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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
32/88

第32話 サムライの想いとすれ違い

──リオ──




 がったごっとと馬車に揺られ、おいら達と怪我人、ついでにマックスの妹を乗せたそれはマックスの実家。マクスウェル家の屋敷に到着した。


 結構な時間馬車に揺られたけど、自分の足で歩かなくてすむから楽でいいな。



 屋敷についたかと思ったら、門をくぐったあともさらにガタガタと移動が続く。



 門といったけど、いわゆるアーチ型の柱があるだけで、扉があるわけでもなく、その周囲には植木があるだけで壁はなかった。


 というか、門から屋敷そのものが見えない。



 馬車から顔を出してあたりを見回してみると、敷地の四隅と思われるところに見張り台みたいのがあった。

 かなり距離がある。あれがこの屋敷のはじなのだろうか?


 おいおい。いくら土地が余っているからって、広すぎだろこの敷地。屋敷につくまで門からどれだけ距離があるんだよ。つーかそれなら門と植木いらねーだろ。



 割とごちゃごちゃした建物がひしめきあう場所で育ったから、おいらは思わずそんなことを思っちまった。



 門からかなり歩いて、やっと屋敷が見えてきた。



「でっかっ」



 思わずそう口に出してしまうほどでかかった。

 そりゃ、城とか大神殿に比べりゃ荘厳さや高さはないけど、横にとんでもなく広い。下手するとあの二つより広いんじゃないかと思うほどだ。


 つーか、こんな広くてどうすんだよ。金持ちの考えってホントよくわからねーや。



「部屋の数が多すぎるのではないか。というのは拙者も思っていることだ。秘密だがな」


「部屋が多いとその分かくれんぼが楽しいですわよ」



 ここに住んでた二人がそんなことを言う。


 おいおい。おいらみたいな貧民が言うのはともかく、住んでたお前等まで言っちゃうのかよ。つーか妹の方かくれんぼってなんだよ。お前ほんとにお嬢様かよ。


 あの広さでやるかくれんぼはちょっと楽しそうだなんて思っちゃいねぇからな!



 屋敷に到着すると、おいらやマックスの出迎えの前に怪我人を降ろすため人がわらわらと集まってきた。

 マックスの出迎えよりそっちを優先するとはちょっとおいらも驚いた。


 貴族ってヤツは雇い人を道具とばかりに思っているヤツばっかりだからな。


 でも、ここの奴等は違うらしい。



 まあ、あのマックスの家だから不思議じゃねえけどさ。



 元々ここは北方の防衛の要だから、そういう医療は整っているんだってさ。マックスがえっヘんと胸を張って言いやがったよ。



 馬車から振り落とされた時足を折ったという御者と、ミックスを庇って腕を折ったっていうメイドが屋敷の中(たぶん医務室)へ運ばれていった。


 どちらもツカサの到着が早かったから、とどめを刺されることもなく、命に別状はないみたいだ。

 どうやら魔法で治療してもらえるらしい。使用人に魔法を与えるなんて、ホントすげぇな。



 二人が奥に運ばれてゆくと、入れ替わりに屋敷の入り口から男が姿を現した。


 髭を蓄え、リーゼントでなく髪を短く切りそろえたマックスみたいな男だった。

 目元に長いまつげがないことを除けばよく似ている。


 体つきはマックスに劣るけど、身長は同じくらい。その体を綺麗な刺繍の入った、仕立てのいい服が覆っている。


 マックスよりすこしだけ年上だから、この男がきっとマックスのアニキ、レックスなんだろう。



「おお、マックス! 早馬でミックスが襲われたと聞いた時は飛び上がって驚いたものだが、お前が駆けつけたと聞き二度驚いたぞ。よくぞ戻った!」


「はい。兄上!」


 両手を広げたレックスに、マックスが抱きつく。


 ガタイのいい二人が抱き合うその姿は、なんとも口元がひくつく光景だった。

 おいらの横にいるツカサもどこか苦笑いを浮かべているのも見えた。



「お兄様がたわたくしもー!」



 そして我慢できなくなったミックスがその二人に抱きついていた。



「おっと、待ちなさいミックス」


 だが、抱きついてすぐその兄、レックスに引き剥がされ隣に立たされた。



「今日、二人の怪我人が出た、その理由はちゃんと把握しているかい?」

 レックスはどこか優しく、それでいてはっきりと口を開く。


「はい。わたくしの軽率な行動のせいで、二人が怪我をしました……」


 しょんぼりと、彼女はうつむく。



「うむ。それがきちんと理解できているのならばよろしい。私の方もこの地であのような一団が出るとは予想だにしていなかったからね。無事でよかったよ。ミックス」


 そうして、レックスはミックスを優しく抱きしめた。

 ぎゅーっと、ぎゅーっと強く強く。


「ちょっ、苦しいですお兄様!」


「無事で、本当によかった……!」



 その行動は、本当に心配であり、無事で安心したという心の現われだった。


 まあ、家族だもんな。そりゃ心配だったろうさ。

 おいらの母ちゃんだって生きてる時はそりゃ心配したもんだから。



 レックスがミックスをはなし、ツカサの方を見た。


 ある意味、これがメインイベントだ。

 マックスが屋敷の玄関から飛ぶようにツカサの横に移動し、大きく胸を張る。


「兄上、紹介いたします! 父上には先日王都で説明しましたが、こちらがかの伝説にしてまことのサムライ! そして、拙者の尊敬する偉大なる師。ツカサ殿にございます!」


 なぜか膝立ちになって両手をツカサの方へ出してひらひらとする意味不明な紹介法だった。

 準備万端なら紙ふぶきとか投げてそうな勢いだ。


 ツカサもまた苦笑いを浮かべるしか出来ない。


「その上わたくしがピンチの時颯爽と現れてくれたのです。あれこそまさにサムライにしか出来ない方法。空から降って来た時、わたくしルヴィア様の使いが降りてきたのかと思いました!」


