第36話 決戦! 魔法使い殿!
──リオ──
がたごととマクスウェル家が用意した馬車に乗って、おいら達は王都を目指す。
マックスのアホがチャンピオンシップのことちゃんと覚えていればまた王都へむかうなんて二度手間しなくて住んだってのによ。
つってもおいらもチャンピオンシップのことなんてすっかり頭になかったから口には出さないけどさ。
マクスウェル領から王都までずっと馬車で移動できるから、楽といえば楽な旅だし。
早くて楽なのはいいけど、一度見た景色をのんびり見直して戻るってのもちょっと退屈なのが問題かな。
まあ、ツカサは文句を言わないから、おいらもなにも言えないんだけどね。
時は夕方。
まだ空は明るいけど、これからどんどん日が落ちてくる時間だ。
馬車だから一日でかなりの距離を進んだけど、やっぱり一日じゃ王都にはつかない。
だから今日は、今到着したこの街で一泊することになるだろう。
この街の名前はギュネス。
大きな壁で周囲が囲まれた街。三百年前はここがこの国の北の執着地点だったから、北の蛮族の進行に備えてこれだけの壁が作られたんだってさ。
中も広くて、城はないけど街の隅っこに小さな丘が一つあるんだそうだ。
昔はそこに領主の館が建っていたみたいだけど、北にマクスウェル領が出来てから別のところにうつったんだって。
んで、その名残で街の中なのに自然の残された丘が一つぽつんと残っているんだと。
って、来る時マックスに散々説明されたから、思わず思い出しちまったよ。
ガタガタと街の石畳を馬車が進み、門の跳ね橋を超えて街の中に入った。
「前はここ素通りしたけど、宿はどうすんだ?」
前に来た時はそんなに遅い時間じゃなかったから、そのまま通り抜けて北の川を渡る橋を目指してしまった。
でも今回はここでお泊りだ。
なので宿を探さなきゃいけないわけだが、マックスならいいところを知っていないかと思って聞いたのである。
「心配するな。今回は王都の別宅につくまでの費用は全てマクスウェル家が負担する。だからお前は気にせず好きな宿を選んでいいぞ!」
その言葉においらの耳はぴん。と動いた。
おいらもツカサも超大金持ちってくらいの金を手にしているけど、やっぱり根が貧乏性なおいらは宿に大金をはたくというのは簡単には出来ない。
でも他人の金というなら話は別だ。
しかもお貴族様のお金なんだから、ぱーっと使わねば損とさえ思ってしまう!
「やりー。なら贅沢しちまお」
いっひっひとおいらは笑うしかなかった。
「現金なヤツめ」
『御意』
マックスとその刀サムライソウルが呆れていやがるがおいらは気にしない!
「まあ、気持ちはわからないでもないけどね」
『金ならたんまりもってるだろうがよ』
ツカサがおいらに同調してくれて、オーマも呆れていた。
おいらの味方はやっぱりツカサだけだよ!
「あの、マックス様……」
「む?」
馬車を運転してた御者がおいら達に声をかけてきた。
「どうした?」
「本日の宿、すでにマクスウェル家によって用意してあるそうです。迎えが来ました」
「なに?」
「どゆこと?」
「いや、拙者はなにも聞いておらんぞ」
マックスと一緒に窓から顔を出した。
すると馬に乗ったホテルの受付っぽいボーダーが馬車の隣を併走しているのが見えた。
聞けば、先にチャンピオンシップへむかった一団があとから来るマックスのために宿を先払いしてとっておいてくれたというのだ。
「なんと。先に向かった誰かが気を利かせてくれていたのか!」
元同じ騎士団の仲間に粋なことをされ、マックスは涙をかみ締めていた。
「そういうことならしゃーねえな。金がすでに払われてるってんならおいらだってキャンセルしろとは言えねえや」
「そうだな。今日の宿はそこにしようか」
おいらとしちゃあ自分の金でなけりゃどうでもいいし、ツカサはそれに関しては問題にしてなさそうだ。
なので、素直にOKを出す。
「わかりました。では、案内を頼むぞ!」
「はい」
ボーイは頭を下げ、馬車を先導はじめた。
おいら達はその宿。ギュネスインてところで厄介になることにした。
──ツカサ──
俺達はマクスウェル家が用意してくれたという宿。ギュネスインに到着した。
「ほー」
俺とリオがそれを見て感嘆の声をあげてしまった。
案内されたそこは一軒の建物が建っている宿ではなく、敷地の中に建てられたコテージ型の離れもあるところだった。
なんとここ、街の中にある丘全てがその宿の敷地なのだという。
受付と食堂もある母屋と、一軒一軒にわけられたコテージが丘に点々と建てられている。
コテージの方は隣に部屋がないのでどれだけ騒いでも問題ないという、都会の喧騒に疲れたセレブに大人気なところなんだとか。
確かに静かだろうけど、食事は受付のある母屋でしなきゃならないのがちょっと面倒だな。いや、ホテルで食堂を利用するのと同じことなんだろうけど、外だから雨が心配になる。
でも、丘は綺麗に手入れされていて、そこを歩くだけでもいい気分になれそうだ。
すでに日が落ちはじめてきているから、あんまりそういう気にはなれないけど。
「へー。こういうところもあるのか」
俺は思わずそんな声をあげてしまった。
「お一人様一部屋おとりになっておりますので、どうぞごひいきに」
案内してくれたボーイが頭を下げた。
え? あのコテージどう見ても四人くらい住めそうな家だよ。
そこに一人? 確かにわずらわしさを感じず静かだろうけど、寂しすぎない?
