第11話 祭りの前の静けさ
──ツカサ──
ドラゴンの一件も終わり、マックスと知り合いだったマクマホン騎士団とわかれた俺達は、誘われるまま今いるマクマホン領最大の街。サイドバリィにやってきた。
もうじき武闘大会が開催される祭りがあるからか、街は門の外からすでにとんでもなくにぎやかで人が多かった。
街の入り口たる門にはものすごい人が行列を作って街への入場が中々進まないほどだ。
俺の感覚でわかりやすく説明すると、初詣の神社へむかう階段かってくらいのレベルで人が集まっている。
街の中もこの地域最大という偽りもなかった。
壁に囲まれているというのに、とんでもなく広い。真ん中にはコロッセオのような円形闘技場があって、そこを中心に八方向へ大通りが伸びている。
街の北側にある北区というところに領主の館があって、他七つのところにもこの街の主要な機関があるらしいけど、詳しく聞いていないからよくわからない。
ともかく、石畳とレンガによって造られた町並みは高さはなくともとんでもない広さがあった。
「王都キングソウラはここより広いですよ。白亜の城と呼ばれるキングソウラ城は小山の上に立っていて、その姿は実に雄大です」
マックスの言葉に、俺とリオは思わず「おおー」と声を上げてしまった。
田舎者丸出しな感じだが、素直にすごいと思ったのでいいのだ。
日本の城はわりと簡単に見にいけるけど、西洋の城は簡単には生で見られないからちょいと楽しみになっちゃうぜ。
「それで、あそこで武闘大会やるの?」
城にも期待だが、遠くに見えるコロッセオのような闘技場も気になった。
「はい。あそこで行われます。今年は四年に一度の王都チャンピオンシップと開催が重なっていますから、そのせいもあってこの人出なのでしょう」
「ああ、知ってる知ってる。確か、双方の優勝者がチャンピオンシップのあと戦うんだろ? てことは、今年は賭けなんかもすごく盛り上がるんだろうな」
「君はそっちにしか頭が働かないのか……」
マックスの説明に、リオがはいはいと元気よく手を上げ、その理由を聞いてやれやれと呆れていた。
このサイドバリィで行われる武闘大会は一年に一度行われるもので、明日から二日ほどかけて行われるようだ。
参加資格は特になく、腕に覚えがあり死を恐れないものならば誰でも参加可能のようだ。
ちなみに、王都のチャンピオンシップに参加できるのはこの国の騎士だけらしい。
「へー」
俺の声そのものにやる気はなかったけど、心の中ではテンション高かった。いわゆる、興味のないふりというヤツである。
やっぱり俺も男の子。バトルと聞いて燃えないわけがない。
格闘技の試合とか相撲とかボクシングとか剣道だって見ているだけでもテンションがあがる。
もっといえばサッカーだってバトミントンだって見るのは好きだ。
勝負事は好きだよ。男の子だから!
でも、実際出て痛い思いをするのはお断りだがな!
ああいうのはヨソから見て熱狂するのがいいのであって、俺は実際に痛い思いをして人に熱狂を与える側ではないと自覚している!
だから、俺は武闘大会という現代日本じゃ見れない珍しい見世物に興味があるだけで、出る気は欠片もないからな。俺は見る専門! 痛いの嫌い!
じっ。
武闘大会に興味を持った俺が気になったのか、二人の視線がじっと集まった。
「言っとくけど、俺は出ないからな。それだけははっきりと言っておくよ」
「わかってます」
「そりゃねえ?」
マックスとリオが顔を見合わせてうなずいた。
オーマも『けけけ』と笑っている。
てっきりサムライの強さを見せて欲しいとか無茶振りされた挙句無理やり大会に出される展開が待っているかと思って様々な欠場理由(言い訳)を考えておいたってのに、一つも披露する必要もなくてちょっと拍子抜けだぜ。
でも、無理に出なくていいというのならお言葉に甘えておこう。
決して口が回るか心配だったからホッと安心しているなんてことはない。
(ツカサが出たらレベルが違いすぎて大会が成り立たないレベルだからその判断も当然だろうね。絶対にあたる賭けってメリットはあるけど、サムライが出たってわかれば賭けさえ成り立たなくなるし、そもそもツカサは表に出て見世物になる気もないんだから、説得する気も起きないさ)
(先生が大会に出ないと言うのはわかっていた。先生ほどの方と我々では大人と子供ほどのレベルの差がある。弟子である私が出るならともかく、先生が大会に出るなど子供の大会に大人がでるようなもの。そんなことを先生がなさるはずもないのだから……!)
