第38話 聖剣ソウラキャリバー
──ツカサ──
王都チャンピオンシップ。
それは、毎年サイドバリィの地において行われるサイドバリィ武闘大会と並ぶ、四年に一度、最強の騎士を決める王国一の祭典である。
先日引き起こされたダークシップ浮上などの世界危機からの復興により一時開催も危ぶまれたが、被害が遠方の山と王都郊外の大地のみだったため、無事開催されるはこびとなった。
現在は急ピッチで闘技場の整備や飾り付けが行われ、世界が救われた直後の祭りにも匹敵する。いや、それ以上の祭りとして準備が進んでいる。
今年の目玉はなんといってもサイドバリィ武闘大会を制した優勝者との王国一決定戦だろう。
十二年前、若干十四歳という若さでチャンピオンシップを制し、武闘大会優勝者も倒して王国一となった天才少年マックス・マック・マクスウェル。その彼が十余年の時を経て今度はサイドバリィ武闘大会を制し、逆にチャンピオンシップの優勝者を出迎えるのだ。
十年前現れたダークシップの襲来により表舞台から姿を消していた天才の復活と、その天才に立ち向かう新たな騎士の姿。もしくは、老兵。
この伝説的な剣士の相手は誰になるのか。それは観客だけでなく、挑戦者となる騎士においても大注目の一戦であった。
なによりこのマックスは、サムライの弟子であるという噂さえある。
世を救ったサムライの従者。
ならばその傍らに師となるサムライがいるかもしれないと、マックス本人だけでなくその一行の動向が注目されるのも当然と言えよう。
……とまあ、王都キングソウラに戻ってきてみれば、今この地はもうじき開催される騎士の祭典、チャンピオンシップの話題で持ちきりだった。
今だけは、サムライ云々ではなくこの国の騎士様達がメインで主役なのだ。
娯楽があふれてなにで遊んでいいのか目移りするほどの俺の世界とは違い、この世界での娯楽は少ない。
だから、こうした闘技場などでの大規模な戦いは大勢の人間が大興奮出来る少ない機会。
その盛り上がりは、この世界に来てかつてないほどだ。
騎士しか出れないチャンピオンシップ。これはとてもいい祭りだ。
俺は大きく賛同しよう。
なぜならこの戦い、騎士でなければ出場できない。
すなわち、騎士ではない俺には出場資格は欠片もないということになる。誰がどれだけ望もうと、俺はこの大会に出場しろと言われる筋合いはまったく全然一パーセントもないというわけだ!
前の武闘大会の際は危うくエキシビジョンマッチに出場させられそうになったけど、今回それもありえない。
出場選手でもないのだから、面倒な喧嘩なんかも吹っかけられることもないわけで、俺は今回の祭りは安心してうろついていられるというわけだ!
まあ、悪所に行けば喧嘩とかに巻きこまれる可能性は十分あるだろうけど、そこはマックスと一緒に行動していれば安心である。
マックスだってもう俺は強くないと知っているはずだから、きっと守ってくれるはずだ!
そして今俺達はマックスに連れられ、チャンピオンシップのメイン会場となる闘技場にやってきていた。
なんで長々とチャンピオンシップに出ずにすむと力説したのかと言えば、こうして会場に来ても俺は絡まれないから。と主張したかったからである。
現在ここは大会のメイン会場となるため、その整備に忙しく走り回る関係者達しかいない。マックスは出場者としての力とマクスウェル家の権限を使って俺達をここに入れてくれた。
どうやらなにか見せたいものがあるかららしい。
喧騒であふれた大通りとは違い、闘技場の敷地内は垂れ幕を張ったり壁を塗りなおしたりしている人達を抜かせば平和で静かなものだった。
いわゆるコロッセオタイプの闘技場を見上げると、その巨大さがよくわかる。
何万人もの人間を収容できるそれは、一種の芸術品でありながら巨大な乗り物のようにも見えた。
でも、目的地はそこじゃないらしい。
俺達は闘技場を通り過ぎ、その裏手にある公園を目指す。
俺達はそこにある聖剣の丘と呼ばれる場所を目指していた。
「実はですね、ここは前回神殿に参拝したあとツカサ殿を案内するつもりであった場所だったのですよ」
マックスは感慨深くうなずいた。
その前に女神様に直接会うことになって世界を救えと頼まれて一度帰っちゃったからね。その後ここから逃げるように出発したし。
また王都にやってきたわけだから、マックスは再び俺をそこに案内するつもりになったのだろう。
到着した公園は、芝生の中に通路が張り巡らされ、奥にぽこんと盛り上がった丘があった。ダンボールがあればそこを滑り降りるのにとてもよい形をしている小さなお山だ。
目指す目的地。聖剣の丘とはきっとそこをさすのだろう。
マックスは迷いなくそちらへ足を進め、俺達もそれに続く。
丘は円墳みたいな綺麗なカーブを描く丘だった。一番上は平らになっていて、まさに円墳と表現するのが一番ぴったりな場所である。
公園を横切る通路がそのてっぺんにのぼる階段につながり、俺達はその階段を上り丘の上を目指した。
緩やかな坂を上った先。平らとなった丘の真ん中には、小さな東屋のようなものがあった。四方を柱で囲み、天井がある。
でもそれの下で休憩できるのかと言えば、それはノーだった。
その東屋らしきものの下には、岩があり、そこに綺麗に突き刺さった剣があったからだ。
岩に座れば休めるだろうが、それは明らかに休むため存在しているのではい。
いくら俺でも、それくらいわかる。
そう。これがこの場所が聖剣の丘と呼ばれるゆえんなのだろう。
東屋によって日が当たらなくなっているというのに、その刀身はキラキラと美しい輝きを見せている。
岩に突き刺さってるくせに錆も刃こぼれも見えない。
なんというか、それは、伝説の剣。という感じの風貌だった。
「うぬぬぬぬぬっ!」
そこにはすでに先客がいた。
剣の柄を大きな手で握り、屈強な騎士らしき男子が二人それを抜こうと試みていたのだ。
顔を真っ赤にしてそれを引き抜こうとしているが、その剣はぴくりとも動かない。
しまいには二人で協力してそれを抜こうとまでしているが、結果は同じようだった。
「……なにあれ?」
俺は思わず、口に出してしまった。
流石に指は指さなかったけど。
「異国からやってきたツカサ殿が知らずとも無理はありますまい! 説明いたしましょう!」
『御意!』
俺の言葉に、マックスがうっきうきしながら飛び上がった。
腰にあるマックスの刀。サムライソウルまでなんかテンションが高く感じられる。
そんなに俺に説明できるのが嬉しいのか君は。
「あ、ここなら東部のはずれ出身のおいらでも聞いたことくらいあるぜ。ここは……」
「シャラーッ! なぜせっかくの拙者の出番を奪おうとする! ここは拙者に譲れ。あとで飴を買ってやるから!」
シャラー。はシャラップかな?
