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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
26/88

第26話 王都王立魔法研究所


────




 テルミア平原の死闘からしばらく。


 小さな平原で起きた突発的な戦いであったにもかかわらず、あの戦いの話は国中に広がっていた。


 それは、大臣に化けたダークロードの正体に気づいた王栄騎士団とそれに呼応する集団がその平原に追い詰め、追い詰められたダークロードは平原に仲間。ダークソードを持った『闇人』を呼び出し、両軍勢はぶつかり合い、激闘の末騎士団側が打ち倒したのだという話だ。


 その話では騎士団が大臣の話に騙されてサムライに喧嘩を売ったという話や、王の隠し子がいたから騙されたという話はまったく出てこず、十年前の生き残りであったダークロードの率いた軍勢をゲオルグ王子が打ち倒したという話になっていた。


 この話が流れたのは、下手に放置してあやふやな噂が流れるより、それならむしろ真実が混じった話を広めてしまった方が広まりやすいという考えがあったからだ。


 さらに水面下で、ダークロードを倒したのは今年マクマホン領で行われた武闘大会を制したマックス・マック・マクスウェルであるという噂が流され、これを聞いたマックスを知る者は、この戦いにサムライがひっそりと関わっているのではないかと推測ができた。


 同時にテルミアの村近くではかつて東の地で生まれた光の柱と同じような光も目撃されていたため、ダークロードとの戦いにサムライがいたという噂も広がってゆく。



 こうなればもう、話題はサムライ一色となり、王の隠し子や大臣に騙されたなどという真実に陽の目は当たらなくなった。



 誰もがダークロードと『闇人』の軍勢との戦いでピンチにおちいった王栄騎士団達をサムライが救ったのだろうと噂したからだ。


 表の話は、騎士達のプライドを守るためにつくろわれた話だと民は皆口にするのである。




 さらにもう一つ、騎士達には意図せぬ噂が広まった。


 決戦と同時期に悪党互助組織ビッグGが崩壊したという話が浮かび上がったのだ。


 決戦があった日を境に、約千人を数えた構成員が忽然と姿を消してしまったからだ。



 この崩壊についても、様々な憶測が流れる。



 サムライを恐れてついに他国へ逃げ出したとか、サムライがその本拠地へ乗りこみ一掃してしまったのだとか。テルミア平原の決戦で『闇人』側についていたとか、根も葉もない噂が流れたが、真相は闇の中である。


 唯一の事実は、その決戦の前後を境に、悪党互助組織ビッグGが消滅したということだけだ……



 そして最後に、まことしやかに噂されることがあった。


 それは、ダークロードが生き残っていたことにより、地に墜ちたダークシップの主。世を闇の絶望におとしいれた存在。『ダークカイザー』が復活するという噂が。


 しかし、人々はその恐怖の噂に絶望することはなかった。


 なぜならサムライが、西にむかって旅をしているという噂も流れていたからだ。


 力なき民は信じていた。今噂のサムライならば、きっとその闇を打ち払ってくれるだろうと。



 誰もが、信じていた……




──マリン──




 さてさてついにやってきたわね王都キングソウラ。


 私はちょっと前までここにいたけど、サムライ君ご一行はやっと到着って感じよ。



 サムライ君とその弟子マックス君は目的地。ここから西にある禁断の地、『ダークポイント』に入るための許可をもらいに行っている。


 王様と謁見して直接許可証をもらわなきゃならないんだから大変よねー。


 私とリオちゃんは別行動。リオちゃんは前回の事情から王様と会うのは色々思うところがあるみたいだから、私についてきた。



 王都にも私の魔法研究所はあるんだけど、今はそこに腰を落ち着けるわけじゃなく、王立魔法研究所所長、アーリマン先生に会わなきゃいけない。


 この前の一件を説明してあげなきゃいけないからだ。先生の使い魔はあのサムライ君の本気に巻きこまれて途中で破壊されちゃったらしくて結果がどうなったのかわからなかったらしいのよ。だからちゃんと説明しろってうるさくてさ。

 手紙で説明したってのに、直接説明しに来いと使い魔を送ってきてまで急かすんだもの。嫌になるわ。ぷんぷん。


 そんなわけだから、私はリオちゃんを連れて、我が母校ともいえる王立魔法研究所へやってきたわけなの。


 ああ、ここの正門から堂々と入るの何十ね……何ヶ月ぶりかしらね!



 侵入者を拒む魔力をこめられた重たい扉がゆっくりと開いてゆく。魔力が流れるたび門に魔力の光が流れるのがけっこう綺麗なのよね。



「わあー」

 それを見て、リオちゃんが声を上げた。


 こういう反応は、やっぱり歳相応の女の子よね。


 門が完全に開くと研究所の庭が見える。


 私達はそこへ足を踏み入れた。



 がしょんがしょんがしょん。

 ぎぃー。ぎぃー。ぎぃー。



 敷地に足を踏み入れた直後、そんな音が庭から響いてきた。


 私達の目の前。研究所の庭を様々な魔法人形、ゴレムが歩き回っていたからだ。



 巨大な人型から人間サイズの人形、動物型に不定形の魔法人形が動いている。



 どうやら今日は、ゴレム作成の実習の日だったらしい。


 簡単に言えば、魔法人形を動かしてその出来や動作を評価される一種の祭りみたいなものだ。


 ゴレム同士を戦わせたり、その速度を競わせたりと、色々な競技が行われているはずだ。



 敷地内に入るまでこの喧騒が聞こえてこなかったのは、敷地を隔てる壁に魔法が走らせてあって、内と外とを隔絶する結界がはられているからだ。


 だから、こうして中に足を踏み入れないとこの喧騒には気づけない。


 これは、いつも外へ迷惑かけることの多い魔法実験から外に迷惑をかけないようにとの配慮らしい。決して私が色々やらかしてそれから結界がはられたとかそういうことは絶対ないから心しなさいよ!


「これも、魔法?」

 動き回る魔法人形を指差し、リオちゃんが私を見た。


「ええ。魔力で動く人形よ。材料は土くれから木製、金属。なんでもありで、単純作業をやらせたりとか、人が入るのには危ない場所を調査させたりとか、色々と重宝される魔法なのよ」


 鳥型のゴレムを連絡用の使い魔として使っている魔法使いもいるし、ちょっとレベルが高くなると人間と同じような思考が出来る超高性能メイドタイプをつり出したりも出来るようになる。


 魔術触媒の粉を作る時や、魔法の霊薬を作る時釜をかき混ぜるのを任せたりと、ゴレムの作成は魔法使いになくてはならないものよ。


 まあ、お金を払って人間を雇ってもいいわけだけど、魔法使いってのは偏屈な子が多いから、あっさり逃げ出されるよりはゴレムを使った方が楽ってのもあるんだろうけど。


 それ以外にも、触媒を作っている際爆発すると人間じゃ大変なことになるからって理由もあったりする。


 ちなみに王都にある私の研究所にも自立型高性能メイドタイプゴレムがいるけど、頭がよすぎて口うるさくて困るのよねぇ。



「すげー!」


 リオちゃんがゴレム達を見て、また目をキラキラ輝かせた。



 ふふっ。なんかこういうのを見ると初々しくて懐かしい気持ちに……って、そう思うのはもう若くない証拠! こうなったら私も目をキラキラさせないと!


