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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
27/88

第27話 サムライがきた理由


──ツカサ──




 立ち入り禁止区域への立ち入り許可証をもらい一晩。魔法研究所の騒動も無事終わり、マックスとも合流して俺達は女神ルヴィアの神殿というところへやってきた。


 神殿は王都を外れ、少し西に向かった平原の中に立っていた。


 王都から西に道が伸びて、その大神殿まで続いているんだけど、そこまでは出店とかもまったくなくて驚いた。どうやらこの周辺に建物は建てちゃいけない決まりらしい。



 さすがこの国にある信仰の総本山。村や街にあった小さな神殿とは大違いの特別あつかいだ。



 俺達はこの霊験あらたかな大神殿に、これから先の旅の安全を祈願するためやってきたのである。


 大神殿からさらに西へむかったところに見える牙のように突き出した黒い塔。あれが俺の目指す場所なのだろう。あそこにたどりつければ、マリンさんの占いどおり、俺は地球に帰れるはずだ。


 目的地が目視できるところまで来たというのは、どこか感慨深いものがある。



 だが、あの周辺は立ち入り禁止区域であり、非常に危険な場所なのだそうな。



 ここをお参りして本当に旅の安全の効果があるのかわからないけど、それで一パーセントでも安全の確率があがるというのなら俺はいくらでもお祈りしよう。


 なんならこの有り余る財力を使って傭兵を百万人くらい雇って一緒に行ってもらってもいいくらいだ!


 それで安全が買えるというのなら、俺はやってやるという気概があるということだ!



 それはさておき。



 平原に立つ大神殿の前には大勢の参拝客が見えた。


 さすが大神殿にしてこの国の信仰の中心。ものすごい人出だ。



「おお、ツカサ殿、やはりこられたか!」



 大神殿前に集まっていた人を掻き分け、一人の騎士。ゲオルグさんが姿を現した。


 よく見たら、大神殿に集まっている人達は参拝客だけでなく、大勢の騎士もいた。


 騎士がおまいりに来ていても不思議はないけど、その雰囲気は明らかにそういう雰囲気ではない。みんな旅支度をしているカッコウだ。


 一体どうしてそんな格好を?



 さらにゲオルグさんの後ろにいかにも団長という格好の人が出てきた。



 そのうちの一人はマクマホン領のマイクさんだ。



「我等王栄騎士団!」

「マクマホン騎士団!」

「サイモン騎士団!」

「マクスウェル騎士団!」


「以上四騎士団の精鋭が禁止区域へむかうあなたの旅に同行させていただきたく、この場にやってまいりました!」


 前に出た四騎士団プラスゲオルグさんの声に後ろにいた旅姿の騎士達が整列し、一斉に騎士礼をこちらに向けた。


「おおぅ」


 圧倒的な統率度に、俺は思わず声を上げてしまった。



 どうやらわざわざ傭兵を雇わなくとも彼等がついてきてくれるらしい。これは心強い!



『いいや必要ないね! むしろ足手まといだろうが!』

 俺のあげた声を迷惑と勘違いしたのか、オーマが声を上げた。


 なにを言うんだオーマ君。これから立ち入り禁止区域という危険地域に入るんだから、俺を守ってくれる人が増えるのはいいことだよ。安全が少しでもあがる。それはとてもいいことだ! 理由はよくわからないが、俺のためにざっと百人の騎士が動いてくれるなんて、それはとても素敵なことだよ!


「いやオーマ。せっかく来てくれたんだから、そんなことを言ってはいけないよ」


『うぐっ……でもよ……』


「せっかくの好意なんだ。受けてもいいじゃないか。むしろありがたいくらいだよ」


『ちっ。相棒がそういうのならしかたねーや。感謝しろ!』


「ははっ。お世辞でもその言葉はありがたい。我々にも一応面子というものがありますからね。断られたらどうしようと思いましたよ」


「そんなことはありませんよ」


 俺もゲオルグさんもあっはっはと笑いあった。



 ああよかった。本気で傭兵を雇おうかと考えていたところだったから、実にいいタイミングできてくれたもんだよ。



『ったく。相棒も人がいいぜ』


「そう言ってくれなさるなオーマ殿。それに、こうしてツカサ殿を見る人が増えれば、ツカサ殿の名声も広がりや

すくなるというものです」


『……ちっ。ならしゃーねーな!』


「現金なやつだな!」


 説得したのはマックス。現金なと苦笑いを浮かべたのはリオだ。


 ちなみに俺も、リオと同じ意見で苦笑していた。



『ところでよ、マリン』


「なにかしら?」


『今更聞くけど、おめーの魔法ですぽーんと移動ってのはできねーのか?』


「今更ね」


「それできたら、ホントいまさらだな」


 オーマの質問に、マリンがやれやれと肩をすくめ、リオがぽんと手を叩いた。


 確かにそれができると言われたら、王様のところに行ってわざわざ許可証をもらう必要もなかったかもしれなくなる。


 マックスもそれに気づいたのか、ショックを受けたような顔を浮かべ、さらに騎士の人達はひょっとしてついていけないのかとハラハラしているのが見えた。



「できる。といいたいところだけど、転移でいけるのは立ち入り禁止区域の目前までだから、あんまり意味はないわ。あそこまで無駄に魔力を使ってもしょうがないでしょ?」



 と指差したのは、平原の先に見える柵と砦だった。あそこから先が禁止区域で、ここから歩いても一時間かからないような場所にあった。


 さすが立ち入りが制限されるだけの場所だけある。魔法で自由に行き来もできないんですね!


