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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
14/88

第14話 サムライ抹殺指令


────




 それは、ある谷の奥にある巨大な岩の中にあった。


 自然の侵食により削られた巨石は、まるでしゃれこうべのようにも見え、周囲には毒ガスが発生するのかコケすら生えない不毛の大地であった。

 そんな中に見える巨石であるから、周囲に住む人々は不気味に思い、誰も近寄らない。


 しかし、そのような場所を好んで集まるやからもいる。


 自然にえぐれたその内部を改造し、多くの者達が集まる場所ができた。



 そこには、この国で悪事を働く悪党どもが集まり、様々な情報を共有したり、自身の悪事を語ったりする悪党による悪党のための悪党の聖地と化していた。



 悪党達の互助組織。その名を、ビッグGと言った。



「ストロング・ボブに続き、不死身のエンガンもやられたそうだ」



 薄暗い大広間の中、壇上にいる男が小さく呟いた。


 壇上に肘を乗せ、両手をアゴのところで組んでおり、その顔には仮面がつけられ素顔は見えない。



 広間には同じように仮面や覆面などをしてテーブルに座る者が多くいた。



 ここは悪党のための互助組織だが、素顔を晒して堂々と姿を現す者の方が少ない。助け合うといっても、最大の目的は情報収集。その中には、後にライバルとなる同席者の者達もふくまれているからだ。


 男の言葉が響いた直後、大広間が一瞬大きくざわめいた。



 誰にやられた。という疑問は発せられなかった。



 誰がやったのかは皆わかっていた。この場においても話題の中心なのは、しばらく前に再来した伝説のサムライのことであったからだ。


 ストロング・ボブも不死身のエンガンもこのビッグGでは名の通った悪党であった。


 どちらも素顔を隠さず堂々とこの場に現れ、その悪名にたがわぬ大立ち回りをし、多くの者に疎まれながらも、悪党として多くの尊敬を集めていた。



 その圧倒的な強さは、彼等の憧れの的でもあったのだ。



 しばらく前(第9話)にエンガンが自身の砦を離れ外出したのは、ストロング・ボブがやられたことによる緊急召集が開かれたからである。


 そしてまた、そのエンガンが倒されたことによる緊急招集がなされたのだ。



「さらに、無貌のダンナもやられた」



 ざわっ!



 より大きなざわめきが広がる。


「マクマホン領の暗殺失敗は、やはり無貌の暗殺者だったのか」


「本当にいたのか。無貌の男……」


 先日マクマホン騎士団に捕縛された暗殺者は実在するかも怪しかった『無貌』と呼ばれる暗殺者であった。


 それが本当に存在していたことも驚きだが、なによりここで話題に上がったという事実に驚きが広がった。



 場にいる悪党達の視線がある場所に集まる。



 それは、その無貌の暗殺者が所属していた暗殺組織『イクリプス』の頭。通称『棟梁』と呼ばれる老人のもとだった。

 老人は仮面をつけておらず、巌のような顔をしたまま目を瞑り、無言でその視線を受け流す。



 まるで何事もなかったかのようだ。



 なんの反応も見せぬ棟梁の姿を見て、悪党達は戸惑いを見せながらもまた壇上の男へ視線を戻した。



「このままじゃサムライの通った場所すべてで俺達は壊滅させられていくぞ」


「くそっ、ヤツの通ったあとは俺達悪党の生き残る道はないってのか!」


「一体どうすりゃいいんだ」


「はっ、簡単な話さ。ヤツを見つけても手を出さなきゃいい。街を通り過ぎるのをガタガタ震えて待っていりゃいいのよ」


「んだとてめぇ!」


 誰かの不安からはじまった言葉から、誰かの挑発がはじまりがたんと椅子を蹴り立ち上がった男達が襟首をつかみにらみ合う事態となった。


「大体、わかっているのは刀を持っているってだけで他の情報がねえってのにどう警戒しろってんだ!」


「はっ。刀を見せられたら逃げだしゃいいだろ。サムライの再来以来、また偽物が増えてきているようだがな!」


「なんだとてめぇ!」

 それを横目に見た壇上の男が、小さくため息をついた。



「報告はまだ終わっていない。先日マクマホン領で暴れたドラゴン。それを倒したのもそいつだ」



 ざわっ!!!



 今までで最大のざわめきが広がった。



「本当にドラゴン暴れていたのかよ」


「き、騎士団が倒したんじゃなかったのか?」


「いや、確かに無貌のが捕まったのは武闘大会中。ドラゴン討伐はその直前。時期的にサムライがいても不思議はねぇ……」


「ドラゴンなんて、エンガンどころじゃねえじゃねえか。そんな化け物どうやって倒すってんだよ!」



 悪党どもに動揺が広がる。



 ストロング・ボブ、不死身のエンガンはこのビッグGの顔であった。特に不死身のエンガンなど誰も殺せないことから『不死身』という二つ名がつくほどの化け物。だが、それを屠るだけでなく、最強の生物と名高いドラゴンまで倒したとなるとこの世界で倒せない存在はいないということになる。


 そんなのが各地を歩き悪党を狩って歩いているのだ。腕に自信のない者達は震え上がるのも当然と言えよう。


 現に、サムライが通ったと噂されるヤーズバッハの街、ガランの宿場などはその悪党一家がことごとく滅んだ。どちらもサムライがド派手な技を披露し、そこに立ち寄ったのは間違いないという話だ。



「……」



 壇上の男も、不安にかられる悪党達へ明確な対策をかける言葉を持たなかった。


 一応この男がこのビッグGの取りまとめをしているが、彼に言えることは嵐を避けるごとくサムライが自分のシマに現れたのならおとなしくしていろ。と先ほどチンピラが叫んだことを実行させるくらいしか思いつかなかったからだ。



