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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
21/88

第21話 サムライ祭りにサムライがいる


──ツカサ──




 ……米が、食いたい。



 唐突だけど、お米が食べたい。


 食したい。



 三度も連続で考えてしまった。



 この世界に来てけっこうな時間もたち、同郷の人との話に花も咲かせ高まった望郷の念がこうして俺のお腹を支配している。


 米、しょうゆ、味噌。


 塩と胡椒はカバンに入っているというのに、俺はなぜ米も味噌もしょうゆもカバンにストックしてないんだ! こんな時こそ必要だろう!


 などと俺は自分の過去に理不尽な要求をしており、事件は一行に解決の糸口を見せません……なんて意味不明に報道風にしてみても現実は変わらない。



 どれだけ祈って念じてもカバンから米は出てこないし、空から米は降ってこない。



 あのジョージさんのところにも米はなかった。


 ここまで旅をしていて、米が原材料となる食品は欠片もない。


 西洋型ファンタジー世界といっても仮にもサムライと言われる侍によく似た存在のいる世界なのだから、きっとそこには米があるはずだ。


 でもここはファンタジー世界とはいえ西洋型。とてもじゃないが米なんて流通していない。そんなのが簡単に手に入るなら、サムライの国の人がもっともっとこの国を闊歩していて不思議じゃないからだ。


 食いたいと願っても物はない。


 お金がいっぱいあってもまったく無駄だとは、なんとも皮肉な話だよ。



 米。こめ。コメが食いてぇ。




 はっ!




 この瞬間、気づいた。


 そうだ。この国にも米を持っている可能性のある人がいた。



 この地に米を持ってこれる存在。つまり、十年前に現れたこの世界のサムライ!



 十年前にやってきた彼等に生き残りがいて、しかも種もみを持ってきていてこの土地で米を育ているなんてミラクルがあれ……


「……」



 そこまで考えて、ため息をついた。



 そんなミラクルあったとして、そもそもそのサムライどこにいるんだよ。いるならとっくに話題になってるっての。


『どうした相棒。ため息なんかついて』


「珍しいねツカサがため息なんて」


「どうしたのでござる。なにか悩み事にござるか?」


 みんなに心配されてしまった。



 まさか深刻そうに見えて実はただ米が食べたくてため息ついたなんて言えるわけがない。言ったら間違いなく呆れられるし白い目で見られる。



 ならばここは……



「いや、今更な話なんだけど、十年前にこの国を救ったサムライに生き残りはいなかったのか。と思ってさ」


「ツカサの方にも戻ったって話はいかなかったの?」

 リオが首をひねった。


 サムライのいた国になら届いたかもしれないけど、俺はその国にいないからねぇ。


『残念だが、ダークシップを追ったサムライは一人として帰ってこなかったと聞いてるぜ。だから、あいつ等の行方はお前達の方が詳しいはずだ』

「そうなんだ」


 オーマの説明にリオがうなずき、今度はマックスを見た。


 自分はその行方をまったく知らないけど、そっちならなにか知っているんじゃ? という視線だ。


 俺も、マックスへ視線をうつす。



 アゴに手を当て考えていたマックスが口を開いた。



「噂でしたら、二人の生き残りがいると聞きますが、拙者も十年探して見つかったのはツカサ殿のみにござる。この二人というのも、真偽のほどは不明にござるから……」


 つまり、全員行方不明というわけか。



 ますますもって、米が俺の腹に入る可能性は低くなったというわけだな。



「そっか。ありがとう」




『(相棒……)』


(ツカサ、悲しそうだ。今まであえて考えないようにしていて、今やっと踏ん切りをつけたように見えるよ。あまり表情を変えないツカサの雰囲気がわかるんだから、ツカサはやっぱり仲間想いなんだな)


(十年前、ご自分がいれば。と考えているのかもしれんな。そうすれば、もっと多くの者を帰すことができたと。やはりツカサ殿は、優しい……)



 ──マックスの話を聞き、肩を落とすツカサを見て、二人はそんなことを想ったそうな。




「そうだツカサ殿!」

 マックスがなにか思いついたように、ぽんと手を叩いた。



「大街道から少しずれますが、ちょうどいいところがあります! そちらへ参りましょう!」




──ツカサ──




 大街道から少し北にずれて、別の街道ぞいにある宿場町に到着した。


 ひさしぶりに石壁に囲まれた城塞都市である。城はないみたいだけど。


 街に入ると、中はずいぶんと騒がしい。



 村の中央に、大勢の人がわいわいと集まってなにかをやっているようだ。



「ささ、こちらにござる」

 マックスが意気揚々と俺とリオを案内して歩く。いったいなにがあるのかまだ教えてもらっていないんだけど、なんなんだろう。


 人の流れに逆らわず進むが、街の中心に進めば進むほど人の数が増えてゆく。



 しかも……



「な、なんだいこりゃぁ?」

 リオが声を上げた。


 声を上げるのも当然だろう。俺も心の中で「おおう」と声を上げていたくらいだから。



 街の中央広場。そこにはマックスがしているサムライのコスプレをしている人だらけだったのだ。


 手製の刀を持つ者、マックスのように羽織っぽい上着を着ている者。もうサムライとは言えないアメフトのアーマーのような物をつけている人などなど。



 そこは、外国人観光客がサムライのコスプレをして祭りにやってきたというような感じだった。



「なんだいこりゃぁ……」


 リオが二度目のなんだこりゃを口にする。



「はっはっは。これぞこのサムランイの街名物、サムライ祭りにござる! 今年で開催九年にもなるお祭りなのでござるよ!」


 唖然とする俺達を見て、マックスが胸を張って笑った。



 サムランイ名物サムライ祭り。



 参加者は各々思うとおりのサムライの格好をして街の中央広場から南へ向かう大通りを南下し、街の城壁に到着したら外周にそって左右好きな方をぐるりと回り、北側から中央に戻るというお祭りだ。


 その後街中を好きに練り歩いたり、中央広場ではダンスやサムライ名乗りというものも行われる。


 名乗りはいわゆる大声コンテストで、サムライらしく名乗り、街のどこまで聞こえるのかというのを競う祭りの催し物らしい。

 こうやってサムライが練り歩いたり、大勢で名乗りを上げることによってこの街から邪悪なやからはサムライを恐れて逃げ出してゆく。という趣旨の祭りなのだそうだ。



 ……絶対これ、この街の偉い人が名前がサムライっぽいからサムライ祭りをやろうとか言い出しただろ。どの世界でもどの国でもこういう発想する人いるから。絶対いるから!



