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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
22/88

第22話 ダークソード襲来


──ツカサ──




 サムランイの街のサムライ祭りも無事終わり、俺達はトウジュウロウさんのあとについて彼の住む村にやってきた。

 トウジュウロウさんの住む村は、祭りのあったサムランイの街から少し北側に街道を行ったところにあった。


 人口は百人にも満たないのどかな農村で、丘から村を見下ろすと風にそよぐ小麦畑が延々と広がっているのが見えた。


 個人的にはサムライがすんでいる所だから田園風景が広がっているとよかったんだけど、さすがにそんなことはなかったぜ。


 俺達はその村を横切り、村の裏手にある山に囲まれた盆地の方へ案内された。



 村の農道を歩いていると、農作業をしている人達からトウジュウロウさんにいろんな挨拶がとんできた。



「おお、トウジュウロウさんお帰りなさい! 最近小麦の発育が悪くてのう、相談に乗ってもらえますかい?」

「あ、先生。うちの婆ちゃんが腰を痛めちまってさ。また診てもらえないかね」

「先生お帰りなさい。それじゃ今日はウチの婆さんがお昼を作りに行きますから」

「アリアちゃんおかえりー。今年はどう……いや、ダメだったんだね。がんばりなー」

「おかえりなさいなー」


 歩くたびトウジュウロウさんとその弟子であるアリアさんに声がかかり、返事を返してゆく。


「わーい。トウジュウロウ爺ちゃんだー」

「じいちゃんだー」


 農道を走ってきた子供達も、トウジュウロウさんに挨拶をして去っていった。



 すごい慕われているなあ。



「先生は村人を診てあげたり、農作物の発育などのアドバイスをしてあげているんですよ」

 ふふん。とアリアさんが誇らしげに胸を張った。


 いや、なんで君が?


「なんでアンタが胸をは……る気持ちもわかるけどよ」

「うむ」


 リオとマックスがうんうんと大きくうなずいた。


 一瞬俺の気持ちに同調してくれるのかと思ったら、二人はむしろアリアさんの方に同意していた。



 どういうことなの?



 俺にはさっぱりわからないよ。


 ともかく、先生と呼ばれるトウジュウロウさんに挨拶がされれば一緒に歩く俺達にも注目が集まる。トウジュウロウさんが簡単に俺達のことを説明し、俺達もその人達に挨拶することになった。といっても軽く会釈するていどだけど。


 トウジュウロウさんの家があるという盆地はその入り口を森で塞がれているように見え、入り口を知らなければその先に家があるとは思えないところだった。言うなら見事な隠れ里である。隠れ里。秘密基地。なんとも憧れるような場所にあるんだ。


 森に隠れた道を抜けると、そこにあったのは見事な日本風の庵だった。これで竹林に囲まれていれば雰囲気的には完璧と言えただろうけど、周囲の木々は普通にこのあたりに生えている物だった。


 それでも、その風景はどこか懐かしい物を感じさせた。



「す、すごい。これが、サムライの屋敷!」


 マックスが一人興奮して拳を握ってわなわなと震えている。



 ほんとにほんとに大興奮だ。



 まあ、ファンにしてみれば一種の聖地だからしかたもないことか。


 俺もリオも、こういうマックスの行動はわりと見慣れていていたはずだというのに、呆れて顔を見合わせて一緒に苦笑するしかできなかった。


 それを見ていたアリアさんも呆れている。


「家の裏手には山から水が流れこむ池があってな。その近くで野菜や稲を育てているんじゃよ。なかなかいい場所じゃから、時間があれば見に行くとよいぞ」

「はーい」


 トウジュウロウさんが家の裏手を指差し教えてくれた。そうか。そこで米を作っているというわけですか。山に囲まれてはいるけど、日差しは十分だし水もある。なかなかいいところじゃないですか。



 とはいえ、育成中の稲に興味はまったくない。あるのは今すぐ食える米だけ! そのために俺はここに来たようなものなんだから!



 ……そう心の中でうなってみても、今の時間は昼にまだ早い。二十四時間表記にすると午前十時ごろなので、お昼の準備は気が早くてもまだはじまったばかり。トウジュウロウさんが帰ってきたと知り、つくりにきてくれる村の人を待たねばならない状態である。


 トウジュウロウさんが村に知恵を授ける代わりに、村の人がお世話をしてくれているようだけど、帰ってきたばかりのここに村の人はまだ来ていないのだから。



 なので、白飯ご飯はもうちょっと太陽が天に昇るまでお預けのようだ。



 となると、時間を潰さなければならない。


 マックスは大興奮で庵の方に注目してトウジュウロウさんというサムライの軌跡を追おうとしている。俺は、そこまで興味はないし、どうしようかと頭を悩ませた。



「ああ、そうじゃ。せっかくじゃし、皆で野菜でもとってくるか。今家にある分ではたりんじゃろうからな」


 ついでに家の周囲も案内できるということで、俺達もついていくことにした。



 庵の中でサムライの軌跡を知りたかったマックスが少しがっかりしていたけど、生の声を聞いたら? とアドバイスしたら目から鱗が落ちたというほど驚いていた。


「当人から聞けばよかったのですね! さすがツカサ殿!」



 いや、それさすがでもねーから。全然ないから。



 庵の裏手に回ると畑と田んぼがあった。農作業なんて小学校の頃課外授業でサツマイモを掘った時以来だよ。


 白菜をとったりきゅうりをとったり、池では釣りができたりと、なかなか有意義な時間だった。




──トウジュウロウ──




 昼までの待ち時間。


 ツカサ君達は釣りをしていて、ワシは昼に使う野菜をとっておったときじゃった。



「先生」

 ナスをとってきたアリアがワシに声をかけてきた。


 その雰囲気から、ナスをとった報告だけが目的ではなさそうじゃ。



「どうした?」


「一つ、聞いてもよろしいでしょうか? あの、若いサムライのことなんですけど」


 ワシは作業をやめ、彼女の方を振り返った。



 しっかりとアリアの目を見て、その問いを聞く。



「……あの人は、本当にサムライなんですか? 本当に、強いのですか?」

 彼女の言葉を聞き、ワシはやはりか。と思った。


 アリアの疑問はもっともだ。



 彼は常に力を隠し生活している。今のワシから見ても、彼はサムライではなくどこにでもいそうなただの少年にしか見えないのだから。



 だが、私は知っている。彼の中に潜む力が、いかほどのものかを。


 想像を絶する『シリョク』の力が、彼の中に眠っていると。



 それを知ったのは、ワシと彼がかくれんぼ最中、サムライ祭りで時間を潰している時のことじゃった……




 …………



 ……




「つかぬことを聞くが、ツカサ君。君の『シリョク』はいくつなのかね?」

「え?」


『そういやおれっちも知らねえな』



 それは、単純な好奇心だった。



 サムライの力の源である『シリョク』。その大きさは、サムライの強さに直結する。


 気殺によって封じられた力は、いったいどれくらいあるのかという単純な疑問と、そこから広がる話題の提供という意味合いでのシンプルな話のネタのつもりであった。



 しかしワシは、その答えを聞いて、絶句する。




「いくつって、『シリョク』は確か、二天霊だったと思いますけど?」




「にっ……!?」

『な、んだって……?』


 あまりにもあっけらかんと言われ、ワシも、そしてオーマ殿も、絶句してしまった。


 彼の言った『シリョク』の値に、ワシもオーマ殿も驚きを隠せない。



 天霊。



 それは、わかりやすく言えばランクのことである。


 この地域でよく使われるランクAやBといったランクわけの位。天霊とは、そういった位わけの中に存在する位の一つだ。わかりやすくランクで例えるならば、天霊とはランクAを超える、いわゆるランクSなどに該当する最高位の位だといえばわかりやすいだろうか。


 なぜいくつかと数字を聞いてランクの位が返ってくるのかと疑問に思う者がいるかもしれないが、この位は数字として表せない領域に足を踏みこんだ証であり、測定器となるヤタノカガミを軽々と破壊したということを意味している。


 そのヤタノカガミが測定できる値の最大値が一天霊までであり、それを超える値は測定することができない。ゆえに彼の『シリョク』は数字でいうなら一天霊より少し上かもしれないし、下手をすると二をはるかに超える可能性も大いにありえる。


 ゆえに一天霊を越える値ということで二天霊という表現となり、いくつと聞いても明確な数字が出てくるわけがないのである。


 一応だが、天霊を数字で表そうとすると、ゼロが十個並ぶほどの値となる。一般的な一騎当千のサムライの『シリョク』は1000。全盛期のワシの値でさえ一万弱なのじゃから、それだけで彼のすさまじさがうかがえよう。