俺もリオも、思わず顔を見合わせてしまった。
「ちっと、豪勢すぎない?」
「なあ?」
リオの言葉に、俺も同意する。
俺は税金の無駄じゃね? というのと、リオは無駄遣いだという気持ちが生まれてしまったためだ。
「とはいえ、ツカサ殿はサムライ。国賓級のあつかいであっても良いくらいです。ウチが出したとすれば、むしろ足りないくらいですぞ!」
マックスがなぜか力説した。
「これだから貴族様は……」
やれやれとリオが頭を抱えた。
「とはいえ、すでに前払いで全て支払いを受けていますので……」
ボーイが申し訳なさそうに教えてくれた。
俺とリオは、また顔を見合わせため息をつく。
「まあ、もう金払っちまってんならしょうがねえな。使わない方がもったいないし、しゃーないか」
「そうだな」
俺とリオはうなずく。
すでに支払いも終わっているのならそちらの方が無駄で、もったいない。
俺達は納得して一人一部屋使わせてもらうことにした。
コテージの鍵をもらい、案内される。
受付と食堂のある母屋を通り抜け、丘の方へと入る。
荷物を運ぼうかと言われたが、あるのはオーマとカバンくらいなので丁重にお断りした。
母屋に近い方から、マックス、リオ、俺と案内された。
丘の上の方が高くて見晴らしがよいのでいい部屋なのだそうな。
これはまんまホテルの高層階か下層階かの違いと同じことなんだろう。
近いと風呂と食堂に近くていいんだけど、どっちも変わってくれなさそうだ。
特に「マックスは弟子のが高いところで眠れません」と断固反対するのが目に見えてる。
なので素直に案内されることにした。
案内されて丘を登ってみると、確かにそこは見晴らしがよかった。
街を囲む壁より唯一高い場所で、すべてを見まわせる。
ここから夕日を見たりするのは確かに感動するものがあるかもしれない。
むしろ一人で見るのはもったいない。
日の入りが近づいたらリオもマックスも呼んでルームサービスを頼んで一緒に見物しよう。
俺はそう心に決め、案内してきた人と別れコテージの入り口へむかった。
もらった鍵を使い、扉を開ける。
中は、一人で過ごすには広い大きさだった。
ベッドは二つ。
キッチンまで備え付けてあるのでその気になれば普通に生活さえ出来そうな場所だ。
スッゲー豪華。そう思いながら足を踏み入れようとしたその時だった……
「っ!」
部屋の中にソレを見つけた瞬間、ぞわっと髪の毛が逆立った気がした。
俺の足が、止まる。
カサカサ。
カサカサカサ。
部屋の中を、そんな音が聞こえるような存在が横断していた。
コテージの中を我が物顔で闊歩するそれ。
なぜお前がこの世界にもいる! と叫ばなかっただけでもマシだろう。
いや、単に声さえ出なかっただけ。とは口が裂けても言わないけど。
異世界まで追ってくるのかお前は。
台所の黒い悪魔。誰もが嫌悪する謎の自己主張の塊。
その名は……
その名は、G!!!
むしろ、異世界だからか俺の知るアレよりふたまわりくらいでかい。
角があればカブトムシと言ってだませるようなサイズだ。
いやいや、きっとそれは目の錯覚。きっと俺が大きいと思って認識してしまっただけで、ホントは小さくて十円玉くらいのサイズだったに違いない。そうだ。そうに違いないと思いこもう!
俺はパタンと扉を閉め、後ろに下がった。
まるで時を巻き戻すようにバックオーライである。
『あ、相棒? どうしたんだ?』
俺の奇行にオーマも戸惑っている。心配そうに声をかけてきた。
俺は一つうなずくと、ゆっくりと口を開いた。
「オーマ、ちょっと聞くけど、中に虫の気配はどれくらいある?」
『虫? 虫っ! ああ、いるぜ。特別でっけえのが一匹な!』
「そうか……」
俺の見間違いじゃなかったか……
オーマのお墨付きを得て、俺は自分の見た幻ではないとがっくり来た。
なんでこんなイイお宿で。と思うが、奴等はどれだけ警戒しようと入りこんでくる恐竜時代から生きる現代のNINJYA。
なおかつここは丘の上。あたりは自然で一杯だ。
やつらはむしろ家の中より茂みの中の方が多く繁殖している。
ならば、いくら気をつけても侵入を完全に阻むのは難しいだろう……!
なんてこった。なんて時に俺の前に立ちはだかるんだ黒い悪魔よ!
カブトムシとかクワガタとか天道虫とかは大丈夫だけど、あれだけは、あれだけはダメなのだ!
いや、別にダメじゃないけどね。怖くないけどね。ただちょっと、ほら、政治的にダメなんだよ!
俺は回れ右し、宿の受付にむかおうとしてまた足を止めた。
今思わず部屋を変えてもらおうと受付に行こうとしちゃったけど、こんなことで行けるか!
ゴキブリが怖いからって部屋を変えてくれ? 言えるわけないだろそんなこと。男の子なんだから!
『どうすんだ相棒、マックスあたりに救援を頼むか?』
オーマが案を出してくれた。
確かにマックスならあんなでっかいGでも平然とやっつけてくれるかもしれない。ひょっとするとああいうのはリオのがあっさりしているかもだ。
「いや……」
だが、マックスに泣きつくのも抵抗がある。それじゃ受付に部屋を変えてと言いに行くのと変わらない。かっこ悪いし情けなさ過ぎる。
そしてリオに頼むのは論外だ!
こんなのオバケが怖いとバレるよりかっこ悪い!
いや、オバケは全然怖くないけどね。全然!
Gも怖くないけどね。まったく!!
となると俺が自分で立ちむかわねばならない!
そもそもここは丘の上。自然あふれるここではどのコテージでも同じことはありえる。
ならばむしろ、この中にいる者を退治して、さらにこの場に近寄らせないようにするのがベスト!
俺は、覚悟と決めた。
舐めるなよGめ。例え俺一人でもやってやる。立ち向かってやるぞ!
「オーマ」
『おう』
「ちょっとここで見張っていてくれ」
腰からオーマを引き抜き、入り口の小さな階段の前に立てかけた。
『わかった。相棒は?』
「一人でなんとかしてみる」
『了解した。例え逃げてもどこまでも追えるようにしとくぜ!』
「いや、俺が戻るまで逃げられなければいい。あとは俺が始末をつける!」
俺はそうオーマに告げ、太陽を背にして丘の上に走り出した。
走る中携帯電話を取り出し、また女神様に電話をかける。
ちょっと前にも電話したが、女神ルヴィア様の助力を願うことで俺は元の世界へ帰ることが出来る。
詳しいことはこの前説明したのでこれで省略するが、俺は対G兵器を手に入れるため、元の世界へ戻るのだ!
