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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
41/88

第41話 もう一人のサムライ


──マックス──




「それで、その黄金竜はどこにいるわけ?」


 次の方針。

 聖剣ソウラキャリバーの力を取り戻すため、五百年前彼女と共に戦った神代より生きるハイエンシェントドラゴンと呼ばれる最上位竜の力を借りなければならなくなった。

 天に輝く太陽と同じ力を持つその炎を持って、不完全な聖剣の力を再びチャージするために。


 そうして拙者達は新たな希望を持ったが、ツカサ殿が口にした先ほどの一言。


 それが新たな問題を引き起こした。



 次の目的は当然その黄金竜に会うことだが、拙者達はその場所のことなどまったく知らない。知るわけがない。




 ゆえに、拙者達は改めてソウラ殿に質問することとなった。




『んー。それが問題なんですよね。今女神ルヴィアも不在だから、どこで休眠しているのかお告げももらえないし……』


 やれやれと、ソウラはリオの背中でため息をついた。

 聖剣のくせに肩まですくめているように見える。



「それじゃどこにいるのかわからないってのか!?」

 背中でそんなことをされたリオも驚きの声をあげた。



『ええ。私は黄金竜より一足先に岩のところへ戻ったから、正確な居場所はわかりません。でも、あれほどの竜が棲家へ戻り、眠りについたのならあなた達の記録に残っていないはずがないわ』


「むっ……」

 確かにそれほどのドラゴンならば再び目覚めた日のことを考えどこで眠りについたか記録されていておかしくはない。


「確かに、竜の巫女がいなくなったあとのことを考えれば記録に残していて不思議はありませんな」



「でも、おとぎ話ではあの黄金のドラゴンは戦いが終わったあといずこへと飛び去ったってなってなかったか?」


 リオが自身の記憶を思い出し、そう口にした。


 初代キングソウラの邪壊王討伐の物語もそうだが、五百年前の巨竜ジャガンゾートを倒した太陽の勇者も多くのおとぎ話として語られている。

 その物語の多くでは、太陽の勇者と共に戦った黄金竜は彼等を祝福し、天に帰るという幕切れであった。



「あれはあくまでおとぎ話にアレンジされたものだ。想像で書かれた部分も多いし、真実とも限らん。拙者も全ての物語は把握していないが、現実は他のドラゴンと同じくどこかの地で眠りについたはずだ」


 下手をすると、まだ起きている可能性もありえるが。



「なんだ。そうなのか」

 残念。とリオが不満そうに唇を尖らせた。



 歴史の闇。という点で、ソウラ殿に一つ問いたいこともあったが、それはリオの出生に関わることなのでやめておいた。


 我等王家に近しい有力貴族の間でまことしやかに囁かれた、真偽不明の伝承。

 五百年前聖剣を抜いた勇者は当時の姫であり、正体を隠しあのチャンピオンシップに出たという一種のおとぎ話。


 事実であるならリオ出生の秘密に大きく関わることとなり、また権力闘争が再燃してしまう大きなうねりとなってしまう。


 ゆえに、当時を知る彼女にその真実を確かめたかったが、確かめることは出来なかった。

 この伝承は、謎のままにしておくのが結局ベストだからだ。



『では、その記録はどこにゆけば手に入りますか?』

 ソウラ殿が拙者に聞く。


「王都にある王立図書館ならば黄金竜がどこで眠りについたかの詳しい情報を残しているはずにござる」

 おとぎ話のあいまいな情報ではなく、正確な記録を調べるならばそこ以上に適任の場所はないはずだ。


「なら、次の目的地はそこだな」

『そのようですね!』


「じゃあ、目的地も決まったところで、行くとしようか」


 ツカサ殿の音頭に、拙者達はうなずいた。



 かくして、拙者達は再び王都を目指し、グルメの都、グルノーブルをあとにしたのだった……!




──ツカサ──




 グルノーブルを出て王都へむかっていると、道すがらなにやら不穏な噂が聞こえてきた。


 王都からグルノーブルを目指す街道に、辻斬りまがいのことをしているやからが出没しているというのだ。


 どうやらその辻斬りもどきは旅人に「お前は強いのか」と問いかけ、「強い」と答えを返すと襲い掛かってくるのだという。

 その辻斬りは命まではとらず、気絶して街道に放り出して行くため、それはあくまで辻斬りもどき。というわけだ。


 行き交う人行き交う人がその噂をして回り、その話は王都へむかっている俺達の耳にも入ってきた。


 その辻斬りもどきがなにを目的にして強い人を探し、襲っているのかわからないが……



「これは間違いなく道行く拙者達も絡まれますな。ならば退治せねばなりません!」



 ……自称俺の弟子であるマックスはやる気満々だった。



『そうですね。一刻も早く私の力を取り戻すべきだとしても、困っている人は見過ごせません!』

 リオの背中にいるソウラもやる気満々だった。

 さすが勇者の剣。困っている人は見過ごせないってわけか。


 マックスと聖剣がそろうのだから、俺の出番なんてないだろう。

 それにいざとなったら俺も聖剣に頼るし!


「なら、出てきたら二人に任せるよ」

「お任せください!」

「おいらもがんばるよ!」



 そう決まり、俺達はその辻斬りもどきが現れるという宿場町に入る。



 グルノーブルを出たのもあまり早い時間ではなかったので、ここで一晩の宿をとるのは丁度よい時間だった。

 ただ、急げば次の宿場にも行けるため、腕に覚えのない者は足早にこの宿場を去ってゆき、逆にその辻斬りまがいのヤツを捕らえようとしている腕に覚えのあるヤツはここに腰を落ち着けているようだ。


 俺達一行はどちらかと言えばその後者である。

 退治するのは俺の仲間だけどね。



 前グルノーブルを目指していた時は素通りだったこの宿場の宿へむかう。



 街道筋にいくつかの宿が並んでいる。

 さっきも言ったように腕に覚えのある人達が多く集まってきているようだから、宿がとれるか少し心配ではあるが、宿そのものの数は結構多いので問題はないだろう。


 さて、どの宿にしようかと立ち止まり、物色をはじめようとしたその時だった。



 ばがぁん!



 と、俺達が立っていた大きな宿兼食堂の入り口を突き破り、剣を握った大男が飛び出してきた。

 彼は俺達の前をごろごろ勢いよく転がり、そのまま道の真ん中で大の字に倒れた。


 ぴくぴくと指を小さく痙攣させ、見事に気絶している。



 もしかして。

 と辻斬りもどきが出たのかとマックスが腰の刀、サムライソウルに手をかけ、リオもソウラに手を回した。

 ちなみに俺は、マックスの後ろに隠れるよう移動している。


 けして怖いわけではない。二人がやると言ったその心意気を尊重しているだけだ!



 宿の扉を注視すると、今度はその仲間と思しき二人の男が悲鳴を上げて食堂から飛び出してきた。

 そしてその二人は倒れた大男を抱え、「覚えていやがれ!」とわかりやすい捨て台詞をはいてそこから逃げていく。


 そのやりとりで、俺達はなんとなく状況がつかめた気がした。


 辻斬りもどきを退治しようと腕自慢が集まれば、その腕自慢同士が潰しあうという状況が発生したというわけだ。

 多分、この一件はその辻斬りもどきとは関係ないだろう。



 だが、食堂から姿を現した男達の相手を見て、俺達は驚くことになる。



「ふん。他愛もない。こんな腕で強いなどとよくほざけたものだ」

『若。無闇に喧嘩を売るのもいかがなものかと……』


 食堂から出てきたのは、目つきの悪い少年だった。



 黒髪黒目。年齢は俺と同じくらいだろうか?

