第19話 サムライと妖刀
──ツカサ──
俺達はサイモン領を抜けて、俺達はシリルレリルという村に到着した。
王都へ向かう大街道に戻る脇街道にある、人口五十人ばかりの人達が住む小さな農村だ。
街道筋にあるので、宿はあるだろうけど、それ以外に特産品らしい特産品はないところだと、マックスが教えてくれた。
俺としては、一晩休める宿があるならそれでいい。
夕方近くにその村に到着した俺はそんなことを思っていたんだけど……
「ちょっとよろしいかな。そこ行くお前さん達!」
村の門をくぐったとたん。門の先にある茂みや家の影に隠れていた人が飛び出し、俺達の前に立ちふさがった。
「なんだ?」
「なんでござろうな」
リオとマックスがいきなりのことに首をひねる。
俺は声こそ出さなかったが、緊張していた。なにせ目の前に姿を現した村人とおぼしき十人くらいの人達は、クワやカマを持ってどこか殺気立ったように俺達を睨んでいたからだ。
いったいなぜ、こんなに睨まれなきゃいけないの?
俺は即効で逃げたいと思ったが、そう決断する前に一人の老人が一歩前に出てきた。
「ワシは、このシリルレリルの村長じゃ。そこにいる若いお方よ」
「俺?」
村長と名乗ったお爺さんが俺を指差す。
「そなたの腰にぶらさげてあるのは、刀だな?」
「は?」
『おう。その通りだぜ!』
俺の答えの前に、刀本人であるオーマが声を上げた。
「や、やはりか!」
オーマの答えを聞いた瞬間、前に立ちふさがった人達がざわりと騒いだ。
即座に彼等は円陣を組み、顔を突き合わせてなにかをごしょごしょ協議しはじめる。
それを見て、俺達はなんだろう。と顔を見合わせた。
しばらく円陣でなにかを話した後、またみんな同じポジションに戻り、村長さんが口を開く。
「そなた、いつここに?」
「たった今、ですけど?」
「たった今だって!?」
なんでそこで皆さん信じられないというような表情になるのかな?
皆さん俺達が村の門──道のはしに丸太が刺さり、上にシリルレリル村と言う看板が掲げられている──をくぐるの見てたでしょ。
しかもまた、円陣を組んでなにかを話している。
なんなんだ、いったい?
また、元に戻って、村長が。
「ならば、お前は犯人ではないのかね!?」
「え?」
意味がわからない。なぜにいきなり犯人?
「ちょっと待つでござる。いきなりツカサ殿を犯人と言われても……」
「サ、サムライがもう一人ー!?」
マックスが一歩前に出たら、十人全員が飛び上がって驚いた。いや、今まであんたらなに見てたんだよ。ずっと俺の隣にいたじゃないか。
また円陣。
今度は興奮しているからか、こっちまで声が聞こえてきた。
「いやまて。違う。あれは服だけだ。なんちゃってサムライだ」
「そうだ。よく見れば腰に刀がない。サムライもどきだ」
「なら違うな」
「ああ。違う。サムライじゃないなら犯人じゃないな」
「村長決議を!」
「セーフ!」
ということで、円陣を解いて全員がマックスに向けて親指を立てた。
なんなんだろうこの円陣会議。
正直ちょっと面白いと思ってしまった。
「い、いや、拙者は確かにサムライではござらんし、刀も持っていないが。それなら事情をお教えもらえないか?」
さすがのマックスもちょっとヒキぎみに村長さん達へ事情の提示をうながした。
「そうだぜ。いきなりツカサを犯人あつかいするなんて、いったいなにがあったってんだよ」
「そうですな。間違いなく犯人ではないあなた方にならお話いたしましょう」
マックスとリオの言葉に、シリルレリル村の村長は大きくうなずき、声を大にして話しはじめた。あの音量なら俺の耳にも十分入ってくるので、ひとまずなにも言わず聞き耳を立てることにした。
すると、この村ではこの一週間のうちに三人もの人が鋭い刃物で斬り殺されるという辻斬り事件が発生しているのだそうだ。
その切り口の鋭さは並の刃物ではなく、それこそ伝説のサムライが使った刀のような切れ味でなければ実現できないような有様だったらしい。
……想像するだけで嫌な図が浮かんでくる。
だから、伝説の刀と思しき俺が村に近づいてきたゆえ、彼等は大変緊張し、警戒したのだという。
そしたら、リオが大きくため息をついた。
「おいおい。おいら達はやっと今日、ここについたんだぜ。一週間前からの殺人なんて関われるわけねーだろ!」
当然のお答えだった。
一週間前どころか昨日も俺達はこの村にいない。たった今ついたばかりなのだ。そんな事件に関係があるはずがない。
そうしたら、また円陣会議が行われ、元の位置に戻った村長がくわっと声を荒げた。
「いいや、あんたが本物のサムライならば、不可能ではない!」
「「はっ!!」」
なんでリオとマックス二人して確かに! とか納得したような顔をして俺を振り返るの!?
「確かに、サムライであるツカサ殿ならば、国と国を隔てた距離からでも対象は斬れよう。可能か不可能かならば可能なのは間違いない!」
「ああ。ツカサは例え大きな山が目の前にあったとしても、その先にいる敵を斬れる。できるかできないか。という点で言えば、できるにまちがいないよな」
二人はうなずいた。
いや、できないからね。この世界のサムライならなんかすげぇ技でやっちゃうのかもしれないけど、俺にはまったく全然完璧に不可能だから。こいつは不可能犯罪ってヤツだよ!
「だがしかし、ツカサ殿が犯人であるはずがない! 例えそのようなことができたとしても、ツカサ殿が罪なき村人を斬るなどということがないからだ!」
「そうだぜ。ツカサは悪さをしないヤツに手を上げたりはしない!」
『ま、そいつらが斬られるほどの悪党なら話は別だけどな!』
そのフォローありがたいけど、できればできるということから否定して欲しかったな! できるということを肯定されると俺をよく知らない村人から見ると疑いの目はまったく消えないってことなんだから!
俺がやってないと信じてくれるのはいいんだけど、変な信じ方しないでっ!
ほら。なんか村の人達が一気に怯えたような目で俺を見てるから。犯人どころかなんか恐ろしい獣を見るような感じになってるから!
「で、ですから、この村は今辻斬りが出ているんです。皆、夜怯えて暮らしているんですよ!」
村長さん、敬語になっておられますぞ。安心して。俺犯人じゃないし、とって食ったりもしないから。
「なので我々は、そんな鋭い刃物を持つサムライが犯人ではないかと考え、待ち受けていたのです」
「……違う。と言って信じてもらえます?」
恐る恐ると俺も言ったんだが、目の前にいる十人の人達は怯えたようにふるふると首を横に振った。
なんだろう。疑われて怒ってもいいはずなのに、なぜか逆に申し訳ない気持ちで一杯になってきたぞオラ。
だから、もう今日でこの村は終わりだ。なんて顔をしないでくださいな村長さん。
「わかりました。ならすぐに村を出て行く……というのは不安の払拭にならないのか」
「ですのう」
俺はいい考えだと思った村を出てゆくを提案しようとして苦笑した。彼等の中で俺は村の外から村人を斬り殺せるような存在だ。それが村の外に行ったところで、なんの安心にもならない。
「なら、真贋の魔法が使える魔法使いを呼んできてください。鑑定の費用は俺が負担しますから。そうすれば、俺が犯人かそうでないかすぐわかるでしょう?」
「それは助かりますが、こんな小さな村に、魔法使い殿は一人もおりません。早馬を走らせれば、明日には呼べるかもしれませんけど……」
「なら、そうして呼んできてください。それまでは、俺を皆さんで監視していれば、少しは不安の払拭にはなりませんか?」
俺はできる限りの言葉で、この疑惑から逃れようと頭をひねり、口を動かした。
かつてヤーズバッハの街でも俺は事件の犯人として疑われた(第6話)。その時心の真贋を調べる魔法でことの真偽を確かめてもらったことがある。それを使えば、この人達にも俺が絶対に犯人じゃないとわかってもらえるだろう。
こういう時、魔法も使わずこの場にいる人達すべてを納得させることのできる口のうまさが欲しいと思うが、ない物をねだってもしかたがない。なんとか伝えたいことだけは伝え、あとは再びの円陣会議が終わってからの反応が帰ってくるのを待つことになった。
「わ、わかりました。ただ、その刀は預からせていただきます」
うっ。そうされると言葉がわからなくなっちゃって不便なんだけど、どうしよう……
「なら、オーマはおいらが預かるよ。そもそも犯人という証拠もないんだ。そっちに渡す理由なんて最初からないんだからさ。ツカサがお人よしだったからあんたらに従ったけど、本来なら無視して進んだところなんだぜ」
ふん。と鼻息荒く、リオが言ってくれた。
……言われて、初めて気づいた。確かに証拠なんて欠片もなかったんだから、無視して進むという手段もあったじゃないか!
