第37話 サムライイアピック
──マックス──
ツカサ殿は今、ギュネスインの母屋に避難していただいた。
なぜなら先ほど倒された体を奪う魔法使いを倒したのは世を救ったサムライであるツカサ殿であると多くの者が知ったからだ。
ツカサ殿公認の公表であるから、拙者も調子に乗り、騒ぎを聞きつけやってきた者達にその偉業を知らせまくった。というのもある。
かのサムライがいる上、小屋に潜んでいた謎の敵を軽々と倒していたというのが知れ渡れば、その喧騒は日が落ちているというのにおさまることはなく、むしろどんどんヒートアップしているように思えた。
ツカサ殿の優しさから出たこの情報が知れ渡れば、当然のことである。
であるから拙者は姿を現したツカサ殿に優しい目をむけ、母屋へ避難することをオススメし、後の始末を拙者にお任せしてもらった。
拙者の機転は見事的中し、母屋の周りでは怪我をしたヒースを治療したり、かの魔法使いと思われていた者の名誉が回復される演説とツカサ殿の活躍が語られていたりしている。
その騒ぎが広がる中、拙者はツカサ殿のことがふと心配になり、母屋へとむかった。
ツカサ殿は、ロビーから二階にあがったところにある広場の椅子に座り、どこか恥ずかしそうに顔を隠しておられた……
外からツカサ殿を称える喧騒が聞こえる。
ああ、そうか。
これは、本来ならば秘密にされ、直接注目を浴びないことだ。
だがそれをあえて公になされたので、それを恥ずかしがっておられる!
この方が人知れず世を救うのも、人々の喝采になれていないからかもしれない。
なんと奥ゆかしい方なのだろうか。
両手で顔をおさえ、真っ赤になったその耳を見て拙者は確信した。
ゆえに、その姿に声はかけられず、拙者は思わず階段の影に隠れてしまったのであった。
しばらくするとツカサ殿はのそのそと動きはじめ、顔から手をはずし、懐をあさりはじめた。
懐からなにかを取り出すのは見えたが、拙者の位置からではそれがなんなのかはわからない。
さらに取り出したなにかからなにかを取り出し、頭の方にもっていったのだけは見えた。
その瞬間、ツカサ殿の顔がほっこりとしたように見えた。
なにかで気を紛らわせているのだろう。
一体なにをしているのだろうかと思ったが、ここで飛び出してはせっかくツカサ殿が恥ずかしさに耐えているというのが無駄になってしまう。
今拙者がツカサ殿の前に出れば、気を使い、余計な恥ずかしさを与えてしまうのは必定。
なにより、ここで飛び出しては拙者がツカサ殿をのぞいていたことがばれてしまう。
オーマ殿はきっと拙者がいることに気づいているだろうが、動揺しておられるツカサ殿は気づいていないはずだ!
今の拙者の気配消しならば、きっと出来ている!
だが、下手に動けばそれも気取られてしまう。あんなにも恥ずかしがっている姿を見ていたなどと知られれば、ツカサ殿のお心をさらに傷つける!
これも、拙者の気遣い。
見たいが、見れない。
なんてジレンマなのだ……!
すっ。
拙者が必死に我慢をしていると、何者かが階段を駆け上がった。
帽子をかぶった小さな影。
リオだった。
拙者を追い抜き二階に上がった瞬間、彼女は拙者をちらりと見た。
リオと拙者の目が合う。
すると、拙者はリオの考えがわかった。
理解できた。
拙者もリオも、同じくツカサ殿を慕う者だからこそ、その考えに同調することができたのだ!
(ふふっ。ここで隠れているなんておバカさんだな。むしろこういう場合、気を使って遠巻きに見守るんじゃなく、普段どおりに接してやることこそが本当の優しささ!)
ぬかったぁ!!
その考えがわかった瞬間、拙者の体に電撃が走った。
体中がスパークした。
しまった。その考えもあったか!
遠くから見守るのでなく、あえて近づき態度を変えない。
むしろ近いツカサ殿に近い拙者達だからこそ出来る会心の策!
だというのに、一の弟子である拙者がそれに気づかないとはなんたる不覚!
だがここで慌てて追えばあからさま。
明らかな後追い。二番煎じ!
これでツカサ殿の前に出るのは逆効果だ!
拙者はリオのあとを追うこともできず、ただ階段の出口で身を隠すのを続けるしかできなかった……!
