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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
28/88

第28話 サムライトリップ……


──ツカサ──




 光から放り出された。


 感触としてはこの世界にきた時によく似ていた。やっぱりあの女神様が俺をここに呼んだんだなあ。と確信ができた。


 光が消えると、そこは黒を基調にした色で彩られた無機質な廊下だった。黒い背景になぜか血液のように赤いラインがたまに駆け抜け、薄暗い廊下を照らしていた。


 ここはきっとあの突き刺さった黒い船の中なのだろう。外も黒だったが、中も見事な黒だ。


 しかし、見事に正面から地面に突き刺さっていたと思ったけど、俺はそれを無視して床を下にして立っている。位置関係を考えればこの廊下は間違いなく巨大な落とし穴になっていても不思議はないというのに。



『……どうやらこの船の中の機能が生きているらしいな。もしくは、甦ったか。ほんとに復活ってヤツが近いぜ相棒』



「ああ、やっぱりか」

 俺が疑問に思っていると、オーマが教えてくれた。


 どうやらこの船の機能が動いているらしく、例え横になっていたとしても下に設定された方に足がつくようになっているらしい。すげぇな。これは魔法か科学か両方か?



「オーマ、どこに行けばわかるか?」


『ああ。わかるぜ。俺達の目標。ダークカイザーはこの廊下の先だ!』

 オーマのナビで、俺はこの廊下を歩きはじめた。



 この先に、他の世界の俺がいる。そこにたどりつけばこの旅は終わってしまう。これでオーマのナビも最後かと思うと、少しだけ感慨深い物があった。


 歩き出してすぐ、黒い廊下の壁が一部スライドし、先端に赤い目玉をつけたようなチューブが這い出ててきてこちらを見た。



 なんだ? と思った瞬間、その目玉から真っ赤なビームが放たれ、俺を襲った。



『相棒!』

 オーマが悲鳴のような声をあげたけど、俺はしょせんただの人。それに反応なんてできずただ呆然とつったっているしかできなかった。



「ひゃぁ!」

 できたのは、情けない悲鳴をあげたことだけだ。


 でも、それは俺に当たる直前、その赤い光は直前で捻じ曲がり、周囲の壁を焼いた。



 こ、こえー。でもどうやらあの女神様の加護とやらはちゃんと作用しているようだ。おかげで助かった。



『さ、さすが相棒。気合だけでビームを跳ね除けるなんて……』



「……」

 いや、俺はただ悲鳴をあげただけなんだ。ビームを捻じ曲げたのは間違いなく女神様のご加護なんだ。


 でも悲鳴をあげただけなんて正直に言えるわけもない。俺はなにも言わないまま走り出した。何度も何度もビームを撃たれたら加護の消費もしゃれにならないからな。いつまでどこまで持つのかゲージもないんだから。


 早いとこもう一人の俺のもとへ行ってやるべきことをやらないと俺がビームで焼き尽くされてしまう!



『相棒、扉がある! どうする!?』



 どうするって言われても困るんだけど!


 ふさがれた廊下につきあたる。自動ドアのように開いてくれないから立ち止まりその扉に触れることになった。



 ぶしゅー!



 俺が触れた瞬間、扉から蒸気のようなものが噴き出し扉が開いた。



『認証、カンリョウ。カイザー様いらっしゃいませ』


 扉の横にある液晶みたいな画面が緑色の文字を出してちかちか光り、そんなことを言っていた。



『なにか言ってんな』



 どうやらオーマにこの言葉は理解できなかったらしい。俺が理解できたのは、オーマの力で翻訳された結果だろう。機械の言葉なのに理解できるとは、ひょっとするとこの船そのものがなにか生き物みたいなものなのかもしれない……


 いや、そんなことを考えても無駄だ。



 背中には赤いビームがバンバン飛んできているのだから。



 扉が開いたのを幸いに、俺はそこに駆けこんだ。




────




 女神ルヴィア神殿。



 ツカサが姿を消し、滂沱の涙を流していたマックスと声を上げて泣いていたリオも落ち着きを取り戻した。


 涙を拭うリオの背中をぽんぽんとマリンが撫でている。



 ぐらり。



 神殿のルヴィア像が大きく揺れ、さらにその床が小さく震えているのに気づく。



「これは……」

 リオが顔を上げ、マリンは逆に顔を床に落とした。



 小さな振動が地面より伝わってくる。


 マリンは即座に理解した。これは、先ほど起きた地震とは違う。なにかが這い出してくるような、そんな動きをするものが地面を伝わって感じられているのだ。



 リオもマックスもマリンも直感する。



 西でなにかが起きていると。



 三人は大神殿をとび出した。


 外の平原では、外で待機していた騎士団や地震で外に出ていた参拝客が驚愕の表情で西を見ている。


 マックス達も、それにならい、西へと目をむけた。



「こ、これは……!」



 驚きの声を上げるマックス。


 西の果ての地。ダークポイントでは地につきささていたダークシップが揺れ、動きはじめていたるのが見えたのだ。



 全長約五百メィル(メートル)を超える巨大な船が再び空へと浮かぼうとしているたのだ!



「い、いったいなにがあったのですか! サムライ殿は一体どこに!」


 大神殿から出てきたマックス達に気づいたゲオルグが彼等に駆け寄り、疑問を口にした。



 他の騎士達も彼等の元へと殺到する。



 マックスはそこにいた騎士達へ、先ほどツカサに教えられた世界の危機を丁寧に説明した。これは、ツカサに任せたと言われたゆえの行動だ。



 説明を聞き、騎士達から驚きの声が上がり、彼等は一斉に地のくびきから開放されようとするダークシップへ視線をむけた。



 その周囲には雷雲が生まれ、小さな雷の光さえ見える。さらに周囲には渦を巻く空気さえ見えるように感じられた。

 船のまわりには砕けた大地が自然の摂理を無視して浮かび上がり、天へと落ちていくのが見えた。


 浮かび上がったダークシップの周囲が薄暗くなってゆく。


 暗雲があるだけではない。雲もないというのに、夜であるかのように太陽の光が弱まりはじめたのだ。薄暗く、星も見えぬ空を見て、世界に危機は訪れていないと主張できる者はそう多くはないだろう。



 誰もが確信する。このままでは、この世界。イノグランドが崩壊する。と。



「あの場に、サムライ殿が……」

「我々にできることはないか!」


 口々に言葉をつむぐが、誰もどうにもならないことを感じ取っていた。


 この場から魔法も使わずあの場へ行けるはずがない。魔法を使ったとしても、魔法を無効にするダークシップの周辺には近づくことができない。それこそあの場に行けるのは、神かサムライかしかいないだろう……


