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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
35/88

第35話 お別れの時とはじまりの時


────




 マクスウェル家一家暗殺未遂事件も首謀者のメイドも捕まり、参謀の魔法使いも倒れ、無事解決した。

 その騒動の最中、妖精の蜂蜜の力により元領主クロッカスの妻、シシルの病も癒えることとなり、元気となったその元領主夫妻もマクスウェルの屋敷へと戻ってきたのである。


「ううむ、ううむう」

 自室の椅子に座り、頬杖をついているクロッカスがうなり声を上げている。


「どうしました父上。ミックスの作ったパンケーキを食べ過ぎて虫歯にでもなりましたか?」

「頬杖をついているからってそんなわけなかろう。ついでにミックスのパンケーキで虫歯になるなら大歓迎だ! ってそうではない。どうすればあのサムライ殿を婿にむかえられるかと頭をひねっていたのだ」


 頬杖をとき、入室してきた彼の息子、レックスに答えを返した。

 こんな軽口を叩き合えるのも仲の良い家族だからである。


「いくらミックスのやる気を出すためとはいえ虫歯になったらあの子が悲しみますから注意してくださいね」

「うむ!」



「ともかく、ツカサ君をですか……」



 レックスはやれやれと肩をすくめた。

 確かに彼は一族を救ってくれた上、娘のミックスもその態度から見て彼を好いているのがわかる。ここまで条件がそろっているのだから、その父親としてはなんとかして叶えてやりたいと思うのも当然のことといえた。


 だが、その思いを聞いて、レックスは苦笑してしまっている。



「父上、その気持ちは痛いほどわかりますが、それは国を割らん暴挙につながります。ご自重ください」



「わかっておる。だからこうしてどうにかならないものかと頭を悩ませているのではないか」


「わかっているならおやめください」

 はあ。とレックスはため息をついた。



 今ちまたで噂のサムライ。

 世を救った英雄。


 全ての悪を駆逐して歩く正義の味方。



 彼と出会い、その強さに惚れ惚れしたことがあって娘を持つ親であれば誰もがそれを考える。

 娘がいるのなら、彼の嫁にしたいと考えるのは当然の流れだろう。



 だが、サムライを知る者がその娘をくっつけようと動き出せば、我も我もと同じ行動をはじめるのは自明の理。必然である。


 そうなれば、この平和な王国内に亀裂が入るのも必定。


 下手をすれば新たにサムライ帝国が生まれかねないうねりとなるだろう。



 しかもそれは、更なる問題も再燃させかねない。



 かつて貴族間に流れた王の隠し子の噂。直系の子を持たぬ王に子が存在するというまことしやかな話がだ。


 この国の王位継承権は王からの直系から得てゆくと決まっており、今の王位継承権第一位は王の弟の息子なのである。

 なので今の王に子がいるとわかれば、その継承権が塗りかわる。


 それはこの王国の勢力図を塗りかえる可能性も秘めている大事件だ。



 だが、それは大臣に化けていたダークロードがテルミア平原において王子一行に敗れたことにより、国を惑わす策略であったと結論づけられた。



 しかし……



 クロッカスは考える。


 サムライの嫁問題が発生した場合、その噂は間違いなく蒸し返される。と。


 なぜならその問題の子供は、サムライの従者として彼のすぐそばにいるからだ。


 これは、サムライが王都に近づいた際偽大臣によって流された事実。

 多くの貴族が知っていて口にしない、すでに潰えた噂話だ。



 だが、サムライと懇意になりたいと考える娘のいない者達は、それを蒸し返す。



 他の貴族がサムライという強大な力を得るくらいなら、王家に入ってもらった方がマシであるからだ。


 それはある種他の嫁に対する嫌がらせ。

 たいていの貴族は牽制でしかないと思っている。



 王の娘がいるのだ。お前達の娘が勝てるか。という。



 しかしそれは間違いだ。



 クロッカスは確信している。


 あのサムライの従者として共にいる少女。



 あの娘は、間違いなく王の血を引いている。と。



 先日ドレスを着て現れた彼女。リオネッタの姿を見た瞬間、彼等は王の面影を彼女から感じとってしまったのだ。


 男装をしてチンピラのような言動をしている時には感じられなかったが、趣を正しせば、その内側からあふれるオーラは隠し切れないものとなっていた。


 何度も王と謁見したことのあるマクスウェル家の者だからこそ、気づいた。

 彼女を見たその瞬間、クロッカスもレックスもそれを確信してしまったのである。



 となれば、嫁とり問題の発生でまた国を割りかねない策略に火がついてしまう。



 そこまで考え、クロッカスはため息をついた。



 娘のことを考え、最高の婿をとろらせようと考えれば考えるほど、その未来では国が滅ぶ。


 それは彼にとっては本意ではなかった。



「サムライ殿が表に出ないのはそのような考えがあるのかもしれんな」


 姿を消せばこのような嫁とり騒動は起こりようがない。

 サムライのいない場所でサムライを婿に! と公募したところで本物のサムライは現れるわけがないのだから。


 マクスウェル家のように、サムライの姿を知り、その真意に気づかず行動を起こす、考えの足りない誰かが動き出さない限り……!



「ぬおおー!」

 クロッカスは頭を抱え、天をあおいだ。



 動きたい。でも動けない!



