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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
39/88

第39話 王都チャンピオンシップ


────




 その日、チャンピオンシップをひかえた王都キングソウラに激震が走った。


 騎士しか出場できないはずのチャンピオンシップに、五百年ぶりの非騎士が参加することとなったからだ。



 この国で唯一、騎士でなくチャンピオンシップに出場できる者。


 それは、二度世界を救ったとされる聖剣ソウラキャリバーを引き抜いた者に限られる。



 しかも、その新規出場者は二人!



 たった一人でも驚きだというのに、二人もの選ばれし者が現れたというのだから誰もが驚愕したことだろう。


 その選ばれし者は誰なのか。

 誰もがそれに興味を持った。


 そして、誰がその剣を抜いたのかを聞いた時、興味を持った者達は即座に納得の声を上げることとなる。


 その者なら聖剣を引き抜いても不思議のない人物だったからだ。



 聖剣を引き抜いた選ばれ勇者の一人。

 それは、先日世を救ったサムライだった。


 この名を聞いただけで、誰もが納得の声をあげる。


 彼ならば、聖剣を抜いていてむしろ当然の人物だからだ!




 この話題は即座に王都中へ広まった。




 世を救った最強のサムライが聖剣を引き抜いた。



 これ以上の話題は存在しないだろう。


 この国一番の騎士を決める王都チャンピオンシップ。そこにサムライが参加する。

 興味のある者はそれを聞いただけで失神するほどの興味を持ったことだろう。


 ただでさえ盛り上がるチャンピオンシップが、さらなる盛り上がりを見せようとしていた……!



 ……おかげで、もう一人の聖剣を抜いた選ばれし者がいるという事実はあまり話題にならなかった。


 多くの者は、サムライという見出しに引かれ、もう一人の勇者については注目していない。



 しかし、一部の者はこの注目されないもう一人の選ばれし者の方に注目していた。




 なぜなら彼女の存在は……!!




──エニエス──




 皆さん私のことを覚えておいでだろうか?


 ゲオルグ王子派筆頭のマクマホン騎士団に所属するその副官。エニエスである。

 かつては大臣に化けたダークロードの策謀に騙され、とある少女。サムライと共に旅する少女、リオを王位継承権を持つ者と思いこまされ、その命も狙ったこともあったが、それは遠くもない昔の話だ。


 これでも思い出せないというのなら、申し訳ないが物語を最初からお読みいただくしかないと思う。



 そんな私は今、執務机の上で頭を抱える事態になっていた。



 なぜ頭を抱えているのかって? そりゃ一度鎮火したはずのその王位継承権問題がまた再燃するかもしれないからだ。

 まさか、あの疑惑を再燃させる火種がこのチャンピオンシップに投げこまれるなんて想像もしていなかった。



 かつて王もゲオルグ王子も引き抜くことに失敗した聖剣ソウラキャリバー。

 それを引き抜き、五百年ぶりにチャンピオンシップへ参加することが決まった二人の剣士。


 一人はまあ、あの規格外のサムライ殿だ。彼はいい。



 だが、もう一人。

 かつて王位継承権を持つ者として噂されたリオ。本名リオネッタが表舞台に出てくるのは非常にまずい。


 なにがまずいって、かつて大臣に化けたダークロードの謀略だと始末したその王位継承権問題の火種になりかねないからだ!



 一般的に、過去聖剣を引き抜いた者達の共通点は世界を救ったこと以外にないとされている。

 しかし、王家と深くつながる一部の貴族達の間では、ある事実がまことしやかに伝承され続けているのだ。



 それは、五百年前聖剣を引き抜き巨竜ジャガンゾードと倒した太陽の勇者は、王の血をひいた者であった。と……!



 かの太陽の勇者は、実は姫であったというのだ。

 聖剣を抜いた勇者が姫の一言でチャンピオンシップに参加が決定したというが、アレは姫自身が勇者として参加するための一言であったという伝承があるのである。


 これは貴族の中でも一部の者しか知らぬ真偽不明の伝承。

 しかし、その一部にはかつて彼女を担ぎ上げようとして大臣(ダークロード)の謀略に乗った者達もいる。


 その者達がこの伝承に気づけば、聖剣を引き抜いた彼女も王家の血を引いている可能性があると言い出すのは間違いない。

 それは、大きな問題なのだ。



 彼女はこんな事実知らないから、ただ聖剣を引き抜き出場するという流れだったのだろうが、この真実を知る貴族からすれば彼女の参加は本当に頭を抱える事態か、まためぐってきた逆転のチャンスということになる!



 とはいえ、今回救いなのはかの規格外、世を救ったサムライ殿も聖剣を抜いていたということだ。

 彼女の参加は、大勢の人々の前で聖剣を振るい、高らかに宣言してしまったがゆえ取り消しは難しい。


 であるから、サムライ殿にも大会に出てもらうことを、我等の働きかけで大会組織委員会に決定してもらった。

 そのおかげで血筋という説得力は少々薄れ、民衆向けの目くらましとして彼の存在は大いに役立ってくれている。



 これがサムライ殿をチャンピオンシップに参加させた一番の理由である!



 完全に我等の権力闘争のとばっちりで彼は参加を嫌がっただろうが、こちらにも事情があるのだ!



 これで一時的には疑惑を押さえることは出来るだろうが、しょせんは一時しのぎ。彼女が人前に出れば出るほど王の発する雰囲気と彼女の雰囲気が似ているという者が増えてくるだろう。


 そうなってはまた、かの王位継承問題が再燃、再発してしまう!



 この事実に、我等ゲオルグ王子擁立派は頭を抱え、彼女を擁立しようとした派閥はまた息を吹き返そうとしていた。


 ええい、悩ましい!



 一体なにが目的で、聖剣を携え表に出てきたのです王女(仮)よ!



 どうする? こうなったらやっぱりあの方に消えてもらうしか……って、近くにサムライもいるというのにそんなことできるか!

 何度も実行しようとして失敗した経験を忘れたか。


 むしろ下手をすれば返り討ちどころかサムライの逆鱗に触れ我が騎士団はおろか国の騎士すべてが全滅するハメになるわ!



 今思い出しても体が震える……

 あの日、サムライを討伐しようと戦いを挑んだ、テルミア平原での決戦を。


 あの時サムライは、我等騎士団の精鋭だけでなく、千体もの『闇人』とダークロードをたった一人でなぎ払った。


 我等はあの日、サムライに格の違いをまざまざと見せつけられたのだ。


 そんなサムライにまた喧嘩を売るというのなら、この国の騎士団は間違いなく壊滅する。いや、国が終わる……!



 サムライとあの方のチャンピオンシップ出場をゲオルグ王子が聞いた時、彼は「彼女を王女にすえてサムライ殿を婿にとれば誰も文句は言わないんじゃないかな? むしろみんな大歓迎すると思うよ」とどこか悟った顔で遠くを見ておっしゃられた。


 王子それは悟りではなく諦めです!

 それではあなたが今まで必死に努力して来た意味がなくなってしまいます!


 なにより、お目目からハイライトが家出しておりますし!



 なんとか説得することで正気は取り戻せたが、あの努力の人ゲオルグ王子さえ心折れかけるのだからすさまじいインパクトであった。


 それは、このまま彼女が表舞台に現れることの危険性を表している。


 だが、あの方を守るのは世界さえ救ったサムライ。

 その警護を突破するのは、世界を滅ぼすレベルの存在でなければ無理だろう……


 ではなにもしないで見ているしかないのか?

 そうしたら我等ゲオルグ派はどうなる……!


 進むも終わり、様子を見るも終わり。


 したくともなにも出来ず、私は執務机につっぷすしかできなかった。




『……そんなに困っているのなら、我等が始末してやろう』



「っ!?」

 机の上から、声がした。


 私はつっぷした状態から跳ね起きあたりを見回す。

 仮にも私はマクマホン騎士団の副官。執務室の外には部下が待機している。それに見つからずこの部屋に入ってくる者がいただと!?


 だが、どれだけ見回してもあたりに誰も居なかった。


 あるのはカーテンで仕切られ生まれた闇を払うろうそくの光だけ。



 空耳か? と思った瞬間、机の上でなにかがぴょんと飛び跳ねた気がした。



 なんだと目を凝らすと、机の上に豆粒のようななにかがあった。

 これが喋ったのか? なんてありえないことを思いながらなんなのかと顔を近づけると、それは、ノミだった。


 机の上になんてものが居るんだ。

 私は懐からハンカチを取り出し、それを机の上から排除しようと手を動かした。



 だが、私が手を伸ばすと、それはぴょん。と跳びはね手を伝い、私の髪の中へ入ってきた。



「うわっ!?」

 慌てて手を動かし跳ね除けようとするが、遅かった。


 それは髪の中にとびこみ……



 びくんっ!



 私の頭が、揺れた。


 な、んだ、これ、は……

 そのまま私の意識は、ゆっくりと夢の中に落ちてゆく……




────




 しばし、エニエスは作業机に頭を落とすように頭をたれていた。



『ふっ。ふふふ。よい体を手に入れた。そうだ。お前の望みどおり始末してやるぞ。我等が憎き天敵を。我が主を二度も地の底へ追い落としたかの憎き女神の剣と、その使い手を!』


 エニエスの頭ががくがくと揺れながら、その口を動かしそれは笑った。



 まだ完全に体になじんでいないのか、口の動きと言葉があっていない。



『くくっ。くはは! そして寂しくないよう、この地に現れた者達も一緒に我が主復活に捧げてくれよう!』



 くくっ。ふははと、エニエスの口が口角をあげ笑いはじめた。




 こうして、盛り上がりを見せるチャンピオンシップの裏で、一つの策謀が動き出そうとしていた……!