 ここにいる者達ができること。それはもう、ただひたすらにサムライの勝利を祈ることだけだった。



「……間にあわなんだか」



 愕然と西の空を見上げるマックス達の耳にそのような言葉が聞こえてきた。


 この声、マックスとリオには聞き覚えがある声だった。



「この声……」

「まさか、トウジュウロウ殿!?」


 リオとマックスが一斉に振り返り、声のした方を見た。


 そこにはサムライの格好。袴姿のトウジュウロウと、刀をたずさえ金色の髪をポニーテールにしたサムライ見習い、アリアがいた。


「マックス、知っているのか?」


「知っているもなにも、彼は十年前この地を救ったサムライの一人にござる!」



「なんだってえぇぇぇぇ!!」

 マクマホン騎士団団長マイクの疑問にマックスが答え、その答えに騎士団全体が慌てた声を上げた。


 一度全員が説明したマックスを見て、その視線はサムライと判明したトウジュウロウへとその視線が集まった。



 しかし当のトウジュウロウは騎士団達の様々な感情のこもった視線など気にもとめず、地を揺らしながら浮かび上がろうとするダークシップを睨みつけていた。



「嫌な予感がして駆けつけてみれば、早い。早すぎる……ダークロードが生き残っていたと聞いたが、やはりなにか暗躍しておったか……!」



 トウジュウロウの言葉に、テルミア平原での決戦を見た者達はなにかを悟った。


 ダークロードはサムライであるツカサを始末しようとしただけでなく、かつてサムライ達が命をかけて封じた封印をなんとかしてとこうと暗躍もしていたのだと。



「マックス君、ツカサ君は?」

「すでに行ってしまわれました……」


 トウジュウロウはマックスの答えに唇をかんだ。



「なにもかもが遅すぎたか……アリアもまだ、完全ではないこの状況では、ワシ等にできることは、ない……」



「すみません」

 アリアが申し訳なさそうに頭を下げた。


 マックスはすでに刀を失ったトウジュウロウに戦う力がないことを知っている。アリアはサムライの技を使える戦士であるが、その心はまだ未熟。サムライとしては未完成でありマックスや他の騎士と同じくツカサの足手まといとなってしまうのは間違いなかった。


 それゆえ、彼女が悪くもないというのに謝罪してしまったのだ。



 トウジュウロウはマックスから視線をはずし、今まさに地面より引き抜かれ宙に浮かび上がったダークシップを確認する。


 天に雷雲を浮かべ、浮き上がる際砕けた地面が船体の周囲に浮遊している。


 その姿は、十年前この地を蹂躙した悪夢の船そのものだった。


 その姿を見て、かつての悪夢を思い出した騎士が足を震わせる。



 かつて十四人ものサムライがいて、あれを墜落させその主を封印させるにとどまったそれが完全にもとの姿を取り戻したのだ。



 恐怖が甦るのも当然といえよう。



 しかし……



「皆、不安になる必要はない。すでに歴代最強にして究極のサムライであるツカサ君がむかったのだ。それならば、彼に負けはない。決してな」


 ツカサ以外に唯一残るもう一人のサムライがはっきりと言い切った。



 その言葉にまた、トウジュウロウへと視線が集まる。



「そう、負けないのじゃ……」

 トウジュウロウの言葉に、全員がはっと気づいた。


 ただでさえ強いサムライには、その命を燃やし尽くして放つ最後の切り札がある。



 二天霊という神にも匹敵する『シリョク』を持つ彼がそれを使い『封神』で凝縮し圧縮したそれを開放させたならば、その一撃は星をも砕く威力となろう。


 それに耐えられる存在は、間違いなく存在しない。



 それを使えば、間違いなくダークシップごとその主。ダークカイザーを消滅させるだろう。




 その命と、引き換えに……




「うおぉ! あらばこの世界は救われたも同然じゃないか!」

 多くの騎士が喜びの声とともに拳を空に突き上げた。


 まるで勝利したかのような騒ぎだ。



 しかし、その勝利宣言とは裏腹に、トウジュウロウをふくめたツカサをよく知る者達の顔はさえなかった。


 どこか悲しそうに、空を不安定に浮かぶダークシップを見上げている。

 ツカサは確かに負けないだろう。しかし、帰ってこれるかはまた別の話ということになる。


 この世界は間違いなく救われる。それだけが確定しただけだ……



「……なんで?」


 浮かぶダークシップを見つめるトウジュウロウの背に、一人の少女の声がぶつかった。その声色は、どこか非難じみたものをふくんでいる。



 トウジュウロウは無言で振り返り、その少女の姿をきちんと視界にとらえた。その少女の名は、リオ。



「……」



「どうして、ツカサ一人だけなの? 他にサムライがいてくれたら、こんなことにもならないのに!」


 ツカサは強い。今まで伝説として語られたサムライよりさらに強い。それは皆が認めるところだ。


 そのツカサが世界を滅ぼすダークカイザーを倒しに来たというのはリオにもわかる。



 だが、前に来たサムライ達と同じように、彼をサポートできるサムライがもう一人だけでもいるのなら、こんな絶望的な気持ちにならずにすんだはずだ。


 それを、たった一人サムライの事情を知るトウジュウロウにぶつけたのである。



 トウジュウロウも、彼女の言い分がわかるのか、それを黙って受け止めた。



「……」



 そして、悲しそうに首を横に振る。



「ワシとてあのような若者一人に全てを背負わせるのは心苦しい。しかし、それができる者は、すでに彼しか残っておらんのじゃ……」

 瞳に悲しみを浮かべながら、トウジュウロウは語りはじめた。


 今から十年前、東の空に穴を作って現れたダークシップが最初に襲撃したのは、トウジュウロウ達の住んでいたサムライの国であった。


 龍のような形をしたその国はダークシップからの不意打ちによって粉々に砕かれ、海の藻屑へと消えた。



 いくつか残った小さな島にたどりつき、少ない数のサムライと数えるほどしかいない民だけが残された……



「この世界を破壊しながら進むあの闇の船を倒すためこの国へやってきたのは、その少ない生き残りのサムライなのじゃ。その時残されたのは、戦いに出ることもできぬ女子供だけ。その中の誰かが成長し、ワシ等にもできなかったことを成し遂げにやってきたのじゃ。世界を、救うために……」



「……」

 悲しそうに語るトウジュウロウの言葉に、リオは絶句していた。



 そんな状態では、彼をサポートできる者さえいないではないか……



「彼は正真正銘の、最強にして最後のサムライなのじゃ。祖国とて彼のみに背負わせたかったのではない。彼しかもう、おらぬのじゃ……」



 それを聞き、誰もが言葉を失った。



 なぜツカサだったのか。その答えはシンプルだった。それは彼が強いだけでなく、ヤツ等と戦える戦士は彼しか残っていなかったからだ!