『あら、またどうしたの?』
ツーコールで女神様が出て、俺に語りかけてきた。
「また欲しいものがありまして。急いで戻してください!」
『わかったわー』
女神様のかるーいお返事の直後、耳に当てていた携帯の画面が小さく輝き、俺の耳元になにかがにゅるりと触れたのがわかった。
「ひゃんっ!」
変な声が上がり、俺はまた地球へ帰ってきた。
前回はカナブンだったけど、今回の感触は明らかにそれとは違うモノだった。
「今回の俺はどんな俺ですか!?」
『ミミズよ』
「ミミズかー」
どおりでぷにぷにしていたわけだ。
『カナブンだと激突が痛いと思って』
「お気遣いありがとうございます。でもミミズは苦手な人多いだろうから次からはやめてもらえると助かります。あと関係ありませんが、ゴキブリはもっと嫌な人がいるので絶対に呼ばないでくださいね。俺は平気だけど、ダメな人はダメなので絶対呼ばないでください。絶対ですよ。絶対!」
『わ、わかったわ』
ミミズは嫌な人も多いだろうけど、俺の場合はそれじゃなくそっちだから。別に全然怖くないですけどね。こわくないですけど、絶対やめてください。
俺の念が効いたのか、女神様少しだけ引いているようにも感じたが気にしない。
「絶対にどすよ。絶対に。フリでなく」
なんか訛った気がするが気にしない。そこまで必死なわけじゃないんだから!
『フリ? とにかくそれだけは呼ばないようにするわ』
どうやらこっちの世界には「絶対するな」のフリはないようだ。安心である。
ともかく、地球に戻ってきたのならやることは一つ!
対G最終兵器、しゅっとこすれば缶から煙が出て部屋の中のGを一網打尽に出来る人類の英知が詰まったアレを手に入れることだ!
具体的な品名は忘れたけど、うっかり忘れちゃったけど、アレがあれはゴキブリなんておそるるに足りず! あれを焚いたあとはしばらくゴキブリも寄ってこないだろうから今日寝る分にも安心というわけだ!
俺は店に入り、その商品を手に取った。
あ、これノミとかダニもいけるんだね。一網打尽なんだ。へー。
缶の横に書いてあったHow toを見て俺はそんなことを思った。
さらに今後のことも考えて、Gだけでなく使える対小虫殲滅用にも殺虫剤を買っておこう。
設置タイプの粘膜トラップもいいが、アレは処分の時生きているとショックもでかいので今回は遠慮する。どうせ一晩の宿だ。今日だけどうにか出来ればそれでいい!
これで準備は整った!
俺は買ったそれらをカバンに入れ、おまけでもらえた小袋を上着の内ポケットに入れる。
「さて、女神様女神様ー」
再び携帯を取り出し、女神様に連絡を取り付けイノグランドへ戻るのだった。
待っていろ黒い悪魔! すぐに抹殺してやるからな!
イノグランドに戻り、またオーマのいるコテージへ戻る。
『相棒お帰り。早かったな!』
「そう?」
どうやらワリすぐ戻ってこれたみたいだ。
『つーか、なにしてきたんだ?』
「ちょっと気合を入れてきたってとこかな。まだいる?」
『ああ。まだ中にいるぜ』
「わかった。オーマ、今から部屋の中でなにが起きてもうろたえないでくれよ」
G退治のアレは使うと大量の煙が噴出すから、火事と言われないよう釘をさしておかないと。
ここは母屋から離れていて見えにくい位置にあるから、オーマ以外には少しくらい煙が出ていてもばれないとは思うけど(希望的観測)
『お、おう。一体なにをする気だよ相棒』
「言ったろ。虫退治だって。ちょっと派手かもしれないが」
そう言い、俺はオーマをそこに置いたまま部屋に入る。
オーマを拾わなかったのは単に部屋の中で作業するのに長い棒が邪魔になるからだ。
ドアしか開けていないのだから、まだ小屋は全部施錠済み。ならばアレを使えばすぐ部屋の中に煙は充満する。
そうなればすぐ外へ避難するのだから、わざわざ拾うまでもないと思ったのだ。
俺はコテージに入り、入ってすぐにある大きな部屋へ足を踏み入れた。
すでにヤツの姿はない。
だが、オーマは中にいると言っていた。
やはりコレを使うしかないようだ!
俺はカバンからそれを取り出し、床に置いた。
対応の広さはよくわからなかったので、なるべく広範囲によく効くヤツを選んできた。
蓋を開け、しゅっとこするとそれは発動した。
缶の真下から一歩下がりそれを見る。
最初ゆっくりと煙が出はじめたかと思ったら……
ぶっしゅー!
勢いよく煙が噴出すのが確認できた。
俺はそれを見て、成功だと確信し、部屋から出て行く。
ぱたん。と扉を閉めると、その奥からしゅうぅぅぅと煙がさらに広がっていくのが音でわかった。
中は見えないが、凄い勢いでなにかが噴出し、煙が充満する音が響いている。
扉の隙間からももくもくと白い煙が漏れ、その量と威力のすさまじさが確認できた。
ちょっと後ろに下がってコテージの全体を見ると、壁の隙間、天井の隙間からも白い煙がちろちろとあふれているのがわかり、コテージ全体が煙に包まれているのがわかった。
くくっ。成功だ。
あとはじっくりゆっくりと中の悪魔が滅するのを待つだけである。
俺はその光景を見ながら腕を組み、その時がやってくるのをじっと待つのだった。
こんなファンタジー世界で殺虫剤なんて受けたことないだろうから耐性もなかろう。
さあ、俺を怖がらせたGよ。恐れおののき悶えてくたばるがいい!
