第30話 サムライギャンブラー
──ツカサ──
がたごと。
がたごとごと。
雲一つない爽やかな青空の下、多くの人に踏みつけられ道として固まった土を踏みつけながら、街から街を結ぶ街道を一台の馬車が進んでいる。
馬車のむかう先にあるのはマクスウェル領。俺達三人はそこへむかう街道に入り、駅馬車と呼ばれる、バスみたいに運行している乗合馬車に乗っていた。
道に段差があるたび、馬車ががたがたと揺れる。
客室となる荷台に椅子はなく。俺達は床に直に座る状態になっているのでその揺れは直接体に響いてくる。
現代の車の快適さを知っているとその乗り心地はかなり悪いが、自分の足で歩かなくてすむというのはやはり楽だった。
乗客は俺達三人をふくめて七人。商人風の男が三人と旅人が一人だ。
徒歩での旅がメインのこの世界で乗り合いとはいえ馬車を利用するのはそこそこに小金を持っていなければならない。
だから、旅人でなく個人で移動する商人の方がおのずと利用率は高くなる。らしい。
ついでにいうとこのあたりは治安もよいので、こうして護衛もいない駅馬車が運営できるのだとか。
見たところ乗客にガラの悪い人はいないので、外から盗賊かなにかが襲ってこない限りは危険もない。
さっき言ったとおりこのあたりは治安が良いところだし、例え盗賊が襲ってきたとしても、ここにはマックスがいるから平原を埋め尽くすほどの凄い数じゃない限りまず問題ないはずだ。
がたがたと馬車が揺れることを除けば、今日は非常に快適な移動と言えた。
空は晴天。雨が降る心配もない。両脇を覆う壁代わりの布はくるりとまとめて天上でまとめられ、外がよく見える状態になっている。
爽やかな風が馬車の中に吹き抜け、のどかな雰囲気が漂う平原の風景がよく見えた。
風の音と共に、かっぽかっぽと馬の蹄の音も響いている。
あぁ、平和は実にいいなぁ。
美しい自然の中のんびりと見物していられるなんて、異世界も捨てたものじゃないよ。
馬車の枠に肘をかけ、ぼんやりと平原の緑が広がる外を見る。
岩がいくつか見えるが、高い木も少なく、遠くに森と山が見えるだけだった。
のどか。と表現する以外にない状態だ。
「ここまでのどかだとあくびが出るね」
俺の隣にいるリオがふわー。と大あくびをした。
「ふっ。そうして気をぬい……くわぁ」
さらにリオの反対側の俺の隣にいたマックスがリオにむけてなにか言おうとしたけど、リオのあくびがうつって大口を開いた。
「くっ……」
「くくく……」
『マックスよぉ』
俺とリオは笑いをこらえ、オーマが呆れたような声をあげた。
「こ、これは仕方がないのでござる!」
「素直に同意しとけばよかったんだよ。バーカ」
「う、うるさい!」
くつくつ笑うリオに、マックスが顔を真っ赤にして反論にならない反論を返した。
俺も、思わず口元をほころばせてしまう。
「ツカサ殿までー!」
リーゼントのニーさんが顔を真っ赤にしているのは面白い話だが、あんまりそれでからかうのは悪いと思ってしまう。
せっかくだから、話題を変えようか。
「そういえばさ、マックス」
「はいでござる?」
「マックスの生まれたところってどんなところなんだ?」
今俺達が目指しているのはマックスの生まれ故郷であるマクスウェル領。
せっかくそこに行くのだから、そのことを聞こうと思ったのである。
「ツカサ殿。拙者の。拙者の育ったところに興味がおありなのですか!?」
「そりゃねぇ」
「そりゃ、今からむかうところなんだから当たり前だろうが」
「では、まずは拙者の家族から……」
「いや、だからツカサが聞いたのは育ったとこだろ!」
なぜかリオがマックスに噛みついた。
「むっ。よいではないか。そこから周囲に話を広げてゆくのだから!」
場所の説明でなく家族のことを言おうとしたマックスの頭を、馬車のヘリに手をつき、俺の頭を飛び越えてぺしぺしと叩いた。
マックスもええいと手を振り解き、自分の見解を主張する。
リオにはマックスが家族の話をするのがどこか不満のようだ。
「それならおいらだってマクスウェル領のことなら聞いたことあるし、説明くらいできるぜ。ツカサ、聞いてくれよ」
「ちょっ、それはずるいでござるぞ! ならば拙者がちゃんときちんとマクスウェル領のことを話す。それでよいな! ささ、ツカサ殿。お耳をお貸しください」
早口でまくし立てたマックスは俺に耳打ちしようとその口を近づけてくる。
「いや、普通に話して」
近づいてくるマックスの口の前に掌を出しそれをやめさせた。
「わかりもうした!」
距離をとり、マックスは俺に向き直った。
俺達は馬車の真ん中あたりにいたのだけど、前方に飛びのいてなぜか正座からの語りである。
両手をついて、一礼。
ちなみにこれ、オーマが教えた作法なのだそうな。
「では、少々長くなりますが……」
一言おいて、マックスはマクスウェル領のことを語りはじめた。
マックスの実家であるマクスウェル家がおさめるマクスウェル領。
そこはこの国の北方から襲い来る蛮族やモンスターに対抗するため、その防衛として兵が配置されたのがこの領のはじまりなのだという。
それをとりまとめ、この土地防衛の要として土地を開墾し、まとめたのがマクスウェル家であり、北方からの蛮族の侵入を代々守り続けているのがその騎士団、マクスウェル騎士団なのだという。
この国において、一、二の強さを持つと言われる騎士団はこうして生まれたのだ。
騎士団が生まれたことにより、蛮族に怯え、人々がよりつかなかったその土地に人が集まるようになった。
人が増え、開墾が広がり、生産力も増す。
こうして、蛮族の襲来を除けば、ほどよい気候と安定した気象というのが重なり、マクスウェル領は繁栄してゆく。
強い騎士団と豊かな大地。この二つがここにはそろっている。
蛮族の襲撃も十年前のダークシップ襲撃の時、その方角も砲撃を受けてからなりを潜めている。
その襲撃もなくなった今、マクスウェル領は過去最大の繁栄を誇っている。
さらに、この国随一とも言われるマクスウェル騎士団が随時見回っているため、領内はかなりの安全を誇るのだという。
俺は思った。
安全は大切だ。それはとっても大切な情報だ。と!
