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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
12/88

第12話 サイドバリィ武闘大会


──ツカサ──




 サイドバリィ武闘大会。


 四年に一度開かれる王都チャンピオンシップと対をなすこの国を代表する武闘大会である。

 騎士しか参加できない王都チャンピオンシップとは異なり、参加に必要な出場資格は存在しない。参加したいと願うならば男だろうが女だろうが子供だろうが老人だろうが異種族だろうが誰でも参加が可能な大会であり、一年に一度、国中の猛者が集まりその一番を決める野蛮人の祭典でもあった。


 誰でも参加できるというが、よほど腕に自信がない限り出場は見送った方が懸命である。出場し死なないまでも日常生活に支障をきたすほどの大怪我をおうのもざらである大会だからだ。

 今年は王都チャンピオンシップ開催の年でもあり、サイドバリィ武闘大会の優勝者はチャンピオンシップ優勝者と対戦できる副賞がある。



 これにより、この国最強の戦士が決定するのである。



 今年はその決定戦に大きな関心が集まっていた。なぜなら、このサイドバリィ武闘大会にサムライが出るという噂がまことしやかにささやかれているからだ。


 今巷で話題の伝説の再来が人々の前に姿を現すかもしれないということで、例年以上の注目を集めているのだ。



「どんなに期待されても俺は出ないけどね!」


「うわっ、いきなりなに!?」

 突然声を上げた俺の声にびっくりしたリオが驚いた。


「いや、決意を新たにきちんと宣言しておこうと思って」

 驚きのリオに、俺は答えを返す。


 俺はサムライなんかじゃないけど、オーマを持っている限り間違われることもありえる。だからこうしてしっかりと意志を現して、周囲の意見に流されないよう心に刻んだのだ。

 ちなみにだが、サムライだと絡まれないよう、今日の祭りを出歩く時オーマには袋に入ってもらう。ついでに貴重品の入ったカバンはメニスさんの家に置かせてもらうことになっているのだ。


 細長い袋に入れたオーマは、肩にかけるような形で持っていく予定だ。イメージで言うと剣道の竹刀を入れる袋のような感じだ。釣竿、バットを入れる袋でもイメージは同じかもしれない。

 世界が世界なら部活帰りなんだけど……まあ、それを言っても仕方がない。



「オーマ。聞くけどこれ外見えるか?」


『全部覆われると見えねーな。どこかのぞき穴一つでもあれば平気よぉ』


「そっか。ならいくつか開けとこうか」


『おお。これで見える。助かるぜ相棒』


 かついで上に来る部分にいくつか隙間を作り、のぞき穴のような形の穴を開けておいた。少し見づらいかもしれないが、これでオーマも周囲を気にせず祭りを楽しめるだろう。



「さて。で、マックスはまだかな?」


 今俺達は、祭りに行くためメニスさん家の前でマックスが出てくるのを待っていた。


 これから大通りを一本闘技場の方へのぼり、大会初日を見物しに行くのだ。闘技場の収容人数は約四万人ほどで、大会中それはほぼ満員御礼になるのだそうだ。


 そのため早めに行こうということになったのだけど、マックスがまだ姿を現さない。



「あら、お二人とも。マックス様なら先ほどマイク様に会うということで行ってしまわれましたよ?」


 メニスさん達が玄関から顔を出し、俺達にそう告げた。



「え? そうだったんですか?」


「はい。騎士団長のマイク様の使いの方がきましてね。てっきりお二人も一緒に行ったと思ったんですが……」


「聞いた?」


「おいらも聞いてないね」


 あらあらと、メニスさんが首をひねる。

 どうやら俺達もマックスと一緒に行ったのだと思い、玄関での話し声を聞いて顔を出したのだろう。


 ちなみにメニスさんはもう祭りを見て楽しむという年齢でもないらしいので、留守番しているそうだ。



「ということですから、行ってらっしゃいませ」

 にっこりと微笑み、玄関は閉まっていった。


「……」

「……」


 俺とリオは無言で視線をあわせた。


 なんかちょっと気まずい。昨日あんなことがあったってのに二人きりなんて色々戸惑うじゃないか。



 いくらいつも通りと言っても、気にならないってわけじゃないんだぞ!



 俺達は視線をあわせたところで苦笑した。


 リオも少し戸惑っているようだ。なら、俺が変に意識すると、被害者のリオはもっと気まずくなるだろう。


 だから、変に意識しないよう声をかけた。


「ならしかたないな。行こうぜ」

「そうだね」


 俺の言葉にリオも笑顔でうなずき、俺達は闘技場にむけて歩き出した。



 オーマがいればマックスも簡単に探せるし、ひとまず会場へ行こうという考えからだ。




──リオ──




 ツカサは、わたしと二人きりになったとわかったら、一瞬戸惑ったように見えた。

 それを見て、ああ。この人もわたしを意識していないなんてことはなかったんだ。というのがわかった。


 いつも冷静で、堂々としているツカサが心を乱している。



 こんなのはじめて見た。



 平静を装っているけど、心の中じゃ実は気にしていたんだね。


 ツカサは、わたしが昨日元通りと言ったから、それを実行していてくれただけなんだ。


 そうだよ。ツカサがいくら強いといっても、彼はわたしとかわらない年なんだ。ツカサだって、人間なんだ。



 そう思ったら、ツカサにほんの少しだけ近づけた気がした。



 きっかけがわたしの裸というのがなんとも恥ずかしい話だけど、これ以上わたしが意識していたらツカサに申し訳ない。


 だから、約束どおり……



「ならしかたがないな。行こうぜ」

「そうだね」


 平静を取り戻したツカサが笑顔で言う。だからわたしも、その笑顔に笑顔で返した。少しぎこちなかったかもしれないけれど。


 わたし達は闘技場を目指し、二人で隣りあって歩き出した。




──マリン──




 はーい。みんなひさしぶりね! 覚えているかしら? みんなのアイドル。天才大魔法使いのマリン様よー。


 覚えていないというのなら、ヤーズバッハの街で起きたことを思い出すといいわ!(第四話から五話参照)



 ふいー。明るく自己紹介をしてみたけど、今私はちょーっとばっかし機嫌が悪いの。



 ドラゴン退治に私の力が必要だと先生(六百年も生きる爺さん)に言われてこのサイドバリィくんだりまで出向いてきたというのに、待ち合わせの場所に到着してみればドラゴン退治はすでに終わっていて、もう用はないなんて言われちゃったんだからさ。

 せっかくきてやったというのに、来るだけ無駄だったなんてふざけんじゃないわよってのよ。せっかく竜の牙や爪や竜玉が手に入ると思ったってのに! 人がいい感じに新魔法の研究しているところに水をさして交通費さえ出さないなんてだからお役所は嫌いなのよ。先生が目を光らせてなかったらこんな街爆破させたんだから。


 あーもう、むかむかする。こうなったらやけ食いするしかないわね!



 なにやら祭りをやってるみたいだし、屋台めぐりをやるしかないわ!(武闘大会とか興味ない)



 片っ端からおいしくもないしチープな祭りの出店を食べまくってやるんだから。


 ちなみに私は永遠の二十歳。どんなに食べても太ったりしない完璧なバディだからいくら食べてもふと……らないの。太らないの! 大丈夫。二カガル(キログラム)、いや三カガルまでは誤差だから! というか悪いのは全部先生。そういうこと!


 私は心に偉大な言い訳を立て、やけ食いをはじめることにした。



 さて。どこから食い尽くしてあげましょうか。


 そう思って獲物を探し、祭りがはじまりにぎやかな通りを見回していると……



「そういえば、ツカサは腕相撲大会どうする?」

「実際やるのは興味ないからパスかな」

「そっか。ならスルーでいいか」


 私の後ろを、そんな会話をしながら一組の男の子カップル(意味深)が通り過ぎていった。

 なんて素敵なのかしら。片やまだ声変わりしていない少女のような声、片や声変わりにやっとさしかかったような若々しい初々しい二人の声が私の脳を癒してくれるわ……



 ……って、ん?



 二人の会話をリフレインしていると、私の記憶に引っかかるものがあった。


 というか、声変わりはじめの少年の声には聞き覚えがあった。



 こんな街に知り合いはいない。



 先生はすでに王都へ帰ってしまったし、他の魔法使いなんて雑魚すぎて記憶にさえ残っていない。他に知り合いなんてここ数十年で魔法道具屋の店主か店員かくらいしかまともに思い出せないレベルだ。


 でも、そんな私の脳にしっかりと記録された声。それが、私の耳に届いたのだ。


 私は即座に振り返り、そのカップルを探した。



 ……いたっ!



 そして、彼が何者だったか思い出した。


 間違いない。あの子はあの日、ヤーズバッハであったサムライ君だわ!



 刀をわざわざあの肩にかついだ袋にしまっているけど間違えるはずがない。そして、私はそうか。と納得する。



 あの彼。再来したサムライがいたのなら、ドラゴンの一匹や二匹が私の到着を待たずして退治されたのも納得ができる。


 十年前の彼等の強さをかんがみれば、エンシェントドラゴンさえ屠っていても不思議はないのだから。


 ちなみにエンシェントドラゴンというのは古代の竜種で、神のペットで世界を創造したハイエンシェントドラゴンの一つ下の位のドラゴンのことよ。すっげぇドラゴンだと思ってくれればいいわ。詳しい説明はまたあとでねー。



 話し戻して。



 そんなサムライの再来の彼がここにいるんだから、ドラゴン退治がお流れになったのも当然ということね。


 彼の噂は、研究所にこもりきりな私の耳にさえ届いている。


 いくつか私のやらかしまで彼のせいになっているけど、それはまあ、彼が私クラスのとんでもない超人ということの証明だから、誉と思ってもらっていいわ!