 レックスの隣にいたミックスも興奮したようにその時を思い出してキャーキャーと鼻息を荒くする。

 それを聞いて、その瞬間はおいらも実際に見たかったと思う。


 きっとすっげぇかっこよかったんだろうなぁ。



 うらやましい。



「そうか。君が。私はレックス・レック・マクスウェル。この二人の兄で、今はこのマクスウェル領を任された男だ」


 玄関の階段を下り、レックスはツカサに近づいた。



「妹を助けてくれて、ありがとう」



 がしっと、ツカサの手を握り握手をする。



「いいえ。俺はたいしたことはしてませんよ。助けてくれたのはマックスですから」



 しれっとツカサはそういい切った。

 確かにマックスが大半のならず者を倒したのは事実だけど、一番のピンチで颯爽と駆けつけてリーダー格の二人を蹴倒したのはツカサじゃないか。


 だってのに手柄をマックスに渡そうとしちまうんだからこの人は……



 あっ。

 おいらはぴーんときた。


 そっか。今はマックスの家族の前。だからマックスに華を持たせようとしているんだな。



 気持ちはわかるけど、目撃者であるミックスもいるんだから逆効果だぜ!



「ふふっ。ここであえてマックスをたててくれるとは、マックス、お前はいい人と出会ったな」


「はいっ!」



「……」

 ツカサがこんなはずじゃなかったって顔を手で覆ってら。


 みんなわかってんのさ。ツカサがやさしいってことをよ。



「ともかく、君の噂はこの地でも多く聞こえているよ。一刀の元に風を切り裂き相手を倒したり、ドラゴンを相手に一歩も引けをとらなかったり、悪党達を叩きのめしたりと。それがこんなにも若いとは、私も驚きを隠せないよ」


「い、いや、だからそのへんも俺はやってないんですが……」


 ツカサが困惑している。


 おいらとマックスの目が合った。

 どうやら考えることは一緒らしい。


 ここはやっぱり、助け舟を出すしかないようだ!



「その通りです兄上。ツカサ殿はそんなことしておりません!」

『御意!』


「そうだそうだ」


 おいらとマックスがほぼ同時に声をあげた。



「リオ、マックス……!」

 ツカサが顔を上げ、そうだ、言ってやれ言ってやれという視線をおいら達に向けてくれた。

 その視線だけで、おいら達の勇気と力は百万倍だぜ!



「そう、ツカサ殿は!」

「ツカサは……!」



「風を切り裂くなどということでなく、一刀の元に竜巻を引き起こすのです!」

「ドラゴンだって、一歩も引けをじゃなく剣さえ使わず圧倒して見せたんだ!」



「兄上、そんな噂間違っております。真実のツカサ殿は大地を割るどころか天と地を引き裂くほどの一撃さえ放つ真のサムライなのです!」

「ツカサがその気になれば思ったところに雷を落とせるんだ。雷みたいな動きじゃなく、本物をな!」



「なっ、なんとっ!」

「す、すごい……!」


 おいらとマックスが力説すると、それを聞いていたレックスとミックスが驚きの声をあげた。

 あまりのことに、それ以後声さえ出ない。


 だがこれこそが真実! 噂の方が矮小化されているなんて滅多にないけど、それがサムライの、いや、ツカサの凄いところなのさ!


 話に尾ひれがついて嘘だと思われるようなこと。それこそが真実なんだから!



 おいらとマックスは、今まで見てきた真実をせっせと語り、マックスの兄弟にツカサがどれだけ凄いのかを力説した。

 そりゃもう二度と噂にだまされないくらい完璧に!



 さあツカサ、これがツカサの真実。ツカサがやってきたことだぜ!


 おいらとマックスは語りきった満足感と共に、二人でツカサの方を振り返った。



 ツカサは顔をうつむき、肩を震わせている。



 ありゃ。ちょっと熱弁しすぎたかな。

 ツカサは自分の伝説的偉業を人に自慢したりはしない。


 やってないとあえて否定するスタイルだから、こうやって公にされるのが恥ずかしいのかもしれない。



 でもでも、ツカサはそれだけ凄いことを本当にやっているんだから、それをきちんと認めてもらえた方がいいと思うんだ。


 だってツカサは、本当に大勢の人と世界を救っているんだからさ!