マックスがなんか必死だ。
「飴だけじゃたりねーなぁ」
必死なマックスに、リオが二ヒヒと笑いながら視線を敷地の外へ向けた。
闘技場の外にある通りには祭りの前から屋台がずらりと並んでいる。
そこには飴だけでなく様々な嗜好品やおもちゃやおみやげ物が売られているのだ。
「なら表にあった屋台の食べ物を好きに買え」
「やりっ。なら譲ってやるよ」
にひひっ。とリオは笑ってあっさりと引き下がった。
この手際。間違いなくこれを狙ってやったなリオ。最初から説明する気でなくマックスにたかる気だったな!
俺の視線を感じたリオは、悪戯小僧のように舌を出した。
どうやら当たりらしい。
「では改めて。あちらに見えますは聖剣ソウラキャリバーにございます!」
マックスの説明が、はじまった。
聖剣ソウラキャリバー。
神話の時代、大地を生み出した際残されたもっとも硬い金属と太陽の元となったドラゴンの炎をもちいて、大地に生まれた生き物達が女神ルヴィアに捧げるため作り出したと言われる聖剣である。
その力は太陽の光同等と言われ、それに断てぬ物は存在しないと言われる。
千年前、地の底から現れ、太陽の光を閉ざし女神の力を封じた邪壊王の猛攻に対し、女神ルヴィアによって選ばれた初代キングソウラに与えられ、見事世を救った伝説の剣である。
世を救った初代キングソウラは後にこの王国を作り、のちに英雄王、建国王、建設王と呼ばれた偉大な英雄となった。
その彼が、邪壊王討伐後、再び世に危機が迫った際、世を救う者の手によってこの剣は引き抜かれるだろうとの言葉と共に、彼はその聖剣をここにつきたてた。
その五百年後、海底より巨竜ジャガンゾートが現れたその時、この剣ははじめてこの岩から引き抜かれることとなる。
後の世で太陽の勇者と呼ばれた彼は、竜の言葉を理解したという竜の巫女と共に竜の王を味方につけ、大地を腐らせようとしたその竜を倒したのだ。
彼はジャガンゾートを屠った後、この国の姫と結婚し、この国を平和に統治したと記録にある。
ジャガンゾートが倒され世が平和になると、この剣は再びこの地に戻り、世の危機が訪れるのを五百年の時間待つこととなった。
そして再び五百年後、空よりダークシップが現れ、世は三度目の危機に瀕した。
しかしこの時は誰が挑戦しようとその剣を引き抜ける者は現れない。
誰もが期待した勇者は現れず、ジリ貧となりかけたところでこの地にサムライが現れた。
その力により王国は救われ、しょせん聖剣は伝説であったかとこの丘のことは多くの者に見向きもされなくなったのであった。
「とはいえ、現在もその伝説を信じ、まれにこの剣を抜きにやってくるものもいます! ただ今はちょっとチャンピオンシップのため闘技場が封鎖されており、わざわざ遠回りしてやってくるものが少ないだけで、普段ならばもう少しだけ行列が出来るくらいの盛況さはあるのです!」
ああ。だからせっかく岩に刺さった剣だというのに、挑戦者が一組しかいないわけなのね。
「へー」
「へー」
俺とリオが二人ではじめて知ったと声をあげた。
「……」
「……」
マックスがリオの方へ首をむけるが、リオはその首を明後日の方向にむけていた。その視線の先には一応屋台があった。
マックスはじーっと、リオをいぶかしんだような目で見る。
お前、知ってたんじゃないのか? という疑惑の視線である。
「ともかく、この剣は世を救う勇者のみが引き抜ける救世の剣なのです。幾度も世の危機を救ってきた聖剣。それがこの聖剣ソウラキャリバーなのです!」
くわっと、マックスは力いっぱい拳を握った。
「へー」
「へー」
そいつはすげぇ。と俺とリオは感心の声をあげた。
「……」
「……」
またマックスは首をリオの方へむける。
リオ、別の屋台を見る。
かーなーり怪しんでいるが、マックスとしてはリオなどどうでもよいようで、視線は俺に戻った。
「かつてダークシップより現れた『闇人』の脅威の時、誰もがこの剣を引き抜きにやってきました。しかし、誰もこの剣を引き抜くことは出来ず、伝説はしょせん伝説だったかと人々は大きく落胆いたしました。ですが、当時この剣がこの岩より引き抜けなかったのも当然。必然であったのです! なぜなら世を救う御仁はその時この地にはいなかったのですから!!」
「……へ?」
「あー」
くわっと大きく目を見開いたマックスの目は、ばっちり俺を見ていた。
俺は思わず後ろを振り返る。
そこには誰もおりません。いや、ひょっとしたらマックスだけに見えるミッシーナ師範とかいう人がいるのかもしれない。
「違います! ツカサ殿です! 今の世でこの剣を引き抜ける者。その資格がある者は本当に世を救ったあなたしかおりません! ですからさあ、いっちょう挑戦してまいりましょう!」
『御意!』
マックスはものすごいで俺の両手をつかみ、ぶんぶんと振り回した。
……こいつ、最初からそのつもりで俺をここにつれてきたんだな。
確かに岩に刺さった剣を引き抜くのに挑戦するとか素敵なシチュエーションだと思うけど、こうして絶対引き抜けるから挑戦してけろなんて言われたらやりづらくってしょうがないじゃないか!
そもそも抜けなかったらその時の空気、俺になごませることなんてできねーぞ!
「確かにその理論はよくわかるけど、世界はもう救い終わってんのに剣を抜くって本末転倒じゃね?」
リオがどこか呆れたような声をあげた。
つ-かその理論、よくわかるんだ。
後半は俺も同意するけどさ。
なんのために抜くんだよ。
……もちろん、マックスには目的があった。
この時の俺達には知らぬことだったけど。
「本来ならば世界を救う前にお連れする予定だったからそれでよいのだ!」
『御意にっ!』
『いやいや、そもそも相棒にはすでにおれっちという最高の相棒がいるんだから不要だろ』
オーマがその存在はいらない! と断固拒否の構えを見せた。
「オーマ殿。そのお気持ちはわかります。よーくわかります! ですが考えてみてください。ツカサ殿はサムライというひとわくだけにおさまるようなお方だと思いますか? 否! 拙者はそうは思いません。ツカサ殿はそれこそ三千世界全ての強き者に君臨して不思議のないお方!」
『なっ!? た、確かに……!』
え? ちょっとオーマさん?