しばらくして……
黄金色に輝く太陽が西に傾き、地の果てに沈んで行くのが見える。
煙の勢いもおさまり、待ち時間も十分に過ぎた。
そろそろかな。
「そろそろか。オーマ、中に残っているのはいるか?」
『いいや、もういねえ。さすが相棒だ。煙を利用するなんてよ』
オーマが感心している。
くくっ。だが残念だったな。こいつは俺の力でも知恵でもない! 先人の発明品というヤツだ! 俺はただそれをそこにセットし使っただけなのだから!
どうやら効果は抜群だったようだ。オーマがいないと言ったのだから、あの憎いGはお亡くなりになったか逃げたかどちらかだろう。
少なくとも薬が効いているしばらくの間はこの部屋に寄りつかないはずだ!
「ツカサ殿ー!」
俺が一人達成をかみ締めていると、丘の下からマックスが駆け上がってきた。
大急ぎで、大慌てだ。
ひょっとすると、コテージからあがる煙に気づいたのだろうか?
だが、やってきたのはマックス一人。
大騒ぎになっているというわけではないようだ。
ちょっとだけ安心である。
「だ、大丈夫でござったか!? 今、そこで……!」
この慌てよう。やはりコテージから煙が出ているのを見られちゃったか。
ものすごく心配しているように見える。
そりゃそうだ。アレを知らない人から見れば、もくもくと小屋から煙が出ているように見える。すなわち火事なのだから。
「大丈夫。もう終わったから」
ぜいぜいと息を切らすマックスの肩に手を乗せた。
もう安心して大丈夫と、マックスに伝える。
そう、全てはもう終わったのだ。
問題ないのだ。
追求はなしだ! 火事なんてなかった!
「そ、そうでござったか」
マックスはほっとしたように胸をなでおろした。
そりゃコテージから煙が出ていたら火事かと驚くわな。
だが安心して欲しい。見ての通り火事なんて起きてないし、中に入っても燃えカスなんかも存在しないから!
おっと、でも煙を出した缶なんかが見つかると面倒か。こいつだけは見つからないように片付けておかないと。
下手に見つかって詮索されてGを退治しようとしましたなんて説明することになったら本末転倒だからな!
あとはマックスを中にいれ、焦げ跡が欠片もないことを確認してもらえばあれは気のせいだったと納得してもらえるだろう。
俺はぜいぜいと息を整えるマックスをそこに待機させ、部屋の換気とアレの缶を回収するためマックスにオーマを預け、一足先にコテージへ入っていった。
これで中に入ってきたマックスに中を見てもらえば火事などなかったと納得してもらえる。
煙のことを聞かれたら気のせいで押し通す。これでOK!
部屋の中には目に見える虫の死骸はなかった。
よし。これでひとまず一安心。
今日は安心して眠れそうだ!
──魔法使い──
おのれ。
してやられた。
心機一転。体を変え、新たな宿主を見つけたのいうのに、まだ思い出しても腹が立つ。
まだあの失敗をずるずると引きずっている。
完璧な策だと思っていたというのに、サムライに見破られ、あの娘は復讐も出来ず捕らえられた。
目の前で毒の存在をばらしたのだ。あれでは言い逃れも出来ない……!
サムライの意識は完全に正体不明の魔法使い。つまり私にむいており、お嬢様の気まぐれなわがままを利用して近づくという策だったというのに、それはすべて、あのサムライの掌の上で転がされていたという結果になった。
毒を盛ることに対して完璧な解毒薬を用意していたのだから、あの時の策は完全に読みきられていたと見ていい。
おかげで私の慣れ親しんだ体を捨てるハメになってしまった。
そう。私は生きている。
マクスウェル家一家を抹殺しようと願った娘に策を授け、魔法を授けた彼女の言う『魔法使い殿』である私は生きている。
今はあのマクスウェルの屋敷を警備する騎士、マックスの従兄弟であるヒースという男の体を奪い、生きながらえたのだ。
……となると今私はヒースと名乗った方がわかりやすいか? いや、役にも立たない小僧より慣れ親しんだ魔法使いの方がまだおさまりが良いだろう。
なにはともあれ、得たいと思っていたマクスウェル家壊滅のエネルギーは得られず、逆に破滅させられたのはこちらであった。
一体どこからがヤツの掌の上だったのだろうか。
やはり、あの娘がサムライを撃つと言った時に止めておくべきだったのかもしれない……
だがそれも後の祭り。私とてあのサムライ暗殺の一撃は利用できると思っていたのだ。
あの娘が悪い、自分が悪いと言うより、あのサムライが脅威だと考えた方が心の平静を保つのにもいいことだろう。
あのサムライは間違いなく、噂に違わぬ英傑なのだから!
いや、下手をすると噂の方が大人しいレベルだ。
我が主の望む世界を脅かしたダークカイザーをたった一人で屠る武力を持ち、奇策はおろか智謀、知略にまで長けているのだから……!
これが世界を救ったサムライ。
我が主が再臨なされた時、あの方の前にサムライが立ちはだかるのは必定。女神ルヴィアを駆逐し、変わって世の支配者となるための最大の障害となるのは間違いない。
そこまでわかるあからさまな壁なのだ。我が主復活の時までにあれを排除することこそ我が信心の証となろう!
だが、問題はヤツをどう始末するかだ。
自慢じゃないが、私自身に戦う力はほとんどない。
魔法を使えるが、かのサムライ相手に通用するとは思えない。
しかしそれは、ヤツを始末する時の話だ。
私からしてみれば、あのサムライを始末する必要性はない。
なぜなら私には力があるからだ。
この、他者の体を奪うという力が!
このヒースとかいう男の体でサムライに戦いを挑めば間違いなく私は消滅するだろう。
下手すると借りた体は無事で私だけが消滅なんて未来も十分にありえる。
仲間をさらい、人質にするなどという手段もとれば、その怒りだけで消滅させられるかもしれない。
そんな無謀な戦いをする必要は、私にはない!
あのサムライの体を手にいれることが出来れば全てが終わるからだ!
その瞬間、我等の前に立ちはだかる最大の壁が主のために存在する最高の剣へと変化する!
これを試さずしてなんとするというのだ!
