表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
24/88

第24話 テルミア平原の死闘 前編


──ツカサ──




 マックスの知り合いだという王栄騎士団五番隊隊長のゲオルグさんの頼みを無事遂行し、俺達はシシリアニーの街をあとにし、トウジュウロウさんに言われたサムライがいるというテルミアの村へやってきた。


「……」

「……」

『……』


 全員が、そのサムライを前にして唖然としている。


 そりゃそうだ。村長さんに案内されて到着したそのサムライのいるという場所。それは墓地で、その彼はすでにそこに埋葬されていたんだから……



 このサムライは、十年前のダークシップとの決戦がはじまる前に病で倒れ、最後の戦いには参加せず、この村で療養していたとのことだ。


 この世界が平和になったあと、ひっそりと療養を続けていたのだが、病には勝てず、トウジュウロウさんと村人達に看取られ息を引き取ったということらしい。



 俺達は、その人の墓の前にいる。その墓の下にそのサムライが眠っているはずだ。



 墓は、どこにでもありそうな、とても質素な墓だった。とてもじゃないけどこの世界を守るため戦った英雄の墓とは思えない。


 これも、そのサムライの要望で目立たないようにして欲しいと頼まれたからとのことだ。


 トウジュウロウさんから預かった手紙を読んで、ここに案内してくれた村長さんの言葉としては、「戦いではなく病に倒れたことはあまり誉れとは言えないから、そこにサムライの名を刻んで欲しくはなかったのではないか」ということだった。



 なかなか考えさせられる一件である。



「手紙を村長に見せて案内してもらえって、こういうことかよ」


「そのようでござるな。あの老人は無駄に人を驚かせるのが好きのようだ。墓参りになるならば、それ相応の用意をしてきたというのに」


『まったくだぜ』

 リオとマックスがため息をつき、オーマも呆れたように声を上げた。


 リオ達は、村の人達がご好意で用意してくれた花をそえ、祈りを捧げている。



 一方の俺は、その二人の後ろで呆然としていた……



「ツカサもやっぱりショックなんだな。仲間、結局トウジュウロウ爺さん以外生き残っていないってことだもんな」

「ひょっとしたら、トウジュウロウ殿はツカサ殿を気遣って……は、ないか」

「あの爺さん人を驚かすの趣味にしてるようなところあったからなぁ」



 俺の異変に気づいてひそひそと前で話しているのがぼんやり聞こえるが、問題はそんなことじゃない。そんなことじゃないんだ……!



『おおー。僕のお墓に外からおまいりに来る人がいるなんて、ちょーひっさしぶりだー』



 ……墓の上に、なんか半透明な人が座って楽しそうに俺達を見ている。


 年のころは、俺と同じくらいだろうか。和服を着てるのはわかるが、髪の正確な色は半透明だからよくはわからない。線の細い美少年で、笑っている姿がとてもよく似合っていた。


 墓の上に人がいるというのに、俺の前にいる二人はそれに気づいた様子は欠片もない。むしろそんなのいないという風に話をしている。



 これって、ひょっとして……



 ユのつく自由業の方……? い、いやいや、ないない。そんなのない。気のせい。そう。気のせいだ。


 きっと俺は、疲れているから、目がかすれてそのせいで墓の上になんか人がいるように見えているだけだ。きっとそうに違いない。



 そうやって、ありえないと必死になって否定していたら、その謎の現象と目があった。



『あっ』



 その現象が、俺にむけて声をあげたような気がした。

 俺も思わず声をあげそうになったけど、口元が引きつるくらいしか反応はできなかった。



『うわぁ。ひょっとして、君は僕のことが見えるの!? 本当!? 本当だね!?』



 イイエチガイマス。見えてません。



『いいや見えてるよ! 目を逸らしたじゃん! 僕の声が聞こえているし、会話もできているじゃないか!』


 おかしい。俺はなにも声に出していないのに、なぜか幻聴まで聞こえはじめた。こんなの、絶対おかしい。



『もう、強情だねー。でも、いいさ。君は僕のことが見える。見えている! こんなの初めてだ! やったやったー!』



 そいつは俺の嘆きを聞いて逆に喜び、俺のまわりをくるくると飛び回った。言っちゃあなんだけど、小さな虫が周囲をくるくる飛んでいるようでなんかうっとおしい。


 救いはいくら周囲にまとわりつかれても音も風も感じないところか。



 だから余計に鳥肌が立つんだけど。



『相棒。どうかしたか?』


 俺の異変に気づいたオーマが声をかけてきた。

 その声に、前で祈りを捧げていた二人も俺の方を振り返る。


「どうかしたの、ツカサ?」

「ツカサ殿?」


 俺の方を振り返っても、誰も俺のまわりをくるくるまわる謎の現象にはつっこみを入れてくれない。ひょっとしてあれか? ドッキリであえて無視しているとかか? そうか。きっとそうだ。



「いや、みんな。このへんになにか飛んでない? 虫とか」



 俺はゆう……半透明の少年が飛ぶあたりを指で追う。


 俺に指差された瞬間、無視はされていないと気づいた少年はさらに嬉しそうに笑い、俺の頭の上をくるくると回った。



「なにかいるの?」

「なにも、ござらんが?」


『おれっちにもまったく全然ひっかかるもんはねぇな』



 二人プラスオーマが見事に否定してくれた。


 どうやら見えているのは俺だけのようだ。


 オーマさえ見えない気づかないということはあれかな。幻覚かな。



『だから幻覚じゃないって! 僕はここにいるんだって!』



 ああ、幻聴まで聞こえてきた。

 なんということだろう。でもきっとそうなんだ。世の中にはユのつく自由業なんていないんだから。



『いい加減認めなよ。世の中には幽霊もいるってことを』



 言われた! 絶対認めたくなかった単語をその現象そのものに指摘された! なんかすげぇ複雑な気分!


 違うんですー。俺の頭がちょっとおかしくなって幻覚見ているだけですー。



『強情だねぇ。君も。あはははは』


 幻覚が楽しそうに笑う。



「というかツカサ、なんか凄く具合が悪そうだよ!」

「た、確かに顔に血の気がなく、顔が真っ青にござる!」

 リオ達に指摘され、気づいた。



「そうか。ひょっとするとそのせいかもしれないな」


 言われてみれば、なんか寒気がしてきたし、体も震えているような気がする。そうか。きっと風邪で幻覚を見ているのか。きっとそうだ。そうに違いない。



「それは大変だ!」

「そ、それは一大事にござる! 宿にむかいましょう!」


 俺はマックスにひょいと担ぎ上げられ、村の宿に放りこまれた。


 通称お姫様抱っこをされたというのに、俺はそれにさしたる抵抗もできずベッドに放り出され、二人は看病のために部屋から一度駆け出して行った。



 残されたのはベッドに横になった俺と、頭近くに立てかけられたオーマのみ。



『大丈夫か相棒?』


「ああ。大丈夫……」


 墓場から運び出され、少しだけ気が楽になった。



 幻覚はすでに見えない。そうだ。やっぱりあれは幻覚だったんだ。幽霊なんて異世界にだって……



『ひどいなー。僕の姿を見て青ざめるだなんて、ひどい話じゃないか』



 ……いて欲しく、なかった。



 さっきの少年が、壁を通り抜けて俺の真正面に浮いて笑っている。


 なぜ、ここに……!



『ふふっ。なぜ墓場から動いているのか疑問みたいだね。簡単な話さ。君にとりついたから! 今まではあの墓の上からまったく動けなかったけど、これからは君と一緒なら自由に動けそうだよ!』



 ……マジでか。



『マジでさ』



 そんな答え、聞きたくなかった!


 ベッドに倒れふし、俺はぐったりと仰向けになる。



『あ、相棒。本当に大丈夫か? なんかすげぇ勢いでやつれているように見えるが』


「あぁ。疲れが出たのかもな……」


 オーマが心配してくれているけど、俺の目の前をふよふよ浮かぶそれが見えないんじゃ相談したとしても逆に俺の頭が心配されてしまう。


 困った。本当に困った。



『それで、僕の名前はソウシ。君と同じでサムライさ! もっとも、もうすでに死んでいるから元サムライだけど!』



 ソウシは俺の状況などお構いなしに自己紹介をはじめた。


 唯一の救いは、半透明とふよふよ浮いているだけで、姿自体は普通だし言葉も通じるから怖さは少しだけ薄れてきた。いや、別に怖くないけどね。全然怖がってないけどね!



『……君はあれか。幽霊が怖い人かー』



 怖くねーって言ってるでしょうー! お、俺が怖いのはかーちゃんだけだから。雷も暗闇も幽霊も全然怖くないから!