「そうよね。みんなすごいわよね!」

「ああ!」


 そう話しながら、私達は歩く。



「お、おい、あれ……」

「あれ、ひょっとして……!」



 庭に足を踏み入れ、研究所にむかい歩いていると、私の声を聞きつけたのか、ゴレムを見物していた研究員か生徒かがこちらを振り向いた。


「やっぱりだ。あそこにいるのは……」


 ひそひそと話す声に気づいたのか、リオちゃんも私の顔を見る。



 あーらやだ。有名人はつらいわね。



 どうやら入ってきただけでバレちゃったみたいだわ。まあ、しかたがないわよね。私はこの研究所兼魔法学校のレジェンドなんだから!


 でも、先着三十名くらいにならサインをしてあげてもよくってよ?


 ふふっと笑い、懐に手を入れた。



 その瞬間。



「伝説の魔女マリンだー!」

「逃げろー!」

「捕まったらなにをされるかわからないぞー!」

「助けてー!」


 私が懐に手を入れた瞬間、目の前から一斉になにもかもが逃げ出した。


 魔法使いとは思えないほどみんな俊足だった。



「……」

 やめてリオちゃん。距離をとりながら無言でじとっと見るのはやめて!


 ここで私を一人にしないで!




──リオ──




 マリンから距離をとろうとしたらすがりつかれたから、しょうがないので一緒にいてあげることにした。


「伝説の魔女じゃないもん。ちゃんと貢献したもん」


 おいらの裾をつかんでぐずぐずしながら歩いている。今日はこのゴレム実習とかで祭りみたいな騒ぎになっているってのに、おいら達の周りには人がまったくいない。なぜなら、みんなマリンを見たらそそくさと逃げるから。


 研究所ってところへ向かって歩いているんだけど、前に進むたび邪魔をする人垣は綺麗に割れて周囲から人がいなくなっていくからだ。


 伝説ってのは確かに間違ってはいないんじゃないかな?


 歩きやすくなった道を歩き、おいら達は研究所の研究棟へと入った。



「ほら、もうもう研究所入ったぜ。いい加減泣き止めよ」


「うん。慰めてくれるの?」


「なぐさめねーよ。自業自得なんだろどーせ」

 今までの言動を考えりゃ十分ありえたことだろ。


「ちえー。もういいもん。さっさと先生に八つ当たりして自分の研究所かえる!」


「はいはい。それじゃあさっさと行こうぜ。その所長さんのところへ」


「そうねー。それじゃ、さっさといきましょうか!」


 けろっと元に戻ってマリンは歩き出した。


 こいつ全然ダメージうけてねぇな。実際は。



 マリンの案内で研究棟をあがってゆき、三階建ての棟のてっぺんから突き出した塔の一番。階数にすると五階の部屋にやってきた。


「せんせーい。マリンきましたよー」


 こんこーんとマリンが扉をノックする。

 すると無言でその扉がゆっくりと開いていった。


「入れって」

 マリンに手招きされ、おいらも一緒に部屋に入っていく。



 部屋には所狭しと本が並べられ、大きな窓を背負って執務机にむかっている老人がこちらを見た。


 いかにも魔法使いといった風の姿をしている。長い髭に、帽子かけには三角帽子がかけられ、おいらがイメージする魔法使いってイメージのじいさんだ。



「やっと戻ってきたか。なぜお前は時間が守れないんだろうな……」


 手を組み、ため息をつきながらその組んだ手におでこを乗せた。

 ああ、この人もなんか苦労している雰囲気がありありと出てる。



「それはそれ。サムライ君と一緒に来ると使い魔に手紙を持たせて伝えたじゃないですか」


「お前の手紙はわかりにくくてどうしようもないんじゃよ。せめて魔法記録球を使ってくれ」


「それはちゃんと今日届けに来たんですからいいじゃないですか。逃げずにきたんですからむしろ誉めてくださいよ」


「それもそうじゃな」

 苦笑いをして、ため息をついた。



「それで、そちらが例の娘御かね?」



 やんやとやりとりしているのを見ていたら、不意においらへ視線がきた。


 一度所長というこの人に顔をあわせてくれと言われたから来たけど、なんのようなんだろう?

 この口ぶりからして、この人もこの前のこともおいらのあの噂話のことも知っているんだろうな。


「そうです。この子はリオちゃん。そしてこっちが私をあそこに行けと呼びつけたアーリマン先生よ。もっと早く教えてくれればあんなギリギリじゃなくいけたのにね」


「自慢げにため息ついているところ悪いが、ワシの呼び出しにギリギリまで答えなかったお前が言うでない」


「てっへー」


「可愛く笑っても誤魔化せんぞ」


 またこの老人。アーリマンさんがため息をついた。


 ホント、このマリンて人は自由だなあ。



「まあ、報告にきちんと来ただけでも上出来とするか」

 アーリマンさんがうなずくと。マリンもそうでしょうそうでしょうと大きくうなずいた。



「ともあれ、ワシがこの王立研究所所長のアーリマンじゃ。はじめましてじゃな。リオ君」


「は、はい。はじめました」


 髭の間にある口元が優しく持ち上がり、その優しげな視線がおいらにむけられた。


 じっと、おいらの姿を見つめてくる。



 なんか緊張して、おいらは頭をさげるのが精一杯だった。



「うむ。まっすぐなよい目をした子じゃ。今回のことは災難じゃったな。ワシ等王立魔法研究所は君の味方じゃから安心するといい」


「は、はい」


 優しく言われ、おいらは背を伸ばした。

 敵、味方という区切りはあまりぴんとこないけど、ひとまずよいことだと受け取ってこよう。


「さて。ワシはこのバカ弟子からこの前の一件の報告を受けねばならないが、君はどうするかね? 君が見たことをもう一度見るようなことになるが」


「?」

 どういうこと? というようにおいらはマリンを見た。



「私がまとめたあの戦いの一部を記録した魔法球を見るってことね。あの戦いを見ていたのならおんなじのをもう一度見ることになるってことよ」



「ああ、そういう」

 説明するんじゃなく見るだけならおいらが一緒にいてもしょうがないな。


「なら、おいらはこの研究所の中見てまわってきてもいいかな?」

「うむ。かまわんぞ」


 アーリマンさんがうなずいた。



 なら、ここを見てまわらせてもらおう。



「あ、ちょっと待って」

 部屋から出て行こうとしたところでマリンにとめられた。


「なに?」

「私もすぐ出るから、外でちょっと待ってて」


「は?」

「は?」

 マリンがにこりと微笑んだ瞬間、おいらとアーリマンさんが目を点にした。


「それじゃ、リオちゃんはちょーっと外出ててねー」


「え? ちょっ?」

 おいらは背中をぐいぐい押され、そのまま部屋の外へ放り出された。


 すぐ追ってくるってんなら部屋にいたままでよかったじゃねーかよ!



