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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
2/88

第02話 サムライの道


──ツカサ──




「村を、救ってください!」


 助けた女の子から、突然そんなお願いをされた。

 単なる高校生でしかない俺は当然断って逃げようと思ったのだけど。



『ちょっと待ちなよ嬢ちゃん。助けるってのはやぶさかじゃねぇけど、一体なにが起きているのか説明してもらわなきゃどうしようもねえぜ』


 腰の刀。オーマという喋る刀が説明を求めてしまった。



 や、やめるんだオーマ! 事情を聞いてしまったら見捨てることができなくなっちゃうじゃないか! 情がわいたら逃げるのも躊躇しちゃうだろ!



「あ、はい。すみません。あの伝説とうたわれるサムライが目の前にいるなんて夢にも思わなかったから……」

 えへへ。と恥ずかしそうに頭をかいた。


 どうやらこの世界、サムライってのは伝説レベルの存在らしい。すげぇな。



 彼女の説明を簡単にまとめるとこうだった。


 さっきの二人組は、このあたりを荒らしまわる山賊団の一員で、頭目のストロング・ボブという男に率いられているのだそうだ。

 奴等は村々を荒らしまわり、辺境の地であるこのあたりでは騎士団も中々やってこず、来たとしてもそう簡単には手も出せないほど凶悪な存在なのだという。


 そいつらがついに彼女の住む村に目をつけ、金目の物や女、食料を要求している。とのことだった。


 ちなみに、これを説明してくれた女の子の名前はニース。年齢は十三歳で俺より三つばかり年下のそばかすがかわいいチャーミングな子だ。



 説明も終わり、俺は一瞬めまいを覚えた。



 絵に描いたかのような悪党に絡まれている。というか、山賊とか騎士団とかリアルで聞いたのぼく初めてだよ……


 無理だ。騎士団とかって警察とか軍にあたる存在だろ? それがまともに手を出せないとか、どんな集団だよ。そんなのから村を救ってくれって、無謀にもほどがある。そんな危険なお願い、断る以外にありえない。いくら彼女が俺を頼ったといっても、俺はしょせん都会のモヤシっ子。あんなムキムキなおっさん達が沢山襲い掛かってきたら勝てるわけもない。そもそも一人だって勝てるとは思わない。さっきは運よく逃げ出してくれたからいいものの、次はそうとは限らないからな。


 ならば俺の選ぶ選択肢は、どうにかしてここから逃げること! この子には悪いと思うが、俺ががんばったところでどうやってもこの状況をひっくり返すことはできない。被害を一つでも減らすためにも、素直に無理だと言おう。命大事に!


「そ……」



『そうか、わかったぜ! 任せとけ。相棒ならあんなヤツ等楽勝だぜ!』


 ……腰の刀が太鼓判を押しやがった。お前は俺になにを期待している!



 いかん。このままではなし崩しに村へ行かなければならなくなる。なんとかしてきっぱりと断らないと。だから、ここは心を鬼にして……



「本当ですか! あり、ありがとうございますっ!」


 嬉しそうな笑顔で手を握られ涙まで流されたら……



「……わかった」

 ……俺、心、弱い。



「本当ですか!」


 ぱぁっと、まるで暗雲の中から青空がのぞいたような笑顔が、俺へ向けられた。女の子の笑顔って、こんなに素敵なものだったのかー。


 っと、一時の感傷に流されてしまった。


 笑顔満開の女の子は、ぐいぐいと俺の袖を引っ張りその村へいざなおうとする。ええいやめなさい。村へ行ったら確実にまきこまれるじゃないか! このままではいかん。俺はぴんと思い出したことを口にする。いわゆる、悪あがきだ。



「そ、そうだ。どうして君は村の外へ?」



 さっきの奴等が言っていた、不用意に村の外へ出てきちゃいけねえって言葉を思い出し、その話題で時間を稼ごうと思ったのだ。すごいね俺。ちょっとしたこともきちんと覚えて、しっかりと利用する。えらいね!



「あ、そうでした!」

 そうだった! と彼女は俺のスソから手を離し、手をぽんとはたいた。


「私、薬草をとりに来たんです! 山賊に襲われて斬られた人がいて、その人達の薬草がなくなりそうなんです。兄さんもその中にいて、早く追加の薬草を煎じないと大変で、だから私……!」


「そうか」


 村の外はあいつらがうろついているらしくて危険だというのに、それでも無理して出てくるなんて優しい子なのだな。



『ったく、そいつは無茶にもほどがあるだろうぜ嬢ちゃん。聞くにアンタの村はさっきのヤツ等に狙われているんだろう? なのに村から出てくるなんてよ、相棒がいなかったらどうなっていたことかわかったもんじゃねぇぜ』


 オーマがやれやれとため息をついている。


 そうか。そういう考え方もあるのか。確かに村の人からすれば、村を無駄に危険にさらしたということにもなる。そして俺も危険にまきこまれることはなかった。立場が違えば正しいことも違う。世の中難しいものだ。なーんて、なんとかして彼女を見捨ててもおかしくないことを正当化してみる。



「ご、ごめんなさい……」

 彼女もそれに気づいたのか、笑顔から光が消え、しゅんと肩を落とした。



「いや、謝ることはない。君は優しい。なら、その薬草を探してから村へ帰ろう」


「い、いいんですか!」


「もちろんだ」


『相棒……』

 オーマが呆れたようにいった。


『いや、それでこそおれっちの相棒か。そうだぜ嬢ちゃん。相棒がいりゃさっきの奴等が戻ってきても危険はねえからな! 安心して薬草を探してその怪我人を治してやろうぜ!』


「はい!」

 腰のオーマと女の子が喜んでいる。くくく。かかりおったな。俺は心の中でにやりとほくそ笑んだ。


 薬草に対して俺は知識はまったくない。だが、草ということで地面に生えているということくらいはわかる。ならばそれを探し、しばらく歩き回らなければならない。ならばその時、わざとはぐれて女の子から逃げればいい!

 そうすれば俺は安全! あの子には悪いけど、俺は自分の命が惜しいんだ。なんとか生きて元の日本へ帰りたい。だから、すまないな!




 彼女に案内され、森の中を進む。

 樹齢何百年にもなる背の高い木の間を歩き、草が多く生えた場所へとやってきた。


「打ち身捻挫や関節の痛みに効く薬草がここに生えているんです。少し待っていてくださいね。今とってきてしまいますから」


「待って」

「はい?」



「その薬草ってのはどんな形をしているのかな? 俺も、少しは力になりたい」



「わぁ、ありがとうございます!」

 彼女は嬉しそうに笑顔を作ると、その薬草の形を教えてくれた。そのまま鼻歌を歌いながら、その薬草が生えているという場所へ向かってゆく。



 くくく。俺から目を離したのが運のつきよ!


 俺は計画通り、薬草を探すフリをして彼女からはぐれる作戦を実行する。



 あんないい笑顔をしている彼女を裏切るのは悪いが、偶然たまたまはぐれてしまうんだからしかたない。うん。しかたがないんだ!


 がさがさと草を分け入り、奥へ奥へとどんどん入ってゆく。あまり深いところに入ると迷ってしまうかもしれないが、今は逃げることが先決だからそれでもいい。ナビはきっとオーマがしてくれるはずだ!