ゆえに私は、このヒースという体ではサムライと顔をあわせなかった。
魔法使い討伐の直後、即座にチャンピオンシップ参加という理由をつけて王都へ飛び、奴等が通るであろうこの道でサムライを襲うに相応しい場所を物色したのだ。
そして最適な場所と判断したのがここ。ギュネスの街にある丘を利用した宿、ギュネスインだ。
母屋の他に丘の上に離れが多く存在し、都会の喧騒に疲れたヤツにぴったりという、逆に言えばそこで起きたこともなかなか周囲に伝わらないという絶好の襲撃ポイント!
私は馬車でやってくる奴等がちょうどこの街で宿をとることとなるよう色々根回しし、さらにマクスウェル家の名で宿に予約を入れた。
一族を救われた礼を装い宿をとれば、ヤツ等も断りづらいからだ。さらに各々一部屋ずつ割り当てられるよう離れを貸しきった!
サムライ一人でも手ごわい相手だというのに、そこに仲間が集まれば万が一ということもありえる!
部屋割りも完璧だ。
サムライが泊まるだろう場所は喧騒から最も離れた見晴らしのよい特等席。
サムライを師と仰ぐマックスがこの部屋を使うことはありえない。弟子が師よりもよい部屋を使うなどあの男の性格からして考えられなかったからだ。例えサムライが良いと言っても、断固として断るのがあのマックスという男だ。
それはもう一人の従者も同じ。あちらはさらに三部屋個室をとっておけば、一部屋遊ばせておくのは損だと考える貧乏性。ならば間違いなく残った一部屋を使うのは間違いない!
数日間あの者等を警備していたこのヒースという男の記憶は本当に役立った!
遠くから短い間観察していただけではわからぬ細かなところまでわかったのだから。
そして、私がサムライの体を奪えるかもしれないと結論に至った事実がある。
それは、ヤツがこのマクスウェル領へやってきてから、マトモに力を振るったところが観測されていないのだ。
最初マクスウェルの娘を助けた時も、頭目を蹴倒しただけであとはマックスに全てを任せていたし、メイドに狙撃され命を狙われた時もあえてアレを見逃した。
狙撃された時は撃たず証拠がないためと考えたが、追いたくても追えなかった事情があった可能性もなくはない。
なにより、メイドをあえて罠にはめたというのもその関係ではないのか?
一つの仮説。
ヤツはあの世界を滅ぼす闇。ダークカイザーとの死闘を演じたばかり。
いくら最強のサムライとはいえ、あの存在を相手に無傷で勝利できたとは考えにくい。ダメージがなかったとはありえない!
すなわちヤツは、大きな力を振るえないのではないか。
ということだ。
となれば逆に、知略を駆使しているも納得がいく。力押しが出来ない状態だからこそ、策を弄していると考えれば全てにつじつまがあう!
ならばむしろ、今がヤツの体を奪う絶好のチャンス!
ゆえに私は、ヤツの体を奪うためこの策を練った!
あの体を奪い、我が主の復活を迎えることが出来るならば、私はあの方の寵愛を一身に受けることさえ可能になる。
その一念において、私はここにいる!
仲間の二人は確実にヤツから遠ざけた。
あとはその小屋に潜み、サムライの体を奪うのみ。
体に取り付くことさえできれば、多少の抵抗があろうと助けが来る前に体は奪えるはずだ。
だが、たとえ一人でやってきたとしてもあのサムライを侮ってはならない。
たとえ弱体化していたとしても、ヤツは伝説をこえたサムライなのだ。
力が落ちていてもその観察力と洞察力に揺らぎはない。
魔法使いの私は今、騎士団に掃討されたことになっている上、この体ではまだサムライと顔はあわせていない。
つまり、まだ私が生きているということは、さしものサムライは気づけないはずだ。
むしろどうして気づける! そんなレベルだ。
だが、それさえ崩すのがあのサムライだ。
超遠距離からの狙撃にさえも気づくあの男を相手にして、このヒースという男の体はどこに隠れたとしても無駄だろう。
むしろ、ヤツはあの魔法使いの死さえ怪しんでいる可能性さえある。ひょっとすると体を奪えるということにさえあたりをつけてあったとしてもおかしくはない。
だが、だがだがだ! そこまで鋭いことは逆に仇となる!
ここまでのお膳立てがされていれば、ヤツも警戒するだろう。そして怪しい者を思い浮かべるはずだ。
そしてこの体のまま不用意に近づけば、間違いなく私はやられる。
サムライはそこまで出来る存在だ。
だがだがだだが!
ヤツが疑問を持ち、人の体を奪っているかもしれないと予測してくれていた方が好都合!
まさか私が、体を奪った男の体を捨て、人の体なくして単独で行動できるとは夢にも思うまい!
人の体を奪う筆頭とは、霊体や精神体。魔法使いと聞けば、肉体を捨てた者の末路と誰もが考える。
鋭いならば、そこまで推測できる!
そこが、落とし穴よ!
我が正体は、そのような体を持たぬ存在ではなく、この世に肉を持つ小さき獣よ!
人間は我のことをダニなどと呼ぶが、そのダニに体を奪われるとわかった気分はどうだ!?
その屈辱、想像するだけで私は笑いが止まらない!
小屋の中には我と同じだが知性を持たぬ同胞が無数に存在する。それと我以外の存在をいかなサムライといえども見分け、区別することなどできるはずがない!
ヤツが優秀でヒースにあたりをつけていればいるほど、ヤツの注意は体を奪われたヒースへとむく。
だがが我は、そのヒースの体を捨て、お前の泊まる小屋の天井で身を潜めているのだ!
その鋭さが仇となるのだサムライよ!
誰もいないと安堵してこの寝室に足を踏み入れたが最後、貴様の体は我が物となる!
未来の栄華への夢想がとまらない。私はまだかまだかと、ヤツが来るのを寝室の天井で今か今かと待ちわびた。
一度入り口の扉が開いたかと思った勘違いがあったが、そのすぐあと勢いよく扉が開き……
……ヤツが、来た!