 これはもう、ランクSさえ超え、SS表記になるほどのものだ。今までの歴史をかえりみても、これほどすさまじい力を持つ者は神代にまでさかのぼるか、別種の力となるが、かの『ダークシップ』を統べる存在。ダークカイザーをおいて他に存在しないほどである。


 そもそも天霊とはすなわち天上に住まう存在という意味であり、端的に言って神をさす言葉なのだ。その力は、神に匹敵すると言ってもいい。


 そのような値を持つ彼は、間違いなく歴代最強のサムライであることに疑いようはないだろう。


 しかも彼は、その力を気殺によって封じ、その体内に『封神』している。



 その力を解放した時、いったいなにが起きるのかワシにすらわからぬ領域じゃ。



 むしろ、彼がなぜ『シリョク』を封じて動いているのか、その理由も理解できた。


 彼は、強すぎる力をおさえるため、あえて力を封じているのだ。でなければ、彼が近づいただけで命を失うものさえ現れてもおかしくはないほどの力なのである。



 ツカサ君はそうすることで、その圧倒的な力から、周囲の者を守っているのである。



 なんと心優しき少年なのだろうか。



 この時代、この時にこのような若者が姿を現すというのは、ある種の宿命を感じずにはいられない。

 ワシ等は、彼にすべての命運を託し、あとは祈るということしかできぬのじゃろう。



 彼の『シリョク』の値を聞き、ワシはあの時、そう思った……




 …………



 ……




 ゆえにワシは、彼がどれほどの『シリョク』をその内に秘めているのかを知っている。


 しかし彼は、その力をみずからの意思で封じておる。


 ワシにも感じ取れぬその力を今のアリアに感じ取れというのも酷じゃろう。



 それをアリアに言葉として伝えるのはとても簡単じゃ。


 しかしそれではいけないとも考える。



 ワシの答えを待ち、じっと視線をむける彼女。



 今の彼女の中では、自分はあのツカサ君より強い。なのになぜ自分は見習いなのだという思いが渦巻いておるのじゃろう。

 そんなアリアに、力の見えぬ彼の数字を教えたところで、結局は意味がない。


 当然その逆もまたしかりじゃろう。


「アリアよ」

「はいっ!」


「この大地が見えるか?」


「はい!」

 アリアはワシから視線をはずし、自分の足元を見た。



「むこうに見える、大樹が見えるか?」

 ワシは、この盆地のすみに生えている樹齢数千年を数える大樹を指差した。



「はい!」



「ワシがあの大樹だとすれば、彼は、その木を支える大地と言ってもいい。彼とワシの差は、それくらいあると考えればわかりやすいかのう」


「それじゃ意味がわかりません! 先生はたまに回りくどすぎます!」



「それが年寄りの特権じゃ。よいかアリア。いきなりなんでも答えを得ようとしてはいかん。せっかく年寄りがあえてわかりにくくしておるのじゃから、その意味を考えてみるがいい」



「むぅ……」

 ワシの言葉に、アリアは不満そうに頬を膨らませた。


 残念じゃが、ワシに言えるのはこれまでじゃ。


 お前とツカサ君の差。それは自分で気づかねば意味がない。

 それがわからない限り、お前はこの壁を超えられないじゃろう。


 しかし、これではしばらくツカサ君に迷惑をかけるじゃろうなあ。



 これはおもしろく……いや、先に謝っておこうかの。




──ツカサ──




「つかぬことを聞くが、ツカサ君。君の視力はいくつなのかね?」


「え?」


『そういやおれっちも知らねえな』



「いくつって、視力は確か2.0だったと思いますけど?」



 祭りの最中、突然トウジュウロウさんにそう訪ねられ、思わずそう答えてしまった。


 高校入っての健康診断で図った視力検査の結果をそのまま言ったのだけど、言ってからこの世界で日本の視力検査の数字をそのまま言って通じるわけがないと思った。


 異世界なんだから、こういう場合は通りの向こうにあるあそこになにがいるとか、そういう答え方をするべきだったろうと後悔の念が押し寄せてくる。



 笑われたり、ふざけるなと言われるかと思ったんだけど……



「にっ……!?」

『な、んだって……?』



 ……通じてた。



 意外や意外。まさか通じるとは、異世界とはいえ、人間社会。この世界でも視力検査はあのやり方なのか。世界ってのは変な風につながっているモンなんだなぁ。


 ふふっ。二人とも俺の目のよさに驚いている。なんか気分がいいもんだぜ。


 目のよさは、俺の数少ない自慢の一つなのさ!



 えっへんと俺は、控えめに胸を張った。




 ──トウジュウロウとオーマが驚愕している中、ツカサはそんなことを思っていたそうな。




──マックス──




 サムランイの街でトウジュウロウ殿と出会い、一つ、確認したいことがあった。


 聞けば間違いなく後悔するだろうし、ツカサ殿にも失礼になると思い、ツカサ殿がいる時には聞くことができなかったが、トウジュウロウ殿の家につき、別個で作業をしている今ならばこの思いのたけをトウジュウロウ殿にぶつけることができる。


 野菜を収穫するトウジュウロウ殿の元へと行き、拙者は声をかけた。



「トウジュウロウ殿、少しよろしいか?」


「おお、今度はマックス殿の方か。なにようかね?」


「今度?」


「いや、こちらの話よ。かっかっか」

 拙者の顔を見て、どこか楽しそうに笑った。



「それで、なんじゃね?」



「はい。心苦しい話になるかもしれませんが、聞きたいことがありまして」


「心苦しい……?」

 拙者の言葉に、ピクリと耳を動かし手をとめ振り返った。


「どういうことじゃね?」


「拙者の眼帯。これに見覚えはありませんか?」



「……あるのう。それの持ち主を、ワシは知っている」



 やはり、か。


 いや、当然な話だ。トウジュウロウ殿がダークシップと戦ったサムライならば、私を助け、サムライを目指すきっかけを与えてくれた人を知っている。知っていなければおかしい。


 拙者の聞きたいことに気づいたのだろう、トウジュウロウ殿の飄々とした表情も、今だけは少しだけ暗くなったように見えた。


「……その者は?」



「簡潔に答えよう。その者は、行方不明じゃ。とはいえ、死体が見つかっていないというだけじゃがな。そういう者は、他に三人。合計四人は、誰も躯を確認しておらぬ……」



「そう、ですか……」


 トウジュウロウ殿の言葉に、拙者は肩を落とした。期待はしていなかったが、当事者にそう言われると、少しくるものがある。



「あやつはな、ダークシップへ乗りこみ、その主のもとへとむかう途中、道をふさいだダークロードと『闇人』の群の前に立ち、ワシ等を先に行かせたのじゃ。ここは任せて、先に行けとな……」



「……」


 語りはじめたトウジュウロウ殿の言葉を、拙者はさえぎることはできない。


 ちなみにダークロードとは、『闇人』の最上位にあたる存在で、報告ではたった三体しか現れなかった存在だ。四本のダークソードをもちいることができ、その強さはダークナイト四体分以上の強さを持っていると言われている。


 一体でサムライに匹敵するか、勝利さえすると言われる『闇人』達の最終兵器だ。



 その軍勢を相手にたった一人残るとは……



「すべてが終わり、ダークシップを脱出するためその場に戻った時には、残念じゃがその姿はどこにもなかった……」


 激闘のあとこそはあったが、死体は存在しなかったのだそうだ。『闇人』は倒されると塵に帰り死体は残らないが、人間であるサムライまで消えてしまうというのはおかしな話だった。



 ただ……



「大きな血だまりだけが残されていてな。最も大きな可能性は、ダークロードとともに消滅した。という可能性じゃ」


「そう、ですか……」



 最も高い可能性は、相打ち。


 これならば、その行方不明の理由も納得がいった。



 しかし、可能性がゼロというわけではない。というのもわかった。



「じゃから、行方不明というわけじゃ。ひょっとすると、しぶとく生き残っておるのかもしれんな」

「だといいです」


 どこかしんみりしそうになったその場を、我等は笑って吹き飛ばした。



「となると、トウジュウロウ殿が刀を持たぬのも理由がおありなのですね?」


 拙者は、いっそのことと思い、もう一つ感じていたことを聞く。


 ここまで踏みこんでしまったのだ。ならば行くところまで行ってしまえ!