 はっきりと言って、下手に手を出せば潰されるのはこちらなのだから。



 無言でいるまとめ役の不安が伝わったのか、周囲の悪党達も喉を鳴らし肩を震わせた。


 特にサムライの進行ルートに存在している悪党一家は気が気ではない。



 このままでは、サムライの格好をしたヤツが来るたび怯えてすごすこととなる。



「……うろたえなさるな」



 動揺が広がるビッグGの中で、一人の老人が口を開いた。


 口を開いたのは、先ほど一度視線の集まった暗殺集団『イクリプス』を束ねる男。『棟梁』だった。



「例え相手がサムライであろうと、相手は人間。頭や心臓を貫かれて生きておられるはずがない」



 巌のような老人の瞳がゆっくりと開き、言葉をつむぐ。



 その威厳の塊のような声は、ざわついていた悪党達の動きを一瞬にしてとめさせた。


 老人がすっと手を上げ、ぱちんと指を鳴らす。


 すると老人の背後にある通路に光がともり、床から光が生まれた。



 九つの光の柱が生まれ、そこには、八つの人影が現れた。



 ともった光の上に立つ影が八つ。それぞれの姿の胸元あたりまで照らされ、その顔は影になり見えない。


「この者達は、ワシ等『イクリプス』最高の八人。今からこの者達が、サムライの命を奪い、ワシ等に安息の時間を取り戻すことじゃろう」

 老人が、にやりと笑った。



「おおっ!」

 棟梁の言葉を聞き、悪党達は沸きあがった。



 しかし、光の数を数えなぜ九つの光に八人しかいないのだろうと首をひねる者もいる。


 さらに、なぜ顔を出さぬのかも。



「疑問はもっともじゃな。きゃつらは暗殺者。顔出しはそもそもNGじゃて」

 言われ、首をひねった者は納得した。考えてみれば当然の話だからだ。



「そして、ワシはそろそろ引退を考えておる。であるから、サムライを倒した者にワシの座を継ぐにふさわしい者であると認めるものとする!」


「『イクリプス』の棟梁が変わるだと!?」


「なんてこった!」

 悪党達の顔色も変わった。


 だが、幻にして最高の暗殺者、『無貌』を捕らえたサムライを殺すのだ。確かにその価値は十分にあった。



「そうか。空いたもう一つは、『無貌』の席……」



 誰もいない光の柱の理由に気づいた誰かが呟いた。


 ここにいる八人と無貌の暗殺者をあわせ、九人は棟梁の後継者なのだ。

 そんな餌までぶらさげられたのならば、ここにいる八人は全力を持ってサムライを殺すだろう。


 これならばきっと大丈夫と思った悪党達は椅子から立ち上がり歓声を上げる。



 しかしなんにでも冷や水をかけようとするものはいる。



「やめておけ」


 男の言葉が場に響き渡った。


 その水をさした男のもとへ一斉に視線が集まる。



 そこには、我々の世界のスーツによく似た服装をして仮面をかぶった男がいた。銀とも白髪と言える髪をオールバックにして、盛り上がったこの場にうんざりとしたような雰囲気を浮かべている。



「そいつは間違いなくサムライのまがい物だが、それを相手にしてもその八人では間違いなく勝てん。無駄な墓を作るだけだからやめておけと言っている」


 注目が集まったところで、男は改めて断言した。


 誰もがわかっていてあえて口にしなかった全滅と言う言葉を、この男はあえて口にしたのだ。



「てめぇはジョージか? サイモン領を裏で牛耳っているからってなに他人事みてえなツラしていやがる」



「サイモン領だと? 間違いなくサムライが通る場所じゃねえか。なのになんでそんなに落ち着いていられるんだ!」

 ジョージと呼ばれた男は、サイモン領を裏から取り仕切るこの中でも指折りの大親分の一人だった。


 二十年ほど前突然この地に現れ、瞬く間に混沌としていたサイモン領の悪党どもを纏め上げ今に至る大人物である。



 それがやめろと言うのだから、場がざわめくのも無理はなかった。



「大体なんなんだまがい物なんていうくせに、どう考えてもお前はサムライの力を認めているじゃねえか!」

「そうだそうだ。言っていることがあべこべだぜ!」


 次々と悪党達から言葉が飛ぶ。



「まがい物はまがい物だ。だが、結果は墓が増えるだけなのは事実。間違っているか?」



「ぐっ……」

 仮面の下で動いた視線に、悪党達の罵声は一瞬にしてやんだ。


 色々おかしいことを言っているというのに、眼力だけでその悪党達をねじ伏せてしまったのだ。



 この結果が、悪党達にはすべての正義。ひるんでしまったヤツ等が負けなのだ。



「だが、このまま放置しておくわけにもいくまい?」

 棟梁がぎろりと睨み、問うた。


 しかしジョージは、そんな視線気にもしないよう立ち上がる。



「放置しておけばいい。あれは嵐のようなものだ。十年前のあの時のようにおとなしくしていれば勝手に去っていく。それで十分だろう?」


 ジョージはそれだけ言うとそのままビッグGから去っていった。



「くそっ、なんなんだあの変人はよ」


「だが侮っちゃいけねえ。あれの破裂魔法は並じゃねえ。詠唱なしで人を殺せるって噂だ。おめえじゃ相手にもならねえよ」


「けっ、言ってろ」


 闇に消える男の背中へ、誰もが鼻息を荒くいろいろなものをはき捨てた。



「ふん。腰抜けがなにを抜かすか。サムライを偽物とうそぶきながら十年前も今も手出しもできん分際で」

 棟梁が忌々しそうに呟いた。


「まったくだ。口だけならばいくらでも言える」

「そうだそうだ! 腰抜けの言葉なんてどうでもいい! 棟梁、間違いなくこの八人でやれるんだろうな!」


「もちろんじゃ。きゃつの姿もすでに把握しておる。あとは誰が一番に殺すかの違いじゃな」

 棟梁があっさりと答えを返すと、誰もが大きな希望を蘇らせた。


「そいつは心強ええ!」

「さすがだぜ!」


 悪党互助組織ビッグG。その存在の意味は、このように彼等の存在を脅かす者が現れた場合の協力体制にある。

 そこに見返りはない。いや、この場での発言力の強化というものがあるが、基本的にこの場に集まる彼等は一蓮托生なのだ。


 力強く言い切る棟梁と、堂々と立つ八人の暗殺者を前に、会場は大いに沸きあがった。


 しかし、誰もがそれを考えてはいなかった。いや、それを考えないようにしていた。



 この最高の暗殺者と評される八人が、全滅することなど……




──ツカサ──




 ほー。ほー。


 どこかでふくろうと思しき声が聞こえてくる。



 マックスを置いてサドバリィを出てしばらく。俺とリオは朽ちかけた小屋で野宿をしていた。



 どうやらここは、俺達みたいな旅人が雨風をよけるため用意された簡易宿泊所らしく、真ん中には囲炉裏のようなものがあって、毛布まで置いてあった。


 なので俺とリオはその毛布に各自包まって朝を待っている状態だった。



「……トイレ」



 俺は夜中に目を覚ますと、眠たい目をこすりながらオーマをつかむ。


 オーマも寝ているようだったけど、刀という武器があるだけでも気分は大きく違う。


 この小屋の中にはトイレはない。というかトイレそのものがない。



 どこでするのかといえば、やっぱりそこらへんだった。



 小屋の扉を開け、外を見る。


 月明かりも少なく、外は真っ暗だった。



「……」


 オーマは寝ている。リオを起して一緒になんて言うわけにもいかない。



 べ、別に怖くなんてないけど、ほら。ね?