それが、拙者とリオの命運をわけることとなる。
天国と地獄の入り混じった、カオスの楽園への……!!
──ツカサ──
俺は今、ギュネスの街にある宿。ギュネスインの母屋ロビーから二階に上がった吹き抜けを見おろせる広場の長椅子に座って顔を覆ってたそがれていた。
外はもう夜の帳が下りて真っ暗だ。
だが、宿の外では大勢の人達がなにやら騒いでいる音が響いているのが耳に入る。
当初の予定ではもうベッドに入ってお休みなさいしているはずだというのに、外はまだまだ宴会のような騒ぎである。
虫退治が、想像以上の大事になってた……
あのあと、缶をカバンに入れ、窓を全開にして証拠隠滅が終わったのはいいが、マックスを呼びに外へ出たら状況が一変していた。
なんと外には人が大勢集まってきていたのだ。
どうやらマックスは一人先行してきていただけで、母屋の方では従兄弟のヒースさんがこの一件のことを知らせて回っていたらしい。
だから大騒ぎになって、みんなでここにやってきたというわけなのだ。
外に出て、マックスが虫退治のことを説明して全ては終わったと宣言しているのを聞いた時、俺は唖然とするしかなかった。
油断した。油断していたよ。
マックスだけなら証拠隠滅して説得すれば口止めが可能だったはずだが、まさかこんなに人が集まってきているなんて……! しかも説明が終わっているなんて!
これじゃなんの口止めも出来ないじゃないか!
なんで俺、あそこでマックスの口止めをしておかなかったんだよ。
先に証拠を消すことに頭が行って、そこを忘れるなんて……!
しかも部屋の中が無傷なのが逆にいただけなかった!
焦げ跡一つでもあれば、あの煙はボヤ騒ぎだったということですんだだろうに、これだけの人に煙は見間違いだと言い訳するのは無理がある!
火事でなければあの煙はなんなのか。と問われれば、言い訳は厳しい。さらにオーマには虫退治をすると宣言してあったのだから、口止めもされていないマックス達はホイホイと俺の秘密を話してしまったのだ!
結果、虫退治は秘密にすることは叶わず、コテージの中の虫を退治するため煙をたいたということが公になってしまったのである……!
コテージから出てきた俺を見て、マックスは「後始末は拙者達がいたしますから」となんかとっても優しい目で俺を見て母屋へ案内してくれた。
他の人達の視線も、とても優しい……!
やっぱり。
やっぱりだ……!
みんな、悟ってる!
俺が、Gが苦手だからコテージ内すべての奴等を退治しようとして煙をたいたことを!
いや、俺は別にGなんて苦手じゃないけどね。苦手じゃないけど、あんな行動をしてれば他の人達はそんなこと思わないだろう。
思えるはずもない……!
だから俺は、こうして案内された母屋で顔を覆っているのだ。
Gが苦手だとバレたのが恥ずかしくて……!
恥ずかしい。
超恥ずかしい。
高校生にもなってあの黒光りする謎の昆虫がダメだなんて思われるなんて。
外は相変わらず騒がしい。
外では大勢の人達がなにやら慌しく動いているのはわかる。
なにを言っているのかは遠くてわからないが、それを騒ぎ立てる人達すべてが俺がしたコテージの中で煙をたいて虫をあぶったことを知っている。
それってつまり、この喧騒に集まる人すべて俺が虫がダメってのを知っているということに……!
まるで女の子みたいだなんて今頃噂されているのだろう。
でもいいじゃないか。ダメなんだよ。あの脂ぎってかさかさして動き回った挙句壁に張り付いてこっちに飛んでくるあの怪生物は。あれだけは。あれだけはダメなんだ……!
いや、実は全然平気なんだけど、それをダメだと思われているのが恥ずかしいの!
この喧騒全てが俺のことを話題にして笑っているかと思うと、恥ずかしさのあまり顔から火が噴出しそうだっ……!!(被害妄想)
俺は椅子に座り、両手を顔に当て、全力で現実を見ないという構えをとってただひたすらに恥ずかしがっていた。
この構えならばきっと、俺に話しかけるものなんて誰もいないはずだ……!
「……」
……
いや、誰も話しかけないからって、この屈辱にまみれた状況はかわらないんだけどね。
ちょっとだけ冷静になったら逆にネガティブな考えしか出てこないことに気づいたよ!