時すでにおすしなので、俺は口にしてしまった手前、おとなしく自分の言ったことの責任をとることにした。
リオにオーマをわたす。
「リオ。俺からあんまり離れないでくれよ」
「え? わ、わかった」
オーマを渡す時、刀の柄を握ったまま、そう小声で告げた。
オーマは持っていなくとも、かなり近いところにあればその翻訳機能の恩恵を受けることができる。そのための処置だ。
とはいえ、武器が近いところにあると不安。と言われたら離れてもらうしかないけど。
「ツカサ殿」
「なに?」
「拙者にも考えがありますゆえ、ここで別行動をさせていただきます。明日魔法使いが来るのをまつなどと言わず、拙者がこの村の辻斬りを捕まえ事件を解決し、ツカサ殿への疑いを晴らしてお見せいたしましょう!」
どん。とマックスは胸を叩いた。
おお、それなら魔法使いを待たずにこの村を出ることができる。
「そうだな。できるならお願いするよ。でも、気をつけて」
「はっ! ありがたきお言葉にございますでざる!」
マックスは深々と頭を下げた。
俺とリオは村の人達の円陣の中央にとりかこまれ、村長の家に案内されることとなった。
村長宅にある村の集会所として使われる広間。そこで俺達は円陣を組んだあの村の人達に監視されることになる。どうやらこの人達、この村の自警団らしい。
しかし、なんでこんなに円陣が好きなんだろうこの人達は……
──マックス──
ツカサ殿が、この村で起きている辻斬りの犯人と疑われ、村長宅へ連れて行かれてしまった。
拙者達は絶対にそんなことはしないとわかっているが、村の者達は違う。村の外からでも人を斬れるものがいると知れば、確かに疑いの目を向けてしまうのも当然であろう。
まさか実力のあるサムライという事実が仇になってしまうとは、なんという皮肉だろうか。
しかし、さすがツカサ殿。まったく動じることもなく、自身の無実の証明案をお出しなされた。これで魔法使いの到着を待てば、ツカサ殿が辻斬りをしていないとはっきりさせてくれる。
今早馬に乗った村人が村を飛び出ていったが、問題はその魔法使いが来るまでいったいどれだけ待たされるか。ということだ。早ければ明日の昼には来るかもしれないが、魔法使いがつかまらねば明日どころかあさって、しあさってとここに足止めされることになる。
急ぐ旅ではないが、そんな不自由をツカサ殿にかけるわけにもいかぬ。
ならば、拙者がこの村に起きる辻斬り事件の犯人を確保し、ツカサ殿の疑いを晴らす方が早い。
そう考え、拙者は村長の家には行かず、ツカサ殿に許可をもらい、その犯人を捕まえるため動き出したのだ!
ふふっ。これで魔法使いが来る前にその犯人を捕まえることができれば……!
ほわほわと想像する。
「俺への疑いを魔法使いでなくマックスが晴らしてくれるなんて。俺はなんていい男に慕われたんだ。ありがとう。ぜひ弟子になってくれ!」
なんてことも!
「ぬふふふふ」
素敵な未来が頭の上に現れたため、拙者は笑みが浮かぶのをとめられなかった。
近くを通りすがった村の者が拙者を見てびくぅと体を震わせ、怯えられてしまった。
っと、いかんいかん。気を引き締めねば。
そもそもこれは拙者の下心を満たすためのものではない。尊敬するツカサ殿の疑いを晴らすための行動なのだ。さっきの妄想はあくまでおまけ! そう、おまけであり、メインはツカサ殿の疑いを晴らしたいという気持ち! そこを勘違いしてはいかん!
ぺちぺちと頬をはり気合をいれ、拙者は改めて犯人探しに気合を入れた。
まずすることは、事件の情報収集である。
拙者の目的は犯人の確保であるが、そのためには犯人と遭遇する必要がある。
そのためにまずは、いったいどこで、誰がどのように斬られたのかを知る必要がある。そこに共通性が見出せれば、次なる凶行のポイントで待ち伏せ、犯人を捕まえることができるからだ。
少し聞いて回ったところ、事件の概要などは村の自警団詰め所にあるということが聞けたので、それを読ませてもらった。
拙者はその事件の情報とともに、第一の現場へとむかう。
文字での情報としての確認だけでなく、現場も実際に見てなにか感じることもあるだろうと思ったからだ。
第一の現場は、村のはじを走り、大街道を通る村の中心部と村とを隔てる川の向こう側だった。
村の中でもあまり人が通らず、しかも茂みや岩などの隠れる場所の多い、辻斬りを行うために隠れるとすればもってこいの場所である。
被害者が倒れていたという場所を調べる。
被害者はここから山の方へとむかうきこり。その日の夜帰り道に襲われたようだ。道の真ん中で、真正面から右肩から脇にかけて斬られたらしい。
拙者は、正面から斬られたというのが気になった。
被害者はは防御も抵抗もしたそぶりもなく斬られていた。それは相手が真正面にいて、斬られると思っていなかったことの証である。
となるとこれは……
いや、まだ結論を出すのは早いだろう。
単純に呼び止め、後ろをむいたところを斬ったという可能性だってある。体は帰宅方向を向いて斬られているからその可能性は薄そうだが。
自分の中に芽生えた仮説を保留し、拙者は次の現場へとむかった。
次は村の中心部に少し近づいた、川のこちら側だった。
川ぞいにある被害者の家に向かうための農道。そこで次の被害者が出た。
被害者はその日の農作業を終え、村の中心にある酒場で酒を飲み、ほろ酔い気分で帰宅途中に襲われたのだそうだ。正直言って、危機感が薄かったとしか言いようがない。
いくら自警団が作られ見回っていたといっても、一件目の犯人が捕まっていないうちに……いや、ここでこれを言ってもせんなきことか。
ともかく、被害者は家に帰る途中の農道でまた真正面から斬り殺された。
現場に立ち、辺りを見回すとその周囲には畑と川しかなく、とても見晴らしがよかった。
待ち伏せされていたのならば気づくだろうし、あとをつけられたとしても隠れる場所がない。
斬られた方向は被害者がむかっていた方。つまり、犯人は向かう方から現れたか、待ち伏せしていたことになる。
となれば、堂々と被害者を待っていたことになる。
その日の天気は晴れ。月明かりも出ていたと事件の報告書にはあった。
こんな場所で堂々と凶行を行うとは、一度目の犯行で犯人はある種の自信をつけてしまったのだろうか。
遠距離からの斬撃という可能性も残るが、そうでないとすれば、そこまで近づいても警戒されない人物ということになる。
となれば、やはり……
仮説がどんどんと現実味を帯びてゆく。いや、最初からこの可能性しかないのだが、どんどんと確定してゆく。
高くなった可能性にため息をつきながら、最後の現場へと向かった。
最後は、この村の中心部に近づいた畑と宿場の境目で起きた。
犯人は、人通りの少ない場所から、どんどんと人気の多い場所へと近づいてきているのがわかる。
これを見て、拙者でなくとも早くなんとかしないといけない。と焦るのも当然と言えるだろう。
二度目の辻斬りがあり、この頃には村でも夜出歩く者はほとんどいなかったという。
被害者は、その辻斬りを捕まえようと見回りをしていた自警団の男だ。
二人一組で見回りをしていたが、一人が靴ヒモを縛りなおしている間に先に行ってしまい、カドを曲がった先でどさり。という音を聞きむかうとその自警団員は斬られて死んでいたのだという。
声を上げる間もなく、無意識に防御のため手を上げた腕ごと左肩から股下まで斬られていたというのだから、相手の剣の腕もさることながら、その武器の切れ味もすさまじい。確かにこれなら、その武器が伝説のサムライの刀だという憶測も生まれるだろう。
事件はこの三つ。三件とも間違いなく同一犯だ。そして、悲鳴をあげる暇さえなく相手を斬り殺していることから、犯人は被害者が犯人だと思っていなかった人物。つまり、知り合い。この村の人間が犯人なのは間違いない……!