「……気づいておったか」


 サムライ祭りの間はアリアへの訓練(かくれんぼ)ということで刀を持っていなくとも不思議はなかったが、家に戻ってきてからも刀に触れようとするそぶりを見せない。それどろか、家のどこにも刀が見えないことに拙者は疑問を思ったのだ。


 帰ってきてすぐに野菜をとりにきたので拙者の考えすぎなのかと思ったが、この答え、きっと違うのだろう。



 拙者の疑問に、トウジュウロウ殿はやれやれと肩をすくめた。



「おぬしの想像のとおり、ワシの刀は十年前の決戦で折れてしまったんじゃよ。じゃからワシは、刀を持つことをやめた。今はいわば、似非サムライと言ってもいい」


「なんとっ……!」


 まさか自分を似非サムライと揶揄するとは思わず、声を上げてしまった。



「かっかっか。そう驚くな。元々ワシももう歳じゃし、こうして隠居し後進も育てておるんじゃから大きな問題でもないわい」



「そうでしたか。心無いことを聞いて、本当に申し訳ありません」


「いや、よいのじゃよ。疑問に思うのはもっともなことじゃ」



 それは、十年前の決戦がどれほど過酷であったかを物語っている。サムライの刀が折れ、ほとんどの仲間が帰ってこなかった。ひょっとすると、トウジュウロウ殿も戦う力はもうほとんどないのかもしれない。


 そう思うと、自然と頭が下がった。


「おっと、悪いと思うのならば、一つワシの頼みを聞いてくれるかの?」

「? なんでしょう?」


「この野菜、台所へ届けてくれんか?」

 トウジュウロウ殿はにっこりと笑った。それは、拙者に気を使うなという証の頼みであった……


「お安いごようにござる!」

 ゆえに拙者はその意図をくみ、元気よく返事を帰した。



 拙者はカゴを手にし、トウジュウロウ殿の庵にある台所へと走り出した。



「かっかっか。アリアといい、マックス殿といい、ツカサ君といい。よき後進が育ち、ワシも安心じゃわい」




──ツカサ──




 そろそろ昼。



 俺達が収穫した野菜と村の人が持ってきた差し入れの肉を料理する音。そして米を炊くいい匂いが台所から漂ってきている。


 それを感じ、俺の心は静かに昂っていた。


 あともう少し。あともう少しで米が食べられる。ひえやあわとかじゃない。真っ白い米が!


 待ちきれない。縁側に座りそわそわしちゃいそうになるけど、そわそわしてもしかたがないのでがまんがまん。座ってじっくりと時が来るのを待つしかない。



 ここはそうだな。瞑想なんかをしながら待てばいいんじゃないかな……?



 なんて適当なことを思いつつ、俺はお昼ができあがるのを待っていた。



 ざっ。



 縁側に座る俺の前に、誰かが立った。


 誰か。といっても視線をむければすぐにわかる。綺麗なポニーテールを風になびかせ、木剣。いや、木刀を俺の方にむけたアリアさんだった。



「……」

 はて。なぜに木刀をつきつけられねばならないのじゃろう?



「すみませんが、私と一本お手合わせをお願いできませんか?」

「俺と?」

 明らかに俺をさしているというのに、間抜けにもそんな疑問を返してしまった。


 いやだって、本物のサムライの弟子とお手合わせなんかしたらどうなるかって、わかりきったことじゃん? ていうかぶっちゃけ、竹刀でだってやりたくないよ。



「待て待て待てまてまてえぇぇぃ!」



 俺がどうしようと心の中で冷や汗を流していると、マックスが俺とアリアさんの間に飛びこんできてくれた。



「ツカサ殿と手合わせしたいというのならば、まずは拙者を倒してからにしてもらおうかあぁぁぁぁ!」

 くわっと、きっぱり言い切った。


 ナイス、マックス! こんな時の君は本当に頼りになるぜ!



「サムライ見習いの身でツカサ殿に挑もうなど百年。いや千年早い! ツカサ殿に挑みたくばこの拙者がお相手いたす!」


 ……ちらちらこっちを見ても俺の弟子にはなれないんだぜおにーさん。なにせ俺はサムライじゃないんだからな!

 つっても、かわりに戦ってくれるというのなら助かります。



「いいでしょう。では先にあなたを倒し、その次にツカサさんに挑ませていただきましょう」

「ふっ。拙者をあくまで通過点などと考えているなど笑止。必ずその高い鼻をへし折ってくれよう!」


 ばちばちと、二人の視線がぶつかりあって火花が散った。


「……よくもまあ、あきもしねえなあ」

 それを見て、リオが呆れたようにつぶやく。


『けけっ。戦士たぁ難儀な生き物ってことさ。まぁ、マックスならちょうどいい相手だろ。いい経験だ』


「もうすぐ飯だってのに、よくやるよ」

 まったくだよ。でも、ちょうどいい暇つぶしにはなる。



 二人は武器となる木刀を手に、縁側の先にある庭先で一試合することとなった。



「その眼帯、はずしておいたらどうですか? それをつけて負けても、言い訳に使わないでくださいね?」


「そちらこそ、刀を使ってもよいのだぞ? 木刀だから負けたなどと、決して言ってくれるなよ?」


「なにおう」


「なんでござるか……!」

 ばちばちと、二人の間に火花が飛ぶ。



「では、ワシがいっちょう審判として立ち会ってやろうかのう」

 のんびりと縁側でお茶を飲んでいたトウジュウロウさんが立ち上がった。



 よかった。俺が判定しろなんて言われたらどうしようもなかったところだったからね。これであとは見物して時間を潰すのみだ。


 二人は縁側と平行になるよう向かい合い、トウジュウロウさんは俺のいる縁側に背を向けるようにして二人の間に立った。


「使用武器はその手にある木刀のみ。しかし真剣勝負であり、相手に参ったと言わせた方が勝ちの一本きりの勝負じゃ。双方全力を持って励むように!」


「はい!」

「はい!」

 トウジュウロウさんの言葉に、二人が同時に答えを返す。



 その声を聞き、審判であるトウジュウロウさんがゆっくりと右手を上げた。



「はじめ!」

 その合図とともに後ろへ下がり、俺達の座る縁側の近くへとやってきた。



 トウジュウロウさんの声で、二人の間に緊張が走り、戦いがはじ……



 しーん。



 ……はじまらなかった。



 二人ともかまえたままじっと睨みあい、一歩もピクリとも動かない。



 まるで、あの二人の間だけ時間が止まってしまったかのようだ。


「なんだ?」

 まったく動かない二人を見て、リオがいぶかしんだ。


『……こいつは長引きそうだな』


 リオの疑問に、オーマが答える。


 どういうこと? と一度視線を二人からオーマの方にむけ、リオが無言で問う。


『実力が拮抗しすぎてるってことさ。刀を持てばあのお嬢ちゃんの方に分があっただろうが、それがないとなると、色々差し引いた結果、あの二人の実力はほぼ互角だ。こうなったらどちらもうかつに打ちこめねえ。一瞬でも隙を見せた方が負ける。あとはどちらが隙を作らぬ気力、気迫を持っているかってことになるわけだ』

 早い話、我慢比べのような状態になっているわけか。


「つまり、なかなか勝負がつかないってこと?」


『簡単に言やあそうなるな』


「ふーん」

 リオはつまらなそうに二人の方へ視線を戻した。


「かっかっか。動きがない戦いを見るのは退屈じゃからのう。一応二人の間じゃ見えない戦いが繰り広げられてはおるが、武に傾倒していない者にはちと酷な戦いか」


「まったくだよ。おいらにゃさっぱりだ」


 こちらを見もせず、トウジュウロウさんは笑った。説明にリオもやれやれと肩をすくめる。


 俺もリオの側だから、正直見ていて退屈だ。見えない戦いは見えないから、二人の駆け引きなんかまったくといっていいほど楽しめない。



 二人がじっとにらみあったまま、太陽と風だけが少しの距離を動いた。



「あのー」

 庵の奥から、おずおずとおばあさんが声をかけたてきた。


 台所でお昼の用意をしていた今日お手伝いに来た村のおばあさんだ。



「食事の用意ができましたが……」



 空気が乾いたと思うほどの緊張を感じてか、控えめな声で俺達に教えてくれた。


 ご飯ができたのはいいが、どうしよう。と俺とリオは顔をあわせる。



「試合はまだまだ長引くじゃろうし、ワシが見ておるから、ツカサ君達は食事にしてしまってかまわんぞ。この戦いは、あの未熟者二人の私闘じゃからな」

 じっと二人を見つめたまま、トウジュウロウさんが言う。


「え? そう言われて……」



「なら、お言葉に甘えて」



 リオは律儀に試合を見るつもりだったようだが、俺はあっさりと縁側から立ち上り、一人でお昼を御呼ばれすることにした。


「ちょっ、い、いいのかよツカサ」

 トウジュウロウさんがそう言ったのだからいいのだよ。


 なにより今の俺の目には、囲炉裏の前に用意されたあのお昼。いや、むしろお茶碗によそわれた白飯しか目に入っていないのだから! 大体、用意が終わってあのままにしておいたら冷めちゃっておいしくなくなっちゃうだろ。作ってくれた人に失礼だろ! だから、しょうがないのだ!


