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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
34/88

第34話 バミラの毒と妖精の蜂蜜

──ツカサ──




 キラキラ。

 キラキラ。


 太陽の光を反射し、湖面が美しい青を通過させ、まるで存在しないかのような透明度を誇る水面を輝かせている。


 風によって波が起きるが、その波さえ隠すことの出来ない沈んだ流木は一種の芸術品のようであり、遠くに見えるギザギザと刻まれた山々とそこまで生い茂る神秘的な森のコントラストが見事だった。


 思わず携帯を取り出しパシャリと無意味に写真に収めるほどに綺麗なその湖は、マクスウェル家の別荘地。



 そう。マックスの親父が隠居している屋敷のあるところだ。



 俺達は今、マックスの親父さんに顔を見せるためこの別荘地にやってきている。

 俺とリオは、完全なお客様なので、別荘についてからやることもなく、今のところマックス達が久しぶりの対面をしている間は自由行動ということで近くの湖を見物しにきているというわけだ。



「すげー」

「キレーだね」


 あまりの光景に、俺もリオもあんぐりと口を開いているしか出来ない。

 それほど綺麗な光景だった。



「そういえば、この湖と近くの森、妖精が住んでいるとかいう伝説があるんだってさ」


「これだけ綺麗なんだから、そんな伝説あっても不思議はないなー」



 ほけーっと湖を見ながら、リオが語る。

 俺もそれを聞きながら、ほけーっと答えを返すしか出来なかった。



 妖精。



 こちらに来て名前だけは聞いたことのある存在。

 妖精の粉と呼ばれるどんな怪我も治すといわれるその羽のリンプンなら見たことはあるが、実物はまだ見たことはない。


 姿かたちは虫の羽がついた小人という、まさに妖精というに相応しい姿をしているみたいだけど、それも結局伝聞なので本当なのかはわからない。


 ドラゴンも一度間近で見たことだし、せっかくだから妖精も見てみたいものだ。



「リオ様ー!」



 ほけーっとしていると、別荘の方から元気な声が聞こえてきた。


 振り返ると、ミックスがこちらにむけて手を振っている。

 どうやら挨拶は終わったようだ。


 ぴょんぴょこ飛び跳ね、自分がいることを主張している。



 マックスがおてんばだと評していたけど、あながち間違いじゃないのかもしれない。



「リオ様ー!」


 あの料理の一件以来、この二人は格段に仲良くなった。

 なんだかよく二人でつるんでいるのを見かける。


 年もほぼ同じだし、同姓だから気もあうのだろう。



「ああ、今行くー!」


 ミックスの声に手を振り替えし、リオはちらりとこちらを見た。



「なんか今度は家族に料理を作ってやりたいんだとさ。メイドに相談しても結局刃物は使わせてもらえないから、また手伝ってくれってよ」


 やれやれとリオが肩をすくめる。


 そういうことか。確かに一家勢ぞろいの今なら丁度いいタイミングなのだろう。

 前回俺にうまいといわせたことで、自信がついたようだ。



「なら、俺のことは気にせず行ってやりな。料理じゃ手伝えることはないし」



 俺が行っても料理では役に立たないので、俺は気にしなくていいと、行くことをうながした。



「ん。しばらくしたら来ておくれよ。おいらが作ったの食わせてやるからよ」


「そうさせてもらおう」


 リオはうなずき、ミックスの方へ駆け出した。


 湖から広がった砂浜にざくざくと音を響かせ、リオが走ってゆく。



 俺はその背中を静かに見送った。


 二人は合流し、別荘の裏手へと歩いてゆく。

 ちなみに材料なんかはリオの持つ重量軽減と内部拡大のかかった魔法の皮袋があるので、そこに入れてこっそり持ってきたので重さも量も問題はない。


 荷物持ちさえ必要ないのだから、俺の出来ることは味見くらいである。

 マジで。



「……ところでさ、オーマ」

『なんだ相棒?』


 去り行く二人の後姿を見て、ふと思った疑問を口にする。


「あのお嬢さん、リオが女の子って気づいてるよね?」


『そりゃ、いくらなんでも気づ……い、や。アニキのマックスはマジで気づいていなかったな』

 オーマが苦笑した。


 確かに男装しているが、リオは女の子だ。じーっと見ているとやっぱり女の子だと気づくくらい女の子だ。

 だが、そのリオとかなり一緒にいて女の子とまったく気づかなかった前例がある。


 しかもその前例は、ミックスのお兄さんなのだから心配にもなろうというもの……



「……って、別によく考えてみて、気づいていないからなんだって話か」



 心配してみたが、だからどうした。という結論になってしまった。


『そりゃ、どっちも結局女だし、なにもおきねーべ』

 オーマもやれやれと声をあげる。


 女の子同士なんだから、お風呂でばったりなんてしても問題ないし、気まずい思いをするわけでもない。


 むしろ気づいていない方が見ていて面白いんじゃないかと思ってしまったほどだ!



『相棒、あんたもワルよのう』

「なかなか面白そうじゃないかねオーマ殿」


 ひっひっひと俺達は悪戯小僧の心がわきあがり、二人で笑いあった。



「さてと、それじゃあ俺はどうするか……」

『料理が出来る頃に行ってやるのが一番だろうからなぁ』


 しばらくお暇である。


 このままこの美しい湖でも見てポエムでも考えていようかなー。

 なんて思いつつ、湖へ視線をめぐらせる。



「……っ!?」



 湖をこえ、森の方に視線を移した時、そのすみでなにかが動いた気がした。



『相棒?』


「オーマ、今森のところでなにか動かなかったか?」


 俺は、その方向を指差した。

 湖の砂浜から森に入ったところ。そこでなにかが動いた気がしたのだ。


 距離はここから四、五十メートルといったところか?


 風ではないなにか物体がうごめいたような気がしたのである。



『んー、いや、あのあたりにゃいて虫くらいしかいねえが……』


「なら気のせいか」

 オーマがいないというのならいないのだろう。


『案外本当に妖精がいたのかもな』


「妖精が?」



『おれっちもまだ妖精にゃあったことねえからな。妖精の正確なデータは知らねぇ。だから、おれっちのサーチから零れ落ちていても不思議はねえぜ』


「へー。そういうこともあるのか」


『ああ。はっきり認識できなきゃおれっちも見落とす可能性はゼロじゃねえ。相棒、その見かけたところへ行ってみてくれ。なにか動きがありゃおれっちが必ずとらえてみせるぜ!』


「ならちょっと見に行ってみるか」



 オーマがあえているかもしれないと言ったのだから、行って確かめてみる価値は十分にある。

 それで妖精に出会えるのならお安いものだ。


 あれは俺の気のせいだったのかもしれないし、違ったら違ったで面白い!



 俺はさっきなにかが動いた気がする方へ歩き出した。



 砂浜が終わり、短く生えた草から茂みに変わって生い茂る草木と森の中へ足を踏み入れた。



 さっき見えたのは、森に入ってすぐの茂みからだ。

 俺は茂みをかきわけ、その場所を見てみる。


「……」

『……』


 なにもいない。



「いないな」

『いねーな』


 気のせいだったか。

 小さくため息をつき、俺は顔をあげた。



 すっ……



 だが、その瞬間、俺の視界の隅をなにかが動いたように感じた。

 目の前の木の後ろになにかの影が隠れたのだ。


 一瞬だったが、小さい。小さな人形のように見えた。

 羽の生えた人形の影。


 それはまさに、噂に聞く妖精そのもののようだ!



「いた!」


『え? おれっちはなにも……』


「でもそこに!」


 俺は慌てて茂みを飛び越え、影が消えた木の後ろへ駆けこんだ!



 そこへ足を踏み入れた瞬間……




 すかっ!




 消えた影がいた木の後ろ側に到着した直後、俺の足が空を切った。


 そこに、地面がなかったのだ!



 俺の足が着地したその場所。

 そこには真っ黒い丸い穴がぽっかりと開いていたのだ!



「え?」

『へ?』



 俺とオーマの間抜けな声が響く。

 オーマがこんな声をあげたってことは、オーマもこの地形の変貌に気づいていなかったということだ。


 それってつまり、この穴は自然なモノじゃぁねえってことだ。



 空中にいながら俺は、なぜか冷静にそんなことを考えていた。



 だが、考えているだけで対応はない。



 抵抗も出来ぬまま、俺達はその穴に吸いこまれるよう落ちていくのだった……





 しゅうぅぅぅ……


 ツカサが落ちた直後、その穴は、小さく渦を巻くようにして閉じて消えていく。



 穴が消えると、そこには何事もない森の大地しか残っていなかった……




──マックス──




 マクスウェル家一家集合の挨拶をした後、ミックスが用があると飛び出してゆき、部屋には拙者と兄上。そして両親の四人だけが取り残された。


 ミックスを皆で見送ったのは、なにやら企んでいるのがわかったからである。


 あの子は拙者よりも顔に出やすいので、誰も口を挟むことなく意気揚々と外へ飛び出して行った。


 最近なにやらリオと仲がよく、一緒にいるところを見かける。

 その二人でなにやら企んでいるようにも見えたが、リオには楽しみにして待っていろと言われたので、拙者は深く追求することはなかった。


 今回のそれは、きっとそれに関係あるのだろうと、拙者は大きくうなずいた。



「マックス」



 兄上に呼ばれた。

 どこかかしこまった雰囲気が兄上から感じられる。


 そうか。ではそろそろツカサ殿との顔合わせとゆこうか。

 父が王都にきていた時、あわせる機会がなくもなかったが、うまく実現できなかったゆえ、父とツカサ殿をあわせるのは今回が初だ。


 本物のサムライを見て、サムライになどなれるかと拙者が旅立つのを渋った父はどんな表情をするのだろうか。

 少しだけ楽しみではある。


 拙者が腰を上げようとすると、兄上はそれを手で制し、拙者をまた椅子に座らせる。


「?」

「サムライ殿をお呼びする前に、マックス、お前に私達から話がある」


「私達?」


 達。と兄上だけでないことを疑問に思い、父上の方へ視線をめぐらせると、彼も大きくうなずいた。

 隣で母もうなずいているが、その反動で少し咳きこんでしまっている。父達がこの別荘で隠居しているのは、気管支を悪くしてしまった母により空気の良いところで生活して欲しいからという気遣いからでもある。