「そりゃそうでしょう。下手に動けば国をまきこむんですから」

 レックスが呆れる。


 はっきり言って、深く考える必要なんてない。



 世界を救ったサムライの嫁。

 それになりたいと思うのは貴族の子女だけではない。それを望む者はいくらでもいる。


 サムライの嫁にしたいと貴族が動き出せば、上も下もまきこんだ大騒動になるのは目に見えている。


 それは貴族も平民も意味を成さず、野心も下心も恋心も全てをのみこみ、まきこんだ争奪戦となるだろう。



 それは、誰も望まない。




 その解決法はたった一つ。




「ミックスの婿にと考えたい気持ちもわかりますが、彼の嫁は彼が誰かを選ぶまで待ちましょう。それが一番安全で確実な方法です」


 レックスはいさめるよう口にした。

 サムライが自分の意思で嫁を選ぶ。それが一番カドの立たない方法であった。



「それに、ツカサ君はまだ身を固めるつもりは欠片もないようですよ」



 今まで彼はダークシップに封じられたダークカイザーを倒すことのみを考えていただろうし、それが終わりやっと自由となった今、それを考えるよりまだ自由を楽しみたいと思うのは当然のことだった。


 彼は、まだ、若い。


「そうじゃな。ワシに出来ることは、それがあの子であることを祈るしかないようだ」

 残念であると、クロッカスはため息をついた。



「それに嫁。ということならば、まずお前がさっさと結婚せねばならんしな。で、いつになったらワシに孫を見せてくれるのだ?」


「……はっ、ははは」

 薮蛇をつついたとレックスは苦笑いを浮かべた。



「では父上、私は執務がありますのでこれで失礼いたします!」



「おい、こら! いい加減見合いをせんか!」



 レックスはぴゅーと逃げ出してしまった。



「やれやれ。引く手あまたの癖にいつになったらあの子も身を固めるのかのう」


 彼もそろそろ三十路。身を固めなければ大変な時なのだが、あまり慌てたりしない。

 クロッカスには予感があった。


 彼は自分とよく似ている。


 ゆえに、そのうちどこかの娘に一目ぼれし、即座につれて帰ってくるだろうと。

 それがそこらの村娘なのか、貴族の娘なのかは、まだまだわからないが……



「下手をすると、ミックスがウチでは一番早く結婚するかもしれんなぁ」



 それは、ミックスの大きな大きな努力が必要となるだろうが。


 去ってゆく息子の姿を見て、クロッカスはそんなことを思った。




──ミックス──




 マックスお兄様がチャンピオンシップの特別試合に出ることを思い出し、お父様とお母様がお屋敷に戻ってきてしばらく。


 わたくしとツカサ様達とのお別れの時も近づいてきました。



 一家暗殺の脅威から救ってくれたツカサ様。

 はじめて出来た、わたくしと対等のお友達のリオ様。


 そして、大好きなマックスお兄様。



 せっかく出会えたというのにお別れだなんて……



 ツカサ様とリオ様と交流を続け、別れの時が近づいてきた今、わたくしは頭の中がごちゃごちゃしてどうすればいいのかわからなくなってしまいました。


 お別れの時は明日。


 もう残された時間も少ないというのに、わたくしは庭にある大きな木の下に座りこみ、自分の殻に引きこもるように抱えた膝に顔をうずめていました。




────




 そんなミックスを建物の影から見守る影が一つ。


「ああ、不憫なお嬢様……」

 屋敷のカドから顔を出し、落ちこむミックスに同情的な視線を送るのはメイド長のマーサだった。


 蝶よ花よと娘のように。いや、娘以上に大切に育ててきたお嬢様。

 危ないからどころか元々お嬢様が包丁を握る必要もないのだから、一本たりとも包丁を握ったことのなかった彼女も、いつの間にか立派に成長し、自分で考え、自分の殻を破ることに成長していた。


 とてもとても嬉しいことだが、ミックスがどこか遠くへ行ってしまったような気もして少し寂しい気持ちもあった。



 その彼女の成長を手助けしてくれたのが、世を救ったサムライとそのお仲間。



(お嬢様にはかけがえのない時間と出会いでありましたが、お別れの時が迫っています。訪れるその時が恐怖となり、ああして自分の殻に逃げこんでしまうとは……)


 それは、メイド長のマーサにも予想外のことだった。


 彼女の成長をうながした二人の存在が、今度は彼女を悲しませる存在へと変化してしまっている。



 それほどマーサにとってその二人はかけがえのない存在になったということでもあるのだが、その別れはすでに必定。宿命。変えられぬ運命なのだ。


 そうして殻にこもって現実逃避をしているのでなく、受け入れて前に進んで欲しいとマーサは思っていた。



(……ですが、悲しいかな私にあの状態のお嬢様を元気づける資格も力もありません) 



 別れを受け入れ、残された時間をその二人と共に過ごして欲しいと願うのだが、彼女の力ではそれを覆すことは難しいと理解していた。

 なぜなら彼女はしょせんメイドでしかないのだから。


 対等でない彼女の言葉など、今のミックスには響かない。


 ただの慰めにさえならないというのを、マーサは知っていた。



 だって彼女達は、いつもミックスに耳障りのいい言葉だけを伝え続けていたのだから……



 蝶よ花よと育てた結果、彼女達の言う言葉では、この厳しい状況から這い上がらせるだけの言葉の力がないのである!

 それはミックスが成長した証でもあり、お嬢様とメイドという明確な立場の違いがあるという証でもあった……



(ですがいつまでもああさせているわけにもまいりません!)



 落ちこむのはお別れが終わってからにすればいい。マーサはそう考える。



(だってあの方々はまだここにいるんですよ! まだいるのに、いなくなった時のことを考えて悲しむなんておかしいじゃありませんか!)



 自分じゃミックスの心に響く言葉は伝えられない。

 そう理解したマーサは、その資格のある人を探しにその場を離れるのだった。



 ミックスの不安をかき消せる人物。それはこの屋敷の中にそう多くはいない……!