『あははっ。じゃあそうしておこうか! 怖がられて無視されちゃ僕もさびしいしね! それで、君の名前はなんていうんだい?』


 ええい。こ、怖くないから平気だもん。俺は、ゆっくりと深呼吸し、呼吸を整えた。



(俺の名前はツカサ。もう色々諦めて受け入れたから、俺の心の中を無差別に覗きこむのはやめて欲しいな)



『はーい。といっても、君が意識してブロックしていれば声は聞こえないと思うよ。現にそうして意識したら、ぱったり声は聞こえなくなった』


(ああ、そう)


 どうやらガタガタ震えていた方がむこうには都合がよかったらしい。なら、心にしっかりと壁を作って、その中は読まれないようにしよう。


 しかし、声を出さずに意思疎通ができるから、言葉が違っていても考えがわかるというのはいいことだな。



『いやー、嬉しいなー。人と話すのなんて死んでから以来だもん。すっっごい楽しい!』


 つまり、死んでから俺以外に見える人は今までいなかったってことか。



(というか、なんで俺?)



『なんで君と聞かれても、僕にもわからないよ。僕の言葉も姿も見えたのは君が初めてなんだから。あのトウジュウロウ爺ちゃんも墓参りには何度かはきてくれたけど、僕の姿は見えなかったみたいだからね。だから嬉しくてたまらないんだ。死んでからずっとあの場所にいて、変わりゆく景色だけを見ていたなんだから!』


 ああ。あそこにずっと縛られていたというのなら、この喜ぶ気持ちは少しだけわかる気がする。


 こいつがいつ死んだのかはわからないけど、ずっと同じ場所にいたら退屈もするってものだ。

 なんで俺だけこいつの声が聞こえて見えるのかはわからないけど、そこはそういうものだと納得するとしよう。


(それで、どうすれば成仏してくれるんだ?)



『って、いきなりそれぇ!? ちょっとストレートすぎないかな!?』



(うるさいですことよ。君を幽霊として認めるなら、その幽霊となる原因となった未練を無事解消して成仏させてあげるのが声を聞こえる者のつとめ)


 決してさっさと成仏させて心の平静を保ちたいなんて思っているわけではない。純粋な善意からだから。勘違いしないでよ!



(だからさっさと素直にやりたかったこと、やりのこしたことをお兄さんに話してみなさい!)



『おにーさんて、どう考えても歳は僕の方がお兄さんじゃん。だから呼ぶなら僕をソウシお兄さんと呼びなさい!』


(ひっかかるとこそこ!? 恩着せがましいとかそういうとこじゃなく、そこ!?)


『大事なことだよ。だって僕は、いつも一番年下だったからね。たまには僕も威張りたいんだよ!』


(はいはいおにーさん。それで、やりたかった心残りはなんなのさ)


『なんか心こもってないけどまあいいさ。お兄さんは心が広いから許してあげるよ!』

 ドヤッと胸に手を当て、ふんぞり返った。



(で、心残りは?)



『反応が投げやりすぎる!』


(はっはっは。ほれはよ言え)


『でもそういう反応も嫌いじゃないよ! いいだろう。僕の心残りを心して聞くといいよ!』


(ごくり)


『聞いて驚け! 僕の心残りは、全力で野山を駆け回ったり、思いっきり刀を振り回したりすることさ!』


(……はい?)


『あっはっは。驚いた驚いた。でも、たぶんこれだと思うんだ』

 今までひょうひょうとしていたソウシの顔が、憂いに変わった。



『僕はさ、サムライではあったけど、体がとても弱くてね。みんなと一緒にこの国までダークシップを追いかけて来て、ヤツ等と戦ったけど、その時でさえ全力で剣を振ることはできなかったんだ。全力で走って、全力で刀を振るえば、逆に僕の体が壊れる。それくらい弱い体だったんだよ……』



(……)



『連戦につぐ連戦。そのおかげもあって、僕は最後の決戦を前に体を壊して、ここで療養することになった。だから僕は、最後の戦いには参加していないし、全力を出すことなく死んでしまったんだ』


(だから、全力を出してみたい。と)


『そう!』


(って言われても、そもそも体ないじゃん)



 なんという心残りだ。肉体がないというのに全力を出したいなんてそんなの成仏できませんと言っているようなものだ。だが、そんな俺のツッコミに、ソウシはにっかりといたずら小僧のような笑みを浮かべる。



『あるじゃん。君のが。貸してよ』


(貸してよって、そんな簡単に借りられるもんなの?)


『さあ? やってみなくちゃわからない。でも、なんかそういうのやれそうじゃん? 幽霊って』


(ああ、確かにやれそう。やれそうだね)

 人にとりついてその体をのっとるとか、そりゃもう幽霊の基本みたいなもんだよね。


『だから、貸して』


(……やです)


『じゃあずっと君にとりついてる』


(それも嫌です)


『じゃあどうするのさ!』


(借り手の方が偉そうってのどういうことなの!)


『あっはっはっはっは』


(笑いごとじゃなーい!)

 でも、このままとりつかれたままじゃ色々やかましくてしかたがない。となると一回体を貸してさっさと成仏させてあげるのが人情というものだろう。



 相手は元病人。いくらサムライだからって、俺の体を使って無茶をするなんてことはないはずだ。



 どうやら俺も、ちょっとは覚悟しなければいけないようだな。


 小さく一度ため息をつく。



(わかったよ。一回貸してやるから、好きに全力で走り回るといいさ)



『ホントかい!?』


(一回だけだぞ。それで成仏できなかったら、墓の上に帰れ)


『ひどいっ!』


(ひどくない。俺を騙したんだから、当然の結果)


『むぅ。じゃあ体返さないぞ』


(なら体は貸さない)


『嘘嘘嘘です。ごめんなさい』


(ならよろしい)


『へへー。ありがとうごぜーまーす』

 ソウシが空中でぺこぺこと土下座をはじめた。



(ぷっ)

『あはは』


 俺達は、なんか馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまった。



(わかった。それじゃあ、今調子も悪いし、一眠りしてからな。今マジで熱がある気がするし。誰かさんのおかげで!)



『君が調子悪いのは僕のせいじゃなく、君の心持ちのせいな気もするけどねー』


(心持ちで熱が出たというのなら、十分にソウシのせいだよ。だから一休みさせろ)


『そういう考え方もあるか!』

 ぽん。とソウシは手を叩いた。悩みの種の癖にそんなこともわからないなんて幽霊失格だな! さっさと成仏しろ!



 なんて思いつつ、俺はうつらうつらとしはじめた。



 まずい。本当に眠い。そして一眠りしたら、この子がいなくなっている。なんて展開はないかしらね……


 まずありえない希望を胸に、俺は一時眠りにつくことにした。




 Zzzzzz……




──エニエス──




 私はエニエス。

 マクマホン領、マクマホン騎士団の副官を務めるものだ。


 最近私は、頭をさらに悩ませている。



『王の隠し子が、王都へむかっている』



 最近そんな噂がまことしやかに囁かれ、人々の口にあがり、急速に広まっている。



 ついに恐れていたことが起きてしまった。



 まだサムライとともに行動しているという情報は広まってはいないが、いずれこの情報が表に出るのも時間の問題だろう。


 すでに貴族の何人かは、王弟の息子であるゲオルグ様ではなく、その隠し子を擁立して権力の拡大を画策しようとしているという話も聞く。



 継承順位は王の実子である隠し子の方が上なのだから、ある意味当然の判断だ。



 今でさえサムライとマックス様という超強力な護衛がいて手に負えないというのに、その支持者まで現れたらもうおしまいだ。



 あの方が王都へ到着するのを阻める者がいなくなってしまう。



 そうなれば、我々ゲオルグ派。もっとわかりやすく言えば王子を支持する一派は終わってしまう。



 それどころか、この国はあの方を認める一派と認めない一派の二つに割れ、争いへと発展するだろう。


 その場合、勝利は間違いなくサムライを有するあの方一派の方。ただでさえ桁外れに強いサムライに、この国随一の強さを持つマクスウェル騎士団と裏社会でもその名を強く囁かれるクロス一家がついているのだ。それに対抗するとなれば、この国全土の戦力を集めなければならないだろう。


