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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
23/88

第23話 サムライ洗脳計画


──ゲオルグ──




 なぜ、死んだのがあの方なのだ!


 死ぬべきは、あいつの方でよかったというのに……!


 どうしてあの方が……


 あんなにも高潔な方が、なぜあれをかばって……


 どうして。


 どうして?


 死ぬべきは、お前でよかったというのに……!


 なぜお前は生きている。


 生きる価値などない分際で!


 お前が。


 お前が!



 お前が!!



 どうして!!




「うわあああぁぁぁっ!」




 私は、跳ね起きた。


「はぁ、はぁ」

 荒い息を吐き、アゴの下に流れる汗を拭う。



 窓の外から静かに注ぐ月明かりに反射し、この気持ちの悪いしずくが一瞬美しく輝いたように見えた。



 その汗でシャツがべったりと体にはりついている。



「またか……」


 私は小さくつぶいた。



 また、あの夢か……



 幾度となく見た悪夢を思い出し、私はため息をつく。



 私の名は、ゲオルグ。



 王栄騎士団五番隊隊長にして、この国唯一の王位継承者だ。



 しかし十年前にはもう一人、真の後継者といえる、正当な王位継承者がいた。



 この王国の王位継承権とは、王から血の近い者から得られる。王の下に弟(妹)がいればその者が次の王となり、王の子が続いて王位継承権を得て、その弟へと続いてゆく。


 私は現王の弟の息子であり、その人は現王の血を引く、第一位の王位継承権を持つ人だった。



 父を早くに亡くした私は、十歳年上のその方と兄弟のように育てられた。



 出来も要領も悪かった私とは違い、従兄(あに)はまさに天才で、剣術から馬術はおろか、芸術から音楽にまで才能にあふれ、人々の人望も厚かった。


 誰からも愛され、間違いなく父王をこえ、偉大な王として歴史に名を残すものだと誰もが思っていた。



 しかし今から十年前、この国にダークシップが飛来する。



 勇猛果敢でも知られた従兄(あに)は、みずから騎士団を率いその軍勢と戦った。


 私も従兄に憧れ、剣をとり、小さいながらも騎士団を率いて従兄と合流した。



 でも、それが間違いだった……



 私が従兄と合流をしてすぐ。それは起きた。


 敵から放たれた闇の矢。



 それが、私にむけて飛来したのである。


 私はそれに、気づけなかった。



 その矢は……




 ……私をかばい、私を突き飛ばした従兄の体を刺し貫いた。




 胸を貫かれた従兄は、そのまま亡くなった。


 この時、誰もが思ったはずだ。


 死ぬべきは、私であったと。



 余計なことをして、死ぬべきではない者を死なせてしまったのだ。当然の意見である。



 私とてそう思う。


 あの時死ぬべきは、私であったと。



 誰もがそう思う。



 しかし、どれだけ思ったところで現実は変わらない。


 生き残ってしまったのは私であり、従兄の最後に、「この国をまかせる。お前なら、私以上の王になれる」と言われたのも、私だ……



 私はこの国を従兄(あに)に託されたのだ。



 だから私は、どのような罵声を浴びせられようと、どれだけ失望されようと、証明しなくてはいけない。


 私は、王にふさわしい器であると。



 王家の血筋のおかげで王になれるということではないと!



 皆に認められ、血筋を守るために存在する王ではないと証明しなくてはならない!


 でなければ、従兄の死が無駄となる。従兄が私を守った意味がなくなる!



 だから私は、身分の垣根を越えて存在する組織。王栄騎士団に入団した。



 そこはどれだけ身分の低い者であろうと、貴族であろうと関係なく、実力のみが認められる一団。


 ここでの活躍は、色眼鏡が存在せず認められたという意味である。



 私の実力を皆にわかってもらうには、これしか道がないのだ。



 私は、皆に認められ、従兄を超える王にならねばならないのだ!



『お前にそんなことができると思っているのか? この無能が』

『才能のないお前になにができる……!』



「っ!」

 頭の中で、また囁き声が聞こえる。


 身分の通用しない王栄騎士団に入り、実力を得てはれて隊長に抜擢されたというのに、いまだ聞こえるこの悪夢の囁き。



 これはまだ、私の心が民に認められていないと感じている証だった。



 自分に自信が持てていない証でもあった。


 まだまだ努力が足りない。



 私は頭を振ってそれを振り払い、顔を洗うためベッドから降りた。




──ツカサ──




 トウジュウロウさんの庵を出て、次の目的地は再び西。ではなく、俺達は庵から北の方へとむかっている。


 なぜ西でなく北なのかと言えば、庵のある村から北西に行ったところにもう一人のサムライがいるというのだ。


 なので挨拶ついでによって行こうということになり、その村へむかっているというわけなのである。



 なので俺達は今、大街道へ戻るのでなく、北まわりで王都を目指す形で動いていた。



 トウジュウロウさんの庵からしばらく。俺達はシシリアニーという街にやってきた。


 壁に囲まれたレンガ造りの家が並ぶ街並。石畳が並び、馬車が交易の基本手段である機械が欠片も存在しない風景もだいぶ見慣れてきた。


 今日は、この街で一泊の予定である。



 王都にだいぶ近づき、そこそこに大きな街ではあるけど、ここは旅なれたマックスもはじめてきた街であるらしく、宿は適当に決めることになった。


 街の人に色々聞いたところ、北に向かうため旅人も多くこの街を通過するので、宿はどれを選んでも大差はないらしい。

 なので棒を倒して指し示した方向にあるという古典的な方法で宿が決定した。



 選ばれた宿は中の下といったちょっと寂れた宿屋だった。



 宿屋の入り口から入ると、そこは食堂になっていた。中では旅人らしき四人組と、街の住人らしき人がくつろいでいる。


「ん?」

 マックスが中にいる四人組みを見て、声を上げた。


 その声に、テーブルに座っていた四人組もこちらを振り向いた。



「あ」

 そして、四人組の人達もなにかに気づいたように声を上げた。



「ゲ……」

「マックスさーん!」


 マックスが誰かの名前を呼ぼうとした瞬間、金髪の旅人が立ち上がりマックスの名を呼んだ。



 どうやらマックスの知り合いらしい。



 げって言ったから、ひょっとして苦手な知り合い?