『ならしゃーねーか』

「ほっ」


 オーマが残念がって、騎士達は胸を撫で下ろした。


 俺もどちらかと言えば騎士さんがついてきてくれる方が嬉しいので胸を撫で下ろす側だった。



 ひとまず俺達の目的、旅の無事を祈願するための参拝を先に済ませることにして、ゲオルグさん達とわかれて大神殿の方へむかうことになった。


 ゲオルグさん達と団長さんに挨拶をし、大神殿の入り口へと歩き出そうとしたその時。




 ぐらっ。ゆらゆらゆら。




 地面が小さく震えていることに気づいた。


 その揺れは徐々に大きくなり、地面がぐらぐらと揺れはじめる。


 けっこう長い地震だ。とはいえ、震度にすれば二か三くらい。ああ、揺れてるな。こんなので地震速報のテロップ流すなよってテレビに文句を言うくらいの揺れだ。


 俺にとっては、本当にその程度の地震。



 だというのに……



「うわあぁぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁぁ!」

「揺れてるー!」



 大神殿にいた参拝客や横の平原で控える騎士達からたいそうな悲鳴があがり、誰も彼もが悲鳴を上げ頭をかかえへたりこんだり神殿から駆け出してきたりしている。


 その光景はまるで、世界の終わりが来てパニックになったかのようだ。


「え?」

 俺は驚いて、あたりを見回す。


 あたりにはゆらゆらと揺れる地震に驚き、へたりこんだり隣の者と抱き合って震えていたりする人であふれていた。



 地面がちょっと揺れただけだってのに、みんななんでこんなに驚いているんだ?



「な、なんだよこれぇ!?」

「地面が、地面がこんなにも揺れている! ツカサ殿、一体なにが起きているのですか!?」


 リオとマックスも驚いたように俺へしがみついてきていた。


 平然とする俺にすがりつき、キョロキョロとあたりを見回している。



「これは、地震ね。その名の通り地面が震えたのよ」



 一人マリンさんが腕を組んで説明してくれているけど、その膝はがくがくと震えている。



 この光景を見て、俺はぴんときた。


 地震の少ない国から地震大国である日本に観光に来た人は、ちょっとした地震にとても驚くのだという。ひょっとすると、この国も地震が極端に少ないところなのかもしれない。


 地震大国日本に生まれた俺にしてみれば、震度2、3程度の地震は年に何度も遭遇するレベルの揺れだけど、地震を経験したことのない人からすれば、それさえ大地震に感じてしまうのだろう。


 それが、この惨状というわけか。



 俺は地面にへたりこんで震える人達を見て納得した。



 そんなに怯えずとも、この石造りの神殿は頑丈そうにできているからこの程度の地震じゃびくともしないだろうし、大丈夫なんだけどな。とは言っても信じられないだろうから、俺は地震が収まるのを待つことにした。


 ゆらゆらと揺れた地面の揺れも収まり、世界は平穏を取り戻した。



 揺れが収まり、地面につっぷしていた人達は顔をあげ、世の無事を確かめている。


 抱き合って無事を確かめあったりしている人までいて、それはまるで世界の危機を乗り越えたかのよな光景だった。



「お、おさまった」


「ああ。おさまったな。もう安心だ」



 俺にしがみつきほっとしたリオがつぶやいた。


 せっかくなので、頭をぐりぐりなでておく。



「ツ、ツカサどのは平気でござるか?」


「と、というかサムライ君はなんでそんなに平然としているのよ?」



 え? なんでといわれても、慣れているとしか言いようがないんだけど。



 単純に地震の多いところに住んでいるから慣れているって。


 俺はぽりぽりと頭をかいて。



「これで驚いていたら生活できないからね」



 日本じゃ週一回はどこかでこのくらいの地震は起きているから、これで騒いでいたらホントに生活できない。


 俺は素直にそう答えたのだった。



「「「なっ!?」」」

「「「にっ!?」」」



 俺の答えに、リオ達だけじゃなく後ろにいた騎士団長達も驚いたように見えた。



 いや、そんなに驚かれても困るんだけど。単なる慣れの問題なんだから。君等だって日本に一ヶ月も住めば地震にも慣れちゃうよ。間違いなく。



「さ、地震も収まったし、行こうか」


「う、うん」


 まだ外で続きがくるんじゃないかと怯えている人達もいるけど、連続して揺れるような地震じゃないのは経験上わかっているから、俺はリオ達をうながして大神殿へと歩き出した。




────




 地震が収まり、それでも多くの者が恐怖に怯える中、平然としている男が一人いた。



 最強のサムライと噂される、腰に刀と呼ばれる武器をさした少年は、揺れた大地に平然と足をつけ立っている。


 誰もが揺れる地面に驚いているというのに、彼一人だけは地面が揺れていることなどまるで気にも留めていないかのようである。



 揺れを感じていないわけではない。


 これがどうしたといわんばかりの表情で、むしろ驚いて慌てている騎士達を不思議がっているようにも見えた。



 大地が揺れるという、この国ではありえなかったことに遭遇してなお、威風堂々と存在するその背中に、彼の旅仲間であるリオやマックス、マリン。そしてともに行くと約束を交わした騎士団の者達は呆然と見つめることしかできなかった。


 誰もが羨望のまなざしをむける中、彼は歩き出す。




 女神ルヴィアの大神殿へと……



(す、すげえやさすがツカサ。地面が揺れたってのに平然として。やっぱりサムライは違うなあ!)


(さすがツカサ殿! 地が震えてもまったく動じない。当然だ。その気になればご自分のお力でこの大地をも震わせることができるのだから! きっとツカサ殿は修行でこれ以上の経験をしてきたのだろう。なんと頼もしいお方なのだ!)