 格好はマックスと同じくサムライの格好をしている。

 いわゆる羽織袴で、わかりやすいイメージを言うなら桃太郎だ。


 顔立ちもここいらじゃ見ない東洋生まれの顔しているので、マックスのような格好のアンバランスさはまったくなかった。


 ただし、目つきだけはひどく悪い。やさぐれているような目つきだ。

 桃太郎に本物がいれば、これは偽者って言うのが一番しっくりきそうだ。


 そんなサムライの格好をして刀を肩に担いだ少年が、食堂の中から出てきたのだ。



「じいもいちいちうるさい。俺を笑ったのだから当然の報いだ」

『若……』


 肩に担いだ刀のツバがカタカタと震え、声が響いた。最初に受け答えしていたのはやっぱりあの刀だったらしい。

 となると、どうやらあの若と呼ばれた少年は本物のサムライということになる。



 俺達は唐突に現れたサムライに、思わず顔を見合わせてしまった。



「ん?」

 彼が、俺達に気づき、さらに俺を見た。


「んん? んー?」


 彼は俺を睨みつけるかのように顔をじっと見ながら近づいてきた。

 俺のつま先から頭のてっぺんまでをじろじろと見て、そしてどこか嬉しそうにぽんと手を叩いた。



「お前、ツカサか?」



「は?」

 いきなり、見ず知らずのサムライに名前を呼ばれてしまった。


 当然ながら俺はこのサムライのことを知らない。知るわけがない。

 だって俺は、この世界に生まれた人間じゃないのだから。



「やっぱりだ! 十年前の面影がある! ツカサだ! やっぱりこの地に新たに現れたサムライってのはお前だったんだな!」


 ばんばんと勢いよく肩を叩かれた。


「あの日からずっと心配していたんだぜ。無事でよかった!」

「あ、あー」


 どうやらこの若と呼ばれたサムライは俺のことを知っているようだ。

 正確に言えば、この世界の『俺』のことを。



 そっか。この世界の『俺』、ちゃんと人間だったのか。俺以外の俺はカナブンとかトンボとかばかりだったから、ここのも違うと思いこんでたぜ。



 かつて女神様に聞いたことを思い出す。

 この世界の『俺』は、異世界からの侵略者。ダークカイザーとなった俺の駆るダークシップの襲来により、サムライの国が滅ぼされたのと一緒に消えてしまったのだと……


 だから、彼の知るこの世界の『俺』は、もういない。



 確かに、行方不明になっていた友達が生きていたと知れば嬉しいことだろう。

 とても残念な話だが、彼の知る『ツカサ』と、その目の前にいる俺は、完全に別人なのだ……



 それを察したのか、マックスもリオもどこか嬉しそうに顔をほころばせていた。

 真実を知らぬ彼等から見れば、これは感動の再会に他ならないから。



 だが……



「見つけた。ついに見つけたぞ!」


 笑いながら、ぎりりと歯軋りが聞こえるほどの奥歯をかみ締める音が聞こえた。

 俺を知るというサムライは、ぎらりと俺を睨む。


 その瞳の奥には、なにかほの暗い炎がともっているように見えた。



「よくも、よくもやってくれたな。お前のせいで、お前のせいだ。抜けっ!」



「は?」

「は?」

「は?」

『は?』

『は?』


 若サムライが肩に担いだ刀を腰に移動し、構えた。

 居合いの構えである。



 いきなりの展開に、みんな目が点になる。


 ちょっ、ちょっと待って欲しい。

 十年前のダークシップ襲来までの間にツカサ君が君になにか大きな恨みを買うようなことをしていたとしても、それは誤解だ。


 そもそも俺は彼の知る『俺』ではないのだ。お前のせいといわれても、それは思い違いに違いない。


 とはいえそれで違うと言っても通用するかはわからないが、それでも俺は違うと言うしかできない。



「ちょっと待ってくれ。俺が十年前になにかをして恨みを買ったというなら……」



「十年前? いいや違う! これは確かに十年昔からの恨みだが、今のお前が犯した大罪だ!」


「ええっ!?」

 さすがの俺も驚きの声をあげるしか出来なかった。


 この世界の『俺』は十年前すでにこの世界からいなくなったことを女神様に確認されている。

 となるとその罪とやらは俺がやらかしたことで間違いなくなるが、俺が彼になにかしたなんて記憶は欠片もない。


 一体俺がなにをしたと言うんだ!



「い、一体なにがあったというのですツカサ殿……?」

「ツカサ、なにかしたのか……?」


 マックスとリオの二人も、どこか不安そうに俺を見る。



 そういわれても、心当たりはさっぱり……




「よくもダークカイザーを倒してくれたな! あれは俺が倒し、つもり積もったこの恨みと憎しみを晴らすはずだったのに!」




 ……あるわけなかったー!!



「……は?」

「は?」

『は?』

『は?』


 また、若サムライを見る全員の目が点になった。



「だから、お前はこの俺の憎しみを受ける義務がある! 俺に倒されるべきなんだ!!」



『な、なに言ってやがんだ。ただの逆恨みじゃねぇかよ! 相棒のどこに非があるってんだ!』

「その通りにござる! そのような理由でツカサ殿に害をなすというのなら、拙者が相手になるぞ!」

『御意ッ!』


 マックスが俺と若サムライの間に立ち、サムライソウルに手をかけた。


「おいらもだ!」

『当然私もです!』

 リオが背中のソウラに手をかけ、同じく俺の前に立った。



 あまりの理不尽。

 この少年が辻斬りではないだろうが、二人とも辻斬りが出たときの取り決めと同じ行動に出ている。



「うるさい! ならお前達も一緒に屠るまでだ! 十年積もり積もった積年の恨み。ここで晴らすんだ!」


 ちゃきっ。

 若の刀から鯉口が切られたのがわかった。


 こいつ、本気だ……!



『わ、若、本気ですか! 本気でそのようなお考えを持たれてこちらに来たというんですか!? カイザーを倒したツカサ様を探すというのは、幼馴染を祝福するのでなく、復讐の身代わりとするためだったのですか!?』


 刀の人も驚きの声をあげている。

 若と呼んでいることから、お目付け役でもあるんだろう。この刀は。


「うるさい!」


 刀さんが必死にたしなめようとしているが、肝心の若がまったく聞く耳をもってくれていない。



 俺の前に立つサムライと勇者と若サムライの間に大きな緊張が広がって行く……


 おいおい。こんなところでサムライと戦うことになるとか、洒落になってないぞ。




『ちょっと待ったあぁぁぁぁ!!!!』




 大声が場に響いた。

 きーんと耳が痛くなるほどの大声が、俺の腰から発せられたのだ。



『ったく。ダークカイザーを倒されたからかわりに相棒を倒すだぁ? おれっちに腹があったら抱えて笑っているところだぜ。そんなにダークカイザーと戦いてぇってんなら、おれっちが戦わせてやる!』



「は?」

『は?』


 今度はあちらさんが目を点にする番だった。


「ど、どういうことにござる?」

「どういうことだよオーマ!」


 もちろんこちら側も意味不明と言わんばかりに声をあげている。

 俺だって意味不明だ。



『ふっふっふ。今まで相棒が完璧すぎてまったく使うこともなかったおれっちの力が火を吹くってことさ。おれっちの真の力、耳かっぽじってよく聞けよ!』



 皆の視線を受け、オーマはにやりと笑う。



『皆知っているだろうが、おれっちは周囲の物事を正確に把握することができる。だが、おれっちの真価はそれだけじゃぁないってもんだぜ!』


 右も左もわからないこの異世界でナビをやってくれるオーマのこの力には毎度お世話になってます。

 でも、それだけじゃないってなんぞ?



「つまりどういうことなんだ! 早く説明しろ!」


 オーマのもったいつけた言い方に、若サムライがイライラしながら噛みついてきた。

 今にも刀を引き抜いて襲い掛かってくるような勢いである。


 ちょっと落ち着こうよ。これだけでイライラするなんて余裕がなさ過ぎると私は思いますよ。ね!



『待て待て。慌てんなよ。おれっちの力の特性は、そうして周囲の情報を把握すること。つまり、今まで戦ったヤツのデータ全てが詰まっているのさ。そしてここからが真骨頂! そのおれっちに触れてもらえりゃ、このデータをもとに頭の中で戦えるって寸法さ。いわばイメージトレーニングのすげぇバージョンだな!』



「おおー!」

 マックスがそれは凄いと声をあげた。


 いわゆるシミュレーションができるというワケか。

 想像の中だから、実際に怪我はしないし、死ぬこともない。なんか凄いぞオーマ!



「つまり?」

 リオが首をひねる。


『おう。つまり、こいつを使えばいつでも強敵との戦いを繰り返すことが出来るってワケだ。もちろん、ダークカイザーとも。命を懸けずにな!』


「それって、すごいんじゃ?」

 リオの言葉に、オーマがえっへんと胸を張ったように感じられた。


 確かに凄い。

 俺にはまったく役に立たない力だけど!