「今はまだ早いですが、収穫期になると視界いっぱいに麦畑が広がりますよ。それは圧巻な光景です!」
マックスが領内の見所を話す。
「それに領内の南部には大きな湖がありますから、そちらも非常に綺麗なところです。それと、それと……」
マックスがさらに言葉を続けようとした、その時。
「ようし、ダブルワンだ!」
「うわー!」
「なんてこった……!」
馬車の後ろの方で喜びと落胆の声があがった。
突然の大声に、マックスの気勢がそがれる。
俺達もいきなりのことに、何事かとそちらを振り向いた。
視線をむけると、旅人と商人達がカードゲームをしていた。
地球でいうところのトランプのようなカードの束を使い、賭けをしているようだ。
賭けとわかったのは、商人達が肩を落とし、金貨の入った袋を旅人に渡しているからだ。旅人はその袋をあけ、中身を確認してにししと笑っている。
どうやらあの旅人が一人勝ちしたようだ。
「ええい、まだだ。次。次やるぞ!」
「もちろんだよ」
商人達が拳をあげ、カードを床に置いてあるいわゆる山札に戻す。
カードを全部束にまとめ、全員が一度切ってからまた床に置き、次の一戦がはじまった。
マックスとリオが注目している。
一方の俺はルールがさっぱりなのでそれをぼんやりと見ているだけだった。
プレイヤーとなる四人は最初二枚のカードを持ち、ゲームがはじまると山札からおのおの一枚ずつカードを引いていった。
でも、時に引かない人もいる。引いていいカードだったのか、にやりと笑ったり落胆したりしている。
手札を引くのが終わると、彼等は手持ちの掛け金に手をかけた。
これから掛け金を引き上げたりするのだろうか。
俺がそう思った瞬間。
「レイズ」
旅人がいの一番にそう声をあげた。
にやり。と自信を見せた商人が動揺の姿を見せる。
レイズ。確か賭けの用語で掛け金を上乗せする時に使われる言葉だったっけ。
この言葉はオーマによって翻訳されているわけだから、現地の言葉でなんと言ってるのかはわからないけど、少なくともそういう意味なのだということはわかった。
つまり、商人が自信を見せたというのにあえて掛け金を吊り上げたというわけだ。
自信を見せる旅人の姿に、二人の商人は降りた。負けでよいとなり、掛け金はそのまま場に置かれ、買った方のものとなる。
残るは二人。
にやりと笑っていた商人は自分の手札と相手の手札を見比べ、オロオロとしはじめた。
そこから、それはいい手ではあるが一番強いというわけじゃないというのがわかった。
逆に、まったく動じない旅人はよほど自信があるのだろうか。さらににやりと笑ってみせた。
「ちなみに俺は、あんたが乗ってきたらもう一回レイズをするぜ」
「ぐっ……!」
商人は喉から引きつったような声をあげた。
ここまで来ると逆にはったりのように聞こえる。
むしろ相手をおろすためのはったりだ。
だが、受けて立つということは掛け金は倍の倍で四倍となる(ひょっとすると異世界ではもっと高レートなのかも)
「ぐっ、く。ワ、ワシも降りる……」
何度も何度もカードを見つめなおし、商人は肩を落とし賭けから降りた。
これで場に出ていた全部の掛け金はまた旅人が総取りとなった。
商人が肩を落とした時手からカードが零れ落ち、カードがオープンになった。
同時に、旅人も口元を吊り上げカードを開く。
まだこの世界の文字に不慣れな俺はそこになんと書いてあったのかわからなかったけど、マックスもリオも、そして商人も驚いていた。
「なんと。商人殿は20とダブルワン目前だったというのに、こちらは16。はったりであったか!」
数値の面ではよくわからないが、マックスが驚いているのを見ると、いわゆるブタカードで勝利したレベルの大勝利だったらしい。
マックスがちらりとリオを見る。
「イカサマはなかったね。残念だけど、押し負けたあっちが悪い」
「ぐぅ……」
リオの無慈悲な断言に、商人は両手を床に着いた。
掛け金の吊り上げに乗っていれば勝っていたのだからその悔しさといったらないだろう。
「さて、次はどうする?」
「もう一回。もう一回だ!」
「俺も、俺もだ!」
勝てた勝負に勝てなかった。なら次は勝てるとでも思ったんだろうか。
商人は負けを取り返すため旅人との賭けに乗った。
更なる掛け金が上乗せされ、勝負が開始される。
旅人のレイズに、商人達は鼻息荒く乗っていった。
結果は、旅人の勝利。
見事に商人達は大金を奪われてしまったのだった。
「あぁ、もう終わりだぁ……」
「仕入れの金が。ああ、ああ~」
「ううー。あああー」
三人の商人ががくりと膝を突く。最後の一人なんて金が足りなくて商品までとられてしまっている。
自業自得といってはなんだけど、ギャンブルってのは怖いね。
「さて、続きは……やらねぇか」
灰になった商人達を見て、旅人は肩をすくめた。
「なら、どうだい兄さんがた。俺とひと勝負しないかい?」
今度は俺達を誘ってきた。
ギャンブルなんてこんな時でもないと経験できないから乗った! と言いたいところだけど、ルールがさっぱりわからないのだから、参加したくとも参加できるわけがない。
「俺はそもそもルールがわからないからパスかな」
「ああ、ツカサはこっち来たばっかだもんな」
「とりあえずもうしばらくルールを覚えるため見るのに徹しようと思う」
リオのそういえばという声に、俺は答えを返した。
「ならば、せっかくでもあるから、拙者がお相手いたそう!」
「え?」
「ええっ!?」
マックスが自信満々に胸を叩き、俺とリオは驚きの声をあげた。