「ですからここでツカサ殿がコレを引き抜くことが出来れば、ツカサ殿は無敵のサムライというだけでなく、この国の偉大な勇者という称号も得ることができます! となればツカサ殿の器は三千世界全ての強き者をのみこむものという証明の第一歩にもなります! なにより、無敵のサムライと偉大な勇者。この二つの称号を同時に得られるのはツカサ殿だけ! それを目前にして手をひこうなど、ツカサ殿のことを第一に考えるオーマ殿は出来るのですか!?」
『ああ。その通りだなマックス!』
マックスの意味のわからない熱弁にオーマは撃たれたようだ。
『相棒はむしろサムライだけの器じゃねえ。この国でも偉大な勇者と認められれば、これ以上ない誉だぜ。相棒、ここはおれっちも我慢する。遠慮なくあの剣を引き抜いてくれ!』
マックスの熱弁にうたれたオーマはなぜか許可を出した。
いやいや、なに言っちゃってんのオーマ君。
「ええい、もうやめだやめだ! 帰るぞ」
「しょせん伝説は伝説だ。帰ろう帰ろう!」
俺達の前で必死に挑戦していた二人組みの屈強な騎士がついに諦め、ぷんすかと肩を怒らせながら俺達がいる方とは反対側にある階段をおりて行った。
ちなみにこの丘は中心の剣を十字にクロスするように通路が敷かれている。
「さあ!」
『さあ!』
マックスとオーマにうながされた。
「ちなみにこの岩は丘の下に丘と同じくらいの大きさで埋まっているそうです。ですから岩ごと引き抜いて振り回すというのは無茶な行為だそうです。もっともツカサ殿ならば岩ごと持ち上げてもなんら問題ありませんが!」
いやいや、どちらにしても無茶な話だから。
「というか資格で言うならまず俺なんかよりマックスからだろ」
むしろ俺なんかよりよっぽどこういう伝説の剣を持つに相応しい。
なんせマックスは本物の貴族で騎士でサムライなんだから。
「ふふっ。ご安心くだされ! 拙者はかつて挑戦し、失敗した過去があります。このように!」
マックスはなぜか自慢げに笑うと、ものすごい勢いで聖剣の突き出た柄をつかみ、それを思いっきり引っ張った。
ものすごい勢い。
ぎゅん。なんて腕が動くような音が聞こえてきそうな勢いだった。
だが……
しんっ!
……その剣は、まるで岩に張りついたようにぴくりとも動かなかった。
岩と刃は、一ミリたりとも動いていない。それは前の人達とまったく同じ光景……
「どうでござる! 一度失敗した者が二度挑戦しても抜けることは決してありません! それでも何度も挑戦しに来る人はあとを絶ちませんが!」
マックスはなぜか腕を組み、胸を張った。
「なんでぬけねーで誇らしげなんだよ」
やれやれと、リオは呆れたように半眼でマックスを見ていた。
リオの言うとおりだよ。
というか何度も挑戦しに来てどーすんだよ。
もしかしたら。ひょっとしたら。って可能性に賭けたい気持ちもまあ、わからないでもないけど……
「さあ、今度はツカサ殿の番ですぞ!」
『さあ、相棒、かるーく抜いちまってくれ!』
『御意っ!』
ぐいぐいとマックスに背中を押され、あげく腰のオーマからも言葉で押されて俺は聖剣の前に立たされた。
改めて、岩に刺さった聖剣を見おろす。
東屋の影の下でも岩から突き出た刀身はキラリと美しい光を放っているように見えた。
ツバとなる部分にはきれいな装飾がつけられ、それもまた美しい黄金色に輝いている。金ぴかだというのに、それでいて決して悪趣味でないのはそれが人の手によって作られたモノではないからだろうか?
何百年も野晒になっているというのにまったく輝きを失っていないそれを見て、俺はそんなことを思った。
確かにコレが引き抜ければ、人生変わるような経験だろう。
俺は心の中では決して期待はしていないと思いつつ、それに手を伸ばすことはやめられなかった。
やっぱり男の子としては岩に刺さった剣は抜いてみたいというのが本音だ。
ただ……
「マックスにオーマ。先に行っておくけど、俺にこれが抜けるわけが……」
抜けるわけがない。だから先に予防線を張っておこうと、期待の目をむけた二人にそう言い訳しようと口を開いた。
のだが……
すぽっ。
「……ない。くも、なかった……?」
みんな、目が点になって固まっているのがわかった。
俺だってあまりにあっさり抜けたため目を点にして口も変な形にしていただろう。
だってこんなに簡単に抜けるなんて思ってもみなかったからだ。
一番最初に復活したのは俺だった。
みんなが唖然としている間に、俺は何事もなかったかのように刺さっていたそこへ剣を戻す。
「ふー」
これで、ひと安心。
額に流れた汗をぬぐう。
「汗をぬぐって誤魔化そうとしてもダメですぞー!」
マックスがものすごい勢いで俺に迫ってきた。
もう水泳の飛びこみ台で飛びこんだかのような勢いだ。
「誤魔化しきれておりませんぞツカサ殿! 今あなたは間違いなく剣を抜きました。抜きましたぞ!!」
俺はまっすぐなマックスの視線から思いっきり視線をそらす。
マックスは俺の視線を追って顔をそちらに移動させ目をあわせようとしてくる。
そらす。
移動する。
そらす。
あわす。
そらす。
逃げ切れない。
「……いや、気のせい。気のせいだから。今ならきっとマックスだって抜ける。ほら、もう一回」
「わかりました。ならば拙者が抜けなかったら認めてもらいますぞ!」
なぜかマックスはあっさりとそれを認め、また聖剣の前に立った。
こおぉぉぉー。と謎の呼吸法をはじめ、その両手を俺が戻した聖剣のもとへと伸ばす。
「くぬっ!」
両手で柄をつかみ、マックスは改めて思いっきり引っ張った。
足を曲げ、飛び上がらんばかりの勢いでそれを引っこ抜こうとしたのだ。
ぴんっ! と、引き抜き体を伸ばそうとした状態のままマックスの動きが止まる。
それは、岩に刺さった剣がぴくりとも動いていないからだ。
いやいや。ちょっと待って。おかしい。それ、おかしい。
「くぬぬぬぬぬっ!」
マックスはさらに力をいれ、足を踏ん張り引き抜こうとする。
顔を真っ赤にし、リーゼントを少し振り乱すその姿は、とてもじゃないが演技に……いやいや。
そこまで思って、俺は往生際悪く頭を振った。