『お、おい。そんな奥に薬草なんかねーと思うぜ相棒』


「いや、いいんだ」

 これはあくまで薬草探し。探しているのだからしかたがない。しかたがない。俺はそう心に言い聞かせ、奥へすす……あっ。



 つるーん。



 進んでいると、つるっと足を滑らせてしまった。


 とっさに近くにあったツタをつかむ。



 だが、俺の体重を支えきれなかったのか、ツタがずるりと下がった。このままでは転ぶ。そう思った俺は、ゆっくりと落ちてゆくそのツタを必死に引っ張る。

 ツタがさがる。俺がその上をつかむ。さがるつかむさがるつかむと、上に丸めたロープとかホースとかがあって、ロールするそれを必死に引っ張っているかのような姿になってしまった。


 必死に引っ張ると、ツタを全部引っ張ってしまったのか、ひっかかりがなくなり、俺はさらにバランスを崩した。


「たぁっ!」

 片足を思わずあげ、バランスをとる。背中を大きな木の幹につけ、なんとかバランスをとることに成功はした。



『な、なにやってんだ相棒……』


 腰の刀に呆れられてしまった。



 そりゃそうだ。普通にこうして踏ん張ればいいのに、ツタを思いっきり引っ張って引きずりおろすなんて、意味わからん。

 俺も自分で自分の行動に呆れる。


 そこに、ツタから切れたのか、それとも木の上にあったのか、一枚の大きな葉っぱがひらひらと俺の前に落ちてきた。


 俺はなんとなく、それを掌に乗せる。それは驚くほど綺麗に俺の掌の上に着地した。



 葉っぱの上には、なんか綺麗な金色に光る粉があった。


 キラキラと金色に光って、とても綺麗だ。



『そ、そいつは……! まさか相棒、そいつがあるってわかったから、ここまで来てそいつを引っ張ったのか!』


「は?」

 なんじゃこりゃと覗きこんだら、オーマの視界にも入ったのか、突然驚いた声を上げられた。



『嬢ちゃん! こっちだ! 相棒がとんでもないものを見つけたぞ!』



「ちょっ……!」


『さすが相棒だ! こいつを採るために受身を取らなかったんだな。むしろ、木の幹を使って体を支えるなんて、さすがだぜ!』

 いや、いきなりなに興奮してんの? 意味わかんない。


 というか騒ぐな。ニースちゃん来たら逃げるに逃げられなくなるべ!



「一体なにがあったんです?」

 がさがさと茂みをかきわけてニースちゃんが顔を出した。


 Oh。これで逃げ場がなかとですね。


『嬢ちゃん! 相棒の、相棒の手の中を見ろって! すげぇもんを見つけたんだよ。妖精の粉だ。妖精の!』


「……ようせいのこな?」


『そうだよ相棒! わかってるくせにわざととぼけるなんてニクいヤツだねぇ。ほら、この葉っぱの上でキラキラと光る粉。こいつがどんな怪我もたちまち治すってぇ妖精族のリンプン。妖精の粉だよ!』


 そう言われ、改めて手元の葉っぱを見る。大きな葉っぱの上に、キラキラと輝くような粉。まるで黄な粉のようにも見えるけど、ちょっと発光しているように見えるから、不思議な力があるんだろうというのがわかる。

 これが、妖精の粉? なんかそう言われるとそう見える。さすがドラゴンやしゃべる刀のいる世界。振り掛ければ怪我が治る粉なんてこんなすごいものがあるなんて。


「私、初めて見ます……」

 光る粉を見たニースちゃんが、驚いたように両手で口をおさえ、身体を震わせている。そんなにすごいものなのか。



『ああ。こいつはどんな怪我もひとふりで癒してくれるってお前等人間の魔法の薬エリクサーを超える粉だからな! これで、斬られて死にそうになっているヤツの命も救われるだろうよ!』



「す、すごい……本当に。ありがとう。ありがとうございます! これで兄さんも助かります!」

「お、おう」

 それは確かにいいことだ。本当にいいことだ。


 でも、こんなに感謝とかされると、俺、余計に逃げること出来なくなってない?


『ビンかなにか持っていねえのかい?』

「あります」

 ニースとオーマのテンションがめっちゃ高い。きゃっきゃと喜びながら、葉っぱの上にある粉をビンに集めてゆく。



 妖精の粉をビンに集め、大喜びのニースちゃんに手を引かれ俺は彼女の村へと向かうこととなった。



 薬草を探して迷子になって逃げる作戦、失敗!




 なんてこった……




──ニース──




 私は、ユラフニッツ村のニースといいます。


 私の住む村は今、ストロング・ボブという凶悪な賞金首の一団に狙われています。

 兄さんは村の若い人達を集めて一度戦おうと言ったんですが、村長である父さん反対されて、山賊達に逆らって少人数で戦いを挑み、今大怪我をして寝こんでしまっています。


 その兄さんを助けるため、どうしても薬草が必要でした。


 村から出てはいけないときつく言われていたけど、私はその約束を破り、薬草を探しに出てきてしまいました。



 そしてそこで、サムライのツカサさんに出会ったんです。



 このイノグランドを救ったという伝説のサムライに出会えたなんて、夢のようでした。


 しかも私が薬草を取りに来たと伝えれば、危険なのに村の外に出たのをしかるわけでもなく、ただ、手伝うと言ってくれるなんて。

 私はあまりの嬉しさに空を飛んでしまうかと思いました。


 その上ツカサさんは、幻の秘薬とも言われる妖精の粉まで見つけてくれたんです。


 これで、怪我をしてベッドで寝ているみんなを助けることができます。

 私は、ありがとうございますと頭を下げました。


 そうしたらツカサさんは……



『全部!? 全部やっちまうってのか相棒!?』


「俺には必要ないからな」

 ツカサさんはきっぱりとそう言いきってくれました。


 それだけツカサさんは自分の強さに自信があるのでしょう。サムライの伝説はほとんど知りませんが、きっとそれを裏打ちするだけの実力があるはずです。



『かー、さすがだぜ相棒。当然のようなその態度。強者のあらわれ。それこそがサムライの余裕ってヤツだ。しびれるねぇ』


 私もオーマさんに同意します。私とあまり年も変わらないというのにこの落ち着きよう。これが強い人の余裕というやつなんですね……!



 この人がいればきっと村は救われる。



 そう思って村へ来てもらったんですけど……


 まさか、あんなことになるなんて……




──ツカサ──




 俺とオーマはニースちゃんに連れられ、彼女の住む村にやってきた。

 俺の前を歩き先導しているのだが、右手に妖精の粉の入ったビンを持ち、左手は俺の手をつかんでいる。


 これでは手を振り払って逃げるなんて外道なまねできるわけないじゃないか! なにより、お、女の子の手を握るなんて、ちょっとドキドキしちゃってるのはナイショだー!(例外、妹)


 村は、太い丸太が縦に打ち付けられ、それが壁のように敷地をぐるりと囲んでいた。森の中にある広場に造られた村のようで、見張り台なんかもあって、村というより要塞のようにも見えた。

 とはいえ、全部が丸太の壁で囲ってあるわけではなく、柵になっているところや壊れてそもそも壁がなくなっているとこも見えた。あの隙間からとかから、彼女は逃げてきたのだろうか?


 村の門に近づくと見張りの人が俺とニースちゃんの姿を確認して驚いたように声を上げた。


 二人いるうちの一人が村の中にかけてゆき、一人は棒を俺の方へむける。


『なんか、歓迎されてねーみたいだな』

「そりゃそうじゃないかな」


 見る人が見ると俺が彼女を人質にしているように見えなくもない気がしないでもないから。



「だ、大丈夫です。ちゃんと説明しますから!」


 慌てて人が集まってくる門を見て、ニースちゃんがぐっと拳を握った。



「おい、そこのお前、なにをしに来た! ニースをどうするつもりだ!」

 門の前で五人の男が棒をかまえ、その真ん中にいる背の高い男が声を荒げた。



『おーおー。予想通りの答えが返ってきたなぁ』

「しかたがないさ」

 俺は、抵抗はしないという意思表示のため両手を上にあげた。俺の知ってる世界ならこれで降伏を表せるはずだけど、ここは異世界だからひょっとすると常識が違うかもしれない。でも、手を上げれば基本なにもできなくなるから、通じるだろう。