最初からほぼ確定していた事態だったが、改めて思うと気が重い。拙者ですらそう思うのだから、村の者達はもっと気が重いだろう。この大きさの村では、村の者全員が知り合いと言ってもいい。その中に犯人がいるというのだから、山を越えて斬撃を放てるサムライを犯人と仕立て上げたくなる気持ちもわからなくはなかった。
しかし、それはただの現実逃避でしかない。
だが、逆に言えば、村の者でない拙者ならば犯人に対して油断することもなく対峙できるという意味でもある。
今現在三人もの被害者を出したことでこの村は夜間に外出する者はほとんどいない。あるのは自警団の見回りだが、三人目の被害者に自警団員がでたことで、皆および腰なのだという。
このことからも、自警団がツカサ殿を疑った理由もうかがえる。ツカサ殿を見張るという名目があれば辻斬りのいる村を見て回らなくてもいいわけだからな。
なかなかせこい。と思いつつ、拙者には好都合だと思った。
村の外を出歩く者が少なければ、拙者がその辻斬りと出会う可能性が高くなるからだ。
旅人も辻斬りを警戒してこの村の宿には泊まらず、足早にこの地を去るというのだから、あと襲われる可能性があるのは無謀にも出歩いてしまった愚かな村人か、運悪く夜にこの地へ足を踏み入れる旅人ぐらいである。だが、それらは拙者ではどうやっても阻止することはできぬので、来るなと祈ることしかできないだろう。
あとは、犯人が今日の夜実行するかどうかにかかっている。しかしこれも、高い確率で起きるだろうと予測ができていた。なぜなら犯行への間隔がどんどん狭くなっているからだ。一週間前に起きたのが第一の事件。次がその四日後。そして三件目がその二日後だ。となれば、四度目は今日、明日にも起きるのは間違いないだろう。
問題は、場所である。
三件の事件現場を見て回ったが、結局その場所に大きな共通点は見つけられなかった。むしろ犯人はどんどん人の目を気にしなくなっている傾向もある。
唯一の共通点は、夜、一人でこの村の中を歩いているという点だけ。
この点においても犯人は村の者という可能性を濃くさせる。この犯人は誰かに目撃されれば自分が誰か、村の者に即座にわかってしまうということを意識しているからだ。
こうなったら、夜に人気のないような村の道から宿のある通りまでを一人で歩いて回るしか手はないようだ。
あとは、拙者という餌に見事犯人がかかってくれることを祈るしかない。
そして、ツカサ殿の無実を証明し、拙者はツカサ殿の弟子に……ぐふふっ。
拙者は素敵な未来に思いをはせ、力いっぱいにこぶしを握った。
「……マックス? ひょっとして君はマックスなのか?」
「むっ?」
背中にむけられた声に、拙者は振り返る。
拙者はその男の声に聞き覚えがあった。
振り返り、やはりと思う。
そこには拙者と同年代の、線の細い男が立っていた。
ブラウンの髪に、整った顔立ち。拙者は、彼を知っていた。
「おお、ジーニアではないか!」
拙者は、手に数冊の本を持つ男の名を呼んだ。
彼は、かつて拙者とともにサムライを目指し修行した仲の男だ。
拙者がサムライより刀のツバを承ったのと同じく、このジーニアも刀の柄をサムライにもらい、それが元で拙者達はサムライを目指し、出会い、意気投合し二年ほど修行の旅をしながら互いに切磋琢磨した。
「ひさしぶりではないか。わかれてもう何年になる?」
「もう四年になるよ。君はまだ、変わらずサムライを目指しているのかい?」
拙者の姿を頭の先から足の先まで見て、どこか呆れたようにつぶいた。
「もちろんだとも! 拙者は今ちまたで噂のサムライ殿に師事をあおぎ、サムライへの道を歩んでいる。今の拙者はまさに今までの人生の中で最も充実している。そう、拙者は今間違いなくサムライ坂を登っておる!」
「……坂って」
ジーニアはどこか呆れたよう苦笑いを浮かべていた。
むう。昔ならばサムライの話題となれば大喜びでその話題に飛びついてきたというのに。
「そうだ。サムライ殿も今こちらに来ておられる。せっかくだ、会いに行かぬか!」
ならばと、昔のジーニアならば間違いなく食いついてくる提案を拙者は言った。
「……いや、遠慮しておくよ。残念だけど、僕はもう、その夢は諦めたのさ。今はこの村で、子供達に学問を教える先生をしている」
ジーニアはすまなそうに手に持った本を持ち上げた。
「そうか。それならばしかたがないでござるな」
そういえば、ジーニアはさっき「まだ」と言っていた。それは、こういう意味だったのか。ジーニアは、拙者と別れたのち、夢を諦めてしまったのだ。
拙者はそうか。とだけうなずき、少しだけしょんぼりとした。
なぜか。は聞かなかった。理由は色々とあるだろう。むこうから言ってくれなければ、拙者は聞こうとは思わない。
しかし、残念だ。ジーニアは拙者と同等以上の剣の腕を持っていた。だからサムライにその柄を託されたと言っていたし、なにより昔はあんなに情熱にあふれていた。彼ならばツカサ殿に師事を受ければ間違いなくサムライの力を開花させていただろうに、本当に残念でならない。
「そうだ。ひさしぶりに会ったのだ。せっかくだから夕飯でも……」
「ああ。一緒に。と行きたいろころだが、今は状況が状況だ。日が落ちるまでに家に戻らなければいけないからね」
「あっ……」
ひさしぶりの再会に興奮した拙者は、現状をうっかり失念していた。
村に辻斬りが出るのだ。夕飯を食べ話をしていれば夜道を歩くことになる。ジーニアを送れば問題は解決するが
、そうなると今度は拙者の囮作戦が使えなくなってしまう。その間に別の誰かが襲われたりしたら、拙者はその選択を後悔することになるだろう。
「そうであった。拙者は今その辻斬りを解決するのが第一目的であった! 今拙者の師、サムライのツカサ殿がなぜか犯人として疑われているのだ。それをどうにかして晴らさねばならん!」
「そうなのかい?」
「ああ。村の者が辻斬りの恐ろしさのあまり、ツカサ殿を監視している。その疑いを、拙者がはらす! であるから、この事件が終わった後、ゆっくりと積もる話をしよう!」
拙者が親指を立てると、ジーニアはにこりと笑った。その柔らかい笑みは昔と変わっていないように思えた。彼のこの笑みに街の娘が何人も悲鳴を上げていたのを覚えている。
「そうだね。君ならきっとそのサムライの無実を証明できるよ。がんばって」
「応!」
拙者は今度は拳をつくり、ジーニアの拳とぶつけ合わせた。
日の入りもせまり、夜の帳がおりてきたゆえ、拙者はジーニアを送っていく。
彼の家は村はずれのところにあった。ここから村の中心近くにある女神ルヴィアの神殿へ出向き、子供達に授業をしているのだという。
サムライを諦めたといっても、ジーニアは教え上手なところがあった。きっと皆から「先生」と呼ばれ慕われているに違いない。
実際、夕方急いで家路につく村人に「先生、今日もありがとうございました」や「さようなら」と声をかけられ慕われていた。
こうして隣を歩いてみると、どこか少しだけ誇らしく感じる。
しかし、昔はもっともっと熱く、辻斬りがいるのならば自分が退治してやると言い出すくらい熱い男だったが、サムライを諦め、ずいぶんと落ち着いてしまったようだ。感慨深いような、さびしいような。少しだけ残念にござる。
ひょっとすると、サムライを諦めたのは剣をもてなくなった。という理由なのかもしれない……
ジーニアを家に送り、村にある宿兼酒場で夕食と軽い仮眠をとった。
宿の者によれば、今日の泊り客はいないとのことだった。これで、出歩く者はほぼいないだろう。
あとは、拙者という餌にひっかかってくれるのを待つしかない……!