まさかマックスがギャンブルに手を出すとは思わなかったからだ。
「ひゅー」
旅人が口笛を吹いた。
「おいおい、いいのかよ。相手かなりのてだれだぜ。大敗北して借金しておいらになきつかれても見捨てるからな?」
「ふっ。残念だがお前の期待にはそえられないな。拙者とてかつて、それなりの悪所を渡り歩いたこともある!」
「そうなの?」
リオが意外だ。と言うような声をあげた。
「うむ。ギャンブルは時に命をかけた駆け引きにもなり、それは真剣勝負と通ずるところがある。剣とは違い力押しだけでは勝てぬ駆け引きの世界。機を見て引き、時には押す。その読みを制するなら、実践の中相手の考えていることも読め、その勘を養うため何度かやったこともあるのだ!」
マックスは拳を握り、俺の方を見た。
なにをアッピールしてるのかわからないけど、わからないから評価のしようがないぞ。
「へー。その結果は?」
「ふっ。語るまでもなかろう。どれも見事に勝利した! そして拙者は強くなった!」
「そりゃすごい」
「というわけだ旅の者よ。拙者はマックス。その駆け引きの強さ、拙者の糧とするため、勝負を申しこむ!」
「へえ。面白いなあんた。俺はギャブランてんだ。いっちょよろしくな」
ギャブランと名乗った旅人は、にやりと笑いカードを持ち上げた。
「ふふっ。よかろう。そしてそのまま商人達の仕入れ金なども拙者が取り返してくれようぞ!」
「おおー!」
「が、がんばってください!」
商人達を味方につけ、マックスは拳を高く上げる。
こうして、マックスとギャブランのカード勝負がはじまった。
俺は、せっかくだからリオにルールを教えてもらうことにする。
彼等が興じているゲームは、『ダブル・ワン』と呼ばれるカードゲームだ。
簡単に説明すると、これは地球で言うところの『ブラック・ジャック』と考えるとわかりやすい。
ダブルとは10が二つで20となり、ワンは1。つまり21のことを指しているのだ。
異世界だからといって、やっぱり同じ人間。ゲームは同じような発想がなされるんだな。
地球のと違うところは、まず使用するカードの数。
この世界のカードは地球のように1~13の数字ではなく、1~10となっていて、各カードは五枚ずつとなっている。
つまり総数は五十枚ひと束。
なのでブラックジャックとは21の数字が出る確率が少し違う。
役の強さは元の世界と同じで、カードを引いて21という数字に近づけていく。
二枚でダメなら三枚。三枚でダメなら四枚と、引ける枚数に制限はないが、22以上になった時点でバースト。ブラックジャックと同じで敗北が決定する。
1はエースという呼び名はないけど、役目は一緒で1と11。自由にどちらかの数字を選ぶことが出来る。
そして、この10と1のカード二枚で21。最強の役、『ダブル・ワン』となるわけである。
ちなみに言うと、三枚で21となった場合は『ダブル・ワン』とは言わないので注意しよう。
万一そろえた数字が同数だった場合、少ないカードで21に近い方が勝ちとなる。
同じカードの枚数で同値の場合は引き分けだ。元の世界の場合スートによって強さが決まっていたりするが、こちらのカードにダイヤやクラブなどのスートはない。
今回のゲームはいわゆる親となるディーラーは存在せず、おのおのが切ったカードの束を場の中央に置き、プレイヤー達が自分の手でカードをとってゆくようだ。
これは正規の賭博場以外で行われるフリースタイルのルールのようだ。博打場に行けばディーラーがカードを配ってくれたり、公平を喫する場合はカードを配る係を用意する時もあるらしい。
マックスとギャブランの真ん中にカードの束が置かれ、二人がおのおのの方法でカードを切った。
そして、交互に一枚ずつカードを取ってゆき、二枚のカードを手に取った。
このように、プレイヤー全員が二枚のカードを引いて、そこから勝負がスタートするのである。
まず、最初の掛け金をベット。
あとは各員順番に21の数字に近づくようカードを引いてゆく。
全員がこれでいいという状態まで引き終わったところで、掛け金をあげるかあげないかの選択となる。
これは最初から決まっていたり、現物で勝負している場合はそもそもない時もある。
今回はお金をかけているので、勝負をかけたい場合は「レイズ」とコールをするのだ。
ここで他のプレイヤーも「レイズ」に乗ってくれば、掛け金はさらにあがる。基本は倍のようだ。
乗らない場合は、自動的に降りたことになり、勝負は敗北。
例え相手より多きな数字だったり、21に近かったりしても負けになってしまうのである。
この場合、最初にかけた掛け金がとられて敗北となる。
当然、「レイズ」に乗って負ければ乗った分だけとられるので注意が必要である。
しかしこれがあることで、一種の駆け引きが生まれ、緊張感も増すのだそうだ。
これが、『ダブル・ワン』の基本的なルールである。
ルールさえわかれば、俺でも参加できそうなルールだ。
問題は、この俺がカードの数字をぱっと理解できない不具合がある。ことだけど。
トランプみたいに数字と一緒にマークの数が書いてあればわかりやすいんだけど、このカードはそんな親切欠片もなく、数字が真ん中と四隅に描かれているというデザインに統一されているのだ。
しかもその数字、きちんと角ばって書かれた数字ではなく、筆記体のような気取った数字が描かれているのだからもう大変。
ただでさえ字が読めないってのにこれじゃさらに読めない。
これは英字も理解していない人に筆記体を理解しろって言ってるようなもんだ! ぷんすこ!