 が、それが実現できるとは到底思えない。



 サムライの名声を考えれば、ゲオルグ派から乗り換える者多数と見て間違いないからだ。



 私はなんとかしてそれを避けようと、人には誇れぬ努力をしてきたが、残念ながらそれは実を結ぶことはなかった。



 このままあの方が王都へ到着し、王との謁見がかなえば、あの方は間違いなく王家の一員として認められるだろう。



 なにせバックにはあのサムライがいるのだ。その影響は王とて無視することはできまい。そもそも、あの方の護衛を王たっての願いで護衛している可能性さえあるのだから。


 むしろ王家にサムライをとりこむのが目的であの方を護衛させているのかもしれない。



 だとすれば、哀れなのはゲオルグ様である。



 従兄である兄同然の王子の死の罪悪感に悩まされ、皆に認められたいと必死に努力を重ね、王栄騎士団にも入り五番隊隊長となりやっと人々に認められつつあるというのに、一転して不要の存在どころか疎まれかねない存在になってしまうのだから……


 あの方がいったいなにをしたというのだ。



 しかし、結局あの方は比べられてしまう。天才であった亡き王子や、伝説の再来と。



 大勢の者から見れば、悲劇の姫とそれを守るナイトであるサムライに目が行くだろう。努力の人とはいえ、ゲオルグ様は結局凡庸な才能しか持ち合わせていないのだから……



 サムライの足音が王都へ近づく中、とんでもない情報が舞いこんで来た。



 ゲオルグ王子があの方の存在を知ってしまったのだというのである。王子の部下として王栄騎士団にもぐりこませていた者からの情報なのだから、間違いない。


 しかもサムライと知り合い、誰があの方なのかも知ってしまったようだ。



 なんてことをしてくれたんだシシリー子爵。破滅するのなら一人で静かに消えろ! この国を無益な戦乱に巻きこむんじゃない!



 せっかく王への情報は大臣殿が伝わるのを必死にブロックしてくれているというのに、王子が直接聞きに行ったりすればどうなるかわかったものではない。


 これは私へ情報を流し、対策すべしと指示してくれた大臣殿もお困りであろう。



 やはり、もう時間がない。



 あの方が王都へ到着するのはもう目の前だ。


 今はなぜか北まわりで遠回りをしているが、それでも細かい時間稼ぎにさえならない。まさに、終わりは時間の問題だ。



 どうする? このまま指をくわえてあの方の王都到着を黙ってみているわけにはいかない。



 どうする? やることは最初から決まっている。しかし、それを実行できる策が見つからない




 どうすればいい!




 私は頭を抱えるしかなかった。




 そして、また、とんでもない情報が飛びこんできて頭どころかお腹が痛くなる。



 なんと王子が、あの方を直接亡き者にしようと動き出したというのだ。


 な、なんてことをー!




────




 王都キングソウラ。


 千年続くこの国をおさめる第三十七代キングソウラの暮らす白亜の城がそびえたつ場所である。



 その城に、ゲオルグは白馬を走らせやってきた。



 門を開け、王子がその門をくぐる。

 今日彼は、王栄騎士団五番隊隊長としてではなく、王子ゲオルグとして登城していた。


 そのゲオルグを、大臣が出迎える。



「王子。突然の登城、いったいどのような御用ですか?」


「父上に面会を求めにやってきた。これは五番隊隊長のゲオルグとしてではなく、王子としてだ」


「い、いきなりそのような……いえ、わかりました。なんとか時間をおとりいたしますので、私の執務室でお待ちください」


 アポなしで現れた王子に対し、大臣も配慮を見せた。

 隊長としてきたのなら追い返したところだが、王子として現れたのならそのわがままも聞いてやらねばならないと大臣も思ったのだろう。


 常に努力をし、規律を守る彼がこのようなわがままを言うことが滅多になかったからだ。


 大臣の執務室へと足を運び、そこでゲオルグは待つこととなる。



 執務室で待つことしばし、部屋の主である大臣が再び顔を出した。



「今日の謁見が終了しだい、お会いになされるようです。一体なぜこのようなことを?」



「それは……」


 ゲオルグは先日逮捕したシシリー子爵の言った言葉。自分は王になれないという言葉の真偽を確かめに来たのである。


 心の中では口からのでまかせだと思っているが、一度生まれた疑惑を簡単に消すことはできなかった。様々悩み、考えた結果、こうして直接王に聞くのが一番の近道だと思い、わがままだと思いつつも押しかけてしまったのである。



 しかしそれを、いかに王の右腕である大臣にとて言うわけにもいかない。



「……いや、これは私と父上の個人的な話だ。だからあなたにも話すわけにはいかない」



「そうですか。了解いたしました」


 大臣は頭を下げ、自分もやることがあると、執務室から去っていった。


 彼とて一日中執務室で書類とにらめっこしているわけではない。他にも仕事があるから、王子にばかりかまっていられるわけではない。



「……」


 大臣が部屋から出て、ゲオルグは椅子に座り、腕を組んだ。しかしそうして動かずいると、頭の中で色々なことを考えてしまうため、しばらく座っては立ち上がり、今度は大臣の執務室の中をうろうろと歩き回り、そしてまた座るということを何度も繰り返した。



 すると、こんこんとドアがノックされた音が聞こえる。



「? 大臣は今いないが?」


「いや、私だゲオルグ」


「父上!?」


 扉のむこうから聞こえてきた声に、ゲオルグは飛び上がって驚いた。


 執務室の扉を開けはいってきたのは、六十近い、長い髭を蓄えた白髪の老人だった。背筋はピンと伸び、眼光は穏やかで温厚そうだが、その中に強さを漂わせている。この歳になっても盛んに狩りに出かけるなど、エネルギッシュな一面も持っていることから、その健康さと剛健さはかなりのものだった。


 この老人こそ、第三十七代キングソウラその人である。


 王子であるゲオルグも、まさか自分のところへ王が直接出向いてくるとは予想しておらず、驚きの声をあげた。



「しばし時間を作りでてきたのだ。して、なにようじゃ?」



「は、はい!」


 長く伸びた髭を撫でつけ、王は温和そうに笑いながら義理の息子となる、弟の子へ笑みをむける。


 ゲオルグも戸惑いながら身をただし、背筋を伸ばす。



「父上。あまりにぶしつけで無礼な質問ですが、どうしても聞きたいことがありましてやってまいりました」


「ほう。お前がここまでわがままな振る舞いをするとはよほどのことだろう、言うてみるがいい」


「はい」


 ゲオルグはうやうやしくうなずき、一度大きく息を吸いこんだ。


 このような無礼な質問を王にすれば、例え息子といえどもどんな罰を受けるかわからない。しかし、問わなければ今度はゲオルグの心耐えられない。


 ゆえにゲオルグは意を決し、口を開いた。



「父上。あなたに従兄(あに)以外の子がいるというのは本当ですか?」



 意を決して告げたゲオルグの言葉を聞き、王はぴくりとその耳を動かした。


 表情は大きく変わらない。しかし、その変化のない表情が、逆に不気味だった。



「誰からそのようなことを吹きこまれた?」



 温和な表情の中から恐ろしいほどの威圧感を感じる。これこそが王のプレッシャーというもので、ゲオルグはぶるりと小さく身を震わせた。


 ゲオルグは頬を引きつらせながら、その問いに答えを返す。



「せ、先日ダークソードを所有し、人々の心を惑わせたシシリー子爵からです。それ以外にも、怪しげな噂もいくつか流れているのを聞いています。答えてください。事実なのですか!?」



「……」


 王はその真剣なゲオルグの瞳を見おろす。

 王の身長は百九十近くある偉丈夫だ。百八十ほどしかないゲオルグではどうやっても見上げるしかできなかった。


 王は一度目を瞑り、静かにその答えを告げる。



「……事実じゃ」



「な、んと……」


 ゲオルグは愕然とし、膝から崩れ落ちた。



 この瞬間、ゲオルグは信じていた様々なものが崩れてゆくのを感じる。



 自分がここに存在する意味が、ほとんどなくなったと言えるからだ。



 唖然とするゲオルグの姿を見ながら、王はぽつりぽつりと話をはじめた。



 今から約十四年前、ゲオルグの両親と彼の妻が病に倒れたことにその悲劇ははじまる。


 傷心であった王は、王宮につかえていた一人の美しい娘に手を出してしまった。



 その一度の過ちの結果生まれたのが、その子なのだという……


 子ができたとわかったそのメイドは、城を離れ、姿を消した。この国に余計な混乱を生み出したくなかったからなのか、それとも王の知らぬところで誰かが圧力をかけたのかはわからない。



 王もそれ以上その子のことは探さなかった。



 ゆえに、今までその行方はわからなかったのである。


 その子が今、姿を現し、この王都へむかってきている。到着し、王へ謁見すれば、認めなければならないだろう。


 そうなれば、次の王の座はその子のものとなる……



「そ、んな……なら、私の今までの努力は……」


 膝を突いたゲオルグは、大臣の執務室にしかれたじゅうたんを握り締めた。


 その肩へ、王はぽんと手をのせる。



「無駄では、ない」


 その言葉に、ゲオルグは顔を上げた。


 打ちひしがれたゲオルグに、王は優しい顔を浮かべ……



「ワシの子は、今やお前しかおらぬと考えている」



「なっ、なんですって……?」

 驚きのあまり、一瞬ゲオルグに王の言う言葉が理解できなかった。


 王は膝をつき、ゲオルグを抱きしめるようにして手を体に回した。



「この国の王は、お前がなるのだ。ワシに隠し子など、いない……」



 まるで囁くように、ゲオルグへ言い聞かせる。



「よいか、ゲオルグ。サムライも娘も、この国を狂わす危険分子。お前の力を持って、排除するのだ。これは、王の命である。王栄騎士団の一員であるお前ならば、なにをすべきかわかるだろう?」


 その言葉に、ゲオルグは震える手で、王の体を抱きしめ返した。



 その瞳からは、涙があふれていた。



 王の言葉は、実の子ではなく、自分が大切だと認めてくれたものだ。


 血ではなく、自分が王がふさわしいと認めてくれた言葉だ。



 多くの者に否定され続けてきた彼にとって、これほど嬉しいものはなかった……!