「一体私になにを?」



 正直なにを言われるのか想像もつかない。

 なので話をどうぞとうながした。


 すると、父が口を開いた。



「マックスよ」

「はい」


「あの日、お前が旅立とうとした日、ワシはお前はサムライになれないと諭したな」


「はい」


 それは十年も昔の話だ。

 私がサムライを目指し、サムライになるため旅に出ると口にしたその日、父は無理だと私をいさめようとした。


 決してなれないと、諦めさせようとした。



 だが、兄上の後押しもあり、父の制止を振り切り私は旅に出た。



 幾度か帰郷を果たし、そのたび父も出迎えてはくれたが、小さなわだかまりは残ったままのように感じられた……



「ワシは、あのサムライを見て、あの人知を超えた技を見て、いくら天才のお前でもああはなれないと思ってしまった。だが、違ったのだな。お前はサムライを見つけ出し、そして刀を手にし、夢をかなえた。あの日、お前を認められなかったおろかなワシを許してくれ……」


 父が、ゆっくりと私に頭を下げた……



「そんな。そんな頭をおあげください父上! あなたの判断は間違っていない! 現に十年私はまったくサムライとしての目は出なかった! 運良くツカサ殿と出会えただけで、そのおかげというだけで……」



「違う。お前の十年の努力が実った結果だ。ワシがお前を否定していては決して結ばなかった努力が結んだのだ! であるから、ワシの見る目のなさを謝らねばならぬ!」


「……」

 これは、どちらかが引かねば延々頭を下げ続ける結果となる。

 私はそう悟った。



「……わかりました。もちろん、父上のことを恨んだりなどしておりません。むしろその厳しさがあったゆえ、今の私があるのです。旅の途中で出会ったサムライだけではありません。父上がいたから、私は夢をかなえることが出来たのです!」


 私は胸を張ってそう言い切った。



「そうか。そう言ってくれるか……!」

 父は、その目に小さく涙をため、うなずいてくれた。



 そして……



「マックスよ。よく夢をかなえた。ワシは鼻が高いぞ」


「はい!」



 私は立ち上がり、父上を思いっきり抱きしめた。

 十年来存在した小さなわだかまり。それがこの日完全に消失したのを私達は感じた……!



「マックス」


 しんみりとした中、また兄上が口を開いた。

 私は父上から手をはなし、そちらを向く。


 兄上の話。こちらも想像がつかない。


 むしろ、十年前父の反対を押し切り拙者を支持して旅に出してくれたという感謝をせねばなるまいと思ってしまう。



「私もお前に謝らねばならぬことがある」


「はい?」


 唐突にそんなことを言われ、困惑の声をあげてしまった。



「十年前。お前を旅に出させた理由。それは確かにお前に才能があると感じたからだ。お前ならサムライになれるかもしれないと思ったからだ。だが、本当の理由は違う。私は、お前を恐れた。お前という才能を恐れた。だから、お前に跡取りという地位を奪われるのを恐れたあまり、この地から追い出したいと思ったから、旅に出ろと言ったのだ……!」


 兄は悔やむように、顔をしかめながらそう言い切った。



「なっ……!?」


 その告白に、拙者も驚きは隠せない。



「お前の才能を、私はずっと恐れていた。圧倒的な剣の才能。十代において隊を任され、迫る蛮族を蹴散らすその統率力。カリスマ。その全てが劣る私は、お前が恐ろしかった……!」



 なんと。兄上はそのようなことを考えておられたのか……!

 人々から人望の厚く、この地を任せるのはこの人しかいないと私はずっと思っていた。


 弟ながら、この人ならマクスウェル領をよりよくしてくれると考えていた。



 だから、私は安心して旅に出られる。そう思っていた!



 だが、当人にとってはそうではなかった!

 私という弟の存在が、重荷になっていた!


 そんなこと、想像もしていなかった!



「だから、お前がいなくなり、あの日私はほっとした。こうして領主の座について、私は安堵した! 私は、お前の思うような領主に相応しい男などではない! 私は、自分のためにお前を追い出す卑怯者なのだ!」



 あぁ。やはりこの人は領主として相応しいお人だ。

 私は正々堂々領主の座を戦わなかったことを嘆く兄を見てそう思った。


 そのようなこと、思う必要もないというのに、負い目を感じるなんて……



「いいえ兄上。私は兄上に感謝しています。そのようなことを言っても感謝するのはやめませんよ。だって、兄上の後押しがなければ、私は旅にも出れませんでしたし、ツカサ殿にも出会うことも出来ず、こうして相棒のサムライソウルを手にすることさえなかったでしょう。それが出来たのは、私を送り出してくれたあなたのおかげです。顔を上げてください」


「マックス……」


 顔を上げた兄上の手をとる。


「たとえ保身のためだったとしても、兄上の後押しは父上の厳しさと同じく私にとってかけがえのないものでした。ですから兄上、兄上は胸を張って、自信を持って拙者の才覚を見出し、送り出したと言ってください! 堂々としてください。それが、私を送り出した兄上にできることです!」



 私はぎゅっと兄上の手を握り締めた。

 あなたの行動は保身などではない! こうして立派なサムライを生み出した、立派な行動なのです!



「私は元々領主になるつもりなどありませんでした! あなたのおかげでこうして夢をかなえられました! だから兄上も、堂々と胸をおはりください!」



「マックスぅ!」

「あにうえぇ!」



 拙者と兄上は、涙を流し抱き合いました。



 まさか拙者に対しこんなコンプレックスを兄上が持っていたとは思いもしませんでした。


 ですが、今こうしてその壁もなにもかもがなくなったのです!



 今、この瞬間、拙者達兄弟は完全無欠の兄弟となったのです!




──ツカサ──




「人間だ」

「人間です」

「人間なのだ」


 なにやら耳の近くで声がする。

 頭の周りをなにかがひらひらと飛び回り、そこかしこで人間だ人間です人間なのだと騒いで回っている。


 一体なんなんだ。うるさいなと思いながら、俺は目を開いた。



「起きた」

「起きたです」

「起きたのだ」



 まだ頭がくらくらする。

 なぜこういう状況なのかぼんやりと思い出した。


 そうだ。俺は妖精らしき影を追いかけて、なぜかぽっかり開いていた穴に落ちたんだった。



 そうだったそうだった。そして落ちるきっかけとなったその影が、三体俺の目の前をふらふらぷらぷら飛んでいるのが見える。

 赤、青、緑の服をきて、蝶の羽を持つ小人が俺の頭のまわりをひらひら飛び回っているのだ。



 ……夢、じゃないな。



 しこたま打ちつけたっぽい尻が痛いのが俺に現実を伝えてきているし。



 とりあえず俺の目の前を飛ぶ妖精を無視し、あたりを見回した。



 そこは、さっきいた森とは違う森だった。


 今までいた欧州を旅行すればよく見かけそうな森とは違い、今いる森は、なんというかファンシーな夢の中にいる不思議な森という感じだ。


 草が一人でにうねうね踊っていたり、木が歌いだしてるそんなファンタジーの中でもさらにファンタジーな森。そんなところに俺はいた。



 夢、じゃないんだな?


 俺は改めて確認するが、この尻の痛みは間違いなく現実だ。



「人間さん人間さん」

「あなたはどこからきたです?」

「花畑荒らすのだ?」


 俺の頭の周りをクルクル飛んでいた妖精が口々に質問をぶつけてきた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。その前にこっちから一つ質問させてくれ」


「なになに?」

「なんです?」

「なんなのだ?」


 俺の反応があったことに喜ぶように三人(?)は大きく飛び跳ね、俺の前に集まった。


「ここ、どこ?」


「まずはそこからだった!」

「そこからです!」

「そこからなのだ!」


 目の前に集まった三体はなぜか嬉しそうに飛び回る。


「説明します」

「説明するです」

「ここは幻妖界なのだ!」


「げんようかい?」


 完全に初耳極まりない名前だった。



『妖精や幻獣が住まうところさ』


 オーマの声が響いた。


「ああ、オーマ」

『うっかりおれっちも気を失っていたみてーだ』

 やれやれと、ツバを鳴らしながら肩をすくめたような雰囲気を出した。


「しゃべった!」

「しゃべったです!」

「しゃべったのだ!」


 カタカタと震え、言葉を発した刀に妖精達は驚き、文字通り上に飛んだ。


「これカタナだ!」

「しゃべるです!」

「サムライなのだ!」


 オーマに気づき、妖精達は俺の頭の上で喜ぶように飛び回る。

 実際踊ってる。


「サムライ頼りになる!」

「聞いたことあるです!」

「助けてもらうのだ!」


 三人が手をとり踊りながら、なにやら不吉な言葉を発している。

 助けるって、なにからです?


 悪いんだけど俺、似非サムライだからご期待には添えられそうにありませんよ?



