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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
13/88

第13話 サイドバリィ暗殺事件


──ツカサ──




 一円玉を欲しがったマリンさんとの取引も終わり、リオ達がいる観客席におりてきた。


 闘技場はマックスの優勝によって大きく沸きあがり、観客席にいたメニスさん他ご近所さん達も喜びをわかちあっていた。



「あ、ツカサ! どこにってたんだよ!」


 俺の姿を見つけたリオが駆け寄ってきた。



 皆の注目が一斉に俺に集まる。



「ああ。悪い。ちょっと野暮用を片付けてきたんだよ」

 俺は手を上げ、みんなに笑顔を返してリオの質問に答えを返した。


 取引ではなく野暮用と言ったのはご近所さんにへんな印象を与えないためだ。



「あ、そっか」

 それで伝わったのか、リオも納得してくれたようだ。



(やっぱ決勝のヤツがちょっかいかけてきたんだな。大方マックス相手にツカサを人質にしようとしたんだろうな。まったく、バカなヤツ等だよ)



 うんうんとリオがうなずく。


 どこかにんまりしているように見えるが、やっぱり大金が転がりこんできたら嬉しいからだろうか。


 さて。マックスの優勝が決まったのはいいけど、これからその優勝セレモニーや表彰式があるみたいだから、マックスにおめでとうを伝えにいけないし。このまましばらくここから見物かな。


「あ、そうだ!」

「ん?」

 リオがなにかに気づいたように、俺の手を引っ張って走り出した。


 なんだと思いつつも、俺はそのまま流されるままにリオの後についていく。



「あ、いたいた。マイク!」



 走る先にはこの前であったマクマホン騎士団の団長にしてマックスの友達、マイクさんがいた。


 隣には副官の人もいる。


 リオの声に振り返り、俺達の姿を見たら「おお!」と喜びの顔を見せた。



 ああ。さっき観客席に挨拶にでもきていたのか。で、俺がいなかったから、リオが気を利かせて連れてきたってことか。



「ツカサ、戻ってきたよ!」


「ああ。これで私も安心できた。さあ、ツカサ殿、こちらへ!」

「はい?」


 マイクさんのところまで連れてこられ、俺はがしっと握手。そして肩をばんばんと叩かれた後、そのまま背中を押されて前に前にと歩かされてしまった。


 リオもにこにことしながら俺達のあとをついてくる。



「いやー、よかったよ。間に合わないかと思った。でも意外だな。まさかツカサが優勝者とのエキシビジョンマッチに出ること了承してたなんて」



 にこにことしたリオが嬉しそうに言う。


 俺はまた疑問符をあげるしかできない。



 えきしびじょん? なんぞそれは?



 確かエキシビジョンとは、公開試合とか特別試合とか、そんな感じの意味で、一種のおまけ試合みたいなものだったかな? それに、俺が、出るって、なんぞ?



「ああ。私もまさかと思ったよ。ダメ元でマックスに打診してみたんだが、出ない場合は再び連絡すると言われ、返答が帰ってこなかったからな。ありがとう。本当にありがとうツカサ君!」



「……」


 は? なにそれ。俺初耳なんですけど。声が出ないくらい驚いちゃうくらい初耳なんですけど!



「つまり、ツカサが大会に出る気でいても出場はかなわなかったってことか」


「ああ。そうなる。ツカサ殿が大会にお出になられたら優勝が確定ですからね。ならばその実力を優勝者とのエキシビジョンで示してもらった方が世のためだと思ったのだよ。なにより、この一戦は優勝者の励みとなりましょう。もっとも、それがまさかの師弟対決になるとは思っておりませんでしたがな!」


 はっはっはとマイクさんは豪快に笑った。



 え? なにそれ。初耳どころか聞いてないレベルの話だよ。一体なにがどうなってこんなことになっちゃったの?


 というかマックス、どういうことだ!?



 意味がさっぱりわからないまま、俺はものすごい力で背中を押され、闘技場の中の廊下を進んでゆくのだった。




──マックス──




「……はっ!」


 優勝セレモニーの中、拙者はとっても大切なことを思い出した。


 大会当日マイクに呼びされ、ツカサ殿をエキシビジョンマッチに出場させて欲しいと懇願され、聞いてみると答えを返したことを。


 先生がこんなエキシビジョンマッチに出場するはずはないだろうと思っていたが、後に断りの連絡を入れていない。あの日はあのあと、卑怯な闇討ちの者達を倒すことで頭が一杯になりすっかり忘れてしまっていたのだ。



 拙者には後悔の念が襲い掛かってきた。



 しかし、別の喜びがむくむくと心の中で湧き上がってきているのも感じた。


 ひょっとするとツカサ殿がエキシビジョンマッチに出てくれるかもしれないという希望だ。


 拙者から話なんて聞いていないとばっさり断っているかもしれないが、うっかり流され出てきてくれるかもしれない。


 リオもツカサ殿がいつも裏方でいることに不満を持っていたし、拙者も先生はぜひ表舞台に立って欲しいと思っていた。説得され、エキシビジョンに出てくれればそれがかない、さらに私は先生に稽古までつけてもらえるおまけつき!



 きっと先生は出てこないだろう。あとでしっかり謝ろうと思いつつも、先生が向こうの出場門からいつ出てくるのだろうと、顔のにやけがとめられない状態であった。


 先生。もうしわけございません! ですから拙者を叱りにエキシビジョンマッチへ出てきてください!



 拙者は響く歓声に手でこたえながら、そんなことを念じていた。




──ツカサ──




 ……一個仮説ができた。


 マックスは俺にエキシビジョンの件を相談する前にあの卑劣な闇討ちと出であってしまったから、頭の中にあった話題がところてん式に抜けていってあれだけに切り替わってしまったんだろうな。で、そのまま俺に伝え忘れた。大方そんなところだろう。


 今まで見てきたマックスの性格や行動から考えてこの仮説はかなり正確だと思う!



 ……現実逃避はやめよう。



 そんな的中率の高そうな仮説がなりたったところで、現実は変わらない。


 俺は相変わらずマイクさんに背中を押され、闘技場の中を進んでいる。すでに関係者以外立ち入り禁止のようなところに足を踏み入れている。


 ヤバイ。このままじゃマックスと戦うことになってしまう。あいつのことだ。胸を借りるとか言い出して全力で襲いかかってくるに違いないぞ。手加減なんて絶対ない。


 間違いなくその時俺は……



 ……死んだな。



 脳内で色々シミュレートをしてみたが、すべての結末はそれだった。


 唯一の回避策。開始早々ギブアップという手もあったが、それって四万人以上の観客を前にして白旗をあげるってコマンドだぜ。ドーム球場に客を一杯にしてその真ん中で土下座会見するようなもんだぜ。死ぬのと同じくやりたくねえっての。


 だからってあんな天才に勝てるイメージ欠片もわかねーぞ。まさか大会ラストにこんな大イベントが隠されているなんて。



「……」



 覚悟を決めた。


 よし。きっぱりと出ないと言って試合そのものを辞退させてもらおう!



