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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
18/88

第18話 サムライと破裂魔法


────




 これは、ツカサとジョージが積もる話をしていた時のことである。



 この世界の愚痴を言ったり、この世界のよいところをあげたりとしていると、ツカサがふと気づいた。


「そういえばジョージさん、銃を持っているんですよね」

「ああ。こっちの人間からするとこいつは魔法の杖に見えるみたいだな」


 ジョージは自室にあるテーブルの上においてあった黒いオートマチック拳銃を持ち上げ、にやりと笑った。



 引き金を引くだけで相手を倒す。確かにそれは、知らない者から見ればまさに魔法の品物だ。



「ワシも気をつけて誰にも使い方を説明していないから、セーフティのはずし方を知る者はいない。だから誰も使えない。この世界の人間に言わせれば、ワシは誰にも使えない破裂魔法を使う魔法使いなんだそうだ」


 どこかいたずら小僧のように、ジョージはにやりと笑った。私室の外では巌のような固い顔をしていたが、こうして元の世界の住人であるツカサと話しているその姿は、どこか話しやすいおっちゃんだった。


 オートマチック拳銃にはセーフティレバーという引き金をロックする機構がついているし、弾丸をおさめる弾倉を外してしまえば弾さえ出ない。

 いくら引き金を引けば弾の出る銃とはいえ、使い方を知らなければセーフティを解除するという発想も生まれないから、例え弾が入ったまま誰かに奪われたとしても、引き金はひかれないのである。


 ツカサと積もる話をするまで、この世界の者を家族と認識できていなかったジョージは、心許せる者などおらず、その秘密を誰かに話すということをしなかったのである。


 ちなみに、なぜ破裂なのかと言えば、銃声がなにか破裂したような音を発するからである。



「ちょいと触ってみるか?」

「いいんですか!?」


 銃をくるりとまわし、ツカサの前に差し出した。それを見てツカサが椅子を蹴って立ち上がる。


「弾は抜いたから大丈夫だ」


 弾丸の入ったマガジンを抜き、銃身に移動していた弾丸も銃上部のスライドを引いて抜き、空となった銃をツカサにわたした。


 なぜさっきまで弾丸がセットされていたのかと言えば、噂のサムライがやってきたということで、護身のために用意していたからである。



「おおー。これが、本物……!」


 日本にいてはまず触れることができない自動式拳銃と呼ばれる鋼の塊を見て、ツカサは目を輝かせた。



 刀もそうだが、この銃という兵器も少年の心を揺さぶるなにかがある。


 年相応に目をキラキラ輝かせ、光にかざしたりしてそれをまじまじと見ている。



「意外に、重い」



 その姿は、普段口下手で何事にも動じないように見えるちょっとコミュ障ぎみな少年ではなく、年相応の素直さを持った少年のように見えた。


 それを見て、ジョージもどこか嬉しそうに頬が緩んでしまった。



「どれ。せっかくだから撃ち方も教えてやるか」


 そう言い、椅子から立ち上がり、ツカサも立ちあがらせ、その背中へとまわり、銃の撃ち方のレクチャーをはじめた。



「先に言っておくが、これはワシ我流のやり方だから、正しいかは知らん」



「実際に撃ってる人の経験からなら問題ないと思います」

 早く、早くと後ろにいるジョージをせかす。



「わかったわかった。まず、足は肩幅に開いて、銃を持たない左手はグリップの下へそえるようにして、両手でしっかりかまえろ」



 言われ、ツカサはその通りに体を動かしてゆく。ジョージはそれを後ろからチェックし、太ももを内側から触れ、もう少し開いた方がいいと修正し、言いながらそえる左手をこうだと動かす。


「横についているセーフティは解除してあるか?」


「えーっと……」


「今の状態はロックされた状態だ。それを動かし、解除しろ」


「はい」


 ツカサが銃の横にあるセーフティを見て、そのレバーを親指で動かし、ロックを解除する。これが解除されなければ、いくら引き金をひこうとしても引き金は動かない。


 こうすることで、やっと銃が撃てる状態になるのだ。


「次は狙いだ。持つ腕を肩と水平に上げ、グリップを握った腕をあごにつけるようにしてひきつけろ。本物の銃は意外に重いから、なれないヤツはまっすぐ腕を上げるより、腕が固定されて標準がぶれなくなる。そうして視線と銃口が一直線になるようかまえ、あとは銃の頭(照星)を使い狙いをつけるだけだ」


「はい」

 この構えの場合、開いた足は目標から見て横から斜めになる。


 ツカサは言われたとおりに腕をアゴにひきつけるようにしてかまえ、部屋の壁にある鹿の剥製に狙いをつけた。



「あとはゆっくりと引き金を引く。引き金はけっこう重たいから気をつけろ」

「はい!」


 返事と共に、ツカサは手に力をこめ、引き金を引いた。



 かちん!



 という音を立て、撃鉄が動いた。


 この時上部のスライドは動かない。これは弾丸が発射された反動を使い、リロードをうながす機構だからだ。



 引き金を引いたさい銃口のぶれもなく、もしこれで弾丸が発射されていれば、壁にかけてあった鹿の頭へ命中していたのは間違いないだろう。


 ちなみにこの銃はセミオート(半自動)。引き金を引くたび一発ずつ弾が出るタイプだ。



「ほう。これでちゃんと反動を受け止められりゃ、いい筋いくかもな」

「本当ですか!?」


 やった。とツカサは嬉しそうにジョージの方を振り返った。


「といっても、実際に弾を撃つとなると、反動もきつい。撃った衝撃で標準がずれるかもしれねえから、なんとも言えん。ドラマのようにぽんぽんと撃てるとは思うな」

「はい!」

 しっかりと注意を受けたが、それでもツカサは素直に返事をし、嬉しそうにはにかんだ。


「じゃあ、次はそれがスムーズにできるようになるまでやってみろ」

「はい!」


 ツカサは一度銃をおろし、かまえから発射までの動作を繰り返す。



 最初のうちこそはぎこちなかったが、二度、三度と繰り返すうちどんどんスムーズになっていった。



「一発くらいは撃たせてやりたいところだが、弾は貴重品だからな。そう易々と撃たせてやるわけにもいかん。すまんな」


「いいえ。これで十分です。本物の銃に触れられるなんて一生なかったでしょうから。うわー、異世界に来たかいあったかも」


「おいおい。こいつは地球に戻っても可能性はあるだろ。それなら魔法とかに感動しておけよ」

「あ、そうですね。でも、いやー。えへへ」


 きゃっきゃと嬉しそうに銃をくるくると手の中でまわし、全体を見回す。



 その楽しそうな姿を見て、ジョージもどこか嬉しそうに口元を緩ませた。



「満足するまでそれで遊んでいていいぞ。そのうち時間があれば、整備の仕方なんかも教えてやる」

「わーい」


 しばらくツカサは、新しいおもちゃを手にした子供のようにはしゃぎまわったそうな。




──ツカサ──




 日本人同士の奇蹟の邂逅から一晩。


 俺とリオは今、サイモンリーヴの街を歩いている。



 俺のことを歓迎してくれたジョージさんの計らいにより、俺達は彼の支配が届くサイモン領のはしまで馬車で送ってもらえることになった。そして、その準備が整うまで待機することとなり、その時間を潰すために俺はリオと街をぶらついているというわけだ。


 内部拡大&重量軽減の袋があるから、普段は持ち歩けない食料を買いこむという手もあるけど、移動は馬車だからそれを心配する必要もなく、気分は遠足のおやつを買いに行こう。程度の感覚だった。