──マックス──




 チャンピオンシップ当日。


 拙者は闘技場の騎士控え室にて、リオに鎧を着せる使命を全うしようとしていた。

 王都チャンピオンシップは騎士の大会だけあって、騎士一人一人に個室があてがわれている。拙者はサイドバリィ武闘大会の優勝者として頂上決戦には出るが、基本この大会はフリーに動ける。


 今回はこの大会に不慣れな初参加者、リオのセコンドとしてこの場にいるわけである。

 実は、それだけがセコンドについた理由ではないのだが……



「ったく。なんでこんなごてごてした鎧着なきゃなんないんだよ。動きにくくてしかたねえ」


 かぽっとリオはかぶったフルフェイスの顔を守るシールド部分を跳ね上げた。

 彼女は今、服の上に鎖帷子を着て、さらにフルプレート(全身鎧)を身に纏い、顔はおろか体型さえわからないくらいに着膨れしていた。


 動くたび金属がそこかしこにこすれ、がしょがしょという音を立てている。



「我慢しろ。ソウラ殿を持てばこの動きにくさも重さも関係なくなるのだ。そうなればこの防御力はお前を万一から守ってくれる。魔法の治癒が準備してあるとはいえ、命の蘇生はできぬのだからな」


「……ちっ。しゃーねーな」

 リオもしぶしぶながら、拙者の言葉にうなずいた。



 聖剣の加護でどれだけ能力が上がろうと彼女は素人。一瞬の判断を誤らないとも限らない。

 そしてその一瞬の誤りは命取りになる。


 今回は騎士の名誉をかけた戦いだ。

 卑劣な行いはないにしても、誰もが必死に戦いに挑んでいる。


 例え聖剣を持ったとしても、一種の事故もありえるのだから、これだけの安全装置あってしかるべき。



 ……と、いう建前だ。



 本音のところでは、彼女の顔が見えなくする。という理由の方が大きい。

 顔はおろか体型も定かでないほどの鎧を着せ、その実像を隠しておけば、その正体の判明に時間がかかることとなる。


 リオの出場を取りやめることは難しいとされ、かの王位継承権問題についてエニエスに泣きつかれた拙者が考えた苦肉の策がこれだ。


 まさか。と思ったが、やはりリオが表に出ることでかの姦計も再び熱を持つことになったようだ。


 これである程度誤魔化せるとよいのだが、難しいだろうな……



 貴族達の情報ネットワークは意外と侮れないものがある。

 今回こうして表舞台に立ったとなれば、すぐにでもその正体を調べることとなるだろう。



 というかそもそも、金にもならないこの大会になぜリオが出る気になったのかだ。

 それさえなければ、継承権問題が再燃することもなかったというのに。



「ところでリオよ。なぜチャンピオンシップに出ることにしたのだ?」


 であるから拙者は、リオに直接問うた。


「この大会、優勝したところで得られるのは名誉のみ。お前の求める金は一つも入ってこないのだぞ?」



「……金の問題じゃないさ。この大会で優勝できれば、おいらは聖剣をもったからじゃなく、立派な実力があると認められてツカサと一緒にいておかしくないって証明されるだろ? おいらは立派なサムライの仲間だって胸を張りたいから、この大会に出ることにしたんだ!」



 リオは、ソウラ殿をぎゅっと握りなおし、そう拙者に告げた。


 ……あぁ、そうか。

 そうだったのか。



 一瞬でも王位に目が眩んだかもしれないなんて思った自分が愚かしい。



 この娘はただ、純粋にツカサ殿の背中を追いかけていただけだった。


 多くの者は追いつけないと、ただ見ているしか出来ないその偉大な背中。

 その偉大で我々のはるか前を歩くサムライの背中に追いつきたくて、必死にあがいている。ただ、それだけだった……



 王位とか、地位とか、そんなもの欠片も問題にしていない。



 あるのはただ、ツカサ殿と共に歩むに相応しい力が欲しいだけ。

 サムライの隣にいる資格が欲しいだけ……!



 この子も、自分と同じなのだ。



 この子はただ、最強のサムライに負けない肩書き。チャンピオンシップの優勝者という、サムライとともに歩くのに相応しいという自信が欲しかったのだ……!



 胸を張って、堂々とツカサ殿と共にいていいと自分が納得できるように!



 それが、今回の出場理由なのだ!



 拙者でさえ感じている劣等感。リオは戦う力さえ持っていないのだから、それはさらに大きかっただろう。

 それを覆す聖剣という力があるのだから、手を伸ばそうとするのも仕方がないと思う。



 まったく。


 戦う力がなくとも、お前にはその資格は十分にあると拙者は思うのだがね。



 だが、本人が納得できていないのならしかたがない。

 拙者とて、常にツカサ殿と共にいてよいのかと悩んでいるくらいだからな!



 ならばここは応援するしかあるまい!



「そうか。ならば、チャンピオンシップで優勝した暁の頂上決戦で拙者は待っているぞ!」


「ふん。おいらとソウラの力に負けて、ツカサの一番弟子ってのも返上させてやるぜ。ま、それは最初から自称だけどよ」


「減らず口を。だが、拙者とて負けるつもりはないぞ!」

『御意!』


「おいらだって!」

『なにせこの私がついていますからね!』


 二人でにやりと笑い、視線の間に火花を散らすこととなった。



「マックス、いるか?」



 控え室のドアが、ノックされた。

 ツカサ殿の声である。


 ツカサ殿はリオと同じ大会出場者ではあるが、出場者同士で会話することは禁止されてはいない。

 騎士同士正々堂々との精神があるからだ。


 であるから、許可があれば相手の控え室を訪れることも十分可能なのである。



 リオに許可を取り、拙者は扉を開けた。



 リオの控え室の前にはツカサ殿とそのツカサ殿を逃がさぬよう監視している二人の騎士がいた。

 前式典をすっぽかされたこともあるので、その目は厳重である。


 客寄せパンダとして使われたり、拙者もツカサ殿には同情を禁じえません。


 さすがに見張りの騎士二人はリオの控え室までは入ってこなかった。

 出入り口はそこしかないのだから当然ともいえる。



「いかがなさいましたツカサ殿? リオの方が試合が早いから、その激励ですか?」

 このチャンピオンシップはいわゆるトーナメント制である。


 リオは第十七試合。ツカサ殿は第二十二試合の予定となっている。



 だが、口を開いたツカサ殿からは、信じられない言葉が飛び出した。



「マックス、この大会、どうにかして中止に出来ないか?」


「は?」

「え?」

『は?』


 拙者とリオ、そしてソウラ殿の三人がなにをいきなりという声をあげてしまった。

 当然だろう。


 棄権の相談かと思えば、大会そのものの中止と言うのだから。



「いや、ここまできて中止は流石に無理にござるよ。下手にやめれば暴動がおきかねません」

 すでに闘技場には観客も入りはじめているだろうし、騎士達も準備万端だ。


 この段階で大会を中止するなど、王が崩御したり国の崩壊が迫ったりでもしない限り不可能である。



「そうか」

 そうだよな。とツカサ殿はどこかしょんぼりとうつむきました。



「一体、なぜでござる?」



「危険だからだ」


 そう言い、ツカサ殿はリオを見た。

 拙者も思わず、リオを振り返る。


 すると、リオはその言葉にどこかむっとしたような表情を浮かべたのがわかる。



 そういうことにござるか。

 裏があるとはいえ、拙者はリオに鎧を着せた。


 これは、リオの正体を隠すだけでなく、彼女の安全を考えてでもある。

 万が一、聖剣の力がおよばず大怪我をしないようにとの。



 だがツカサ殿は、大会そのものをなくし、その危険性を完全にゼロにしようと考えたのだ。


 それは流石に、ちと過保護すぎないだろうか?

 いや、気持ちはわからんでもないですがね。



「ともかく、危険は誰もが承知していることです。その理由で大会を中止にするのは難しいかと……」


「そうか。いや、無茶なのは重々承知してる。変なこと言って悪かったな」


 悪かったとツカサ殿は謝り、そのままリオの控え室を出て行った。

 二人の見張りを引き連れて。



「言ってくれるねツカサ……!」

『ええ。これは私も舐められているということです!』


 ツカサ殿がいなくなったあと、リオとソウラ殿から闘気がみなぎってきたのがわかった。

 リオ、笑顔だというのになんだそのプレッシャーは。拙者が一瞬あとずさってしまうとは思いもよらなかったぞ……!


 ツカサ殿。逆効果。逆効果でござるよ! 逆にリオのやる気に火をつけてしまいましたぞー!



 ツカサ殿にしては珍しく配慮に欠いた発言であった。



 だが、考えが足りなかったのはむしろ拙者達の方。

 この時の拙者達は、ツカサ殿の真意にまったく気づいていなかったのだ。


 ツカサ殿が見ていたのは、リオだけではなかった。



 むしろ、ツカサ殿は最初からまったくブレていない。



 あの方は、最初からずっと、この地に住まう者全てを救おうと動いてなさる。


 拙者達はそれを、まだ理解していなかった……!!




──ツカサ──




 マックスに中止は無理だと断られ、控え室を出た俺は携帯を取り出し電話をかけた。



 これでもう何度目かはわからない。


 何度かけても女神様は出てくれなかった。


 いつもなら2コールきっかりに出てくれたというのに。



 なんでこんな時に限って連絡つかないんだよ女神様!



 あんたに連絡がつきさえすれば、一度元の世界に戻ってこの戦いの時間を避けることが簡単に出来るってのに!



「あの、サムライ殿。先ほどからなにをなされておられるのですか?」


 俺の後ろを歩いていた見張りの騎士さんが意味がわからなそうに声をかけてきた。

 こうしてぴったり俺についてくる二人の見張りがいるから、もう一つの逃走手段。妖精達のいる世界にいける枝も使う余裕がない。

 使えないことはないけど、下手に見つかれば穴を通って追ってこられてジエンドだ。

 これを実行するにはしばらく追いつかれないよう工作するか、煙幕とかで穴を隠して消す時間を稼ぐ必要がある。

 それらが確実に行える状況を作れなければ、枝は安易に使えない。


 まさかここまでぴったりマークされるとは。今の状態では枝で穴を作っている間に捕まってしまう。



 だからこそたとえ目の前で実行しても捕まえることの出来ない世界移動で逃げようとしたのになぜなんだ女神様!



「一つ聞きますが、この大会、中止にできます?」

「いや、私程度では無理ですね。いくらサムライ殿のお頼みともうせども……」


 無茶を言わないでくださいと、彼は焦った。


「確かに大会はサムライ殿には退屈かもしれませんが、我等に稽古をつけると思って我慢してはもらえませんか?」



 二人は俺が試合したくないのを知っている。

 でも、俺が中止にしたい理由はまったくわかっていない。



「いや、違う。そうじゃないんだ……」


「「違う?」」

 二人して首をかしげる。



「中止にしないと、危ないんだ」


 主に、俺の命が……!


 ……と、素直に俺が危ないからと言いたいところだが、さすがに死にたくないからやめよう。なんて俺のちっぽけなプライドが邪魔をして口には出来ない。

 だから、なんか歯切れの悪い表現になってしまうのもしかたのないことだろう。



 ちくしょう。

 都合よくテロリストとか出てきて大会ぶち壊してくれませんかね。


 そんな都合のいいことあるわけないってわかってるけど、思わず期待しちゃうよ。



「オーマ、ちょっと聞くけど、この闘技場内になにか怪しい気配とかない?」

『んー。おれっちにはなにも感じられねえな。つまり、問題なしってヤツだ!』


「そっか」


 オーマが自信満々に答えを返してくれた。

 なら、なにか怪しい勢力が入りこんでいるとかいうのもないんだろう。



「でも念のため、闘技場内の構造までサーチして把握しておいてくれ」

『おうよ!』


 でも、新しく見つかるなんてことは欠片もなかった。



 なにか怪しいことがあれば、それを理由にして大会を中止にもっていけたというのに!


 むしろ聞かなきゃよかった。



 今なら運動会とかの行事が嫌だから学校に爆破予告を行っちゃう子の気持ちもよくわかる。

 それで中止にできるなら俺も思わずやっちゃいたいくらいの精神状態だ。


 だって中止にならなきゃ、もうじきはじまる大会一回戦で俺は騎士様に殴り殺されるか斬り殺されるか突き殺されるかするのは間違いないからだ!