 何度も言っているとおり、俺は大会には絶対に出ないと言っているからな! 俺の強い覚悟、見せてやるぜ!



「あ。あのー?」

「なにかね?」


 俺の背中を押すマイクさんに向け、おずおずと声をだした。



 にこにことした嬉しそうな声が俺の耳に届く。今からこれからが楽しみだというような声色だ。



 うっ……そんな嬉しそうな声を出されると、俺の心に罪悪感が生まれてしまう。


 これでやめるなんて言ったら、彼の落胆はいかほどのものか。さらにサムライエキシビジョンマッチはこの人の発案みたいだから、その失敗は一体どんな影響を生むのだろう? 思わず色々と考えてしまう。



 しかし、俺の命がかかっているんだ。ここは心を鬼にしてエキシビジョンマッチには出ませんと言ってやるんだ!



 言うぞ!



「その……」



 言え!




「……トイレ、行ってきてもいいですか?」

「おお、これは申し訳ない」


 おっと、意志が弱いなんて思うなかれ。どうせ出場しないというのなら、ここから俺が逃げ出した方がマイクさんへの被害が少ないと感じたからだ! 決して直接彼に出ないと伝える勇気がないとかじゃない。責任の所在を俺のところに明確にするためだ。そう、そうなのさ!


 というわけで、このまま一人でトイレに行って、迷ってしまったということで……



「ではツカサ殿。トイレはこちらです」



 押さないでー! 一人で行けますからあぁぁぁぁ!


 なんて親切心。迷わないように連れて行ってくれるなんて、なんて紳士なんだマイクさん!


 さすが貴族でマクマホン領主の息子さんで騎士団長なんてしていないね!



 でもいい。こうなったらトイレの窓からバックレ大作戦をやってやるんだから! さすがにトイレまで入ってくるなんて言い出さないだろう。なんせ彼は紳士だから!



「では、私達は先に控え室の方へ行っていますから」


 副官の人がリオをうながし、先に闘技場リングの方へと向っていった。



「え? おいら観客席でもかまわないんだけど」



「せっかくですから一番近くで見たくはありませんか?」


「見たいね!」


「では行きましょう」


「じゃあツカサ、先に行ってるから!」


 そんなにイイ笑顔で俺を見るなよリオ……



 俺の心が罪悪感で破裂しちゃいそうになっちゃってるじゃないか。



 俺はマイクさんに背中を押されながら。リオは副官の人に押されながら一度わかれることになった。


「ささ、こちらですぞツカサ殿」

 丁寧な案内で俺はトイレに案内されていく。見覚えのあるマーク。この世界での男子トイレのマークが見えてきた。



 用を足してきたと思われる警備の人が出てきたんだから間違いない。その人はマイクさんと俺を見つけ、ぺこりと頭をさげて去っていった。



「では、私はここで待っていますので」


 さっすが紳士。トイレにまで追ってくるようなことはなかった。


 これで俺は窓から逃げて人ごみに隠れて今日が終わるくらいまで逃げればこの危険なエキシビジョンに出なくてすむ。サムライが出てこなくて大会が尻すぼみになってしまうだろうけど、そんなの知ったことか。俺は自分の命が一番大切なんだ!


 でも、トイレに足を踏み入れたとたん。俺はその場で足をとめることになった。



「なっ……!」



 なんと、そのトイレは闘技場の内部にあるものなので、窓がなかった。あるのは空気を流す通風孔だけだが、そこは人が通れるほど大きくない。おわんに乗れる一寸法師ならいけるようなサイズで、とてもじゃないが高校平均サイズの俺じゃ通れる大きさじゃない。


 つまり、ここから逃げることなんてできないってことだ……



 ……いや。まだだ!



 こうなったらしかたがない。



 多少のリスクというか速攻捕まる可能性もあるが、もうこれしかない!



 俺はもう一度覚悟を決めると、ダッと床を蹴って走り出した。


 俺の覚悟した最後の手段。それはトイレからダッシュしてマイクさんを振り切って闘技場の外へ逃げ出すということだ!


 窓から逃げるのより圧倒的に逃げたのが発覚しやすく即効追われるというデメリットも多いが、残された逃走手段はこれしかない。


 こんなことするなら素直にやりたくありませんと泣いちゃった方が早かった気もするけど、逃げると決めていた俺の思考はそんな考えは思い浮かばず、悪手としか言いようのない逃走を選んでしまったのだった。



 ぶっちゃけパニクってたんだよ! 悪いか!



 加速した体でトイレを飛び出し、一気に床を走り抜けてゆく。


「え?」

 トイレの前で待っていたマイクさんは呆気にとられた声を出し、俺を見送ってしまった。



 よし。第一関門突破!



「ちょっ!? お待ちくださいツカサ殿!」

 少し遅れてあわてた声が駆け出したのがわかった。いきなり走り出した俺とはだいぶ距離もある。あとはこの声から逃げ切れるかだけだ!



「待て! 待ってー!」


「どうしました!」



 俺の後ろ。マイクさんのいる方で誰かが走ってきた音が聞こえる。



「おお、警備の者か! ツカサ殿が突然走り出した。なにが起きたのかわからんが追ってくれ!」


「は、はい! お前達、追うぞ!」


「おおー!」


 なんかすごい人数増えた気配があるー!



 やっばい。一気に鬼が二桁以上に増えた。マイクさんだけなんて考えが甘かった!



 なんかおおごとになってきた。でももうこれはあとには引けない! なにがなんでも逃げ切ってやる!


 必死になって廊下を走っていると、副官の人にうながされ、どこかの部屋に入ろうとするリオの姿が見えた。つまりあそこは、一階にあるリング近くの観客室。試合を闘いを超近くで見れる特等席のある部屋だ。


 つまり、この廊下をまままっすぐ走るとリングの方へ出てしまうというのが推測できる。このままじゃあ本末転倒である。



 ちらりと視線を横に移すと、リオの入ろうとしている部屋の先に上へ向う階段があった。



 リングに行くくらいなら二階へ上がるほうがマシだが、そうなるとリオと副官さんの真後ろを通り過ぎなければならない。


 となると、俺を追うマイクさんとリオが接触するのは間違いなく、マイクさんに頼まれれば俺を捕まえることにリオはノーとは言わないだろう。さっきの観戦に向かう態度を考えればむしろ説得に来るレベルだ。



 そうなるくらいなら!