「……」

 いくら言い訳をしてもおまたを突き抜けるこの激しい感覚は消えない。小なのが幸いだが、それでもこわ……こわくないよ! 人間ほら、闇ってちょっとあれだから。ほら!



「……」



 一人で周囲をじっと見回していてもしかたがない。俺は意を決して暗闇の外へと足を踏み出した。



 草を掻きかけ小屋の裏手に周り、チャックを開ける。


 この瞬間が人間もっとも無防備だとは思うが、この開放感はこの瞬間しか味わえないだろう……



「危うく死ぬところだったな」



 暗闇の恐怖など吹き飛び、ホッと一息つくと、声が洩れていた。


 我慢して我慢しての開放とは実にいいものだが、我慢のしすぎはやっぱりよくない。意を決して外に出てきてよかったと思った結果でた言葉がそんな言葉だった。



 いや、はっきり言えばそんな大ピンチだったわけじゃないよ。全然違うよ。ちょっとほっとしたら口からでちゃっただけだからね。勘違いしないでよ!



 俺は誰に言い訳しているのかわからないが、頭の中でそんなことを考えながら小屋へ戻って行く。決して遠くでがちゃがちゃしているなにか獣の音が怖かったというわけじゃない。


 俺は小屋に戻ると、再び毛布をかぶりカバンを枕にして寝ることにした。



 眠かったのもあり、そのまま俺はまどろみもなくすとんと朝まで眠りこけることとなった。




──サイレントエッジ──




 俺のコードネームはサイレントエッジ。


 棟梁に選ばれた『イクリプス』最高の暗殺者九人のうちの一人だ。



 その名が示すとおり、音もなく気配もなくターゲットを殺すことを得意とする超一流のアサシンだ。



 今回のターゲットは今巷を騒がす伝説の再来と噂されるサムライだ。こいつを殺せば、俺は『イクリプス』の棟梁としてその座につくことが約束される。


 くくっ。まさか二十歳の若造の俺にこんなチャンスが回ってくるとはな!



 てっきり『無貌』のおっさんが次の棟梁だと誰もが思っていただけに、この棚ボタはまさに幸運というやつだぜ! その感謝の印として、サムライの野郎は苦しまずにあの世へ送ってやる!



 命令が発令された直後、俺は他のヤツ等を出し抜いてサムライの元へとやってきた。


 他のヤツ等より半日は早くサムライに追いつき、今小屋で寝ているのを確認している。



 周囲にある気配は俺とサムライ。そしてそのお供のガキだけ。これならば間違いなく殺れる!



 暗殺にはもってこいの月明かりない夜の闇の中、俺は息を殺しチャンスをうかがう。


 すると小屋の中でなにかが動く気配が感じられた。



「っ!?」



 そいつは扉を開けると、外をじっと見るようにあたりをうかがっている。


 バカな。まさかこの俺の気配に気づいたというのか?



 サイレントエッジと言われる俺の気配に気づくなんて、そんなバカなことがあるか。



 そう思いながらも、草むらに隠した身をさらに低くし影の中に隠れるよう息を殺した。


 だというのに、ヤツは俺の方へとまっすぐやってきた。



 俺の隠れる、草むらの前まで……



 バ、バカな……!

 俺はしょせん暗殺者。不意をうっての一撃がなければどうしようもない。相手に自分の気配がばれているとすれば、間違いなく……


 最悪の考えが脳裏に浮かび、俺は身を固めた。


 ヤツはゆっくりと近づいてくる。ダメだ、動くに、動けん……!



 俺は信じてもいない神に祈りながら、ヤツが「気のせいか」と去っていくのを祈った。



 しかし、ヤツは俺の隠れる草むらの前で止まった。



 気配が、俺の頭の上にある……!



 ここまで近いのなら、いけるか!? そう本能がささやくが、無理だと訴える理性がそれを押さえつける。




 じいぃぃぃぃ……




 俺が心の中で葛藤していると、そんななにかをおろす音が聞こえてきた。

「……?」



 ぼろん。



 なんだ? なにかが……



 しゃああぁぁぁぁ。



 うわっぷ。なにか暖かい液体が俺の頭にかかる。これは、これはひょっとして……



 見上げると、すげぇいい笑顔でそれをしているサムライの姿が見えた。



 月明かりも少ない闇の中、俺の特別な目だから見ることのできた。はっきりと見える俺に、あいつは、あいつは……!



 こ、この野郎、俺になんてものをかけやがる!



 だが、怒りとは裏腹に、心は冷静だった。これはチャンスだ。こんなアホな挑発をしているが、これこそがチャンスだ! 人間この状態と寝ている時と風呂に入っている時こそが、もっとも無防備なのだから!


 このまま、一気に下から突き上げれば、間違いなく……



 ……殺れる!



 俺は屈辱に耐えながら、手元の爪を振り上げようと力をこめた。



 いけっ、いけっ、いけえぇぇぇぇ!




 しかし、体は動かなかった。




 動けるわけがない。理性はチャンスだ。殺れと訴えているが、本能がそれを拒絶している。当然の話だ。こうして俺に屈辱を与えているということは、確実に俺がここにいることに気づいている。気づいている相手のどこが無防備だというんだ。ヤツの腰には刀があるのが見えるだろう。


 暗殺者がいると知ってこんな無防備な姿を晒すなんて、ただの馬鹿か自分に自信のあるとんでもない達人しかない。


 ただの馬鹿がこんな命を懸けた遊びをするわけがないのだから、ヤツは間違いなく後者だ!


 そこにむかって立ち上がるなんて殺してくれと言っているようなもんじゃないか!



 俺は、まったく動けなかった。



 俺は爪をぷるぷると震わせ、襲い掛かるのを必死に耐える。


 いつしかヤツの行為は終わり、またじいぃぃぃとなにかをしまう音が聞こえてきた。



「危うく死ぬところだったな」



「っ!」

 その言葉が降り注ぎ、ヤツが去っていく音が響く中でも、俺は欠片も動けなかった。



 やはり、か。



 やっぱりあいつは、俺の存在に気づいていやがった。気づいて、あんなことをしていやがった! しかも、俺を

、見逃した……!



