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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
31/88

第31話 マクスウェル領


──ツカサ──




 綺麗に晴れた青空のした、俺達はいつものメンバーでてってこてってことマクスウェル領を目指して歩いている。


「お、そろそろでございますな」


 隣を歩いていたマックスが前を横切る川を見つけ声をあげた。



「ツカサ殿、リオ、あの川をこえるといよいよ我が故郷、マクスウェル領にござる!」

『御意!』



 川を指差し、テンションあがったマックスが残った手をぶんぶんと振った。

 ちなみに、御意って言ってるのはマックスの相棒となる刀のサムライソウル君だ。


 どうやらあの川がいわゆる領境。マクスウェル領の南端にあたるらしい。

 北にある山から南に向かって流れ、緩やかに東へむきを変えて国の一部を南北に隔てているようだ。


 川幅も広く、水路としても使われるが、王都の方へは流れず、東のはずれ(俺が最初に現れた方)へと流れるため、あまり盛況に使われてはいないらしい。


 今は大きな石橋がかかっているが、かつてこの川はこの地の人達が『蛮族』と呼ぶ北方の異民族との防衛ラインだった過去もあるそうだ(マックス談)


 この川から北の土地は、その異民族とこの国の人達。さらに肥沃な土地を我が物顔で闊歩する凶暴なモンスター達の三つ巴の土地だったらしい。



 今から約三百年前、初代領主となるマクスウェル家の頭首によって橋がかけられ、新たな土地の開墾がはじまった。

 北から攻めこむ異民族を追い払い、凶悪なモンスター達を退治して、ここに新たな境界線を作り出したのだという。


 空白地帯であったここはマクスウェル地方と新たに呼ばれるようになり、王国の新たな領地として迎えられたのだそうな。



 以来三百年余り、幾度となく北方の異民族からの襲撃を受けることとなるが、その全てをはじき返し、ダークシップが世に現れるまで最も頼りになるのはマクスウェル騎士団だと名をはせ、今に至るのだという。



 マックスの説明を思い出し、俺はその石で作られた橋を見つめた。


 人の住む土地に歴史ありといったところか。

 正直言うと、元の世界、地球で住んでいた時、自分がいる土地にどうして街が出来たのかとか考えたこともなかった。


 マックスはこうして自分の生まれ、育ててくれた土地に愛着を持っている。

 それは自分が育ったからだけでなく、祖先がこうしてこの領地を作り上げたという過去があるからだろう。


 生まれて十五年たつけど、そんなこと俺は考えたこともなかった。


 帰ったら少しだけ住んでる土地のこと調べてみようかな。



 そんなことを思いつつ、俺達はとうとうマクスウェル領に入った。


 一応関所のようなものが橋の出入り口にあったけど、足をとめて検査されたりはしなかった。

 この国ってそのあたりはけっこうアバウトみたいだ。


 まあ、おかげで異世界人の俺も問題なく出歩いていられるわけなんだけど。



「さてツカサ殿」


 マクスウェル領に入り、マックスが改めて。とわざとらしく咳払いをした。

 なにかを期待するように、ちらちらと俺の方に視線をむけてくる。



「なに?」



 なにか俺に聞いて欲しそうにしているので、とりあえず話をうながすことにした。



「とうとう我が家に近づいてまいりました! ならば、拙者の家族のことも語らねばなりませぬな!」

『御意!』


「ああ、そういうことか」

 そういえば、来る前領内のことは聞いたけど、家族についてはまだ聞いていなかったな。

 ノリノリで話そうとしたのをリオがとめたんだっけ。


 でも、さすがにこれから御厄介になるところなんだから、粗相がないよう聞いておいた方がいいかもしれないな。


「じゃあ、教えてもらおうか」



「……ったく。これから厄介になるとこだからしゃーないけど、後悔すんなよ」

 なんかリオの言葉にはとげがある気がする。


 そういえばリオには家族と呼べる人がいないから、家族の話は嫌なのだろうか?

 いやでも、そんな心の狭い子じゃない気もするけど、わからんなぁ。


 つーか後悔ってどういうこっちゃろ。



「では知ってくだされ。拙者の家族を!」

『御意!』



 俺がリオの意図を思案していると、マックスは嬉しそうに話しはじめた。

 俺も、マックスの話がはじまるとさすがにリオについて考える暇はなくなってしまった。




──マックス──




 ついにツカサ殿に拙者の大好きな家族をお教えする時がやってきた!


 まずお教えしたのは敬愛する我が父と母!



 我が父、クロッカス・ロッカ・マクスウェルと母シシル・マクスウェルのことである!

 この二人がいなければ当然拙者は存在せず、あとに説明する兄と妹も存在しない!


 父はすでに五十もなかばをこえ、母は四十なかばの仲の良い夫婦にござる。

 父はかつて勇猛果敢で知られ、北方の蛮族達からは騎馬の悪魔とさえ言われるほど恐れられたそうでござるが、それも今は昔。

 五年前兄に家督を譲ってから、すっかり穏やかとなり、元々ぽやぽやしていた母と共にのんびりとした余生を過ごしているところにございます。

 ただ、母は体が弱く、胸(肺)を少々患っており、現在は共に湖近くの別荘で療養しておられますが。


 ぜひともツカサ殿と会ってもらいたい人の一人。もとい二人にござる!



 そして次は拙者の兄。レックス・レック・マクスウェル!

 拙者の三つ年上で、現在二十八歳にしてマクスウェル領の現領主にござる!


 武においては拙者の方が秀でておりましたが、他者への心配り、領内への理解。様々なところは拙者を上回っております。

 拙者が十年前、サムライになると旅立つと宣言した時、父もふくめ騎士団の者全員が反対する中、唯一行ってこいと賛成してくださったのも兄上でございました!

 唯一の欠点は、まだ独身であることでしょうか。


 拙者にとって父と同じく尊敬するお方なのです。



 こちらも、ぜひぜひツカサ殿と会っていただきたい!