「どうです!」
抜けなかったくせにえらく誇らしげに笑顔で親指を立ててきた。
「いや待った。まだだ。ならリオ。リオだ! マックスのそれ、演技とは否定できないから!」
「往生際が悪いですなツカサ殿。いや、勇者殿!」
「勇者ゆーな」
「まあ、いいでしょう。どうせリオにも抜けませぬ。さあ、やってみるがいい!」
「なんだよそのやってみるがいいって。とんだとばっちりもいいとこだろ」
けらけら笑いながら傍観していたリオが、なんで巻きこみ事故で自分までと恨みがましい視線を俺にむけてきた。
すまんリオ。だがこんなところでサムライだけでなく勇者様だなんて言われたくない俺の気持ちもわかってくれ。
手を上げ顔の前に出して謝ると、リオはしかたねーと俺達のバカさ加減に呆れながらも聖剣の柄に手を伸ばした。
逆手で軽く握り……
「ほら、これで満足かよ」
と言いながら、彼女はやる気なくそれを引っ張った。
……すぽっ。
あっさり、抜けた。
「……」
「……」
「……」
俺、リオ、マックス、目が点になる。
「ぬっ、ぬけたああぁぁぁ!?」
遅れてマックスが驚いた。
「……」
ぷすっ。
リオも俺と同じく、無言でそれを岩に戻した。
うん。その気持ちよくわかるよ。
そして俺達は何事もなかったかのように屋台のある方を見た。
「ど、どどど、どういうことでござるかー!?」
ものすごい勢いでマックスが俺達の前に飛び出してきた。
俺達は必死に視線をそらすが、ものすごい勢いの反復横とびでマックスはその視線を追ってくる。
「い、いやいや、あれだよあれ。気のせい。なあリオ?」
「そうそう。気のせいだよ。ねえツカサ?」
俺とリオが口々に気のせいと口にする。
「んなわけあるわけござるかー!」
マックスが意味わからない叫びを上げた。
「ツカサ殿、もう一度。もう一度!」
マックスにぐいぐいと引っ張られ、背中を押され改めて抜くことになった。
すぽっ。
「やはり!」
戻した。
「気のせい」
「気のせいではございません! 今度はリオ!」
すぽっ。
「こちらも!」
戻した。
「マックス!」
「抜けぬ!」
マックスだけはどれだけ引っ張っても抜けないようだった。
「演技じゃないのか? 後ろから引っ張ってやる」
「そうだそうだ。おいら達に抜けてお前に抜けないのは変だ!」
聖剣の柄を握ったマックスの手をつかみ、俺達二人でマックスを引っ張った。
でも、つかんだその手はぴくりとも動かない。
マックスが抜けないよう俺達に抵抗して踏ん張っているわけではない。
腕をつかみ、その腕を上方に引っ張っているというのに、なぜかあんなに簡単に抜けた剣はぴっくっりとも動かないのだ。
おかしい。
俺とリオの場合はあんなに簡単に……
「待ったマックス。ひょっとすると力を抜いて抜こうとするといいのかもしれない。俺もリオもやる気なくかるーく抜いたから!」
「そうそう。ひょっとしたらマックスも抜けるかも!」
「そ、そうでござるな。では一度やってみるでござる!」
……抜けなかったよ。
「どうでござる!」
「だからなんで抜けねーくせにそんな偉そうなんだよ!」
リオがこの理不尽に怒鳴った。
「はっはっは。だがこれでわかったであろう。剣を抜けるのは二人だけだと!」
なぜかとっても嬉しそうにマックスは笑った。
だが、確かにそろそろ否定しきるのも厳しくなってきた。
認めざるを得ないだろう。
俺とリオが、普通の人には抜けない剣を抜いてしまったということを。
「……というか、ツカサ殿はわかりますが、なぜリオまで?」
「いや、んなことおいらに言われても」
むしろ俺だってなんで抜けたのかさっぱりだよ。
リオは改めて確かめるため、その聖剣を抜いてみた。
やっぱりすぽっと簡単に抜ける。
金属製の剣で片手でも両手でも振れる、いわゆるバスタードソードと呼ばれるモノだというのに、少女であるリオが軽々と持てている。
それこそお手玉するくらいの軽さだ。
携帯電話より軽い。まさに羽毛のようなと表現するのに相応しい軽さのシロモノ。
俺が持った時も同じくらいに軽いと思ったほどだ。
簡単に抜ける、抜けないということを考えても、これはそういうモノなんだろう。
リオはそれを持ち、上から下までじっと見る。
「つーかこれ、売ったらいくらになるかな?」
「売れるわけあるか!」
マックスに怒られた。
そりゃそうだ。国宝レベルのシロモノなんだろうから。
聖剣を売られてはたまらないと、マックスがそれをリオからひったくる。
だがっ……!
「んぐっ!?」
次の瞬間、マックスはその剣を支えきれず、柄を握ったまま刀身からそれを地面に落としてしまった。
ズンッ!
という重い音と共に、その刀身は整備された石畳に中ほどまで突き刺さり、さっき岩に突き刺さっていたのと同じような状態となったのだ。
マックスが柄を握って引っ張るが、また抜けなくなってしまった。
「なっ、なんて重さだ……!」
マックスが冷や汗を流し、聖剣を見おろす。
「え?」
「いや、ちょっと待てよマックス。これ、めちゃくちゃ軽いはずだよ」
さっきまで持っていたリオが改めてそれを手に取る。
するとマックスが落とした時とは比べ物にならないほど軽やかに、聖剣ソウラキャリバーは石畳から引き抜かれたのだった。
さすが魔法の剣。持ち主によって感じる重ささえかわるということか……!
「正式な持ち主出なければ持つことさえ困難ということか……」
軽々と持ち上げたリオを見て、マックスも俺と同じ結論にたどりついたようだ。
それを聞き、リオはため息をつく。
「なら売っても買い手がつかねぇってことか」
「だから売ることを考えるな!」
「じゃあ持ってたってしゃーねえよ。抜いとく理由もないから戻すぜ」
「それもそうだな」
リオの言葉に、俺も同意する。
そもそも世界の危機とやらはちょっと前に去ったのだ。なら、このまま戻せばこれが抜けたことなど誰もわからない。
むしろ面倒が舞いこむだけだ。
刀を持って歩いているだけでも絡まれることがあるというのに、そこにさらに聖剣まで持っていたらどうなることやら。
いくらなんでもそんな酔狂なマネはしたくはないというのが本音だ!