 その人は勢いよく立ち上がり、マックスの背中を押して手を引いて自分達のいたテーブルへと押しこんだ。


「ごにょごにょ」

「ふむふむ」


 マックスの耳元になにかを囁きかけ、マックスはなにか納得したようにうなずいた。


 そしてマックスは席を立ち、俺達を手招きする。



「ツカサ殿、リオ、オーマ殿。こちらで少しお話があります」


 マックスの言葉とともに、マックスの名前を呼んだ金髪の青年が頭を下げた。


 やっぱり、この人達とマックスは知り合いのようだ。さすが諸国漫遊して修行の旅をしていただけある。いろんなところに知り合いがいるな。


 マックスの知り合いならば問題ないだろうと、俺達は素直にそちらへむかった。


 彼等が座っているところは店の隅で、そこでなら話をしていてもあまり他の人達に話を聞かれないような場所だった。



 人数が倍近くになるので、テーブルを二つ並べ、彼等は俺達を歓迎する。


 マックスにうながされるままマックスが座っていた席につくと、俺の前にはさっきの金髪の青年がいた。



 どうでもいいけど、リオさんにマックスさん。俺の隣の席をとるので骨肉の争いになるような火花を散らすのやめてください。二人しかいないんだから、どっちも隣に座れるでしょう?


 結局右にリオ、左にマックスということになった。なぜかリオが勝ったようにニコニコで、マックスがしょんぼりしている。

 右と左、なにか差があるんだろうか? 俺にはわからない差があるんだろうなぁ。



 ひと段落つくと、前に座る金髪の青年が俺に微笑みかけてきた。



 年齢はマックスと同じくらいだろうか。いや、マックスより少し若いか。温和そうな笑みを浮かべた好青年だ。



 ん?



 俺は、目の前で笑う人を見て、なにか変な感じがした。これは、既視感? この人、誰かに似ている気がする。

 誰だろう。首をひねるが、なかなか出てこない。


 あ、今出てきそうな気がした。


 頭の中にもわもわぼんやりとその人の像が浮かび上がってくる。



 こ、この人は……



「はじめまして。ですねサムライ殿」



 ……声をかけられ、その像はぽへっと消え去った。



「は、はい」

 にこにこと俺を見ながら声をかけてきた好青年に、思わず声を返してしまった。


 ここへぜひ否定しておくべきだったのに、これではサムライということを肯定したようじゃないか。変なことを考えている場合じゃなかった。



 だが、俺が否定の言葉を口にする前に、事態は進んでしまう。



「驚かずに、声を上げずに聞いてください。私は王栄騎士団五番隊隊長。ゲオルグというものです」



「おうえいっ!?」


 リオがその名を聞いて声を上げそうになったけど、近くにいたゲオルグさんの仲間の人が手で制し、リオは驚いて自分で口を押さえ、声を出すのを防いだ。


 おうえいという意味はわからないけど、さっきマックスが「ゲ」と言ったのはこの人の名前だというのはわかった。


 どうやらこの自己紹介はこの国の人にはとても驚くようなことみたいだけど、俺にはさっぱりわからなかった。



「さすがですね」

 むしろこの場合、なんで知らないの? と思われるかと思ったのに、なぜか感心されてしまった。謎である。


「しかし今、ここで我々が王栄騎士団であることを騒ぎ立てないでください。今我々王栄騎士団はある内偵作業を行っていますから」

「はあ」


 いかん。完全に知っているということを前提にして話を進めている。しかも秘密にしてくれと言っているのだから、王栄騎士団てなに? なんて聞ける雰囲気じゃない。



 というか秘密なのになんで俺達にそんなことを教えるの!?



「すでに知っているとは思いますが、我々の役目は領内において悪事を働く者を捕まえることです。我々はこの街をおさめる貴族。シシリー子爵の調査に来たのですが、その調査において、サムライ殿の力をお貸しいただきたいのです」


「はい?」

 いきなり言われ、ちょっと困惑してしまった。


 なにをするため騎士団の人がここにいるのかはわかったけど、まさかその手伝いをお願いされるとは思ってもみなかったからだ。


 どういうこと? とマックスに視線を向けると、「力がある者には協力を頼む。そういうお方なのです」と返事が返ってきた。


 なんてこった。それならなおさらさっきサムライであったことを必死に否定しておくべきだった!



 というかなんでそんな柔軟なんだよ。騎士団なんだから事件は俺達だけで解決するともっと意固地で高慢でいてくださいよ。なんですかその使える物はなんでも使っちゃうよ的な頭の柔らかい理想的な上司は。上に煙たがられちゃいますよ!


「やっていただくことは簡単なことです……」


 俺の答えも聞かず、ゲオルグさんは話を進めている。


 ちょっと待て! と言いたかったが、「お力をお貸しいただきたい」と言われた直後、俺は「はい」と言っていたことを思い出した。



 ひょっとして、それを「イエス」と受け取られた? ただ聞き返しただけだったけど。受け取られた!?


 やべえ。と思っている間に、ゲオルグ隊長のお話はさくっと終わってしまった。



 要約するとこうだ。


 この街を治めるシシリー子爵の周辺で最近不審死が続いている。


 最初は彼の政敵が自殺。それを不審に思い、調べに来た王栄騎士団三番隊隊長は突然乱心し部隊の者を何人も斬り殺した挙句自害した。

 どちらもそのようなことをするような者ではなく、しかし、みずから命を絶ったのは間違いなかった。



「我々はその中心にいたシシリー子爵が怪しく思い、調査をしているのですが、彼はなかなか尻尾を現しません。そこで、サムライたるあなたに、その子爵との面会をお願いできませんか?」


 そう言い、頭までさげられてしまった。


 なにやらこの人にはその怪しさの確信があるらしい。だから、偶然なのでは? などとは言えない雰囲気だった。



「なにか、手がかりになる小さなことでもいいんです。俺達に力を貸してください!」

「お願いします!」

「どうか!」


 ゲオルグさんと一緒にいたお仲間と思しき他の三人も頭をさげてきた。


『相棒、どうする?』

「ツカサ殿、拙者からもお願いはできませんか?」


 オーマに決断を迫られ、マックスにまでお願いされてしまった。


 じっと、リオを除いた全員の期待をふくんだ視線が俺を貫く……



「……わ、わかりました」


 あぁ、今の俺は間違いなく流されてしまった。こういう時、ノーと言える日本人になりたいと何度も思う。



 そんな怪しいところへ潜入して情報をとってこいだなんて、俺にできるわけがないじゃないか。あなた達は知らないだろうけど、俺は普通の高校生でサムライなんかじゃないんだから!