 そして最後は拙者の妹! ミックス・ミック・マクスウェル!

 拙者とは(とお)年齢が離れた妹にございます。


 どちらかと言えば勝気な子ですが、剣を学んでいるということはありません。

 いわゆるおてんばですが、淑女としての教育はきちんと受けている。と思われます。



「思われますって、そこはあいまいなのかよ」

 言葉を濁した拙者にリオがツッコミを入れた。



「拙者もここ十年は諸国を漫遊し数えるほどしか実家に帰っておりませんからな。この前帰ったのは一年、いや、二年ほど前ですから、拙者の前で猫をかぶっていた可能性は否定できませぬ」


 少なくとも、嫌われてはいないと思いますが……



 この話を聞くと、二人はどこか納得したような表情を浮かべた。



「まあ、十歳も離れていて、十年放浪しているわけだから、相手もどう接していいかわからないだろうしなぁ」


「そうなのです。あの子ももう十五。年代で言えば、リオとツカサ殿とほぼ同じですから、拙者よりむしろリオやツカサ殿の方が仲良くなれるかもしれませんね」


「いや、お嬢様とおいらなんて無理だろ」

「俺もあまり上品とは言えないからなぁ」



 いやいや、お二人とも目には見えない気品にあふれておりますぞ。

 ツカサ殿はもちろんとして、リオとてひょっとするとと思ってしまうこともありますからな。


 そのことを蒸し返すと、この国の一大事となりえるゆえ口にはせぬが(詳しい事情は第1部の25話あたりを思い出そう)



 ですので是非妹ともツカサ殿をおあわせしたいしだいにございます!



「って、結局全員ツカサにあわせたいだけじゃねーか!」


 なにかに気づき、リオがなぜか憤慨した。

 全員是非あわせたいのだから当然であろう!



『つーかマックス、妹いたんだな』

 ツカサ殿の腰にあったオーマ殿がカタカタとゆれ言葉を発した。

 わざわざ説明するまでもないと思うが、ツカサ殿の相棒。刀のオーマ殿は不思議な力(魔法ではないらしい)で喋れるのだ。


「はい。世間でも話題となるのは拙者か家督をついで領地を運営する兄のことばかりですからね。耳にしておらずともしかたがないかと思います」


 家族のことを説明したのははじめてであったが、父や兄については領主ということもあってなにかと世間で話題にあがることもある。

 拙者も幼きころより天才剣士として名をはせているから、世の噂と言う点で聞こえる話もあるだろう。


 拙者の兄のことを聞いたことなくとも、家督を継ぐ長男がそう簡単に諸国漫遊出来るわけがない。それを考えれば、拙者以外に家督を継ぐ者がいる。イコール兄がいるというのは簡単に推測も出来る。



 だが、妹のミックスは女だてらに剣を振るうわけでもなく、年相応の少女としておてんばながらも蝶よ花よと育てられていると聞く。


 これでは世間で話題にあがるわけもない。



 ゆえに、こうしてお知らせするまで知らなくとも当然の話だ。



「マックスに妹いたのか。奇遇だな。俺にも妹がいるよ」


「そうですか。拙者とおそろいですな!」

 ツカサ殿と一緒! それはすばらしい!


「兄はいないけどな」

「おそろいではありませんな……」


 ツカサ殿と違う! これは残念!


 しょぼーんにござる。



「ではツカサ殿、いつかその妹と拙者の妹をあわせようではありませんか!」



 拙者は舞い上がっていた。

 自分と同じく妹がいるということに。


 だから、うっかりこのことを口にしてしまった……



「いや、会わせたいのは山々だけど、アイツは今、この世界にいないから……あ」


 ツカサ殿が言葉の途中なにかに気づき、表情が一瞬曇った。



「あっ……」


 同時に、拙者の口から声が漏れる。

 ツカサ殿の表情で、拙者はやっと気づいた。気づいてしまった。


 次の瞬間、拙者のわき腹にリオの肘うちが決まっていた。


 ずきりと脇と胸に痛みが走り、リオが言わんとしていたことがやっと理解できた。



 これは、拙者が全面的に悪い。


 少し考えればわかったことではないか!

 拙者は自分のことばかりで、ツカサ殿のことを欠片も考えていなかった!



 ツカサ殿の故郷。

 全てのサムライのふるさとは十年前、突如として現れたダークシップにより、滅ぼされてしまったのだから。


 その時、ツカサ殿の妹も……



 リオは、そのことを理解していた。

 だから、家族の話をはぐらかそうとしていたのだ……!


 あの子も、親を失う経験をしている。

 ゆえに、失うことを思い出すとつらいというのを知っていたのだろう。



 なんたる不覚……!



「す、すみません。拙者、なにも考えず……」


「ん? いや、気にするな。元々妹がいると言い出したのは俺の方なんだから」


「で、ですが……」


「そういう顔をされる方が迷惑だよ。背をピンと伸ばして案内してくれ。俺はマックスの家族に会うの楽しみなんだから」


 ツカサ殿は、こんなおろかな拙者に優しく笑いかけてくれた。


 なんと穏やかな表情。

 それは、拙者を気づかってくれているだけでなく、自分の本心を語っていてくれているように見えた……!



「わ、わかりました! 是非、是非会ってください!」


「おう」




(いやー、ミスった。俺は地球に帰ればいつでも会えるけど、こっちにつれてきたり行ったりはできねーもんな)




 拙者とツカサ殿は視線をあわせ、我等は笑いあった。


 拙者とツカサ殿の心が通じあった瞬間にござった!

 ※ません。



 ツカサ殿は、そのような悲しみも背負い、この地にやってきたのだと理解できた。

 さすがツカサ殿でござる!



 リオがどこか呆れたように肩をすくめたように見えたが拙者は気にしない!




