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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
17/88

第17話 本物と偽物


──ツカサ──




 武闘大会以来、道を間違えたりするハプニング(丸太落下はノーカン)はあったけど、それ以外は大きな騒動もなく無事ひたすら西へとむかかえる大街道へと戻ってきた。


 今まで歩いてきた脇街道や小街道に比べるとやっぱりこの道は道幅も広いし宿も充実している。


 これなら次の宿場に到着できなくて野宿になるなんてこともなくてすみそうである。



 俺達は街道を西に歩き、新しくサイモン領というところに入った。ここをこえればいよいよ王都キングソウラへの道が開けるのだそうだ。


 オーマの言っていた目的地、西の果てはその先にあり、マックスが言う分にはそこへ行くには王都で許可をもらわなければならないのだという。


 だから当面の目的地は、その王都キングソウラということになる。



 俺達が到着したのは、そのサイモン領にあるサイモンリーヴというところだ。この領で一番大きな街である。


 名前の由来は元々サイモンさんという人が住んでいたからサイモンリーヴでサイモン領なのだというのだから、そのサイモンさんすげぇな。とは俺の素直な感想。

 街は城壁に囲まれ、街のはじにはこの領を治めるサイモン様が住まうというお城も見えた。ちなみにこのサイモン様。その名前の由来のサイモンとは別人らしい。紛らわしい。


 あんまり高さや荘厳さはないけど、青い三角屋根が印象的なお城だった。高さはせいぜい三階建てくらいで、あんまりおっきくないけど。


 城と城壁はつながっていて、その周囲にはお堀もあった。あんまり大きくないけど、やっぱり城は城だ。門もしっかりとあったし、衛兵も立っていた。


 城は俺達が来た東の方を向いて立っていて、門から入る時その姿がよく見えた。


 門をくぐりサイモンシリーヴに入ると、レンガ造りの家や石畳の道路が俺達をむかえてくれた。綺麗なモザイク模様の道路に赤いレンガの壁がとても綺麗な街だった。



「いやはや、すごいとこだね」

「サイモン領は広さこそありませんが、豊かさはこの国の五指に入るほどですからね。この街は治安もそこまで悪くありません。まあ、悪所へ行けば別ですが、それはどこに行っても同じですが」


 キョロキョロとしていると、マックスがそう教えてくれた。


 悪所に行かないと治安が悪くないというのはいいことだね。ここは街道を歩けば山賊、盗賊に当たるような世界だから。街を安心して歩けるというのはよいことだ。



「それじゃ、今日の宿はどうするの?」


 俺と同じようにキョロキョロと街を見回すリオが聞いてきた。

 俺もリオの言葉にうなずき、思案をはじめる。


 時間はまだ三時ごろ。このままこの街を抜けて一つ先にあるという別の宿場を目指すことも不可能じゃない。


 とはいえ、ここはこの領一番の街。ここならいろんなものがそろっているし、宿も豊富だ。一つ先の宿場に行くと、目的地に近づくけどそこには宿があるだけの小さな村らしく、そこではただ本当に休むだけになる。



 なら、色々そろうこの街の方が休むのには適しているし、なにより治安がいいというのがいい。村まで行くと徐々に夜に近づいてくる時間でもあるし、なによりその村で宿が空いていないとも限らない。ならばここで一晩安全に過ごしてから出発した方が気分的にもいいだろう。


 というわけで、今日、この街で一泊しようか。という考えに傾きかけた。



「……うーん」


 しかし、即決断することはできなかった。



 街に入って、大通りを歩いてキョロキョロと周りを見回して、すぐに気づいた。


 なにやら、この街の人達の俺達を見る視線がどうも冷たい気がするのだ。


 なんと言えばいいのだろうか。今まではどこか生暖かい外人のコスプレを見るような感じだったのに、ここだと外人ではなく地元の人間がさらにいたいコスプレをしているのを、「なにあれ?」とか、「いい大人がなにやってんの?」といった感じの視線になった気がする。自分で考えていてよくわからないけど、そう、スポーツで例えるならここはアウェーな感じだ。


 どこか敵意じみた視線と、それでいて厄介そうな、なにやらここに俺達がいてほしくないような雰囲気を感じさせる視線がびしばし突き刺さってくる。



 なんなんだろうこの視線は。この世界に来てはじめて感じるものだ。



「……まさか、ここまであからさまに敵意をむけてくるとは、意外にござるな」

 俺が首をひねっていると、マックスが口を開いた。


「なにか知っているのか、マックス?」



「はい。噂として聞きおよんでおりましたが、どうやら事実だったようです。この地を裏で牛耳るジョージ・クロスという男がいるのですが、そやつはたいそうなサムライ嫌いで、十年前に現れた伝説のサムライを指差してあれは偽物だと言い、嫌っているようなのです」



「あらら」



「ツカサ殿が再び現れるまで、サムライの話がまた表に出ることもなく、この男は静かだったようですが、サムライの再来によって様々な噂が流れてきたことにより、ぴりぴりとしていてその雰囲気が支配地域にまで伝わっているのでしょう。特にこの街はヤツのお膝元。下手にサムライの話をしてその親分の逆鱗に触れてはたまらないと、皆怯えているのでしょう」



「なるほど」

 マックスの説明に、俺は納得した。一緒にリオもうなずいている。


 今まで感じたことのなかった視線というのは、そういうことだったのか。今までのところでは、サムライはあくまでこの国を救った英雄のあつかいだった。だからマックスがあんな格好をしていても、ああ、英雄好きなんだ。ですんだわけだが、ここでは違う。裏で目を光らせている人が嫌いなんだから、それに関わりたくもなく、厄介な姿なんだからやめてくれと思っているわけなのだ。


 下手に俺。というかあからさまにサムライを意識した格好をしているマックスに関わって裏の人に因縁をつけられるのを避けたいがため送られているのが、この視線というわけである。


 俺達は旅人だから、そんな思惑気にもせずするっと街を通過しちゃえるけど、街の人達は下手に関わるとずっと目をつけられ続けることになっちゃうからなあ。そりゃぴりぴりもするわ。


「つーかさ、それって主にマックスのせいだよな」



「いかにも!」

 リオの言葉に、マックスが胸を張って堂々と言い返した。



「なら、マックスがその格好やめりゃいいんじゃないか? そうすりゃ一晩ここで宿もとれるし」


「断る! なぜ悪党にあわせ服装を変えねばならぬのか! 好き嫌いさえ自由に声に出せぬ恐怖による支配に屈する理由は拙者にはない!」


 うーん。確かにそれも一理ある。気持ちもわからないでもない。でも、無駄に波風を立てるのもどうかと思う。



 君はとっても強いから堂々としていてもいいかもしれないけど、巻きこまれるこっちはそんなに強くはないんだから、たまったもんじゃない。


 特に逃げられない街の人なんかは怖くてマックスに話しかけることもできないじゃないか。これだと、今日ここで宿をとるというのも厳しいかもしれない。



 でも、マックスの言い分も俺は認めてやりたい。その気持ちもわからないでもないから。かといって、街の人に迷惑をかけるのも忍びない。



 となると、一番いいのはこの街はさっさと抜けて、一つ先の村にある宿に泊まるのがどちらも損をしない安全な選択肢だろう。


 騒動から逃げるわけじゃない。そう。街の人達の不安を払拭するためなのだよ。だから、決して逃げるわけじゃないんだからね!