「リオー!」



 突然響いた俺の声に、部屋に入ろうとしたリオも副官の人もびくりと肩を震わせた。

 いきなり俺がこっちに走ってくるなんて想定もしていなかったようだ。


 副官の人が一歩横にずれたので、俺はチャンスと思った。



「来い!」

 今度は俺がリオの手を強引に引き、少し先にある階段を駆け上がった。



「な、なに? いきなりなに!?」

 いきなり俺に手を引かれて走らされたことにリオが混乱している。


 だが、説明する気はない。エキシビジョンから逃げるなんて言ったら足をとめられてしまうからだ。だから……



「いいから俺について来い!」



「う、うん!」

 なにがなんだかよくわからないようだが、俺の自信満々の発言にうなずいてくれた。


 くくっ。これが俺の策。ことをまったく説明せず強引につれまわす! こうすればマイクさんに追いつかれて事態を説明されない限りリオは敵にならないはずだ。



 勢いだけでつれまわすなんてさすが俺。悪知恵を働かせたら超一流だぜ!



 階段を駆け上がり、踊り場にきたところでリオの入ろうとした部屋のあたりが騒がしくなってきた。やはりマイクさんが追ってきているようだ。さっきよりさらに人が増えている気がする。


 リオが一体なんなんだと首をひねっているが、俺はそのまま二階へ駆け上がった。



 二階の廊下に出ると、道は左右にわかれていた。ここは円形闘技場。つまり円形の回廊が作られているはずだから、どちらに行っても出口はあるはずだ。


 問題は、どちらに人が多いか。後ろから声をかけられて警備兵に立ちふさがれたらまず間違いなくジエンドだ。



「オーマ。どっちのが廊下に人が少ない?」


『右だな。今なら廊下に誰もいねぇ』


「わかった」


 オーマのサーチ機能があれば周囲の人間の反応を探ることができる。なので俺はオーマの言葉に従い、廊下を右回りに走り出した。



 円を描く闘技場のカーブを走ってゆく。



 走っていると途中からふかふかのじゅうたんに足元が変わった。足音一つしないほどふっかふかで嫌な予感がするんだけど、ここまで走ってはもうとまれない!


 さらに緩やかなカーブの先に廊下の突き当りが見えた。



 壁!? と思ったけど、よく見たら大きな両開きの扉だった。



 なんてこった。人がいないってのはいいことだったけど、これじゃ実質行き止まりじゃないか!



 いや、俺は気づいた。



 両開きの扉が片方ほんの少しだけ開いている。つまり、扉に鍵なんてかかっていないということだ。なら、あの部屋は入れる!


 俺はラッキーと思い、走る速度を速めた。


 幸いにしてあの扉は内側に開くタイプだ。ならこのまま蹴り開けて扉を閉めて時間を稼いでいる間に窓から出でも逃げ出してやる!



 覚悟を決めた俺は無敵だった。



 今まで出したことのないような速度で廊下を駆け抜け、扉へと華麗な飛び蹴りをかました。


 そこまでは、よかった。



 俺の足の裏が、あの豪華な扉へと激突した瞬間……




 べきっ!




 そんな音を立て、扉のちょうつがいが砕け、重たそうな扉が部屋の中に倒れたのである。


 Oh。これじゃあ扉を閉めてバリケードにする方法がとれない。



 しかも……



「ぐえっ!」



 俺の足元。扉の下で誰かが潰れた声が聞こえた。


 扉を壊した挙句、それで誰かを押しつぶしてしまったのだ。



 最悪である。



「なっ……なっ?」



 挙句、部屋の中にはなんかいい身なりをした位の高そうな髭のおじ様までいる。



 目撃者つきかよぉ。



 しかも身なりのいいおじ様ってことは、ここにいて扉に潰された人もそれ相応の地位のある人かもしれない。


 地位のある人を怪我させた。子供の俺でもそれがどんなヤバイことか理解できる。



 さらに最悪な事態爆誕であった。



 ちくしょう。オーマに聞いたのは廊下のみ。こんなことになるのなら前の部屋に誰がいるのかをちゃんと聞いておけばよかった。


 嘆いていてもはじまらない。後ろからはすでにマイクさん他一同たくさんが迫ってきている。引くことはすでにできないのだ!


 幸いと言ってはなんだが、部屋のおじ様は唖然呆然としている。うん。そりゃ突然扉を蹴破って人を踏み潰す闖入者がいたらそうなるわな。だがこれは好都合!



「お騒がせして申し訳ありません」

 そう白々しくおじ様に告げ、奥の窓を開けて外を見た。



 よし。足場にできる突起の多い壁や柱がある。ならそこに足をかけて観客席へいけそうだ。


 客席にさえ降りられれば、闘技場の一般出口から逃げられる。



 俺は窓に足をかけながら振り返りリオへ手を伸ばした。



「これ以上ここにいる必要はない。いくぞ」

「う。うん!」


 部屋には扉に潰された人が倒れ、唖然とするおじ様がいる様子を見て事態がさっぱりわからないリオも部屋の入り口でおろおろしていた。


 だが、俺が自信満々に言うと大きくうなずき、俺の方へと駆ける。


 まあ、正直言えば俺もなんでこうなった。という気持ちで一杯だけど。これは、そう。俺にちゃんと言っておかなかったマックスが悪い。そういうことだ!



 リオがこちらに向ってくるのを確認した俺は、窓から飛び出しそのまま壁を伝って下の客席へと降りていった。



 レディーファーストといきたいところだったけど、リオのが身軽だからむしろ速度あわせ的にはこれが正解だ。


 今日はオーマをかつげるよう袋に入れておいてよかったぜ。腰にさげていたら壁を降りるのに苦労していたところだ。



 ひょいと窓の下にある観客席とこの部屋をつなぐ壁の上におり、さらに柱をつたって下の通路へと降りた。



 リオが壁の上に降り立ったところでさっきの部屋がざわざわと騒がしくなってきたのがわかったけど、俺は足をとめずそのまま闘技場の一般出口の方へと逃げていった。


 到着したマイクさんが扉の下に取り残された人を救出していたりするんだろう。潰してしまった人。すまない。あんたのおかげで俺は無事逃げ出せそうだよ。ついでに、潰してごめんなさい。ホントに。



 俺についてリオも通路へ降り立ち、そのまま俺達は闘技場の出口からメニスさんの家へと逃げ帰ることに成功した。



 急いで戻る間、闘技場ではなにやら騒ぎが大きくなっていたような気がするけど、気にしない気にしない。暗殺未遂とか聞こえたような気がするけど、あの扉で潰した人そんなにすご……いや、聞こえない耳に入らないんだって! そんなの知らないの!