──ツカサ──




 マックスに兄がいるってのはどこかで聞いた覚えがあったけど、妹がいたってのは初耳だった。


 まあ、大事な跡取りである長男じゃ二十歳すぎてからフラフラしていられないわけだから当然な話かと思う。



 妹に関しては微妙な空気になってしまったけど、まさか異世界にいるよと言うわけにもいかず、誤魔化すような形になってしまった。

 きっとあれでいける! 誤魔化せたはずだ!



 マックスの話は、続いて家族同然ともいえるメイドや執事のことに移った。


 前(第11話)で会った元メイド長のメニスさんと同じようにマクスウェル家につかえている人がたくさんいるようだ。



 こうして俺達は、マックスの家族のことを聞きながらその場所へとむかっている。



 青い青い空の下、リオとマックスとのんびり歩いていると……



「……っ!」

 歩き続けていると、俺の体がぶるりと震えた。


 俺は大変なことに気づき、思わず立ち止まる。



「? どしたの?」

「どうなされましたツカサ殿?」



 俺の異変に気づいた二人がなにごとと立ち止まり振り返った。



 ああ。これは大変なことだ!



 なぜなら今、俺は猛烈におしっこがしたい!

 唐突にもよおしてしまったのである!



「悪い。ちょっと花を摘んできたいから二人はここで休んでいてくれ」


「は、はあ」

 マックスがどこか困惑したように答えを返してきた。


「花ならおいらも……」



「いや、言い方が悪かった。ちょっとトイレな」



 どうやらお花を摘みに行くという隠語はこっちの世界で通じないようだ。

 そりゃそうか。同じ言葉として翻訳されたとしたら、言葉は花を摘みに行くだもんな。



「ふっ。そんなこともわからんとは、リオもダメでござるなあ。でりかしーがないでござる」

 ぷぷー。とマックスが手を口に当て笑った。


「う、うっせえ。マックスだってどこか困惑してたじゃねえかよ!」

 言われたリオも、真っ赤になって反論する。


 いや、これは俺が悪い。

 異世界どころか外国でも通じるかわからない遠まわしな表現をしてしまったのだから。



「ともかく、ちょっと行ってくるから、ここで待っていてくれ」


 ちょっともよおしてきてしまっただけだし。

 女と違って男は簡単に済ませることが出来るからさ。



 そう言い、俺は二人を待たせ木々が生い茂る森の中に入っていった。



 目的はもちろん花摘み。すなわちおトイレだ!


 ちなみに小さい方。



 とはいえ、ちょっと急がないといけない。


 唐突に襲ってきた尿意はすでに限界に近い。

 もらすほどの状態ではまだないが、やっぱり早くすっきりしたいというのが人間の本能だ。



 だから、俺は足元を深く注意せず、茂みの奥へと足を踏み入れる。

 踏み入れてしまった。



 その瞬間。




 つるりん。




 と、茂みの中湿っていた草に足を滑らせ足を滑らせたのだ!


 体が前につんのめり、茂みの中から飛び出す。

 転ばぬよう足を前に出し、なんとか踏ん張ろうとする。


 さながらそれは、大急ぎで茂みから駆け出したような格好だったろう。



 だが、それで終わりではなかった。



 茂みから飛び出した先。




 そこは坂だったのである!




(うそぉ!)



 俺の顔は青ざめた。


 なんとか踏ん張って足をついたのはいいが、勢いのついた俺の体は止まらない。



 そのまま俺は、次の足を前に出し、さらに次の足を前に出す。

 顔の近くを木の枝がかすり、木の根っこをひょいとかわす。


 そして転ばないようにその反対の足を前に出して。でもそこは坂で。また足をだして。足をついてまだまだ坂の上でさらにバランスをとるため足を前に出して。出して出して出して……




 ……出して出して出して出して出し出し出し出しだだだだだだだだだだ!




 足が足がどんどん交差し、俺は木が生い茂る斜面をどんどん加速しながら駆け下りてゆく!



『あ、相棒、一体どうしたんだよ!?』


 腰のオーマが驚いた声をあげた。

 だが、俺は答える暇なんてない。声なんて出す余裕はない!


 必死に転ばぬよう足を動かし、生い茂る茂みを飛び越えている。



 外から見ると間違いなくコミカルな駆け下りシーンだろうが、当事者の俺は必死だ。



 だってこんなところで転べば木に激突。下手すりゃ石に頭をぶつけてお陀仏になってしまうからだ!




 転がろうものなら……




 ひぃ! 恐ろしい!




 なんとか木にしがみついてとまりたいところだが、この勢いで丸太にぶち当たれば大ダメージは必須! 手を回しても余りある太さの幹にぶち当たって無事でいられるとは到底思えない!(この間コンマ2秒)


 しかも俺の両手の長さを遥かに上回るぶっとい幹に抱きつきとまれなければ、待っているのは勢いの地獄。

 ピンボールのごとくぶつかりまくり、以後見せられないよな状態になるのは間違いない!


 なにより腰にオーマがいるのだから木に無事抱きつけると考えられるわけないだろろろろろ!



(たす、たす、たすたたたたたたた……!)



 声にも出せない救出電波を俺は必死に発する。

 当然助けなんてくるわけないが。



 転ばないようにがんばればがんばるほど足は加速し、ひたすらに坂を駆け下りて行く。




 そしてそのまま……




 ばさんっ!




 茂みが途切れ、俺は光の下に飛び出した。



 足の下に感覚がない。

 次に感じられたのは、謎の浮遊感。



 いや、謎じゃない。



 状況はすぐにわかった。坂が途切れたのだ。俺は、森から飛び出し、小さな崖の上からものすごい勢いで飛び出したのだ!



 まさに、あーいきゃーんふらーい! だ。



 当然俺は飛べないけどな!




 空中に、俺の体が舞う。




 まだ足が勝手に、交互に動いているのがわかった。

 さながら走り幅跳びで空中を走っているかのような跳び方だ。


 落下している。



 俺は見事に落下している……!



 だがっ!