「……」
なので発想を変える。
別のことで気を紛らわそう。
懐をあさると、あの缶を買った時貰ったおまけの小袋が出てきた。
そういえば、三本入りの綿棒を貰ってたっけ。
気を紛らわすのには丁度いいと思った俺は、その中から一本を取り出し耳掃除をはじめた。
ほじほじと、綿棒を耳の穴の中で動かす。
ああ、この柔らかな感覚、悪くない。
耳の穴は性感帯だとか聞くけど、この快楽ならば嫌なことも少しは忘れられそうだ。
スポッと引き抜く。
あまり耳垢をとることは出来なかった。
元々俺の耳は綺麗だって証拠でもあるし、きちんと掃除してある証でもある。
その上俺はこの世界と元の世界を行き来すると色々リセットされるわけだから、ここで必死に耳の穴を綺麗にしてもあまり意味はない。
本当にこれは、気を紛らわすための現実逃避である。
ああでも、これでごっそりとれていたとすると、行き来するたびそのごっそりが何度も味わえるということか。こいつはプチプチを無限に潰せる並の大発見かもしれないな。
今度あっちに戻ってこっちに来るまで時間があったら挑戦してみよう。
俺は綿棒の汚れを確認すると、今度はその反対側を反対の耳につっこむのだった……
……ああ、でも、この現実逃避はすぐに終わってしまうのか。
それを名残惜しく思いながら。
「……ツカサ?」
「お、リオ」
ロビーの方からあがってきたリオが俺に声をかけてきた。
「なにしてんのそれ?」
ひょっこり顔を出したリオは、俺の耳に突き刺さる綿棒に興味を持ったようだ。
その態度は普段のリオと変わりはない。
普段と変わらない態度で接してくれるリオはありがたいことだ。
Gが苦手だからって軽蔑もしないだなんて、なんていい子なんや。
本当にありがたい!
って……
「って、リオ耳かき知らないのか?」
「耳かき? なんだいそれ?」
リオは俺の言葉を聞いて首をひねった。
そのきょとんとした表情。どうやらマジで知らないようだ!
いや、そういえば聞いたことがある。
耳かきってジャッパーン独特の文化だって。
ヨーロッパあたりでは耳かきは医療行為で耳の掃除は医者にやってもらうことだと!
人によっては一生耳かきをせずすごす人さえいるのだそうな。
一生というのは眉唾だとしても、元の世界でも地域によって耳かきは医療行為でお医者様がってのは事実。
つまりこの西洋型ファンタジー世界、イノグランドでも同じようなことが言えるのでは?
となると、耳掃除など滅多にしないリオの耳の中には一体どんな大物が潜んでいるのか。
それを考えただけでも恐ろしくもあり、逆に楽しみでもあった……!
俺の意識が恥から好奇心に切り替わる。
そう。これは恥ずかしさから意識を切り替えるという行動。
さらに耳かきを知らないというリオの学びのための行動!
ならば、リオにこの新品同様の綿棒を出し入れしてもなんの問題もないということになるっ!
「そうか。リオは耳かき知らないのか。なら教えてやるよ」
俺は精一杯の笑顔を作り、リオを手招きした。
だが、俺の発言がなにか怪しかったのか、どこかびくっと怯えたように見えた。
「え? でも、耳にそんな棒をつっこむなんて……」
「なんだ。怖いのか」
残念だと、俺はため息をつく。
「こ、こわかねーやい!」
「なら、教えてやるよ。ここに頭を乗せて。優しくしてやるから」
ぽんぽん。と俺は膝を叩いた。
「なぁっ!?」
リオがびっくりしたように飛び上がった。
「どした?」
「にゃ、にゃんでもにゃい」
焦ったように手をぶんぶんと振りながら否定する。
それはどこか嬉しそうで、なぜか戸惑っているようにも見えた。
「そ、それじゃ、失礼しましゅ」
そんなに緊張しなくてもいいのに。と思っていると、リオはぽすんと俺の膝に頭を乗せてきた。
「……かたい」
俺の太ももの硬さを感じて、リオは少し残念そうな顔を見せた。
「そりゃ男の太ももだからな」
「でも、なんか安心する」
「そっか。んじゃあ耳の中見せてもらうから、床の方を見て」
膝の上を転がし、横に向かせる。
懐から新しい綿棒を取り出し、それをリオの耳の穴へとむけた。
「や、優しくしてね……」
耳に綿棒が近づいてくるのを感じたのか、どこか不安そうな声が聞こえた。
「まかせろ」
こう見えて耳かきは妹にもしてやることもあるから得意だと自負している!