鼻歌を歌いながら無防備に寝室へと足を踏み入れ、ヤツは私の真下へとやってきて身を屈めた。
私に気づいた素振りは欠片もない。
やはり、人間の存在には注意を払っていたが、それがいないとわかり油断をしたな!
あとは天井からヤツの頭へ飛び降り、この牙を頭に突きたて体の支配を奪うのみだ!
私は勝利を確信し、ヤツの頭めがけて跳んだ!
だがっ……!
すっ。
ヤツは私が降りたのを見計らったかのように、その場から身を引いた。
「っ!?」
目標がいなくなってしまったが、すでにはじまった落下はとめられない。
私はヤツの頭の前を素通りし、そのまま床へと落下する。
とっさに宙に浮こうと魔法を発動させようとしたが、すでに遅かった……
「にっ」
ヤツの眼前を通り過ぎようとしたその瞬間、ヤツが、私を見て笑ったように見えた。
次の瞬間。
ぶっしゅーっ!
床に置かれたなにかから、勢いよく煙が噴出した!
それは、私が落下して行く丁度落下地点にあったもの。
間欠泉のように噴射するそれに、私の体は巻きこまれる!
小さなこの体は、その勢いに飲まれ、その場でくるくると回るハメとなった。
魔法を使用する間などない。
謎の煙に体が蹂躙されて行くのがわかる……!
な、なんだこれは……!
体が、苦しい。
ただの煙だというのに、体の自由が利かなくなり、神経がしびれてゆくのがわかった!
こ、これは、毒!?
煙が体にしみこむたび、体の命が奪われて行くのがわかる。
その噴出すヶ所から直接浴びているのだ。
私の命がどんどん奪われていくのがよくわかった!
ば、バカな……!
私は戦慄する。
まさかヤツは、まさかサムライは、この私の気配にさえ気づいていたというのか!?
この小さき小虫の気配さえも!
バカな。ありえない。と思うが、この体を蝕む毒の煙を正確に我が体の下に設置していたことと先の笑みを見れば一目瞭然だった。
ヤツは私の気配に気づき、抹殺するため必要な方法を持ってやってきたのだ。
まさか、一度勘違いだと感じた扉の開閉、あの時ヤツはここに足を踏み入れず我が気配を感じ取り、この準備のために戻ったということなのか!?
なんということだ。私は十分にヤツを観察した気でいたが、ヤツはまだまだ底など見せいなかったということか!
煙が噴出し私が巻きこまれたのを確認したヤツは、もうここに興味はないというかのごとく視線を外し、部屋を出てゆく。
その背中は、この場で必要なことは全て終わったと言っているかのようだった。
すでに決着はついたと確信しているかのようだった!
「ま……ま……」
だが、声さえ出ない。
この苦しみは、一体いつまで続くのだ。
のたうち、苦しみがうごめき、体をゆっくりと破壊して行く。
体は動かない。だが、ゆっくりと死が私を蝕んでいるのはわかった。
これが、人々の体を奪い、野望を達成しようとした私の末路だというのか……!
なんて方法を使い、ヤツは私を苦しめる……!
だが、私は確信する……!
や、やはり、今のヤツは、戦う力はほとんどない……!
だからこうして力押しでない手段で私を排除しようとした!
ならば、ならば……!
今こそが我が主復活のチャンスだ。
この機を逃せば、万全のヤツが我が主の前に立ちはだかる……!
同胞よ。
我がハラカラよ。
手段を選ぶな。我が主を復活させ、世を手にするのに手段を選ぶな。
すべては、我が主のため。
我等が神。邪壊王様のために……!
噴出す煙に体を蝕まれながら、私の意識は闇の中へと消えていった……
──オーマ──
あの時、相棒は指定された部屋に入ったその瞬間、その気配に気づいたんだろう。
入り口で足を止め、数段ある木製の階段をバックした。
「オーマ、ちょっと聞くけど、中に虫の気配はどれくらいある?」
唐突の質問に、おれっちも困惑しちまった。
だが、そう言われて中を念入りにサーチし、おれっちははじめてソイツの気配に気づいた。
小屋の中に潜む小さな虫の気配に混じって、小さいながらも禍々しい気配を発する存在が一つあるってことに!
気配の大きさは虫と同じ。だってのになんてトゲトゲしさだ。
気づいて探りを入れただけで感覚がひりついてきやがる。こいつはトンでもない相手だとすぐ気づいた。
万全の状態の相棒なら指を鳴らすだけで倒せるだろうが、相棒は今『シリョク』を使い果たしている。
流石の相棒もその状態で戦うのは厳しいと判断したのだろう。きびすを返しマックス達の方へと歩き出そうとした。
だが、すぐその足はとまった。
どうやら相棒は考えを改めたらしい。
その理由はマックスが来た時にわかるんだが、その時のおれっちには相棒が危惧することについてはまったくわからず、相棒の真意はわからなかった。悔しいことにな。
相棒はおれっちを見張りとして入り口の扉へ続く小さな階段の前に置き、別の方へと駆け出した。
おれっちをここに残したのは、中のヤツを監視するだけでなく、万一リオやマックスが来た場合不用意にあの扉を開けて中に入らせないようにするためでもあったんだろう。
じゃなけりゃ、相棒がおれっちを置いてく理由がねえ。
相棒はすぐ「気合を入れた」と言って戻ってきたが、今回の相棒は実にテクニカルだった。
相手の気配は極小。
それを肉眼で確認し倒すのは至難の技だと相棒も理解していたらしい。
小屋ごと吹き飛ばせば早いが、そんなことすれば宿の奴等に迷惑がかかる。だから相棒は、この小屋にダメージが残らない方法を選んだ。
相棒は煙に力をこめ、その小屋の中に充満させたのだ。
なにを、どうやってそれを相棒が引き起こしたのか、このおれっちでさえさっぱりわからなかった。
だってそれは、このおれっちですらはじめて見る技だったんだからよ。
これは間違いなく相棒オリジナルの技。
この中に巣食う相棒を狙う何者かを倒すために生み出された、新たなサムライアーツに違いなかった!