 ともかく、彼を見つけたことで、私の不機嫌ゲージは一気になくなり、むしろご機嫌ゲージがマックスになったわ。



 だってこれでここにきたことのマイナスが一気に吹き飛んじゃったんだもの。


 あの時は現物に大興奮して聞くことが頭になかったけど、今なら確認できる!



 どっちが受けで攻めなのか……じゃなく、あのプレートの在庫のこと!



 そう。あの二枚だけじゃなく、もっともっていないのかということを!


 あれが十枚もあれば世界を変えるほどの魔法ができる。


 あの時は目の前の二枚だけに目が行って、それを確認するのをすっかり忘れていたけど、ここでまたあえるなんてなんたる行幸なのかしら!



 二人は私のことなんてまったく気づかず、すたすたと祭りの中歩いてゆく。



 なんかとってもいい感じね。どちらかというと、あの帽子の子の方が彼を意識しているという感じかしらぐへへ……

 って、変な妄想している場合じゃない。このままじゃ見失っちゃうわ。早く接触しないと!


 私は通りを進む二人のあとを追って駆け出した。



 待っていなさい子猫ちゃーん!




──リオ──




「見つけたー!」


 突然声をかけられた。


 ツカサと一緒に肩をつかまれ、振り返る。



 そこにいたのは、二十歳を超えたくらいのお姉さんだった。



「誰?」

 おいらはこの街に知り合いはいない。ツカサの知り合いかと思い、ツカサを見たけどツカサの方も首をひねっている。


「誰?」


 ツカサも知らないようだ。



「ふふっ。確かにこれじゃあわからないかもしれないわね」

 お姉さんはフードをかぶった。


 するとフードの下に隠れた顔が見えなくなる。フードの影に隠れただけだというのに、ぽっかりと空いた穴のようにフードが顔を隠してしまったのだ。


「これで思い出さないかな?」



「あっ」

『ああ、あん時の』


 それを見て、ツカサは彼女が誰か思い出したようだ。


 というかその顔も見えない状態で会ってたらわかるかよ。話しかけてきた時と声色まで違うじゃねーか。それでわからない? なんて当然だろ。



 なんか、ちょっと気に入らない。



 別に綺麗な人だったからってわけじゃないぞ!


 というか、前にあったことあるような反応だったけど、オーマ気づいたの遅くない?


 そう思ったら、わたしの考えに気づいたのか、ぼそぼそと言い訳をしてきた。



『こいつはな、あの時百万ゴルドをくれた上客だ。魔法使いだから、あの状態とさっきの状態じゃ気配が違う。だからおれっちでも気づけなかった。中々優秀なやつだよ』



 へー。


 オーマのすごさはおいらも知っているから、この魔法使いってのもスゴイヤツってことなのか。

 というか、あの百万の出所はこいつか……!


 百万ゴルドもぽんと出す金持ち。魔法使いだったのか!


 じろりと睨んだら、ローブをはずした女に微笑まれた。なんて余裕だ。余計に気にいらねぇ。


「あら、あなた……」


「な、なんだよ?」

 じっと見つめられた。


 女はおいらに顔を近づけてきて、なにか納得したようにうなずいた。



 ……まさか女だって気づかれたか!?



「いえ。なんでもないわ。これから色々あるだろうけど、がんばってね」


「がんばってってなんだよ!」

 い、いきなり意味のわからねえことを言い出すな!



「まあ、今それはいいとして、あの時のプレート、まだあるかしら?」

 おいらのことはもう興味ないというように、女はツカサの方へ視線を向けた。



「ありますよ。あと、十枚くらいかな?」



「じゅっ……!?」



 ツカサが頭の中で枚数を数え答えを返すと、女がすげぇ驚いたのがわかった。

 さっすがツカサ。こんな得体の知れねぇヤツも驚かせるんだからすげえや。


 女は驚きながらも、喜びの表情を浮かべている。



「そ、それ、全部譲ってもらえる?」



「かまいませんけど。ただ、今手元にはないので、とりに戻る必要がありますよ」

 今ツカサが持っているのはオーマとあのびっくりギミックのついた財布くらいだ。その金になるプレートとかはメニス婆ちゃんの家に置いてある。だから、今出せと言われても出せるわけがなかった。


「ああ、そうよね。当たり前か。それな……」


「ちょーっと待った!」

 言葉を続けようとする女とツカサの間におらは入りこんだ。



「交渉なら、おいらを通してもらおうか!」



「あら。そうなの?」

「そうだよ。ツカサに任せていたら買い叩かれてもいいなんて言い出しかねないからな!」


「ふふっ、確かにそうね」


「失礼な」

 女が笑い、ツカサがちょっと不満そうに頬を膨らました。


 なにを言ってんだよ。取り分をマジで半分渡してきたツカサがなにを言っても説得力ゼロだよ。



 だからここは、おいらがしっかりと交渉してやるんだから!



「さて、それじゃ小さなネゴシエーターさん。一体それをいくらで譲ってくれるのかしら?」


「それはだね……」

 おいらは記憶を探る。


 ツカサはあの時、あの財布の中に何枚かのコインを持っていた。そのうち五枚の銀と銅のコインはおいらが持ち去った。残されたのは、二枚の銀色のコイン。きっとアレが百万ゴルドに化けたんだ。


 つまり、一枚五十万! しかも聞いた限りではあの女から言い出した値段とのこと。ならば……!



「一枚、百万ゴルドでどうだ!」



 正直ふっかけすぎのレベルだ。


 十枚で一千万。おいらの頭の中じゃ数え切れないし、どんな金なのか想像もつかないレベルの大金だ。きっと世界が買えるね。

 でも、これが交渉の基本。最初に高値をばんと出して、徐々に金額をすり合わせてゆく。相手だって五十万で味をしめていただろうか、驚いて金額をさげようとするはずだ。そこからが、本当の勝負!


 でも……



「いいわよ」



「へ?」

 ……この人、あっさりとそれに同意してきた。



「じゃあ、一枚百万で、十枚で一千万ね。それでいいわ」



「え?」

 い、意味がわからない。この人、一千万ゴルド払えるって言ったのか? 一千万て、一万ゴルド金貨千枚だぞ。百年遊んで暮らせるような金だぞ。そんな金、本当に持っているのか?



「ふふっ」

 ぐっ……! 甘く見たのはおいらの方だった!



 驚いたおいらの顔を見て、この女笑いやがった!


 逆に驚かされたのは、おいらの方だった!


 なんてこった。こんなにあっさり払えるなんて。魔法使いってヤツは化け物かよ……

 これだから魔法使いってヤツは嫌いだ!



「とはいえ、そっちに現物が今ないように、こっちにもそれだけの持ち合わせはないわ。だから一日待ってちょうだい。明日までには用意しておくから」


「わかりました。それで、いつどこで?」

 唖然とするおいらを尻目に、ツカサがうなずいた。



「こっちから接触するから、物を持って祭りを楽しんでいてちょうだい」



「はーい」

 ツカサは素直にうなずき、それを確認した女はきびすを返して人ごみに消えていった。


「ぐぐぐぐぐ……!」

 おいらはその背中を睨むことしかできなかった。悔しいけど、この交渉完全にあの女の勝ちだ。どうやらあのプレートは、おいらの想像を超えた、もっともっととんでもない価値があったらしい。



 悔しがるわたしの頭を、ツカサがぽんぽんと撫でてくれた。



「倍の値段で売ってくれたんだ。俺は感謝しかないけど?」

「……うっせえやい」


 悔しいけど、ツカサにそういわれたら嬉しくなる。われながら単純だぜ。




──マリン──




 追いついたらサムライ君じゃない方の子にかみつかれちゃったわ。


 ちらりと顔を見たら、面白いことがわかった。

 ふーん。これは面白い組み合わせね。それとも、サムライ君はこれを知っていてこの子と一緒にいるのかしら。だとすれば大変なことになるわね。


 だから。


「これから色々あるだろうけど、がんばってね」

 そうエールを送っておいた。



 たぶん、今のところ意味はわかっていないと思うわ。



 それはさておき。プレートの交渉開始よ。



 まさかあと十枚もあるなんて。これだけあれば、本気で次元に穴が開けられちゃうかもしれないわ!



「そ、それ、全部譲ってもらえる?」


 全部欲しいと言う時、声がうわずってしまったわ。


 この私があんな間抜けな声を出すなんて、普通ないわ。そんなものを平然と私に譲り渡そうとするんだから、この子も大概よね。まさか、この価値がわかっていない。なんてことはないだろうし。



 ホント、この子は大物になるわ。



 前回同様、あっさり交渉がまとまるかと思ったら、横から割りこまれた。


 どうやらこっちのこの方がしっかりしているみたい。



 一枚前回の倍の百万ゴルドをふっかけられたわ。



 ふふっ。そうね。そのくらいの値をつけたくなるわよね。


 十枚で一千万ゴルド。これはこの国の年間予算の十分の一ほどの値になるわ。小国なら楽勝に買える値段ね。


 一般市民なら百年は遊んで暮らせる大金よ。



 そんな値段をふっかけたら、普通はたじろぐわね。あの子もそれを狙っていたんでしょうけど、甘いわ。



 お嬢ちゃん。その十枚のプレートは国家予算そのものをつけてもいいくらいの値をつけてもおかしくないくらいの価値があるのよ。それくらいとんでもない代物なの。


 じゃなきゃ、十枚あると言われて私が驚きを顔に出さないわ。むしろ、驚いたからこそお嬢ちゃんの判断も間違えたのかもしれないけどね。



 だから一千万ゴルドという値段は、むしろ『安い』レベルなのよ!