「なんだ、本物ではないということか! それなら戦う意味などないじゃないか!」



『実際の仇じゃねぇ相棒と戦うのもおんなじだろうよ。それに、幻にも勝てねぇってんならそもそも相棒と戦う資格もねえってことだ。相棒を倒して恨みを晴らしてえのなら、幻の敵討ちをはたしてからにしな!』


 オーマがビシッと若サムライに指をつきさしたようなイメージが見えた。



「確かにその通り! オーマ殿の再現したダークカイザーを倒せずしてツカサ殿を相手にする資格はない! 戦いたいと申すのならば、それを本当に倒して見せるのだな! 拙者がそれを見届けてやる!」


「……つーかマックス、お前もオーマの再現するダークカイザー見たいだけだろ」


「そ、そんなことはないぞ!」


 リオのツッコミに、マックスがドキンと図星をつかれたようだ。

 まあ、俺にもわかるレベルのわかりやすさだったけど。



『おめーも刀の特性の正確さは理解してんだろ? それに、ダークカイザーを経験できるなんて相棒以外にゃおれっちのこれだけだ。おめーの気持ちがわかるから、特別だぜ』



「……いいだろう! 十年修業したこの力がダークカイザーに通用するか、望むところだ!」



 オーマの挑発も決まり、若サムライはひとまず刀を納めてくれた。



『こいつはやってる間眠ったのと同じ状態になって完全に無防備になっちまうから、宿の部屋借りるが、かまわねえか?』


「いいだろう!」

『ワシ等の部屋を使えばよかろう』


「ついてこい!」


 若サムライと刀がそう言い、ずんずんと宿に引き返していった。



「あ、名前……」

 マックスが声をあげるが、彼はすでに宿に入っていく。

 でも、すぐ戻ってきて顔を出し。



「……トウヤだ」



 そう言い、また宿へ入っていってしまった。



 俺達は顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。

 ひとまず、今日の宿はここに決まりのようだ。



 俺達は彼のあとを追い、宿へ入っていった。



「オーマ殿にはこのような力もあったのですな」

『ああ。把握の特性の応用さ。把握した情報を相手に見せる。それだけの能力さ。元々は訓練に使うためのモンだが、ここじゃ(相棒が強すぎて必要なくて)使う機会まったくなかったってシロモノよ』


「まったくにござるな!」



 オーマとマックスが笑う。


 確かに、素人でしかない俺がそんな訓練を使う機会はまったくないから当然だろう。



 ひとまず宿に部屋をとり、次いでさっきの若サムライ改めトウヤの部屋に集まった。

 改めてこちらもあちらも自己紹介をする。

 ちなみに、刀は「じい」と呼べばいいらしい。正式名称じゃないだろうけど、ひとまずはそれでとのことだ。



 トウヤの部屋は、一人部屋でけっこう狭かった。

 窓の下にベッドが置いてあり、部屋の真ん中にテーブルが一つあるだけの質素な部屋だけど、俺とマックス、リオと当人の四人が入ると結構手狭に感じるくらいだ。

 まあ、喧嘩でもしない限り問題ない広さではあるけど。



『おう。それじゃあダークカイザーの強さを知りてえヤツはおれっちに触れるといいぜ。あ、鞘に入れたままで問題ないはずだから、そのままテーブルの上におれっちを置いてくれ』


 刀を抜こうとした手をとめ、俺は言われるままに部屋の真ん中にあったテーブルにオーマを置いた。


『さあ、あの絶望を知りてえヤツはおれっちに触れるがいいさ!』



「もちろん拙者が!」

「俺も!」


 速攻でマックスとトウヤが手を上げた。むしろマックスのが早かったのがいろんな意味でアレだと思う。



『あ、一応誰か一人見張りに残ってくれ。幻の中でやられた時、意識を失うことがあるからな。その時おれっちから引き離せば目覚めるから、そのためにもよ』



「なら俺が!」

 速攻で立候補した。その速さ、先のマックスにも負けなかったほどだ。

 シミュレーションで気絶するなんて聞いてないぞ! それってマジで特訓でヤバイヤツじゃないですか!


 痛い思いや下手なトラウマは欲しくないので、俺は進んで辞退することにした。



「ならおいらも参加していいかな? 正直ツカサが戦ったダークカイザーってのも興味あるし!」


 どうやらリオも好奇心からそれに参加するようだ。

 怖いもの知らずだねおじょうちゃん。


『なら、私もいけるかしら?』

 ソウラも立候補した。


『剣相手にゃどうなるかわからねえが、試してみるか。リオ、そいつを手にしたままおれっちに触れれてみろ。多分それで大丈夫だ』


「わかった」

「ならば拙者のサムライソウルもこのままで大丈夫だな」

『御意!』


「ならじいもこのままゆくぞ」

『はい。このじい、若にどこまでもお供いたしますぞ!』



 俺を除いた全員がテーブルに置かれたオーマに触れた。

 あ、逆にコレ、俺が寂しくなる展開だ。



『じゃあ、いくぜてめーら! 覚悟と気合を入れろよ!』



 また、オーマの体が光り輝いた。


 直後、マックス達全員がまるで眠りに落ちたかのようにかくんと頭を落とした。

 テーブルに突っ伏し、まるで居眠りしているかのようだ。



 ちょっと触ってみたが、あのマックスがまったく反応しない。

 完全に熟睡しているレベルだ。



 ああ、確かにこれは無防備極まりない。



 俺は納得してみんなが起きるのを待つことにした……




──マックス──




 オーマ殿が光り、意識が遠くなったかと思えば、拙者は先ほどまでいたトウヤの部屋とは別のところに立っていた。


 だが、どこかふわふわした感じがあり、違和感がぬぐえない。

 例えるなら、そう。夢の中にいるような感覚。真っ白い円に包まれた場所に立つ拙者はそんなことを思った。



 これが、オーマ殿の力。オーマ殿が把握したモノを使い、拙者に見せてくれる幻……



 ふと、世界が円の外に広がった。

 同時に、隣に拙者の立つ白い円が現れ、トウヤとリオが立っているのがわかる。


 さらに世界が広がる。



 円以外の世界。



 そこは、この世のモノとは思えなかった。


 真っ黒い。漆黒と言うより闇に塗り固められたかのような壁に覆われた一本の通路。

 それが拙者達の眼前に広がった。


 その壁には時折生物的に赤く輝くラインが走り、血管が脈動するようにうごめいている。


 なんという禍々しい場所。

 拙者は即座に、ここがダークシップの中であることを悟った。



『おう、三人ともちゃんと意識保ってるか?』



 どこからともなく、オーマ殿の声が響いた。

 聞こえた。というより、頭の中に流れた。というのが正しいだろう。


「おいらは大丈夫」

『私もよ』

 リオと背中のソウラ殿も返事を返した。

 サムライソウルの存在も感じる。


 どうやら意思があるならば聖剣でも刀でも大丈夫のようだ。



『察しの通り、目の前に広がっているのはダークシップを再現したモンだ。せっかくだから、あの日女神に連れて行かれて放り出された場所を用意させてもらったぜ。相棒はそこからまっすぐ進んでダークカイザーのもとにむかい、ちょっとばっかし苦戦しながらダークカイザーを一撃でうちたおした』


「一撃っ!?」

 トウヤが驚きの声をあげた。


 拙者とリオはそのいきさつはオーマ殿から聞いているから知っている。

 壁からは赤い瞳を持った蛇のような目玉だけの存在が生え、赤い光線を放ってくることも。



『相棒と戦いてぇってんならここを切り抜けて、ダークカイザーを見事打ち倒すんだな。おれっちは寛容だから、三人でクリアしても認めてやるよ。ぶっちゃけ無理だろうがな』


「なんだと!」

 オーマ殿の挑発にトウヤが熱くなる。


 だが、オーマ殿の言い分はもっとものように感じる。せっかくだから拙者はかのサムライも利用し、本気で挑戦させていただこう。

 そうすれば、少しでもツカサ殿に近づけるかもしれない!