 よし、決まった。心の中で大ツカサ会議を終え、二人に決定を伝えようとしたその時だった。



「おうおう。おうおうおうおう!」



 大通りの人ごみがばっと割れて、そこから五人のいかにもごろつき風の格好をした男達が風を切って歩いてきた。

 進行方向と視線の先は、明らかに俺達。正確にはサムライもどきの格好をしているマックスの方をむいている。


 俺は、この時思った。



 ああ、遅かった……と。



「てめえか。この街に堂々と入りこんできたサムライかぶれのヤロウは。ウチのボスがサムライが嫌いだって知っていてその格好をしているわけか? あぁん?」


「そちらのボスの好き嫌いなど知ったことではない。拙者がこの格好をしていてなにか問題でもあるのか?」


 五人の男のうち、先頭に出てきたハチガネをつけた男がメンチを切りながらマックスを睨み、マックスも俺よりさらに一歩前に出て、平然とその視線を見おろしながら答えを返した。


 マックスの身長は百八十オーバーで、にらむ男の身長は百七十五ほどで、男は背を曲げながらにらみを利かせるような形になっていた。


 二人の視線がぶつかりあい、小さく火花が散ったような気がする。



「大体なんだその格好は。偽モンの偽モンとは恥ずかしくねえのかよ?」

 男はマックスの腰にささる剣を見て、けけっと笑った。後ろを振り向き、仲間へ笑うよううながす。


「へへへっ。まったくだぜ。せめて刀の形をしたやつをさせってんだ。笑っちまうぜ」

「まったくだぁな」

 ハチガネをつけた男にうながされ、後ろの男達もわははと笑う。


 マックスもその言葉にはカチンと来たのだろう。俺達に背を向けたマックスが、にやりと笑ったように感じられた。



 あ、これはちょっと嫌な予感。



「ふっ。確かに拙者はサムライではない! しかぁし、こちらにおわすこの方は違うぞ! この方こそ真のサムライ! 伝説をこえる伝説のサムライ、ツカサ殿である!」


 高らかに大声で宣言しやがった。


 いくら自慢したいからって、こんなタイミングでいうことないだろー!



 この言葉が響いた瞬間、ざわりと場の人達に動揺が広がる。



 大きく振りかぶって手を俺の方に向けたから、マックスが誰のことを主張したのか丸分かりだ。その男達の視線だけじゃなく、周囲の野次馬の視線まで俺にむいてくる始末だ。


 ざわざわというざわめきがこの大通りどころかその周囲にまで広まっているように感じられるくらいだ。



「な、なんだと……!?」

「ほ、本物なのか!?」


 男達は俺の姿を見て、刀のオーマの姿を確認した瞬間、腰が引けたようにして怯えはじめた。


 本物のサムライと聞いて、明らかに雰囲気が変わった。



 俺本物じゃないけど、やっぱりこの国を救ったっていうサムライのネームバリューはすげぇんだなあ。



 マックスは言い切って胸を張った。滅多にない主張の機会だから、とても嬉しそうだぞこのやろう。



「はっ。ば、バカ言うんじゃねえ。なにがサムライだ! 偽物のくせに! おいてめえら、こいつにわからせてやれ!」

「お、おう!」


 こぶしを振り上げ、ハチガネの男を先頭にして襲い掛かってきた。



 バキィ!



「ぐぁっ!」

 前に出た瞬間、ハチガネの男がそのアゴを殴られ崩れ落ちる。


 その一瞬の交錯に、飛びかかろうとした四人の動きも止まった。



 マックスが右手を大きく振り、横に大きく広げる。



「貴様等など拙者だけで十分! むしろツカサ殿が出るまでもござらん。地面に倒れたいやつからかかって来い!」

 そう、男達の前に立ちふさがった。


 四人は激昂し、マックスへ殴りかかってきた。



 戦いそのものは一瞬で終わった。



 相変わらず、マックスはとんでもなく強い。


 四人同時にかかってきたというのに、一人目の顔面を殴り吹き飛ばし。その後ろに来た男へとぶつけた。これで残りは二人。さらにマックスは一歩前に踏み出し、やってきたもう一人の腹へ蹴りをいれ、腹を押さえてうずくまったその背中を跳び箱を超えるように手をついて、とびこえ、最後の一人の顔面に蹴りを入れた。


「ひっ、かてねぇ!」

 誰かの声が響き、男達四人は各々の肩を寄せ合い、逃げていった。



「おおい、一人忘れているぞー」



 逃げていく四人に向かい、マックスが告げたが、彼等はそんな言葉耳に届かないようで、そのまま人ごみに姿を消していった。


 それと同時に、野次馬も波がひいていくかのように去ってゆく。



 こりゃあ、完全に今日ここで宿をとるのは無理だな……



 俺はため息をついた。


「ふふっ、たわいない!」


「たわいないって意気ごむのはいいけどよ、こいつどうするんだ?」


「むっ……」


 胸を張ったマックスに、リオが半眼で返した。


 まったくだ。このまま気絶させていても……って、ん?



 この時、俺は気づいた。ベルトのところに、あるものがある。こいつは……



「マックス。この人のこと起して。聞きたいことがある」



「は、はい!」

 俺の言葉に反応したマックスは、男を持ち上げ、その背に活を入れた。


 小さなうめき声をあげ、男は目を覚ました。



 確かめなければならない。なぜ、彼のベルトに『護』という漢字にも読める刺繍の入ったお守りのような物がぶらさがっている理由を!