 放り出される時、部屋の中でアーリマンさんが唖然としていたのが印象的だった。


 アーリマンさんも完全に振り回されているな……




────




 リオがマリンに背中を押され部屋の外に放り出され、その扉がぱたんと閉まった。

 にこりと微笑んだマリンが振り返り、アーリマンを見る。


「それじゃ先生。あとは魔法記録球を見てくださいね。私も大活躍していますから!」

 魔法記録球をアーリマンの執務机に置き、マリンはもう一度微笑んだ。


「いやいや。記録だけでなくそれとともにお前の説明を……」


「そんなの見ればわかりますよ。説明不要です!」


「不要なのかね」


「ぶっちゃけ私じゃ説明できませんよあのサムライ君のことは!」


「そうなのかね……」

 えっへんとふんぞり返ったマリンの姿に、アーリマンはため息をついた。


「そんなことより!」


「お前にとってはそんなことなのか……」

 しかし、マリンの表情がかわり、アーリマンも表情を改める。



 とても真剣な表情をし、マリンはアーリマンを見つめたのだ。


 これほど真面目な顔をマリンがするのはとても珍しい。ゆえに、アーリマンもその顔をじっと見返す。



「先生は、どう見ます? あの子を。私は……」


「……ワシはその件に関してはノーコメントじゃ。なにかを口にすればまた火種になりかねん」


「そうですか。思いっきり答え語っちゃってますけど」


「それでもノーコメントであればなにも動きはない。ワシとて顛末は把握しておる。じゃからノーコメントじゃ。お前も変なことを考えるでないぞ」


「しませんしません。下手なことをするとあのサムライ君が敵に回っちゃいますからね」

 アーリマンの言葉に、マリンは真面目な顔でふるふると顔を振った。



「お前がやらないと断言するほどなのかねそのサムライは……」


 常に場を混乱させる性格であり、様々な場所で災厄の魔女などとも言われる彼女がこれほどの話題を前にしてやらないと言い切る。


 それは、そのサムライがどれほど恐ろしいのかを物語っていた。



「ほら、これだけ説明すればあとはもう説明必要はないでしょう?」


「……そうかもしれんな。やはり彼は、本物のサムライなのか」


「本物も本物ですよ。前に来たあの人達の倍以上に強いサムライでした。正直あんなの敵に回すとか考えたくもない」


「そうか……」

 アーリマン重々しくうなずいた。


 その強さの証明が、目の前においてある記録魔法球に収まっている。



 ごくりと喉を鳴らし、それを手に取った。



「じゃ、そーいうわけですから、あとの説明はまたあとでー」

 いつものふざけた雰囲気に戻り、彼女は手をひらひらとさせ廊下へと出て行った。


 アーリマンもしまったと手を伸ばしたが、その体は扉をこえて廊下へと出てしまっている。



「さーリオちゃん、一緒に行きましょー」

 そう声が部屋の中まで聞こえ、ぱたんと扉が閉まった。


 アーリマンはその扉を見て、ため息をついた。



「あの性格がもう少しマシなら、間違いなく次代を任せられるんじゃがなぁ」


 間違いなくそれは実現しない。そう感じながら、アーリマンは魔法球を起動させる。


 当事者の解説がないのが残念だが、あの子が見ればわかるというのだから、それは間違いではないのだろう。



 アーリマンはそう確信し、サムライとダークロード。そしてダークソードを持つ『闇』の軍勢の一戦が映し出されたそこへ視線を向けた。




──ツカサ──




 王様と謁見し、無事西にある立ち入り禁止区域への立ち入り許可証をもらうことができた。


 しかし、王都に来てこんなにすぐ、しかもあっさり許可がもらえるとは思わなかった。普通王様に会ったりするのって時間がかかったり色々審査されたりお役所仕事だったりで何日も時間がかかると思っていたけど、そうじゃなかったようだ。


 なぜか。と思っていると、マックスの知り合いであるゲオルグ隊長が先に根回ししてくれていたらしい。


 いつこの件のことをマックスが伝えたのかは知らないけど、ありがたいことだ。


 城の前で出迎えてくれたゲオルグさんがいたので感謝の言葉を伝えようとしたら逆に謝罪で頭をさげられたから驚いた。


 謝られる心当たりはなかったので、なぜ謝るのですかと聞き返したらものすごい感激された。不思議だ。



(やはり、この方はとんでもなく大きな器を持っている!)

 頭を下げたゲオルグは、ツカサが先日の襲撃の件に関してまったく気にしていない態度を表したことに感動した。


 あの時オーマが言ったとおり、忘れてしまったかのように水に流しているのだ。

 その器の大きさに大変感動し、サムライはすげぇと感動したようだが、ツカサはなぜ感動されていたのかさっぱりわからない。


 そりゃそうだ。あの時彼は寝ていただけなんだから。



 謁見する際はゲオルグさんとマックスに作法を教わってオーマを手放していてもスムーズに進めることができたから、改めて礼を言ったんだけど、一体あれはなんだったんだろう?