 俺の脳裏にぴぴーんとひらめくモノがあった。



 俺の脳裏に、『五点着地』という言葉がひらめく。さながら必殺技のごとく!



 五点着地。

 正式名称を五接地回転法といい、落下の瞬間体をひねり倒れこむことにより、落下の衝撃を足先、膝、腰、肩、手と五ヶ所に分散させ、無事着地を成功させるという方法だ。


 実践出来れば十メートルから落下しても無傷でいられるという着地法である!



 それを成功させれば、この落下から無事生還できる。



 当然俺は、そんなの実行したこと一回もないけど!

 成功するイメージなんて欠片もないけど!



 でも、やれなきゃお陀仏だ!



 スローモーションになった世界の中、俺はそう確信する。


 せめて五点着地の真似事はと、足の裏から第一に着地しようと必死にバランスをとった。




 そして……




 ごしっ。



 華麗に足の裏が着地したそこ。


 そこになにか、イビツな感触が感じられた。

 地面とは違う。なんか微妙にやわらかいもの。


 あとから知ることになるが、そこにはなぜか、人の顔面があった。



 突然空から降ってきた俺を見上げ、避けることもままならず踏みつけられた哀れな御仁が一人いたのだ。



 地面に立っていたその人が、最初の衝撃を吸収してくれる。



 そのまま俺は、坂をおりていた時の動作を同じくして、バランスをとるよう前にもう一歩。




 めごっ。




 そこにもさらにもう一人。


 同じように反対側の足が華麗に綺麗に顔面に突き刺さった。


 落下の衝撃が、ついでその二人目に吸いこまれる。

 衝撃が地面に抜け、二人目はゆっくりと後ろに倒れてゆく。


 俺は、その後転にあわせ、その人の顔面に乗ったまま、地面に着地した。



 足は、全然痛くない。

 どうやら衝撃は全部、足の下になった二人が吸収してくれちゃったようである……



 すたっと着地し、俺はそのまま崖の方へ二歩ほどバックステップすることになった。



 そこでやっと、周囲を見回す余裕が出てきた。

 どんな事態でどんな場所に落下してきたのか、俺の頭が理解する。



 目の前には、この世界に来て一番最初に出会ったような山賊風の風体をしたおっさん達が多数。と、そのおっさん達の背後にはぶっ倒れて車輪をまわしている馬車が一台。


 その周囲には、この馬車を運転していたのか、御者が一人倒れている。



 さらに俺が背に隠すようにして立つこととなった位置に、一人のいかにもなお嬢様と、彼女を庇うようにして抱きしめるメイド風の人がいる。


 この世界においていかにもなお嬢様がいるというのに、護衛らしき姿が見当たらない。

 いくら俺がこの世界の常識に疎いとはいえ、すでに結構な長きにわたっているから、これはおかしい話と言えた。


 いくら治安の良い場所でも、お貴族様が移動するなら何人かの護衛はついて回るのは当然なのだ。


 それがいない。ということは、おしのびかなんかなのだろう。




 ……どうやら俺は、悪漢の襲撃現場に押しかけてしまったようだ。




 助かった。と一安心したかったが、どうやらそうもいかないらしい。



 むしろ……



「て、てめえ、なにもんだ! いきなり兄貴達をぶっ倒しやがって!」

 どうやら俺が踏み潰したお髭の二人は、この賊の偉い人たちだったようである。泥沼である。



 状況は悪化の一途をたどっていた。


 転べば大怪我ですんでいたかもしれない事態が、今度は一転死ぬ可能性が大いに高い事態に変化した。



 刀を持つとはいえただの高校生に十人を超える荒くれ者を倒す実力はない。


 こんな屈強な男達、逆立ちしたところで勝ち目はない。



 だからといって、背中で怯える女の子を放って逃げるわけにもいかなかった。

 そもそも崖のところにある道で逃げ場もない。



 となれば……



 俺は覚悟を決め、腰のオーマに手をかけた。



 どーかお願いですから、ちまたに流れる噂とやらを聞いていてくださいね!



 そう心で願いながら!



「なにもの。か……」



 震えそうになる足をおさえ、俺は、ゆっくりと語りだす。



 鯉口を切り、しゃらんとオーマを引き抜き天にかかげた!



『そんなに知りたきゃ教えてやるぜ!』



 刀のツバがカタカタとゆれ、オーマが喜びの声をあげた。

 こうして刃を抜かれるのは本当にひさしぶりだからか、名乗りからしてとてつもなく張り切っているのがわかった。



『ここにおわす方を、誰だと心得る! この方こそ、ダークカイザーを屠り世を救った天下の救世主! サムライのツカサたぁこの人のことだ! 真のサムライに勝てるとぉ思うヤツぁかかってこいやあぁぁ!』


 後半は無駄に歌舞伎風だった。気合はいりすぎである。


 だが、効果はあった。



 今まで余裕だった荒くれ者達はざわりと動揺し、顔を見合わせている。



 こういう時だけだが、サムライって肩書きは非常に助かる。

 都合のいい時だけその名声を利用する。なんてこずるい男だと思うが、こっちは命がかかってんだ。文句なんて言わせない!


 だから、本物のサムライ。マックスよ、早くこの騒ぎに気づいて助けにきてえぇぇぇ!



 俺に出来るのは、時間稼ぎだけだった。


 あとはこのはったりに負けずこの荒くれ者達が襲い掛かってこないのを祈るだけである。




 ただ、一つ言っていいだろうか?




 誰だよマクスウェル領は治安がいいなんて言ったヤツはあぁぁぁぁ!!




 心の中で、俺の絶叫はむなしく木霊した。





──マックス──




 小水にむかったツカサ殿の背中を見て、拙者はほっとする。


 雰囲気はいつもどおりと変わらない。

 あの一件はまったく気になされていないようだ。


 ここで拙者がさらに気にしてはツカサ殿のご好意が無駄になる。ゆえに、これからはいつもどおりの態度とさせていただきます!