「とはいえ、その人にあってくるだけですからね? 不審な点とかわからなくても文句は言わないでくださいよ?」



「かまいません。サムライ殿がなにか不審だと思ったものを報告してくれればよろしいので」


「俺が不審と思った。ねえ。わかりました」


 なにかふくみのある言い方だけど、マックスもリオもなんかわかった! というようにうなずいている。ひょっとしてこれも、王栄騎士団という単語と同じようにこっちじゃ常識的な隠語だったりするのか!?



 でも、みんなわかっている状況で話題をとめてそれを聞くってのはとっても勇気がいる。そして今の俺は、そんな勇気ない!


 というかそもそも、シシリー子爵にいきなり面会に行って会えるわけがない。相手はこの街を治めるお人で、こっちは怪しいえせサムライだ。



 門前払いを食らうに全額賭けてもいいくらいの怪しさだ。



 そうなったらしかたがない話なので、面会は諦めて、騎士団の人達にも諦めてもらおう。


 だって会えないんだからしかたがないよね!




「シシリー様はサムライ様とむしろ対談を望まれております。さ、どうぞこちらへ」



 シシリー子爵のお屋敷に行って面会したいといったら、執事らしき人がうやうやしく礼をして俺達を招き入れてくれたのでした。


 なしてこげな怪しげな一団をあっさり館に入れてくれるんですかー!?




──ゲオルグ──




 シシリー子爵。


 彼の周りで謎の不審死がはじまったのは二週間ほど前だ。


 最初は彼の政敵。そして、彼とは仲がよくなかった商人。さらにその不審死を怪しみ、調査に向かった王栄騎士団三番隊隊長が乱心し、隊員数名に剣をむけ自害。


 三番隊隊長と最初の貴族は知り合いであったらしく、シシリー子爵がなにかをしたのだと疑っていた矢先の事態だった。



 ゆえに私は、自害の続くシシリー子爵を調べるためこの街で情報収集を開始した。


 すでに三番隊が一度調査にきているゆえ、おおっぴらに王栄騎士団が来ていると知ればヤツは警戒するだろう。



 ゆえに旅人に変装し、裏とりをはじめた。



 すると、謎の不審死以外にも、シシリー子爵の周りでは突然人が変わったかのような行動をする者が多く確認されているという。


 今までシシリー子爵を見下していたものが突然聖人のように崇めたてまつったり、一切援助しなかった者が突然援助を開始したりなど。



 豹変した結果、それはシシリー子爵の利益へとつながっていることがわかった。



 ヤツへの疑惑は大きく膨らんでいったが、周囲からでは決定的な証拠は出てこなかった。


 唯一出てきたのは、シシリー子爵と面会したのち、その態度がおかしくなったのだという。



 ならば、私が面会にむかおうと部下に言ったが、危険すぎるととめられてしまった。


 そこでならばどうすればと頭を抱えていたところ、我等の泊まる宿に彼が現れたのだ。



 伝説の再来と呼ばれ、かつて(第16話)たった一人である貴族を壊滅させた噂のサムライ殿だ。



 あの時であったその弟子、マックス殿がいたことにより、すぐ近くいる彼のことも気づけた。


 部下とマックス殿の気使いにより、私の正面に彼は座った。



 あれから聞いた話では、サイモンリーヴにおいて裏社会で恐れられた破裂の魔狼、ジョージ・クロスのクロス一家を傘下におさめただけでなく、彼しか使えないという破裂魔法を使ってみせたのだという。



 これは目撃者が多くいる場で起きたことなので、ほぼ間違いのない情報だ。


 このジョージ・クロスの一件以外の噂はほぼ眉唾な話でしめられているが、実際に雷を落とすところを見ていた私達は、それれら間違いなく事実であっただろうと納得ができた。


 でなければ、目の前に座った少年を見て、そんなことはできないと鼻で笑ってしまっただろう。



 しかし、一見普通に見える彼は、間違いなく本物のサムライなのだ。



 現に、彼は私の名と王栄騎士団の名を聞いて顔色一つも変えなかった。


 私のことをすでに知っていたのか、はたまた眼中にないのか、いずれにしても肝が据わっている。さすがサムライ殿だと言わざるを得ない。


 彼等に今回の一件で協力をとりつけることができるならば、スムーズに解決できるかもしれない。



 前回のガワンディ領誘拐事件の時は、協力を申し出る前に終わってしまったが、今回は協力を要請できたようだ。



「わかりました。とはいえ、その人にあってくるだけですからね? 不審な点とかわからなくても文句は言わないでくださいよ?」


 わけを話し、協力を要請したところ、彼は快く引き受けてくれた。



 しかし、彼は我々の方も疑っているようにも見える。



 我々としてはの心象は黒だが、彼はまだシシリー子爵を見たこともなければあったこともない。話だけで我々が正しいと判断しない。それは正しい。


 であるからむしろ、中立であるあなたに確かめてきてもらいたい。



 我々にない視点を持つあなたならば、魔力の残滓もない、一見すると本当に自害にしか見えないこの一件に風穴を開けてくれると……!



 しかし、帰って来た彼からもたらされたものは、風穴どころではなかった。



 この一件すべてを終わらせる、とんでもない爆弾を持ち帰ってきたのである……!




──シシリー子爵──




 ワシはシシリー子爵。


 いずれこの国の王となり、歴史に偉大なる王と名を残す者だ。



 くくっ。やはりワシを調査しに来ているなゲオルグ王子よ。



 王栄騎士団の隊長が不審な死を遂げれば、間違いなく他の隊が来ると思っていた。二番目で貴様がやってくるとは僥倖。ゲオルグ王子をこの地に呼び寄せること。それが私の狙いの一つだとも知らずに。


 これで、貴様がいなくなればワシが王となる野望にまた一歩近づける!