「花畑荒らす獣がいるの!」

「一角獣です!」

「どうにかして欲しいのだ!」


 俺の返答を聞く前に三体は俺の頭に飛びついてワンワン泣き出した。

 手でつかんで引き剥がそうにも、そのたび俺の髪をかきわけ移動し逃げ回る。


 おいこら、俺の頭を荒らす害虫どうにかしろ! いくらふさふさだからって将来不安になるようなことするなよ!


 しばらく追いかけっこしたけどまったく捕まえられなかったので諦めた。



「……どうにかって、その一角獣を?」



 俺は改めて、それを確認する。



「そうそう」

「そうです!」

「花畑から追い出して欲しいのだ!」


「花畑?」


『一角獣ってのはユニコーンとも言われる角の生えた馬のことだな』

「ああ」


 もといた世界にもそんな生き物いるって伝説あるよ。

 それはこっちの世界でも同じなのね。


 元の世界にも実はひっそりいるのかもしれないけど、こっちの世界にはドラゴン同様普通にいると確認されているようだ。



「そいつが君達の花畑に入りこんでしまったと?」


「はい」

「はいです」

「なのだ」


『ちなみに妖精ってのはその花畑から花の蜜を集めて蜂蜜を作る趣味があるんだぜ』

「趣味なんだ」


『まあ、食料だから趣味だけってワケでもないだろうけどな』


 趣味じゃないじゃん。

 生きる糧を得るためじゃん。



「それが出来なくて困っているの!」

「困るです!」

「困るのだ!」


「だから、その花畑からユニコーンを追い出して欲しいと」


「花畑入るとなぜか追い掛け回される!」

「捕まるとべろべろにされて放り出されるです!」

「このままじゃ蜂蜜作れないのだ!」



 食べ物作れないってなら妖精にとって死活問題だな。


 つっても相手はユニコーン。ただの馬だとしても俺には無茶ってもんだよ。

 専門家だって馬一匹捕まえるの大変なんだぞ。



「大丈夫!」

「一角獣女好きです!」

「だからあなた好きなのだ!」


『いや、ユニコーンが好きなのは確かに人間の清らかな乙女で、それを使えば花畑から誘い出すことも出来るだろうが、相棒は流石に乙女じゃねーぞ?』


「そもそも女じゃないからな」


 当然のことだ。


「人間の区別つかない!」

「同じに見えるです!」

「同じなのだ!」


 目の前の三体はそう言いながら混乱したように頭の周りを飛び回った。

 結局また、俺の頭に戻ってめそめそしはじめるんだけど。


 まあ、俺も君等の性別とか個体の区別は服の色とかでしか出来ないからおあいこなのかもしれないけど。



「助けて!」

「助けてです!」

「助けて欲しいのだ!」


 頭の上で懇願された。


『どうすんだ相棒?』

「どうすると言われてもなぁ」



「助けてくれたらお礼、人間界帰る方法教える!」

「それどころかお礼もつけるです!」

「蜂蜜もつけるのだ!」



「そうきたかー」

 意外にしたたかな妖精さん達だ。

 人間界に返してくれるってのはなかなかズルい交換条件だと思うな!


 だがな、俺がお前達を本当に助けられるとは思うなよ。あとで後悔しても知らんからな!



 とりあえず、出来るかどうかは別として、そのユニコーンを見てから考えるか。

 ひょっとすると妖精と同じサイズとか予想を裏切る展開もありえるからな!



 俺達は頭の上の妖精達に案内されてその花畑までやってきた。


 道中彼等の住処である妖精の差とも通過する。

 そこには小さな家々が立ち並び、本当に小人。妖精の里という場所だった。


 ファンシーな木の上には羽の生えた妖精のための家も建ち、地面の方は羽のない小人達が住んでいるようだった。

 どうやら羽のないのも妖精の一種らしく、寝ている間に作業とかしてくれるタイプらしい。


 里の大通りを通り抜ける俺にむけ、その妖精達ががんばれがんばれと応援してくれた。

 一部はなにかわからない祭りと勘違いしたのか謎の踊りをしている子達もいたが。


 俺はその妖精達に見送られ、花畑に到着する。



 花畑につくと、そこは黄色い花が咲き乱れた巨大な花畑だった。

 菜の花にも似てる気がするけど、妖精の話では時期によって咲く花の色が変わるとか言うので全然違う俺の知らない植物なのは間違いない。


 その花畑の中には、真っ白い馬体ときらめく角を持つユニコーンがいた。



 妖精と同じく、フィクションでしか存在しないはずの存在が目の前にいる。


 前脚を上げ、大きくいななきその足を花畑に振り下ろす。

 花びらが散り、ユニコーンはその角を花畑につっこんで花を左右に散らしていた。


 なんとも乱暴で、その姿は花畑を荒らしているようにも見えたが、なにかを探しているようにも見えた……



『ない。ここにもないー!』



 一体どういうことだろうと思った瞬間、俺の耳に花畑からそんな言葉が聞こえてきた。


 誰か。と思えば、そちらの方にいるのはユニコーンのみ。



『ない。ないぞー!』



 角を振り回し花をばさばさと吹き飛ばしながら叫ぶのは、間違いなくあのユニコーンだ。



 ユニコーンの言葉が、わかる……?



 ああ、そっか。

 ぽん。と手を叩いて思い出した。


 そういえばオーマは翻訳機としての力もあって、そのおかげで俺はドラゴンの言葉も理解できたんだった。

 それと同じくらいの知能を持つユニコーンも、同じように言っていることが理解できるということだろう。



「一角獣不機嫌」

「不機嫌です」

「近寄ると襲われるのだ」



 花畑を荒らしまわるユニコーンの姿を見て妖精が怯えだした。


 俺はそのユニコーンの姿を見て苦笑する。

 花畑を荒らすユニコーンにもユニコーンなりの理由があると理解できたからだ。


 でも、言葉がわかるのだから話が早い。



 ドラゴンの時と同じように話を聞いてやればいい。



「とりあえず、行って話をつけてくるけど、来るか?」


「行ってらっしゃい!」

「がんばるです!」

「留守番するのだ!」


 頭の上に声をかけたら、三体はぴゅーっと頭の上から逃げ出した。

 見事な逃げっぷりである。


 彼等は花畑の外から俺を応援するつもりのようだ。



 えらく怯えている。それだけ花畑に入ったらユニコーンに襲われたってことでもあるんだろう。



 俺も同じく襲われてはたまらないので、そこまで近づかず声をかけよう。


 俺は花畑の花を散らさぬよう、優しくかきわけ、角で畑をバサバサしているユニコーンへ近づいた。



「えーっと……」



 なんと声をかければいいのだろう。と思わず悩んでしまう。

 そして出たのは……


「もし?」


 ユニコーン相手になんと声をかけていいのかわからず、なぜかそんな言葉が出てしまった。



『むっ? ……むっ!?』



 なんか凄い勢いで二度見されて驚きの表情らしきものを浮かべられてしまった。


 なんか、嫌な予感。



『な、なんと美しい少女じゃ。お嬢ちゃん。ワシの角を優しく触ってはもらえないかね?』

 やっぱり。と俺は頭を抱えた。


 こいつも結局男女の区別ついてねぇ。



「触ってやるだけならやぶさかじゃないけど、俺の話を聞いてもらえるかな?」


『なっ!? ワシの言葉わかるのか!?』

「わかるよ。ついでに俺、男」


『なんとぉ!』


 驚かれた。こいつ、言葉わからないと思いながら角を触ってなんて言ったのかよ。



『なんてこっちゃ。わからないからこそ好き勝手なことを言ってにへにへしていたのがバレた! 恥ずかしい!』



 どうして頭がいい生き物って変な性癖持ってるんだろうね。

 ユニコーンて神聖って生き物のイメージあるけど、口を開けばただの変態の一種だったよ。


 まあいいや。



「ともかく、角を触ればこの花畑から出て行ってくれるかな?」



『あ、いや、それは聞かなかったことにしてくれ……』



「……」

 どうやらこれはユニコーンにとって恥ずかしい行為に当たるらしい。

 俺は思わず真顔になってうなずいちまったよ。



「じゃあ、どうすればこの花畑から出て行ってくれるの?」


 俺は何事もなかったように話を再開した。



『うむ。実はこの花畑であるものを落としてしまったのだ。それが見つかればワシはすぐにでもここからいなくなるであろう』


「そっか。その探し物とは?」


『うむ。金髪の人形じゃ。サイズは畑の周りを飛んでいる妖精くらい。ワシはそれを探しておるのじゃが、見つかるのは常に別の人形もどき。妖精達なのだよ。おかげで何体口の中にふくんだことか……』


 なぜに口にふくむ。

 でも、これで妖精達が追い回された理由もわかった。


 その妖精に似た人形を探しているから、近くに来た妖精を捕まえて(襲って)いたわけか。



 納得の答えが得られ、俺はうなずく。



「それなら、協力しよう」


『なに? よいのか?』


「ああ。妖精達に頼まれたからな。むしろ、俺だけじゃなく妖精達にも事情を話し手伝ってもらうのはどうだ?」


『む? 確かにその方が見つかる可能性も高まるか……』



「なら決まりだ。妖精にも強力を頼むから、探す間花畑を掘り返すのはやめるんだ。妖精達が困っている」



『うむ。わかった』


 俺の言葉にユニコーンは大人しくなった。

 ため息をついて空を見ている。


 俺はユニコーンを待たせ、一度妖精達の元へ戻った。



「なにか話してた」

「言葉、わかるです?」

「サムライ凄いのだ」



『相棒はドラゴンの言葉も理解できるスゲェ男だからな。ユニコーンの言葉も理解するくらい朝飯前よ!』


 オーマがなぜか自慢する。

 いや、それは君のおかげなんだけどな。



「さすがサムライ」

「凄いです」

「のだ」



「それで、ユニコーンは今君等と同じくらいのサイズの金色の髪をした人形を探しているんだ。どうやらこの花畑でなくしたらしく、そのせいで君等もそれじゃないかと勘違いして捕まえたらしい」