 マーサが探しにむかうと目的の人物はすぐ見つかった。


 どうやらその二人も、彼女の様子を心配し探していたようだ……




──リオ──




 今は昼。


 朝、なんだかミックスの様子がおかしく思えたから、彼女を探しておいらとツカサは屋敷の敷地を捜し歩いていた。


 オーマの話じゃ、こっちにいるってことだけど……



「リオ様、ツカサ様」

 ミックスのいるところへむかっていると、メイド長のマーサさんが俺達とばったりと顔をあわせた。


 どうやらこの人もミックスを心配してその姿を見守っていたらしい。


 ミックスをずっと見守ってきたメイド長の観察では、どうやら明日チャンピオンシップのためここを離れるおいら達との別れがつらくて落ちこんでいるってことらしい。


「別れるのがつらくて沈んでいるってこと?」


「はい。リオ様はミックス様に出来た初めて対等で話せるご友人。ツカサ様にいたっては一族を救ってくれたヒーローですから」



「あー」

「あー」


 おいらとツカサの二人で同時に声をあげちまった。


 そうだよな。ツカサと離れるのはつらいよな。

(そうだよな。せっかく出来た友達と別れるのはつらいよな)



 おいら達は顔をあわせ、それはつらい。とうなずきあった。



 おいら達は旅を続けて出会いと別れを繰り返してきたから、そこまでの悲壮感はないけど、経験のないお嬢様にはきつい話ってことか。


 実家にたまに帰ってくるマックスは例外だろうし。



「ですから、なんとか元気づけてあげることはできないでしょうか?」



「って言われてもなあ。おいら達が原因だし……」

 おいら達と別れるのがつらいって感じてくれているのは嬉しいことだけど、その寂しさをおいら達がどうにかできるものなんだろうか?


 そりゃ、おいら達がまた来るとか約束すれば希望が持てるだろうけど、そんな約束確約出来るわけもないし……


 無責任なことを口にしたら、傷つくのはあいつだしなぁ。


 とはいえ、そういう方法で元気づけることもできるかもしれない。このメイド長の言ってることはあながち間違ってはいないのかも。



「……」

 おいらと同じように、ツカサもアゴに手を当ててなにかを考えていた。



「わかった」

 ツカサがうなずく。


 メイド長の顔が、ぱぁっと明るくなった。



「じゃあ、リオ。ちょっとこっち来て」

「え?」


 おいらの手をとってツカサは歩き出した。


 メイド長が来た方とは逆の、ミックスがいる方とは別の、庭の奥の方へ。



「え? お嬢様を元気づけてくれるのでは!?」

「ツカサ!?」


「いいから」


 おいらの驚きもメイド長の驚きも無視してツカサは歩き出した。


 ツカサはこう説明を省いて行動することがある。

 でも、その行動には必ず意味がある。だからおいらはこれ以上口を挟まずメイド長を振り返った。



「おいら達はおいら達であいつ慰めるから、安心して!」


「は、はい!」


 庭の奥の方へ進んでゆくおいらに、メイド長はわかったと声を返すだけだった。



「それで、どうすんだよ?」

 大人しくついていくが、せめてなにをするかくらいは説明して欲しい。



「俺達がまた旅に出て、別れるのはもう変えられない。だから、身代わりみたいなものを残してやろうと思って」


「どゆこと?」

 身代わり? ツカサの身代わりって、どういうことさ?


 わけがわからなかったので聞き返してしまった。



 ツカサが一度首をひねった。



「簡単に説明すれば、俺達の絵を残そうかと思って」


「絵か!」


 ツカサに言われ、それもいい考えだとおいらは思った。

 おいらもすでにいなくなった母さんの絵があれば少しは寂しくなかったかもしれないと思うもん。


 確かにおいら達は旅立っちまうけど、それなら少しは寂しさを紛らわせてやれるかもしれない。



「でも、絵なんて簡単に描きあがらないだろ?」


 精巧な絵を描きあげようと思ったら、一時間二時間で終わるようなモンじゃない。満足いくものを作ろうとすれば年単位かかるのも普通だ。


 でも、おいら達にそんな時間はない。


 魔法を使えば別だけど……



「大丈夫。それは俺に任せろ。今のところはリオが笑顔を見せてくれればいいから」


「へ?」


「ここがいいな」


 突然笑顔なんて言い、ツカサは立ち止まった。


 立ち止まったところは、カラフルな花が咲き乱れた木の前だった。

 森に入る手前、そこに生えている一本の木のところだった。


 あとで聞いたら、前散歩していた時見つめたんだって。



 ツカサはその花の木を見て、うなずく。



「リオ、その木に背中をむけて」


 そう言いながら、ツカサは懐から前にシシリアニーの街で貴族の屋敷を探索する時に使ったあの四角い魔法道具を取り出した。

 そういえば、これなら本物同然の絵をうつすことが出来ると思い出す。


 どういうことだろうと考えようとするが、その思案を邪魔する事態が起きる。



 ぐいっ。



 ツカサがわたしの肩を抱き、自分の体に引き寄せたからだ。

 肩を寄せあわせた形になり、ツカサの顔が、わたしの顔に近づいてくる。


 そんなことされたら、顔が熱くなってなに考えていいのかわからなくなっちゃうじゃないか!



 あの四角い道具を自分達の前に突き出し。



「はい、笑ってー」


 笑え、と言われたけど、笑えるわけないだろこんな状態で!

 そう思ったけど……



 カシャッ。



 そんな音と共に、その四角い魔法道具の中に笑顔(半にやけ)のわたしとツカサの姿がうつしだされた。

 わたし達のバックに花をうつしながら。


 芸術には詳しくないけど、その背後にうつった花は、とてもいいアクセントになっていると思う。



「お、いい笑顔」

 四角い箱の中にうつったわたしを見て、ツカサが嬉しそうに微笑む。

 なんか凄く恥ずかしい。


 だから、おいらはぱっとツカサの隣から離れた。

 一度落ち着くため息を大きく吸って、改めてそれを見せてもらった。



 そこには確かに、笑顔のおいらがいた。

 ……どうやらツカサに近づけた嬉しさでにやけてしまっていたようだ。



 しかし、自分そっくりの顔が鏡のようにそこにうつっているなんて、相変わらず凄い魔法だ。

 前は動いてたけど、今回はぴくりとも動かず、完全に時を切り取ったように止まってる。


 これなら……



「それでこれを絵にしてもらうんだね?」


 おいらとツカサがうつった鏡なんだから、あとはプロにまかせれば完成だ。

 それとも、ツカサはこれをミックスに置いてくのかな?



「ああ。今からこれを、絵にしてもらう」



 ツカサがうなずく。

 どうやらこれを絵にしてもらうらしい。


 でも絵を頼むとすると、こいつも置いてかなくちゃならなくなるんだけど、どうするんだろ?