──マックス──




 拙者はツカサ殿の指示に従い、気絶した男の背中を軽く押し、活を入れた。


 小さくうめいた男が息を吹き返し、きょろきょろと視線を見回し、拙者やツカサ殿を視界に捕らえる。



「お、お前達……!」

 だが、腕を押さえた拙者により、男はまったく身動きが取れない。


 ツカサ殿がゆっくりと男の前に立ち、男の視線にあわせるよう、腰を落とした。



「一つ聞きたい。これ、誰からもらったの?」

 ツカサ殿は、ベルトについていた小袋を指差し、男に問うた。



「だれ、だと? そりゃ決まっている。俺達のオヤジ、ジョージ・クロスだよ! そいつはあの人は俺達一人ひとりに作ってくれたお守りだ! あの人はな、俺達みたいな下っ端にまでそいつをくれるほど、仲間を大切にしている人なんだ! だから、俺に手を出せばオヤジが黙っちゃいねえぞ。オヤジは、『闇人』を三人も倒す魔法の使い手なんだ!」


「ふん。魔法で『闇人』を倒せるなどありえん。出鱈目を言うな」


 かつて世界を絶望におとしれた『闇人』に魔法は通じない。魔法で倒したというのならば、それは明らかな嘘である。


「う、うそじゃねえぞ! 本当だ! お前等こそサムライだなんてウソを言うな!」


「嘘ではない。この方はサムライだ! その証拠にオーマ殿!」



『おう。おれっちの声がききてぇってのか?』

 ツカサ殿の腰にささる刀から声が響いた。これこそがツカサ殿の相棒。刀のオーマ殿である。



「なっ!? インテリジェンスソード。てことは、やっぱり……」


「その通り。本物だ!」

 拙者は男の腕をひねりあげながら、胸を張った。


「いででででで!」

 その反動で、決まった腕がさらに決まった。おっと、こいつはすまない。無意味に痛めつけるつもりはないのだ。



 ツカサ殿がすっと立ち上がる。



「マックス。その人はなしていいよ」


「え?」

 あっさりと言うので、男の方が驚いていた。拙者はうなずき、男の手を放す。


 男はすっくと立ち上がった。


 男は再び暴れようとはせず、どういうことかとツカサ殿のことを怯えたように見返す。



「一つ聞きますが、今から帰りますよね?」



「あ、ああ」

 男はツカサ殿の質問の意図が読めず、戸惑いながら返事を返す。


 拙者にはすでになにを求めているのか理解はできていた。例え拒否されようと、ツカサ殿の手にはオーマ殿がある。どこに行こうと問題はない!


 そして、ツカサ殿の言葉は拙者の考えていた通りだった。



「それなら、俺をあなたのオヤジさんにあわせてください。俺は、その人に直接会って話を聞かなきゃいけない」



「なぁー!?」


 男の驚きようといったら今まで見たことのないものだった。



 それはそうだろう。


 天下無双のサムライがそのボスに会いたいといっているのだ。それはすなわち、ツカサ殿の逆鱗に触れたということを意味する。


 サムライを嫌いだと言い、偽者だといい続け、この街を恐怖で縛る男に、ついに終わりが来るのだ!



 しかし拙者達はこの時、ツカサ殿の器の大きさを図り違えていた。




 まさか、あんなことになろうとは……




──ハチガネ──




 ヤツから飛び出したのは、とんでもない言葉だった。


 簡単に言えば、オヤジにあわせろ。


 なんてことを言い出しやがる。



 俺は、自分の体が震えているのがわかった。



 だって、だってよ。目の前にいるのが本当に本物のサムライなら、自分のボスにあわせる行為がどれほど危険なのかわかるってもんだろ?


 ウチも加入しているビッグGであれほど話題になるサムライ。



 それが、こいつならオヤジにあわせるなんてもってのほかだ。



 辺境からここまで名をとどろかせたストロング・ボブ。竜巻で壊滅させられたというガラント一家。そして、不死身と恐れられた怪人エンガン。そして竜を蹴倒しただとか、この街に来る前に領主に雷を落としただとか。嘘か真かの噂話をあげればきりがない。


 そのうちの一つでも事実があるというのなら、サムライがその気になればクロス一家なんて一瞬で消し飛ぶだろう。



 あって話を聞くだなんて方便だ。



 間違いなく、サムライは俺達のクロス一家を潰そうとしている。他の悪党達と一緒で!



 くそっ。こんなことならこのヤロウをスルーして街を素通りさせるべきだった。


 後悔してももう遅い。すでに俺は捕まっちまっている。


 こうなったらオヤジのいない他のアジトへ案内するか?



 いや、ダメだ。



 光の柱、竜巻、雷。どれか一つでも本当なら、アジトごと潰されて今度は俺の命まで危うくなる!


 むしろ話し合いといっているその建前すらなく、建物ごと壊す可能性さえうまれるじゃねえか……!


 くそっ。くそっ! やっぱり素直にオヤジのところへ連れて行かないとダメなのか!?



 いや、待て。



 俺は気づいた。



 そうだ。ヤツ等は知るらねえ。オヤジの炸裂魔法の恐ろしさを。



 あの鉤型の黒い杖からはきだされるあの一撃。かつて『闇人』も倒したことのあるオヤジの炸裂魔法。ヤツ等は、あれを知らねぇ! あれなら、サムライだっていちころのはずだ。そうだよ。真正面から顔をあわせて、オヤジが負けるはずがねえ。



 むしろ、顔をあわせさせて、オヤジが……!



 俺は、逆の可能性に気づいてにやりとほくそ笑んだ。


 そうだよ。むしろ逆だ。ああも余裕をかますサムライを、オヤジが返り討ちにする。


 これはむしろ、千載一遇のチャンス。クロス一家の名が大きくあがるチャンスじゃねーか!



 オヤジ、頼みましたぜ!