「ワシとて、心苦しい。だが、やってくれるな? この国の、ために」


「は、はい……!」



「そうか。ワシはよい息子を持ち、幸せだ」

 ぽんぽんと、王はゲオルグの背を叩き、改めてその体を抱きしめなおした。



「はい。はい! がんばりますから! 私は頑張りますから! ですから、必ず王になります! 父上ぇ!」


 ゲオルグは王を抱きしめ返し、涙を流しながら誓った。



 父王に認められた彼は、わんわんと泣きながら、必ずサムライとその娘を排除すると、誓うのだった……!



 心の迷いを捨て、すっきりとしたゲオルグは意気揚々と大臣の執務室をあとにする。


 悩みはもうない。彼にはもう道ができた。例えそれが外道の道だとしても、彼はやりとげるだろう。



 でなければ、彼は自分が自分でなくなってしまうのだから……!




 ゲオルグの出て行った大臣の部屋に、王は一人取り残された。



 ぱたんと閉じられたドアを見て、その唇を大きく歪ませる。



 王がその手を自分の顔にあてると、その姿がぐにゃりと歪み、変わった。


 どろりとした泥のような闇がその身からはがれ、その内側から現れたのは、この部屋の主、大臣であった。



 王を形作っていたそのどろりとした泥の闇は彼の手に集まり、一本の剣を形作った。



 その剣は、『変身』の特性を持つダークソード。いかなる物にも精巧に変身できるその剣をもちい、忙しい王にかわり、大臣がゲオルグの話を聞いたのである。



「ふふっ。相変わらず愚直でわかりやすい男だ。だが、これでいい。相手が人間ならば、サムライの腕も少しは鈍ろうさ。あとは、ほんの少しでいい。ほんの少し消耗させてくれれば、私の勝ちが決まる。頑張りたまえよ、愚直な王子よ……! ふふっはははははは!」


 大臣は一人笑う。



 サムライを退治するという勝利のヴィジョンを夢に見ながら。


 その周囲に、合計四本のダークソードを浮かばせながら。



 それは、笑い声を上げていた。




──ゲオルグ──




 私は父より密命を承った。


 それは父が自分の名誉を守るための保身とも言えたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。



 父上は、私を王にしたいと言ってくれた。



 血のつながりでなく、私の実力を認めて言ってくれた。


 それは、今まで生きてきた中で一番嬉しいことだった。



 王の子を殺した私だというのに、王は私を次の王にふさわしいと認めてくれたのだ。これ以上の幸福はない。



 もう、このまま死んでもいいとさえ考えるくらいだ。


 今から私が行う戦いは、ただの私闘。



 一方的な、簒奪行為。



 あのサムライとともにいるというあの少年が生きている限り、私は王になれない。ならば、それを実行する以外にない……!


 しかし、この行為で、他の者に協力を願うことはできない。このような卑怯な行為に誇り高い騎士達を巻きこむなど言語道断!



 自分で言っていてまったくの矛盾した話であるが、私そのものはしょせん血塗られた王なのだ。こうして血塗られた道を歩むのこそがむしろ正しい……!



 これは、かつてリザレフ伯爵が行ったやり方とまったく同じ。


 あの時の彼も、権力のためとはいえあの子を裏で抹殺しようとした。それを捕まえた私が同じことをしようとしているとは、なんたる皮肉だろうか……


 しかし、すでに迷いはなかった。


 どのような手段を使っても私は王となる。



 それだけは、ゆるぎない事実だ!



 早朝、私は装備を整え、一人簒奪の旅へと向かうため、我が愛馬の待つ厩舎へとむかい、旅立とうとしたその時。



「隊長」


 馬を引き出し表に出た私の前に現れたのは、五番隊の皆であった。



「お前達……」



「水臭いんですよ」

「そうですよ。あなたがその手を血で汚そうというのなら、俺達だってお供しますよ」

 いつも喧嘩をしている二人が、私の前に立ち笑った。


「それに、私たちだけではありませんよ」


「そうだ、我々もいる!」


 二人の喧嘩をとめる部下が、さらにその後ろにいる者達へ注意を向けさせた。


 そこにいたのは、王栄騎士団、一番隊から四番隊の隊員みんなであった。



 一番隊隊長、王栄騎士団総隊長が前に出る。



「我々王栄騎士団はこの国のいかなる悪も断罪しに行ける。領内から出られぬ他の騎士団とは違い、自由も大きい」


「し、しかし……」


「王栄騎士団の名の意味とは、王の栄光を背負う騎士団。ならば、その栄光を与える王に光を与えるため動いて不思議はあるまい! 今だけ、我等王栄騎士団総勢二百二十七名の命、お前に預けよう! 我等の命を自由に使うがいい。未来の王よ!」



 場にいた王栄騎士団の隊員全員が一斉に敬礼をする。



 私に向けての敬礼。これは、私の努力が彼等に認められたという証……


 それは、涙があふれるほどに嬉しかった。



 その分だけ、心苦しかった。



 しかし、この許されぬ戦いに、こうしてすべてをなげうってついてきてくれる者がいたことが、とてもとても誇りに思えた。


 ゆえに、この戦い、負けられない!



 私は腰におさめられた剣を引き抜き、高々と天にかかげた。



「よろしい。行くぞ君達! 敵は強大。しかし、我等に負けはない!」


 昇る太陽の光に刀身が反射し、その刃は天の光のように輝いた。



 その輝きを見て、私に忠誠を誓った騎士達は歓声の声を上げた。



「ゆくぞ。目指すはテルミアの村!」


「おおー!」




──エニエス──




 ゲオルグ王子があの方にむけ出兵なされるという情報が大臣からひっそりと伝えられた。


 その行動を大臣により伝えられた王栄騎士団とともに、サムライとあの方がいるテルミアという村へむかったというが、やはり無謀だ。


 しかし、我等マクマホン騎士団とはいえ、王都にも近づいたそこへ援軍を送ることは難しい。



 少なくとも、あの方を抹殺するため。という表向きの理由は決してマクマホン騎士団団長のマイク様に伝えることはできないし、その父であるマクマホン卿にも伝えることはできないだろう。


 マクマホン卿はそのような暗殺に手を貸すようなお方ではないし、サムライには一度命を救われている。それは団長のマイク様も同様だ。



 これでは例え真実を告げたとしても、その出兵は間違いなく却下されるだろう。



 暗殺という手段を使ってまで、卿は命の恩人と敵対できるような方ではないからだ。



 まさかあのサムライはこれを狙ってマクマホン卿を助けたというのか!?


 だとすれば、サムライはどこまで先を見通していたというのだ!