 俺が両手をあげると、むこうにも俺が抵抗する意思がないとわかったのか、何人かが棒を下げる。


 どうやら俺の知る常識とこの世界の常識は大きく変わらないようだ。



「ニース!」


 俺がなにもしないとわかったからか、門の前で待ち構える人垣から一人のおっさんが出てきた。


 ベストを着て、口元にはひげがある。


「パパ!」

 彼女も走り出す。雰囲気から察して、どうやら彼女の父親らしい。


 走りよった二人は、ぎゅっと体を抱きしめあう。


 しばしパパが彼女を抱きしめたあと。身体を離してパパは肩をつかんだ。



「どうして村を出たんだ! 今、どういう状況かわかっているだろう!」



「ご、ごめんなさい。どうしても薬草をとりに行きたくて……」


「アニアスだけでなく、お前まで失ったら私はどうやって生きていけばいいんだ! だが、無事でよかった」

 素直に謝った彼女に、パパさんはその身体をもう一度抱きしめた。どうやら、彼女のお兄さんはアニアスって名前らしい。


「はい。それでね。これを見つけたの」

 パパさんに抱きしめられた身体を外して、彼女は村の人達に見えるよう、ビンをかかげた。


 落ちはじめた太陽の光を反射し、金色に光るその粉はより綺麗に発光した。



「そ、それはまさか……!」


 一番近くで見たパパさんが驚きの声を上げる。



「妖精の粉。妖精の粉なのか!」



「すごい。はじめてみたぞ……!」

 続いて村の人達もざわざわとざわめいた。どうやら妖精の粉って普通に知ってるんだね。



「これがあれば、兄さんも助かります」



「そんなすごいもの、どこで手に入れたんだ?」


「あの人が。ツカサさんが見つけてくれたんです」


「君が?」

 パパさんの質問に、彼女は俺を振り返りながら答えた。



 俺に視線が戻ってくる。俺は少し照れくさくて、その視線に苦笑いを返すしかできなかった。



「そうだったのか。ありがとう。君のおかげで、私の息子は助かりそうだ!」


 両手をがっとつかまれ、ぶんぶんと振り回された。胸板も厚くて、そこから胸毛がちろっと見えている。身長も俺より圧倒的に高いから、百八十をこえているだろう。そんな人にぶんぶん手を振り回されるのだから、あっちへふらふらこっちへふらふらと身体が揺さぶられてしまった。そりゃ怪我人の息子が助かるのだから嬉しいのはわかる。でももうちょっと俺の身体をいたわってくれぃ。


 手を離し、ばんばんと俺は肩を叩かれ、歓迎するかのようにそのまま背中を押され、村へと連れて行かれることになった。



 なんという大歓迎モード。これはいえいえ遠慮しますと逃げ出すこととかできないぞ。



「それで、ニースよ。妖精の粉を手に入れるまで、ヤツ等に見つかったりはしなかったか?」


「はい。途中、見つかって追いかけられてしまったんだけど、ツカサさんが助けてくれたの」



 ざわっ。



 その言葉が響いた瞬間、周囲に集まっていた村の若い衆の人達は大きくざわめいた。

 周囲の人やパパさんが視線を飛ばしあい、うなずきあっている。その直後から、俺を見る目に、より熱気が加わったように見える。


「そうかそうか。そんな危険からも娘を守ってくれたなんて、これはさらに礼をしなくてはいけないな。ささ、今日はめでたい、豪勢に行かなくちゃな。えーっと、そういえば君の名は?」


「ツカサ」

 そういえば自己紹介なんかをしていなかったと気づき、俺は素直に名前を伝えた。


「そうか。ツカサくん。私はこの村の村長をしているムラクというんだ。娘を、そして息子を助けてくれてありがとう」


 俺の肩に手を回し、にかっと笑う。確かにこの笑った感じはニースに似ている。というか、この人村長かよ。つまりニースちゃん村長の娘かよ!

 そりゃそんな子が無理して森に入ったら心配だわさ。そして、ざわめいた理由もよくわかった。偶然俺が助けた結果になったけど、無事でよかったよ。



「ささ、料理ができるまで、私の屋敷で休んでいてくれたまえ。それにしても、君の格好はなにやら見たことがないね。東部ではそんなのが流行っているのかい?」


「はあ」



 俺は実は異世界から来たのです。とか言おうかとも考えたが、うまい言い回しもユニークな発想も出てこなかったので、ただ返事を返すしかできなかった。こういう時、軽快な受け返しのできる社交性が欲しいものだ。いや、俺別に口下手じゃありませんけど!



「そうかい。いや、この村にはめったに外から人は来ないからね。君の格好は珍しいものだよ。そうそう。君を信頼していない。というわけでもないんだけど、村に入る前に、その腰の剣を渡してはもらえないかな?」

「いいですよ」


 にこりと微笑まれたが、やっぱり信用はされていないらしい。ここで断っていややっぱり帰りますと言いたかったが、周囲はすっかり人に囲まれ、俺を歓迎するためなのかその熱気の視線がびしびし感じられる。これじゃ刀を渡さない方が逆に危険かもしれない。そう考えた俺は、オーマを渡すことにした。どうせ刀を持っていても自分の身を守れるわけじゃないし、村の人が俺を襲うなんてことはないだろう。ついでに言えば、刀がない方が速く走れる。という非常にくだらない計算もあった。


 腰にさしてあった刀のオーマを外し、俺はニースパパことムラク村長さんに渡した。



「@#%&$」


 そうしたら、突然村長さんの言ってる言葉がさっぱりわからなくなった。



 周囲では、村人の人がオーマを見てなにかを言っている。その声もさっきの村長さんと同じくさっぱりわからない。


 この時俺は、理解した。どうやらオーマが翻訳機の代わりをして会話を成り立たせてくれていたのだと。つまり、アレがないと俺はこの世界で誰とも意思疎通ができない! なんてこった!



「&&%$###!!!!」



 後ろから誰かがなにかを言った気がする。そっちを見るとなにかびくぅとしたような、怯えたような顔をした村人がいたけど、なにを言ったのかわからない。ニースちゃんを助けたことにそんな興奮されても、俺はたいしたことしていないんだから分不相応だよ。


 でも、悪くはないので笑顔を返しておいた。



 ざわっ。



 なんかざわめかれたけど、言葉がわからないのでなにを言っているのかさっぱりわからない。



『相棒、相棒!』

 村長さんの手の中にあるオーマの声が俺の耳に届いた。ああよかった。どうやらお前の声は持っていなくてもわかるようだな。少しだけ安心したよ。


 言葉のわからない俺を心配して声をかけてくれたのだろう。まったく、変なところで義理堅いヤツだぜ。



「大丈夫」


 周りはなにを言っているのかわからないけど、とんでもない熱気を感じるほどの歓迎ぶりだ。少なくとも今日の夕飯は期待ができる。そんな意味で、『大丈夫』と伝えておいた。たった漢字で三文字に凝縮したが、きっと伝わったに違いない!



 ま、お前が戻るまで俺はここで愛想笑いしているしかできないけどな!


 俺はそのまま村長さんに背中をおされ、この村の一番大きな屋敷。多分村長の屋敷なのだろうけど、そこへ通され、吹き抜けのロビーを抜けて、ベッドと机だけがある小さな部屋に通された。

 俺が簡単に横になれるサイズのシングルベッドと、なにも物が置いてない机のある小部屋だ。多分使用人とかが使う部屋じゃなかろうか。俺の感覚で見た感じだけど、この世界での客をもてなす基準がわからないから、文句も言いようがない。まあ、ちと狭い気もするが、一人で待つ分には十分な広さだ。とりあえず椅子に座って、カバンから携帯を取り出した。


 時間を確認する。時計の表記はおやつの時間をこえて、夕方に入ろうとしている時間だ。外を確認すると、日が沈みかけているので時間はほぼ同じ。どうやらこの世界も地球と同じく一日二十四時間なんだろうと推測ができた。それを確認すると、俺は携帯の電源を落としカバンの中にしまった。電池の節約である。


 かわりにカバンの中から本を取り出した。この本を読み、俺はひとまず豪勢な歓迎の準備が終わるのを待つことにした。




──ニース──




「なんてことをしてくれたんだ! 奴等は間違いなく仕返しに来るぞ!! そうなったら、この村はもう終わりだ!」

 私がツカサさんに助けてもらったと知り、あの人が武器を手放した途端、誰かが叫んだ。


 サムライのツカサさんさえいば、みんな立ち上がって一緒に戦ってくれると思ったのに、出た言葉は逆の言葉だった……


 むしろ、みんなあの刀を見て怯えていた。それを手放して、丸腰になった途端に強気に出るなんて、そんなのおかしいよ。

 どうしてみんな、悪い山賊と向き合おうとしないで、無抵抗のツカサさんを責めるの? 悪いのは助けてくれたツカサさんじゃなく、村の外に出た私か、この村に脅しをかけているあいつ等じゃない……


 それなのに、みんなは口々にツカサさんを罵る。



 酷い言葉を投げかける。



 だというのに、ツカサさんは背筋を伸ばし、悠然と立っていた。まるで、自分のしたことを一切悪いと思ってもおらず、正しいと確信しているかのようだ。皆に怒鳴られているというのに、どうしてそんなに堂々としていられるんだろう……? それどころか、最初に怒鳴った人へ視線を向け、微笑さえ浮かべた。

 まるで、あなたの怒りもわかる。というような形で、それでいて、怒りを向けるその人を許しているかのような優しい笑顔でした。


「っ……! うぅ……」


 ツカサさんの微笑みを見たみんなは、一斉に口をつぐんでしまいました。

 周りの人もざわめきが続くだけで、それ以上ツカサさんに文句をいうことはありませんでした。



 ツカサさんは一言も発せず、場を静めてしまったのです。



 パパに背を押され、ツカサさんは大人しく私の家。村長の屋敷へ入っていきました。きっと使っていない部屋に閉じこめられたのだと思います。

 屋敷から出てきたパパは、村の人を前にして口を開きました。


「明日、もしくは今夜奴等が報復に来るだろう。その時彼を差し出し、我々に敵意がないことをわかってもらう! そうすれば、この村はまたしばらくは安全だろう! 皆、それでいいな!」


「ああ!」

「そうだな。それしかない!」

 集まっていた村の男の人達がうなずきます。



 そんなのって、ないよ……!