『(手柄をまったく誇らない相棒が大会に興味がないってのはわかりきっていることだからな。出たところで圧倒的優勝か、はたまた実力を隠してのらりくらりと勝ち上がっていく……ってのはちょっと興味はあるが、優勝するのはかわらねえ。ま、相棒が決めたことだ。おれっちはそれに従うだけさ)』
三者三様、なにか思うところがあったんだろうが、エスパーでもない俺はみんなの考えなんてわかるはずなかった。
「ところで、マックスは出るのかい?」
俺への注目が消えたところで、リオがマックスに聞いた。
「拙者は修業の身。まだまだ未熟者ゆえ、よほどの理由がない限りは出るつもりはござらん」
腕を組み、ふふっ。これ言いたかったんだよ。というような達成感をかもし出しながら言った。
リオもそれを感じ取ったのか、どこか呆れた表情を浮かべている。
『そいつは、相棒が出ろ。とでも言えば出るってことか?』
「もちろん! 先生にやれと言われればそれは立派な修業! 優勝してこいと言われれば必ず優勝してまいりましょう!」
突然大声を上げるので、周囲にいる人達からの視線も集まってしまった。
ただでさえマックスのサムライもどきの格好で俺達は目立っているというのに、さらに目立ってしまった。
まあ、その注目のされ方はコスプレ野郎が歩いているってレベルの注目度で、今は祭りの前夜祭の最中でもあるから奇抜な格好をしている人も多く、その注目はすぐに消えてしまった。
なんせすぐ近くの別の場所で「今回の優勝は俺ダー!」と叫ぶ上半身裸の大男がいたからだ。
それ以外にも声を上げる者や注目を集めそうな大道芸を開始するものなどなどがおり、マックスへの注目は長くは続かないのも当然だった。
「ところでツカサ殿」
「優勝したからって弟子入りさせるとか言わないよ」
「しょぼーん」
しょんぼりしたマックスには悪いが、そもそも俺が君に教えられるようなことはない。一緒にいてくれるのは心強くてありがたいんだけどね。
「ともかく、まずは宿を探そうか」
「そうだね。しばらく滞在することになりそうだし」
武闘大会を見物するなら少なくとも明日もいることになるからなあ。
リオの同意と共に、俺達は宿を探すためきょろきょろと視界をめぐらせた。
「いえ。ここは拙者にお任せください!」
マックスが胸をドンと叩いた。
その姿は、とても自信のある姿だった。
「こんな祭りの中、宿の空きを見つけるのも大変です。ですが、拙者には妙案がありますから!」
ぬふふっ。と笑った。
ちょっと不気味で俺とリオ、両方とも一歩後ずさってしまったが、そんなに自信があるのなら。と任せてみることにした。
「つーか、点数稼ぎができるからって、にやけるな」
「どっきーん。そ、そんなことないでござ。そんなわけないでござるよ」
動揺が丸わかりだった。
リオがじとーっとその顔を見ると、後ろめたさが最大限に達したのか、冷や汗を流しながら視線をそらした。
「まあまあ。点数稼ぎとかそういうのはいいじゃないか。俺達を思ってのことなんだから。マックス。お願いできるかな?」
「は、はい!」
マックスの顔がぱぁっとほころび、俺達を案内するため歩きはじめた。