 しかし、このまま王子を失うわけにはいかない。



 サムライ達がむかったというテルミアはかつてリザレフ領だったところであり、今はマクスウェル家が預かっている状態だが、実質管理者不在の状態だ。


 ならば、そこを理由にすれば私の手勢くらいは王子の元へつれてゆけるだろう。



 私は大急ぎで大臣と連絡をとり、このささやかな策を実行することにした。




──ゲオルグ──




 テルミア村を目指して馬を走らせていると、横を走る街道から別の騎士団と思しき一団が馬を駆っている姿が見えた。

 いったい何者かと旗印を見ると、かがげられた紋章はマクマホン騎士団の物だった。


 横を走る我々に気づき、先頭を走るその一団の長が私に向かい声をかけてきた。



「お待ちになられよ。我等はマクマホン騎士団。私は副官のエニエス。私達は今リザレフ領にて発生した山賊事件を解決しに行くところでございます。そちらは王栄騎士団の方とお見受けしました。我等の目的達成のため、よろしければ共々の作戦を協力いたしませんか!」


 並走しながら言われ、私はその真意を理解した。


 彼等も、私のためにやってきてくれたのだ。例えそれが、みずらの権利のためから保身だったとしても、私を王と認めてくれるというのならうれしいことだ。



「恩に着る!」



「はっ! 我等マクマホン騎士団精鋭百十二名、王栄騎士団と合流いたします!」


 私は心強い味方を得て、さらにテルミア村へむかい走り出した。


 それからも、同じような理由をつけ、リザレフ領へとむかう騎士団が我々と合流し、総勢千名を超える大部隊が誕生した。



 これだけの心強い仲間を得たのだ。



 例え相手にサムライがいたとしても負けるはずがない!


 私はさらに勇気をもらい、愛馬シルバームーンを加速させた。




──マリン──




 おっひさしぶりねみんな! みんなのアイドル、大魔法使いのマリン様よー。



 どんどんどんぱふぱふっ。



 さあ、一緒に私の名をお呼びなさい。さん、はい……



 ……聞こえないわね。ではもう一度。さん、はい!



 え? それ以前に誰だか覚えてない? この私を!? そんな人がいるなら最初から読み直してきなさい!



 まったくもう。今日は用事があるからこれくらいにしておくけど、しっかり思い出しておきなさいよ!



 ともかく今日は、私の先生である六百年を生きる魔法使い。アーリマン先生に呼ばれたの。



 正直めんどくさかったから無視しようと思ったんだけど、もう何度も何度もうっとおしいくらいに使い魔が送られてきたからしかたなくやってきたってわけ。


 もう。いったいなんなのかしら。こう見えなくても私はとっても忙しいんですからね!



 王都キングソウラにあるアーリマン先生の研究所。正確に言えば先生が所長をつとめる王立魔法研究所に私は足を踏み入れた。


 研究所の庭や魔法使いの卵である生徒達の学び舎でもある校舎、様々な魔法の研究がおこわれる研究棟を抜け、先生の部屋へ訪問する。



「おお、やっと来たかバカ弟子よ」



 机に座り、いかにも大魔法使いって感じのローブを着て、髭を伸ばした爺様が私をぎらりと睨んだ。


 今はいつもの三角帽子と杖はなく、机に広げたなにかにペンを走らせていたところだったようだ。


 私を睨みつつも、紙に走るペンはとまっていない。一体なにをしているのかと一瞬思ったけど、どうせお堅く堅実な魔法を組み立てているのだろうと思うとどうでもよくなった。



「はいはい。使い魔の嫌がらせに根負けしてやっと来ましたよ。この私めに一体なんの御用でございますか?」



 ひょっとして、私が手に入れたあの超強力な魔力触媒に気づいたのかしら。先生ならその可能性は十分に──というか何度かあれだけ派手にやったんだから気づかない方がおかしいけど──ありえるわね。


 でも、あれを渡せと言われても絶対にわたさないわよ。あれは私のもので、禁忌の品というわけでもないんだから!


 あ、むしろあれをどこで手に入れたかとか、あのサムライ君を紹介しろとか言われちゃうのかしら?



「カカッ。そんなに警戒せんでも大丈夫じゃよ。大したことではない。この国の一大事のことじゃ」



「なー……んでもある話じゃないですか!」



 あまりに軽い言い方だったから一瞬騙されかけたけど、騙されないわよ。国の一大事が大したことないなんてことあるわけないでしょうが!



「ちっ。少しは鋭くなっておるか。あのままのノリで頼まれてくれればよかったのにのう?」


「のにのうじゃありませんよ。そんなノリでやるのは確かに私の趣味でもありますけど、国の一大事をそんなノリでやる方が嫌でしょうに」


「カカカッ。確かにそうじゃな」


 どこか楽しそうに笑った。

 先生は魔法は派手のない堅実なつくりの癖に、どうして性格はこう好々爺なのかしら。



「というか、私じゃなくとも先生ならたいていのことは自分でどうにかできるんじゃありませんか?」



 六百年も生きた大魔法使いが対処できないのは、それこそ魔法の効かない『闇人』やいろんなものを超越したサムライくらいじゃない。


 その大魔法使いがその気になって腰をあげれば、たいていのことはなんてなんとかなるはずなのに、それでも私を頼る理由は一体なんなのかしら。



 実は少しだけ、興味がわいちゃったりしていた。



「ワシにできてやっちまえることならワシがなんとかしておるさ。じゃが、ワシは王につかえる身であり、おぬしと違い好き勝手にフラフラと物事に介入できる立場じゃないんじゃよ」


 なんか苦笑している。


 そういえば、人間関係、社会的立場によってどうにかしたくても手が出せないってこともありますわね。宮仕えってのはホント不便ね。自分が関与したとなれば、色々問題になっちゃうんだから。


 ただでさえ最近は魔法の天敵『闇人』が出てきたおかげで魔法が一番という雰囲気じゃなくなってしまっているし。



「わかりましたよ。話だけは聞いてさしあげましょう。一体私になにをして欲しいのですか?」


「うむ。簡単な話じゃ。この国を、救って欲しい」


「わぁー。簡単な話ー。……って、今度はこのノリじゃないんですね?」


「うむ」

 さっきと同じノリで返したんだけど、先生の反応は芳しくなかった。さっきのとは明らかにノリが違う。それってそれだけマジなお話ってことよね。


 困るわね。マジで国を救うとか、私のノリじゃないんだけど、正直、面白いと思った。



 この国を救うという使命感は欠片もないけど、そういう困難に向けて私の魔法を試してみたいというのはあった。


 今ならあの超強力魔力触媒を使って大活躍できることは間違いない。敵が『闇人』やサムライが相手じゃなければ負けることはないだろう。今の私はドラゴンを相手にしたって呪文の詠唱の時間さえ確保できれば勝てる自信がある。


 たった二つの例外を除けば、きっとなんとかなる。



「いいでしょう。それで、一体なにからこの国を救えばいいんです?」


「うむ。今からサムライとこの国の若者がぶつかるところなんじゃ。それをなんとかしてほしい。特に、騎士達を敵対する者から守って欲しいのじゃ!」



 へー。それってつまり、騎士達がサムライ相手に喧嘩を吹っかけたってことかー。



 それで私は騎士の味方として援軍にむかえってことかー。



「私に死んで来いって言ってるようなもんじゃないですか!」



「別にサムライと戦えとは言っておらん。騎士達を救えと言っておるんじゃ」


「言いようですね!」


「大丈夫大丈夫。ワシ最高の弟子であるおぬしならできる。きっとできる!」


「ちょっと前に破天荒すぎて手に負えないと放り出しておいて素敵な手のひら返しですね!」


「研究所ぶっ壊したおぬしの責任じゃろ……全部」


「……」



 てへっ。



「愛想笑いだけは立派じゃな。じゃが、これができるのは間違いなくおんししかおらんのじゃよ。手に入れたんじゃろう? ワシを超えるかもしれん力を」

「……」


 やっぱり知っていたわね。


 でもそれって、敵対する相手であるサムライ君から手に入れたものなんですよ先生。


 そのサムライを相手にするってのは、この私でも間違いなく厳しいんですから。



「……わかりましたよ。それで、いつどこにむかえばいいんですか? 騎士達を魔法で逃がすことくらいはやれると思いますけど」


 真正面から戦うのはお断りだけど、転移を活用して騎士達を逃がすくらいならやってもいい。



「うむ。それでかまわんじゃろう。無事助けてやってくれ。ちなみに、戦いはそろそろはじまりそうな状態じゃな……」


 先生が近くにおいてある杖の頭をぽんと叩くと、カーテンが動き外の光をさえぎり、その杖の頭から魔法の映像が浮かび上がった。


 視点からして、鳥の使い魔かしら。



 そこには、対峙する騎士団の軍勢とサムライの姿があった……



「今日が当日じゃ」


「って、一触即発のような状態じゃないですか! なんでもっと早く言ってくれないんですか!」


「おんしが何度呼んでも来なかったからじゃろうが……」


「むぐっ……!」


 そ、それは、だって、ねぇ?