 拙者は森の中に姿を消したツカサ殿に大きく頭を下げた。



「ったく。だから言っただろ」


 リオがため息をついた。



「……まったくだ。なぜ家族の話を避けようとしていたのか、拙者にはまったく気づかなかった。すまぬな」


「うぇっ、マックスに素直に謝られるとなんか気持ち悪いな」



「気持ち悪いとはなんだ気持ち悪いとは! 拙者とて過ちは素直に認める。家族を失うという悲しみが想像できなかったのは事実。それを否定して醜態をさらす気は毛頭ない!」



「ならよかったよ。これか……」


「しっ!」



 リオの言葉をさえぎり、拙者は耳をすませた。



「ら、は……?」


 困惑するリオの顔の前に手を広げ、人差し指を自分の口の前に置く。

 静かにしろという意味だ。




 ひひいぃぃん。

 がしゃん。ごごぉん。



 遠くで、なにか馬が悲鳴を上げた音と大きな者が転がった音が響いた。


 さらに続くのは、剣と剣がぶつかりあう音。



「どこかでなにかが戦っておる!」


「なんだって!?」


 ここから降りた位置からだ。

 なにかが戦っているのは間違いない。


 そして、さらに気づいた。



 ツカサ殿が、ものすごい勢いでそこにむかって駆け下りている!



「っ! ツカサひょっとして!」


 これはリオも気づいたようだ。

 森の中をなにかが動いている音が聞こえてきたからだ。



 まさかツカサ殿、あなたはそれに気づいて念のため森の奥へと進んだのですか!?


 ですがあなたは今、ダークカイザーとの戦いに死力をつくし、『シリョク』失った身。だというのに、放って置けないのですか!



 とはいえ、いくら最強の力を失ったとはいえ、あの方はサムライ。

 力の源の一つがなかろうが、その技術と感覚に衰えはない。


 気づけば、どうするか。



 そんなの考えるまでもなかった。



 あの方ならば、サムライの技術を失ったとしても強敵に立ち向かうのは必定!

 これはむしろ、弟子である拙者がツカサ殿より早く気づき、その危険を排除せねばならなかった案件!


 力を失ったツカサ殿のかわりに戦うこと。それこそが今拙者に出来る恩返しなのだ!



 そう確信すると、拙者は即座に走り出していた。



 一刻も早く。一秒でも速く!



 ツカサ殿に追いつくよう、最短で森の中を駆け抜ける。



「ひょっとしてツカサ、今そのサムライの力失ってるっての忘れてるんじゃ?」


「それもありえるが、元々雑魚に負けるようなお方ではない! しかしそれでもお手を煩わせる必要はないはずだ!」

 拙者の後ろについてきたリオが疑問を述べる。


 ツカサ殿であるからそんなことはないとは思うが、あの方は力があろうとなかろうと弱き者がいれば力を差し伸べてしまうお方。


 むしろ拙者達がなんとかしてあの方の無茶に付き合わねばならなかったのだ!



「やはりここは、気を使わず連れションというモノを断行すべきであったか!」


「……いや、やめとけよ恥ずかしい」


 リオに呆れられたが気にしない!



 森の先から戦いの音は今聞こえない。


 かわりに……



『ここにおわす方を、誰だと心得る! この方こそ、ダークカイザーを屠り世を救った救世主! サムライのツカサたぁこの人のことだ! 真のサムライに勝てるとぉ思うヤツぁかかってこいやあぁぁ!』



 オーマ殿の声が響いてきた。


 やはり、ツカサ殿は悪漢の魔の手から何者かを守るためこの先にある崖を飛び降りたのだ!



 この先にツカサ殿がいると確信し、森を抜けるのと同時に拙者は崖から飛び出した!




「待たれい待たれーい!」




 そう叫び、拙者は刀をかかげたツカサ殿と悪漢との間に降り立った。



 前に悪漢。後ろには傷つき倒れた者達。


 やはりツカサ殿は、彼等を守るため力を失ったこの状態にも関わらず飛び出していたのだ。



 すでに二人の男が倒れている。


 その気になればおひとりで全滅させることも可能であろう。



 しかし。しかしだ!



「真のサムライであるツカサ殿がこんな雑魚のお相手するなど百年早い! ここからは拙者、ツカサ殿が一番弟子、マックスが相手となろう!」


 そう堂々と声に出し、腰の刀。我が相棒サムライソウルを引き抜いた!



『御意に!』



 引き抜くのと同時に、我が刀もツバを鳴らし声をあげる。



「マ、マックスだと!?」



 拙者の名と姿に、ならず者達は驚きの声をあげた。


 どうやらこの者達は拙者のことも知っているようだ。



 それもそうだ。仮にも拙者はこの地においては有名人。下手をすればツカサ殿より人相風体は知られている。


 たとえ偽者のサムライと侮られたとしても、剣士マックスの名はこの一体に轟いていて当然なのだ!



「ほう。拙者を知っているのか。ならば話は早い! 拙者に退治されたい者からかかってこい!」



 そう宣言し、拙者は十人もいるというのに及び腰となった悪漢へと挑みかかった。




 はっきり言えば、烏合の衆と化していた悪漢が見習いとはいえサムライと化した拙者に勝てるはずがなかった。




 そもそも、奴等のカシラとなる者二人はツカサ殿が現れた時倒しており、拙者がしたのはそいつ等を欠いた男達の敗残処理といってもいいほどであった。


 ツカサ殿はすでに、悪漢どもの牙を二本とも抜いてしまっていたのである。



 さすが、ツカサ殿!


 残った男達を降伏させ、すこしだけの物足りなさを感じつつ拙者は襲われていた者達の方を振り返った。




 悪漢が退治され、怪我をした護衛に守られていた少女が姿を現す。

 どうやら、どこぞのお嬢様のようだ。


 年は、ツカサ殿やリオと同じくらいか。

 そして先ほど話題に上がった、拙者の妹と同じくらいでもある。


 背格好も同じ。


 前に帰ったのはもう一年以上前であるから、成長していればこのくらいに……



 ……って、え?