 境遇を聞けば、彼はリオなどよりはるかに過酷な人生を歩んできたことになる。十年前に祖国を破壊され、彼は国どころか世界の命運までもを背負わされ、世を救う戦いを強要された。



 だというのに彼は一言もそれに関して文句は言わず、それどころか多くの人々を救ってきた。



「……ごめん、なさい」


 リオはうつむき、トウジュウロウに声を絞り出した。



 そんな過去を語らせてごめんなさい。自分のことばかりで、ツカサのことを考えていない自分でごめんなさい。力になれないでごめんなさい。


 それは、様々な感情のこもったごめんなさいであった。



「……よいのじゃよ。それだけ、リオちゃんはツカサ君のことが大切なのじゃからな」


「……」

 ぽんと、トウジュウロウは涙を流すリオの頭をなでた。



「ワシとて、悔しい。十名ものサムライが命を賭けて戦ったというのに、ヤツを倒せず彼に託す形になったのが。じゃが、信じよう。彼ならば必ず帰ってきてくれると……」


「……」

 リオは、こくんとうなずいた。


 彼等にできることはやはり、祈ることだけしかないようだ……



「な、なんだあれは!」



 サムライの勝利を願いながらダークシップを見上げていた騎士が声を上げた。


 なにやらダークシップに異変があったようだ。


 再び視線がダークシップに注がれると、その場にいた全員は驚愕の表情を浮かべることになる。



 ダークシップの先端。船首と思われる部分が開き、そこに巨大な赤い目のようなものが現れたのだ。



「あ、あれは!」


 トウジュウロウが声を上げる。



 トウジュウロウだけでなく、十年前の戦いを知っている者はあれがなんなのか知っていた。


 あれは、ダークシップに搭載された大量破壊兵器であり、その瞳から発せられる光線により、街を一つ吹き飛ばすほどの威力をもった代物なのである。



 かつて南方に存在した国がこの照射により一瞬にして崩壊したという逸話さえある代物だ。




 カッ!




 赤い瞳が瞬いたかと思った瞬間、高くそびえた大神殿の一部をかすり、はるか東にあった山脈の一部が消し飛んだ。


 多くの者が、その光景にぞっと背筋を凍らせる。



「い、一体、なにを……?」

 騎士の誰かがつぶいた。



「目標は、ここじゃ。ヤツめ、ツカサ君と戦う前にその守るものを消し飛ばすつもりか!」



 トウジュウロウの言葉に、場にいた全員が驚きを見せる。


 なぜ!? と目を見開き、声を上げたトウジュウロウへ視線を向けた。



「ダークカイザーはすでに敗北を悟っておるのだ。じゃから、ツカサ君ではなくその守るものへ標的を変えた。ヤツは世界を道連れにするつもりなのじゃ!」


「な、なんてことを!」

 ゲオルグが悲鳴のような声を上げた。


 あのような攻撃、彼等に防ぐすべはない。もう一度撃たれたら間違いなく消滅してしまうような一撃だ……!



「に、にげっ……」

「どこにだ……!」


 一般の騎士が思わずそうもらした。


 騎士とあろうものが逃げたいと考えてしまうほど、先の一撃は絶望の一撃であった。



「ならば、これでどう!」


 マリンが声を上げる。右手をあげ、その前に十二枚のプレートを円状に浮かべる。


 そのプレートが魔法陣を描き、マリンから放たれた魔法を増幅させる。


 巨大な閃光が船首に現れた赤い瞳へと突き刺さろうとするが、それが命中する直前その光は一瞬にして周囲へ霧散してゆく。



 やはり、あの船にさえ魔法は通じない……!



「ダメか……!」

 マリンが悔しそうに唇を噛む。



 マリンの極大魔法などものともせず、ダークシップはその角度を変える。


「いけません。角度を調整し、もう一度放つつもりです!」

 アリアが叫んだ。


 ダークシップの船首の角度が動き、地面を向いた。



 アリアが刀を手に走り出した。



「テンペスタ!」

『イエス、マイマスター』


 カタカタと揺れた言葉を発した刀を彼女抜き放った。



 刹那、ダークシップの船首から真っ赤な光線が吐き出された。



 今度は角度が下すぎたのか、地面をえぐりながらそれは騎士団とルヴィアの大神殿めがけて赤い光がそこへ迫る。



(いけるか? いえ、ここを守れるのは私しかいない!)


 一瞬の不安をアリアはかき消し、大きく振り上げたテンペスタをその光にむけ振り下ろす。



 青く光る風がテンペスタへと集まり、それは巨大な風の剣を生み出し、赤い光とぶつかりあう。



「ああああああ!」



 気合の声。しかし無尽蔵に照射されるその光に、アリアの風は徐々に引き剥がされてゆくのが見て取れた。


(ダメッ。私だけでは押し負ける……!)



 しかしアリアはひくことはできない。自分の後ろには大神殿と騎士団。さらに王都キングソウラがある。この一撃に自分が負ければ、そのすべてがこの紅の光線に蹂躙されてしまう!



「くっ!」

 光線の圧力が増した。



(まだ、こんな圧倒的な力を発することができるの!?)



 テンペスタの風が徐々に弱まってゆく。


 このままでは残り数秒で風は全て失われ、アリア以下射線上にあるすべての存在は消し飛ぶだろう……



(もう、もたない。こうなったら……!)

 アリアは覚悟を決める。



 彼女とてサムライを志した戦士だ。皆のために命を投げ出すことは怖くはない。


 たった一人で戦いつけるツカサ同様、自分にだってそのくらいできる。そう意思を固める。



「私が絶対に……!」


 私は私の中で渦巻く『シリョク』を……




 カッ!




 光が、瞬いた。




──ダークカイザー──




 ……忌まわしき世界の管理者め。世界を維持する力をすべて我が同位体の守護へと力をまわしたか。


 ダークシップの体内へ現れたそれにむかい、どれだけの攻撃をしかけようとすべてその直前で捻じ曲げられる。我が干渉をはねのけるとは、伊達に創生の任についていないようだ。



 面白い。



 ならばその力を我が同位体から剥ぎ取ることにしよう。その干渉がなければ、あの同位体はただの少年。指を払うだけでも消し飛ばすことが可能だ。



 意識を我が同位体から外へと向け、我へと干渉するこの世界の管理者。女神ルヴィアへむける。



 ヤツは今、みずからの信仰の中心の地、大神殿に顕現しているようだ。ならば、そこごと全てを破壊してくれよう……!


 例え座に縛られたままであっても、今の我と貴様の状態ならば消滅させることも容易い! そうなればこの世界は破壊したも同然!



 我はダークシップの広域破壊兵器、ダークレッドを開いた。周囲に存在する忌まわしい存在もろとも、消し飛ぶがいい!




──マックス──




 ……どくん。




 アリア殿に一歩遅れて、拙者も走り出していた。


 あの光をとめられるのはサムライの技が使えるアリア殿かトウジュウロウ殿だけだろう。しかしトウジュウロウ殿は先の戦いで刀を失い戦う力を失っている。



 となればあの強力な光線を防げるのは彼女しかいないということになる。



 しかし、あの威力はテルミア平原でダークロードがツカサ殿に放った一撃にも匹敵するほどのもの。

 それをとめるには、あの時のツカサ殿と同等の力がなければ不可能だ。


 山を砕くその一撃をたった一人で止められるとは到底思えなかった。




 ……どくん。




 だからといって、拙者一人が盾になったところで彼女も皆も救えない。それこそただの犬死だ。


 しかし、拙者の体は考えとは裏腹に動いてしまっていた。




 ……どくん。




 アリア殿が刀を引き抜き、その刃に巨大な風を纏わせ、破壊の赤光を受け止めた。



「ああああああ!」


 気合の声。しかし無尽蔵に照射されるその光に、アリア殿の風は徐々に引き剥がされてゆくのが見て取れた。



 彼女がなにかを決意したのが感じられた。



 体内のなにかが急激にあふれるのがわかる。


「私が絶対に……!」



 拙者はそれがなにか気づいていた。



 それこそが、サムライにのみ許された命の一撃!


