表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
29/88

第29話 伝説の再開


 これは、彗星のように現れ、そして人知れず姿を消した、のちの世で最強にして無敵として語り継がれる伝説のサムライの物語である。




──オーマ──




 いようおめーら。ひっさしぶりだな。おれっちだ。おれっち。オーマだ。


 まさかサムライの相棒であるおれっちのことを知らねーとは言わせねえぜ。



 だが、ホントにひっさしぶりなヤツがいるかもしれねえから、あえて自己紹介からしてやんよ!



 まずおれっちの名はオーマ。伝説の再来にして伝説をこえた最強にして無敵のサムライ。ツカサの相棒たぁおれっちのことよ!


 この国じゃインテリジェンスソードなんて呼ばれる魔法の剣とよく間違われるが、そいつとは違う代物だから注意しろよ。サムライの刀ってぇのは魔法ではなくサムライ。もしくは刀鍛冶が魂こめて作り出す魂のこもった一品なんだからよ!

 だから魔法の通じねえ相手にも通じる。ここ大きな違いだからな!



 そして、刀のおれっちには相棒がいる。さっきも言ったが、サムライのツカサがその人だ!


 歴代でもいたことのない位である二天霊というランクの『シリョク』を持ち、サムライ十人がかりでも封印するのがやっとだった世界を滅ぼす闇。ダークカイザーをたった一人で見事粉砕し、世界を救ったお方なんだぜ!


 この女神ルヴィアによって作られた世界、イノグランドの危機をたった一人で救った救世主を知らねぇとは言わせねえぞ!



 もっとも、今は世界を救った時チャージし続けていた『シリョク』を全て失っちまっているが、それでもサムライとしての強さや凄さは欠片も損なわれちゃいねぇ。むしろこの状態でやっと丁度いいってレベルさ。もっともそれでも世界最強なのは間違いないがな!


 ぱっと見はあまり感情を表に出さない寡黙な異国から来た十五の少年にしか見えねぇが、侮っちゃならねぇ。

 その優男な外見にだまされて、真の実力を見抜けず地面に崩れ落ちるハメになった悪党は何人も、いや何十人もいるんだからよ。


 もっとも、その姿を知っているヤツはほとんどいねぇだろうがな。


 地位も名誉も望まず、世界を救い終わったら王様からの勲章も褒美も人々からの声援もなにもかも受け取らずまた旅に出ちまったんだから。


 おかげでその名声だけはうなぎのぼりだが、肝心の相棒の姿を知るヤツはほとんどいねぇって有様よ。



 世界を救ったんだから、もうちっとのんびりして楽な暮らしをしてもいいとは思うんだが、そうはいかねぇんだろう。


 なんせ世界は救われても、悪党に泣かされている人達はなくならねぇ。




 世界を救う次は、そういう弱い者達のため、風の吹くまま気の向くまま、おれっち達は旅を続けるってワケさ。




 だから、世の中がどれだけ理不尽でも諦めちゃいけねぇ。生きて天をむいてがんばっていれば、必ず相棒は現れる。必ず相棒が助けに来るからよ!


 相棒は、あきらめねぇヤツの味方だぜ!



 なぜなら相棒は、サムライだからな!




 さて。おれっちと相棒の紹介も終わったから、これ以上の説明はいらねぇ。と言いてぇところだが、そうもいかねえ。

 どんな困難も相棒とおれっちさえいればどうにかなるって話なんだが、それでも一応、相棒にゃ慕ってついてくる二人の仲間がいるからよ。


 そいつらも一応紹介してやらねぇと可哀想だから、もう少しだけ付き合っておくれや。



 まず一人目は、相棒の自称弟子。マックスだ。


 十年前、世を滅ぼすためやってきたダークカイザー率いる『闇人』達を追ってこの地に現れたサムライ達。その活躍に惚れて、憧れてサムライになるため十年努力してきた天才剣士ってヤツだ。


 サムライとしての才能を見こまれ、刀のツバをもらっていたが、それをくれてやったサムライは十年前の決戦から戻ってくることはなかった。

 ヤツはそれから努力を続け、剣士としての力量をあげ、ついには相棒と出会い、サムライとしてのあり方を学んだ。

 そしてついに、相棒とダークカイザーが最後の戦いをしている最中。カイザーは卑怯にも相棒が守ろうとしている仲間やこの大地を狙って攻撃をしかけてきやがった。ダークシップからその一撃が放たれた際、マックスはそのツバから己の相棒、刀を生み出すことに成功し、こいつはついに夢であるサムライになれたってわけよ。


 といっても、まだ『シリョク』の門は開いたばかりで頼りない上、刀は生まれたばかりでほとんど力はない。だからまだまだサムライ見習いでしかなく、相棒の技と心得を盗むためこうしてついてきているってわけだ。



 そしてマックスの持つ新たな相棒。それがヤツの刀。その名も『サムライソウル』だ。


 おれっちと同じ刀だから、当然こいつも話すことが出来る。

 だが、こいつはまだ生まれたばかりで思うように話はできねぇ。マックスのサムライとしての成長と共にこいつも成長してゆくはずだから、気長に育てる心構えをして欲しいところだな。


 そして刀は意思を持って言葉を喋る以外に一つ特性が付与されている。おれっちの場合は周囲の地形や人のいる位置なんかを探ることが出来る『把握』。そしてこいつの方は周囲のやつ等の力を借りて自分の力に変える、『融和』だ。

 マックスは元々騎士であって、そこからサムライとなったから、騎士とサムライ。どちらも国の事情も把握している。そのどちらもを使えるがゆえ、この刀はその二つをつなぐものとして授けられたんだろう。


 サムライの国がなくなっていなけりゃ、この二つの国をつなぐ英雄になれたかもしれねぇ逸材だが、残念な話だぜ……


 だが、力を貸してくれる仲間がいればいるほど強くなれるってぇのはすげぇことだ。相棒に負けず、仲間を多く作れってことだろう。


 もっともマックスは刀を手に入れたことでちょーっとばっかし天狗になってるのがタマに傷だが。



 そしてもう一人は男装娘のリオだ。だぼだぼのシャツとズボンで男装し、普段は長い髪をまとめて帽子でそれを隠している。本名はリオネッタといって、相棒とおれっちがたまたま立ち寄った街で出会った元スリでもある。


 つってもこいつの背後関係はいろいろ複雑で、共に旅するきっかけとなったリオの誘拐事件はここの王族。キングソウラ家と関わりがあるかもしれない。いや、ないかもしれないってんだから大変だ。