 ちなみに馬車は、馬の手入れが大変なのでサイモン領のはしまで行ったらそのままこの街に戻ってきてもらうことになっている。


 なにより、俺馬操れねーし。



「おや、サムライさん」

「こんにちはサムライさん。西への旅、頑張ってくださいね」


 街を歩くと、道行く街の人に声をかけられた。


 昨日ジョージさんと仲良く積もる話しをして、西への旅の最大限のバックアップを受けられることになったら、なぜかこうなっていた。


 どうやらサムライ嫌いということで広まっていたジョージさんの態度が俺と仲良くなったことにより色々緩和されたようだ。ゆえに腰のオーマを見て俺がサムライだとわかると、こうしてどこかものめずらしげに声をかけてくれるようになったのである。


 最初こそはサムライじゃないと否定していたけど、まったく信じてももらえないので否定をするのを諦めて、返事を返すだけにしてしまった。


 さっきの人達へ手を上げて返事を返す。



「そういえばマックスはどうしたんだろ。ツカサ知ってる?」

『あぁ。あいつは馬車の準備を手伝うってよ』


 リオの疑問にオーマが答えた。


 マックスがそうしているから、俺はその間になにか食べ物でも買ってこようとリオを誘って街に出てきた。というわけである。


「あ、果物もあるんだ」


 通りを歩き、店先に並んだりんごを見て俺はつぶやいた。


「買ってく? 袋には余裕あるし」


「そうだな。せっかくだからいくつかもらっていこうか。一家の方にも買って届けてもらおう」


「わかった」


 買い物の交渉はリオにおまかせ。



 なんせ俺、まだこの世界の文字が読めないから値段もよくわからんし、こういったお金の絡む交渉ごとは彼女に任せた方が確実だから。


 リオとりんごを売るいわゆる八百屋のおっちゃんとの熾烈な値段交渉がはじまる。


 最終的に表示価格より二割安くしてもらって、その分数を買ったそうだ。


 配達もおまけしてもらい、リオは俺に向けてにっかり笑いVサインを向けてきた。



 さすが、偉い。



 そりゃ金はたくさん持っているけど、安く買えるにこしたことはないからな!


 俺もそれにあわせ、親指をたてた。この世界でもこれはナイスの証である。


「えっへっへー」

 リオはさらに笑顔を浮かべた。


「さ、次いこうぜ!」

「ああ」


 そうして、俺はリオと買い物をしながら街を歩く。すると……



 ぶわっ!



「きゃっ」


 通りを歩いていると、突然の突風が俺達を襲った。


 周りの人達も髪やスカートをおさえる中、リオの帽子が空へと飛ばされてしまった。その影響で、帽子の中でまとめてあったリオの髪もほどけ、綺麗な金髪がふわりと広がる。


「ああもう」

 リオが慌てて髪をおさえ、振り返る。


「大丈夫か?」


「平気。髪が乱れただけだから。それより帽子は?」


「っと、そうだな」

 リオと一緒に帽子が飛んで行った空へ視線をおくる。



 帽子は風に乗って通りの人ごみを飛びこえ、通りの奥へと舞い降りていくのが見えた。



 そのまま通りに落ちるかと思ったら、人ごみの中からぬっと鞘に入ったままの剣がのび、落ちる帽子はその先へかぶさるようにしてひっかかった。


 それと同時に、奥の方から人ごみが割れてゆく。



 かっぽかっぽと馬の蹄が響き、それを避けるように人達が動き、人ごみが動いているのだ。



 いったいなんだ。と思っていると、割れた人ごみの間を、真っ白い白馬にまたがった二十歳くらいの男が、剣から回収した帽子を手にこちらへむかってきている。


 きらびやかな軽鎧を身に纏い、それはキラキラと光を反射し、いかにもお金持ちというような格好だった。



「あ、エディ様だ。エディ様がきた」

「今日もきらびやかだねぇ」


 横によけた街の人達が、馬上の人を見てどこか生暖かい視線を送っている。


 さらにその周囲には、慌てたように馬を追ってくる騎士らしき人影もあった。



「な、なんだぁ?」

「さあ」


 エディ様とか言われても、そんな人知らない俺達からすれば寝耳に水だ。突然現れた白馬の騎士様に、俺もリオも唖然としてしまう。


 白馬の騎士は、後ろから走る騎士達がとめようとするのも無視し、俺達の目の前にやってきた。



 ひらり。



 と芝居がかった動きで馬をおり、仰々しい動きでマントをひるがえしてから、リオの前に膝をついた。


「あぁ、麗しの乙女よ、私の話を聞いてはもらえないだろうか」

「え? おいら?」


 すっと差し出された帽子を受け取りながら、リオもはてなマークをあげながら答えを返す。


「そう。麗しの乙女。ぜひ私と結婚してはくださいませんか?」



「え、嫌だよ」



 突然の宣言に、ぽかんとするより早く、リオはその問いにノーを突きつけた。


 ほぼ反射から出た言葉だったなろうけど、よく言葉にできたもんだ。俺なら「え?」とか「は?」とかしか言えなかっただろう。

 それでもはっきりノーと言えるんだから、リオはたいしたもんだ。



「そっ、そんなっ!」


 あっさり断られたので、エディと呼ばれた騎士様は大きくのけぞってショックを受けた。


 この人、行動がいちいち芝居がかってるなあ。



「いったい、いったいなにが不満なんです! この、私なんですよ!」


「不満というか、それ以前の問題で……」


 そもそもお前誰だよ。という風に騎士様を見て、リオは困ったように俺を見た。



 俺もその視線には苦笑を返すことしかできない。こういう状況で俺になにができるというんだ。いや、気が利くやつならここでリオの前に出て「俺の女に手を出すな」とか言っちゃったりするんだろうけど、この時の俺はあまりに突然の展開に混乱した状態から帰って来れず、苦笑したまま棒立ちしているしかできなかったんだ。



「そうか、そういうことか!」



 ショックを受けた騎士様が、いきなり声を上げた。


 立ち上がり、なぜかその視線は俺を見る。



 ぎろり。というような擬音が聞こえたような気がする。



「ならば、貴様。この麗しの乙女を賭けて決闘だ!」


 どんなことを考えて、どうしてそんな結論に至ったのかわからないが、騎士様の矛先がこっちへ向いた。



 手袋を脱ぎ、俺へそれを投げつけてくる。



 これにより、対象は間違いなく俺に確定した。誰か別の人にむけて言った言葉じゃない。確実にこの人は、俺に向かって決闘と宣言したのである。



「……は?」


 この時俺は、さっきの予想通り、そんな一言しか発することしかできなかった……




──エディ・サイモン──




 私の名は、エディ・サイモン。


 このサイモン領で民のために生まれた、いずれこのサイモン領を背負って立つこととなる未来の名領主である!

 この世に生れ落ちて早二十一年。


 勉学は常に周りの者に誉められ、剣術馬術の稽古で私に勝てるものは一人としていなかった!


 こうまで完璧にしてパーフェクトな私だが、民草を多いやる気持ちもまた人一倍である。



 常に市民目線でものを考えることもでき、領民すべての安全と幸せさえ考えられるのである! なんて私はカッコいいのだろう! それもこれも、なんでもかんでもパーフェクトな私が悪い!