 だが、そんなのを使わせるわけにはいかぬ!



 拙者は、拙者はあの時ツカサ殿に「あとは頼んだ」とツカサ殿がいない間のことを任されたのだから!




 だから、この場では誰も、誰一人として死なせぬ!




 ……どくんっ!




 拙者の中から、なにかがわきあがった。


 体の内側から湧き上がるこの力を、拙者は知っている……!



「こ、これは『シリョク』! そして、刀の波動!?」


 トウジュウロウ殿が声を上げた。



 そう。これこそが!



 拙者は眼帯として装着していた刀のツバを手にし、それを勢いよく引っ張った。


 ぱちんと、ツバをとめていたとめ具がはずれ、宙を舞う。



 手にしたツバより柄が伸び、拙者はそれを握った。



『……名を』



 ツバがかたりと揺れ、そこから言葉が聞こえる。



『我が、名を……!』



 拙者はこの声がなんなのか知っている。


 ゆえに、拙者は声に導かれるまま、その名を呼ぶ。



「目覚めよ。『サムライソウル』!」




 カッ!



 刹那、光が瞬いた。




 テルミア平原での決戦のおりに見られたツカサ殿から発せられたあの神々しい光。


 それと同じ光が、拙者の体からあふれ出した。



 手の中に、しっかりとした重さが生まれる。


 光の粒子が刃を生み出し、そこに美しい刀身を持つ刀が姿を現した。



『主、行こう』



 ツバが小さく鳴り、我が分身。サムライソウルが拙者に語りかけてきた。


 感じる。拙者の中であふれる力の奔流を。



 これが、トウジュウロウ殿やオーマ殿が言っていたサムライの力の源、『シリョク』か。



 膨大な力が体の内側からあふれるのを感じ、拙者はそれをサムライソウルが導くままに開放する。



「うおおおおおぉぉぉ!」

 拙者は、吼えた。



 今にも風の力を失おうとするアリア殿の刀にむけ、それを振り下ろす。


 いくら拙者が刀を得たといっても、目覚めたばかりの力ではあの破壊の力にたった一人では対抗しきれないのはあきらかだった。


 ゆえに拙者は、先輩であるアリア殿とともに、それに対抗することを決断した!



「アリア殿! ここで死んでもいいなど、思っても考えてもならーん!」

「っ!」


 みずからの命を燃やす覚悟を決めていたアリア殿の表情が変わる。



 ツカサ殿の戻るこの場で一人の犠牲がいてはいかぬ。だから、誰も死なせるわけにはいかないのだ!



「ゆえに、ゆえにいいぃぃぃ!」



 拙者のサムライソウルから光があふれる。


 それに呼応するように、アリア殿の刀、テンペスタも大きな光を放ちはじめた。



 二つの刀の力があわさり、大きな力が生まれる。



「うおおおおぉ!」

「ああああぁぁぁ!」


 拙者とアリア殿の気合が場に響き渡った……!



 ダークシップから放たれた真っ赤な光線と二本の刀の力が拮抗する。



「くっ……!」

「くそっ……!」



 二人のサムライがそろったというのに、未熟者である拙者達ではそれを受け止めるので精一杯だった。


 拙者達だけではこの光を切り裂くことも、弾くこともできない。



 このままでは……



 拙者達がやられたあと、その後ろにいるリオやルヴィア大神殿、騎士団達、王都がすべて消滅してしまう!



『主。私の特性をお使いください』



 拙者の持つ刀。サムライソウルのツバが鳴り、そう言った。


 特性? 刀の特性とはなんぞ? と思ったが、そういえばオーマ殿は他者の情報を得たり周囲の地形を把握する力があると言っていた。それのことか!



「一体、なにができるのだ!」



『主を助けること。私の特性は、『融和』。騎士でありサムライとなった主にしかない力です。仲間の力を一つにし、それを主の力に変えることができます。主、お仲間に声を!』


「っ!」


 サムライソウルの言葉に、それがどういう力なのか即座に理解できた。



「皆、聞こえたか! 拙者に力を貸して欲しい! 自分の命を、この場を、約束を守るために、頼む!」



「おっ、おお、おおおー!」

「もちろんだあぁぁ!」



『互いに手をつなぎ、誰でもいいので主に触れてください。それで……!』


 サムライソウルの指示に従い、騎士達が一糸乱れぬ動きで互いの手をつなぎあった。



「マックス、あとは頼む!」


 マリンの手を握り、拙者の背中にしがみついてきたのはリオだった。マリンの先には、ゲオルグ様が連なっている。


 リオが拙者に触れた瞬間、なにか巨大な力が拙者に流れこんできたのがわかった。



「もちろんにござるっ!」


 これならば……!



 ちらりとアリア殿を見ると、拙者の中に渦巻いた力に気づいたようだ。大きくうなずく。



「行くぞ!」

「はい!」

 拙者は力をこめ、内側にあふれるその力を解放させた。



 アリア殿の刀。テンペスタを全力で押し上げ、真っ赤な光線へと強大な光を放つ。



「うおおぉ!」

「ああぁぁ!」



 光があふれ、二本の刀が振りぬかれた。


 真っ赤な光線はバツの字に切り裂かれ、その斬撃はその船首さえ切り裂いた。



 ごごぉんという音とともに、ダークシップの前方が跳ね、傾ぐ。



「やった……!」

 アリア殿の顔が緩む。


 拙者も、拳を大きく握った。


 後ろでは、騎士達の歓声があがった。



 ツカサ殿。見てくれましたか? あなたの教えどおり、この場は拙者に、いえ、皆にお任せくだされ。


 ですから、ですから必ず戻ってきてください……!




──ツカサ──




 ごごごぅん。


 目の前で最後の扉が開く。


 オーマのナビによれば、この廊下のつきあたりにあるこの扉が開けば、そこにもう一人の俺。ダークカイザーなんて呼ばれる世界の破壊者がいるところらしい。



 そこは、いわゆる玉座の間だった。



 その玉座には、真っ黒い人型のなにかが座っている。

 肘おきに肘を立て、頬をその手においてそれは真っ赤な瞳をぎらりと光らせ、俺を見た。



『……』


 言葉はない。



 だが、俺は即座に確信する。



 確認をとるまでもない。目の前の玉座に座り、偉そうにふんぞり返っているのは間違いなく俺だ。姿や力の差という違いはあれど、それでも俺には違いなかった……!



