつき、王も姫も去ってからでした。なにより彼も自身の死期が近いというのも、その頃悟ったようです。ですから、秘密にしていたということもありません」
『そうだったのですか……』
「一応聖剣であるあなたと同調し、その力を倍増させることが出来るよう私が生涯をかけ作成してきましたが、今回の炎となると……」
『炎からの防御や鎧としての力は凄そうだが、こいつが炎を吐けるかってぇとかなり怪しいな』
オーマが鎧を分析したのか、そう口にした。
「じゃあ、この鎧じゃソウラの力は戻らない……?」
『いえ。まだわかりません。これを着てその同調を使えば私の力が戻る可能性もゼロではありません』
ちょっと怪しいけどソウラが言うなら試してみる価値はあるかもしれないな。
「これ着るにはどうすればいいのかな?」
「聖剣の持ち主がそれに手を伸ばし、着たいと願うだけでよい」
「簡単だね」
前マックスに着せられた鎧は一人じゃ全部着れないモノだったのに。さすが魔法。
おいらが手を伸ばし、『着る』と願った瞬間、その黄金竜の鎧が光を放った。
ピカッとまぶしい光が輝いたかと思うと、次の瞬間にその鎧はおいらの体を覆っていた。
その鎧はまるでおいらのためだけに作られたかのようにサイズが変わり、ぴったりと肌に張り付いたかのようだった。
強固な鎧だというのに、動きをまったく邪魔しない。
前に闘技場で着せられた全身鎧とはまったく違う。まるで鎧なんて着ていないかのような着心地だ!
「すごい。体にぴったりあうサイズに変わったのも凄いけど、ソウラを持った時みたいに力があふれてくる」
これでソウラ持ったらどんなことになっちゃうんだろう!
『……ダメです』
でもソウラの方は、しょんぼりとした声をあげた。
『確かに力は倍増されましたけど、私の力は変わっていません。今ある力のまま、倍になりました。これではフルパワー以下の出力にしかなりません……』
「そうか。倍になっても素の力が低いままでは意味がないか……」
ソウラもアーリマンさんもため息をついた。
「ダメかー」
『でも、この鎧はリオの身を護るのに相応しい力を持っています。この鎧を残してくれた彼の心づかいに感謝しなければなりませんね』
屋根の件といい今回といい、親切心が裏目に出ている気がしてならないよ。
それがまさか、こんなイレギュラーを発生させるなんて……
「でも、ソウラの力が戻りきってない今だとヤツは倒せないだろ?」
『はい。いくら守りを固めたとしても、この力では千年前のヤツを倒すにもいたらないでしょう。ですが、彼は最後のハイエンシェントドラゴン。彼がいないとなると……』
小さな希望の光も消えてしまった。
現状よりはパワーアップしたけど、千年前の戦の時より弱い状態のソウラにしかならないなんて……
それで邪壊王に挑もうなんて笑い話だ。
『……この短い時間で、私の力を取り戻す手段はなくなってしまいました』
ソウラが落胆する。
「それは困る。困るよ!」
おいらはソウラをつかみぶんぶんと振る。
ソウラに力が戻らなくて邪壊王を倒せないとなるとツカサが戦うことになっちまう。
そうなったらツカサは全力で戦い、世界は間違いなく救われるだろう。
でもその時ツカサが無事である保障はどこにもないんだ。
オーマはツカサがダークカイザーを倒して帰ってこれたのは奇跡だって言ってた。
オーマの力であのダークカイザーを見た今だからおいらもわかる。それは事実だったって。
これは聖剣であるソウラの力も借りて理解したことだから間違いない。
あんな怪物を倒してきたんだから、ツカサが全部の力を使い果たしていても全然不思議じゃない。
それでもツカサは、世界を護る。
その命を全て使い切ったとしても!
ツカサは、そういう人なんだから。
だから、邪壊王はおいらが倒さなきゃならない。
そのためには、聖剣の力が絶対に必要なのに!!
でも、そのソウラの力がもう取り戻せないなんて……!
(ははーん。リオちゃんが必死な理由、大体わかったわ。確かに力が戻らなきゃ、ツカサ君が戦うしかないものね)
「ねえねえ。炎が必要だというのなら、私の炎じゃダメなのかしら?」
悔しがるおいらに、マリンが指先に火をともして見せてきた。
『ただの魔法の炎ではダメよ。確かにドラゴンの炎も魔法を基にした力だけど、ドラゴンの持つ原初の力を秘めた純粋な光が必要なの』
『なら、他のドラゴンの炎ならどうだ?』
オーマもくちばしを挟む。
二人ともまだ諦めていないみたいだ。
そうだよ。まだ万策つきたわけじゃない。まだなにかあるかもしれない!