 しかし、やはり三番隊隊長の死は少々やりすぎたか、調査が続いたのはいいが、真正面から堂々とワシを調べにくるということはせず、ワシの周囲からじっくりと情報を集めてゆくことにしたようだ。くくっ、無駄なことを。私の秘密を知る者は、残念だがワシ以外に誰一人としておらぬ。ワシの周囲にいる者すべて、ワシの下僕にすぎぬのだから!


 さて。問題はいかにしてあの王子を抹殺するかだが、なに、いずれ調査が行き詰まれば王子みずからワシのところへ直接接触してこらざるを得なくなる。そうなれば、ふふふっ……


 ワシはいずれ来るワシの千年王国を夢見、ほくそ笑んだ。



「シシリー様……」

「どうした?」


 ワシがほくそ笑んでいると、執事がある情報を届けにやってきた。


 今ちまたで噂のサムライ。それがこの街にやってきたというのだ。王都にむかって旅をしていると聞いていたが、まさかこの街にやってくるとは予想していなかったよ。しかし、ここも王都にはそこそこ近い。ならば本物のサムライがやってきていてもまあ、不思議はない。


 となればつまり、あの方もここにいらしたということになる。



 なんとすばらしい。ワシが王となるための手札がこうも一気にそろうとは。



 しかも、サムライはゲオルグと接触しているという。まさか、双方が知り合いだったとは予想外だったが、なおのこと好都合だ。


 どうやってサムライをこちらに呼ぼうかと思っていたが、サムライはそちらからやってきてくれた。



 ゲオルグもワシと考えることは似ているらしい。


 サムライを使ってワシを探ろうという腹なのだ。



 自分ではなくサムライを使うとは、さすが後継者を掠め取った男よ。自分は安全地帯で高みの見物とは恐れ入る。


 しかし、それが自分の首を絞めているとも知らずにな。



 ゲオルグだけでなくサムライとてワシにとってみれば目の上のたんこぶ。


 ゲオルグとサムライ、双方同時に始末してくれよう!



 サムライがワシを探りに来たのち、また二人は接触する。これを利用しない手はない!



 ワシは面会に来たサムライを部屋に通すように執事に伝え、これの準備に入った。



 ある夜、闇のような衣を纏った何者かに手渡されたこの黒い棒。ワシの趣味にあわせ先端に装飾を施したが、こいつはすごかった。


 この杖には、ある力が秘められていた。人の心を操り、ワシの言うことには絶対服従させるという力が!


 一度に一人。力を使用する際、対象以外の者にワシの命令を聞かれてはならず(二人きりで話す必要がある)、服従状態に入った相手にこの力のことを根絶丁寧に説明してやらねば効果が出ないという制限(魔法を使う際の呪文のような物だ)があるが、その威力は絶大!


 この力に支配された者は、ワシの言葉に一切逆らうことができなくなり、ワシが死ねと言えばそいつは笑顔で自害するという本当に恐ろしい力だ。



 ワシの政敵もこの力でみずから命を絶ったし、王栄騎士団三番隊隊長はワシの命令で部下を斬り、自害した。



 剣を振るうばかりの者がいくら強かろうと、この力には決してかなわない。


 何者がこれをワシに使わしたのかは知らないが、ワシのために使えと言うのだから、存分に使わせてもらおう!



 あとはこの力でやってきたサムライを洗脳し、ゲオルグ王子を殺させる。



 乱心したサムライに王子が殺されれば、サムライはこの国の敵。英雄と謳われた存在の豹変に人々は恐れ、民は英雄を望むだろう。そこにワシが颯爽と現れ、恐怖の象徴となったサムライを倒す! ワシに絶対服従の状態ならば、間違いなくワシが勝つからな!


 さらに追われることとなったあの方は間違いなく路頭に迷うに違いない。そこをワシが拾い上げ、この力で服従させてしまえば……! 完璧だ。そうなれば、ワシが王となる! 次期の王座は揺るがない!



 なんの疑いもなくワシの部屋へやってきたサムライは、ワシの力にあっさりとその手に堕ちた。



 この黒い杖の力に囚われ、ワシの言う言葉にすべてうなずき、ゲオルグを殺せという命令にさえ笑顔でうなずいたのだ。


 我が手に落ちたサムライを、ゲオルグの元へと返す。



「くくっ」

 支配を確信したワシは、わきあがる笑みがとまらなかった。


 さあ、サムライよ。我が忠実にして最強のしもべよ。我が命に従い、王子の首を取りこの国の敵となるのだ!



 あとはワシがお前を倒し、救国の英雄として崇められ、あの方を……



 ふはっ。ふはは!



 笑いが止まらない。

 あとは結果を待つのみである。


 じき、街が騒がしくなるであろう。



 その騒ぎこそ、ワシが王となる第一歩の血ののろしなのだ!




──ゲオルグ──




 面会が終わり、サムライ殿達が私達の待つ宿へ戻ってきた。


 その時、入ってきたサムライ殿の様子が少しだけおかしかったように思えたが、私達はそれについてはまったく気にはとめていなかった。


「どうでした?」


「うむ……」

 マックス殿の言葉は歯切れが悪い。それだけで、屋敷に入ったとしてもなんらかの進展があったとは到底思えなかった。


「ツカサがその子爵ってヤツにあっている間にちょっと屋敷の中を見てまわってきたけど、別に怪しい物なんてなにもなかったぜ。なあオーマ」

『おう。子爵のヤツは相棒一人じゃねーとあわねえってからいうからよ。しゃーないからリオと一緒に怪しい物がねーか探してきたんだが、隠し通路も地下室も、怪しい物もなーんもなかったぜ』


 サムライ殿の腰にある刀に、帽子の少年が告げると、そのような答えが返ってきた。



 むう。なにもないとはおかしい。間違いなくなにかあるはずなのだが……



「というか、気のせいだったんじゃ?」

「むう……」


 少年。リオ君の言葉に、私は口をつむぐしかなかった。


 私達の見たて違いだったのだろうか?