 これが、異世界の俺。世界さえ滅ぼせる力を持った、別の可能性。



「……」

『……』


 赤い瞳と俺の目があう。


 背筋が凍るプレッシャーとはまさにこれのことを言うのだろう。殺気というものを、俺は生まれてはじめてきちんと感じた気がする。



 でも、目と目をあわせ、俺は俺を理解することができた。



 この俺は、世界さえ滅ぼす力を手に入れて、心の悪魔の誘惑に勝てなかった俺の末路だ。


 力を手に入れて、壊すことに喜びを覚え、人の大切な物を破壊することに快楽を感じ、自分の存在が上であると確信するために人が泣き叫んで命乞いをし、謝るのを見て悦に浸る。俺の、醜い心に従い生きた可能性の姿がそこにあった。



『消えるとわかりながら我が前に現れたか。この世界から消え、それでも英雄となりたいのか? なんのゆかりもないこの地を救い、お前になにが残るというのだ? 消えてなくなれば英雄の名誉も名声もなんの意味もないというのに』



 闇から声が響いた。


 頭の中に直接響くような俺の声。俺の声だというのに、とても威圧感があり、さらにどこか威厳があるようにさえ感じた。



「ふう」

 俺は小さくため息をついた。



「英雄の名誉とか名声なんて欲しくもないよ。俺は俺のためにここに来たんだから」



 そう。俺がここにいるのはすべて俺のため。この世界のためとか他人からの視線とか、そういうのはまったく関係ない!



 俺の望みはシンプルだ。日本に帰る! そのためにここに来たのだ!



 俺がそう言った瞬間、玉座の間の壁という壁から赤い瞳が現れた。


『ならば、言うこともない。消えよ!』



 もう一人の俺の言葉に反応し、そこから俺に向かって赤い光が放たれる。



 同時に、俺は玉座に向かって走り出した。



 俺に向かってくる赤い光線は俺に当たる直前に女神様の加護で捻じ曲げられ、方向を変える。それは床や壁に命中し、そこを赤黒く焦がし変形させてゆく。


 こんなのが当たったら間違いなく俺は一瞬にして消し炭になる。今は女神様の加護があるからまだいいが、実はちょっとずつその光線が捻じ曲がる地点が近づいてきている気がしてならないのだ。


 このままドンドン攻撃を受け続ければ、間違いなく女神様の加護が消え、俺が消し炭になってしまう。



 ゆえに俺は大急ぎで目の前にいるもう一人の俺に触れるため走り出したのだ!



「うおおおおお!」

『消えよおおおお!』


 俺の気合の声と、ダークカイザーの声が重なる。



 ヤツの体は動かない。どうやらサムライさん達が命をかけて施したっていう封印はまだ効いているようだ。ならばあとは、そこに到達すれば、俺は地球に帰れるってワケだ!


 壁から照射される赤い光は次々と捻じ曲げられ、俺と俺の距離はドンドン縮まってゆく。



 いける。これならいける!



『相棒、これなら、いけっ、いけっ!』


 ダークカイザーに近づく俺の姿を見て、オーマが気合と応援をしてくれる。



 残り十歩。九歩と玉座の距離が狭まってゆく、五歩、四歩。俺は俺に触れるため、その手を伸ばす。



 だが……




 にやりっ。




 顔のない闇色の俺が、笑った気がした。



 玉座の肘掛に乗せられていた右手が勢いよくはねあがり、俺の方へと向けられる。



 手のひらに赤い球体が生まれ、そこから玉座の間全体を覆うかと思うほどぶっとい光線が吐き出された。



 近づきすぎている。これは絶対に避けられない。いや、最初から避けるなんて無理なんだけど!



 思わず両手を前に出し防御の構えをとるが、別に意味はない。目の前に光があるから反射的に顔をかばってしまっただけだ。


 今までの光線と同じく、その巨大な光線は俺に当たる直前、見えない壁にぶつかるかのように弾かれ、細かい光線に変わり周囲の壁を破壊して行く。



 め、女神様の加護、最高……!



 あまりの迫力に両手をクロスさせたまま、俺は前に足を……




 ……ふみ、出せない。




 あと少し。あと残り三歩もないというのに、赤い光線と女神様の加護が拮抗し、俺はまったく動けなくなっていた。


 それどころかじりじりと押し戻されそうになっている。



 や、やばい。



 弾いている距離が徐々に縮まってこのトンデモ光線が俺に迫ってきているというのに、進むもダメ戻るもダメとなったら消滅するのをただ待つしかできないじゃないか。


 どうすんの? 女神様どうすんのこういう場合!



『……ガッツ!』



 なんかそんな無責任な言葉と親指を立てた雰囲気だけがどこからか感じられた。



 めがみさまあぁぁぁぁ!?



 ここまできて、この土壇場で根性論てあーた! 



 つっても女神様に文句を言ってもしかたがない。女神様だって加護を頑張ってくれているんだから、あとは俺がこの残り三歩を進まなければならない。


 なんとかして、気合と根性で! 行くしか、行けるだろおぉぉぉ!



 うん。むり。


 俺は即座に確信した。



 しょせん俺みたいな普通の高校生が世界を壊せるようなヤツと世界を作った女神様の拮抗する状況を覆せるわけがなかったんだよ。


 誰だよ封印されたダークカイザーに触れるだけの簡単なお仕事なんて言って俺をたきつけた女神様は!



『ククッ。どうやらこれで終わりのようだな。このまま消えるが……っ!』



 もう一人の俺が勝利を確信したその瞬間。




 ゴゥン!