 もっともそれは今のところ『ない』としておくのが平和だってことで真相は闇の中ってヤツになっている。


 そんな複雑な背景を持つ娘だから、そのままその街に放り出してゆくわけにもいかねぇってことでこいつは相棒についてきたのさ。


 相棒の慈悲により一人で生きていく金は十分にあるはずなんだが、それでも相棒についてきている。

 まあ、そいつは相棒の人徳ってヤツだな。


 相棒だってついてきたけりゃ好きにしろって言っているし、そんな狭い器はもっちゃいねえ。

 それになんだかんだいって、相棒もこいつのことは嫌いじゃないだろうからな。


 ついでに、相棒は甘すぎることがよくあるから、世間の厳しさを知ってるこいつが近くにいるくらいが丁度いいくらいだ。



 とまあ、この二人と一本と一緒に相棒はまた新しく旅をはじめたってワケさ。


 今回は西の果てへ行くっていう目的もなく、ぶらぶらとあてのない世直しの旅ってわけよ。



 さぁて、今度はどんな悪党を退治することになるのかね?




──ツカサ──




 わいわい。

 がやがや。


 王都へ戻ってしばらく。

 俺達は今、マックスの生まれ故郷であるマクスウェル領にあるマックス宅を目指して移動をはじめていた。



 そのマクスウェル領は王国の北東にあるので、そちらの方向に向かうのが一般的な考えだ。

 でも、王都から直接北東に向かう街道は存在しておらず、一度北か東の街道を経由してそこから別の街道をもって行かねばならないのである。


 王都へくる時はこの北側を回るテルミアの村経由のルートでやってきている。


 なので、今回は当初王都へ来る時使う予定だった国を東西に貫く大街道を東に向かい、そこから北へ向かうルートをとることになった。



 王都から約一日歩いたリノートの街。



 今俺達がいるのはその街だった。



 王都から近い街だけあって、そこも大きくにぎわっている。

 見事な石壁に囲まれた西洋式建築の町並みが広がり、王都から東へ向かう大街道には人があふれている。


 これから王都へ向かう人。これから王都から帰る人が大勢行き交い、とんでもない賑わいだ。



 それもこれも、とあるサムライが空に浮かんだダークシップとその主。ダークカイザーを屠り世界を救った祝いの祭りが王都で行われているからである。



 ちなみに、そのとあるサムライってのは俺のことらしいが、俺がやったことといえば女神様に守られつつ昔のサムライが玉座に縛りつけていたダークカイザーという別世界の俺に触れてきただけだ。


 がんばって刀を生み出しいろいろ守ったマックスや力を貸した騎士団の人や、必死の思いで俺を守った女神様とは違う簡単なお仕事を済ませてきただけである。



 なので、俺が世界を救った。なんてとてもじゃないが胸を張って言えるわけがなかった。



 そんな俺が褒美を受け取ったり勲章を受け取る理由はまったくないということで、俺はその祭りから逃げ出し異世界観光を続けているというわけである。


 ぶっちゃけるとそういう祭りに顔を出して大々的に目立つといろんな因縁つけられる可能性が非常に高まる。なんて理由があったりなったりするけど、秘密であった。



 そうして顔が売れていなければ、増えてきたサムライの格好をして街を闊歩する真似サムライと同じような目に見られてよりまきこまれないだろうという俺の深い深い考えもある。

 今回の一件でさらに増えた彼等にまぎれることが出来れば、腰にオーマ(刀)をさしたままでも堂々と街を歩いていられる!


 共に旅するオーマやマックスは「偽者め。実にけしからん!」と憤っているけど、俺は木を隠すのなら森の中状態で目立たなくなるからむしろこの状況は大歓迎だ。



 わいわい。

 がやがや。



 ……しかし、人が多い。



 俺達は今、お昼ごはんを食べるためオープンテラスの店で食事をしている。



 その柵の外に見える街道には、人の川が流れているのが見える。


 大街道と呼ばれる東西を貫くでかい街道だってのに、ここの大通りになっているここは初詣の人出のごとき状態になっているぞ。



 なら大街道を避けて別の道を。という案も出たけど、この混みようは今どこへ行っても同じらしい。



 それだけ、そのダークシップが消えたという祝いの祭りはこの地に住まう人達にとっては大きな喜びの宴だということなんだろう。



 俺がダークシップに入りこんでうろちょろしている間、いつの間にか浮かび上がっていたそれは砲台を展開して遠くの山を吹き飛ばしたりしてかつて人々に植え付けた恐怖の記憶を呼び起こしていたらしい。


 十年前、空に現れた誰もが絶望するその力。それがまた暴れようとしていたというのだから、空を見上げた人達は誰もがもうダメだと終わりを覚悟したほどだとか。



 だから、ダークシップが空から消え去り、世界が救われたとわかった時、彼等の喜びようたるや、大地を揺るがすほどだったらしい。

 その喜びを皆でわかちあうため、祭りのはじまった王都へ集まり、この初詣のような騒ぎとなっているとのことだった。



 十年前の惨状や外で山をひと吹きしたところもまったく知らない俺は、そんなに大騒ぎすることなのか。と思ってしまうが、これだけの祭りと騒ぎになって、あの日が国民の祝日となりかねない勢いなのをみると、きっと俺が大げさだと思う感覚が間違っているんだろうなぁ。



 そう考えると、元の世界がちょっとだけ恋しくなっちまうぜ。


 だが、今の俺は女神様の加護で守られているからそんな心配もないけどな!(すでに加護は打ち切られていますが気づいてません)



 ああ、平和ってすばらしい……!



「なにしみじみしてんの?」


 リオが声をかけてきた。



「ああ、平和はいいなぁ。って思っただけさ」



 俺は行き交う人を見ながら、思ったことをリオに伝えた。



 ホント、命の危険がないってすばらしい!