「そうだよ。ただのドラゴンなら会ったばかりだし!」
『ハイエンシェントドラゴン以外の炎でも確かに私の力を取り戻すのは可能ですが、その時間はかなり差があります。それが若ければ若いほど火力が弱く、チャージに時間がかかるわ』
「でも可能なんだね!」
「そう。ならハイエンシェントドラゴンでなくともドラゴンの炎を増幅させればいいわけね」
おいらの言葉に、マリンの言葉が続く。
『その通りですが、そのようなこと……』
「いいえ。できるわ! 私ならね!」
ソウラが否定するより早く、マリンが断言した。
彼女は自信満々に胸を張る。
理屈はおいらにはさっぱりだけど、とにかく凄い自信だった!
『……ならば、あと必要なのは協力してくれるドラゴンですね』
「なら、さっき言った前ツカサが助けたドラゴンだね」
マクマホン領で剣を刺されたドラゴンをツカサが助けている。
その時ツカサはドラゴンの言葉がわかるって判明したんだよな。
「え? 助けた? あれ倒して強引に眠らせたんじゃないの? 騎士団がどうにかしたってことになってるけど、実際はツカサ君が倒したって私知っているんだから」
『そりゃああながち間違っちゃいないが、相棒は力でおさえつけたワケじゃねえよ。しっかり説得したんだ。なあ』
「ああ。話せばわかるいい子だった」
「説得(物理)ってオチじゃなくて?」
『どういう説得だソレ』
ああ、スラムでたまに見たことあるその説得方法。殴って蹴ってイエスと言わせるアレだな。
「そういう説得じゃないよ。ちゃんと話し合いしてきたんだよな、ツカサ?」
「ああ」
ツカサはうなずいた。
『むしろ助けた恩があるから話が出来りゃ協力してもらえる可能性が一番高いと思うぜ』
『なら、ツカサの話も聞いてくれそうですね。そこに私もいればなお完璧でしょう!』
「……」
「……」
おいらとツカサがなぜかそれを肯定できなかった。
なぜだろう。完璧とか言われるとスッゲー不安になる。
『なんで無言になるんですか。もうっ!』
「なんつーか、ほら。今までずっとダメだったからよ」
『今までダメだったのは私の責任じゃない問題で失敗しているだけです。私だけのせいではありません!』
そういやそうだ。
このイレギュラーは、人の親切心が裏目に出てるだけなんだから。
『ともかく、炎が増幅できるならば私の力も取り戻せるかもしれません。やる価値は十分にあります!』
「ならばマクマホン領へむかう準備をしなければなりませんな」
アーリマンさんが口を開いた。
「卿に連絡し、明日には行っても問題ないよう手配しておきましょう」
「私の魔法で一瞬でいけますよ先生」
マリンがどうしてと首をひねった。
「そうではない。ドラゴンをまた目覚めさせるのだ。色々根回しせんとややこしいことになるじゃろうが」
「面倒くさいわねぇ。相変わらず」
「それが人の世というものじゃ。ただでさえ今、邪壊王が復活し人々は心の底では不安になっているというのに、そこにドラゴン出現とかたまったものではないだろう。それを和らげるためじゃ」
「はーい」
どこかしぶしぶといったようにマリンは返事を返した。
『ですが、時間が惜しいのは事実ですね』
確かに、ソウラの力を取り戻すのは早い方がいい。
許可を貰うのに一日使うとか、それは大きな時間のロスだ。
しかも地の底で眠ったドラゴンがすぐ起きてくれるかもわからないし。
「あのさ、ドラゴンの炎があればいいんだよな。小さくとも」
見守っていたツカサが口を開いた。
『そうですが、なにかドラゴンの炎に心当たりがあるのですか?』
「そのドラゴンに炎の力がこもったものを貰ったんだ。お守りとして。リオ、あの袋の中に鱗が入っているはずだから探してみて」
「う、うん」
ツカサに言われるまま、魔法でいくらでも入るようになっている袋の中を探した。
これは外見こそただの皮の小袋だけど、中は魔法の力でとんでもなく広くなっている。
自分で入れたの以外だと中身は金貨しか入っていないはずだから、自分の荷物以外の範囲はまったく確認していなかったんだけど、そんなのこっそり入っていたなんて。
自分で入れた荷物をどかし、その下にある金貨をどかして鱗を探す。あまりにざくざくあるからなかなか見つからなかったけど、確かにあの時見たドラゴンの色をした鱗が一枚入っていた。
「これ?」
「そう。それ」
おいらが持ち上げた鱗を見て、ツカサがうなずいた。
「うそ」
「なんとっ!」
ソレを見た二人の魔法使いはものすごく驚いた。
両手をわなわなと震わせ、なぜか鱗をもつおいらの周りをぐるぐると回って観察はじめる。
なんでおいらごと……?