大体、点数稼ぎがいけないというのなら、俺だってマックスの戦力を当てにして一緒に来てもらっているようなものなんだから、人のことは言えないさ。
俺達はマックスの案内の元、大通りから小さな通りに入り、いわゆる住宅街の方へと歩いていった。
「ここです、先生!」
そうして満面の笑みで紹介されたのは、二階建ての、いわゆる民家だった。
サイズで言えば、日本の二世帯住宅くらいのサイズで小さな庭までついている。俺の感覚で言えば、けっこう大きな家だった。とはいえ、この街では平凡なサイズの家である。
マックスが先頭に立ち、扉をノックした。
出てきたのは、六十歳ほどの白髪交じりのお婆ちゃんだった。
背も曲がらず、しゅっとした姿勢のいい品のよさそうな人だ。
「あら。マックス様」
「ひさしぶりだな。メニス。すまないが、祭りの間泊めてはもらえぬか?」
「はい。もちろんですよ。あら、今回は三人ですか。これはにぎやかになりますねぇ」
俺達を見て、にこにこと嬉しそうに微笑んだ。
どうやら、お客さんが来てくれて素直に嬉しい。というようである。
お邪魔にならないようで、一安心だ。
マックスが簡単にお婆ちゃんのことを説明してくれた。
彼女は元マックスの家。マクスウェル家のメイド長で、引退してからここに住んでいるのだそうだ。マックスが諸国を漫遊して修行をする際、この街に立ち寄った時よく世話になっている家の一つなのだそうだ。
お婆ちゃん。改めメニスさんが俺達を家の中に招き入れる。
「マックス様に来てもらえると力仕事もやってもらえますし、人が多いと家の中もこうして華やかになりますねえ。あ、今日のお夕食は張り切らないといけませんね」
いそいそと腕まくりをし、メニスさんは嬉しそうに台所へ入っていった。
ちなみに今の時間は午後三時半。といったところだ。夕飯にはまだちと早い。
俺とリオは顔を見合わせた。
「俺達もお世話になるだけじゃ面子が立たないから、できる限りのことを手伝おうか」
「そうだね」
というわけで、俺達は祭りを楽しむ前に、メニスさんのためになにかしようということになった。
マックスはさっき言ったとおり力仕事。マキを割ったり重いものをどこかに移動したり力仕事をバンバンこなしている。さすが見事な逆三角形の筋肉をしているだけある。
重たい水がめを軽々と持ち上げ井戸から台所へ運ぶんだからすげぇや。
「あ、こちらは拙者に任せてツカサ殿はどうか休んでいてください」
というわけで、リオの方を手伝おうと思った。
リオはメニスさんと一緒に夕飯を作っていた。
どうやらメニスさんに料理を教わりながら作っているらしい。俺も手伝うと言ったら、ふしゃーと毛を逆立たせて断られてしまった。
「ここは今おいらとばーちゃんの戦場なの。ツカサはくつろいでいればいいの!」
というわけで、俺は台所を追い出されてしまった。
なんてこった。俺、やることない……
元メイドだけあって掃除も隅々まできちんとしてあるし、洗濯なんてすでにたたみ終わっていてやるとすればむしろ明日だ。
俺はやることが完全になく、テーブルのところに座ってぽつんとしていた。
俺、完全にお客様じゃないか……!
厄介になるというのに、こんなてもちぶたさんでいていいのか!?
だが、やることは完全にない!
お茶を飲むくらいしか!