夜の帳がおりた村に、拙者は足を踏み出した。
さあ、辻斬りよ。勝負だ!
……この時すでに、拙者には予感があった。
この辻斬り事件の犯人が、何者なのか。という……
──ツカサ──
夜。俺達は相変わらず広間の中心にいて、その周囲を村長さん率いる自警団の人達によって円陣包囲されていた。
正直することがないので、夕飯をご馳走になったのち、俺は用意された布団にごろりと横になっている。
ベッドではなく、床の上にわらとシーツをしいたようなものだ。
リオも俺のすぐ近くにいて、オーマも近くにあるから会話をする分には困らなかった。というか、犯人と疑っている俺の近くに刀あっていいのか? と何度も思ったが、口にはしなかった。
なにもしなければ、自警団の人達はなにもしてこないから。
じーっと円陣を組まれて監視されているが、正直余裕である。
だって、辻斬りが出る村で俺の周りには眠らずガードしてくれるボディーガードが十人もいて、その上辻斬りを捕まえてくれとか言ってこないのだから。
正直言うと、辻斬りが出るということで身の証を立てたければ辻斬りを倒してこいとか言われるかと思ってドキドキしていたくらいなんだから。
だから、こうして俺を取り囲んで守ってくれる上、マックスが事件解決のため動き回ってくれるとか、むしろ超好待遇としか言いようがない。
だから俺は文句も言わず、どちらかといえば上機嫌でわらベッドの上でのんびりごろごろしているというわけである。
ただ、することもないので、このままぐっすり寝てしまおうかと思ったんだけど……
「じー」
「……」
円陣を組んだ村長さん達が、じっと俺を見ている。周囲三百六十度から視線が飛ばしている。監視というのだからこうして凝視しているのはかまわないんだけど、気になることが一つ。
「あの……」
俺は、どうしてもそれを指摘しないと気がすまなかった。なにせ俺の安全に関わる。
「お気になさらず。そなたが犯人でないようじっと監視しているだけですから」
「いや、それはいいんですけど……」
村長がじっと俺を見つめながら言うのに対し、問題はそこじゃないと俺は口を開く。
「全員で俺を見張るのはいいんですが、それだと明日の朝まで持たないんじゃ?」
「ああぁぁぁ!」×10
十人全員が目をとんでもなく見開いて驚いた。
なんということでしょう。全員が全員一晩中起きて俺を監視している気でいたのです。
俺はリオと視線をあわせ、呆れるように肩をすくめるしかなかった。
この人達、辻斬り騒ぎで色々視野が狭くなってるよ。お願いだから俺を守るためにもちゃんとシフトをしいて監視してくださいよ! 当然、俺の安全のために!
結局時間制で五人ずつにわかれて二交代することになったらしい。
ふー。これで俺が寝ていても周囲に必ず起きている人がいる。ちょっと明るいけど、安全には変えられない。俺は安心してぐっすりと眠れると思い、そのままわらベッドに寝転がった。
周囲を気にして眠る必要がない。という安心感のためか、俺はそのままぐっすりと眠ることができましたとさ。
──マックス──
夜の帳もおり、シリルレリル村は夜の闇に包まれた。
昼間はあんなに晴れていたというのに、今はどんよりとした重い雲がかかり、月明かりはほとんど期待できない絶好の辻斬り日和となっていた。
村の外を歩く者は拙者以外誰もいない。村人は当然日が落ちれば家の戸を硬く閉め、夜が明けるまで家でおとなしく息を潜めるだろう。
村の守り役である自警団はツカサ殿の見張りということで今日は外の見回りはせず、村長の家にこもっている。外を歩いている生き物はいたとしてもせいぜい犬、猫の類だ。さすがの辻斬りも彼等を狙うということはないだろう。
犬猫を狙うくらいならば、むしろ拙者を狙えというものでもある。
あとは、辻斬りが姿を現すのを祈るのみ。女神ルヴィアに小さく祈りを捧げ、拙者はランタンを持ち、夜の闇の広がった道を歩き出した。
さあ、姿を見せよ辻斬りよ!
そう意気ごみ、あっちへフラフラこっちへうろうろと村の中を歩き回るが、数時間たっても辻斬りは現れなかった。
今村の中を歩いているのは間違いなく拙者しかいないというのに、まったく欠片も辻斬りは姿を現さない。
拙者という餌では不満なのだろうか?
そんなことを考えていたその時……
「っ!」
拙者はさっきまで歩いていた場所から大きく後ろに飛びのいた。
きん。と拙者の持っていたランタンが真っ二つになり地面に落ち、その灯りは姿を消した。
闇の中。拙者の前になにかが立ちはだかる気配が感じられる。
かかった。
拙者は目の前に現れた何者かの気配に、そう思った。
見事に辻斬りがつれたのだと確信したからだ。
重く空に張り付いていた暗雲が薄くなり、月が顔を出しその光が拙者達を照らし、辻斬りの姿を暴き出す。
……そんな予感は、していた。
辻斬りの姿を見て、拙者が最初に思ったのはそんなことだった。
拙者の前に現れ、斬りつけてきた辻斬り。その正体は、それこそは、昼間ひさしぶりに再会したジーニアその人だったのだから……
あれほど見事に人を斬れる剣の腕。村の者に辻斬りと疑われないほど慕われている者。それらの条件に、ジーニアは見事当てはまっている……
拙者は腰の剣に手をかけ、ゆっくりと口を開いた。
「……なぜ、おぬしが」
「ふふっ。なぜ。なんていわないでくれよマックス。予感がしていたくせに。僕が、ここに来ることを確信していたくせに。この僕を辻斬りだと疑っていたんだろう? この一週間、人を三人も殺した殺人者だと!」
利き手ではない左半身を拙者の方にむけ、武器を持つ利き手を後ろに下げ、その武器の形を隠した形で構えながらジーニアはにやりと笑う。
ジーニアは、自分がその辻斬りじゃないと否定はしない。
その姿は、拙者の知るジーニアの顔ではなく、人を斬ることに快感を覚えた殺人者の顔でしかなかった。
なぜ? の答えとしては、十分な答えであった。
人を殺す快楽に目覚めた。剣士として最低の存在になりさがった。それだけだ……
「いいや、違う……!」
拙者がただの殺人者になりさがったとジーニアを見た瞬間、激昂したような声が響いた。
「違うぞマックス! 僕がこうしたのは、そう、お前のせいだ!」
「なに?」
「聞いたよ、武闘大会の活躍を。そして、知っていたよ。君がサムライと旅をしているという噂を!」
どうやらジーニアは、拙者にサムライと旅をしていると拙者の口から聞く前に、すでに知っていたようだ。
だが……
「それが、なぜ、こうなる……?」
わからない。それがなぜ、この凶行につながる?