 よく我慢したなとどこか褒めるような言葉。


 そんな言葉、そんな言葉! もらっても全然嬉しくねぇ! このやろうは完全に俺をもてあそびやがった。しかも、小屋に戻ってから堂々と寝ていやがる! なんて自信だ。なんてヤロウなんだ!


 くそっ。ここは完敗だ。だがな、俺の手はこの闇夜を利用した暗殺だけじゃないんだよ。覚えておけよ!




──ツカサ──




 朝になり宿場を目指して歩いて村に到着した。


 今はリオが買い物しているのを俺は商店の外で待っている。


 お金がたくさん入ったし、なにより重量軽減と空間がおかしくなった魔法の袋が手に入ったのだ。一気に持ち運べるものが増えたので、リオに頼んで食料や消耗品を買ってもらっているのである。



 お金があっても結局リオは値切ったりするので、素直に買おうと言い出してしまう俺とオーマはリオに追い出されてしまったのだ。うん。あの子は買い物上手だよ。



『で、どうすんだ相棒?』

「どうするって、リオの値切り交渉が終わるまで待っているしかないだろ」


 ちらりと窓から中をのぞく。



「たくさん買うんだからもうちょっと負けておくれよ!」

「そ、そういわれてもねぇ。これで精一杯なんだよ……」

「いやいや、ここは、こう」

「いやいやいや、こうされたらウチは破産だよ。こう」


 なんかソロバンみたいのを中ではじきあっている。



 こりゃ、長くかかりそうだ。



 でも、リオが生き生きしているからいいかな。安く買えたよとよってきたらよくやったと褒めてやろう。


 それはともかく。なにかをして時間を潰さねば。

 カバンには携帯が入っているけど、電池が心配だから電源切ってあるし、無駄遣いをするのもなんだしな。


 他カバンに入っている文庫本でも読もうかと手を伸ばそうとしたら、視界にある生き物が入った。



 それは、猫。



 純白といっていいほど白く綺麗な猫。それが商店の樽の上に座り、俺のことをじっと見ていた。


 愛らしい顔をして、首をひねって樽から飛び降り、俺の方へとやってくる。



 な、なんだと……? まさかこんなに愛くるしい猫が自分から寄ってくるなんて……!



 こ、こいつはひょっとしてアゴは腹や背中を撫で回しても怒られないだろうか。


 こうして無防備にやってくるのだから、やってもいいってことだよな。いいんだよなベイベー。


 おっと勘違いしてもらっちゃ困るぜ。俺は別に無類の猫好きというわけじゃない。単純に小さい動物を撫で回すのが好きなだけだ!


 だから、猫だろうが犬だろうがうりぼうだろうが人間だろうがなんでもござれさ!



 というわけだ。だから問題ない!



 ひょこひょことやってきた猫の前にひざまずき、その猫に手を伸ばした。


 ぺろぺろと舐めたその猫の頭をなで、アゴをこりこりと撫でる。



 すると白猫は「んにゃー」と気持ちよさそうな声を上げた。



 ほわあぁぁぁぁ。こ、こいつはやべえぇぇぇ!



「俺を、(萌え)殺す気か……」



 しみじみと呟いてしまった。


『マジか、相棒……』


「ああ。今、一瞬死にかけた」


 こんなことをいったせいか、白猫の動きが、一瞬とまった。



 俺はこのチャンスを逃さない。



 猫の体をくるりとひっくり返し、そのまま腹を、背中を、尻尾を撫で回す。


 ほおぉぉぉわっわぁあぁ! なにこの手触り。すごい。しゅぎょいよぉ! すべすべさらさら。なんだろう。リオの頭を撫でた時に感触が似てる。このこすごいよぉ!


 あとで客観的に考えて、俺はこの時この子の手触りを体に覚えこませようともんのすごい顔だったに違いない。きっと周囲の人から見たらそんな表情で猫をなでくりまわす怪しげな男の姿が見えただろう。こんな姿、ご近所さんに見られたら間違いなく事案の対象になってしまうところだったよ。



 いやあ、危ない危ない。



 だから、近くを歩いていた親子連れに「ままー、あれなにー?」「しっ。指差しちゃいけません」と言われたなんてきっとなかった。夢だった。



 なで繰り回してぐったりとした猫をひょいと持ち上げる。


 ちょっとやりすぎたかな。



 なんて思いつつ、お腹のあたりをじっとみる。



「あ、この子女の子か」


 やっぱり猫も女の子の方が毛の質がいいのかね。なんて思ったら手からすぽーんと抜け出して逃げられてしまった。



 ああっ、しまった。



 今まで撫でた中で三番目に手触りのいい子だったというのに! 異世界じゃもう出会えるかわまらないというのに、もっと堪能したかった。もったいない!



 でも、こういうのは一期一会。またがないからこそ一瞬一瞬を堪能するのが撫でリストの定め。



 俺はうんうんとうなずき、去ってゆく猫に向け手を振った。


 ありがとう。君のおかげであと三日は戦える!



『……相棒、あんたすげぇな』



 いやだなー。褒めるなよ。えへへっ。



「……なにやってんのツカサ?」


 商店から出てきたリオになんか白い目で見られちゃった。



 俺が撫でリストというのはリオには秘密だぞっ!


 オーマに黙っているようにと視線を向けた。


『わかってるよ』



 あっさりと同意してくれた。さすが俺の相棒。この秘密を明かしたのは君にだけだからな!




──サイレントエッジ──




 くくくくく。やはりヤツは油断している!


 昼間、ある村に寄ったサムライ達の前に俺は堂々と姿を現した。


 くくっ。ヤツは目の前にいるのが俺だとまったく気づいていない!



 それはそうだろう。今ヤツの目の前にいる俺は、猫の姿なのだから!



 これが俺の奥の手。シェイプチェンジ! その姿を猫に変え、暗殺対象へ近づくことができるのさ!


 サムライが無防備な笑顔を向け、近づく俺にまったく注意を払っていない。昨日は向こうの方から仕掛けられたが、今度は違う! 間合いに入ったらその喉笛を俺の鋭い爪で切り裂いてやる!



 手を伸ばしてきたのでその指を舐める。


 くくっ。この行為、人の知性があるからこそ、どうすれば人が喜ぶかを熟知している! 人はこうして指を舐められると一気に警戒心を解いてゆく! さあ、あとは俺を抱き上げろ。その時がお前の死の時間だ!