 まあ、建前はサムライがこの国を救ってくれたのを祝してということらしいけど。うん。実にもっともそれらしい。



「つーかマックス……」

「なんにござる?」


 リオが呆れたように顔を手で押さえ、うめくように言う。


「やりたいことはわかるけど、まがい物がたくさんいてもしょうがないだろ」


「そんなことはござらん。ひょっとするとこの中に一人くらい本物が混じっているかもしれんではないか!」


「本物はこんなとこ来ねーって」

 なにしてんだお前。とリオは苦笑いしている。



 俺も少し苦笑した。



「確かに、これなら本物のサムライが紛れこんでいてもわからないな」

「ござるよ!」


 リオの言うことももっともだけど、サムライの格好の人ばかりいるからいたとしてもわからないのも確かだ。



 むしろ、いるならいて欲しい。米入手的に。



 というか、これだけサムライかぶれがいるのなら、ひょっとすると一人くらい米を輸入している人がいるかもしれない。おにぎり売ったりする屋台が出ているかもしれない。そういう意味では、あのまま大街道を歩いているよりも米を口にする可能性がある。


「いや、でもありがとうマックス。少し希望が持てたよ」


「い、いやぁ。それほどでも」

 でへへと嬉しそうにマックスは頬を緩めた。



「けっ。ツカサもこういう場合はしっかり違う。そうじゃないときっちり言ってやった方がマックスのためだぜ」



「ふん。代案も出せぬくせに口だけは達者のようだな」


「んぐっ。代案て偽物ばっかり集めたって本物にゃあなれないだろうが」


「ぐっ……」


 街の中心近くのすみっこでリオとマックスの睨み合いがはじまった。


 この二人がいがみあうのひさしぶりな気もするけど、なんとも微笑ましい争いだ。



 俺は米への欲求をしばし忘れ、二人を見守ることに……



「っ!」



 直後俺は、二人の背後にあるものを見つけてしまった。



 一人の男がベンチに座っている。



 たぶん、男だ。でも、顔はわからない。男は顔を隠せる頭巾を被っていたからだ。


 袴姿のサムライで、その服装は他のコスプレサムライとは一線をきすような完成度だった。



 でも、俺が見つけたのはそんなことじゃない。



 そのサムライは、中央広場はしのベンチに座り、ご飯を食べている。



 ご飯と言っても、朝食とか昼ごはんとか夕飯とかの行為を意味することじゃない。


 その人が手に持って、頭巾の下へと運んでいるもの。



 それは、米!


 わかりやすく言うと、おにぎり!!



 その人は、笹の葉でくるんだおにぎりを手にして、広場をのんびりと見物しながら食していたのだ!



 みっ、見つけっ……!



 俺は思わず身を乗り出し、そこへ駆け出そうと足を踏み出そうとしたのだが、中央広場へ流入する人の流れが前を横切り、足止めを食らってしまった。


 どうやら祭りがはじまって、街を練り歩くのがはじまってしまったようだ。



 コスプレサムライがぞろぞろと中央広場へ足を踏み入れ南側へと歩いてゆく。どいつもこいつも俺よりガタイのいい人達ばかりだ。みんなサムライの格好なんかしなくたって十分強いだろうに! なんて思いながら、ぴょんぴょこ跳ねてベンチに座る人をきちんと目視しようとするが、まったく見えなかった。


 人の流れが途切れ、再びベンチの方へ視界が開けた時、すでにその人はいなかった。



 なんてことだ。せっかくの米への手がかりが……



『なにしてんだ相棒?』

「ツカサ?」

「ツカサ殿?」


 俺の奇行に、三人がぽかんとしたような顔をして俺を見ていた。



 ぐっ、はずかしい。人ごみの向こうを必死に見ようとしていた姿を見られたみたいだ。



「い、いや。なんでもない。オーマ、さっきあそこのベンチにいた人追える?」



『え? わりい相棒。前を通っていたヤツ等の数が多くてそっちまではマークしていなかった。少なくとも相棒が気にするようなレベルのヤツじゃなかったぜ』


「そっか」


 指差したベンチの方まで注意はいっていなかったようだ。これじゃ追いかけられない。



 まあ、おにぎりを食べていただけなんだから、そりゃチェックもしなかったか。つーかただの超サムライマニアなだけの可能性もある。そもそもこの世界のサムライなら刀を持っているだろうけど、あの人袴なだけで、刀は見当たらなかったしなぁ……


 だが、一つだけ確信できたことがある。



 あの人がおにぎりを食べていたということは、この地に、米はあるということだ!



 俺は、ぐっとこぶしを握った。


「ど、どうしたんだよツカサ」


「なにか見つけたのでござるか?」



「ああ。探し物を見つけたみたいだ」



「なっ!?」

「っ!?」

『なんだってぇ!?』

 俺の言葉に、リオもマックスもオーマも驚いた。



『ちょっ、ちょっと待ってくれよ相棒。それじゃあさっき見たってのはサムライってことか!? おれっちにはなにも……いや、この街に今、サムライの気配、あ、る』



「あるのー!?」

 オーマが唖然として、リオが驚きの声をあげた。



『ちくしょう。反応が小さすぎる。あるような、ないような。位置まではわからねえ。でも、いる。……とおもう』



「なにやらあやふやでござるな」


「つーかツカサに言われるまで気づかないとか、なにやってんだよオーマ」


『お、おれっちと相棒を比べるなよ! 相棒はおれっちの知る中でも歴代最強にして最高なんだから次元が違うんだよ!』


「「ああー」」



 いや、納得するような声をあげられても困るんだけど。違うんですけど。



『だが、相棒のようにサムライの気配を消してこの祭りを見に来ているサムライがいるのは間違いねぇ。つーか相棒、な、なんでわかったんだよ!』


「え、いや……」



「それはもちろん、ツカサ殿だからに決まっているにござるよ!」



『ちぃ! 納得するしかねえ!』


「さ、さすがツカサ殿! さすがにござる!」


 マックスが感動したように拳を握っている。い、いや。ちょっと待ちなさい君達。俺はサムライがいたとは一言も言っていないんだけど……


 でも、米を探しているなんてみんなに言っていない上、ちょっと前にサムライを探していたと言ってしまったのだから真実は言えない。



 ここは、黙っておこう。うん。



「よし。わかった。ツカサ、それ、どんな人だった!? 格好。姿。できる限り正確に!」

「えっと……」


 リオが俺に詰め寄ってきたので、たじたじしながらあの頭巾を被ったサムライの姿を説明する。



「わかった。その人おいらが探してくるから。ツカサは待っていて!」


「なっ!? それならば拙者も探しに行く! サムライ祭りにつれてきたのは拙者だからな!」


 マックスが張り合うように声を上げると、リオはむっと頬を膨らませた。


「そこを強調するんじゃねえよ。たまたま偶然のくせに。おいらだって負けねえ。絶対に絶対においらがそのサムライ見つけてやる! ツカサは待っていてくれればいいからな!」


「ふっ。サムライ祭りにつれてきたのは拙者。むしろ拙者が責任を持ってツカサ殿にそのサムライを紹介してみせよう! ツカサ殿は宿をおとりになってこの祭りを見ながらお待ちください!」


 直後、リオとマックスが睨みあい、その間に火花が散った。



「あとでほえづらかくなよ!」

「そちらこそな!」



「えっ? ちょっ」

 そこまでする必要はないと、二人に手を伸ばそうとするが、リオとマックスの背中に届く前に、二人はばびゅーという音が聞こえるほどの勢いで走り出してしまった。


 二人はおたけびをあげながら、人ごみの中へと消えてゆく。



 そうなってはもう、俺の声は届かない。



『行っちまったな』

「行っちゃったね」


『まあ、二人とも、あれだ。相棒に喜んで欲しくて、役に立ちてーのさ。だから、しばらく見守ってやろうぜ。見つからなけりゃ戻ってくるだろうしよ』


「そうだね。いざとなればこっちから探しに行けばいいし」


 オーマの言葉に、俺はやれやれと肩をすくめ、宿をとるため歩き出した。



 というか、宿をとるさい宿帳に記帳するのはこの世界でも同じなんだけど、俺まだこの世界の文字まったく読めないし書けないよ。


 いつもマックスかリオが競ってやってくれているからサボっていたツケがこんなところで出るなんて。



 いっそ文字が書けないと素直に言って宿の人に書いてもらおうか……



 それとも、開き直って日本語で書いちゃおうか。


 一番いいのは、宿帳なんか書かずにすむ素敵なお宿があればいいんだけど。



 そんないい感じの宿ないかな。と思いつつ、宿のマークを探す。さすがに言葉がわからずとも、これだけ旅をしていればマークくらいは覚える。



「……あ、見つけた」



『お、なにかいい宿見つけたのか?』

 思わず足をとめつぶやいた俺の言葉に、オーマもそちらへ意識を向けた。




 そこに、その人は、いた。




──マックス──




 拙者とリオは、隣り合ったまま祭りで賑わうサムランイの街を疾走していた。


 さすがツカサ殿にござる。


 これほどサムライの姿を模した人々が闊歩する中に紛れこんだ本物のサムライをひと目であっさりと見破るなんて。それはまさに、ツカサ殿にしかできぬ偉業!