なので、今マックス達のゲームを見て数字を推測して覚えているところなのだ。
せっかくルール覚えたのに、これじゃ楽しめないじゃないか!
そうしてマックスとギャブランの勝負は進んでいく。
「ええい、まだまだ! もう一度。もう一度だ!」
そして、あっさりと何連敗もして熱くなってもう一度もう一度とマックスが吼えることになってしまった。
やっぱり剣の実技とは勝手が違うのだろう。
あの商人三人と同じように翻弄され、勝てそう。いけるかも! と思わされ、こうしてずるずると負けがこんでいってしまっている。
「あー、こりゃ商人達の二の舞だわ」
その惨状を見て、リオが呆れたようにつぶやいた。
そしてとうとう……
「こ、こうなったら、拙者の分身である刀、サムライソウルを……!」
すっからかんになり、ついにマックスはそれに手を伸ばそうとした。
「お、おい」
リオが慌ててそれを止めようとする。
俺も流石に、それはやりすぎだと思う。
でも、マックスももう後には引けないのだろう。
しかたない……
俺はため息をついて、マックスの肩を叩いた。
「そこまで。それ以上やっても意味がないよ」
さすがに俺の言葉なら聞いてくれるだろうと、俺はマックスをとめた。
「で、ですが……!」
「だから、ここからは俺がかわる。あとは俺にまかせろ」
うだうだいいそうになるマックスに、俺はぴしゃりと言った。
「ツ、ツカサ殿……」
しっかり眺めていたから数字もちゃんと把握できた。
ルールを覚えると一回くらいはプレイしたくなるのは人の常。
だから、せっかくだからマックスに助け船を出すという名目で一回くらいギャンブルにチャレンジしてみたいと思ったのだ。
命を削りあう真剣勝負はお断りしたいけど、これなら別に命はとられないからワリと気軽に挑戦できる。
「わかりもうした。あとはお頼みします」
マックスがぺこりと頭を下げた。
「それで、勝負だけど、何度もやるのもあれだから一回勝負にしよう。そっちが賭けるのは今回ここで勝った分」
俺はそう提案した。
「なに?」
「こちらが負けたら、それと同額の金額を支払おう」
「なっ!?」
ちなみにだが、三人プラスマックスの負け分全部あわせて一万八千ゴルドほどである。
一般的な市民の月生活費は約百ゴルドなので、仕入れの金とはいえ結構な金額を持ってきていたようだ。
こう言っては嫌味に聞こえるかもしれないけど、俺とリオは共同資産として一千万ゴルドという莫大なお金を持っちゃってるので、このくらいの負け、正直はした金である。
なので、負けても大してダメージはない。
いい経験にはなると思うけど。
「ちょっ、ツカサ!?」
「いいのいいの。何度もやるの面倒だし」
「そういう問題じゃなくて!」
リオが俺の金の使い道を叱るように怒ってきたけど、ここは俺も譲らない。
正直負けてもいい勝負なのだから、気軽にいけばいいのだ。
早い話俺は、金を賭けてやるギャンブルというものを経験してみたいだけなのだから。
なんせ元の世界で俺は未成年。金を賭けてどうこうするなんて御法度だ。持ち帰れない自分の金なのだから、ちょいとぱーっと使ってもいいじゃないか!
「ふっ。かまわんぜ。むしろ大歓迎だ!」
ギャブランばにやりと笑い、俺の提案をのみ、にやりと笑った。
「もー!」
一方忠告を無視された結果になったリオは頬を膨らませる結果となった。
悪いなリオ。たまには俺もわがまましたいのさ!
──リオ──
マックスもマックスだけどツカサもツカサだよ!
おいらの話を聞いてもくれないなんて。負けても金出してやらないんだからな!
……そりゃ、ツカサが負けるとか想像できないけど、それでもあのギャブランとかいう奴はなんかおかしい。
マックスとの勝負を見ていて、おいらはずっと違和感を感じていた。
なにかが、おかしい。
こいつ、勝負の読みが正確すぎるんだ。
まるで相手の手札がわかっているかのように押したり引いたりしている。
でも……
イカサマを疑って手を見ていても、カードを睨みつけても怪しい動きも印もなかった。
カードは裏側も模様などないシンプルなデザインでみんな同じ。
カードのすり替えなどの怪しいそぶりはないし、敵のカードを引くのはそのプレイヤー自身だ。
周囲にはなにかを反射させる鏡なんて壁が全部上にあげられているから置けないし、それを教える仲間や符丁なんかもない。
どう見ても、この勝負にイカサマはなかった。
となれば、こいつは本当に相手の顔色や雰囲気を読んで危険を察して勝負しているということになる。
でも、なにかがおかしい。
言葉では説明できないなにか。
いわゆる勘というものが、あいつはなにかおかしいとおいらの中で駆け巡っていた。
その言葉に出来ない違和感は、どうしてもぬぐいきれない。
だからといって、その違和感を指摘できなければ、なんの意味もないのも事実。
ツカサにそのなにかを伝えたかったけど、伝えることはできなかった。
だからおいらは、ツカサとそいつの勝負をただ見守ることしか出来ない。
ツカサが勝利することを、ただ、祈るしか出来ない。
これは、単なる運の勝負。
でも、駆け引きが存在する、運だけでは勝てない勝負。
なら、ならさ。
マックスと違って、ツカサなら勝ってくれるよね……!