 俺は覚悟を決め、オヤジのもとへとこいつらを連れて行く決意をした。


「わかったよ。ついてこい」

 俺は、こいつらを地獄に案内するため、歩き出した。



 このサイモンリーヴの中央に立つ二階建てのでかい館。そこが俺達クロス一家の根城だ。


 入り口には常に三人の見張りが立っている。



「あ、あにき。無事だったんですね!」


 入り口に頬を真っ赤に膨らまして立っている三人がいた。どいつもこいつも、さっき俺を置いて逃げた弟分だ。


 大方俺を置いて逃げてきたから、オヤジに大目玉を食らったんだろう。



 となりゃあ、今中では俺を連れ戻すため他の兄弟達がカチコミの準備をしているはずだ。



「おう。オヤジはいるか?」

「はい。二階の私室にいますけど……」


 どうやら、オヤジは在宅のようだ。これで、ここが竜巻で潰されるとかいうことはなくなった。


 オヤジならサムライと聞けばきっと、破裂魔法の準備をしてサムライの前に立つだろう。



「そうか。客が来たと伝えてくれ」


「へい。誰ですか?」



「さっきのサムライだ」



「へっ? へえぇぇぇぇ!?」

 ぬうっと俺の背後に現れたサムライ達を見て、弟分は飛び上がって驚いた。


 まさか俺が、あいつ等をここに連れてくるとは想像もしていなかったようだ。


 なにやら葛藤するようにおろおろと入り口と俺、そして俺の後ろにいるサムライ達の姿を交互に見回している。


 入れるか入れないか。あわせていいのかいけないのか。その葛藤はもう俺がやったからいらねーよ!



 俺は取り乱す弟分の背中を蹴飛ばし、入り口の前からどかした。



「こっちだ。入ってくれ」


 俺は後ろに立つ三人組を招く。



 屋敷に入ると、俺を助けに行こうと準備をしている兄弟達の姿があった。手には武器を持ち、俺と同じくハチガネを頭に巻いている。



 たった一人のためにサムライへ挑みにいこうなんて、みんな、やっぱ俺達は家族だぜ……


 でも、やめてくれ。こいつを相手にしてたら、みんなの命がいくらあってもたりねぇ。


 館に入った俺に視線が集まる。俺の無事を見た皆が、顔をほころばせるが、あとから入ってくるサムライ達を見て、皆一斉に体をこわばらせた。



 俺は手を前に出し、兄弟達へここは騒ぐなと合図を送る。



 どうやらそれで、皆事態を理解してくれたようだ。あのサムライを殺るには、オヤジの破裂魔法しかないって感じたようだ。


 そりゃそうだろ。サムライを相手にするには、オヤジくらいの規格外じゃねえと無理だ……



「あんたらはそこをまっすぐ行った客間で待っていておくれや。すぐにオヤジを呼んでくるからよ」


「うむ」

「はい」


 ヤツ等は素直にうなずいた。よし。これでオヤジにサムライが来たと伝え、魔法を準備してもらえりゃ、勝てる!



 俺はにやりとほくそ笑み、二階のオヤジへ伝えようと、階段に足をかけた。



「その必要はない」



 二階にあがろうとしたところで、階段の上から声がした。


 このいぶし銀な魅力的な声は……



「オヤジ!?」


 見上げると、銀色にも見える白髪をオールバックにしたナイスミドルな男が階段の踊り場にいた。



 なんてこった。まさかオヤジが先におりてきちまうなんて。



 くそっ、さっきから騒いでいたのが仇になったか。サムライ嫌いのオヤジなんだ、サムライが来たと聞こえりゃそりゃすぐに降りてきても不思議じゃねえ。


 だが、それなら間違いなくあのサムライの着ているヤツに似たオヤジの特注の服の懐には、あの魔法の杖がおさめられているはずだ。



 なら、大丈夫。大丈夫だ……!



 俺は心の中で、創世の女神ルヴィアに祈りを捧げた。


 オヤジは自分を見上げるヤツ等を見おろし、ため息をつくいた。



「また、偽物か」



 いつもの、偽サムライを見た時の反応だ。


 十年前に現れた伝説のサムライを見た時も、サムライを騙ったヤツを見た時も、オヤジは同じ反応しか返さない。


 オヤジがどうしてここまでサムライを嫌うのかは、誰も知らない。



 俺もなぜか聞いたことはあったが、「サムライを見てお前はおかしいと思うか?」と聞かれ、「どこが?」と答えを返すしかなかった。


 オヤジはそうだろうなとうなずき、「お前達には理解できねぇよ」と渋い声で言われたのを覚えている。



 きっと、オヤジにしかわからねぇなにかがあるんだろうな……



 オヤジがぎろりと階段の踊り場からヤツ等を見おろす。


 その視線に睨まれてもいねぇってのに、こっちの背筋まで震えてくるほどの迫力だった。


 だが、あのサムライはオヤジの眼力にまったくひるまなかった。



 それどころか、なにが嬉しいのか、頬を緩ませニコニコと笑顔まで浮かべていやがる。



 なんて余裕だ。これが、サムライ……!



 サムライは笑顔を浮かべたまま、一歩前に出た。


 オヤジも自分の眼力にまったくひるまないヤツを見て、眉をひそめた。ゆっくりとその手が、懐へと動く。


 だが、サムライの動きを見て、オヤジも動きをとめた。



 なんとサムライは、おもむろに腰の刀をはずし、床に置いたんだ。



 こいつ、自分の武器をみずから手放しやがったんだ。まるで、敵意なんてないということを主張するように。


 それは、俺達。それどころか、ヤツの仲間さえ驚く暴挙に見えた。



 当たり前だ。敵地のど真ん中で武器を手放すなんて、正気の沙汰じゃねえ。



「%&¥#$」



 突然、オヤジに向けサムライがわけのわからない呪文みたいな言葉をつぶやいた。


 サムライの言った言葉は、誰も理解できなかった。



 だが、その呪文を聞いた瞬間、オヤジの顔が驚愕に染まる。



「#$$%&%¥@」



 次の瞬間、オヤジも俺達も聞いたことのない呪文を返す。


 それはまるで、サムライの呪文に答えているかのようだった。



 今度は俺達が驚きの表情をあげる。



 この二人は、この呪文を知っている……?


 呪文ということで、俺は一つ思い当たる。



 そうだ。オヤジは魔法が一切通じない『闇人』にさえ通じる魔法を使える。同じくサムライも、『闇人』に通じる神秘の技が使える。つまり、オヤジのあれは、サムライの国の技だってことか!? オヤジは、サムライの一種だったってことなのか!?



 俺が気づいた瞬間、兄弟達も同時に察しがついたようだ。俺達の中で、なにかがつながった気がした。


 サムライを偽物だといっていたオヤジ。その本当の意味は、オヤジは本当に本当のサムライを知っていたからなんじゃないかと……!



 こ、これは、とんでもねぇことだ!