 世界を救ったとか言われているサムライが相手。ならば相手は最初の一撃から全身全霊をかけて放ってくるに決まっている。



 その攻撃をただの高校生の俺がどうにかできるはずがない!



 逃げたいけど、俺が逃げないよう見張りが二人もついているし、棄権したくとも対戦相手と一度切り結ばないとダメとかいうルールあるし。

 その一撃が命取りって人もいるんですよ大会組織委員会さん!



 だから俺は、大会の中止を望むのだ!



 まだ開会式までには少しの時間がある。


 俺は希望を諦めず、どうにかして中止に出来ないものかと闘技場内をあっちにふらふらこっちにふらふらと希望を求めて歩き続けるのだった……




 ──この、チャンピオンシップ中止を求めてさ迷い歩くツカサの姿を見て、多くの者はサムライは大会などかったるくてやってられないのだろう。と思った。

 また少数の者。権力争いの裏を知る者は、この時サムライも、かの御子を表に出すのはまずいと認識しているのかと推測した。



 サムライの姿に様々な憶測が流れたが、最後の最後までその真の意味を理解できたものは一人としていなかった……




────




 晴天の空に魔法の花火が上がり、参加騎士が一堂に会したチャンピオンシップの開会式がはじまった。



 開会式の中、ひときわ観客の注目を集めていたのはやはり世を救ったサムライであった。


 近くに聖剣を携えたもう一人の鎧勇者がいるというのに、誰も彼もが聖剣も持たず騎士の鎧さえ着ていない刀を腰にさした制服を着た男を見ているのだから。


「あれが、サムライ……」

「あまり大きくないんだな」


「というか、鎧も着ていない。なんて余裕なんだ……」


「いや、それより、なんでお面を?」

「なんでだろうな?」


 観客達がざわつく。



 肝心のサムライは、その顔にお面をつけていた。



 祭りに行けば屋台で売っているような木製のお面。

 それをかぶって顔が見えなくなっている。



 これは当然、少年自身の顔バレを防ぐ目的があったが、もう一つ、保険をかけるという意味でも理由があった。



 一部注目度が異常だったことを除けば、開会式はつつがなく終了した。


 ここからついに、王都チャンピオンシップの開幕である!




──リオ──




「うー、開会式やってまた待ち時間かよ」


「こら、鎧を脱ぎ散らかすな!」



 開会式も終わり、控え室に戻ってきたおいらは兜をはずし、鎧をはずした。

 マックスが頭から湯気を出しておいらの行動をとがめる。


 普通一人で脱ぐのも難しいみたいだけど、ソウラの力があるから簡単にはずして脱ぐことができた。


 ただ、着る時は多分手順がわからないから一人じゃ無理だろう。


「この鎖帷子ってヤツも脱いじゃダメ?」


 服の上から羽織った鎖をベストにした鎧のインナーを指差す。

 こんなのでも金属の塊だから、とんでもなく重くて肩がこる。



「すでに試合ははじまっているんだ。流れによってはすぐお前の出番がくるのだからそれ以上脱ぐでない!」

『禁止!』



「へいへい」


 マックスの腰にある刀。サムライソウルにまで怒られた。

 さすがにこれ以上マックスを怒らせるのはよそう。


 いくら鎧がうっとおしくても、着ていくのが出場する時の約束だから、試合までに着れないのはまずいし。


 具足などの下半身の鎧をはずすのは諦めて、おいらは椅子に座った。

 金属同士がぶつかり、がしゃんと音がする。



「しっかし、結局みんなツカサの方を話題にして、聖剣を持ってるおいらのことなんて誰も見向きもしなかったぜ」

 目立ちたいってわけじゃないけど、伝説の聖剣を持っているってのに、みんな鎧も聖剣も持っていないお面をつけたツカサばっかり見ていてなんだかなーって気分だった。


「それはしかたがなかろう。相手はツカサ殿だぞ。民はその姿をひと目だけでも見たいと常々思っている相手なのだ」


「そりゃわかるけどさ。なんかこう、モヤモヤする」



「気にするな。どうせツカサ殿はチャンピオンシップでは本気は出さん。一回戦であえて負けるか、のらりくらりと勝ち上がるかのどちらかだろうさ」



「むしろもう見張りを巻いて闘技場の外に居たりしてな」


「……それはありえるかもしれんが、困るな。色々な意味で」


「おいらにゃ関係ないことだからしーらね」



 ツカサは大会の優勝になんて興味ないから、開会式に出て義理を果たしたってすでに居なくなってるかも。

 まあ、最悪一回戦くらいは出るかもしれないけど、頂上決戦のマックスのところまではいかないんじゃないかな。



(……ツカサ殿がこの大会に参加させられたのはリオを目立たなくするためだ。今のところその狙いは成功しているが、リオが勝ち抜いて行けばそれも覆されて行くだろう。ツカサ殿もそれに付き合う義理はないから、これからが本当の勝負だな。リオにしても、貴族達の狙いにしても)


 やれやれと、マックスが肩をすくめた。


 なんだ、いきなり?



「マックス。ここにいるか?」


 控え室がノックされた。

 どこかで聞いた覚えのある声だな、これ。



「おお、マイクか」


 マイク。ああ、思い出した。あのサイドバリィの街をふくめたマクマホン領を統治するマクマホン家の坊ちゃんにしてマクマホン騎士団の団長を務めるマイク・ナントカ(忘れた)・マクマホンじゃないか。


 確か、マックスと親友とかだったな。

 サイドバリィの武闘大会の時にゃお世話になったのを覚えてるぜ。


「どうした?」


 マックスがあっさり扉を開けた。


 おいおい。せめておいらに開けるか聞いてからにしろよ。

 一応おいら、表に出るときはちゃんと兜をかぶって顔を隠せって言われてんだから。


 なんでも、こんなガキだと舐められるからって理由で。


 まあ、この人はおいらのこと知っているからいいだろうって考えなんだろうけど。



「ひさしいねリオ君。まさか君も聖剣を抜くとは思わなかったよ。この大会、がんばってくれたまえ。私と当たることがあっても手加減は無用だぞ」


「へいへい」

 おいらはひらひらと手を振って挨拶を返した。



「それで、何用なのだ? マイクよ?」


「ああ。エニエスを見なかったか? 開会式の後から姿が見えなくてな」


 エニエス? ああ、あのマクマホン騎士団の副官か。

 そっちも武闘大会の時顔をあわせているから覚えてる。



「拙者は見ておらんな」


「あ、おいら見たよ。開会式終わって戻ってくる時、なんかでかいくて長い斧持ってた人と話ししてたけど……」


 斧っていうか、槍っていうか。槍に斧がついてるような武器持ってた騎士のおっさんに話しかけてた。



「長い斧? ハルバートのことか?」


「多分それかな?」


 ハルバート。槍斧とも書くらしい。

 簡単に言えば、槍の先に斧をつけた、突く、斬る、払うすべてが出来るようになった斧と槍両方の特性を持った武器なんだって。


 非常に汎用性が高く、使いこなせばものすごい脅威なんだとか。

 


「ハルバートを持った騎士といえば、ルパード卿ではないか。それは次のリオの対戦相手だぞ?」


「へー」

 マックスがその人に心上がりがあったようで声をあげたけど、おいらはその言葉のままの感想しか出てこなかった。


 どんだけ凄い人だとしても、おいらにゃその凄さよくわからないからだ!(えっへん!)



 マックスの答えを聞き、マイクさんは首をひねった。



「はて。あの二人は顔見知りでもなかったと思うが……」



 おいらに言われてもそんな理由わっかんねーよ。


「ちなみに話してるのを見ただけだから、そっから先は知らねーよ」


「いや、それがわかれば十分。ルパード卿のところへ行ってみよう。邪魔したな。では、君の方もがんばりたまえ」


 そう言い、マイクさんは出て行った。



「なんだったんだろ?」

「今は気にするな。まずは目の前の一戦に集中するんだ」


「わかったよ」


 おいらはいったんその副官のことは忘れ、目の前の戦いに集中することにした。




──ツカサ──




 歩き回って大会中止を求めてみたが、やっぱり結局まったく無意味だった。


 そもそも俺の一存でこんな国家的大会を中止に出来るわけがない。

 理由だって(俺の命が)危険だからってとんでもなくあいまいな理由だし。


 大会もはじまってしまったし、もう中止は望めないだろう。



 となれば、俺のとれる手段はたった一つ!




 そう。逃げるんだよおぉぉぉ!!




 敵前逃亡がなんだ。ルールがなんだ。監視がなんだ! 見張りがなんだ!


 俺は、死にたくない!



 だから逃げる。それのなにが悪い!



 女神様が助けてくれないってんなら、俺は自分で助かるぞこんちくしょー!



 俺だって、ただ目的もなく闇雲に闘技場をうろついていたわけじゃない。


 中止が無理だった場合の第二策のため、情報収集をしていたのだ!



「オーマ、オーマ」

『なんだ相棒?』

 俺は控え室に戻ってオーマに語りかけた。


 二人の見張りは控え室の入り口を塞ぐようにして仁王立ちしている。控え室はそこまで広いわけじゃないから、なにか怪しいそぶりを見せれば即座に跳びかかられることだろう。

 オーマと小声で話している分には会話は聞こえないだろうけど、なにか悪巧みしていることくらいはわかってしまうだろうか?


 そこまでして俺を見張るなんていやんなっちゃうよ。

 ちなみに、最後の癒しの空間。おトイレはアメリカンタイプというか、足元が見えるよう仕切られ完全個室にはなっていないタイプなので、まったく落ち着けない場所と化している。

 むしろここのトイレは逃げ場のない監獄と言っても差し支えないレベルだ。


 なんでもここを設計した人がトイレで不正できないようにと完全な密室にならないようにしたらしい。

 なぜ人を信じない。これを作った人よ!


 それはさておき。



「さっき闘技場を回っていた時、闘技場の構造も一緒にサーチしていたはずだ。その中から誰にも気づかれず闘技場から抜け出せるような場所があったら教えてくれ」


 そう。これが第二の策。

 オーマに秘密の抜け道を探させてそこから逃げるというものだ!


 実は隠し部屋に入って安全に枝を使う。というのが当初案だったのだが、そもそも隠し通路があったら枝使う必要ないじゃん。と気づいた紆余曲折は秘密である。

 よって第三案はなんとかして枝を使う。ということで!



『なんでそこまでして大会を中止にしようとしたり、逃げるようなまねするんだよ相棒?』


「何度も言うけど(俺の)命が危ないからだよ。中止はもうどうしようもないからもういい。そこまで期待していなかったしな。それよりあるのかないのか。どうなんだ?」


『わ、わかったよ』


 俺の有無を言わせぬ命令に、オーマはどこか納得できないながらも従ってくれた。

 悪いな。情けない主人で。


 でも、死んだら元も子もないんだ!