ギャンブルなのだから、時にはサムライだって負ける。
このゲームで常勝無配なのは不可能だとわかってる。
これはきっと、わたしのわがまま。
天下無敵のサムライの負けるところなんて見たくないというわがまま。
だから。
だからさツカサ。
絶対に。絶対に負けないでおくれよ!
配られたカードなども見ず、わたしはただひたすらに、ツカサの勝利を祈り続けた……!
そしてその勝負は、サムライの……
──ギャブラン──
くくっ。くひゃひゃ。
笑いが、笑いがとまらねぇ。とまらねぇよ。
サムライの格好をした優男から見たことのない格好のガキに変わったところで結果はかわらねぇよ。
どれだけ人を見てきた商人も、百戦錬磨の凄腕剣士といえども俺の前じゃ形無しなんだよ。
どいつもこいつも俺より金を持っていたり俺より強かったりするんだろうが、こいつ(カード)をにぎりゃ俺に全てを持っていかれる。俺の掌の上で転がされる。
こんなに簡単でスリルがあって楽しくて金が入ってくるんだから、これはやめられねぇ!
ギャンブルで身を崩すヤツがいるのも当然だ。
俺は、絶対に身をくずさねぇがな!
くひゃひゃ。
どいつもこいつもこのゲームはイカサマなしの対等の勝負だと考えているみてぇだが、そいつは違う。
なぜならこれは、俺が絶対に負けないようになっているからだ。
なんせ俺には、相手の持つカードと戦略が丸わかりなんだからよ!
イカサマをしているからだろうって?
いいや違う。そんな小手先の小細工でリスクを上げる必要なんてねえ。
魔法を使っているんだろうって?
いいや違う。俺にそんな高度な学問覚える頭も才能もねぇ!
カードに細工がしてあるわけでも、相手の顔色を見て考えを読んでるわけでもねえ。
そんな必死に相手の動きを読み取る必要もねえのさ。
なぜなら俺は、ゲームをしている対戦相手の心の声が聞こえるんだからよ!
そう。俺は特別な力が使える特別な人間なんだよ。
これは魔法じゃない。
俺だけが使える、俺にしか使えない神様が困った俺に与えてくれたご褒美なのさ!
息を止め、相手に集中すると相手の心の声が聞こえてくる。
囁くように語りかけてくるそれは、最初空耳なのかと疑ったもんだぜ。
だが、これが相手の声だとわかった瞬間、俺は女神ルヴィアに感謝したもんだ!
息を止めなきゃならねぇから使えるところは限られるし、無限に相手の声を聞けるわけじゃないが、こういうギャンブルの場合相手の手札と考えを把握するには十分! むしろそのためにあるようなもの!
相手の手札が丸見えのカードゲームなんて、絶対に負けようがない楽勝のゲームだからな!
どれだけゲームが強かろうとも、必死に考えた戦略も全部俺に筒抜け。どれだけ見えないよう手札を隠そうと、その考えから駄々漏れ! これで負ける方がおかしいってモンだぜ。
魔法探知にも引っかからないまさに最強のイカサマ!
俺はこの力を使い、各地の賭場を荒らしまわっている!
だが、最近噂のサムライが悪党相手に暴れまわったおかげで、奴等はビビってその場さえ開かなくなっちまった。世は平穏になったというけど、俺みたいな一匹狼には困ったことでしかねぇ。
銭も稼げなけりゃ遊べもしねえということで、こうして悪党が減って平和ボケして街道をへこへこ一人で歩く素人達を誘って金を巻き上げているってワケだ。
安全になったと勘違いして大金持ってうろつく商人が増えてるから、これはこれでカモネギだけどよ。
くひゃひゃ。
今回も大もうけさせてもらった。
まさかこんな街道で万単位の金が手に入るとは思いもよらなかった。
その上下手すりゃサムライソードまで手に入るかもしれなかったんだからな。
今ここでのサムライ人気はとんでもねぇモンがあるから、たとえレプリカの刀でも高値で捌ける。
ああいう勘違いヤロウに高値で売れるからな。
この全額勝負に勝ったら、次はあの二人の小僧の刀を賭けさせるか。こいつはいい考えだぜ。
勝てば二倍の大勝負。相手にとっては大勝負。俺にとっては勝ちしか見えない超安パイ。
なんて美味しい勝負なんだ。
どこのお貴族様ご一行かは知らねぇけどよ、俺が勝ったら代金は必ず払ってもらうぜ。
地獄の底まで追い詰めてやる。
その気になりゃぁ、言って欲しくない後ろぐらい過去だって暴けるんだからよ!
くひゃ。くひゃひゃ。
カードが配られた。
さぁて、これに勝てば倍の金が手に入る。
だから、絶対に負けるわけにはいかねぇ。
そのために、お前の手札、しっかりと見せてもらうぜ!
俺は、目の前に座ったガキに集中し、ゆっくりと息を止めた。
これで、お前の心は丸聞こえだ!
──ツカサ──
さて。俺も初体験の金を賭けたギャンブルがはじまった。
いやー、どきどきする。
元の世界。日本じゃこんな経験できるわけないからな!
配られたカードを手にして、一枚ずつ数字を見た。
むむっ。相変わらず複雑な形をしている。
こっちの世界の数字や文字は、棒と丸と三角があわさって表現されている。漢字はそこに四角も加わったりしているから、漢字の方が複雑怪奇な形をしているような気もしないでもないけど、慣れない俺には十分複雑怪奇だった。
英語を何年勉強してもさっぱりだってのに、それより難しい形の言語を数ヶ月で覚えられるかって話ですよ!