『まあ、いいじゃねえかよ相棒。たまには相棒も休まねえとさ。マジで』
ぐぬぬ。とおのが無力さをかみ締めていると、オーマに慰められた。
『だって相棒はよ、お客様なんだから』
「……」
確かに、君の言うことももっともかもしれない。
メニスさんの迷惑ばかりを考えていたけど、この場合なにもしないというのもある意味迷惑をかけないという行動になるだろう。
「確かにそうだな」
俺はオーマの言葉に従い、やることができるまでぐてっとすることに決めた。
ぐでー。ああ、そういえばこうしてぐてっとするの、ひっさしぶりなきがする……
──リオ──
「俺達もお世話になるだけじゃ面子が立たないから、できる限りのことを手伝おうか」
「そうだね」
ツカサがお世話になるこの家のためなにか手伝おうと言い、うなずいた直後、おいらはすかさずマックスを捕まえた。
「どうしたでござる?」
「ツカサがこの家に泊まるからなにか手伝うことを探しているんだ。また、人のためになにかしようとしてるんだよ。お客様だってのに、メニス婆ちゃんに悪いってさ。でもおいら、今回くらいはゆっくり座ってだらだらして欲しいんだよ。だから、力を貸してくれないか?」
「むぅっ……」
おいらの言葉に、マックスも心当たりがあったのか考えはじめた。
ツカサはヤーズバッハの街からずっとなにかに巻きこまれて、常に他人のために戦ってきた。この前だってドラゴンを相手にあんな大立ち回りをしたってのに、あれからまったく休まずこの街にやってきた。
目指す目的地へ向うため、休むのも惜しいというような感じで。
しかも、激戦を潜り抜けて疲れているだろうに、ここは宿じゃなく人の家だからとその家の人のために働こうだなんて、ツカサはちょっと働きすぎだよ。まるで働いていないと落ち着かない人種みたいだ。
でも、こんな時くらいゆっくり休んでいいと思うんだ。マックスだって、そのためにメニス婆ちゃんのことを紹介したんだろうし。
「確かに、その通りだな。拙者と共に旅をはじめても、激戦ばかり。わかった。拙者も手伝うでござる。ともにツカサ殿を休ませるため、できる限りの仕事をやりつくしてしまおう!」
「ああ!」
というわけで、マックスとおいらはメニス婆ちゃんの家で目につくお手伝い案件を片っ端から片付けて、ツカサのやることはだらだらすることだけにしたのさ。
しばらくはツカサもなにかやることを探していたみたいだけど、やっと諦めてテーブルのところでだらだらとしはじめてくれたよ。
ツカサ。今日はツカサはお客様なんだから、もう少しゆっくりとくつろいでいていいと思うぜ。
ん? おいら達もお客様だろうって? そうだけど、おいら達はツカサと違って命をかけて戦っていないんだから、全然平気さ!
「あの方は、ああしていつも人を気にかけているのかしら?」
「ああ。そうなんだよ」
今おいらは、メニス婆ちゃんと料理を作っている。
おいらはイモの皮むき。婆ちゃんはおいらの剥いたイモを切ってなべに入れて煮こんでいる。
今作っているのはシチューだ。他にも付け合せのサラダ。夕飯にはここにパンが加わる。
こう見えてもおいら一応女だから。ってわけでもないけど、簡単な料理くらいはできる。イモの皮むきなんかも得意だよ。その気になれば料理屋の仕込みの手伝いで飯を食わせてもらったこともあるくらいだからね! 言っとくけど、無銭飲食で捕まってとかじゃないからな。
いろんな雑用を手伝って、今は最後の夕飯の手伝いってところだ。下ごしらえから皮むき。切って焼いて煮るとかいろんなことを手伝っている。
「だからこうして、私の手伝いをしてくれているのね?」
「そうさ。だから感謝なんてしなくていいぜ。ツカサのためなんだから」
「あらあら。そうでもないわ。おかげで、こうしてかわいい女の子とお料理ができるんですもの。こうして誰かと一緒にお料理するなんて本当にひさしぶりだから、私はとっても楽しいわよ?」
ことことと、剥き終わったイモを煮るメニス婆ちゃんが嬉しそうに言った。
「っ!? な、なんで!?」
「あら。わかりますよ。どれだけ隠しても、あなたのかわいさは隠しきれていませんから」
な、なにを言ってるんだこの人は。
いくら今帽子をかぶっていないで髪をまとめただけだといっても、服装はちゃんと男の格好だし、女らしい体形が表に出ているはずないのに!
