第03話 ブロクディッシュバレーの決戦
──ツカサ──
「……はっ!」
覚醒した直後、俺はがばりと跳ね上がるようにして身体を起こした。
俺の腹の上にあった毛布がぱさりと床にすべり落ちる。
はあ。はあ。と荒い息をはき、額から頬へ流れた汗を拭う。
変な夢を見ていた。ドラゴンが空を飛ぶ西洋風ファンタジー世界に飛ばされ、なのにそこで俺はサムライなんて呼ばれる変な夢だ。
俺の知っている侍と共通点は刀だけで、この夢のサムライは俺の知る侍とはえらくイメージの違うサムライだったけど、まあ、それは夢なのだからしかたがないだろう。
やれやれと頭をかき、見ようとしていなかった現実に目を向ける。
俺が寝ていたベッドは、ふかふか。とまでは言えないが、柔らかい布団の敷かれたベッドの上だった。一つ言っておけば、俺は家でベッドでは寝ない。そしてこのベッドは病院のベッドとかいうのではなく、木製のいかにも手作りなベッドだった。
毛布も真っ白いシーツとかではなく、機械で作られたような既製品でもない手作りの産物のように見える。なにより部屋はまったく知らない部屋だった。木の板で覆われ、まるで西洋の古い屋敷のようだ。そう。あえて記憶を探れば、夢で閉じこめられた、あの小さな部屋と同じ材質の木だろう。
「……」
そこまで確認して、俺はある種の現実逃避をやめた。
認めるしかない。残念だけど、異世界ってヤツに来たのは夢じゃないようだ。
しかし、異世界に来たのが夢じゃなく、ここが元いた地球にある病院なんかのベッドの上じゃないとすると、ここはどこだろう?
少なくともあの夜迷いこんだ小屋の中にはこんなベッドもなかったし、服も制服からパジャマに着替えて寝た覚えもない。
一体どうして俺はこのベッドで寝ているのだろう。そう頭をひねる。
『お、相棒、やっと目を覚ましたか』
ふわあぁぁ。というようなあくびが聞こえてきそうな声が、ベッドの隣から聞こえてきた。視線をそっちにやると、ベッドの横にある台に立てかけられた刀がカタカタと揺れている。ファンタジー世界をファンタジーたらしめる物証。しゃべる刀のオーマだ。
テーブルの上には綺麗にたたまれた制服とカバンが置いてある。
武器であるこいつがここにいるということは、俺に対して悪感情を持つ人が俺をここに寝かせたわけじゃないと推測はできた。
「ここは?」
『ああ。ここはあの村長の屋敷さ。相棒はあのあと村人達の手でここに運びこまれたのさ』
「そうか」
つまり、あの小屋から村に連れ戻されてしまったというわけか。
せっかく逃げ出したというのに、これではこの村を狙うならず者に悪いのはこいつですと引き渡されてしまう。
どうにかしてまた逃げ出さなくては……!
キョロキョロと、あたりを見回す。
窓の外。どうやらここは二階のようだが、その下から大勢の人間の気配がした。ひょっとすると、もう村はならず者達に……いや、さすがにそんな状態で俺をここに寝かせておくなんてことはしないか。
この場からでは状況がまったくわからない。ならば……
「あいつらは、どうなった?」
……ひとまず人に。この場合は物だが、オーマに状況を聞いてみた。
『最初の心配が他人のこととは、さすがだぜ相棒。でも、もう大丈夫さ』
「大丈夫?」
大丈夫とはどういうことだ? と聞こうと思ったが、その前にドアが勢いよく開いた。
「%$##¥#$」
武装した村長さんが部屋に入ってきた。翻訳機としての力もあるらしいオーマを手放しているから、俺は村長の言葉を理解できなかった。
なにを言っているかさっぱりわからなかったが、なにを求めて来たのかは想像できた。
簡素な胸当てやすね当てをつけている。軽装だが村でできる完全武装をしているように見えた。それってつまり、俺を見張って絶対に逃げられないようにしているということだ。
俺をこうしてベッドに寝かせていたのも、綺麗な身体であいつらに引き渡すつもりなんだ……!
「$$#$%#¥@*&%」
村長さんは少し緊張したような表情で制服の置いてあるテーブルを指差し、外へ来るようにジェスチャーした。言葉はわからないが、着替えて外へという意味だろう。
他にも村長さんは話を続けるが、ジェスチャーもないのでなにを言っているかわからなかった。
かといって、通訳のためにベッドの横にある刀を手に取るなんて、この状況でできるわけがなかった。下手に敵意を見せれば、なにをされてしまうかわかったもんじゃない。村長が腰に吊るした剣でざっくりやられたらお陀仏だ。
とりあえず俺は、なにを言われているのかもわからないまま、ニコニコと愛想笑いを作って言っているらしいことにうなずくしかなかった。
俺がうなずくたび、村長さんは喜んで顔がほころんでゆく。少々の緊張は見えるが、俺に襲い掛かってくることはなさそうだ。ひとまず俺の安全は確保できたらしい。
話し終えた村長は納得したようにうなずいて部屋の外へと出て行った。
続きは着替えて外でということなのだろう。
「なにかいい案はないか?」
『話は聞いたが、村のヤツ等の考えにおれっちも賛成だぜ』
「……そうか」
くっ。どうやらオーマもこの状況を理解しているらしい。状況は小屋に逃げた時とまったく変わっていない。行くしかないということは、この場から逃げ出す手段はないということをわかっているようだ。
つまり、村の安全のために俺をあいつ等に引き渡す。そして、村の人達は安全を買う。これは、村を考えれば正しいのだろう……
だが、ここにオーマがいるということ。それは彼等なりの優しさなのだろう。つまり、あのならず者に引き渡された瞬間。そこで逃げ出せという!
そうなれば、悪いのは村人じゃなくあの悪党ども。村を責めるいわれはないということ。そういうことなのだろうオーマ!
ちなみに、このくらいの考えは一瞬でできたのだが、出てきた言葉はさっきの三文字だった。決して、決して俺は口下手なわけじゃないから! ちょっと口が回らなかっただけだから!