「……違う。違う! 俺はだから、そんなことはやってないんだー!」



 ツカサは顔を真っ赤にし、そのまま屋敷の玄関から横の庭へと走っていってしまった。



 あまりのことに、おいらもマックスも、他のマクスウェル家の連中もツカサを目で追うことしか出来なかった。



 おいら達は見たことをそのまま説明したってのに、それでもツカサはやっていないと否定して逃げた。

 それはまるで、おいら達にはなにを言っても無駄だという諦めと失望のようにも見えた……!


 おいらとマックスは顔を見合わせる。



「っ!」

「……っ!!」


 そして、とんでもないことに気づいた。


 気づいてしまった……!



「ま、まさか……」

「だ、だが、そうならばツカサ殿がやっていないと言うのも納得がいく!」


 二人でうなずいた。


 おいら達はとんでもない勘違いをしていた。



 こんな思い違いをしていたなんて……!



「ど、どういうことだね?」



「拙者達はツカサ殿の実力に関して、大きな勘違いをしていたのですよ兄上!」

『御意!』

「これはとんでもない勘違いだよ!」



「どういうことですか?」



 おいら達の言っていることがわからず、ミックスも聞き返してきた。



 おいら達は確信したその事実を二人に伝える。

 こんなこと、自分達でも信じられないことだけど……!



「おいら達が凄いことだと説明していたこと」


「あれらの伝説的な偉業」



 おいらとマックスが交互に言葉をつむぐ。

 いたった結論は同じはずだ。


 ずっとずっと、同じ人の背中を見てきたのだから!




「それは、ツカサからしてみればできて当たり前の行動なんだよ!」




「出来て当たり前というのは、それこそ1から10まで数えられるとか、字が読めるとかそんなレベルのことです!」


「自分にとってそんなレベルの行為を、凄い凄いと褒められてみろよ!」


「拙者達がしていたことは、大人にむかって10数えられえるなんて凄い。字が書けるなんて天才か! と驚き、褒めていたのと同意!」



「そんなことされてみろよ。あんた、どう思う!?」



「そ、そんなことを褒められても、それは欠片も嬉しくはない。むしろ、バカに……あぁ、だから……!」


 おいら達の説明に、レックスが納得いったといったように手を叩いた。


 そう。そんなことを褒められても全然嬉しくない。むしろバカにされているレベルの話だ。



 ツカサが必死にやってないと否定するのも当たり前のことだった。



 だって、ツカサにとってみればそれは出来て当たり前の行為。そんなことを凄いと言われて、誰が嬉しい。誰が誇れる!



 だからツカサは、やってないと否定していたんだ!!



 おいら達は、その事実に気づき、愕然とした。




「なんて、なんておいら達はおろかだったんだ……!」

「あれほど長く共にいて、ツカサ殿の実力をまだまだ見誤っていたなんて……!」




「確かにそんなことで褒められては、違うと言いたくなるし、聞きたくもなくなるな」

 うむぅ。とレックスもうなり声を上げた。



 そう。これでツカサが逃げたのも納得がいった。



 大人にむかって児戯を凄いと褒め称えるなんて、ただの辱めでしかないんだから!



 おいら達はなんて間違いを犯してしまったんだ……!



「ツカサ殿に謝らなければ! こうなっては、追いかけて今こそオーマ殿より授けられたドゲーザを慣行するしかあるまい!」

「ドゲーザがなにか知らねーけど、全力で謝らないと!」


「兄上、ちと席をはずします。しばしお待ちください!」


「うむ。わかったよ」



 レックスに背を押され、おいら達は一度ツカサを探すためいなくなった方に走り出した!



 なにがなんでもツカサを見つけ出し、ごめんなさいと謝らなければいけない!




──ツカサ──




 俺は走った。

 走って走って、あの場所から逃げた。


 いくら凄い凄いと褒め称えられても、やった記憶もないことで褒められても逆に恥ずかしいだけなんだってばよー!


 俺はあまりの恥ずかしさにあの場にいられなくなり、そのまま逃げ出したというわけだ。



 走って走って走りまくって、息を切らせて大きな木の幹のところによりかかった。



 はあ。はあと空気を必死にはいにとりこむ。



 大体、俺がここでがんばったと言えることといったらあのダークカイザーを触りに行ったことくらいだっての。それさえも女神様の手助けやマックスのがんばりがなければ実現できなかったことだってのに。