 ともあれ、王様から無事許可証はもらえ、俺はリオと合流するため、一人で王立魔法研究所というところを目指して歩いていた。


 なぜ一人なのかと言えば、マックスは王都にある実家の所有する屋敷によっているからだ。マクスウェル家が王様や王都で用事がある時に利用する別邸なのだそうだ。やっぱり大貴族ともなると宿をとるくらいなら家を持っちゃった方が楽なんだろうなあ。


 今そこに父親が来ていてちょっと挨拶に行くのだという。



 一緒にどうかと言われたが、わざわざ親子水入らずのところにわってはいるのもなんだから遠慮しておいた。



 というわけで俺は一人で王都を歩き、合流場所である魔法研究所にやってきた。


 マリンさんから渡された入場用の承認カードを門番に見せて中に入れてもらった。



 これがないと正面から入れないというのだから、現代にも負けず劣らずなセキュリティである。さすが魔法。



『っと、入り口近くにリオのヤツの反応があるな』

「ちょっと待たせちゃったか」


 巨大な門が開きそこをこえると、世界が一変した。


 中に入ったとたん、すごい光景が飛びこんできたからだ。



 なにか巨大なモノが宙を舞い、それが門近くにある壁にぶつかりずずぅんという音を立てた。


 横に顔を向けると、なんか八メートルくらい大きさのありそうな岩の人形が壁にぶつかって倒れている。



 庭には他にも木でできた兵士みたいなのとか、雪だるまっぽい形の粘土みたいなのや、馬みたいな人形や土でできた人形などなど、たくさんのそれが庭に転がり、その中心にはまるで勝利宣言するかのように右手をあげている熊のぬいぐるみっぽい人形がいた。


 なんというか、でっかいロボットが戦いあったような光景である。



「なんじゃこりゃ?」

 俺は門から足を踏み入れたまま唖然としてつぶやいた。


 いつの間にこんな怪獣大暴走の世界に迷いこんだんだ? というかなんでここに足を踏み入れるまでこんな大騒ぎに気づかなかったんだ?



『そうか。外にこの大暴れの音が聞こえなかったのは敷地の壁に魔法がかけられていて、この敷地の中と外は異界になっているようだぜ。だから外に音が漏れず、騒ぎの気配も感じられなかったってわけだな』


 オーマがなるほどと一人で納得している。



 なるほど。よくわからないけど、そういうことか! よくわからないけど!



『それで、あそこで暴れていたのは魔法で作られた人形。ゴレムだな。魔法使いが作り出す自動人形で、いろんなことをやらせるために作り出すサーバントだ』


 つまり、現代でいえば介護ロボットのすごい版ということか。さすがファンタジー。魔法という存在を使えば現代の技術も楽々に超えてしまうんだからすごいよな。


 魔法があれば石で作られた人形もゴムのように滑らかに動くし、ぬいぐるみがそれを逆に返り討ちにしちゃったりもできる。


 さすが魔法。すげー。



「つーか、それはわかったけどさ、オーマ」


『なんだ相棒?』


「なんでこんな阿鼻叫喚な絵図になってるの?」


『相棒にわからねぇならおれっちもわからねぇってもんだぜ』


「ええー」

 そう言われたらなにも言い返せないじゃないか。



「マリンねーちゃんが調子に乗った研究者に挑発されて、ゴレム対決ってヤツに乱入してそいつらふくめてそこで待機してたゴレムを全部ぶっ飛ばしちゃったんだよ。んで、あの真ん中で勝利宣言してるぬいぐるみみたいのがマリンねーちゃんのゴレムさ」


 後ろから声がした。


 この声に聞き覚えがある。これは、リオの声だ。入り口近くにいると聞いていたけど、どうやら門のすぐ横で待っていてくれたらしい。


 そして、この騒動はあのマリンさんが引き起こしたことか。予想通りというか、見事なトラブルメーカーだな。



「ああ。り……お?」


 ここにいたのか。と続けようとしたが、声が続かなかった。


 振り返った俺は、リオの姿を見て言葉を失ってしまった。



 そこには、リオがいた。



 でも、いつものリオじゃなかった。いつもと格好が違う。普段は大き目のズボンに男物のシャツと大きめな帽子を被って髪を隠しているが、今は上品なスカートとヒールをはいて綺麗な女物のシャツを身にまとい、おめかしをしていたのだ。


 うっすらと化粧もしているのか、唇が綺麗な紅色で、髪には俺がしばらく前にプレゼントした髪飾りが光っている。


 俺はそれを見て、声を失って唖然としてしまったのである。


『……』

 オーマも声も出せず呆然としているようだ。



「な、なんだよその反応!? おいらだって困ってんだ。マリンのヤツが無理矢理着せ替えてさ。変なら変と笑えよ!」



「いや、笑えないな」


「笑えないほどひどいってことか!?」



 俺の言葉に、着飾ったリオはがびんとショックを受けた。



「あ、いや、違う違う」

 ショックを受けたリオに、慌てて手を振って否定する。



「笑えないってのは変という意味じゃない。なんというか、その……」


 口にしようとして恥ずかしくなってきた。

 もう一度リオの姿をじっと確かめて、間違いはないと確信して俺はうなずく。



「ちゃんと似合ってて、とても綺麗だから馬鹿にできないって意味だよ」



 俺はちゃんと思ったことを言葉に表した。


 元々リオは顔立ちも整っているんだから、こうしてちゃんと整えれば綺麗に仕上がるのも当然の話だ。



 だから俺は、自信を持って目の前のリオにそう伝えてやった。



「へっ?」


 俺からそんなことを言われると思っていなかったのか、今度はリオの方が変な顔をして目を点にした。


 直後、リオの顔がかあぁぁぁと真っ赤になってゆく。



 なんとも可愛い反応だ。



 こういう姿を見ると、地球にいる妹を思い出す。


 あれも服を誉めると、こうして顔を真っ赤にして逃げ出していたっけ。



 妹ということで、ぴんと思いついた。カバンから携帯を取り出し。



「リオー」


「な、なんだよ!」


「笑ってー」


「へ?」


 カシャっと、その姿を携帯のカメラに収めた。うん。驚いているけど、よく取れてる。


「よく似合ってるぞ。その格好。やっぱり、その髪飾りはそういうちゃんとした女の子の格好にこそ似合うな」


「う、うっせー! もうそれ以上おいらの格好のこと口にするなー!」


 ああ、口を開けば台無しだった。


 近くに寄ってきてみるなと俺の体を庭の方へと向けさせようとする。


「わかったわかった。もう言わない」

 背中をぽすぽすと殴られながら、俺はそう約束した。


 さすがに俺も、何度も似合うとか可愛いとか綺麗だとか言うのは恥ずかしいし。



『けけけっ』


 オーマはそんな俺達を見て笑っているだけだった。




──リオ──




 うううううー。恥ずかしい。なんて恥ずかしいんだ。


 あの所長であるアーリマンさんのとこを出たら、マリンがまだ時間があると言い出しておいらを強引に研究棟の一室にある部屋へと連れこんだ。


 なににも使われていない部屋みたいだけど、マリンはここが都合がいいと部屋の中央へわたしを放り出して舌舐めずりをする。



 なにやら呪文を唱えて、あれは私の服を今着ているこの女物へぽーんと変化させやがった。



「な、なにしやがる!」

「うん。よく似合ってる。あ、ちゃんと髪留めは残しておいたから、それを使って髪を……」


「って、話を聞けー!」


 わたしの言葉を無視してマリンはおいらの頭をいじりはじめる。



 抵抗もむなしく、帽子に隠すためまとめた髪の毛も解かれ、綺麗にすかされて髪留めを装着されてしまった。



「はい。完成!」

 とん。とどこから取り出したのかわからない姿見の鏡をわたしの前に出して、マリンはその姿をわたしに見せつける。



「……これが、わたし?」



 姿鏡を見て驚いた。とても綺麗だとは思うけど、これが、自分だとは思えなかった。



「うん。綺麗ね。さ、これでサムライ君を出迎えてらっしゃい! ついでに今日のゴレム実習は一種のお祭りみたいなものだから、一緒に見てまわるといいかもしれないわね。幸い、あのマックス君は別のところへ寄ってくる予定があるし」