『今いるその白い円から一人でも外に出れば戦闘開始だ。その中にいる限り意識にダメージを負うことはねえから、見物したけりゃそこから出ないこったな。特にリオは今回ばかりはここにいることをオススメすすぜ。お前にゃまだはええ』


「むっ」

 オーマ殿の言葉にリオがかっちーんと来たようだ。


『いえ。ここは従った方がいいでしょう。このレベルにいきなり挑戦するのは無謀すぎます。見ることも立派な経験になりますから』


「……わかったよ」


 拙者がとめるまでもなく、ソウラ殿がリオをいさめてくれた。

 聖剣からの忠告に、リオも大人しく引き下がったようだ。



「ふん。観客も共に戦うのもどうでもいい。じい、行くぞ!」

『はい。全力でお供いたします!』


 トウヤは気合と共に円の中から飛び出した。


 拙者も、少し遅れてそこに飛びこむ。



 ツカサ殿がかつて戦ったダークシップの戦いを、拙者は経験することとなる!


 そう思うと不思議な高揚感が拙者の体を包んだ。

 一体どれだけあの方に近づけたのか。それを考えるだけでテンションも上がるというものだ。


 気合と共に、腰のサムライソウルを引き抜き、その漆黒の廊下を走り出した!



 カッ!


 それは、一瞬の出来事だった。



 闇色の壁から、真っ赤な瞳を思わせる目玉のついた蛇のようなモノが姿をあらわした。

 コレのことを、拙者はオーマ殿から聞いたことがある。


 その赤い瞳から、ダークシップの先端についていたあの赤い光線と同じものを吐き出すモノだと。



 ゾッ……!



 それが現れた瞬間、拙者はやばい。と思った。

 なにせ現れたその数が、とんでもなかったからだ。


 まさに無数。壁から生えたその数は、とてもじゃないが数えていられるような数はなかった。

 それらは首をもたげ、拙者やトウヤに視線をあわせる。



 この狭い廊下の中で、これだけの数が一斉にあの光線を放ったとしたら……



 まずい。と思ったが、すでに遅かった。

 いや、間に合わなかった。



 無数の赤い光が拙者とトウヤに降り注ぐ。


 赤い光線の雨。


 そう表現するしかない光線が拙者達を襲った。



 トウヤの眼前に障壁のような光が展開された。

 どうやらアレが、トウヤの刀。じいの特性なのだろう。


 強固な光の壁によってトウヤを守る。そういう力なのだ。



 だが、その光の壁は何発かの光を防ぐことに成功したが、一瞬にして砕かれた。

 降り注いだのは数百本。それでは到底防ぎきれない……!



 拙者もその結果は同じだった。

 五発まではサムライソウルによってはじくことに成功したが、背中から放たれたその光は防ぐことは出来なかった。

 壁のいたるところから現れる単眼の蛇の攻撃。それを防ぐことなどかなわなかったのだ……!



 圧倒的なパワーと物量。

 この狭い廊下の中、集中砲火を浴びせられれば誰でもひとたまりもない。



 体中を光に刺し貫かれ、拙者は床に倒れていった……



 な、なんということだ。

 今の拙者では、ダークカイザーのもとさえたどりつくこともできぬというのか……!




 意識が、闇に落ちる。




「はっ!」


 気づくと、スタート地点の白い円の中だった。

 隣には拙者と同じく気づいたトウヤが驚いたようにあたりを見回している。


 目の前に広がっていたダークシップの船内はすでにない。

 再びあのスタート前の白い円が三つ並んだ状態に戻っていた。



「あれが、ダークシップ……」

 一人見学に回っていたリオが驚きの声をあげている。

 どうやら無様にやられる様をしっかりと見られていたようだ。


 だが、いつもの軽口は飛んでこない。


 それだけ、その光景が圧倒的なものだったからだろう……



『……』

 ソウラ殿は言葉もなく唖然としているようだった。

 どうやらソウラ殿にしても、あれは予想外の強さであったのだろう。



 拙者とて、まさかダークカイザーにたどりつけぬどころか、あの一角も抜けられないとは思わなかった。


 今もあの手の中に感じた感触ははっきりと手に残っている。それは、それほどリアルな再現がなされているという意味だ。

 あの手ごたえはかつて皆と協力してはじき返したダークシップの主砲よりは弱い。だが、それでも放たれる一撃一撃はとてつもなく重く、拙者でさえ五発防ぐのがやっと。しかも背中をふくめたいたるところから攻められてはかわすこともままならない。


 だというのに、ツカサ殿はオーマ殿さえ抜かず、あれを気合のみで全て防ぎ、無傷でダークカイザーと邂逅した……!


 拙者は自分の手を見る。

 とてもじゃないが、今の拙者で出来ることではない……!!



 たった一度だったが、拙者とツカサ殿の差を大きく感じさせる結果となった!



「も、もう一度だ!」


 唖然としていたトウヤが声をあげた。

 そこでもう一度と声をあげる気概は、評価したいと思う。


 だが……



『若。あれは嘘偽りのないダークシップの力にございます。今の若では何度やってもあそこを突破することはかないません。ワシとて不甲斐なく思いますが、人類であそこを突破できるのは……』


「うるさい!」


 じい殿の説得にも彼は耳を貸さなかった。

 このやり取りからして、あのじい殿は拙者の刀、サムライソウルとは違う方法で生まれた刀のようだ。


 サムライの魂。刀。その生成法は二種類存在する。


 一つは拙者の刀のように、サムライ自身の魂を用いて刃を精製する方法。


 そして、刀鍛冶と呼ばれる職人に鋼を鍛えさせ、そこに魂をこめて刃を生み出す方法の二つだ。



 自身の魂を用いる場合、その刀はまさに半身。もう一人の自分だ。

 そうなると、ああいう場合否定することは滅多にない。


 同一人物なのだから、もう一度挑戦したいと考えれば、刀も同じ考えにいたる。


 だが、あのじい殿は明らかにトウヤと本質が違う。



 ならばそれは、刀鍛冶に鍛えられ、そのサムライの家に代々受け継がれてきた刀なのだと理解できた。



「じいうるさい! さっきのは不意打ちだったから捌けなかっただけだ。次は必ず!」



『おいおい。相棒はその次がない状態で全てを捌いて無傷でダークカイザーのところまでいったんだぜ。まあ、納得がいくまでやらせてやるけど、次からはダークカイザーの目前からにするぜ』