じゃあなんで抜いたのかって? いや、まさか抜けるわけないと思ってたのもあるし、岩に刺さった剣を抜くのに挑戦するってのは男の子のロマンじゃないか。ねえ?
「そ、それを戻すなんてとんでもないですぞツカサ殿! リオはともかく、リオはともかく、ツカサ殿の凄さをさらに伝える一品だと言うのに!」
「なんでおいらの時だけ二度言うんだよ!」
むしろリオの立場を大幅にあげるシロモノだと思うんだけどコレ。
勇者としてリオが崇められれば暮らしに困らないかなあ。なんて思ったけど、間違いなく面倒のが増えるし生活の金は困っていないからそれを言うのはやめておいた。
やっぱり人間争いなく暮らせるのが一番だよ。
リオが聖剣を岩に戻そうとするのをマックスは反復横とびで必死に邪魔をする。
その行動に、リオはなにか気づいたようだ。
「ちょっと待てよマックス。なんか必死にツカサにこれを抜かせようとしていたけど、ひょっとしてなにか裏があるのか?」
「な、なんのことかな?」
あからさまに動揺した。
リオの言葉に、ドキリンコと擬音を出すくらい慌てたのが見えた。
どうやらオーマに語った以外の目的もマックスにはあったらしい。
「……」
「……」
じっと、俺とリオの視線がマックスを貫く。
「……」
マックスは即効で俺達から視線をはずした。
それでも俺達はマックスをじっと見つめる。
「……」
すると俺達の視線に耐え切れなくなったマックスは……
「申し訳ございません! 実はなったらいいなと考えていたことはありました!」
ものすごい勢いで頭を下げてきた。
どうやらなにか企みがあったらしい。
「実はですね、この聖剣ソウラキャリバーを引き抜いた者には、無条件でチャンピオンシップに出場できる権利が与えられるのです。ですから、あわよくばコレを抜いたツカサ殿に出場していただこうかと……」
ちょっとバツが悪そうに、人差し指と人差し指をつんつんとつつきあわせながらマックスがその企みを説明する。
「でも、リオまで抜いてしまい、このままではリオも出場してしまうことになりかねなく、どうしようかと……」
あ、あぶねー。
前に俺は弱いとちゃんと説明して理解してもらえたもんだとばっかり思っていたが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。
あのままリオが聖剣を引き抜いていなかったら、騎士達が名誉をかけて戦う一大イベントに俺までかりだされるところだったよ!
「確かにリオまで出ろってのは無茶だな。まあ、どのみち棄権するけど」
例えリオと一緒に出場することになっても俺は即効で逃げるけどね!
「いえ。チャンピオンシップは騎士の祭典。敵前逃亡などもってのほかなのです。選手として大会に出場するからには棄権は認められません。一度も剣を交えずして降参など騎士にあるまじき行為ですからね。ですから、大会出場が決まれば逃げられぬよう監視がつくことになったでしょう……!」
なに言い出しちゃってんのよこの人。
いや、この大会。
それならなおのこと出たくないってもんだよ。
一度は剣を交えないと降参できないって、それってつまり最低一回は相手の攻撃をどうにかしないといけないってことだろ?
例え一回でもフル装備の騎士の一撃なんてマトモに食らえば死んでしまうよ!
あぶねえ。マジで危なかった。
リオが聖剣引き抜いてくれて、マジで感謝ってヤツだぜ。
「とはいえ、その時は大会を見ることなくマックス置いて逃げたけどな」
「そんなぁ……」
前のエキシビジョンマッチで逃げたのと同じ方法するだけだよ!
「学習しねぇヤツだな」
しょんぼりするマックスにリオが呆れたように言う。
前も戦いが嫌で逃げたのを知っているから、当然の反応だろう。
つーか俺あの時も逃げたし、さらにこの前世界が救われた記念の式典からだって逃げたんだから、大会出場で他の騎士の人や大臣さんや王様にあったらなに言われるかわかったもんじゃないじゃないか。
やっぱり絶対出ないぞ。
俺はそう心に誓う。
「わかっておりますわかっております。諦めたからこそ、こうして素直に企みをお話したのです。さあリオ、今のうちに戻しておけ。今ならば拙者達しかその剣を引き抜いたことは知らぬからな」
そう、諦めたマックスはうながした。
うんうん。それが一番。
俺もうなずく。
じゃあ。とリオが聖剣を元々刺さっていた岩の方へ歩き出そうとしたその時だった。
『お待ちなさい。私を岩に戻すと後悔することになりますよ……!』
唐突に、リオの手の中からそんな言葉が響いた。
女性を思わせる声。
それがリオの手の中から。もっと正確に言えば、リオの手に握られた聖剣から聞こえたのだ……!
「へ?」
リオが驚きのあまり立ち止まり、俺達の視線は聖剣ソウラキャリバーに集まった。
リオがそれを持ち上げ、皆でじっとその剣を見る。
『はじめまして皆さん。私は聖剣ソウラキャリバー。ソウラとお呼びください』
ちかちかと、ツバの部分にはまった大きな宝石がきらめいた。
「こ、こいつ……」
「ああ。これは、オーマ殿と同じインテリジェンスソード!!」
リオとマックスが、喋りだしたソウラを見て驚きの声をあげた。
『おいおい。おれっちと一緒にしてくれるなよ。こいつは魔法で作られた、お前達の言う正しいインテリジェンスソードだ。おれっちは魔法とは別の技法でつくられてっから、そっちにはあてはまらねぇって何度言えばわかるんだよ』
「結局喋ってるんだから同じだろ?」
リオが身もふたもないことをおっしゃった。
確かにその通りだと思う。オーマにはこだわりがあるんだろうけど、俺達からしてみれば結局同じなのだ。
『ふふっ。自分が特別でオンリーワンでありたいという気持ちはわかりますが、特別度ならばこの私の方が確実に上です。なぜなら私は女神ルヴィアに捧げられた最初にして唯一の剣。聖剣ソウラキャリバーなのですから!』
ふふん。とないのに胸を張ったように思えた。というかこの人(?)、人格女の人なのね。
『なんだとてめぇ。おれっちに喧嘩売ってんのか!』
『喧嘩なんて売るつもりはありません。あなたのような路傍の石など私にとってはどうでもよい存在ですからね』
俺を挟んで喧嘩しないで御両人。
関係ないあっしは挟まれてとっても迷惑でございますよ。
「ともかく、喧嘩はおやめくだされ。オーマ殿もソウラ殿も」
マックスが止めに入ってくれた。
『そうですね。こんなことをしている場合ではありませんから。さあ勇者様、私が引き抜かれたということはまた世界の危機が訪れたということでしょう? ですがご安心を。この私がいればいかなる災厄も木っ端微塵にしてさしあげますから!』
フフーン。とまた自信満々に胸を張る雰囲気を感じる。
なんだろうこのポンコツ感。
凄く頼りになるんだけど、凄く頼りにならないこの感じ。
まあ、理由はわかってる。
『はっ。なにが特別だ。残念だがな、その世界を危機に陥れた災厄はもう終わったんだよ。ぶっちゃけ世は平和になった。おめーの出番なんてもうねーのさ』
『は?』
オーマの言葉に、ソウラが素っ頓狂な声をあげた。
多分確認の視線だろう。ソウラが俺達を見回したのがわかる。
「はい。十年前からこの世界を攻撃したダークシップとその主ダークカイザーはそちらのツカサ殿の手によって討ち取られました。すでに聖剣を必要とする事態ではありません」
マックスがうなずき説明した。
「そういうことさ。あんたがいたところで木っ端微塵にする災厄ってヤツはすでにないんだよ」
リオもうなずいた。
『な、なんですとー!?』
リオの手の中にあった聖剣が驚いたように飛び跳ねた。
この子、オーマと違って手の中にあっても勝手に動くのね。
むしろこれが真のインテリジェンスソードのあり方なのかな……?