 俺が明確にやったと言えるのはそれだけ。

 あとは俺の知らないところでサムライの手柄になってる謎の事態ばっかりだ。



 人に褒められるようなこと欠片もやってない。



 むしろ必死にがんばったマックス達が褒められるべきだってのに。



 そう思うと、俺がマックスに褒められるのは逆に困惑してしまう事態だ。


 いくら違うと否定しても聞く耳持ってくれないし。



 俺は思わずため息をついてしまった。



「ったく。俺はそんなたいそうなことやってないってのに。なんでわかってもらえないのかな」



 思わず、口に出してしまった。



「それに、俺一人で成し遂げられたことなんて一つもないってのに……」




──オーマ──




「ったく。おれはそんなたいそうなことやってないってのに。なんでわかってもらえないのかな」



 一人になった相棒が、ぼそりとつぶやいた。

 それはどこか呆れたような、本当になぜなんだと思っている声色だった。



 ……そいつは仕方のないことだぜ。


 相棒とあの二人の差をよく理解しているおれっちはそんなことを思う。



 相棒は真のサムライ。対して他の奴等は違う。そこに大きな認識の隔たりがあるのは当たり前に決まってらぁ。


 皆がすげぇと褒め称え、相棒が必死に否定するあれこれ。

 あれは相棒にしてみりゃ児戯にも等しい。


 両手を打ち鳴らせば音が出る。それは誰でも出来る些細なこと。



 それをすげぇすげぇと褒め称えられりゃ、相棒だって困惑するに決まってら。



 だが、そいつは相棒の感覚。あいつらにしてみりゃそれでさえ神業なんだから、認識が噛みあうはずがねぇ。そもそものレベルが違いすぎるんだ。


 これは、サムライに目覚めたマックスでさえいつたどりつくかわからねぇ領域。

 天霊という神の位に足を踏み入れ、そこをさらにもう一段階のぼった相棒だからこそのレベルだ。



 だが、おれっちは一つ疑問に思う。


 確かにあれやこれは相棒にしてみりゃ褒められるほどのことじゃねえ。

 鼻歌交じりに成功できることも多いが、やったことは事実。


 ダークロードを倒したり、ダークカイザーを倒したことまでを「やってねぇ」と否定するのはどうにもおかしい。



 おれっちがそう疑問に思った瞬間、その答えを相棒自身が教えてくれた。


 その、驚愕の想いを……!



「それに、俺一人で成し遂げられたことなんて一つもないってのに……」



 この瞬間、おれっちの体は雷に撃たれたような衝撃を受けた。


 相棒のこの想いを知った瞬間、おれっちはもう、表現できない夢心地になった!



 なんてこったよお前等。この人は、あれを自分ひとりで成し遂げたことだなんて欠片も思ってなかったんだ……!



 この人は、自分一人の力で世界を救っただなんて思っていなかった!


 自分ひとりでなく、皆の力があったからあれが出来た。そう思っていたんだ!



 だから、必死にあれをやったのは自分じゃないと否定していた。

 自分がやったのではなく、みんなでやったんだ。褒められるべきは自分ではなく皆なのだ。そう思ってくれていたんだ!



 なんてこった。

 なんてこったよ。



 誰もがたった一人の偉業と思っていたことを、その当人だけは、みんなのおかげだと思ってくれていたんだ!



 この言葉を聴いた瞬間、おれっちは思わず涙をこぼしてしまうかと思った。

 この時ばかりは涙を流せねぇ刀の体でよかったと思ったぜ。


 それほどまでに、相棒のこの言葉はおれっちの体を震わせたんだからな……!



 なんてすげぇお人だ。なんてすげぇ器を持っていやがるんだよ相棒は!



 ふんぞり返って世界を救ったのは自分なんだと言いふらしてもいいことを成し遂げたってのに、それを自分の手柄だと欠片も思っていなかったなんて……!



 ここまでのお人だとは、相棒であるおれっちでさえ気づかなかった。気づけなかった!


 相棒はきっと、みんなわかってくれていると思っていたんだろう。

 だが、そうじゃなかったから、二人から思わず逃げちまったんだろう……



 あいつらはあいつらで慕っているからこそ出た言葉で、相棒は相棒で二人はれっきとした仲間であると認めていたがゆえ、悲しみが増しちまったってわけだ。



 些細だが、大きなすれ違い。




 このすれ違いを正せるのは、おれっち以外にねぇな!




『相棒、相棒!』


「ん? なんだオーマ?」


『今すぐリオ達のところへ戻ってくれ。おれっちがこの誤解を解いてみせるからよ!』


「本当か?」


『ああ。これ以後あんなこと言わせないよう納得させてみせるぜ!』


「そいつは心強いな。なら、頼んだぞ!」


『おうよ!』



 息を整えた相棒は、寄りかかっていた木の幹から立ち上がり、追ってきている二人の方へと歩き出した。




──マックス──




 リオと手分けをしてツカサ殿を探していたのだが、庭でばったりと出会ったのはしばらく前にわかれたリオであった。


「いたか?」

「いいや。ツカサにはツカサだけじゃなくオーマもいるから、その気になりゃおいら達に捕まらず地の果てだって行けちまうよ」


「むう……」


 リオの言うとおりだった。

 ツカサ殿がその気ならば、拙者達の追跡などまったくの無意味。


 いくらでも隠れおおせることが可能である。



「ああ、いたいた。リオ、マックスー」



 どうすれば。とリオと共に考えていたその時、ツカサ殿が拙者達を逆に見つけてくれた。


 その表情は、どこか晴れ晴れしたようにも思える。



「ツカサ殿!」

「ツカサ!」


 拙者達は即座に先ほどのことを即座に謝ろうとする。


 だが、拙者が膝を折ろうとした瞬間、ツカサ殿の手がそれを制した。



 言葉も出せずその手を見つめる拙者達に、ツカサ殿は腰から引き抜いたオーマ殿を拙者に差し出す。



『色々言うことはあるだろうが、まずはおれっちの話を聞いてくれ』


 オーマ殿が、ツバをカタカタと鳴らし、拙者達に語りかけてきた。



 ツカサ殿はオーマ殿を拙者に手渡すと、一度距離を置くようその場から離れた。


 オーマ殿の話を聞かぬよう、少し離れた木の影へ姿を隠す。



「い、一体なんだよオーマ」


『ちょっとお前達に話があるってことだ。さすがにこれは、相棒に直接言わせるわけにはいかねぇからな』

 リオにオーマ殿が答える。


 少し茶化た口調だが、その宣言は拙者とリオにとって、なにか恐ろしい予感が走った。


 直接言えないようなこと?