 それゆえ、私はこの力を民のために使いたい。ゆえに、私は毎日のように暇を見ては騎士団の部下と共に領内の異常に目を光らせ、なにか問題がある場所へすぐ駆けつけられるよう、見回っているのだ。


 そのおかげで、この地はいつも平和! 私が見回りに行く場所は一度として問題が起きたことはない。これもすべて、未来の名領主たる私の威光のおかげだ!



 今日も今日とて、我が愛馬。ドン・キホーテとともに、四人の部下を引き連れて、サイモンリーヴの街の巡回に入るのだった!


 今日は非常にすばらしい青空。なにかよい出会いさえあるような気がするほどすがすがしい陽気である。


 平和とは、実にすばらしい!



「はぁ。なんで俺、この坊ちゃんのおもりになっちまったのかなぁ。治安維持なんて俺達騎士団とクロス一家が目を光らせているんだから必要ないだろ?」


「バカ。だからやらせるんだろ。執務もなにもやらせてもてんでダメ。プライドだけはバカ高い神輿なんだから、こうして領内を守るヒーローと思わせておくのが一番なんだよ。下手なことやらせて危険な場所に突撃されてみろよ」


「……あぁ、俺が悪かったよ。それ以上考えさせねーでくれ」


「それでいい。なにか下手なことをされるよりなにもしない方がマシってヤツはどこにでもいるんだよ」



 私の後ろをついて歩く四人の部下がなにかを言っている。


 ほとんど聞こえなかったが、ヒーローという単語は聞こえたぞ。そうか。お前達は私を讃えているのか。ならしかたがないな! なにせ私は、未来の名領主! この領内のすべてが私の肩にかかっているのだから!


 だから、そんな無駄話も許そう。私は心もとっても広いからな! ただ、それでは私の愛馬、ドン・キホーテの足についてこれるかな!



 私はドン・キホーテの腹を蹴り、足を速めた。



 すると部下達は慌てふためき、大急ぎで私を追ってくる。


 ふっ。そうやって無駄話をしているからいざという時遅れるのだ。こうしておけば、次のいざという時に備えられるだろう。私はなんて部下思いなのだ。


 かっぽかっぽと、部下の先を歩きながら街を見て回る。


 のどかな風が吹き、街の人達の笑い声が響く。



 今日も、実に平和だ……



「あ、エディ様だー」

「今日も巡回ですか? ありがたやありがたや」

「エディ様がこちらに来ているということは、今日も平和なんですねぇ」



 白馬、ドン・キホーテの上にいる私へ向かい、街の者達が声をかけてくる。


 ふふっ。民は皆、私が来たことで安心の息をはいている。なんと心地よいことだろう。これだから平和を確認するための巡回はやめられないな。




 ──クロス一家によって裏から牛耳られたサイモン領における次期領主とは、大切な神輿ということである。ゆえに彼の視察巡回する場所は最も危険の少ない場所が選ばれ、彼が出歩くということはその地は安全であると太鼓判が押された場所でもあるのだ。ゆえに、その姿を見たサイモン領の民は、「ああ、今日もここは平和なんだ」と考えることができる。


 なのでエディを見れば、今日一日は幸運が訪れる。なんて変なジンクスが生まれているほどである。

 ある意味で、彼はサイモン領の民にしっかりと慕われるマスコット的な存在となっているのだ。


 当然のことだが、当のエディはそんなこと知らない。




「エディ様エディ様ー。今日もエディ様だねー」

「あら、今日もいい日になりますねぇ」


 商店から出てきたお嬢ちゃんとおばあちゃんが私へ手を振る。


 ふふっ。私のかっこよさにしびれてしまったか。



 だがダメだぞお嬢ちゃん。そしてそちらのマダム。私に惚れちゃぁな。いくらカッコいい私とはいえ、私にふさわしい麗しの乙女でなければ私の嫁にはなれないのだから。


 その乙女はきっと、私に見つけてもらうのを待っている。



 別にその乙女を探すためにこの巡回を行っているというわけではないが、そうして運命の出会いというのもありかもしれないな。



 びゅう。と突然突風が吹いた。



 実に強い突風だ。お嬢さん方気をつけたまえ。



「きゃあ」



 そして、前の方で帽子が飛ばされ、その中に隠された美しい髪がたなびくのが見えた。


 髪をおさえ、飛んだ帽子を追うように私の方へ振り返った少女。



 そうあのように麗しい乙女こそが、我が花嫁としてふさわ……



「ふさわしい人いたー!」



 くわっと目を見開き、叫んでしまった。


 私の言葉に、追いついてきた部下がびくぅと体を震わせる。



 それはもう、一目惚れというヤツだった。いや、これはもう、運命。定め。宿命と言ってもいいだろう。ここでまさに、私は彼女と出会う運命。そう。これは女神ルヴィアによって決められていたに違いない。


 私の心はもう、一瞬にしてあの子一色に染められてしまった。もう、あの子しか見えない。



 風に飛ばされた帽子が私の方へと飛んでくる。



 これはもう、間違いないと私は確信した。



 この帽子こそ、女神ルヴィアがつかわした愛の使い。運命のキューピット。これをきっかけとして、あの麗しの乙女と交際をはじめなさいという、天の思し召し!


 私はこの世すべてに感謝し、飛んできた帽子へ剣をのばしからめとり、運命の人へと近づいていった。


「はいどー、ドン・キホーテ!」


 私が声を上げると、目の前にいた人ごみがざっと割れてゆく。



 さすが我が民草。以心伝心である!



「エディ様、一体なにを!?」

 部下が声を上げた。



「決まっているだろう。この帽子を手に、あの麗しの乙女にプロポーズをしに行く!」



「は? はあぁぁぁぁ!?」


「い、いきなりなにをー!? って、あれサムライじゃないか!」


「その隣にいるって、つまりサムライの仲間!? それにプロポーズしに行くってどういうことだってばよ!」


「というか男装までして一緒にいるその仲間にプロポーズするとか、エディ様なにを考えているんですか!」


 口々に意味のわからないことを言う部下達。



 だが、私にも一つよーくわかることがあるぞ。



「なにって、運命。かな?」



 どうやら部下達もわかってくれたようだ。ぽかんと口を開き、私の雄姿を見送ってくれた。


 大体サムライってなんなのだ。そんなの十年前に来てもういないじゃないか! 例えそんなヤツがいたとしても、この最強無敵の私と愛馬ドン・キホーテがいれば、そんなもの楽々蹴散らしてくれる!


 部下を振り切り、私は麗しの乙女の前に膝をついた。



 この未来の名領主が膝をついて愛の言葉をささやくなんて、これ以上の幸福はないだろう。


 さあ、感激して涙を流し、「Oh、イエース」とうなずくがいい!



「え、嫌だよ」



 しかし彼女から出た答えは、拒否だった。


 な、なんということだ。運命の乙女が、私を拒絶した……?



 だが、即座に私は理解した。わかってしまった! 彼女がちらりと隣の男に視線を送ったことを。そうか。そうだったのか!



 それはずばり、君はこの男が怖くて私の想いに答えられないということなのだね! 


 そういうことか。そういうことならば、君の想いに答えなければならない! なぜなら私は、ヒーローだから!



 私は彼女の想いに答えるため、手袋を脱ぎ、その隣にいた男に向け、それを投げつけたからかに宣言した。



「ならば、貴様。この麗しの乙女を賭けて決闘だ!」



 決まった。私のあまりのかっこよさに部下の一人などは気絶してしまう始末であった。



 周囲からも歓声があがる。


 ふふっ。そんなに私の雄姿が見たいのかみなのものよ。ならば張り切らなければならないな!