──リオ──




「ああ、平和はいいなぁ。って思っただけさ」


 ツカサが、街を行き交う人達を見てしみじみと言った。


 笑顔で歩く人達を見て言うツカサの顔は、とても満ち足りているように見えた。



「……やっぱ、ツカサもみんな平和で安心している顔を見るのは嬉しいんだな」



 おいらも、その横顔を見てしみじみとつぶやく。



「当然であろう。命を賭けて世界を救ったのだ。ツカサ殿だからこそ、その感動をより強くかみ締めておられるのだ」

『御意』


 隣に座るマックスもうんうんと大きくうなずく。

 同時に同意したのは、マックスの生み出した刀だ。サムライソウルって生意気な名前だけど、まだまだ生まれたばかりであんまり頻繁にコミュニケーションはとれない。


 まあ、マックスの分身と言える存在だから、喋りだしたらこのサムライかぶれが倍になってよりうっとおしくなるだけだろうけどよ。

 やれやれだよ。


 ちなみにだけど、おいら達は丸いテーブルに三人で座っている。

 おいら達三人で三角形を描くような形になっているから、おいらの隣はツカサでありマックスになるってワケだ。

 当然、マックスの隣もツカサでありおいらにもなる。



「地位も名誉も与えられるものはなにも望まず、喜ぶのは人の笑顔とは、さすがツカサ殿にござるよ」

『御意!』


「ホントだよ」


 おいら達は、慈愛の微笑を外の人達に向けるツカサの横顔を見て、しみじみ思った。



 ツカサは強くて優しい。


 いつも他人のために動いて、その身を賭して人を助けていたんだから、世界を救えた感動というのもひとしおなんだろう。



 この平和の光景は、なにも求めないツカサにとって最高のご褒美に違いない。



 望んだのは皆の笑顔とか、やっぱりツカサは英雄と呼ばれるにふさわしい人だよ。



 この人と一緒に旅が出来て本当に幸せだ。

 おいら達はツカサの横顔を見ながら、そんな幸福感に包まれた。




「……ないっ! ない!」

「ああ、俺もだ! くそっ、やられた!」


 大通り人通りが少しだけ減った時、歩く人の中からそんな声が上がった。



 懐やカバンを調べ、慌てている。


 おいらにはなにが起きてるのかすぐにわかった。



 スリだ。



 いくらツカサがでっかい悪党を倒しても、街に巣食う小悪党はそう簡単にいなくならない。


 これだけの人が集まってきているんだから、それだけその懐を狙おうとする奴等もやってくるってわけだ。



 せっかく世界が救われたってのに、人間てのはなにやってんだかね。



 おいらはやれやれと肩をすくめた。



「おのぼりさんはこれだからよ。こんな人ごみに来るんだからもうちょっと考えろってな」



「まったくもってそのとおり。だが、この街ではそのちょっと考えろというのはなかなか難しいものがあるぞ」



「? どういうことだよ?」


 おいらに同意しつつ、否定してきたマックスに首をひねる。


 スリなんてのは財布をきちんと把握できる場所に置いて、盗まれないようにひと手間の対策をするだけでだいぶ違うもんだ。

 財布を入れたポケットのボタンをしめるとか、取り出すのにひと手間かかるだけでスリに抜かれる危険性は大幅に減る。


 ツカサみたいに、財布に紐をつけておいて相手をおちょくるってのもありだけど、相応の実力がないとスリが強盗に変わることもあるから、あまりオススメは出来ない。



 そのちょっとした考えで太刀打ちできないのは、刃物とかでポケットを切り裂いたりする、スリとは呼べない下品な強盗になる。



 でも見た限りじゃ盗まれた奴等はひと手間を惜しんで無造作に財布を懐につっこんでいたような奴等だ。


 盗むヤツが一番悪いと言っても、盗まれた方も盗んでくださいと言っているようなもんだ。



 それが、違うって?



「うむ。この街にはな、四十余年あまり誰にも捕まっていない伝説的なスリがいるのだ」


 マックスは大仰にうなずいて語りはじめた。



 大街道から続き、王都へといたる都会への玄関口。


 それがこの街だ。



 この街を通り、多くの田舎者も都からの落ち武者も様々な場所へと過ぎ去ってゆく。



 その旅人を狙い、懐の金を奪い去ってゆく存在。



 リノートのスリヌシと呼ばれるそれは、本名はおろか、その性別さえわからない。



 一体いつスられたのかさえわからず、芸術的とさえ言われるその技術により、落としたのかとさえ思ってしまうほどの腕前なのだという。


 それは、名高い剣士からさえ華麗に財布をスリとってみせるとさえ言われ、ある種伝説的存在となっているのである!



「名高い剣士ねぇ」


 マックスが熱弁したところで、おいらは冷めたように言った。



「ちなみにそれは拙者のことではないぞ」


「へー」



「疑っているな!」



 そりゃオチにはもってこいだからね。

 四十年も活動しているなら、マックスがまだ未熟な若い時にやられた可能性も否定は出来ないし。



「ふん。拙者とて出会ったこともないしその名高い剣士というのも噂でしか聞いたことはない。それでも疑うと言われようが、拙者ではないと言うしかない!」


「はいはい。わかったよ。おいらだってそんなムキになって主張したりしねーって」


 おいらだってマックスの実力を知っている。

 若いころから天才なんて言われて武道大会では優勝していたりしたんだから、そんな剣士をそう簡単に出し抜けるわけがない。


 おいらだってツカサにめろめろになってるマックスならともかく、平時の警戒している状態からじゃとても懐のモノをスれるとは思えないからな。


 少なくとも今のマックスの懐を狙うのは並のスリどころか一流ですら不可能だ。



「ともかく、そのような伝説的スリがいるから気をつけよと言いたかったのだ。ツカサ殿ならともかく、生半可なリオではスられたことすら気づかず盗まれそうだからな」


 ひくっ。

 こいつ聞き捨てならないことを言った。



「へぇ。一回盗まれたヤツのお言葉は重たいですねぇ」



 マックスの口元がひくついた。


 へっ。

 あえて見逃してやったってのに、こっちを挑発するからだよ!



「今の言葉、聞き捨てならんな」


「それはこっちのセリフだよ。誰がスられるって? こう見えてもおいらは荒くれ者しかいないスラムで生きてきた生え抜きなんだぞ」


「拙者とて同じ。スリなどに懐をあさられるわけがあるまい!」



 バチバチと、おいらとマックスの間に火花が散る。



「「いいだろう! どっちがそのスリを捕まえられるか、勝負だ!」」



 おいら達は同時に席を蹴って立ち上がった!




「……え? なに? どういうこと?」



 突然にらみ合って立ち上がったおいら達を見て、ツカサが一人、困惑した声をあげた。



 流石のサムライも、こんなことで喧嘩するとは思ってなかったらしい。



 でもツカサ、おいら達はもう引けないんだ! このままやらせておくれよ!




──ツカサ──




 ……なんか知らないけど、唐突にリオとマックスが喧嘩をはじめた。


 喧嘩。というより意地の張り合いかな。これは。



 どっちも引けなくなってしまったって感じだ。



 俺が店の外で起きてたスられた人達の顛末に目を向けていた間に一体なにがあったんだろう?