「そ、それはひょっとして、ツカサ殿からの三行半とかですか……?」

「もう、旅についてくるなって絶縁宣言か!?」



『いいから聞け』



 拙者もリオも、最悪の想像をしオロオロとした瞬間、オーマ殿はそれをぴしゃりと制した。

 それは、茶化す雰囲気もなく、非常にまじめな声だった。


 思わず拙者もリオも、ぴしりと背筋を正しオーマ殿の言葉を待った。



 冷静になった頭に、例えその最悪の結果が待っていたとしても当然だと気づいた。

 拙者達はあれほど一緒にいて、ツカサ殿の力をあれほど見間違えていたのだから……


 覚悟を決める。



 だが、オーマ殿から発せられたその想いは、拙者達が想像していた最悪のモノとはまるで違うモノだった。


 むしろ、間逆のモノだった!



『……だから、相棒はな、自分一人の力で世を救ったなんて欠片も思っていなかったってことだ。自分だけの力でやったんじゃない。お前達の力もあったから成し遂げられた。そう言いたかったのさ』



 オーマ殿の言葉に、拙者もリオも、目を点にしてぽかんと口を開くことしか出来なかった。


 ツカサ殿の想い。

 なぜツカサ殿があれだけの伝説的偉業を自分がやったのではないと言い続けた理由。



 その想いが、オーマ殿から拙者達に伝えられた!



「な、んと……!」

「なん、だって……?」


 やっと、声が絞り出せた。

 喉がからからに渇いているのがわかる。



 確かにこのような想いを自分で口にするというのは酷なことだ。


 ただでさえツカサ殿は多くを語らぬというのに、その想いをあえて自分から口にするなどするわけがない……!



 なぜツカサ殿があれだけの伝説的偉業を自分がやったのではないと言い続けたのか理解できた。



 ツカサ殿が落胆していたのは、拙者達がその偉業への認識を誤っていたことだけではなかった。


 ツカサ殿のその想いに気づいていなかったからだ!!



 だが、そんなこと拙者達の誰が想像できよう。


 なんでも一人で出来るツカサ殿が、全てを一人で解決したツカサ殿が、あの偉業を成せたのは拙者達の力があってこそだなんて思っているなど、誰がそんなことを思える! 自惚れられる!



 あの場にいた者は、あの方の偉業を目撃した者は、誰もがそう口にするはずだ。

 ツカサ殿が、すべてを一人で片付けた。と。


 あの方の活躍を見れば、誰もがツカサ殿一人いれば十分じゃないかと思ってしまう。


 それほど規格外のお方だというのに……!



 なのに。




 だというのに……!




 あの方だけは、そう思っていなかった!!




「ツカサが、そんなこと思っていてくれていたなんて……」




 ツカサ殿は謙遜していたわけではなかった。

 ただの児戯だと気にしていないわけでもなかった。



 むしろ、拙者達を想ってあの言葉を言ってくださっていただなんて……!



 なんという皮肉だろう。


 一人でなんでもやってのけた人だけが、その偉業は、自分一人の力でないと思っていたなんて。思っていてくれたなんて!!



 感動のあまり、目の前が涙で見えなくなった。


 だが、それと同時にツカサ殿への申し訳なさで心が押しつぶされそうになる。



 あの行為はツカサ殿とのレベル差だけでなく、拙者達を認めてくれたツカサ殿をさらに辱めていたとわかったからだ!



 感動の中、後悔念が拙者達に襲い掛かる。


 嬉しいのに、悔しい。悲しい。この想い、どうすればよいのだ!



『おめーらはどっちも認め合っていただけだ。だから、素直に謝れば相棒も許してくれるだろうさ。今、相棒の想いを知ったおめーらなら、間違いなく許してもらえる。さあ、改めて行ってこい!』


「はい!」

「ああ!」


 拙者とリオは、オーマ殿を手にしたまま木の影で待つツカサ殿のもとへと走り出した。



 ツカサ殿。



 ツカサ殿。




 ツカサ殿おぉぉ!!




──ツカサ──




 オーマが真実は言いにくいだろうからと、マックス達に説明を買って出てくれた。


 確かに何度俺はただの人だと説明しても、マックス達は信じてくれなかった。

 だが、当人ではない客観的な立場でものが見れる第三者(?)からの言葉なら信憑性は増すだろう。


 オーマならば、俺がやったわけではないときっとマックス達を納得させてくれるだろう!