『さあ相棒。着替えて行こうぜ!』
「ああ」
俺はオーマがうながすことに従い、覚悟を決めた。
こうなったらここは大人しく従い、ギリギリのところで脱出してやる!
意を決してテーブルの上にたたんであった制服に着替える。
途中ベッドで寝ていたというのに身体が妙に硬かったが、そういえば最初は小屋の床で横になっていたはずだと思い出し、当然かと苦笑した。
『(……相棒、あの激戦から二日も寝ていたってのにもう平然としているだけでなく、ともに戦うことを認めるなんてな。やっぱ、あの戦いは村のヤツ等を奮起させるためだったんだな!)』
制服に着替え、部屋の外に出た。
廊下には村長さんが待っていた。顔を出すと、廊下の突き当たりの扉が少しだけ開いていて、ニースちゃんがその隙間から俺達をじっと見ているのに気づいた。
「ごめんなさい……!」
部屋から顔を見せていた彼女は、どこか悲しそうに謝罪の言葉を俺につげ、逃げるように扉を閉めてしまった。
俺を逃がそうとした彼女がこうも悲壮感をかもし出しながら謝ってくるということは、俺の予測はやはり間違っていなかったということか!
ごめんなさい。それはつまり、また逃がせなくてごめんなさい。それと、村のこんなことに巻きこんでしまってごめんなさい。助けられなくてごめんなさい。などなどの謝罪の言葉なのだろう!
大丈夫。君は悪くない。こうなったらヤツ等に引き渡されたあと、俺は自力で逃げ出してやる!
「こちらだ」
俺は村長さんにうながされるまま、村長さんのあとについて廊下を進んでゆく。
「ごめんなさい……! でも、ありがとうございます!」
部屋に戻ったニースは、扉に背中をついて感謝の言葉を発した。あんな無茶な願いを聞き入れてくれて、あんなにボロボロになって運びこまれたツカサを見て、彼女は罪悪感を覚えた。
だが、それでも村を変えてくれた彼に感謝の念を送らざるをえなかった。
彼が命をかけ、たった一人で先遣隊を打ち破ってくれたからこそ、村の人達は村を守るために戦う気になってくれたのだから……!
村長とともに階段をおりて一階のロビーを通り、屋敷の外へ出た。
「おおおぉぉぉ!」
「うおー!」
村長の屋敷前の広場。そこには武器をかかげ、気合の入りまくった男達が沢山いた。
ぱっと見ただけで五十人はいる。
全員が武装済みである。剣や槍をかかげ、俺を見て殺気だった目を向けている。
な、なんてこった。一度逃げたから、こんな真似までして俺を逃がさないようにしているのか。彼等はこの人数で俺をとりかこみ、ヤツ等へ引き渡そうとしているのか!
なんてことだ。サムライってはったりがこんなところで効いてくるなんて……!
「さあ、皆、行くぞ!」
「おおー!」
村長の言葉に全員が拳をあげる。
気合を入れた彼等とともに、俺は彼等に囲まれたまま、村から出発することとなった。
異世界に来てたった二日で命を散らすなんてことは絶対にならねーぞ!
俺は心の中でぐっと拳を握り、逃げるための機を逃さぬよう周囲へ気を配るのだった。
──ムラク(村長)──
あの日から二日がたった。
山小屋で彼を見つけ、心を入れ替えた私は即座に村へと戻り、村人達をつれ彼を私の屋敷に運びこんだ。
ともに彼を村へ運んだ者は、小屋に残されたあの惨状を見て、私と同じ感想を抱いたようだ。ぼろぼろの彼の姿を見て、勇気をもらった彼等も、私と同じように心を入れ替え、ヤツ等と戦おうという私の考えに賛同してくれた。
こうして私達は、先遣隊が退けられ、間違いなくやってくるストロング・ボブ一味を逆に追い払うための準備をはじめた。
村に戻ると、戦うことを決意してくれた私の勇気に私を見直してくれたらしく、少しだけ優しくなってくれた。
妖精の粉の力により傷がいえ立ち上がった息子アニアスもともに戦うことを喜んでくれた。
私は村と家族を守ろうとヤツ等に媚を売っていたが、やはりあの行動は間違いだったと今更ながらに悟った。
私は息子と協力し、周辺の村にも協力を求めた。
やはり伝説のサムライの威光と一人で二十人あまりを追い払ったという実績は大きかった。一転して交戦に転じようと態度を変えた私の姿も一つの転機だったのだろう。
今までヤツ等に苦しめられていた彼等も、今が最後のチャンスだとわかってくれ、ともにストロング・ボブと戦うことを約束し、こうして集まってくれた。
ヤツ等の総数は約百。それに対して集まってくれた我々の精鋭は六十人ほど。まだ数は足りないが、ここに我々の知恵と勇気。そして二十人を撃退するサムライの彼が加わってくれればほぼ互角になるだろうと思えた。
ただ、唯一の心配は決戦の時までに彼が目を覚ますかということだった。
彼の相棒を自称するインテリジェンスソードのオーマ殿は大丈夫だと太鼓判を押してくれたが、それでも心配で、私は彼の眠る部屋の前を行ったりきたりすることになった。
そろそろ決戦のため出発の時間だ。となった時、部屋の中から声がした。
私ははやる気持ちを抑え、彼の寝ている部屋へ足を踏み入れる。
「目を覚ましたのだね」
入っての第一声はそれだった。少し上から過ぎたかと思ったが、彼は気にも留めないのか、逆ににこりと微笑んでくれた。
ヤツ等に売り渡そうとしたというのに、たった一人で戦ったあとだというのに、むしろ私を心配するかのような視線だった。あまりの優しさに、私の心はつぶれてしまうかと思ったくらいだ。
「着替えはそこに置いておいた。私の話を聞いてもらえないだろうか?」
泥だらけで血の跡さえわからないほど汚れていた彼の服も、二日寝ている間にすっかり乾いていた。今彼が着ているのは、私の息子のパジャマだ。そのままでは格好もつかないと思い、私はそれをと示しておいた。
視線を着替えに向け、彼は大きくうなずいた。
どうやら、私の変化に気づいているらしい。私もうなずき、今の現状を説明した。
敵の数は約百名。こちらの手勢は約六十名で、サムライ殿が加わってもらっても数は少ない。
サムライ殿が二十名の戦力だとしても、それでもまだまだ足りないのは明らかだった。