 マックスのヤツは一度実家の屋敷に寄ってくるって言っていた。


「そ、それって……!」


「そう。私がいなくなれば、めでたく二人きりでデートなのよ!」


「ななーっ!?」


 おいらはびっくりして飛び上がった。

 そんなの、できるわけないじゃないか!


「ふふっ。残念ね。その服はサムライ君とデートをしないと元に戻らないのよ! だからおとなしくデートするしかないの。わかった!」

「ええー!?」


 なんてことを言い出すんだこの魔女。



 元に戻らないと、こ、困るじゃないか! 本当に困るよ。おいらの服なんだから。



「しょっ、しょうがねーなー。なら従ってやるよ。こんな服でいつまでも過ごすなんておいら困るからな。な、なんだよその顔! なんでそんな頬を膨らませているんだよ。自分で言ったくせに!」


「べっつにー。それじゃ決まりね。あとはあのサムライ君を驚かせちゃえばいいわ。いっくわよー!」


「……あんた絶対今の状態楽しんでるだろ」


「うっふっふー。そんなことないわよー。おねーさんはね、人の幸せを願ってやまない聖人なんだから!」


「……」


「ああ、無視していかないで!」


 なんでわたし、こんな魔女と一緒にこっちに来ちゃったんだろうなあ。



 心の中でため息をつき、それでもこの呪いを解くにはツカサとで、デートをしなきゃいけないみたいだから、仕方なしにマリンの言うことに従うのだった。


 本当に仕方なしなんだからしかたない!