 メニスさんの家は当然鍵が閉まっていたけど、鍵は植木鉢の下においてあると教わっていたのであっさりと鍵を開けて家に入ることができた。


 まだ闘技場にいるメニスさんには悪いが、このまま荷物を回収して出て行かせてもらおう。



 下手すると俺、しめいて……いやいや、ないない。ない。んだけど、逃げる。不思議だね。



「もう行くのかい?」

「ああ」


 荷物をまとめていると同じように荷物をまとめてきたリオが顔を出した。



 なんせエキシビジョン逃亡&傷害罪……は夢だけど。だからな。早く街から逃げないと捕まったら大変なことになる。


 って、そう聞きながら、お前もちゃんと旅支度が終わっているじゃないか。



 そりゃそうか。リオもある意味共犯者だもんな。そういうのはそういうところで育ってきたリオのが対応早いか。

 とりあえず、メニスさんにお礼を行ってから行きたかったけど、そういうわけにもいかないから金貨を五枚くらい置いていこう。


 せめてものお礼ってヤツだけど、こんな即物的なお礼しかできないのは勘弁してください。



「マックスはどうするの?」

「置いていく」


 俺はきっぱりと言い切った。今待っている時間はないし、あいつは大会の優勝者だ。しばらく色々と忙しいだろう。ついでにこのまま一緒にいると、マックスまで追われることになってしまうかもしれないし。



 ……一番の理由は、「観客はいませんがエキシビジョンマッチしましょう!」とか言われるのがなにより怖い。



 だからここは冷静になってもらうため置いていく! また会うことがあればその時はその時だ!


「置いてくの?」


 なんで? とリオの素直な瞳が俺を貫いた。


 これでエキシビジョン挑まれるのが怖いから。とは言えない。俺男の子だから!



 だから……



「ああ。エキシビジョンのこと忘れて俺に伝えていなかったからな」

「あ、そうだったんだ」

 それを聞き、リオは納得したような声を上げた。


 リオは俺が絶対に大会に出場しないという宣言を聞いていたので、それで色々合点がいったようだ。



「だから、罰もかねて。あ、一応先に行くと手紙は残しておくか」



 罰と言ったものの、実際には追ってきて欲しいというのが本音だ。あんなに強いんだから、護衛としていて欲しいのである。


 来て欲しくはないがいて欲しいという実に矛盾した感情だが、しばらく時間を置けばエキシビジョンへの情熱も消えるだろうと考えたのだ。そこで「お前俺に伝えてない」とぶつければ、完璧というわけさ! さすが俺。悪知恵を働かせたら世界一だ!



「あ、手紙おいらが書くよ。ツカサが書いたらその手紙家宝にするとか言い出しかねないし」


「……容易にできるな。頼む」

「あいよ」


 そもそも俺、この世界の字、書けない。でも、確かに書いたらあの子言い出しかねないね。


 なので素直にリオに頼んでおいた。



「文面は『先に行く』だけでいいから」

「あいよっ!」


 リオは元気に返事をして近くにおいてあった紙を手にしてさらさらとマックス宛の手紙を書いてくれた。もちろん。なんて書いてあるのか俺にはわからない!


 リオがテーブルに置いた金貨の下に紙を滑りこませ、これでここから逃げる準備は終わり、俺達はメニスさんの家を出て、まだまだ騒がしい闘技場周辺を避け、このサイドバリィの街から逃げるように去っていった。



 指名手配とかされないことを、俺は祈りながら。




──暗殺者──




 私はいわゆる暗殺者である。


 名は、あったがすでに私を示す名など意味がない。



 私にとって私を意味する名も姿も存在する意味がないからだ。



 私には名前がない。それは他の名を持つ人になれるからだ。私には定まった姿がない。誰にでもなれるからだ。

 私はどこにもいないが、いかにもそこにいる人間のように存在し、誰にでもなって違和感なくターゲットに近づくのだ。


 今回のターゲットはマクマホン卿。このマクマホン領を治める領主様だ。


 実に大仕事である。



 卿は武にも政治にも秀で、特に武の方は毎年こうして武闘大会を開き、みずから観戦しに来るほどの熱の入れようである。


 すでに若くはないが、卿そのものの実力は高く、多くの暗殺者をみずからの刃で屠ってきたという。



 彼はこの大会をお忍びで護衛もつけずに貴賓席の一つをアトランダムに選び、観戦するのが通例と言われている。



 それは自身の自信の現れであり、なにより元々闘技場の警備は大会に参加しない騎士団の者がしており万全であるが故、わざわざ自分の位置を知らせる結果となる自身の護衛などはいらぬと考えているのだろう。


 それは確かに正しい。


 マクマホン騎士団は確かに優秀だ。並の暗殺者では卿のもとにたどりつく前に捕らえられてしまうだろう。現に今までこの武闘大会で卿への攻撃に成功した暗殺者はいなかった。



 私のような例外を除いて。



 これほど厳重な警備であっても、仲間であるならば彼等は油断する。私はどこからどう見てもこの闘技場の警備兵だ。現にマクマホン騎士団団長とすれ違ったというのに、彼は私をただの警備員だと思い、スルーしてしまった。


 他の者もそうだ。誰も私に注目しない。私はまさに、完璧にこの場に溶けこんでいた。



 アトランダムに決めるといっても、一度部屋を決めてしまえばその部屋から卿は移動しない。私は当日調べあげた卿のいる部屋へ足を踏み入れた。



「……何者かね?」

 堂々と扉を開き貴賓室へ入ってきた私に向かい、卿は問うてきた。


 さすがに真正面から部屋に入ればいぶかしまれる。ただの警備兵が突然入ってきたのだから当然の話だった。


 だが、この部屋は袋小路。出口はここと、あとは窓しかない。



 ターゲットに逃げ場などない。



「卿、死んでいただきます」


 私には一つポリシーがあった。


 殺す相手に、必ず殺すと告げる。


 事故死や自然死などではない。自分は暗殺者に殺されたのだとはっきり意識させてから殺す。



 それが私のこだわりだった。



「ま、まさか、お前は……!」


 卿ほどの者ならば当然私のことを知っているか。


 ならば、抵抗も無意味だと知っていよう。いくらあなたが強かろうと、それは過去の話。ただ殺すことをつきつめてここまでやってきた私の相手ではない。



 これは相対した彼にもよくわかったようだ。腰におさめられた剣に手を伸ばしたまま、冷や汗を流している。



 一瞥しただけで、我々の力関係は確定した。どちらが強く、どちらが狩られる立場なのかということが。


 声を上げたければ声を上げればいい。逃げたければ逃げればいい。その隙こそが、私の時間だ。



 逃げず、声も上げずじっと私の姿を睨みつけている卿は実に堂々としている。さすがこのマクマホン領を治める大領主だけある。幾度となく暗殺者を退けてきたという噂に間違いはないようだ。



 私は懐から一本の長い針を取り出した。


 これを首筋につきたて殺す。これが私の殺害方法。私がいたという証。



 この針を見た瞬間、卿の顔色が変わった。



 どうやら、死を免れぬと確信したのだろう。


 その通り。卿と私とでは、大人と子供ほど実力が違う。私から命を守りたいのなら、今大会の優勝者、マックス殿か伝説のサムライを連れてくるしかないだろうよ。



 卿は完全に蛇に睨まれた蛙となっていた。死刑執行を待つのみの哀れな子羊。


 卿に恨みはないが、これも仕事なのでな。



 針をぺろりと舐め、ターゲットへちか……




 べがんっ!