「……」

 うむうとうなっていると、サムライ殿が無言でテーブルの上に小さな箱を置いた。



 何事か、と皆の注目がそこへと移動する。



「なにかねこれは?」


「ちょっとした魔法みたいなものです。画面が小さいですけど、見てもらえますか?」


 サムライ殿がにっと笑い、ボタンを押す。


 すると、驚くことが起こった。



 箱の中に、鮮明な画が現れたのだ。まるでそこに、別の世界が現れたように。



「うわっ!?」

「ま、魔法!?」

 部下が二人飛びのいた。


「いえ、違う。魔力が感じられません」


 飛びのいた二人を注意する係の部下が驚きを隠せないように言う。



 確かに魔力は一切感じられない。しかし、魔法の水晶球で遠くの風景を見ているかのようなこれが魔法ではないとは。ひょっとするとこれが、『闇人』を魔法抜きで倒すサムライの秘密……?


 刀と呼ばれるインテリジェンスソードも、魔力をもちいず作られている作られているゆえ、このような物が存在していても不思議はないが、なんとも不思議な物だ。



 驚いているのは、私達だけではなかった。サムライ殿の仲間であるマックス、リオ君までもが目を点にしている。



 サムライ殿と旅をして、その凄さを目の当たりにしている彼等でさえ信じられないと驚くとは、彼の底はどれほど深いのだ。



「これ、さっきのシシリーってヤツの貴族の屋敷の中?」

「うむ。これは廊下だな。って、拙者が、今拙者がいた!」

「おいらも、おいらもいた!」


「これはまさか、サムライ殿が見てきた視界……!?」


 私の言葉に、全員がさらに驚きを現す。


 この小さな箱にうつる彼等は廊下を歩き、マックス殿達は待合室で待機することとなった。先ほど言った、サムライ殿だけがシシリー子爵と会えたというところだろう。


 サムライ殿は刀をリオ君にわたし、さらに奥へとむかう。



 屋敷の一番奥にあるだろう部屋へ入ると、そこにシシリー子爵がいた。


 笑顔で出迎えたシシリー子爵がサムライ殿に席へ座るよううながし、彼を席に座らせる。

 一見すると、なごやかな対談がはじまるかのように見えた。しかし、シシリー子爵の一言が、状況を一変させる。



「我に、従いたまえ!」



 彼が後ろ手に隠した黒い杖が一瞬輝いたように見えた。



 あれは、杖のように偽装してあるが、間違いない。ダークソードだ。


 彼の背後から姿を現したそれを見て、サムライ殿を除いた全員が、また驚いた。


 彼はそのまま、このダークソードの力を説明しはじめる。どうやらシシリー子爵は、それがかの最悪の敵である『闇人』の武器であるダークソードであると気づいていないらしい。



 この剣の力は、一度に一人にのみ使え、他に話を聞くものがいれば発動ができない上、この特性を正確に相手に説明しなければ使えない力のようだ。


 すべてを説明し終えたシシリーも、はき捨てるようにこれがなければと言っていた。



「だが、おかげでこの支配はとてつもなく強力だ。サムライとて抗えん。さあ、命じるぞ」



 しかし、その力は絶大。邪魔されずに告げ終えれば、例えいかなる者も抗うことはできない。絶対の力であるとのことだった。



 そうか。これで我々はすべてを理解した。



 シシリーは『服従』の特性を持つダークソードを手にし、それを使って政敵や第三隊長を死に追いやっていたのだ。


 まさか貴族にまでダークソードが蔓延しはじめているとは、マクマホン騎士団が危惧していたことが現実となってしまった。



 いったい、サムライ殿になにを命じるのか。



 誰かの喉が、ごくりとなったような気がした。ひょっとすると、私のだったのかもしれない。


 箱の向こうにいるシシリー子爵がにやりと笑い、命じる。



「サムライよ、王栄騎士団五番隊長、ゲオルグを斬り殺せ」



 一瞬、私の背筋がぞくりと震えた。


 額に冷や汗が噴き出し、椅子から立ち上がろうと腰を持ち上げてしまう。


 同時に私の仲間が私を守るよう間に滑りこんできた。



 当然だろう。かの伝説の再来と言われているサムライにあのような命令が発せられれば、否が応でも反応する。



 シシリー子爵が説明したことが事実ならば、あの命令に逆らえる者はいないはずなのだから……!



 だが、サムライ殿は動かない。



 サムライ殿は、彼の仲間が驚いて自分を見ているのを、不思議そうに見返している。

 私達を見て、なにしてんの? という態度だ。



「そ、そうだ……そんなことあるわけがないんじゃないか……」


 私は浮かばせた腰から力をとき、そのまま椅子へへたりこんだ。



 冷静に考えてみればわかることじゃないか。彼がそれの支配下に置かれているのなら、私はすでに死んでいる。彼がこうしてこれを見せる前に、私が死んでなくてはおかしいのだ。



 彼がこれをこうして見せてくれたということはすなわち、サムライ殿にこのとてつもない支配は通用しなかったという意味でもある……!



 それに気づいた私の仲間達も、信じられない。とサムライ殿へ視線を送った。


 三番隊隊長が抗えずシシリーの手に落ちていることを考えれば、信じられないと思うのもしかたがないことだろう。しかし相手はあのサムライ殿なのだ。我々の常識など通じない可能性も高い。



 相手が使ったのはダークソードの力。彼はそれを屠る側の存在なのだ。まさに、存在の桁が違う……!



 箱の中では私の抹殺を確信したシシリー子爵の笑い声が響いている。



 なんとも、哀れな男だ。


 私を殺すのにこれほど適任もいないと思って暗殺を命じたのだろうが、それが仇となった。


 きっと、それ以外にも様々な思惑もあったのだろう。サムライ殿を罪人にしたて、救国の英雄にでもなろうと考えたなどな。しかしそれらはサムライ殿には通じず、こうして自分の悪事を完全に自白した結果となってしまっている。


 私は他の仲間と視線を合わせ、立ち上がった。



「サムライ殿、ご協力感謝します。あなたのおかげで十分な証拠が得られました。あとは私達にお任せください」


「拙者達も協力するが?」


「いえ。今回はこれだけで十分です。これ以上は必要ありません。宿の方の代金は支払っておきます。せめてもの謝礼ですから」


「はい」


 私の言葉に、サムライ殿は快く答えてくれた。



「では、街の外で待機している皆に連絡し、シシリーの確保に向かうぞ!」

「はい!」



 もう正体を隠す必要はない。むしろ、我々がヤツを探っているのは私を暗殺しようとしていたことから明白。あとは暗殺の失敗に気づき、逃げられる前に突入するまで!