 首をひねったおいらを見て、ツカサはどこか悪戯するように微笑んだ。

 ツカサ無愛想だけど、たまにこうして年相応の少年ぽい顔もするんだよね。これはおいらが知ってる秘密の情報さ。



「だから、ちょっとオーマ持ってて」

「へ?」


 ツカサが突然腰からオーマを引き抜き、おいらに突き出した。

 おいらは思わず、それを受け取っちまった。


「まさか……」


 そのまさかだった。



「ツカサが自分で描くの!?」



「俺じゃないけど、まあ似たようなもんだ。ちょっと姿を消すけど、その間リオはリオでミックスを元気づけてやってくれ」


 おいらの質問に、ツカサはうんとうなずいた。

 オーマを手放すのも、絵を描くのに集中したいからだろう。


 おいらが驚きながらもうなずくと、ツカサはおいらとオーマを置いて森の奥の方へと駆け出した。



「え? そっちなの?」

 思わず口に出しちゃったけど、追うに追えなかった。

 一人で集中して作業をしたいんだろうとは思ったけど、まさか森の中でやるなんて。


 道具とか、どうすんだろ……



『……相棒には相棒の考えがあるんだろ。なんせおれっちの探知からすら消えちまった』


 気配まで消しちまったのかよ。ツカサ本気なんだな。

 そういやおとぎ話で聞いたことがある。作業を見たら二度と姿を現さなくなる妖精の話。


 まさかそんなことはありえないとは思うけど、流石に探しに行く気にはなれなかった。



 おいらはオーマを持ち上げる。

 するとオーマもおいらと同じことを考えたのだろうか。探そうぜとかの軽口は叩かなかった。



『さて、それじゃおめーはどうする? 相棒が戻ってくるのを待つか?』


「んー。どうしようか。せっかくだからおいら達そっくりの人形とかぬいぐるみとか作る?」


『出来るならそれもいいんじゃねーか?』


「……」

 やれ。る。かもしれないけど、出来の保障はあんまできそうにないなぁ。


 服を繕うことはやるけど、それは生活のためであってそういうのを作ったこと自体はまったくねーし……



『正直言うと、相棒がすげぇの作ってくるだろうから、そういうのオススメできねえぜ』


「……」


 オーマに言われ、おいらもそうだと心から同意した。

 ツカサと同じ方向性で行ったら間違いなくおいらが惨めになる。


 よって人形案は没!



「まあ、ここで待っているのもなんだし、一度ミックスの方行こうか。そこでおいらのできることを考えるよ」


 なにも出来なくても、隣にいてやることはできるし、元気づけてやる言葉も出てくるかもしれない。

 完全に出たとこ勝負だけど、おいらにできることと言えばそれくらいしか思い浮かばなかった。


 そういう結論に達し、おいらはミックスのところへむかうことにした。



『屋敷のカドを曲がっが先にある木の下にいるはずだぜ』



 どうやらいる場所は変わっていないようだ。


『あ、だがよ……』

「ん?」


 ひょこっと建物のカドから顔を出すと、木の下には二つの人影があった。


 一つは膝を抱えているミックス。

 そして、その隣にはミックスのアニキであるレックスだ。



 どうやら別の援軍が来ていたらしい。



 そういやメイド長がいねえな。他に援軍を探しにでも行ったのかな?


 とりあえずカドから顔だけ出して様子をうかがうことにする。

 ひとまず、レックスアニキってヤツのお手並み拝見といきましょうか。



 これで治るのなら、それでいいわけだし。



 そうなるとツカサのがんばりも無意味になるかもしれないけど、まあそれはそれでいいとしよう。


 なんせおいら達の目的はミックスを元気づけることなんだから!




──ツカサ──




 俺達との別れが寂しくて落ちこんでいるから元気づけてくれとメイドのマーサさんに言われた。



 ミックスを元気づける。

 元気づけると言われましても……



 と悩んで出した結果は、写真をあげるということだった。



 俺達はここにずっととどまっているわけにもいかないし、一緒に来いとも言えないから、せめてもの思い出として、携帯電話で撮った俺達の写真という結論なのだ。


 俺はリオと自分を写した携帯を手に、森の奥へと進む。



 別にリオの目の前でやってもよかったんだけど、これは一度世界から消える結果となるから、説明を省くため一人になった。



 なぜ消えるのか。と言えば、さっき撮った携帯の写真をプリントアウトするため元の世界へ戻るからだ!


 俺は画像の画面を閉じて電話に切り替える。

 電話帳の中にある読めない文字列の名前。


 そこに電話をかけた。



 2コールののち、その電話はとられた。



『おや、どうしましたツカサ、故郷に帰りたくなったのですか?』



 綺麗で美しい声が携帯から響いてくる。

 この声の主こそこの世界を作り出した女神にして俺をこの異世界イノグランドへ呼んだ張本人。女神ルヴィアだ。


 この世界を滅ぼそうと、俺の世界ともこの世界とも違う、さらに別の世界からやってきたダークカイザーと呼ばれる存在を排除するため、俺はこの世界に呼ばれたのである。

 その際の絶対のルールとして、異世界の同一人物同士が出会うと元の世界へ強制的に送り返される。というものがある。


 女神様は自分の世界に異世界人を呼ぶことは出来るけど返すことはできないので、同じ人間同士をぶつけて世界に平和を取り戻そうとしたというのが俺が呼ばれた真相だ。


 つまり、ダークカイザーが消えた今、俺は元の世界に帰る手段がない。ということにもな……らない。

 女神様は異世界の人間を呼ぶことができるので、さらに他の世界にいる蛙とかトンボとかの俺を呼んでもらい、俺がそれに触れれば自由に元の世界へ帰れるというわけなのだ。


 んで、それを実行しようとこうして女神様に電話をかけているわけなのである。


 俺はこの世界を救ったお礼として、こうしてこのイノグランドと地球を好き勝手に移動させてもらえる権利を得たってワケなのだ!