「うおおぉぉぉん!」



 突然ケモノのような声が上がった。

 驚いて木の影から見てみると、マックスが泣き叫んでいるのが見えた。


 今手元にオーマがないから言葉はわからないけど、あれは多分雄たけびのような声をあげただけだろう。意味はないのは言葉が通じずともわかった。



 直後、マックスとリオが俺めがけて突撃してきた。


 ものすごい勢いで、俺は二人の高速でかつ拘束タックルをその身に受けることとなった。



 三人でものすごい勢いで草の上を転がりあう。



 天地が凄い勢いでくるくる回り、二人に抱き疲れた俺は目をくるくると回すことになった。



「ツカサ殿。ツカサ殿。つかさどのぉぉぉん!」

 マックスが俺を抱きしめ、胸に頭を擦り付けて俺の名を呼ぶ。

 その手にはオーマを握ったままなので、マックスがなにを言っているのもよくわかった。


「ヅカザあぁぁぁ!」


 反対側に抱きついたリオが、俺の腹に頭をぐりぐりとこすりつける。



 二人とも俺に抱きつき、うおおんうおおんと泣き続けることになった。




 い、一体なにが起こったんだし!?




「拙者が、拙者達が間違っておりましたぁ! そんな、そんなことを思っておられたなんてぇぇぇ!」

「おいらもだよぉ! ツカサがそんなことを思っていたなんてわからなくて、ごべんよおぉぉ!」



 二人は一方的に俺への謝罪を続けるだけで、なにがどうしてどういうことなのかさっぱりわからない。


 なので俺は、説得がちゃんといったのか失敗したのかを確認すべく、オーマへ視線を向ける。

 オーマはそれに気づいたのか、どこか誇らしげに『ふふん』と得意げな声をあげた。


 そうか。ついにわかってもらえたのか!

 俺がそんな尾ひれのついた噂のサムライなんかじゃないと! ただの力ない高校生だと!



「そっか。わかってくれたか。わかってくれたんならいいんだ」



「はい! これからは、これからは拙者もお力になりますので是非お頼りください! いや、むしろ拙者がツカサ殿の前に立ちますから!」

『御意ッ!』


「おいらだってマックスみたいには戦えないけど、ツカサのことを支えるからさ。おいらになんでも任せちゃってくれよ!」



 二人がぐりぐりと俺に頭を押し付けそう言ってくる。


 ああ、よかった。これで俺が前線に出てどうこうなんてことになる前に、マックスがどうにかしてくれるってわけだ。

 俺は安心して旅を続けることが出来る。



 これでめでたしめでたしってヤツだな!




──マックスとリオ──




 拙者達は本当に思い違いをしていた。


 おいら達は、ツカサの強さだけを見て、それを大勢の人に知ってもらおうと思っていた。


 ツカサ殿がどれだけ強くて、どれだけのことをしていたのかを知ってもらいたかった。



 でもツカサの本当の凄さは、そんなことじゃなかった!



 ツカサ殿の本当の凄さは、圧倒的な強さでも、技術でもない。あの、謙虚なお心。



 圧倒的に強いのに、どんな者でも粉砕できるというのに、それでも驕らないその精神。



 それこそが、ツカサ殿のもっとも偉大で伝えるべき凄さ!



 拙者は、おいらは、間違っていた。

 あんな誰にでもわかる、誰でも噂で知ることの出来るうわべだけの強さを伝えてどうする。



 自分達にできるのは、もっともっとツカサという偉大なサムライの本当の強さを伝えることじゃないか。



 拙者達はツカサ殿の行ったあれやこれを人に伝えることはやめようと誓った。



 だが、おいら達にはツカサの偉大さを伝える義務がある

 ツカサ殿の真の強さを残す理由がある!



 伝説的な偉業を平然とやってのけながら、それを驕らず、他者さえ慮るその器の大きさを!

 ツカサ殿は強さだけでなく、優しさも兼ね備える真の英雄(サムライ)であるということを!



 皆に伝えなければいけない!




 拙者は、おいらは、彼をしっかり抱きしめながらそう心に誓ったのだった!




 ……こうして後年、とあるサムライの弟子監修により、いまだ伝説にして最強と語り継がれる一人のサムライの歩んだ軌跡が綴られた、『レジェンドオブレジェンドサムライ』という本が出版された。


 出版当初はそのサムライの圧倒的な強さと噂をさらに脚色した荒唐無稽と思えるその描写のせいで、ただの娯楽活劇であるかのように思われた。

 しかし、後に伝説にして最強と呼ばれる伝説のサムライの研究が進んだ結果、この書こそがそのサムライのことをもっとも正しく描いていたと再評価されることとなる。



 それを監修した自称弟子こそが……




──ツカサ──




 ひとまず仲直り(?)をして、俺達はマクスウェル家の屋敷の入り口まで戻ってきた。


 まだ自己紹介も完全に終わっていないってのになにやってんだ俺。と思ったけど、深く考えるとまた落ちこみそうになるのでそれを考えるのはやめることにした。


 リオとマックスとの誤解が解けたのだから、むしろよしとしようじゃないか!



「ぬふふふー」

「ふふふー」



 と、俺の両隣にいる二人はなんだかものすごい上機嫌である。


 なんだろう。俺が弱いとわかって失望したかと思ったんだけど、逆にここまでだとなんか不気味だぞ。


 むしろマックスは俺を守るということで喜びに目覚めてしまったんだろうか?

 いや、それだとリオまでにまにましている説明にはならない。



 ……わっかんねーからまあいいか。



 考えるのが面倒になったので俺はやめることにした。別にこれでお別れってわけでもないんだし!