 しかしまさか、人を追えるオーマ殿の方が把握できていなかったというのはツカサ殿も予想外だったに違いない。


 これはオーマ殿が悪いのでなく、ツカサ殿が優秀すぎたからゆえの悲劇。こればかりはオーマ殿は責められぬ……!



 むしろそのおかげで拙者はまたツカサ殿のお力になれる。これほど嬉しいことはない!



 これだけの人出の中から外見だけで見つけ出すのは非常に困難だろう。だが、不可能を可能にしてこそサムライ! それを実現できずして、ツカサ殿の弟子になれようか! いや、ない!


 拙者の気合は、完全完璧フルパワーなのでござる!


「しかし……」

 ちらりと、隣を見た。そこには拙者の真隣を同じ速度で走るリオの姿があった。



「なぜ拙者の隣を走る!」



「それはこっちの台詞だ! なんでおいらのことを追って来るんだよ!」


「そっちが追っているのだ!」


「そっちだ!」

 隣を走るリオと口論をしながら走る。



 どちらもすでに一歩も引けない状態になっていた。



 進路を変えた方が負け。そんな気になってしまっている。


 こうなったらもう、拙者もリオもそう簡単に折れるわけにはいかない。意地と意地の張り合いである!



「んだとこらぁ! 俺達を誰だと思っていやがる!」



 がしゃんとテーブルがひっくり返り、それが祭りの見物客のいる歩道にまで飛び出してきた。テーブルが石畳に落ち、真っ二つに割れる。


 誰かの悲鳴があがり、近くを走っていた拙者達もふくめ、見物人の視線がそちらへと集まる。



 そこはいわゆる、オープンテラスだった。



 道路側から一段あがったところにある木のテラス。そこにテーブルを並べ、食事をしながら祭りが見れる。そういう店だ。


 テーブルがなくなった席に、立ち上がったサムライの格好をした男と取り巻きと思われる小男がいた。



 大男の姿は上半身裸の腹にサラシを巻き、袴と羽織を羽織り、なおかつ眼帯をしているというどこかで見たことのある姿だった。


 リオが拙者の方をじっと見ている。? 拙者をじっと見てなんになる。



 一方の小男はリーゼントに帽子をかぶり、ぶかぶかの服を着てズボンでサスペンダーでつっていた。こちらもどこかで見たことがある気がする。


 はて。と首をひねり、拙者もリオを見る。



 なにか……どこかで……



「なんだよ?」

「いや、なんでもないが?」

「おいらもなんでもない」


 って、どこかで見たことがあるかなんて今はそんなことはどうでもいい。そんなことを考えている場合ではない!



 男達の足元には、尻餅をついている老人がいた。



「おうおう。どうしてくれるんだ。アニキの羽織が汚れちまったじゃねえか!」

「うむ!」


「そ、そんなこと言われましても。足をかけたのはそ……」


「うるせぇ! ぶつかってきたのはそっちだろうがよ!」

「うむっ!」


 なにかを言おうとした老人に対し、取り巻きの小男は言葉をさえぎり声を荒げた。


 まったく。どこにでもああいうやからはいるのだな。



 拙者もリオも、同時にため息をついた。



「この方を誰だと思っていやがる! この方こそはな、今ちまたを騒がすサムライ様にあらせられるぞ!」

「うむ!!」


 手を上げて主張する小男と、腕を組んで大男がふんぞり返った。



「なっ、なんだってー!?」

「うそだろっ!」

 ざわっと周囲にざわめきが広がった。


 眼帯をした大男はにやりと笑い、組んだ腕を解いてその腰にある刀を引き抜いた。


 男の体にあわせたのか長い刀身をしている。



 それを大きく上にかざす。



『その通りだ。俺達がサムライだ!』



 どこからともなく、そんな声が響いた。


 さらに周囲から驚きの声が上がる。


 その刀の動きはまさにオーマ殿と同じであった。しかし違うのは、あの大男が腹話術をしていたということである。

 うむとしか喋らないのも声で腹話術とばれないようにするためだろう。


 だが、拙者の目は誤魔化せん!



 あの男は、サムライではない! ただの騙り者だ。



 それがわかった瞬間、あることに気づいた。


 拙者とリオも、顔を見合わせて驚きの表情を浮かべた。



 互いを指差し。



「「あー!」」

 と声を上げる。



 あの男は、ツカサ殿の名声を使い名を騙っている偽物なのだ。そしてあの格好はリーゼントを除いた拙者の姿!

 そして、あの小男は拙者のリーゼントがついたリオの姿! あいつら、噂からパーツパーツを継ぎ合わせ、拙者達の姿を真似していたのか!



「やっぱりそうだ。あいつら本物を知らないから、わかりやすいお前の姿を一部勘違いして真似たんだ!」

 リオも拙者を指差し声を上げる。



「拙者とツカサ殿を混同するとはなんたることか! 許せん!」

 しかし、そんなことに思い当たっていれば、当然一歩出遅れる。



「ひっ、ひいっ」

 老人が振り上げられた刀を見て、老人が悲鳴を上げた。



 しまった! こんなことをしている場合ではなかった!



「まちなさい!」


 すたり。そんな綺麗な音を立て、一人のサムライがテラスを囲う木の柵の上に降り立った。


 年のころは二十歳前後の、サムライの格好をした娘だった。


 長い金の髪をポニーテールにまとめ、その額には鉢巻が巻かれている。腰には、刀。

 見事にサムライの姿を再現した、この祭りの参加者にござった。



「なんだてめぇは! こちらの御方に逆らおうってのか!」



 小男が威勢のいいことを喋り、大男は刀をその娘の方へと向ける。


「この御方、ですか? それはどの御方です? 私にはサムライの名を騙り、力なき老人に因縁をつけている痴れ者にしか見えません」


「なぁにぃ!」


 平然と言い切り、娘はテラスの床に降り立った。


 自分の眼前に男の向けた刃があるが、それを気にした様子もない。



「ですが、今は楽しい祭りの日。ここであなた達を打ちのめすのも気が引けます。おとなしく刀をしまい、その御老人に謝罪するのならば、見逃しますので刀を納めてください」


 その言い方は、紛れもなく上からだった。


 あの娘から言わせればやんわりと優しく言ったつもりなのだろうが、明らかに挑発としかとれない。



 もちろんそれを聞いた大男はこめかみに血管を浮き立たせ、その刃の先をぷるぷると震わせている。



「ふざけるんじゃねえ! そんなことを言われてはいそうですかと引き下がれるかよ! アニキ、やっちまってください!」

「うむ!」


 小男の掛け声とともに、大男はその刀を肩に担ぎ。両手で握った。



 その瞬間、ぞわっと周囲にいた者達に悪寒が浮かぶ。



 拙者だけでなく、素人の者達にも感じさせるほどの殺気。この男、騙りだがそれを感じさせないだけの実力はある!