「そうなんだ」

「なのですか」

「だからなのだ」



「というわけだから、今ユニコーンには大人しくしていてもらっている。あとはみんなに声をかけて花畑に落ちているだろう人形を探すんだ。そうすれば花畑からユニコーンはいなくなるから!」


 俺の言葉に妖精達はぴょんと飛び上がった。


「がってん!」

「がってんです!」

「がってんなのだ!」



 気合を入れるためなのか、三体は螺旋を描いて上に飛んで行く。

 そしてそのまま弧を描き、彼等は妖精の里へ戻って行った。


 直後、ずわわあぁぁぁという鳥の群れでも飛んでるんじゃないかと思うような音とともに、ものすごい数の妖精が花畑へ飛んでいった。

 羽があるものはない者を抱え、扇形の波が花畑に殺到し、そして広がってゆく。


 唯一ユニコーンが待っているあたりだけは避け、妖精達は落ちているはずの人形を探しはじめた。



「おおー。これならすぐ見つかるかな」

『ああ。きっとすぐ見つかるぜ』


 人海戦術というのはすばらしい戦術だと思う。

 ただし、そこにそれが本当にあるのなら……


「さて、俺達も手伝うか」

『おうよ!』


 ユニコーンのあたりは妖精達はあまり近寄ろうとしていない。

 そこを俺がフォローすべきだと思ったからだ。


 花畑に改めて入ろうと、花の隙間を探し足を動かした。



 こつん。



 その瞬間。足の先になにかが当たった。

 石でも蹴飛ばしたか。と思い、足元へ視線を落としてみると、そこに妖精サイズの人形が転がっていた。


 例えるなら、フランス人形のような、金髪でフリフリなドレスを着た人形だった。



 俺が今いる場所は花畑から出たところ。

 そこは、見事に範囲から外れているところだった。


「……」

『……』


 見下ろした俺とオーマが無言になる。


 まさか。と思う。

 これが、ユニコーンの探し物?



 だが、サイズこそ同じだが、フリフリなドレスを着た人形は明らかに妖精とは違うモノだ。



 とりあえず確認をしなければはじまらないので、俺はそれを拾い上げ、「これかー?」と声をあげた。



 すると、俺の周りにわーっと妖精とユニコーンが駆け寄ってきた。



 最初妖精達が一斉に俺に群がる。


「おお、仲間。知らない妖精がいる!」

「いるです! 動かないです!」


 これ君等のお仲間じゃないよ! ただの人形だよ!


 君等もユニコーンと同じで人形と妖精の区別つかないのかよ!



 次いでユニコーンがやってきたら、蜘蛛の子を散らすかのように逃げていったけど。

 どんだけ嫌がられてんだよこのお馬さん。



 ユニコーンは俺が持ち上げた人形をまじまじと見て、くんくんと匂いをかいだ。


『これだ! これ!』


 ユニコーンが喜びの声をあげる。



 どうやら探し物はこれでよかったらしい。



『いやー。これはワシが最近恋をした乙女にもらったものなんじゃ。よかったよかった』



 ああ、なんで人形なんかを。と思ったらそういう理由だったのね。


「ならよかった」


『それをワシの角に引っ掛けてくれんか? さすればここから去るでな』


 人形の手と足は輪を描けるようになっていて、なにかに抱っこするような形をとることが出来た。

 それをして、角につけろと。


「……」

『……』


 なぜか気まずい空気が俺とユニコーンの中に流れた。



『悪いか!』



 ……開き直りおった。


 深くは聞かないでおくことにしよう。

 ユニコーンの闇は深い。


 俺はそう考え、指示通りその角へそれをひっかけた。あくまで、ひっかけたのだ!



 綺麗に角を抱きしめる形となった人形を確認すると、ユニコーンはどこか至福の表情を浮かべる。


『ほわあぁぁぁぁ。うむ。これ。これじゃぁ……!』


 変な声出すな。

 思わずため息が出ちゃうよ。



『感謝するぞ若者よ。また会うことがあれば是非美女を連れてきてくれ。そして角を再び! では、さら……』

「いや、待った」


 去ろうとするユニコーンを制して背をむけるのを止める。


 せっかく探し物を見つけたのだ。お礼の一つくらいもらいたい。

 俺はそう思い、声をかけた。



 俺が望む御礼。それは……!



「ちょっとでいい。ちょっとでいいから、モフらせてくれ」


『モフ? なんだかわからんが、確かに礼をしないというのもなんだな。ちょっとだけなら許そう』


「そうか。なら……」


 俺は、ユニコーンに手を伸ばした。

 久しぶりの話になる気もするが、俺は動物を撫で回すのが好きだ。


 主に小動物をモフモフするわけだが、たまには大型の獣を撫で回すのも悪くないだろう!

 中身は変なおっさんだが、ユニコーンには変わりない! それを撫でる機会なんてそうないからな!



 俺はユニコーンの頭から首から胴体から尻尾までをモフモフしながら撫で回す。



 よーしよしよし。


 撫で回す。



 よーしよしよしよしよし。


 撫で回す!



 よーしよしよしよしよしよしよし!


 撫で回す!




 ──この後、この光景を見ていたオーマはこう語る。



 それは、楽園に生まれた地獄であった。と……



『相棒の手がヤツの体をなぞり、うごめくたび、あのユニコーンがなんとも言えない声をあげたんだ。それはおれっち達には喜びの声なのか、苦しみの声なのかなにを意味する声なのかはわからなかったが、ただそれはヤツに対する罰であったということはわかった……』


 オーマはその時のことを思い出し、その刀身をカタカタと震わせた。

 それは言葉を発する時の動作だけでなく、どこか恐怖が混じっているようにも見えた。


『畑を荒らし、探し物も見つかったらはいさようなら。なんてのは道理が通らねえ。だから相棒は、礼を求めるフリをして罰を与えようとしたのさ』


 もだえるユニコーンを見て、場にいた全員がそれを理解した。

 ただ撫で回しているだけだというのに、それはまるで、地獄の炎で焼かているかのようだった。


 それは喜びのようにも見え、だが喜びがつきぬけ、地獄に落ちたかのようにも見えた……


『ひょっとすると妖精達には相棒がなにをしていたのか理解できなかったのかもしれねぇ。あれを見て喜んでいるような騒ぎをしているのもいたのだから。いや、だからこそ、相棒は自分がそれをやろうと考えたのだろう。相棒の手から開放されるのと同時に、ユニコーンは逃げるようにしてその場から駆け出した』


 風のように速く、悲鳴のような泣き声を上げ妖精達の前から去っていった。


『二度とこの花畑にゃ近づかねぇだろうな。おれっちはそう思った。全てが終わった相棒は、どこか満足したかのように達成の息をはいた。その瞳には、罰を与えたというもの悲しさが浮かんでいたのをおれっちは見逃さなかったぜ。だが、いくら人形を探すためとはいえ妖精達に迷惑をかけたんだ。その反省はしてもらわにゃならねぇ。相棒がやらなきゃ誰がやるってもんさ……』



 そう、オーマは締めくくった。



(逃げられてしまった。初めての相手だから加減がわかららずやりすぎたか。反省しないと……)



 ツカサがなにを思ってしょんぼりしていたのか、それは本人以外誰も知らない……




──ユニコーン──




 ワシは走った。

 必死になって走った。


 ただひたすらに走った!



 なんてことだ。

 なんてことだ!


 あんな小僧の手で悦びを感じてしまうなんて。悦んでしまうなんて!!



 あの手の感触を思い出す。



 あぁ、いかん。いけない!



 思い出しただけで顔が緩む。ワシはもう、ワシはもう健全なユニコーンには戻れないかもしれない。

 だって、あの悦びを知ってしまったのだから!


 そう思うと体に恐怖が走る。しかし同時に、歓喜も走った。



 この相反する感情。

 それゆえワシはあの場から必死に逃げ出した。



 あれ以上あの場にとどまれば、完全に目覚めてしまうから!



 だが、すでに手遅れだったのかもしれない。



 ワシは、思う。



 男の子も、いいかもっ……!