 屋敷の入り口に戻ってくると、玄関のところにまだレックスさんが待っていた。



「おお、仲直りはできたかね?」


 髭の好青年がにこりと微笑んだ。



「はい。ご迷惑をおかけしました」

 俺はぺこりと頭を下げる。


 よくよく考えてみて、人ンちに来てなにやってんだ。ホントに俺は。心の中で苦笑しか浮かばない。



「よいよい。それで君達の絆はより深まったようだし、噂のサムライと言えども人の子だということがよくわかった」

 はっはっはと笑う。


 その笑いは、とてもさわやかだった。



「ところで兄上。父上と母上は?」

「おお、あの二人は今湖の別荘へと行かれている。領主を引退したからな。のんびりとすごしておるのさ」


「そうでしたか。今日のうちにツカサ殿を紹介できず残念です」


「なに、しばらくしたら挨拶に行こう。お前が帰ってきたのだから、歓迎してくれるさ」

「はい!」


 レックスさんの提案に、マックスが笑顔で答えを返した。

 当然だが、行くななんてことは言わない。せっかく帰ってきたのだから、家族に顔を見せに行くのは当然だろう。


 確か来る前湖も見ものだとマックスが言っていたから、きっといいところなんだろうなあ。



「それでは、屋敷を案内させていただきます。しばらく、我が家と思いおくつろぎください」



 そうレックスさんにうながされ、俺達はマクスウェル家の屋敷の中へ足を踏み入れた。




──ミックス──




 お客様のおもてなしも済み、ひと段落ついたのち、玄関前で起きたあの騒動の顛末をマックスお兄様から改めて説明を受けました。


 一体なぜツカサ様が走り去ることとなったのか。その理由を聞き、なぜマックスお兄様が敬愛の念を持つのかよくわかりました。


 たった一人でなんでもできるお方だというのに、自分の成し遂げたことに驕り高ぶりもせず、慢心もしないだなんて、なんて高潔な方なんでしょう。


 だから、あの悪漢を倒し、わたくしを助けたのも自分の力ではないと否定なさっていたのですね。



 わたくしと同じ。下手すれば年下かもしれないくらいの年恰好だというのに、なんという思慮深さなんでしょう。



 自分を必死に大きく見せようとする人が多い世の中で、あれほど謙虚で実直な実力者も珍しいとお兄様は感嘆の息をついていました。


 お兄様にここまで慕われるのは少しうらやましいと思いながらも、そんな方に命を助けてもらったと心が温かくなるのも感じました。



 やはりあの方は、天から女神様が使わした使いなのかもしれません。



「お兄様」


「ん? なにかなミックス?」



 わたくしの言葉に、お兄様が優しく微笑み返してきます。



「わたくし、あの方あのツカサ様のことをもっとよく知りたいです」


 この胸のトキメキがなんなのか、知りたいのです。

 そっと手を胸に当て、お兄様に懇願する。



「なっ、なんと……!」



 ──この時、マックスに電撃走る。


 彼の頭の中に、ある未来が描かれたからだ。


 彼の妹であるミックスとツカサが一緒になれば、マックスとツカサも家族となる。

 そうなれば……!


 その未来は、ミックスだけでなくマックスにとっても輝かしい未来に違いなかった!



 だがしかし、彼は共に旅をするリオことリオネッタがツカサのことを慕っていることにも気づいていた。


 一度は男と間違えていたこともあったが、今はリオが女であることをしっかりと認識している。

 男でさえ惹かれるのだから、女ならばあのカッコいいツカサに惹かれないわけがない!


 ただ、リオのそれが恋なのか、単なる尊敬の念なのかはマックスにはわからない。

 尊敬の念ならばまだいい。だが、それが恋ならば……?


 マックスにとってリオは大切な仲間だ。


 だがっ……!




(ツカサ殿に、義兄と呼ばれる未来に未来に抗いたいものがある! あに。なんて素敵な響きなのだ!)




 ミックスの言葉に、マックスの心が揺れる。


 揺れる、揺れに揺れて……!



(すまぬっ、リオ!)



 ──彼は、その誘惑に屈することにした……!




「お兄様?」


 わたくしの言葉と、その姿を見て、お兄様は驚きの表情と共に、なぜか頭を抱えてしまいました。


 どうしたんでしょうか。

 なにか、とても葛藤しているように見えます。



「……あのように華麗に命を救われたのだ。当然ともいえる。だが、そうなると……いや、だが……」

 口の中でなにかを転がすようにうんうんとうめいております。


「しかし、となると……!」

 うむ。と大きくうなずきました。



「わかった。拙者にできることはなんでもしよう。だが、手助けできるのはそこまでだ。あとは自分の力でやるのだぞ!」


「はい!」

 つまりお兄様でもわからないことは本人に聞けということですね。わかりました!