 二人は俺はなにもかもを把握していて審判お願いします。的な雰囲気をかもし出しすぎていて聞くに聞けないし……



 ホントなにがあったんだろう?




 二人は俺の前を歩き、なにかを探すようずんずんと大通りを大股で歩いてゆく。


 あまりの雰囲気に、俺達の周りから人の波が消えるレベルだ。




「……ん?」



 リオはベルトから重量軽減と内部拡大の魔法がかかった袋をさげている。そこには一千万ゴルドという大金の他に食料や旅に必要なモノがいろいろ入っている代物だ。

 女の人の拳くらいのサイズのそれは、リオの後ろ。はっきり言えば尻に位置するところにゆらゆら存在している。


 無用心極まりないが、このサイズだと逆に財布にも見えないからこうして堂々としている方が安全なのだそうだ。


 それは、今はあんまり問題じゃない。

 問題は、そのすぐ下。


 いわば、リオの尻。

 もっと言えばズボン。



 そのズボンの尻の部分に紙がついているのに俺は気づいた。



 歩くたび袋がゆれ、さらにその下にある小さな紙もひらひら揺れている。



 わかりやすく例えれば、いわゆる半額シールとか、品物をアピールするポップみたいな感じの紙だ。

 この世界にシールはまだ魔法(超高額)でしかないから、単純にズボンの縫い目に挟まっているだけなんだろう。


 さっきのオープンテラスで食事をするため座った時にでもついたのだろうか?


 王都へ向かう人と王都から帰る人でごった返す街だから、店のアッピールとしてたくさんのチラシが空を舞っている。

 その中の一枚がオープンテラスの椅子に着地していてもまったく不思議はないけど、下手するとそれ以前からついていた可能性も否定はできない。


 なんと書いてあるのかはこの世界の文字なのでさっぱりわからない。

 言葉はオーマのおかげで翻訳されて聞こえているけど、文字は見たままでさっぱりなのが難点だ。



 袋の下で位置が尻ということで目立たないところにあるから、今この存在に気づいているのは俺だけだろう。

 速攻知らせてあげてもいいけど、書いてある内容によってはリオが恥をかくかもしれない。


 俺達は笑って済ませられるかもしれないが、リオ本人が恥ずかしいと思ってしまう可能性だって否定は出来ないし……


 文字が読めないと言うのはホント不便だ。



 そこで俺は、ぴーんとひらめいた。



 紙はシールのようについているわけではない。縫い目に引っかかっているだけだから、なにか衝撃があればそのまま地面に落ちるに違いない!


 あとは俺が黙っていればこの事実はなかったことになる! リオも恥ずかしい思いをせず、すべては闇の中!




 誰も恥ずかしい思いもしないし恥もかかない、最高の展開じゃないか!




 俺ってなんて気づかいの出来る男なんだ!



 しかしさりげなく触ってその紙を落とすという作戦は使えない。


 なんせ位置は尻だ。

 いくらズボンをはいているとはいえ、リオは男装少女。女の子なのだ。



 いくら理由があるとはいえ、女の子の尻を触るなんて出来るわけがない!



 となれば触れるか触れないかくらいの位置で腕をふるい、その衝撃で紙を揺らして落とすという選択肢しかない!


 ギリギリの位置を勢いよく! その時起きる風で紙を落とす。ついでにその動きで俺の手に注意を集めて紙の落ちる方向から意識もそらす。


 言い訳は虫が飛んでいたやチラシの紙が舞っていたとかそんなのでいいだろう。



 これだ! この流れでいくしかない!



 俺はこのプランを成功させるため、リオの隣へ移動する。



 そしてリオから意識をはずし、それでいてリオの動きに集中する。


 決して尻には触れてはいけない。だが、そのギリギリで紙のみを掠めるように。

 それでいてリオにさえ気づかれぬほどソフトで紙は落ちるように!


 これが理想でベストの展開!


 それができるよう、リオの動きを見極め、ほんの少し生まれる隙をついて風を巻き起こすのだ……!



 リオに悟られぬよう、意識を他へむけながら、それでいてリオの動きを探る。

 この時俺は、目で追っていないというのに、リオの動きがはっきりと感じられた。


 これほどの集中力を発揮するのは今までの人生ではじめてかもしれない!



 リオの意識が、俺とは反対の方を向いた。

 それでいてさらに俺の方に背を向ける。


 ついにその時がやってきたのだ!



(いまだっ!)



 それはまさに、会心の一撃だった。

 今ならサムライと化したマックスの尻さえも叩けると自負できるほどの一撃。全ての隙をついた、まさに完璧な一撃……!


 俺の手は、間違いなく空を切り、それでいてリオの尻についた紙をはらりと落とす!



 見てないが、俺はそう確信す……




 パァン!




「っ!?」

 手に感じたのは、なにかと激しくぶつかった感触。



 失敗した!?



 うっかり目測を誤り、リオの尻を叩いてしまったか!?


 そんな大失敗を思い浮かべ、俺は急いでそちらへ視線を向ける。



 だが、視線の先にいたのは、痛そうに手の甲をおさえてうめく知らないおじさんの姿だった……



 ほわぃ?

 誰ディスかこの人。


 五十近い、この国の街に行けばどこでもいそうな感じの普通のおじさん。

 かっこうも特徴的なところはなく、どこにでもいそうなタダのおじさん。


 ぶっちゃけ、まったく知らない人だった。



 そんな人が、俺に手をはたかれてうめいている。



 ここから導き出される答え。



 イコール俺が激しく振った手がこの人の手を思いっきり叩いてしまったのだ!




 な、なんということでしょう。




 誰も悲しませない完璧な計画が、まったく関係ない人をまきこんだ暴力事件に発展してしまったのです!



 リオ達も俺が発生させた手をはたいた音に驚いて振り向く。

 その瞬間、リオの尻から例の紙は地面に落ちたのが見えた。



 やった当初の目的達成! でもでもそれとはまったく関係ない別の大問題発生ですよぉぉぉ!



 暴力事件大発生っすよぉ!



 俺は頭の中でパニックになった。

 見ず知らずの人を叩くなんて心構え欠片もできていなかったんだから当然だ。


 人をいきなりぶん殴るなんて衛兵さんに突き出されても仕方ない案件。逆に殴り返されても仕方ない上悪いのは完全百パーセント俺!