 なので私は、あっさりとOKを出してあのお嬢ちゃんを驚かせてやったわ。


 ほっほっほ。この私を驚かせようなんて、百年早いのよ(サムライは例外ね!)


 とはいえ、さすがにそれだけの現金は今手元にないから、一度帰らないといけないけれど。百年貯めに貯めた貯金がほとんどなくなっちゃうけど、それでも安い買い物だわ!(国家予算言われたら払えなかったじゃんというツッコミは無視するわよ)



 明日また来ると約束をし、私は一度お金をとりに戻ることにした。



 しかし、本当に妙な組み合わせだこと。このままこの国に混乱をもたらさないといいけどね。


 サムライとその隣にいるお姫様の姿を思い出し。これは面白くなりそうだとほくそ笑むのだった。




──ツカサ──




 ヤーズバッハであったあの魔法使いの人にまたあった。まさか女の人だったとは驚きだけど、さらに一千万もの大金が転がりこんでくることになろうとは。



 一円玉でこんなドリームが見れるなんて、さすが異世界。



 でも、正直言ってそんなにお金があってもしかたがない。


 俺、あんまり贅沢しないから、そんなに金があってもしかたがないんだよな。それに俺はこの世界から元の世界に帰っちゃうんだから……



 あくまで予定だけど。



 ま、その時はリオやマックスにあげればいいのか。マックスあたりならお貴族様だから、なにかボランティアとかに使ってくれるだろう。


 なら問題ないな。


 こうして俺達は、あの魔法使い──そういえば、あの人の名前聞いてなかった──と別れ、闘技場のところまでやってきた。



 闘技場は、まさに全盛期のコロッセオというような感じだった。



 古代のローマにでも迷いこんだ錯覚を覚える。古代ローマに来たことないけど。でも、俺がいる場所は、そういうところだった。

 いやはやスゴイ人出だ。こりゃ人ごみの中ではぐれたら携帯もないこの世界じゃ合流のしようがないぞ。俺にはオーマがいるからなんとかなるけど、他二人は絶望的だな。


 なのではぐれたら俺が探すということで、下手に動かないようにと約束することになった。


 そろそろ予選がはじまる時間なので、マックスと合流しようとオーマにどこにいるのかたずねたら、すでに闘技場の中にいるというので俺達も中に入ることにした。


 ただ、マックスの反応は関係者以外立ち入り禁止の先にあったので、俺達は合流をあきらめ席を探すことになる。



「マックスはお貴族様だから、会いに行ったマイクさんとVIP席とかで見ていても不思議はないんだったな」

「だったらおいら達もそこに連れて行けよ」

 そんなことを話しながら、俺達は観客席につくことができた。



『いや、そうじゃねえみてーだぜ』



 なにかに気づいたオーマが、俺達のマックスVIP席見物説を否定してきた。


 どういうこと? と思い、オーマに続きをうながす。



『ちょいと会場の方を見てみろよ相棒』


「会場?」


 会場は今、予選の準備で真っ最中だった。



 武闘大会予選は、よくある大人数の参加者が一度に戦うバトルロイヤルのようで、各会場にくじによって割り振られた選手達が開始は今か今かと待ちわびているような状態だ。


 こっちもとんでもないくらいの参加選手だ。確か十六のに区切られたリングで、その勝者一人のみが決勝にいけるということらしい。


 この予選を二度行い、都合三十二名が一対一の決勝トーナメントに出場するのだそうだ。



 正直言えば、このバトルロイヤルが一番突破大変なんじゃないかと思う。



『んで、予選H組を見てみ?』


「「H?」」


 俺とリオは、オーマにうながされるままその予選H組のリングを見た。


「あ」

「あれは……」


 俺とリオは、ほぼ同時に彼を見つけた。



 特徴的な金髪のリーゼントを揺らしながら、袴に上半身裸&腹にサラシを巻いて羽織を羽織って準備運動をしている知り合いの姿があったのだ。



 俺が教えたとおり、刀のツバを眼帯にしているサムライかぶれの剣士、マックスがそこにいたのだ。


 武器だけはいつも見慣れたロングソードではなく、大会で支給される木剣だったけど。



 俺達の予想に反し、マックスはこの武闘大会に出場していたのである。



「あいつ、出ないって言ってたくせに」

 俺とほぼ同時に見つけたリオがなにやってんだという顔をしながらつぶやいた。


「なにか心変わりする理由があったのかな?」


『そいつは予選が終わったあと聞いてみりゃいいんじゃねえか?』


「確かに。でも、出たのなら応援くらいはしてあげよう」


 オーマの言葉に、俺はうなずいた。せっかくやる気を出して出場したのだから、ただ見物するだけじゃなく応援もしてあげよう。むしろこれで見る楽しみが増えたともいえる。


「ま、そうだね。あっさり予選で負けたら笑ってやるし」

 にしし。と同意ついでにリオは笑った。



 十六のリングで一斉に予選がはじまった。


 俺達が注目するのは当然マックスの戦うH組のリング。


 一つのリングで戦う選手の数は約三十五人(参加人数によっては一人二人増えたり減ったりするらしい)

 選手は自分以外の者全員をリングの外へ放り出せば勝利となる。敗北はリングアウトのみなので、例え気絶をしてリングに転がったとしても、なんやかんやあってその人が最後の一人となれば勝利となるので、まれに寝ているだけで決勝に進出してしまうというハプニング的なパターンもあるそうだ。


 武器は基本木剣だけど、それでも大怪我をする者どころか死ぬ者もいるらしい。


 選手はそれを覚悟で望んでいるとのことだけど、十六リングかける三十五人が二回で約千百二十人もの命知らずがこの戦いに参加している計算になる。


 この数字が多いのか少ないのかは俺にはちょっと判断できないな。



 決勝に残るのはたった一人の勝者。合計三十二人。実に狭き門である。



 だというのに、マックスは実にあっさり危なげなくこのバトルロイヤルを勝ち残った。


 今回サムライが参加するなんて噂もあるから、例のサムライかぶれの格好をしているマックスは重点的に狙われていたけど、それでも襲い来る選手達の攻撃を剣で受け、かわし、いなし、相手を殴り倒しながら次から次へとリングの外へと放り出してゆく。


 素人の俺が見てもよくわかる。動きに無駄がまったくなく、常に動き回って背後からは決して攻撃されないようにしている。


 前に山賊十人を相手に大立ち回りしているのを見たけれど、やっぱりマックスは強い。とんでもなく強い。なんでこんな人が俺の弟子になりたいなんて言っているのか理解不能なレベルだ。むしろその強さに俺が憧れてもよかですか?



 自分以外の三十四人をあっさりと場外へたたき出し、H組の予選は全予選中一番に終わりを告げた。あまりにあっさり終わってしまったので、逆に注目さえ浴びないレベルだった。



 勝利したマックスは他の予選が終わるのを待たなければならないのか、リングの上に残りレフリーと解説者と一緒になにかを話しているのが見えた。


 あとでわかることだけど、予選後の自己紹介なんかを打ち合わせしていたみたいだ。



 多くのリングでドラマが生まれ、一回目の予選はすべてが終わった。



 すべてのリングで決勝進出者が誕生し、予選リングAから勝利選手の紹介が行われた。


 マイクみたいなのを持って綺麗なおねーさんがインタビューして回っている。機械的なマイクなんてないだろうから、たぶん魔法の品物なんだろう。


 選手の紹介がはじまると、歓声が上がったり、ブーイングが飛んだりする。


 有名で有望な選手には歓声が上がり、どこか卑怯な手段を使っていた人にはブーイングもあがっていた。


 名前があがっても、この世界の事情をまったく知らない俺は誰がどうなのかさっぱりわからない。だから、歓声の大きさと声援の数から、その選手の期待度を推測するしかできなかった。


 とはいえ、わかるのは主に期待と人気で、歓声が大きいからその選手が強いとは限らないのだけど。



 それでも、いわゆる優勝候補のような存在はなんとなくわかった。



 紹介も後半になり、ついに予選H組。マックスの紹介となった。


 マックスの名前。『マックス・マック・マクスウェル』という名が紹介された瞬間。あがったのは歓声というより、大きなどよめきだった。



 まさか! なぜここに! というような戸惑いにもにたどよめきである。



「なんだ?」

「なんだろ?」


 俺もリオも理由がわからず、きょろきょろと客席の方を見回してしまった。


 まさかサムライと間違われたのか? と思ったけど、これはまったく違うどよめきのように感じられた。サムライなら、戦っている時から話題にあがっているだろうからだ。


 ちなみに、マックス以外にも何人かサムライのコスプレをしている参加者がいたのをここで伝えておこうと思う。


 どよめきを聞いても理由はさっぱりわからない。俺もリオも、二人で困惑に顔をあわせるしかできなかった。



「まさか、あの天才マックスがまた表舞台に現れるとは誰も思っていなかったからじゃよ」



「ひゃっ!?」

「……」

 俺達の後ろの客席から、突然そんな説明が聞こえてきた。


 俺達に向けて語っているその言葉に、リオはちょっと変な声を上げて驚き、俺はびっくりしすぎてなんの反応もできなかった。



 俺とリオは、二人でそちらを振り返る。



 俺達の後ろの客席。そこには一人の白髪の老人がいた。


 いかにも老子。その道の通。というような感じで真っ白い眉でその瞳は見えない。



「マックス・マック・マクスウェル。この名を聞くのは、本当にひさしぶりじゃ。マックス。それは十二年前の王都チャンピオンシップにおいて若干十四歳という歴代最年少での若さで優勝を飾り、さらにこのサイドバリィ武闘大会の優勝者すら破って見せワシ等の界隈を騒がせた天才少年の名じゃよ。十年前のダークシップ襲来を境にその名は表舞台より消えておったが、今また、再びワシ等の前にその姿を現したのだからその名を知るものは驚くのは当然じゃろうて」