 これはまずい。



 あの刀の男は決して弱くない。



 さらにあの肩にかつぐようなかまえ。あれから釣竿を投げるようにして振り下ろせば、威力は途方もないことになるだろう。


 大男は背丈もあり、体はしっかりと筋肉がついている。その腕力でそのような振り下ろしの一撃を行えば、硬い木の欄干さえ軽々と切り裂く一撃となる。



 それはなにかの武器で受けようとしても、その防御ごと破壊するほどの一撃であるのは間違いない。



 娘の背中にはその欄干があり、逃げ場はない。踏みこみの速さが十分にあれば、あの娘は一瞬にして真っ二つにされてしまうぞ!


 それをじっと見つめ、動きのない娘の強さは判断ができなかったが、拙者はこのままではまずいと判断した。


「マックス、こいつはまずいぜ!」


「言われずとも!」


 リオも冷や汗を流し、拙者に声をかけてきた。


 リオでさえわかる男の気迫。それだけあの男は強いということを示している。



 人ごみをかきわけ、道路の植えこみをかこうレンガを利用し、そのテラスの方へと跳んだ。



 間に合うか!?


 祈るが、拙者は間に合わなかった。



「しかたがありません」

 かまえた男を見て娘は小さくため息をつくと、刀へ手をかけた。


 そこから続く小さな声は、その場へと跳んでいる拙者にだけは聞こえていた。


「起きなさい。テンペスタ」

『イエス、マイマスター』


 彼女の小さなつぶやきとともに、その刀のツバが小さく揺れたのが見えた。


 拙者は、その刀の現象を知っている。



 しかし考えをまとめている暇はなかった。



「きええぇぇぇぇ!」

 奇声とともに、大男は肩からそれを投げるように娘に向かって振り下ろす。


 相手が女であろうと一切の容赦のない一撃だ。


 なんと鋭く速い一撃だ。拙者のパワーならば受け止められるだろうが、パワーの足りない者ではかわせず、防御もできず一撃で切り伏せられるだろう。



 空から巨大なギロチンのような刀が振り下ろされる。



 娘を救うためなにか投げようとも思うが、すぐにそれができる物が手元にはなかった。



 もう間に合わない。


 そう思った瞬間。



 きんっ。



 振り下ろした大男の刀が、真っ二つに折れ、その反動で切っ先が宙を舞った。



 さっきの音は、金属同士がぶつかりあったような音のように感じた。



 くるくると舞うその切っ先とともに、娘の手には、抜き身の刀が握られていることに気づいた。


 あの刀法を、拙者は知っている。



『イアイヌキ』



 鞘から引き抜くのと同時に攻撃するという、伝説のサムライが使ったという刀技だ。


 速い。相手が振り下ろしてから、その刃に向かって刀を放ったのだ。まさにその技は、伝説の『イアイヌキ』



 しかし拙者は見逃さなかった。



 あの時あの娘の一撃は、まるで鞘から風を噴き出すかのように刃を加速させていた。


 あれは、ただの『イアイヌキ』ではない。拙者にはわかる。あれは、風の力をもちいて刃をさらに加速させたのだと。



 ゆえに、抜いた瞬間から振りぬいた瞬間までが、目にも留まらぬような速さだったのだ。



 そして、その一撃で拙者は確信する。彼女は……



 くるくると舞った折れた切っ先がテラスの床に刺さる。


 振りぬいて手ごたえのないことに驚いた大男に、娘は抜き身の刀を鼻先に突きつけた。



 折れた刀と、突きつけられた状態に、男の表情が変わる。


 喉元に突きつけられ、男の体が震えた。



「謝罪し、去りなさい」



「……」


 男は手を上げ、こくこくとうなずいた。


 そして身をひるがえし、頭をさげ、小男とともに信じられない速度で去っていった。



 大歓声が上がるのと同時に、拙者はテラスに着地した。着地した拙者のことなど、誰も気にもかけていなかった……



 尻餅をついていたお爺さんがありがとうと礼を告げると、娘は微笑み、野次馬に囲まれる前に欄干を蹴って人々の頭上を飛び越え路地の中へと去ってゆく。



 拙者も即座に身をひるがえし、その娘を追うことにした。


 リオもテラスから跳んだあの娘のあとを追っている。


 拙者達二人が追えば、逃がすことはないだろう。



 ツカサ殿の言っていた御仁のお姿とは違うが、それでもあの娘は間違いなくインテリジェンスソードの刀を持っている。なにかサムライにかかわりのある者である可能性があったからだ。


 当然。ただ魔法で生み出した刀型の剣を持っているサムライかぶれという可能性も捨てきれない。



 どのみちそれらを確かめなくては拙者の気がすまない。



 路地へと消える娘を、拙者達は大急ぎで追った。



 せっかく見えたか細い糸なのだ。逃がさん!



 ちなみにだが、この祭りの最中サムライ(偽)同士の喧嘩は多く起こるので、この場の一幕もすぐにいつものこととしてのみこまれ、拙者達の他に興味を持つものはいなかった。




──アリア──




 私の名はアリア。


 十年前『ダークシップ』に襲われたこの国を救い、姿を消した伝説の戦闘集団、サムライ。その唯一の生き残りである先生に命を救われた女です。


 ヤツ等との戦いで家族を失った私は、隠遁する先生に頼みこみ、弟子にしてもらいました。


 決戦のおり、『ダークシップ』は地に堕ちましたが、まだそれは存在しています。私は再びその中からヤツ等が現れてもいいように、サムライとしての技を学んできたのです。



 あれから十年。今日は先生とともに、ある修行をするためこのサムライ祭りへやってきました。



 祭りがはじまる直前、先生はこう言いました。



「よし。今年もかくれんぼをするか!」


 よくとんでもないことを言う先生ですが、今年もまたおかしなことを言い出しました。



「ルールは去年と一緒じゃ。今からワシはこの祭りの中に紛れこむ。おぬしはこのワシを見つけ出せばよい。それだけじゃ」


「はい」



 まさに、かくれんぼ。



 しかし、先生を探すというだけなら、実はわりと簡単。先生の体からあふれるサムライの技の源となる『シリョク』を探せばいいからだ。


 でも、このかくれんぼはそんな簡単な話ではありません。先生はその『シリョク』を限りなくゼロにして人々の中にまぎれこみ、私はそれを見つけなければならないのです。



 私はこのサムライだらけの中で、サムライの力を感じさせない先生を探すという、途方もない人探しをやらなければなりません。



 これは今年で四回目。去年もその前も祭りが終わるまでに先生を見つけることができませんでした。


 こんな無茶な人探し、見つかるわけがないと思いますが、それを口答えはしません。先生は確かにむちゃくちゃ言う人ですが、このゲームとしょうした修行には必ず『意味』があるのですから。



 お昼前。祭りのはじまりと同時に、そのかくれんぼははじまりました。



 あっという間に人ごみにまみれ、先生の姿が見えなくなります。



 一番最初にこれをやらされたことは意味もわからず無為に一日を過ごすことになりましたが、今は違います。


 何度も経験し、私はすでにこのかくれんぼの意味を理解しています。



 このかくれんぼは、相手の本質を見抜くための修行なのです。



 サムライの力を隠し潜む先生を探すということは、その内側に隠した『シリョク』を感じ取らねばなりません。

 そのために相手の内に潜む力を敏感に感じ取り、相手が内側に隠した力を見極める力を磨くための訓練。それがこののかくれんぼなのです。


 注意深く観察し、相手の真の実力を見極める。


 うわべだけに騙されず、相手の本質の力を見極め、相手の長所、短所を理解し、戦いを有利に進める。それが、この修行の意味!


 お遊びと思って手を抜けば、先生に馬鹿にされること請け合いという非常に厳しい修行なのです。ですが、今年こそは先生を見つけ、サムライ見習いの見習いをとってもらいますからね!