「ありがとうございまし……って、マックスお兄様?」




 近づき礼を言うためこちらを見た少女が拙者を見て驚きの声をあげた。



 間違いない。成長しているがこの娘は拙者の妹。ミックス・ミック・マクスウェルである!




 なんという偶然の再会と思い、拙者もただ唖然としているしかできなかった!




───ミックス───




 わたくしの名はミックス・ミック・マクスウェル。


 このマクスウェル領をおさめるマクスウェル家の一人娘にして、二人の年の離れた兄を持つ者です。



 一人は十三離れたレックスお兄様。こちらは現マクスウェル領をおさめる領主。

 領民からも信頼が厚く、とても尊敬のできるお髭のお兄様なのです!


 もう一人は十はなれたマックスお兄様。十年前からサムライという存在になるため諸国を漫遊し修行のたびを続けている、滅多に帰ってこない風来坊。

 でも、帰ってきた時は旅先で見聞きしたことを教えてくれる、強くてやさしいもう一人のお兄様。


 わたくしはその冒険譚が大好きで、毎回夜遅くまで聞かせてくれるようおねだりしてしまうほどなんです。



 ですから、お兄様が近く我が家に戻ると聞き、いてもたってもいられなくなり、じいやには秘密で馬車を用意してもらって迎えに来てしまったのです!


 ああ、お兄様の驚く顔が目に浮かびます。



 そして帰り道でお兄様の冒険譚を聞かせてもらうのです。



 少し前に王都であったというお父様は言っていました。マックスお兄様は世界の一大事に関わっているとか。


 それが本当なら、今度のお話はどんな胸躍る冒険が待ち受けているのでしょう?


 先日浮かび上がったダークシップと関係もあるのでしょうか?

 お兄様は、その宿敵ともいえるサムライを探して旅に出ました。


 関係があるのなら、今度はついにサムライのお話が聞けるかもしれません。



 お兄様があこがれた永遠のヒーロー。


 人々のピンチに颯爽と現れ、悪を倒して去ってゆく、今この国で噂となっている伝説の剣士。



 何度かお兄様を助けたというサムライのお話も聞きましたから、わたくしもサムライには大きく興味があります。



 それとも、マクマホン領に現れたというドラゴンのことを聞けるでしょうか。

 先日マクマホン領の跡取り、マイク様が我が家を訪ねて来られた際、ドラゴンが現れた現場にマックスお兄様もいたと言っておりましたから……!


 伝説のドラゴン。


 そのお話が聞けるなんて夢のようです!



 がたごとと揺れる馬車の中、今度はどんなお話が聞けるのだろうかと妄想を膨らませていると、突然外が騒がしくなりました。


 馬がいななき、メイドに体を抱きしめられます。



 大きな悲鳴と音が響き、馬車が横転してしまいました。

 わたくしをかばってくれた彼女のおかげで怪我はありませんでしたが、彼女は腕が折れたそうです。


 彼女に手をひかれ外に這い出してみると、十名を超える悪漢がわたくし達を取り囲んでいました。



 騎士団が定期的に見回り、とても安全だというこのマクスウェル領にこのようなならず者がいたなんて。

 いくら領境が近いとはいえ、こんなこと聞いたこともありません!



「へっへっへ。こいつは上玉だな」


「そのとおりだな、アニキ……!」


 この一団のボスと思われる二人が血のついた剣を舐めながら前に出ます。



「お嬢様、私の背中に!」


 メイドがわたくしをかばい、じりじりと崖の方へと下がります。


 怖い。


 お兄様のおさめるこの領内でこんなことがあるなんて、信じられないことでした。



 ですが、もっと信じられないことが起きます。



 もうだめかもしれない。




 そう思ったその時。




 ヒーローが現れたのです。




 大きな音を立て、崖の上から何者かが現れたのです。



 その人はリーダー格の男二人を一瞬で蹴り倒し、わたくし達を守るよう前に降り立ちました。



 その姿を見て、悪漢達がざわめきます。




「なにもの。か……」




 男達に問われ、その方──姿と声からしてわたくしと同じか少し年下かもしれません──が、ゆっくりと語りはじめました。


 その正体を証明するかのように、彼は腰の細い剣を引き抜き、天にかかげたのです。



 その刃が、太陽の光をきらりと煌かせた瞬間、わたくしも、あの悪漢達も彼等が何者なのかはっきり理解できました。



『そんなに知りたきゃ教えてやるぜ!』



 その剣。いえ、刀から声が響きます。



『ここにおわす方を、誰だと心得る! この方こそ、ダークカイザーを屠り世を救った救世主! サムライのツカサたぁこの人のことだ! 真のサムライに勝てるとぉ思うヤツぁかかってこいやあぁぁ!』



 はっきりと言えば、この宣言だけで戦いは終わっていたと言っても過言ではないでしょう。


 続いてその方の弟子を名乗る方が崖から降りてきて、残りの悪漢を全て倒し捕らえました。



 わたくしは、敗戦処理ともいえるそちらの方に意識はまったくむきませんでした。



 だって。だって……!



 目の前には、わたくしと賊との間に華麗に降り立ったヒーローがいたのですから。


 戦いを見守る彼を、わたくしは見守るしかできなかったのですから!



 まるでおとぎ話のように、ピンチになったわたくしを救うかのように現れたヒーロー。

 その姿はまるで、天から舞い降りた女神ルヴィアの使い、御使いのようでした……



 胸がどきりと高鳴るのがわかる。



 この気持ちは、一体なんなのでしょう……?



 わけがわからないまま、戦いは終わりました。



 わたくしはこの一団の代表として、大立ち回りをしていた弟子の方ともども、礼を言うため近づきました。




「ありがとうございまし……って、マックスお兄様?」



 そこにいたのは、迎えにむかっていたマックスお兄様でした。


 そのマックスお兄様の先生が、この目の前の人?