「なに? なぜだ!」

 途中を省略していきなりボスのもとへなど、はっきり言えば加減されていると思われても仕方のないことだろう。

 トウヤもそう感じたのか、抗議の声をあげた。



 やれやれと、オーマ殿が呆れた雰囲気が感じられた。



『その方がより差がはっきりするからだよ』



 オーマ殿は、そうはっきりと言い切った。

 それはつまり、あそこを抜けた先には更なる地獄が待ち受けていることを意味している。


 あそこを無傷で突破できぬというのに、ダークカイザーに勝てるわけもない。そうオーマ殿は言っておられるのだ。



「ぐぬぬ……!」

 言い返すことも出来ず、トウヤは納得いかないまま、ダークカイザーの目前へ投げ出されることとなった。


『マックスとリオはどうするよ?』


「拙者は見学させてもらうことにする」

「おいらもそうさせてもらうぜ」


 拙者も一度はダークカイザーと手合わせしたいと考えたが、今の段階では無意味だと悟れたゆえの判断だった。

 それは、ソウラ殿を背負ったリオも同じだろう。



 はっきり言えば、勝てぬからだ。



 ただのデータでしかないというのに、はっきり勝てないとわかる。

 それでも挑戦するのは勇気ではなく、ただの蛮勇。ただの愚か者だ……



 それでも、トウヤは挑戦する。


 彼はもう、止まれないのだろう……



 ダークカイザーとトウヤの戦いがはじまった。

 白い円を飛び出し、ダークカイザーのいる玉座の間の扉が開いたところへ飛びこむ。



 はっきりと言えば、戦いにもならなかった。


 結果は瞬殺。



 ダークカイザーのシルエットが見えたかと思った瞬間、その右手が少し動いたかと思えば、トウヤの胸を真っ赤な光線が刺し貫いていたのだから……



 一瞬の出来事だった。


 指を動かし、赤き光が放たれる。



 それによりじい殿が最初から張っていた障壁は一撃も持たず砕かれ、トウヤの心臓が撃ち抜かれた。



 トウヤもじい殿も、反応さえ出来ていない。


 これは、戦いではない。

 部屋に入ってきた羽虫をハエ叩きで叩いたのと同意……


 そんなレベルの攻防でしかなかった。



『あれが、世界の破壊者……』

 ソウラ殿が、重々しく口を開いた。


 世界を二度救ったソウラ殿でさえ戦慄している。

 それこそが、ダークカイザーの恐ろしさの証明であろう……



 白い円の中にトウヤが戻り、肩を大きく落とした。



『さて、まだやるか? あれが正真正銘、嘘偽りのないダークカイザーだ。アレに勝てると思ったんなら、改めて相棒に文句をつけな!』


 オーマ殿の声が頭に響いた。



 さすがに改めてつっかかるほど彼も愚か者ではないようだ。

 肩を震わせながらも、反論はまったくしない。


 悔しいのだろう。

 だが、その差が圧倒的過ぎるのを理解しているのだ。



 トウヤは肩を落としたまま、力なく頭を横に振った。

 彼も理解してしまったのだ。




 自分では、勝てないことを。




 たとえ命を燃やしたとしても、今の彼では勝ち目などないことを……



 だが、それも仕方のないことだ。

 そもそもダークカイザーは先代のサムライ達でさえ十余名もの命をとしてさえ封じるのがやっとだった相手なのだ。


 それをたった一人でどうにかしようなど、例外中の例外であり規格外にして最強のサムライであるツカサ殿だから成し遂げた偉業。


 その例外でない自分達が、同じことをやろうとするのがそもそもの間違いだったのである……



『じゃあ、いったん終わりにするぜ。ちょっと気分が悪くなるかもしれねぇが、気をしっかり持てよ!』



 世界が光で包まれ、拙者達の意識は再び外へと戻るのだった……!




──トウヤ──




 十年前のことは、幼かったとはいえよく覚えている。


 燃え落ちる家々。

 大地は裂け、沈む島々。


 あの日、俺の育った国はその大地ごと海に沈んだ。



 空に突然現れた黒い船の砲撃により、跡形もなく消え去ってしまった。



 俺は空に浮かんだあの船を憎んだ。

 全てを滅ぼした『闇人』を恨んだ。


 そしてその王。ダークカイザーを殺すと誓った!



 生き残った戦えるものは即座にあの船のあとを追った。



 その残された俺は、復讐を誓った。

 十四の精鋭達がどうにかしてくれると思ったが、それでも倒せるとは誰も思っていなかった。



 しばらくして、闇の船を沈めたが、その力を一時的に封じただけで倒すことはかなわなかったと報告が来た。

 帰ってきたサムライは、ゼロ。


 しかしかの闇の皇帝はまだ生きていた。



 十四名のサムライをもってしても、それを封じるので精一杯だったのだ。



 だから俺は、あの闇の皇帝を倒すため、全ての(わざ)を学んだ。



 残された元サムライ達の指導を受け、その憎しみを刃と変えた。

 十年の時が流れ、更なる憎しみの炎に身を焦がしながら、俺は歴代最強と呼ばれるほどのサムライになっていた。


 だがそれでも、老人達の見立てではあと十年の修業が必要だと言われた。



 俺はその言葉を聞いた時、怒りの余り館の柱を一本折ってしまったほどだ。


 だが、それも仕方がないと納得した。

 なぜなら十名を超えるサムライが命を燃やしても、ヤツを大地に縛り付けるのでやっとだったのだから。


 その皇帝討伐をたった一人で成すには、もっともっと。歴代最強を超えた最強にならねば、それこそ最強の位である天霊の位に到達するほどでなければならない!



 だから俺は、ダークカイザーを屠るため、更なる修業を行うことにした。



 だというのに……




 その日、遥か西の地において恐ろしい波動が感じられた。

 空を真っ赤な光線が横切り、東の果ての地にいた我々もあの闇の船が甦ったのだと理解した。


 十人が命をかけた封印が、たった十年で解かれるとは老人達も思っていなかったようだ。



 俺一人ではどうしようもない。



 彼等が諦めかけたその時。




 世界は、救われていた……




 救ったのは俺ではない。

 遥か西の地から聞こえてきたその声は、最強のサムライ。ツカサという名のサムライに世が救われたという喜びの声だった。



 ツカサ……!



 その名を、俺は知っていた。

 俺の幼馴染であり、あの日沈む大地から俺を救い出し、光の中へと消えていったハラカラ……



 とても優しく、生き残るならば俺でなくアイツだと何度思ったかわからない親友が、生きていた。

 そして、たった一人で世界を救った……


 老人達は喜びの声をあげた。


 誰もが喜んだ。



 だってのに、俺は、俺一人だけは喜べなかった。



 だってそうだろう。

 俺はなんのためにこの十年、ヤツを倒すための努力をしてきたんだ?


 なんのため憎しみを蓄えてきたんだ!



 なんでよりにもよってあいつなんだ……!!



 俺は怒りに任せ、あの地を飛び出した。

 誰にこの憎しみをぶつけていいのかわからず、ただただ十年前生き別れたサムライを探しはじめた。



 そして、見つけた……!



 十年の時が経っても、アイツの顔は変わらなかった。

 大人びていたが、面影があった。


 世を救ったサムライ。

 俺がいるはずだったそこに、ツカサはいた!



 だから、俺はあいつを倒さなきゃいけない。

 この憎しみの炎と、俺がいるはずだったその場所に俺が立つために!



 だったのに。


 だったのに……!!




 ……勝てない!




 あんなの勝てるわけがない!



 ツカサの刀によって再現されたダークカイザー。


 その、圧倒的な強さ……


 例え命をかけ、サムライ最終奥義を放ったとしても、あれにたどりつけるとは思えない!

 先人達が命をとして封印した理由がよくわかった。


 十人いて封印するのがやっとのレベルだ。桁が違いすぎた!



 あの刀が偽りの情報を見せたなんて思っていない。

 あの感覚は正確だ。


 間違いなく正しい。その上で、俺はアレに勝てないと悟った!



 自惚れていた。

 あんな圧倒的な存在、あと十年修業したとしても勝てたかもわからない。


 それほど次元が違った!



 なのに……



 俺の中に、ある疑問がわきあがる。




 なのに、なぜだ!


 なぜ、ツカサはアレに勝てた!




 修練した時間はツカサも俺も同じはずだ。


 なのにヤツは命を残したままダークカイザーを倒し、俺は倒せない。



 この差は、一体なんだ!



 俺とアイツにどんな差があった。

 才能? 努力? 一体なにが違ったんだ!



 確かめねば。

 そうでなければ、俺のこの恨みは消えない。この憎しみは消せない!



 再び現実に戻りながら、俺はその答えを得なければならないと心に決めた!



 ふと気づくと、白い円の中から元の宿屋の部屋に戻っていた。

 今までテーブルに突っ伏していたようだ。居眠りしていた状況にも近い。


 だが、目覚めはすっきりというより、どこか悪夢を見たかのようなけだるさが残っていた。

 そのけだるさが、逆にさっきまで見ていた幻は事実であったという確信を俺に与えてくれた。



「あ、終わった?」


 俺達が目を覚ましたことに気づいたツカサが手にした本から顔を上げた。

 どうやら暇つぶしで本を読んでいたらしい。


 結構な時間夢の中にいた気もしたが、ほとんど時間は経っていなかった。



 俺はゆらりと立ち上がった。



『おい、相棒になにかする気ならもう黙ってるのはおれっちだけじゃぁねえぞ!』


 ツカサの刀が威勢のいいことを言った。

 テーブルを囲むマックスとかいうやつとリオとかいうのも武器に手をかける。



「安心しろ。ツカサと争う気は今のところない。ただ、聞きたいことがあるだけだ」


 俺は腰のじいを鞘に入れたまま引き抜き、テーブルの上に置いた。

 これで、俺に敵意がないことはわかってもらえただろう。


 息を飲む二人など目もくれず、俺はツカサに視線を送る。



「ツカサ、お前は俺と別れていた十年の間になにをしたんだ。どんな修練を積めば、あのダークカイザーを屠るにいたれるんだ!」


「っ!」

 どうやらあのマックスとかいう西洋のサムライは気づいたようだ。

 そう。俺とツカサの修業時間はほぼ一緒。


 なのに俺は勝てず、あいつに勝てた理由はなんだ!


 それはある意味、あの西洋サムライにも言える。

 ヤツとてサムライの修業をはじめたのはあれからだろうからだ!