(あの落ち着きよう。さすがサムライ君といったところかしら。しかも彼はこの地震の恐ろしさをきちんと知っていて、それでも平然としているように見える。それは地震の本質も理解しているということ。本当に彼は、底の見えないとんでもない子だわ)


 神殿に向かい足を進めるツカサを見て、リオ、マックス、マリンはそう思ったそうな。



 まだ腰を抜かしている騎士団の者達も、その背中を見て様々な考えをめぐらす。



「あのような異常事態があったというのに平然としていられるなんて、さすがサムライ殿だな……」


「まったくです。それに前に見た時より落ち着きが増しているようにも見える」


「マイク殿それは本当ですか? だとすれば、サムライ殿はまだまだ成長しているということ。なんと末恐ろしい……!」


 ゲオルグのつぶやきに、マクマホン騎士団の団長であるマイクが答えを返した。


 マイクはマクマホン領で何度かツカサとあっているので、その時の違いが少しだけ感じられたのである。



「『闇人』が再び現れ、ダークシップの浮上が近いなどと噂されるが、彼がいれば大丈夫と皆が噂するだけありますね!」


「これが、サムライ。すげぇもんを見たぜ」

「噂どおりの御仁。サイン欲しい……」

「ぺろぺろしたい……」


 神殿へむかうサムライの背中を見て、騎士団の者達は思い思いのことを口にした。



 騎士団だけでなく、地震で外に逃げてきた参拝客もその背中を見て同じように思いをはせた。


 その背中にかけられる言葉は違えど、本質は全て同じである。



 すなわち、サムライ。スゲェ!




──ツカサ──




 地震もおさまり、俺達は女神様の神殿へ足を踏み入れた。


 天井がとんでもなく高い、まさに神殿というにふさわしい荘厳なつくりのところだった。



『もし……』



「……?」

 声が、聞こえた。



 どこかで聞いたことのあるような声だったから、俺は思わず足をとめてしまった。



「?」

「どうしたのツカサ?」


 俺が足をとめたから、リオもマックスもマリンさんも足をとめ、怪訝な顔をして振り返ってきた。



 俺は彼等の言葉をちょいと無視するかっこうで、耳を澄ました。



『そこのあなた。私の声が聞こえるなら、こちらへ……』



 やはり、空耳ではなかった。神殿の奥から俺を呼ぶ声が聞こえる。


 この声、どこかで聞いたことがあるような……



『私の声が聞こえるなら、お願いします……』



 声がするのは、神殿の礼拝堂の奥にある大きな像。そこから声が聞こえてきている気がした。


 俺はその声に引き寄せられるように、そこへと進み、その台座へと手を伸ばした。



 ピカッ!



 俺がその台座に手を触れた瞬間、俺の体は光に包まれた。



 まぶしいっ! と手で顔を覆い、気づくと俺は、さっきまでいた神殿とは違う場所にいた。



 場所。と呼ぶにはとてもあやふやな場所だった。


 なにせ地面がない。上も下も前も横も後ろも真っ白で、それでいて足元にはなにか確かな地面。もしくは床の感触があるという不思議なところだ。


 いくら魔法のあるファンタジー世界だからって、こんなところにいきなり放り出されては不安にもなるってもんだ。



『よく、ここまで来てくれましたね。ツカサ……』



 周囲のどこからか声が聞こえる。


 声というより、頭の中に直接響いてきたというのが正しいと思う。


 この声、どこかで聞いた覚えがあると思ったら、そうだ。俺がはじめてこの世界に来た時、俺をオーマのところに導いた声だ!



『私は女神ルヴィア。この世界を生み出し、見守るものです。私の話を、聞いてくれませんか?』



 女神ルヴィア? どこかで……って、自己紹介の通りこの世界で一番偉い神様じゃないか! そんな人がどうして俺なんかに!?



『そんなにかしこまらないでください。私はあなたに、お願いをする立場なのですから』



「お願い……?」

 女神様は身構えた俺を諭すようそう言った。


 どういうことだ? 世界を創った女神様が、俺みたいなただの高校生にお願いすることなんてあるのか?



『あなたの都合も考えず、この世界に呼んでしまったことを大変申し訳なく思います。しかし今、この世界は消滅の危機に瀕しているのです』



「は?」

 俺はすっとんきょうな声を上げてしまった。


 この治安はちょっと悪いけど、自然豊かでのどかな世界が消滅の危機にあるなんてとても思えなかったからだ。



『いいえ。あなたもすでにその前兆はいくつか見てきたはずです。私の力でも抑えきれず、突然崩れだす崖や、吹きすさむ突風、落雷。そして、先ほどの地震を……』



「あっ……」


 言われ、思い出した。突然引き起こされたあの自然災害達。なんであんなことが起きるんだと思ったら、そういう理由だったのか。



『あれは、崩壊しようとする世界を私が支えきれず、ほころびはじめた滅びの前兆なのです。今はまだ局地的な被害でしかありませんが、かの者が復活すればそれは大きく加速し、それをとめることができなくなるでしょう』



「かの者?」

 声がどこか悲しそうに語り、俺はそのかの者とはなんなんだろうと首をひねった。



『かの者とは、あなたと同じくこの世界とは違う世界からやってきた、世界の破壊者。西の地に落下したダークシップの主にして多くのサムライの命をもって封じられた世界の敵。ダークカイザーのことです』



「え? 西って?」



『そう、ヤツはあなたの目指す地に存在する者です。今封じられながらも世界を蝕む存在。あなたにはこの世界、イノグランドを救って欲しいのです』



「は?」


 俺はまた、すっとんきょうな声をあげてしまった。


 いやいやこの人いや神様なに言い出しちゃってんの? たんなる平凡普通の高校生である俺に一体なにを期待しているってのさ。いろんな人がサムライだって言ってるのだってあれは明らかな勘違いだって俺をこの世界に呼んだあんたならわかってるはずでっしゃろ?



『あなたならできます。確かに、この世界で最強の戦闘集団、サムライですらヤツを封印するので精一杯でした。この世界であの異世界のカイブツを倒せる者は存在しないでしょう』



 どこか大きくうなずいた雰囲気が俺に伝わってくる。


 それじゃなおさら俺が行くのも無駄ってことじゃないですか。俺は刀のオーマを持っているのにすぎないただの小僧なんだよ?