 ……その瞬間。後頭部にものすごい衝撃を受け、私の意識は途絶えた。




──マイク──




 ツカサ殿がトイレに入られた直後。彼は突然中で足をとめ、なにかに気づいたかのように振り返りその場から走り出した。


 一体何事か!? と近くを通りかかった部下もつれ彼を追いかけた。


 ドラゴンを救うなどと毎度とんでもないことをしでかすサムライ殿だが、今回もとんでもなかった。



 鎧を着て走る我々をぐんぐん引き離し、彼はリオ殿と合流しながらさらに上の階を目指す。走る先にいるのは、私の父のいる貴賓席だ。父上はこの武闘大会観戦がなによりも好きであり、毎年お忍びでやってくるほどだ。


 ツカサ殿は、その父がいる貴賓室へと唐突に殴りこんだのだ。



 カーブを描く廊下の先から扉を蹴り倒したような音が響いてきたのを耳にした時、さすがの私も「なにをしてるんだー!」と叫び声をあげそうになった。


 しかし部下達の手前、いくら父が心配だからといって声を荒げるわけにはいかない。


 サムライ殿は一体なにを考えているのだと父の安否を心配しながらも、私は途中で合流した副官と共に父のいる貴賓室へ足を踏み入れた。



 入り口である両開きの扉は見事に倒れ、その扉の下に一人の警備兵が気絶している。



 父上は部屋の奥で唖然としているし、ツカサ殿はすでに部屋の中にはいなかった。開いた窓からリオ殿が飛び出していくのが見えただけだ。


 一体なにが起きたのかさっぱりわからなかった。



 だが、父から発せられた言葉に、私は驚きを隠せなかった。



「マイクか。よくきた。その扉の下で気絶しているのはあの無貌のアサシンだ! 私を殺しにきた。即座に捕らえよ!」



「なっ!?」

 父の言葉は衝撃だった。



 無貌のアサシン。それはこの二十年伝説と言われた殺し屋のことだ。どのような場所にも軽々と入りこみ、細い針でターゲットを必ず殺す。それに狙われて生きていたものはいないとさえ言われる、幻とさえ言われた伝説の暗殺者だ。それが、ここにいるだって……?



 そして、扉をどかし、その暗殺者の姿を確認した私はさらに驚愕する。



 蹴破られた扉に潰された男は、先ほどツカサ殿と共にトイレへ向う途中ですれ違った警備兵だったのだ。



 あれほど近くを通ったというのに、私は欠片も気づかなかった。しかし、かのサムライ。ツカサ殿は気づいた。



 トイレで足をとめ、駆け出したのはこいつの殺気の残り香に気づいたからだったのか!



 きっとツカサ殿は即座に判断したのだ。長々と私に説明していては間に合わない。ああして逃げるように駆け出せば、私も何事かと部下を連れ追ってくる。


 現に私に説明をしていれば間に合わなかった。この状況はまさに間一髪。一刻も猶予のない状況であったため、彼は私になにも言わず駆け出したのだろう。



 一瞬マックスを恐れ逃げるのか。と考えてしまった自分を殴ってやりたい!


 彼はエキシビジョンマッチに出ず逃げたと評されるより、私の父の命を救うことを選んでくれたというのに!



「息子よ。私の命を救い、なにも語らずに去ったあの少年は何者なのだ?」

「はい。彼こそが先日話したサムライ。ツカサ殿です」


「なんと、彼が……」


 父も驚きを隠せないようだ。



 当然だろう。ツカサ殿ははっきり言ってただの異国から来た少年にしか見えないのだから。特に今日はサムライの証である刀を袋にしまって見えなくしている。一目で彼をとんでもない実力を持つサムライだと見抜ける者がいたとしたら私の前につれてきて欲しいくらいだ。



 しかもなんの見返りも求めず、自分の役目は終わったといわんばかりに去っていってしまったのだから、父も戸惑うのは無理はないだろう。


 しかしそれが、ドラゴンを倒した名誉さえいらぬと辞退するツカサ殿の矜持なのだ。



 この後エキシビジョンは中止となった。



 マクマホン領領主が暗殺されそうになったのだ。表彰式こそあれ、それ以上大会を続けることはできようはずもない。

 人々はエキシビジョンが見れないことに不満を覚えたが、領主を救ったのがサムライであるという噂が流れると、その不満は霧が風に吹かれるよう霧散していった。


 人々の注目は、父の暗殺より、それを救ったサムライ殿にうつったのである。




──暗殺者──




「……うっ、くっ……」


 目を覚ました時、私は牢の中にいた。


 手足には頑丈な枷がつけられ、身ぐるみはすべてはがされ囚人服となっていた。



 体を確認し、脱出できるような道具は一切ないことを確認した。いくら私が有能とはいえ、針金一つ持たず枷をはずすことは不可能だ。



「……」


 ついに私も年貢の納め時か。観念するしかないようだ。

 仕事に失敗し捕まったのだ。これもしかたのないことだろう。


 死を受け入れる覚悟はいつでもできている。


 ただ、一つだけ心残りなことがある。



 それは、私の仕事をああも見事に邪魔をしたのは一体誰か。それがわからない。ということだ。



 あの廊下は貴賓室へ向うため柔らかい絨毯がしいてあったし、観客席から響く大歓声で足音が聞こえないというのはわかる。近づく気配もあれほどの闘技場に渦巻く熱気にかき消され小さかったというのもまあいいだろう。



 だが、私を狙い、扉越しにでも攻撃しようと殺気を放ったのなら、私は間違いなく気づいた。しかし私は、それを感じることなく倒れた。



 それはつまり、殺気はおろか攻撃しようとする気配さえ発せず、私を攻撃したということになる。このようなこと、心を無にするか、私がいるとまったく知らずにアクションを起したかの二つしか考えられない。


 しかし、私がいると知らずに私を攻撃するというのは大きな矛盾をはらみ、不可能であるから、おのずと答えは限られる。



 私を邪魔した存在は、心さえ無にして相手に攻撃の気配を悟らせずに攻撃ができる、我等暗殺者と同等の、だが、相手を殺す心を一切持たないという、暗殺者の私とは完全に対極に位置する存在だ。