 そして俺は、サムライを殺した暗殺者として歴史にその名を永遠に刻まれるのだ!



 だが、俺の姿を知るものは誰一人としていない! サイレント・エッジの二つ名は、こういう意味もあるのさ!

 指を舐めると、サムライは俺のアゴをこりこりと撫でてきた。


 こ、こいつ、中々いい腕をしているじゃないか。思わずごろごろと喉を鳴らしちまったぜ。「んにゃー」と声を上げたのは秘密だ。



 しかし、そんなの関係ないくらいショックを受ける一言がサムライから飛び出した。



「俺を、殺す気か……」



「っ!!!?」

 しみじみと、サムライがつぶいた。



 血の気が凍った。



 バカな。ありえない……

 俺の見た目は、いや、この状態は完全に猫のはずだ。だというのに、なぜバレる……!


 サムライは、俺が動きを止めたその瞬間を見逃さなかった。



 俺の体をくるりとひっくり返し、俺を地面に転がし、そのまま腹を、背中を、尻尾を、尻を撫で回しはじめた。



 ちょっ!? ばっ!?



 にゃっ、にゃっ。こ、こいつ、ものすごいテクニシャン! にゃんにゃのこ、これ、こんなことで俺を……俺を……


 身をよじるが逃げ出せない。的確に急所を押さえ、爪を避けて俺の弱いところを、とこをふにゃぁ……!



 やめ、やめりょー!



 でも俺は逃げ出せなかった。くそっ、なんてこった。この体じゃこの猛攻は抜け出せない。だからといって人の体に戻れば大変なことになる。


 猫の姿になると人の服がなくなるのはもちろん、ここは人目がある。サイレント・エッジの俺がその正体をこんなところで明かすわけにはいかなかった。


 ちくしょう。こいつそこまで計算して俺をなぶっていやがるな。やっぱりこいつ、俺が昨日の暗殺者だと気づいていやがる。なんて性格の悪いヤロウだ!


 つーか、なんて顔をしてやがるんだこいつ。完全に俺をもてあそんでいやがる。こんなこと、『イクリプス』の誰にもされたことなんてないってのに!



 しばらくもてあそばれ、俺はもうぐったりとしてしまった。もう、うごけにゃい……こいつ、しゅぎょしゅぎる。



 ぐったりとした俺をヤツは持ち上げる。



 脇の下に手をいれ、目の高さに持ち上げたのだ。



「あ、この子女の子か」



 その瞬間、俺は顔が真っ赤になって爆発したかと思った。


 あれほどへろへろだった体が一瞬にして熱を持ち、力があふれる。


 脇にそえられているだけだったその手から抜け出し、必死になって逃げていった。



 必死になって逃げる。これで捕まったらもう、俺はヤツから逃げられない。これいじょうやつのちかくにいちゃだめだ……!



 ぴゅーという音がなるくらいの速度で俺はやつの視界から必死に逃げていった。



 ちくしょう。おぼえてろー!




──オーマ──




 そいつがおれっち達の目の前に現れた時、違和感を感じた。


 こんな猫知らないというのに、なぜかおれっちのデータベースにその存在が登録されていたからだ。

 だが、猫なんてわりとどこにでもいるし、どっかですれ違った際登録したんだろうと思ったんだが、甘かった。



「俺を、殺す気か……」



 相棒のこの一言で、おれっちも気づいた。



 あわててこいつのデータをひっくり返す。



 該当データは、昨日おれっちが寝ている間に登録されていた。しかもそいつは、猫なんかじゃなかった。人型の生き物として登録されていたんだ。


 さすがのおれっちも、こいつはやべえと感じた。


 なんてこった。こいつ暗殺者だ。猫に化けるとかとんでもねえ。



 おれっちさえ変化に気づかないということは魔法じゃない。シェイプシフターか!



 シェイプシフター。突然変異で他の獣に変身する力を持った者の総称。狼男や狐つきなど、そいつらも総じてそう呼ばれている。病の一種とも言われ、詳しいことはおれっちもよくわからねえ。だが、それは他者に恐れられ、虐げられるという。堕ちる先は、人里はなれた場所に住まうか、こいつのように人には言えない仕事へ行き着くという悲しい種族だ……


『マジか、相棒……』

「ああ。今、一瞬死にかけた」


 さすがの相棒も、一瞬油断したらしい。相棒にこうまで言わせるんだから、この暗殺者はとんでもなく有能だ。相棒じゃなきゃ間違いなく殺されていただろう。


 まさか見抜かれていたと気づかなかった猫は相棒の言葉に驚き、動きを止めた。



 相棒は当然、その隙を見逃さない。



 猫をひっくり返しまるでくすぐるかのように相手の動きを封じてゆく。


 猫は身をよじって逃げ出そうとするが、相棒はそれを許さない。なんて手つきだ。


 はたから見ると猫と戯れているだけだが、その裏じゃとんでもない争いが繰り広げられているに違いねえ!


 こんな小さな体でこんなにこねくり回されちゃもう逃げる気力もわかねえだろう……



 だが、こいつは根性があった。



 相棒もこれで十分かと思い顔の高さに持ち上げたのだが、この猫は最後の気力を振り絞って逃げ出していきやがった。



 敵ながら天晴れだぜ。



 まあ、見逃されたのにはかわらねーけどな。相棒がその気なら、撫で回すんじゃなくその首が異次元の方向を向いていたんだから。

 それに気づき、もうこんな稼業から足を洗うんだな。子猫ちゃんよ。



『……相棒、あんたすげぇな』


 猫が見えなくなったところで俺は相棒に告げた。



 まさかシェイプシフターの変化を見逃さないなんてさすがだぜ。いや、むしろ殺気を感じ取ったのか。


 きっと相棒じゃなきゃ殺されていただろうな。おれっちもきっと警告ができなかった。やばかったぜ……



「……なにやってんのツカサ?」

 買い物が終わり、顔を出したリオがおれっち達に疑問の顔を向けた。


 しっかりと買い物が終わり、ホクホク顔だが、どこかしんみりとしているおれっち達を怪しんでいるようだ。


 相棒がおれっちにさっきのことは秘密だぞ。と言うように視線を向けてきた。


『わかってるよ』


 おれっちは小さく答えを返す。



 下手に教えりゃ、リオが無駄に心配するからな。相棒がいりゃ問題ねえし、今度あいつが来てももうおれっちもだまされはしねえし、種のばれた暗殺者ほど怖くないものはねえ。


 ついでに、あそこまでされてまた来る根性があるとは思えねぇからなぁ。



 過保護だねぇ。と思いながらも、それが相棒のいいところかと改めて思うのだった。




──サイレントエッジ──




 くそっ。屈辱だ!