「わからないのか!? そうだ。お前はいつもそうだ! お前はいつも、まっすぐ前だけを見て平然と夢に向かって歩いている。お前と旅をして、お前のそのまぶしさを見せられ、僕は夢を諦めたというのに、どうしてお前はまだ夢を追い続けている! だから、斬り殺してやった!」
「なっ!?」
ジーニアの言葉に、拙者は耳を疑った。
拙者と旅をしたから、ジーニアはサムライになるという夢を諦めたというのか? それでいて、拙者がまだサムライになる夢を諦めていないのが気にいらないというのか? だから、辻斬りを行ったと!?
「目の前にいたきこりを斬り殺したら、とっても気持ちがよかったんだよ。とてもすっきりした。すべて、これは君のせいだ」
「……それを、拙者のせいというのか」
「ああそうさ! 全部お前のせいだ! お前が夢を諦めていないから。お前がサムライとであって夢をかなえようとしているから! 僕がサムライを諦めたというのに、お前が夢にどんどん近づいていること。それらすべて、お前が悪い! 悪いから、僕は人を殺した!!」
「ふざけるな!! 拙者のせいなど明らかに詭弁! 夢を諦めたのも、人を斬ったのもすべて自分の意思ではないか! ともにサムライを目指したというのに、どうしてこうなった!」
「うるさい! 恵まれたお前になにがわかる!」
「ああわからぬ! それで拙者に来るのでなく、なんの関係もない村の者に手をかけるなど逆恨みですらない! 他者への嫉妬にかこつけた欲望の発露ではないか! そのような詭弁で、拙者が動揺するとでも思ったか!」
拙者は見抜いていた。ジーニアの言葉は拙者を動揺させるために発せられた言葉だと。
ことの真偽はわからぬが、あのような筋の通らぬ逆恨みの理論などに心を動かされる拙者ではない!
ジーニアはただ、人を殺した理由を拙者に無理やりこじつけているにすぎない!
「はっ。相変わらずだなお前は。まっすぐに、ただひたすらに正論を吐く。それでいて、まったく折れずにそのまま進む! 気にいらない。気にいらない!」
激昂するように、拙者の方に向けた左半身の足で、じだんだを踏むように地面をけりつけた。
危うい。なんて危うい言動なのだ。これは、本当にジーニアなのかと思うほど、その言動は子供のようであり、感情的であった。
「だが……」
拙者の方を睨み、にやりと笑う。その笑顔は、両の唇を吊り上げ、なんとも不気味な笑顔だった。
「これを見て、お前は平静でいられるかな……?」
ジーニアは背中に隠していたそれを、拙者の方へと突き出した。
体を拙者の正面へと向け、隠れていたそれを両手でかまえその切っ先を拙者の喉下へ向ける。
顔を出した月光が、その刃にきらりと反射し、煌いた。
拙者はそれを、知っている……
それは……
それこそは……!
──刀!!
さすがの拙者も、目を見開き声も出せず驚いてしまった。
しかし心の中で否定の声もあがる。そんなわけはない。あれは、模造刀。サムライの武器をまねた、よくあるただのまがいものだと。
『殺せ。コロセ。ころせ……!』
拙者が、そうであって欲しいと願った願いは軽々と打ち砕かれた。
カタカタとツバをならし、刀が喋る。
なんとまがまがしい気配か。だが、その雰囲気は、まさしくオーマ殿と同じものだった!
すなわちそれは、本物の刀! サムライの刀だ!
「はははっ。驚いたか! そうさマックス。僕は手に入れたんだよ。お前を超えてサムライになったんだ! だから、安心して僕に斬られろ。そうすればお前の師匠は無実だと証明される。言っただろう? お前がサムライの無実を証明するって。ここでお前が斬られれば、村長の村で監視されているあのサムライは無実と証明される! さあ、僕に殺されておくれよ!」
ジーニアは声を上げ笑い、襲い掛かってきた。
刀というサムライの武器を目にし、拙者は思わず動揺してしまった。なぜ刀を持っているのか。どこでそれを手に入れたのか。様々な考えが頭をよぎり、昔よりもさらに鋭くなったジーニアの動きに拙者の動きが追いつかない。
ま、まずい。この動揺は、まずい……!
──オーマ──
夜もふけ、村長の家の広間でおれっち達は相変わらずごろごろしていた。
自警団のヤツ等も交代で相棒を監視しているし、リオも緊張したように相棒を凝視するヤツ等を警戒している。
この中でぐっすりと寝ているのは相棒だけだ。
ったく。一番疑われているってのにわざわざ包囲の穴まで指摘して、その上でぐっすり寝ているんだからその胆力はさすがとしか言いようがねーぜ。
あとは明日魔法使いが来て相棒がやってねぇってのを示してくれりゃ万事解決だな。まあ、相棒のことだから、その後犯人探しをするんだろうけどよ。
……いや、ひょっとすると相棒には犯人の気配がすでにわかっているのかもしれねーな。
だとすりゃあ、無実がわかったとたんに犯人もわかって万事解決。なんてなるかもなぁ。明日が楽しみだぜ。
しっかし、最近あの猫型の暗殺者を夜中警戒しすぎて、夜型生活になっているからまだ眠くねぇや。今日も村長宅の屋根の上で相棒の隙を狙っていやがるし。今夜もこのままおれっちと睨みあ……っ!?
おれっちは、驚いた。
な、なんだこの気配!? こいつは、刀だ! どっかで刀が姿を現しやがった! しかもこの禍々しい気配はただの刀じゃねえ。妖刀だ。
いきなり姿を現した妖刀の気配に、おれっちは困惑した。
妖刀ってのはおれっちと同じ刀だが、歪んだ魂によって生み出された人に害なす邪悪な刀だ。そんなものがここにあるってのに、なぜ今までおれっちが気づかなかった!
深くサーチを行い、理由を探る。するとすぐにその原因がわかった。
なんてこった。こいつは生まれたばかりで自我さえまだ完全に生まれていない刀じゃねーか! 力も不安定で、常に存在を発揮していない。これじゃさすがのおれっちも刀の力を使われるまでさすがのおいらも気づけねえ。これが、理由か!
しかも、妖刀の反応の近くにはマックスのヤツがいる。相手が妖刀だとすれば、刀をもたねぇマックスじゃ勝ち目がねぇぞ!
がばっ!