かわいいなんて言われたから、顔が赤くなったのに気づかれないよう、わたしは婆ちゃんから顔を背けた。
メニス婆ちゃんはくすくすと楽しそうに笑っている。
「気を悪くしたならごめんなさいね。でもね、誰かと料理を作るのはひさしぶりだから、うれしくてね。近所の人もよくはしてくれるけど、こうして一緒には料理はしないから」
今度はナイフの音がまな板の上で踊る。婆さんなのに、軽快な鼻歌まで歌いながら。
それはそれは、本当に楽しそうだった。
「……」
わたしも、こうして誰かと一緒に料理を作るのはひさしぶりだ。
母さんが死んでもう六年。その時以来だから、それだけの年数わたしはヤーズバッハの街でドブネズミのように生きてきたことになる。
でも、今は違う。
ツカサとであって、世界が大きく開けて、こうしてまた温かい料理が食べられる。
あの日、ツカサとであっていなければかなわなかったことだ。
「あなたは今、幸せ?」
ふいに、メニス婆ちゃんに言われた。
唐突な言葉にびっくりしたけど、その言葉はすぐに出てきた。
「ああ。幸せさ」
不思議と、嫌な気もしなかった。
それは、本当に素直に出てきた感情だった。
「ふふっ。ならよかったわ」
婆ちゃんが笑う。
わたしも、笑った。
この幸せな時間がいつまで続くのかはわからないけど、できるだけ長く続けばいいと、わたしは思った。
「じゃあ、この料理、その人においしいって言ってもらわないとね」
「べ、別にツカサのおかげなんてわけじゃねーよ!」
なぜかそこだけは素直にうなずけなくて、おいらは赤くなって否定した。
「ふふっ」
婆ちゃんが嬉しそうに笑っている。わたしはその時、明らかな失言をしていたのにまったく気づかなかった。
「大体、メシなんて口に入っちまえばなんでも一緒さ!」
「そうね。でも、思い浮かべて御覧なさい。あなたの作った料理を食べて、誰かがおいしいと言うところを」
「……」
思い浮かべてみた。
「これ、うまいな」
誰かがそう言い、笑いかけてくれた。
なぜだろう。それだけなのに、心がとっても温かくなった。
「どうかしら?
「……悪くないね」
「ふふっ。でしょう?」
そうしてできた夕飯で、そのある人が一口食べた瞬間に「おいしい」と本当に言われて、なぜだかとっても嬉しくなったってのは、わたしだけの秘密。
──メニス──
ひさしぶりにマックス様が我が家に顔を出したかと思えば、お友達をつれていらっしゃいました。
これは張り切らないといけませんね。
おもてなしをしていると、マックス様とお友達の一方。リオ様が男の方を休ませたいとお話しているのを聞きました。
お二人とも、なんて心優しい方なのでしょうか。
これは、私もお手伝いしなければなりませんね。
お掃除買い物おもてなし。あの少年。ツカサ様は少々手持ちぶさたのようでしたが、それでもテーブルでのんびりとしていました。
そうして私は、リオちゃんと一緒に今日の夕食を作りはじめました。夫も先立ち娘はもう嫁に行き、長いこと誰かとお料理をするなんてことがなかったから、とっても楽しかったわ。
その中で、一つ気づいたことがあるわ。リオちゃん。メイドの心得のある人から料理の手ほどきをうけているわね。しかも、高位の貴族に使つかえるような人に。
やり方に、その作法がいくつか見て取れたわ。あなたに料理を教えてくれた人はどんな方だったのかしら。
きっと、優しくて、笑顔の素敵だった方に違いないわ。
でも、さりげなくその人のことを聞いたら、その人はもういないって、答えが返ってきたわ。残念ね。
その後私は、リオちゃんに今幸せかを聞いた。
そうしたらリオちゃんは、「幸せ」って答えてくれたわ。
そう。それならよかった。
あなたの未来にも、幸あらんことを。
──ツカサ──
「ごちそうさまでした」
おいしいシチューとパンをたらふく食べ、サラダもいただいた俺は手をあわせてご馳走様をした。
食べ終わってお腹が一杯でぽんぽんと休んでいたら、その隙にメニスさんはさっと皿を片付けてしまった。さすが元メイド。台所へ運びますなんて親切さえさせてもらえないとは!