 階段の上と下からにらみあう二人は、視線をはずさないまま、オヤジは階段をおり、サムライはそのオヤジのところへとむかって歩き出した。


 オヤジが階段をおりるのと同時に、サムライもオヤジの目前へと到着する。


 オヤジの方が身長は高いが、二人の立つ高さは、同じになった。



 二人は足をとめ、じっとにらみ合うようにして見つめあう。



 俺達の間に、大きな緊張が走る。



 一触即発。



 サムライは素手でも強い。そのサムライの眼前まで近づいたのだから、勝負は一瞬で決まる。


 誰もがそう思いいつでもオヤジの援護でヤツに飛びかかれるよう、兄弟達は準備していた武器に手をかけた。ちなみに俺は、拳を握るしかできねぇ。



 ごくり。


 誰かの喉が鳴った。



 その瞬間、二人が同時に動いた。


 オヤジは懐に手を入れるのでなく、そのまま右手を動かした。



 同じくサムライも右手を動かす。あの近さじゃやはり、あの魔法の杖を使うより素手の方が速い!



 がしぃ!



 二人が動いたかと思った瞬間。二人の手は、がしりと握られていた。硬い硬い握手。



 それが、俺達の目の前で繰り広げられた光景だった。



 二人はそのまま、握手をしたまま、肩を抱き合った。



 その時のオヤジの顔。それはまるで、何十年も探し続けたなにかを見つけたような顔だった。


 どこか、安らかで、安心したように、サムライを抱きしめている。


 ぽんぽんと、サムライの背中をなでたオヤジは、そっと手を放し、俺達の方を見た。



「ワシはこの方と積もる話がある。彼のお仲間は客人として失礼のないようできる限りのもてなしをしてやってくれ」

 そして、巌のようなオヤジが、笑った。


 俺達はその表情を見て、ぽかんとするしかできなかった。



 オヤジはサムライの背中をおし、二階へとあがっていく。



 どうやら客間じゃなく、オヤジの私室へ案内するようだ。



 滅多に人を入れない、オヤジの私室へと……



 そのうしろ姿はまるで、心を許した親友同士であるかのようだ。


 あんな安心したオヤジの顔、俺達は見たこともねぇ。


 俺達にはできなかったことを、出会ったばかりのサムライは軽々とやってのけた。そんなに、そんなにすげぇのか、あのサムライってヤツは……



 羨ましい。そう思ってあのサムライの背中を見ていると、あのリーゼントのサムライもどきと目が合った。



 あいつも、オヤジの背中を羨ましそうにしながらハンカチを噛んでいる。こいつも、あのサムライと心を通わせたオヤジが羨ましいらしい。


 俺とあいつは、視線をあわせた瞬間、変な笑いが同時にわきあがってきた。この時、二人の間には見えないなにかが生まれた。


 俺達もどちらかともなく手を出し、硬い握手をかわした。



 ああ、そうか。オヤジも、あのサムライも、こうして心を通わせたのか……



「いや、違うと思うよ」


 床に置かれた刀を回収した帽子の坊主が呆れたように言っていたが、気にしないことにした。



『……んがっ! ね、寝てない。おれっち寝てない!』



 インテリジェンスソードがいきなり寝ぼけたことを言っている。つーか実際寝ぼけていたようだ。寝るインテリジェンスソードとか、いったいなんなんだ?


 帽子の坊主の疑いの目を無視しつつ、俺はマックス(親友になった)とオヤジ達の話が終わるまでいろいろな話をした。



 今まで俺達の苦労話。実はあの伝説のサムライに憧れていたりしたけど、オヤジが怖くて言い出せなかったとか、マックスはあのサムライに出会うまで、この格好は実は少しテレがあったとか、膝を突き合わせて話し合った。



 一方あの帽子の坊主は、俺の兄弟からギャンブルで金をまきあげていたのだとか。あの小僧、イカサマしてんじゃねぇかってくらい強かったらしいが、俺は耳に入れていなかった。


 しばらくして、オヤジとサムライが肩を並べて降りてきて、オヤジは階段の踊り場からこう宣言した。



「こいつは、本物だ。そして俺は、こいつの旅をできる限りバックアップすることに決めた。お前達、よろしく頼むぞ!」



 その時の衝撃は、言葉では言い表せない。



 あれほどサムライを嫌っていたオヤジが、サムライを本物と認めるなんて……


 そして、サムライを助けるために支援するなんて……



 オヤジをよく知る俺達は、ぽかんと口を開けて唖然としてしまった。


 そう宣言するオヤジは、まるでつき物が落ちたかのようにすっきりとしている。



 もう偽物なんてどうでもいいように見えた。オヤジはついに本物と認められるだけのサムライに出会い、満足することができたんだというのがわかった。



 オヤジはもう、サムライの呪縛から解き放たれたんだと、俺は気づいた。オヤジはもう、偽物なんて気にすることはなくなったんだと……!!


 そうか。サムライがどうしてもあわなきゃいけないっていうのは、こういうことだったのか。


 あの時なにかに気づいて、オヤジのことを救うために、どうしても会わなきゃいけないと言ったのか!



 なんてこった。警戒した俺が、恥ずかしい……!



 あのサムライ、なんてスゲェ男なんだ。オヤジの言葉に、俺達も、そしてあのサムライの仲間達も、すげぇと立ち上がった。



 屋敷の中で大歓声が上がる。



 俺達はオヤジからサムライの呪縛を解き放ってくれた真のサムライを歓迎する。胴上げをしての大歓迎だ!


「ありがとう、ありがとう!」

「いやっほー!」


 この日、屋敷はおろか、サイモンリーヴの街はまるで祭りのような大騒ぎとなった。


 なにせウチのオヤジ。ジョージ・クロスにサムライが認められた日だからな! あのオヤジがサムライを認めたなんて裏社会のヤツ等が知ったら、腰を抜かすほどの事態だぜ!



 こいつはめでたく、そしておおごとだぜ!


 いやっふぅぅぅぅ!