『ダークカイザーの目的は全ての世界の消滅。自身のいた世界を滅ぼしただけで満足せず、このイノグランドをも滅ぼそうとしています。それを防ぐためサムライの施した封印は弱まり、ヤツは復活を果たそうとしています。船に封じられたままでも世界の根幹を歪めるほどの力です。復活されれば間違いなくこの世界は崩壊し、消滅するでしょう』

 俺の戸惑いをヨソに、女神様はとつとつと説明を続ける。



『この世界の次はあなたのいた世界かもしれません。それでも無理だと諦めるのですか!?』



「いやいや、その話を聞いてなお俺にならできると言い出せる人の方がおかしいですよ!」


 さあ! とすすめてくる声に、俺は悲鳴にも近い否定の声を上げた。



『いいえ。あなたにならできます。できるのです!』



「俺にできるんだったらもっと別の人にもできると思いますよ!」


 伝説のサムライでさえ倒せなかった怪物をただの高校生の俺がどう倒せっちゅーねん!


 自信満々に言う女神様に、俺も自信満々に言い返す。



『違います。この世界はあなたにしか救えないのです。あなただけにしかできないのです! だからといって、単なる少年のあなたにダークカイザーに刀を突きたて相手を倒せ。という無茶な注文はしません。あなたはダークシップに封印されたダークカイザーに触れるだけでよいのです!』



「はぁ?」

 またまたすっとんきょうな声を上げてしまった。



『意味がわかりませんよね。それで世界が救えるなんて。しかし、あなたがダークカイザーに触れるだけで、ヤツはこの世界から追放され、自身の生み出した無の世界で消滅することとなるのです』



「本当に意味がわからない」


 俺が頭が悪いからなのか、それとも女神様の説明が悪いのか、言っている意味が本当によくわからなかった。なぜ俺がその世界を滅ぼすような存在に触れるだけで万事解決! みたいなことになるのだろう?



『これを納得してもらうには、ある絶対のルールを理解してもらう必要があります。世界を生み出した私でさえ覆せぬ全ての世界を覆う絶対のルールを!』



「は、はあ」



『この世には、似たような世界が無数に存在しています。あなたの世界の言葉を借りれば、平行世界。パラレルワールドと呼ばれる異世界のことです』



 俺のいた地球のある世界や、この世界。イノグランドとかのことか。



『それぞれの世界は時には双子のように同じ世界であったり、あなたの世界やここのように、まったく違う文化や種族が生まれている世界もあります。ですが、その世界のどこかには必ずあなたが存在しています。それは時に人であったり、人でなかったりしますが、必ずその世界にはあなたという存在がいるのです。そして、その二人が出会うと、消滅してしまうのです』



「なにそれ理不尽」



『はい。世のルールは時にとても残酷なのです。あなたの世界でも似たような話があるはずです。自分と同じ存在に出会うと死んでしまうなど』


 聞いたことがある。ドッペルゲンガーとかいう昔の都市伝説で、もう一人の自分に出会ったものは死ぬという話だ。



『それは異世界のそのものがその世界へ迷いこみ、結果世界を守るためその者を消し飛ばしてしまうからなのです』



「マジですか」

『マジです』



 同じ世界に同じ人が二人いる。その時いわゆるパラドックスの解消ってヤツが起きるってわけなのか。世界の矛盾を解消するため、その存在そのものを消し飛ばしてしまうなんてなんて豪快な解消手段なんだ。



『ですから、異世界から来たもう一人のあなた。ダークカイザーに触れてもらい、世界を救って欲しいのです!』



「そっかー。誰にも倒せない存在だから、絶対のルールを使って世界を滅ぼす存在を消し飛ばしちゃおうってわけですねー。そいつはなんてえげつない」



『そういうことです!』

 なんか女神の気配が大きく胸を張ったように思えた。



「って、そんなことしたら俺も消し飛んじゃうだろ!」



『はい。この世界から消えちゃいますね』



 俺のツッコミに対しあっさり答えを断言しやがった! 答えが軽い! すっげー軽い! そもそもなんで俺を呼んだの!? この世界の俺をぶつければいいじゃん! てか異世界の俺って世界を滅ぼせるだけの存在ってすげぇな! ああもうなんかもう色々ありすぎてなに言えばいいのかわかんねぇよ!



『あなたの疑問も最もです。でも、安心してください。まずこの世界のあなたは十年前にダークシップがやってきたとき、その現象を恐れたヤツに一番最初に襲われ、サムライの国ごと吹き飛ばされてしまいました! だから私はあなたを呼んだのです!』



「ああー。それはなっとくだー」

 俺の心の中の憤りを感じ取ってくれたのか、女神様は簡潔にその答えを述べてくれた。


 そうか。そもそもすでにこの世界の俺はここにいないのね。だからかわりに他の世界の俺を呼んだと。



『そしてもう一つ。この世界のあなたと異世界のあなたをぶつけた場合、確かにこの世界のあなたは消滅しますが、異世界のあなたはちょっと違います』



「え?」



『確かにあなた同士が出会えばどちらも消えてしまうでしょう。しかし、異世界から来た存在の場合はその世界から追放され、元の世界へ戻るのです!』


 ぱんぱかぱーんと両手を広げたような調子で女神が言った。



 ちなみにその世界の俺も、そのうち別の俺として生まれてくるそうだ。でもその俺を待っている時間がないから、かわりに俺を呼んだというわけらしい。



「むしろそれを最初に言えー!」



 俺は叫んでいた。それが本当なら、すげぇ無駄な緊張を強いられたことになる。

 色々と言いたいことはあるけど、はっきりとわかることが一つある。


「つまり、地球に帰りたくばそいつに触れろってこと?」


『そういうことになります。そうすればイノグランドは救われ、あなたは元の世界へ戻れるのです!』


「マジですか」


『マジです』

 だから俺は、この世界に呼ばれて西へむかうよう指示されたというわけか……


「でもそれだと、そのダークカイザーの俺も元の世界に戻るだけで、またここに攻めこんでくるんじゃ?」



『いいえ。ヤツは自分の世界を消滅させてイノグランドへやってきました。ゆえに、この世界から追放された場合、すでにない世界へ到達することになります。それはすなわち、無の世界へと落とされることとなり、無に飲まれれば自動的にヤツも消滅することになるのです。ヤツは、自分の滅ぼした力によってその自分さえも消滅することとなるのです!』