だから安心して身を任せるがいいさ!
──リオ──
くっくっく。
おいらはマックスを押しのけツカサに声をかけ、やっぱりいつもと変わらぬ態度で接してあげることこそが正解だと確信した。
ベッドで飛び跳ねてからの居眠りから目を覚ましてみれば、いつの間にか大きな騒ぎが起きていた。
部屋から飛び出して話を聞いてみると、ツカサの体を奪おうとした何者かが返り討ちにあったとのことだった。
どうやら、マクスウェル一家を毒殺しようとした魔法使いが待ち伏せしていたらしい。
なんとそいつは人の体を奪うことができたらしく、ちょっと前に倒されたとされた魔法使いの体はなんの関係もない人だったって集まった騎士団や街の人達は話していた。
ここでおいらは、ぴんとくるものがあった。
ツカサの活躍がこうして大騒ぎされることはよくあることだけど、ツカサがいる前でおおっぴらになったってのは滅多にない。
たいていツカサはことが終わったら逃げ出してしまって倒したって事実とあとから聞こえてくる噂だけしか残らないからだ。
大勢の人達にその偉業が目撃されたのは、サイモン領で領主のバカ息子に絡まれた時くらいだ。
だから、この騒ぎと最初に倒された魔法使いが関係ない人だったということを聞いて、おいらはぴんときた。
表に出たがらないツカサがあえて体を奪える敵がいたと表に出てきたのは、この倒された魔法使いは関係ない人間ではなかったと隠蔽されないようにするためだと。
こんな騒ぎになれば、もう隠蔽はできない。
マクスウェル騎士団の失態はもう隠しようがない。
ツカサはその人間のために、あえて表に自分のしたことを公表したんだ……!
その仮説は、ツカサを称えるために外に集まる野次馬から隔離された母屋の二階。ロビーから上がったところにいるツカサを見てさらに補強、確信された。
だってツカサ、あんなに恥ずかしがっているんだもん。
公になって、自分が褒められて恥ずかしがるって、なんて人なんだよ。
こういうことに慣れていないから、ツカサは表に出ることから逃げ回ってたのか。なんかちょっと微笑ましい。なんて思っちゃった。
階段をあがったところの手すりの影にはマックスが隠れていた。
どうやら恥ずかしがって顔を覆っているツカサに遠慮しているらしい。
そこでおいらとヤツの命運は別れた……!
マックスはそこで見守り、おいらはあえてツカサに近づいた。
こういう場合、逆に普通に接してあげた方がいいと思ったからだ!
おいらがツカサの方へ足を踏み出すと、ツカサは気を紛らわせるためか、懐から細くて白い棒を取り出してそれを耳の穴につっこんでいた。
なにそれ!? と驚いたが、もう足は止まらない。
おいらの背後ではマックスがハンカチをかんでいるのがよくわかる。
どうやらおいらの考えに気づいたようだ。
でも、もう遅い!
下手に遠慮して気を使うことこそが逆に人を傷つけるってことを理解していないマックスが悪いのさ。お先に行かせて貰うぜ!
気を使っていることがばれないよう、ツカサがしていたことに興味を持ったように話しかける。
いや、持ったようにというか、正直興味がある。
なんでツカサ、耳の穴に棒つっこんでんの? 危なくないの?
ひょっとして恥ずかしすぎて自害する気なんじゃと思ったけど、それをしているツカサの表情はむしろ安心しているような表情だった。
だから余計に気になる。
聞くと、ツカサはそれのことを教えてくれた。
同時に、今の状況から気もまぎれているのも感じられる。
それの名は、「耳かき」というらしかった。
どうやら耳の穴を掃除するらしい。
そんなことするなんて発想さえなかった!
でも、自分の見えない穴に棒を入れるなんて、少し怖い。
「なら、教えてやるよ。ここに頭を乗せて。優しくしてやるから」
それでもツカサは、優しくしてくれると言った。
「なぁっ!?」
あまりのことに、飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
だってツカサ、膝をぽんぽんと叩いて頭をそこに乗せろと言うんだぜ。
いわゆる膝枕。
そんなことしてくれるだなんて、耳の穴に白い棒をつっこまれるだけの価値はあるだろ!