「そこで、我々の考えた作戦を披露してもよろしいでしょうか?」
この事実はすでにオーマ殿に伝えてある。そこでオーマ殿は、少ない数での戦い方を我々に教えてくれた。それは、地の利を利用し、一度に相手する数を限らせればいいという。
サムライ殿はここの地理に詳しくないということなので、そういった地の利を有効につかえる場所を、我々は探した。
そして、その絶好の地を見つけ、立てたのがこの作戦である。
私の言葉に、彼はうなずく。
私達のつたない作戦を聞いてくれるとは、ほんの少しだけ認められたような気がして、嬉しくなった。
私達の住むユラフニッツの村は森に囲まれているが、ここからしばらく歩いたところには広い広い平原が広がっている。
その平原の中に、ブロクディッシュ山と呼ばれる高さ百メィル(メートル)ほどを緩やかにのぼる小さな山がある。
その名の由来は割れた皿だと言われていおり、見た目は割れた皿を逆さまにして置いたような姿をしているからだ。
緩やかに広がった山すそに、頂上には平らな山頂が広がっており、その山頂には皿と同じように糸底のようなくぼみが存在し、そこには水がたまり湖が広がっていた。
その山頂の横にはひび割れた皿のように見える谷が走っており、それらの形からこの山はブロクディッシュ山と呼ばれるようになったのだ。
「その谷を利用するんです! 幸いにもヤツ等はその谷の近くで野営してる。その谷へおびき寄せれば、人数の少ない我々でも有利に戦えるでしょう!」
我々の考えた地の利とは、ここにある谷を利用することだった。
ヤツ等は我々が襲撃してくるとは考えていない。だから襲い掛かろうとすれば、必ず仕返しに来るだろう。後は逃げるフリをして谷におびき寄せ、人数の差をなくし、逆に倒す! 我々がヤツ等に勝つ可能性はこれしかない!
「ど、どうでしょう?」
作戦を説明し終え、私はサムライ殿におうかがいを立てた。
オーマ殿はこの作戦しかないと太鼓判を押してくれたけども、肝心のサムライ殿がどう考えるかは私達にとってもオーマ殿にとっても未知数であった。
ひょっとすると、もっといい案を出してくれるかもしれない。
私の不安をよそに、彼は納得したようにうなずいてくれた。大きくうなずき、にこりと微笑む。それはまさに、それで勝てると言っているかのようだった!
私は嬉しくなった。素人の考えだったが、それでプロがゴーサインを出してくれたのだから。
すでにこの作戦は皆に伝えてある。わざわざ新たな作戦を説明しなくて済むというのも安堵する理由だった。
さらに私は、サムライ殿に戦えるのかをおずおずと聞いた。
二日も眠りっぱなしだったのだ。それでも戦えるのか、不安だったのである。
それも、私の杞憂だった。彼は戦えると大きく大きくうなずいてくれた。しかも、力も貸してくれるともうなずいてくれた。
これで私達の村人連合軍は士気もマックスだろう。
オーマ殿は、このやる気も大切だと説いてくれた。サムライ殿がともに歩いてくれるというだけで、非常に心強い。
彼とともに戦える。そう思っただけで私の不安も消えてしまったほどなのだから。
作戦も伝え終わり、同行の許可ももらえた私は、これ以上ここにいては着替えるのも邪魔だろうと思い、部屋から出て行くことにした。
しばらく廊下で待っていると、元の服に着替えたサムライ殿が姿を現した。
あの服は我々のものとは違い非常にしっかりとしたつくりになっていて、丹精こめて洗ったニースも私も、思わず感心してしまうほどのものだった。やはり、この服を纏っている彼はとてもりりしく見える。
私は彼を案内し、屋敷の外へと出た。
そこにはすでにみんなが待っており、サムライ殿の姿を見た途端に気合の声を上げた。
皆、サムライ殿とともに戦えることが誇らしいとともに、それにより恐怖を吹き飛ばそうというのだろう。
不安と興奮の入り混じった我々に、彼は少し難しい顔をしながらも、それに水を差すようなことは言わなかった。
気合の掛け声とともに、私達はヤツ等のいるブロクディッシュ山近くの野営地へと向かう!
私はサムライ殿を囲み向かう仲間の一団と歩きながら、屋敷を振り返った。
そこには、どこか不安そうに私達を見送るニースの姿がベランダにあった。自分では戦えぬあの子は、私が立ち上がったことが誇らしいとともに、自分では戦えず見送るしかできないことが申し訳なく、そして不安なのだろう。
そんな娘を安心させるため、私はあの子に笑顔を向け、必ず帰ると親指を立てた。
安心しなさい我が娘よ。私達にはあの伝説のサムライがついているのだから!
──ストロング・ボブ──
「ボス! 村のヤツ等、俺達に従うどころか、剣を持ってこっちにやってきましたぜ!」
見張りをしていた手下の一人が、おれ達のねぐらとなる野営地に駆けこんできた。
のそりと自分のテントで身を起したおれは、唇をゆがめにやりと笑った。
くくっ。きやがったか村の奴等め。おれ様の予定通りだ。
おれは自分の計画通りにコトが進んでいることに、喜びを隠せなかった。
おれ様の名前はボブ。ストロング・ボブと呼ばれるその名を聞かせるだけで誰もがしょんべんをちびらす稀代の悪党よ。
おれ様のストロングポイントはこの右腕につけた魔力で動く巨大な魔法の義手。こいつのパワーは、岩なんぞも軽く持ち上げるストロングなパワー。身長二メートルはあるおれ様にぴったりの装備よ。
このストロングなパワーで俺は周囲の悪党どもを纏め上げ、百人を超える大郎党を築き上げた。これも皆、十年前俺の右腕を斬りおとしたサムライの野郎に復讐するためだ。
ちょっと通りすがりに泥水をかけたくそガキを締め上げていただけだってのに、おれの右腕を持っていったあのサムライ。あのクソやろうをぶっ殺すため、俺は力を手に入れた。
おかげで今は、騎士団すら手も出せない一大勢力になりあがった。
そして、今回手下がサムライにやられたと逃げ帰ってきて、おれはにやつくのがやめられなかったってもんよ。
おれは、この時をずっと待っていた。サムライに復讐できるこの時をな!