 ここまで平穏無事に異世界生活を楽しんできたというのに、下手すれば投獄されちゃったりするかもしれない!



 い、いや。待て。ちょっと待て。

 俺は冷静を装いつつ考える。



 そう。手はちょっと手が、そう、手にぶつかっただけ。だから専心誠意謝れば許してもらえるかも。いや、許してもらおう!



 俺はそう結論づけ……




 ダッ!




 謝ろうとした瞬間、そのおじさんはものすごい勢いで駆け出した。


 い、いかん。このままおまわりさんのところに駆けこまれたりしたら俺はあっかんの終わりだ!(パニクってます)



 別にこれくらいで終わるわけないというのに、冷静な判断が出来ない俺はそんなことを思ってしまった。

 あとで冷静になって考えてみれば、どうしてこんなにテンパってしまったのかまったくわからない。


 パニックとは恐ろしいものである。



 だがその時は、なんとしてでも謝らねばという使命感にも似た感情にただ突き動かされるだけだったのだ!



 だから俺は、大慌てで逃げ出したその人を追って駆け出したのである。


 いきなり人を殴って駆け出した俺を見て、二人は唖然としていた。

 そりゃまあ、当然のことだろう。終わってからどうかこの件については触れないで欲しい。


 冷静なフリしてちっとも冷静じゃない俺はそんなことを思った。




「オーマ」

『わかっているぜ相棒。きちんとマーク済みよ! 地の底に逃げても案内するぜ!』



 さすがオーマ。俺の相棒だけある。君の力があればきちんと追いかけて必死に謝罪することができるな!



 俺はオーマのナビの元、手を叩いてしまったおじさんのことを追いかけた!




──スリヌシ──




 ワシの名はスノリ。

 この街じゃかなり名の知れたスリだ。


 (とお)のころからスリをはじめ四十余年。一度も捕まったこともなく、この顔さえ知られたこともない。この街ではスリヌシとさえ呼ばれる伝説的存在さ。


 言っちゃあなんだが、ワシ以上のスリはこの街には。いや、この国にはいないと言えるほどの腕だ。


 この街に完全に溶けこむ気配の立て方と手先の器用さで、時にスられたことさえ、いや、ワシとすれ違ったことさえ気づかず相手からモノをスリとれるのだから。



 ワシが主にターゲットとして選ぶのは自信にかまかけた実力者気取りのヤツよ。

 肩で風を切って歩く傭兵。通りを我が物顔で歩く剣士。全てを知ったような顔で歩く魔法使い。


 そんな奴等は特に狙い目だ。



 次に狙うのは同業者。


 自分は狩る(スる)側だと思っているヤツほどスられたとわかった後のリアクションが面白い。


 どちらもスリなど返り討ちに出来ると思っている奴等だ。

 そんな奴等の懐から獲物をいただくと、胸がすーっとする思いだ。



 そしてこいつらは、例えスられたとしても届けを出すことは滅多にない。

 自信満々にスリにあうはずがないと豪語している奴等なのだから、まんまと懐から大事な物が盗まれたなどと公に出来るわけがない。



 これだけ並べてみると、義賊のようだが、残念なことにワシは正義の味方じゃぁない。



 あいつらはプライドこそは高いが、反面金を持っちゃいない。

 ワシの感情を満足させることは出来るが、それ以上の見入りはないといってもいい。



 だからワシは、食ってゆくためとれるヤツからもしっかりととる。



 そうして有象無象有能無害からスってスってスりまくり、ワシはこの街のスリヌシと呼ばれるまでになったというわけだ。




 さて。今日のターゲットはなににするか。



 生きるための金はこの前スった小金持ちのがまだ残っている。

 なら、今日は趣味に走るとしよう。


 この正面からぶつかっても気づかれぬほどの存在感のなさまで消せる気配と、懐から財布が抜かれたと気づかれない技術をふんだんに使い、自分は絶対にスられないと自負しているヤツの鼻っ柱をへし折る。


 より困難なターゲットを相手に、ワシの技術を見せつける。



 完全に趣味の領域だが、男とはより困難に立ち向かいたいと思う存在である。

 よってより困難な相手を。ワシを見つけられるほどの相手を!



 適当な店先に陣取り、今回のターゲットを物色する。



 王都で祭りがはじまったため、人の行き交いはとても多い。



 その中で、噂のサムライの形を真似た姿の奴等が多く見受けられた。



 サムライ。

 浮かび上がったダークシップを破壊し、このイノグランドを救った新たな伝説。

 そのおかげでこの騒ぎだし、サムライを真似た物まねヤロウどもが氾濫している。



 サムライには感謝しているが、世界が救われてもワシ等の生活は救われない。


 もっとも、ワシみたいなスリにそんなことを言う資格はないかもしれんがな。



 行き交うサムライもどきの奴等へ視線を向けるが、どいつもこいつも中身を伴わない偽者ばかりだった。



 ワシは自身の気配を消すのは得意だ。それと同じように、他人の気配にも敏感である。

 この気配が大きければ大きいほど、ワシの存在に気づくかもしれない可能性があがり、危険ということだ。


 だが、今行き交うサムライもどきどもは欠片も恐ろしさを感じさせない雑魚ばかり。


 せっかく伝説のマネをしているのだから、それ相応の実力を備えていて欲しいものだ。



 ワシはそれを見て、思わずため息をついた。



 どうせ仕掛けるなら、その世界を救ったってのに忽然と姿を消した本物を相手にしたいものだな。


 行き交う形だけのサムライを見ながら、ワシはそんなことを思った。




「っ!」




 人ごみの中、ワシは気づいた。

 見つけた。見つけてしまった。今日の、ターゲットを!



 一組だけ、明らかにレベルの違う一団がある。



 人ごみがその一団を見て驚き、遠巻きに見ている。

 そいつらは明らかになにかを探しているようだった。


 なにを探しているのかは知らない。



 だが、この三人組は他とは明らかにレベルが違った。



 刀を腰にさした男が二人と帽子をかぶった小僧が一人。



 その中でいかにもサムライという格好をした男。こいつの気配は並じゃない。今までに見てきた剣士の中で一番レベルが高い男だろう!