 ……とはいえ、もうお昼も回り、開始から数時間探し回っても、先生の姿はどこにもありません。



 相手の力を見極めなるという修行の本質がわかったとはいえ、この人出の中からたった一人を見つけるなんて、とてもじゃありませんが無茶です。無理です。


 なんて心の中で思いながらも、先生を探します。



「んだとこらぁ! 俺を誰だと思っていやがる!」


 なにやら騒ぎが起きました。


 視線を向けると、どうやら今噂のサムライだと名乗りをあげています。



 それは、老人に因縁をつけていました。



 今ちまたを騒がすサムライの再来ですか。その噂は、私達のところにも響いています。言葉が真実ならば、彼がかの国より現れた本物のサムライなのでしょう。


 しかし、噂を信じるならば、彼は間違いなく偽物です。噂のサムライは、あのような名声をかさにきた弱い者いじめはしないでしょうから。



 もっとも、噂とは当てになりません。本当はあのような傲慢なサムライだというのに、功績だけが一人歩きをし、イメージだけが先行する。などということもありえますから。



 本物だろうと偽物だろうと、私にはどうでもいいことですが、御老人をいたぶるのはいただけません。それに、サムライの名で好き勝手することは、先生の名もけがすことになります。


 ですから、成敗してやりました。



 やはり、偽物でした。



 この祭りで自分が本物だと名乗りを上げるのは意外に本物かと考えましたが、ただの愚か者だったようです。


 内に秘めた『シリョク』もありませんでしたし、やっぱりといったところでしょうか。



 御老人に手をさしのべ起こし、御礼もそこそこにそこから立ち去りました。取り囲まれたりしている時間はありませんから。


 欄干から跳び、裏路地へ逃げこみその場所から離れます。



 さて。再び先生を……



「待って!」

「お待ちくだされ!」


 しかし、追ってきた誰かに声をかけられました。しかも、二人。



 サムライの修行をしてきた私に追いつくとは、この方々なかなかやりますね。


 そのまま無視をして走り去ってもよかったのですが、その二人の片方から、微力ながらも『シリョク』が感じられました。ですので私は足をとめ、彼等の方を振り返りました。


 サムライの技の源。『シリョク』が使える方はとても珍しいからです。



 路地で待ち構えると、大小一つずつの人影が私を追って現れました。



 一人は、小柄な少年でした。十代前半から中盤くらいで、大き目の帽子とだぶついたシャツとズボンを身に着けています。こちらの子からは、『シリョク』はまったく感じられません。



 もう一人は、大柄な男性でした。


 年齢は、二十代中盤といったところですか。恵まれた体格に、しなやかな体。内面を見ずともその力強い体からはその強さが見て取れました。


 リーゼントであることと、腰にロングソードがあることを除けば、この二人は先ほど再来したサムライの名を騙っていた者達の姿とよく似ています。彼等もまた、名を騙る男なのでしょうか?



 いえ。彼の片目をおおう刀のツバの形をした眼帯。あれは本物のツバじゃありませんか?



 それに気づき、私はこの方の内面をじっと探りました。すると、体から発せられる『シリョク』は開きかけた扉からあふれたものだとわかりました。その身の内には、大きな才能が眠っているのが感じられます。


 この強大な『シリョク』とその刀のツバ。ここから導き出される答えは、十年前に現れたサムライの誰かが彼の才能を見こんだ。というところでしょうか。



 つまりこの方も、サムライの素質を見こまれた卵。



 ならば私に興味を持って追ってきても不思議はないかもしれません。どうやら敵意もないようですし、話くらいは聞きましょうか。


「なんでしょう?」

「お聞きしたいことがある。おぬしは、サムライなのか?」


 男性の方が代表して質問してきました。



 サムライの格好をして練り歩くこの祭りのなかでその質問は少し滑稽に思えました。なにせこの時だけは、みんな自分を本物のサムライだと名乗りあうのですから。



 でも、彼の問いは違います。なにか確信を持って私を見ています。ひょっとすると彼も私の中の『シリョク』にきづいたのかもしれません。


 ひょっとして弟子入り志願でしょうか? サムライと認められることは滅多にありませんから少し照れますが、私もまだ修行の身。丁重にお断りしなくては。



「残念ですが、私はまだサムライではありません。いうなれば、サムライ見習い。と言ったところでしょうか」



「サムライ見習い。つまり、サムライの師匠がいるということか!」

「はい。そうなりますね」


 私の答えに、二人は顔をあわせ、納得するようにうなずいた。



「なら話が早いや。おいらの名前はリオ。こっちはマックス。今おいら達はあるサムライを探しているんだけど、心当たりはないかい?」


 リオと名乗った少年とマックスという剣士の二人は、その探し人であるサムライの外見をのべはじめました。



 その姿は、頭巾こそ被っていますが、まさしく私の先生の姿でした。



 いったいなぜ、見ず知らずの彼が先生を? 警戒が先走り、私は我が愛刀。テンペスタへ手を伸ばしました。


「なにが目的で、私の師を探すのですか?」


 じっと、二人を睨みます。


 この距離ならば、二人同時に斬ることが十分に可能な距離です。返答しだいでは……



 するとリオさんがなにかに気づき、違う違うと大きく手を振りました。



 どうやら私の殺気に気づいたようです。



 マックスさんが慌てて口を開きます。


「そうではない。拙者達は誰にも敵意はない。拙者等がその人。そなたの師を探すのは、拙者のサムライの師匠であるツカサ殿。その方がサムライを探しておられるからなのだ!」


「師匠? まさか、他にもサムライがこの街にきているというのですか!?」


「そういうことにござる!」


 大きくうなずくマックスさんとリオさんに、さすがの私も驚いた。



 新たに現れたサムライとなれば、先ほどの男達が名を騙っていたサムライの再来。その方の弟子というのなら、この『シリョク』の片鱗も納得ができます。



「ただ一個言っとくぜ。マックスはツカサに弟子にして欲しいとお願いしてるけど、ツカサは弟子をとる気はない。正確には弟子志願てヤツさ。こいつはまだ弟子じゃねーから勘違いすんなよ!」


「それは今バラす必要はなかろう!」


「へっへーんだ」

 鼻を鳴らし、捕まえようとするマックスさんからリオさんがひらりと逃げ出す。



 なんなんでしょうこの二人は。仲がよいのやら悪いのやら。



 ともかく、ツバの眼帯とあの『シリョク』を見せられては、そのツカサ殿というサムライの存在は一概に嘘とは言えませんね。


 もう少し詳しく話を聞く必要があるようです。



「そもそも、どうしてこの街に先生がいると知ったのです?」

 今日、先生と私は修行のためにこの街にやってきた。普段すんでいる場所はもちろん別の場所にある。先生を訪ねてきたというのならば、そちらへむかうのが筋というものだ。



「それは、祭りの最中ツカサ殿が道の向こう側で見かけたというのだが、人ごみに紛れ見失ってしまい、今こうして探しているのだ。刀のオーマ殿でさえ気づかなかったその気配をほんの一瞬で捕らえたというのだから、さすがとしか言いようがない!」


 えっへんとマックスさんは胸を張った。



「なっ!?」


 私も、驚きを隠せない。



 先生は今、私とのかくれんぼの最中だ。これは、相手の本質を見抜き、相手の隠された実力も見抜けるようになるための修行。そのため、先生はサムライの気配を完全に消している。



 だというのに、その人はちらりとすれ違った程度で先生の本質。サムライであるということを見抜いたというんですか!? そんなバカな!