 攻撃する意思なく相手を倒す。一体どんな存在だというのだ……



 私はそれが知りたかった。



 これは、恨みを残すためではない。私をとめた者を知りたいという純粋な興味からだった。



 ターゲットを殺す前に必ずそれを伝える私だからこそ知りたくなった、私の性格ゆえの性分といえるだろう。



 私の取調べは騎士団長。ターゲットであったマクマホン卿のご子息。マイク殿が直々に担当した。


 父が狙われたというのに、彼は私を殺そうともせず、大変冷静であった。

 それは私が暗殺に失敗したというのもあるが、他にもなにか理由がある気がした。


 そしてそれこそが、私の敗れた理由であるとも理解できた。


「それで、誰に雇われた?」

 彼が聞きたかったのは、当然依頼主のことであった。


 しかし私もプロだ。例えいかなる拷問を受けようとそれに答えるようなことはない。



「依頼人については一切話せんな。それ以外の雑談には応じよう」


 彼にはっきり伝えると、どこか納得したようにうなずいた。



「依頼人については言わなくていい。かわりに、今までお前が行ってきた暗殺をすべて教えてもらおう。被害者の名を、言え」



「……いいだろう」


 私の仕業だとわかっていない暗殺事件もいくつかある。馬車の中で殺し、崖から落ち結果的に事故死と判断されたものなどだ。彼はそれを表に出し、関与したものを調べようとしているのだろう。


 依頼主については言わないが、被害者について言わないというルールはない。私は了承した。そこからどのような糸を掴み取るかは、この団長殿にかかっている。そして依頼主もどれだけ隠蔽をしていたかにかかっている。そのどちらも、私の知るところではない。



 それから、私はこの団長。マイク殿と色々な話をした。



 その中で、私をとめた者のことを聞きたい欲求にかられたが、それは依頼主の情報を話さねば手に入らない情報だと思い、言わなかった。



 しかし予想に反し、彼は私に私をとめた者のことを教えてくれた。



 意外であった。まさかわざわざ伝えてくれるなどとは思っていなかったからだ。


 普通に考えれば、暗殺者にその暗殺を阻止したもののことを教えるなど危険極まりない。しかしそれは、私の浅はかな考えにすぎなかった。


 それは、どのような強者に存在を伝えてもなんら問題のない者だったのだから。


 その名を聞いた時、私は妙に納得するのと共に、安堵した。



 私をとめた者。それは、サムライだった。



 かの伝説の再来。それならば、私を一撃のもとで倒したのも納得がいく。


 サムライにとめられたということに、不思議と満足感さえ感じていた。



 私の笑った顔を見て、マイク殿も少し笑っていた。



 なぜかと聞くと、彼は「笑った顔をはじめて見た」と答えを返したのだ。



 素顔の私が、笑った、か……



「……次にその彼に会うことがあったら、伝えておいてくれ」


「なにをだね?」



「私をとめてくれて。ありがとう。と」



 その言葉を聞き、マイク殿は驚いた顔をしていた。



 人を殺すことしかできない私。



 顔も、名前もすでにあやふやとなった私。


 ターゲットに必ず私を認識させたのは、どこにもいない私をせめて死に行くものにここにいると認識させたかったからなのかもしれない。



 誰にでもなれて、誰にもなれない私を……



 しかし、私は暗殺に失敗し、これによってやっと私という存在を他者に認識してもらえることができるようになった。私は、私を取り戻せた。


 彼に伝えたかったのは、この感謝の気持ちである。



 それ以上のことを、私は語ることはなかった。



 ずっと黙して語らず、他者によって裁かれる時を待った。みずから命を絶つこともできた。しかし、やらなかった。この最低な暗殺者は、他者によって裁かれるべきだと思ったからだ。


 なにより、私という存在を皆に知ってもらいたいと思ったからだ。



 私の首が落とされることとなったその日。西の空に雲の裂け目から光の柱が落ちるのが見えた。


 なぜか私は、それを見て、姿さえ知らぬサムライの姿を思い浮かべた……




 ──無貌の暗殺者と呼ばれた男の死に顔は、どこか満足そうだったと伝えられている。




──リオ──




 おいらはツカサと一緒にメニス婆ちゃんちに戻ってきた。


 いきなり走って走ってきたかと思えば、おいらの手を引いて階段あがってどっかの部屋の扉を蹴倒して窓枠に足をかけて「来い」だもん。わけがわからなかったよ。


 でも、ツカサを追って窓から出ようとして、部屋にどやどやと入ってきたマイクと父上と呼ばれた人達の話が耳に入って、ツカサがなにをしていたのか理解ができた。



 ツカサはエキシビジョンバッチという表舞台を放り出して、また影ながら人を救うことを選んだんだって。



 そりゃ、領主の暗殺なんて起きようとしていれば、エキシビジョンマッチなんてやっている場合じゃないってのはわかるけど、せっかく助けたのに褒美もなにも求めず人知れずまた旅に出ようなんてホントツカサって馬鹿だよ。