「それじゃあ、お風呂の準備をしてきますから、少しお待ちくださいね」
「あ、拙者も行こう」
風呂の用意をするため部屋を出るメニスさんを追って、マックスも出てゆこうとする。
今まで手持ちぶさたを溜めこんでいた俺の出番がついにきたか! と手伝おうと思い立ち、席を立とうと思った。
──この時、立ち上がろうとしたマックスはリオへ視線を送った。それに気づいたリオはうなずき、マックスを手伝おうとするツカサの服をつかんだ。
でも、その瞬間服の裾をリオにつかまれた。
「ツカサツカサ」
「ん?」
ひそひそと、リオが俺に耳打ちしてきた。
「あの二人今日はまだサシで話をしていないから、あのまま行かせてあげていいんじゃないかな? 積もる話もあるだろうし、ここは二人きりにさせてやろうぜ」
「あー」
言われ、確かにそうかもしれないと思った。
今日俺達がいるせいであの二人はゆっくり話をしていない。なら、この機会を利用して積もる話をさせてあげるのも優しさというヤツだろう。
リオに言われ、俺はそのまますとんと席に座りなおした。
──ツカサが納得して座った直後、リオはマックスへ視線を送った。ツカサの休息を確認したマックスはうなずき、そのままメニスと共に風呂の準備のため部屋から出てゆく。
さて。問題は再び現れた手持ちぶさたタイム。略して手持ちぶさタイムがきてしまったということだ。
手持ちぶさたという点ではリオも同じらしく、俺の正面に座ったまま、外でかぶっていた帽子を持ってきてかぶりなおして位置を直してまたはずしたり、椅子をかたむけてぶらぶらと体を揺らしていたりと、暇そうだ。
「あ、そうだ!」
リオがなにかぴーんと思い立ったようだ。
「ツカサ。勝負だ!」
テーブルの上に右肘を置き、利き腕の右手を俺の前に出した。
「祭りの間に腕相撲大会もあるんだってさ。だから、負けないぞ!」
大会があるから勝負しようとはなにか。と思うが、どうせ暇つぶしなわけだから付き合うことにした。
明日の祭りで本気で参加するつもりはないけど、確かに暇つぶしにはなる。
「わかった」
俺はうなずき、リオと同じように右肘をテーブルの上に乗せ、その華奢な手を握り返した。
意外と小さい。やっぱり女の子の手だ。と思った瞬間、リオがにかっと笑った。
「いくぞー!」
元気満タンの掛け声。不意打ち気味に、リオとの腕相撲がはじまった。
「んー!」
とはいえ、いくら俺がモヤシボーイ属性だからって、年下の女の子に力で負けるなんてことはない。
魔法のある異世界だから、ちょっと不安だったけど、リオの細腕じゃ俺の腕はピクリとも動かなかった。
「んー! んんー!」
顔を真っ赤にして必死に力をこめ、必死に俺の腕を倒そうとするその姿は、なんとも愛くるしかった。
「……」
ひとまず、ぽてんと俺は勝ちを拾ってみた。
わりとあっさり、リオの手の甲がテーブルにつく。
「くっそー! もう一回。もう一回だ!」
負けて悔しかったのか、またテーブルに肘をのせたのでもう一度つきあってやることにした。
最初と同じで、リオの力じゃ俺の腕はピクリとも動かない。
「ぬぬぬぬぬぬー!」
必死に力をこめるリオの顔が、歯を食いしばったり息を止めたりしてころころと表情が変わる。
手もぷるぷると震え、しまいには体全体も震えはじめるくらい力をこめている。
「……」
「んー!」
なぜかぷくっと頬が膨らんだ。
なんで膨らむ……
「……まいった」
あまりの愛くるしさに、俺の忍耐が白旗をあげた。
俺の手の甲がぽてりとテーブルにつき、リオの勝利が確定する。
「やったー!」
息を切らせて大喜びするリオを見て、俺は和んでしまった。
なにこのかわいい生き物。
負けたというのに、まったく悔いはなかった。
「あ、しまった! せっかくだからなにか賭けておけばよかった!」
はっと気づいたようにリオはショックを受けていた。
そんなことしたら百戦百勝させてもらうぞ?