 衝撃とともに、船体が大きく跳ね上がった。


 まるで船首に大きな衝撃を受け上に勢いよく跳ねたような感じだ。



 その衝撃で重力制御も狂ったのか、俺の体も前に跳ね上がった。さらに同時に、もう一人の俺の腕も上に跳ね上がる。



 あの巨大な赤い光線は床へむけられ、その床を貫いた。


 光線は下に。俺は上に。



 音は消え、なにもかもが遅くなった時間の中。ふわりと浮かんだ俺と、玉座に縛られたままの俺の視線がぶつかる。



 驚きの表情を浮かべる俺ともう一人の俺は……




 ごつん。




 とっさに前に出した俺の手が、ダークカイザーの顔に命中した。


 その瞬間空気が凍ったような気がする。



 あんまりな出来事に、俺は唖然とするしかできなかった。



『ば、かな……サムライはすでに、この世界にいないはず……我が船を歪ませるほどの存在がいるなんて……』



 ダークカイザーが信じられないというような声をあげた。



 どうやらこの振動、外から引き起こされたものらしい。



 なんだかよくわからないが、これだけは言える。



「……これで、終わりだ」



 今度は俺が勝利を確信し、にやりと笑った。



 直後俺ともう一人の俺は、光に包まれた……


 互いの触れた場所。俺はこぶし。そして相手はその頬から光に溶けるよう生まれた光に消えてゆく。



『おのれ。おのれ、おのれえぇぇぇぇ!』



 もう一人の俺が、断末魔とも言える声を上げながら消滅してゆく。


 往生際の悪いその姿は、実に見ごたえのある最期だった。



 頭が消えれば、あとは静かなものだった。声は聞こえないし、闇の体が光に消えてゆくだけ。それは、どこか神秘的な光の芸術のようにも見えなくもない。



 同時に俺も、右手から消えてゆく。


 この感覚。俺は二度味わった覚えがある。



 この世界にやってきた時、トンネルを抜けてこの世界にやってきた時と、ここにやってきた時の感覚だ。



 ゆえに、確信する。



 俺はこのまま、元の世界。地球へ帰る。と……



『あ、相棒……』


 消え行く俺を見て、オーマがどこか悲しそうに声を上げた。



「オーマ、これで、一時お別れだ。ヤツが消えれば、この船も消える。お前は空中に放り出されるかもしれないけど、誰かに拾ってもらえよ」



『そ、そんなのどうでもいいんだよ。相棒、あんた消えてるじゃねーかよ!』



「なんだよ。今更言うのかよ。知らなかった。なんて言わせねーぞ?」


 オーマは女神様に導かれたところにあった刀だ。目的地を示してくれたのもこいつだ。だから、こうなることはわかっていたはずだろう?



『……でもよ、でも……!』


 むしろ、信じたくなかったということか……


 でも、これは決して避けられないことだ。これは、全ての世界における絶対のルールみたいだからさ。



 俺の体が消えてゆく。生まれた光に吸いこまれるように。



 俺の場合は、右腕が消えてゆくのと同時に、体全体が薄くなってゆく。



 腰からオーマが滑り落ち、玉座の間の床に落ちた。



 オーマが床に落ちたのと同時に、今度は玉座の間そのものが崩壊をはじめる。


 オーマが落ちたところからまるで砂になるかのようにそこが崩れ、消えてゆくのだ。オーマはそのまま、アリ地獄に沈んでゆくかのように落ちてゆく……



 光に消える俺は、その船の消滅とは裏腹に、その場に取り残された。



 これは、俺がこの世界から消えかけているという証拠だろう……



『相棒、相棒っ! おれっちは、おれっちはまだ……! まだ相棒と一緒に旅をしてぇ!』


 そう叫ぶ相棒に向け、俺は微笑をむけた。


 俺達の別れに、涙ってのはにあわないと思ったからだ。



「オーマ」

 俺は手をあげ、別れの挨拶を送る。



「バイバイ。そして、またな」



 俺はそのまま、光にすいこまれ、消えた。



『あいぼおぉぉぉぉぉ!』




 オーマの悲しそうな声だけが、崩壊するダークシップの中に響いた。




 ……




 …………




 ………………




 ……




「……」


 気づくと、俺は見覚えのある場所に立っていた。


 足元にあるのはアスファルトで固められた道路で、目の前には様々な種類のビルや民家が立ち並んでいる。さらに道路には電柱が何本も乱立し、そこに絡まる電線は一種のアートを形成しているのは、俺の記憶にある場所だ。


 間違いない。ここは、学校帰りに気まぐれで通ったトンネルの出口。



 つまり俺は、異世界イノグランドから元の日本へ戻ってきたということだ。



 驚きとともに、俺は体をぺたぺた触れる。身に着けている制服は旅の疲れを感じさせない。靴だって長旅の泥なんかついていない状態になっている。


 俺の状態は、完全に学校帰りのいつもの俺という状況だった。


 まるで、あれは白昼夢であったかのように、異世界イノグランドでの旅などなかったかのようだ。


 服にもカバンの中にも、あの地で手に入れたものはなにもない。



 ひょっとすると、本当に幻だったのかもなんて考えが頭をよぎりながらも、俺はカバンの中に入っていた携帯を取り出した。



「ははっ」


 これを確認した理由はそれを見つけるためではなかったんだけど、データの中にあったそれを見つけ、俺は思わず口元を緩ませてしまった。


 そこに残っていたのは、おめかししてちゃんと女の子しているリオの姿。


 あの王立魔法研究所でしっかりとおさめたあの写真が、そこには残されていた。



 やっぱり、あの旅は夢などではなかったのだ……




 ピリリリリリッ。




 携帯が鳴る。


 電話がかかってきたのだ。



 液晶には、ある人の名前が映し出されていた。




 俺はそれを見て小さく笑みを浮かべ、通話のボタンを押した……




──リオ──




 マックスとアリアが巨大な赤い光を切り裂き、遠くに浮かぶダークシップを揺らす一撃を放った。


 サムライとなったマックスとアリアの二人の力をあわせた一撃に、ダークシップが一瞬大きく跳ね上がったのが見えた。


 それがきっかけになったのか、ダークリップの内側から赤い光がつきぬけ、さらに光が爆ぜる。



 でも、その爆発はマックス達の一撃だけが原因とは思えなかった。


 マックス達が傷つけたのはあくまで船首。だというのに、その爆発は船の中央で引き起こされているように見えた。



 空中で光を放ちながら。ダークシップはフラフラと震えながらこちらへと墜落をはじめているのがわかった。



「ちょっ、落ちてきてないか!?」



 誰かが叫んだ。


 それに呼応して悲鳴をあげる人もいたが、それは明らかにわたし達の頭の上を通り過ぎるコースであるのはわかった。



 揺れながら落ちて行くそれを、わたし達はただ見上げるしかできない。



 それがわたし達の頭の上にきたその時だった。




 カッ!




 ダークシップが大きな光に包まれ、大きくはじけた。


 まるで花火のような、白い光の爆発。



 キラキラと輝く光が空にはじけ、それは雪のように舞い降りてくる。



 薄暗くなっていた空にそれは、とても綺麗に輝いていた。



「綺麗……」


 ぼそりと、隣にいたマリンさんがつぶやいた。



「……」

 わたしは、なにも言えなかった。



 その光とともに、空に輝きが戻り、再び青空が姿を現した。


 誰もがこの光景を見て思った。この世界を破壊するというダークカイザーは、滅んだのだということを。



 すべてが、終わったのだとみんな気づいた……




『……ぁぁぁぁぁあ』




「?」

 降り注ぐ光をみあげていると、空からなにか悲鳴のようなものが聞こえる。



『ぁぁぁぁぁああああああー!』



 きらりと、それは黒光りする体に光を反射させ、わたしと騎士達のいるところへと落ちてきた。



「よ、よけろおおぉぉぉ!」

「うわあああぁぁ!」


 驚いてその場から慌てて逃げるゲオルグさんや他の騎士団長達。



 逃げ切った直後……




 ズドォン!