 あのまま残っていれば、それこそここで一生暮らせるくらいの名誉と金は手に入ったのに。あ、金はもうあるか。



 でも、そんなツカサ、最近おいら嫌いじゃなくなってきたぜ。



 もう諦めた。って言ってもいいけど。


 メニス婆ちゃんの家に入ったツカサは、ぱぱっと荷物をまとめて旅支度を終える。


「もういくのかい?」


「ああ」


 聞いたおいらが馬鹿だったと感じるほどあっさりと答えが返ってきたよ。



 ツカサはメニス婆ちゃんに謝礼として五枚の一万ゴルド金貨をテーブルに残した。



「ちゃんと面と向って礼を言えないのが悪いからね」

 なんて言っていたけど、一人暮らしの婆ちゃんには多すぎるくらいの礼だよ。まあ、あって困るもんじゃないし。


「あ、そういえば」


「どうした?」


「マックス、どうすんの?」


 素直な疑問がおいらから飛び出した。



「置いていく」

「置いてくの?」

 即答だった。



「ああ。エキシビジョンのこと忘れて俺に伝えていなかったからな」


「あ、そうだったんだ」

 通りで。おかしいと思ったんだよ。エキシビジョンにツカサが出るなんて了承したっての。なんだよ。つまり最初からエキシビジョンには出る気がなかったってことかよ。



「だから、罰もかねて。あ、一応先に行くと手紙は残しておくか」


 罰って言うけど、意外に優しいね。その気になればすぐ追いつけるはずだ。


 ま、あいつは大会で優勝したからしばらく動けないかもしれないけどさ。



 おいらはけけけと心の中で笑った。その間ひさしぶりのツカサとの旅を満喫させてもらうぜ。



「あ、手紙おいらが書くよ。ツカサが書いたらその手紙家宝にするとか言い出しかねないし」

「……容易にできるな。頼む」

「あいよ」


 ツカサがちょっとげんなりとした顔を見せた。さすがに適当に書いたのを家宝とかにされたらたまらないみたいだ。


「文面は『先に行く』だけでいいから」

「あいよっ!」


 おいらは適当な紙を手にしてさらさらっとマックス宛の手紙を書いた。


 これだけでもマックスには通じるだろう。



 一応ツカサは西に向っているとあいつも知っているんだから。



 ツカサが置いた金貨の下に手紙をすべりこませ、おいら達はメニス婆ちゃんの家を出て行った。


 闘技場はまだまだ騒がしい。



 そんな喧騒の中をすり抜け、おいら達はサイドバリィの街から旅立った。




──マックス──




 優勝セレモニーも進み、いよいよエキシビジョンだろうか。と拙者が期待を高めた時。


 観客席で小さなざわめきが起こった。


 何事かとそちらへ視線を向けると、貴賓室の窓から壁を伝っておりるツカサ殿の姿があった。遅れて、リオも部屋から通路へと降りる。


 エキシビジョンに出るはずの先生がなぜあんなところに。と思ったが、リングにいる拙者がそこへと向えようはずもなく、セレモニーが進むのを待っているしかできなかった。



 同時に、司会者のもとへ警備兵の一人が走り、なにかを耳打ちする。



 驚いた司会者は、いくつかの予定をカットしそのセレモニーを早々に打ち切り、大会は終わりを告げることとなる。


 そのカットされた予定の中には、エキシビジョンマッチもふくまれていた。



 突然の終了に、観客達もざわざわとざわめいた。



 エキシビジョンの話とそこにサムライが出るという噂はすでに観客の中にも流れ、それがカットされるなんてなにがあったと暴動にまで発展するかと思うほどの騒ぎとなりかけたのである。


 しかしすぐに、ある話題が観客席を席巻する。



『お忍びでやってきたマクマホン卿が暗殺者に襲われ、それをサムライが救った』



 という話がどこからともなく流れ、そのまま拙者の優勝などかすむほどの大きなうねりとなり客席を駆け巡っていったのだ。



 その噂が流れているころには拙者も控え室に戻り、先ほどなぜツカサ殿が貴賓室から観客席へおりていったのかの理由を知った。


 客席で流れる真偽不明の噂は事実だったのだ。あれは、セレモニーが途中でカットされた不満をそらすため、わざと流されたモノだったのである。



 ツカサ殿は、エキシビジョンなど無視し、卿を助けてそのまま去ってしまったのだ。



 さすがツカサ殿。エキシビジョンから逃げたなどというのも気にもせず、マクマホン卿を救って去ってしまわれるとは。


 だが、マイクに言われた一言で拙者はわれにかえる。



「ところでマックス。ツカサ殿がどこに行ったか知らないか?」

 そういわれた瞬間、拙者はさぁっと顔が青くなった。


 拙者は静止するマイクのことも無視し、大急ぎでメニスの家へと戻った。



「ツカサ殿! 拙者はここにござる!」



 しかし、家は鍵が閉まっており、明かりさえもついてはいなかった。


 嫌な予感がし、あわてて中に入るが誰もいない。テーブルの上には、メニスへの感謝の印なのだろうか、五枚の一万ゴルド金貨と、一枚の置き手紙があった。


 私はその手紙をとり、文面を見た。



『先に行く』



 とても短くそう書かれていた。


 なんということでござる。拙者は、おいていかれてしまいもうした……



 あんまりだ。と思いますが、おいていかれる心当たりは無きにしも非ず。やはりエキシビジョンのことを伝え忘れた件はお流れになったとしても許してはいただけない案件でしたか。


 拙者、手紙を持ってがくりと膝をついてしまいました。



 そして、拙者が置いていかれたもう一つの理由。



「ツカサ殿はいないのか」


 拙者を追ってきたマイクの存在。



 マイクに捕まれば、今度こそ表舞台に引きずり出されると考えたのでござろう。



 拙者は置き手紙を懐に隠し、ツカサ殿はすでに旅立ったことをマイクに伝えたでござる。


 ひとまずマイクはツカサ殿のことを諦め、去ってゆきもうした。



 拙者はマイクを見送り、メニスに拙者も再び旅に出ることを告げた。



 こうして置き手紙をいただけたということは、まだ見限られたということではないということ! であるから、ツカサ殿を追い、見つけることが罰であり修業ということですね師匠!


 彼女は残念がっていたが、なにか目的があって旅をしているのでしょうと、ツカサ殿の瞳がはるか遠くを見ていることに気づいていた。さすが、かつては鮮血のメニスと呼ばれたメイド長にござる。



 明日から優勝者として色々な激務があったようだが、すべてキャンセルさせてもらおう。元々あのヒョウキを懲らしめるのが目的であり、後にある副賞などどうでもよかったのだから。


 そんなことよりツカサ殿でござる! 聞けば卿を襲ったのは無貌の暗殺者と呼ばれた実在するのかも怪しかった暗殺者。そのようなものさえツカサ殿の目を誤魔化せぬとは、拙者感服と共に弟子(予定)であることを誇りに思います!


 ですから、この離れ離れの試練も先生の愛と考え、即座にクリアできるよう頑張りもうすでござるよ!



「すぐに追いつきますぞ先生ー!」



 拙者は仮眠もそこそこに、サイドバリィの街を飛び出したのであった。




──エニエス──




 私の名はエニエス。マクマホン騎士団の副官である。


 普段はマイク様の補佐をしているが、私にはもう一つ別の極秘任務があった。



 それが、あの方。サムライと共に旅をする、リオと呼ばれる少女の抹殺だ。



 ヤーズバッハの街で刺客を雇い暗殺を試みるも、サムライというとんでもない護衛の存在により失敗し、一度対策を立てるためマクマホン領へと戻ってきた。しかしその直後ドラゴン出現という国家転覆の危機が起きたため、私は竜討伐のためマイク様率いる騎士団と共に現場に向うこととなった。


 しかしまさか、その場であの方御一行と鉢合わせするとは想像もしていなかった。



 しかも、あのマックス様まで一緒にいるとは!



 二度の衝撃に私の顔が崩れてしまうかと思ったほどだ。


 ただ、マックス様は間違いなく裏事情をを知って合流しているのではない。あの方はサムライバカ。純粋にあの少年。サムライの方に引き寄せられて合流したのだろう。何年も修業と称して諸国漫遊しているマックス様が突然政治に関心を持ったというのはさすがにないだろうからな。


 問題は、関心がないからこそどちらの味方につくかまったく読めないということだ。サムライバカであるがゆえ、むしろサムライ側へつく可能性が高い。


 ただでさえ手ごわいサムライが護衛についているというのに、かつてチャンピオンシップも制した若き天才までいるとは、あの方を死から守護する聖霊はよほどあの方の死を望まないとみえる。



 冗談のようなことを考えたが、すぐあとのことを見て冗談とは思えなくなった。



 竜の巣においてサムライがドラゴンの元へ一人で行くと言い出した。この時はなんてラッキーなんだと私は思った。労せずしてサムライがいなくなるのだ。この機会を逃す理由はない。


 マイク様に耳打ちし、彼を竜の巣へと単身むかわせることに成功する。


 しかし、この進言は結果的に私の心を折りかけた。ドラゴンに対して見せたあの圧倒的な強さ。あんなのを見せられ、私はどうやってあの方をこの世から抹殺すればいいのかと頭が真っ白になった。



 なんなんだアレは。ドラゴンを蹴倒すとかなんなんだ。理性なき獣と化したドラゴンを相手に、刀も使わずしかも一人でさらに素手でその上殺さず降参させて治療行為までしてきたってどんだけ規格外なんだ!