 ワシは、新たな扉を開いた気がした……




──ツカサ──




 ユニコーンがいなくなるのを確認した妖精達はわっと喜びの声が上がった。



「これで蜂蜜作れる!」

「作るです!」

「再開なのだ!」



「みんなー、やるよー!」

「おー!」



 妖精達は一斉に手を上げると、羽のある者は花にむかい、羽のない者は里へと駆け出し蜂蜜を集めるためのでかい容器らしきモノを組み立てはじめた。


 妖精達が一団となり、さっき人形を探していた時と同じように群れを成して花畑の上を飛んで行く。

 同様に羽のない一団はテキパキという音が聞こえてきそうな速度で入れ物を組み立ててゆく。それは例えるなら台のついた樽のようなものだった。


 ざあっと空飛ぶ一団は出来上がった木製の樽へと群がってゆく。


 その群れは樽の周りで渦を巻き、さらになぜか樽もクルクルと回りはじめた。



 くるくる。

 くるくるくる。



 しばらく回転すると、その渦は樽からはなれ、樽だけがものすごい勢いで回転することになった。


 ぎゅいーんという音を立て、しばらく樽だけが回転すると、徐々にその回転も弱まり、とまった。



 とまるのを確認すると、羽なしの妖精がその台をよじ登り、樽の下についていた蛇口を力いっぱいひねった。



 すると、蛇口の下に置かれていたビンにむかって黄金色のどろりとした液体が流れ落ちる。



 甘い匂い。それが少し離れた俺のところにまで匂ってきた。

 その匂いはまさに蜂蜜。


 見事な蜂蜜の匂いに、俺はおぉ。と驚きにも似た声をあげる。



「はい、どうぞ」

「はいです」

「なのです」



 最初に俺に絡んだ三体がそのビンを持ち上げ、俺に差し出した。



「ん?」


「約束したモノ」

「お礼なのです」

「遠慮なくなのだ」


「ああ、そっか」

 そういえば人間界に帰してくれる以外にそんな約束もしたっけ。


 三人の妖精は嬉しそうにニコニコとそのビンを俺に突き出している。



 これは拒否する方がいけないことかな。と思ったので、素直にそれを受け取ることにした。



「もらっておくよ」

 俺がビンを受け取ると、妖精達はテキパキとその口を特性の紙と紐でふたをしてくれた。

 これは紙だけど金属の蓋よりしっかりと閉められると自慢までされたほどのものだ。


 なので、ひっくり返してもこぼれないし、このままなら水に沈めても大丈夫という優れものなんだとか。


 それはすげぇな。



「出来立ての今が一番美味しいので、お早めに召し上がるのをオススメします」

「するです」

「なのだ」


「一日たつと味が落ち着いて以後百年持つのでそれからはお好みにどうぞ」

「なのです」

「なのだ」


 後半二体口を開く意味がるのか?

 なんて思ったけど、妖精さん達が素敵な笑顔を浮かべていたので口にするをやめた。



「あと、これを」

 羽のない妖精さんがぴょこぴょこジャンプして俺に木の枝を渡してきた。


 妖精のサイズだと木刀のようだけど、俺にしてみるとペンより小さな木の枝だ。


「これは?」


「この幻妖界に出入りするためのものです。穴を作ってひゅーとこれます」


「ああ、来る時落ちたのはこれのせいか」


「それかもです。でもたまに勝手に穴開きます。そっちかもです」


 自分があけたと言う人がいない限り真相は闇の中か……



「でも、これがあれば自由に行き来できるのでまた来てください!」

 羽の生えない妖精がにぱーっと笑った。



「蜂蜜なくなったらまたもらいに来てください!」

「たくさんあげるです!」

「リンプンだってつけちゃうのだ!」


 例の三体もその枝の周りをくるくる回ってそう主張してきた。



「わかった」

 俺がそれを手にすると、妖精達がわっと喜んだ。



 ユニコーンの落し物を探しただけだってのに、大層な感謝のされ方である。



 使い方は割と簡単だった。

 細い方で円を描くと穴が開き、太い方で円を描くと窓が出来る。窓を作ったあと細い方でそれをつつくとそれがそのまま穴になる。


 穴はこの幻妖界と人間界を行き来するもので、窓はそちらを見るためのものだ。

 窓は向こう側からは見えないようになっていて、見つからないように出入りするための知恵らしい。


 あとは出たい場所を思い描いて円を描く。

 出たい場所が正確に思い浮かべることが出来れば、どの場所からでも自由にこの妖精の村や人間界の好きな場所へ移動できるというわけだ。


 こいつは便利だな。


 ちなみに、行き来する分にはこぶし大の大きさの穴でいいらしい。大きいと逆に俺みたいに落ちて迷いこむ可能性があるそうな。気をつけないと。

 それと、窓の中に円を描くとそこに小さな穴を作ることも可能らしいけど、それに意味があるかはわからない。



 そうして俺は妖精達に見送られ、それを発動させた。


 空に窓が開き、元いた場所が見える。



 人間の世界からは地面。こっちの世界からは空に円を描くとこうして穴が開くらしい。



 穴の向こうでざわざわと木々が揺れているのが見える。

 あたりに人がいないことを確認すると、枝を反転させそれを穴に変えた。


 俺が手を伸ばすと、そこに体が吸いこまれていくのがわかった。


 この感覚は、ここに来る時穴に落ちたのと同じ感覚だ。



 ふわりと小さな浮遊感を感じた直後、俺は元の森へと戻ってきていた。



 手元には蜂蜜入りのビンと出入りのための小枝が一本。


 異世界まできて白昼夢を見ていたわけじゃないのが確信できた。



『……どうやらおれっち達があの穴に落ちてからほとんど時間がたっていないみてえだな。あそこはやっぱり、ちょっとした異空間のようだぜ」


 やれやれと、オーマが言う。

 時間の流れが違う。俺にわかりやすい言い方をすれば竜宮城のようなところだったのだろうか。時の流れの速さは逆のようだけど。


 まあいいか。



「さてと、確かリオはミックスと料理を作るって言ってたな」


 妖精にもらったこの蜂蜜はとれて一日の今が一番美味しいとのことなので、この機会を逃す理由はない。せっかくだから、この蜂蜜を使ってもらうとしよう。



 俺はうなずくと、リオ達が料理しているだろう場所にむかって歩き出した。




──リオ──




 おいらとミックスは野外炊飯をするために作られた外の調理場にいた。

 別荘の中ではメイドやマクスウェル騎士団の人達が闊歩しているから、ミックスをつれての料理は出来ない。でも、別荘から離れたここならそいつらに見つからず料理が出来るって寸法ってわけさ。


 しっかし、金持ちは凄いね。外で野営をするためじゃなく、景色を見ながら楽しむための台所があるんだから。


 パンを焼くための石窯まで置いてあるし、一体なに考えてんだよ。



 あとで聞いたことだけど、マクスウェル領は北の蛮族との戦いから野営することも多いらしくて、その時調理器具の少ない状態でも美味しい料理が作れるようにと料理人に訓練させるための場所がここなんだそうな。

 美味しいモノを食べられればその分力が出せるからって、領主であるマクスウェル家の人もここで調理を習ったりするんだと。


 ついでにここみたいな野外炊飯の設営を可能にするためのキャンプ訓練場所もあったりするんだとさ。そこでここにある石窯なんかの組み方を学ぶんだって。騎士団の奴等もふんぞり返ってるだけが仕事じゃなかったんだな。



 それはさておき。



「さてと、今日はなにを作る?」


 大体の予定は聞いているが、改めて聞く。


 とりあえず今回は家族に振舞って驚かせたいとのことだった。

 おいらもマックスを驚かせるのもおもしろいと思って手伝うことを決めたのだ。



「はい。今回はパンケーキをふるまいたいと思います!」


 元気な返事が返ってきた。


 おお、シンプルなヤツを選んできたな。



「基本混ぜて焼くだけだから失敗の少ないヤツを選んだか。いいんじゃないか?」

 その分奥も深いみたいだけど、それはまあ別の話だ。



「はい。夕飯などもありますし、本当はケーキとか振舞えればカッコいいのですが……」



「さすがにそいつはおいらも作れないな」


 そういうお菓子系はおいらも専門外だ。そもそもこういうところじゃ作れない代物でもあるしな。

 魔法の調理器具が必要になるし。



「ですから、パンケーキです!」


「ああ。任せろ。材料はたくさん持ってきてあるからな!」


 重量軽減と内部拡大の魔法がかかった袋からその材料を取り出した。



 小麦粉、卵、ミルク、必要なモノは一通りそろっているはずだ。



「すごいですね、これ」


 袋から次々と出てくるのを見て、ミックスが目を丸くする。


 まあ、おいらがもらってきたヤツじゃないけどな。



「パンケーキを焼いたあと、なにをかけるかとかは決まっているか?」


「あ、そこまでは……」


 とりあえずパンケーキを焼くとしか考えていなかったようだ。


 お貴族様ならクリームなんてのも食したことあるだろうけど、魔法のない外のここじゃ作るのは難しい。

 お手軽なのは蜂蜜だけど、それは手にして……



「へー、今回はパンケーキ?」



 最後の仕上げになにをしようと相談していると、ツカサがやってきた。



「なら、丁度いい」



 ツカサはそう言い、手にしたビンをもちあげおいら達に見せた……




──???──




 ……ついにきた。


 ついにこの時がやってきた。



 憎きマクスウェル家よ。

 今日こそ、今日こそお前達に鉄槌をくだしてやる。



 家ののっとりはすでに諦めた。


 だが、マクスウェル家を滅ぼすことは諦めていない!



 今日、ここに訪れたチャンスを利用すれば、あの血族全てを消滅させることが出来る。

 ならば、このチャンスを逃すわけにはいかない!



 あのおてんば娘、ミックスがなにを思ったのか料理に目覚めた。


 客人としてやってきた帽子の小僧と一緒に外の調理場でなにかをやっている。



 メイド長のマーサに知られれば間違いなく取り上げられるとわかっているから、あの小僧と秘密裏にやっているのだ。



 だがそれは私にとって好都合。

 誰もがとめるその行為を、私だけは容認するという行動が取れる。



 これは、最初に得ようとした信頼と同じ!


 これならばミックスと共に食べ物を持ってあの一家団欒の場へ侵入することができる!



 意気揚々とカートを押してやってきたミックスを廊下で出迎える。



「メ、メッチェ!? どうしてここに?」



 メッチェとは私の名だ。

 あの悪漢が襲撃してきた時ミックスと共にいて、腕を怪我したメイド。それが私。


 あの時ミックスを庇い信頼を得ようとして出来なかったが、それはもうどうでもいい!