『い、一体私が眠りについている間になにがあってというのです!』
「ならば拙者が説明いたしましょう!」
『いいや、おれっちがしてやんぜ!』
なぜか二人がこぞって説明をはじめた。
ダークシップが現れ、世界を攻撃はじめたこと。サムライが現れ、一度ヤツ等を撃退したこと。
そして、俺がやってきてそれを撃退するという話を、脚色千二百パーセント交えて口にした。
脚色が行過ぎたところは口を挟んだが、基本俺とリオはその説明を傍観する。
下手に口を挟むと余計にややこしくなるからだ。
『そ、そんな大災厄を前にして、私が目覚めることなく今まで過ごしていたなんて……!』
マックスとオーマの説明を聞き、自分の使命を果たせなかったことにソウラは驚きを隠せないようだ。
『だが、そいつもしかたねぇこったぜ。おめーは正しい意味でのインテリジェンスソードだ。魔法で作られた、純正のな。ダークシップの奴等には魔法は一切通じねえわけだから、いくらお前がその危険を察知しようとしても、魔法じゃ感じ取ることさえできねえ。つまり、気づくことさえできなかったってことさ』
オーマがそう説明を加えた。
「確かにその通りです。奴等には魔法が一切通じません。ですから、あなた以外の聖剣、魔剣の類は逆に役に立たず、ただの鋼の刃がもっとも有効な武器となりました。万一あなたが目覚めていたとしても、他の魔法の剣同様あの戦いで活躍は出来なかったはずです……」
『魔法が通じない相手……なんて存在が世界を襲ったのですか……!』
さすがの聖剣も驚きを隠せないようだ。
「ですが安心してくだされ。そのダークカイザーもこのツカサ殿のお力により撃退され、世は平和となりもうした!」
『ああ。ついでにマックス達が相棒に力を貸してくれたおかげでな!』
マックスとオーマがどこか誇らしげに胸を張った。
『ふふっ。つまり、私の役目は本当にないということなんですね……』
二人の説明が終わり、現状を理解した聖剣ソウラはリオの手の中でどこかしょんぼりしたように見えた。
錯覚だろうが、刀身がへにょっと曲がったようにも見える。
そんなことはないと慰めてあげたいところだけど、慰めになるような材料はなんにもない。
俺がかわりに世界を危機に陥れて仕事をさせてあげる。なんてのはできないんだから。
リオがどうしようと俺に視線をむけてくる。
さっきまで岩に戻す気満々だった俺達だけど、意思があってこうも口を利かれては戻すのも気が引けるというものだ。
どうしようか。と頭を悩ませていると……
「貴様! この私を誰だと心得る!」
「も、もうしわけございません……!」
唐突に、丘の下から怒鳴り声と謝罪が聞こえてきた。
ふと視線をむけると、さっき聖剣を抜けなかった人が道でぶつかった老人を相手に怒り心頭にしているのが見えた。
どうやら聖剣を抜けなかった腹いせでもしているらしい。
か弱いご老人にわざとぶつかり、因縁をつけているようだ。
闘技場周辺は一般人立ち入り禁止じゃなかったっけと思ったけど、聖剣の丘周辺は遠回りになって来にくいだけで立ち入り禁止じゃないのを思い出した。
「……聖剣を抜けなかったばかりか弱い者いじめなど騎士の風上にもおけぬやからめ!」
「ああ。まったくだ。マックス、頼んだ」
「お任せあれ!」
俺のお願いに、マックスが意気揚々と駆け出そうと大地を蹴った。
でも……
ふわっ!
「うわっ!?」
なぜか、リオが丘からそこにむかって跳んでいた。
自分でもなぜ跳んだのかわからないという声をあげながら……
「え?」
「は?」
俺も、流石のマックスもその光景に目を見張る。
リオがまるで空を駆けるようにして一足飛びにその現場へ跳んでいってしまったのだから当然だろう。
マックスさえ何事? と思わず足を止めてそれを見ている。
リオはバスタードソードを両手で構え、刃を横に倒した。
スパーン!!
刃の側面が見事男の頭に命中し、そんな素敵な音がここまで響いてきた。
「き、貴様! この私達を誰と心得る!」
残った方がさっきと同じセリフを言いながら、腰の剣を抜く。
あまりのことに、リオが握っているのが聖剣だとは気づいてすらいないようだ。
俺とマックスはここでやっと、あそこに立っているのはリオだと思い出した。
「ま、待て! その娘は……!」
素人だ。とマックスが叫ぶ前に、戦いそのものは終わっていた。
なんと、リオにむかって振り下ろされた騎士の剣は空を切り、逆に振り下ろした聖剣ソウラキャリバーは三度その騎士の体を殴りつけていたのだ。
その体捌きと太刀筋はとてもじゃないがリオのものとは思えなかった。
むしろ、歴戦の剣士を思わせるトンでもない太刀筋だった!
リオは一瞬にして、その二人組みを気絶させてしまったのである。
──リオ──
「マックス、頼んだ」
「お任せあれ!」
ツカサの言葉で、マックスが即座に飛び出した。
こういう荒事の時、いつも頼られるのはマックスの方だ。
そりゃ当然の話でもある。
マックスはツカサの一番弟子というだけでなく、この国で一番強いかもしれない剣士なんだから。
ああいう中途半端な奴等を相手する時、ツカサが頼りにするのも当たり前の話だ。
おいらはそれが、いつも羨ましかった……
おいらに出来てマックスに出来ないこと。マックスに出来ておいらに出来ないこと。それはたくさんあるけれど、やっぱりこういう時ツカサの用件を聞けるってのは羨ましいものがある。
だってその力は、ツカサに近くてツカサの後ろをはっきりと歩いていると確信できる力なんだから……!