 というかあのサムライ君、間違いなくこの使い魔の目に気づいているんですけど。



「やはり嫌な予感が的中したようじゃ。早く行け。このままでは間に合わなくなる!」



「っ! この状況、ホントに私じゃないとダメじゃないですかー!」



 状況が動いた瞬間、本気でまずいと気づいた。私は転移魔法の構成を組み立て、呪文をつむぐ。先生にあれを見せるのはちょっと癪だけど、そんなこと言っている場合じゃない。


 ここから彼等のいるテルミアの村はけっこう近いとはいっても、儀式なしの魔法で転移するのは触媒なしでは不可能な距離だったからだ。



 だからプレートで魔力を増幅し、跳んだ。



 もし帰って来れなかったら、化けて出ますからね先生!




──ソウシ──




「ぐー」


 相変わらずツカサはベッドでお休み中だ。



「大丈夫かなツカサ」

「単に熱が出ているだけにござるから、このまま寝ていれば大丈夫でござろう」



 ツカサの仲間である帽子の子。確かリオとかいったかな。リオが小さな手で額にふれ、その熱さを図りながら言う。


 どうやらけっこうな熱さらしい。心配そうな顔でツカサの赤くなった顔をのぞきこんでいる。


「そうだよな。でも、サムライでも風邪とかひくんだな……」

「サムライとて人間。それに、病にかからぬというのならこの地で亡くなったサムライとて死ななかっただろう」


「ああ、確かにそうか……」



 はーい。ここにその病で亡くなったなさけないサムライがいるよー。


 まあ、僕のことはどうでもいいとして、この二人はツカサを本気で心配している。



 それだけ彼が慕われていて、愛されているという証拠だ。



 僕がとりついたせいで悪いことしたなあ。と思ったけど、そもそもツカサの熱は幽霊が怖いって精神的な問題だからすぐによくなると思う。


 むしろ現実逃避しているに違いない。まったく、いくら幽霊が怖いからってそりゃないよ。



『ん? なんだこりゃ?』



 ツカサの相棒である刀のオーマ君が声を上げた。



 二人の視線がオーマ君にむき、僕はそっちじゃなく、村のはずれにある平原の方へ視線をむける。


 確かにこれは、なんだこりゃって言い出すね。



『八百。いや、千人くらいの軍勢が村のはずれにある平原に集結してるぜ。知り合いもいる』



 知り合いとか、個別までわかるんだ。たぶんそれが、オーマ君の個別能力なんだろうな。攻撃的な特性じゃなく相手を判別するような情報系の特性ってことなのか。補助系のものをつけてるのは珍しい。


 逆にいうと、ツカサ本人が強力な力を秘めているという証でもあるんだけど。



「どういうこと?」


『わからねぇな。ただ、あのマクマホン騎士団の副官のヤツと、そのお仲間。あと、この前のゲオルグって男とその仲間がいるぜ』

 リオの問いかけに、オーマ君は首があるならそれをひねりながら答えた。


「エニエス殿とゲオルグ殿が? 二騎士団が同時に来るなど、よほどのことだと思うが、なぜこのようなところに……」


『さあな。だが、こいつはなんかやばいぜ。ヤツ等、この村に今にも襲いかかるかのように陣を広げていやがる。まるでなにかと戦う気みてえだ』


「なっ!?」

「なんだって!?」


 二人が困惑したような声を上げた。



 オーマ君もその意見ということは、僕の感覚も間違っていないということか。



 理由はわからないけど、あの平原に現れて陣を敷いてる彼等の狙いは、間違いなくこの村にいる誰かだ。



 目標はツカサ? それとも別の人?



 ただわかるのは、あの一団はあの人数でこの村。五十人にも満たない人数と戦争する気らしい。


 となると、間違いなくサムライと戦う気だと考えた方が早いだろう。



 でも、ツカサは今寝ている。起きないのは、ツカサがまともに相手にしていないって証拠だ。


 その気になれば、一蹴できるという証。



 それは、僕にとって好都合。



 ツカサにやる気がないというのなら、僕がお相手してあげようじゃないか。


 いたずら小僧の笑みを浮かべ、僕は思いついたら即行動ということで、ツカサの体へはいりこんだ。



 寝ているその体に、僕の意識をはりつける。


 じんわりと、体に感覚がいきわたってゆくのを感じる。ツカサの体と、僕の存在がぴったりとあわさったのを感じた。



 ……いけるっ!



 カッ! と目を見開き、ツカサの体を上半身の力だけを使って起こし、ベッドのわきに置いてあった刀。オーマ君を手に取った。


「ツカサ?」

「ツカサ殿?」

『相棒?』


 いきなり目を覚まして起き上がったツカサに、三人とも驚きの表情を浮かべた。



「ちょっと気になるから、なにをしにきたのか聞いてくるよ。二人はここで待っていて」


 なぜ待っていろと言ったのかというと、これからの楽しみを邪魔されたらたまらないからだ。



 相手が戦う気で陣をしいているのだから、それにつきあってあげないと失礼だし、ひさしぶりの生身を堪能したいと思ったからだ。


 相手がやる気でツカサが寝ている今なら、全力で遊んでも問題ないはずだ。


 だから、邪魔をしないよう釘を刺しておいたのである。



 ぽかんとする二人を尻目に、僕は窓を開けてそこからぽーんととび出した。



 ツカサの体を借り、窓からとび出す時体の中に『シリョク』を流したその瞬間、僕はそれを理解した。


 今ツカサの体に流れた『シリョク』は、ツカサのものじゃなく、僕の『シリョク』だった。僕というあやふやな存在から、ツカサの体に僕の『シリョク』がいきわたったのを感じる。


 外をゆらゆら漂っていた時、僕は欠片も『シリョク』を持ってはいなかった。ツカサの体という器に入ったことで、僕という存在にはじめて生前の『シリョク』があふれ出してきたのである。


 サムライはその命を使いいかなる不可能も可能にする『神風』を使えるけれど、僕は死ぬ間際、その『神風』を使い、この僕という存在をこの世界に分離して保存していたというのもわかった。


 そうして存在していたあやふやな僕という存在に、ツカサの体という器があわさったことにより、改めてその存在が姿を現したのだ。



 ツカサの体に、僕の『シリョク』が満ちるのを感じる。



 僕が見えるというだけあって、ツカサと僕の相性は最高らしい。僕の思うとおりに彼の体が動いた。


 足に『シリョク』を集め、ジャンプ力を高めるのもイメージどおりにできる。むしろ、元の僕の体よりうまくできる気がした。



 ふふっ。いける。戦える。自由に動ける! 僕は今、健康な体を手に入れたんだ!



 空を飛ぶように村の上を飛び越え、僕は平原に陣をひこうとしている彼等の前に降り立った。



 わざとどん! という派手な音を立て、自分の存在をアピールする。



 せっかくの戦いだ。不意打ちなんかしては面白くない。


 正々堂々、楽しくいこうじゃないか!


 僕が派手に着地すると、陣をしこうとしているこの一団全体がざわりとざわめきたったように見えた。思わず武器をかまえた者さえいる。



 おいおい。建前は重要だよ。それじゃなにをしにきたのか丸わかりになっちゃうじゃないか。


 ま、僕は面倒な建前とか嫌いだからそれでいいんだけどね!



「一応、建前を聞いておくけど、なにをしにきたの?」



 挑発するように、僕は体から『シリョク』を思いっきり放出した。


 一瞬、地面が小さく揺れ、大気が震える。



 これは、威圧だ。



 でも、お願いだからこれで逃げないでおくれよ。君達の相手は、この僕なんだろうから!


 大勢の騎士達が体を震わし、一歩後ずさった。



 その中から、キラキラと光る鎧を纏った騎士が姿を現した。この雰囲気、この中じゃ一番強い。たぶんこの人がゲオルグって人なんだろう。



「すでに気づいておいででしたか。だが、君が一人できたというのならば好都合! かまえ!」



 騎士達が、一斉に構えをとる。


 この雰囲気。どうやら狙いはツカサじゃないらしい。



 彼等は僕を無視してあの村へ殺到する腹積もりのようだ



 となると、村の中にいる誰かが目標。


 誰が狙われているのかはわからない。



 でも、ここから一歩も先に進ませる気はない!



 僕はオーマ君を鞘から引き抜き、左手に持っていた鞘をその腰にさしなおした。


 せっかく僕が運動できるっていうのに、僕以外の人と遊ぼうとするなんて、それはないんじゃないかな!



 少しだけ唇をゆがめ、オーマ君を逆手に構え、地面に突き立てた。



 刀を通じ、僕の『シリョク』が一気に地面を流れる。


 オーマ君の刺さった地面から横に一線、光が走る。



 どんっ!