数字の形も結構複雑で、ゼロのくぜに0じゃなく一番複雑な形をしているし、ワザと混乱させるかのように左右対称の形にして紛らわしくしているんじゃないのかと疑いたくなるようなものもある(被害妄想)
しかもどっちも崩して書いてあるのだから、よりわかりにくいったらありゃしない。
だが、今回俺はマックスとの勝負をしっかり観察していたこともあり、それら十の数字をすべてきちんと把握した。
そこに不安は欠片もない!
ゆえに俺は、自信を持って勝負が出来る!
最初の一枚目のカード。その数字はⅥ(4)だった。
ふふっ。わざわざローマ数字に代打をお願いしたのはカードの雰囲気を少しでも味わってもらおうと思ったからだ。
ただ4とするだけでは味気ないからな!
続いて引いたカードはⅤ(5)。
これで合計は9。これじゃ最高値の21には程遠い。
だが、むしろ幸運。これなら次なにを引いてもバースト(とび)はない。
むしろ絶対次が引けるラッキーな流れだ。
ちらりと相手を見る。
すると相手は、二枚引いた時点でドロー終了の合図をだしていた!
なんてこった。二枚でOKということはそれだけでかなりいい手ということになる。
最低でも16以上。下手するといきなり最高の『ダブル・ワン』かもしれない。
いや、ひょっとすると相手は偽『ダブル・ワン』を演じて俺をバーストさせる作戦ということもありえる。
それでマックスは一度やられているからな。
いやいや、考えるな。
相手の戦いは何度か見て学習している。
こうして悩むことこそ相手の思う壺なのだ。
どの道俺はもう一回無条件で引いて問題ない数字。ならば今は相手のことを考えず遠慮なく引いてしまえばいい!
相手がドローしないということなので、俺は次のカードを引くことにした。
ぺらりとめくったカード。
それは、またⅤ(5)だった。
おいおい。ちょっと中途半端だろ。
これで合計は14。なんて微妙な値なんだ……
とはいえ、このカードの最大数は10。元の世界のトランプとは違い、絵札が存在していない。なので次に8、9、10を引いたら21を超えてバーストになるが、7以下はセーフ。単純に計算しても70パーセント近くはセーフとなる。
ならば、ここでもう一枚行かないというのは臆病すぎるだろう!
相手は動かない。
二枚でストップのままだ。となれば数字は20前後であると想定するのが間違いないだろう。
ならば、ここももう一枚行くしかないということだ!
俺はカードの山に手をかけ、勢いよく一番上のカードを引いた!
引いたカード。それは……!
Ⅴ(5)!!
連続かい!!
心の中でツッコミを入れてしまった。
三連続で同じ数値なんて、いっそポーカーとかのがよかった。
だが、これはあくまで『ダブル・ワン』
連続だろうがなんだろうが、出た目は出た目だ。
これで合計は19。
なんとも不安が漂う数字である。
しかしもう一枚追加するとなると、次にひけるのはもうⅠ(1)かⅡ(2)しか残っていない。
バーストの覚悟をしてもう一枚引くか?
いや、流石にそれは分が悪すぎる。
ギャンブルに命をかけている人ならここでⅡ(2)のカードをばっちり引いてくるのだろうが、俺にはそこまでの自信も慢心もなかった。
そもそも命賭けた人ならこういう場合いきなり『ダブル・ワン』が引けてるだろう。
つまり、この結果は俺の生半可な覚悟の表れ。
命も賭けぬビギナーの哀れな末路!
それでも……!
……いやまて。
そこに勝負をかけるより、むしろ冷静になれ。
相手は自信満々で20前後の可能性もあるが、むしろ彼の戦略として敵のバーストを狙うというのも十分にありえる!
最初の段階では相手の思考を考えるのは無視したが、今は違う。
こうしてバーストする展開は商人の時もマックスの時もありえた展開だ。
焦って高い目を目指してバースト。
結果、相手の手札はゴミだった。
よくあった戦いじゃないか。
もちろん、その逆もありえる。
だが、バーストの可能性にかけるより、はったりの可能性にかけて勝負した方がまだ勝ち目がある!
俺はそう結論付けた!
俺は、一応覚悟を決め、勝負の合図である「コール」を口にした。
さあ、この手札で勝負だ!
──ギャブラン──
くくっ。くひゃひゃ!
聞こえた。聞こえたぜお前の心の声!
手札も戦略も全部筒抜けだ!
手札の合計は19。
さすがにこれ以上引くとバーストの危険性も高く、俺ははったりでバーストを誘発させる作戦なのだと、その手札で勝負することにしたようだ。
だが残念だったな小僧!
こっちのカードは二枚ともⅩ(10)!
お前の手札より俺の方が強い!
お前の負けは確定なんだよ!
くくっ。くひゃひゃ。
絶対に勝てるとわかっているんだから、笑いがとまらねぇな。
ここでレイズをしてやりたいところだが、レイズするために乗せる掛け金がこっちにないのが残念なところだぜ。
さらに俺の命を乗せるとか言えば相手から相応の金を引き出せるかもしれないが、俺の命にそこまでの価値はねぇと言われたらそれまでだ。
なんせ約二万ゴルドもの金。俺の命にそんな価値あるたぁ思えねぇ。
っと、自虐しちまったが、これでさらなる金が手に入るんだからいいとするか。
てめぇの金、しっかりもらっていくぜ!