 民の声と、花嫁のために!




────




 サムライが決闘する。


 この話題は瞬く間にサイモンリーヴの街を駆け巡った。



 この街を実質的に支配するジョージ・クロスが真のサムライと認め、その心を変えた偉大な武人。



 今街で話題のそのサムライの雄姿が見られるというのだから、その話題に反応しない街の者はいないはずもない。



 決闘と聞き、近くにいた者から歓声があがるのも無理はないことだった。


 エディが先ほど自分に感じた歓声は、むしろ彼にではなく、サムライにむけられたものだったのである。



「それで、いったい誰がサムライに決闘なんかを挑んだんだよ。よっぽど腕に自信があるヤツか、よっぽどバカなヤツだとは思うがよ」

 会場となる街の中央広場へむかう街の男が近くを歩く他の野次馬へ聞いた。


「そりゃこの街でサムライに喧嘩を売るようなバカは、クロス一家を除けばあの人しかいねーだろ」


「ああー。坊ちゃんか。そいつは納得だ……」


 といいつつ、その男はため息をつくのだった。



 あのエディ・サイモンならばサムライ相手に喧嘩を売りかねない。と納得したように。




 話を聞いた街の者達が街の中央広場に集まり、ざわざわと騒がしい声を上げる。


「なんだ?」

 その近くにあるクロス一家の館にも、その喧騒は伝わってきた。


 二階の私室にいたジョージの耳にもそれは聞こえ、執務用の机から椅子を回転させ、窓の方を見た。



 同時に、どたばたと二階へあがってくる足音も聞こえてくる。



「たたっ、大変だオヤジ!」

 駆け上がってきたのはハチガネだった。階段を勢いよくかけあがり、どんどんとジョージの私室の扉を叩く。


「どうした?」



「あの、あのバカ息子がサムライのダンナに喧嘩を売ったんでさぁ! それでこれから広場で決闘するって!」



「なにぃ!?」

 ジョージは驚きのあまり椅子から立ち上がった。



(さすがのオヤジも驚くかよ。無理もねえ。せっかく安全を確保させて生かしてやってるってのに、その中でまさかサムライのダンナに喧嘩を売るなんて想像もしていねぇ事態だ。ダンナの逆鱗にでも触れて真っ二つにでもされりゃ、今後の領の運営にも関わる事態だからな……!)


 はじめてと言ってもいいジョージの慌てた声に、ハチガネもアゴまで流れた一筋の汗を、その手で拭う。



(なんてこった。ツカサ君はただの高校生なんだぞ。いくらあの阿呆が大阿呆でも真剣を振り回せばツカサ君を殺してしまう可能性もゼロではない。むしろ加減ができないからこそ、危険!)


 一方昨日積もる話をしたジョージは、ツカサが実は強くないということを知っている。



 ゆえに実際に決闘となれば、負けるのはツカサの方であることが予測できた。



 誰もが噂のサムライの勝利を確信している中、唯一ジョージだけがサムライの敗北する未来を正確に予見できていた。

 このままでは、ツカサは……




 ……死ぬっ!!




「こうしてはおれん!」


「で、ですがあんなに人が集まって、あんなにやる気になったあのエディは俺達でもとめられませんぜ!」


(確かにそうだ。外にそれだけの人が集まっていりゃ、もう決闘はとめられん。となれば……!)


 ジョージは即座に考えをまとめ決断した。



「こうなってはしかたねえ。あとの始末はワシに任せろ。お前はもう下におりてかまわん。野次馬の整理をして、あとは応援するなり賭けをするなり好きにしろ!」


「へ、へい!」


 扉越しに響いたジョージの言葉に頭を下げ、ハチガネは一階へと降りて行った。


 ハチガネがいなくなるとジョージは急いで机の引き出しを開け、それを取り出し必要な準備を済ませ、広場の見える自室のベランダへと駆け出した。



(ええい、なんとかと神輿は軽い方がいいと言うが、まさか軽すぎて吹き飛ぶほどだったとはな! ワシ等は教育を間違えたようだぜサイモン卿よぉ!)


 そう育てるよう指示をした自分を恨みながら、ジョージは走る。


 せっかく出会えた、同士を守るために。



 ツカサを、守るために!




 野次馬が増え、騒ぎが大きくなりはじめると、馬車の準備をしていて休憩をしていたマックスにもその音が耳に入った。

 クロス一家の者達が館の入り口や窓に鈴なりになり、広場の方を見ているのだ。


「あ、マックスのダンナ」


「なにがはじまったにござる?」

 入り口の方へ行くと、ちょうど二階から降りてきたハチガネと鉢合わせした。



「ああ、ウチの領主の跡取り息子がサムライのダンナに決闘を挑んだんですよ。俺はそれをオヤジに報告してき……」


「な、なんだと!? なぜ!?」

 ハチガネが全部言い終わる前に、驚いたマックスはその肩につかみかかり大きく揺さぶった。



「ちょっ、理由はよくわかりませんけど、すぐそこの広場でやるんですよ。俺達が気づいた時にはもう野次馬が集まりすぎてとめるにとめられなくなってましたから、俺達はその野次馬が危なくないよう色々するところです」



 オヤジであるジョージに報告を終えたハチガネは、広場で起きる決闘の見物で観客達が将棋倒しになったりしないよう注意したり、それを見て喧嘩がはじまったりしないよう手を回そうとしていた。


 そのついでに、賭けの胴元なんかもはじめようとしているが、それはその警備料といったところだろう。



 もっとも、決闘相手の片方はあのサムライ。今回その賭けが成立するかは微妙なところだが。



「ツカサ殿に挑むとは無謀な。まさか勝てるとでも思っているのか?」

「あのバカ息子はサムライのダンナの強さなんか理解できねぇんですよ。あいつの世界じゃ自分が世界で一番強いって認識なんです。ボンボン育ちで自分を本気で倒しに来る敵なんて知らねぇんですよ」


「なんとっ……!」


 ハチガネの言葉に、マックスは背後に雷を浮かべてショックを受けた。



 いわゆる温室育ち。周りの者に蝶よ花よと育てられた結果、自分に敵はいないと勘違いしてしまっているのだ。



「無知とは、恐ろしいな……」

「えぇ。俺達としては裏から手をまわしやすいよう推奨させてたんですが、まさかこんなことになるなんて……」

 ハチガネもため息をついた。


 誰もサムライに挑むなんて想像だにしていなかったという落胆の息だ。



「今からでもとめられないのか? そやつのプライドが粉々に砕け散るのは間違いないぞ」



「見ての通りすでに野次馬が集まりすぎて下手にとめれば暴動もおきかねませんよ。みんな、サムライのダンナの雄姿が見てねぇんでさ」


 手招きをし、窓から外を指差すと広場は黒山の人だかりができていた。中央の少し高くなったところにいるツカサやその相手が見えるが、これで決闘が中止になったりすれば、ここに集まった観衆達がなにをするかわからない。


 いくらクロス一家が勇猛でも、これだけの数が暴徒となれば手のつけようがなかった。



 なにより、彼等はいわゆるカタギの者。あまり手を出したくないのも事実だ。



「これでは決闘の現場に行くのさえ手間か……」


「はい。もうとめようもありません。あと俺にできるのは、あのドラ息子が無事生きて帰ることを祈るだけです」


 どうやらハチガネはこの決闘をとめるのを諦めたようだ。すでにジョージへの報告も済ませたし、弟分は野次馬達の整理にも散った。彼があとできるのは、この決闘が大きな怪我人もなく終わることを祈るだけだった。


 もっとも、その中には自分の目で噂のサムライの活躍を見てみたい。という小さな願望が隠れている。



 それを感じ取ったマックスも苦笑いを浮かべた。



 窓から広場を確認し、ツカサの相手となるエディ・サイモンを見る。少々距離があったが、その立ち姿から大体の実力がつかめた。


 力を隠すツカサと比べると、確かにあちらの方が強い。自分を十とすると、力を表に出さないツカサが一。対して相手は二くらいの強さだ。


 最もツカサの場合は、その後ろに何千という秘密の力があるわけだが、マックスの実力ではそれはまったくはかれなかった。



(それが拙者とツカサ殿の大きな差……!)