 身体が勝手に動いてました。


 私はパパにかけより、その手にあったツカサさんの相棒であるオーマさんを奪い取りました。



「お、おまえ……」

「どうして!」

 手を伸ばそうとしてきましたが、私の声にパパの動きが止まります。



「どうして、そんなことできるの! ツカサさんは私を助けてくれた! お兄ちゃんを助けられる妖精の粉も見つけてくれた。それなのに、どうして恩をあだで返すような真似をするの!」



「そう言われてもだな。ヤツ等にそんな理屈は通じない。このまま戦えば、私達は……」


「戦わないでどうしてわかるの! そんなことを言っているからいつまでも搾取されるだけなのよ! 剣を取って戦わないと、いつか必ず絞り殺されるわ! この剣を見てよ。これは、サムライって人の武器なんだよ! ツカサさんはサムライなの!」

 ざわりと周囲がざわめいた。


 みんなやっぱり、ツカサさんはサムライだというのは半信半疑だったみたいだ。でもこれで、ツカサさんがサムライだってわかったはず!



「だから、みんなで力をあわせれ……」



「ニース!」

 パパの強い声に、私は身を震わせました。


「あの子が本当にサムライだからって、たった一人であいつらに勝てるはずがない。そんな幻想にすがるような真似は、村長である私には選べないんだ。わかってくれ」


 な? というように、パパが近づいてきた。その瞳はどこか悲しそうで、それできて諦めているように見えた。



 もう戦うのさえ諦めて、絶望してしまっているように見える……



 お兄ちゃんがあいつ等に口答えして斬られてから、ずっとこんな目をしてる。あいつ等に逆らおうなんて考えもしていない……

 戦う牙さえ失ってしまったように感じた……


 私は、そんなパパに耐え切れなかった。



 だから……



「パパなんて、嫌い!」



「ぐはぁ!」

 一言だけ強い言葉をパパへぶつけ、私は兄さんが横になっている村の医療所へ駆けこんで行った。


 胸を押えたパパは、私に手を伸ばしたようだけど、私はそんなの知らない。


 男の人達はみんなパパを慰めているようだけど、諦めたみんななんて、パパと一緒で、みんな嫌い!



「どうしたんだい?」

 村のお医者様であり、この村で一番年寄りのおばあちゃんが私に優しい言葉をかけてくれた。



 私は悔しくて、今まであったことをぶちまけた。



 サムライのツカサさんが助けてくれたこと。妖精の粉を見つけてくれたこと。だというのにパパはサムライの強さを信じず、ツカサさんをあいつらに引き渡そうとしていること。



「どうしてみんな戦わないの? こんなこびへつらうようなことをしても、いつかあいつらに食い殺されてしまうか、飼い殺されてしまうかなのに……」


「そうじゃな。じゃが、あの子もつらい立場なんじゃよ。それをわかれ。というのも若いぬしには酷か……」

 はあ。とおばあちゃんは小さくため息をついた。


「あいつは、村もお前達も守りたいと考えておる。それは、お前と同じ考えじゃ。じゃが、やり方がちと違う。若いおぬしには決して理解はできないじゃろう。そして、理解はする必要はない。じゃから、おぬしはおぬしで考え、自分が正しいことをすればええ。そうすればきっと……」


「きっと……?」


「よい結末が、待っておるよ。神様はのう、がんばる子を見捨てたりはしないもんじゃて」



「私の、正しいと思うこと……」



「そうじゃ。あの子のやっていることが間違っておるとすれば、おぬしはそれ以外の方法を示さねばならん。おぬしは、なにが正しいと思う……?」


「……」



 私の、正しいと思うこと……



 それは、それは……!


 私は、手元にあるあの人の刀に目を落とした。



 私は大きくうなずいた。



「わかった! おばあちゃん。これ、あの人が見つけてくれた妖精の粉。お兄ちゃん達に使って!」


「おお、これが伝説の……」



「私は、私の正しいと思うことをする! それで村が滅んだとしても、いいえ、それで村が助かるって信じて!」


 私は黄金の粉が入ったビンをおばあちゃんにわたし、その粉をちょっとだけさらに小さい小瓶に入れてもらうと、治療所から駆けていった。目指すは私の家。村長の館!


 ツカサさんを閉じこめる場所は、大体予測がつく。パパのことだから、きっと使っていない使用人室を牢のかわりにするに違いない。そこは狭くて窓には格子がはまっているからね! でも、その格子は……

 私は屋敷の裏手に回り、格子に手をかけた。一度上に持ち上げて、横に思いっきりひっぱる。するとがこって音がして、格子の一部がずれた。


 実はここ、昔よく閉じこめられたことがあって、いつでも抜け出せるように細工をしておいたんだ!



『ははっ、お嬢ちゃんすげぇな!』



「ふふっ。おてんばもたまには役に立つね」


『まったくだ!』


 今までぶすっとしてたオーマさんが笑った。私も笑って、オーマさんの鞘についている帯にさっき妖精の粉を入れた小瓶をくくりつける。


「これ、怪我をした時使うようツカサさんに言ってください」


『あいよっ。使わせてもらうぜ』


 いいんですよ。元々ツカサさんが見つけたものなんですから。

 私はオーマさんを持って、窓をこんこんと叩いた。


 がらがらと窓が開き、ツカサさんが顔を出した。


「お、お願いします!」

 私は、オーマさんを前に出して、ツカサさんにお願いした。


「私、ツカサさんになにもできないけど、なんにもお礼はできないけど、この村を、助けてください!」


 お礼なんてお小遣いをためた小銭の貯金箱くらいしかない。食べ物だってサンドイッチくらいしか用意できない。他力本願で自分勝手で身勝手なお願いだけど、私にできることはこれくらいしかなかった。

 それに、別に助けてくれなくたっていい。逃げてしまってもいい。だってあなたは、この村の状況となんの関係もないのだから!



「だから、ここから逃げちゃってください!」

 私は、頭を下げた。


 すると、窓の隙間を抜けて出てきたツカサさんが、オーマさんを手にして、私の頭をぽんと撫でた。



「わかった」


 顔を上げると、ツカサさんはにっこりと微笑んでくれた。

 村の人に怒っているわけじゃない。ただただ、優しく微笑んでいた。すべてを包みこんで、私の願いをかなえてくれるように……


「それで、どうやって外に出ればいいのかな?」


「は、はい。こっちです!」


 今朝私が抜け出した村の塀の隙間に案内する。さすがに二回も連続で私がそこを使うとは想像もしていなかったのだろう。その穴は、まだ塞がれてもおらずぽっかりと開いたままだった。

 とはいえ、大の大人が通るにはちょっと小さい穴だ。ツカサさんがギリギリ通れるくらいだろうか。だから、多分いけるはずです!