「こ、これは凄い。こんな魔力がこもっているなら、たとえ火山に飛びこんだとしても無傷で生還が可能じゃ……」
「袋の魔力に隠れてまったく気づかなかったわ。これならどんな炎でも防げるし、多少の衝撃も相殺してくれるに違いないわ」
二人が口々につぶやく。
そんなお守り、この袋の中に忍ばせておいてくれたなんて……
「それ、ただのお守りみたいだけど、条件を満たすと火を噴くはずなんだ」
「えっ!?」
ちょっと今ツカサ聞き捨てならないこといわなかった!?
「俺しか満たせないから安心しろ。一種の奥の手で、リオには使わせない」
「あー、驚いた」
なんだ。持ってたら突然火を噴くわけじゃないなら安心だ。
でもいきなりそんなこと言われたら驚くよ。
といっても多くを語らないツカサの言葉を最後まで聞かずに勘違いしたおいらも悪いけど。
「これを使えば、マクマホン領に行って彼女を起こさなくても竜の炎のかわりにならないかな?」
マリンとアーリマンさんは変わらず驚きの目でその鱗を見ていた。
この二人が目を真ん丸くして驚いているってことはこれ、そんなに凄いものなのか。
「ええ。間違いなくドラゴンの炎が宿っているわ。これなら私のプレートとあわせればなんとかなる。いえ、絶対大丈夫。いけるわ!」
「やった!」
「よし」
おいらとツカサは拳を握った。
『これでやっとめどがつきましたね』
ソウラもほっと胸をなでおろしているようだ。
「先生。研究所の実験グラウンド使わせてもらってもいいですか?」
「もちろんじゃ。むしろワシも見に行くぞ!」
「ふふっ。世紀の瞬間をお見せしましょう先生! 聖剣にこんなこと出来るなんて楽しみだわ。ふふふふふ」
……アーリマンさんが見に行くの、絶対興味とかじゃなくマリンが無茶するかを監視するためだよな。
おいらもツカサもオーマもそれを瞬時に感じ取った。
「それじゃあさっそく準備するわ。楽しみね。ふふふ!」
知らぬは当人ばかりなり。である。
──マリン──
あの地下から戻ったあと、私は魔法研究所の敷地にある実験グラウンドで明日の準備をはじめた。
グラウンド。と名がついているけど、ここは整備もされていない単なる街外れの荒野だ。
いろいろあって人が住みにくい上田畑にも出来ない荒地をそう言って利用しているのである。
大規模な魔法をしたり巨大ゴレム同士を戦わせたりする場合、ここはよく使われる場所だ。
ダークシップが訪れるまでは、ここで対軍魔法なんかも研究されていたりと、なかなかいわくつきでもある。
別に死人がたくさん出たとかはないけどね。
その広大な大地に魔法陣をしき、中心にツカサ君が持っていたドラゴンの鱗を置き、それを囲むように魔法を増幅させる例のプレートを置いてその炎を発動させれば、その炎は上に燃え上がり周囲に被害は出さず、魔法陣の外に待機している聖剣に吸収させられるという段取りだ。
今私は周囲に炎があふれないよう制御するための魔法陣を描いている。その内側には炎を上に制御する魔法陣を描き、最後は鱗置き場などだ。
本来なら真ん中に増幅を補助する魔法陣が必要になるだろうが、天才の私には必要ない。
なによりドラゴンの炎も魔法の炎と組成はほぼ同じだから、プレートを置いておくだけで勝手に増幅してくれる。
問題はその出力から制御できなくなりどっかんと爆発してしまう可能性。
それを起こさないように、念入りに制御の魔法陣を作っていると言うわけだ。
その完成予定が今日の夜遅く。
だから、儀式の開始は明日の朝となり、ここに私以外の人はいない。
リオちゃんとツカサ君達は明日の朝またやってくることになっている。
先生は明日行われる儀式は派手になると見こんで、色々根回ししているようだ。
ちなみにリオちゃんが身に纏った黄金竜の鎧はきらりと輝いたあとペンダントに姿を変えた。
持ち運びが簡単なサイズのペンダントは、リオちゃんがピンチになるか着ようと念じるだけで鎧に変わり装備できるんですって。
そこに聖剣のバリアも加わるんだから防御に関してはほぼ完璧な状態になるでしょう。
素人の彼女が邪壊王と戦うことになるのだから、この鎧はホントに安心できる贈り物である。
さすがあのアーリマン先生が生涯をかけて造った魔鎧。この私でさえ思わず唸るほどの一品だわ。いつか私もあれくらいの魔剣を作ってみたいものね。
だから、今日のこのただ働きはそのための点数稼ぎ。
全てが終わったあと。あの岩に聖剣ソウラキャリバーが戻る前に色々調査させてもらえるようにこうしてポイントを稼いでるってわけよ。
あのソウラちゃんに気に入られれば、その仕様を見てなにかいいヒントが得られるかもしれないから!