「おう。勝負だ!」
俺はにやりと笑い、小僧と同時にカードをオープンした。
「俺のカードはⅩ(10)が二枚。お前の19じゃ勝ち目はねぇ!」
カードが開かれるのにあわせ、俺は笑いながら勝利を宣言した。
カードの数字が見れる前に宣言して相手の手札がわかるなんて、自分で自分の力をバラすような間抜けはしない。
この勝利宣言は、きっちり相手がカードを広げたところで口にした!
だってのに……
「……」
「……」
だってのに、観客達は俺を見て、なに言ってんだお前。と言いたげな顔で見ている。
「……?」
唯一、俺の対戦者であるあのガキだけが驚く観客達を見て疑問符をあげていた。
な、なんだ? なんでそんな目で俺をみる!?
「ちょっと、その宣言おかしくないか?」
「な、なにがだ?」
帽子をかぶった小僧が口を開いた。
「だってよ……」
小僧が俺達の前に並べられたカードに視線を落とす。
そして対戦相手の小僧のカードを指差した。
一枚目のカード。Ⅴ(5)。これは、二枚目、三枚目と同じ数字だ。
「これで、15」
「だからどうした。残りはⅣ(4)で合計19じゃないか!」
お前はなにを言っているんだ。と俺の方が怒鳴ってしまった。
だが、次いで向けられた指の先を見て、俺は信じられないモノを見る。
最後の一枚。
それは……
その数字は……
「う、嘘だ!」
俺は叫んでいた。
叫んでしまっていた。
それは、Ⅳ(4)ではなく、Ⅵ(6)のカードだったのである!
対戦者であるガキが、にやりと笑った気がした。
「ツカサの合計は21だろ? アンタ、なに言ってんだ。アンタの負けだよ」
「あ、ありえん……!」
ありえない。
俺は思わず小僧を見る。
「いやー、Ⅵ(6)とⅣ(4)見間違えてた」
てへっ。とヤツは照れくさそうに笑う。
「う、嘘だ! こんな簡単な数字間違えるわけがねえだろ! 心の中までⅥ(6)をⅣ(4)と思いこむなんて、お前カードをすり替えやがったな!」
そのありえないふざけた言動に、俺は思わず叫んでしまった。
俺は動転して、言ってはいけないことを口走ってしまった!
「ちょっと待て。むしろなぜ、ツカサ殿がⅥ(6)のカードとⅣ(4)のカードを入れ替える必要があると知っている? なぜなぜそんなことがわかる」
「むしろ逆だろ。あんたの方こそなんで、Ⅵ(6)のカードとⅣ(4)のカードを間違えたんだ? それって、相手の手札をなんらかの手段で把握してたってことだ」
「んぐぅっ……!」
リーゼントと帽子に指摘され、俺は言葉に詰まった。
し、しまった……!
な、なにか言わないと。
いくらなんでも心の声が聞こえるなんてわかるわけがねぇ。なにか、言い訳を……!
『はっ。簡単な話だろ。こいつ、短い時間なら心が読めるかその声が聞こえるのさ。それを使って相手の手札を把握していたんだよ。相棒の罠にはまってⅥ(6)をⅣ(4)と言い出したのがその証拠だ!』
小僧の腰にあった刀がカタカタと動き、喋った!
「そうか! それがおいらの感じていた違和感か! それならいろいろ納得がいく!」
「そういうことか。ツカサ殿はそれを読みきって勝負を挑んだのか!」
『御意!』
もう一本の刀も喋った!
『まんまと相棒の罠にかかったようだな!』
喋る刀を持った、剣士……
「ま、まさか……!」
「ふっ。その通りにござる! この方こそ、先ごろ世界を救ったサムライにして拙者の師匠。世の救世主、ツカサ殿にあらせられるぞ!」
『御意!』
まっ、まじかあぁぁぁぁ!?
「サ、サムライが……そんなっ……!」
サムライだから、俺の裏技に気づいて、しかも俺が心の声を聞こうとした瞬間を狙って事実とは違うことを考えたのか!
「そんなことができるなんて……それが、サムライ……!」
「いや、それがツカサ殿だからにござる! さあ、控えおろー!」
リーゼントがなぜか無駄にポーズをとった。
俺はその迫力に観念し、こうべをたれ、負けを認める。
完敗だ……
俺より圧倒的に強い上、ズルまで見破られて勝負に負けたのだから……!
こうまでされ、力のことまでバラされたのだから、もう抗うすべもない。
俺は大人しく皆から巻き上げたモノを返し、最大級の謝罪を行った。
商人達もリーゼントも俺のことを笑って許してくれた。
むしろ、いいモノを見たと満足げですらあった。
それもそうか。あの伝説のサムライを直で見ることができ、それどころか卑怯なマネをする者を目の前で成敗するところが見れたのだから。
そりゃ、見世物と考えたらあんたらの持ってた金全部払っても見てもいいくらいの見世物だったろうけどよ。それは少しばかし複雑な気持ちだぜ。
だが、すげぇのを見たってのは事実だ。
俺だってまさかこの力を見破られ、それを逆手に取られるとは思ってもみなかったんだからな。
さらにサムライも、俺が素直にモノを返したあとはなにも言わなかった。
まるで、お前は自分の考えでそれを償えと言っているように……
やっぱりサムライってのは、世界を救うだけあってすげぇもんだぜ。
俺ももう、ギャンブルからは足を洗い、まっとうに生きようと心に決めた。
この力、サムライのようにもっと誰かのために使いたいと感じたからだ。
サムライについていこうかとも考えたが、そんな資格さえ俺にはない。
だから、俺は、次の駅で降りて、彼等と別れた。
もし次にあの人達と会うとすれば、正々堂々と胸を張って会えるようになってやる!