 俺は逃げ帰ったあと、人の姿に戻り地面を蹴って悔しがった。



 二度だぞ。二度! 二度も見逃された! こんな屈辱初めてだ!



 怒りのまま近くの木に爪をつきたてばりばりとその皮を引き剥がす。




 だが、あそこで俺を殺さなかったのが運のつきだ。次こそは、次こそは……!




「がははっ。見ていたぞサイレントエッジ」


「ええ。見ていたわよ」


「無様だったわねぇ」


「ホントホントー」


「……」


「熱が足んなかったな、熱がよ!」


「浅はかであった」



「っ!」

 背後からした七つの声に、俺は振り返った。



 振り返るとそこに、七人の男女がいた。



「てめぇら」



「がははっ、俺達を見事出し抜いた気でいたつもりだろうが、とんだ赤っ恥だったな」

 豪快に笑う筋骨隆々のハゲが笑う。


 強力無双の怪力でいかなる障壁も破壊し突き破り暗殺を成功させる怪人、ゴーリキー!



「ふふっ。とっても面白い見世物でしたね」

 ウェーブのかかった髪で片目を隠した妖艶な女が言う。


 毒をあつわせれば天下一。口にふくむまでそれが毒だと気づかせぬ毒のエキスパート、ポイゾナ!



「本当に無様な姿だったわねー」

「だったわねー」

 かわいらしいゴスロリの衣装を纏った同じ姿の双子が俺を見て笑う。


 愛らしい子供の姿でターゲットに近づき、信じられぬ体術と糸で相手をくびり殺す恐ろしき双子、ツイルド姉妹!



「……」

 面長で弓を持った男が無言で俺を見る。その瞳はどこか哀れみをこめたような悲しさを秘めた瞳だった。


 どんな遠くからでも相手の急所を間違いなく射抜き、射殺す弓の名手、ナイブス!



「炎が足りなかったのさ、炎がよ!」

 まるで薬をやっているかのようなやせ細った姿に無数の炎をイメージさせる刺青をした男が明後日の方を向いて笑う。


 炎を操りターゲットはおろか無関係の者まで焼き殺す放火魔あがりの無差別殺人者。ホーエン!



「本当に、浅はかであった」

 縮れた毛をふわふわと揺らしながらクールに言うナイフ使いの男がニヒルに笑う。


 風とナイフを操りどんな堅牢な壁も飛び越え相手を殺す天空の暗殺者、クールス!



「てめえら……」

 そしてサイレントエッジの俺をふくめた八人が次期『イクリプス』棟梁候補!


 出し抜いて先行していたと思ったが、追いついてきやがったのか!



 しかも、全員がおそろいで俺の失敗を見ていたってのか……



「ああ。見ていたぞ見ていたぞ見ていたぞ!」


「その通りよ。見ていたわ見ていたわ見ていたわ!」


 ゴーリキーとポイゾナが見ていたを連呼して笑う。



 笑うんじゃねえ!




「あらあら。あんな無様だったのにお怒りのようよお姉さま」


「そうみたいね。私なんかあんな情けない姿さらしたらとても生きていけないわー」


「ほんとほんとー。よく生きていられるわー」


 きゃははーと双子が笑う。うっせえよこのババァども! 実年齢をここで叫んでやろうか!




「……」


 ぽん。と肩を叩かれた。そこには、悲しみの瞳をたずさえたナイブスがいた。あんた……


「ぷっ」



 すっげぇ顔で笑われた。てめぇ我慢していただけかよ!




「だから火がたんねぇんだって火が!」



 それはお前の趣味だろアホ!




「浅はかなヤツよ」



 てめえはそれしか言えねえな!




「失敗は即、死だというのに、失敗した挙句むざむざ生きながらえるとは、なんなのだお前は」


「姿は見えず、捕らえられず。いかなるものもその存在に気づけない。『無貌』の再来か。なんて言われたあなたが気づかれた挙句おめおめ逃げてくるなんて、世も末よねぇ」


「ほんとほんとー」


「ムシケラ以下よねー」


「……」(ぷぎゃーっと指差し)


「そうだ、燃えろ。自分を燃やしちまえ! それがいい!」


「浅はかなヤツよ」



「ん? ちょっと待て。時間的に考えれば、昨日の夜もサイレントエッジはサムライを襲えたはずだ。だというのになぜあのシェイプチェンジを使って近づこうとした?」


「あら……」


 筋肉達磨のゴーリキーが気づいて欲しくない事実に気づいた。

 こいつ、筋肉ばかりの癖に頭はそれなりに切れるのが腹が立つ!



 それの言葉に、ポイゾナも他のヤツ等も気づいていく。



「あなたがシェイプチェンジするってことは、よほどなことよねぇ」


「そうよねそうよね。ひょっとして……」


 双子も気づいたようだ。



「……」(指を二本立てた)


「すでに一回失敗したってことかぁ!?」


「浅はかなヤツよ」



 七人全員が気づきやがったあぁぁぁぁ!



「ぷっ!」


「まさか奥の手を使っても失敗なの。なんて無様、無様オブ無様なのかしら!」


「無様無様ー」


「無様ー」


「……」(呆れたように肩をすくめた)


「俺が燃やして殺してやろうか?」


「浅はかなヤツよ」



 七人がそろって俺のことを笑う。



 げらげらと、俺は顔を真っ赤にして肩を震わせることしかできねえ。言い返せば間違いなくそれをネタに大笑いがより長く続くからだ……!