 十年修行している私でさえ、何度も行われているこの修行ではいまだに先生の気配をとらえきれていないというのに。今年でさえ、祭りの開始から何時間も探し回ってまだまったく手がかりもつかめていないというのに、その人は祭りに来てすぐだなんて……!


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


「むっ?」

 私はつかみかからんばかりにマックスさんに詰め寄った。


 マックスさんも、いきなりの行動に怪訝な顔をする。


「見たって、サムライですから、先生の顔を知っていたんですよね。だから、すぐ気づいたと」



「いや、だから頭巾を被っていたと……」



「そうでしたー!」

 否定の材料欲しさに改めて問うたのに、それは否定できる材料ではなかった。住んでいる場所と違う街。顔は隠していた。やっぱり、そのサムライは先生の隠された『シリョク』に気づいてサムライだと断定したのだ。


 先生の表面上の気配はこの祭りにいる人達となんら変わらないはず。それをちらりと見ただけで見破るなんて。これが本物のサムライなんですか!?


「す、すごい。いったいどんな方なんです? そのツカサ殿という方は?」



「え? いやー、ツカサ殿はまだ十代半ばなのだが、拙者の知る限りでは間違いなく最強のサムライにござるよ」


「十代ー!?」


 えへへ。と自分が誉められたように照れるマックスさんを見て、私は飛び上がるかと思いました。


 十代中盤て、修行している年数自体は私とあまり変わらないじゃないですか! それなのにこんなに、こんなにも差があるなんて……!


 なんだかとっても、悔しくなりました。



 あ、でも、待てよ。



 落ち着きなさいアリア。そのサムライだって先生の存在に気づいただけで、まだ捕まえたわけじゃない。まだ探している段階なんです。


 つまり、私はまだ負けてない!



 なんだかよくわかりませんが。私は負けてません!



 ならば、こうしてはいられませんね!



「そうか。しかし、その方の弟子ならばちょうどいい。同じサムライを師を持つよしみとして、その方をツカサ殿にあわせていただきたいのだが……」



「申し訳ありません。私も今先生とはぐれて探しているので、今いる場所はわかりません」


「なんとっ!」


「つーか、ツカサもこの人のこと言っていなかったからな。そういうことか……」


「むう……」

 リオさんの言葉に、マックスさんも困ったようにうなずいた。


「ところで、そのツカサ先生も私の先生を探しているのですか?」



「いや、拙者達が必ず見つけてくると断りをいれ探しに出てきたのだ! 今頃ツカサ殿は宿をとり、おくつろぎになっているはずだ!」



「そうですか」


 なにやら嫌な予感が胸をよぎりましたが、そんなことはない。と私は心の中で否定しておきました。


 しかし、こうしてお弟子さんが自発的に先生を探し回って駆け回るということは、その人がどれだけ彼に慕われているのかがよくわかります。



「ですから、私達が今日宿泊する宿の名前と場所をお教えします。私が先生を見つけるか、祭りが終わるまで先生を見つけられなかったあと、先生が戻ってくるのはそこですから、そこへやって来ていただければ、間違いなくあえるでしょう」


 私は宿泊する宿の場所、名前をお二人に伝えました。



「「むっ」」



「ですから、そこで待っていてください。私が先生を見つけてお連れいたしますから!」


「むむっ! 待つでござる!」


「どうしました?」



「それはつまり、拙者達にはその御仁を見つけられない。ということか?」



「はい。そうなりますね。弟子見習いや、ましてやサムライでもない方ではとてもじゃありませんが気配を隠した先生は見つけることはできないと思います」


 その理由。今しているかくれんぼのことを伝え、ただ闇雲に探すだけでは決して見つからないということを伝えました。


 だから、そのツカサ殿さんの持つ刀の方が気づかなかったのも仕方ないのです。あなた達が見つけられないのも。



 しかしその説明で、二人は納得はしてくれないようでした。むしろ、なぜか機嫌が悪くなったように見えます。



「自分なら見つけられるというのか!?」

「それって、自分なら見つけられるってことか!?」


「はい」

 私は二人の言葉にうなずいた。



 今年こそ、先生を見つけ、立派なサムライとして認められなければいけませんし、そのツカサという方よりも先に先生を見つけなければなりませんから!



「き、気にいらねぇ!」

「気にいらん、その態度! 完全に拙者達を見下した態度ではないか!」

「そうだそうだ!」


 むっ。なんですかその言い方。私もカチンときましたよ。親切心で無理だって教えてあげたというのに、なんですかその言い方は!



「事実ですから。あなたのような見習いにもなれない方が先生を見つけられるわけがありません!」


「なっ、なんだとー!」



「さらに見習いでもないただの子供に私の先生が見つけられるはずもありません!」


「なにおー!」


 売り言葉に買い言葉。私達は罵りあい、睨みあってその場は別れました。



「絶対に拙者が先に見つけ出してやるからな!」


「いいや、おいらが見つけてやる!」



「ふん。その言葉そっくりそのままそちらにお返しします! 弟子見習い見習いさんと、おまけの太鼓もちさん」



「弟子志望にござる! 絶対に、絶対に負けぬ!」


「誰が太鼓もちだよ! 絶対にほえ面かかせてやるっ!」



 それはこちらの台詞です! 先生を絶対に見つけなければならない理由がまた一つできました!


 絶対に絶対に先生を見つけてみせます! 待っていてくださいよ先生!



「マックス、ここはおいら達でいがみ合ってる場合じゃねえ。ここは協力してその先生ってヤツを見つけるぞ!」

「うむ! ここはツカサ殿のため、共闘とゆこう!」


「おー!」



 私が去った路地から、そんな声が聞こえてきました。ふふっ。二人で協力したところで、私に勝てるはずなんてありません!




 ……



 …………




 ……方々を走り回り、必死に先生を探し回りましたが、結局先生を見つけることはできませんでした。


「はぁ」

 ため息をつきながら、とぼとぼと肩を落として本日宿泊する宿へと戻ります。


 先生はすでに戻ってきているのでしょうか?



 顔をあわせるのが少し気まずいです。



「あっ」

「「あ」」


 宿の前で同じように肩を落としたマックス&リオさんとばったり出くわしました。

 どうやら彼等も、先生は見つけられなかったようです。


 最後の望みをかけ、こちらに来たのですね。



「……」

「……」

「……」


 私達は明らかに落胆した顔をつきあわせます。


 あれだけ三人で言い合ったというのに、誰も先生を見つけられないなんて……



 き、気まずい……



「ふっ、ふん。あれほど見つけられると豪語したというのに結局見つけられなかったのだな。情けない!」

「ぐっ……」


 先に口撃を仕掛けてきたのはマックスさんでした。



 う、うるさいですよ



「大体、師であるサムライを連れてきていないところをみると、ここで先生を見つけてからそ知らぬ顔でそのサムライのところへお連れするつもりなのでしょう?」

「ぐっ……!」


 マックスさんが胸をおさえた。



 図星ですか。



「……せこいですね」

「んぐっ!」


 今度はリオさんのハートにクリティカルです。



 やっぱり二人して図星ですか。



 ふふん。と鼻で笑ってさしあげました。


 二人の怒りの心がこもった視線が、私をとらえます。



 私だって負けていません。二人を睨み返し、その間に火花を飛ばします。



「ふっ。拙者の目的はあくまでそのサムライをツカサ殿のもとへつれてゆくこと。ここで見つけられるのならば拙者の大勝利にかわらん!」


「あなたがそれでいいのなら私はなにもいいませんがね」


「ぐぬぬ……っ!」



 嫌味を言い、こぶしを握るマックスさんを無視し宿に入りました。



 宿の一階は食堂兼酒場。今日はサムライ祭りですから、サムライ姿の人で大変賑わっていますが、その中に先生の姿はありません。


 先生はここの宿のマスターと懇意であり、毎年私達はこの宿を利用しています。とはいえ、来るのは毎年この時期だけですから、マスターもまさか先生が本物のサムライだとは気づいていないでしょう。