 という音とともに、突撃をはじめた騎士達にむかって、地面が津波のようにうねり、走る騎士達を跳ね上げた。



 ぐわんぐわんと揺れるその土の波を避けられるものなど誰一人としておらず、全員が元いた場所にそのまま押し返される。


 地面がいい感じにうねり、耕されたような状態になっている。こりゃ、いい畑ができそうだ。


 なんて思ってみる。



 でも、その波が彼等の後ろへ流れた時、僕は気づいた。


 この裏に、なにがいるのかを……



 押し戻されて尻餅をついている騎士達が、僕を見て怯えたような声を上げている。



 どうやら彼等も僕。というかサムライの恐ろしさを思い出したらしい。



 ツカサ君。君はここに来るまで、なにをしてきたんだい? この怯え方は尋常じゃないよ。



 一気に戦意を喪失したようだ。



 さっきまでの僕ならこれで遊びは終わりで残念と思っただろうけど、今は違う。


 むしろ、戦う気がないのなら好都合だ。



「悪いけど、遊びはこれまでだ」



 そう言ったら、千人近い人達が一斉に怯えたのがわかった。


 いや、本気で殺しにかかるって意味じゃないんだけど、確かにこの言い方じゃそうとられてもしかたがないか。



 でも、わざわざ言い訳をしてもしかたがない。


 僕はもう一度逆手に持ったままのオーマ君を持ち上げ、再び地面に突き立てた。



 やることは、同じだ。



 また地面を『シリョク』が走り、一本の線が描かれる。


 しかし今回描くのは、僕の正面から目の前に広がる軍勢にむけてだ。



 軍勢を割るように地面がめくれあがり、千いる軍勢を真ん中から引き裂いていった。そこにいた騎士達は、今度は横にむかって転がされる。



 そして、その一撃は軍勢を割ったあと、その後ろにあったなにかにぶつかって爆ぜた。



 巨大な爆発が響き、土煙が上がる。


 突然の爆発に、誰もが、なにごとかとそちらへ振り向いたことだろう。


 そこには、真っ黒い空間が広がっていた。



 まるで、そこだけ夜の闇が落ちたかのように。



『こ、こいつは……』

 オーマ君が驚いたようにつぶやく。



「そこからのぞいているなんて、悪趣味だよ。出てきなよ。この人達をけしかけて、なにを考えているのかな? ひょっとして、人間同士の同士討ちでも狙った?」



「え……?」

 僕の言葉に、騎士達は全員唖然とした声を上げた。




──ゲオルグ──




 テルミアの村に到着し、村を囲むよう陣を広げようとした時、私達の前に彼は現れた。


 まるで空から降ってきたかのように現れたその姿を、私知っている。



 彼の名はツカサ。



 この国に突然現れた、伝説の再来だ。


 その姿を見て、騎士達は一斉にざわめいた。

 まさか陣をしく前にむこうからやってくるとは思ってもいなかったからだ。彼がいきなり現れたことにより動揺し、いきなり武器を構えたものもいた。



「一応、建前を聞いておくけど、なにをしにきたの?」



 彼が言葉を発した瞬間、空気が振るえ、大地が揺れたように感じられた。


 そのプレッシャーに、我々はなにもしていないと言うのに、戦う気がそがれてゆくような気がする。



 しかし、彼がこの場に現れたというのは好都合だ!



「すでに気づいておいででしたか。だが、君が一人できたというのならば好都合! かまえ!」


 私の声で、騎士達が一斉にかまえをなおす。


 ここには総勢千十二名の騎士がいる。そして、我々の目的は目の前のサムライを倒すことではない。たった一人の王位継承者を亡き者にすればいいだけだ!



 ゆえに、彼をまともに相手にする必要はない!



 この数の力により、サムライを無視して村へ突き進めばいいだけなのだ!


「突撃!」

 私の号令とともに、全員が一斉に走り出した。


 サムライを相手にするのは最少人数でよい。あとは、村へと突撃せよ!



 しかし、考えが甘かった。


 いや、サムライは、私達の想像を超えていた。



 刀を抜き、それを逆手に持ちかえたサムライは、それを地面に突き立てた。


 刀より光が地面に伝わったかと思った瞬間、そこから一本のラインが横に広がり、まるで地面がひっくりかえったかのように爆ぜたのだ。



 それは、土の津波。



 空を飛ぶことのできない我々は、そのめくれ上がる大地に巻きこまれ、真後ろへと押し返されてしまった。



「なっ、な……」


 土まみれになった誰かが、唖然とした声を上げている。


 こんなことをされては、サムライの横を通り抜けることさえできない。



 我々とサムライの間には、これほどの差があるというのか……



 私達は、サムライの噂を思い出す。どれもこれもが事実であり、その気になれば一瞬にして敵を倒せることを改めて思い知らされたのだ。



「悪いけど、遊びはこれまでだ」




 ぞっ!




 その言葉に、我々は言葉を失った。


 そうだ。今のこれは、ただ私達を押し返しただけ。本気ならば、その一撃で全員が生き埋めにされていてもおかしくはなかった!


 我々の反応を確認することなく、彼はもう一度地面に刀を突き立てた。



 もう一度地面が爆ぜ、彼の真正面からまっすぐ一直線に、地面が大きくめくれ上がってゆく。



 部隊の真ん中から、そこをおしのけるよう左右へ地面がめくれあがり、そこに一本の道を生むよう横に広がっていった。


 真ん中にいて押し出された騎士達は転がり、その先にいた他の騎士達と重なり合い転がされてしまった。



 起きたのは、それだけではなかった。彼の一撃が我々の連合軍を引き裂いた後、その後ろにあった見えないなにかにぶつかり、その力が爆発する。



 巨大な土煙が上がり、ぱらぱらと小石が落下した。



 転がったままの私は、轟音の響いたそこへと視線を向ける。


 近くにいたエニエス殿もそこを見て、目を大きく見開いた。



 そこには、暗闇がぽっかりとあった。



 空間が割れ、そこになにかがあったのだ……



「そこからのぞいているなんて、悪趣味だよ。出てきなよ。この人達をけしかけて、なにを考えているのかな? ひょっとして、人間同士の同士討ちでも狙った?」



「え……?」


 彼の言葉に、私達全員は唖然とした声を上げた。



「やはり、ただの人ではサムライの相手にはならんか……」



 そう笑い、その空間を通り姿を現したのは、私のよく知る人物。この国の大臣であった。

 どこか呆れたように姿を現した老人を見て、この場にいた全員もさらに驚きの表情を見せた。


 あのような場所から出てくる存在など、我々は知らなかったからだ。あれではまるで……



「大臣!? なぜあなたがここに!?」



「大臣? いいや違うよ」


 声を上げた私に、サムライはそれをあっさり否定した。



 そして続く言葉に、私達の驚愕は最大に達する。



「だってそうだろ? ダークロード。僕の目は誤魔化せないから、さっさと正体をあらわしなよ」



 刀を順手に持ちかえ、サムライはその刃を大臣に突きつけた。



「なっ!?」

 我々全員は、その言葉に驚きを隠せない。



 なぜならその名は、十年前に現れ、たった三体しか確認されなかった最悪の存在だったのだから!



 刀を突きつけられた大臣の笑顔が歪み、その姿がどろりと崩れた。



 その姿から色が消え、闇色の泥のような物が剥がれ落ちてゆく。その内側に存在していたのは、真っ黒い人型のナニカ。


 しかも泥がはがれると、そのサイズさえも変化する。大臣は小柄な老人だったが、その人型はその倍近い大きさに変化していた。



 その姿はまがまがしく、まさにロードを名乗るにふさわしい姿と威厳をしていた。



 大臣の皮を被っていたそれの背中に、四本の漆黒の剣が浮かぶ。


 四本のダークソード。これは、単純に比較して『ダークナイト』四体分の強さを意味している!


 そのうちの一本に、先ほどどろりと崩れた闇の泥が刀身にまとわりついてゆく。それが、その剣の力。ヤツはそれを使い、大臣の姿を模し、化けていたのだ!



 そこで私は、一つの疑問に気づいた。



 あの日、私に隠し子がいると告白した父上。わざわざ大臣の執務室まで来てくれて嬉しいと感じたが、逆に考えればそれは不自然。謁見に忙しかった父がわざわざあの場に来てくれるのはおかしい!


「まさか、あの日大臣の部屋に現れた父上は!」

「なかなか鋭い指摘をする。そう。あれが私だ」


 ダークロードの背後にあったダークソードが光り、その顔の半分が王の姿に変わった。



 その姿に、周囲の騎士達もざわりと驚きの声を上げた。



「や、やはり……!」

「そんな、それじゃぁ……!」


 何人かが私と同じ心当たりを感じ、納得するかのような声を上げるものもいた。


 こうなるとあの父の言葉さえ怪しく思える。なにもかもが、真実などないように感じる!