「ちょっと元の世界に用事ができたから、適当な俺をここに飛ばしてください」


『わかったわー。その携帯電話の画面からすぐ飛び出すから、そのままでいてねー』


「おぉう」


『はいでたー』


「はやっ!」



 次の瞬間、虫っぽいなにかが携帯電話の液晶画面から飛び出し、俺のコメカミあたりに突き刺さった。

 一瞬の痛みが走り、どこかに放り出される感覚を感じ、まぶしい光に包まれたかと思ったら俺は元の地球に突っ立っていた。



「……いたい」

 ぶつかったところがジンジン痛む。

 圧倒的な展開で反応することさえ出来なかった。



『飛行中のカナブンはちょっと威力高かったかしら』


 ……異世界にはカナブンの俺なんてのもいるのか。



「ともかく戻ってきました。またあっち行く時は連絡しますのでお願いします」


『お安い御用よー』


 と、通話は切れた。



 ちなみにだけど、あっちの世界からこっちの世界に持って帰れる物は少ない。

 俺が地球に戻ってくると、俺の状態はあっちに行く前の状態に戻るからだ。


 だから、この前貰った幻妖界へ出入りできる枝とかこの世界で得た物はまとめて戻ってくる場所に置いていく。


 俺があっちにもって行って置いてった物はそのまま残るのに、俺はなにも持って帰れないのだからおかしなものだ。


 ただし、持ち帰れる例外もある。

 それが、俺の記憶と携帯電話で残した写真のデータだ。


 どんな写真が俺の携帯に入っているのかは秘密だけど、今回はそれを利用してさっき撮った写真をプリントアウトしてまた持っていこうというというわけなのだ!


 戻ってもイノグランドの物は消えず、俺は元の状態に戻るのなら、携帯電話そのものをあげちゃえばいいじゃないか。という考えもあるだろう。

 でも携帯は電気がなければ動かない代物。今は女神様の力で充電不要となっているけど、その効果があるのは俺が持つ携帯電話のみ。

 残してきたら女神様の力は失われ、電池が切れたらただの文鎮でしかなくなって画像も見れなくなるのだから却下するしかないのである。


 ついでに携帯ないと気軽にこっち帰って来れないしね。

 帰るためにいちいちルヴィア神殿行くのもめんどいし。



 それらの理由で、電源不要の写真が一番だと判断したのだ。

 写真ならば保存法を間違えなければ長い間見ていられるから!



 それを実行するため、俺は地球へ帰ってきたのだ!



 それじゃ、さっき撮った写真をプリントアウトしに行こうか。

 最近はコンビニでも簡単に現像できるから楽でいいよね。



 俺は自分の感覚ではひさしぶりとなるアスファルトの道路を歩きはじめた。




──ミックス──




「……」


「どうしたミックス、そんなところで」


 膝に顔をうずめていると、頭の上から声がしました。


 視線を上げると、そこにはわたくしを心配そうに見おろすレックスお兄様がいました。



 わたくしはのそのそと顔を上げ、口を開きます。



「もうすぐ、お兄様達が行ってしまいます」



 その言葉だけで、レックスお兄様はなにかを察してくれたようです。

 どこか昔を懐かしむように優しく笑いました。



「そうか。そういえば昔は毎回マックスが旅に戻ったあとはここで泣いていたな」



「さ、最近はありませんでしたよ!」



「そうだな。やっと家族との別れにも慣れてきたというのに、また別れがたい者と出会ってしまったのだから、それがまた再発するのも無理はなかろう」


 ぽんぽんとお兄様はわたくしの頭をなでてくれて、わたくしの隣に腰を下ろしました。


 ううー。お兄様の意地悪。

 頬を膨らまし、また膝に顔をうずめます。



「だって、お兄様とは違って、ここで別れたらもう二度と会えないかもしれないんですもの」



 もごもごと、その不安を口にする。

 甘えられるお兄様だから言えるわたくしの不安。


 それを聞き、お兄様も「そうだな」と答えを返してくれました。



 できるならツカサ様を追って行きたい。でも、料理もマトモに出来ないわたくしは足手まといでしかない。


 一人で生きる力もないわたくしが、サムライであるあの方についてゆけるわけもなかった。



 わかってる。

 それはわかりきっていること。


 だからわたくしは、ただこの別れを受け入れることしかできないのだ。



 でも、その別れが受け入れがたく、こうして往生際悪くめそめそとしているのだ。



 そんな自分が、弱くてずるい自分が、嫌いだ……




──レックス──




 別れを受け入れがたいというのなら、彼を追って行きなさい。



 ……とは流石に言えなかった。



 いくらミックスがマクスウェル家の血を引いているといっても、この子は今まで自分で料理も作ったことのない箱入り娘。

 そんな娘がサムライの過酷な旅について行くことなど無謀を通り越してただの夢想でしかない。


 この領を一歩出れば。いや、この領内にいたとしても悪漢に襲われる可能性はありえる。

 そのような脅威はサムライとマックスが蹴散らすであろうが、道を歩く足は自分の足だし、食べ物だって毎回三食食べられるとも限らない。


 そんな旅についてゆくのは、妹には荷が重過ぎる。



 この子はそれを理解しているから、こうして家の隅で沈んでいるのだ。



 かわいい子には旅をさせろというが、やはり実力もない女の身での旅は厳しいものがある。



 彼等が旅立つ理由であるチャンピオンシップが終わったらまた来て欲しい。というのも難しいだろう。


 世を救ったサムライが旅を続けるのは、その力では抗えぬ弱き者達を助けるためであるからだ。


 世界を救い、さらに世の人々を救い歩く。

 そんな方を一ヶ所におしとどめるなど誰ができようか。


 彼が足を止めるとすれば、彼が倒れた時か、世に真の平和が訪れた時かであろう……



 ミックスの諦めの気持ちもわかる。

 そしてついて行けなんてとても言えない。


 だが……!



「でもねミックス。お前が努力を続け力をつければ、ここでお別れ。なんということはないよ」


「お兄様。わたくしは自分に力がないことを理解しています。剣ももてなければ魔法も使えません……」


 さらに妹はしょんぼりとしてしまった。



「そうだな。今のお前はなにもできないな」


 そして私は、それを肯定する。

 ミックスはさらにしょんぼりとするが、私はそれを否定する!