 ツカサの強さの秘密に興味がないわけがない!!



「……すまない」


「は?」


 なぜかいきなり、謝られた。

 一体なんのことだかわからず、俺は困惑する。



「最初に謝っておくべきだった。でも、機会を逸してしまった。実は俺は、お前のことを知らないんだ。十年前お前と過ごした思い出は、俺の中にない。俺は、トウヤ、お前の知る俺ではないんだ。それを最初に伝えられず、すまなかった」



 ツカサが、頭を下げた。



「なっ!?」

「んなっ!?」


「なん、だと?」


 それは、ツカサの仲間もふくめて、驚きの声をあげさせるには十分な告白だった。


 それなら会った時どこか困惑していたのも納得できる。

 いや、肝心なのはそこじゃない。



 十年前の記憶がないということは、ツカサはあの日、ダークシップが国を襲撃した時記憶を失ったということになる。

 それはつまり、なぜ国が滅んだのか理解する思い出も消失していることを意味している。


 俺のことも、父のことも、母のこともなにもかも忘れてしまったというのなら、俺達の元に帰ってこなかったのも納得がいく。

 生きていて十年行方不明になっていたのも理解できる。



 だが、記憶を失い、ダークシップに対する感情も失ったとすれば、お前はどうしてダークカイザーを倒す旅に出た。

 どうしてお前はサムライの業を身につけ、この地にやってきたというんだ!


 記憶がないのなら、それに感じる憎しみも、恨みもないということじゃないか!



 なのになぜ、憎き『闇人』と、かのダークカイザーと戦えた!

 憎しみもなく、あの怪物を倒せるまでの力を得られた!



 わけがわからない。余計にわけがわからなくなった。

 お前は憎しみも恨みも持たず、『闇人』を倒す牙を研いだというのか。


 そんなこと、どうして出来た!



 俺でさえ、この十年は奴等への恨みがなければやってこれなかった。

 奴等への憎しみがあったからこそ、血反吐を吐いて、ここまで強くなった。


 だというのに、お前は憎しみさえなく、俺よりどうやって強くなった!!


 お前が戦い抜けたその原動力は、一体なんなんだ!



 いや、待て。

 疑問が膨らみ、なぜだと叫びそうになったところで、ある可能性が浮かんだ。


 戦い抜く原動力となるものはその日の記憶だけじゃない。


 サムライの業を教える師の影響も大きい!



 ツカサに業を教えた師が憎しみの権化ならば、それを受け継いだあいつが死ぬ物狂いで世を救った理由も説明がつく!



「なら、お前の師は誰だ! お前にサムライの技を教えた師匠。それは誰なんだ!」


 そうさ。たとえ記憶がなくとも師に世界を救えと教えこまれれば同じこと。


 お前に世界を救えと命じたのは誰だ。剣聖コジローか? それとも暴君ムサシか? もしくはヨシムネ!?

 かの十四人に名を連ねることのなかったが、あの襲撃で生き残った名高いサムライの誰かなんだろう!



「え? いや、悪い。俺、ここに来るまでの知り合いっていないんだ。あえて言うなら、最初の知り合いはオーマってことになる」


「なっ!?」

「ええっ!?」

「なんと!?」


『てへへ』


 皆が驚きの声をあげる中、そのオーマだけがなぜか照れるような声をあげた。



 それは衝撃的なことだ。



 バカな。師もおらず、独学で十年修業したというのか!?

 いや、確かにオーマの特性を考えれば修行相手に困ることも、型となる技を見て学ぶことも出来る。その相手はいくらでも刀の中にいるのだから!

 だが、だからといって、師もなくしてそんな覚悟できるというのか……っ!?



「なぜだ。ならどうしてお前は戦えた! 恨みも憎しみもなく、どうしてあの恐怖の権化を倒そうなんて思った!」



「なぜ? 簡単なことだよ。俺がやらなきゃ、世界が終わっていた。それだけだ」



「なっ!?」



 俺は、その答えを聞いた瞬間、一歩あとずさってしまった。



 自分がやらねば世界が終わっていたと断言するその確信。

 そして、この地に来るまで刀しか知り合いがいなかったという言葉。


 それはつまり、ツカサはダークシップの攻撃で破壊しつくされた世界の中で目を覚まし、その周囲の惨状を見てなにが起きたのかを悟り、それを成したモノをとめなければ世界が滅ぶと確信したというのか!?

 記憶を失い、誰かへの慕情も奴等への憎しみもないまま、客観的な分析と自分の考えで世界を救おうと決断したというのか!?


 ツカサはその時から、一人で修行をはじめた。


 誰一人としてあの地に知り合いがいない。

 それは、生き残りと出会わなかったのではなく、探さなかったのだ。



 なぜならその時間さえ、ツカサはダークカイザーを倒す力をつけるための修行に当てたからだ。

 人との関わりさえ捨て、『闇人』を屠る力を研ぐのに使ったからだ!



 誰一人としてあの地に知り合いがいないというのはそういう意味なのだろう……!


 自分の時間全てを、それに注ぎこんだのだ!!



 そこは、誰も足を踏み入れない過酷な場所であったとも推測できる。

 でなければ、誰にも会わないなんてありえない!



 ツカサの言葉を聞いた瞬間、俺の体は震えた。



 ダークシップが現れて十年。

 目を瞑れば生き残った者達との楽しい思い出がよみがえる。


 俺とツカサは同じ時間努力してきたはずだ?


 同じ、時間?



 バカなことを考えたものだ。



 ツカサは、このわずかな時間さえ己の技を磨くために使い、その力を高めていたのだ。

 あいつは、その刹那の時間さえ惜しんで技を極めた。



 あいつは、ツカサは、人との関わりさえ捨て、自分の人生全てを捨ててよいと覚悟して世界を救える力だけを追い求めたんだ。



 全てを捨て、ダークカイザーを倒すためだけに全てを捧げていたのだ……!

 そこまでしなければ、ダークカイザーを倒せぬと、幼いツカサは気づいていたのだ!



 それに比べ、俺の努力はなんだ。

 生き残った者達に食事を与えられ、時には休み、時には戯れ。


 その一分一秒があれば、一歩でも前に進めたとはずだ!


 それが積もり積もれば、十年という同じ時間をすごしても大きな差となる。

 それが、俺とツカサの違い! ツカサがダークカイザーを屠れた理由!



 なんてことだ。努力の密度がまるで違う。ツカサの必死の覚悟に比べれば、俺の努力なんて鼻で笑われてもおかしくないほどの遊びじゃないか!



 恨み、憎しみの力は強い?

 バカなことを言ったものだ。俺はただ、同じ経験をした皆と集まり、傷を舐めあっていたに過ぎない。


 ツカサのように、自分の人生さえ犠牲にしてヤツを倒そうなどとは考えてもいなかった……!



 俺は、なんて人に逆恨みをしていたんだ!



 俺は、がくりと膝をついた。



 ぽんと、俺の肩にツカサの手が置かれた。




「もう、なにもかも終わったことだ。だから、お前も復讐なんて考えず、自分のために生きるといい。俺も、もう自由に生きているから」




 俺は顔を上げ、ツカサの顔を見た。



 ああ……


 ツカサは、ツカサは本当に十年前から変わっていない。

 記憶を失ったとしても、ツカサの本質はまったく変わっていなかった。


 無愛想だが、人のことを思って動ける。


 自分の身も省みず他人を助ける。

 あの日だって、俺を庇ってあの光にのまれた。



 あの時から、まったく変わっていない。




 十年経っても変わらず、なんて優しいやつなんだ……!




 俺は、ツカサの手をとって涙を流した。

 ずっとずっと流さないよう我慢していたそれが、決壊したように流れた……!




 俺の。いや、残された全ての者達の復讐は、この瞬間終わりを告げたのだ……




──リオ──




 ツカサの手をとって泣くトウヤを見ながら、おいらもマックスも、複雑な心境でそれを見ていた。



 ツカサの過去が、ほんの少しだけ垣間見れた。

 でも、その過去はおいらとマックスが想像していたものとは比べ物にならない過酷なものだった……



 ほんの少しの過去を垣間見ただけだというのに、おいら達の体は震えがとまらない。



 ツカサが無愛想で、口数が少ないのも納得がいった。

 地位も名誉も権力もまったく求めなかったのも理解が出来た!