 一度庭に出ると、マリンは外にいたゴレム実習の生徒か研究員に喧嘩を売られ、ぬいぐるみみたいな姿をした全高十メートルを超えるゴレムを生み出して大喧嘩をはじめた。



 わたしはそれを尻目に、ツカサが入ってくる入り口の近くで待つことにした。


 庭のリングでどたんばたんと暴れているゴレム達は大きく注目を集めていたけど、たまにわたしを振り返ったりする人がいたのはなんなんだろう。



 やっぱり、こんな服装にあわないんだろうかと、わたしは入り口の影に隠れて潜んでいた。



 重い鉄の扉が開き、ついにツカサがここに入ってきた。


 ツカサは目の前に広がる庭のリングで繰り広げられるゴレムバトルを見て、唖然としていた。



 さすがのツカサも、大暴れするあのマリンぬいぐるみには唖然としたみたいだ。



 そりゃそうだ。あんな可愛いぬいぐるみがルール無用の残虐ファイトをしているんだから。さすがのサムライも唖然とするよ。


 困惑している二人に、おいらは後ろから声をかけた。



 あそこで勝利宣言しているのがマリンのゴレムだと聞いて、ツカサは納得したようにうなずいて振り向いた。



 そしたら、わたしの顔を見てツカサは固まる。


 ああ、やっぱりツカサも、わたしの姿は変だと思ったんだ。


『……』

 オーマも声も出せず呆然としているようだ。



「な、なんだよその反応!? おいらだって困ってんだ。マリンのヤツが無理矢理着せ替えてさ。変なら変と笑えよ!」


「いや、笑えないな」



「笑えないほどひどいってことか!?」



 そんなにひどかったのかこの格好!? おいらはツカサに言われて、すごいショックだった。


 マリンが勝手に変えた姿だけど、女の子の姿でそんなことを言われると、なんかよくわからないけど、ものすごいショックだった。



 でも……



「あ、いや、違う違う」

 ショックで頭が真っ白になっているおいらに、ツカサは大慌てで手を振ってそれを否定した。



「笑えないってのは変という意味じゃない。なんというか、その……」



 珍しく、ツカサが言葉を口にするのをためらっている。


 一体どういうことなの? ひょっとしてと、期待を胸にわたしはツカサを見る。


 ツカサはわたしの姿をじっと見て、なにかを確信したようにうなずいた。



「ちゃんと似合ってて、とても綺麗だから馬鹿にできないって意味だよ」



「へっ?」



 言われて、わたしは間抜けな顔を浮かべてしまった。


 一瞬、なにを言われたのかわからず、ツカサの言葉をもう一度反芻する。



『ちゃんと似合ってて、とても綺麗だ』



 理解したら、顔から火が出たかと思った。



「よく似合ってるぜ。その格好。やっぱり、その髪飾りはそういうちゃんとした女の子の格好にこそ似合うな」


「う、うっせー! もうそれ以上おいらの格好のこと口にするなー!」


 あまりの恥ずかしさにわたしはツカサの体をまだリングで勝利宣言をしているマリンぬいぐるみの方へむけさせ、わたしを見れないようにした。


「わかったわかった。もう言わない」

 ツカサがそう言ってきたので、わたしも了承することにした。


 ったく。なんて恥ずかしいことを言いやがる。



『けけけっ』

 オーマがそんなおいら達を見て笑ってたから、ぎろりと睨んでおいた。



「と、ともかくツカサ」

「なに?」

 背中をむけさせたまま、私はツカサに語りかける。



「今日は、ここゴレム実習っていうお祭りみたいなことやっているんだってさ。だから、おいらと一緒に回らないか?」


「へえ。文化祭みたいなものなのかな?」


「文化祭?」


「ああ、なんでもない。別にかまわないけど? どうせマックスが来るのを待たなきゃいけないしな」


「よし、なら決まり! 行こうか!」


 おいらはぐいぐいとツカサの背中を押して歩きはじめた。


 デートをしないと服が戻らないといわれたけど、戻らない理由を伝えたりしなくてもいいはず! だからこうしてツカサの背中を押していけば、見られることは……



「いや、さすがに一緒に行くなら隣でいいだろ」


『まったくだぜ』

 するりと体をひねられ、隣に立たれてしまった。



「……」


 ツカサがわたしの姿をじっと見る。


 じっと見られると、恥ずかしさのあまり顔が熱くなるのがわかった。



「だ、だからー!」



 わたしは顔を両手で隠す。


「いや、俺なにもしていないんだけど。それに、そんなに恥ずかしいなら着替え用意してもらおうか?」


「っ!」


 だ、ダメだ。なにがダメなのかはっきりとは言えないけど、それは、ダメ。


 どうせ服なんてその気になればいくらでも手に入れることができるというのに、それはダメだと思った。



「だ、ダメなんだよ。この服、元々きていたのをあのマリンが魔法で変えたから、ツカサと一緒に祭りをまわらないと元に戻らない呪いみたいのがかかっているんだ」


「え? マジ?」


『なんだそりゃ?』



「おいらだってなんだそりゃって気分だよ。でも勝手にやったんだから、どうしようもないだろ」



「確かにそれならしかたがないな。わかった。なるべく見ないようにするから、早くその呪いとこうぜ」


 悪い。とツカサは謝って、視線をわたしからはずした。



 恥ずかしさが消えるのと同時に、どこか物足りなさを感じてしまうのはなぜだろう? 見て欲しくないと思う気持ちと同時に、もっとわたしを見てと思うのはなぜだろう?


 どこかもやもやとした気持ちを感じながら、わたしはツカサの半歩後ろに立って歩き出した。




──ツカサ──




 リオが着替えていた理由にそんな原因があったなんて。


 服を魔法で変えられたのなら、元に戻す努力しないとな。別に新しい服を買えばいいってのもあるけど、リオが服を戻したいと考えているのなら従うまでだ。

 ひょっとするとあの服に思い入れや愛着があるかもしれないし、魔法だから服を変えてもあの女の子服装に変化してしまうかもしれないから。


 とりあえずその呪いを解くことに尽力せねば。



 俺はリオをあまり視界に入れないよう、半歩くらい前を歩きながら、この王立魔法研究所の庭を歩き出した。


 なんでも今日はゴレム実習というあの魔法人形達を使って色々やる日のようで、いわゆる祭りや縁日のような催しものの日なのだそうだ。


 ここは学校もかねているみたいだから、文化祭とかに当たるのかと思ったけど、どうやら文化祭という文化はここにないらしい。単純にリオが知らないだけかもしれないが。



 ともかく、祭りならこの中で屋台や研究棟の中で展示があるだろうから、リオと一緒に見てまわることにした。


 こうすれば、リオの服は元に戻るはずだから。



「……」


 ちょっと歩いてすぐ気づいた。



 後ろにリオが本当についてきているのか、わからない。



 なのでちょっと振り返り、リオがいることを確認する。でも、俺の視線から逃げるように人影が動いているのがわかるだけで、それが本当にリオなのかわからなかった。


 俺は小さくため息をついた。



「リオ。視界に入らないのはいいけど、はぐれても俺が気づかないから俺のどこかをつかむかしておいてくれないか?」


 オーマがすぐ気づけばいいけど、あいつけっこううっかりさんだからそのままはぐれるという可能性も捨てきれない。なので俺の裾あたりをつかんでくれているとあり……


「わ、わかった……」



 ……手を、ぎゅっと握られた。



 ありー?



 ちょっと予想外で、首をひねってしまった。


「こ、これではぐれないだろ?」


「そりゃはぐれないけどさ」



 おかしい。なんかおかしい。俺まで恥ずかしくなってきたぞ。なんだこれ?



(手、手を握ってしまったー! で、でもツカサがはぐれないようにって言ってきたんだからしかたないよね。つかめって言ってきたんだからー!)



 ツカサに言われ、テンパったリオはなにかをつかめといわれ、裾などは思い浮かばず手を握る以外につかむ発想がでなかった。



 ドキドキと胸を鳴らし、彼女は顔を真っ赤にしてその手をつかむ。




 ひとまず研究棟の展示なんかを見るため、建物に入った。



 入ってすぐに失敗だったと俺は気づく。


 なぜなら、展示物の主な展示はゴレムの理論やどういうものなのかをまとめた研究生の論文発表みたいなもんだったのだから。


 喫茶店や模擬店とか、文化祭要素はほとんどない。まさに実習の先にあるような発表会だった。



 祭りであるけど、俺の想像していたのとはちょっと違う!



 確かに魔法の本とかには興味あるけど、俺はこの世界の文字まだまったく欠片も読めないからどうしようもないんだよ!