「……ちょっと、お尻を押してもらえるかな?」



 カバンを先に出して上半身をなんとか抜けたけど、ツカサさんの腰が引っかかってしまいました。


 じたばたしますが、まったく抜けません。しかたがないので私が後ろから押してあげました。しばらく悪戦苦闘したら、すぽんと抜けて、ツカサさんは村の外へと出ることに成功しました。


「やった!」

 私は思わず、ぴょんと飛び跳ねてしまいました。


 ツカサさんは立ち上がり、穴から私の方を見ました。


「本当にごめんなさい。こんなつもりであなたを連れてきたわけじゃないのに……」


 まともに歓迎することもできず、お礼もいうこともできず村から追い出すような形で去ってもらうしかできないなんて、本当は心苦しい。



「気にするな」


 でもツカサさんは、そんなことも気にしていないように笑ってくれました。


 なんの悲壮感もなく、ただただ、私達の事情さえわかっているかのように……

 私は思わず、涙ぐんでしまいました。


「……じゃあ、行くよ」

 私の雰囲気を察してくれたのか、ツカサさんは視線を外に向けました。


「はい。お気をつけて!」

 私はなんとか涙をこらえ笑顔で、ツカサさんを見送りました。



 これで今生の別れかもしれません。私の村は、私のこの判断で滅びるかもしれません。でも、後悔はありません!



 小さな穴から私は手を振ります。ツカサさんの背中が見えなくなるまで。とっても強いサムライの背中が、なくなるまで……




──ツカサ──




 さて。しばらくの時間放置されていれば、いくら能天気な俺でも今閉じこめられているということには気づく。

 オーマを取り上げられた時なんとなーく嫌な予感はしていたんだけど、どうやらやっぱり歓迎されていなかったらしい。うん。実はオーマを取り上げられる前から気づいてたよ。ほんとだよ。


 だからといって、泣き叫んだところでどうしようもない。なにせ言葉がわからないのだ。なにを主張しても相手に伝わらないし、自分もわからない。これで出せだせと暴れても意味がないといくら俺でもわかるってもんさ。


 だからってなにもしないで待って、今回の騒動の元凶である俺をあの一味に渡される。というのを待つのも気に入らない。だって引き渡されたらなにされるかわかったもんじゃないもん!


「んんー」

 と頭を捻るが、解決策はまったく思い浮かばない。扉には鍵がかかっているし、窓の外には格子が……



 かしゃこん。



 なんて格子を見ていたら、突然格子が外れた。


 なんじゃと思っていると、窓がこんこんと叩かれる。


 顔を出してみると、オーマを握ったニースちゃんが窓の下にいた。



「%%&#¥&$$#!」



 彼女がなにかを言っていた。でも、オーマが手元にない俺にはなにを言っているのか当然わからない。なにか切羽詰っているようにも見える。

 その涙をためた瞳を見て、ぴーんときた。


 この子は、俺を逃がしてくれようとしているのだ。お礼といって連れてきたのに、こんな結果になった罪悪感にかられたのだろう。きっと「逃げてください。早く!」と言っているに違いない!

 俺は窓から這い出し、彼女の手にあるオーマを手に取った。



「だから、ここから逃げちゃってください!」



 彼女が頭を下げたのが見える。やっぱり、俺の予想は当たった。


 本当に、いい子だ。


 俺はその好意を素直に受け入れつつ、ぽんと頭を撫でた。


「わかった」

 俺は口下手……じゃないけど、ホントはもっと口が回る方なんだけど、あんまり多くを口にする性分じゃないから、今回は一言だけだ。


 そうしたら、彼女も笑顔になってくれた。



「それで、どうやって外に出ればいいのかな?」

「は、はい。こっちです!」


 俺を先導するように、彼女は走り出す。



『よう、相棒。あんたにゃ、どっちの展開のがよかったんだい?』



 ニースちゃんのあとを追って走っていると、なんだか意味のわからないことをオーマが聞いてきた。どっちというのはどういうことなんだろう? 閉じこめられたままと、こうして逃げたこの状態か? だとすれば……


「そりゃ、こっちさ」

『だよな。俺もそうさ!』


 オーマが嬉しそうに言った。そりゃそうか。あのままならお前と今生の別れになっていたかもしれないからな。


 ニースちゃんの先導により、俺達は村の丸太でできた壁のところまで来た。そこには茂みに隠された、小さな穴が空いている。女、子供なら楽々と通れそうな穴だ。問題は、この俺が通れるかどうかというところ。ぎりぎりか? こればかりはやってみないとわからない。


 オーマを先に通し、カバンも外に出してから上半身を無理やり通す。肩が通ったのだから、これでいける! と思ったのが甘かった。肩は斜めにして通ったのだけど、油断していた腰が穴に引っかかってしまったのだ。



「……ちょっと、お尻を押してもらえるかな?」

 なんというか、エッチなことをされちゃうレベルの壁の穴にひっかかるという姿になってしまった。これは恥ずかしい!


 ニースちゃんもちょっとふきだしてたよ。まあ、俺も他人のそんな姿見たら笑う自信あるけどさ。ニースちゃんに押してもらい、しばらく悪戦苦闘したのち、腰もすぽんと抜けて、俺は村から脱出することに成功した。



「本当にごめんなさい。こんなつもりであなたを連れてきたわけじゃないのに……」


 立ち上がった俺に、彼女はそんなことを言ってきた。



「気にするな」


 申し訳なさそうに頭をさげる彼女に、俺は気にしないと伝えた。むしろ歓迎されていないというのなら好都合。俺も罪悪感なく逃げ出せるってもんだ。


 村の人達に歓迎されないんだから、しかたないよね! 戦いから逃げても、しかたないよね!!


 俺は彼女に礼を言い……正確には手で礼を言い、彼女の村に背を向けた。



「はい。お気をつけて!」

 見送りの言葉を受け、俺は歩き出した。


 食にありつけなかったのは残念だが、今は緑が豊富だし、野いちごとかそのあたりがないかオーマに聞けばきっとなんとかなるはず。うん。きっと。だといいな!


 不安を吹き飛ばしつつ。俺は旅立った。



 村をはずれ、街道と思われる道へと出た。俺はオーマに視線を落とす。うるさい相棒だが、たった一人でアテもない場所を歩くよりかは全然マシである。


『それじゃ、行くぜ。相棒よ』

 俺の視線に気づいたのか、ご機嫌なオーマが声を上げた。


「ああ。ナビ、頼んでいいか?」


『もちろんだ!』

 自信満々にオーマが言ってくれた。よかった。ならこれから夜に向かう中で、さっきのヤツ等と出会わず他の村とかに行けるかもしれない。



『(当然、ヤツ等のところへ行くんだろ相棒! ちゃんと俺が地形を考慮しつつヤツ等のいるところまで案内してやるからよ!)』


 思いっきりすれ違っているが、以心伝心のできない俺達はそんなことわかるはずもない。



 俺はオーマのナビに従いながら道を歩き出した!



 日も落ちはじめ、黄昏時もそろそろ過ぎようとしていた。


 そろそろ、寝床や食料のことも考えないといけない。そう考えながら、俺はオーマに食べられるものが近くにないかを質問しようと、視線を腰に落とした。


『なあ、相棒。一つ言い忘れていたことがあるんだが……』


「ん?」


『この地に不慣れな相棒にはわりーんだけどよ』

 なにか、とっても言いにくいようなことのようで、口もないのにもごもごと言葉を濁している。



 そんなに引っ張られてもどうしようもない。俺は気にしないと言い、話をうながした。



『そっか。なら安心だ。おれっちはよ、人間と同じく一日の何時間かは眠らなきゃいけねーんだよ。その間はなんの反応もねーから、道案内できなくなっちまうってわけさ』


「ほー」


『それが、運悪く今からなんだわ。あ、目的の場所はまっすぐ進めばつくはずだ。これが、今日の俺の最後の……』

 そっか。刀だけど人間みたいに寝るんだな。それならしかた……



「ちょっ、待て!」



『ぐー』

 声をあげた時にはすでに遅かった。ぐーすか寝てしまっている。がたがたと振り回すが、それから一切反応はない。



「おい、おいー!」


 声をかけてもまったく無反応だ。



 なんてこった。こんな山の中森の中でナビもなく放り出されるなんて。お前そんな欠陥があるならもっと早く言えよ。全然大丈夫じゃねーよ! それ知っていたんだったらなんとかあの村で一日待ってたよ。ふざけんなー!


 ぺちぺち柄を叩くが、まったく無意味だった。


 刀にあたってもしかたがないので、俺はこいつが目を覚ますまでここで一晩を……



 ほー。ほー。

 ぎゃぁぎゃぁ!