────




 悪党互助組織ビッグG。その議長はビッグGの召集会議が行われる議長席で頭を抱えていた。



 あのサムライ嫌いのジョージがツカサをサムライと認め、その支援を発表したという話は一瞬にして国中の悪党へと知れ渡ったからだ。

 サムソン領を裏から牛耳る大悪党のジョージが、真正面から乗りこんできたサムライに眼力のみで屈したという話が、議長の耳に尾ひれもついて大きく大きくなって入ってきた。


 あの破裂魔法のジョージ・クロスがサムライに頭をたれ命乞いをするとは、やはりサムライに逆らうもんじゃないと、悪党どもはこの情報にさらに震え上がることとなる。


 なにより、サムライにクロス一家がついたことにより、裏社会の勢力図がまた大きく変わる。


 それは、悪党互助組織ビッグGを再び震撼させる情報であり、悪党達は生き残るためにサムライの軍門に下るという手段があるのかという新たな流れさえも生み出そうとしていた。



 ビッグGに所属する悪党は、サムライに迎合して悪事を諦め生き残るか、それとも逆らい滅ぼされるか。その二択となろうとしていた……



「なんという。なんということだ……!」


 議長は頭を抱えていた。サムライが現れ、まだそんなにもたっていないというのに、この国の悪党どもの力はずたずたにされてしまった。



 胸を張って表を歩き、目に入った金持ちを襲い金を奪い、村を見つけては蹂躙することはもう、できないというのか。



 たった一人のサムライによって、彼が築き上げた悪党どもは震えて過ごす冬の時代が訪れてしまった。


 こうなったらどうにかしてサムライを抹殺するしか道はない。


 しかし、それを行える暗殺集団も、強大な力を持つ悪党も存在しなくなってしまった。



 つまり、打つ手なしということである……



「くそっ……なんという、なんということだ……!」

 頭を抱え、議長は再びつぶやいた。


 もう、何度もこれしかつぶやいていない。これほど状況は最悪なのだ。



「お困りのようだな」



「だ、誰だ!」

 議長が顔を上げる。



 ぬぅ。



 会場のすみ。闇の中。そこから一つの人影が現れた。


 それは、人。というのだけがわかった。


 人の形をしている。しかし、まるで闇がそこに現れたかのように、真っ黒で漆黒で、闇色だった。



「お、おまっ……」

 議長は、その姿をしている存在を知っている。十年前、『ダークシップ』より現れた人類の天敵。『闇人』


 そいつは、その姿をしていた……!



「安心しろ。私はお前の敵ではない……お前に、これを授けに来た……」


 闇の手が、ぬぅっと伸びる。



 その手には、一本の剣が握られていた。


 闇を抽出して作られたような、漆黒の剣。



 ダークソード。



「サムライが、憎くはないかね?」


 漆黒の闇を纏ったそれは、そう言った。




──ツカサ──




 ジョージ親分という人の顔を見た瞬間、俺は、この奇跡のような疑いに確信を得た。


 西洋風の堀の深い顔立ちをしているけど、確かにその雰囲気がある。きっと、ハーフ。もしくはクォーターなのだろう。


 服装も、どこかスーツに似ているというのもより希望を抱かせた。


 どこかいぶかしげに俺のことを睨んでいるように見えるけど、俺はいくら睨まれてもにやけるのがとめられなかった。


 だって。



 だって……



 俺は、オーマを腰からはずし、床に置いた。なんか静かだと思ったら、いつの間にかオーマ睡眠の時間に入ったらしい。最近ホント生活サイクル狂いまくりだな。はいいとして。これはむこうに敵意がないことを示すためと、今から行う確認のためには、オーマの機能が邪魔になってしまうからである。


 なにせオーマを持ったままだと、俺が今から発する言葉は、誰にでも通じる言葉になってしまうから。


 あのハチガネをつけていた人の腰にあったあの代物。そして、ジョージさんの顔つき。あのスーツみたいな服。



 それらから得た大きな希望を胸に、俺は口を開く。



「こんにちは。俺の言葉、わかりますか?」



 俺の言葉。日本語を聞いた瞬間、ジョージさんの顔色が変わった。


 目を見開いて驚いたような表情を見せ、口を開く。



「お、お前、日本人か!?」




 つ、う、じ、た!




 この感動、なんて言えばいいのだろう。見ず知らずの外国で日本語を話す人と出会えてたというレベルではない。これは海で漂流して運よく船なんかで助けてもらったとか、そういうレベルの喜びだろう。


 やっぱりだ。あのハチガネをつけていた人の腰にはなんと、お守りみたいなものがあったのだ。神社なんかでよく買えるお守り袋に、『護』という刺繍の入っていたのを見つけた時、俺は飛び上がるかと思ったくらいだ。


 そして、ジョージさんの顔。確かにいかつくて堀が深いけど、日本人らしい雰囲気があった。なにより、俺の制服と同じくスーツを模したその服。これだけの条件が重なり、さらに日本語が通じたということ。それはつまり……!


 この人も、この人も!! 俺と同じ異世界人。日本人だ!



 いた。この異世界に、同郷の人がいた!



 この感動は、なんと言って現せばいいのかわからない。


 それはジョージさんも同じようだった。


 俺達はじっと顔を見つめあい、ゆっくりと近づいた。


 その存在を確認するように、硬い握手をかわして、そっと背中を抱きしめた。



 ぬくもりがある。



 夢じゃない。


 本物だ。


 きっとこの人も、さびしかったんだろう。



 俺を抱きしめて、小さく感動に震えていた。



 俺も、まさかこの世界で同じ日本人にあえるなんて想像もしていなかったから、驚きと喜びと、もうなにを考えていいのかわからない。



「ワシはこの方と積もる話がある。彼のお仲間は客人として失礼のないようできる限りのもてなしをしてやってくれ」



 ジョージさんがそう言い(この言葉は俺に理解できないこの世界の言葉だった。あとでなんと言ったか聞いた)、俺はうながされるまま二階の私室へ案内された。


 リオやマックスが俺のあとを追おうと一歩足を踏み出そうとしたけど、俺はそれを手でせいした。かわりに床に転がったままのオーマを指差し、それを頼むとジェスチャーだけする。


 ここは悪いんだけど、二人きりで話させて欲しいんだ。



 色々と、積もる話があるからね!




──ジョージ──




 ワシの名はジョージ・クロス。正確に言えば、黒須譲二といい、今から約二十年ほど前、とある事情で橋の上で銃に撃たれ、川に落ちてこの世界へ流れ着いた男だ。


 どうして日本の川に落ちたというのに、この世界。イノグランドの川岸にたどりついたのか、理由は定かではないが、俺は着の身着のまま、この世界へ放り出されることとなった。


 むこうの世界から一緒に持ってきたのは、日本で商品としてあつかっていた一丁のオートマチック拳銃とそれ用の弾丸がひとパック。それとタバコとマッチがひと箱あったが、これは水につかってだめになった(銃と弾は商品だから防水の袋に入れていた)


 言葉もわからない世界にいきなり放り出された俺は、この銃と持ち前の度胸と元の仕事で培った経験を持って、成り上がっていった。



 元々荒々しい仕事(比喩的表現)をしていた俺に、この世界は水があった。



 魔法さえ存在する、力があれば裏でなんでもできるなんでもありなこの世界。


 言葉さえ理解できれば、やることは元いた世界の仕事と似たようなことができた。むしろ、体系化も組織化もできていないこっちの世界のヤツ等に比べ、俺のノウハウは非常に役に立った。