 俺達が口を挟むより早く、老人は一人で勝手に話を進める。一人うんうんとうなずきながら。


「しかも、その動きはかつてを知るものさえ驚くほどの良さとなっておるのだから、その名を知るワシ等だけでなく、話でしか聞いたことのない観客も心が躍るというものよ」


 老人は楽しみじゃというように、にやりと笑った。


「しかし、まさかあのマックスがサムライの格好をしておるとは。予選は木剣のみじゃが、決勝からは武器が解禁される。ここで刀を持ち出せば、今巷を騒がすサムライが彼であったと証明されるのう。これは楽しみじゃて」


「へー」


 俺はここでやっと爺さんの話にうなずいた。


 いっそオーマをマックスに貸してマックスをサムライに……と考えたけど、彼のことだから間違いなく俺を矢面に立たせるように話すに違いないと思いその案は俺の頭の中で即効で却下された。むしろ早く合流して面倒なことを言わないように釘を刺さなければならない。



「驚いたな。マックスってそんなスゴイ剣士だったのか」



「みたいだな」

 リオが驚いている。彼女もやっぱりマックスがすごいと知らなかったようだ。まあ、十二年前って、リオまだおしめがとれたかとれないかくらいの年齢だからしゃーないけど。


 というか、そんな人が憧れるって本物のサムライってのはどれだけすごいんだよ。マジで俺に弟子入りなんてしている場合じゃねーだろ。



「今回マックスという新たな風が現れたことにより、今回の大会はいっそうの混迷を見せることになりそうじゃ。今回はただでさえ優勝候補筆頭と言われた男が今日になり参加を辞退しておるからな。この後の一回戦によっては、あのマックスが一躍優勝候補筆頭に名があがることとなるじゃろう」


 俺とリオが顔をあわせている間も、爺さんは淡々と。いや、むしろ言葉に熱をこめて語っている。その一回戦というのは、この後行われる予選二回目のあと。今日の午後に行われる決勝トーナメント一回戦目のことだ。


 この一戦によって誰が優勝するのかなんかの賭けなんかが予測されるらしい。予選だけじゃ運で勝ち残る人もいるけれど、一回戦が行われればその運で勝ち残ったヤツは早々に消えうせるからだと爺さんが熱弁していた。


 すでに注目を浴びているというのに、マックスはきっと無名のサムライかぶれから一気に優勝候補筆頭に名を上げるだろう。



 知り合いがそんなすごいなんて、俺はちょっとだけ鼻が高くなった。



「というわけで、今回ワシが注目する選手はマックスに決まりというわけじゃ!」


 長々とした説明も終わり、爺さんは席を立った。

 この堂々とした語り口。きっと名のある武人に違いない。場の雰囲気に流された俺は、思わずそんなことを思った。


 ゆえに……


「老子、あなたは何者ですか?」

 立ち上がった老人に、俺はほぼ無意識的に問うていたのである。



「カカッ。ただのしがいない見物客じゃよ。ただ、この祭りを五十年見続けてきた、な」



 爺さんはにやりと笑い、席を立って去っていった。

 五十年もかよいつめていれば、こんなにも事情通になるのか、さすがだぜ。


 とりあえず、その背中に送っておこう。解説、乙でした!


「……」

 すげぇ! と思っていたら、爺さんすごすごと戻ってきて席に着いた。



「……予選、あと一回あるの忘れとった」



「……」

「……」

 やっぱ見物しているだけじゃダメなんだなあ。俺はそう思った。




──マックス──




 予選も終わり、武闘大会は決勝トーナメントまでの一時の休憩をむかえ、観客も選手もおのおの食事の時間と相成った。


 拙者は今、闘技場の外へと出て、ツカサ殿達と食事をしている。



『で、なんでマックスはいきなり大会に出場してんだ?』


 唯一食事の必要ないオーマ殿がもっともな疑問を口にした。


 これはきっと、ツカサ殿も同じお考えだろう。



 であるから、拙者もその疑問に答えるべく、口を開いた。



「もがが、もへへは……」



「うん。食べてからにしようね」

 ツカサ殿に苦笑されてしまった。確かに、行儀も悪いし聞くに堪えない言葉になるし、急いでもしかたのないことであった。


『いや、おれっちも急かして悪かった……』


 オーマ殿にまで申し訳なさそうにさせてしまった。

 食事も終わり、改めて事情を説明することとなった。



「あれは、拙者がマイクの元からツカサ殿のもとへ合流しようと闘技場へ急いでいる時のことでござった……」

 想像以上に話が長引き、近道をするためあまり人の通らない裏通りを通り近道をしていた時。


「ぐわああぁぁぁ!」

 誰かの悲鳴が聞こえたのでござる。


 すわっ! 何事かとその場へ行ってみると、拙者の接近に気づき逃げる多数の人影と、一人の剣士が背中と腕を斬られうずくまっていたのでござる。



 これは一大事と、逃げた者共を追うのを我慢し、その者を医者に連れて行きました。



 医者に連れて行って一命はとりとめもうしたが、背中の傷は深く、しばらくは絶対安静が必要なほどの怪我でした。

 左腕は斬られた衝撃で骨も折れていましたが、安静にしていればきちんと治るだろうとのことで、拙者はひとまず安堵の息をはいたのです。



 しかし、目を目を覚ました男は涙を流しておりました。



 話を聞けば、その者はこの武闘大会の出場者であり、優勝候補にも名のあがるほどの男だったようです。残念ながら、拙者は最近の情勢には疎く、彼の名は知らなかったのでござるが。


 しかも彼は、今年優勝したら恋人と結婚することを誓い、そのための指輪まで用意して闘いにおもむこうとした矢先の闇討ちだったのです。


 夢の大会が露と消え、彼は絶望のあまり泣き出してしまったのです。



 それを聞いたツカサ殿も、顔をしかめられました。



 おのが力を高め、そのような目標を持ちながらその大会に出場することすらかなわなくなるとは、その心中察するに余りある!


 彼は一体誰に闇討ちをされたのかは知らぬようでしたが、なぜ襲われたのかは心当たりがあるそうです。いえ、拙者も理由は聞かずともわかりました。


 何者かは知らぬが、優勝候補を闇討ちで潰し、実力者のいなくなったこの大会を勝ち抜こうとする卑怯者の仕業に違いないと!



 しかも医者が言うには、こうして闇討ちをされたのは彼だけではないというのです! すでに何人もの有力選手が謎の怪我で棄権しており、その被害は彼だけに収まらなかったのでござる!



 その瞬間、拙者や怒りのあまり怒髪天をつくかと思いました。


 襲ったのは間違いなく大会の参加者。そんな卑怯なまでまでして優勝が欲しいなど言語道断! 純粋な闘いを闇討ちで汚すなどもってのほか! ならば拙者みずからが大会に出場し、彼等を闇討ちした卑怯者を正々堂々と打ち倒し、その野望を打ち砕いてくれると立ち上がったのです!」



「ですから拙者はこの武闘大会に出場しました。こんな卑怯な手段を使う者を優勝なんかさせてはいけないと思ったからです。未熟な拙者が勝手に大会に出るなどおこがましかったかもしれませんが、どうしても許せなかったのです!」



 修行中の身でありながら、師に相談もせず大会に出場しようとしたこと、いかようなバツでもお受けいたしましょう。


 ですが、拙者はどうしてもその卑怯者が許せません。戦場ならばいざしらず、武闘大会という用意された場で勝負もせず、闇討ちにして勝利をつかもうとするその手段が! 性根が! ですから、拙者が出場し、そのような手段をとっても無駄であったと思うほど圧倒的な強さでこの大会を制してご覧に入れます!


 なにもかも、彼等の努力を無に返した卑怯者を懲らしめるために!



 拙者はこの怒り、ツカサ殿に届けと言わんばかりに大会に出場することを決めた理由を説明しもうした。



 ツカサ殿は静かに拙者の言葉に耳を傾け、一度大きくうなずいた。


「わかった。試合以外のサポートは俺に任せてくれ」


「は、はい!」


 先生は、そう言いきってくれた。やはりツカサ殿もあの所業は許せなかったのですね! 先生が拙者の背中を守ってくださると言うのならば、拙者は安心して試合に臨むことができる!

 先生の応援を受けたのだ。これで百人。いや、百万人力! 拙者にはもう負ける要素は微塵もござらん!