 隣にいたエニエス殿も、「そんな……」と口を開いて固まっている。



「すべては、我々とサムライをぶつけるための策略だったということか!」

 私はヤツの手のひらの上で転がされたことに怒りを覚えた。



「なにをうぬぼれる。お前達など最初からサムライに相手にもされていない。お前達がここにいる意味とは、ただの盾だ……!」



「なっ!?」

 その言葉に、我々はまた驚かされた。


 ヤツの策略は、我々を武器として使うことではなかった。ただの、駒でしかなかったのだ……!



 ダークロードの背に浮かぶ四本の剣のうち、あの変化の剣ではない別の剣がダークロードの手に収まった。



 ゆっくりとした動きだが、誰にもとめられぬ速度で動くそれが天にかかげられる。



 それが闇の光を放つと、ダークロードの背後に一つの軍勢が現れた。


 すべてが同じ姿をした、真っ黒い人影。我々は、そいつ等を知っている。それの名は、『闇人』


 しかもそいつ等の手には、漆黒の剣。ダークソードが握られているのだ!



 それはすなわち、サムライにも匹敵する力を持つ『ダークナイト』と呼ばれる存在。たった一体でも手ごわいというのに、そこに見える数は軽く四桁を超える!



「今からこいつらが目の前の人間を皆殺しにしよう。さてサムライよ。全力でそれを阻止してみよ。お前が全力で力を振るえば、そこに転がる騎士達が巻きこまれるがな! 騎士達を犠牲にして我等を倒すか、それとも騎士を守って加減して戦うか、好きな方を選べ!」


「くっ……!」


 サムライ殿の表情が歪んだ。


 なんということだ。ヤツの狙いは我々をサムライ殿の足手まといとして使い、守らせ、サムライ殿に全力を出させないということだったのだ!



 それが、盾という意味か!



 なんたる屈辱。しかし、一斉に駆け出したダークソードを持つ『闇人』。千体を数えるダークナイトを相手に、我々が自力でどうにかできるとは思えなかった!


 私は即座に決断した。



「皆、撤退だ! すべてをサムライ殿にまかせ撤退しろー!」


 しかし、その声に反応し、逃げ出せた者はほとんどいなかった。



 この場にいる者は全て騎士。敵を前にして、その相手に背をむけるなんてできる者はほとんどいない。


 その誇りが邪魔してか、私の命令を聞いてもその場から即座に逃げ出すという決断ができた者は少なかった。



 立ち向かおうと立ち上がり、剣をかまえ戦おうとしてしまったのである。



 いけない。これではダークロードの思惑通りになってしまう!



 目の前にせまるそれは今の我々に戦える相手ではない。


 このまま乱戦になれば、ヤツ等の盾として使われ、あれを倒せるサムライ殿が全力を出せなくなってしまう……!



「くそっ!」



 サムライ殿がみずからが作った道を走り、その一団へとむかおうとする。


 その速度は疾風かと思うほどの速さであったが、その速度をもってしても一団が騎士団へなだれこむのをとめられはしなかった。



 乱戦になれば、敵を減らすことが困難になる。



 なんということだ。この国の精鋭達が、ただの足手まといでしかないとは……!


 私は唇を噛むしかできなかった。



 すまない。


 本当に……!




──ダークロード──




 ……



 …………




 私は、闇の中でその戦いを見ていた。



 私はダークロード。



 かのダークシップが主、世界の破壊者たるダークカイザー様の右腕である存在だ。


 十年前の決戦において、サムライの『カミカゼ』によりダークシップ内に封印されたダークカイザー様の復活を目指し、私は日々活動している。



 サムライが命を賭して施した封印は手ごわく、十年の歳月をかけても弱りこそすれ、解除にまでは至らなかった。


 そして今、ダークカイザー様にとどめを刺すべく一人のサムライがこの地に現れた。


 封印に閉ざされた我等が始祖たるダークカイザー様が滅べば、最後の『闇人』である私も消滅してしまう。



 ゆえに、このまま座してはいられないと、私は行動を開始した。



 封印の解除に力を注ぎつつ、私はダークソードを我等以外の生き物へばら撒いたのだ。


 ダークソードの力に魅せられ、闇の力を受け入れればそれは『ダークサーバント』と呼ばれる我等に忠実なシモベと化す。



 しかし大型の生き物。ドラゴンへと突き刺したダークソードはサムライに目をつけられ、あっさりと引き抜かれてしまった。



 やはり世界の一部とさえいわれる最強生物のサーバント化は時間がかかり、目立つため大型生物へのサーバント化は白紙へと戻すことになった。



 かわりにヤツ等と同じ人間どもへの配布を強化した。



 こちらは非常にうまくいった。やはりヤツ等人間の適応力はすさまじいものがある。


 サムライの活躍とともに、人間社会で『悪党』と呼ばれる多くの者が身の破滅を感じ、我が物顔で道を歩いていた多くの法を犯す者達がサムライへの憎悪を募らせた。


 私はそいつらに向け、ダークソードを与えてまわった。そいつらはダークソードに魅入られ、我がシモベへ身を落とした。


 そうして私は、闇に身を売り渡した一軍団を生み出すことに成功する。



 悪党互助組織ビッグG。



 人の頭部を模したような場所に集まるのは、そこに名を連ねた約千名の悪党達。


 私はこの組織の者達へダークソードを提供した。


 サムライという英雄が現れ、闇の中へ身を潜めた者達。

 元々闇と緩和製の高かった彼等は、ダークソードを手にし、短い間でその身を『闇人』と同じ形へと変質させた。


 ここはもう、新たな私の軍団。


 サムライを倒すため生んだ、私の右腕。

 かつて議長と呼ばれた男が座っていた席に、私が座る。


 目の前に集まるのはダークソードを手にした約千体の『ダークサーバント』



 彼等の持つダークソードの特性は『同調』



 一本のダークソードと同調し、一本一本の小さな力を巨大な力へ変える。数が増えれば増えるほど、その力は増えてゆく対サムライを想定して生み出した軍勢を生み出すための一本だ。


 私は立ち上がり、ずらりと並んだ闇の衣を纏う者達へ手を伸ばす。



 私が闇の手のひらを広げると、『ダークサーバント』と化した堕落者達は、一斉に手にしたダークソードを持ち上げた。



 こいつらは、群にして一つの個。一つ一つの力は一体の『闇人』には劣るが、これだけ集まれば『ダークナイト』をはるかに超えるパワーを生み出すことができる。


 とはいえ、素体はただの人間。『ダークナイト』を超える力を発揮させれば、その寿命は百分の一以下となるだろう。


 しかし、かつて軍勢の中でも十体いればサムライと互角に戦えた『ダークナイト』級が千体集まったに等しいのだ。たった一人のサムライならば、ひとたまりもないはずだ。



 サムライはすでに王都へせまり、我が主、『ダークカイザー』様の眠るダークシップへも近づいている。



 封印もだいぶ弱まった。ダークカイザー様の目覚めも近いだろう。


 封印が解ける前にヤツが封印の地につけば我等の負け。ヤツが着く前にカイザー様が封印を破れば我等の勝ちも見えてくる。



 ゆえに、機はここしかない。



 サムライを排除し、ダークカイザー様さえ無事ならば、我等『闇人』はいくらでも甦ることができる。


 サムライさえ消えれば、ダークカイザー様の念願を邪魔するものは存在しなくなる。世界は無に還り、全てがあの方の物となるのだ……!


 ダークソードをばら撒くのと同時に、この国の大臣に化け、ある謀略を仕掛けた。人間達を先導し、サムライにぶつけるというものだ。



 それも成功し、サムライと人間の戦いがはじまった。



 しかし、サムライ相手に人間はなんの役にもたたなかった。あっさりと破れ、サムライは私が見ていることも見破った。


 だが、それは私の計算内。



 私はビッグGの椅子から立ち上がり、割れた空間を通り、私は戦場へとおもむいた。



 自身の正体をわざわざ明かし、我が所有のダークソード、『変化』の力も教えてやる。ついでに言えば、『ダークサーバント』の控えていたビッグGからあれを持ってきたのはもう一本のダークソードの特性『転移』の力だ。


 私ほどの存在ならば、一度に千体もいる『ダークサーバント』をいかな遠い場所にも運ぶことができる。



 命を削り、『ダークナイト』に匹敵する力を得た千体の『ダークサーバント』を、この無力な騎士達を守りながら戦えるかなサムライ!



 表と裏、全てを敵に回したサムライよ、今日でお前の命もおしまいだ!




 後編に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