 オーマが構造をサーチして得たデータを検証した結果、それは見つかった。



 回廊の中に作られた秘密の通路。


 どうやらいざという時偉い人が逃げ出すための緊急経路だったのだろう。

 今は昔、もう忘れ去られた隠し通路。


 おあつらえ向きな地下水路へむかうルートが見つかったのだ!



 ふふっ。睨んだとおりだ。

 こういう場所なら王様を逃がすための隠し通路とかきっとあると思っていた!



 逃亡防止のためにみんなで俺を見張っているとしても、こっちは通路を曲がらずともそこに人がいるのか把握できるオーマがついている。見張り二人以外がどこにどんな監視がいるのか丸わかりなんだから、その隙を突くのも簡単というわけだ!


 さすがオーマ! やっぱり情報こそが最大の武器よの。



 いくら騎士が有能優秀であっても、誰も知らない通路に入ってしまえばこっちのもの。そこに入ってしまえば誰にも見つからず闘技場から逃げ出すことが出来る!

 これなら女神様の力も枝も使う必要はない!!



 オーマの情報を使い、曲がり角をいくつも曲がり見張りの二人を巻く。


 場の構造をきちんと把握すれば、一瞬くらいならその視界から逃れられる場所くらいあるってもんだ。

 あとはその隠し通路へとびこむだけ!



 そしてここで、開会式でお面をかぶっていた意味も出てくる!



 ここで俺が逃げ切ってしまえば、見張りの人達はなにをしていたんだと怒られるのは間違いないだろう。


 だが、お面のサムライなら俺が逃げたあとでも控え室においてきたそれを使って代役を立てることにより、俺が逃げたという事実を誤魔化すことも出来る!

 俺が戦いたくないことは知っているわけだから、そこで一回戦負けを演出すればオーケーというわけだ。



 そうすれば彼等は責任を回避できるし、俺も安全かつ逃げたという事実さえなくなる!



 これに気づけば俺もハッピー。あの人達もハッピーエンドといいことづくめ。

 例えそれが思いつかなくとも俺にはどうでもいいことだ。



 重要なのは、俺の身が無傷でこの大会を終えられることなのだから!



 見張りの人達への提案は俺からの気づかい。

 逃げる前に他の人のことも心配する。俺って出来る男だね!


 本当に出来る男は逃げない。なんて声は聞こえないよ!!



 オーマの指示に従い、ぱぱっと隠し通路を開いた。

 真っ暗くて小さな階段が俺を出迎えてくれた。



 カバンからライトを取り出す。



 それじゃ、大会が終わったらまたあおうぜみんな!




 そうカッコつけながら、俺は隠し通路へ足を踏み入れた。




──リオ──




 ついにチャンピオンシップがはじまった。


 何度かスラムでも話題になっていたし、国を挙げての祭りだから存在は知っていたけど、どうせ貴族達の戯れ程度のものだろうと思っていた。


 でも、遠い街で噂で聞いていたのとはまったく違った。


 騎士と騎士の意地とプライドがぶつかりあい、華やかさがある中、槍が折れても剣が折れても立ち上がる戦士達の戦いがそこで繰り広げられていた。



 それは、貴族達の戯れなんかじゃない。

 騎士の魂をかけた真剣勝負。


 この国一の騎士を決める戦い。



 それが王都チャンピオンシップだった。



「……リオ?」

 一緒に観戦していたセコンドのマックスがおいらに声をかける。


 その時初めて、おいらは小さく震えていることに気づいた。



 武者震い?

 いや、自身の全てをかけた騎士達の気迫に圧されてしまったのだ。


 普段領地でふんぞり返っているだけの奴等かと思ったら、そうじゃなかった。



 おいらが知らなかっただけで、騎士はきちんと、この国を守る守護者だったんだ!



「だ、だいじょうぶさ」

「声が震えているぞ」



 いまさらながら、怖気づいてしまった。



 どうしよう。と思ったが、すでに遅い。


 おいらの番が来てしまった。



 闘技場の中央で、魔法で拡声された声がおいらの名を呼ぶ。



 おいらは呼ばれたから、ふらふらとそっちへむかっていった。



 四角い闘技場の真ん中で、おいらは言われるがままにソウラを抜いて構えた。


 両手でぐっと握り、相手に……



 ……相手?



 今、おいらどっちを向いて立っているんだっけ?


 大歓声が響いて、聞こえているのになにも聞こえていない気がする。

 天地がぐるぐる回っている気がする。


 もう、ワケがわからなくなってきた。



『大丈夫ですよ』


 声が、聞こえた。


「……っ!」


 ソウラの声が、わたしの頭の中に入ってきた。



『大丈夫。あなたは一人じゃない。私だけじゃなく、ほら、マックス君も、そしてきっとどこかで彼も見ていてくれてる』


 そう言われ、選手待機の席を見ると、マックスがなぜか心配そうな顔をしておいらを見ているのが見えた。

 なんだよ。自分で戦う時より心配そうな顔してるぞマックス。


 見回したけど、ツカサは見つからなかった。


 ひょっとするともう逃げちゃったのかもしれないな。

 でも、ツカサなら観客席から見ていてくれてる気もする。



『さあ、思い出して。あなたはなぜ、ここに立とうと思ったのかを』


「……」



 そうだ。

 騎士達も自分の誇りと魂をかけてここに立っているのだろうけど、わたしだって自分の誇りと魂のためにここにきたんだ。


 大切な人の隣にいるため、その人と一緒に歩ける資格があると確信するために!



 ぐるぐる回っていた意識が平衡感覚を取り戻す。

 足はもう震えない。


 体中に、力がわいてくるのを感じた!



 おいらの相手は、巨大なハルバート(戦斧)を持った全身鎧の大男だった。

 同じ全身鎧のおいらと違うのは、顔はむき出しだったということか。


 精悍な顔をしていて、この前殴り倒した爺さんをいじめた騎士崩れとは大違いの迫力と面構えだった。



 素人目で見ても、構えたハルバートに隙がない。

 下手に飛びこめば真っ二つにされるような錯覚さえ覚えるほどだ。


 これが、本当の騎士のプレッシャー!



「はじめ!」



 審判から開始の合図が響いた。



 ドンッ!


 とまるで闘技場の床が爆ぜたのかと思うほどの勢いで対戦相手がつっこんできた。


 全身に鎧を身に纏っているというのに、驚くほどの早さだ。



 でも……!



「見える!」



 ものすごい速度で振るわれたはずのハルバートの先端まではっきりと認識することができた。


 ソウラの力でその動きがスローモーションに見える。

 横に薙がれたハルバートの斧部分を屈んでかわし、おいらも一気に間合いを詰めた。



『一気に決めます!』

「おう!」


 ソウラを握る手に力をこめる。

 刀身が小さく光を放ち、おいらにも力があふれるのを感じた。


『今刃の切れ味をゼロまで落としました。一気に振りぬきなさい!』



「おおおおお!」



 気合一閃!



 思いっきりソウラを振りぬくのと同時に、全身鎧の騎士はものすごい勢いでリングの上を飛び越え、客席の壁まで吹っ飛んでいった……!



 ボゴッ!


 鈍い音を立て、巨大な鎧騎士が壁にめりこんだ!




 ぱらぱらと、壁の破片が床に落ちる。



「……」

「……」



 しーん……


 あまりの光景に、観客席はおろか実況、審判団も口をあんぐりあけて固まった。



「……いや、やりすぎだろコレー!」



 壁にめこってめりこんだ騎士を見て、おいらは思わず叫んだ。



『ちょっと気合入れすぎちゃった』

 てへっとポンコツ聖剣がお茶目に笑う。


 笑い事じゃないよ。まさか殺しちゃったんじゃ……?



 一応ルール上相手を殺してしまっても罪にはならないようだけど、死んじゃってたら後味悪いってレベルじゃないぞ。



 ぼこん!



 でも、相手はあっさりとめりこんだ壁から這い出してきた。


 金属音を立て、床に立ち、こちらに平然と歩いてくる。

 ああよかった。どうやら無事らしい。



『……あの一撃を食らって平然としているなんて、現代の騎士、すごいのねぇ』


 いや、単純にあの人が凄いんだと思うよ。

 普通に考えりゃ死んだかと思うような衝撃だもん。



「場外! よって勝者、リオー!」


 あまりのことに、一瞬固まっていた審判団からおいらの勝利を宣言するコールが入った。

 同時に、観客もわっとわきあがる。



 ぬうっと、場外に吹き飛ばしたさっきの騎士がリングに戻ってきた。

 通例として、戦い終わったあと握手とか拳をぶつけあわせたりとか、剣をぶつけたりとかの挨拶をするから、そのために戻ってきた……はずだった。



 なにか、おかしい。


 戻ってきたあの騎士を見て、おいらはそんな違和感を感じた。



「っ!」



 そして、気づいた。


 あの騎士、目の焦点があってない!

 明らかに気絶しているのに、平然と動いてる!


『いけない!』

 ソウラの声と共に、おいらもいた場所から飛びのいた。



 ズズゥン!



 騎士が手にしたハルバートが、さっきまでおいらのいた場所の床を破壊していた。

 同時に、ぶしゅっと騎士の肘から血が噴出す。


 リングの床を砕くほどの一撃に、自分の腕が耐えられなかったのだ……!



 会場全体がざわめいた。


 当たり前だ。騎士の大会だというのに、敗北した腹いせに勝者を襲うなんて考えられないことなんだから。



 でも、それは違う。

 コレは腹いせなんかじゃない。


 明らかに、この人自身の意思で振るった攻撃じゃないからだ!



『ギッ。ギギッ。ギギギギギッ!』


 喉の奥。いや、どこからかわからないけど、目の前の騎士から笑い声が響いてきた。


 がたがたと、騎士の頭が揺れる。いや、震える。

 その姿は明らかに尋常じゃない。異常だ。


 そして、ハルバートを床から引き抜き、おいらに向けて振り回す。

 この一撃一撃、これはおいらを狙った攻撃だった。おいらを殺すための攻撃だった!


 おいらはそれを、余裕をもってかわしてゆく。

 ワケがわからないが、目の前のおっさんを斬ったりしちゃいけないと思ったからだ。



『やはり、そういうことですか!』

 ソウラが我が意を得たり! と声をあげた。


「どうしたんだよいきなり!」


『ふっ。ふふふ。やっぱり私の目覚めは間違いではなかった! 世界の危機はあったんです。今まさに、そこに!』

「だからどういうっとわっ!?」


 話をしていたら危うくハルバートの直撃を受けそうになった。

 やっぱ鎧をガチガチに着こんでいるから動きにくい!


 下手に会話していると避けられないかもしれない。



 というか、相手の速度徐々にあがってないか!?



『安心なさい! こいつは私の領分! リオは私を前に出して!』


「わ、わかった!」


 おいらは言われたとおりソウラを前に突き出す!



『神官が私の勇者を狙ってきたということは、復活が近いのですね邪壊王! くらいなさい。ライトソウラ!!』



 カッ!