 この世界の者とは思えない、どこか浮世離れした気配を感じるのも当然だった!!



 だってツカサは、この世界を救うためだけに、その身を犠牲にしてきたんだから……!



 人の評価など気にしないのも当然だ。

 この人は、そんなもの最初から気にしていない。

 あるのはただ、世界を救うという覚悟だけだったんだ……!


 全てを捨て世界全ての人を救う。



 そんなこと、そんな覚悟を幼子のうちに出来るなんて、並大抵のことじゃない!



 おいらもマックスも、ツカサは天才だから体を鍛えるようなマネもせず今まで旅してきたのと同じようにひょうひょうと準備していたんだと思っていた。


 でも、そんなことなかった!



 なんでそんなこと出来るんだよ。

 記憶を失って、それから十年、たった一人でダークカイザーを倒すために鍛えていたなんて。


 友も知り合いも一人も作らず、世界を救うためだけに力をつけてきたなんて……!



 ツカサはサムライだから強いんじゃなかった。


 ツカサは、ツカサだから強いんだ。

 そんなツカサだから、世界を救えたんだ!!



 ダークシップが過ぎ去り、ツカサが目を覚ました時、ツカサの見た光景はどんなものだったんだろう?

 十年前といったら、ツカサはまだ片手で歳を数えられるような年齢だ。


 そんな子供に、世界を救おうと覚悟させる光景。そんな世界の終末さえ思わせる、彼の目覚めた場所は、どんな地獄だったんだろう?



 ツカサは前、妹がいると言っていた。

 でも、もういないってのも知っていた。


 記憶を失っていて、妹がいるとわかって、もういないと知ってる。


 自分が何者かわからなくとも、自分を兄と呼べば、その関係は理解出来る。

 その人を、自分で看取れば、もういないと、断言出来る。


 記憶どころか、全てを失ったと悟るには、十分な事実だ……



 地獄の光景をほんの少し思い浮かべただけで、わたしは胸が張り裂けそうになった。


 ツカサは、こんなにも重いものを背負って生きてきた。



 でも、ツカサの戦いはもう終わった。

 ダークカイザーはもういない。



 ツカサは死んでもいいと戦ったけど、奇跡的に生きてかえってこれた。


 力を使い果たし、人知を超えた怪物と戦う力は残っていないと聞いた。

 でも、ツカサは相手を絶対に倒す手段を持っている。


 命と引き換えに奇跡を起こす、最後の手段を……



 だからって、そんな手段使わせるわけにはいかない!



 今いる邪壊王はツカサの出る領分じゃない。


 それは、おいら達の領分だ。



 なんでもできる神様のような人に頼るんじゃなく、ただの人が解決しなければいけない領域だ。



 だって、これ以上ツカサを戦わせるなんて、そんなことさせていいわけないじゃないか!



 ツカサはもう休んでいい。いや、休むべきだ。

 幸せに、平和をかみ締めなきゃダメだ。



 この人は生きて幸せにならなきゃダメなんだ!



 おいらはマックスを見た。

 マックスも、おいらを見た。



 きっと、おいら達は同じ思いだったんだろう。



 だから、おいら達も覚悟を決める。

 なにがなんでも聖剣の力を取り戻し、ツカサの手を借りず邪壊王を倒す。



 おいら達は、声も出さず、改めてそう誓うのだった!!




──ツカサ──




 ……俺は君の知るツカサとは別人だとはっきり告げたら、泣き出されてしまった。


 だから、頭を必死に振り絞り慰めたけど、余計に泣かせる結果となってしまった。



 でも、仕方がない。

 だってこの世界の『俺』は、もういないんだから。



「ありがとう。心の整理がついたよ」



 立ち上がったトウヤは、俺に笑顔を見せ、握手を求めてきた。

 やさぐれたように鋭かった目も角が取れ、どこか優しくなったように見えた。


 どうやら俺と別人だと整理がついたらしい。


 ほっと一安心である。

 よかったよかった……



 こんこん。



 ドアが控えめにノックされた。



「この部屋におサムライ様がいらっしゃると聞いたのですが」


「む?」

 マックスが扉のすぐ近くに移動する。

 外から聞こえた声に、全員の耳がそちらに向いた。



「私は今、ちまたを騒がす辻斬りに分類される者にございます。おサムライ様。腕に自信がおありならば、私の話を聞いてはもらえませんか?」


「っ!」

 俺以外の全員が反応し、それぞれ武器に手をかけた。


 俺は少し遅れてテーブルの上に置かれたままのオーマを手に取る。



 なんで辻斬りがここに。と思ったけど、宿のまん前であんだけ騒ぎを起こしてサムライをアッピールしたんだからそりゃ辻斬りの耳にもはいるわ。



「お、お待ちください。中の気配から、相当なてだれの方々と見受けられます。本当に本物のおサムライなのでしたら、私の話は聞く価値はあるはずです。どうか、扉をお開けください」


「……外の者、その気配はかなりの使い手にございますな。噂の辻斬りもどきとみて間違いございません」



 どうする? となぜか俺に視線が集まった。

 どうすると言われても困るけど、相手が自分から来て話を聞いてくれというのだから話を聞いてあげてもいいと思う。


「いいんじゃないか」


 俺の一言で、自称辻斬りを部屋に入れることが決まった。



 扉を開くと、背は低いががっしりとした体躯の男が立っていた。

 おっさんである。


 格好はどこにでもいる農夫というような格好だが、その背中にはでっかくて太い棒を持っていた。


 あんなので殴られたら下手すりゃ気絶どころか死んじゃうぜ。



「ありがとうございます」

 部屋の中を見回すと、おっさんはぺこりと頭を下げた。



「それで、なぜ強者を探し辻斬りのようなまねをする。答えによっては官憲に突き出すだけではすまさんぞ」


 マックスが全員を代表して前に立った。

 ひゅー。こういう時本当に頼りになるぜ!