できることなら分解したいんだけど、さすがにそれは許してくれないでしょうから。
というか、先生聖剣の勇者に鎧用意していたのなら最初から自分で会いに行けばよかったのに。
そりゃ、先生の立場であのリオちゃんに簡単に会いに行くと色々面倒なのかもしれないけど、それなら私に伝えればもっとスムーズにいったってのに。
どうせあの鎧わたすつもりだったんだから、私に伝えておいて欲しかったものよ!
ここに来る前それをどうしてと聞いたら……
「歳をとるとどうしてもまわりくどくなっていかんのう。ま、ワシの弟子ならそれくらい察しておいて欲しかったもんだがな」
からからと笑われたわ。
確かに先生ほどの人なら聖剣を知っていて不思議はなかったし、昔話をそのまま信じていた私も愚かだとは思うけど、黄金竜をつかって鎧を作っているとか察せるわけないじゃない!
なにが「勇者が代替わりをしたのだから、魔法使いも代替わりすべき」よ。そんなこと言われたって嬉しくないんだから。
もう、これだから先生はきらいなの。絶対いつか追い抜いてやるんだから!
外周の魔法陣を描き終わり、内部の魔法陣を描きはじめる。
描くといっても実際に歩くわけじゃなく光を伸ばして線を描くという魔法的な描き方だ。
魔法使いが見れば間違いなく驚いて腰を抜かす芸術的な魔法陣が描かれているんだけど、見物人がいないからそんな凄さ伝わらないわね。
だから見ているあなただけは私を褒め称えていいから。さあ、バンバン褒め称えなさい!
……しかし、こうして魔法陣を描いていると、聖剣の力を取り戻すのに使うドラゴン鱗も。その炎を増幅させるプレートも結局はツカサ君が用意したものなのよね。
結局、彼がいなければ私達は聖剣の力を取り戻すことはできないということに……
……いやいやいや!
私は頭をプルプルと振った。
ツカサ君はもっとも効率のよい方法を示してくれただけで、今回彼がいなければならないというわけではないわ。
それに儀式の要は私と聖剣。それにそれを持つリオちゃんだから、ツカサ君はなにもしなくてもいい。
今回はあくまでツカサ君は補助なの。
なんか誘導されているみたいで癪だけど、リオちゃんががんばっているのを温かい目で見守っていると考えればセーフよ、セーフ。
なにがセーフなのか私もよくわからないけど!
とにかく弱気になってはダメよマリン。
あなたはいずれ女神の座を奪い世界最高のグレートウィッチとなる女なんだから。
ここでびしっと聖剣に力を取り戻させて、リオちゃんと共に世界を救って存在感を示すの!
今回の邪壊王との戦いにツカサ君の出番はないんだから!
邪壊王は『闇人』と違い魔法が効くから、私もちゃんと活躍できるからね!