「おおー」

 俺は思わず拳を握ってしまった。それが本当なら、ある種完璧な処理方法じゃないか。



「つまり、俺がそいつに触れれば、俺は元の世界に帰れ、この世界も救われると?」


『そういうことです!』


「でもでも封印されたままなのに世界を蝕めるほどの存在にただの高校生の俺が近づけるとは思えませんよ?」



『大丈夫です。あなたがダークシップに乗りこむ際、私が全力であなたへ加護を与えます。世界の維持が弱まり崩壊が加速するでしょうが、あなたの身くらいは守れるでしょう。その隙にあなたはカイザーのもとへ突撃するだけの簡単なお仕事です!』



「そいつはすごい。なんてすごいんだ! さすが創生の女神様! なんでも知っててできるんですね!」


『そんなに誉められてもなにもでませんよー』


「なら、俺を元の世界に返してくれるってのも朝飯前ですよね!」


『残念ですがそれはできません。私召喚はできても送還はできないんです』



 おだてつつしれっと言ってみたんだけど、むこうもしれっと言い返してきやがった。



「……」



『……ホントですよ? できるのならダークカイザーをこの世界から放り出しています』



 疑わしい。ジトっと虚空を睨みつけたけど、まったく反応がなかった。


 まあ、やれといってやってくれないのはわかりきっているけどさ。



「……」

 俺は、考えた。




──女神ルヴィア──




『……』


 考えこんだ彼を見て、私は覚悟を決めた。


 全ての真実を伝えた今、彼に罵られ、その身勝手さを責められる覚悟はできている。


 ツカサは私の管理する世界の人間ではない。ゆえに、どれだけ真摯に言葉をかけようと、私の発する言葉を全て受け入れ、従ってくれるわけではない。



 彼は別の世界の私の管理下にあり、私の望みどおりに動くとは限らない存在なのだから。



 ゆえに、私がどれだけ真実を語ろうが、それをあの子が信じてくれるとは限らない。言っていることは、私の身勝手と保身のふくまれたただのわがままだ。


 彼からすれば、いきなりこちらの都合でこの世界に飛ばされた挙句、世界を救うため自分が消滅する可能性のある行為をやらされるような状況。必ず戻れるという確証も存在せずそんなお願いをされればふざけるなと怒鳴りたくもなるはずだ。


 私は、考える彼の姿を見てとても申し訳ない気持ちで一杯になった。



 いくら責めてもらってもかまわない。全ての原因は世界を守れない私にあるのだから。



 こんな理不尽があるのかと。こんな身勝手があるのかと。私の無能をいくらでも罵り、怒りを吐き出してくれてもいい。


 それでも、彼にはやってもらわなければならない。彼が元の世界に帰る方法は本当にそれしかないし、このままこの世界に残ったとしてもいずれもう一人の彼。ダークカイザーの力で世界は滅びるのだから……



 だが、彼がノーと言うのならば私はそれでもいいと考える。そうなれば私はこの世界を食らいつくそうとする魔人を相手に、この世界の命運をかけ戦いを挑もう。



「わかりました」


 彼が口を開いた。



 そこから続く言葉は私への侮蔑だろうか? きっとそうだろう。私は再び覚悟を決めた。




 しかし彼の口から出た答えは、私の想像を超えたものだった……




──ツカサ──




「わかりました。さくっとやって元の世界へ帰りましょう」


『え?』



 やって欲しいと言ったのはそっちの癖に、なぜか女神が驚いた。



「なぜ驚いているんですか?」



『い、いえ。まさか即答してくれるとは思わなかったので。命、かかっているんですよ? 世界の命運、背負っちゃうんですよ?』



「命はそこにたどりつくまで女神様がなにがなんでも守ってくれるんでしょう?」



『え、ええ。守ります。守りますよ』



「なら、俺の命はかかってない。それに、俺がこのままわがままを言い続けていていると世界は崩壊させられてしまうようだし、俺も帰れない。なら、安全が確保されているうちにやれることをやってしまえばいいと思って」



『……』

 どうやら俺の発言は女神様を唖然とさせてしまうほどの即答っぷりだったらしい。



 でも俺は、この世界の人達を救おうという親切心からこのラスボスに触れに行くだけのお仕事を引き受けたわけじゃない。


 さっきのやりとりから、あの女神はこの世界からあのダークカイザーというのを追放したいと考えているのは間違いない。でなければ、俺という駒をああまで言って必死に守ろうとする理由がない。


 世界の崩壊を防ぐため俺を異世界から呼び、俺を世界を滅ぼすというダークカイザーと呼ばれるもう一人の俺と接触させようとしているところに嘘はないだろう。



 ここまでは裏表のない事実だ。



 ただ、問題はそれじゃない。最大の問題は、その異世界の自分に触れると双方がこの世界から退場させられるという話だ。



 本当に地球へ戻れるのならば万歳して終われる話なのだが、それがどうにも胡散臭い。触れたととたんに両者消滅。俺という存在が消えてなくなりました。帰れるというのは嘘で俺はただの駒でしかなかったのです! という展開だけは本当に困る。


 それに、この世界に滅びの危機が迫ってきているというのも疑わざるを得ない。確かに天変地異クラスの自然災害に何度か巻きこまれかけたが、それが本当に世界崩壊の前兆なのかはわからない。俺にはそれも確かめるすべがない。



 俺を追い詰めてカイザーに触れさせに行かなければならない状況にしているんじゃないかと邪推さえできる。



 今のところ女神様の言い分で信じられるのはもう一人の自分に触れればどちらもこの世界から消えてなくなるというところだけだ。



 だが、本気で嘘をつくというのなら、この消えるという話は俺にする必要はない。もっともらしいことを言ってカイザーに触れるよううながすだけでいいはずだ。


 消える可能性を俺に気づかせる必要はない。余計な疑念を浮かべさせる必要はないのだ。



 だからこの女神は、全部本当のことを言っているということになる。


 さらに確信にいたれる根拠はもう一つある。それはこの前王立魔法研究所のゴレム祭りでマリンさんの運勢占いの結果だ。



『あなたは今、まさに困難の最中にいます。見知らぬ暗闇の中、多くの困難があなたを待ちうけ、苦しめるだろう。しかしそれでも歩みをとめる必要はない。あなたの目指すところにこそ、あなたの求める世界が待っているのだから』



 この占いの言葉は、まさに今の状況を指し示している。


 だが、これを信じるとすれば、ラスト一文。『あなたの求める世界が待っている』というのも本当になる。つまり、俺の目指すところに俺の求める世界がある。帰れるという意味にもとれる!