 だがしかし、ここでトウジュウロウさんが言ったからとか、お米が食べたいから。なんて言って食べはじめたら大ヒンシュクだ。だから、ここでの一言はとても気を使う。


 そうならないよう、スマートで、食べて当然。というようないい言葉はないだろうか……


 立ち上がるほんの一瞬の間に、俺はこの灰色の頭脳を大回転させ、この一言を搾り出した。



「結果はすでに見えているから、もういいのさ」



 なんだかよくわからないが、なんかそれっぽいことを言って俺は食事へ向かった。


 なんかよくわからないけどこれならなんか試合を見なくてもいいっぽいよね!



 俺は心の中で納得し、一人お昼の用意された囲炉裏へと歩き出した。



 めしめしめしー。ひっさしぶりの白飯ーだー。




────




 トウジュウロウもリオも、二人ともどこかぽかんとして食事にむかうツカサを見送ってしまっていた。


 トウジュウロウなど、二人のにらみ合いから目を離し、ツカサの方へ振り返ってしまっている。



 驚いているのは、ツカサがご飯を食べに行ったという行動からではない。飯に関してなら、トウジュウロウも食えと言った立場だから、それに関してはなにも言うつもりもない。


 驚かされたのは、ツカサの発言だ。



「結果はすでに見えているから、もういいのさ」



 それが意味することは、一つしかない。


 彼はすでに、この戦いの結末が、その勝者がどちらなのかすでにわかっている。ということだ。



「この戦いの結末まで予測ができているとは、なんという少年じゃ……」


「爺さんでも結果はわからないってのかい?」

 トウジュウロウのつぶやきに、リオが驚いたように聞き返した。


「うむ。二人の力は今拮抗しておる。見えないところで何十、何百と打ち合い、互いの手の内を読みあって、ワシですらその結末はわからんというのにな」


「さすが、ツカサだぜ……」


 リオもごくりと喉を鳴らし、再び動きのない二人の方へと視線を向けてしまった。



 すると、二人の睨みあいもついに終わり、戦いに動きが見えた。



 だん。と二人が同時に地面を蹴り、木刀と木刀がぶつかりあった。


 木と木のぶつかりあう音と、二人の気合の声が庵中に響き渡る。



 素人のリオさえ魅入ることとなる、退屈とは程遠い激戦の幕があけた。




 勝者は……




──ツカサ──




 俺は囲炉裏の前に用意された膳の前に座る。


 料理は俺達が自分達でとってきた野菜とトウジュウロウさんがつけた漬物とあのおばあさんが作ってくれた味噌汁に池で釣り上げた焼き魚と差し入れの肉。


 そして、俺的メインの白米がよそられた茶碗。


 あぁ、白飯ご飯だ。この世界に来てまったく口にできなかった日本の食卓を代表する食べ物。


 ここにきて、ここまで来てやっと食べることができるなんて夢のようだ。



 両手をあわせ、無意味にこのほかほかご飯に出会えたことを誰かに感謝する。



 どがしゃーん! ごっ、ガッ!



 縁側の方で激しい戦いの音が響きはじめた。どうやらにらみ合いも終わり、本格的なぶつかりあいがはじまったようだ。なにやら木刀以外がぶつかるような音が響いている気がするけど、気のせいだろう。


 残念だが、俺の興味はそんなところにないのだから。



『相棒、相棒! 相棒!』

 腰からはずして床に置いてあるオーマがうるさい。



『相棒! あいぼぉぉ!』



 俺は今、目の前に存在する至高の料理を口にしようと精神集中しているんだから黙っていてくれないかな?



 目の前のお米に集中したいがため、俺はぴん。とオーマを部屋のすみへ滑らせた。



『あ、あいぼおぉぉぉ!?』



 信じられないという声がオーマから発せられる。


 オーマ、食事というのはさ、誰にも邪魔されず、己の心一つでゆっくりと味わえるのが理想なんだよ。だから今、君は邪魔なんだ。


 オーマを手放したことで背後で聞こえる音。というか声も一切なにを言っているのかわからなくなった。これで逆に、誰かの言葉で俺の心が乱されることもない。



 俺はもう一度心を静め、心の中でいただきますと言いながら両手をあわせ、箸を握り締め茶碗を持ち上げた。



 もちあげて、ご飯の匂いをかいでみる。



 ふわりと水蒸気をふくんだご飯の匂いが俺の鼻腔に広がった。ああ、何気なく毎朝かいでいたこの匂いを懐かしく思う日がくるなんて思ってもいなかった。


 ああいう何気ない日常は、失ってみてはじめてわかるんだね。こうして改めて感じてみて、それがよくわかる。すこしだけ、感動してしまうよ。


 箸で米を一口分すくいあげる。米が一粒一粒キラキラとしてどれもこれもが綺麗に立っている。こいつはうまそうだ。


 鼻と目でひさしぶりの白米を楽しんだあと、とうとうやってくるのはメインイベントである。



 ゆっくりとそれを口に入れ、おかずはなにも食さずそれだけの味をあじわう。



 こっ、これは……!



 う、うまい!



 思わず目を見開いて、喜びに震えてしまうほどのうまさだった。


 これは、懐かしさ補正がかかっているだけじゃない。この米そのものが、とてもうまいのだ!



 現代で品種改良を重ねて生み出され、さらに文明の利器である電子ジャーで炊かれた飯の味を知っているというのに、これはそれにも負けず劣らずのうまい米だった!



 なぜだ。なぜ、こんなにもふっくらとして、それでいて力強い食感さえ感じさせるのか。そう疑問に思ったその時。俺の目に飛びこんできたそれに、その答えはあった。



 そこにあったのは、釜!



 そ、そうか。釜炊きだったのか!



 俺は茶碗を持ちながら、その身を電撃にさらす。


 現代においても食品の売りとなる釜炊きご飯。これはその本場。本物の釜で炊かれた米なのだ! それならば、うまくて当然!



 しかもそれを熱する炎は炭。その火力も同じように売りとなる一品だ!



 しかし、それだけではまだ足りない。釜炊きなど今の電子ジャーならほとんどのものについているといってもいいデフォルト機能。それだけでこれほどうまい米がたけるはずが……そ、そうか!



 俺は、もう一口米を食して、気づいた。そのうまさの秘密。それは、そう、水!


 山から湧き出た澄み切ったうまい水を使い育てられ、それによって炊かれた一品。うまい米を食いたければ米を研ぐ時も水にこだわれと聞いたことがある。



 それは、事実だった!



 ここでは、そのうまい水さえ標準装備なのだ……!



 米、釜、水。



 そして、米を炊く人の愛情。


 それらすべてが重なり合った奇蹟の一品。それがこのご飯なんだ!



 なんてうまさだ。米をおかずに、米が食える!



 俺はもう、一心不乱に食事を楽しんでいた。米をおかずに米を食い、焼き魚をおかずに米を、漬物で米を、肉で米を、味噌汁で米を、米で、米を食う!


 一人でおひつを空にしてしまうんじゃないかと思うほどの食べっぷりであった。



 その食べっぷりは、あの料理を作ってくれたおばちゃんをひかせるほどのものだったようだが、俺は気にしない。



 いそいそと家から逃げるように出て行ったとしても気にしない!


 これはたっぷりいっぱい食べておかねば後悔してしまうほどのものなんだから。



 俺は、これを口にできただけでもこの異世界に来た価値があると思えるほどだ。それほどおいしかった! あぁ、ここまで旅してきたかいがあったってもんだね……



 ちなみに色々騙ったが、これらはすべて脳内で行われたリアクションであり、現実で俺はただひたすらに黙々とご飯を食べていただけだ。ただその速度と量がちょっと異常だったくらいで、俺の背後で富士山が噴火していたり、突然宇宙にいって全裸になってビッグバンを起していたりしたのはすべて俺の脳内リアクションなので安心して欲しい。



 うめえ。本当にうめえよ……!



 俺は、一心不乱に米をおかずに米を食っていた。


 後ろでは、なにやら大きな音が響いて、戦いがクライマックスになっているようだけど、俺はそんなのホントに頭にも入らないくらい、食事に没頭していたのである。



 求め続けた米が目の前に広がり、信じられないほどの美味しさを集中した舌で味わう。



 それは、スポーツでいうところの、集中力を最大限まで高め、雑音など聞こえなくなるという、いわゆるゾーン。



 俺は、まさに食事のゾーンに入っていたのだ!