 ソウラが叫んだ瞬間、まるで朝日がその場で輝いたかのような光が瞬いた。



『ギャアァァァァ!!』


 騎士から悲鳴があがる。


 顔をおさえ、ソウラの放った光に痛みがあるようにのた打ち回った。



 そうして痛がっているのはそいつだけ。光でまぶしかったというのはあるだろうが、他に影響があった人はいない。



 のた打ち回る騎士はかぶった兜をはずし、その頭をかきむしる。


 すると髪の中からなにか小さなものがすぽんと飛び出した。



 それはノミほどの大きさから、ぐんぐんと大きくなって行く。



 リングの中央に、二階建ての家くらいの大きさのあるノミが現れた。

 はっきり言ってそれは、怪物と言う以外に表現は出来ない。


 だって、そのノミの顔のところには、角の生えた醜いおっさんの顔がついていたんだから。



 観客席から悲鳴があがる。



 リングに倒れ、その怪物ノミはまだ苦しむようにのた打ち回った。


 おいらはとっさに意識を完全に失い倒れはじめた騎士をつかみ、リングの外へと放り投げる。

 このままこいつが暴れまわったら踏み潰されてしまうと思ったからだ。


 状況はよくわからないけど、こいつがこの騎士の体をなにかしていたに違いないのだから。



 ……騎士の、体を?


 ちょっと前に同じようなことがあったと思ったけど、それをゆっくり思い出している暇はない。



 おいらはソウラを両手で構え、のたうちまわる怪物ノミを睨みつける。



『観念なさい。操る体を失った今、あなたに勝ち目はありません』



『くっ。くくく。くははははは!』



 だが、怪物ノミは突然笑いはじめた。

 ひっくり返り、ピクピクとノミの体は痙攣しているというのに、牙の生えたおっさんだけは笑っていた。



『なにを笑っている!』


『これが笑わずにいられるか。聖剣よ、貴様は我等の策にかかったのだ。遅い。もう遅い! 我はただのおとり。聖剣とそれを持つ勇者をこの場に縛りつけておく囮なのよ!』


『なんですって!?』


『仕込みは終わった! 我が同胞により地下に仕掛けられた我等が邪術により、この闘技場にいる貴様はおろか、この戦いを見る数万人全てが餌食となる。貴様等は我が主に捧げられる贄となるのだ!』



 怪物ノミは闘技場全てに響くよう高らかに宣言した。


 そして、笑う。


 笑う。



 まるで、勝利を確信したかのように。



『我を手にかけてももう遅い。もう遅いぞ! 今から焦ってももう遅い! さあ、これが我が主、邪壊王様、この場にいる全ての人間を糧としておうけとりくださいー!!!』



 言った直後、リングと観客席とをぐるりと囲むように赤黒い光の円が生まれる。

 さらにおいらからは見えなかったけど、闘技場の外を囲むようにもう一本円があり、その内側にイビツな文字が描かれはじめた。


 おいらによくわからないが、いわゆる魔法陣てヤツがあの怪物ノミの言葉と同時に浮かび上がってきたのだ!



 誰もがそれを見てヤバい。と感じ取った。


 だが、おいら達にできることは……!



『いけない。地下に人々の命を喰らう大規模邪術が確かにある! このままでは!』

 ソウラが悔しそうに言葉をはいた。


 なにもできない。そう確信し、衝撃に備える。




 しんっ……!




「……」

『……』


「……?」


 だが、なにも起こらなかった。



 誰もが頭を抱え、身をかがめたが、いつまでたっても音も、振動も、衝撃さえもやってこない。


 なにも、起きない。



『なぜ発動しないー!』



 怪物ノミが叫んだ。



『なぜだ。なぜなにも起きない。なぜこの場にいる全員が生きている! 間違いなく仕掛けたはずだ。発動していた。なのに、なぜだ!』


 怪物ノミさえ混乱している。



『なぜ……?』

 ソウラさえ、なぜこの場が無事なのか不思議でならないような声をあげている。


 いつの間にか生まれた魔法陣も消え、なにもかもがなかったかのような状態になっているんだから当然だ。




「……ツカサだ」




 おいらはぽつりとつぶやいた。


 今、この瞬間、今までの違和感が全てがつながった……!



「ツカサ、ずっと言ってた。大会を中止しろって。それ、おいらの安全のためなんかじゃなかった。そうだよ。おいらの安全を考えるなら、そもそもツカサは大会に参加なんてしない。おいら、間違ってた……!」


 ツカサの隣にいる自信が欲しいという欲望のために、おいらの目は曇ってた。


 おいらは自分のことしか考えていなかったってのに、ツカサはこの闘技場に集まったすべての人のことを考えていたんだから!



 マックスの方を見ると、マックスも同じことに気づいたようだ。




 ──そして同時に、多くの騎士達も自分達の認識の過ちに気づいた。


 サムライは大会が面倒で中止にしろと言っていたわけではなかった。

 サムライは裏の事情に気づいて御子を表に出さないため中止にしろと言っていたわけではなかった。



 ツカサが大会を中止しろと言っていたのは、この場に集まった者達全てに危険が迫っていたからだ……!




 ずっとツカサは言っていたじゃないか。危険だって。

 遠まわしに言い続けたのも、こうして闘技場の中には体を奪って潜む敵がいるからだ。


 どこに敵がいるのかわからないんだから、具体的な説明なんて出来るはずがない。


 それでも出来る限りの警告をして回っていたってのに、その異常事態を認識できたのが誰一人もいなかったなんて、なんて皮肉なんだ!



 だからツカサは、たった一人でその邪術を止めに行った。


 力は万全な状態じゃないってのに、それでも一人で行き、そして、この場にいる全員の命を救った……!



 それに、誰も気づいていなかったなんて、おいらは自分が情けない!



 誰もが気づいた。

 でも、気づくのが遅すぎた……!



『ば、かな……だが、我が邪術が発動していないのも事実……なんてことだ……そうならぬよう、ヤツには監視をつけさせていたというのに……』


「っ!」

 ツカサの逃亡防止としてついていたあの二人。

 あれもこいつ等の計略の一つだったのか。


 命令してツカサにまとわりついて、奴等の仕掛けた邪術とかいうのを邪魔させないための策。


 でもそんなの、ツカサには関係なかった……!



『最大の敵は、聖剣でなく、サムライの方であったか……!』



 悔しそうにつぶやきながら、それはチリとなるように消滅していった。



「消えた……」

『私の力によって消滅したようですね』


「そっか。って、こうしちゃいられない。ツカサを!」



 この後このチャンピオンシップがどうなるかはわからないけど、そんなことよりツカサの安否が心配だった。


 ツカサの心配をするのもおこがましいけど、それでも心配なものは心配なんだからしかたがない!



『待ちなさい!』

「なんでだよ!」


 リングから駆け下りようとしたら、ソウラに止められた。



『ツカサ君を探している暇はないわ。空を見なさい!』

「え?」


 足を止め、空を見た。



 ざわっ!



 同時に、観客席や選手控え席からざわめきがあがった。


 皆、同じように空を見上げている。



 さっきまで青空だった空が、突然灰色の空になっていた。

 空を覆っているのは雲じゃない。


 空が、灰色になっていた……!



「な、なんだこれ……!」


『なんてこと。なんてことが起きているの!』

 ソウラが信じられないと声をあげている。



『フフッ。フハハ。フハハハハハ』



 空から大地を揺るがさんばかりの笑い声が響いた。


 声が徐々に強くなり、おいら達が見上げる空に黒い人型のシルエットが浮かび上がる。

 人の形をしているというのに、それはとても禍々しい姿をしているように見えた。



『やはり。すでに復活していたのね。邪壊王!』


「っ!?」


 ソウラの声に、誰もが驚きを隠せなかった。

 千年前、地の底から現れこの世界を我が物にしようとした邪悪の化身。


 それが、あの空に浮かんだ人影だってのか!?



『おかしい。我の復活を祝う贄が用意されておらぬようだな』



 まるで、空を睨むおいら達の視線などまったく気にならないように、それはこの闘技場を見おろし、言った。


 シルエットの瞳が真っ赤に輝くと、リングへの入場入り口から一人の男が飛び出し、膝を突いて頭を下げた。


 あ、おいらあの人知ってる。

 さっきマクマホン騎士団の団長が探してた。副官のエニエスってヤツだ。


 それが、マックスが前にやってたサムライ最上級の謝罪、ドゲーザってヤツみたいなことをして空のシルエットに謝っている。



『大変申し訳ございません邪壊王様!』



 その声は、おいらの知るエニエスの声じゃなかった。

 さっき消滅した怪物ノミと同じ声。


 つまり、こいつもさっきのと同じってことだ。

 そしてこいつが、さっき発動しようとした邪術を仕掛けんだろう!



『あなた様の復活に捧げる贄は……』



『言い訳は聞かぬ!』

 空のシルエットの手が動いた。


 直後、その指先が光り、黒い稲光が瞬く。



『いけない!』

「っ!」



『お、お許しをー!』



 あの副団長めがけて、黒い雷が邪壊王から放たれた。




 ゴゴォン!

 雷が落ちたのと同じ音がそこに鳴り響く。




『……む?』


 でも、副団長は無事だった。


 シルエットはいぶかしんだように目を小さく動かす。



「ったく。おいらも聖剣も無視するんじゃねー!」



 ソウラを構え、光のバリアをはってもらって黒い雷をはじいたおいらが邪壊王とかいう黒いシルエットにむかって言った。

 邪壊王だかなんだか知らねーが、おいらを無視してんじゃねーよ!



『ほう、新たな勇者か』

 やっと気づいた。と言うように口を開きやがった。



『なぜ、敵である我が神官を庇う?』


「あんたの手下なんてどうだっていいさ。でも、この体の人を殺させるわけにはいかないんだよ!」


 例え一回か二回おいらを殺そうとしたヤツだったとしても、見捨てていいわけがないからな!



『ならば、我が神官ごと消えうせるがいい!』



『リオ!』

「ああ!」



 おいらはソウラに答え、その体を高く高くかかげる。

 直後、ソウラの刀身に力が集まり、今までとは比べ物にならないくらいの光が発せられた。


 小さな小さな太陽が、そこに生まれる!



『クッ! やはり我が前に立ちはだかるのは女神の寵愛を受けた聖剣の勇者か! だが、覚えておけ、女神はすでにいない! この世は我のものだということをな!』


 そこから生まれた光は、広がった灰色の空と、おいらの方へ腕を振り下ろそうとした黒いシルエットをかき消してゆく。

 さらに、おいらの背後にいた神官と呼ばれた怪物ノミも、一緒に消滅する。



 聖剣の瞬きが消えると、その場には何事もなかったような青空が残されていた……



「……倒した、のかな?」

『いいえ。影をかき消しただけです。本体は別のところにいます』


「そっか」


 これで終わりじゃなく、むしろはじまりなのか……



『ですが、あぶなかった』

 ソウラがどこかほっとしたような声をあげた。


「どういうこと?」


『ヤツも復活したばかりでパワーが足りなかった。もしくは、なんらかの原因でパワーを使い果たしていたのでしょう。あっさり引いてくれました。最初に言っていた贄が捧げられていたら、どうなっていたか』

 そっか。あれはアイツのパワー補給でもあったってことか。


 ツカサが敵の謀略を打ち破っていなければ、どうなっていたことか。想像するだけで恐ろしい。

 ますますツカサに感謝しなきゃいけないな。



「……つーか、ソウラがいるんだからむしろあのままやっつけちゃった方がよかったんじゃ?」



『いえ。私も今目覚めたばかりで万全ではありません。むしろ、現段階でヤツに勝てるかどうか……』


「おいおい、マジかよそれ……」

 ここで一番頼りになる聖剣がそんな弱気じゃたまらないぞ。


 聖剣を持つおいらが勝てないとなれば、次に戦うのは『シリョク』ってサムライの力の源を失っているツカサだ。

 そうなったら……



 ツカサは命を賭してでも世界を守るだろう。



 ……それだけは避けなきゃいけない!