ああん? そいつと俺の腕を落としたのは別人だと? そんなこと知るか。サムライに復讐できるんだからそれでいいんだよ!
だが、いくらおれ達が数で勝っていようと、あのサムライを相手に真正面からぶつかり合っては勝ち目は薄い。たった一人で強力なサムライだってのに、それにプラス士気の高い村人連合までいるんだ。こいつはいくらストロングなおれ様でも分が悪い。
なんの策もなく真正面から普通にぶつかり合えば、結果はかつて若くて愚かだった時代の右腕のような結果に終わるだろう。下手すりゃ今度は体の方が真っ二つになる。
だからおれは、逃げ帰ってきた手下の話をしっかりと聞いて考えた。
地図を広げ、策を練る。
するとおあつらえ向きの場所があることに気づいた。
それはブロクディッシュ山。
そこには狭い谷が走っている。
いくらサムライがいるとはいえ、数の劣る奴等は、俺達と真正面から戦いたくない考えるだろう。いくらサムライといえども、策も練らず戦うなんて阿呆な真似は絶対にしない。
狭い谷におれ達をおびき寄せれば、その数の利をなくして戦うことができる。
なら、おれ達がその近くで野営をしていれば、奴はそのチャンスを逃すことはないだろう。この地はおれ達にとって非常に都合が悪い。
普通はそう考える。だが、おれは違う。むしろおれは、ここにサムライを殺せる大きな策略をめぐらせる余地があると考えた。
ストロングなおれ様ならそれを可能にでき、その一撃でサムライどころかおれ様に逆らう村人連合まで一掃できる。そんな策が実行可能なストロングな地形だと見抜いたのだ。
ゆえにおれは、奴等の誘いにあえて乗る。
ここに野営したのも奴等に谷へおれ達をおびき寄せさせるのが目的だ。
奴等は自分達が利用しようとした地の利によって殺されることになるのだ!
村人連合がおれ様のいる野営地へせまる。
おれは手下に向け、指示を出す。
「一人残らずぶっ殺せ」
と。
おれの指示に従い、手下が武器を持って走り出した。予想通り村の連合軍の奴等は迎撃に出た手下をひきつれ、谷の方へと向かってゆく。
手下は達はそれにひっかかり、見事に谷へ逃げる奴等を追いかけていった。
おれ達の野営地からは、村人連合も手下達もいなくなる。
それを確認し、おれはすでに指示をして残しておいた四十人ばかりの使える奴等に合図を送り、ブロクディッシュ山に走る谷へ刻まれた裂け目を目指し移動をはじめた。
そこは谷にいくつも刻まれた裂け目であり、鍾乳洞になっている。入り組んだそこを通っていけば、谷の中ほどにある谷を上から見下ろせる場所に出ることができた。ここが、サムライの死を見届けるのにちょうどいい特等席となる場所である。
おれと信頼できる手下達はそこへと向かい、必死になって戦っている村の奴等となにも知らない手下を見てにたりと笑った。
谷は狭く、数の利は存在しなくなりそのまま乱戦と化していた。この混乱具合は、どこに誰がいるのかももうわからないだろう。
わかるのは、村の奴等の方が少し優勢のように見えるということだけ。
村の奴等は谷におれ達を誘いこみ、数の利を消して戦っているからこうして自分達が有利に戦えているのだと思っているだろう。だが、それは違う。元々そこにいるのは作戦もよく知らされていない六十人ばかりの雑魚。数そのものが奴等と互角の上、一部は先日サムライにやられて士気がガタガタの奴等だ。捨て駒のためにおれに選ばれた一団であり、サムライ相手に時間を稼ぐための捨て駒。そんな奴等が相手なのだから、村の奴等が有利に戦えているのも当然の話だ。
今しばらくはいい気になっていればいいぜ。
もうじきお前達もサムライもろとも死んじまうんだからな!
おれは笑いが止められなくなりそうになり、もう我慢ができなくなってスイッチを入れアレを起動させるため上を見た。
上とはブロクディッシュ山頂上だ。そこにある湖。今からそこを爆破し、この谷の壁を崩し、そこに湖の水を流しこむのだ!
ここは谷間。上の壁が崩れれば、そこにたまった水は鉄砲水となりこの谷を流れ落ちる。
その水のパワーはどれほどのものか、いくらこのストロングな知性をもつおれ様を持ってしてもわからない。だが、それだけのパワーがあれば、いくらサムライといえどもひとたまりもねえ。大自然のストロングなパワーには、かなわねえはずだ!
巨大な水の濁流に飲まれ、村のヤツ等もろともお陀仏って寸法よ!
これが俺のサムライを殺す必勝の作戦。
普通に考えればそんなことは考えつかないだろう。
こんなただの悪党のおれ様が谷を崩すだけの爆薬を持っているなんて普通は思わないだろう。だが、この俺の右腕はストロングなパワーを秘めていてな。こいつの魔力と火薬を混ぜれば、樽一個でここを崩すくらいのパワーを引き出せるのさ。
そいつが、俺をストロング・ボブと呼ばせるゆえんのストロングなパワーよ!
なぜおれ様があんな誘ってくださいと言わんばかりの場所に野営していたか。それが、これを起こすためだ!
下で必死に戦っている手下は今からそんなことが起きるなんて夢にも思っていない。奴等はサムライを倒すために差し出された生贄みたいなもんさ。必要な犠牲ってヤツさ。だが、それも光栄なことだろう。なにせあの伝説を殺す名誉に加われるんだからな! このストロング・ボブ様の名を歴史に刻む手伝いができるのだからな!
この谷に誘いこまれたのはおれ達じゃねえ。お前達なんだよサムライ!
俺は右手の義手にあるスイッチをいれ、爆弾を起動させる。あとは山頂に設置された爆弾が爆発するだけ。
そうすりゃ山頂は崩れ、鉄砲水が谷の底にいるヤツ等を襲うだけだ!