──アリア──




 マックスさんと睨みあい。


 あの人は、想像以上の実力を持っていました。



 下手に隙を見せれば、こちらが返り討ちになる。刀を持たない弟子見習いと聞いていましたが、純粋な剣の実力でいえば、私を上回っているかもしれません。



 ですが、私も『シリョク』に目覚めたサムライの端くれ。男女の違いによるパワーの差などはそれで埋められます。


 これで、私と彼の総合はほぼ互角。



 拮抗した戦力であるがゆえ、私達の戦いは見えない気合と気合のぶつかり合いからはじまりました。


 私が打ちこむ気配を見せれば、彼はそれを見事に切り返すプレッシャーを発します。彼が私を突き崩そうとすれば、私はそれを打ち払う闘気を放ちます。



 目には見えない静かな戦い。



 その拮抗が崩れたのは、些細なことでした。



 風がふき、一枚の木の葉が私達の間に舞い降ります。


 視線と視線をつなぐ位置へ、それが飛来し、私達の視線をさえぎった瞬間でした。



 見えない戦いをつなぐ、ぶつかりあう視線が途切れたその刹那、私達はほぼ同時に間合いをつめるよう地面を蹴っていました。



 木刀と木刀がぶつかり合います。



 それは、最初にぶつかりあった見えない戦いの再現となりました。私が打ちこみ、マックスさんがそれを切り返し、逆に突き崩そうとするその剣を私が打ち払う。


 予定されていた演舞のように、私は動き、マックスさんも剣を振るう。



 互角。



 私と彼の実力は、見事に伯仲していました。


 一瞬の隙を見せた方が負ける。



 そんな戦いでした。



 認めざるを得ませんね。少なくとも、彼の実力は!


 しかし、それがあのサムライの強さにつながるとは思っていません。なにせ聞いた話によればマックスさんとツカサさんが出会ったのはつい最近。ならばこの剣の腕はツカサさんの指導の賜物ではなく、今まで努力し続けてきたマックスさん一人の実力。ですから、マックスさんに勝ったところでそれがイコールサムライの実力ではありません。


 やはり、勝って手合わせをして、あのサムライの実力を直に感じ取るしかないようです!



 だから、負けられません!



 しかし、決着は意外な形でつくことになります。


 つばぜり合いをし、私達は同時にバックステップをして距離をとりました。



 間合いをとり、気合をぶつけあうのと同時に斬りかかります。



 幾度も続く木刀のぶつかり合い。今度もそうなるはずでした。




 ヒュッ。




 小さな風きり音。


 その時、横槍が入ったのです。



 マックスさんの死角となる方向から石つぶてが飛来し、彼は一瞬それをかわすことに気をとられてしまいました。


 私も気づきましたが、木刀をとめるには遅すぎました。



 ゴッ! という嫌な手ごたえが私の手に響きます。



 なんとか頭への直撃は避けることができましたが、マックスさんの左肩へ私の木刀が直撃してしまいました。


 マックスさんが痛みに顔をゆがめ、膝をつきます。



 なんと気分の悪い決着。



「誰です!」

 横槍を入れたであろう石つぶての放たれた茂みを私は睨みました。



「ふへ、ふへへ。ふへへへへへ」



 耳障りな笑い声とともに、そこから一人の小男が姿を現しました。


 私はこの男を知っています。先日のサムライ祭りで再来したサムライの名を騙っていた一味の片割れ。太鼓もちを演じていた方の男です。


 人の名を騙るだけでは飽き足らず、大切な一戦にまで横槍を入れるとは、どこまでサムライの名を汚せば気が済むんです!



「どうやってこの地を知ったのかは知りませんが、サムライの名を騙り、あまつさえ大事な一戦に横槍を入れるなんてなにを考えているのです。返答によってはただではすみませんよ!」

 私は肩を怒らせ、そいつのもとへと歩みを進めます。



「簡単な話さ。てめぇに復讐しにきたんだよ」


 男は、にやりと笑いました。その瞳には、どこか狂気が宿っているようにも見えます。


 あの一件を根に持ってここまで追ってきたのはわかりました。



 ですが、彼一人では無謀でしかないでしょう。



「あの大男はどうしたんですか? 彼がいなければ私に勝ち目はありませんよ?」

「ふへへひっ。さすがサムライ様だなあ。だが、こいつを見てもまだそんなでかい口が叩けるかな?」


 ニヤニヤ笑いながら、男は背に隠したそれを取り出しました。



「それはっ!」


 男が取り出したのは、まるで闇がかたまり生み出されたかのような闇の色をした刀身の剣でした。


 私だけではありません。この場にいる者全員がその名を知っていました。



「「ダークソード!」」



 私と、肩をおさえてうずくまっていたマックスさんが声を上げました。



「ああそうだよ。ダークソードだよ! こいつで今からお前達を皆殺しにするんだよ!」


 男が、笑います。



 その刃を見た瞬間、私は男との間合いを一瞬にしてつめていました。


 かの『闇人』が使ったというダークソード。その力を発動させられては厄介です。



 発動する前に、使用者であるあの男を倒す。



 しょせん使用者はただの人。一撃で昏倒させればその力は発動できないはず。


 例え木刀といえども、その一撃は骨を砕くには十分の威力です。倒れなさい!



「っ! 待つんじゃアリア!」



 先生の声が聞こえましたが、もう私の木刀はヤツの体を捕らえていました。


 大丈夫です先生。こんなかまえもまともにできていない奴など、一刀の元に昏倒させてみせます!



 横に薙いだその一撃は、間違いなく男の体をとらえました……!



 ドンッ!



 倒した。



 そう思った瞬間、衝撃が走り、吹き飛んでいたのは私でした。


 相手に殴りつけたところと同じ場所に、なぜか激痛が走り、弾き飛ばされたのです。



「なっ、にが……?」

 なにが起きたんです……?



 体を持ち上げようとしますが、うつぶせに倒れたまま、顔をあげることしかできませんでした。思いのほか、ダメージが大きい。


 右のアバラが何本かと、肩が外れているのは間違いありません……!



「貴様っ!」


 私をかばうように左腕をだらんとさげたままのマックスさんが木刀をかまえました。


 どうやらマックスさんがいたところまで地面を転がったようです。



 悠然と歩いてくる男に向かい、マックスさんが木刀を振り上げようとします。



「待つんじゃ! そいつのダークソードの特性はおそらく反射! 下手に手を出せばアリアの二の舞じゃぞ!」


「「なっ!?」」

 先生の制止に、私とマックスさんが同時に声を上げました。



「ひひっ。バレちまったか。まあいいさ。さあ、どうする? 攻撃するか?」



 にやりと笑い、男は無防備に両手を広げる。



 あれは、明らかに、攻撃を誘っています。



 先生に言われ、自分のダメージに納得しました。



 私が与えた一撃がそのまま私に返ってきた。



 あの男を昏倒させるつもりの一撃だったから、この程度で済んだけど、殺す気で攻撃していたら危なかった……!


 しかし、状況は変わらない。



「くっ」

 マックスさんは私と先生達を守るように立ち、木刀を構えたまま身動きが取れません。


 マックスさんは私の与えてしまったダメージが残っているし、私は動けない。



「おい、あんたサムライなんだろ!? どうにかできねーのかよ!?」


「……残念じゃが、ワシにはもう戦う力はないのじゃ。刀は折れ、体ももう歳でな。ワシではあの反射の力を打ち破る力はすでにない……」


「な、なんだって……!」


 うしろでリオさんの絶望的な声が聞こえてきました。



 そう。先生はすでに戦えない。十年前の戦いで刀は折れ、サムライとして戦う力はほとんどないに等しい。だから私を育てていたというのに、肝心の私は倒れて戦えない……!



「ふへへっ。サムライ見習いはどちらも戦闘不能。じじいはポンコツ。娘は戦力外。残るはあの伝説の再来だけ。さぁて、いったいどこにいるのかな?」



 なんたる余裕。


 こちらから攻撃ができないからと、男はマックスさんに背を向けあの少年。ツカサさんを探しています。



 ですが、下手に攻撃を仕掛ければ私の二の舞。なにもできません。



 こうなってはもう、私達が頼りにできる存在は、もう一人しか残っていませんでした。



 とても不本意ですが、彼に頼るしかありません。


 あのサムライの再来と呼ばれるツカサさん。



 彼しか……




──小男──




 さぁて。とんだ棚ボタが舞いこんできたもんだ。


 あのローブの男からもらったこのダークソード。こいつの特性を使えば俺は間違いなく無敵! 現にあれほど強かったあのサムライの娘が地面に倒れふしている。

 この力があれば、俺は間違いなく誰にも負けない!


 こいつは笑いがとまらねぇ!



「ふへへっ。サムライ見習いはどちらも戦闘不能。じじいはポンコツ。娘は戦力外。残るはあの伝説の再来だけ。さぁて、いったいどこにいるのかな?」



 あの娘はもう戦闘不能。最初の復讐は終わった。次は、ご依頼を達成しなくちゃな。


 あの伝説のサムライの再来はどこにいるのやら。



 ぐるりと視線を見回す。



 両手を広げ、くるりと回っても誰も攻撃してこない。むしろ防御を固めるかのようにリーゼントの男は身を固めたくらいだ。


 へっへっへ。そうだよな。だって攻撃したらそのままの威力が自分に返ってくるんだもんな!