「どうしたのツカサ?」


「いや、見てもさっぱりわからない」


「奇遇だね。おいらもだ」



 しかもこの研究棟の展示に見学者はほとんどいない。文化祭でどうでもいい展示でお茶を濁した文化部の展示を見に来る人くらいの人出だ。



 そもそもここ、祭りといいつつ一般人ほとんど来ていないんだから見学者もそりゃ少ないわな。


 なにかの実績とか主張しているのかもしれないけど、結局読めないからどうしようもない。



 ゴレム論文とかいう展示場(リオが読んだ)を後にして、隣の部屋へとむかう。


 そこは、一つだけとてつもない異彩を放っていた。



「……ゴレム占いの館?」


 暗幕が幾重にも張り巡らされ、その教室だけは展示というより占いの館を模したような形になっていたからだ。


 他のは堅苦しい展示ばかりだというのに、ここだけノリが文化祭なものだった。


「占いかー」

「どういうものなんだろうね?」


『せっかくだからよっていったらどうだ?』


「そうだな」

 好奇心が刺激された俺達は顔を見合わせうなずいた。


 すぐにリオが俺の視線に気づき、俺の顔をつかんでぐいと横をむけさせた。



 いたい。でもぷくっと頬を膨らませて俺の顔を押すリオは可愛かった。



 そのまま背中を押され、俺達はそのゴレム占いの館へと足を踏み入れる。



「いらっしゃーい」


 どこかエコーがかかったような声が奥から響いてきた。

 この声、どこかで聞いたことあるような……


『お?』


 オーマが声を上げる。どうやら自身のデータに登録のある人だったようだ。



「この音声は雰囲気を出すためなので、中の人が誰かとか気づいたりしちゃダメよー」


「……」

「……」


 この声が聞こえた瞬間、奥に誰がいるのかなんとなくわかった。



「ちなみに逃げたら爆発するからね!」



「ちっ」

「ちっ」


 俺もリオも即座にこの館から出て行こうとしたが、先に脅されて脱出できなかった。



『……もう誰か言ってもいいんじゃねぇか?』



「お黙り!」

 オーマのツッコミに声の主。マリンさんが声を荒げた。



「さて。これはゴレム占いの館。あなた達の目の前にいるゴレムがあなたの運勢を占ってくれるわ」


 ぱっと明かりがともると、庭のリングで勝利宣言をしていた熊のぬいぐるみの小さいバージョンがそこにいた。



 最初から隠す気ねーだろこれ。


「最初から隠す気ないのかよ」

『最初から隠す気ねーな』



 俺達全員の気持ちが一致した。



「占って欲しい人はウサギさんの前に突き出した五本の棒のうち一本を引いてね。そうしたら占いがはじまるから」



「……」

「……」

『……』



 今俺達は間違いなく頭の中でこう思っただろう。


 三人同時に思ったはずだ。



「熊じゃねーのかよ!」



「ウサギよ?」


 俺が代表して口に出したが、なにいってんのアンタ。というような口調で答えが返ってきた。



 どうやら俺達は完全に異界に迷いこんでしまったようである。魔法使いの美的感覚っておかしいよ。



「ちなみに占いの結果は五種類! 太陽のマークが一番で、次が月、星。そして大地で闇の穴が一番悪い結果だから!」


 早い話おみくじみたいな物のようだ。文字だったら結果がさっぱりだけど、マークならわかりやすい。上から太陽が大吉で月が中吉。星が小吉で大地が吉。そして最後の凶もしくは大凶が闇の穴というわけか。末吉がないけどまあ、数がそもそも違うのだからそれはそれだろう。



「やらなきゃ出してもらえないみたいだし、やるか。ちなみに俺は、こういうのを引くとたいてい悪い結果が出る」


 おみくじなら吉なんて滅多にひかない。人生で数度あるかないかで、あとは凶か大凶しかひいたことがないのが自慢だ!


「おいらはそもそもこういうのやったことないな」

『おれっちはそもそも引く手がねぇ』


「ならリオにやってもらおうか」



「いちおーお二人さんともやってもらいたいんだけどー? むしろサムライ君の結果が気になるわ!」

 むしろ興味をもたれてしまった。そう言われてしまってはしかたがない。


 というわけで、リオと俺とで熊。もといウサギのぬいぐるみの下にある棒をひくことになった。



 まずは、リオから。



 リオが棒を引くとウサギが動き出し、突然踊りはじめた。



 手を振り回し可愛く踊っている。踊っている。踊っている……!



「あ、そのまま棒を戻してくれると結果出るから」



『「「踊るのになにか意味があったの!?」」』



 心の声と言葉が完全に一致した瞬間であった。

 仕方なくしぶしぶとリオが棒を戻す。



 するとウサギが踊る台の下にあるスリットから、一枚のカードがにゅっと出てきた。


 こいつは完全にゴレム占いという名前をつけるためだけのウサギだな。



「なんのためにこれあるんだよ」

 きっとリオも、そしてオーマも俺と同じ気持ちだっただろう。


 結果は俺と一緒に見ようということで、手にしたカードを両手でおさえてリオが俺の方をうながす。



 なので俺も同じところをひいてすぐ戻した。



 というかカードが出てきたというのにあのウサギ踊り続けてんだけど、ホントになんの意味があるんだ。



 そして同じ場所を選んだら同じカードが出てきたらなんの占いだとツッコミを入れてやると俺は心に誓っていた。



「それじゃ、せーので見せてねー」


『なんでおめーがしきろうとしてんだよ!』


「じゃ、見せるぞ」


「いいよ。せーの!」


「ああん、無視なの!?」


 天の声を完全に無視して、俺達は手で隠していたカードをあらわにした。



 結果は……



「……俺は、闇の穴か」

「おいらは太陽!」


 俺が引いたカードは白地に黒の丸。リオの方は白地にオレンジの丸だった。


 宣言どおりで期待を裏切ってくれなくて俺はちょっとがっかりだ。



「宣言どおり過ぎてちょっとがっかりね!」


 言われなくてもがっかりしてるよ!



「ちなみにその闇の穴は日食ともかかっているからねー」



「へー」

 だから太陽が一番上なのか。


 リオの方は大吉の太陽でよかったよ。どうやら同じ棒を引いても結果が同じというわけではないようだ。単純に山になったカードから順に押し出されているって可能性もあるけど。


「はい。それがあなた達の今の運勢よ。ついでに裏に説明も書いてあるから参考にしてねー」



「あ、なにか書いてあった」

 げっ。読めない。しょうがないのでリオに読んでもらえるよう頼むことにした。



「リオ、ついでに俺のも読み上げてもらえる?」

「いいよー」

 カードを渡すと、快く引き受けてくれた。どうやら今は、運勢を読むことに夢中で格好のことは気にならないようだ。


「えーっと……」

 リオが自分のと俺の運勢評価を読み上げる。



『あなたは今闇の底からはいあがり、太陽に照らされたかのようにその光の世界を歩いています。これからも大きな困難があなたを襲いますが、周囲の人々の力によりそれを乗りこえ、祝福されるでしょう。例えその光が失われたとしても、あなたはもう一人でも大丈夫です。自信を持ってみずからの道をその足で歩いてゆきましょう』



『あなたは今、まさに困難の最中にいます。見知らぬ暗闇の中、多くの困難があなたを待ちうけ、苦しめるだろう。しかしそれでも歩みをとめる必要はない。あなたの目指すところにこそ、あなたの求める世界が待っているのだから』



 先に読み上げられたリオのおみくじは、実にいい結果のものだった。これから先も安心して行けるというのはほっとする要素である。



 なにせ俺は、目的地についたらいなくなってしまうのだから……



 意外にこのおみくじは的を得ているので、その先に関しても信憑性が高く感じられた。俺の求める世界が待っている。それはつまり、西の果てに行けば間違いなく帰れるということになる。


 今が闇の底なのは確かに間違いない。なにせここは右も左もわからない異世界。ホームシックにかかってしまうかと思うほど心細い世界なのだから。そこから求める世界が待っているなんていわれたら、そりゃ希望も持てるってことじゃないか!