「先生はまだ戻ってきていないようですね」

「そのようにござるな」

「戻ってくるのを待つしかないか」


 私達は同時に食堂を見回し、同時にため息をついて肩を落としました。



「おお、アリア。入り口に立っていては邪魔だぞ」


「っ!」

 入り口でため息をついている私達の背後から、ぬうっと現れた存在に、私は急いで振り返りました。



「先生!」


「おう。今年もダメじゃったのう」

「むう……」


 ちゃかされ、私は頬を膨らませました。



 目の前に現れたのは、背の高い六十前後のサムライ。この人こそが、私の命の恩人にしてサムライの師匠。トウジュウロウ様です。



 身長はマックスさんとほぼ同じくらいでしょうか。がっしりとした体格に、伸ばした髭と、オールバックに流した背中まである白髪が印象的なお姿です。

 どこか好々爺を思わせる姿で、無茶なことを平気で言い出したりするむちゃくちゃな人ですけど、なぜか憎めない人なんです。


 今年こそ先生を時間内に見つけて、見習いをはずしてもらおうと思っていたのに……



「かっかっか。サムライになりたいのならむしろもう少しテキトーにやるべきじゃな」

「またそうやって私をからかって! こっちは真剣なんですよ!」


「かっかっか」

 先生は楽しそうに笑い、私の頭をぽんぽんと撫でた。くー。いつまでも子どもあついして!



 先生が入り口から酒場に入ると、その後ろからもう一つ人影がひょっこりと姿を見せました。



 先生の後ろから姿を現したのは、もう一人腰に刀をさした少年でした。


 その人を見て、今度はマックスさんが驚きます。



「やあ。リオ。マックス」

「ツカサ!?」

「ツっ、ツカサ殿!?」


 この二人の驚きよう。そしてその名前。つまり、彼がマックスさんの先生! 本当に、私よりも若い……!


「なんでツカサが……?」

「な、なぜツカサ殿が一緒に……?」


 二人とも予想外の師匠登場で困惑しています。


 当然私もです。



「今日の宿を探していたついでに」



「「「ついでにー!?」」」


 私達は悲鳴のような声を上げてしまいました。


 嫌な予感が当たりました。



 でも、まさかついでで見つけてしまうなんて信じられません。ありえません!



「さ、さすがツカサ殿! ついでで見つけてしまうなんて……!」

「でも、それならなんで教えてくれなかったんだよ?」


 リオさんの言葉はごもっともです。彼等からすれば、無駄足をたくさん踏んだことになりますから。



「いや、悪い。見つかったって君等を探しに行こうとしたんだけど……」


「ワシが探しに行くのをとめたんじゃよ。ワシを見つけることができれば、おのずと合流できるとな」


「ああ、おいら達が見つけてくるって飛び出したから……」


「そうか。探している拙者達の意思を尊重して……」


 リオさんはどこか呆れたように、マックスさんは先生の言葉に感動しているようですが、先生の真意はそんなわけがない。



 単純に右往左往する私達が面白そうだったからだ。


 さすが先生。弟子以外にも無駄足を踏ませるなんて、容赦ありませんね……



 私はため息しか出ません。ほんとに、この師匠は……



 呆れながら、私はその後ろにいるもう一人のサムライを見ます。



 若い。



 改めてみても、若い。


 サムライとして学んできた長さだけなら、私の方が長いかもしれないいうほど若かった。



 だというのに、私があれほど探しても見つけることのできない先生を初回でああも容易く見つけているなんて……!


 あんな、どこにでもいるようなただの少年にしか見えないのに……!



 ……悔しい!



 私は、ひそかに拳を握った。



 でもこの時、私は気づいていませんでした。



 悔しさのあまり、今回の本質をつかむという修行の意味をおろそかにしていたことを。


 これが、私がまだサムライにはなれない理由であることを。



 気づいて、いませんでした……




──トウジュウロウー──




 さて。今年でこのかくれんぼも四度目。そろそろアリアもこの遊びの意味にも気づいてきたころかのう。


 ワシはそんなことを思いつつ、祭りを回っていた。



 このサムライの格好をした参加者だらけの中で、気配を消したワシをあの子は見つけられるだろうか。


 まあ、ワシを見つけるというのは目的ではなく過程であるから、相手のその身の内にある本質を見抜く力が育めばよいのじゃけど。



 もっとも、ワシの見立てではアリアはすでにその実力を十分に備えておる。しかし、あと一歩が足りない。そしてそのあと一歩は、あの子にはものすごい遠い。


 やはり、ライバルがいないというのが痛い。あの子は一見謙虚であるが、その内心ではサムライの弟子ということですべてを見下している。



 ワシを一番と見て、自分は二番。それ以下に敵はいないと考えてしまっておるから、相手の本質を見抜くのがおろそかになりがちになっておる。



 この修行の意味に気づいていたとしても、その慢心に気づけねば、ワシを見つけることはできぬじゃろう。


 その一歩がなにかわからない限り、あの子はワシを見つけられないじゃろうなあ。



 ま、それは今はいいとしよう。それより、アリアがいては楽しめぬむふふな店へ……



『相棒、本当にあいつなのか?』

「ああ」


 ワシの背後で声がした。


 どうやら、ワシのことを話しているらしい。


 近づいてくる声は二人分。だが、気配は一つ。どうやら片方は人間ではないようだ。



『マ、マジだ。六層まで気配を偽装していたのかよ。そりゃぱっと見たわけじゃわからねーわけだ。こいつ、本物のサムライだ』


 ふっ。どうやらついに見破られてしまったようじゃな。



 十年この地で過ごしてきて、正体を明かした者以外ではじめてワシの本質を見抜き正体を見破った者。さて、どんな若者か。


 振り返り、その者を見てワシは驚かされた。



 そこには腰に刀をさした少年がいた。若い。元服しているかしていないか。こんな若さの少年がワシをサムライと見破ったのか。


 だが、納得する。彼が会話していた存在。それは、あの腰にある刀だ。あれは間違いなく、本物の刀。



 しかし、なにより驚かされたのは、その内面。



 ワシをサムライと見抜いた男だというのに、どれほど深く探ろうと、彼の底がまったく見えなかったからだ。


 いや、底はすぐにわかった。しかし、その底として存在するフタの下に隠れる真の底がまったくわからなかったのだ。



 ワシをもってしてもその実力は欠片も測れない。力の片鱗さえもわからない。



 普通に考えれば、それは力を持たぬただの少年ということになる。


 しかし彼は、かくれんぼをしているワシを見つけ、この人だと刀に肯定した。


 ワシがサムライだと気づき、こうして声をかけてきた。



 これだけでも彼は普通でないと断言できる。間違いなく、彼も、サムライだ。


 その彼が、ただの人である。そんはありえない。



 そこでワシは思い当たる。


 今ワシは、サムライとしての気配を消している。アリアの修行のためだが、それに気づいた同胞が同じ戯れをして近づいてきても不思議はない。



 こちらを試すように力を隠してそこにいるのだから、むこうも同じように力を隠して近づく。



 剣士であれば不意をついて打ちかかってみるのと同じことを、彼は行った。



 これはいわば、相手の実力を測る物差し。



 彼は、ワシをサムライだと気づいた。しかし、ワシは彼をサムライだと見抜けない! ここまで近づかれ、真正面から彼をとらえているというのに、ワシは、彼にサムライの気配を感じ取れない。


 相手の実力を見抜くことができない。 これは、彼がワシより一段以上の位にいる証に他ならない!