その後水がひいたところでおれ様と手下がこの崖の洞窟から姿を現しサムライの死体を捜すだけ。万が一生き残っていたとしても、溺れたあとじゃぁおれ様と四十人の手下達に勝てるはずもない。
完璧。完璧な作戦だ! これでおれ様の悪名はさらにこの世に轟くだろうぜ!
どぉん!
ブロクディッシュ山の上で爆発音が響いてきた。
地面がぐらぐらとゆれ、谷にヒビが入るのがわかった。
勝った! サムライごと、すべてを飲みこみやがれ!
おれ達は勝利を確信し、隠れた崖の洞窟から水がびゅっと噴出すのを見ていた。
──ツカサ──
「ぬあぁぁぁぁ!」
俺は今、必死に山を駆け上がっていた。
村人達に囲まれ、あのならず者達のいる場所の近くまでつれてこられたのだが、俺はあいつらに引き渡されることはなかった。
なぜなら引渡しが行われる前に、ならず者の方から問答無用で襲いかかられたからである。
どうやら俺を生贄にしてごめんなさいして許してもらおう作戦はそもそもうまくいかない話だったようだ。
村人の集団もそれには驚いたのか、一斉に近くにあった山の真ん中あたりに開いた谷の方へと逃げ出していった。
当然俺も、それに巻きこまれるようにして谷へと逃げてゆく。正確に言えば流れに逆らえなかっただけなんだけど。
『相棒、ついにきたようだな!』
なんて楽しそうにオーマが言っているが、俺はそれどころじゃない。
俺は必死に谷の奥へ奥へと走ってゆく。
背中では追いついてきたならず者達と村の人達の戦いがはじまっている。
金属と金属のぶつかりあう音が響き、怒号と悲鳴が谷に響いてきた。
周囲では必死に戦う音と声が聞こえ、必死に谷の奥を目指す俺へかまうものはいなくなり、ついに俺の周りから人がいなくなった。
だが、俺はとまらない。とまるわけがない。そのまま谷を反対側まで突っ切り、今度は反転して山を登りはじめた。
緩やかで登りやすい山を、息を切らせながらも必死に登り、今に至るというわけだ。
『ちょっ、なんで山なんて登るんだよ相棒!』
「いいから黙ってろ!」
なぜまっすぐ逃げないのかと言えば、追っ手の逆を突く考えだからだ。谷を抜けてまっすぐ逃げれば、万が一終われた場合すぐに捕まってしまう。だから一度フェイントをかけて山に登り、そこから別の方向へと逃げる実に浅はかな作戦だった。
こんなのが本当に成功するかはわからない。それでも俺は生きたいのだ。死にたくないのだ。小ざかしいことでもやれることはなんでもやって、なにがなんでも生きて元の世界へ帰りたいのだ!
だから、だから……!
だから村の人達を見捨てて逃げてもしかたがないんだ!
そう俺は心の中で必死に謝りながら、山を登ってゆく。
俺は、俺を引き渡して許してもらおうと考えて動いたあの人達を責める気にはなれない。彼等だって死にたくないからああしたのだ。俺だって、自分の命がかかっていればそうしたかもしれない。ただ、その結果逆に襲われ、あんな戦いになってしまった。なんて悲しい結末なんだ。悲しいけど、ここはきっとそういう世界なんだ。俺のいた世界とは違う、厳しい世界なんだ……!
だから俺が逃げてもしかたがない。そう、しかたがないんだ!
必死に自己弁護して罪悪感を誤魔化しながら、俺は山の頂上へと駆け抜けた。
「……ぜぇ、はあ」
山のてっぺんまで来て、走る速度を緩める。
息を整えながらも足はとめない。どちらへ逃げようか、周囲を見回し必死に考える。
山の上は綺麗なまったいらで、真ん中に湖のあった。例えるなら、そう、割れた皿がさかさまになって置いてあるようなところだった。
皿の底にあるくぼみのところに水がたまり、湖になっている。名前がつけやすそうなところだ。なんて関係ないことを思ってしまう。なにせそこは、とってものどかな場所だった。さえぎるものがなにもない。青空と大地の境界である山脈が遠くに確認できる、実にいいハイキングスポットだ。
山頂付近にある大きな崖の下。多分さっき俺が必死に走り抜けた谷底でなにかがぶつかりあう音が聞こえてくるが、もう、俺には関係なかった……
俺は息も絶え絶えに、湖の方へと足を向ける。走りすぎて息が上がり、それ以上に水が飲みたかった。湖畔のはしが谷の近いところにある。これはしばらくすると、谷のどこかに滝が生まれるだろう。なんて素人ながらにも思ってしまうほどの近さだった。
谷の地質も土というより岩で、ひょっとするとあの崖の中には鍾乳洞や洞窟があっても不思議はないな。なんて少し冷静になった頭で考えた。
『お、おい、相棒……あれ』
今まで黙って俺の腰にあったオーマが、突然驚いたような声を上げた。
なんだよ。と思い、顔をあげる。
そこには、樽があった。
いや、樽のような形をしているだけで、色は真っ黒。黒光りするほどの光沢があって、樽の木と木を組み合わせたところにあたる溝に赤いラインが走っているという代物だ。
そしてその樽のてっぺんには導火線のようなものがにゅっと延びている。その黒い棒の一番上はカウントダウンするようになんだか怪しく赤く点滅していた。
なんか、非常に、怪しい。というか、ヤバイ。嫌な予感がびんびんするレベルで。
なんでここに誰もいないのか。と疑問をあげれば、それはね。ここにいたら吹っ飛ぶからだよ。と答えが返ってくるくらいヤバイ雰囲気がその樽から見て取れた。
『相棒、これ、爆弾……』
オーマが、なぜか恐る恐ると、俺に告げてきた。
『爆弾……しかも、かなりまじぃ』
二度、確認するように俺に言う。
やっぱりかー!
嫌な予感が確信に変わり、俺は心の中で叫んでしまった。
叫べたのは心の中でだけで、もう驚きすぎたせいでか、言葉はでなかった。口さえびっくりして動かない。それくらいびっくりした。
動けるなら『NOoooo!!』と頭を抱えて大声上げて叫んでしまいたいくらいだ。
「おい、オーマ。これなんとかできるか?」
『さすがにおれっちじゃ無理だ! 相棒も無理か!?』
答えが返ってきた瞬間、俺は走り出していた。解除の仕方など当然わからない。なら、こいつをどっかにやるしかない!