 私達は走った。



 私の暗殺を計画した、シシリーを逮捕するために!




──ツカサ──




 面会しに行ったら、実にあっさりOKが出てしまったのに戸惑う俺がいます。


 なんということだ。まさかこんなにあっさり面会がかなうなんて想定外だぞ。



 てっきりこんな怪しい面子の奴等にあっていられるか。私は忙しい! とか言われると思っていたってのに。


 この子爵様、ひょっとしてよほど暇なのか? 予定、スカスカなのか? そんなにお暇なら街をよりよくするために視察とか行っていてくださいよ!


 なんて嘆いていてもしかたがない。



 会えることになってしまったんだから、腹をくくるしかない。



 俺のよいところは、やるといったらきちんとなるべくやるところだからな!(ただし命の危険のあることは除く)



 だから俺は、ひさしぶりにこいつの電源を入れるぜ!



 館の門から家に案内される間に、俺は自分のカバンを探り、中から携帯電話を取り出して電源を入れた。まだ電池はほぼマックスで残っていた。いける!


 俺はカメラを起動し動画撮影モードにしてそれを制服の胸ポケットに潜ませ、レンズを外に向けた。これで俺が見たものすべてが記録される!



 正直なにを探せばいいのかわからない。ならばこいつで撮影をして怪しいのがわかる人に確認してもらおうという寸法だ! これで、万事解決!(結局他力本願)



 なんと完璧な作戦なのだろうか。あとは無事さっきの宿に戻るだけだな!



 執事さんにうながされ、俺達は屋敷の廊下を歩いてゆく。



 赤いふかふかの絨毯が敷き詰められた豪華な廊下だ。きっと柱の間間にある彫刻とかもとってもお高いんだろう。

 なにが怪しい物なのかわからないから、それらをしっかりと胸のカメラでうつしながら移動してゆく。


 執事さんが、ある部屋の前にとまった。



「こちらは、控え室となります。サムライ様以外の方はこちらでお待ちください」


 ぺこりと頭を下げ、ドアを開けた。


 そこは、待つためだけの部屋だというのに、とても豪華なお部屋に見えた。



「それと、サムライ様」



「はい?」

「大変申し訳ございませんが、そのお腰のお刀も、御従者殿にお預けになるか、こちらにお預けになるか願えないでしょうか?」


 折り目正しく、執事さんは頭を下げてきた。



『あー、まあ、しゃあねえかもな……』

 オーマも少し不満そうだけど、どこか納得したような声を上げた。


 確かに、こちらは会いに来た立場だ。それに、偉い人にあうのだから、武器の携帯が許してもらえないのも当然といえよう。


 問題は、オーマがいないと俺は誰の言葉もわからないということ。



 でもここで駄々をこねてももうしかたがないのも事実。



 なにやら不審死の原因という疑いのある人と一対一になるのはちょっと怖いけど、オーマならすぐ俺の異変に気づいてくれるだろうし、そこには頼りになる仲間も一緒にいるのだから、すぐ助けに来てくれるに違いないだろう。


 なら、ここで駄々をこねて相手の機嫌を損ねるより、素直に従って心象を少しでもよくしておいた方が賢いだろう。


 言葉はわからないけど、撮影しているから音声もばっちりと残る。なら、なにか要求されてもあとで検証しなおすということも可能だ。



 その場で即決という事態にならなければまず問題ない。よし。いける。きっといける! ……といいな。



 少しの不安を感じながらも、俺はオーマをリオに預け、先を歩く執事さんについて廊下をさらに進んだ。



 廊下の一番奥。俺は執事さんが開いた扉を素直にくぐり、その部屋へ足を踏み入れた。


 背中で扉がばたんとしまると、豪華な椅子に座っていた人物が立ち上がり、俺の方へと振り向いた。

 それは、いかにも貴族というような赤に金糸をちりばめた刺繍の入った服を着て、いかにもかつらというくるくるヘアーを装備した人だった。


 手には、ごてごてと宝石をつけた柄の黒い杖を持っている。



 なんというか、教科書でよく見る昔の肖像画からとび出してきたような格好である。



 鼻の下にある八の字の髭がとっても印象的な人だった。


 たぶんこの人が、面会に応じてくれた貴族。シシリー子爵その人なんだろう。



「$%#&&%$%!」



 手をバッと広げ、仰々しい動作でお辞儀をしてきたので、俺もならってぺこりと頭をさげた。


 言葉はさっぱりわからないけど、いちいち芝居がかった動作がはいるので、椅子を勧められた時とか言葉がわからなくとも言わんとしていることはなんとかわかった。


 俺が素直に椅子に座ると、シシリー子爵は一人で一方的にしゃべりはじめた。



 なにかを説明しているようだが、いくら芝居がかって動作が大きいといっても、なにを言っているのかさっぱりわからない。だから俺は、にこにこしてうなずいている。



 こういういい気になって話しをしている人は、にこにこしてうなずいているのが一番いい。こういう人は下手にさえぎると機嫌が悪くなるし、気持ちよく話をさせておけば俺に対して危害を加えることはまずないと踏んだからだ。


 幸いにも、動作が大きくて芝居がかっているから相づちが欲しいタイミングがよくわかる。それにあわせて俺もうんうんとうなずいていた。


 俺はこの人が話をしている間、体をゆっくりと動かし、部屋の全体をカメラでうつしておいた。あとは、出る時うまく入ってきた扉の方をうつせれば完璧だ。



 もっとも、見られて困る物なんかを人目につくところに置いてはおかないと思うけどね。



 しばらく話をしていると、シシリー子爵は満足したのか、退室をうながすようドアを指差されたので、俺は立ち上がり頭を下げて廊下に出た。


 また執事さんに案内され、俺達は屋敷の外へあっさりと放り出された。



「シシリー様はお忙しいので、面会はこれにて終了にございます」


 そうばっさりと切り捨てられて。



 どうやら会う気があったのは俺にだけだったらしい。



 これでも十分ゲオルグさんに頼まれたことは達成できたので、誰からも文句らしい文句はでなかった。


 ひとまずこれで、俺にされた協力調査はもう終わりだ。



 あとはこれを見てもらい、怪しいところがないかを確認してもらおう。



 宿に戻ると、ゲオルグさん達は変わらずそこにいた。


 そりゃまあ、俺達が戻るのを待っていたんだから当然と言えば当然だけど。



 さて、それじゃあさっきの映像を……と懐に手を入れようとしたところで、俺ははたと動きがとまってしまった。



 冷静に考えて、携帯なんて機械を見せて大丈夫なのか?