 これはあくまで占いで実現するのかはわからないが、信じるには十分値するだろう!



 だから俺は、せっかく加護を受けてそこにけるというのだからそれを受けてさくっと一度地球に帰ろうと考えたのだ!



 この間若干二秒くらい! 長々と考えているように見えて、実は一瞬の判断だったのだ! たぶん!



『無理強いする私を、責めないのですか?』


「責めたってしかたないでしょうに。あんたの言葉を信じるなら今は緊急事態だ。それに、帰れるのならこれまでの旅はちょっと危険はあったけど思い出に残る楽しい冒険旅行だった。こんな経験をさせてもらえたんだから、感謝することはあっても恨みなんかはないよ」


『……あなたは、すごい子ですね』


「そうですか?」


『ええ。どうやらあなたをこの世界に呼んで正解だったようです。ツカサ、この世界を頼みます……』

 どこか安堵するかのように女神様がつぶいた。


「まかせといてください」

 俺は覚悟を決めて、どんと胸を叩いた。



『では、このままダークシップ内へ移動させてもよいのですが、やはり別れは必要ですか?』



「そうですね。顔を見ると後ろ髪を引かれるかもしれませんが、それでもなにも言わずにいなくなるよりはマシでしょう。少し時間をください」


『わかりました。では……』


「あ、戻る前に、突撃に関していくつか質問、いいですか?」


『はい。なんでも聞いてください』

 なんでも……女神様というのだからどんな姿をしているのかとか聞いちゃってもいいのかな?



『あまり本筋から外れたことは答えませんからね?』



「はーい」

 おかしい。なぜ心が読まれた。



「ともかく、女神様の加護があるのは俺だけ?」



『はい。むしろ守るものを増やすとなると、危険から守る加護はどんどんと弱まってしまいますし、ダークカイザーがこの世界から追放されればその力で作られていたダークシップも消滅しますから、他に誰かを連れてゆくと大惨事になるでしょう』



「あらー」

 なら、俺一人で行くのが一番というわけか。一人で行くのは心細いけど、それはしかたがない。ま。オーマくらいは連れて行けるだろう。話し相手として。


「そしてもう一つ確認です。女神様は他の世界から誰かを連れてこれても送り返せはしないんですよね?」



『はい。あくまで一方通行になります。ですから元の世界に戻ってからもう一度この世界に呼ぶことは可能です』



「ただし、今度は帰れなくなるけど?」


『はい。この世界に骨を埋めたいというのなら大歓迎ですよ!』



「いや、それはさすがに……」



 骨を埋める覚悟は正直ない。できることなら地球とこのイノグランドを自由に行き来したいものだ。だから俺は、その可能性を問うてみることにした。



「……というのは可能ですか?」




『……あなた、天才ですか!?』




 白い空間に、女神様の驚きの声が響き渡った……




──マックス──




 ツカサ殿とともに女神ルヴィアの神殿へと足を踏み入れた。


 白亜の柱に支えられ、巨人も立って歩けるのではないかと思えるほどの天井は高い。

 まっすぐ進んだ礼拝堂には女神ルヴィアの像があり、その背後には大きなステンドグラスが光を神殿の中に照らしていた。



「……」

 ツカサ殿が、突然足を止めた。



「?」

「どうしたのツカサ?」


 拙者もリオもマリン殿も足をとめ、ツカサ殿を振り返る。



「呼んでる?」


 ツカサ殿はそうつぶやき、ふらふらとまっすぐ歩みはじめた。


 向かう先は、礼拝堂。もっと言えば、ルヴィアの像にむかって。

 そちらには今、女神ルヴィアの像があるだけで誰もいない。一体誰が呼んでいるというのです。



「ツカサ殿?」

「ツカサ?」

「どうしたの?」


 我等三人の声にツカサ殿は反応を返さず、そのまま進み、ルヴィア像のある台座に触れた。



 ピカッ!



 ツカサ殿が台座に触れた瞬間、ルヴィアの像が神々しく光を放った。


 あまりの光に、拙者達は手でその光をさえぎった。



 からんからん。



 そのような音が響く。

 視線を音の方へとむけると、オーマ殿が床に落ちていた。


『な、なんだぁ!?』


 視線をさらにその先へとむける。輝く光で見づらかったが、ツカサ殿がルヴィア像の台座に彫られたルヴィアの紋も光り、その台座へと吸いこまれてゆくのが見えた。


 ツカサ殿がそこに手をかざすと、その中へ入っていってしまったのだ!



『あ、相棒ー!?』

「ツカサ殿ー!?」

「ツカサー!?」


 拙者達は驚きの声を上げたが、ツカサ殿をとめるにはいたらなかった。


 ツカサ殿は光とともに台座に消え、同時にルヴィア像の輝きも収まった。



 拙者達は、ただ唖然とすることしかできない。いったいなにが起きたのか、それさえわからない。



 唯一わかるのは、ツカサ殿がルヴィア像にすいこまれたということだけだ!