「ご安心くださいお嬢様。私はとがめたりはいたしません。むしろ……」


 にこりと微笑み、私は用意しておいたポットを取り出した。



「紅茶を用意しておきました」



「まあ!」


 にこりと微笑んだ私に、ミックスは喜びの笑みを浮かべた。



 かかった!



 私は心の中でほくそえむ。


 このお嬢様が用意していたのはパンケーキ。ならばそれに紅茶はつきもの。

 それを準備しておけば共にあの一家団欒の場へ入室してもおかしくはない!


 そしてそれは成功する。



 ミックスはなんの疑いもなく私を連れ、マクスウェル家全員そろった談話室へ案内してくれた!


 ミックスがノックをし、私は先行して扉を開け、紅茶のポットと共にそこへもぐりこむ。



 ふふっ。襲撃で完璧な信頼を得たとは言えなかったが、それを補うタイミングを利用することでそれを実現させた!



 ついにこの時がきた!!



 私の手にある紅茶ポットの中には毒が仕込まれている!



 ここに来る前、魔法使い殿より預かったあのビン。


 その中には遥か南に存在する砂漠にのみ存在するバミラと呼ばれる蛇の毒が入っていた。



 あの魔法使い殿が用意してくれたこの毒は、無味無臭でありながらひとたび口にふくめば一日苦しみにのた打ち回り、喉と胸をかきむしって死んでゆくという猛毒だ。


 これの恐ろしいところは、発見されて五百年はたつというのに今だ解毒剤が存在しないということだ。

 命を救う唯一の方法は、全ての毒や病を癒す万能の霊薬などの魔法の品を使う以外にない。


 とても有名な暗殺毒であるが、それゆえ流通は限られ、この国に入ってくるのはまずありえないと言っていい代物である。


 私のような領内から出たこともないただのメイドがそんな毒を手に入れられる手段があるわけもなく、入手の捜査線上にはまずあがらない。



 対して旅を続けてきたというサムライはどうだ?



 万一ヤツの荷物からそれが見つかれば、かのサムライならば持っていてもおかしくはない。誰もがそう思うだろう。


 ゆえに、この毒で全てを始末し終えたのち、サムライの荷物にあのビンを隠せば全ての罪はヤツにかぶせられる!


 襲撃を警戒して外にいるあの小僧は、知らぬ間にマクスウェル領主を殺した大罪人となるわけだ!

 全ての罪はヤツにかぶってもらい、ヤツも一緒に消えてもらう。


 それが魔法使い殿が立てた新たな策だった!



 あとはこの猛毒入りの紅茶をマクスウェル一家に飲ませるだけで我が復讐はなる!



 三百年前より何度も何度も我が一族を退け続けた憎きマクスウェル一族よ。


 お前達に敗北を続けた我が一族はかの地で地位を失い、この地へ逃げ延びるしかなかった。

 敵の領地へ逃げねばならぬとは、その屈辱貴様等にはわかるまい!


 お前達さえいなければ、私もこんな辛酸味わうこともなかった!!



 だが北の氏族唯一の生き残りとなったこの私が、今日、お前達の歴史を終わらすのだ!



 あとは遠縁の者でも適当にたらしこみ、この地を我が物にすれば、すべては終わる!



 憎き復讐は終わる!



 ミックスの押していたカートから人数分の皿とパンケーキが配られ、最後の仕上げと蜂蜜がかけられた。

 私は一緒に、毒入り紅茶の入ったカップを置いてゆく。



 部屋の中の一家はミックスの行動に驚きを隠せないようだ。


 まさかこのおてんばなお嬢様が料理を覚えていたなどとは夢にも思っていなかったらしい。



 ミックスはその反応に満足するように、悪戯成功といわんばかりの満面の笑顔を浮かべている。



「さあ、お父様もお母様もお兄様も召し上がれ!」



 その満面の笑顔に、家族は顔を見合わせ、全員が恐る恐ると一口サイズにそれを切り分け、フォークでさした。



 全員どこか及び腰なのはやはりミックスお嬢様が作ったからだろう。

 包丁も握ったことのないお嬢様の手作り料理なのだから、警戒するのも当然と言える。


 だが、それを口にしないという選択肢は彼等に存在しない。



 なにせ作ったのは愛しい娘か妹。その彼女ががんばって作ったモノを口にしないなんてありえないからだ!



 味が悪いならば私にとっても好都合。

 誰もが口直しに紅茶を口にする。


 そうでなくとも蜂蜜がたっぷりかかったパンケーキを食せば、口直しに紅茶を口にふくむのは道理。


 紅茶を並べ終わった私のすることは、待つこと。もうするべきことはない!



 わくわくとした視線に耐えられなくなったのか、ついに意を決したマックスが一口大に切ったそれを口に運んだ。




 ぱくり。




「っ!」


 それを口にした瞬間、マックスの目が大きく見開かれた。


「う、うまい! こんなパンケーキ初めて食べたぞ!」

「おお、本当だ。こんなに美味しいのはじめてだ!」


 食べたマックスが驚嘆の声をあげ、次いで食べた現領主レックスも驚きの声をあげた。



 続いて元領主夫妻もそれを食し、驚きの声をあげる。



「これは凄い。特に蜂蜜が絶品だな」

「ええ。誰よりも美味しいパンケーキかもしれませんね」



「えへへー」


 口にした全員が絶賛する。


 絶賛にはにかんだミックスも、ほっとしたように席につき、自分の分のパンケーキを口に運び、その出来に驚きの表情を浮かべていた。



 い、意外! 料理なんてほとんど経験がなく、初めて作っただろうにこの絶賛とは。

 さすがマクスウェル家の血族といったところかしら。


 天才はなにをやらせても天才なのね……!



 いつの間にか、誰も声を発さなくなっていた。

 まれにナイフがどこかにぶつかる音が小さく響くのみである。


 一家全員、この一皿にのみ集中している。


 いつもいいもの食べているだろうに、そこまでもくもくと食べるとはそれほど美味しいものなのなのね。



 ふふっ。そんなことどうでもいいわ。最後の晩餐にそれだけのものが食べられたのなら本望でしょう?


 だから、一息ついてその地獄の釜を一口口になさいな。



 わくわくとしながら、私はその時を待つ。



 皆が一息つき、一斉に紅茶のカップを手に取った。



 ついにこの時がきた!



 さあ、飲むのよ。



 さあ!



「ふふっ。こんなにも美味しいミックスのパンケーキに、乾杯だな」


 全員がカップを手に取ったのを見た元領主。クロカッスが乾杯の音頭をとった。



 全員が小さくカップを天にかかげ、そのパンケーキの出来を祝うようにして、一斉にその毒入り紅茶を……




 ……口にした!




 ごくん。と全員の喉が一斉に動く。



「ふっ。ふふふ。ふふははははは!」



 それを確認し、私は思わず笑みをこぼしてしまった。



「飲んだ。飲んだな!」


 醜く笑い、全員の死を確信し、私は抑えることが出来ず笑ってしまう。



「どうしたメッチェ?」

 いきなり笑い出した私を、マックスがいぶかしみ、全員が視線をむけてくる。



「笑うのも当然! お前達が今飲んだのはバミラの毒入りの紅茶!」


「バミラだと!?」

 マックスが腰を上げた。


 他の者は驚きを隠せないよう目を見開き、手を止めている。


 当然だ。それは解毒剤が存在せず、口にすれば一日以上苦しみ、のたうち回って死ぬという毒だからだ。



 そんな者を飲まされたと言われれば、驚愕するのも無理はない。



 だが、どんな反応をしても無駄だ。



「そう。すぐに喉が焼け、苦しみにのたうまわる! これが我が復讐、貴様等に退けられ、地位を失った我が氏族の汚名もすすげる! さあ、恐怖にその顔をゆがめろ!」



「……貴様が!?」

 私の出自を聞き、全員が顔をゆがめた。


 気づいたところでもう遅い!



「喉が焼けてきただろう!?」


「……くっ!」



「苦しみにのたうち……のたうちまわ……?」


「……ん?」



「苦しいだろう!? 苦しくないのか!?」



「……?」



 マクスウェル家の奴等全員が互いに顔を見合わせるが、誰も苦しもうとしなかった。


 全員が、首をひねる。

 私も首をひねった。




「バミラの毒を飲んだというのになぜ苦しまない!!」




 私は驚きを隠せない。


 確かに私は毒を入れた。

 間違いなく入れた。


 だというのに、なぜ誰も苦しまない!



 むしろなんか全員調子がよさそうだ。気管支の関係でこの別荘に療養に来ている奥様なんて暇があれば咳していたのにまったくそれがなくなっているんだから!



「一体なにが、なにが起きている……?」


 毒を盛ったはずの私が一番混乱していた。



 マックスが手にしたカップに視線を落とし、ソーサーの上におろした。



「偽物でもつかまされたのではないか?」



 マックスが私に哀れみの視線をむけてきた。

 そんなことはない! だとすれば、勝利宣言までした私は滑稽を通り越して間抜けでしかないじゃないか!



「そんなわけ。そんなわけ!」


 私はそんなわけはないと、ポットを手にして近くにあった水槽へ紅茶をたらした。


 こんなことをすれば自分が毒を入れたと完全に自白することとなるわけだが、毒を盛ったということを証明しようとする私は気づかなかった。



 紅茶の赤い色が水槽の水に溶ける。


 すると即座に中にいた観賞魚がぴくぴくと震えだし、苦しそうに腹を逆さにした。



 それは間違いなくこのポットに、そしてカップに毒が入っていたことを肯定する動きだった。



「ほら!」



 私の勝ち誇った顔に、一家は驚きを隠せない。


 当然だろう。本当に毒はあったのだから!