 それを省みて、サムライであるツカサの勝利はゆるぎない。



「……確かに、ツカサ殿ならあの程度の者指一本でも倒せよう。しかし、ツカサ殿は力をひけらかすようなことは好かぬお方だ。なおかつ、弱い者に対しても優しい。見ろあの顔を。お困りになられている。あの顔はどう相手を倒したものかと悩まれているお顔だ」


「あぁ、確かに困ってますね。俺には勝てなくて青ざめているようにも見えますが」



「残念だがそうではない。お前達がカタギの者を傷つけたくないと考えるのと同じだ。ツカサ殿も、彼を傷つけたくはない。傷つけたくない相手に絡まれれば、お前達もああなるだろう?」



「あー、確かに」


 マックスに言われ、ハチガネはおろかその近くにいたクロス一家の男達もうなずいた。


 彼等にとって、カタギの者との対比はわかりやすかった。



 他の言い方をすれば、子供が大人に本気で相手にしろと駄々をこねているようなものなのだから。



「それに、ツカサ殿はわかっているのだ。ああいうわがまま三昧に育った者に、納得した敗北を教えるのは物凄い骨だと。骨の一本も折らず、ヤツに参ったと言わせる自信があるものは手を上げるといい」


「……」


 場にいたクロス一家の男達は黙りこくった。倒すのは簡単だろう。しかし、大した怪我も負わせずあのボンボンドラ息子にまいったと言わせるのは正直できないと思った。


 怪我をさせれば後々サイモン家とクロス一家に大きな遺恨を残すことになるし、それを避けてあれを納得させて倒すとなると、とてもじゃないが不可能だ。



「ツカサ殿は、お前達クロス一家のことも考えている。ならば下手に腕の一本も折れない。なんとも厄介な相手だぞ……」



 そこまで言われ、彼等はサムライが自分達のせいで自由に戦えないと悟り、楽勝だったムードが一転して逆転したような錯覚を覚えた。


 サムライはそんな状態に陥っているのだ。そりゃあんな複雑な表情にもなるってしまうことだろう。




 それは、広場に集まり決闘を今か今かと待つ民衆も同じ気持ちだった。


 やる気満々のエディに対し、サムライのツカサは決闘はやめないかと持ちかけている。それはツカサが決闘が怖いのではなく、相手を思いやっているように見えたのだ。



「おい。サムライマジで困った顔してるぞ。ホントエディ様は空気がよめねぇなぁ」


「こりゃあ、あまり期待できねぇなぁ」


「そりゃ、相手はあのサムライだぞ。あのエディ様が勝てるわきゃねえだろ」


「おい。聞いたか? 賭け屋の方でエディ様の勝利に賭けるヤツがゼロで賭けにならねぇってよ」


「んなの当たり前だろうが。エディ様が勝つ可能性欠片もあると思うか?」


「かわりにサムライがどうやって勝つのか。って賭けやってるぜ。俺は蹴り一発で勝つに賭けてきた」


「俺は刀を抜かずにそれでぶん殴るだな」


「なら俺は、右ストレートかな」


 近くではじまった賭けに、観衆達は口々にサムライがどう勝利するかを賭けはじめる。



 勝敗がすでに見えているというのに、集まった野次馬も、その野次馬をさばくクロス一家も、駆けつけた騎士団も誰一人としてその勝負をとめようとはしなかった。


 なぜなら、それほど実力差があれば、エディものされるだけで殺されはしないと考えていたし、なにより彼等は、噂のサムライの雄姿をこの目で見たかったからである。



 はじまる前からすでに、彼等の興味は勝敗などになく、いかにしてサムライが勝つのか。という点にだけ集まっていた。




 そして彼等は、予想もしない結末を目の当たりにすることになる……




──リオ──




 おいら達は今、大勢の野次馬達に囲まれて広場の一段高くなったステージに立っている。


 ステージの上にいるのはおいらとツカサ。そしていきなりツカサに決闘を挑んできたエディ・サイモンとかいうボンボンとその部下の騎士達だ。


 サムライであるツカサを相手に喧嘩を売るなんて、なんなんだこいつは。命知らずにもほどがある。いくらツカサが優しくても、ただじゃすまないぞ。


 つーか、いきなり結婚てなんなんだよ。おいらは結婚だとかそんなの興味あるわけねーだろ! それでいきなりツカサに決闘を挑むなんて……って、え?



 そこまで考えて、ふと思い立った。



 ツカサを見て決闘を挑んだってことは、ひょっとしてあいつ、わたしとツカサを見て、そう邪推したってことか……?



 だとしたら、えへへっ……



 って、いけねえ。頬が熱くなってきた。今はそんなこと考えている場合じゃないってのに!


 人がさらに集まってきた。このままじゃとめられなくなる。



「おいあんた、いい加減にしとけ。ツカサに勝てるわけがないんだからやめとけよ!」


「ふふっ。安心したまえ麗しの乙女。必ず君を救ってみせるよ!」


 おいらの言葉に、アレは親指を立てて笑顔を返してきた。無駄に歯がきらーんと光ったような気がする。



 ダメだこいつ。おいらの話聞こえているはずなのに通じてない。なんか別の世界の人間と話をしているような感じだ。



「おいあんたら、どうにかしてこいつをとめろよ!」


 こいつを直接とめても無駄だと思ったおいらは、近くでおろおろしているあれの部下らしいヤツ等を怒鳴った。


 すると次に偉そうな騎士がおいらの方を見て涙を流す。



「とめるならば我々とてとめたい! だがな、あの方は確かに負けなしの剣士なんだ。自信だけは山よりでかいのだ!」



「つ、強いの!?」


 声の音量はおさえ、あれには聞こえないよう調整しているようだ。おいらにしっかりと教えるよう言ったその言葉に、おいらは驚いた。


 実はあいつも、ああ見えてツカサと同じように力を隠しているってのか? 実は、サムライに匹敵する凄腕だってのか!? だからあんなにも自信満々で、サムライのツカサに決闘を……



「いや、接待試合ばかりだから……」



「勘違いしてんのかよ!」


「そりゃもう、試合をすれば、あなたはサムライより強いと誉めまくりでしたよ!」


 そんなお為ごかししているから、こんな時本物と偽物の区別もつかないんだよ!