 隣にいたリオと顔をあわせ、やっと冷静さを取り戻した拙者達は慌てて台座へ駆け寄ろうと走り出した。



 あのマリン殿さえ慌てて足を踏み出そうとしている。



 しかし……



 一歩踏み出そうとしたその瞬間、ルヴィア像がもう一度輝き、台座からツカサ殿がひょっこりと顔を出した。



『「「「なっ!?」」」』



 台座に近づこうとした全員が慌てて足をとめる。


 いなくなったと思ったらすぐ戻る。それを驚くなという方が無理だ。



 ツカサ殿は少々呆れたように、ルヴィア像を振り返り苦笑いを浮かべた。


 また我々はわけもわからず、呆然とそのお姿を見ているしかできなかった。



 ツカサ殿は頭をかき、床に転がっていたオーマ殿を拾い上げ、口を開いた。



「世界を救えと女神様に頼まれちゃったよ」



 やれやれと、どこか自嘲するかのように笑った。



 その言葉に、拙者達の感じた衝撃はどれほどのものだったろうか。正直、あまりにとんでもなさすぎて逆に驚けなかった気もする。


 むしろ、ツカサ殿ならば創生の女神でも手に負えないことをまかされてもおかしくはないと思っていたからだろう。


 女神さえサムライのツカサ殿に頼るのかと、さすがツカサ殿と声に出したいくらいだったが、拙者の体は動けなかった。



 やはり、世界を救えという言葉に、拙者の体は大きく驚いていたのだ。



「せ、世界って?」


 唯一声を出せたのは、マリン殿だった。あれほど驚きの発言を聞いてこんなに早く動き出せるとはさすが年の功。なんて思ったら一瞬睨まれた気がするのはきっと気のせいであろう。



「女神様が言うには、今この世界は崩壊の危機に瀕しているらしい。さっきの地震はその前兆で、今は影響を女神様がなんとかおさえているけど、そのおさえも効かなくはじめている。一刻も争う事態らしいんだ」


「……なんと」



 拙者は言葉を失った。



 それほどの事態が、誰も知らぬうちに引き起こされていたとは……



「それで、世界を救うために、どうするわけ?」



「どうって、目的は変わらないさ。西の果てに行って、復活のせまるダークカイザーのところへ行くんだ。それで、世界は救われる」



 そう言い、ツカサ殿は微笑んだ。



「「っ!」」


 ツカサ殿の言葉に、拙者とマリン殿は言葉に詰まった。



 今まで西の果て。ダークポイントへむかうということは聞いていたが、ここに来てついにツカサ殿の明確な目的が語られたからだ。


 予測していたことだが、やはり先代サムライ達がなし得なかったダークシップが主、ダークカイザーの討伐がツカサ殿の目的であった……!



 そして、女神ルヴィアに頼まれたということは、ダークカイザーはこの世界を生み出した神でさえ手に負えない存在なのかと戦慄を覚えた。



 ツカサ殿は、それと戦い、それを打ち倒さなければならないなんて……!


 まさに、神に選ばれた戦士。さすがツカサ殿。偉大なお方だ!



 そんなツカサ殿とともに戦えるなんて、拙者はなんと幸運なのだろう!



「な、ならば拙者も力の限りツカサ殿についてゆきます!」



「いや、ごめん。それだと(女神の加護で)守りきれるかわからない。悪いんだけどマックス、リオ。一緒の旅はこれで終わりだ」



「へ?」

「え?」

 拙者もリオも、一瞬ツカサ殿の言っている意味がわからなかった。



 だが、なぜかはすぐにわかった。



 創生の女神さえサジを投げ、何人ものサムライが命を賭けてやっと封印に成功したバケモノ。それと戦うという時、守らねばならぬ足手まといを連れてゆく余裕などあろうはずもなかった。


 だからツカサ殿は、旅はこれで終わりだと言っている……!



 拙者は強く拳を握った。涙が出るかと思うほどに悔しい。



 なんとかしてツカサ殿とともに行き、力になりたい。だが、それはツカサ殿の足手まといにしかならないことを拙者は知っていた。


 あのテルミア平原での決戦を目の当たりにした拙者はそう確信する。



 ダークロードとの決戦。あの中で、全ての騎士はツカサ殿の足手まといであり、マリン殿の魔法で救出されなければツカサ殿は全力を出せなかった。命の盾でしかなかったのだ。


 それよりも強い存在を相手にしに行く時、未熟な拙者がついてゆくのはまさにツカサ殿の邪魔をするという意味にしかならなかった……!



 ゆえに、ツカサ殿は先ほど旅は終わりだと……っ!



 拙者は、悔しくて拳を握ってうつむくしかできない。


 ツカサ殿のためにできること。それは、なにもせずツカサ殿を見送るということが最善なのだ……!



「だから、マックス……」


 ゆっくりと、ツカサ殿が拙者の名を呼ぶ。



「あとは、頼んだよ」

「っ!」


 拙者は下げかけた視線をあげ、ツカサ殿を見た。


 ツカサ殿は笑顔だ。



 別れの、笑顔だ。



 それを見た瞬間、拙者の瞳から涙が溢れ出してしまった。


 なぜかわからないが、涙がとまらなかった……




──マリン──




 サムライ君。いえ、ツカサの宣言を聞き、マックス君が滂沱の涙を流した。最初は悲しみ。次は嬉しさをふくんだ、結局悲しい涙……


 そりゃそうよね。あの子は戦いに関してはまさに天才だ。サムライと自分の差は、前回の決戦ですでに理解している。あの子がついて来いといわない限り、自分が足手まといでしかないとすぐに理解したんだわ。


 同様に、私も同じだ。私にもとめられるのは、魔法。だが『闇人』に魔法は効かない。最初から戦力なんかに数えられてもいない。どれだけプレートを持とうと、私は無力……



 私にできることは、彼が死地にむかうのを見送ることだけ。



 本当に、気にいらない。気にいらないけど、魔法の通じないヤツ等に、魔法使いの私がなにをできるというわけでもない。


 悔しくて、涙がでちゃいそうだわ。


「ねえ、ツカサ君」


「はい?」


「あなたは、それでいいの?」


 あなたはきっと確信しているはずよ。そこにむかえば、どのような運命が待ち受けているのかを。


 ダークカイザーと戦えば、どうなってしまうのかを。



 あなたほどの男なら、すでに知っているはずよ?