 げらげらと笑い飽きたのか、ヤツ等はうっすらと浮かんだ涙を拭い、にたにたしたまま俺の方を見た。



「さて、それではサイレントエッジが手も足も出なかったサムライをこの怪力無双のゴーリキーが一瞬にして潰してくるかな」


「あら、言うわね。サイレントエッジが手も足も出なかったサムライはこの私、猛毒のポイゾナが毒殺してあげるのよ」


「ばーかばーか。サイレントエッジが手も足も出なかったサムライはこの私達、棘のツイルド姉妹の獲物よ」


「そうよそうよー。サイレントエッジが手も足も出なかったサムライはこの私達が殺すのー」


「……」(首を掻っ切るしぐさ)


「サイレントエッジが手も足も出なかったサムライは俺様が村ごと燃やしてやるから安心しろって。なぁ?」


「浅はかなヤツよ」



 そして好き勝手なことをいい、ヤツ等は俺を置いてそこから各々各自自分のやり方を実行しようと散ってゆく。


 俺のことを、ひたすらにあざ笑いながら。



 お前等……



 俺達は全員が棟梁の座を狙うライバルだ。ライバルだからこそそれを蹴落とすためには時に敵とも手を組む。だがよ、いくらライバルだからって、こえちゃいけねぇ一線があるだろうが!



 お前等、絶対に許せん!



 こいつらがこのままサムライに向って行って返り討ちにされるのは目に見えているが、それじゃ俺の腹の虫が納まらなかった。


 俺のあの無様な姿を知られた。それを知ったヤツを生かしちゃおけねえ!



 もう仕事とか関係ない。仲間がなんだ、仲間の同士討ちはご法度だが、ヤツ等のどこが仲間だ! あんなの仲間でもなんでもねえ。



 なにより、なによりだな、あの男を殺すのは俺なんだよ!



 決めたぞ、お前等全員、殺してやる……!


 俺は怒りに切れ、それぞれ散っていった元仲間をぶっ殺すと心に決めた……!



 てめぇらに、俺の恐ろしさを骨の髄まで叩きこんでやる!!




──棟梁──




「……全滅、じゃと?」


 その報告を聞き、ワシは愕然とした。



 最初手下が報告に飛びこんできた時には、誰かがサムライを殺し、その喜びの報告にきたのかと思った。



 しかし、報告者から聞いた答えはワシの想像をはるかに超える答えだったのだ。


 信じられん。誰一人としてこの場に戻ってこない、全滅が答えだなど……



 なにより信じられないのが、その過程だ。



 全身を筋肉の鎧で覆うゴーリキーは、鍛えようのない頭を狙われ、一突きで……


 ポイゾナはみずからの毒をすべて飲まされのたうち回った果てに……


 ツイルド姉妹は真正面から抵抗する間もなく、どちらも一刀で……


 ナイブスはみずからの矢に貫かれ木の上で……


 ホーエンはみずからの炎で焼き尽くされ……


 クールスは浅はかな行動により尻に竹やりが刺さり……



 ……死んでいた。



 圧倒的だった。なにより驚くのは、どれもこれも警戒を抱く前に一太刀浴びせられており、防御を行った形跡が見られないということだ。


 それはつまり、それだけ相手が信じられない速度で。もしくはその気配、敵意を一切感じさせずに近づいてきた証である。



 ゴーリキーは頭を防御した様子もなく。


 ポイゾナはみずからの毒を奪われた挙句。


 ツイルド姉妹など武器の糸さえ抜いていない。


 ナイブスはみずから射た矢を跳ね返され死んだと思われる。きっと思いもよらぬ方法で矢を跳ね返され、勝利を確信したまま貫かれたのだ。その顔は、ものすごい笑いを浮かべていたのだから。それはまるで、弓を放った直後に射殺されたような姿だった。それは別のところからもう一本ナイブスの矢が飛んでこない限り不可能なほどで、その方法は我等には想像もできない状況であった。


 ホーエンはみずからが使う油を全身に浴びせられ焼き殺されていた。残っていたのはその特徴的な刺青の入った片手のみであり、その姿からとてももがき苦しんだことがうかがい知れる。


 そしてクールスはどうして尻に竹やりを突き刺しているのか不明だった。まるで滑って自分から刺さりに行ったような姿だ。



 どれもこれも、自分がやられると想像もしていない状況で倒されたのがみてとれた。



 ワシの最高の教え子達は暗殺者であるというのに、相手に気づけず逆に暗殺されたと言ってもいい。暗殺者にとって、これほど不名誉で屈辱的な死に方は存在しないじゃろう。



 最後にサイレントエッジの死体だけは見つからなかった。あれは猫に変化できる。人と違い、猫の状態で返り討ちにあったとすれば、その死体を調査員が見落としていたとしてもしかたがない(調査員も全員の能力をきちんと把握しているわけではない)


 見つからないから生存している。と考えるのはこれまでのことをかえりみれば絶望的と判断するのが妥当だろう。



「なんということじゃ……」



 ワシは頭を抱えた。『無貌』が捕らえられ頭に血が上っていたとはいえ、こちらから襲撃をかければ有利なのは間違いなく襲撃側のはずだった。


 だというのに、攻めるはずの暗殺者側が先手を取られ、逆に倒されるなんて想像だにしていない。


 ヤツはあの『無貌』の殺気さえとらえ捕らえるほどの凄腕なのだから、この結果も十分にありえたはずだった。



 サムライを直に見たことはなく、所詮は伝説。噂と侮っていたワシの判断ミスが招いた結果である……



 こうなったら、ワシ等『イクリプス』すべての力を結集しサムライを殺しにむかうか?


 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、ワシは頭を振ってその考えを捨てた。



 最高と謳われたワシの最高傑作の暗殺者九人全員がこうも容易く退けられた上、相手は伝説の再来とまで言われるサムライ。それを相手にいくら数をかき集めようが無意味。



 蚊虫が巨大な太陽にむかいつっこんでいったところで、その本体にたどりつく前にあふれる余熱のみで自滅するのが目に見える。


 自分は、彼等をそのような無駄死にさせるためにその(わざ)を鍛えてきたわけではない。



「ワシの代で、『イクリプス』も終わりか……」



 ワシは力なく椅子に崩れ落ちた。


 サムライが最高と謳われたワシの弟子達九人すべてを返り討ちにしたという話はすでに裏の世界に広まっているだろう。



 遠くない未来、その話は表の世界にも伝わるはずだ。



 暗殺組織『イクリプス』にはまだ大勢の構成員がいる。だが、棟梁の後継者すべてが得物さえ抜かずに倒されたなど、信頼を売りにする暗殺者にとって致命的。



 八人がかりでたった一人殺せぬ最高傑作の暗殺者の所属していた組織になど、誰が依頼を持ってこよう。



 信頼で成り立つこの世界において、この信頼の失墜は致命的であった。


 ワシはもう、気づいていた。この失敗は、ワシの組織の終焉であると……



 ワシは、手下達に決してサムライには手を出さぬよう釘を刺し、この組織の解体を決めた。



 何度も何度も、口すっぱくして伝える。


 これで何人かはサムライに手を出さず救われるだろう……



「結局、ジョージのヤツの言ったとおりだったというわけか……」



 ワシはため息と共に自嘲する。


 しかしジョージよ。ここでサムライが生きたということは、貴様のシマへもサムライが必ず行くということだ。



 その時貴様の一味は滅ぼされずに済むのかのう?