 しかしなんで、刀の他にロングソードも腰にさしているんだ? えらく中途半端なサムライもどきだぜ。



 そして共にいる帽子の小僧も侮れない。

 まだまだ子供だが、身のこなしからして同業をかじったヤツに間違いないだろう。


 まだ若いが、鍛え上げればワシを超える才覚を感じさせるほどだ。



 そしてあともう一人いるが、こいつはただの飾り。ただのサムライもどきだ。

 気配に脅威は欠片もない。どこにでもいるただの少年で、それ以上でも以下でもなかった。


 つまり、こいつはどうでもいい。



 あっさりと最後の一人に見切りをつけ、ワシは再び二人へ視線を戻した。



 ターゲットは決まった。


 さて、どちらを相手にするか。



 どちらか一人。


 と、考えるのは素人の浅はかさよ。



 これほど楽しい素材、どちらも相手せずしてどうする!



 どちらのターゲットも相手してスリとる。

 これこそワシが行う芸術的なスリにふさわしい!



 二人のターゲットを見据え、ワシはにやりと笑った。



 問題はどちらを先にやるか。

 この悩みは、超一流のワシにしかできない贅沢な悩みだ。


 ここはまず、同業者であろうあの帽子の方から相手してみるとしよう。


 こちらを先に相手にして、あのリーゼントのサムライをあとにするのかというと、一度仲間に対してスリを行えばそちらに気づかれる可能性があるということ。

 より、難易度がアップするからだ!


 そこまでしてスリを成功させる。


 これでもワシは見つからない。捕らえられない。

 こうして伝説はまた一つ積み重なれるというわけだ!



 くくっ。考えるだけでゾクゾクする。

 スリは最高の娯楽だ。


 さぁて。今日もあの長く伸びた鼻をへし折りに行くとしようかね。



 ワシはほくそえみ、今日のターゲットを見定め、その三人組を追うことにした。



 ……今思えば、この時のワシこそが自惚れていたといえるだろう。


 なにせこのあと、ワシは人生で最大の恐怖と後悔を覚えるのだから……!



 三人組をじっくりと追い、ワシは気配を消して最初のターゲットとなる帽子の方へ近寄った。


 あたりを非常に警戒している。



 じっくりと隙をうかがい、今しかないというタイミングで帽子の小僧の腰にある袋へ手を伸ばした。

 大胆な方法で財布を隠しているようだが、その小さいのが本命の財布であることはワシにはわかる。ソレを盗まれるのがもっともダメージが大きいとな!


 タイミングも完璧。誰もワシの存在に気づいていない



 これでまた、ワシの財布コレクションに新たな一品が加わる!



 手を伸ばしながら、ワシはそう確信した。

 勝利を確信していた……!



 だがっ……!!!




 パァン!




 信じられないことが起こった。



 なんと、ワシの伸ばした手が叩き落されたのだ。


 まるでムチのようにスナップの効いた見事な手刀の一撃。



 それがワシの手を襲い、完璧と自負したスリを阻んだのだ!



 その事態にワシは唖然とする。

 まさかと思う。


 だが、手から感じる痛みは本物で、現実だった。



 ワシは、スリを行おうとした瞬間、それにあわせるかのように振り下ろされた手刀でそれを邪魔されたのだ!



 それはまったく予想外の方向からだった。


 驚きのまま、ワシはそちらを見る。



 そこには、少年がいた。

 まったく注意を払っていなかった、ワシが雑魚と断じた少年。あのカッコウだけと判断した少年。それが、ワシをじっと見ていた。


 ワシと少年の目が合う。



 い、いつからこの少年はワシを見ていた? ワシに注意を払っていた気配はまったくなかったはずだ。そうだ。誰もワシに気づいたそぶりなどなかった!


 なのに、この少年はワシが盗みを働こうとした瞬間を待ち構えていたように手を動かした。



 それはつまり、ワシの気配に気づいていたという証!


 ワシの方が気づけなかったという証明!



 こんなことははじめてだ!



 今まで誰にも気づかれたことのなかったワシが見つかるだなんて!



 少年の双眸が、ワシを見る。



 ゾッ。


 その瞬間、ワシは恐怖を覚えた。

 今まで誰にも見つからず、一方的であったからこんなこと考えてもいなかった。


 だが、見つかった今、ワシはどうなる……?



 そう考えた瞬間、ワシは怖くなった。




 ダッ!




 ワシはとっさに駆け出した。

 逃げ出したのだ。



 スリの現行犯だ。捕まれば間違いなく衛兵に突き出される。捕まるのだ。逃げるのは当然だろう!



 ワシの技術をもってすれば、人ごみに紛れ気配を同化してしまえばワシを見つけられる者は誰もいない!


 王都へからきたと思われる一団に紛れる。

 明らかな観光客だが、それでもワシはそこの一員として気配を消すことができる。


 今までの経験上これでワシを見つけられるものはいない。

 ありえない!



 なのに……!



「あ、いたいた。おーい」



 これでひと安心。と一息つこうとしたところで、ワシに向かって手を上げ向かってくるあの小僧がいた。




 みっ、見えてるぅぅぅ!




 あの小僧は、迷うことなくワシのところに向かってきている。


 ヤツはワシを見失っていない!



 ワシはあわを食ってその一団から這い出し、逃げ出した。



 人ごみはダメだ。

 こうなったら必死にひたすら逃げるしかない。



 この街はワシの庭。裏路地を駆使すれば……!



「待てー!」




 追ってきてるぅぅぅ!!




 何度角を曲がろうと、どれだけフェイントをかけようと、あの小僧は正確にワシとの距離を詰めてきている。



 逃げても逃げても追いすがってきている!



 ありえん。



 この仕事をはじめて四十余年。

 一度たりとも見つからず、誰にも追われたことなどないというのに、なんなんだこの小僧は!



 ワシは出来る限りの技術を使い、必死に逃げ、隠れた。



 だというのに。




 だってのに……!




「おおーい」


 逃げても逃げても。



「見つけた!」


 隠れても隠れても!



「待ってー!」



 あの小僧はワシを見つけ、追ってくる!



 バカなバカなバカな!


 頭の中でそんな言葉が駆け巡る。



 どうする、どうする?

 どうすればいい!?




 どうすればあのサムライもどきの小僧からにげだ……



 サムライ、『もどき』?



 腰に刀をさした少年。


 それはただのサムライの真似事かと思ったが、まさか……




 まさかまさか。



 まさかまさかまさか!




 まさかあれが……!




 ありえないという感情がワシの中を駆け巡る。




 だが、あれがそうだとすれば。あれが本物。先ごろ世界を救い、忽然と姿を消した伝説のサムライだとすれば……!



 それでもまさかと否定する。



 あんな小僧にしか見えないヤツが本物だなんてありえないと必死に否定する!