 こんな機械を見せて、さっきの事象だと信じてもらえるのか? と不安になってしまったのだ。

 しまった。このあたりのことをまったく考えていなかった。


 どうする? 見せるべきか? そんなことを考えていると……


「どうでした?」

「うむ……」


 俺達が戻ってきたことに気づいたゲオルグさんの質問に、マックスが歯切れ悪く答えた。思考をいったん脇に置き、なんでマックスが代表で? と思ったら。


「実は我々も、ツカサ殿がシシリー子爵と面会している間、あの屋敷を探ってまいったのでござる」


 ああ。俺だけじゃなくマックス達もこっそり屋敷の中に探りを入れていたのか。どおりで帰れと言われてあっさり帰るわけだ。


「ツカサがその子爵ってヤツにあっている間にちょっと屋敷の中を見てまわってきたけど、別に怪しい物なんてなにもなかったぜ。なあオーマ」


『おう。子爵のヤツは相棒一人じゃねーとあわねえってからいうからよ。しゃーないからリオと一緒に怪しい物がねーか探してきたんだが、隠し通路も地下室も、怪しい物もなーんもなかったぜ』


 オーマとリオも、なにもなかったとゲオルグさんに答えを返した。



 彼等が調べてないって言うんだから、ただの勘違いだったんじゃないか?



「というか、気のせいだったんじゃ?」

「むう……」


 俺と同じ意見をリオに言われ、ゲオルグさんは黙ってしまった。


 このままだと、本当に勘違いだったのかもしれない。ここで俺がなにもなかったと言えばそれで終わりだけど、俺にはあそこになにがあったのかを見せることができる。ひょっとしたら一発大逆転できる可能性だってある。



 なら、ここで携帯を隠したままでいるのはよいことじゃない。



 ならやっぱり、こいつをお見せすべきだろう。



 これはなに? と聞かれたら、魔法の品物ということで押し通してしまおう。ここは魔法のある世界なんだから、それで押し通せるはずだ。幸い俺は魔法使いのおねーさん(マリン)と知り合いだし、取引したこともある。それ関係にもらったってことで押し通すんだ!


 よし、説明はそれで行こうと気合をいれ、俺はテーブルに携帯を置いた。



 テーブルに現れた携帯を皆が見る。



「なにかねこれは?」

「ちょっとした魔法みたいなものです。画面が小さいですけど、見てもらえますか?」


 質問は受け付けないという雰囲気を出して、問答無用で録画をスタートさせた。


 さっきとったカメラ映像が流れると、みんな驚いた。ゲオルグさんの部下二人なんて飛び上がっていたほどだ。



「ま、魔法!?」

「いえ、違う。魔力が感じられません」


 イイエ。魔法なんですヨ。俺はちょっとヤバイと思ったけど、なにを聞かれてもそれで押し通そうと心に誓った。


 でも結局最後までそれに関して質問は飛んでこなかった。なんか勝手に納得してくれたみたい。よかったんだけど、考えた言い訳が完全に無駄になったのはなんか複雑な気分デス。



「これ、さっきのシシリーってヤツの貴族の屋敷の中?」

「うむ。これは廊下だな。って、拙者が、今拙者がいた!」

「おいらも、おいらもいた!」


「これはまさか、サムライ殿が見てきた視界……!?」


 俺がなにも説明していないでいると、リオやマックスが勝手に盛り上がってくれた。



 ただ、動画の中で一つ大きな問題が発生した。


 再生された動画の言葉、オーマを持っているというのに全然翻訳されていなかったのだ。



 廊下で会話しているマックスやリオや執事さんの言葉さえまったくわからない。というか俺の言っている言葉さえこの世界の言葉でさっぱりだったのだ。


 なんてこった。オーマの翻訳は生の言葉じゃないとダメなのか。これじゃああの子爵がなにを言っていたのかも理解できないじゃないか。



 せっかくの動画だってのに、こんな弊害があるなんて!



 しかもなにを話しているのか聞きたくとも、みんななんか険しい顔をしていてとてもじゃないけど「この人なにをいっているの?」なんて言い出せるような雰囲気じゃない。


 実はなにか変な取引にうなずいてしまったのだろうか? でもそれなら、リオやマックスが慌てて聞いてくるだろうから、そうじゃないんだろう。


 ひょっとすると、ゲオルグさん達が言っていたあの怪しい物を見つけたのかもしれない。こうなったら成り行きを見守るしかないようだな!(やっぱり他力本願)


 するとゲオルグさんは仲間と視線をあわせ、立ち上がった。



「サムライ殿、ご協力感謝します。あなたのおかげで十分な証拠がえられました。あとは私達にお任せください」

 おお、どうやらやっぱり証拠が見つかったようだ。今から乗りこんでそいつをおさえるってことですね! がんばってください!


「拙者達も協力するが?」

 こらマックスゥ! いらんことを言うんじゃありません! 任せてと言うんだからお任せしなさい!


「いえ。今回はこれだけで十分です。これ以上は必要ありません。宿の方の代金は支払っておきます。せめてもの謝礼ですから」


「はい」

 俺は即答した。これでもう俺達も手伝うということはなくなる。



 これ以上危険に自分から飛びこんでゆくなんてやりたくないよ! こっちは潜入だけじゃなく戦闘もあるだろうから!