おれっちがそれを感じた瞬間、相棒も目を開いて体を起した。さすが相棒。そんなに早く気づかれちゃ、おれっちの立場ってモンなくなるぜ……
っと、そんなことを言っている場合じゃねえ。
『相棒! 大変だ妖刀だ。妖刀が出た! こいつが辻斬りに違いねえ! 今マックスと戦っている! このままじゃマックスのヤツが大変なことになる!』
「なんだって!?」
おれっちの言葉に声を上げたのはリオだった。リオだけじゃなく、辻斬りという言葉に周囲の自警団のヤツ等も飛び上がって驚く。
相棒が事態を把握しているのはわかっていたが、まわりのヤツ等にも教えるためおれっちは声を大にした。
相棒だけがおれっちの言葉を聞いて即座に立ち上がり、おれっちを手にして駆け出した。
辻斬りという言葉で唖然としている自警団のヤツ等を尻目に、外へと出てゆく。
リオも駆ける相棒のあとを追って走り出してきた。
「あっ、ちょっと待て!」
少し遅れて、自警団も。
「オーマ、ナビを頼む」
『まかせろ!』
マックスのいる位置を教え、相棒はそちらにむかって一直線に駆ける。
「な、なあ!」
『なんだよ!?』
後ろを走るリオが声をかけてきた。
「ヨウトウってなんだよ!?」
『歪んだ魂を刀に宿しちまった悪い刀だよ。詳しいことはあとで説明してやる!』
すっげぇ簡単に説明し、おれっちはナビを再開する。
現場に到着した直後、月明かりの下で戦うマックスと妖刀使いの姿があった。
戦況は、マックス劣勢である。
くそっ。あの妖刀。生まれたばかりで自我もねえ癖に『力』だけはありやがる。おれっちが地形を把握したり、あったことのある人間の位置がわかるように、あの妖刀も使用者の能力を上げる『力』がある。
あの使い手の方もマックスには劣るがその能力は高い。ゆえに、総合してマックスが押し負けているようだ。
ガキィン!
マックスの剣がその手から弾き飛ばされた。宙に舞った剣が真ん中から真っ二つに折れて地に落ちる。
マックスの武器が、使い物にならなくなった。このままじゃ、やべえ!
「マックス!」
相棒が、叫んだ。
同時に、相棒はおれっちを大きく振りかぶった。まるで、投げるためのように。
ちょっ!?
「お前が勝たなきゃダメなんだ!」
相棒の声が響く。
宙を舞うおれっちも、マックスもこの相棒の言葉が聞こえた瞬間、相棒がなぜおれっちを投げたのか理解した。
相棒はきっと、あの瞬間でマックスの状況をすべて理解したんだ。
だから、自分が直接辻斬りを倒すんじゃなく、マックスにまかせた。おれっちという援軍を送るだけで。
きっと、マックス自身で勝たねばならない理由があるに違いない。ならばしゃーねえ。ちょっとだけ力を貸してやるか!
おれっちは気合をいれ、相棒の手から離れ、マックスの元へと飛ぶ。
とどめを刺そうとして妖刀を振り上げた辻斬りが、おれっちが飛んでくるのに気づいた。相棒が投げたコースはあの辻斬りをかするような位置。ゆえに危険を感じた妖刀使いは後ろへととびおれっちをかわした。
さすがだぜ相棒。マックスを助けるのと同時に、おれっちを渡すんだからな。
そのままおれっちはマックスの手に収まった。
『聞いたかマックス! ちょっとだけおれっちを貸してやる。だから、絶対に勝て!』
「はいっ!」
マックスが威勢よく返事を返し、おれっちを引き抜いた。
──どぐん。
この瞬間、おれっちはマックスの中からあるものがわきあがったのを感じた。
こいつは……、こいつは『シリョク』の片鱗!?
サムライの技の根幹を司るすべての根源。そいつが、マックスの中でわきあがろうとしていやがる!
マックスの動きが変わる。おれっちを持ったことでマックスの中に眠っていた『シリョク』が目覚めつつあるってぇのか!
おいおい。相棒はこれもわかっていておれっちを貸したってのか? だとすれば、相棒はなんてお人なんだ……!
──マックス──
最初の動揺による攻撃はなんとかしのいだが、拙者はどんどんとジーニアに追い詰められていた。
ジーニアの剣の鋭さも、動きも、すべてが拙者を上回っている。
動揺が続いているというだけではない。拙者の知るジーニアの動きより、さらに切れがよく、さらにその一撃の重さも増している。
これでサムライを諦めたと言ったのだから恐れ入る。
なんとか防御に徹しているが、拙者は徐々に追い詰められているのは確かだった。
「もらった!」
激しい斬撃とともに、拙者のロングソードが折れ弾き飛ばされた。
振り上げた刃が拙者を狙う。
「マックス!」
ジーニアの背後からツカサ殿の声がした。
「お前が勝たなきゃダメなんだ!」
同時に、暗闇を切りさき飛ぶ棒状の物が見えた。
あれは……!
飛来するそれをジーニアが体をひねり、横をむきながらバックステップでかわす。
そのまま拙者へ迫るそれを、拙者や手を伸ばして受け取った。
手の中に納まったそれ。
それは、オーマ殿。つまり、サムライの刀だった!
それを見た瞬間。オーマ殿を託された意味が理解できた。
さすがツカサ殿。あの一瞬を見ただけですべてを見通したのだろう。いや、ひょっとすると最初から気づいていたのかもしれない。なにせツカサ殿は拙者が別行動をする時、気をつけろと言っていたのだから!
だから、この戦いは、このジーニアの過ちは、拙者がとめなければいけないと言ってくれたのだ!
『聞いたかマックス! ちょっとだけおれっちを貸してやる。だから、絶対に勝て!』
「はい!」
オーマ殿の言葉に、拙者は威勢よく返事を返した。
ツカサ殿が拙者を信じ、オーマ殿を託してくれたということは、その敗北は、すなわちツカサ殿の敗北となる。
ならば、負けられん!
そう思った瞬間、拙者の体が羽のように軽くなり、さらに力が今までとは比べ物にならないくらい強くなった。
ひょっとしてこれが、刀を持つという意味! これならば、勝てる!
オーマ殿を引き抜き、間合いを一気につめる。
「ばっ、バカな!」
ジーニアの悲鳴にもにた声が、空に響いた。
──ツカサ──
ぐっすり寝ていたら、夢の中ですっころぶ夢を見て足がびーんとなって目が覚めた。
もうびくぅと跳ねるように起き上がってしまったよ。
いやはや恥ずかしい。
『相棒! 大変だ妖刀だ。妖刀が出た! こいつが辻斬りに違いねえ! 今マックスと戦っている! このままじゃマックスのヤツが大変なことになる!』
「なんだって!?」
恥ずかしいと思っていたら、オーマが突然声を上げた。
俺が声を上げるより早く、リオが驚いた声を上げていた。でも、おかげで俺はその言葉で反射的に行動を開始してしまった。
辻斬りが出て、このままじゃマックスが大変て一大事じゃないか!
俺はオーマをリオからもぎとって外へと走り出した。オーマにナビをまかせ、マックスのいる場所へ走る。
なにやってんだよマックス! 辻斬りと見事相対しているのはグッジョブだが、絶対勝って捕まえてくれないと困るんだよ!
お前が負けたりして俺の無実が証明されたら、次にその辻斬り退治のおハチが回ってくるのは間違いなく俺になる流れになっちまうだろうが!
そんなの絶対お断りだからな! だからマックスには絶対勝ってもらわなきゃいけない。なんなら俺が後ろから石を投げて援護するから! 絶対、絶対に勝ってもらうから!
俺は起きたばっかりのせいか、頭がちゃんと働いておらず、半分テンパリながら、マックスの元へとむかった。
後で考えれば下手に辻斬りに近づいてすっぱり斬られる可能性とかあっただろうけど、その時はまったく気づかなかったのである。
オーマのナビで、現場に到着する。
そこには、月明かりの下で戦うマックスと辻斬りの姿があった。
素人の俺が見てわかるほどマックスが劣勢な状態だった。
しかも、俺が到着した直後、マックスの手から剣が吹き飛ばされた。
それは衝撃で真っ二つに折れ、もう使い物にならない。マックスの武器は、失われてしまったのだ。
「マックス!」
こいつはやべえ。と思った瞬間、俺の体は動いていた。だって、あのまま負けちゃったら次は俺の番なんだから!
「お前が勝たなきゃダメなんだよ!」
直後、俺はそう叫びながら、オーマを辻斬りに向けてぶん投げていた。
石なんか拾っている暇もなく、手に持っていたのがオーマだったからだ。
これでマックスが体勢を立て直せば……!