 小さなクレーターを作り、それは落下してきた。


 黒くて、細長いちょっと曲線を描いた棒のような物。



 地面に突き刺さり、びいぃぃぃん。と左右に激しく揺れている。



 わたしは、それを知っている……



「オ、オーマ!?」

「オーマ殿!」

 振ってきたのは、ツカサの相棒。オーマだった。


 わたしとマックスは慌てて駆け寄り、それを引き抜いた。



「オーマ!」

「オーマ殿!」

「オーマ!」

「オーマ殿ー!」


 わたしとマックスが交互にオーマを振り回す。


 早く、早くなにがあったのか。そしてツカサがどうなったのかが聞きたかったからだ。



『ちょっ、ちょっ……!』



「早く! 早く教えろー!」

「どうなった。どうなったのでござるー!」


 ぶんぶんと振り回され、オーマはうまく言葉が発せられないようだ。



 そんなことにもわたし達は気づかず、ぶんぶんとオーマを振り回してしまった。



「はいはい落ち着きなさい。それじゃまともに話せないでしょ」 


「あ、そ、そうか……」

「そうでござった……」

 マリンに言われて、わたし達は手をとめた。



「それで、サムライ君はどうなったのかしら?」

 マリンがうながす。



『相棒は、相棒は……!』



 オーマがその問いに言いよどむ。


 それだけで、みんななにが起きたのか理解できた……



 当たって欲しくない予感だけが当たってしまったのだ……!



 オーマはゆっくりと、ダークシップの中でなにが起こったのかをゆっくりと語りはじめた。


 なにもかもが消え去ったあと、わたし達は唯一あの状況を知るオーマに、その顛末を聞かされる……



 突如としてあらわれ、風のように去っていった英雄の最後を……



 ツカサは、あの船首から降り注いだ赤い光。あれと同じものが雨のように降り注ぐダークシップの中をたった一人ですべてを弾き返して突き進み、ダークカイザーの元へとたどりついたのだという。


 しかしダークカイザーへツカサが一撃を加えようとしたところで、思わぬ反撃にあい戦況が拮抗した。


 どうやらそこで、さっきのマックス達の一撃がツカサの助けになったようだ。あの一撃により、一瞬船が揺れたことにより、ツカサの拳がダークカイザーへと届いた。



 その一撃で、すべてが終わった。



 ツカサの一撃はダークカイザーを消滅させたのだ……!



「……そうか。やはり、そのために彼は『シリョク』を極力使わぬようためていたのじゃな」



 オーマの言葉を聞き、トウジュウロウじいさんがしみじみとつぶやいた。


 サムライには自分の力をあえて封じることにより、それを開放した時の威力を高める『封神』という奥義があるのだという。


 ツカサはそれを使い力をため、必要なその時解放したのだ。


 やっぱりツカサは、最初からそのつもりだったんだ……



 命をとして、世界を救うつもりだったんだ……



 トウジュウロウじいさんの言葉を聞き、わたし達はツカサの覚悟に気づかされ、ただうつむくしかできなかった。


 オーマを抜かなかった理由もわかった。その力を使えば、オーマの方が持たないとツカサは知っていたからだ。



『方や巨大な力を自分のためだけに使い、世界を破壊することを望んだ存在。方や巨大な力を自分のためには使わず、他者を救うため世界を救うことを望んだ存在。ホント、相棒にゃかなわねぇぜ……』



 オーマが説明を終え、どこか悲しそうにつぶやいた。



 オーマはダークカイザーとツカサは鏡写しのような存在だったと言っていた。



 だからって、それを倒すために自分の命を捨てなくてもいいじゃないかよ……



「……だからなのね」

 マリンがなにか納得したようにつぶやいた。



 なにが? とわたしが視線を向けると、マリンはうなずいて口を開く。



「あの子は、自分が通り過ぎていなくなる人間だと知っていた。だから、下手な後悔を持ちこまぬよう人知れず動いていたのよ。人の心になるべく残らないようにね」


 感謝も求めず、人を助け去ってゆく。



 わたしやマックスが疑問に思っていたことも、すべてちゃんと意味があった……



 いなくなってしまうから、人の心になるべく残らないようにしていた。



 だから、人知れず人助けをして、礼も求めず去っていたってことかよ……



 じゃあ、自分からツカサに関わって、その心に大きくツカサの存在を刻んじまったわたしはどうすればいいのよ。


 わたしの心に残ってしまったツカサの光はどうすればいいのよ……!




 両手を握り、その手を、胸のところで握り締めた。




 勝手についてきたわたしが悪いのはわかるよ。でも、でも……!



「ツカサ、約束したじゃないかよ。きっと帰ってくるって。帰ってきてくれるって……!」



 わかってる。



 あんなの無茶な約束だったって。



 わたしが、無理に約束させた不可能な話だって……!


 わたしは、結局我慢することができず、ぽろぽろと泣き出してしまった。



 やっぱり、我慢なんてできないよ。



「あいたいよ。ツカサ……」



 帰ってきてよ。



 お願いだから……




「……勝手に約束破ったと決めつけないでくれよ」




「っ!?」

『っ!?』

「なぁ!?」


 響いた声に、誰もが驚いた。



 わたしも、マックスも、色々探知できるはずのオーマでさえ驚きの声を上げてしまっている。



 みんなの視線が、そこに集まる。


 一斉にむけられた視線の先。そこには……



 そこには……!




「俺はちゃんと帰ってくるって言ったろ。リオ」




 そこには、ダークシップで消えたはずのツカサがいた。むしろ突入前より服がこぎれいになっているようにも見える。



『あ、相棒。さっき消えたはずじゃ……?』



「ああ。消えた。でも、また来た」



 言っている意味はわからなかった。でも、一つだけはっきりとわかることがあった。



 それは、ツカサが目の前にいるということだ!



 わたしはもう、勝手に体が動いていた。



「ツカサー!」



 わたしはそのまま、ツカサに抱きついた。


 理由なんてどうでもいい。ツカサが無事戻ってきたんだったら、それでいい!



「ただいま」

「おかえり!」




 こうしてこの日、世界を破壊しようとしたダークカイザーは消滅し、イノグランド崩壊の危機は未然に防がれたのだった。




──ツカサ──




 女神様から次に呼ばれたら戻ることはできないとあれほど忠告されていたというのに、俺は戻ってきてしまった。


 いくらリオとの約束があったからとはいえ、二度と帰れないという場所にまた戻るのは正気の沙汰ではないだろう。


 だからといって、この世界が気に入ったり、ここが地球より住みやすいと思ったり、好きな人がこの地にできたわけでもない。


 まあ、気になる子はいるけど……ってそれはどうでもよく。



 二度と帰れないからまた来るのを躊躇するのであって、帰る手段があるのなら普通にこっちに来てもいいということになる!



 この画期的な方法は、あの女神様をもってして俺を天才と言わしめたほどのことである!



「一つ質問があります」


 これは、ダークシップへ突撃する前、女神様と会話している時のことだ。


「一度元の世界に帰ったとして、また女神様が呼んでくれればこの世界にこれるということですか?」



『はい。しかし私の力では呼ぶことはできても帰すことはできません。次に呼べばあなたは二度と元の世界へ帰ることはできなくなりますよ?』



「でも、俺にあえば勝手に帰らされるんですよね?」



『はい』

 女神が大きくうなずいた気配が感じられる。


 なら、この仮説は成功するかもしれない。



 別に成功しなくても、無事家に帰れるのならそれはそれでいいんだけど。


 それでも、確認する価値は十分にある!