だが、樽を持ち上げようとするも、圧倒的な重さでまったく持ち上がりそうにない。
顔を真っ赤にしたところでピクリとも動かなかった。
『あ、あと三十秒だ!』
マジかー! あせったオーマの声を聞いて、俺は飛び上がるかと思った。だが、これじゃもう逃げる時間さえない。
俺は近くにあった三角形の石を持ち、それを樽のすぐ近くにセットした。
オーマ、ちょっと痛いかもしれないが、ちょっと我慢な!
腰から鞘ごとオーマを引き抜くと、樽のスミの地面にオーマの先っぽを押しこみ、岩を支点にして柄の方へ俺の全体重をかけた。
『ちょっ、相棒一体なにを……!?』
オーマが驚きの声を上げる。でも痛いとは言わないから問題はないのだろう。
そのまま俺が思いっきり体重をかけると、樽のスミが少しだけ浮いた。
よし、いける!
成功をなかば確信した俺はそのままさらに体重をかけ、樽を横にひっくり返す!
こいつはいわゆる梃子の原理。支点力点作用点を駆使した人類の知恵だ!
あとは!
「落ちろー!」
湖の方に向かって、その樽を蹴り押した。
この頂上が平ら。といっても、湖に向かって緩やかなくだりになっている。頂上は緩やかながらも、いわばすり鉢状なのだ。でなければ水はたまらない。ゆえに、勢いさえつければ、あとは楕円の樽は湖に向かって一直線というわけである。
勢いのついた樽は、ぐんぐんと加速し、湖の方へと転がってゆく。
湖に向けたのは、水に沈めば少しでも威力が軽減されるかもしれないと思った高校生の浅知恵である。
俺は蹴飛ばした瞬間から、来た道を必死に走って逃げる。少しでも遠く離れれば、それだけ安全だからのはずだから!
『五、四……』
なぜかオーマがカウントダウンをしている。
俺の後ろでは、加速した樽が湖畔の草原をくだりきり、少し突き出した岬状のところから湖へ落下していった。
どぼんという重い音とともに、それはぶくぶくと湖の底へと沈んでゆく。
『一……ゼロ!』
どごぉぉぉん!!
俺の後ろで、とんでもない音とともに湖が爆発した。
巨大な水柱があがり、俺はその衝撃で草むらの上を吹き飛ばされて転がるハメになった……
──ストロング・ボブ──
「なっ、なんじゃこりゃぁ!?」
山がゆれ、谷にひびが入ったのを見て笑ったおれ様は、次の瞬間に悲鳴じみた声を上げていた。
手下の奴等も顔を青ざめさせ、悲鳴を上げている。
「な、なんで水が俺達の方へー!」
手下の誰かの悲鳴がおれの耳に届いた。
そう。崖にひびが入り噴出した水は、谷の下で戦うサムライ達と手下の方へは向わず、おれ様達が隠れる崖の裂け目へと噴出してきたのである。
俺の予定じゃ崖の上。頂上が崩れ、ヤツ等の逃げ道を塞ぎ、その上でそこから水が滝となって流れ落ちてくるはずだった。
だというのに、この水は谷の中腹辺りの裂け目から噴出し、まるで噴水のようにおれ達のいる場所をピンポイントで噴出している。
これは、おれ様の計算した爆発じゃない!
このように水が吹き出るようにおれは爆弾をセットしていない!
一体、なにが起きている!?
だが、考えている暇などない。噴出した水がせまり、洞窟へ流れこんできているのだ。
大急ぎでその場から逃げ出そうとするが、大自然の力はすさまじかった。一気にあふれ出したその鉄砲水は途方もない量であり、とんでもなくストロングなパワーだった。
魔法の義手を持つおれ様をもってしても抗うことはできず、おれ様も手下も、次から次へと襲い来るその水に押し流され、崖にできた洞窟の奥へ奥へと流されてゆく。
あんな暗闇に押しこまれたら、二度と出られない! おれ様は必死にもがき、水をかきむしった。
暗闇の中、何度も岩にたたきつけられ、体中がきしんだ。真っ暗な鍾乳洞が、地獄の底のように感じられる。そんな中、きらりと一瞬光が見えた。
それはまるで、天から降りた一筋の糸のようだった。
おれ様は、必死にそこへと向かい、手を動かす。
すがるようにして、その糸を手繰り寄せようとする。
だが、おれ様がそこへ向かっているのではなかった。水がおれ様をそこへと押し流していた。
ぼごっという音とともに、崖を突き破り外へ出た。
一瞬の浮遊感とともに、おれ様は激しく地面にたたきつけられる……
がはっと血が口から飛び出たのを感じる。
オテントウ様のもとへ戻ってきたのはいいが、体はもう髪の毛ほども動かなかった。背中や腹が熱い。どうやら洞窟の中で水に押し流されている最中ぶつかった壁や鍾乳洞で切れたようだ。この傷の深さはもう……
感じる。俺は、もう、ダメだと……
揺らぐ視界が空を見上げた。すると、はるか空の果ての方でナニカが動いたのが見えた。
「っ!?」
おれは、そいつを、見た。
湾曲した剣を持つ男。そいつが山頂からこちらを見下ろしているのが見えた……
バカ、な……
それはつまり、あの男が、サムライが、おれ様の策を、爆弾を読んでいたというのか? 爆弾さえ読みきられ、それを逆に利用し、おれ様達は一掃されたというのか……?