「だから学ぶのだ。座して待つだけでなく、追えるように学を学び、世を救ったサムライを支えられるように」



 私の言葉に、ミックスは驚いたように顔を上げた。

 今まで外に出ろなどという教えは妹にしては来なかった。


 しかし自分で考え、料理をしたいと言い出したこの子ならばもう大丈夫のはずだ。


「確かにお前は、前に立ってサムライと共に戦うことも、魔法を使って彼をフォローすることも、食事を提供してその背を支えることもできない。だがな、直接共に旅をすることだけが彼をサポートすることではないのだ!」


 私の言うことは、とても困難な道だ。

 それを実現しようとすれば、妹は今までのような箱入り娘ではいられなくなるだろう。



「彼等は旅人。街に着けば必ず宿を探す必要がある。だが、街々に常に彼等を受け入れる店があればどうなる? いかなる場所にむかおうと、必ず食事を用意する場所があればどうなる?」


「常に、美味しいご飯を食べ、ふかふかのベットで寝ることが出来ます」


「そう。そうしてどこに行ってもバックアップしてくれる場所があれば、彼は常に全力を持って悪と戦える!」

 ミックスの答えに私はうなずいた。


 補給。

 それは戦においてもっとも大切なことだ。


 それがなければどれだけの大軍を持っていたとしてもその力は最大限に発揮できない……!



「いいかいミックス。隣で戦い、そばにいることだけが彼をサポートすることではないのだよ。共に旅は出来なくとも、常に彼のところへ行く方法はあるのだ!」


「た、確かに!」


「まあ、今すぐでは無理だろうが……」



「……この地は小麦だけでなく薬草の産地でもありますね。薬ならばどこでも必要となりますから、それを前面に出せば領外へ支店も作りやすくなります。これなら、ツカサ様を助けることができるんじゃありませんか!?」



「……お、おう」


 突然まくし立てられ、流石の私も声を出すだけで精一杯であった。

 だが、ミックスの言うこともあながちはずれではない。


 妖精が住まう森と湖があるだけあって、この地は植物が豊富である。

 その中には様々な病、怪我に効く薬草も多く、運がよければ妖精の粉、蜂蜜さえ手に入る。


 それらをきちんと集め、栽培、管理できるようになれば多くの者も救え、さらにこの地を栄えさせることが出来る!



 私はミックスの発想に感心した。私の話を聞き、すぐ小麦だけでなく薬草のことがでるとは、この子はこの地のことをきちんと理解し、いかなる場所かわかっているということだ。

 領主の娘。という地位にただただ甘えてきただけではないということか……


 この子には、意外な才能があるかもしれない。


 私はそう思った。



「私の言葉を気に入ってくれてなによりだ。だがそれは、とても困難な道だぞ。剣を学び、彼を直接守るのと同じくらい難しいかもしれない。それでもやるか?」


「……ええ。わかっています。ですが、今のわたくしをとめる理由ではありません!」

 いつの間にか、ミックスの背はぴんと伸びていた。


 目にキラキラした希望の炎をともし、遥か未来を見据えている。


「どうやら、元気が出たようだな」


「はい!」



「ならばもう、今を悲しむことはないな。一時の別れは確かに悲しい。だが、まだ別れてもいないのにその時間を無駄にしてはもったいないぞ。今出来る思い出を作り、そして未来への糧としてきなさい」



「はい!」



 ミックスは笑顔を取り戻し、元気よく立ち上がった。


 うむ。やはりお前は悲しみに明け暮れているよりこうして笑っている方が相応しいよ。



 元気を取り戻し走り出した妹を見て、私は安堵のため息をはいた。



 さて。では私の方は先の言葉を実現できるよう父上、方々の者達に根回しするようにしようか。



 マクスウェル家が大々的にサムライを追うというのはいたるところに喧嘩を売ることとなるが、マクスウェル領発の会社がいたるところに出店するのは問題はないからな。


 しかし薬に目をつけるとは我が妹ながら実に目ざとい。


 これが軌道に乗ることが出来れば、領内はもっと潤い、民は喜ぶだろう。



 これからの時代、貴族が土地にふんぞり返っていれば生活できる時代に終わりが来る。

 税をむしりとるだけでなく、領民と共に力をあわせ商売をしなければならない時が来るはずだ。


 私のこの勘が当たっているかは未来にならねばわからないが、保険はかけておいてしかるべきであろう。


 それが、妹のためだったとしても。




 私はそんなことを思いながら、屋敷の入り口へと歩いていった。




「あの……」


 玄関にむかって歩いてくる人影があった。

 声からして近くの村娘だろうか?



 日よけの大きめな帽子のため、顔が影になってよく見えない。



 ウチにはこうして陳情に来る者も少なくはない。


 時には特産品にして欲しいとやってくる者達だっている。



 どうやらこの娘は、なにか草。どうやら薬草を持ってきたようだ。



 なんともよいタイミングだと思い、話だけ聞いてみることにしようと思った。



 警備隊長のヒースは……ああ、チャンピオンシップに出るため一足先に王都へむかったのだったな。

 他の警備の者に声をかけようと思ったが、タイミング悪く誰もいない。


 誰かを呼びに行き、この娘が何者かを確認し、また改めて案内して会うのも二度手間になるか……



 丁度妹の話題にあがった物を持ってきているのだから、私もすぐに話が聞きたかった。



 ゆえに、手順をすっ飛ばし話を聞くことにする。


 私とてマックスには劣るが剣に覚えもある。万一暗殺者だったとしても軽くひねり潰せる自信もあるからな。



「なにか用か? 私はレックス・レック・マクスウェル。ここの主だ」


「領主様!? これは恐れ多い」


 彼女は慌てて帽子をはずし、かしずこうとする。



 その帽子がはずれ、赤い髪が広がり私と目があったその瞬間……




 御使の赤い矢が、私の胸を刺し貫いた。


 確かに彼女は暗殺者だったのかもしれない。

 彼女は私の大変なモノを貫いたのだから……!