 ぐるりと見回すが、外にはいない。てぇことは、家の中か。



 木刀をかまえたままの男を無視し、俺はほったて小屋の方へと歩き出した。


 攻撃や邪魔は、当然なかった。


 家の中を見ると、中にそいつはいた。



 部屋の中央に座り、なにやら床を見ている。



 なんだここ、靴を脱いであがるってぇのか。それにあれは、食事か?



 不思議な構造の家だと思いながら、靴を履いたまま俺はそこ(縁側)へと足をかけた。



 これだけの撃音と声だ。気づいていないわけがない。


 間違いなくヤツは、俺にむかってなにかをしてくるはずだ。



 相手は本物のサムライ。この中じゃ唯一気をつけろと言われた存在だ。だが、反射の力を手に入れた俺にかなうわけがない!


 勝利を確信しながら、部屋の中に一歩足を踏み出そうとした瞬間。



 そいつは、信じられないことをした……



 そいつは、自分の横においてあった刀に触れ、そのまま床を滑らせ部屋の隅の方へと滑らせたのだ。



「「なっ!?」」


 俺だけじゃない。外から見ていた全員が驚きの声を上げた。



 当たり前だ。意味がわからない。あの騒ぎが聞こえなかったわけがないだろう。それなのに、なぜ刀を捨てる!



 しかもっ……!




 もぐ、ぱく。もぐもぐ。




 あのヤロウ、俺を無視して平然と飯を食べはじめやがった!


 な、なにを考えていやがる!



『相棒、なに考えてんだ相棒!』

「ツカサ殿!? つかさどのぉ!?」


 味方でさえ悲鳴をあげている。



 当然だ。ああして飯を食っている姿は、とんでもないほど無防備だ。それほど隙だらけで、いつでも背中に一撃をどうぞと、まるで俺に斬ってくださいといわんばかりなのだから。


 なんだこいつは、ただのバカなのか? それとも……



 それとも……!?



 俺の背筋が、ぞくりと震えた。


 俺は、ある可能性に気づいた。



「おい、てめぇ! 俺様が来たってのに、のんびり飯を食べているんじゃねえ! さっさと立ちあがりやがれ!」


 俺は平然と飯を食うやつに声をかけた。



 だが、ヤツは無反応だ。完全に俺の言葉を無視し、俺などいないかのように背を向けたまま飯をほおばり続け、なおかつおかわりまで自分でよそっていやがる。


 こ、このやろう、馬鹿にしやがって!



 その背中は隙だらけだ。



 今なら間違いなくあの頭にこのダークソードを振り下ろせる。


 だがそれは、絶対確実に、誘いだ……!



 この無防備な背中。こいつは間違いなく、俺からの攻撃を誘っている。



 普通ならば、今の状況に置かれればあのリーゼントと同じように防御に重きを置いて俺の攻撃に備える。


 攻撃をしかければ反射されるとわかっているからだ。


 そうして俺が近づけば、追い詰められて攻撃を仕掛けざるを得なくなるのが普通だ。



 自滅か自爆か、この力を目の前にしたら、それしか選べないはずだってのに……



 だというのに、ヤツはその逆。あえて俺の攻撃を誘うようにしている。


 間違いなく俺の攻撃を待っている……!



 こいつ、まさか……!



 俺は、気づいた可能性が確信に変わった。


 こいつ、反射の真の特性気づいたというのか? 確かにあの老サムライは一撃を見ただけで反射の特性を見抜いた。だがそれは、見て観察していればすぐにわかることだ。この特性の裏の面は見えないはず。


 だというのに、このガキはその裏の特性まで見抜いているというのか!?




 この特性唯一の弱点。この反射の力は相手からの攻撃だけでなく、俺の攻撃も反射させてしまうという欠点を!




 この反射を起動させたまま相手を攻撃すれば、今度は逆に俺が傷つく。だから、攻撃の一瞬はその反射をオフにしなければならない。


 それは、ほんの刹那の弱点。唯一の欠点。しかし相手がサムライならば、その刹那の時を狙いカウンターを放ってきても不思議はない!


 ヤツはそれを見抜き、その一瞬の隙を作り出すため、あえて隙を作っているというのか!?



 そんな、ありえん……!



 だが、俺が名を騙ったサムライならば、ありえないことはないと思ってしまう。


 俺達はヤツの名を騙るために様々な噂を集めた。その中で、サムライは完全に死角となる背中から攻撃を仕掛けたというのに、それを容易くさばいてしまったという逸話も当然知っている。


 そんなことができるのだ。外も見ずにその特性を完全に把握するなんて出鱈目なことができていてもおかしくはない。



 ありえないはずなのに、ありえるかもしれないと思ってしまう。



 俺に生まれてしまった、一瞬の疑念の時間。


 これが、いけなかった……



「そうか。見切ったぞお前の弱点!」



 娘が、声を上げた。




──リオ──




 ツカサがオーマを放り出していきなり飯を食いはじめたことには驚いた。



 でも、疑問だったのはそれに困惑して動かなくなったあの男の方だ。



 確かにあのツカサの行動はわざとらしかったけど、無敵の反射の力があるんだから、そんなの関係ないじゃないか。

 むしろ、チャンスだ。


 ダメージを反射できるなら、それに乗って斬りかかったてもなんの問題もない。なのに、ヤツは困惑した。


 それはつまり、自分から攻撃しに行くのになにか不安があったからだ!



 そう考えた瞬間、ヤツの弱点が見えた。



「そうか。見切ったぞお前の弱点!」


 おいらは思わず声を上げてしまった。



「本当にその反射が無敵なら、背中を向けたツカサにためらうことなく斬りに行ったはず! それができずためらったということはすなわち、自分から攻撃を仕掛ける時は反射ができないってことだ! だからあんたは、ツカサにそれを見破られたと思い、躊躇した!」



 これでいろんなこともつながった。マックス達の攻撃を誘うように無防備で立っていたのも、余裕だったからじゃない。自分から攻撃してその弱点がばれるのを恐れたからだ!


「つまり、お前の攻撃する瞬間、それと同時に攻撃を加えれば勝てるってことだ!」


「なんとっ! そうか!」

 マックスが驚きの声を上げ、そして納得の声も上げる。



「くっ……!」


 男の顔が焦りに歪んだ。



 どうやら、おいらの推論はあたりだったようだ!



 これで、ツカサの行動にも納得がいった。ツカサなら刀を持たなくともテーブルナイフ一本で返り討ちは楽勝だし、あとは敵が攻撃してくるのを待てばいい。



 ただ、そうしてあんなあからさまな誘いをしたのかはわからなかった。けど、その理由も次の瞬間に解明される。


「くそっ! だが、それがどうした! お前達が俺を攻撃できないのも事実! 俺は絶対に負けぬぞ!」

 男が声を荒げた。


 でも、確かにそうだ。相手の弱点は、攻撃をする一瞬にしか生まれない。となると、こっちから攻撃ができないということになる。



「かっかっか。そのような浅はかさだから、そこに追いこまれるんじゃよ。どうやらツカサ君の方が一枚上手のようじゃな」

 爺さんが笑った。



「なんだと!?」


「その家の出口はそことツカサ君の座る先にあるところのみ。逃げるにはツカサ君を倒すか、こちらに抜けるしかない。おぬしへ攻撃はできんが、逃がさぬことくらいは怪我をしたこやつらでも不可能はないぞ?」


「だ、だからどうした!」


「かっかっか。まだわからんのか。なあおんしよ。その力、永遠に維持はできると思うのか?」



「っ!」



「その剣の力を使うということは、使用者の心を蝕むということじゃ。永遠に反射することなどできんのじゃぞ?

 そうなった時、一方的に敗北するのはどちらじゃろうなあ?」



 爺さんは、意地が悪そうににやりと笑った。



 そうか。ツカサの狙いはヤツを逃がさないということもあったのか。


 あの隙に乗って攻撃してくればよし。気づいて攻撃をやめてもかごの鳥として確保できるようにと二段構えの罠。しかも、あの場で飯を食っていれば囮になり、中にいた飯を用意してくれた婆さんを逃がすこともできる! なおかつああしておいら達にその弱点を気づかせるという、四段がまえのことを考えているなんて、さすがツカサだ!


 当然ツカサに集中している間に婆さんは逃げ、あの男はツカサの方へ進むかこっちに戻るかの袋のネズミになっている!



「ちっ、ちっ……ちくしょおおぉぉぉ!」


 追い詰められた男は、おいら達の方にむかって突進してきた。


 目標は、おいらでも、マックスでもなく、庭に倒れたままになっているあの女サムライ!



「くっ!」

 迫る男に対し、ねーちゃんがうめき声を上げるけど、ダメージが大きくてとてもじゃないけど動けない。


「せめて、お前さええぇぇぇぇ!」

 男はダークソードを振りかぶり、大きく振り下ろそうとした。



 ザンッ!