私は、魔法陣を描きながらそう誓った。
リオちゃんと動機は違うけど、ツカサ君を戦わせない。という気持ちだけは同じなのだ。
……でもこの時、私は予感があったんだと思う。
私は、必死に現実から目をそむけようとしていたの。
ダークシップへ乗りこむ前に受けた予言。
ツカサ君がこの世界から消えてしまうというあの予言。
あの予言の本当の時は、あの時ではなかったのではないかという疑問を。
次に来る戦いこそが、ツカサ君がいなくなるという予言だったのではないかという予感を……
……私はそれを、必死に考えないようにしていた。
────
朝日が昇り、儀式がはじまった。
大きな円を描いた魔法陣の内側に円と線をつないだ小さな魔法陣が描かれ、その中心にドラゴンの鱗が置かれ、その周囲に12の一円玉と呼ばれるプレートが置かれた。
もっとも大きな大円の魔法陣の外に小さな魔法陣がもう一つ。
そこにはこの魔法陣を描きあげたマリンと聖剣をたずさえ、黄金の鎧を装備したリオだった。
その後ろにオーマを腰にさしたツカサと見物のアーリマンが付き添っている。
アーリマンは完全に見物人だが、ツカサはドラゴンの鱗から炎を発動させるという大役がある。
「さ、準備が出来たわ。あとは炎を出してもらうだけ」
「ツカサ、お願い」
「わかった」
ツカサが彼等のいる円の真ん中に立った。
すう。と大きく息を吸いこみ……
「アラバは情けないー!」
……そう、叫んだ。
「?」
「?」
『?』
『?』
『?』
ツカサが叫んだ言葉に、全員が首をひねり疑問符をあげるしか出来なかった。
当然だろう。意味がわからなかったからだ。
いや、言葉の意味はわかった。だが、なぜその言葉を叫ぶか、その理由がわからなかった。
だが、彼女達の疑問をよそに、魔法陣の中央に置かれた竜の鱗は小さく震え、地の底から魔力を吸い上げるかのような音を響かせた。
とっさにマリンが魔法陣を起動させ、場の制御に精神を張り巡らせる。
(まさかあれが発動の言葉? 聞いたこともないフレーズだったわ)
彼女とアーリマンは、さっきツカサが発した言葉はドラゴンの鱗を発動させる呪文だと気づいた。
なまじ意味のある言葉に聞こえてしまったがゆえ、惑わされてしまったが、本当の意味は別にあったと気づき、魔法使い達は考えを改めた。
きっとドラゴンの言葉ではなにか特別な意味があったのだろうと考える。
だが、それこそが勘違い。
ツカサの叫んだ言葉は、そのままの意味なのだ。
アラバとはあの鱗をツカサに与えたドラゴンの名なのである。
彼女がツカサに鱗を与えた理由は、礼というだけでなく、もう一つあった。
それは、自分が助けて欲しいと泣いていたことを言いふらされないための監視。
万一ツカサが彼女がイタイイタイと泣いていたことをばらそうとすると、鱗から炎が上がりその持ち主を焼き尽くす仕様となっていたのだ。
それが、ツカサにしか条件を満たせないという理由。
しかし悲しいかな、持ち主がその鱗を持っていなければなんの意味もない監視道具なのだった。
それを利用し、ツカサはこの場にドラゴンの炎を呼び寄せたのである。
ゴゥと炎があがる。
その世の法則を無視して燃え上がる炎と周囲に置かれた十二枚のプレートが反応し、そのエネルギーを増幅された。
「きたきたきたー!」
マリンが声をあげ、にやりと笑った。
魔法陣に魔力を流し、立ち上がる炎の方向をコントロールする。
ゴオォォォ!!
激しい火柱があがった。
それは、かつて東の空に立ち上がったサムライが現れたと噂された光の柱にも似た光景だった。
『す、すごい。この火力はハイエンシェントドラゴンの炎を超えているかもしれません。これならいけます。リオ、私をかかげて!』
「うん!!」
リオが両手で聖剣を持ち、高くかかげる。
すると立ち上がった炎の柱の先端が刀身にむけ捻じ曲がり、いくつものスジとなって聖剣の刃に吸いこまれはじめた。
ゴウゴウと竜巻が音を立てるように炎が刀身に巻きつき、その光が聖剣に移ってゆく。
リオは迫る炎に少しだけ怯えたが、黄金竜の鎧と聖剣ソウラのバリアにより、その身を護ってくれたので熱さも怖さもなかった。
炎と光が刃に吸いこまれるたび剣の輝きが増す。
増す。
増す!!
カッ!