 だから私は、彼に問うた。



 ほんの一パーセントでも、私の得てしまった未来の予言を覆す可能性をあげるために……!



 ツカサ君は私の方を見て、首をひねった。私の質問の意味がわかっていないかのようだ。



「それでかまわないと思っていますよ。だってそれは、俺のためでもあるんですから」


 彼は、私にむかって笑いかけた。



 自分の、ため?



 私は信じられなかった。



 彼の視点は、自分など見ていなかった。彼は自分の運命などとうに受け入れている。あるのは、周りの者の幸せ。だから、そんな運命も笑顔で受け入れられる。死地にむかうとわかっているのに、これほど落ち着いていられる……!



「じぶんのっ……!」


 私は思い出した。彼の未来予知の結果を。



 彼の予知には、そのまま進めば望む世界が待っているとあった。それは、例え自分が消えてもかなえたいと願う世界。そこまでして彼は、世界を救いたいと願っている……!



 なんて子なの……!


 これが、サムライなの……!?



 私は彼の笑顔に、ただ圧倒されるしかできなかった。



「……本当に、いいのね?」


「ええ」


 私は、ため息をつくしかなかった。



 ダメだ。私ではもう、彼をとめられない。二百年も生きた魔女だというのに、代案も出せず、ただ祈るしかできないなんて、本当に情けない。



 災厄の魔女の名があきれ返るわ。


 私は説得を諦め、一歩うしろにさがった。


 私では、彼の意思を変えることなんてできないからだ。



 少なくとも、ここで消えてしまってもかまわないと思う気持ちを変えることはできない。



 それをできるとすれば……



「ねえ、ツカサ……?」



 ……きっと、彼女だけだろう。



 ゆっくりと、帽子をはずした男装の少女。リオちゃんが口を開いた。


 ツカサも、観念したようにその視線を彼女の方へと向ける。



「ツカサ、戻ってくるよね?」



 消え入りそうな、リオちゃんの声が場に響く。


 不安で、怖くて、それでも勇気を振り絞った言葉だった。



「……」


 彼は、無言だった。どこか困ったような表情を浮かべ、小さく微笑んでいる。


 なんて顔をするのよ。それじゃ、帰ってこれないと語っているようなものじゃない。



「そんな顔をするなよ。大丈夫。きっと戻ってくるから」


「っ……!」



 その優しい声が、逆に痛々しかった。



 明るく振舞っているが、その明るさこそが、かえってその可能性の高さを暗に示している。


 当然だ。これから戦う相手は、世界を滅ぼす存在。かつて女神ルヴィアに弓引いた邪壊王よりさらに邪悪な存在なのだから。



「……わかった。約束だぞ!」



 一瞬リオちゃんの顔が小さくゆがみ、唇をかんだが、彼女は笑みを作った。


 その笑みは、とてもとても、美しく見えた……



「ああ約束だ。だから、これを持っててくれ」


 ツカサ君はカバンに手を入れ、私の上げた重量軽減のかかった袋を取り出し、リオちゃんに渡した。


 確かあそこには、彼の全財産といえるお金が入っていたはず。



「これ……」


「しばらく使う機会がないからさ。預かっててくれよ。中身は、好きに使っていてくれていい。これだけあれば、この国で不自由なく暮らせるだろう。マックスも、マリンさんも、他にも旅してきた中で出会った人達もリオの力になってくれるはずだ……」


「……」


 リオちゃんは、手にのせられた袋から視線をはずし、ツカサの方へ目を向けた。


 二人の視線がしっかりと絡み合う。



「だから……」


「……」



「元気で、暮らせよ」



 優しい声が、響いた。



 誰が聞いてもわかる、お別れの宣言。



 それを聞いて、リオは笑った。



「うん。半分はおいらのとりぶんだからな。遠慮なく使わせてもらうよ。だから、半分は必ずとりにこいよ」



 半分。の理由は私はわからない。でも、この二人には通じる半分なのだろう。


 リオの笑顔を見たツカサは手を放し、きびすを返した。



「それじゃみんな、またな」



 リオちゃんの笑顔に見送られ、ツカサ君がそう言うと、さっきルヴィア像を包んだ光と同じ光に、ツカサ君が包まれた。


 これは、魔法じゃない。神の力。


 だからきっと、魔法では行けない場所にも行くことができる。そう、たとえば魔法を無効化する、ダークポイントにあるダークシップのところへ……



 光が瞬いたかと思った直後、彼の姿は、消えた……



「……」


 手を振っていたリオちゃんの手が、とまる。


 ゆっくりと、その手は力なくさがっていった。



「……」



「……よく、がんばったわね」


 彼女の瞳からは、とめどない涙があふれていた。



 私は彼女の頭に手をのせ、優しくなでてあげる。



「ツカサ、帰ってくるよね?」


「ええ。帰ってくるわ。あの子はとっても強いんだから、必ず勝って帰って来るわ……」


 気休めにもならない肯定の言葉だが、私に言えるのはそれしかなかった。



 現実逃避なのかもしれない。それでも、それでも帰ってくると信じたかった。



 彼なら運命さえ切り開いてくれると思いたかったから。



「もっと、もっと一緒にいたいよ。ツカサぁ……」


 ぽろぽろとなく彼女を抱きしめ、私は神殿の天井を見た。こうでもしないと、私まで涙を流してしまいそうだったから。


 彼女の方も、ついに限界が訪れた。



「うううう、あああ、わあぁぁぁぁ」



 堰を切ったように泣き出してしまった。


 いろんな思いがあるだろう。


 己の無力さ、弱さ、あまりに唐突な別れ。整理しきれない感情もあるだろう。



 だから今は、なにも考えずに泣きなさい。



 わんわん泣いて、スッキリしなさい。


 悪いのは、たった一人で死地に向かったあのサムライ君なんだから!



 だから、こんな可愛い子泣かして帰ってこなかったら、お姉さんは絶対に許さないんだから……!




 こうして世界の命運は、たった一人のサムライの手に託された……




 おしまい

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