「かっ、はっ……」

 吹き飛んだのは、ダークソードを振り下ろそうとした男の方だった。


 その一撃が女サムライに当たる直前、追いついたマックスの一撃が男の体を弾き飛ばしたんだ。



 地面を滑るように転がり、その手から離れたダークソードは、空を飛んで男の前の地面に突き刺さった。



「ば、かな……」

 男が信じられないと、マックスを見る。


「ふん。種のわかった手品など、破るのも容易い!」

 片手が使えないってのに、あの一瞬にあわせて攻撃できるお前もお前だと思うよおいらは。でも、よくやった!



「ちっ、くしょ、う……」


 うめく男が、その手を剣に伸ばすけど、剣はそのままさらさらと塵に帰るようにして消えていった。



 目を見開いて驚く男は、消える前になんとかそれをつかもうとするけど、無駄だった。



 綺麗にそれが消えると、男は白目を剥いて地面に倒れふした。


 気絶したのか? と思ったら、その姿もダークソードと同じように消えてゆく。



 驚いたけど、これがダークソードを手にした者の末路だと、あとで爺さんに教えられた。



 この力に頼りすぎ、力を使いすぎると人ではなくダークソードにのまれてしまう。ゆえに、ダークソードが砕ければそれを維持するため存在する人の体も消えてしまう。


 人としてすら死ねないなんて、なんて物なんだよ……


 まるで、最初からあの男がいなかったかのようだ。



 一陣の風が吹き、完全にその痕跡が消えると、マックスは肩をおさえて膝をついた。



 さすがのマックスも、女サムライの一撃からああして動き回るのはつらかったらしい。



「危なかった。なんと厄介な相手だったのだ。ツカサ殿がヤツの特性をわかりやすく暴いてくださらなければ、ああもうまくはいかなかった……!」


 マックスが拳を握る。



 でも、ツカサはさすがだ。相手の弱点を確認するためとはいえ、あんなに大胆なことができるんだから。


 ツカサがああしてわざと隙を作ってわかりやすい違和感を生み出さなければ、ツカサに恐れをなして逃げ出したヤツをとめることもできなかった。


 ツカサはいったいどこまで今回のことを予測して動いていたんだろう。



 本当に、とんでもない人だぜ。あの人は。



「終わった?」


 ひょっこりと、ツカサが顔を出した。




──ツカサ──




 なんか色々後ろで白熱していたみたいだけど、ご飯に満足してオーマを回収して顔を出すと勝負はもう終わっていた。


 マックスが肩をおさえて膝を突いている。


 対戦相手のアリアさんは倒れているから、どうやらマックスが勝ったようだ。



 さすがに無傷&手加減まではできなかったか。


 でも、マックスが勝ったのだから、これで俺と勝負をするという話もお流れになっただろう。


「マックス」

「はい!」


「さすがに一筋縄じゃいかなかったようだけど、お疲れ様。よくやってくれたよ」


「いいえ。これもツカサ殿の教えの賜物でございます! ですから、これからもご指導よろしくお願いします!」

 なぜかマックスが背筋をぴんとしてから、仰々しく俺に頭を下げた。



 いや、そんなこと言われても困るんだけど。



「いやいや。俺なにもしていないし」

 ご指導って、そんなこと一度たりともした覚えないよ。



「くー。そのご謙遜。そうして拙者達に気づかせようとする気遣い。まさにツカサ殿は師の鏡にござる!」



 意味わかんない。


 でもテンションたっぷりあがったマックスにはなにを言っても無駄な気がする。



「かっかっか。それはいいが、ちょいと怪我の方を見せてみい。おんしもアリアも怪我人なんじゃから」


「そ、そうですね。申し訳ありません!」

 お昼を食べながら診断した結果、マックスは肩の打撲ですんだけど、アリアさんの方はアバラが何本か折れた上、右肩が脱臼していたようだ。


 肩はすぐはめてもらって治ったけど、アバラもふくめて凄く痛そうだった。二人にはトウジュウロウさんがせんじた薬草をはって、ひとまずは診断終わりとのことだった。


 どんな傷も癒せる妖精の粉が残っていれば使ってあげられたんだけど、あれは猫の命を助けるために使っちゃったからなぁ。少しくらい残しておいてもよかったかもしれないぜ。


 しかしマックスもアリアさんも、診断終わって昼飯を食べる時にはもう肩を釣らずに食事をしているんだから、この二人の体はなにでできているんだろうと思わず思ってしまった。さすが鍛えてるだけある。


 ちなみにみんながご飯を食べている時、俺はさらにお茶漬けを一杯もらった。ここを去ったらなかなか食べられなくなるのだから、遠慮なんてしない!



 さて。米もたらふく食えてそれに対する執着も見事消えたことだし。次はマックスの弟子入り問題について解決しようか。



 皆がお茶をすすりのんびりとする中、俺は身をただしトウジュウロウさんへ向き直った。




──トウジュウロウ──




 いやはや。あのダークソードの特性。ワシもひと目で反射であることには気づいた。


 しかし、その弱点となる自身の攻撃も反射するという点には気づけなかった。



 彼はあの一瞬でその可能性も考え、あのようなわかりやすい隙をつくり、その欠点を確認しつつヤツを逃さぬため庵の中に誘いこんだのじゃろう。



 その上、彼はあえて自分で手を出さなかった。ヤツの弱点のヒントを出し若者達自身に答えを出させた。


 その気になれば彼一人で解決できたじゃろうに、彼はあえてそれをしなかった。



 結果、リオちゃんはヤツの弱点に気づき、マックス君はそれをついてあの男を倒すことができた。



 回りくどいやり方であるに関わらず、彼等二人はきちんと自分達のできることを行った。なるべく自分で考えるようにアドバイスをしているワシとアリアの関係とは大違いじゃな。


 今回もあの子は自分の実力も相手の実力もわからず突撃してしまった。


 サムライ祭りでの経験がまったく生かされておらん。それはとても、残念なことじゃ。



 理由は、わかっておる。



 伝説のサムライ。その弟子であるという自負。それが、彼女に自分は強いという誤った考えを植えつけてしまっているのだ。

 自信だけでなく、慢心も彼女に与えてしまっているのだ。


 実際、彼女は強い。しかし、世の中には自分よりもっともっと強いものがいるということを知らねばならない。



 じゃが、ワシの元ではそれを学ぶことが難しいのは実証済みじゃ。となれば……



 昼飯を食べ終え、ゆっくりと茶をすすりながらワシはそんなことを考えていた。


 さて。どうやってこの話題を切り出そうか。



「トウジュウロウさん」

 ツカサ君が身をただし座りなおし、ワシの方を見た。


「なんじゃね?」



「マックスを、あなたの弟子にはしてもらえないでしょうか?」

 そう言い、彼は床に両手をつき、深々と頭を下げた。



「なぁーっ!?」


 この中で一番驚いた叫び声をあげたのはマックス君であった。



「なっ、なぜゆえですツカサ殿! なぜゆえにそのようなことを! そ、それは拙者がツカサ殿の弟子にはふさわしくないということなのでしょうか!?」


 肩に受けた怪我も忘れ床に転がりまわり、マックス君がツカサ君の膝にすがりついた。



「ある意味、そうかもしれない。俺は、マックスに技の一つも教えられない。でも、トウジュウロウさんなら……」



「いいえ、そんなことはありません! 拙者はツカサ殿の背中を見て、そこから多くのことを学びました。サムライがなんたるかを教わりました! 技術より大切なものを学び、拙者はツカサ殿と旅をして信じられないほど強くなっております! ですから、なにとぞ。なにとぞーっ!」


「いや、だから……」


「それならもう、拙者はツカサ殿の弟子でなくともかまいません。ですから旅にお供だけでもさせてくださいー!」


「ええー?」


 さすがのツカサ君も困ったような顔をした。



 ……弟子の行く末を考えるのは、どちらも同じということか。



 一方は技。もう一方は心。


 ツカサ君は、強い。その身に秘めた力は間違いなく歴代最強のサムライに間違いないじゃろう。しかし、その強さゆえ、彼は他人に教えられるような技を持っていない。正確に言えば、教えられないのではなく、彼の技を使える者は彼しかいないのだ。