「ソウラ」

『なんです?』


「あんたの力、どうやったら取り戻せる?」


『リオがやるのですか?』


「そうさ。今のソウラの持ち主はおいらだからね!」


『わかりました。では、共に世界を救いましょう。新たな勇者様!』



 そう、おいら達が誓った直後、地面が小さく揺れた。

 前に感じた地震てヤツじゃない。


 西の方からなにかが生えてきたような振動だ。



 闘技場の上に位置する見張りの人が慌てているのが見えた。



 なにが起きたのかは、すぐにわかった。




 それは、西の果て。かつて邪壊王の城があったという伝説の場所に、その城が再び現れた証だったのだから……!




──ツカサ──




 地下の隠し通路は地下水路につながっていた。

 俺はオーマの指示の元、闘技場から脱出するため隣に水が流れる中、通路を歩く。


『相棒、この先に扉があるが、そこさえ抜ければ……な、なんてこった……!』


 オーマが驚いた声をあげた。



 どうしたのか。と答えを聞く前に、その理由が俺にもわかった。



「なっ!?」



 なんとオーマが扉をこえろと言った部屋にマクマホン騎士団副団長のエニエスさんがいたのだ。


 あっちもまさかここに人が来るなんて思ってもみなかったんだろう。

 俺の顔を見て驚きの声をあげている。


 ちなみに俺は、驚きすぎてなんの反応も出来なかったのは秘密だ。



 なんてこった。こんなところにまで見張りを立てていたなんて。この大会の開催者も本気で俺を逃がさないつもりなのか!


「まさかここまでするとはね」


 思わず本音がこぼれた。


 ど、どうする?

 騎士団の副官相手なんて勝てっこないぞ。このままじゃ捕まって連れ戻されてしまう!



 ダッ!


 どうしようとうろたえていると、逆に副官の人が俺とは別の方向へと走り出した。



 ぎゃ、逆に逃げた!?


 いや、違う。応援を呼びに行ったんだ。

 一応俺はサムライ。世ではとんでもなく強いと思われているらしい。

 だから、それを一人で捕まえようとするのは無謀と思ったんだろう。


 ありがたい勘違いだけど、それってつまりちょっとすれば応援が地下通路にあふれるってことだ。


 こうしちゃいられない!



 俺はエニエスさんを無視し、出口に通じている扉へ急ぐ。

 目指す扉は、赤黒い染料でなんかよくわからない落書きがされ硬く閉ざされているように見えた。


 扉と壁に描かれた落書きの線がまったくズレていないから、コレが書かれてから一度も動いていないのがわかる。


 しかもこの落書き、なんかゆっくり光ってるようにも見えるそ。



 その瞬間、俺はぴんときた。



 やばい。あの副官の人はさすが騎士団のナンバーツーだ。

 この扉に鍵がかけられていたら詰んでしまうぞ!


 しかも魔法の鍵だったりすれば、俺にはどうしようもない!



 そりゃ逃げて応援を呼びに行くのも当然だっての!!



『相棒、ここはおれっちに任せろ!』

 オーマが自信満々に俺に告げた。


「わかった。任せる!」


 俺はオーマに指示されるまま鞘から引き抜き、その刀身を扉の落書きに思いっきりつきたてた!



 白い光が突き刺さったところから気味の悪い文字に広がり、扉を縛るように存在していたその赤黒い文字がすぅっと消えてゆく。



 その文字が消えると、扉はゆっくりと開いて奥の通路が姿を現した。



 やっぱり魔法だったか。さすがオーマ! これで闘技場の外に逃げられる! いっくぞー!


 俺はその扉をくぐり、闘技場の外を目指して走り出した。

 急げ急げ。急がないと追っ手が来て大会に強制出場させられちゃうからな!




──オーマ──




『相棒、この先に扉があるが、そこさえ抜ければ……な、なんてこった……!』


 相棒と一緒に地下通路に入り、そこでおれっちはやっと、相棒がなんで危険だ危険だって連呼していたのかやっと理解できた。



 なんてこった。

 思わず出たこの言葉が、その時のおれっちの心情を的確に表していたぜ。



 やばい。相棒がむかっている先で起きようとしていることは本当にヤバイ。

 こいつに点火されりゃ、上で観戦している観客はおろか参加の騎士、リオ、マックス。それだけじゃねえ。闘技場の周囲にいる奴等と、何万人の人間がまきこまれてもしかたねぇ被害が出る。


 そんな術式の魔法を相手は用意してやがったんだ。


 これが、相棒が訴えていた命の危険!



 そりゃ中止しろって言うのも当然だぜ。



 それを準備していたのが目の前で呪文を唱えていたあのマクマホン騎士団の副官のヤロウだ。

 そいつの中には、気配がもう一つある。


 それは、この前相棒の体を奪おうとして返り討ちにされたヤツと同じ。



 あいつら、気配を消すのが上手くなっていやがる。この俺が、この距離まで近づかなきゃ察知できねぇなんてよ。



 てことは、あいつらは一匹が一匹じゃなく、大きな群れで一匹なんだろう。

 だから、一匹が経験したことはそのまま他の個体に生かすことが出来る。


 前回相棒に気配を気取られてやられたからか、こうしてうまく気配を隠して行動していたんだな。


 厄介なヤロウだ。



 さすが相棒だぜ。

 前回もだが、こんな小さな気配にも気づいちまうんだから、おれっち形無しの洞察力だ。


 だが、この術式の危険に気づいて祭りを中止しようと歩き回っていたのはわかった。

 でもよ、こんな危険な罠が張り巡らされているんなら、これがあるってきっぱりはっきりみんなに伝えりゃもっと簡単に大会を中止にできたんじゃねえか?



「まさかここまでするとはね」



 っ!

 相棒がポツリとつぶやいた言葉で、おれっちはさらに理解を広げた。


 そうか。

 そうだったのか……!


 相棒がなぜ、あんなあいまいな言い方をしていたのかわかった。理解できた。


 相棒はあえて、あんなあいまいな言い回しをしていたんだ!



 本気で大会を中止にさせる気なんてなかったから!



 ああして中止中止と触れ回ることで、味方に危機を伝えようとしていたのが一つ。それは本命ではなく、本当に中止しろと伝えていたのは、これをやろうとしていた奴等にだったんだ!

 相棒は暗に奴等に伝えていたんだ。『俺は、お前達の策を見破っているぞ』と。中止しろというのは、敵への警告だったんだ!


 敵がこれを中止にすることによって、大会そのものを本当に中止にさせないために!


 相棒はそれをうながすために、あんなあいまいな言い方を続けていたんだ。



 あんな言い方なら実際に大会を中止にするヤツは一人としていない。

 だが、なにか策を立て、実行しようとしている奴等には自分達のやろうとしていることが把握されているから大会を中止にしろと言ってまわっているように見える!


 なにも起きなきゃ、相棒はただ変なヤツだと思われる。

 でも、そんなことは相棒にとって関係ないことだ。


 相棒は他人の評価なんて気にしないお人だ。自分が変な人だと思われても、他者が幸せならそれでいいというお方だ!


 相棒はただ、この大会が平穏無事に、滞りなく進むことだけを望んでいたんだ……!


 大勢の人達の楽しみを、潰さないように配慮していたんだ……っ!!



 だから相棒は、これを実行しようとした奴等に慈悲をかけた。



 相棒の中止の言葉は、危機を察知出来るほど聡い味方に忠告をうながすことと、敵に警告することとの二つを同時に行った行動だったんだな。


 だが、味方は誰もこの危機に気づかなかった(悲しいかな、おれっちさえ敵がいるかと聞いてくれた相棒の期待に答えられなかった)し、敵はこの慈悲を無視した。



 結局強引にこれを行おうとして、相棒に決定的な瞬間を咎められる結果となった……



 相棒がせっかく慈悲を与えたその時に、勝てねえと悟ってやめておけばよかったのによ。

 その副官の体を乗っ取ったのが何者かは知らねぇが、学習しねえヤロウだ!


 いくら今、相棒が『シリョク』を使い果たし弱体化していても、返り討ちにあうのは前回で理解しただろうによ!



 いや、ここは隠し通路内。むしろここに来るってことはありえないと踏んでいたか?

 残念だったな! それはおれっちを甘く見ていたってことだ! 唯一頼りになる相棒の相棒、このオーマ様をなぁ!



 さあ、観念しやがれ!



 と思った瞬間、マクマホン騎士団の副官の体を奪っていたヤツは脱兎のごとく駆け出し逃げやがった。



 あいつこそここで闘技場全体を覆う邪悪な術を発動しようとしていた張本人。


 ヤツを倒さねば、この術が発動し上に居る数万人の人間達がみんな死んじまう!



 だってのに、相棒は逃げるそいつを無視して扉の方に走った。



 なんで!? と思ったが、やっぱり相棒は凄かった。



 この術は、すでに発動がはじまっていたんだ。

 すでに術者を倒しても阻止できないような状況。


 だからヤツはあえて逃げて、相棒に自分を追わせようとした。


 危うくおれっちはひっかかるところだったが、相棒は引っかからなかった。



 術式の核を一瞬にして見極め、そっちへ走ってたんだ。



『相棒、ここはおれっちに任せろ!』

 おれっちは核を見定められた瞬間そう叫んでいた。


 相棒ばかりに負担かけられるかよ!

 今まで戦いじゃまったく役に立たなかったおれっちだが、今くらい活躍させてもらうぜ!


「わかった。任せる!」


 即座におれっちに任せてくれた。

 この決断力。さすが相棒だぜ!



 おれっちは相棒に刀身を引き抜いてもらい、術式の核たる扉に突き立ててもらった!



 邪術と呼ばれる古の邪法がおれっちの体の中に逆流してくる。

 相棒はこれを、『シリョク』なき体でどうにかしようとしていたんだから、とんでもねぇ話だぜ。



 だが、ここはおれっちの活躍の場。ここで面目躍如せずしていつするってんだ!



 おれっちの体に流れこんでこようとする邪悪な意思を押し返し、おれっちの意思を逆にその術に流しこむ。



 カーッ!



 カッコいい言葉なんて思いもつかず、ただ気合でそれを押し戻した。

 最大限の力をこめ、おれっちは発動しようとしたその術式を破壊する!