「あ、ただ、優勝しても俺のこととか言いふらしたりしないでくれよ」


「そ、それは……」


「なんでそこだけ歯切れ悪いの?」


「も、もちろん秘密でござる!」



 ……優勝インタビューでサムライの師匠がおられると言いたかったのでござるが、ダメでござるか。



「ダメだよ」

 口に出ていたようでござる。



 この時、拙者はその卑怯者を懲らしめることで頭が一杯で、マイクより頼まれた『あること』をツカサ殿にお伝えするのをすっかり失念しておったのであった。




──ツカサ──




 マックスから出場理由を聞いた。


 優勝候補に闇討ちを仕掛けるとは、どこの世界にもどうしようもない人はいるものだ。


 にしても、結婚を約束した挙句指輪を持っているとか、死亡フラグ満載のその状況でその人よく死ななかったもんだよ。マックスがすぐに駆けつけた結果かな。

 あまりの死亡フラグの立ちっぷりに、マックスから聞いた時噴出しそうになっちゃったよ。噴出しちゃいけない状況だったから、必死に我慢したけど。なんとか顔には出なかったと思う。


 しっかし、そういう理由なら、まっすぐなマックスが大会に出場するのも納得である。


 大会出場者を闇討ちしているのだから、そいつの目的は大会での優勝が目標なのは間違いない。正体のわからないその卑怯者の野望を阻止しようということは、すなわち大会で卑怯者以外の誰かが優勝する以外にない。



 マックスはそれをやろうとこの武闘大会に出場した。



 いやはや。そんな力技かつストレートな方法、本当に力と自信がなきゃ口にすることさえできないよ。でも、マックスはやれる自信があるんだろうなあ。経歴を聞いたら、間違いなくできると期待しちゃうレベルだもん。


 むしろ、闇討ちさえ逆に返り討ちにしちゃうんじゃね? なんて思っちゃうほどの。


 だから、俺がやめろと否定する理由もない。俺ができることは、緊張とかせずリラックスして大会に出場できる環境を作ってあげることだ。


 剣の実力じゃまったくサポートできない俺がマックスにしてあげられること。それはずばり、メンタルケア! お前ならできると言い続けてあげること!



 それからのマックスはすごかった。まさに鬼神のごとき強さとはこのことだよ。


 午後にはじまった決勝トーナメント第一回戦は相手がかわいそうに思えるほどの圧倒さで相手を倒して、一瞬にして優勝候補筆頭にのし上がった。



 かつての天才の復活は、それほどセンセーショナルなインパクトがあったに違いない。



 こんな大会があれば、違法合法を問わず賭けがあるのも必定。


 予選は運がからむのでその時点での優勝候補は予測しづらいが、一対一の真剣勝負のはじまる決勝トーナメント一回戦を見れば、皆の大体の実力が見えてくる。


 これを見て、闘技場の外では誰が優勝するのかという賭けが行われるのだそうだ。



 たぶん、この賭けのために決勝の第一回戦が初日にあるんだろうなあ。


 優勝間違いなしだ! と確信したリオが賭け屋に走っていった。


 明日一千万の取引があるというのに、抜け目のない子だ。


 けど、リオは誰にもかけずがっくりと肩を落として戻ってきた。なんでも賭けのオッズはどこもかしこも1.05倍あるかないかで、100かけて105戻ってくるという銀行の金利並の低いレベルの配当になっていた。


 いっそ別の人にかけて大穴狙い。なんてする手もあったけど、あのマックスの気勢を見たらそんな気さえ起こらなかったらしい。



 それくらいマックスは気合が入っていたからだ。



 大会初日はこうして終わり、大会への出場を知ったメニスさんはご馳走を作ってマックスを激励し、俺もできるだけ明日に疲れを残さないよう労った。


 一方のマックスは闇討ちウェルカム! とぎらぎらしていたのだけど、そのやる気満々なのが逆にまずかったのか、結局は平和に過ぎていくことになった。


 というか人気のない通りならともかく、普通に民家の立ち並ぶ場所の上祭りだから不夜城状態で人の通りも多かったからね。

 むしろ、嵐の前の静けさと言えばいいのだろうか。騒がしいというのに、なぜかとても静かに夜はふけていった。



 そして、次の日。



 決勝トーナメントにマックスが出場するというので、メニスさんも一緒に行くことになった。


 マックスがぜひ来て欲しいと頼んでいたので、俺も説得に参加し、みんなで応援に行くことになったのである。



 メニスさんの知り合いである近所の人達も誘い、一大応援団で応援することになった。



 マックスは二回戦、準々決勝、準決勝と順調に勝ち抜いてゆく。



 準々決勝で女の人が相手でお色気作戦みたいなことをやられてちょっとピンチに陥っていたけど、それでもなんとか勝ったみたいだ。

 詳しく描写したいところだけど、残念なことにリオに両目を潰されんがばかりに押さえられていたのでなにがあったのか見れなかったのさ。大歓声が起こっていただけに、残念である。残念であるっ!



 ともかく、残すは決勝のみとなった。



 開始は日が沈んだあと。日が沈むのと同時に大量のたいまつで闘技場に灯りがともり、リングは魔法の光で昼間のように照らされることになるらしい。


 夕日が沈みはじめ、いつまで待つのかと聞いたらそう説明がかえってきた。夜に入ってメインがはじまるなんて、電気のないこっちじゃ無理だと思っていたけど、魔法すげぇ。


 でも開始時間は○○時開始じゃなく日が沈んでからという大雑把さ。実にファンタジーだ。



 最後の決戦の前に、俺は飲み物を買いに席を離れ、売店へと向う。



「……こっちへ来てもらおうか」



 売店の列に並んでいると、耳元でささやくようにして背後から突然声をかけられた。


 肩越しに振り返ってみると、頭までローブですっぽりとかぶった誰かが立っていた。



 顔は当然見えないし、声も聞いたことはなかった。普通ならなんかやばいのに絡まれた。と思うだろうが、俺は即座にぴんと来た。



 あの魔法使いのおねーさんが取引に接触してきたのだと。



 まったく神出鬼没なおねーさんである。マックスの件があるからそのまま警備員を呼ばれてもおかしくない恰好だぞ。俺がぴんと来なかったらどうするつもりだったんだ。


 いや、むこうそんなこと知らないわけだからいたずらくらいやっても不思議はないけど。



 ほんの少ししか顔をあわせただけだけど、あの人ならそれくらいやりかねんと俺は確信していた。



 ローブをかぶっているのはオーマ対策だな。あの状態ではオーマも判別できないと言っていたし、そうして俺をびっくりさせる腹積もりだったんだろう。


 リオをからかったりと、本当にお茶目な人である。



 でも、なんでわざわざ移動を? と思ったが、そもそも取引金額は一千万。一円玉十枚なんて持ち運び楽勝なこっちとは違い、あっちは一万ゴルド金貨にしても一千枚だ。それをこんなところで受け渡ししたりなんてできないのは明白。そんなものをここで取引したら当然のごとく強盗にあってしまうだろう。そんな当然のことにも思い至らないなんて、俺もまだまだってやつだぜ。


 なので俺は魔法使いのおねーさんの言うことに素直にうなずき、おとなしくついていくことにした。



 夕日がほぼ沈んだ中、闘技場の外縁。客席の後ろになっている通路の一番上。そこに俺はやってきた。


 そこは一番外側の観客席の上にある闘技場を強い日差しや雨風から中を守るための屋根を作る布やそれを支える土台、木材などが置かれている場所だった。



 いわゆる関係者以外立ち入り禁止の吹き抜けになった天井裏倉庫である。



 天井裏と表現したけど、巨大な闘技場にドーム状の屋根として覆うための布などが置いてあるのだから、その足元の床は立派な石で組み立てられているし、頑丈そうな柱や土台がそこかしこにある。


 この街にやってきてからずっと晴天続きの上穏やかな陽気なのでここはまったく使われないし、観客もこちらとは逆の設置されているリングに大注目している。わざわざこちらを見上げる物好きはいないところだ。



 だというのにここからは直接試合会場であるリングが見下ろせる。こっそりと見物したり、秘密の取引や悪巧みをするのには絶好の場所だった。



 実にいいところを見つけてきたものだなあの人。



「ここで試合を見ながら少し待っていろ」

「はーい」


 どうやらすぐに取引というわけじゃないようだ。これから金をもってくるのかな? それとも試合が終わるのをまつのかな?


 どの道試合が見れるのはよいことなので俺は素直に従った。


 回廊として外縁ぐるりと床があるが、リング側のはしは壁がなく柵しかなかった。すでに闘技場内部には灯りがともされ、リングにも白い光が舞い降りている。


 俺の立つ位置からは遠いがリングもよく見えた。闘技場の最果てなのでリングからはかなり距離があったが、さえぎるものはなにもないので入場してきたマックスの姿はよく見える。



 決勝前のデモンストレーションで解説者がいろんなことを言っている中、マックスがこちらを見たような気がしたので、俺は笑顔で手を上げ挨拶しておいた。



 これで観客席にいなくとも、俺が応援しているというのは伝わっただろう。結果はどうなるか勝負は時の運なのでわからないが、俺はここから応援しているぞ。君ならきっと優勝できる!



 がんばれ。がんばれ。がんばれー!



 まだ試合もはじまっていないというのに、俺は心の中でエールを送っていた。



 実のところ、今から一千万という大金が転がりこんでくるとはっきり認識したので、全然落ち着けていなかった。前百万ゴルドをもらった時は金の価値がさっぱりわからなかったけど、今は違う。一千万ゴルドがどれくらいの価値があるか大体わかっている。庶民なら七代暮らしても使い切れないくらいの金額なのだ。現代の感覚で言うと、十億円くらいの価値になっちゃうような気がする。



 そんなのが今から俺の手に転がりこんでくるのだから、平静でいろと言うのが無理な話だ。



 しかし、金に興味があります。今それを思い浮かべてぎらぎらしてます。なんて気づかれるのは抵抗があった。金に目がくらんでいるなんて思われたらあのおねーさんになにを言われるかわかったもんじゃない。リオがあれだけおちょくられたのだ。俺も同じようにおちょくられると考えると憂鬱になるしノーセンキューとお断り願いたい。


 なにより、あ、今こいつ金を目の前にして目の色変わったな。と思われたら恥ずかしいからだ。


 ゆえに俺はなんとかして平静を保ち、涼しい顔。『別に一千万なんて欲しくもないけどさ』という態度を保ちたいと思っていた。



 お金に興味ない俺、カッコいい。というヤツだ。



 だが、目前になってその気持ちに揺らぎが出てしまった。大金を目の前にすると悪魔が現れるとか聞くけど、まだ大金が出てきてもいないのに心が揺れるってどういうこっちゃ。


 であるから俺は、金への意識を別のなにかにむけることにしてそれを考えないようにする方法をとることにした。



 それが、マックスの試合を全力で応援するという方法である!