 ぎぇぎぇぎゃぎゃぎゃぎゃー!



 ……すごせるわけがない。一人になった途端、森の中から聞こえる生き物の声がとんでもなく恐ろしく聞こえてきた。


 ただ、救いはある。こいつの最後の言葉。まっすぐ進めば目的地という希望。そこにはきっと、寝床のある風雨を防げる小屋があるはずだ!


 それを信じ、俺は脚を前に動かす。そうだよあるよ。元の世界で聞いたことがある。近くに村があるならば、森の中で休憩したり、炭を作ったりする山小屋がいたるところに用意してあると。山で遭難した時、そこで暖をとったり毛布で寝たりできる場所があると! 異世界だから確実とは言えないけど、オーマの言ったのはきっとそういうところなのだろう! そう信じて、俺は進む! 進むしかないのだ!


 日も落ちはじめた森の中を、俺はひーこらひーこら言いながらも歩きはじめた。


 ナビのない道を歩いて、思いっきり土手から滑り落ちたり、泥に足をとられてすっころんだりと散々な目にあいながら、刀を杖の代わりにして、俺は進んだ。



 そのかいもあってか、日も沈んだところで山小屋の光が見えた。



 やった。あそこで休める! 俺はそう思い、そこを目指して必死に歩いていった。


 そこに、何者がいるのかも想像することなく……




────




 時は、しばし戻る。


 夜の帳もおり、闇の色が森をそめあげたころ。



 森の中にある小屋には明かりがともり、「げはははは」などという薄汚い笑いが漏れていた。



 その小屋には、大勢のならず者がいた。数は二十ほどだろうか。ニースを追っていたデコの広い男をリーダーとし、あの村を脅すため集められた悪党。ストロング・ボブ一味の先遣隊である。


 ほどほどの広さの小屋の中に、それだけの数が好きな場所へ陣取り、荒くれ者の男達は好き好きにカードに興じたり、腕相撲をしたり、囲炉裏のところで肉を焼き、それを食らっているものもいた。


 小屋そのもののつくりはとてもシンプルだ。正面にある扉と裏口が一つずつあり、キッチンとつながったダイニングが一つだけで、二十人の男達がすごすには非常に手狭なところであった。



 その正面の扉を乱暴に開き、二人の男が駆けこんで来た。



 一人しか通れない狭い扉を、その二人は無理やり同時に入ろうとして行き詰まり、もがく。


 どちらかが引けばいいものを、それでも二人は無理やり身体を押しこみ、バガンと扉の柱の一部を壊しながら小屋に飛びこんできた。



「なっ、どうしたんですかぃアニキ!」


 アニキと呼ばれたのはデコの広い男だ。ツカサと対峙し、その腕を見抜いていち早く逃げ出した男の方である。男は水がめに頭から顔をつっこんで、がびぶがぶと水を飲みはじめた。


 心配した男の声などまるで聞いてはいない。



 こいつはダメだ。と悟ったさっき声を出した男は、同じくとびこんできたナンバーツーの男へ視線を向ける。そっちの方は床に転がったあと、獣のように足と手をばたばたとさせ、部屋の隅に積んである毛布の元へと突撃した。


 小太りの身体を毛布でくるみ、まるで凍えているかのようにガタガタと部屋の隅で震える。頭を壁の隅にやり、まるでなにかに閉じこもっているかのようだ。



「むりだ……あんなの、あんなの無理だ……」

 ぶつぶつと、なにかに怯えるように言葉をつぶやいている。



 突然の事態に、小屋の中にいた男達はただただ呆然とするしかできない。


「ぶはぁ!」

 水がめに頭をつっこんでいたデコの男がそこから頭を出し、今度は酸素を肺の中にとりこみはじめた。ぜえ、はあと息を吸い、なんとか落ち着きを取り戻す。


「あ、アニキ。一体なにがあったんですか?」


 やっと話が聞けると思い、最初に声を出した男はもう一度同じ質問を繰り返した。



 水がめでぜいぜいと激しい息をはくデコの男は、その質問を発した男をぎろりと睨む。睨まれた男は、「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げ、身を縮こまらせた。



「そうだよな。普通、俺に睨まれりゃそうなるよな……いや、そりゃ当然か、なにせあいつは……あいつは……」


 ぶるると肩を震わせたデコの男は、もう一度頭を水ガメの中へとつっこむ。ざばぁと水が溢れ出し、むき出しの土を水がぬらした。


「おい、あんなに取り乱してるアニキ、はじめてみたぞ」

「俺は、ボスを怒らせた時一度だけ見たことがある」

「そ、そんなレベルかよ。一体なにがあったんだ……?」


 ひそひそと、睨まれたのとは別の男達が話をはじめる。荒くれ者でならず者の男達だというのに、デコの男が入ってきてからは皆しんとして言葉を発していない。ゆえに小さな声でも十分小屋の中に響いてしまった。



「おい!」

 顔を出したデコの男が、その二人をまた睨んだ。


「は、はいぃ!」



「酒だ。酒をよこせ!」



「はい、今すぐ!」

 ばたばたと二人が、酒の入ったビンをとりに走った。


 部屋の隅に積み上げられた酒瓶を一本開き、デコの男はそのままさかさまにしてそれを喉へ流しこむ。息が続かなくなるまで飲み続け、また酸素を補充し、また飲むの繰り返しだ。


 その間、彼の弟分達はその拷問のような重苦しい空気に耐えねばならなかった。



 二本のビンを空にしたところで、男はそれをドンとテーブルにたたきつけた。



 荒い息を吐き。それでも脳裏にフラッシュバックしたサムライの一太刀に怯え、両手で顔をおさえた。


「くっそ、ダメだ。勝てねぇ。あんなの、勝てえるわけがねぇ……」


 ガタガタと、肩が震え、椅子に座った足も貧乏ゆすりをしているのかと思うほど震えていた。



 すでに弟分達も、なにかとんでもないものに遭遇したのだと想像がついていた。一味ナンバーツーであるこのアニキがこれほど震えるほどの相手など、ボスのストロング・ボブ以外考えつかない。だが、ボスを相手にしても、これほど怯えるとも思えなかった。つまり、遭遇したナニカは、ボス以上のとんでもなく恐ろしい存在ということになる。


 まさかドラゴンか? なんて思うものもいたが、ぶつぶつとつぶやく声の中に一太刀や、あの一撃とかいうのが混じっているので、怪物の類ではなさそうである。


 さらに、一人の男が床に転がるそれに気づいた。



 小太りの男が小屋に飛びこんできた際、握っていたものを落としたものなのだが、転がってやっとその男の足元にやってきたのだ。



 なにかと思い持ち上げると、それは斧の柄であった。



 硬い樫の木で作られ、そう簡単には傷もつかない頑丈な柄が、綺麗な断面を持って断たれていたのだ。それを、小太りの男が持っていた。つまりそれをこうも見事に斬った存在がいるということでもあった。


 その柄の欠片、一太刀。勝てない。バケモノ。伝説。なぜ今頃。という単語と物証を拾い集めた結果、一人の聡い弟分が、その単語をつぶやいてしまった。


 気づいて、しまった。




「……まさか、サムライ……?」




 その単語がつぶやかれた瞬間、小屋の中がざわりとざわめき、「ひっ、ひいぃぃぃぃ!」という悲鳴が小屋の隅から木霊する。


 サムライという言葉を聞き、大きな悲鳴を上げたのは部屋のスミで震えていた小太りの男だった。


 その一言に反応し。「ごめんなさい! もうしません。だから、だから!」と誰もいない壁に必死に謝っている。

 テーブルで酒をかっくらっていたデコの男も、サムライという単語を聞いた瞬間頭をおさえ、テーブルに突っ伏してぶるぶると震えはじめた。



「やめろ、やめろ! 手を出すな。手を出したのが間違いだったんだ……伝説は、伝説は本当だった……!」



 頭を抱え、しかしそのまぶたの奥に残ったたった一撃の光を幻視し、「ひいいぃぃ!」と悲鳴を上げた。


 たった一太刀の『イアイギリ』であったが、その圧倒的な速さと威力は彼等の脳裏にこびりつき、絶大な恐怖のトラウマになってしまったのだ。


 一太刀ふるえば確実に死ぬ。圧倒的速度で繰り出される後の先の攻撃に、勝利の活路さえ見えなかった男達は、その恐怖にうちまけ、ガタガタと震え、ここに帰ってくるにさえ信じられないような時間を有したのである。