「よかったなリオ。意外に信用できそうだぞこの占い!」

「うん。そうだね」


 えへへ。と俺の言葉にリオは笑った。そしてはっと気づいて、またぐいぐいと俺の視線を自分からそらそうと俺の顔を横にむけさせる。


 なんだろう、こうされるのがなんか楽しくなってきた。



『さて。これで占いも終わりだな? 爆発しねーんだな?』



「ええ。これでおしまーい。お疲れ様でしたー。運勢の結果はころころ変わるものだから安易に信じちゃダメよー」


『占いやったヤツがそれを言うかよ!』


 まったくだよ。


 俺とリオもため息をついて、このゴレム占いの館をあとにした。



 あ、そういやカードリオに渡したままだ。まあ、読めないから回収しなくてもいいか。




──リオ──




 占いの館を出て、わたし達は他の展示も見てみることにした。



 でも、他の企画は真面目なレポート形式のゴレム論とかばっかりで、一番楽しめたのはあの占いだったという結果に終わった。


 魔法に興味があってゴレム作成とかに興味があるならものすごい発表──わたし達の横で真剣かつ感心しながらそれを読んでいる人とかもいた──で楽しめる人は楽しめるんだろうけど、わたしもツカサも、そういうのに興味がないからさっぱりだった。


 外でやっていたゴレムバトルはマリンが一人勝ちして他の参加者全部潰しちゃったからもうやっていないし、速度を競うヤツとかも乱闘に巻きこまれて今復旧の真っ最中。再開されるのはもうしばらく時間がかかるだろう。たぶん、明日。


「正直もう見るのがないね」

「ないなあ」


 外を見てがっくりきたわたしのつぶやいた言葉に、ツカサが同意の返事をくれた。


 外を見ていたおかげで、ツカサから一歩遅れてしまった。



 だから、ちょっと急いで足を前に出す。



 でも、それがいけなかった。


 急いで歩き出したら、足首がかくんと横に倒れた。


 なれないヒールだから、うまく歩けず転んでしまったのだ。



「ふぎゃっ」



 間抜けな声を上げわたしが転んだことに気づいて、ツカサが振り返る。


「大丈夫か? 悪い。歩く速度速かったか?」

「う、うん。大丈夫」


 遅れたのはツカサが悪いんじゃなく、わたしが余所見をしていたせいなんだから。


 伸ばしてくれた手に、わたしも手を伸ばす。



 間抜けな転び方をしてはずかしいなあ。もう……!



「つっ!」

 ツカサの手に捕まって立ち上がろうとしたら、足首に痛みが走った。


『足首ひねっちまったか』


「なれないものはかされたからさ……」



 痛む足首をおさえ、わたしはため息をついた。 



「次こういうかっこうする時は、もっと低いヒールにしてもらわないとな」


「もうこんなカッコウしねーよ!」



「それは残念」

 ツカサはあははと笑い、軽くわたしの頭をなでた。


 なにそれ? その発言てつまり、またこういう姿を見たいってこと?


 あまりの発言にわたしの頭が混乱する。



 だから、これに続いて展開される事態に、わたしは反応も抵抗もできなかった……



「確か医務室は一階だったよな?」

『そう聞いてるぜ』


 そういえば、研究棟に入る時入り口で教えてもらったっけ。



「なら、ナビを頼むよオーマ」


『あいよっ!』

 そう言って、ツカサはわたしのことをひょいと持ち上げた。



 いわゆる、お姫様抱っこという形で。



「ちょっ!?」


 あまりに軽々と持ち上げられてしまいびっくりした。



 こんなかっこう……



「怪我人が暴れるなよ。医務室に行けば回復魔法使える魔法使いもいるだろうから、それまで少し我慢な」

「う、うん……」



 不思議だ。


 心臓がバクバクいって苦しいのに、嫌じゃない。

 暑いのに、なぜか心地いい。



 ツカサに抱きしめられて、恥ずかしいのに安心して、そしてとても幸せだった。



 医務室へとむかう短い時間。


 こんな幸せな時間がいつまでも続けばいい。


 ツカサと一緒にこうしてずっと旅をしていたい。



 わたしを運ぶツカサの横顔を見て、そんなことを思った。



 そんなこと、ありえるわけがないというのに……




──マリン──




 私は謎の占い師。どこかに名前が書いてあるとか言い出す子がいるかもしれないけど謎だからそのお口は針と糸で縫いあわせておきなさい。お姉さんとの約束よ。


 ちなみにリオちゃんにかけたあの服の変化は時間がたてば勝手に戻るから実はデートなんてしなくても問題なかったというのも秘密だからね。



 私のうさちゃんが、さっきの占いの結果を私が控える教室の後ろへ運んできてくれた。



 さっきの。というのは当然サムライ君とリオちゃんとの占い結果だ。他の子の占いなんて正直どうでもいい。あの二人の運勢を占うためにあのゴレム占いの館を急遽でっち上げたものなんだから。


 さらに正確に言えば、あれは今の運勢を占うようなものじゃない。あのカードの柄はそこまで重要ではないのだ。運試しという点で言えば確かにサムライ君の言うとおりだったけど、私の中で重要なのはあの文の方。あの文は、私の組み立てた未来予知の魔法によって刻まれた予言の一文なのだ。


 あの魔力触媒となる増幅プレートを使い、断片的だけど未来を予測するために私が生み出した運命をのぞき見る魔法。それがさっきの文章の正体なのである。


 これを読み解けば、未来になにが起きるのかが予測できるというとんでもない代物なの! さすが天才。私すごい!



 ただ問題は、まだできたばかりでこれがどれくらいの的中率なのかわからないということ。



 天才の私の上にあれだけの魔力触媒を使ったんだから絶対確実! と胸を張って言いたいところだけど、正直二人の未来を予測して、絶対確実なんてあって欲しくないと思ったわ。



『あなたは今闇の底からはいあがり、太陽に照らされたかのようにその光の世界を歩いています。これからも大きな困難があなたを襲いますが、周囲の人々の力によりそれを乗りこえ、祝福されるでしょう。例えその光が失われたとしても、あなたはもう一人でも大丈夫です。自信を持ってみずからの道をその足で歩いてゆきましょう』



『あなたは今、まさに困難の最中にいます。見知らぬ暗闇の中、多くの困難があなたを待ちうけ、苦しめるだろう。しかしそれでも歩みをとめる必要はない。あなたの目指すところにこそ、あなたの求める世界が待っているのだから』



 二人の文面を思い出す。


 これだけ見れば、どちらもよい未来が待っているように見える。



 でも、二人の関係性を考えて、改めてこの未来を見ると、一つの悲劇が待っているのがわかる。



 それは、サムライ君の望む世界は実現するけれど、リオちゃんの光が失われてしまうということ。


 リオちゃんにとっての光。闇から救い出してくれた太陽。それって絶対……



 ……私は頭を振った。



 いいえ。あの歴代最強にして無敵のサムライ君なのだから、こんな運命間違いなく吹き飛ばしてくれるに違いないわ。


 彼ならきっと、こんな運命なんて覆してくれる。



 私は勝手にそう決めつけた。



 でも、私はそれを感じていた。

 だってこの魔法は、彼から持たされた力で生み出された魔法。


 彼からの贈り物である力なのだから、それで得た知識は……



 私の中に、嫌な予感だけが広がっていく……



 ……未来なんて、知るものじゃないわね。




 暗闇に、私の自嘲が響きわたった。




 おしまい

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