 なんと見事な気殺(けさつ)か。



 気殺とは体内の『士力(しりょく)』を外に漏らさぬよう圧縮し、その身に封じる技法じゃ。それをゼロといえるほどにまで徹底して封じれば、その者はどう調べようとただの人にしか見えなくなる。


 ワシも同様のことを行っておるが、全七層ある内六層を封じるのがせいぜい。最後の七層まで探られれば、ワシがサムライだとわかってしまう。



 彼はこの七層までを完全に封じ、ワシの目さえも欺いたというわけじゃ。



 この若さでここまで使いこなすとは、なんと末恐ろしい少年か。


 ちなみにこの体内へ『士力』を封じるということは、それを内に溜めこむということになり、それを開放した時の一撃は、大陸さえ破壊するほどの一撃となる。


 彼のように『士力』を完全に封じて蓄えることを『封神(ふうじん)』と呼び、その開放の一撃は神の一撃に匹敵するとさえ言われている。


 これと、命をとして奇蹟を起こす『神風』を同時に行えば、世界さえ救うことも、破壊することさえも可能だと言うが、その境地にまでいたり発動させた者はサムライの歴史の中で一人として存在しない。それを実行できれば、歴史が終わるか生まれるかなのだから当然だろう……



 ワシは確信する。彼はその境地へ至れる存在であると。



 そうか、ついにこの時がきたのか……



 うれしさの中に、悲しさもあった。


 だが、歓迎しよう。



 最後の、サムライを……




──ツカサ──




 宿を探して歩いていたら、幸運にもさっきおにぎりを食べていた頭巾の人を見つけた。


 二人がいなくなったとたんに見つけてしまうんだから、なんとも皮肉な話だ。



 さすがに話しかけないわけにもいかないので、話しかけにいったら実に気さくなじーさんだった。



 刀は持っていなかったけど、やっぱりこの人はサムライだったようだ。オーマとなにやら意気投合して、しばらく祭りに引っ張りまわされた。


 宿を予約できなかったけど、そのまま爺さん。トウジュウロウさんの泊まるところを紹介してもらうことになったので、そちらへむかうと、なぜかマックスとリオもいた。


 ついでにトウジュウロウさんの弟子というアリアという女の人がいた。



 マックスと同じくこの国の人で、サムライの才能があるからトウジュウロウさんに弟子入りしてサムライの技を学んでいるらしい。



 てことはこの人、弟子をとってもいい人ってことになる。なら、マックスを弟子入りさせてくれればマックスの夢もかなうってことじゃないか!


 サムライじゃないただの高校生の俺からじゃマックスの望む物は欠片も与えられないけど、この人ならきっと与えてくれる。


 これは、俺が土下座をしてでも頼みこむしかないな! マックスには色々世話になっていることだし!



 よーし。頼みこむぞー。




 米を、お腹いっぱい、食べてから。




 正直今、マックスの弟子入りとか他のことに頭が回らない。


 トウジュウロウさんに昼間の米のことを聞いたら、今すんでいる家の近くで水田を作って米を育てているとのことだった。


 なので俺達は、そのトウジュウロウさんの家におよばれすることにした。



 そこに行けば、間違いなく米が食える!



 そう考えたら、俺の頭の中は米一色になってしまった。マックスには悪いんだけど、弟子入りとかそんなことはまったく考えられない。


 あの白くてふわふたでもちもちのお米が食べられるというのだから、他になにを考えられようか。いや、ない!



 ああ、明日が待ち遠しい。



 明日はもう祭りが終わり、トウジュウロウさんが家に帰る。俺達もそれについてその家に向かうのだ。


 もう宿のベッドにごろりと転がっているというのに、遠足前日の小学生のごとく眠れない。



 考えただけでよだれが出てくる。



 ぬふふと笑いながら、俺はベッドの中で転がりまわった。




 早く明日になーあれ。




────




 夜。


「くそっ! なんだったんだあいつら!」


 ちくしょう! と小男がゴミを入れる木箱を蹴飛ばした。



 ここは、サムランイの街の裏路地。場にいるのは昼間老人に因縁をつけていた、サムライの名を騙った男達二人だ。



「……あれ、本物の、サムライ」

 大男が、ぼそりとつぶやく。


 そのつぶやきを聞いた瞬間、小男はまた木箱に蹴りを入れた。


「くそっ、くそっ、くそ!」


 ガンガンと蹴りつけるが、その苛立ちはまったく収まらない。


 大男は腕を組んだまま、リーゼントをほどいた小男の姿をじっと無言で見ている。その立ち姿は見事なものであり、周囲で起きるいかなる小さな異変も見逃さず聞き逃さないだろう。



 しかし……



「力が、欲しいか?」



「っ!」

 大男が驚き振り返る。



 その声を発した存在に、彼はまったく気づかなかったのだ。



 そこにいたのは、頭まですっぽりとローブを被った人影だった。声からすると、男だろう。



「力が……」


「うるせえ! 今俺は気が立っているんだ。戯言を言ってねえでここから消えろ!」



 ローブの男に対し、小男は怒鳴った。



 言葉を理解しての反応ではない。ただ声が耳障りだったからウルサイと反応しただけだ。


 ローブの男も、その言葉は耳に届いているはずだが、それは微動だにせずそこに立っている。むしろそれをわかって挑発しているかのようだ。



「消えろ消えろ消えろ! 消えねえってんならお前が消えろ! やっちまえ!」



「うむ!」



 小男の言葉に従い、大男が折れた刀を振り上げた。


 刀を肩に担ぐようにしてローブの男に向けて突撃し、その肩へと振り下ろした。



 斬ッ!



 一刀両断。


 この文字ほどその時の状況にふさわしい言葉はないだろう。


 肩から股まで真っ二つとなり、それは驚きの表情を浮かべ、石畳へと沈んでゆく。



「なっ!?」



 小男は驚いた。

 驚きの声を上げるのも当然だ。



 なんと真っ二つになったのは、斬ったはずの大男の方だったのだから。なにもせず立っていたローブの男は無傷で、死んだのは仲間なのだから驚くのも当然だろう。


 ローブの下で、それがにやりと笑ったように見えた。



 小男の顔に恐怖が浮かぶ。



「安心しろ。私はお前の敵ではない。お前に、これを授けに来た……」



 すっと、ローブの男が手を伸ばす。


 恐怖でおろおろとする小男の手に、なにか黒い塊を押しつけた。



 その次の瞬間、小男の頭の中にそれの使い方が流れこんでくる。


 小男は目を大きく見開き、大男がなぜ死んだのかを理解した。



「ふっ、ふはっ。ふはは。こいつはスゲェ。勝てる。間違いなくあのサムライに勝てる。ふへ、ふへへ。ふへへへへへ! 待ってろ! よくも俺を馬鹿にしてくれたな。絶対に絶対に、復讐してやるぞあの女ぁ!」



 仲間が殺されたというのに、小男はそれをまったく笑いはじめた。もうその存在さえ忘れてしまったかのようだ。

 不気味な小男の笑い声が、路地裏に響く。


 その手に握られた黒い塊。それは、闇を抽出して作られたような、漆黒の剣だった。



 名を、ダークソードという。



 闇の剣の力に見入られ、笑い声を上げる小男を見て、ローブの男は小さくほくそ笑んだように見えた。


 そして、ゆっくりととどめの言葉を発する。



「サムライが、憎くはないかね? 私は居場所を、知っている」




 おしまい

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