 って、だからなんでお前等毒が効いてないんだよ!!



 私は余計に混乱した!



 どうして毒が効かない。まさかマクスウェル家というのはバケモノの集まりなのか!?

 いや、あの奥様は一族とは別の人間。むしろ体の弱い嫁だ! それにまで効かないというのはおかしい!



 一体なにが起きているの!?



「……ミックス。この料理、なにか特別なことをしたのか?」


 マックスがはたと気づき、ミックスに問う。

 魚になくて一家にあったもの。それがこれだ。


 毒を入れた紅茶に問題がないとすれば、こちらになにかがあるという推理も成り立つ……



 だが、ミックスは首をひねる。

 心当たりがないかのように……



「特別なことはなにも。あ、ただツカサ様から蜂蜜をいただきました。なんでも森でもらった今日だけ味が特別な蜂蜜だそうですけど……」


「蜂蜜?」

「確かにこの蜂蜜は絶品でしたね。まるで……」



 奥様の言葉が響いた瞬間、まさか。という衝撃が場に走りぬけた!



 全員の視線がパンケーキにかけられず残った蜂蜜に集まる。

 マックスが慌ててその容器を持ち、中に残った蜂蜜をスプーンですくい水槽に混ぜた!



 するとどうでしょう。


 そこには水槽を元気で泳ぎまわる観賞魚の姿が!



「毒の効果が一瞬にして消えた! やはりこれは、伝説の妖精の蜂蜜!」



 妖精の蜂蜜!


 私は衝撃を受ける。



 妖精の粉と同じく伝説の代物。

 粉は外傷を癒すのに対し、蜂蜜は毒や病などに侵された体を一瞬にして健康に戻すとされる伝説の食材にして奇跡の霊薬だ!


 これがあればいかにバミラの毒といえども意味がない。全ての毒も病も無意味とされるのだから! 癒されてしまうのだから……!


 バミラの毒を解毒出来る霊薬が一つ。それが妖精の蜂蜜なのだ!!



 その瞬間、全員の視線が奥様に集まった。



 さっきから全然咳をしていない。その理由が今理解できた。

 妖精の蜂蜜が本物ならば、その病も消えているのも当然……!


 癒えるのも必然!



 私の膝が、カタカタと震えた。



「う、うそ……」


 ありえない。

 誰がこの蜂蜜を用意したのか、ミックスが言っていた。


 これを用意したのは、あの伝説の男。



 伝説のサムライ……!



 ありえない。ありえないと私はつぶやく。



 目の前にマックスとレックスの無敵兄弟が立ちふさがった。


 毒を盛った私を捕らえるため、私に近づいてきている。



 だが、これが現実だ。



「そんなっ。サムライは、自分が狙われていると勘違いしているはず。だから警戒して外にいたんじゃないの? なのに、なんで? なんでこの一家が狙われているとわかったの? 私達の計画をどうやって見切ったの? いつから? なぜこの計画がありえるなんて……」


 わからない。

 全然わからない。


 こうまで完全に対策をされているなんて、理解が出来ない。



「ふん。愚かなことよ。ツカサ殿を甘く見ていたようだな。ツカサ殿ならば、そのような不可能と思えることでも鼻歌交じりにやってのける!」


「う、うそ……」



 私はそのまま、膝をついた……



 私達の敗因。

 それは、サムライがこの地に現れたこと。



 これ以外に、ない……




──ツカサ──




 余った食材を捨てるのももったいないということで、俺とリオもパンケーキを焼いて外で食べていた。


「うまいな。これ」

「へへっ。おいらもそう思うよ。ツカサの持ってきた蜂蜜も絶品だね!」


 俺はうなずいた。

 リオの作った生地も絶妙というのもあるが、やはり別格なのはこの妖精の蜂蜜だ。


 妖精達は作りたてのこの一日が一番うまいと言っていたが、その看板に偽りはなかった。


 こんなに濃厚で深い甘みのある蜂蜜は初めて食べた。しかもそれでいてしつこくなく、いくらでも食べられそうなさわやかさまである。

 まさに味の異世界。ファンタジー世界に相応しい食材である!


 やばいね。俺これ以外の蜂蜜食べられなくなっちゃうかも。そう錯覚してしまうほどの味だった。



「ホント、すごいよこれ。こんな蜂蜜、一体どこで手に入れたんだよ?」


「ああ。それはそこの森で妖精にもらったんだ」



「ぶーっ!」


 俺の言葉を聞き、リオが牛乳を噴出した。



「作りたての今日が一番うまいって言うから……って、大丈夫か?」


「だ、大丈夫ってか、妖精の蜂蜜!? 妖精の蜂蜜って、妖精が作ったって蜂蜜だろ?」


「そうだぞ?」

 どうやらリオも妖精の蜂蜜のことは知っているようだ。

 まあ、これだけ美味いんだから伝説の食材とか言われていてもおかしくないよな。


「へ、平然と言った……」

 リオがなぜか唖然としている。



(お、おいら一人でたくさん食べちまったよ。あのスプーン一杯でどれだけの値段になったんだ!? アレだけで六、七桁はくだらねぇレベルの値段のはずだよな確か……)



『くくく』

「オーマも笑って! これがどんなものか知ってて笑ってんだろ!?」


『そりゃ笑うだろうさ。おれっちの期待通りの慌て方しやがって』


「む、むー!」


 オーマに笑われ、リオが顔を真っ赤にした。



「まあまあ。なくなったらまた貰ってくるから。遠慮なく食べていいぞ」


 妖精さんのところ行けばまたもらえるだろうし。



「……」

 あ、リオが頭抱えた。


「い、いや。おいらが悪かったよ。うん。おいらが悪い。だってツカサだもん。おいらの常識と比べたのが間違いだった……」


 なんか失礼なこと言われている気がする。


『くくく』

 オーマは笑っている。



「でも、いいや」

 リオが諦めたように顔を上げた。


「こんなうまいのなら、あいつも家族にうまいって言ってもらえただろうから」


「まあ、蜂蜜がなくても十分おいしいからな。マックスなんか腰抜かしているんじゃないか?」


「ははっ。そりゃありえるね」


 俺とリオは笑いあった。



『そういやそろそろマックスの親父との顔合わせじゃねーか?』

「そういえばそうだな」


 準備が出来たらマックスが呼びにくるてはずになっているんだけど、なかなか来ないな。



「ミックスのパンケーキがあんまり美味しいからそっちに食べるの夢中になってて忘れてたりしてな」


 リオがにひひ。と笑った。


 確かにそれはないとは言い切れない。



 ざわざわ。

 ざわざわざわ。



 そうしていると、なにやら別荘が騒がしい。


「なにかあったのかな?」

『マジで屋敷全体で話題になってるのかもな』


「だとすれば誇らしいね。おいらは」



『逆に相棒をお招きするための準備で誰かやらかしたのかもな』



「あー。それもありえたか。だとしたらまだ待ってた方がいいのかな?」


「まあ、どのみち俺達はお客様だから下手に動かない方がいいだろ」


 本当にお招き準備の失敗だったら気まずくなるし、なんか危険なことがあっても俺じゃ役に立たない。

 だから、こういう時は待つのが一番!


 下手に動いて妖精達の一大事に巻きこまれた反省が今まさに生きている。



 というわけで俺達は残ったパンケーキを食べながら待つことにする。



「リオ、ほっぺたに蜂蜜ついてるぞ」


「んっ」

 うまい物食べて口元べたべたにするなんてまだまだ子供だな。


 ナプキンを取り、その口をふいてやった。



「ツカサ殿ー」


 パンケーキも食べ終わり、片付けも終わって待つことしばし。



 やっとマックスが呼びに来た。



「んじゃあちょっと行って来るか」

「ああ!」


 俺が立ち上がると、リオもぴょんと席を立った。



「あ、リオはこちらだ」

「なんだよいきなり」



 立ち上がったリオの背中を押し、入り口で待機しているメイドのいる方へ押した。



「ん? どういうことだよ?」


「せっかく拙者の父上に会うのだ。そんな格好ではなくきちんとした格好をしてもらうぞ」


「はあぁぁぁぁ!?」


 リオの格好は男物のシャツとズボン。それにまとめた髪を隠す大きめの帽子。

 いわゆる男装した姿だが、さすがにその格好のままでお父上にあわせるわけにはいかないみたいだ。



「拙者はそのままの姿でいっこうにかまわんが、ツカサ殿まで礼儀知らずと思われていいというのならかまわんぞ」


「んぐっ……!」


 いや、俺は別にかまわないけどね。俺だって着替えるわけじゃないし。オーマ持ったまま会うつもりだし。



「わかったわかった。でも変なことすんなよ!」


「するわけなかろう! ただちょっと着せがいがあれば悪乗りするかもしれんが!」


「それが変なことだってんだよ!」


「それじゃあ、お着替えしましょうか」

「きゃあ、凄く肌綺麗!」

「これはお嬢様同様着せがいがありますね!」


 わーわーきゃーきゃー言いながらメイド達がリオを連れて行った。

 ミックスを蝶よ花よとお世話しているから変なことはされないだろうけど、大丈夫だろうか?



「ご安心くだされ。今日の料理で彼女達も考えを改めました。挑戦させずなにもさせないことが間違いであったと。ですから、リオにもきっと恥もかかない最高の結果となるでしょう!」



 ……なんか逆に悪化したような気もする。


 でもまあ、密室で行われるそれを俺がとめる手立てはない。

 俺は祈ることしか出来ない無力な子羊だ。リオ、がんばれ!