 ああ、こりゃマジで後悔している涙だ。自業自得ってヤツだよ。



「こりゃダメだ」


 言っても聞き入れてはもらえないと確信し、おいらはため息をついた。


 こうなりゃもう、ツカサに手加減をしてもらってコテンパンに負けて、現実を知ってもらうしかないみたいだ。

 むしろくたばれ。どうせ決闘なんだ。殺されても文句は言えない。サイモン領がなにか言ってきたところで、ツカサはむしろ負けないはずだし。


 ちらりとツカサを見ると、ツカサの方も困惑しているように見えた。



「なあ、本当にやらなきゃいけないか?」



 どうどうと、あのボンボンをおちつかせるように声をかけている。


 そりゃやりたくないのも当たり前か。ツカサが勝つのは当たり前だし、目立つことを良しとしないツカサがこんな形で注目されるなんて本意じゃないだろうから。



「いいやダメだ! 決闘だ。いざ、尋常に勝負だ!」

「いや、だから戦う理由が……」


 ツカサも必死にとめようとしているが、やっぱりこいつは話を欠片も聞いてなかった。


 ボンボンはついに腰から剣を抜き去り、それを高々とかかげた。



「やあやあ我こそは……!」


 唐突に口上をのべはじめる。


 決闘をはじめるって時に無防備に剣をあげて隙だらけだ。正直あの腹ぶん殴っちゃえ。と思ったけど、ツカサは律儀に待ってあげていた。いや、あれは完全に呆れてる。


 どうすんだこれ。という雰囲気がおいらにまで伝わってくるよ。



 でも、この口上が終わればこいつは間違いツカサに斬りかかる。そうなれば、決闘は問答無用で開始だ。



「ツカサ君!」



 クロス一家のベランダから、誰かの声が響いた。


 何事か。とおいらはそっちへ視線をむけら、直後、ベランダに姿を現したジョージが、なにかをこっちにむかってなにかを投げた。



「あれって……」



 ベランダからツカサの方へと飛ぶそれを見て、おいらも。そして誰もが、まさか。と思った。


 黒い、鉤型をした物が宙を舞う。



「さあ、勝負だ!」


 口上を終えたボンボンがそう高らかに宣言し、同時に高々とかかげたままの剣をそのままにしてツカサに向かって走り出した。



「くらえい! 我がサイモン剣技奥義!」



 さらに左手もあげ、片手剣を両手で握った。それは、いわゆる上段のかまえだ。というか、バンザイしたまま敵に突撃しているようにも見える。


 なんだあれ……



 おいらから見ても、こいつは隙だらけだ。



「で、出た! エディ坊ちゃんお得意、片手より両手の方が強いぜ一撃!」


 あとで聞いたけど、あのボンボンにとって、これを放てば必ず勝てるという必殺の一撃だったらしい。これを使えば、必ず接待試合には勝利できるという、こいつお気に入りの一撃だったのだ。


 ちなみにこのサイモン剣技奥義とは、サイモン家剣技奥義を略したものらしい。



 略意味ねぇ!



 せまるボンボンの一撃に対し、宙を舞っていたそれは、まるでツカサの手にすいこまれるようにして収まった。


 ツカサは流れるようにしてそれを持ち上げ、ボンボンの方へむけ、かまえる。



 それはまるで、その使い方を完全に把握しているかのような動きだった。



 それは、おいらだけじゃなく、誰も予想も、想像もしていない。




 パァン!




 なにかが破裂したような音が、広場に響いた。




──ツカサ──




 あの騎士様の一言に唖然としていたら、いつの間にか周囲は野次馬に囲まれて逃げ場はなくなっているし、あの騎士様はやる気満々でいるし、いつの間にか絶体絶命になっていた。


 決闘って、なに? なんで?


 なにこれ。安全だと思って気を抜いていた街で一転絶体絶命とかなんなのこれ!



 やばい。



 なんか目の前で騎士様が剣を抜いて口上をたれはじめた。



 ヤバイ。



 空にかかげたあの剣マジ本物だし、あの人超やる気だし。この人マジで俺に斬りかかってくる気だ。



 ヤバイ。まずい。



 俺の本能がものすごい勢いで警鐘を鳴らしている。



 このままじゃ、ホントにヤバイ!



 どうにかしないと。そう思っておろおろしていると、空から声が響いた。




「ツカサ君!」


 ジョージさんの声だった。



 同時に、手の中に飛びこんでくるものがある。


 これはっ……! これなら、助かる!



 俺ははっしと握ったそれを強く握り、昨日のレクチャーを思い出しながら狙いをつけ、引き金を引いた。



 あとは、祈る。



 もし狙いをはずし、当たり所が悪かったとしても恨まないでくれよ!




 パァン!




────




 その光景に、場にいた誰もが唖然、呆然とした。



 大きな破裂音が響いた直後、人々は、見た。



 エディ・サイモンの腕から、振り上げたその剣がはじけ飛ぶのを。



 驚きのあまりあんぐりと口をあけた人達は、それがくるくると宙を舞い空を飛ぶのを、さらに口を開けて見ているしかできなかった。



 誰もが一瞬、なにが起きたのかわからなかった。



 剣を弾かれた当人であるエディでさえ、その破裂音と両手に受けた衝撃で身をすくめた直後は、なにが起きたのかわからないという顔をあげ、目を点にしている。



 両手をかかげていたエディはゆっくりと手を下ろし、その痺れて震える手の中に、自分の剣がないことを確認する。


 同時に、弾かれた剣がからん。と音を立て、広場のステージの上に落ちた。



 エディは自分の身になにが起きたのか、わからなかった。



 だが、なにをされたのかはわかった。



 あの破裂音。そして、剣さえ弾き飛ばし、腕を痺れさせるあの衝撃。


 エディも、街の者も、それがなにか知っていた。



 広場に立つ少年は。



 あの、サムライは──!




 ──ジョージ・クロスしか使えないという破裂魔法を使ったのだ!




 それを理解したエディは、へなへなと膝から崩れ落ち、そのままへたりこんだ。


 声さえあげることもせず、ただただ呆然と、目の前に立つツカサの姿を見ている。



 エディの前に立つツカサは、両手でその黒い塊。ジョージの魔法の杖をかまえ、それをエディに向けている。



 それを見た瞬間、エディの背筋はびくぅと震えた。



 彼は、サムライのことはよく知らない。散々受けた接待試合で、自分はサムライより強いと思いこんでいる。しかし彼は、ジョージ・クロスとその破裂魔法の威力はよく知っていた。


 彼が幼少の頃、サイモン家の屋敷にやってきたジョージがデモンストレーションとしてその魔法の威力を披露したことがあったからだ。



 人の頭に見立てた果物を兜にかぶせ、その魔法を放つ。



 するとそれは、易々と兜を貫き、中の果物を破裂させた。


 飛び散った赤い果汁を見て、エディは震え上がった。



 あの時はその威力にただただ憧れただけだったが、その魔法の杖が今、自分の頭に向けられている。


 それに気づいた瞬間、エディははじめて死の恐怖というものを感じた。



 かちかちと歯がぶつかり、体が震える。



 しかも、ジョージ以外使えない魔法を使ったということは、その人はジョージと同等の人間であるという証拠である。


 サイモン領で唯一彼が逆らえない存在。ジョージ・クロス。彼はそれと同等の人間だ。



 それを彼は、本能で理解した。


 この時はじめて、エディはなんてものに戦いを挑んでしまったのだと後悔する。



「まだ、やりますか?」


 優しいが、冷たい声がエディの耳に響いた。



 直後彼は、その首が取れるんじゃないかと思うほど早くそれを左右に振り回し、降参の意を必死に主張した。降参の「こ」の字も出ないのは、歯がカチカチとあたり震えているからである。