『大丈夫。私がついているわ』
不意に、おいらの耳にそんな声が聞こえた。
声のした方は、おいらの手の中。
それってつまり……
「うわっ!?」
突然、体が動いた。
まるで足に羽でも生えたかのように、おいらは石畳を蹴り、そして、跳んだ。
ぴょん。と、おいらは信じられないほどの距離をジャンプしていた。
いくら聖剣の丘がちょっと高いところにあるとはいえ、そこから飛び降りたとしてもそんな距離跳べるわけがない。
でもおいらは聖剣の丘から少し離れたところでじいさんをいじめる騎士二人のところまで、一足で跳んでい行ってしまったんだ!
聖剣に導かれるよう、おいらの体が勝手に動く。持っていた聖剣を握りなおし、刃を横に倒して一人の頭に勢いよく振り下ろした。
すぱーん!
と綺麗な音。
それは、おいらが自分でやったとは思えないほどに鋭い一撃だった。
マックスがうちこんだかのような鋭い一撃が相手の脳天に響き、一発で一人を昏倒させてしまった
いくらこの剣が羽のように軽いからって、おいらにこんな芸当出きるわけがない!
すたりと地面に着地しながら、おいらは混乱する。
『ふふっ』
聖剣からまた声がした。
どこか、悪戯成功。と言ったような感じの雰囲気だ。
『驚くのも無理はないわ。あなたは今、人知を超えたパワーと並外れた剣の腕を持つ勇者になっているの。そう、これこそが私の加護。私を持った者に与えられる祝福。持つ者を最強の勇者に変える付与の加護よ!』
えっへんと聖剣がしなったように見えた。
つまり、お前(聖剣)を持っていればマックス並の剣士になれるってことか!
聖剣すげー!!
『世界を脅かす危機がなかろうと、私は弱き者を助ける聖剣! さあリオよ、私をふるい、あのおじいさんを救うのです!』
「わ、わかった!」
「き、貴様! この私達を誰と心得る!」
激昂したもう一人が剣を抜いて襲いかかってきた。
お前等のことなんて弱い者いじめをしている騎士の風上にもおけないヤツだとしか知らないよ!
「ぐおぉぉぉ!」
騎士が剣を振りかぶる。
……遅い。
剣を鞘から引き抜き、上段に振りかぶるその動きがとても遅く見えた。
しかもそれをかわそうとするおいらの方の体は、驚くほど軽い!
男から繰り出される重い一撃もおいらは軽々とかわし、そしてそいつにむかってソウラを振るう。
男の顔面に、刀身の腹が見事激突した。
「ぶぼぉぁ!?」
つぶれた牛みたいな声を出して、男は最初に倒れた男のところへ吹っ飛んでゆく。
ぶつかりあった二人は、またつぶれたカエルみたいな声を出し、ぴくぴくと手足を震わせ、地面に沈んだ……
おいらの細腕で屈強な騎士が吹き飛んじまった。
力はそこまで入れたつもりはない。
なのに、ツカサが戦った時みたいな結果になってる……!
これが、これが聖剣の力!
ツカサと同じく、世界を救った聖剣の力!!
信じられないと、おいらは聖剣のソウラを見る。
『ふふっ。こんなの力の一端にすぎないわ』
聖剣が笑ったように見えた。
すごい。
これなら、この力があれば、おいらもツカサと肩を並べて戦えるかもしれない!
突然生まれたその希望に、おいらはぶるりと体を震わせた。
「すげぇ! 坊主が騎士に勝っちまった!」
「あれ、聖剣じゃないか!?」
「まさか……!」
「だから!!」
わっと、おいらの周りから声が上がった。
爆発したような歓声に、おいらも驚く。
見回すと大勢の人がおいらを遠巻きにして見ていた。
一体いつの間にこんな人が集まってきたんだ?
助けて。とツカサ達のいる方へ振り返ると、どうして人が集まってきていたのかわかった。
ソウラが刺さっていた丘の上にでっかい光の柱が立ち上がっていたのだ。
みんな、いきなり生えたそれがなんだと集まってきていたのである。
あれ、おいら達がソウラを引き抜いたから起きた現象?
『その通りよ。聖剣が引き抜かれたことをあらわし、世に危機が迫っていることを伝える警鐘なのよ!』
その警鐘もう無駄だけどな。
なんて思ったけど流石に口にはしなかった。
聞けばぶつかった爺さんもこれを見ていて騎士とぶつかったらしい。
そして、集まった人達は聖剣が抜かれているのを目撃した。
こうなったらもう剣を抜いていないなんて言い逃れは出来ない。
でも、この聖剣がおいらのモノになるのなら、それも致し方ないと思った。
だって、これがあればおいらも戦えるんだから!
いや、ひょっとしたら『シリョク』をなくしたツカサを守れるかもしれない!
それだけじゃない!
おいらは気づいた。
聖剣を引き抜いた者は無条件でチャンピオンシップに出場できるって聞いていたことに!
そこで活躍すれば、おいらはスラム出身の元スリじゃなく、騎士も倒せる聖剣の勇者としてみんなに認められる!
そうすれば、世界を救ったサムライであるツカサの隣を歩いても不釣合いじゃなくなる。堂々と胸を張って歩ける!!
そう、気づいた!
野次馬達の注目が、おいらに集まる。
その視線を受けながら、おいらは手にしたそれを高々と天にかかげた。
「宣言しよう。聖剣を引き抜いたわたしは、チャンピオンシップに出ると!」
おいらの宣言を聞いた瞬間、大歓声があがった。
これでもう、引き返すことは出来ない。
誰も、おいらが聖剣を抜いたことを無視できない!
やってやる。
やってやる!
そしておいらは、ツカサと歩くのに相応しい資格を手に入れるんだ!