──リオ──
馬車での賭け事も終わり、改心したギャンブラーギャブランは馬車を降りた。
おいら達は馬車に向かって手を振るギャブランに手を振り替えし、先へ進む。
しかし、まさかおいらが違和感を感じていたあの時すでにツカサはその答えにたどりついていたなんて……
心の声が聞こえるなんて、ああして自爆させない限り証拠もつかめない!
だってのに、それさえ完璧にやってのけたんだから、さすがツカサだよ!
ダークカイザーを倒して、そのサムライの力はほとんどなくなっちゃったって聞いたけど、その頭の回転や観察力は健在。
まるで全てを見通してるんじゃないかと錯覚するほどだ。
負けるな。なんてお祈りしていた自分がちょっとバカみたいだ。
そうだよ。ツカサはどんな戦いだとしても勝つに決まっているさ。
だってツカサは、わたしとの約束を守ってちゃんと帰ってきたじゃないか!
ちょっとでも疑った自分が恥ずかしい!
ひょっとするとこうしてうろたえさせるのもツカサの策だったのかもしれない。
最初から、この場にいた全員はツカサの掌の上で転がされていたって言われても信じちゃうぜおいら!
「……はぁ」
すごいなー。とツカサの横顔を見ていたら、馬車の後ろの方からため息が聞こえてきた。
そちらを振り向くと、いたのは商人達じゃなくて膝を抱えて座っているマックスだった。
両膝をぴたりとアゴにつけ、それを両手で抱えて丸まるように座っている。
そんなマックスが、しょんぼりとしてため息をついていた。
「なにやってんだ?」
「敵の能力にも気づかず、一方的に敗北を喫するとは、なんたる失態……」
『失態……』
そういやギャンブルは真剣勝負に通ずるとか豪語していたもんな。
だってのにその反則的な敵の戦略に気づかずボッコボコにされりゃ、プライドは傷つくか。
「いやでも、しゃーないだろ。おいらだってなんか変だな。とは感じていたけど、あんな反則までは想像もしていなかったしよ。むしろ気づいたツカサがすげーんだから」
「ツカサ殿が凄いのは当然でござろう!」
「いや、そこを怒るなよ!」
ツカサがすげーのが当たり前なのはおいらだって知ってるよ! 言いたいことはそこじゃねぇ!
「でもよ、そのツカサだってしばらくお前の勝負を見ていたんだぜ。それってつまり、お前の犠牲があったから、あの秘密に気づいたのかもしれないだろ? だから、あれは無駄じゃなかったんだよ」
「……まさか、お前に慰められるとはな」
ふん。とマックスは明後日の方を向いた。
「ま、お前がボコボコにされずさっさと気づいて勝ってりゃツカサがあんな勝負しなくてもすんだんだけどな」
「んぐっ! そ、それを言い出したらおぬしも結局最後まで気づかなかったのだから同じであろう!」
「……っ!」
「……っ!」
おいら達の視線がぶつかり、火花が散る。
だが、おいら達は気づいてる。
例えどれだけつぶさに観察していたとしても、あんなの気づけなかったと。
「……」
「……」
しばらく睨みあったおいら達は同時にうなずきあい、おいら達をやさしく見守っていたツカサの方を見た。
ツカサはあの勝負が終わってから、あの力を見破ったのを自慢するでもなく、ただ平然としている。
あんな凄い勝負をしたってのに、終わったらいつもどおりだなんて、なかなかできることじゃないぜ。
勝って当たり前。
あんなの当然。
そう言わんばかりだ。
すみにいる商人達も、勝負の余熱もなく自然体でいるツカサを見てこれが本物のサムライの余裕なのかと手をあわせて拝んでいた。
まるで女神ルヴィアにお参りしているかのようだ。
おいら達の視線に気づいたのか、こっちを見たツカサはそのあつかいを恥ずかしがるように顔を背けた。
あの勝負の余韻より、尊敬の視線のが苦手ってのがまたツカサらしいぜ。
やっぱりサムライって。いや、ツカサって凄い!
馬車にいる全員は、全員一致でそう思うのだった……!
──ツカサ──
……見てる。
みんな、俺を見てる。
劇的な方法で勝負に勝った俺を、尊敬とか羨望とかの目で見てる。
みんなが俺を、なんか凄いことやったって視線で見てる。
みんな、みんなそれやめて。
そんな目で俺を見るのやめてえぇぇぇ!
俺は恥ずかしさのあまり、みんなから逃げるように視線をそらした。
そのままゴロゴロ頭を抱えて転がりまわりたいのを必死に我慢して、その視線から逃げる。
みんなやめてよ。そんな目で見ないでよ。
あれは俺の勘違いで偶然21になっただけなの。そんな凄いこと察してたわけじゃないんだから。違うんだから!
フツーに間違えてただけなんだから!
だから、それでスゲェとか言われても逆に恥ずかしいだけねのおぉぉぉん!
だからやめてぇぇぇぇ!
これって褒められても褒められても全然嬉しくないんですよ。
俺の心が逆に傷ついていくだけの事案なんですよ!
全然嬉しくないんです。むしろむしられていくだけなんです。だからやめてください!
「だから違うんだって!」
俺は覚悟を決め、みんな誤解だと伝えることにした。
ただの偶然なんだって!
「知恵比べも駆け引きにおいてもギャンブラーに負けず、それでも欠片もおごらぬその姿勢。見習わなくてはいかんな!」
「ああ。そうだね。おいら達もツカサを見習わないとな!」
全然聞いてくれなかった。
むしろ悪化した……
さらに近くでは商人さん達まですげー。と声をあげはじめちゃった。
だからその視線、やめてえぇぇぇ!
違うんだからもぉぉぉぉ!
この尊敬の視線は、商人達も降り去り、さらに次の到着地であるマクスウェル領に到着するまで続いたそうな……
おしまい