 そのうえ俺のこの銃は、あいつらがから見て魔法と同じだった。



 大きな音を立て、鋼の鎧さえ貫き相手を傷つけるそれ。呪文とやらの詠唱も必要もなく、剣をふりあげようとそれより早く相手を倒す必殺の一撃。



 いつしか俺は、破裂の魔狼と呼ばれる魔法使いになっていた。



 俺は、ここに来て七年もたたず、このサイモン領とやらに巣くう悪党どもを纏め上げ、この地を裏から仕切る大ボスの座に収まった。


 日本じゃしがねぇ下っ端だったってのに、偉い出世をしたもんだぜ。


 多くの手下もできた。ふんぞり返る地位も得た。



 だというのに、この孤独はずっと消すことはできなかった……



 この世界の気性は俺にあう。だが、なぜか満足することはできなかった。



 そして、今から十年前、ダークシップとかいう真っ黒い空飛ぶ船が現れ、この国を蹂躙しはじめた。俺も何体か倒すことに成功はしたが、このままじゃジリ貧になると思い、一度地にもぐって力を蓄えることを選択した。


 この国の誰もが諦めかけたその時。



 サムライと呼ばれる一団が現れた。



 その名を聞き、姿を見た時俺は元の世界の一団なのかと期待した。


 しかしそれは、俺の知るサムライとはかけ離れた存在だった。



 よく似ているが、まったく違う。俺の知る『侍』とはまったく違う、サムライという戦闘集団だった。


 だが、その姿だけは、俺のよく知る『侍』で、そいつ等が声援を受けるたび俺は元の世界を思い出すはめになった。



 ヤツ等が現れるたび、満足できない孤独感が俺をさいなむ。



 それが俺をイラつかせ、だから俺はヤツ等を偽物と呼んだ。このイラつきがわかるヤツは、俺の怒りに共感できるヤツは、この世界にはいないだろう。


 なにせこの世界のヤツにとって、あのサムライこそがサムライなのだから。この世界でその違和感を感じる偽物は、むしろ俺の方だ。俺が、異物だから、そう感じるだけなのだ。


 だから手下にサムライの違いを聞こうとも、理解なんてできるわけがない。



 そう。結局ワシは、この世界でたった一人。孤独なのだ……



 そう思い、今まで生きてきた。



 だが、そんな中で、ツカサ君は現れた。



 ワシと同じく、突然この世界に放り出された異邦人。


 いや、ワシと同じ境遇どころか、抗う力さえまともに持たぬただの学生の彼が、この魔法と暴力の世界に放り出されたのだ。その苦労はワシなんかより格段に上だったはずだ。



 しかし彼は、そんな命の危険も何度もかいくぐり、逃げ延びてここまでやってきた。彼持ち前の逃げ足とやらを使い、無茶などせず逃げに徹したからここまで来れたと彼は言っていた。


 彼の説明をすべてきちんと受けとるならば、どれも紙一重の逃亡劇だったに違いない。



 噂に聞くサムライの活躍はまったく心当たりがないというあたり、世の噂は本当にあてにならないものだ。


 しかし、こんな厳しい世界を旅しているというのに、彼はそれを笑い話のようにも語っていた。


 あまり表情を変えない少年だったが、それでもこれほどの苦労と死にそうな目にあい、サムライと間違われて逃げ回っていても、希望は失っていない。



 戦う力のあったワシとは違い、逃げるしかできない少年だというのに、この心の強さは驚嘆に値する。



 むしろ、この厳しい世界を楽しんでいるようにさえ思えた。


 若さ。というのは、この大きな変化を受け入れ、柔軟に受け流す余地があるのだろう。羨ましい限りだ。



「それならば、これからはここで暮らさないかね?」



 であるからワシは、彼にそう提案した。旅をするよりはるかに安全を与えることができる。


 しかし彼は、帰るあてが西の果てにあると言い、ワシの提案を断ってきた。



 むしろワシも一緒に来て、帰らないかと逆に誘われてしまったくらいだ。



 しかしこの時、ワシは帰りたいという気持ちより、この地にいる手下。いや、家族達の顔が思い浮かんだ。



 この瞬間、ワシはなにが自分の中で大切なものだったのか、気づかされた。



 クロス一家と呼ばれ、ワシを慕う若者達。それを心配し、お守りを縫い上げた自分。この行為こそ、彼等を本当に大切に思っていた証。


 ワシの孤独など、すでに消えていたのだと、目の前の少年に帰れるといわれ、気づかされた。


 ぎこちない笑顔を浮かべ、ワシに手を伸ばす少年を見て、首を横に振る。



「いや、ワシはともには行けぬよ。こちらに、家族ができてしまったからな。帰るには、ワシはちと長くこちらにいすぎたようだ」



 そう告げると、彼は理解してくれたようだ。彼は若いが、状況への適応力はとても高い。その、理解力も。であるから、ワシの事情も即理解してくれて、どこかはかなげに笑った。