どこにでも入りこむ煙ならば、小さくて凶暴凶悪な相手であろうが関係ない。
それはどこの隙間に逃げこもうと追ってゆく。
いかなる隙間にも入りこみ、そいつを捕らえ、倒すのだ……!
えげつねえとさえ思える技だが、小さなヤツを相手に小屋を傷つけず倒すのならばこれ以上ない方法だった。
こんな短い時間でそんな技を作り出してくるなんて、相棒の素質はやっぱとんでもねぇぜ。
狭い場所でそこ全てを覆い尽くす方法をとるなんて、逃げられぬよう待ち伏せしていた敵にしてみればたまったもんじゃない。
しかし、なんでこんなトゲトゲしたヤツが相棒を狙っていたんだろうな?
おれっちのその疑問は、このあとすぐやってきたマックスによって氷解することとなる。
そして、マックス達を呼ばなかった理由も。
まさか、相棒の体を狙ってきていたなんてな……!
──マックス──
日もだいぶ傾いてきた。
ギュネスイン。
マクスウェル家の粋な計らいにより用意された部屋に落ち着き、のんびりとくつろいでいたその時だった。
どん。
と、窓のすぐ近くの壁になにかがぶつかったような音が響いた。
例えるなら、ふらついたものが肩で壁にぶつかったような音だ。
なにやらただごとでない雰囲気を感じ取った拙者は、窓から顔を出し、外を見た。
「ヒース!? 君がなぜここに!」
そこにいたのは、喉元から血を流し、痛む頭をおさえるようにしてうめいているヒースだった。
チャンピオンシップに出るため一足先に王都へむかったはずの彼がなぜここに!
窓から飛び出し、首元の傷をおさえる。
ギリギリ太い血管を傷つけてはいない。もう少し深ければ致命傷になっていただろう傷を取り出したハンカチで押さえさせた。
命の危険はないが、医者に見せなければまずい状態なのは確かだ。
「うっ……マックス、様……あなたがここにいるということは、ツカサ様も……」
「ああ、いるぞ。ツカサ殿がどうした!」
「私は、魔法使い討伐にむかった際、何者かに体を奪われておりました……ヤツは、この私の体を使い、マクスウェル家の名でこの宿を予約し、ワザとあなた方三人を分散させ、今度はツカサ様の肉体を奪おうとしているんです!」
「なんだと!?」
驚きを隠せなかった。
魔法使い討伐にむかった際の何者かならば、それは魔法使い本人である可能性が高い。
つまり、あの自害した魔法使いというのは死を偽装したということになる。
いや、そもそもあそこで自害した者が本当にメッチェ(メイド)に力を貸した魔法使いかさえも怪しくなった。
あの死体は、ただ体を奪われた無関係の誰かだった可能性もあるのだから!
その何者か。仮に魔法使いとしておくが、それがツカサ殿の体を狙っているのなら一大事だ。
ツカサ殿は今ダークカイザーとの戦いで『シリョク』を使い果たし万全の状態ではない。人を超えたナニカを相手では分が悪いやもしれん!
「こうしてはおれん!」
『御意!』
拙者は立ち上がった。
「行って、ください。なんとかギリギリで致命傷は避けられたはずです。今は、ツカサ様の一大事……!」
ヒースの怪我は重いが止血が適切に行えれば致命傷ではない。
どうやら彼は、あの魔法使いと目された者と同じように自害させられようとしたようだ。
だが、さすが騎士。その致命傷をすんでのところでかわし、私にこのことを知らせにきてくれた!
「わかった。しっかりとその手で押さえているのだぞ! すぐ戻る! 行くぞサムライソウル!」
『御意!』
「お願い、します……」
拙者は壁に寄りかかるヒースに止血用の布をさらにわたし、ツカサ殿の案内されたコテージへ駆け出した。
……遠い。
ツカサ殿のいるコテージへと走りながらそう思った。
丘の上と下で、はじめはこの距離など遠いとも思わなかったが、こうして走ってみるとなんて遠いのだと感じられた。
あの離れは最も見晴らしがよく静かな場所だから、ツカサ殿が休むには丁度よい場所と考えていた自分もいたが、この距離を走るとそれも予約した魔法使いの策略であったのかと気づいた。
この遠さは、わざと拙者達と距離をとらせるための謀略!
なんということだ。
これは、入念に準備されたツカサ殿の体を奪うための罠!!
ツカサ殿、どうぞご無事で!
祈りながら、拙者はそこにむかい必死に走る。
だが……
……駆けつけてみれば、ことはすでに終わっていた。
「大丈夫。もう終わったから」
ぜいぜいと息を切らす拙者の肩に手を乗せ、ツカサ殿はあっさりとそう告げられた。
ほっと一安心すると共に、さすがツカサ殿であると感嘆することしかできなかった。
心配は杞憂であった。
拙者は、ほっと胸をなでおろす。
その後ツカサ殿はうなずくと、なぜかオーマ殿を拙者にあずけ、コテージの中へ入っていった。
拙者は今息が切れ、ツカサ殿を追うことはちとままならない。
来ることだけに全力を使いすぎたようだ……
『ゆっくり休め。もう終わったんだからよ』
オーマ殿も拙者に休めともうしてくれた。
そうだ。危機はすでにさったのだ。慌てる必要はない。
ふう。と安堵の息をはいた。
「今回も、さすがツカサ殿にござるな。拙者の出番など欠片もなかった……」
『おいおい、それを言い出すとこっちのが立場ねぇぜ。おれっちなんて部屋の中にすら入ってねぇんだから』
トホホ。とオーマ殿が声をあげる。
今回のオーマ殿は敵が消えたかどうかを判定しただけだったそうな。
それは確かに、トホホ。な展開である。
『まあいい。ところでマックス。ちと聞きてえが、一体どういうことか知っているか?』
「え? オーマ殿は今なにが起きていたのかお知りにならなかったんですか?」
『ああ。恥ずかしいこったが、あの中でトンでもねえバケモノが相棒を待ち伏せしていたってことしかわからなかったぜ。正体を暴く前に、相棒の新サムライアーツで終わっちまったからな』
「そ、そうなのですか……」
オーマ殿さえ把握していなかった敵に気づき、その詳細を手にする前に殲滅なされるとは、さすがツカサ殿にござる……!