周囲で勝どきの声があがるのを感じる。
おれ達は、負けたのだ。
信じられなかった。いくらおれ様が有名な悪党だからって、あの水攻めを読まれるなんてありえない。ありえるとすれば……
「それ、が、サムライ……」
俺は、愕然とした。なんてことだ。サムライは武だけでなく、智謀策謀さえ超一流なのかよ……
こんなの、勝てるわけが、ねぇ……
おれの間違い。それは、サムライがいると気づいた時、逃げなかったことだ。
「お、お前はストロング・ボブ!?」
倒れている俺に誰かが気づいた。すでに目がかすんで誰かはわからない。
「ちっ。くしょう……サムライ、さえ、いなければ……」
空へ右手を伸ばす。目の前に現われた男をつかもうとしたんじゃない。そいつのはるか上にいるサムライをつかもうと、手を伸ばした。
だが、届かない。それは、遠すぎた。
それこそが、おれ様とサムライの差を示しているようにも感じられた……
「ぐふっ」
──村長──
谷の中の混戦は、我々有利に進んだ。これはサムライ殿がいるおかげもあるあろう。
しかし、サムライ殿は我々の想像もおよばない場所で我々を救う行動をしてくれていた。
私達は、すべてが終わって彼の慧眼に気づかされる。
どぉん!
ブロクディッシュ山の頂上から、突然爆発の音が響いた。
大地は大きく揺れ、誰もが何事かと上を見上げる。
そこで私達の目に飛びこんできたのは、亀裂の入った崖と、そこから噴出す間欠泉のような大量の水だった。
それは一筋の水流となって谷の隙間にあった洞窟へと噴出してゆく。
私達はうろたえた。ストロング・ボブの一味さえも空を見上げうろたえている。
最初は自然災害かなにかによる崩落かと思ったが、すぐに違うと気づかされた。
なにせ噴出した大量の水がふきこむ洞窟の中から悲鳴が聞こえてきたのだから。
きっと洞窟内でつながっていたのだろう。崖の裂け目から水が噴出し、出口となったそこから何人かの男達が噴出してきた。
地面に叩きつけられ、彼等はごろごろと谷に転がっていった。
「こ、これは一体……?」
わけがわからなかった。だが、ならず者が倒れた男を見て仲間だと叫んだのが聞こえた。
どうやら水に流され押し出されてきたヤツ等はストロング・ボブの一味のヤツ等。つまり伏兵だったのだ!
その瞬間、私は気づいた。私達がヤツ等をここに誘いこんだのではなく、我々が誘いこまれていたのだと。
愕然と水が噴出すのを見ていると、もう一度山の上の方でなにかが動いた音が響き、振動したのが感じられた。きっと上の湖のどこかが崩れるか、岩が移動するかして開いた裂け目が埋まったのだ。その瞬間から、谷に噴出す水の量が明らかに少なくなった。
しばらくすると、水は完全にとまる。
谷のいたるところは水浸しで泥だらけだが、私達が溺れるということはなさそうだ。
あまりの事態に戦闘は一時中断される。
ぼごんっ!
私の近くの崖の壁がはじけ、そこから水と一緒に巨大な義手を纏った大男が飛び出してきた。
私はこの男を知っている。この男こそ、ストロング・ボブ一味の首領。ストロング・ボブその人だった。
「お前はストロング・ボブ!」
私は思わずその名を叫んでしまった。
なにより驚かされたのは、その体についた傷だった。
ボブの体にはなにか鋭い刃物で斬られたような傷がいくつもあった。見事な一撃である。これではもう、いかなストロング・ボブといえども助からない……
「ちっ。くしょう……サムライ、さえ、いなければ……」
ストロング・ボブは焦点のあわないうつろな目を空に向けそうつぶやき、空へ義手を伸ばした。まるで、なにかにつかみかかろうとしているかのようだ。だが、この男は私を見ていない。私のはるか先にむかい手を伸ばしているように感じられた。
私はつられ、その手の延ばす先を見上げた。
そこには、彼が、いた……
崖の上。ブロクディッシュ山の頂上。そこに、湾曲した剣。刀と呼ばれる彼等を象徴するとも言える武器を腰に戻し、私達を見おろすサムライの姿があった。
この時、この戦場で一体なにが起きていたのか、私ははっきりと理解した。
なぜ洞窟にストロング・ボブ一味の伏兵がいたのか。なぜサムライである彼があそこにいたのか。
ヤツ等はサムライと真正面から戦う気など最初からなかったのだ。崖を崩し、この谷を利用して水攻めをするつもりだったのだ。
しかし、サムライ殿はその策のさらに上を行った。崖を破壊しようとしていたストロング・ボブをその刀で退治し、さらにヤツ等の行おうとした爆破を利用して洞窟に潜む伏兵を一掃したのである。
なんということだ。私達がヤツ等に対して妙に優勢だったのも、あの伏兵が隠れていたためだったのか!
ボスがやられ、降伏したならず者を簡単に数えてみれば、五十人ほどしかいない。洞窟に隠れていた伏兵は何人かわからないが、上にいたストロング・ボブと他の取り巻きと戦ったのは間違いない。
なにより驚くのは、サムライ殿の慧眼。きっと彼は私の話を聞いた時点で我々の策の欠点に気づいていたのだろう。しかし直前で作戦を変えることは我々の士気にもかかわると察し、たった一人で逆転の策をめぐらせていてくれたのだ。
ひょっとすると、私達の中にスパイがいると考えていたのかもしれない。私には想像もつかなかったことだが、いない。なんてことは確かにゼロではない……!
彼は目覚めて話を聞いたあの短時間でここまで我々をフォローすることを考えていてくれたのだ……!
私達の士気も砕かず、影ながら私達を勝利に導くその智謀はまさに伝説に聞くサムライ以上の存在だ。彼は武だけでなく、知も備えているのだから!
「あ、あそこを見ろ!」
仲間の一人が、やっとサムライ殿に気づき、空を指差した。
私以外の皆が崖の上に立つサムライ殿へ視線を向けた。
その瞬間、谷に太陽の光が差しこむようになり、崖の上に立つサムライ殿の背に後光がさしているかのように見えた。
その姿はまさに日の出国より現れた最強のマスラオ。伝説のサムライに違いなかった!
その神々しい姿を見たストロング・ボブの残党は、ボスが倒れたこともあいまって恐れをなし、自分達に勝ち目はないと降伏した。
勝どきの声が上がる。
後にブロクディッシュバレーの戦いと呼ばれる一戦は、こうして私達の勝利で終わりを告げた。
勝どきの声があがる中、私達は勝利の立役者であるサムライ殿のことを呼んだ。
しかし彼は私達のもとへは戻ってこなかった。彼はそのまま身をひるがえすと、忽然と姿を消してしまったのだ。手柄など欠片も主張せず、まるで今回の戦いに自分はいなかったかのように。
風のように彼は去っていってしまったのだ。
しかし、私達は忘れない。この戦いにサムライの尽力があったことを。
決して忘れない。悪名高きストロング・ボブを倒したのは、再来したサムライの力があったからであると!