 彼が、ゆっくりと振り向きます。



 その姿はやっぱり、私と同じくらい幼い方でした。


 この土地では滅多に見ない顔立ちに、印象的な艶やかな黒髪黒目。



 その凛々しい姿は、まさにサムライ……!




 これが、世界を救ったサムライ。ツカサ様とわたくしの出会いでした。




──リオ──




 一連のことを、おいらは崖の上から見ていた。



 相変わらずだよツカサは。

 自分が世界を救って大きな力を失ったばかりだってのに、そんなの関係ないと大勢のならず者に挑みかかっていくんだからよ。


 あんな姿を見せられ、思わずくらりと来ない方がおかしいってモンだよな。



 ツカサは困った人がいれば誰彼かまわず手を差し伸べるけど、まさかこうして助けたお嬢様がよりにもよってマックスの妹だなんて!



 マックスもツカサに惚れこんでいるけど、その妹も同じようにぽーっとつったってるじゃねえか。

 こいつは間違いなく、ツカサの男気に惚れたに違いないな。



 ……だってのに、なんだろう。



 マックスの場合は平気なのに、その妹の場合はなぜだかよくわからないけど、胸が締めつけられるような気がする。



 ぎゅうぎゅうと心臓を締めつけるようなこの切ない気持ち。



 この気持ちは、一体なんなんだろう……?




 わたしは、下で兄妹の再会に驚きあう二人を見て、首をひねった……




──ツカサ──




 ふう。予定通りマックスが助けに来てくれて、見事目の前のならず者を倒してくれたおかげで俺は命が助かった。



 なにやらマックスの妹らしかったお嬢様からお礼を言われたけど、実際に助けたのはマックスなのだから、お礼はそちらにと言っておいた。

 実際俺は、落ちてきただけでなにもしていないわけだからな。


 むしろ踏みつけてショックを吸収してくれたあの二人に感謝したいくらいだし。



「あぁん。いけずですね……」



 なんてマックスの妹。ミックスに言われたけどなんのことやらわけがわからなかった。



『しっかし、マックスをむかえに来て山賊にであっちまうたぁ、ずいぶん不運だな』


「そうですね。まさかマクスウェル領に山賊が現れるとは、これは由々しき事態にございます。とはいえ、いくらマクスウェル領とはいえここは領と領の境も近い。隣から入りこんできていても不思議はありませんから難しいところです……」


 マックスが悔しそうに言う。

 俺はそれを聞いて、ああ、やっぱりか。と俺がちょっと前に考えたことは間違っていなかったと思った。


 治安がいいところだからこそ、よそから来て悪さをする一団もいるということである。

 騎士団の見回りが途切れたところで悪さを働き、領外へ逃げるとか。


 今回の彼女はそういうのに運悪く襲われたということか。



「だから、いくらマクスウェル領の治安がよいとはいえ、街から出る時はきちんと護衛をそろえろと言っておいただろう」



「ごめんなさい。お兄様にいち早く会いたくて……」


 マックスのお小言にミックスがしょんぼりと頭をさげた。

 そんなことを言われてしまったら、マックスも怒るに怒れないようだ。


 自分達が来たせいかと、声を詰まらせてしまっている。



「な、ならば次からは気をつけるのだぞ」

「はい!」


 ぽんぽんとマックスが頭をなでると、彼女の機嫌はすぐに戻った。


 素直でいい子だなぁ。ウチの反抗期真っ只中の妹とは大違いや。




「ミックスお嬢様ぁー!」


 馬車を起こし上げ、怪我人の治療をしていると、遠くから、小さな地響きと共にそんな大声が聞こえてきた。


 声のした方を見ると、一頭の馬がものすごい勢いでこちらに向かってきているのが見えた。

 その馬の背には、誰か大柄な男が一人乗っている。


 年齢は二十歳を少し超えたくらいだろうか。装備からして、軽装の騎士様のように見える。



「おお、あれはヒースではないか」

 やってきた騎士を見て、マックスが懐かしいと声をあげた。


 どうやら知り合いらしい。


「知り合い?」

 崖をおり、隣にやってきたリオがマックスに聞いた。


「うむ。マクスウェル騎士団の一人で、拙者の従兄弟にあたります。今は主に、我が家の警備を任されている者にりますね」

 リオの疑問に敬語交じりで返したのは、俺にも教えているからだろう。



「んげっ」

 それを見て、ミックスがお嬢様が出しちゃいけないような声を出した。



「……どうやら、家の者に秘密で出てきたようですね。護衛が少ないのも当然でござったか」

 やれやれと、マックスは肩をすくめた。



「やっと見つけましたぞミックス様!」

 ぷんすかと頭から湯気を出しながら、ヒースという騎士は俺達の面前に馬をとめひらりと地面に降りた。


 ガタイがいい上軽やかな動きだなんて、なんかずるい!