戦慄するほどの手際! さすがツカサ殿。拙者の心配など無用でござったか……
「では、拙者が知る限りのことをオーマ殿にお伝えいたします」
改めてツカサ殿の凄さを思い知りながら、ヒースに聞いた情報をオーマ殿にも伝えた。
人の体を乗っとるバケモノがツカサ殿の体を狙っていたことを。
『そうか。そういうことだったのか。納得がいったぜ。確かに相棒はあの扉を開けたとたん、ぶるりと肩を震わせ髪を逆立てた。相棒はあの一瞬で、そいつがそんな外道だと把握したからだったのか……!』
オーマ殿が納得の声をあげた。
どうやらツカサ殿は、その気配だけでそいつが人の体を奪い、人の尊厳をむちゃくちゃにする外道だと理解したようだ。
人の体を奪い、目的のためならば手段を選ばず利用する。
ツカサ殿はその瞬間で、我が友ヒースのこと、そして犠牲となった名も知らぬ魔法使いの犠牲があったことに気づいたのだ!
確かにツカサ殿ならば、怒髪天をついて当然のことである!
『しかし、だから相棒は自分でやると言い出したんだな……』
オーマ殿がしみじみとつぶやいた。
「どういうことです?」
『ああ。相棒は一度、お前達を呼びに行こうかと考えたみてえだが、それをやめた。だが敵を考えるとそれも納得だ』
「それは、下手すると拙者達の体が奪われると心配して……?」
『そういうことだろう。相手は小虫のように小さな相手。下手につれてくれば相棒の体を諦めてお前達を狙われる可能性がある。そう判断したんだろう』
そしてツカサ殿は新技をひっさげて戻ってきたということですか。『シリョク』を使い果たしておられるというのに、なんてお人だ……!
「……はて?」
ツカサ殿のことを考えたら、なにやら違和感を感じた。
『どうした?』
「いえ。そういえば、普段のツカサ殿ならばこうした一件は秘密にしておいて欲しいと口すっぱく言ってくるものではありませんか」
そう。
普段のツカサ殿ならば、こんな凄いことを黙っていられない拙者に対して秘密にしておくよう口すっぱくおっしゃるのだが、今回はそれがなかった。
普段とは違い、まるでコテージの中になにか片付けなければなにかがあるかのようにさっさと入ってしまわれた。
これは、なにかおかしい……
拙者が首をひねるとオーマ殿がやれやれと肩……はないのだが、肩をすくめた雰囲気がした。
『簡単な話だろ。体を乗っ取ったヤツがいたってことを公にしねえとその魔法使いとされたヤツの濡れ衣が晴らせねえじゃねえか。相棒は、そいつの名誉を考えたんだよ』
「なっ!?」
言われ、その事実に気づいた。
確かにこの一件を公にせねば、あの魔法使いは一生マクスウェル家を暗殺しようとした者の一味として歴史に名を刻む。
ツカサ殿はそこまで考え、今回は秘密にしろと拙者に言わなかったのか……!
そこまでは拙者も考えがいたらなかった!
ツカサ殿はそんなことまで……!
『ただまあ、コレを公表するってことは、お前達が魔法使い討伐に失敗したってことも公表されることになるが、そいつはしかたねぇよな?』
「拙者達の名誉など些細なことです! 騎士団の面子は確かに大切ですが、騎士団が真に守るのはそれではなく民! そのために正しい非難を受けるのは当然のことです!」
確かに、魔法使いを逃がし、あまつさえツカサ殿を襲う原因ともなったマクスウェル騎士団とその体を奪われたヒースは大きな非難にさらされるかもしれない。
だが、それは受け入れるべき汚点。
ツカサ殿が嫌がる公への公表を決断したのだ。この程度なんだ!
この負い目を糧とし、二度と騎士団の名に傷がつかぬよう精進あるのみである!
『ならいい。答えはそういうこったよ。今回はその魔法使いにされたヤツの名誉回復だ。あんまおおっぴらに口にする必要はないだろうさ』
「はい!」
『御意!』
ツカサ殿の心づかいに、拙者は思わず涙を流すかと思った。
これで、あの魔法使いに偽装された名も知らぬ者も浮かばれるだろう……!
ざわざわと、母屋の方から人が集まってくる気配が感じられた。
どうやらヒースがそちらにも事態を伝えたようだ。
拙者は彼等にことはすでに終わったと伝えるため、そちらへ振り返る。
『……だがよ、マックス。注意しろよ』
「はい? どういうことにござる?」
今回の事態をどう説明しようかと考えをめぐらせていると、オーマ殿がなにか釘をさしてきた。
『相棒は確かにスゲェ。だがな、今回はちと小手先の技を使った。相棒が本調子なら煙なんて使わず敵が近づいてきたところで気合一発で終わっていたはずだ』
「……」
オーマ殿が真面目な口調で拙者につげる。
確かにツカサ殿ならば、部屋を傷つけるつもりがなければそれごと倒すことが出来たはず。
それが出来なかったということは……!
やはり、ツカサ殿はまだ本調子ではない。
最初拙者達を呼びに行こうとしたいうのもその現われであろう。
今回は今のツカサ殿でも対処できた。
しかし、このツカサ殿で対処できぬ敵が現れたら……?
ぶるりと体が震える。
万一そのような存在が現れたとすれば、『シリョク』を失ったツカサ殿は、今度こそ間違いなく迷いなくサムライの最終奥義である『カミカゼ』を起こすだろう。
その命を使い、世を救うだろう。
そうなれば……
拙者は、ツカサ殿の消えた扉を見た。
強くなろう。
もっともっと、ツカサ殿の背を守れるくらいに。
背にある完全無事なコテージの存在を感じながら、拙者はそう誓うのだった……!
ちなみにだが、リオはふかふかのベッドに寝転がって跳びはねてそれを堪能していたらうっかりぐっすり眠ってしまっていたそうな。
おしまい