一瞬世界が光に飲まれたかと錯覚するような光が輝き、炎の熱波も音も消えた。
光に眩んだ目が元に戻り、改めて目を開くと、彼等の前には美しい輝きを増した聖剣を持つリオがいた。
今までも美しい輝きの刀身を持っていたが、その輝きは今までとは比べ物にもならない。
それはまるで黄金の輝きのようであり、宝石のきらめきのようでもあった。
『完璧です。これで私は完全復活を遂げました。いえ、昔よりパワーが圧倒的に増しています! これで黄金竜の鎧があれば、リオは歴代最強の勇者として歴史に残るでしょう! 勝てます。これならば邪壊王に負けません!』
自信にあふれた言葉がソウラからあふれた。
『確かに、ちーっとばっかし綺麗になったな』
「心なしか説得力が増した気がするな」
『なんかそこの二人微妙に棘がありませんか!? 素直に褒めてください!』
『悪い悪い』
「ごめん」
ツカサがしょんぼりとして、オーマは悪びれなく笑った。
『まあ、よろしいでしょう。マリン』
「なぁに?」
『ありがとうございます。あなたのおかげで炎の力をロスすることなくとりこむことが出来ました。これで世界を救うことができるでしょう!』
「いいのいいの」
(ぬっふっふ。これで信頼を得たわ。あとは終わったあとばっちり調査させてもらってのちの私の魔法に生かすだけ。ぐふっ。ぐふふ)
「……絶対なんか悪いこと考えてるぞあれ」
『考えてますね。私も考え直しましょう』
「……」
それを見て、呆れるしか出来ないアーリマンであった。
『さて。これで邪壊王と戦う準備が……』
ゴゴゴゴゴッ!
空から色が消え、灰色と化し、太陽の光が消えた。
それは、邪壊王の影が現れる合図である!
巨大な右手が唐突に振り下ろされる。
王都からはるか遠くにあるどこかにその腕が振り下ろされたのが見えた。
なにが起きたのか。
それはその振り下ろされた場にいたものにしかわからない。
ゆえに、王都で儀式を行っていたリオ達にはそれにどんな意味があったのかはわからない。
振り下ろされた巨大な腕が持ち上げられると、空には大きな人型のシルエットが生まれていた。
邪壊王の影。
三度目の姿が空に現れたのだ。
巨大な人方のシルエットが大きく手を広げた。
それは、世界を包みこもうとする巨大な闇の雲のように見えた。
『我は、ここに宣言する。我が宿敵キングソウラの血を引きし者がおさめるこの国を責め滅ぼすと! 明日の昼、天に上る太陽が姿を失ったその時全ての終わりははじまると思え。いかなる場所へ逃げても無駄だ。我は滅ぼし、ここに新たな世を生み出す。覚悟せよ。絶望せよ! 貴様等の命もそれまでだと!!』
空から降り注ぐ宣戦布告。
それを言い終わると、邪壊王の影はゆっくりと姿を消していった。
同時に、空に色が戻り、太陽の光が大地へ降り注いだ……
「……あちらも戦う準備が出来たってことか」
『そのようですね。ですが、安心してください。絶対に負けませんから!』
リオの手にあるソウラが力強く宣言した。
邪壊王の宣戦布告は瞬く間に国中へ広がり、国のいたるところから最後の戦いにむけ多くの者達が集おうとしていた。
突然の終末宣言であったが、復活の宣言より人々はこの時を備え、準備をしてきたため想像以上の者達が王都へつめかける。
誰もがこの国を。世界を護ろうと立ち上がったからだ。
それは騎士達も同じだった。
上の者達がごたごた権力争いを続けている中、彼等はいつでも戦えるよう準備していたのである。
身分も権力も無視し、ただ人々の安寧を願いながら動くサムライの姿を見て、しがらみの中からでもいつでも飛び出し、人々を守れるよう用意を整えていたのだ。
こうして、突然の布告であったにも関わらず、多くの戦士が王都へ駆けつけた。
それは、たった一人に世界を護らせるのでなく、皆の力で国を護ろうという想いがあったからだ。
即座に正規軍である騎士団と有志の集いである義勇軍にわけられ、指揮系統が作られてゆく。
今まで権力争いで様々な軋轢もあった貴族達であったが、命の危機を覚えた今、その行動は迅速であった。
第一王子であるゲオルグを最高指揮者として騎士団の指揮系統を統一し、義勇軍志願者の集まりには聖剣の勇者であるリオが大隊長として立つことが決まった。
聖剣の完全復活によるソウラの絶対勝利の宣言は人々を大きく守り立てる。
しかし。
決戦前夜となるその日の夜。とんでもない情報が飛びこんできた。
これが事実ならば、聖剣を持つリオといえども邪壊王には勝てないということになる。
それこそが、邪壊王があの時腕を振り下ろした最大の理由だった……!
その、理由とは……
おしまい