 貫いたといっても、物理的にではない空想の矢だ。だが、確かにその矢は、私のハートを撃ちぬいたのだ……



「あ、あの……?」


 その娘の顔をじっと見る私を怪訝に思ったのか、首をひねる。



 私は震える手で、その娘の手を握った。



「……結婚しよう。名も知らぬ娘よ」




 これが、私と妻の出会いだった……!




──リオ──




 物陰から見ていたら、ミックスが元気よく立ち上がったのが見えた。


 雰囲気からして元気になったみたいだ。

 どうやらおいら達の出番はないみたいだね。



「どうやらレックス様がやってくれたようです」

 成長なされて。とハンカチで目元を覆うメイド長がいた。


「うわぁ!」


 いつの間にかおいらのすぐ横にいたから驚いて飛び上がっちまったい。



「オーマ、メイド長来てるなら言ってよ!」

『わりいわりい。てっきり気づいていると思ってた』


「おいらはツカサじゃないんだから!」


『わりいわりい。だが、おれっちと口論している場合じゃねえみたいだぞ』


「ん?」



「リオ様ー!」



 おいらの姿を見つけたミックスがものすごい勢いで飛びついてきた。



「うわっ!?」


 おいらはミックスを受け止めきれず、オーマを放り出して芝生の上に転がることになった。



「リオ様リオ様リオ様ー!」

「いててててて」


 朝はあんなに沈んでいたくせに、今度はいきなり元気すぎだろ。



「リオ様リオ様聞いてください!」


 ミックスはおいらに馬乗りになったまま、嬉しそうに笑顔を見せた。

 その前にどいてくれよ。と口にする前に、ミックスの口は動き出していた。


 せめて返事を聞いてからにしろっての!



「わたくし、夢が出来ました!」


「ゆ、夢?」

 いきなりのことに、そんな答えしか返すことしか出来ない。



「はい。今はまだなにも出来ませんが、いずれあとを追って行きますから覚悟してください!」



「かくごぉ!?」



「ふふっ。宣戦布告です! 早くしないと追いついて追い抜いちゃいますよ!」



「意味わからねぇ!」



 うふふ。あはは。ととても楽しそうに笑った。

 テンションが高い。でも、さっきみたいにメソメソされるよりは何百倍もよかった。



「ったく!」

 ぐい。とおいらの上で笑うミックスの上着をつかみ、そのままぐるんと横に回転した。


 するとくるんと馬乗りの上下が逆転する。



「きゃっ」


「一人でテンション高くしやがってよ。おいらだってな、負ける気なんて欠片もないんだからな!」



「うふふ。そうですね。じゃあ、どちらもがんばりましょう!」


 ひっくり返されたってのに、こいつは楽しそうに笑っていた。

 こんなに笑ってられちゃこれ以上意地悪してもしょうがねえや。


 やれやれと思い、おいらは立ち上がって手を伸ばした。



「ああ。負けないからな」



 おいらも笑って、転がったミックスを引っ張りあげた。



 その笑顔は、とてもとても美しく見えた。




──ミックス──




 リオ様はわたくしに初めて出来たお友達。そのリオ様がツカサ様と一緒になるのならわたくしも悔いはありません。


 でもでも、わたくしはまだ諦めていません。もたもたしていると後ろから追い上げたわたくしがなにもかもをさらっていってしまいますからね!



 覚悟を決めた乙女はとっても強いんですから!



 わたくしは倒れたところから引っ張りあげられながら、そう思った。



 不思議。さっきまで不安で不安でたまらなかったのに、今は平気。


 ほんの少しの意識の違いで、こんなに世界が変わって見えるなんて!




──リオ──




『お、相棒の気配だ。どうやら休憩みたいだぜ』


 メイド長に拾われたオーマが唐突にそんなことを言った。

 どうやらツカサの反応をとらえたみたいだ。


 おいらはオーマを受け取り、首をひねる。


 休憩ってどういう意味かと考えたからだ。



「ああ、そっか。そうだよな」



 ツカサはさっき森に入ったばかりなんだから、いくらなんでも絵は描き終わらないだろうってことだ。

 だからオーマは休憩と言った。


 納得の言葉である。



「ツカサ様がどこにいるかわかるのですか? なら、今度はツカサ様に会いに行きましょう! もう直接会っていられる時間は少ないのですから!」


「おーおー。元気だ元気すぎだ」


 ミックスは行きますよーと元気よくおいらの手を引っ張って駆け出した。

 手を引っ張られたおいらは、それについて走るしかない。


 メイド長はそのまま頭を下げ、おいら達を見送ってくれた。


 むしろ一緒に来てくれるとこのテンション高いお嬢さんの相手が分散するんですけどー。



 でも、そんなことはなくおいらとミックスは森の方へとかけて行く。



 ツカサのいるところはオーマが把握していて案内してくれるので迷うことはない。


「ツカサ様ー!」

「ツカサー!」


 おいら達は森から顔を出したツカサを左右から捕まえた。



 流石のツカサも、元気なミックスを見て驚いた様子だった。

 そりゃそうだ。今から元気づけようとしていた相手がもう元気になっているんだかさら。


 困惑するツカサにオーマを返し、ついでにミックスはその兄、レックスが元気づけてくれたことを説明する。



「ああ、そうなのか。ならこれ無駄になっちまったかな?」


 ツカサがそうつぶやき、懐から長方形の紙を取り出した。



「ああ。もう必要ないと思うぜ。まあ、まだ取り掛かったばっかだろうから、そんな描いてないんだろ?」


「いや、もう作ってきちゃったから」



「できてんのー!?」

『できてんのかー!?』



 あっさり断言したツカサの言動に、おいらもオーマも思いっきり驚いた。


 ツカサはなに驚いてんの? って顔してるけど、驚くからね。普通驚くかんな!



 だってあんな短時間で絵が完成しているなんてさ。しかもあの鏡に映った同然のヤツを絵になんて!