「また勝手に屋敷を抜け出して。メイド長のマーサ殿がお怒りになって……って、そちらにおられるのはマックス様!?」



 つかつかと肩を怒らせつつミックスの方へやってきて、彼女がマックスの背に隠れたところで現れたマックスの顔を見て彼は驚きの声をあげた。

 そりゃもう、ぴょんと飛び上がるほどの驚きようであった。



「うむ。ごくろうであったヒース。今回の一件、非は全てミックスにある。もうすでに一度叱り飛ばしてあるので、これ以上の小言は勘弁してやってくれ」


「は、はいぃ!」

 ヒースは背筋をぴーんと伸ばし、元気よくマックスに返事を返した。

 今まで怒りで顔が真っ赤だったのだが、今度は別の緊張で顔が赤くなったように見える。


「ありがとう」


「で、ですが、メイド長マーサ殿のお叱りは私にはどうにもなりません!」


「それは私にもどうしようもない。ミックスが覚悟を決めるしかないことだ」


「うぅ~」

 どうにもならないと聞き、お嬢様はしょんぼりとするしかなかった。


 さすがにそっちの事情に俺達が手を出すわけにもいかないので、ただ見守るだけだ。



「あ、マックス様!」

 ミックスがマックスの背中でしょんぼりしていると、ヒースが声をかけた。


「ん?」


「ぶしつけでありますが、握手していただいてもよろしいですか!?」


「かまわないよ」

 普段のござる口調ではないマックスが、少し苦笑しながらこころよく引き受けた。



「まさかこんなところでマックス様と邂逅できるとは思いませんでした。一生の思い出といたします!」



 手を握りながら、感動の涙を流している。

 こういうのを見ると、やっぱり地元じゃ有名人なんだな。と思う。



「ところで、様々な噂を聞いてはおりますが、なぜ、今マクスウェル領へ?」



「うむ。拙者の師であるこちらのお方。ツカサ殿!」


 と、マックスが意気揚々と俺のことを紹介はじめた。



「こちらの方が、拙者の生家を見たいとおっしゃってな! ついでに拙者もサムライとなった記念に、一度挨拶に戻ろうと思ったのでござるよ!」


 鞘におさまったままの刀を腰から引き抜き、天にかかげマックスはたいそう嬉しそうに自慢した。


『御意に!』

 ついでにその相棒となる刀のサムライソウルもマックスの声に反応し、ツバをカタカタと揺らし声をあげた。


 それを見て、それは本物だとヒースさんも驚いた。



「つ、ついにサムライとなられたのですね! なら、また騎士団に戻って……」



「いや、拙者はまだ見習い。まだまだ真のサムライの道は遠きにござる。ゆえにまだ戻れぬにござるよ」


「そうですか……」


 ヒースさんはしょんぼりと肩を落とした。


 そして、ちらりと俺の方を見て……



「ちっ」



 俺にしか聞こえないような小声で舌打ちされたー!?



 なんか恨めしい視線を俺に向けてるよ!

 そして去って行ったよ!



 いやいや、誤解しないでください。マックスは俺に勝手についてきているだけであって、俺が同行を強制しているわけでも無理矢理つれているわけでもないんだよ!?

 今回みたいに護衛として頼りにしていたり、一緒にいてくれれば迫る危険から身をていして守ってくれるから安全を買うのに非常に役に立つと少しは……いや、たくさん思っていたりするけど、決して俺にぴったりついて来いとなんて言ってないんだから!


 と、声を大にして言いたいところだけど、実際騎士団に戻れ。なんて旅の間は言えないのが実情なんだよなぁ……



 マックスみたいな用心棒いてくれないと、怖くて街道歩いてられないもん。



『ったく。騎士団に戻らねぇのは相棒のせいじゃねぇってのにな』

「そうだよ。なにもしらねーくせに」

 腰のオーマと俺の後ろにいたリオがなに言ってんだあの人はとプンスコする。



「まあまあ。それだけ慕われているってことなんだから、そこまで目くじらを立てることじゃないよ」



「なんで怒るべきツカサはそんな飄々としていられるんだよ!」

『そうだそうだ!』


「いや、そう言われてもなぁ」


 正直なんで俺についてきてるんだってのは俺だって思っていることだし、舌打ちされてもしゃーないと思っているし。



「別に俺は気にしてないから。かな?」



 とりあえず、当たり障りのないことを言っておいた。

 そしたら二人にため息つかれた。



「そっか、そういうことかよ」

『ああ。おれっち達が心配するだけ無駄だってことなわけだ』



 どうやらわかってくれたらしい。



(ツカサにとってあんな騎士眼中にねぇってわけだね!)

『(あんな小物の言葉どうでもいいってことかよ。器がでかすぎて逆にあの男にゃ見えてねぇのが滑稽だぜ……)』



 うんうんとうなずく二人を見て、俺も大きくうなずいた。



「では、ミックス様。もうじき残りの警備の者達も追いついてきますので、残りの後始末はこちらに任せてください。マックス様方も、ミックス様と共にその馬車でお屋敷の方へ」



 ヒースさんはてきぱきと指示を出し、俺達にもそううながした。



「うむ」

「わかった」

「はーい」


 マックスと一緒に俺もリオも返事を返し、遅れてやってきた馬車へと乗りこんだ。



 こうして俺達は、遅れてやってきた新しい馬車に乗ってマクスウェル領を統治するマクスウェル家へむかうのだった。




 さて。いよいよマックスの生家か。



 どんなところなのか、ちょっと楽しみだな。




──???──




 なんということだ。せっかくのマクスウェル家乗っ取り計画の第一段階があのガキのおかげで台無しじゃないか!


 少数の護衛しかつれず、こっそりと屋敷を抜け出した今がチャンスと睨んだというのに、まさかこのタイミングでマックスと合流を果たすとは完全に計算外だ。


 あと一歩あのガキが遅ければこちらにもチャンスがあったというのに!



 ここで襲われ大ピンチになっているところを颯爽と助け、あのおてんばお嬢様の覚えをよくしようとしたというのが台無しじゃないか!

 あの娘がああいうのに弱いというのまで必死に調べたというのに! 完全に無駄骨じゃないか!


 幸いあのならず者とこちらのつながりを示すモノは欠片もない。

 だがこうしてはいられない。一度戻って魔法使い殿と計画を練り直さなければならないな。


 ならず者の一件から奴等を集めた魔法使い殿に追っ手がかかるかもしれないことも伝えねばならないし。



 計画の第一段階は狂ったが、これはあくまでお手付け程度。まだまだ修正が効くはずだ。


 それより問題は、完全なイレギュラー。あの自称サムライを名乗るあのガキだ。



 あんなガキが本物のサムライとは到底思えないが、それでも念のため警戒や、排除をしておく必要もあるだろう。



 そのことについても、魔法使い殿に相談しよう。




 彼の者が知恵を貸してくれる限り、こちらに負けはないのだから……!




 おしまい

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