 勝敗が決したのを確認したツカサは、ゆっくりと息をはき、その手にした黒い杖を下におろす。


 決闘は、剣さえ交えることなく終わった。



 しかし、その勝利にむけ、歓声は、ない。



 広場はしん。と静まり返っていた。


 それは、恐怖によって皆息を忘れているのではない。人間とは、あまりに予想外のすごいことに遭遇すると、声を出すのも忘れてぽかんと口を開けてしまっているのだ。



 例えるならば、偉大な演奏を終えた直後のコンサート会場に似ている。



 そしてその沈黙の時間は、人が息をとめるのと同じで、永遠には続かない。



 皆の息が限界に達したその時。



「す、すげえぇぇぇぇ!」


「サムライが、破裂魔法を使ったあぁぁぁ!?」


「どういうことだ!? ジョージさんしか使えないあの魔法をサムライが使うってどういうことだよ!?」


「わっかんねーよ。でもサムライならやっても不思議はねーだろ!」


「むしろジョージさんがサムライの技を使えたって可能性もありえるんじゃねーか!?」


「それだったら、サムライもジョージさんも、どっちもすげぇぇぇぇぇ!」



 爆発するようにあがった歓声が、広場どころかこのサイモンリーヴの街を揺らす。



 それは信じられないような大歓声だった。



 誰もがサムライが勝つことはわかっていた。だが、そのサムライが投げこまれたジョージの魔法の杖を使い、破裂魔法を使って剣だけを吹き飛ばして勝利するなんて粋なことをするとは、誰も予想などしていなかった。


 普通にサムライが拳や刀でエディを倒して勝利したのなら、こんなに歓声もあふれることもなかっただろう。皆、ああ。やっぱりというような空気で終わっていたはずだ。



 そうならず、あれほどの大歓声が上がったのは、この街がその破裂魔法の使い手、ジョージ・クロスのお膝元の街だからだろう。



 誰もが知る、ジョージ・クロスしか使えないはずの破裂魔法。それを、ジョージが真のサムライだと認めた男が使った。


 ジョージをよく知る街の者からすれば、これほど衝撃的な展開もない。



 勝利確実でどう勝つのかに興味があった街の者とて、その想像を易々と超えられては、ただただ驚くしかできない。




「いやはや。ツカサ殿もどう戦おうかお悩みのようでしたが、ああしてあれを渡されれば、あれで戦わざるを得ない。しかも、あれならばあのドラ息子も敗北を認めるという計算か……」


 街の者は、サムライがジョージの魔法を使ったという事実に驚き、なぜあれが投げこまれたかということに考えが回っていないようだったが、マックスやこの戦いの意味を考える者は、あれをしたたかな計算だと見抜いた。


「この街のものならばジョージ殿の魔法は知っている。それを使われれば、自分とツカサ殿の上下関係が一瞬で理解でき、敗北も納得して受け入れられる。それを計算して、あの魔法の杖を投げ渡したジョージ殿はさすがと言ったところか。さすが、この地を裏から取りまとめるお方にござる」


 なぜジョージが手助けするように魔法の杖を投げたのか分析し、マックスは納得した。


 しかもああしてサムライが破裂魔法を使ったことが広まれば、なぜジョージがサムライに力を貸すのか。なぜ本物と認めたのかという理由が簡単に推測できる。



 決闘というハプニングを利用した、実にしたたかな宣伝であった。



 さらにおまけとして、あれほど派手にツカサのすごさが目に行ったのだから、戦ったあのドラ息子の失態はあまり注目されないという効果もあるように感じられた。


 サムライが誰にも使えない破裂魔法を使ったという衝撃を持って、負けた方のインパクトも薄くした。という狙いも感じられる。


 マックスの心配していたことをたった一投で解決した上、それ以上の様々な効果を生む。



 この老獪なしたたかさこそが、ジョージをサイモン領裏の領主と言わせる所以に違いない。


 マックスは分析し、素直にすごいととうなり声をあげた。



「や、やっぱりだ」


「ん?」


 マックスがジョージのしたたかさにうなり声をあげていると、隣でハチガネが嬉しそうに拳を握っているのが見えた。



「サムライがオヤジの魔法を使った。やっぱり、そうだったんだ……!」



「どういうことにござる?」


「簡単なことですよマックスのダンナ。サムライがオヤジの魔法を使った。これは逆に言えば、オヤジもサムライの一種だったってことです! 考えてみてくださいよ。昨日オヤジはサムライと俺達の知らない言葉で会話した。オヤジの魔法は、『闇人』も倒せた。それってつまり……!」


「はっ、そういうことか!」


 ハチガネに言われ、マックスも納得したように手を叩いた。



 マックスはツカサがサムライだから、誰も使えない魔法くらい使えても不思議ではないととの点においてはあまり深くは考えなかった。


 ゆえに、ジョージのあの魔法は、サムライの国の流れをくむ力であるという発想にはいたらなかった。



 しかしそれならば、様々なことが納得がいく。



「だからジョージ殿は、サムライにこだわっていたのだな」


「そういうことです!」



 そして、なぜツカサが本物のサムライと認められたのかも納得がいった。



 ハチガネは近くにいた一家の仲間と手をとり喜びあう。


 自分達の仮説が正しかったのだと確信を得たのだ。喜ぶのも当然だった。



 なにせこれは、自分達の親分がサムライと同等に近い存在だったということでもあるのだから!



 この場でサムライが破裂魔法を使ったというのは、聡い者が見ればジョージもサムライに連なる者だということを推測させる。


 マックスはそれに気づき、戦慄した。


 この破裂魔法が使えるとサムライのすごさが世に広がれば、その破裂魔法を使えるジョージも同様にすごいという評価も生まれる。


 あの一投、これも狙っていたとすれば、いったい一石何鳥だったというのだ。



 ツカサと肩を並べて歩く男のレベルとはあの位置にあるのかと、マックスは驚愕する。




 大歓声があがる中、しょんぼりとしたエディが部下に連れられリオのところへやってきた。



「負けたよ。君達の絆の強さに。だから、だから、お幸せにっ!」


 エディの中でまたなにか紆余曲折があったらしく、その中で出した結論は二人を祝福するということだったらしい。


 エディはリオとツカサに頭を下げ、彼は涙をこらえながら部下に連れられ人垣を掻き分け去っていった。


 彼は初めて、失恋と挫折を味わった。だからきっと、これからいい男になるだろう。たぶん。



「……なにがしたかったんだあいつ」

「さあ。俺に聞かれても」


 突然現れ突然去っていくエディを見て、二人は首を傾げるしかできなかった。



(つーか幸せにってなんだよ。わたしとツカサはそ、そんなんじゃねーやい!)