 であるからワシは、彼にできる限りのバックアップを約束した。


 ワシはこちらに来た時すでに天涯孤独であったが、少年であるツカサ君には帰るべき家も待つ家族もいる。


 ならばここに押しとどめるより、その帰れるという希望に向かい旅を続けた方が彼のためにもなるだろう。



 それを手助けし、元の世界へ帰れるよう手伝ってやるのは大人の役目でもあるし、せっかく現れた同じ境遇の者なのだ。帰りたいという気持ちもわかる。



 それに、この孤独を消し、この世界に家族がいると気づかせてくれた彼に小さくとも恩返しがしたかった。



 ゆえに、困った時、ワシ等クロス一家は必ず力を貸すことを決めた。



 となると、彼をとりまく数々の噂は彼を守る盾となる。これは否定しない方がいいだろう。ワシはそう考えた。


 話も終わり、息子達に彼等のバックアップすると伝えると、驚きの中大いに盛り上がった。



 どうやらワシの心変わりも彼等に伝わったようだ。



 この日、初めてワシの一家は、本当の一家になったのである。



 これは、本当に彼に感謝しなくてはならないな……




──ツカサ──




 ジョージさんの私室で、ジョージさんがなぜこの世界にきたのか、俺がこっちにきてどんな苦労をしていたのかを話しあった。


 まさかヤのつく自由業の方だったなんて、そのまんま過ぎる。


 境遇も説明し終わり、続いてこの世界の人には言えない愚痴の時間になった。



「だから、なんなんだあのサムライもどきは! ワシの知る侍の刀はしゃべらんのだぞ!」

「ですよね!」


 これは、同じ世界から来た俺達にしかできない話だ。


 ここの世界の人には絶対共感できない愚痴。ジョージさんも俺も、それを言い合える唯一の人なのだから。



 だから、わかちあえる苦労もある。



 話すことはたくさんあった。



 どれくらいの時間はなしただろうか。俺も、ジョージさんも、今までためこんでいた理不尽を吐き出し、つき物が落ちたくらいすっきりとした。



 ジョージさんからいっそこのままここで暮らさないかと誘われたけど、西に行けば帰れるかもしれないということで、俺は丁重にお断りさせていただいた。



 ジョージさんはここにもう根を張ってしまったようだけど、俺はまだ、元の日本で遣り残したことがある。ような気がする。いや、夢とかないんだけどね。まだ。


 それでも、日本には家族がいるし、友達もいる。彼等にさよならも言わず、ここでは暮らせない。


 なによりこれは秘密だけど、この世界ちょっと危険すぎるし。事件や自然災害がすごすぎるだろ。



 だから俺は、西に向かって家に帰ると、ジョージさんの提案を断った。



 そうしたら旅のバックアップを約束してくれるそうで、これでサイモン領内の安全はほぼ確保されたといってもいいだろう。


 安全が保障される。なんていい響きなんだ……



 非常に有意義な時間を過ごし、俺はジョージさんと肩を並べて下の階へと降りていった。





──エニエス──




「なんということだ……」

 その報告をマクマホン騎士団副官執務室で受けた私は、その報告書に目を通し、頭を抱えた。


 あの方を連れたサムライが王都付近のサイモン領へ入ったと聞いたが、そこを裏でとりしきるクロス一家と手を組むとは予想外の極みだった。


 あのサムライ嫌いで有名な破裂の魔狼が、あのサムライを本物のサムライと認め、その配下に下るなど誰が予想していただろうか。むしろサムライと敵対し、あの地方の清掃に役立つなんて考えていた自分が恥ずかしくなるほどの結果じゃないか。



 だというのに、クロス一家を潰すどころか、逆に従えるなんてありえないだろう!



 だいたい、あのジョージ・クロスがサムライを認めるというのはどういうことだ。あの男に認められたということは、あのサムライは今まで世に現れたサムライなどよりさらにすごい。まさに本物といえる存在ということになるじゃないか。


 いや、一個人がサムライを本物と認めたなんてことはどうでもいい。そんなことより、あの一家とサムライが手を組んだというのが問題だ。


 今までただの流れ者でしかなかったサムライが、クロス一家の助力を得られるということになると、裏社会に大きな影響力を持つ一団が後ろ盾についたということになる。なにより恐ろしいのは、ヤツ(ジョージ)はサイモン領を治めるサイモン家に顔もきき、実質的にサイモン家をとりしきっている男だ。それはつまり、サイモン領の騎士団もサムライのバックについたと言ってもいい。



 この場合、大体の者は逆にサイモン領にサムライがついたと考えるだろう。その強大なサムライの力を、クロス一家とサイモン家が手にしたと。



 しかし私は、そうは思わない。むしろ、この国の危機がより迫ったともいえる。



 なにせサムライの手元には、あの方がいるのだから……


 サムライの手元にいるのはあの方だけではない。あのサムライかぶれのマクスウェル家の若き天才剣士。マックス・マック・マクスウェルをも従えている。


 サムライに絶対の信頼と敬愛を寄せるあの男も、その気になればかつて団長を務めたマクスウェル騎士団を動かすことなどわけもないだろう。



 十年たった今でもマックスの団長復帰を望む声はやまないという話なのだから。



 この二つの騎士団がサムライに力を貸すとなれば、この国の半分の騎士団がサムライのしたにつくと言っても過言ではない。


 この二つの騎士団を従え、サムライは王都を目指している。


 あの方の正体を知っているものならば、王都へ向かう意味を考えれば、最悪の展開が簡単に浮かび上がるだろう。


 ヤツがあの方をつれ、王へと謁見し、すべての真実が明るみに出れば……



 いけない。二大騎士団の後ろ盾と、サムライがあっては、他の者も認めないわけにもいかない。



 そうなれば、なんのためにマクマホン騎士団はかの方をおしてきたのかわからなくなってしまう。



 このままでは、裏の勢力図だけでなく、表の勢力図も変わってしまう!



 そうなっては一大事だ。



 これは、王の意思なのだろうか? それとも、王はまだ知らず、サムライ一人の思惑で動いているのだろうか?


 確かめたいところだが、王へ確かめにむかえば、それだけで藪蛇となる可能性もある。


 となればやはり、秘密裏にあの方には表舞台から消えてもらうしかない……!



 であるから私は、裏の勢力図が変わることを嫌うものを探し、接触した。


 目指すは、サムライの暗殺。と同時に、あの方の抹殺。



 しかし、接触した暗殺集団から帰ってきた答えは「不可能」という答えだった。


 彼等はサムライという言葉を聞いた瞬間、即座に「無理」と断りを入れてきたのだ。



 聞けば、噂に聞く悪党互助組織ビッグGに所属していた最強の暗殺集団『イクリプス』がサムライの暗殺に乗り出し、その最精鋭の暗殺者八人すべてがとっくに退けられ、その『イクリプス』そのものが消滅したというのだ。



 私の主であるマクマホン卿を狙った幻の暗殺者『無貌』が所属していた暗殺組織がすでにサムライに滅ぼされいたなど、まさに寝耳に水であった。


 そんな化け物を暗殺にいけるかと、泣いて断られたのは衝撃的であった。ヤツは、むしろ裏の社会では泣いて謝るほどの存在になっていたのである。



 まさに、伝説のサムライの再来にふさわしい評判であった。味方ならばこれほど頼もしいものはないだろう。



 しかし、残念ながらヤツは私の敵なのである。



 なんとかして、王都へ入ることを阻止しなくては。


 このまま指をくわえてみているだけしかできないなどということはない。必ず、必ずなにかできることがあるはずだ。


 私はそう信じ、なんとか水際で最後のラインを食い止められるよう、動き出すしかなかった。



 サムライめ。一体なにを考え、あの方をつれ王都を目指すのだ……!




 おしまい

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