 これをぴんと閃いた瞬間、俺は天才だと思ったね。

 であるから俺は、はじまってもいないのにマックスの勝利を願い、がんばれがんばれと頭の中でエールを送り続けるのであった。


 煩悩退散! と言わんばかりのお経のかわりに。



 すると、背後でなにかが光ったかと思ったら、空でいくつもの花火が爆ぜた。



 マックスの方へ集中していた俺は、そんな背後で起きていることや空で起きた綺麗な魔法の花火(あとで教えてもらった)にも意識はそらされることはなかった。まさに完璧な集中である。この精神状態が続けば、間違いなく大金を前にしても平静でいられるだろう。


 俺は戦いのはじまったマックスの試合を応援しながら、心の中でにやりとほくそ笑んだ。


 さあ、見るがいいおねーさん。俺の態度はまさに金になんて興味はない。むしろ闘いの方に興味があるという、金では買えないものを尊ぶという男の姿を! そんな感じの姿を、見ておののくがいい!



 ……こんなことを考えながら集中していたから、俺は背後でなにが起きていたのかなんて、まったく気づかなかったんだ。




──マックス──




 決勝が近づき、拙者はリングの上に上がった。


 決勝トーナメントは予選の時とは違い、闘技場の中心に広大なリングが作られ、そこでみずから選んだ武器を持ち一対一の闘いが繰り広げられる。


 武器は闘技場で用意されているものから自分愛用の武器までなんでもありだ。例外として、飛び道具は不可だが。

 決勝ともなれば、リングにあがったあとも無駄な演出が続く。どこで調べたのかはわからないが、解説者が私の情報を延々と喋っている。



 同様に、この次は対戦相手の紹介が続くのだろう。



 やれやれと思っていると、隣にいた対戦相手がおもむろに口を開いた。


「……まさか、お前みたいなダークホースがいるとは思わなかったよ」

 彼は、拙者と同じく決勝まで危なげない闘いを繰り返して勝ち残ってきたヒョウキという男だ。



 だが拙者は、この男の戦いを見て、ある疑惑が浮かんでいた。



「おっと、睨むんじゃないよ。こわいじゃねーか。それより、あそこを見てはもらえないか?」

 いきなりおどけたように肩をすくめ、ヒョウキは闘技場の端を指差した。


 闘技場の外縁の頂上。そこにはツカサ殿と怪しげなローブを身に纏った何者かがいた。


 ツカサ殿の後ろにそのローブを纏う何者かがおり、その手にはなにかロッドのような物が握られている。



 先生は拙者を見ており、はたから見れば後ろの様子に気づいてはいないように見えた。



「おっと、声を出すなよ。あの男の手にあるのはファイアロッド。人間くらい簡単に火達磨にできる代物だ」

 ヒョウキが拙者を見てにやりと唇を歪めた。なんと汚い笑顔だろうか。心の性根が透けて見えるかのようだ。



 しかし、それを見て拙者はやっと尻尾を出したか。と心の中で思った。



 決勝までまったく動きがなかったので、途中で勝手に潰れてしまったのかと思ったが、どうやら単純に決勝まであたらなかっただけらしい。


 今まで参加者を闇討ちし棄権させていたヤツ等の一団。それがこのヒョウキのようだ。



「ファイアロッドが信じられないと言うのなら、すぐに証明してやるがやめておいた方がいい。せっかくなにも知らず応援しているんだ。そのまま俺の言うことを聞いていれば無事に帰してやるからよ」


 この男から発せられる雰囲気は間違いなく本物。きっとあのファイアロッドと呼ばれる物も本物なのだろう。


 ファイアロッドとはマジックアイテムの一種だ。使用者の魔力を使い、火球を飛ばすシンプルな魔法がこめられている。魔法使いでなくとも使える非常に便利な品物だが、非常に高価なのがたまに傷であろう。


 もしくは、あのローブの男はそれを作成する専門の魔法使いなのかもしれない。


「それだけじゃぁないぜ。あの周りに控えるヤツ等はすべて俺様の手下。あの場での音は漏れないようマジックアイテムで結界も張ってあるし、視覚妨害のヤツも使っている。あそこを見れるのはここからだけだ。助けは決して来ない」


 ツカサ殿の周囲にはローブを着た男以外に臨時の屋根を支える土台や木材の影に男の仲間と思われる仲間が何人も見えた。その視覚妨害とやらの結界の基点アイテムがどこにあるのかはわからないが、ヤツ等の姿はここから。つまり拙者達にしか見えないらしい。


「俺の敵になりそうな厄介なヤツ等は事前に潰しておいたと思ったんだが、お前みたいなヤツがまだいたとは予想外だったよ。だが、お前がいくら強かろうと、俺には決して勝てない。あのガキの命が惜しければ、この決勝で俺に負けるんだな!」


 男の笑みが、さらにゆがみを増した。

 人間、堕ちるところまで堕ちるとこのような醜い笑顔ができるのか。



「なぜ、このようなことをする?」


 拙者は平静を保ちつつ、ヒョウキに問うた。



 ひょっとすると怒りで肩が震えていたかもしれないが、それは些細なことだ。



「なぜ? 愚問だな。優勝するために決まっているだろう。そのための闘いは、大会に参加する前からはじまっているんだよ」


「それが、闇討ち。そして、この人質か。卑怯だとは思わんのか?」



「卑怯? それがどうした。闇討ちも返り討ちにできずなにが最強と言える。常在戦場の心構えでいれば、闇討ちに遅れをとることも人質をとられることもない! 再来したと言われるサムライのヤツを見てみろよ。ヤーズバッハを仕切っていた一家どちらからも闇討ちを受け、そいつを撃退している。それくらいできるのか、俺達が試してやったのさ!」



「確かに、いかなる時も警戒し、かのサムライのように闇討ちさえ撃退できるのならばそれは理想的な武人であろう。しかし、貴様の言うそれは強さなどではない。ただ理屈をつけた無法への言い訳に過ぎん。それのどこに武があるというのだ!」


「はっ。理屈を並べているのはてめえも一緒だ。人質をとられたこの状態でそんなことを言ってなんになる。てめえが強いのなら、この状態から勝ってみせろよ。勝てねえってんなら、俺の理論が強いってことだ! さあ、どうする? てめえが少しでも逆らえば人質は殺す! 偉そうに説教したところで、どうにもならねえだろ? 人質を殺されたくなけりゃ、俺におとなしく、いや、むごたらしくいたぶられ、死ね!」



「……断る!」



「なっ!?」


 拙者の断言に、ヒョウキは絶句した。


 当然だろう。普通ならば人質をとれば勝利を確信する。人質をとられたものは、とったものに従う。だが、拙者とツカサ殿を甘く見るな!



 あの方は、拙者に言ってくれた。試合以外のサポートは任せてくれと! あの方が拙者の背中を守ってくれているのだ。今の拙者は、一人で戦っているのではないのだ!



 貴様等の浅知恵など先生は最初からお見通しよ。人の多いここにメニスとその知り合いを集め、ご自分ひとりがあえて囮となる。それに引っかかったのはむしろ貴様等! なにより、あの程度の雑魚で先生を人質にとれると思うのならばむしろ見せてもらいたいものだ!



「卑怯で卑劣な貴様の言葉など誰が従うものか。やれると思うのならばやってみるがいい。お前の言う強さとやらはしょせん幻想であり、真の強さがいかなるものかを見せてやる!」



 この男は、『優勝者』という肩書きが欲しいのだ。同じように、王都チャンピオンシップの優勝者も倒そうとしているはずだ。『総合優勝』という肩書きがあれば、様々な貴族、下手をすれば王にさえ謁見がかない、その武の師範代として召抱えられることさえある。


 この『優勝者』という肩書きがあれば、間違いなく一生左団扇で暮らしてゆけるほどの称号なのである。



 この栄光は、『優勝者』であるたった一人の頭上にしか輝かない。それ以外の者は、二位でもビリでも同じ敗者として変わらない。この栄光の輝きを得るためには、二位では決してダメなのである!



 この男の瞳にうつっていたのは、その名声と金いう輝きだけだった。大会になにを求めて出場するのかは個人の自由であるが、その願いのために他者を闇討ちする理由にはならない。むしろ、その理由では大儀すらない!


 ただ勝てばよいなどという者では決して勝てない相手がいるということを教えてやる!


 ヒョウキの顔が、大きく歪んだ。こめかみに血管を浮き立たせ、歯を食いしばり目を血走らせる。

 口元をひくひくと動かし、拙者の言葉に対する怒りを隠そうともしなかった。


「いいだろう。後悔してももう遅い。てめぇは俺の強さに間違いなく屈服する! てめえが悪りいんだぞ! てめえのせいで、ガキが一人死ぬ!」


 ヒョウキはツカサ殿の立つ場所に向け、合図を送った。



 どちらが愚かなのかを、証明するために……




──ヒョウキ──




「いいだろう。後悔してももう遅い。てめぇは俺の強さに間違いなく屈服する! てめえが悪りいんだぞ! てめえのせいで、ガキが一人死ぬ!」


 俺は手下に合図を送り、あそこでこっちを見ているガキを焼き殺すよう合図を送った。


 ヤツの知り合いは今あそこに一人でふらついた一人だけじゃねえ。隙の少ない婆さんと目ざとそうな小僧が二人いる。この間抜けにも一人でほいほいついてきたという小僧が一人死んでも全然問題はない!