だから飛び上がるように驚いてもご愛嬌だ。
「どした?」
「にゃ、にゃんでもにゃい」
焦ったように手をぶんぶんと振りながら否定する。
あまりのことに動揺し、何度か言葉がかんでしまったけどご愛嬌だろう。
そりゃ焦るよ。
こ、こんなチャンス滅多にないんじゃないか?
「そ、それじゃ、失礼しましゅ」
おいらは帽子を脱いでゆっくりとツカサの膝に頭を乗せる。
こ、こんな役得いいんだろうか。
いいんだよな!
「……かたい」
ツカサの太ももは、想像よりもかたかった。
女とは違う、少し筋張ったような感触。
これが、男の人の太ももの感触なのか……
なんか、安心する。
「そっか。んじゃあ耳の中見せてもらうから、床の方を見て」
上をむいていた状態から体の向きを横に変える。
耳の上でツカサの手が動くのがわかった。
やっぱり、他人に頭の中を任せるってのはちょっと怖い。
「や、優しくしてね……」
思わず声に出てた。
「まかせろ」
ツカサの優しい声と、空いた手がわたしの優しく頭をなでる。
それだけで不思議と安心できた……
ほっとした。
でも、そうして気を抜いたのがいけなかった……!
おいらは、ツカサの耳かきなるものを甘く見ていた。
ここでおいらは、地獄と天国を同時に見ることになった……!
こんなに近くでツカサにささやいてもらえるなんて、それだけで役得だと思える。
これだけでも幸せだったというのに、わたしは耳かきというものを侮っていた。
するりと白いふさふさついた棒がおいらの耳に入ってきたのがわかる。
そしてそれが、穴の壁にぶつかったその瞬間……!
「んんっ!?」
びくん。と小さくわたしの体が震えた。
でもツカサはそんなわたしの反応など当然であるかのようにその行為を続ける。
耳の入り口を優しくこすり、そしてゆっくりと穴の奥へと進んで行く。
「あっ!」
思わず漏れた声に、手で口を覆う。
なにこれ。
こんな声、わたしの声じゃない。
なんか恥ずかしい。
この声を聞かれるの、なんか恥ずかしい!
「少し強くするよ」
耳元で囁かれる声だけでわたしの体が震える。
あっ、ちょっ。
穴の壁に触れるそれがわたしの中をかき乱す。
耳の奥がこりこりさわさわして、わたしの体の中を、えも知れない感覚が駆け巡った。
「お、ここ」
こりっと穴の奥を膨らんだ丸いそれがつついた。
その瞬間。私の背筋に雷が走ったような衝撃が流れる。
「あぁっ!」
なにこれ。こんなの感じたことない!
こんなの、こんなっ!
それは、初めての感覚だった。
初めて感じた感覚だった!
「んんっぅ!」
口で手を押さえているというのに、漏れる声は押さえきれない。
こりこりと耳の穴。その肉壁にツカサの棒が触れるたび、わたしの頭の中になにかが走るような刺激が走る。
ぴりっとはじけるような、まるで雷で体をうたれたかのような衝撃が。
今まで感じたことのない、痛いような、くすぐったいような、それでいてどこか心地いい感覚が私の中を駆け巡る。
初めて感じるこの感覚。
いえ。快感に、わたしは抗うことができなかった……!
(……妹と同じ反応するなー)
ツカサの思惑などまったくわからず、わたしはその棒に翻弄されるしかできなかった。
侮ってた。
わたしはツカサの耳かきを侮っていた!
「どうだ?」
「た、たいしたことないわね……」
いきも絶え絶えだというのに、わたしはそんな答えを返してしまった。
こんなことを言ったら逆効果。
もっとひどく穴の中をかき乱されちゃうんじゃないか……!
「そうか。なら、もう少し強くいくぞ」
耳元で聞こえたツカサの言葉に、わたしの背筋はぞくぞくした。
わたしは心の中でどこか期待しているのがわかった。
わたしは期待している。
もっと。
もっともっと強く、わたしのナカをかき乱して欲しいと。
そんなイケナイ期待がわたしの中を駆け巡っている。
嫌だ嫌だと思いながらも、もっともっとと期待してしまっているわたしがいた……!