 だが、あれだけの気配を持つ仲間を二人も連れている時点で、あの小僧も普通ではないのは当たり前だと心の中で気づいていた。

 あの小僧の気配が普通だったというのは、ワシが完全に気配を読み間違えた。


 そう自分の自惚れを除いて見れば、すとんと納得がいく答えだった。




 やっぱりあれが。あれこそが本物の……!




 噂を、いや、伝説を思い出す。


 辺境の勇、ストロング・ボブを村人連合と共に滅ぼし、ついで立ち寄ったヤーズバッハの街で二大巨頭として名高いダーエンとカークを一蹴し、無敵と名高いナイゼン兄弟を引き入れたガラント一家を一瞬にして壊滅させたあげく、あの怪人不死身のエンガンに死を与え、それどころかサイモン領のクロス一家を従えたと聞いた!


 さらに犯罪互助組織ビッグGはサムライに潰されたと当然のように騙られているし、なにより極めつけはドラゴンを蹴り一発で屠ったという話も聞く!


 悪事を働く貴族だってただではすまない。自領内で誘拐を繰り返していた領主ガワンディは雷を落とされ成敗されたというのだから!


 王国全土を恐怖と絶望に陥れたあのダークシップを空を見上げる人々の前で破壊した伝説以外にもこれだけの逸話があるのだ。

 そしてこれら全ては悪党にとっての聞きたくもない話だ。



 サムライに喧嘩を売って、無事ですんだ悪党は一つたりともない!



 そして自分はすでにそのサムライへスリを働くという大喧嘩を仕掛けている!



 このままでは。このままでは!



 ワシはそいつらと同じ運命をたどることになる……!?




「おーい」




 ゾッ!


 声が耳に入った瞬間、頭の中を恐怖が嘗め回した。

 冷や汗とも脂汗ともいえない液体が額に浮きで、流れる。


 走り回って熱いはずなのに、体がえらく冷たい。


 背後から迫るそれは、それほど恐ろしいものだといまさらながら理解した……!



 心の中でなにかが囁く。


 これこそが、ワシの求めていた困難ではなかったか? と。



 否。ワシはそれが間違っていたことに気づいた。


 ワシの求めた困難というのは、本当の困難などではなかったと気づいた!



 ワシの欲しいと願ったそれは、ワシが圧倒的に有利だったから言えた言葉だった。

 相手がワシを見つけ、同じ条件になった今、ワシはそんな困難望めない。自分が捕まり、処罰される可能性が生まれた今、そんなの受け入れられないと気づいた!


 ワシが一方的に見つからない条件だったからこそ、ワシはこのゲームを楽しめたのだ!



「待てー!」



 声がまた聞こえてきた。

 かなりの近さに迫っている!


 サムライの声だけではない。その気配がひたひたと迫ってきている!



 背後に感じるあの普通でしかない気配が、今、逆に恐ろしい!



 ダメだ。もうダメだ!



 ワシは確信する。

 ダメだ。逃げ切れないと!



「っ!」



 その時、ワシの目にある場所が飛びこんできた。



 そうだ、そこだ! そこに入れば、ワシはサムライから救われる!


 そんな救いの神が、ワシの前に現れたのだ!




「わ、わかった。もうわかったから! もうワシを追わないでくれー!」




 サムライにむけそう叫び、ワシはそこへ駆けこんだ!



 衛兵達の集まる、スリ達の鬼門。その詰め所へ!


 いくらサムライでも、衛兵達の目の前でワシを処断するわけにはいくまい!



「ワシだ! ワシがこの街のスリヌシと呼ばれた男だ。お願いだからワシを捕まえてくれえぇぇぇ!」



 こうしてワシは、リノートのスリヌシは、四十余年あまりのスリ生活に終止符を打った……!




──ツカサ──




「わ、わかった。もうわかったから! もうワシを追わないでくれー!」


 おじさんの声が聞こえた。



 直接追いついて謝ってはいないけど、どうやら俺の気持ちは無事伝わったらしい。



 俺はほっと一息ついて、追うのをやめた。


 追いついてちゃんと謝罪もしたいところだったが、追うなというのだからしかたのないことだ。



 これ以上追うと逆に捕まえられそうな気もしてきたしね。



 そもそもさ、逃げてしまえばむしろ捕まったりしないよね。

 なんで立ち止まってから気づくかな。


 ま、いっか。



 俺はとりあえず自己満足を手に入れ、リオ達と合流するためもといた方へ歩き出した。




 ……当然の話だが、この後あのおじさんがどこに行って、サムライの伝説がまた一つ増えていたなんて、俺は露にも欠片にも気づいていなかった。




──マックス──




 リオと共に、スリヌシと呼ばれるスリを呼びこむため拙者達は街を歩いていた。


 リオとの口論ですでに意地にもなっていたというものになっていたが、街を脅かすスリを退治するというのは立派なサムライの行為である!


 噂が正しいならば、拙者達のような腕の立つ者達がよく狙われると聞く。

 被害の届出は少ないが、腕の立つと自負する者ほどそれを公には言わないゆえ、逆にそれは説得力があった。


 さらに警戒を強くする者ほど狙われるとも聞く!


 ゆえにこうすてわざとらしく警戒する拙者達は、腕が立つ上スリヌシを挑発しているように見えるはずだ。



 すなわち、拙者達はスリヌシのかっこうの獲物というわけだ!



 さあ、くるがいい。そして拙者に捕まえられるのだ!

 盗みを働こうとした瞬間、その手をねじり上げてくれる!



 ちらりとリオを見る。

 どうやらあちらも同じ考えのようだ。一瞬視線があい、バチリと拙者達の間に火花が散る。



 なにがなんでもスリを捕まえる。

 その気持ち。それは、はっきり言えば民のためを思ってなどではなかった。



 世界を救ったサムライと旅をするのだから、それにふさわしい実力があるのだと、誰かに認めて欲しいと力を誇るための示威行為だった。


 拙者もリオも、ツカサ殿と共にいて不足はない。そう思って欲しいという願望から出た偽りの正義。



 世界を救った偉大なサムライと共にいる。

 拙者達はあくまでおまけだというのに、勝手に天狗になり、おごり高ぶった。


 ゆえに、あのような結果となったのだろう……



 拙者もリオも、最大級の警戒を続けながら大通りを歩く。




 パァン!




 と、拙者達の背後でなにかを打ち払ったような音が聞こえた。


 それを耳にした拙者達は慌てて振り返る。



 するとそこには、手を押さえてうめく一人の男がいた。


 拙者達の背後に、誰とも知らぬ男がいたのだ!