──オーマ──
いやはや、驚いたぜ。
ベッドで相棒がおれっちに聞いた「なにかいい案はないか?」という言葉とともに少しなにか考えたように見えたのは、この爆破を想定していたからなのか! あんな短い時間でここまでの展開を読みきっているなんて、さすがおれっちの相棒だぜ。
あえてこれを村長達に伝えなかったのも、下手に教えれば作戦を変えざるを得なくなり、そうなればせっかくあがった士気もさがってしまい戦いにならなくなってしまうからだ。
それについてくるなんて言うものが現れれば爆弾に巻きこまれる可能性も考慮したからだろう。相手の出方を完全に予測した上で、ああして対処しておけば村の男達に被害は少ないと計算し、より安全な戦い方ができるよう考慮したに違いねえ。
死にさえしなければ、妖精の粉で怪我は癒せるからな!
こんなのあの若さでそうそうできるもんじゃねえ。相棒は本当に末恐ろしい男だ。きっと過去最高のサムライになるに違いねえな!
一瞬山に登るのが理解できず、なにをするのかと疑問に思っちまった過去のおれっちをぶん殴ってやりてぇ!
一番危険な場所へ一人であえて飛びこんだ、まさに義を重きにおくサムライの塊みてぇな相棒を疑っちまった!
叱られて当然だ。すまねえ相棒。だが、これからはもう二度と疑わねえ! 一生ついていくぜ!
崖下を見おろし、おれっちを腰に戻す相棒を見て、おれっちはそう心に誓った。
(あわ、あわわわわわ)
──見おろすツカサはうろたえていた。
相棒が無言で下にいる村長達を見ている。どうやら水に流された村人はいねぇようだ。どこかほっとしたような表情なのもそのせいだろう。
相棒はいつも冷静で表情の変化が乏しいからわかりにくいが、相棒のおれっちにはわかる。相棒がほっと安心しているってな!
(やばい、やばいよ。湖に爆弾を投げこんだら逆にいろんな人に迷惑をかけちゃったよ。しかも俺、見つかっちまった。これって俺がやったって間違いなく思われるぞ。これはマズイ、下ではなんか殺気立ったように俺に視線を向けてきてるし、マズイ。これはマズイよ!)
おお、相棒が肩をプルプル震わせている。村人達の力で勝利したのがそんなに嬉しかったのか。おれっちも思わず嬉しくなっちまうぜ。
これで村の奴等も安心して暮らせるだろうし、自信もついただろう。そして相棒は村からは英雄としてあつかわれ、尊敬されるってわけだ。サムライの出立第一歩としちゃあすげぇ出足のいいことだぜ。
おれっちが誇らしく思っていると、相棒は突然信じられないことを言い出した。
「よし、逃げるぞ」
『はぁ!?』
思わず素っ頓狂な声をあげちまったい。
『マジかよ相棒!』
「マジだ」
きっぱりと言い切った相棒は、きびすを返して山をくだるためにのぼってきたのとはまったく別の方向。村ではない方へと歩き出した。
その歩みに迷いはなく、名声だとか手柄だとかに後ろ髪はまったくひかれていないように見えた。
ったく。しょうがねえお人だ。手柄も名声もいらねぇってか。人の笑顔があればいいってか? なんてお人だよこの人は。無欲すぎんだろうが。お人よし過ぎて心配になってきちまうぜ。ったくよ。
思わずため息が漏れちまうが、おれっちの心配なんてきっと関係ねえんだろうな。なんせこの人は、おれっちという最高の刀を持つ資格を得たサムライなんだからよ!
────
「行ってしまった」
谷の底から山の頂上を見上げた村人の誰かが呟いた。
村長もその消えたサムライのいた場所をじっと見て、小さくため息をついた。
「謝礼もなにも求めず、平和になったら颯爽と去ってゆく。彼は、本当に伝説どおりのサムライなのだな……」
ユラフニッツは辺境であるがゆえ、実物のサムライを見たのはこれが初めてだ。それゆえ伝説は所詮伝説だと誰もが思っていた。
しかし、違った。伝説は、事実であった……
村長が空を見上げたまま、しみじみと思う。
「ありがとう」
「ありがとう!」
「ありがとうー!」
彼が去った方に向かい、誰かが感謝の言葉を口にする。
それから次々と感謝の念がそちらの方へと飛ばされる大合唱となった。
なにも求めずさったサムライへできることは、それしかない。それが、彼等にできる精一杯のお礼だったからだ。
(ひいぃー。なんか罵声をあびせられてるー! 絶対に、絶対に捕まったらあかんー!)
走るツカサには、その声ははっきりとは聞き取れない。
背中にびりびりと響くなにか言っているという声にツカサはそう感じ、走る足をさらに速めるのだった。
こうして、サムライは誰にもなにも告げずに戦場を去り、ユラフニッツ村をめぐるブロクディッシュバレーの戦いは終わりを告げた。
戦いが終わり、サムライがなにも言わずに去ったことを聞いた村長の娘ニースは、彼が去ることをなんとなく予測していたと父に告げたという。
この地は、彼にとってただの通過点でしかないのだから。と。
この戦いは、歴史の上では村人連合軍が奇跡的な幸運。ディッシュ湖の湖底崩落による落水でストロング・ボブを倒したと言われているが、そこに伝説のサムライの影があったことは公然の事実である。
この地においてその戦いの事実を聞いても、村の者はこの地に現れた偉大なサムライによって自分達は救われたのだと誇りを持って語るほどだといわれる。
それは、かのサムライの活躍を決して忘れず後世に伝えることこそ、彼等にできる唯一のことだからだという。
その姿こそ、この地に現れたサムライがどれほど偉大であったかを物語っている事実であろう。
のちに伝説のサムライの再来と言われ、なおかつすべてのサムライの中で最強にして無敵と語り継がれる新たなサムライの伝説はここからはじまったのだ!
おしまい