 その二人の反応から、彼等が一体なにに遭遇したのか、このならず者達は把握した。してしまった。



 村からめったに出ず、世のことから少々隔離される傾向にある辺鄙な村に住む村人達は、サムライと聞いてその強さにピンとは来なかったが、この男達は違う。



 強いものには従い、弱いものを虐げる。そんな彼等であるが故、その強者というこびへつらうものへの嗅覚は人一倍優れている。


 彼等は、知っている。十年前、サムライが一体どんな戦いを繰り広げたのかを。世界を窮地に陥れた闇の軍勢と戦うサムライの姿。それを見て、知っている。


 たった十年前のことなのだ。戦場にいてその強さを間近で感じたものもいるだろう。その強さを、その身で体験しそうになったものもいるだろう。


 それを知る者達は、目の前で震えるアニキ分の姿に納得がいった。サムライを知らない男達も、何度も聞かされた伝説が事実だったのだと、アニキ分の怯える姿を見て、確信する。



 この様子を見て、彼等は全員一つのことを確信する。



 彼等は、サムライに出会い、そして、その強さを目の当たりにしたのだと……



「そっ、そんなまさか。サムライは十年前、ダークシップに『カミカゼ』を仕掛けて全滅したはず……」

「お、俺は二人ほど生き残ったって聞いたことがあるぜ」

「バカ言うんじゃねえよ。いつもどおり、にせ、偽者に決まっているさ……」

「に、偽者で、アニキがこんなに怯えるかよ。おびえるか、よ」

「う、うるせぇ、お前の方が震えているじゃねえか」

「お、俺達のこと、かついでんじゃねえのか? ほら、アニキ、冗談が好きだから、よ」


 誰もがそんなことはないと確信していた。テーブルに突っ伏してガタガタと震えるその姿は演技などではない。これが演技であったのなら、とんでもない演技力だ。そんなものを自分のプライドを捨ててまで子分達に見せる理由がそもそも見当たらなかった。


 そもそももう一人の小太りの男。部屋の隅でガタガタと震えるこの男は頭は弱いが、その分パワーが桁外れである。頭が弱い分、恐ろしいという単語もよく理解できていないと思うほどだ。それゆえ、この先行隊の中では一、二の強さを誇る。それをここまで震え上がらせる存在なんて、間違いなくサムライ以外に存在しない……!



 ごくり。



 心と静まり返った小屋の中で、誰かの喉がなる音だけが響いた。


 二人が入ってくるまで、あれほどうるさかった小屋だというのに、今はまるで誰もいないかのように静かなのである。



 がたがたっ!



 裏口が激しく揺れた。


 びくぅ! と男達はその音に驚き、背筋を伸ばした。



 一斉に振り向き、そこを見る。



 だが、別にドアが動くような気配はない。


「な、なんだよ。風かよ……」

 ふぅ。と誰かが息を吐いたが、その瞬間。




 ぎいぃぃぃぃ。




 ドアが、ひとりでに開いた。



「なっ!?」

 誰かが驚きの声を上げる。


 近くにいた者達は、一斉にその場から飛びのく。


 小屋の中心に向けて裏口から半円状に人がいなくなり、テーブルを挟んでデコの男が、そのうつろな目を持ち上げ、裏口をとららえる。



 それと同じように、誰もが開いた裏口から広がる闇の中へ目を凝らした。



 なぜならそこに、なにかが揺れていたからだ。


 ゆらりゆらりと、まるで幽霊のように、光の下へと入ってくるなにかがいたからだ。



 こつん。



 最初に部屋へ侵入してきたのは、剣だった。



 いや、それは剣ではない。皆、一目見てそれがなにか知っていた。気づいていた!


 真っ黒い鞘に収められた、少し湾曲した剣。サムライの魂と言われる、伝説の武器。




 KATANA!




 それが、暗闇の中からぬうっと姿を現し、こつんと床を叩いたのだ。



「ま、まさ、か……」

 デコの男が、震える喉からなんとか声を絞り出す。


 暗闇の広がる闇の中から、腕が姿を現した。デコの男は、その見たことのない上着を知っている。


 まるでそこだけ地震が起きているかのように、デコの男が震えだした。


 その震えは、近くにいたならず者達にも伝播してゆく。サムライの恐ろしさを思い出してしまったからだ。



 手が部屋の中に入り、さらにその足がどん。と小屋の木板を踏む。



 ゆっくりとそれは、小屋の中を照らす光の領域へ姿を現した。


 ぬぅっと、最後に姿を現したその顔は、悪鬼としか言いようがなかった。


 髪は乱れ、まるで頭に返り血をかぶったかのように黒く染めている。目のところは影の陰影が濃く生まれ、ぎょろりと小屋の中を睨む白い目しか見えない。



 それが、ぎらぎらとまるで得物を探しているかのように部屋の中をさまよった。



 その姿は、伝説のサムライというより、おとぎ話に出てくる鬼や悪魔や阿修羅のような存在であった。


 ソレは、部屋の中にいる男達を見回し、舌なめずりをするように、にやりと笑った。



「でっ、でっ、でたあぁぁぁぁ!」



 最初に悲鳴をあげたのは、デコの男だった。テーブルをひっくり返し、近くにいた自分の出口までの進路を塞ぐ男を殴り倒し、そのまま入ってきた入り口へとかけてゆく。


 しかし逃げ出した速度は小太りの男も同じだった。ツカサの姿を見た小太りの男も、毛布を頭にかぶったまま小屋の入り口へと逃げ出したのである。



「俺達を見逃したのは、ここを突き止め、全滅させるためだったのかよおぉぉぉ!」



 二人の悲鳴を聞いた瞬間、ならず者の男達は目の前に現われたのが伝説のサムライであると気づいた。


 それは、完全な人の形をしたバケモノである。鬼、悪魔、悪鬼、怪物。そう表現した方が早いほど、恐怖の象徴といえる姿をしていた。

 その恐ろしさを散々想像したタイミングで、誰もやってこないはずの裏口から姿を現した文字通り悪魔のようなサムライの姿に、彼等の恐怖も最高潮に達っする。



「た、たすけてえぇぇぇ!」



 サムライを確認し、アニキ分さえ恐怖で逃げるのを見たならず者の一人が、悲鳴を上げて出口へ走った。


 同時に、別の男も悲鳴を上げ、サムライに背を向け逃げ出す。



 パニックは、伝染する。



 次々と恐慌を引き起こし、男達は小屋から逃げ出そうと入り口に殺到した。


 しかし、入ってきたときと同じく、人一人しか通れない狭い入り口は、小太りの男とデコの男の二人が同時に逃げ出そうとして詰まっている。そのあとに走った男達が殺到すれば、そこはもう人の渋滞が起き、押し合いへしあいのはじまりである。



 その挙句。



「俺が先だっつってんだろうが!」

「てめえ!」


 ついに流血するほどの乱闘となった。


 近くに立てかけてあったナタで味方であるはずの男の肩を叩き、かわりに持っていたナイフがどこかを傷つける。


 血が舞い、それが逆に「サムライに斬られた!」という混乱に拍車をかけた。悲鳴があがり、狭い出口を諦めたならず者の一部は、窓を突き破り、恐怖によってリミッターを外した者は壁さえ叩き壊し、我先にと逃げ出そうとした。


 窓が開けば今度はそこから、壁に穴があけば次はそこへと彼等は殺到し、仲間を押しのけ、傷つけ、そこにいたならず者達は必死に小屋の外へと逃げていった。



 すべてのならず者が逃げ去ったあとに残されるのは、まるで大乱闘でもあったかのような小屋だけだった。



 押し合いへしあいの挙句に起きた流血により床は汚れ、テーブルや椅子は倒れ、水がめも割れている。窓はおろか、壁もぼろぼろで、なにかが一方的に暴れまわったようにも見えた。


 そんな有様となった小屋の中へ手を伸ばし、愕然としている少年がいる。



 相棒の刀が眠ってしまい、ナビを失って色んなところに滑り落ちて泥だらけとなったツカサ少年である。



「……」

 助けを求めた俺は、手伸ばしたまま愕然とするしかできなかった。



(怯えて逃げられるなんて想定外や……)