 拙者もリオも、その音を耳にしてはじめて、そこに何者かが近寄ってきていたことに気づいた。


 自分達があっさりと背後をとられていたことに気づいた!



 なんということだ。場が場なら拙者達はすでに死んでいてもおかしくない距離だぞ。



 拙者にもリオにも手の届く背後。そこまで接近されたことに気づかなかったというのか!?



 ここまで気配をまったく感じさせる拙者達に近づけるとはこの男は並の者ではない。



 まさかと驚く。



 すなわちこの男が、この男こそが……!




 伝説のスリヌシ!




 その男の存在に呆然とする拙者達と同じように、手を押さえるスリヌシも唖然としていた。



 その視線の先。唖然とした顔で、男はツカサ殿を見ている……!



 そのおさえた手は、盗みを働こうとしてツカサ殿に払われたものだとすぐにわかった。


 ツカサ殿が、接近にまったく気づかなかった拙者達のかわりに、盗みをやめさせたのだ!



 相手もまさか手を払われるとは想像だにしていなかったのだろう。

 我等と同じく信じられないという表情でツカサ殿を凝視している!



 誰もが自惚れて、おのが力を過信していた中、ツカサ殿はただ一人冷静に場を見つめ、行動していたのだ!



 男はハッと冷静にかえり、その場から脱兎のごとく逃げ出した。

 ツカサ殿も、それを追う。


 拙者達は、それをただただ見送るしかできなかった。


 声をかけることさえできない。

 本来ならばツカサ殿のかわりにあの男を追わねばならぬというのに、それさえ出来なかった。



 今、このように冷静を装い状況を観察しているが、体はまったく動いていない。


 背後を取られていたなどということはありえないと、状況を受け入れきれなかったからだ。



 拙者達の背後をとれる者などこの世にはもういないと自惚れていたからだ……!



 はっと我に返り、ツカサ殿を追いかけたが遅かった。



 拙者もリオも、スリヌシはおろかツカサ殿にさえ追いつけなかった……




 完全にツカサ殿を見失い、途方にくれていると、街のスリヌシが捕まったという騒ぎを聞いた。


 野次馬がざわざわと話をしている。


 どうやらスリヌシは慌てた様子で衛兵の詰め所へ自首したのだという。



 その騒ぎが広がりはじめたところで、拙者達はツカサ殿と合流できた。



 しゅんとする拙者達を前に、ツカサ殿はいつもと変わらぬ態度で接してきた。


 まるで、スリの騒動などなかったかのようだ。



 スリヌシを自首させたことを欠片も話題にしないし、誇りもしない。

 逆に、拙者達が背後をとられたことを責めたりしないし悪かったところを指摘もしない。



 平然と、いつもと変わらぬ態度だ……



 拙者もリオも、その態度はありがたく、同時に自分達が恥ずかしくなった。情けなくなった……!



 世界を救ったツカサ殿と一緒にいるというのはいつの間にか自分達の中で誇りではなく奢りに変わっていたと気づかされたからだ。


 自分達よりさらに上の実力者はまだまだいるというのに、ツカサ殿という天上の存在と共にいるだけで自分も同じだと勘違いしてしまった……!



 先生は、それを拙者達に伝えたかったのですね!


 だから、あえてあのスリに犯行ギリギリまで近づかせた。あえて犯行を行わせた! 拙者達に渇を入れるために!



 なんと、なんという深慮。なんという慈悲!



 さりげない教えに、拙者頭がさがる思いにございます!



 拙者達は、前を歩くツカサ殿の背中を見て、リオと顔をあわせた瞬間、互いに頭を下げあった。


 意地の張り合いなど、最初から無意味であったと思い知ったからだ。

 自分達の未熟さを思い知らされたからだ。



 さすがツカサ殿にございます。


 サムライとしての力を使い果たしているというのに、ツカサ殿はやっぱりサムライの中のサムライでござった!



 拙者、どこまでもあなたについてゆきますぞ!




──オーマ──




 なんとも回りくどいやり方をするもんだ。


 全てが終わってからおれっちはそんな感想を思い浮かべた。



 相棒がその気になれば、最初からあのスリなぞ手をつかんでとっ捕まえて衛兵に突き出せただろう。


 だが、相棒はあえて回りくどいやり方であのスリを追い詰め、自首するよう仕向けた。それは相手に二度とスリをする気も起きないほど追い詰めるのと同時に、罪を早く償えるよう慈悲を与えたんだろう。



 もっとも、サムライに追いかけられるなんて経験、並の罰を受けるよりきつい罰かもしれないがな。



 そう考えると、むしろ厳しいのかもしれないぜ。

 改心をうながすって面じゃ、効果テキメンかもしれねぇが。


 あれだけサムライに追いまわされたんだ。もう二度とスリをやる気にもならねえだろ。



 ついでに、鼻っ柱が伸びてたマックスとリオの二人もいい経験になっただろうぜ。


 あの二人の背後をとれるたぁあのスリも伝説なんて呼ばれていただけあるな。

 おかげで緩みきっていたあの二人の雰囲気も変わりやがった。


 相棒は、そこまで狙ってやっているんだから恐れ入るぜ。



 相棒とおれっちは、スリが衛兵の詰め所の方へ逃げていくのを確認すると、リオ達と合流するため歩き出した。



 そして、面倒な噂が広まる前に、リノートの街をあとにする。



 ったく。今回もまた風のように去っていくのかよ。


 相変わらずだぜ相棒は。





 ──この日、リノートのスリヌシと呼ばれた男は捕まった。



 世間は、四十年あまりこの街を騒がせた伝説のスリが本当に実在したことに驚かされたが、彼の自首した理由を聞き、さらに驚かされることとなった。


 彼が自首をした理由。



 それは先日世界を救ったサムライにちょっかいを出し、あっさり返り討ちにあったからだというのだから。


 サムライの刃に成敗されると恐れ、スリヌシは命を選んだのだ。



 男はもう、二度と悪さはしないと心から誓ったのだという。



 それは、世界を救い、忽然と姿を消したといわれるサムライは、まだここにいるという証明。


 そしてそれは、善良な市民にとってサムライは民のため世を見守り続けているという祝福であり、悪党にとってこの世が救われたからといって、サムライの脅威は自分達から消えてはいないという絶望の宣告に聞こえた。



 この話はすぐ王都から国中を駆け巡り、人々は口々にそれを噂しはじめた。




 それは、新たなサムライ伝説のはじまりだと……!




 おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