 お兄様は改めてツカサ様のこと。

 この世を救ったサムライのことを出会いから教えてくださいました。


 竜巻を起こし悪漢を吹き飛ばしたことや、不死身と恐れられた悪人を一撃のもとに消滅させたこと。ドラゴンを蹴倒し降伏させた聞いた時には飛び上がるほどに驚きました。


 武道大会では悪人の仕掛けた罠にあえてかかり、それごと叩き潰してしまうなんて、お兄様にも難しかったことでしょう。

 さらにそのついででマクマホン卿まで暗殺の魔の手から救っていたなんて。


 お仲間がさらわれたと知れば、烈火のごとくお怒りになり、文字通り雷を落とすだなんて、お兄様の語り口があまりに真に迫り思わず耳を塞いでしまいました。

 ツカサ様は、強いだけでなく仲間思いでもおられるのね。


 わたくしがさらわれそうになったら、同じように怒ってくれるでしょうか?



「もちろんだとも。たとえ見知らぬ老人、子供であってもツカサ殿は同じようにお怒りになられるだろう」

「……それはそれで、少し残念ですね」


「ふっ。それも仕方のないことだ。あの方の慈愛は全てを包みこむのだからな」


 むしろそこがいいと、お兄様は拳を握り締めておりました。



 そして都市を牛耳る悪党の一派を顔を見せるだけで配下とし、かの闇人が用いたダークソードを手にした者もなんのその。あまつさえダークロードと呼ばれる存在さえ軽々と倒してしまっていたなんて……



「……ダークロードが倒されたお話は聞きおよんでいますが、あれはお兄様が倒されたのでは?」


「結果的にはな。だが、私がしたのはとどめをさしたところだけ。すべてはその前に決着がついていたのだよ」


 お兄様がその時のことを思い出したのか、遠くを見た。



 聞けばその時、ツカサ様は熱を出しており、歩くのもふらふらだった状態だったのですって。

 だというのに、千体もの軍勢を一人で屠り、ダークロードの策も無効化していただなんて。


 それだけのことをして、自分ひとりでなく他の人がいたから勝てたと言うだなんて……



 お兄様が見たツカサ様の戦いはそこまで。

 最後の戦いとなるダークシップの決戦を間近で見ていたのはツカサ様の相棒、オーマ様だけだったようです。


 又聞きになりますけど、そこでもツカサ様は最後の最後の奥の手を使わず、なおかつ素手であの浮かび上がった闇の船。その主であるダークカイザーをしとめたのだとか……



 あの日、空に黒い闇が浮かび上がったあの日はわたくしも背筋を凍らせる思いでした。

 十年前の惨劇は幼くてよく覚えていませんでしたが、それでも浮かび上がったあの黒き物体を目の当たりに目の当たりにしただけで体が震えだしたのを覚えています。



 それを滅し、生きて戻ってきた。



 それが、お兄様の出会った伝説のサムライ。



 その物語は、今までお兄様が持ち帰ってきたどの冒険譚より激しくて、どきどきとするものばかりでした。



 これが、お兄様がツカサ様と見てきた世界。

 そして、お兄様が尊敬する、ツカサ様が歩んできた道のり……



 凄いとしか言いようがありません。

 それでいて、自分の偉業を他人のおかげだと身を引けるだなんて、共に歩んでいないわたくしでさえ尊敬の念があふれ出てしまいそう。


 お兄様が尊敬するのも無理からぬことでしょう。



「我々は今回この地に来て、さらに絆を強くした。ツカサ殿の想いを知ったのだからな! であるからミックスよ。あとは全力でがんばるのだぞ!」


「はい!」


 わかりました!



 わたくしが大きく返事を返すと、お兄様は退室することになりました。

 今度はレックスお兄様となにか話をするようです。


 どうやらお父様とお母様にいつ顔を出すのかのお話をするようでした。



 さて残されたわたくしはどうしましょう?



 まずは、今日のお礼をしに行くのがスジといったところでしょうか。


 ですが、ただお礼を言いに行くだけというのも芸がありません。



 その時、わたくしの脳裏に思い出される光景がありました。



 メイドのメッチェが同僚のメイドと話していたあの光景を!



『お礼に彼の大好きなクッキーを焼いてもっていったの。そうしたら大喜びで……』



 これです!



 お礼と一緒に食べ物をプレゼントする!

 そうすればそこから会話も広がります。


 なんという良手でしょう!



 早速誰かに用意を……いえ、ここは感謝の念をさらにこめるため、わたくしの手作りという手が!



 わたくしの背後に雷が走りました。

 なんてことを考え付いてしまうのでしょう。


 さすがわたくし。レックスお兄様とマックスお兄様の妹!


 これで天下がとれちゃいそうなひらめきですわ!



 幸い今メイド達は怪我人の看病で走り回り台所は手薄!


 ならばわたくしが好き勝手に材料を使っても問題ないということ。



 このひらめきを胸に、わたくしは喜び勇んで目的地へとむかうのでした。



 台所で料理をするだけでも、わたくしにとっては大冒険です。

 だって普段は、刃物も火も危ないと言う理由でもたせてもらえませんからね!


 さあ、ツカサ様。わたくしのお料理でもだえてくださいませなー!




──ツカサ──




「……っ!?」

 屋敷で部屋に通されてしばらく。


 なぜか俺の背筋が震えた。



『どした相棒?』

「いや、なんだろ、背中がぞわぞわする」


『なんだそりゃ?』



 この時この後、俺にあんなことが襲い掛かるなんて、俺は予想だにしていなかったんだ……!




 おしまい

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