と思っていたら、辻斬りはあっさりオーマをかわした挙句、危うくマックスにオーマが当たるところだった。
でも、結果オーライ。武器を失ったマックスに刀がわたったんだから。そう、結果オーライ!
オーマを抜き放ち、マックスが刀をかまえる。
さすが武闘大会優勝者。刀を持つ姿も様になっている。そしてその時やっと気づいたんだけど、マックスの相手もなんか刀を持ってる? 夜の闇の中で動き回っているからよくわからないんだけど、たぶん刀だよね?
「%&$#@!!」
「#$%&!&%@@**!」
自警団の人達が追いついてきたけど、オーマを手放していたから言葉さっぱりわからなかった。
「&%$##@*@*!」
リオがなにか言って自警団の人達が驚いているけど、なにを言ってるのかさっぱりだ。
なので俺は、終わってオーマが帰ってきてくれるのをじっと待つしかなかった。
そして、刀を持ったマックスと辻斬りとの戦いは、実にあっさりと勝負がついた。
────
ツカサが刀を投げ、マックスがそれを受け取り引き抜いたところで、ツカサを追ってきたリオと自警団達も追いついてきた。
マックスと対峙する刀を持ったジーニアを見て、自警団の男達は驚きの声を上げる。
「あ、あれは先生じゃないか!?」
「本当だ。なんで先生がサムライの刀のようなモンをもって斬りあいなんかを!?」
「なに言ってんだよ。あいつが辻斬りだ!」
自警団の困惑に、リオが声を上げた。
それを聞き、自警団員達は驚きと困惑の表情を浮かべた。
それもそのはずだ。この村に住むジーニアという学問の先生は、温和で、このようなことを引き起こすような男とはとても思えなかったからだ。
だが、自警団の男達に気づかず、声を荒げ怒りの表情を浮かべるそれは、普段のジーニアからは想像できないほど荒々しい。
さらに、その手に持つ刀からは……
『コロセ。殺せ。ころせ……!』
時折、呪詛のようにつむがれる言葉が放たれていた。
それを見て、聞いた自警団の者達は、オーマが言っていた『ヨウトウ』というものがなんなのか悟った。
そして、この村を恐怖のどん底に陥れていた辻斬りの正体にも、気づいてしまった……
「そ、そんな……」
やっと追いついてきた村長も、信じられんと地面に腰を抜かした。
「きええぇぇぇ!」
奇声をあげ、鋭い気勢とともにジーニアが刀を振り下ろした。
オーマを手にし、それを完全に見切っていたマックスは体を横にし、かわす。
ぎりぎりの見切り。リーゼントをかすめ鼻先を通過したそれにあわせ、マックスはオーマを振り上げる。
妖刀が振り下ろされたそこにあわせ、マックスは渾身の力をこめオーマを振り下ろした!
銀のきらめきが月明かりに反射し、オーマは妖刀の背にぶつかる。
バキィンッ!
という音を立て、ジーニアの持つ妖刀はその刃の根元から、ぽっきりと折れた。
「なっ!?」
ジーニアは信じられないという表情を浮かべながら、その一撃の威力によって体が前にひっぱられ、地面に膝をついた。
ちゃきりと、地面に膝をつくジーニアの喉にオーマがつきつけられる。
「もう、終わりだジーニア。動かば、斬る!」
その言葉に、迷いはなかった。下手なあがきは無駄だ。そう、ジーニアは悟る。
「先生、あんた、どうして!」
「なんで先生が!」
戦いが終わり、自警団員が信じられないという声を上げながら近づいてきた。
マックスは手を上げ、それ以上は近づくなと手で制す。皆の安全を考えた行動だった。
近づこうとする自警団に気づいたジーニアは、驚いた表情をあげ、彼等を見た。
震える瞳をゆらし、ジーニアは言い訳をするように口を開く。
「違う。違うんだ……」
ジーニアは刃が折れ、柄だけになった刀を捨て、自警団に向け震える手を広げた。
「違うんだ。これは、僕のせいじゃない。あの刀が、あれが僕をそそのかしたんだ! だから、僕は悪くない! そう。悪いのは全部、あの刀だ! マックスに僕も助けてもらったんだ!」
がたがたと震えるように、口をゆらし、ジーニアは必死に自分のせいじゃないと否定する。
だが……
『いいや。この事件はすべておめーのせいさ』
「っ!」
喉元で発せられたオーマのきっぱりと言い放った言葉に、ジーニアの動きがとまる。
『妖刀にそそのかされたとか、操られていただとか主張してえみたいだが、そいつは違うぜ……』
オーマの静かな言葉に、皆の視線が集まった。
ツカサもオーマの言葉だけは理解できるので、そちらをむいた。
その時のツカサの態度はまるで、すべての事情をすでに知っており、その説明を自分の相棒に任せたような態度に見えた。
『お前が持っていた刀。あれは、お前の半身だ。もう一人の自分だったんだよ』
「なっ!?」
「どういうことだ?」
驚くジーニアに、同じく理由がわからないマックスも説明を求めた。
『サムライの刀ってのはな、つくる方法が二種類あるんだ……』
オーマがゆっくりと、刀の説明をはじめる。
刀を作るには、二つのやり方がある。
一つは、刀を作る刀鍛冶が刀の材料である鋼を鍛え、そこに魂をこめるという方法。
鍛冶の鍛える刃に魂を宿らせ、その魂が喋る刀となる。
『こうして生まれたのが、おれっちだ』
そこまで語ると、どこか誇らしいようにオーマの刀身がきらりんと光ったように見えた。
もう一つは、サムライの魂を具現化するという方法だ。
刃の受け皿となるツバや柄を肌身離さずもち、そのサムライの魂を、想いをそれに宿らせることによってそのサムライの意思が刃となる。
『刀はサムライの魂。そう聞いたことのあるヤツもいるだろ? あれはこいつが元になっているのさ』
オーマの言葉に、数人の自警団とマックスが聞いたことがあるとうなずいた。
この二つがこの世界における刀を生み出す方法であり、どちらにも一長一短の特徴がある。
前者は刀鍛冶の腕によって自由自在な力を刀に宿すことができ、使用者を問わず使うことが可能だ。さらに時代を超え、世代を変え何代にもわたって刀を受け継ぐことができる。
後者は自身の分身とも言える刀との相性は抜群であり、その威力は絶大となるが、歪んだ魂が宿ることにより邪悪な妖刀を生み出しやすく、なおかつよほど相性のよい後継者が現れない限り、その刃は一代限りで失われてしまう。
『今回の辻斬りで使われた刀が生み出されたのは、後者の方法だ』
「そういえば、確かにジーニアはかつてサムライに刀の柄をもらっていた!」
『そう。そうして生み出されるのはそいつの魂を受け継いだ、サムライの分身! その性根はそいつをうつした鏡なんだよ! それにそそのかされたって言うのなら、それは自分で自分にそそのかされたってことだ! おめーはな、自分の望む自分の声に従っただけなんだよ!』
「なっ……!?」
オーマの指摘に、ジーニアはおろか、すべての者達は絶句した。
唯一ツカサだけは、表面上は平然としているように見えた。まったく動じていないように見えるのは表面だけで、その内面は実は驚いているのだが、表情はまったく変わっていなかった。
(……やっぱり異世界は刀一つをとっても一味も二味も違うな。俺の知ってる刀の製法とは全然ちげぇ)
驚きながら、なんてことを思っていた。
ジーニアは絶望した顔をしている。信じられない。そんなのありえないという表情だ。
しかし……
ジーニアには、心当たりがあった。
柄を握り、いつもいつもマックスが憎いと思っていたこと。
ともに旅した時から、その優秀さに、その才能に嫉妬し、消えろ、死ねと思っていた。
あのまっすぐさに心を折られ、マックスがいまだサムライになれないのなら、自分には無理だと諦めたあとも、ジーニアは未練がましくあの柄は捨てられず、自分以外の存在は自分より劣るムシケラだと馬鹿にし、見下し消えろと思っていたこと。
その自分が、この柄に宿り、それが……
今から一週間ほど前。ジーニアが自室で授業の準備をしていると、あの柄を置いてあった場所から声がした。
『殺せ。コロセ。ころせ……』
と。
抗えないのも当然だった。
それは、自分のやりたいと願っていた声だったのだから……!