 助けを求め、一晩の床でも借りようと近寄っただけだというのに、自分の姿を見て逃げられれば、そりゃへこみもするだろう。


 少し寂しく思いながらも、疲れのあまりもういいやと思い、少年は壁に寄りかかって眠ることにした。



「今日はもう疲れたよ……」


 いきなり異世界に放り出されたかと思えば、サムライに勘違いされ、村では部屋に閉じこめられ、挙句森の中をさまようハメになるなんて想像だにしていなかったわけなので、精神的にも肉体的にも疲れはハンパなかった。


 彼は壁に背をつけ、そのままずるずると腰を下ろし、近くにあったカーテンを毛布の代わりにしてそのまま泥のように眠るのだった……




──ムラク村長──




 次の日。


 私は馬車に村で集めた食料やわずかばかりの金を持って彼等が寝泊りに使っている山小屋へとやってきた。


 うちの娘がなにを思ったのかあの少年を逃がしてしまい、このままではうちの村は報復と見せしめに全滅させられてしまう。



 それを避けるため、こうして貢物を持って、彼等の元を朝一で訪れ、ご機嫌をとろうとしているのだ。



 相手はそれほど恐ろしい存在なのである。娘が戦えと言っているが、そんなの自分達の寿命を縮めるだけ村の将来を考えれば絶対にできるわけなどない。


 なにがサムライだ。そんな者が粋がってヤツ等に逆らえば、私達なんて簡単に滅ぼされてしまうんだぞ!



「戦わないでどうしてわかるの! そんなことを言っているからいつまでも搾取されるだけなのよ! 剣を取って戦わないと、いつか必ず絞り殺されるわ! この剣を見てよ。これは、サムライって人の武器なんだよ! ツカサさんはサムライなの!」



 昨日の娘の言葉がリフレインする。


 娘の悲痛な願いは、我々の胸を打った。しかし、私はそれを振り切るように頭を振った。



 それは、希望的観測だ。ヤツ等に私達が勝てるはずがない。いくら彼が強くとも、たった一人でヤツ等に拮抗するなどありえない。我々のような弱き者は、ヤツ等に搾取されるのを我慢するしかないんだ!



 ありもしない希望にすがり戦ってなにが起きた。息子のアニアスが死にかけただけじゃないか! 戦えば一瞬で終わってしまうが、ヤツ等に従えばその終わりが数日伸びる。その方がまだ、マシじゃないか……!

 私は必死に心の中で言い訳を続け、ヤツ等の寝泊りしている小屋へと近づいた。


 なんとか必死にご機嫌を取り、私の村だけは見逃してもらわなければならない。


 私はどんな屈辱にまみれようといいように覚悟を決める。



 ぎいぃぃ。きいー。


 ぎいぃぃぃー。きぃー。



「?」

 小屋に近づけば近づくほど、まるで壊れて開けっ放しのドアがゆらゆら揺れているような音が聞こえてきた。


 邪魔な茂みを抜け、小屋の見える位置に頭が出た瞬間、私は驚きの声を上げてしまった。



 小屋が、ボロボロになっていたからだ。



 たった一晩で、山小屋が廃墟になっている。信じられないことだった。


 小屋の外の泥には小屋の壁を突き破ってなにかが飛び出したようなあとや、窓や入り口から必死に逃げたようなあとが残されている。


「な、なにがおきた……!」

 私は混乱する。


 意味がわからない。奴等は仲間割れでもしたのだろうか? いや、そんなはずはない。ヤツ等はボスからアニキと呼ばれる隊長を中心としたピラミッド社会。そんな内部崩壊が起きるような組織じゃなかったはずだ。



 わたわたと馬車から飛び降り、小屋の入り口へ走る。



 きいきいと音を響かせる扉をどかし、私は小屋の中へとびこんだ。


 最初に私の目にとびこんできたのは、大きくなにかが争ったようなあと。壁には血しぶきが残り、なにかがぶつかって砕けたカップや壁、窓などの残骸が散乱している。


 小屋の中には、誰もいない。二十人近い人数のならず者がたむろしていたというのに、誰一人としてここからいなくなっていた。


 まるで、何者かに追い払われたかのように……



 そして、私は気づいた。



「くー。すー」


 小さな寝息が聞こえてくることに……



 身体が、震える。



 そんなことはないと、理性が訴えている。だが、感情はありえないほど高ぶっていた。

 ありえないと訴える心。そんなの、絶対にないと、否定する理性。だが、心の奥底では、感情では期待していた。してはいけない期待を、していた……!


 壊れたテーブルをどける。



 そこに、彼は、いた。



 ボロボロの姿になって。


 頭はまるで大きな返り血でもあびたかのように真っ黒く染めて。

 疲れ果てたように、壁に寄りかかり、刀で身体を支えるようにして眠る、一人の少年が、いた……


 その少年は、ボロボロだというのに、規則正しい寝息を立てて眠っている。



 この時私は、大きな勘違いをしていたのだと気づいた。



 彼は、村から逃げたのではなかった。たった一人で、戦っていたのだ……!


 戦ってくれていたのだ!!



 なのに私は、逃げたと決めつけ、彼を罵っていた……!



「どうして、どうしてだ……」

 眠っていて聞こえないというのに、私はつぶやいていた。



「どうして君は、たった一人で戦ってなんていたんだ。命がけで、私達を守ってなんてくれたんだ……!」



 私は君を閉じこめ、ここにいたヤツ等へ売り渡そうとしていたんだぞ! 君を厄介者と決めつけ、勝てぬと決めつけ、君を犠牲にして村を、いや、自分を守ろうとしたというのに、なぜ!



『……けっ。本当は言うつもりなんてなかったけどよ』



 どこからか、声が聞こえた。


 私ははっと、顔を上げる。



 少年の持つ刀が、カタカタとゆれ、そこから声が聞こえるのに気づいた。



 そうだ、聞いたことがある。伝説のサムライの持つ刀は、人語を解し、言葉をしゃべるのだと。ならば、やはり彼は……



『あのお嬢ちゃんに頼まれた。ってのもあるが、それだけじゃねぇ。おれっちの相棒はよ、そんな心の狭いヤツじゃねえのさ。お前達の卑しい魂胆なんて最初からわかっていたんだよ。お前さんの苦悩もわかり、それさえ飲みこんで、こうしてお前達に道を示してやったんだ』



「み、道?」

 意味がわからない。一体、この先の道というのはなんなんだ。



『もうわかってんだろ? この新しい道を』



「っ!」

 言われ、私はどきりと図星をつかれた。


 いや、そんなことはない。そんな意味のないこと、なぜするのだ。私は諦め悪く、心の中でそれを否定する。


 そんな光をさしこんでもらう理由は、自分達にはないのだから……



『自分で認められねえなら、言ってやるぜ。相棒はよ、お前にメッセージを送ったのさ。立ち上がれ。勝てない戦いなんてない。ってな』



「~~~っ!」

 私は声にならない声を上げ、思わず天を仰ぎ見た。


 それを教えるために、彼はたった一人でならず者と戦うなんて、こんな無謀な戦いを行ったのか。そして、勝って見せたのか。私に、私達に戦う勇気を持たせるために……!


 勝てると、証明するために!



「なっ、なんという……!」


 天を仰ぎ見たというのに、私の瞳からはとめどない涙が溢れていた。



「なんという……なんという少年なのだ……! これが、伝説の、サムライ……!」

 私は、涙がとまらなかった。



 彼に救われる価値などないというのに、それでもなお、その身を使って私達へ手を伸ばしてくれた彼に、ただただ涙を流すしかできなかった。



『あとは、お前達しだいだぜ……』

 刀が、優しく言った。



 言われずとももうわかっている。


 保身に走り、彼を奴等に売り渡そうとした我々にさえ手を差し伸べてくれたサムライが示してくれた道なのだ。ここで立ち上がらずしてなんとなる。



 私は決意した。


 自分達も、戦おうと。



 娘が言ったように、勝って未来を手にしようと!




 確かに私達だけでは不可能だろう。だが、目の前で眠る少年が力を貸してくれるというのなら、その不可能もきっと可能にしてくれる! 私はそう確信し、力強く拳を握った。




 おしまい

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