「なら、女神様がもう一人別の世界から俺を連れてきてくれればいいんじゃないですか? 虫の俺でも蛙の俺でもいいですから、適当に探してつれてきてくれれば、それに触れて、俺もつれてきた俺も無事に戻れるんじゃありません?」



『……』

「……」



 俺の言葉に、女神様が固まったように思えた。


 いくら女神様といえども、一つの世界に呼べるのは一人だけかもしれない。この沈黙は、できませんと言えないからなのだろうか?



『あなた、天才ですか!?』



 白い空間に、女神様の驚きの声が響きわたった。



『も、盲点でした。確かにそれなら呼べれば帰せます。そんな裏技や抜け道みたいなことよく考えつきますね!』


 いや、ワリとシンプル答えだと思うけど、そっかー。気づいてなかったのかー。


 でも、こうして驚いて天才とまで言われたということは。



「なら?」



『これで帰れない問題は解決が可能です!』



「よし!」

 あとはもう一人の異世界の俺を探してもらって呼んでもらえばいつでも帰りたい時に帰れるようになる! 二度と戻れないということはなくなる!



 俺はガッツポーズをとった。



 これにより、俺はもう一度このイノグランドに来てもいいかなー。という気になったのだ!



『確か携帯電話というものを持っていましたね?』



 話がまとまり、俺の帰還計画も完成したあと、女神様が唐突に携帯なんて言葉を口にした。


「もってますけど?」


 携帯電話なんて物の名前を知っているんだと驚きながら答えを返しながらそれを取り出すためカバンに手を入れると、電源が切ってあるのに着信音が鳴り響いた。



 電話が、鳴ってる。画面にはこの世界の文字を浮かばせながら。



 顔を見上げて女神様になにこれと質問しても無言で答えが返ってこない。なんというか、電話に出ろって雰囲気が感じられる。


「もしもし?」

 通話ボタンを押してみた。



『はい。こちら女神ルヴィアです。これでいつでも連絡がつけられますね。元の世界に戻り、こちらに来たくなったらいつでも連絡をしてください。こちらの世界で帰りたくなった場合も同様に!』



「おおー」


 こうして俺の携帯電話に女神様のアドレスがメモリーに登録されたのだった。



 ついでに携帯に女神様の加護が施される。いわゆる女神のお守りだ。ダークシップの中で俺を守ってくれていたあのバリアはこれが張っていたと言ってもいい。


 それ以外に特典はさらに二つ。一つはこれを持っていると地球に戻ってもすぐ俺の居場所を女神様が補足できるということ。これにより帰ったことを確認でき、それを目印にしてすぐにでも連絡をつけてくることができるようになる。


 さらにもう一つ。ある意味これがメイン。俺がこの世界に来た場合、この携帯電話は女神様の加護で電池が減らなくなる。こいつはすげぇ!


 ちなみに地球に帰ってすぐかかってきた電話は女神様からの無事帰れましたかコールだったりする。



 というわけで、俺は再びイノグランドへと戻ってきた。



 声をかけたら、リオには抱きつかれ、さらに他の人にはもみくちゃにされ胴上げまでされて王都へ連れて行かれた。


 王都の方は早馬が駆けていたのか、輪をかけてのお祭り騒ぎになっていた。



 なんで? と思ったらそういえば俺は世界を破壊するようなヤツを撃退して帰ってきたことというのを思い出した。そんな英雄様がご帰還したんだからそりゃ驚いて喜んで祭りになるに決まっている。


 でも俺は、地球に帰るため女神様のお力を借りて、さらに最後の一歩はみんながあの船を揺らしてくれたおかげで助かっただけなのだから、そんな栄光を受ける資格は最初からない。



 ゆえにその祭りと式典がはじまる前に、こっそり逃げ出すことにした。



 オーマにナビをお願いし、俺はお城からの脱出に成功した。


 さすが人のいるところと地形を把握できる能力を持つ俺の相棒だけあるぜ!



「ほら、やっぱり出てきたよ」

「やはり、でござるか」



「……え?」

 城の外に出ると、道のところにリオとマックスが立っていた。


 リオはいつもの帽子とズボンの男装した格好。マックスはいつの間にか手に入れた刀とロングソードを腰におさめたいつものリーゼントサムライもどきスタイルだ。



「ったく。あの船を一回攻撃した騎士団達のお手柄だとか言っていつも通りに誰にも言わず行っちゃおうなんてお見通しなんだよ」


 リオがやれやれとため息をついている。



 いや、そいつは事実だろ? あの船を実質落としたのはマックスとアリアさん協力したみんなの一撃だよ。



「ツカサ殿。あの戦いで『シリョク』を全て使い切ってしまっているのですから、無理をしないでください!」


「え? いや、それは……」


 むしろ最初からゼロなんですが……



『けけけっ』



「つーかオーマ、わざと案内したな?」


『しゃーねーだろ。今の相棒マジでただの人なんだから』


「いや、最初からただの人なんけど……」


「そういうわけでござる! 今度は拙者にツカサ殿を守らせてくだされ!」


「それに無一文でなにするつもりだったのさ。おいらに渡した金の半分はツカサのものなんだからな」

 二人が俺に詰め寄ってくる。


「ははっ。そっか。ならしゃーないな。ここでうだうだしているわけにもいかないもんな」

 俺は、苦笑いを浮かべた。



 マックスももう刀を得てサムライになったんだから俺から学ぶことなんてないじゃないか。リオだって、その金好きに自由に生きればいいのに。


 俺は、その気になればすぐにでも地球へ逃げ帰れるから、なんの問題もないってのによ。



 でも、一緒に行きたいというのなら、もうしばらくだけつきあってもらおうか。



「それじゃ、行こうか二人とも。俺はもう目的がなくなっちゃったから、どこに行くとかないんだけど」


「それならば、拙者の生家へとむかいませんか!」


「あ、おいら他の国行ってみたい!」



「なら、順番にこなしていこうか」



「「おー!」」

 俺の同意で二人が勢いよく拳を上げた。


 いままでは俺の都合で色々歩いていたから、しばらくは二人の都合で歩くとしようか。



 もう、地球に帰る手段を探す必要もないし、いざとなればすぐに逃げて帰れるし、しかも俺には女神の加護がついているからな!



『(……あら? なんかツカサ君の声が聞こえた気がするけど、私があの子に加護を与えたのはあの時だけよ?)』

 崩れかけていた世界をゆっくりと再生させながら、女神ルヴィアはそんなことを思った。



『相棒、さっさと行かねーとそろそろ気づかれちまうぜ』


「あ、そうだな。それじゃ行こうか」

「うん!」

「はい!」


 元気よく返事した二人とともに、俺はまたこのイノグランドの大地を歩き出した。




 これは、のちに伝説のサムライの再来と言われ、なおかつすべてのサムライの中で最強にして無敵でありいかなる困難も打ち砕くと語り継がれるサムライの物語である。




 おしまい

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