 それを考えれば、彼が弟子を考えないというのも納得がいく。



 しかし、彼の技は決して学べなくとも、その背中を見て学ぶことは多くあるのは間違いない。


 今回のダークソードとの戦いを見て、ワシは確信する。技は確かに学べぬだろうが、サムライとして必要な心は間違いなく受け継がれておると。


 確かに技ならばワシがいくらでも教えられる。しかし、サムライに必要な心を教えるのは、ワシにはできなかったことじゃ。



 どちらの教えが必要なのかといえば、ワシならば間違いなくツカサ君の教えだと答えよう。



 ならば、ワシはワシなりの心遣いをするしかないようじゃな。



「かっかっか。よろしい。マックス殿をお預かりしよう」


「なぁー!?」

「なっ!?」

 ワシの笑みとともに、マックス君とアリアが驚きの声を上げた。


「じゃが、二つ条件がある。一つは、マックスよ。ツカサ君の旅が終わるまで、その背を見続け、学んでくるのじゃ。すべてが終わったのち、それでもまだワシに師事したいと思ったなら、またここに来ればよい。ワシの弟子になるなど、いつでもできるからのう」


「よ、よろしいのですか!」


 ツカサ君にすがりついていた手を放し、ワシの方へと向き直った。そしてその笑顔を、ツカサ君へ向ける。


 さすがのツカサ君も、それには苦笑いを浮かべるしかないようじゃ。かっかっか。これで一つは決まりじゃな。



「うむ。そしてもう一つの条件じゃ。君達の旅に……」



「いいえ先生、その条件は飲めません!」


「……このアリアを……」

 ワシが条件を伝える前に、アリアの言葉がワシの言葉をさえぎった。



「先生。先生のもう一つの条件は、私を彼の旅につれてゆけと言うのでしょう?」


「うむ。その通りじゃ」


 アリア、おぬしは技はあるが、心がまだまだ未熟じゃ。真のサムライであるツカサ君とともに行き、その真髄を学んでくるれば、間違いなく本物のサムライになれるじゃろう。



「それならば、必要ありません!」



 ワシの同意に、アリアは間髪いれず拒絶の意思を示してきた。


 やはり、回りくどい言い方をするワシの言い方では……



「そうではありません先生!」

 思考もさえぎり、アリアはワシの前に座り、頭を下げた。



「私はもう、気づいたのです! 先生のお言いした意味に! 私の足りなかったことに!」


「……な、に?」



「先ほどの戦いを見て、私になにが足りなかったのか気づきました! あの祭りの意味も、やっと気づきました! 私は他者と自分を比べ、その強さの差を見て優越感に浸っていた未熟者でした。それゆえ、反射されてしまったのです! 私はなにも見抜けなかった、本当にダメな弟子です! 先生の意思もなかなかくみとれない未熟者です! それでも、それでも私は、先生からその心を学びたいのです!」


 深々と、彼女は本当に深々と、ワシに頭を下げた……



「先生だって、あのサムライと負けないほど偉大なサムライなのですから!」


「……」

 なんということじゃ。


 ツカサ君は、あの回りくどいやり方でアリアの未熟な心にまで光を見せていたというのか。



 そして、この構図は、先ほどのツカサ君とマックス君と同じではないか。



 ……ふふっ。どうやらワシは、ワシ自身の姿を少し見失っていたようじゃ。ツカサ君というまばゆい光を前にして、ワシさえもそこにむかい手を伸ばそうとしてしまったようであるな。



「ふふっ。マックス殿と、同じか」


「はい。私も、彼と同じように先生からサムライの道を学びたいのです!」


 身をただし、アリアはじっとワシを見た。



 ならば、しかたがないな……



「わかった。ならば、これからも修行に励め。ワシの元でな!」

「はいっ!」

 アリアは再び、深々と頭を下げた。



「というわけじゃツカサ君。もう一つの条件はなかったことにして欲しい」


「ということは?」


「条件は、旅が終わったあと、またワシのところへ来い。ということじゃな」



「了解いたしたでござる! では、拙者はまだツカサ殿と旅ができるのでござるな!」



「その通りじゃ」

 いやっほーいと飛び上がったマックス君を見て、ワシは笑みを浮かべた。


 なんとも素直に感情を表に出す男じゃ。



「そしてツカサ君よ。このアリアはまだまだ未熟。君の旅にて足をひっぱることになるじゃろうから、もうしばらくこの地で修行をつませることとなった。ご理解いただきたい」


「マックスの方の約束をしてもらえるのなら問題ありませんよ」


 ワシが頭を下げると、ツカサ君はあっさりと受け入れてくれた。



 本当に器の大きな少年じゃよ。



 アリアよ。ワシもツカサ君に負けぬよう、お前を一人前のサムライに育ててみせよう。


 例え彼は超えられぬとも、お前はワシの立派な弟子じゃ。

 きっと、おぬしもサムライを名乗るにふさわしい者になる。それだけは、ワシは確信しておるからな……




──アリア──




 先ほどの一件で、気づきました。

 勘違いしていたのは、私であったと……


 なんということでしょう。私は、本当に愚かです。



 自身の攻撃を反射され、なにもできない状態のまま、あのサムライ、ツカサさんの元へ乗りこむあのダークソードを持った男が近づくのを見ているしかできませんでした。


 しかしヤツは、背を向けたツカサさんにいっこうに剣を振り下ろそうとしませんでした。


 リオさんの言葉で、その真意に気づき、追い詰められてむかってきたあの男の攻撃は、マックスさんが対処してくれました。



 ここまできて、私はやっと気づけたんです。



 サムライ祭りで相手の本質を見抜くという訓練を散々してきたというのに、私はその訓練の意味を理解していても、その本質をまったく理解していなかったということに……!


 私は、慢心していたのです。少しサムライの力、『シリョク』が使えるから、それが見えない人は全部私以下だと勘違いしていたのです!



 欠片も『シリョク』を感じさせないツカサさんはあっさりと相手の本質を見抜き、反射の対処まで見せたし、リオさんはそれを見てヤツの弱点をしっかり把握した。



 マックスさんはその弱点を聞いただけで実行した。



 しかし私は、その本質にさえ気づかず、一方的に倒れた。



 私は、自分より力が劣ると思っていたあの三人に助けられたのです。



 この時、先生の言っていたことがやっと理解できました。


 無敵と思われた反射をマックスさんが切り伏せた時、私の視界も大きく開けた気がしました。



 私は自分で自分の目を曇らせ、相手の本質をきちんと見定めようとしていなかったのだと……



 先生を見つけられないのも当然です。


 こんな曇った目で先生を探していては、見つかるはずもありません。



 こうしてはいつくばって、初めて理解できました。世界には、私よりも強い人はいくらでもいる。しかもその人の強さは、簡単には見破れない……!



 先生は、それを伝えたかった。


 大樹ばかりを見て、自分の足元にある大地の大きさに気づけなければ意味がないということを!



 治療と食事が終わり、ツカサさんがマックスさんを先生の弟子にと言い出しました。


 そして先生は、私をツカサさんとともに行けと。



 ですが私は、マックスさんと同じく、怪我のことも忘れてもっと先生に心を学びたいと告げました。


 マックスさんがツカサさんを真の先生と思っているように、私も先生が真のサムライなんです! 学ぶのならば、先生に学びたい!



 その熱い思いが先生に伝わり、このまま先生に師事することがかなうことになりました。



 こうしてダークソードが姿を現した今、私も心の強さを手に入れ、真のサムライにならねばなりません。



 今回、恨みのあった私はともかく、面識さえなかったツカサさんを襲ったことから、ダークソードを蔓延させている黒幕の狙いは彼だとわかります。


 先生は彼ならば大丈夫と言いますが、その彼が本当にピンチに陥った時、彼に助けの手を差し伸べることができるのはサムライの力を持つ者でなければならないでしょう!



 だから私は、早く怪我を治し、心を強く成長させ、一刻も早くサムライとならねばならないのです!




──ツカサ──




 マックスの怪我が完治するまで数日お世話になり、俺達は旅立つことになった。


「そうじゃ、ツカサ君にこれを渡しておこう」

「これは?」


 出発の直前、俺はトウジュウロウさんから一枚の手紙を渡された。



「ここから北西へむかったテルミアという村に、ワシ以外のサムライがおる。あわせてもらえるようしたためた手紙じゃ。村長に渡せば、あないしてくれるじゃろう」


「もう一人!?」

「そこに行けばいいのでござるな!」


 俺は驚いて声も出ず手紙を見ていただけだけど、リオとマックスが大声を上げてびっくりしていた。



 こういう時素直に声を出せる人は羨ましい。



 マックスがキラキラした目を俺に向けている。そりゃもう一人いるってんなら会いたいに決まっているよな。


「わかりました。行ってみようと思います」


「うむ」



 手渡された手紙をカバンにしまい、俺達はいったん王都でなく、ここから北西にあるテルミア村というところを目指すことになった。


 俺達は村人総出の見送りに見送られ、俺達はトウジュウロウさんの庵から旅立つのだった。




 ……



 …………




「……よかったんですか? 本当のことを伝えないで」


「よいのじゃよ。こう言っておかねば、彼はそこへはむかわなかったじゃろうからな」



 どこか悲しそうに、トウジュウロウはつぶやいた……




 おしまい

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