 扉と壁を覆っていた術式は光に消え、これでこの術が発動することはなくなった。



 地上にいる数万人の命は救われたってわけだ。



「さすがオーマ」

『へへっ。相棒の手助けが出来て、おれっちも幸せだぜ』



 そう、おれっちはうなずいた。



 ここで大人しくしているとさっきのヤツがなにも知らねえヤツ等を連れて戻ってくる。

 正体を暴くにゃ準備がたりねぇから、相棒は一度別の出口を目指すことにしたようだ。



 相棒は、外へ走り出す。




 どうやら、チャンピオンシップなんてお祭りやってる状況じゃなくなっちまったようだな……




──エニエス──




 ななななななんでこんなところにサムライが!


 隠し通路の奥で聖剣の勇者と闘技場に集まった人間達を殺すための術式を組み立てていると、いきなりサムライがその場にやってきた。


 このエニエスと呼ばれる男は人間の中でも偉い地位にある男。こいつを使い、サムライの味方であるはずの騎士を見張りにつけさせていたというのに、それも無意味だったか!

 何度も逃げているサムライを逃してなるものかと、奴等の気概を逆に利用し、闘技場から出られぬだろうと縛り付けたつもりだったが、それでも無駄だったようだ!



 チャンピオンシップがはじまり、唐突に大会を中止しろといいはじめたサムライの行動。


 それは誰が見ても明らかに不振、不可解な行動だった。

 当然、裏を考える。


 結果、我等の存在に気づいたのかと思い、一度はこの計画──聖剣の持ち主を確実に消すため、対戦相手の体も奪い、そこに注意を集中させその間にこの地下から闘技場ごと我が主の生贄として捧げる──を中止しようかとも考えたが、いくらサムライといえどもこの地下通路の存在には気づけまい。と実行した。

 だいうのになぜ肝であるここがわかった!


 聖剣の主を狙った私の前に現れるというならまだわかる。



 なぜこの五百年以上使用されていない地下通路に隠れた私の方に現れる!



 ひょっとして、見破られたかと慌てて地下通路に入るところを察知されたのか?

 ヤツが中止と触れ回ったのはこちらを慌てさせる作戦であった可能性さえ捨てきれない!



「まさかここまでするとはね」



 ため息をつくように、サムライが言葉を放った。


 やはり。やはりか!



 別の私からもたらされた情報でサムライは危険だと知ってはいたが、これほど恐ろしい相手だとは想像を超えている!

 遠くから客観的に感じるこいつと、目の前に現れたこいつとでは、まったく違う!


 こいつの恐ろしさは実際に目の当たりにせねばわからぬ恐ろしさだ。



 別個体の私の襲撃を見抜いていたこいつは、我々の存在にも完全に気づいていた。

 それであえて警告をしていたのだ!


 それは慈悲か? いや、我等にすれば屈辱の行為だ!



 だが、こいつと正面から私が戦えるわけがない。


 これほど対策をしてあったとしてもヤツはこの場に駆けつけたのだ。

 近づけば返り討ちにあうのは必死!


 単体で戦うのはやはり無謀!



 ならばここは即座に撤退あるのみである!



 だが、この逃亡も我が計略!


 術者が逃げれば術を解除するため術者を追うのが基本! そうして追ってこさせることが我が最後の謀略! 私を倒している間に、観客はおろか闘技場周辺を喰らいつくす邪術は完成する! すでに私がおらずとも発動する段階に入っているのだ!


 さあ、術を阻止するため私を追って来いサムライ!



 ……



「……」


『……』



 なぜ追ってこないぃ!?


 一見すると術式のコアは私であるかのような偽装さえしてあるというのに、まったく欠片も追ってこないだと!?

 振り返ったところで私の元へやってくる気配は欠片もなかった。



 まさか、この計略さえ気づいたのか!?

 私を完全に無視し、術の解除へ走ったというのか。



 そんなことが出来るなんて、我が主クラスの魔法の知識がなければ不可能。

 サムライとは、そんな知識まで持っているというのか!? 千年間積み重ねた我等と同じ知識を!



 これが、別の私を抹殺したサムライの洞察力だというのか。バケモノめ!




 あぁ、術式が破壊されたのがわかった。


 これで我が計略は完全に失敗。

 こうなれば、一度地上にいる別の私と合流し新たな計略を練るしかない。



 ……しかし、地上に戻った私は策の失敗を邪壊王様にとがめられ、挙句聖剣の光によってその身を焼かれ消滅するのだった。



 邪壊王様……。お気をつけを。




 この世で最大の障害は、女神ルヴィアでも、聖剣でなく、かのサムライかもしれません……




──ツカサ──




 光の下に出ると、そこは王都の水路だった。


 時間も結構すぎたし、トーナメントの予定だと間違いなく俺の出番は過ぎている。見張りの人達が代役を立てたか、それともサムライは逃げたと噂されているか。


「ま、どっちでもいっか」


 これでサムライが臆病者だとか言われればオーマを腰にさしていても絡まれることは少なくなるわけだから、どっちにしろ結果オーライってわけだ。



 さて。リオはどこまで勝ち抜けたかな。

 せっかくだから客席にもぐりこんで見物でもしに行くか? 下手に戻ると危ないかもしれない。でも、逆に舞い戻ることこそ予想外か。


 リオの活躍も見つつ観客の中に姿を隠せる。


 下手に逃げるよりいいかもしれない。



 そう結論づけ、俺は闘技場へ向かうことにした。



 水路から顔を出し道に出ると、なんだか王都全体が騒がしい。

 やっぱりサムライが逃げたってのは大きな話題なのかな? なんて思ったら、そんなことなかった。



「おい、やっぱりチャンピオンシップ中止だってよ」

「そりゃそうだろ。こんな事態なんだから」



 なんだって!?


 街の人達が話題にしていたのは、チャンピオンシップが途中で中止になった。ということだった。

 思わず俺は足を止めそうになった。



 耳を澄ませば、どこかしこで今回のチャンピオンシップは中止になったという話題ばかりだった。

 何人もの人が話していたから間違いではない。


 チャンピオンシップは間違いなく中止になった。


 それはつまり、俺が逃げ回る理由ももうなくなったということである。試合がなくなったんだから、堂々と戻って問題ないってワケだ!



 俺はひゃっほいと心の中で小躍りし、闘技場へ戻ることにした。



 道中人々の話が耳に入る。

 チャンピオンシップが中止になるほどの事態だ。皆それの話題で持ちきりだった。


 当然、なぜ中止になったのか。という理由も耳に入ってきた。



 どうやら千年前、地の底からこの地を征服しようと現れた邪壊王ってヤツが復活したのが原因らしい。



 俺が地下にいる間に空に顔を出し、復活を宣言したのだそうな。


 しばらくすると姿を消したみたいだけど、その直後、西の果てには巨大な城が生えてきたんだと。

 前に俺達が目指した、西の果てに。



 なるほど。そこに邪壊王ってヤツがいるって寸法か。



 伝説の魔王が復活したのだから、そりゃ大騒ぎになるわ。

 千年前の存在が平然と顔を出してくるなんて、さすがファンタジー世界だぜ。


 そりゃそんな存在が現れたら大会も中止になるわ。




 ……って、ちょっと待て。




 邪壊王復活というのを聞き、ファンタジースゲーなんて思ってた俺はあることに気づき足を止めた。



 邪壊王って言ったら、あの聖剣ソウラが前に倒したってお相手じゃないか。


 それがここに現れたってことは、すなわち聖剣さんの出番。

 抜いた人の出番てことじゃないか?


 てえことは、今俺が戻ると、また世を救うのがんばれと言われるのが目に見えている。

 前回のダークカイザーは女神様の加護もあったし、ただ触るだけの簡単なお仕事だったけど、今回は聖剣さんの加護があっても命がけのガチだなんてそんなのごめんこうむりたい事案だ!



 こうなったら……!



 俺は懐から携帯を取り出した。


 聖剣と一緒に魔王退治なんてそんな危険なことやっていられるか。俺は一人元の世界に避難するぞ!


 そして世が平和になったらまた女神様に呼んでもらうんだ。

 さすが俺。完璧な命の保全じゃないか!


 すまんなみんな。少しばかり俺は己の保身に走るぜ!



 あ、留守電入ってる。



 電話をかけようと画面を見ると、留守電があったマークが出ていた。



 なので、まずはこいつを再生。

 なんせ今これに留守電入れられるのは俺が連絡とりたい人以外にいないからだ。



 再生、開始。



『……この声をあなたが聞いているということは、私は天界に現れた邪壊王に破れたということです』



 ……ん?

 声の主はもちろん女神様だったけど、なんか今、とんでもなく不穏なこと言わなかったか?



『もう、あなたをこちらとあちらを自由に行き来させることは出来ません』



 さらに不穏なセリフは続く。



『私を倒した邪壊王がなにをするか。これから世界がどうなるのか、それは私にもわかりません。ですからそこ(携帯)に私最後の召喚の力をこめました。一度だけ、今までこの地に現れた別の世界のあなたを呼び出せるようにしておきました……』


 俺を呼ぶ。それは、別の次元の同じ人間が出会えば消滅するという理論の元、元の世界に戻されることを生かした送還の方法だ。

 異世界から何者かを呼ぶことしか出来ない女神様とこの世界の絶対のルールを組み合わせたある意味脱法的な帰還法。

 女神様は、その最後の一回を俺のために用意してくれたのだ。


『ですから、それを使い、あなたは元の世界へとお帰りなさい。あなたはこの世界の命運とはなんの関係もない存在。ダークカイザーとは違い、邪壊王の台頭はこの世界の者達が解決する問題です。あなたが命をかける必要はありません』



 女神様の優しいが、後悔している声が聞こえる。



『このようなことに巻きこんでしまい、本当にもうしわけありません。あなたは元の世界に帰り、元の平穏な生活に戻ってください……』



 そこで、伝言は終わった。



「……」

 閉じていた目をゆっくりと開く。



 女神様が俺の電話に出なかった理由。それがどうしてだったのか、やっと察せた。

 ああ、そりゃあ、電話に出るの無理だ。



 耳元から携帯をはなし画面を見ると、音声入力で別の世界の俺を指定するようアプリが起動していた。

 リストから選択でも選べるけど、そっちはこっちの世界の文字なのでどれが誰なのかはわからない。


 でも、今まで俺に衝突したカナブンやミミズの俺と言うだけでいいのだから問題はなかった。


 あとは、これで別の世界の俺を呼べばこの世界から解放され、元の世界に帰れるというわけだ。



 やったー。女神様はやられたみたいだけど俺は安全だー。



 って、こんなん聞かされたら帰りたくても帰れるわけないだろー!!

 確かに世界と俺はなんの関係もないよ。でも関係ないわけないだろーがー!



 俺はリストを見ながら、心の中でそう叫んだ。



 いいだろう。むしろやってやる。やってやるよ! 聖剣さえあれば戦いに関しても不安はないからやってやる!