ちなみにだが、その日は、マックスが武闘大会で優勝し、さらにサムライとともに旅をしているという噂話をジーニアが耳にした日でもあった。
『その刀はお前の魂でできている。それは、お前の歪んだ魂と想いを受けて生まれた、もう一人のお前自身だ。その凶行を刀にそそのかされたというのなら、それはお前自身の言葉に他ならねぇ! お前は自分の言葉に従い、自分の意思で人を傷つけることを望んだんだよ!』
「ち、違う。僕は、ぼ、ぼっ……くは」
信じられない事実に、ジーニアは頭を抱えたまま、その頭を地面につけ、ぶつぶつとつぶやく。
必死に誰かのせいにしようとして頭を働かせたが、すぐに気づいてしまった。これは、誰のせいにもできない。と。
ジーニアはそのまま頭を抱え、地面に突っ伏し、「僕は、ぼっ、ぼ……」とうめくようにつぶき続けた。
マックス達は、頭を抱えたジーニアを見おろす。
『サムライから柄をもらったってことは、少しなりとも才能が認められていたって証なんだよ……』
「そうなのでござるか……」
『お前のそのツバも、いつかきっと刀を生み出せると信じて渡されたモンなんだぜ』
「そうなのでござるな。ならば、やはり、拙者よりお前の方が才能があったのではないか……」
マックスはどこか悔しそうに、唇をかんだ。
「同じ期間。いや、拙者の方が長い時間サムライを想っているというのに、拙者はまだ、刀を生み出せていない。それは、ジーニアが拙者より才能があったという証。なのに、なぜ、自分に負けてしまったのだ……!」
『……』
「拙者とて、羨ましかった。拙者だって、ジーニアの方が自分より才能があったとずっと思っていた。なのに、どうして……!」
悔しそうに言葉を発するが、ジーニアは答えを返さない。ただただ、「僕は」とだけつぶやき続けている。
その理由は、きっと二度と語られはしないのだろう。
そこにあるのは、ジーニアは夢を諦め、その諦めた理由を他人のせいにした。それだけだ……
『よく見とけ。この光景、忘れるんじゃねえぞマックス。こいつは、道を間違えた時おちいるお前の姿だ。一歩間違えりゃこうなるんだ。サムライってのは、使う者によって善にも悪にもなるんだ……』
「はい」
オーマの忠告にマックスは重々しくうなずき、視線をツカサの方へとむけた。
ツカサは一人悠然と立ち、この場の成り行きを見守っている。
自分の背中をツカサが見守っている。その安心感は、戦っている時絶大な自信につながった。
「ツカサ殿はきっと、それを拙者に教えるため、すべてを託してくれたのでござろうな」
『ああ。きっとそうさ。相棒は最初っから妖刀の存在に気づいていたんだろうさ。だから、あんな自警団の茶番につきあった。全部終わってからやっとわかる。なんでかと思ったら、こういうことだったのさ』
「さすが、ツカサ殿にござるな……」
『まったくだぜ』
暗雲が再び、ゆっくりと月明かりを閉ざしてゆく。
まるで、舞台の幕を引くかのように……
こうして、シリルレリルの村を恐怖におとしいれた辻斬り事件は、終わりを告げる……
サムライという夢を追い続け、その夢に手を伸ばし続ける者と、サムライを諦め、歪んだサムライの力を手に入れた者の道が交錯したこの悲しい一件は……
──ツカサ──
次の日、早馬を走らせた人が朝早く戻ってきた。どうやら近隣の魔法使いがまったく捕まらなかったので仕方なく戻ってきたのだそうだ。そうしたらすでに事件が解決していたと知り、がくりと脱力して馬につっぷしていたのがとても気の毒だった。
非常に申し訳ないけど、事件を解決したのはマックスのおかげだから俺に文句は言わないでねっ!
ともかく、事件も無事解決したし、俺が疑われることもなくなったから、出発が可能になった。
あとは、マックスの準備が終われば出発だ。
マックスは今、別れの挨拶をしに牢屋に入れられた犯人の面会をしている。
しっかし、まさか辻斬りがマックスの知り合いで、その知り合いが妖刀を生み出していたなんて驚きだね。
てことは、しばらくするとマックスもあの目につけたツバから刀身が生えてくるってことなのかな? そうなったらマックスも晴れてサムライを名乗れるってわけだな。
なら、会話の関係でオーマを手放せない俺がサムライと疑われることもなくなるし、本物のサムライはここにいるよと言えるようになる。こいつは応援するしかないな! マックス。ぜひ刀を生み出せるようがんばってくれ!
俺にできることは応援することだけだけど!
さて。面会が終わるまで、村長さんが用意してくれた朝ご飯を食べて待っていようか。
俺は村長の奥さんのおばあさんが用意してくれたパンにかじりついてマックスが戻るのを待つ。
──マックス──
朝、牢に入れられたジーニアから話があると呼ばれ、拙者は面会にむかった。
「……やあ。マックス」
手かせをはめられ牢に入れられたジーニアは、たった一晩で十数歳年をとったように見えた。
ただ、その目には、少しだけ理性の光が戻ったように見える。
「拙者の方も、最後に話をしたいと思っていたところだ。ツカサ殿の辻斬りの容疑も晴れたことだし、拙者達は旅立ってしまうからな」
「そうか。そうだね。きっとこれが、今生のお別れになるだろう……」
ジーニアは理由もなく三人もの人を斬ったのだ。運よく死罪を免れたとしても、一生日の目を見ることはない地にて過ごすこととなる。そうなれば、どれだけ望もうと、もう二度とあうこともない。
自業自得とはいえ、さびしい話だった……
「……」
ジーニアが拙者を見て、目を瞑った。
「もう少しだけ、夢を追いかけていれば。もう少し早く、君が師事するサムライと出会えていれば、この結果は変わったかな?」
「そうして他人に頼っている限り、結果は同じだったと、拙者は思うよ……」
「そうか。そうだよね」
そうは言うが、堕ちる前にツカサ殿と出会えていたならば、間に合ったかもしれない。そう思うが、口には出さなかった。
拙者自身では無理だったが、不可能を可能にするツカサ殿ならばあるいは、と……
思わずには、いられなかった。
だが、そのもしも。を語ったところで現実は変わらない。
ジーニアは、ゆっくりと目を開いた。
「僕がこうなった理由が、今ならよくわかるよ。だからマックス。最後に一つ言わせてほしい」
「なんでござるか?」
「僕をとめてくれて、ありがとう。そして、絶対に夢をかなえておくれ」
ジーニアはどこか悲しそうに、拙者を見て笑みを浮かべた。
「……もちろんにござる」
拙者は、そう答えを返した。
本当に、どこまでも他人任せな男だよ。君は……
拙者は自分の夢だけでなく、もう一人の同士の夢を背負い、シリルレリルの村をあとにする。
拙者の前には、ツカサ殿が歩いている。
その背中を見ながら、拙者は思う。
ツカサ殿は、自分から学べることはなにもないと昔おっしゃったが、そんなことは決してない。私は間違いなく、あなたにサムライがなんたるかを学んでおります。
ですから、あなたからもっともっと多くのサムライ道を学び、必ずやあなたの弟子となり、サムライになってみせます!
その小さくも、私には大きく見える背中に誓うのだった……!
おしまい