 い、いや。待て。ひょっとするとツカサはあの元からものすっごい簡略化した絵を描いたのかもしれない。

 簡略化しつつ特徴は残しつつって、いわゆるディフォルメ化ってやつだ。


 それならこの短さで完成したのも納得がいく!



 うん。きっとそうに違いない。

 おいらは精神を保つため、一人で勝手にそう結論づけた。



「どういうことでしょうか?」


 事情を知らないミックスが頬に右人差し指をつけ首をかしげる。



「ああ、ちょうどいいからあげるよ。もう意味はないかもしれないけど、これで寂しくはないかと思ってさ」



 ツカサがとりだした紙をミックスに渡した。

 せっかくだからおいらもミックスの脇からのぞきこむ。



「って……!」

「え?」


 おいらは驚きの声をあげ、ミックスは絶句した。


 おいらは元となった物を見ているから驚くだけですんだけど、ミックスはこれをはじめて見るんだから、その驚きようはまさに絶句。息をするのも忘れたかと思うほどのものだった。



 だってその紙には、あの時見た鏡に映したような情景そのままがあったんだから。



 まるで魔法でそこを切り取って貼り付けたかのようだ。

 でも魔法みたいな不思議な感じは欠片もしない。


 これはもう、現実と同じシロモノと言っても過言じゃないよ!


 ツカサの持ってたコインの造詣も凄かったけど、こっちはもうそれを超えてるレベルだ。



 もう、凄い。としか言いようがない!



「ツ、ツカサ様が、そこに、ここにも? す、すごい。すごいですわこれ! ツカサ様とリオ様がここに小さくなっているみたいです! 本当にいただいてもいいんですか!?」



 ついに息を吹き返したミックスがおおはしゃぎでぴょんぴょん飛び跳ねている。



「かまわないよ。むしろそのために作ってきたんだから、喜んでもらえたら嬉しい」



「う、嬉しいです! とてもとても嬉しいです! こんな……こんなものをいただけるなんて、わたくし宝物にします!」



「いいなぁ……」

 思わず、本音が漏れた。


 大慌てで口を押さえたけど、遅かった。



「なんならリオもいるか?」



「い、いや。これ作るの大変だろ? だからおいら……」



「別に(プリントアウトしてくるだけだから)難しくも大変でもないよ。なんなら他にうつしたのを何枚か作ってきてもいいぞ」


「なんまいっ!? そんなにあっさり手軽に出来ちゃうのー!?」

 おいら、けっこう長くツカサと一緒にいるけど、毎回毎回驚かされてばっかりだよ……


 むしろ驚くおいらの方がおかしい気がしてきたくらいだよ。



『しゃーない。なんせ相手は相棒だ。諦めろ』

「そーだね」


「なんか釈然としない言われ方をしている気がする……」



 釈然としないのはこっちのセリフだよ!

 神業をお手軽に実行しすぎなんだよツカサは! 言ってもこの気持ちわかんないだろうから言わないけど!


 ツカサはホントなんなんだよ。あ、サムライか。



「あ、なんならミックスもリクエストとかあるか?」



 もう完全にもう一枚二枚作るような流れになっている。


 いや、もらえるならわたしも欲しいけどさ! すっごく嬉しいけどさ!!



「あ、では、ご迷惑でなければもう一枚。今度はわたくしもふくめて三人で並んでいるものが欲しいです」


「あ、ならおいらもそれがいい!」


 こうなったら乗るしかない。このスペシャルウェーブに! ついでにミックスにあげたのもおいらに頂戴!



「なら同じの二枚でいいな。わかった」



 ツカサはまたあの四角い魔法の箱を用意して、おいら達を集めて同じことを繰り返した。


 今回はミックスをはさみこむようにして三人で集まり、箱の中に時を切り取った。



 おいら達三人が箱の中で笑っている。

 今回はそこいっぱいにおいら達がうつっているので、背景はほとんど見えない。


 ツカサもちょっと口元が笑ってるのが嬉しいな。



「じゃ、作ってくるからちょっと待ってろ」


 ツカサはさっきと同じようにまたオーマをおいらに手渡し、森の奥へと入っていった。




 こうしてわたしとミックスははツカサと一緒に描かれたとてつもなく精巧な二枚を手に入れた。



 これはわたしにも、ミックスにもかけがえのない宝物になった。




 本当に大切な、宝物だ……





 ──伝説にして最強のサムライ。



 その姿をあらわしたモノは多すぎると言ってもいいくらいに多い。

 そのほとんどが、いや、全部の証言は正しくないと言っても過言ではない。


 それほどその伝説のサムライの姿はあやふやであり、その偉大な功績だけが世に輝いているのである。



 しかしその中で、サムライの姿を正確に写したとされる存在がコレである。



 伝説のサムライと懇意であったマクスウェル家の家宝として伝わり、伝説のサムライの姿を描いたものだと言われていたが、後年の研究によりこれは『写真』であることが判明した。


 その時代において魔法も使わずこれを作り出す技術はイノグランドには存在しておらず、このサムライの姿は近代に入ってからの悪戯、捏造、勘違いとされてしまった。


 写真であったということが判明したことにより年代測定などが行われることはなかったが、この絵が写真であると否定されたことで、最強のサムライの姿は結局謎のままとなったのであった……



 伝説にして最強のサムライ。彼は、どのような姿をしていたのだろう? それは永遠に解けない謎かもしれない──





 次の日。

 ついにマクスウェル領を出発する日になった。


 準備も終わり、おいら達は屋敷をあとにするため外に出た……



「リオ様ー!」

「ミックスー!」



 おいら達は抱き合って別れを惜しんで泣いてしまった。

 別れは寂しくないけど、離れ離れになるのは惜しい。


 だからギリギリまで、互いを忘れないように抱きしめあった。



 でも、結局は時間切れ。


 今度いつ会えるかわからないけど、おいらはずっと忘れないからな!



 それは、ミックスも同じ。

 おいら達はどちらも馬車から姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 馬車の後ろからは、ツカサも一緒に手を振ってくれた。




 バイバイ。マクスウェル領。また機会があれば来るからさ!




 おしまい

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