「いくぞ」
「ああっ……!」
ツカサの棒が、わたしの中をより強くかき乱す。
わたしの吐息も乱れ、息も荒くなる。
膨らんだ棒が私の穴の壁面をなぞるたび、触れるたびに快感がわたしの中であふれ、口を押さえる手や足先がびくんとはねた!
これは、これは……
だめっ。奥まで届いちゃうっ……!
わたしはもう、抗うことはできなかった。
ただ一言だけ。
コレだけしか言えない。
みみかき、すごいのー!!
……
「……はい、終わり」
ふっと、耳元に息が吹きかけられた。
「ふわっ!」
予想外の風にわたしは声をあげてしまった。
「悪い。とりこぼしたのを息で払っただけだ」
「う、うん」
なんとか声を絞り出す。
でも、頭に風を受けたことで、ほうけていた私の心にも冷静な風がふき、わたしは正気に戻った。
な、なにこれ。
なんなのこれ……!
冷静になると、なんて声を上げていたのだと恥ずかしくなる。
なんて声をあげていたのだと恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じた。
「どうだった?」
ツカサが感想を聞いてきた。
「う、うん」
わたしは、戸惑いながら答えを返す。
「わ、悪くはなかったかな。まだよくわからなかったから、またそのうちたまーにならしてもらってもいいかも」
「そっか。ならまたな」
ツカサは嬉しそうに微笑んでわたしの頭をなでてくれた。
どきりと心臓が跳ね上がる。
「う、うん」
あ、いけない。耳かき、癖になりそう……
バクバクと心臓が動くのを感じながら、わたしはあの快感を思い出し、ツカサの手にあるそれに熱い視線を送ってしまった。
いけない。これは何度もやったら癖になる。癖になって逃げ出せなくなる。これは、危険だ。
ましょうのわざだ。
「じゃ、次いこうか」
「へ?」
「反対側」
そ、そうだった!
耳は二つ。
片方が終わったのなら、次はもう一方。
もう一つ残っているのだ!!
それってつまり、もう一回あれを味わなければならないということ……?
わたしの体に戦慄が走る。
視線をむけると、少しだけツカサの顔がサディスティックに笑ったように見えた。
あまり表情を変えない彼がこうまで表情をあらわにするなんて滅多にないことだ。
それだけ、彼はわたしになにかを期待しているということになる。
それってつまり……
だめ。と思いながらも、わたしは無言で反対の穴を差し出した。
そのツカサの強靭な棒で、わたしの穴をめちゃくちゃにしてもらいたくて……
「じゃあ、はじめるぞ。身を楽にして。俺に身を任せて」
その囁きに、私は脳がとろけるかと思った。
続いてツカサの棒が私の穴に迫る。
ふわっ、ふわあぁぁぁぁ……!!
わたしの意識は、途中で途切れた……
──マックス──
……せ、拙者は恐ろしいものを見てしまった。
リオ、お前の犠牲は忘れない……
穴をかき乱され、びくんびくんと小さく痙攣しながら恍惚の表情を浮かべる彼女を見て、拙者は虚空に向かって敬礼を想像するしか出来なかった。
あの耳かきという技。なんと恐ろしい……!
はたから見ていることしかできなかったが、リオがなすすべもなく骨抜きにされていったのがよくわかった。
ツカサ殿は刀などを用いずとも、あんな小さな棒一本で人をここまでダメに出来るとは。
気を紛らわせるとはいえ、なんと恐ろしいことを!
ツカサ殿。なんて恐ろしいお方……!
ぶるる。とあの行為を見て拙者の背筋が震えた。
だが、あってはならない期待も生まれてしまった……!
「ありゃ、リオ寝ちまったか」
ツカサ殿が反応のなくなったリオを見て、どこか残念そうな声をあげた。
いいえツカサ殿。寝たわけではありません。いや、確かに寝たのですが、その種類はちょっと違うかと思われます。
ツカサ殿は眠ってしまったリオをいわゆるお姫様抱っこで持ち上げ、近くの長いす。ソファーの上に横たえ上着をかけた。
さすがツカサ殿。流れるような紳士行為にござる。
しかし、リオを横たえたツカサ殿はどこか物足りなさそうにため息をついたのを拙者は見逃さなかった。
どうやらリオが途中で寝てしまい、ツカサ殿は満足できなかったようだ!