 だが、頬がかーっと赤くなるのを感じるリオなのであった。




「いやあ、いいものを見たね」

「ああ。すごかったな」

 決闘も終わり、野次馬達がバラけはじめ、各々が感想を言いあいながら家路へとつく。


「まさかサムライがジョージさんの破裂魔法を使えるとはなぁ」


「ああ。ジョージさんが本物のサムライはいないって言ってた理由がわかった気がするぜ」


「これもエディ様が無茶な決闘を申しこんでくれたおかげだな。いいもの見れたから、俺としちゃああの人を憎めねぇよ」


「ああ。あの人じゃなきゃできないことだったよ。やっぱり俺達とは格が違うね」


「まったくだな。ははは」


「ははは」


 いろんな意味で、エディは街の人達に愛されていた。



 色々勘違いはするが、その心根にあるのは領の平和を願っていることを、みんな知っているからだ。


 負けはしたが、サムライと戦ったことにより、ほんのちょっぴり株があがったのかもしれない。もっとも、ゼロがイチになっただけという可能性もありえるが……




 こうして、サイモンリーヴを騒がせた決闘騒ぎは、サムライが誰も使えぬ破滅魔法を使い勝利するという予想外の形で終わりを告げた。


 この一件は、今まであったサムライ伝説の目撃情報の中で、最も多くの人々に目撃された一件であり、この話は一瞬にして人々の口を伝わり、昨日のジョージの一件とともに広がっていった。


 今までの証言の多くはやられた悪党の語る支離滅裂な証言や、出所不明な噂話が多かったが、今回初めてサムライの雄姿が多くの人々の口から語られたのである。



 大勢の人に目撃された誰にも使えぬはずの魔法の使用は、サムライの株をまた大きく上げるのだった。



 さらに、その破裂魔法の使用により、ジョージのついても様々な憶測が飛ぶことになった。


 ある者いわく、ジョージ・クロスは命惜しさにその秘術をサムライに売り渡したのだと言い。


 ある者は、あの魔法も実はサムライの技と同じであり、ジョージはサムライに近しい人間であったと言う。


 またある者は、ジョージがサムライを真のサムライと認めたため、その魔法を授けたと言う者もいた。



 様々な憶測が飛ぶが、その真相は当然闇の中であり、すべての話題において帰依するところは、破裂魔法をたった一晩で習得するサムライ、すげぇ。なのだった。




──ツカサ──




 ……まさか、こんな状況で銃を撃つことになるとは思わなかった。


 昨日ジョージさんに銃の撃ち方をレクチャーされていなかったら、剣も狙えず頭から真っ二つにされるところだったよ。



 本当によく、狙ったところに当たったもんだ。



 たぶんビギナーズラック。もう一度やれとか言われても、剣を撃って手から弾くじゃなく、外れるか相手に当てて怪我させるかの大惨事間違いなしに違いない。


 本当に、危なかった!



 大歓声が鳴り響く中、俺は自分は生きてる。と、生きている喜びをかみ締めていた。


 しばらくすると、決闘をもうしこんできた騎士様(名前聞かなかった)がごめんなさいしてきた。



 というか、お幸せにって、どういうこと?



「……なにがしたかったんだあいつ」

「さあ。俺に聞かれても」


 リオに聞かれたが、俺だってあの人のことはさっぱりわからない。



 というか、誰だったんだ。



 騎士様達が去り、野次馬達も一人また一人といなくなり、広場が閑散としてきたところで、俺達もクロス一家の館へと戻った。


 終わってすぐに帰りたいところだったけど、しばらく興奮した観客がたくさんいたので、戻るに戻れなかったのだ。


 広場にあがってくる人はいなかったけど、俺に手を振ってくる人や声をかけてくる人はいたのでそれに対しては答えを返しておいた。



 クロス一家の館へ戻ると、そこで待ち受けていたマックスとハチガネさん達に大歓迎された。


 ジョージさんの銃は誰にも使えない魔法という話になっているから、それを撃った俺もすごいといわれるのはある意味当然だろう。



 誉められたのでちょっとだけいい気分になったのは秘密だ。



 すごいすごいとばちばち背中を叩かれたり頭をなでられたりしながら、俺はジョージさんのいる二階へとあがる。


 歓迎から逃げるという意味もあったし、なによりジョージさんにこの銃を返さないといけないから。



 ノックをすると、入れと言われた。



 ジョージさんは執務机の方に座り、なにか難しい顔をしている。俺が入ってくると、その難しい顔をやめ、眉間からしわをなくし、俺の方を見た。


 俺はジョージさんと視線があうと、ぺこりと頭をさげた。


「ありがとうございました。おかげで命拾いしました」

「気にしなさんな。ワシの方こそ、自分達の都合で育てた若造に君が殺されてでもしたら後悔してもしきれないところだったよ」


 そう、頭を下げられてしまった。



 都合ってのはどういうことかよくわからなかったけど、死ななかったし誰も怪我しなかったのだからよしとしておこうと思う。



「いいんです。俺も相手も怪我しませんでしたし」


 そう話しながら、俺はジョージさんの机のところまで歩いてきた。


 そして、手にしていた銃を机の上に置く。


「これ、お返しします」


「ああ、それのことなんだが……」


「もし、くれるという話なら、お断りさせてください」


「それを……なに?」


 俺の発言に、ジョージさんは眉をしかめた。そうやってぎろりと睨むような顔をするとホント怖いな。さすが本職の方。



「一発撃ってわかりました。これは確かにすごいんですが、俺が持っていたらダメなものだと思いました」



「ほう」


「これを持つのはある意味男の夢なんですけど、俺がそいつを持っていると、間違いなく悪魔の誘惑に負けます。だから、俺はそれをもってはいけないと思うんです」


 ちょっとあいまいな言葉だけど、口下手な俺はうまく説明できない。でも、精一杯伝えようと口を動かした。



 銃ってのは確かにすごい武器だと思う。これがあれば、間違いなくこれからの旅も楽になるだろう。



 きっとジョージさんも俺のことを心配して、銃を貸してくれようとした。


 でも、俺は一発撃ってみて理解した。俺はこいつを持つと、間違いなく増長して、慢心する。そして、これを誰かに向けて撃ちたくなる。



 身を守るためじゃなく、誰かを攻撃するために、傷つけるために引き金を引きたくなる。



 一発撃った瞬間、俺はそれを確信した。


 近接武器である刀の場合は自分で相手に近づかなくちゃいけないから、そんな気は起きなかった。でも、銃は違う。遠くにいたまま一方的に相手を殺せる。



 これは、ダメだ。



 心の弱い俺は、間違いなくこれを持ったら自分の力で強くなったわけでもないのに強くなったと勘違いし、人を傷つける。


 そして、めぐりめぐって俺は、命を落とすだろう。そんな予感がしてならない。



 自分のことだから、はっきりとわかった。



「だから、この好意を受けられないとか、そういうわけじゃないんです。俺は、弱いから、それを悪用するしかできないんです。すみません」


「ふふっ。はははっ。そうか。そう言われちゃぁ、どうしようもねえな」



 怒られるかな。と思ったんだけど、逆にジョージさんは笑ってくれた。むしろ感心したように、目じりに涙さえ浮かべている。



「わかったよ。無理強いはできねえ。お前はそのまま、目的地に進むといい。ワシはそのままで十分可能だと信じた」

 ジョージさんは立ち上がり、俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「俺にしてやれるのは、これくらいしかなかったからよ。無理強いしようとして悪かったな」


「いいえ。領のはじまで送ってくれたり、宿を用意してくれたり。今回だって命を助けてもらったんだから、十分です。むしろ俺がなにもお返しできなくて……」


「いいんだよ。若いもんの面倒を見るのは年寄りのたしなみってヤツだ。もしそれを恩に感じるんなら、お前が年をとった時、誰かに同じことをしてやんな。そいつで十分だ。だから、絶対に生きて地球へ帰れ」


「……はい!」


 にっと笑ったジョージさんに、俺は笑顔を返した。



(ったく。ガキの癖に心に棲む悪魔を理解しているとか、お前は自分が考えているより、何倍も強いよ。その若さで、そう思えるのは凄いことだ。むしろ、お前は大丈夫という証さ。少なくとも、俺がお前と同じ歳だったら、間違いなく銃に喜んでいた。これが、足を踏み外す人間とまっすぐ生きられる人間の違いか……)



 心の中でため息をつくジョージさんの心など俺にはさっぱりわからず、ニコニコしているしかなかった。




 おしまい

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