──ツカサ──
ぴょんと丘から跳んでったリオが屈強な騎士二人をあっさりと叩きのめした。
流石にその光景は、俺達もびっくりである。
「リ、リオは一体どうしたのだ?」
どうやらマックスにもこの事態はさっぱりのようである。
『どうやらあの聖剣とやらにもおれっち達刀と同じくなにかの特性を持っているみてえだな。あのリオをあそこまでの戦士にするんだから、技術の付与とか、身体強化とか、そういうもんか……』
マックスの疑問にオーマが答えを出した。
あとでソウラから教えてもらったけど、刀の持つ『特性』は聖剣の場合『加護』というらしい。
どっちも同じ剣の力だけど、『加護』の場合は魔法が源だから分類は違うんだとどっちも声高らかに宣言してた。
ちなみにだけど、彼女(聖剣ソウラキャリバー)いわく、刀の特性とかは『加護』の真似事なんだそうな。彼女は世界で最初の意思ある剣。その全ての源流なんだってさ。
確かに彼女は神話の時代から存在しているわけだから、その手法がオーマ達を創る時参考にされたと考えるのが自然か。
ソウラの『加護』は、身体能力アップと凄い剣技の『付与』
つまり、あの聖剣を持てば素人でも騎士に楽勝出来るほど強くなれるってことか!
それってすっげぇ便利で素敵なパワーじゃないか!
あの力があれば、俺も安心して旅が出来るなぁ。
思わずちらりとオーマを見た。
『ま、まさか相棒。アンタもあっちの方がいいとか言うのか!?』
「いや、俺はオーマの方がいいな」
オーマの泣き言に、俺はそれを否定した。
だって、オーマがいないと俺はこの世界の人達と意思の疎通さえとれなくなってしまう。
強大な力を持ったとしても、誰とも話も出来ないんじゃただの怪物と一緒だ。
だから、俺にしてみるとオーマの方が大切だ。
『あ、相棒……!』
ついでに言うと、二本同時に持っちゃいけないなんてルールもないしな!
「しかし、どうしよう……」
俺は、東屋の上で光り輝いていた光の柱を見上げ、そうつぶやいた。
どうやら聖剣を抜いたら抜けたとわかるようにこの光の柱が立ち上がっていたらしい。
そりゃこんなのがぶちあがってりゃ何事かとみんなやってくるわ。
「どうするって、すでにリオも聖剣を持っているところを目撃されておりますから、諦めるしかありませんな」
あっはっはと、マックスはどこか嬉しそうに笑っていた。
お前考えていたことが偶然上手くいったからってそんな嬉しそうな顔するな!
このままだと下手すると俺までチャンピオンシップに出されることになるんだぞ!
いやいや、冷静になれ俺。
例え聖剣を抜いたからって、出場の権利が得られるだけで出場を強制されるわけじゃぁない。
なら、謹んで出場を辞退すれば済む話。
リオだって貴族と騎士の都合で振り回されるのをよしとするわけが……
「宣言しよう。聖剣を引き抜いたわたしは、チャンピオンシップに出ると!」
……あった。
「ええっ!?」
「なんとー!?」
俺とマックスが丘の下でされたリオの宣言にものすっごく驚いた。
流石の俺も、今回ばかりは声をあげて驚いてしまったよ。
チャンピオンシップ開催直前、聖剣ソウラキャリバー抜刀!
そのニュースは、チャンピオンシップに沸く王都キングソウラを一瞬にして駆け巡った。
その大ニュースを聞き、観戦のため王都にやってきた人達は大いに沸き立ちチャンピオンシップへの期待をさらに膨らませる。
なぜなら、聖剣を抜いた勇者はチャンピオンシップに無条件で出場できるからだ。
つまり、聖剣を抜いた勇者の勇姿を見ることが出来るからである!
このルールが出来たきっかけは五百年前、太陽の勇者が現れた際、彼の力量を試そうとした姫のご沙汰がはじまりである。
聖剣を引き抜いた勇者は見事優勝し、その実力を認められ、世を救ったのだ。
その時生まれた特別ルールだったが、それは以後削除されることなく延々と受け継がれてきた。
そしてついに、次の適格者が現れたというわけなのである!
しかも人々が沸き立つのにはもう一つ理由があった。
なぜなら聖剣を引き抜き、チャンピオンシップに出場する勇者は……
「ツカサ殿、リオ、お二人のチャンピオンシップの出場、認められましたぞ!」
騒ぎが大きくなり、官憲の皆様がやってきてその場での騒ぎは強制的に解散となった。
俺とリオはマクスウェルの屋敷に戻り、マックスは代表として説明しに出頭することとなり、その結果が嬉しそうに駆けこんできた先の発言なのであった。
なんで俺まで出場することになってんのさ。なんぜ秘密にしろって言っといたのに素直に言っちゃってんのさ……!
どうやらリオが出場するなら、俺も出なきゃダメってことになったらしい。
そしてリオは出る気満々。
気合、百二十パーセントの状態。
だから、俺も出なきゃダメなんだって。
なんてこった。なんてこっただよ……
俺は断固として出ないと言ったのに、ルールを決めるお偉方は無理にでも出場させる気でいたよ。
例えマックスの誤解をといたとしても、そっちが誤解したままじゃ意味ないじゃんかよ。
しかも俺は一度、いや、サイドバリィ武闘大会と世界を救ったあとの式典と二度も逃亡を図っているから、今回も逃げられてはたまらないと厳重に警備。もといもてなしされるらしい。
決して逃げられないように!
最悪の事態である……
つーかなんで俺みたいなただの高校生に伝説の聖剣が抜けるのよ!
どうしてこうなった。と頭を抱えていると、懐でぷるぷるぷるとなにかが震えているのに気づいた。
取り出してみると、それは携帯電話。
留守電の方に伝言が残っている。
どうやら聖剣を抜いたあたりの時にかかってきていたらしい。
あまりの展開が連続してて気づかなかったよ。
今、この電話にかけてこられる存在は一人。いや、一柱しかいない。
取り出して再生してみると、やっぱり女神様からだった。
残されていた伝言は短く一言。
『私のおかげ!』
ってお前のせいかあぁぁぁぁ!
確かに聖剣は超心強い素敵アイテムだったよ。それを俺のためにどうにかしてくれたんだろうけど、それリオが使うからおかげで逆に大ピンチになってるよ。その親切心、むしろ迷惑! どうしてくれんの!
どうしてくれんのさあぁぁぁ!!
俺の心の叫びは、残念なことに女神様のいる天までは届かなかった。
王都チャンピオンシップ。
それはこの国一の騎士を決める大会。
それは、木剣を持って殴りあうなどというものではなく、各々の持つ最強の武具を持って最高の技をぶつけあわせる命と誇りをかけたぶつかり合い。
相手を意図的に殺すことは反則だが、時にその時の怪我が原因で命を落とす者もいるという過酷な大会。
治癒魔法があったとしても、死ぬ時は死ぬ。
そんな激しい戦いに、俺はオーマ一本だけ持って放りこまれることになったのだ!
や、や、や……やっべぇ。これ、出たらマジで死ぬかも……
おしまい