 みずからは手を出さぬといっても、サムライの方が放って置いてくれるとは限らんぞ?



 くくっ。その結果、どうなるのか草葉の陰から楽しみにしていよう……!


 くくっ。くはっ、くははははは!




 ──暗殺集団『イクリプス』の終焉。




 この報は即座にすべての界隈に伝播する。


 そして、誰もがこの言葉を口にするだろう。




 決して、サムライに手を出してはいけない。と……




────




『おい相棒。あいつまた(相棒を暗殺しに)きやがったぜ』

「ああ。また俺を(萌え)殺しにきたのか」



 サーチ機能によりその猫の接近に気づいたオーマがツカサに告げる。



 オーマはその存在のことをしっかり暗殺者だと思っていたが、ツカサはただの撫でがいのあるいい猫だとしか思っていなかった。


 ゆえに、どこか嬉しそうにその猫の方へ視線を向ける。


 しかしその猫は、ツカサの視線に気づくと、逃げるように去っていった。



 サイレントエッジは生きていた。



 あの時誓ったとおり、仲間の八人をサムライの仕業に見せかけて殺したのはサイレントエッジの所業なのだ。


 仮にも仲間を殺すのだから、自分が疑われれば今度は自分が仲間に狙われてしまう。それはまずいとサムライが殺したように装ったのだ。



 ゴーリキーやツイルド姉妹、ホーエン相手には自身の二つ名の通り気配を消して襲い掛かった。


 ポイゾナには相談を行くフリをしてその毒を飲み物に混ぜ、ナイブスはサムライを狙っているもっとも無防備なところを掠め取った矢で射殺した。


 唯一クールスは声をかけただけで滑って自分で仕掛けた竹やりに尻から刺さり死んだ。


 これらの偽装工作から、暗殺者の返り討ちはすべてサムライの仕業だと誰もが思ったのである。



 そして唯一残ったサイレントエッジが、変わらずツカサをつけねらっているという状況なのだった。


 しかし、こうして再び近づこうとしても、オーマのサーチ機能に登録されたその情報によりいくら気配を消したところで察知され、即座に発見されてしまいそのたびに逃げ出すという始末なのである。



(くそっ、猫の状態で気配を消したってのに気づかれる。どうすりゃ近づけるってんだ!)



 ツカサ達から逃げながら悪態をつく。


 足音も気配も殺して近づこうとしても、あっさりと発見され視界に入る場所に出たとたん補足され、ツカサの嬉しそうな笑顔が出迎える。


 むしろきてきてと言うのが姿を見てわかるのが余計にその悔しさをかきたてた。



 猫の状態でこれなのだから、人間の状態でなど近づけるはずもないのが即座にわかった。



「あのヤロウ、俺がどんな手で近づいてくるのか、挑戦してくるのかを楽しんでいやがるな!」



 悔しさのあまり、猫状態で口から言葉が洩れていた。


 それは、絶対に自分は暗殺などされないという自信の表れだとサイレントエッジには感じられた。



 だが、彼女は諦めない。



(もう『イクリプス』の棟梁の座なんて関係ない。これは俺のプライドの問題だ。俺は、俺のすべてを賭けてお前を殺す! 俺以外の暗殺者は誰一人としてサムライに近づけさせるか。サムライを殺すのは俺だ。近づいていいのは俺だけなんだ! だから、いつか必ず、殺してやるぞサムライ!)


 逃げながらも、サイレントエッジはそう心に固く誓うのだった。



「あらら。逃げられた」


 ぴゅーっと音が聞こえるかと思うほどの逃げっぷりを見て、ツカサは残念そうに呟いた。



『そりゃあれだけやられりゃ当然だろうな』


「ちょっとやりすぎたかな」


 オーマとしては暗殺しに近づこうとしているのにひっくり返して体のいろんなところを撫で回されれば警戒して近づかなくなるということだが、ツカサは単純になですぎて嫌われたと考えている。



(ちいぃ。一期一会と考えてめちゃくちゃ撫でもみしたが、まさかあのあと何度も何度も顔をあわせるとは思っていなかった。これならもうちょっとおさえてちょっとずつ手なずけて長く長くなでまわせるよう取り入っておくべきだったか!)


 なんてちょっと後悔していたりする。



「それでも、また寄ってきてくれると嬉しいな」


『……相棒も物好きだなぁ』


 オーマはため息をついた。その物言いは、いつでも挑戦すればいい。返り討ちにしてやるから。という宣言にほかならなかった。



『(だが、確かにあそこまでコテンパンにやられてまだきやがるんだからその根性だけは認めてやらねーといけねーかもな)』



「どうしたんだい、ツカサ?」

 立ち止まったツカサに気づいたのか、リオが足をとめて振り返った。



「いや、なんでもない。唐突だけど、頭なでてもいいか?」

「はぁ!? 唐突過ぎるだろ!?」


 突然のお願いに混乱したリオは帽子ごと頭をおさえ、顔を真っ赤にしてその場から一歩後ろへ飛び退った。


「……うん。やっぱそういう反応だよなぁ」


 ツカサはどこか納得したように、うなずいた。


 あの猫の反応も、リオと同じようなものなんだろうと思ったからである。


 すなわち、いきなり勝手に撫で回されて喜ぶようなのは人も猫もいないということだ。



「あっ……」

 しかし、素直にあっさりと諦めたツカサに、リオはどこか不満そうに声を漏らした。



 もう少し強引に迫ってくれば、頭をなでるくらいやらせてもいいと思ったからだ。むしろ、撫でてくれるならいくらでも撫でて欲しいところだが、あんまり素直ではない彼女もそんな言葉を口には出せないのだった。



「もう、行くよ!」



 ぷんと頬を膨らませ、リオは背中をどこか怒りに染めて歩き出した。



『あーあ。相棒は』

「え? 俺のせいなの今の!?」


 やれやれと呆れるオーマに、戸惑うツカサなのであった。




 歩きだした二人に、柔らかい陽光が降り注ぐ。


 この日は珍しく、ツカサとリオの前に騒動が降ってこない一日だったそうな。




 おしまい

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