 だというのに、あのマックスの野郎は俺をとめようとするどころか、逆ににやりと笑いやがった。


 いらつく。本当にイラつくぜこの野郎は。


 人質をとられているというのに、どこからその余裕が来る。



 だが、その余裕もこれで終いだ!



 決勝開始の寸前、闘技場の空には決勝開始の合図を告げる魔法の花火が打ちあがる。


 さっきの合図は、そのタイミングでファイアロッドをガキに撃ちこめという指令だった。


 万一遮音空間から音が漏れたとしても、それは花火の音として誤魔化せる。光も同じだ。



 すべては俺の計画通りだった。



 火達磨になったあのガキを見て、そのクソみてぇな余裕を見せたことを後悔しやがれマックス!




 どぉんっ!




 ガキに向けファイアロッドが発動し、炎が爆ぜた。



 さあ、これで一人のガキの丸焼きのできあがりだ……!


 にやりと笑った俺。だが、即座に顔色が変わる。



「なっ……!?」



 俺は、俺達は、その時信じられないものを、いや、ありえないものを見た……



 ファイアロッドから炎が噴出したかと思った瞬間、それ以上の巨大な炎があの場に現れ、俺の手下すべてを吹き飛ばすように爆ぜたのだ。



 認識齟齬結界の中に生まれたのは、地上に生まれた巨大な火柱だった。



 ファイアロッドの炎なんか目じゃない。アレに比べたらファイアロッドの炎はろうそくの火だ。そんな小さな火など軽々と飲みこんでかき消してしまったのだ。


 ヤツは認識阻害の結界にも気づいていた。その火炎は渦を巻くように空へと逃げ、結界の天井へとぶつかり、そのまま打ち砕いた。


 結界を生み出す核となる水晶を直接攻撃して破壊するのでなく、その百倍以上の威力を持たねば破壊することのできない結界という小さな世界そのものを破壊してみせるなんて、あの炎の威力はどれほどの威力だというんだ。


 しかも、床も周囲の土台も傷ついてはいない。跳ね飛ばされたのはファイアロッドを破壊されたあいつだけだ。しかもそいつは、ファイアロッドを破壊されただけでその体その者は無傷に見える。



 その一撃は、俺達にその圧倒的な力を見せつけるのにとてつもないほど効果的だった。



 魔法の知識があるものが見れば、それこそ腰を抜かす一撃だ。そしてマジックアイテムを使い相手を陥れる俺達は、そんなものを見せつけられ、驚かないはずがない。


 あのガキの背中に燃え上がった巨大な炎は、結界を破壊するのと同時に姿を消した。そのまばゆいばかりの炎を認識できたのは俺達のみで、観客にとってみれば結界の破壊音と炎の光は花火の音と光に混じり輝くその一部としてしか感じられなかっただろう。


 間違いなくヤツは、それも計算に入れていたに違いない。俺達の用意した認識齟齬結界を逆に利用されたのだ。


 誰もが空に輝いた幻想へ目を向ける中、俺だけは別のものに釘づけとなっていた。



 一瞬で生まれ、爆ぜた巨大な火柱のあった場所。



 本来ならば消し炭になってなにもなくなっているはずのその場所。




 そこに、ソレは、いた。




 すべてを焼き尽くすんじゃないかと思うほどの炎が生まれたところに、そいつは平然と立っていた。


 結界を破壊するほどの火勢だったというのに、そいつは無傷でそこにいた。



 俺達が、人質だと思い、つれてきたあのガキは、ずっとずっと、そこにいた。



 手下達はさっきの火柱の火勢を見て全員が腰を抜かしている。


 誰も彼もが突然起きたありえない炎の発生に驚き、唖然としている中、あのガキだけは変わらず何事もなかったかのようにその場に立ち、俺をじっと見おろしていた……



 ぞっ……!



 俺はその瞬間背骨を氷で貫かれたような恐怖を感じた。


 今まで感じたこともない恐怖。それが俺の体の中を駆け抜けた。



 なんだ、アレは……



 吹き飛ばされた俺の手下達も俺と同じ恐怖を感じているようだった。


 いや、やつらはきっと、俺以上の恐怖を感じていたに違いない。



 背後から。しかも至近距離からの完全な不意打ちだったというのに、ヤツは振り返りもせず、しかも反撃の気配さえ感じさせずあれほど巨大な炎を生み出し、挙句その炎に巻きこまれて平然と姿を現すのを目の前で見せられたのだ。


 手下達は悲鳴さえ上げることなく、ばたばたと手足を動かし仲間と手と手をとって逃げ出してゆく。声を上げないのは、欠片でも自分に注意を向けてもらいたくないからだろう。


 当然だ。相手の姿も見ずに攻撃を防ぎ、挙句結界を一撃で破壊するような存在を相手に飛び掛る勇気のあるヤツなんているわけがない。


 それは炎が渦巻くドラゴンの口の中や火山の溶岩の中に飛びこめと言われているようなものだ。



 絶対に殺される状況で向っていくバカがどこにいる……!



 しかしヤツ等は見逃された。


 それは、なぜか。

 ヤツは、じっと俺を見ている。



 それはつまり、俺があいつらに命じたということに気づいている証に違いなかった……!



 はるか遠く離れたリングにいるというのに、その視線に射抜かれた俺は、足がカタカタと震えているのがわかった。

 じっと見つめられているだけだというのに、俺の体が恐怖で震えている。俺が、恐怖で怯えている……


 い、一体、一体アレは、なんなんだ……




 ──彼等は、知らない。


 この世界において、アルミニウムという鉱物は非常に強力な魔力触媒であり、ファイアロッドと呼ばれる魔道具の力が発動する際、それに共鳴し触媒となってその力を何百倍にもし、小さな太陽のごとき炎を吹き出し壊れたことを。



 ──彼等は、知らない。


 増幅された巨大な火球を背に受けたツカサは、すべての炎と、その炎によって生まれる熱や耳障りな音の害さえ防ぐ炎竜の加護を受けた鱗を持っているということを。



 ──彼等は、知らない。


 ゆえに、ファイアロッドより生まれた巨大な炎はツカサの生み出した小さな太陽と誤解され、その巨大な熱量の中からさえ、彼は自力で無傷で生還できるように見えたなど……




 ──誰も、知らない。




「っ!」


 俺は、あの炎に。いや、あの火柱をどこかで見た覚えがあった。


 それは、しばらく前に見た東の空を貫いた光の柱。輝きこそ違うが、それによく似ているように思えた。



 さらに、後ろを振り返らず、気配だけで攻撃を軽々といなしたという噂も……!



「ま、まさか……」

 一瞬地面が揺れたような気がした。


 あんなガキがありえない。感情が否定する。あってほしくないと思う。だが、理性が告げている。それが本当ならば、様々なことに合点がゆき、納得ができる。あの肩からかけた細長い入れ物。あの中に刀が入っていれば、すべてのつじつまがあう。


 そしてマックスの野郎の余裕も納得がいく。それは、人質などという存在には決してならない、手を出してはいけない存在だったのだから。



 その存在の名は、サムライ……!



「その通り」

「っ!?」


 俺の変わった顔色に、どんな存在が浮かんだのか悟ったのだろう。


 唖然とする俺に向かい、得意顔のマックスがにやりと笑いながら口を開いた。



「あの方こそ、我が師にしてこの地に再来なされた最強のサムライ。ツカサ殿だ!」



 嘘だと叫びたかった。


 だが、あの光景を見て叫べるはずがなかった。嘘などでは、なかったのだから。



 そんなヤツに、俺達は手を出してしまったのか!



 直後、開始の合図が鳴り響いた。



 俺としては、まだ鳴り響いていなかったのかと驚くほどだ。あまりのことに、俺の体内時間が狂ってしまっているようだった。


 俺はあわてて剣を引き抜き握る。


 同じようにマックスの野郎も剣を引き抜いて構えた。



「貴様は、言ったな。闇討ちをされようとそれが撃退できなければ意味がないと」



 ……やめろ。



「貴様は言ったな。人質をとられたこの状態で勝ってみせろと」



 言うな!



「さあ、今度は貴様が拙者の強さを試す番だ。かかってこい。常在戦場。いつでも心は戦場にあるのだろう? 貴様が本当に強いのならば、拙者になど負けないはずだ。貴様が、正しいならばな!」



「言うなあぁぁぁ!」


 俺は、感情のまま斬りかかった。



 だが、俺の攻撃すべてがマックスの野郎に通じない。



 俺は、強いはずだ。


 この大会を優勝し、チャンピオンシップも制し、この国最強の剣士として名を残すのはこの俺だ。



 俺が、俺が最強のはずなんだ!



 だから、お前なんかに……!