 ヤーズバッハの時は結果だけしか知らなかったが、それを実際に目の前でやられるショックたるや。あの日廃人と化したダーエン一家の気持ちが深くわかった気がするよ。あれを自分達にむけられると想像するだけで私も十歳は老けこんでごめんなさいしたくもなる。



 あの時ほど私の心が粉々に折れかけた時はなかった。



 しかし、あのサムライが回収してきた黒い剣を見て、ここで私の心が砕け、あの方の抹殺を諦めてはならぬ。と気力が蘇った。


 ドラゴンに突き刺さっていた黒き剣。通称『ダークソード』と呼ばれる闇を固めて作ったような剣は、かつてこの国を絶望の淵に叩き落した憎き『闇人』の使った武器なのだ。



 理由や原因はわからないが、何者かがそれを使いなにかを企んでいるというのだけはわかった。



 そんなものが世に再び現れたのだ。この国を真っ二つにしかねない火種を放っておくわけにはいかない。


 使命感によって折れかけた心を必死に建て直し、私は虎視眈々とチャンスが来るのを待つことにした。



 まだ私があの方を狙っていることはサムライ達には気づかれていない。ならばいつか必ずチャンスがあるはずだ。


 いっそこのサムライパーティーに同行しようかとも考えたが、幸いマイク様が武闘大会へ彼等を誘い、一度サイドバリィの街へ戻る必要のある私へ助け舟を出してくれました(無自覚でしょうが)



 そして彼等はサイドバリィへと姿を現し、武闘大会二日目。エキシビジョンマッチ直前のところでついにチャンスが回ってきたのである。



 なんとマイク様とサムライがトイレに行くと言い出し、私はあの方と二人きりでリングの近くにある観戦室へと向うこととなった。


 これは千載一遇のチャンスである。このままこの子には行方不明となってもらい、永遠に消えてもらうとしよう。



 私の所業はすぐにサムライの知るところとなるだろう。しかし、例え私がサムライに報復され殺されようとも、あの方さえいなくなれば、この国を割る火種は消える。私のような者の命一つでそれを消せるのならば安いものだ!



 私は人目につかぬよう観戦室へあの方を招きいれようとしたその時……



「リオ!」



 なんとサムライ殿が姿を現したのだ。


 まさかこんなタイミングで現れるなんて! 予想だにしていなかった私はその時、とんでもなく動揺していたに違いない。



 しかし、まだ剣も抜いていないしあの方になにもしていない。今の段階ではどれだけ疑われてものらりくらりと避けることができるはずだ。



 サムライはそんな私の動揺を見てなにか確信したのか、にやりと笑い階段を駆け上り二階へ駆け上がっていった。


 その笑いに、私はぞっとした。



 彼は、私のあの動揺だけでなにか確信したに違いない。サムライは最初から私をいぶかしんでいたのだ。ゆえに、大きなチャンスを作った。私はまんまとそれに引っかかってしまったのだ。



 しかし、その後、私はまだ幸運だったと知る。



 上の階ではなんとマクマホン卿の暗殺が行われようとしていた。それをいち早く阻止するため、彼は私の暗殺を意図的に見逃したのだ。


 あの方を救い、卿も救えるタイミングはまさにあの時だけ。ほんの少しでも私が行動を速めていれば、部屋に倒れていた暗殺者と同じく、私も床に倒れていたに違いないだろう。


 あの無貌の暗殺者がいなければ、下手をすればこの国を割る争いがはじまっていたかと思うとぞっとする。



 色々と信じられないことが起きたが、不可解なことが一つある。



 それは、サムライがマクマホン卿の命を暗殺者から救った。ということだ。


 普通に考えれば、暗殺者から人の命を助けるのは当たり前だとなるだろう。しかしサムライは私があの方の命を狙ったことを疑っていた。今回運よく未遂に終わったが、間違いなく私があの方に手を出そうとしていたことは確信したはずだ。


 あの方を連れ去る時の目。あのなにかを浮かべた瞳は確信の視線だけでなく、「運がよかったな」という視線もあったに違いない!


 話がそれた。



 不可解なのは、その私の主であるマクマホン卿をなぜ救ったのか。だ。



 私があの方を狙っていると気づいているのなら、その上にいるマクマホン卿もまた同じ派閥の存在だと気づかぬはずがない。あの方とマクマホン卿が相容れない陣営にいるのは誰が見ても推測ができる事実だ。


 だというのに、サムライ殿はあの方の暗殺を暴こうとせず、マクマホン卿の命を救った。ここで暗殺者に手を汚させておけば、あの方の命を狙う陣営が一つ減るというのに……!



 私には、サムライ殿の行動の意味がわからない。



 まさか、サムライ殿はあの方の正体を知らない? いや、サムライ殿は暗殺未遂事件後即座に姿をくらました。多くの者はドラゴンの時と同じく報酬や名声などに興味がなく、そこに群がる者を避けたからだと言うが、この街から姿を消す理由がない。むしろあの方の身を案じて姿を消したと考えるのが妥当だ。



 なのになぜ、卿を助ける? 王都へ向えば向かうほどあの方を狙う者は増える。その敵を一人得も減らすのが護衛の役目ではないのか?



 わからない。知っているのかしらないのか。それともなにか考えがあるのか。わからない。私にはサムライの考えがまったくわからなかった。


 ただ、こうかもしれない。という稚拙な願望じみたことならある。


 それは、サムライはあの方も卿も、すべてを生かして仲良くしたいという考えだ。私にも想像のつかない方法でまとめてくれるのではないか? と願う。子供のような考えで、ありえない妄想だが、サムライ殿ならばやってのけてしまうのでは。と思ってしまった。



 いや、そんな幻想ありえない。私は頭をふり思考を現実に戻した。



 サムライ殿の考えは今はいい。私のような小物には小物らしい考えがある。


 サムライ殿のことを除き、一つわかっていることがある。


 それは、我が主マクマホン卿が命を狙われたということだ。



 しかも、この国で実は存在しないと言われた幻の暗殺者に。



 ひょっとして。と心配が浮かびあがる。



 それは、あの方の存在が我等の敵対組織に洩れたのではないか。ということだ。


 ゆえに、卿の存在を疎ましく思った者達が卿を殺そうとした。



 当然、卿はこの国では重鎮であり、狙われる理由は他にもいくつも考えられる。



 別件での暗殺事件ならばいい。しかしそうでない可能性もある。


「……」

 そう小さな可能性でもあるとすれば、やはりあの方はこの国で生きていてはいけない存在となる。



 悪いがサムライ殿よ。君の警告は私は受け入れられない。


 君の優しさには悪いが、私は例え一人でもあの方をこの世から抹殺させてもらう。



 それが、この国の未来のためになると信じているからだ!




 おしまい

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