 見おろすような形になるマックスを前にしたというのに、男は動揺もせず口を開いた。



「はい。我が主の願いをかなえて欲しく、強き者を探しているのです」


「それは噂からわかっているのだが……」


 お前強いかと聞いて襲い掛かってくるのだから、この人が強い人を探しているのはわかっている。



「それでは、シュウスイという名のおサムライにお心当たりはございませんか?」


「シュウスイだって!?」

『シュウスイですと!?』


「シュウスイ殿だと!?」


 トウヤと刀のじい。そしてマックスが飛び上がらんばかりに驚いた。



「知ってる人?」

 リオが聞く。



「拙者の刀。サムライソウル。それを生み出すきっかけとなったあのツバ。それを拙者にくださったのがそのシュウスイという名のサムライなのだ!」

「なんだって!?」


 マックスの刀はマックスの分身。その魂の片割れである。

 その刃を生み出す際、触媒として使われたのが、十年前ダークシップの襲来のおりサムライから貰ったツバなのだ。


 そして、そのツバをマックスにくれたというのが、そのシュウスイという名のサムライなのである。


 そりゃ驚いて当然だろう。



「あの方はダークシップの決戦において行方不明となったと聞いていたが、生きておられたのか!」

『十年前の方々に生き残りがいたとは驚きの情報にございますな!』



 そう。彼はダークロードと『闇人』の軍勢をたった一人でおしとどめ、他のサムライ達を先に行かせるためダークシップのある場所に残った。

 全てが終わり、生き残りのサムライが脱出しようとその場へ戻ると、残されていたのは血の跡のみで、そこにそのサムライはいなくなっていた。


 生死不明で死んだとされていたが、この人の言葉が本当ならば、生きているということになる。


 マックスが喜びに拳を握るが、肝心の辻斬りもどきの反応は芳しくなかった。

 マックスの大喜びを見て状況を察し、一瞬口を開くのをためらったようだが、異を決して口を開いた。



「知り合いならば話が早い。シュウスイ様の命がつきる前に、最後の願いをかなえて欲しいのです!」


 マックスとじいの動きが止まった。

 その言い方では、そのシュウスイさんは命長くないように聞こえるからだ。



「ど、どういうことにござる!?」



「一から説明いたしますから、お聞きください」



 彼は、ゆっくりと説明をはじめる。



「私はかつて、シュウスイ様達がこの地に現れた時に退治された山賊でして」


 へへへ。と恥ずかしそうに頭をかいた。

 昔とった杵柄か、そのころの経験を生かし、強い人を探して辻斬りまがいのことをやっていたのだという。



「その日から改心して農業にいそしんでいたんですが、多くのサムライの力によってダークシップが落下させられた際、そこから裏の山に光が落ちましてね」


 このダークシップ落下。というのは十年前の話だ。

 流石に説明しなくてもわかってもらえると思うけど、念のため説明しておく。



「何事かと大慌てで見に行くと、洞窟深くの氷室に一人のサムライが氷漬けになって氷の中にいるじゃありませんか」


 それが、彼等を一度退治したサムライ。シュウスイさんだったと。


「それはシュウスイ様でした。私が驚いていると、どこからともなく声が響いてきたんです……」



 どうやらその時、一人残ったシュウスイさんは『闇人』を全て切り倒し、最後の宿敵。『ダークロード』との一騎打ちでほぼ相打ちの状態になったのだそうだ。

 しかし致命傷を受けた『ダークロード』は最後の力を使い、その体をシュウスイさんと同化させ、その体を奪おうとした。



「それを阻止するため、シュウスイ様は自身の体ごと氷の中にダークロードを封じこめたのです。私はそれを説明され、今までずっとその封印を護り、秘密にしてきました」



「てことは、その『ダークロード』を倒すことがその人の願いってことか?」

 話を聞いたリオが一番最初に疑問をていした。



「いえ。むしろ『ダークロード』がシュウスイ様の体内にいるからこそ、あの方も命を長らえることが出来たのです。両者の戦いは相打ちでした。結果、二人は互いの命をささえあって生きながられてしまったのです」


「じゃあ、下手に『ダークロード』を倒すとそのシュウスイってサムライも死んじまうってことか」


 いわば一心同体。半身同士だから、切っても切れない関係で、だから体ごと封印してるというわけか。



「では、『ダークロード』を退治しないとなると、なにが願いなのだ?」


 マックスが結論となる願いをずばり聞く。



「先日ダークカイザーが倒されたのを知っておりますね?」

「当然だ。なにせそれを倒したのはこちらにおられるツカサ殿だからな!」


「いや、それ今誇らなくていいから」


「はい……」


 えっへんと説明しようとしたマックスをたしなめたらしょんぼりした。



「おお、この方が……!」


 いや、そっちも驚かなくていいから話すすめて。



 俺にうながされるとその人はこほんと一度咳払いし、話を戻した。



「全ての『闇人』を生み出したダークカイザーが倒された結果、あの方の中にいる『ダークロード』も消滅しようとしているのです」


「なんだって!?」


「そうなれば、『ダークロード』によって支えられたシュウスイ様の命もつきてしまいます。これは、変えられぬ定め。シュウスイ様に残された時間もあとわずかなのです」


 うう。とおっさんは目頭をぬぐった。



「だから、最後の願いを?」


 死ぬ前に、なにかしたいということなのだろう。

 美味しいものたくさん食べたいとか、一晩中踊り明かしたかったとか。



「そうです。シュウスイ様、そして『ダークロード』は願っているのです。命尽きる前に、認め合える強者と戦い、そして散りたいと」



 ああ、うん。武人としてこれ以上ないほどわかりやすい願いだ。

 さすがサムライ。散るなら戦場でってか。


 ……って、今なんか余計なもんついてなかった?



「それならば納得の願……って、今『ダークロード』ともうしたか!?」


 マックス驚く。

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。



「はい。それが、シュウスイ様、そして『ダークロード』双方の願い。どうやら真正面からぶつかったことから、彼等には奇妙な友情が生まれていたようです。元々武人気質でもあった双方の意思もあり、終わりが見えた今、相応しい最後を迎えたいとのことのようです」



 どうやら正々堂々と戦った結果、双方互いを認め合ったのだそうだ。



「おいおい。罠なんじゃねーのか? 『ダークロード』の」

 リオがそのお願いに心配の声をあげる。

 確かにその可能性もゼロじゃないはずだ。



『いや、消えるってのは間違いねえんだろうよ。ほっときゃ間違いなく消滅して、そのサムライの命もつきる。それはもう避けられねぇ事実だ。一発逆転はカイザーがいねえ時点でありえねえ』

 リオの心配にオーマが答えた。


 つまり、例え罠だったとしても『ダークロード』の消滅は確定していてどうすることも出来ない。ということか。



「だから、お二人は最後の願いを私に託したのです! 私を救ってくれたシュウスイ様のためにも、あの方の願いをかなえてください。もう、時がないのです!」



 おっさんは必死に頭を下げた。



「つまり、サムライと『闇人』のタッグと戦えってことか?」

「そうなります。人数は何人同時に来てもかまわないそうです。むしろウェルカムだそうで」


 リオの疑問におっさんが答える。

 どうやらあっちも本気らしい。



 さてどうしようか。


 どちらに転んでも俺が戦うなんて選択肢はないから、マックスのやりたいようにやらせるだけなんだけど。



「ツカサ殿。拙者は行ってきてもかまわないでしょうか? 聖剣の力を一刻も早く取り戻し、邪壊王を倒さねばならぬのもわかります。ですが、シュウスイ殿は拙者の憧れのお方。その最後の願いというのなら、かなえて差し上げたいのです!」


「まあ、言うと思ってたよ。じゃあ……」



『気持ちはわかるけど、ツカサ君まで一緒に行かれるのは困るわ。力を取り戻すため黄金竜に助力を頼めるのはあなただけなのだから』


 ソウラがくちばしを挟んできた。


 そういえばソウラの力を取り戻すためためにドラゴンにお願いしなきゃいけないんだっけか。

 となるとマックスについてくって選択肢はなくなるな。


「ソウラの力取り戻すのもやるとなると、ソウラはツカサと一緒に行く必要あるし、そうなるとおいらがマックスについて行ってもしゃーないしなぁ……」



「確かにその通りだな。ならば拙者だけが……」



「待て!」

 トウヤがマックスの言葉をさえぎった。


「それなら俺がそこのサムライと共に行こう。同じサムライとして、シュウスイ殿の名は知っている。最後の華を咲かせたいと願うのはサムライの本能とも言えるからな」

『はい。若ならばその御眼鏡に十分かなう強さはあるかと思われます』


「かまわないか、ツカサ?」


 俺はトウヤの視線をうけ、マックスを見る。

 この場合、マックスの気持ちしだいだ。


「拙者もかまいません。むしろ、心強い味方が増えましたな!」


「なら、お願いするよ」


「任せろ!」


 トウヤはどん。と胸を叩いた。



 こうして、俺達とマックス達は別行動をすることになった。


 俺とリオはソウラの力を取り戻す手がかりを求め王都へ。

 マックス達はシュウスイさんと『ダークロード』の願いをかなえるためその氷室へ。



 それぞれ進路をとることとなったのだ!




 おしまい




──おまけ──




 ツカサのいないところでマックスがオーマに聞いた。

「ところでオーマ殿」

『ん? どうした?』


「オーマ殿の力を使えばツカサ殿とも戦えるということにござるよな?」


『ああ。出来ることは出来るが……』


「なにやら歯切れが悪うござるな」


『おめーはいっぺん似たようなのと戦ったからわかると思うが、おれっちの中で相棒を戦ったところで、前にテルミア平原で戦った相棒のコピーと同じ結果になるだけだ』

 それは、第25話。テルミア平原の死闘後編の話である。『ダークロード』がもちいた『模倣』の力でツカサの力をコピーした『ダークロード』は、どこにでもいる少年くらいの強さでしかなかった。


 最強のサムライをコピーしようとしてコピーできなかったのだ!


「オーマ殿にも同じことが起きると?」


『そういうこった。だから、あそこで相棒と戦ってもあの時と結果は同じだ』


 どこにでもいる少年程度の強さでしかないのだから、王国最強のマックスの手にかかれば楽勝ということになってしまう。

 それは、マックスの望む闘いではなかった。



「そうでござるか。さすがツカサ殿。オーマ殿にさえその力を完全につかませないとは……」


『まったくだぜ。相棒の強さの底はいつまでたっても見えねぇからなぁ……』


 やれやれと、二人は肩をすくめたが、どこか誇らしげだった。




 おまけおわり

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