 そう、心の中で応援しつつ、俺はマックスに連れられ別荘の中へ入っていくのだった。




──マックス──




 リオを着替えに行かせ、拙者はツカサ殿と二人で別荘の廊下を歩いている。



「ツカサ殿!」


 拙者は意を決して立ち止まり、ツカサ殿を振り返った。



「ありがとうござました! 後に父も礼を言うと思いますが、先に拙者からこの感謝の念を伝えたく……!」

『感謝ッ!』


 拙者は先ほどの事件について、深々と頭を下げた。

 ツカサ殿のさりげない英知がなければ、拙者達マクスウェル家は全滅していたかもしれないのだから……!



「ん? ああ、あの(ミックスの料理を手伝った)ことか」


「はい。そのこと(一家暗殺未遂)にございます!」


「まさか(自分の力で作った料理だと主張すべきミックスが)自分でバラすとは思わなかったな」



 そうか。流石のツカサ殿もまさか犯人が自分で自爆して自白するとは思ってもいなかったか。

 きっとツカサ殿はあの自爆がなければ、あの毒を盛っていたことを証拠とし、秘密裏に解決しようとしておられたに違いない……!


 久しぶりに訪れたせっかくの一家団欒。それを乱さずすめばよいとの心づかい!


 どの気づかいも、犯人が自爆し、台無しになってしまったというわけか……



 すでにツカサ殿の活躍は必要なく、その一件は無事解決したのでご安心くださいツカサ殿!


 さらにツカサ殿が手に入れてくれた妖精の蜂蜜の力により、母の病も癒され、以後父上達が別荘に住まう必要もなくなりもうした。

 また、一家はあの屋敷で暮らすこともできるようになったのです!


 きっとこれも、ツカサ殿の思い描いた絵図だったのでござろう……



 だがきっと、それを追求したとしてもいつもの通り、やってないと口にするのでしょうな。


 あなたは、そういうお方だ……



「本当に、ありがとうございます。ツカサ殿はマクスウェル家の恩人にございます!」

『御意!』


「いや、(ただ手伝っただけなのに)それは言いすぎだろ」


「いいえ。これは拙者の感謝の気持ち。どうか、どうか拙者どころか家族全員が感謝していることだけは覚えていてください!」


「……わかったよ」


 どこか呆れたように、ツカサ殿はつぶやいた。


 ふふっ。ツカサ殿とて自分がやったと認めないのだから、おあいこでござろう。



「マックス」


「はい?」


「家族は大切にしろよ」



「はい!」



 拙者は大きくうなずき、ツカサ殿を父のいる部屋へと案内した。




──クロッカス──




 誰か。と思う者もいるかもしれんが、ワシじゃワシ。マックスの父親じゃ。


 かつてはマクスウェルの白騎士などと呼ばれることもあったが、それも今は昔。すでにとっくに引退し、優秀な長男に家督を譲り肺に病のある妻とこの別荘地で隠居しておった。


 かつて権力者であったゆえ、こんな場所にいても様々な噂はワシの耳にとびこんでくる。



 今、ワシがもっとも耳を大にして集めていた噂。そのもっとも興味のある者が今、ワシのところへやってきた。



 ワシ愛息子。マックスが師と仰ぎ、先ほど我等の命を救ってくれたサムライのツカサ殿。



 その彼と、ついに顔をあわせることになったのだ!




 扉が開き、顔を見た瞬間に思った印象は、『若い』であった。




 さっき命を救われていなければ、間違いなく覇気も感じさせないただの少年としか思わなかっただろう。


 だが、それこそが世を偽る仮の姿。



 真の実力がなければ彼の力を見破れないという試しの姿。



 残念だがワシは、そのかりそめの姿を見破ることはできないようだ。



 これが噂のサムライ。

 世を救った伝説の英雄か。



「先ほどのことは、本当に助かった。ワシからもどれだけ感謝すればよいかわからぬよ」


 そう先ほどの暗殺未遂事件についてを言ったが、彼は自分ではなにもしていないとことをはぐらかした。


 褒めるならばむしろ料理を作ったミックスを褒めろ。か。



 娘が興味を持ったことを否定するでなく話を聞けとさらりと主張し、さらにそれを反故しにくい状況も作っておくとはさすがよの。



 謙虚で自惚れはないが、他者のことにはこれほど気を使う。


 無愛想で言葉は少なめだが、マックスの言っていた通りの男よの。



 こんなにも器が大きく、その底さえ見せぬのだから、マックスが心酔してしまうのも無理ないわい。



 ワシだって、若ければ是非共に旅をしたいと心が昂ぶってしまったほどじゃからな。



 マックスよ。この御方についてゆけば間違いない。


 お前の選んだ道は、確かに間違っていなかったようじゃぞ!



「ところでマックスよ」


「なんですか父上?」



 様々な噂を集めていた自分であるが、これはまだ確信が得られない噂であったので、当人に聞いてみることにする。



「もうじき王都においてチャンピオンシップが開催されるが、武闘大会優勝者のお前はどうするのだ?」


 四年に一度の騎士の祭典。

 それと対を成すサイドバリィの武闘大会に優勝したマックスはその優勝者と戦う権利がある。


 ワシの集めた情報では、マックスがそこに出るのかどうかはっきりしなかった。ゆえに問うたのだ。



「……」

「……」


 ワシを見て、マックスの動きがとまった。

 目を大きく見開き。口をあんぐりとあけている。


 ……少し、嫌な予感がした。



「わ、わすれておりましたー!」



 最近世界崩壊などの危機があったためうっかりしていたとのことだった。


 いやはや、やはりお前は、どれだけ成長してもワシの息子だよ。




──ツカサ──




「わすれておりましたー!」


 マックスお父さんの言葉で、マックスが頭を抱えた。


 ああ、そういえばそんなこともあったな。なんて俺も思い出す。

 マックスが出場するとなれば、また王都へ戻ることになるかな? それはそれでかまわないけど。



「あ、あのー」

 扉がゆっくりと開く。


 どうやらリオがやってきたようだ。



 おずおずと、ドレスを着せられたリオ。この場合はリオネッタと言った方がいいだろう。

 リオネッタが顔を出す。


 俺思うんだけど、そうやって恥ずかしがってた方が余計に恥ずかしいと思うよ。



「リオさん女の子でしたのー!?」



 ミックスの驚きが響いた。


 俺とオーマは、やっぱり。と思うのだった。




────




 マクスウェル家暗殺未遂事件からしばらく。

 実行犯である北の異民族の生き残りメッチェの証言から、彼女に毒を与えた魔法使いのアジトへマクスウェル騎士団が踏みこんだ。


 森の中にある、いかにも魔女の住処と言える場所に騎士が突撃する。



 強固な扉を破り、棲家を守る泥のゴレムをなぎ倒し進み、魔法使いの部屋へと踏みこんだその時、魔法使いと思しき男はすでに自害して果てていた。



 その代わり果てた姿を見たマクスウェル騎士団の騎士達は、拍子抜けする。



「どうやらすでに逃げ場がないと見てみずから命を断ったか」


 剣を収めるのはこの魔法使い討伐隊の隊長。ヒースだった。

 彼はマックスの従兄弟にして、マクスウェル騎士団においての実力者の一人でもある。


 その剣の腕と真面目さから、マクスウェル家の警護の責任者も任せられている。


 これ以上サムライに迷惑はかけられぬ。ということで、この魔法使い討伐はサムライには秘密で行われていた。

 ゆえに、今現役騎士団で最高の実力者がこの魔法使い討伐に借り出されている。



「……他に敵はいないようです」


 ヒースの部下があたりを警戒する。

 だが、すでに動く者がいないせいか、どこか拍子抜けしていた。



「これで今回の一件は落着となるだろうが、この魔法使いが何者だったのかはわからぬな」


「死人に口なしですからね。あとは専門家に任せましょう」


「そうだな」


 この魔法使いの背後関係などは、戦うことを専門とする者ではなくそれらを調査する専門の者が行う。


 その結果いかんによってはまた動かねばならないだろうが、今のところはこれで解決と考えてよいだろう。



「ところで隊長」


「なんだ?」

 すでに解決の目を見たからか、部下が少し気を抜いてヒースに声をかけてきた。



「もうじき王都でチャンピオンシップが開催されますけど、隊長はどうするんです?」


 四年に一度行われる、騎士のみが参加を許される騎士の祭典。

 最強の騎士を決める名誉な戦い。それがチャンピオンシップである。


 開催が近づいてきた今、やはり騎士達の中でその話題は欠かせないものだった。



 特に今回はサイドバリィ武闘大会の優勝者はかのマックスである。

 サムライの従者とさえ噂される彼と戦うこととなるその優勝者への注目度はかなりの高さであった。



「出るとなると従兄弟殿と戦うことになるからなあ。どうするべきか……」


 どこか楽しそうに、うむむうと首をひねった。



「隊長ならきっと勝てますよ!」


「おいおい、おだてすぎだ。さすがのわた……しぃ!?」


 室内に風がふき、一瞬ヒースの体が揺れた。


「隊長?」



「いや、チャンピオンシップ。面白いな。挑戦しようと思っている」



「さすが隊長! 応援しますよ!」


 ヒースはその口元をにやりとゆがめた。



 その笑いは、メッチェが見たフードの下より見えた魔法使いの口元そっくりであった。


 ヒースとその魔法使いの顔かたちはまったく違う。だが、彼女が見ればそっくりだと言ったのは間違いないだろう。



 だが、その異変に気づいた者は、この場に誰もいなかった……




 おしまい

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