「では、街の外で待機している皆に連絡し、シシリーの確保に向かうぞ!」

「はい!」


 ゲオルグさん達は一斉に走り出した。



 がーんばってー。



 俺は走り去るゲオルグさんの背中に応援のエールを心の中で送った。



 俺の携帯動画が逮捕の役に立ったなんて、なんかちょっと誇らしい気分だ。


 えへへ。



「つーかさ、オーマ」

 ゲオルグさん達がいなくなったあと、リオが気づいたように声を上げた。


『なんだ?』


「あれ、屋敷の中探している時、気づかなかったのかよ?」


『ぐっ……! お、おれっちだって気づけるのと気づけないのがあるんだよ。今回のはそれだけやべぇレベルだったってことだ』


「そうなのか」


「つまり……」


 オーマの言葉に、リオが納得し、マックスがうなずいて俺の方を見た。



 なぜ俺を感心したように見てくるのですか皆さん。俺はただ映像を撮ってきただけで、なにも凄くはないんだよ。これは俺がすごいんじゃなくて、科学ってヤツがすごいだけなんだから感心してもしゃーないんだよ。説明しても理解してもらえない。というか携帯とかカメラの原理説明できないからしないけど。いやこれは、わかってもらえないからだから。あくまで!



「おいらたまに思うんだけど、オーマってツカサの役にたってねーこと多いよな。ツカサ滅多に刀抜かないし」

「そいつは言ってはいけないと思うぞ」

「そういうってことは、マックスも思っているってことだよな?」


「……ノーコメントにござる」



『おめーら聞こえてるぞ! おれっちだって気にしているんだから言うんじゃねえ!』



「うわっ、いきなりなに!?」

 俺が一人で言い訳……じゃない。説明しない理由を考えていると、オーマが突然大声を上げたので、びっくりした。


 みんなゲオルグさん達の作戦が成功するか心配しているのかな。



 俺も無事逮捕できればいいと祈っているよ。




──ゲオルグ──




 我々は街の外で待機する部下達をまとめ、即座にシシリー子爵の屋敷へと踏みこんだ。


 驚く執事や屋敷のメイド達を押しのけ、私達は即座にシシリー子爵の部屋へととびこむ。



 執事やメイド達も彼の『服従』の力により忠誠を誓わされ、シシリー子爵を守ろうと武器を振り上げたが、怪我人は出せども、死者を出すことはなく鎮圧することができた。


 知らずに踏みこんでいたら、この捕り物は大変なことになっていただろう。



 シシリーの部屋へ踏みこんだ時、ヤツは飛び上がって驚いた。


 いくら強力なダークソードを持つシシリーとはいえ、発動できなければなんの意味もない。



 私は部下の三人とともに、シシリー子爵の捕縛に成功する。



「なっ、なぜだ! なぜお前が生きている!」


「サムライ殿を侮ったな。貴様が企てた私の暗殺計画。それは失敗に終わったということだ! 貴様の力は彼にはまったく通じず、暗殺をしろと命じた事実だけが私に伝わった! 私の暗殺未遂の罪でお前を逮捕する!」


「なっ、なんだと!?」


「私への暗殺、しかと聞いたぞ! 私がここに無事でいることがなによりの証拠。言い逃れはすでに不可能だ!」


「ぐっ、ば、ばかなっ……!」

 シシリーは驚き、がくりと膝をついた。



 部下がその手からダークソードを偽装した杖を奪い取る。これで、万が一ということもなくなった。



「あの支配が、通じなかっただと……王栄騎士団の隊長にさえ効いた力が、サムライには通じなかったというのか……!」


「その通りだ。お前の選択は確かに間違いではなかっただろう。あのサムライ殿なら間違いなく、私を殺せた。しかし、それが仇となった。サムライ殿の力をお前は低く見すぎていたのだ!」

「くっ……!」


 シシリーは悔しそうに唇をかんだ。



 さらに私は、罪状を伝える。



「さらにお前の手にあったその服従の杖は、ダークソードだ! その力を使うことはこの国に仇成すこと。その意味がわかっているな!」

「なっ……! そ、そうだったのか」


 目を見開き、シシリーは驚きの声を上げた。肩を震わせ、がくりと頭をたれる。



「どおりで、サムライに勝てぬはずだ。サムライが打ち破ったヤツ等の力だったのだからな。だがなっ……!」



 ダークソードの存在を聞き、悔しそうにこぶしを握るシシリーであったが、顔を上げたその顔は絶望には染まっていなかった。

 むしろ私を見て、どこか嬉しそうにしている。



 完全に身の破滅が決まった状態だというのに、この男はなぜこんな顔ができるのだ。



「王子、あなたも運が悪い。これであなたも王にはなれなくなった!」



「なに?」

 シシリーは突然私のことを口にした。



「これでサムライが排除できないのならば、もう何者もあれを倒すことはかなわない。何者にも勝てぬということは、あの方が王都へたどりつくことを阻める者は誰もいない!」



「サムライ殿が王都へ行くことにどんな不都合がある!」

 意味がわからない。サムライ殿の旅と私になんの関係があるというのだ。



「まだわからないのか。いや、知らぬのか王子! 知らぬのだなこの真実を。いいか王子、いくらお前が手柄をあげようと、お前が王になることを望まぬ者はいくらでもいることを思い出せ!」



「っ!」


 心が揺れる。


 頭の中に、夢のささやきが響いた気がした。



「それがどうした! いくら望まぬとも、次の王は私しかいない! その事実だけは変えられん!」

 だから私は、皆に認められる王とならねばならない。



 実力と人望を兼ね備えた、従兄(あに)を超えたと称される王に!



「くくっ。思い出せ王子。この国の王位継承権を……」


 王位継承権。それは、現王から血の近い者から得られるものだ。従兄(あに)が生きているなら、王の弟の子である私ではどう逆立ちしてもその継承順位は変わらない。


 つまり、現王の子には、私の継承権はどうあがいても勝てないということなのだ。



 私が王になれないということは……ま、まさかっ!



「そうだ。気づいたな! そうさ王子よ。今の王に子がいるなら、お前は王にはなれない! なぜなら、あのサムライと旅するあの御方こそ、現王の血を引く御子だからだ! あの方が王都に到着すれば、お前を気にいらない貴族は皆あの方を支持するだろう! お前はもう、王にはなれぬ。用済みなのだ! はははっ、はははははは!」


 シシリーの笑い声はもう、私の耳には入ってこなかった。



「そ、んな……」



 私の視界はその絶望の言葉に、ぐにゃりと歪んだ……




 おしまい

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