 どうせ携帯があればいつでも帰れるんだ。なら帰る時は俺が決める!

 そう。帰るが、それは一年後でも十年後でもいいわけだ。いいわけだったらいいわけだ!


 こうなったらもう一回世界を救ってから元の世界に帰ってやるからなー!



(あ、相棒が怒りに肩を震わせている。そうだよな。せっかく大会を中止にさせまいとがんばったってのに、それを無意味にさせられたんだからよ。人々の楽しみを奪ったその所業。後悔しねぇといいな。邪壊王!)



 俺は覚悟を決め、闘技場にむかって走り出した!!




──マックス──




 あのあと、チャンピオンシップは一時中止となった。


 当然である。千年前の仇敵である邪壊王が復活したのだ。祭りなんてやっている場合ではない。

 これが再開するとすれば、邪壊王の討伐が無事終わってからだろう。



 会場にいた領主、貴族、騎士団長達が集まり、西の果て、ダークポイントにある伝説の邪壊王の城跡に現れたその城に対し、今後どうするかの会議をしていた。

 伝説どおりの場所に現れたのだから、その城は間違いなく邪壊王の城であろう。



 今は流浪の身である拙者や、聖剣の勇者たるリオはまだその会議には出席していない。

 聖剣ソウラキャリバーを引き抜いた新たな勇者。聖剣の勇者をどうするか。それらのことも一緒に話し合っているのだろう。


 でなければ、邪壊王のことを知るであろう聖剣ソウラキャリバーをここに置いておく理由はない……



 今、拙者達は他の騎士と共に闘技場にある会議室横の大広間で待機していた。



 その、会議の終了待ちである。



 その中で動揺する者、武者震いで武器を磨く者、気を静めるため目を瞑り瞑想する者、気晴らしに話をする者様々だ。


 だが、どの騎士達もやる気にあふれている。

 会議の結果、即座に邪壊王を討伐せよと命令が下れば誰もが戦いに行くという気概はあった。


 十年前の『闇人』の時感じた悔しい思いが、そのまま今のやる気につながっているのだろう。



 それでも皆、一様に負い目も感じているように見えた。



 それは、その部屋の入り口近くの椅子に座る拙者もリオも同じ。


 皆、ツカサ殿の警告を察せなかったことが、たった一人でまた数万人を救わせることになったことに、負い目を感じている。



 あのようなあいまいなヒントで気づけるか! と口にする者は誰一人としていなかった。


 なぜなら、そのヒントを口にしたサムライはそのヒントすらなく今回の一件に気づいていたからだ。

 そんなことを口にすれば、むしろ、サムライが中止しろと口にした。という大きな大きなヒントがあったにもかかわらず、その危険性にまったく気づけなかった我々の愚鈍さを際立たせるだけとなる。


 あれはむしろ、ただの警告ではなく、我々へのテストでもあったのだ。

 いわば、ツカサ殿と共に行く資格があるかのふるい。


 あの小さなヒントから、真の危険を導き出せるか。それがかなえば、その者はツカサ殿と共に邪術の発動を阻止しにむかえた。


 我々はソレにさえ気づかなかったのである……!



 命を救ってもらい、邪壊王へ捧げられる贄とされなかった感謝の言葉は出こそすれ、そんなことを口に出来る真の能無しはこの場にいなかった。


 それだけは、幸いだろう……



 その負い目は、特に拙者とリオに強かった。


 あれほどツカサ殿の近くに居たというのに、あれほどツカサ殿の背中を見てきたというのに、その真意に気づけなかったのだ。


 あの方は、リオの安全だけでなく、この場に居た全員の安全を考えていてくれていた。


 今冷静に考えてみれば、ツカサ殿は聖剣が抜かれた時からこのことを危惧していたに違いない。

 いや、下手すると体を奪う怪物の存在を知った時から、このようなことがあるかもしれないと考えていても不思議はない!


 ずっとずっと一緒に居たというのに、ヒントは他の者より多く出されていたというのに、拙者達はそれを欠片も気づくことが出来なかった。


 あとから思い返してみれば、あれら全てはそれにつながっていたのかと納得するが、時はすでに遅い。

 拙者達は、ツカサ殿が要求するレベルに達することはできず、結果、ツカサ殿はまた一人で数万人の命を救うこととなった。



 ダークカイザーとの戦いで『シリョク』を使い果たし万全ではないツカサ殿に、また無茶をさせてしまった……!



 ゆえに、他の者達に比べ、その懺悔と後悔はより大きなものとなった。



 特にリオは、あの時から鎧も脱がず、ぶつぶつとソウラと会話だけを続けている。

 声が小さく、かなり近づかなければ聞き取れないほどの音量で、隣にいる拙者でもその会話を聞くことはできない。


 ただ、いつまでも後悔して落ちこんでいる。というわけではないようだった。

 すでに心を切り替え、この失敗を反省し、次に生かそうとしているようにも見えた。


 鎧の下に見える、その瞳がそう言っているように見えるが、気のせいであろうか?



 ともかく、どこかぴんと張り詰め、重苦しい空気の中、拙者達は会議が終わるのを待っていた。


 まだまだ会議は続くだろう。

 邪壊王討伐ともなれば、様々な思惑が絡み合う。リオを表に出して、新たな勇者として隊を編成するのか、それとも各騎士団から精鋭を選抜し討伐へむかわせるのか。

 当然、邪壊王討伐に多大な功績を残した者が所属している場所は、次代の発言力も増すこととなる。


 最終的には王の御沙汰をいただくことになるだろうが、そうなるまでそれらの思惑はいたるところで出され、ぶつかり、決断にいたる。という道筋を妨害する。

 どいつもこいつも老獪であるがゆえ、諸侯の意見はなかなかまとまらないのだ……



 そんなことをしている場合ではない。というのにな。




 バンッ!!




 入り口の扉が勢いよく開いた。


 皆の視線がそこに集まる。

 そこに現れたのは、腰に刀をさした少年。



 先ほど闘技場にいた数万人の人々をたった一人で救った男。

 誰も気づけなかった謀略を一人で壊滅させたこの世でもっとも強い剣士。



 ツカサ殿だった。



「邪壊王退治に行くぞ!」


 ツカサ殿は広間に入るなり、そう高らかに宣言する。


 ざわりと場がざわめく。

 当然だ。



 ツカサ殿ならば、この国のしがらみにとらわれず動くことが出来る。

 諸侯の意見や思惑を無視し、ただ民を救うため戦うことが出来る!



 そして期待もする。



 ここにサムライが来たということは、共に邪壊王を退治する仲間を探しに来たという意味だからだ!



 場にいた全員の目が、期待の色に変わったのがわかった。

 ギラギラと、期待の目があの方をとらえる。



 ツカサ殿は、ぐるりと広間を見回した。



「……リオ、マックス。行くぞ!」


 名を呼んだのは、我々だけだった。



 先日世を救い、今回また多くの人々を救った救世のサムライ。


 誰もが期待した選別の時間であったが、その旅に選ばれたのは、我等二人だけだった。



 そしてこの我々の名も、今まで旅してきたから。という理由に他ならない。



 実質的に、この場であの方の御眼鏡にかなう者はいなかった。という意味にもなる……!



 文句は出なかった。


 なぜならこの場にいた騎士は、誰一人としてサムライの期待に答えられなかったのだから。

 それを、自覚していたから……



 あの方の忠告に対し、誰もが見当違いなことを思い、想像した。



 誰もその真意に気づけず、結局あの方は一人で民だけでなくこの場にいた騎士全てを救う結果となった。

 そんな情けない結果しか出せていない我々が、あの方に選ばれるわけもない。


 誰もがそう感じ、その不甲斐なさをかみ締めた。



 拙者達とて共に行けることは嬉しいと思うが、同時にそれをとても恥ずかしく思う。

 これではただの縁故採用。


 しかし、この悔しさをバネにしてでも、この情けなさをかみ締めてでも、拙者はツカサ殿について行く。



 今度こそ、あの方のお力となるために!



「参りましょうツカサ殿!」

「ああ。行こうぜツカサ!」


 拙者とリオは、新たな決意と共に立ち上がった!




──ツカサ──




「邪壊王退治に行くぞ!」

 そこにマックス達が集まっていると言うので、俺は勢いよく扉を開けて宣言した。



 宣言を終えた瞬間、俺は言わなきゃよかったとちょっとだけ後悔する。

 だって、中にいた人みんなが俺を注目したんだから。


 まさかこの広間に騎士がこんなにたくさん集まっていたなんて……



 なんかみんなの視線が痛い。


 まさか逃げたのがバレ……って、そういや副官の人に地下で見つかってたの忘れてたあぁぁぁ!



 そりゃ視線も痛くて当然だ。

 ここにいる人達から見れば、いまさらなにしに来てんだこいつ状態だもん。


 肝心な時に居なかったくせになにほざいてんだこの小僧状態だったぁ!



 い、いかん。

 なんてことをうっかりして戻って来たんだ俺は。ただのアホじゃないか。



 どこを見回してもそんな視線が俺を襲う。

 そんなギラギラした目で見つめないで。責めないで。泣いちゃうから。


 いたたまれなさで死んじゃうよ俺。



 リオとマックスを急いで探す。


 ぐるりと見回してみると、入り口のすぐ近くに座っていた。



 ……一番反対からぐるりと見てしまったよ。逆ならこんな視線にも気づかなかったってのに。



「……リオ、マックス。行くぞ!」


 俺は二人に声をかけ、そのままその場から逃げるように去るのだった。



 この後国がどうするのかとかあったのかもしれないけど、俺にはあそこに長時間居る勇気はない。


 だから、聖剣を使ってさっさと邪壊王と戦うのだ。

 だってアレがあれば、奴等をどうにかできるはずなんだから!





 ──空が灰色に染まり、邪壊王復活という事実は空を見上げた多くの者を絶望へといざなった。



 しかし、新たな希望も王国中を駆け巡る。


 聖剣を引き抜いた勇者と救世のサムライが邪壊王を退治するため旅に出たという一報が流れたのだ。



 千年前世を救った聖剣が再び引き抜かれただけでなく、先日世を救ったサムライまで共にいるのだと、多くの者はその希望に光を見た。



 しかし、彼等は知らない。


 世を救ったサムライは、『闇人』の皇帝との決戦の折すでに力を使い果たしているということを。



 聖剣の勇者が破れれば、そのサムライが命を賭して戦わねばならないということを……



 それを知るのは、サムライと共に旅をする、極少数の者だけだった。



(大丈夫ツカサ。ツカサだけが命を懸けるなんて、もうしなくていいさ。今度はおいらとソウラがツカサも、世界も守ってみせるから!)


 救世のサムライと共に旅立った新たな聖剣の勇者は、そう誓う。



 世界でなく、たった一人の少年に無理をさせないために。




 ……こうして、復活した邪壊王を屠るため、聖剣に選ばれた新たな勇者と世を救ったサムライは新たな旅に出た。


 この旅立ちの結末が、どういう結末となるのか、知らずに……




 おしまい

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