「遅い……!」

 ぎぃんという音が響き手がしびれた。



 なにかが空を舞っている。


 きらりと光を反射し、それが俺の目をくらませた。



 それは、俺の持っていた剣だった……



「あれ?」

 気づけば、俺の手に剣がなかった。



「はっきりと言ってやろう。貴様は、弱い!」

 マックスが、剣を振りかぶった。



「食らえ、拙者の見よう見まねサムライバットウ術! きえええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 気合と共に、マックスは大声を発しながら俺に斬りかかった。



 それは、技でもなんでもない、ただひたすらに、大声を伴ったうちおろしだった。



 刃を横にした一撃を肩に受けた俺は、鎖骨が折れたのを感じ、その激痛に目を見張った。



「と、いうか、それ……わざ……?」



「名づけて咆哮悪即斬といったところか!」



 どう考えても、ただ叫びながら斬りかかってきただけ……だ……


 だが、その声は確かに、大声は有効なのかも、しれん……



 俺は、俺の信じるすべてをたった二人の武人に粉々に打ち砕かれ、そのまま無様に、意識を失った……




──ツカサ──




「勝者マックス! これによりサイドバリィ武闘大会優勝者は、マックス・マック・マクスウェルに決定しました!」


 マックスが相手を倒し、闘技場内から大歓声が沸きあがった。



 終わってみれば、この武闘大会はマックスの圧勝に終わった。



 結局闇討ちはされなかったみたいだし、優勝を狙っていたその悪党の野望も実ることなく、めでたしめでたしだな。


 さて。受け渡しの準備は終わったのかな。



 振り返ってみたら、すぐ後ろに素顔のおねーさんがいた。



 まるで上からふわりと降りてきたみたいだったけど、魔法使いだもん空ぐらい飛べるよな。だからここに俺を呼んで、金をとってきたのか。と納得した。


「すごいわね」

 おねーさんが俺を見てにこりと微笑んだ。


 すごい? ああ。さっきの試合。マックスのことか。



「ええ。すごかったですね」

 本当に、マックスはすごいよ。この国の二大大会なんていわれるような大会であっさりと優勝しちゃうんだから。



「まあ、それはいいとして。約束の十枚です」


「え?」

 懐の中から一円玉を十枚入った小袋をとりだしたらなんか驚かれた。



「どうしたんですか?」



「いえ。なんでもないわ。これが約束のお金」

 俺が小袋から十円を取り出して見せると、彼女は袖から袋をとりだし俺に差し出した。


 想像以上に小さい。女の人の拳くらいの大きさしかない大きさの袋だ。



 一千万というのだから、一万ゴルド金貨一千枚だと思っていたんだけど、この世界にはまだ俺の知らない単位のお金があるのかな?



「確認してちょうだい」


 言われるままに袋を開いて中を見ると、俺は驚いた。


 普通なら「おおー」とか感嘆の声が上がるかもしれないけど、ちょっと現実とは思えなかったので逆に声も動きもなく固まってしまった。



 だって、中にはぎっしりと詰まった金貨が入っていたんだもん。一万ゴルド金貨が、ぎっしりと。それこそ一千枚くらいありそうなレベルで。



 でも、おかしい。だってこの袋、中と外のサイズ差がおかしい。中に一千枚ほど入っている大きさがあるのに、外は小さな袋なんだから。



「これ、すごいですね」

「でしょう? あんまりにも重いから、その袋に重量軽減と内部拡大の魔法をかけて固定したの。それだけで百万ゴルドくらいの価値はある代物だけど、サービスよ」



「おおー」

 ぶっちゃけ持ってくる時重たいから楽したいと考えたからなんじゃないか。と思ったけど、それを言うと袋がとりあげられそうな気がしたので口には出さなかった。


 俺、空気読める。



「これももらっちゃっていいんですか?」


「ええ。いろんなものが入れられるから重宝してちょうだい。まあ、あんまり入れすぎると袋の中で迷子になっちゃうけど」


「気をつけます」


「ん」

 おねーさんは納得したようにうなずいた。


「じゃ、交渉成立ね」

 彼女はそう言い、きびすを返した。


 一歩進んだところで、足をとめる。



「ああ、そうそう。私の名前はマリン。あなたの名前は?」


「ツカサです。あとこっちがオーマ」


『よろしくな!』


「そう。ツカサにオーマ。あと、昨日一緒にいたネゴシエーターさんの名前は?」



「リオ」



「そう。リオ、ね。ありがとう。それじゃ、また機会があったら会いましょうね。あの小さなお姫様によろしくって伝えておいて」


「はーい」

 俺が答えを返すと、彼女の姿はしゅぽんと消えてしまった。



 さすが魔法使い。瞬間移動とかもお手の物なのか。いいなぁ。




──マリン──




「こりゃ、プレートの特性に気づかれちゃったわね」

 私は闘技場の一角で炸裂した魔力の反応を見て、やれやれと肩をすくめた。


 プレートの取引をするためあの子を探していたら、認識齟齬結界の中にいるのを見つけた。他者の認識をずらす結界だけど、この大天才魔法使いにして魔女の私にはまったく無意味だったわ。


 周囲になにやらきな臭い男達に囲まれ、あの子が試合を見物している。さすが噂のサムライ君ね。周囲になにがいようとまったく気にしていない。



 でも、その後に起こったファイアロッドの発動には私の方が驚かされた。



 なにせあの子の持つプレートとファイアロッドの発動が共振し、触媒としての力が発動してしまってとんでもない威力の火柱があがっちゃったんだから。

 ファイアロッドはその負荷に耐え切れず破裂してあの魔法使いは吹っ飛ばされ、一足早く炎の範囲外へ吹き飛ばされたが、その増幅された魔力はあの子を巻きこんで炸裂した。


 いくらサムライとはいえ、結界さえ軽々と破壊する炎に巻きこまれたのではひとたまりもない。


 さすがの私も、ダメかと思ったわ。



 でも、それは杞憂だった。



 炎の中から現れた彼は、無傷も無傷。まるでそよ風の中にいたかのようなほど何事もなく立っていたのだから。


 この大天才魔法使いの私も一瞬信じられなくて唖然としたわ。



 さすがサムライと言えばいいのかしら。



 いえ。かつて現れたサムライに魔法が効かないという話は聞かなかった。つまり、彼がすごいということ……


 彼のすごさを思い知った男達が腰を抜かしながらも逃げてゆく。



 そこまで見て、私の冒頭のつぶやきがあるというわけよ。



 彼が知っていたのか知らなかったのかはわからないけど、今の一撃で間違いなくサムライ君はあのプレートの特性に気づいたでしょうね。


 あれほどの力を発現できる触媒を、胡散臭い魔女に渡してくれるだろうか? 答えは、ノーだわ。



 なにをしでかすかわからない魔女にそんな力の塊を与えるなんて、普通に考えればありえない。このままじゃ取引中止もありえるわ。



 どうしようかと少し悩み、逃げ帰ろうかとも考えたけど、あのプレートの魅力に逆らえなかった私は彼の後ろに降り立った。


 だって、次元を超える魔法が作れるかもしれないのよ。先生さえできない魔法ができるかもしれないの。そんな誘惑に勝てるはずがないじゃない! だから、ね?



 少しの可能性があれば賭けてみたい。そんな願いを持って彼に近づいたの。



 気配を消していたつもりだったけど、降り立つのと同時に彼は私の方へ振り向いたわ。



 その瞬間、私の中に芽生えていた殺してでも奪い取るという選択肢は消えてなくなったわ。ほんの少しの可能性なんて欠片もなかったわ。奪い取るのは分が悪すぎる。とはいえ、このまま逃げ出したりすれば、そんなことを考えてきたことも察せられ、後ろからばっさりなんて可能性もあるわ。だからいつも通りを装って、挨拶をかわしたの。


「すごかったわね」

 まずは軽いジャブもふくめて一歩踏みこんだわ。この反応でプレートに関しての理解度がさし計れる。



「ええ。すごかったですね」

 シィット。この反応。彼も今知ったということだわ。あんなすごいものだと知らなかったという反応。となれば

、魔女である私なんかにあんなすごいものを渡してくれるとは到底思えない!(魔女の評判が悪いのはどこでも一緒なのよ)



 下手をするとサムライ君に退治されちゃう。なんて可能性も頭に浮かんだわ。いけない。プレートの魔力に抗えなかったけど、今私大大大大大ピンチじゃないかしら?


 彼と私の距離は刀を抜けば間違いなくあたる距離。この間合いじゃサムライから逃げられるわけがないわ。


 どうしよう。私死ぬかしら。と思った瞬間……



「約束の十枚です」



「え?」

 笑顔でソレを差し出した瞬間、私は思わず固まってしまったわ。


 あんまりあっさり渡してくるものだから、面食らっちゃったわよ。どうしてあの特性に気づきながら、魔法使い。しかも魔女である私にそれを渡せるの?



 約束の十枚と笑顔で手渡してきたその笑顔に、私は一瞬恐怖を覚えたほどよ。



 そして気づいたわ。彼にとって、この十枚程度私に売り渡してもなんら問題のないものんだんだ。と。私がどんな使い方をしても、彼にはその時対処する自信があるのだ。と。


 あのドラゴンの炎に匹敵するような炎に巻きこまれてもあの子は平然と無傷で生還したのだ。それを疑う余地はない。


 そんなことが可能なんだもの、私に平然と究極の魔法触媒をくれるわけだわ。あの子はこれが最強の触媒だと気づいていなかったわけじゃない。気づいてなおソレを私にくれた。なんて子なの……っ!



 さすが、魔法を無力化する闇人と互角に戦うサムライだけあるわね。伊達に私を二度も面食らわせていないわ。



 でも、空間を広げた袋には驚いてたわ。驚いたというより、子供のように目を輝かせていたというのが正しいわね。あの姿だけは、年相応の子みたいだったわ。


 ふふっ。面白い。プレートだけじゃなく、あなたにも興味がわいたわ。


 だから、名前を聞いたの。



 ツカサ。いい名前ね。



 今はこのプレートをもらっていくけど、いずれあなたも私のものにしてあげる。



 それと、あのお姫様によろしく。



 あの子の進む道には大きな死神が立ちふさがっているわ。この先あの子が生き残るには、あなたの力が絶対に必要になる。だから、守ってあげなさい。


 ……ま、言わなくても守るでしょうけどね。ちょっと、うらやましいわ。



 上空に浮かびながら観客席へ戻ってゆくツカサの姿を見て、私はそんなことを思った……




 おしまい

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