ここに残るは拙者のみ。
ならば、ならば……!
いや、だが!
あのようなリオを見て、拙者もそれに一歩踏み出せというのか!?
あの地獄のような天国の妙技の前に!
だが、だがだが。
ツカサ殿が気を紛らわせようと誰かを必要としているこの時は、逃したら二度とないかもしれない。
なにより、ツカサ殿が助けを必要としているあの時いの一番に駆けつけられなかったこの後悔!
それを払拭するのは、今しかない!
拙者は覚悟を決めた。
今までの感謝の念を返せるならば、例えこの命、この場で尽き果て、明日の朝日が拝めずとも後悔はない!
「あ、ツカサ殿ー。奇遇でござるなー。一体なにをなさっておられるのですかー?」
拙者はそう偶然二階にやってきた風を装い、隠れていた階段のかげから姿を現した。
うむ。この演技、完璧である!
拙者を見つけた瞬間、いつもあまり表情を変えぬツカサ殿がどこか嬉しそうな表情を見せてくれた気がする!
ツカサ殿は拙者の顔をじっと見て、一度うん。と大きくうなずいた。
「なあ、マックス。耳かきって知ってるか?」
ツカサ殿は、その禁断の質問を拙者にぶつけてきた。
大丈夫。
拙者はリオのようなうぶなねんねではない。
百戦錬磨のサムライ見習い。
だから、大丈夫!
拙者はツカサ殿の妙技などに負けたりはしない……!
であるから、真正面から受けてたち、ツカサ殿を満足させて見せるのだ!
「じゃあ、ここに頭を乗せてくれ」
知らないので教えてくださいと頭を下げると、ツカサ殿は元いた椅子に腰掛け、膝をぽんぽんと叩いた。
拙者は恐る恐るとだが、そこに頭を乗せる。
ああ、これがツカサ殿の太もも。
ここに頭を乗せられただけで拙者はもう満足かもしれない……
「緊張しなくても大丈夫だ。床の傷や木目を数えている間に終わるからな」
耳元で、ツカサ殿の素敵な声が聞こえる。
こ、これは至福。これだけで拙者どこかへいってしまいそうにござるよ!
だが、気を確かにもてマックス。ツカサ殿すべてを受けきると覚悟を決めただろう。
心を強く持つのだ!
きっと、自身の心に渇を入れ、気合をこめる。
すっと、耳元に新しいあの白い棒が迫った気配が感じられた。
すぽっ……
結果。
ツカサ殿にはかなわなかったでござるよ……
「ふう。気がまぎれた。ありがとな。マックス」
拙者の意識が闇に落ちる直前、そんな言葉が聞こえた。
やった。
ツカサ殿にはかなわなかったが、目的は達成することが出来た。
ちょっと走馬灯を見たりご先祖様とお話してきたような気もするが、やった。
拙者、出来たよ……!
満足と充実感を感じながら、拙者の意識は闇に落ちた……
──ツカサ──
ふいー。
マックスの方も新しい綿棒で耳かきをしたらぐっすりと眠ってしまった。
さすがに百八十センチを超える大男を運ぶことはできないので、ソファーの座布団で枕を作り、マックスの頭の下に移動させるだけにとどめる。
リオとマックスを眠らせてしまうほどの耳かきをしたことで、俺はある程度の自尊心を取り戻すことに成功した。
ふふっ。Gが苦手だっていいじゃないか。人間だもん!
むしろ開き直ったと言ってもいい。
しかし、やっぱり耳かきに慣れていない人達にとって耳かきはアメイジングな衝撃だったようだ。
二人も満足させたこの自信。
「……いっそここで耳かき屋とかはじめてみるかな」
そんなことを思わず思い描いてしまった。
『……いや、間違いなく法で取り締まられることになるからやめといた方がいいぜ、相棒』
「なぜに!?」
俺の呟きを聞いたオーマにダメだしをされてしまった。
何故だ。
ひょっとしてこの世界の耳かきは医師免許が必要なのか?
それとも耳の穴になにかを入れるのはそもそも違法なのか?
わからない。
さっぱりわからない。
どれだけ考えても、その理由はさっぱりだった……
こうして、俺達のマクスウェル領での一幕は終わりを告げることとなった。
次にまた、俺が改めてこの地を踏むことはあるのだろうか?
それは、女神様ですらわからないことなんだそうな。
おしまい