なにか期待するように視線を向けてきたけど、さすがに二度目はないということでやらないと手を振っておいた。
「ちぇっ」
残念そうな顔をした。やると言ったら賭け持ちかけるつもりだったのかよ。
いくらヘタレな俺だからって、弱いものには強気でいっちゃうぞ。
やらないけど。
「お風呂、準備できましたよー」
タオルで手を拭きながら、メニスさんが部屋へ戻ってきた。
これにて暇つぶしの時間は終わりである。
「じゃあ、ツカサ……」
「いや、リオ先入ってこいよ」
「んぐっ!?」
なんかすっげぇ驚かれた。
はっはーん。
俺はぴーんと来るものがあった。
「別にお前の入った風呂の湯を飲んだりとかしないから安心しろ」
「んなこと心配しないよ! というかそんな発想もなかったよ!」
「え? 違うの?」
ワリと鉄板なネタだと思ったんだけど……
(先には入れよとかそういうの言われたらびっくりするじゃん!)
当然ながら、俺はリオがなにでびっくりしたのなんかはさっぱりわからなかった。
「ま、俺は今日なにんにもしていないからほとんど汗もかいていないし、今日メニスさんの手伝いたくさんしていたリオが先に入るべきだろ?」
今日ぐでっとしてばっかりだった俺が一番風呂とか入る資格ないよ
「そうね。じゃあリオちゃんが先ね」
メニスさんも同意してくれて、手に用意していたバスタオルをリオにわたし、そのまま背中を押して出て行った
。
「えっ、ちょっ?」
『一緒に入るってんなら相棒も行くってよ』
「バカ言うな!」
『ならはよいってこい』
オーマに茶化されてると、リオは真っ赤になって否定した。
俺はオーマの言葉に笑い、手を振る。
そのまま二人はお風呂へと向って廊下を歩いていった。
「……」
一人になると、満腹感もあいまって睡魔が襲ってきた。
リオが出るまで一眠りするか。なんて思い、俺は腕を組んでそのままこっくりこっくりと、船をこぎはじめるのだった。
──リオ──
「もー! なんで最後の最後でおいらを先に入れさせるんだよ!」
「いいじゃない。あの子の言っていることも一理あるわ」
「むー」
おいらは唇を尖らせる。
でもまあ、お風呂の順番くらいで目くじらを立てていてもしかたがないかもしれない。別にお風呂はいつ入ってもお風呂なのだから。
それに、ツカサが労ってくれたんだから、むしろそっちを喜んだ方がいいだろう。
おいらは頭を切り替え、うなずいた。
「それに、一緒に入っちゃえば問題なかったのに。ウチのお風呂は広いから、五人くらい一度に入れるわよ?」
「そ、それとこれとは話が別!」
「あらあら」
真っ赤になったわたしから、メニス婆ちゃんは笑いながら逃げていく。
あの人本当にわたしの何倍も生きてるおばあちゃんなの? だとしたら、すっごく人生エンジョイしてるね。
わたしは渡されたバスタオルと着替えをもち、脱衣所へと足を踏み入れた。
「わぁ」
今日、この家のお風呂場に入るのは初めてだった。
掃除とかはマックスがやっていたし、最後の準備はメニス婆ちゃんがやっていたから。
入ってみると、確かに広かった。まるでお風呂屋さんだ。小さなお風呂屋さん。五人どころか十人くらいは入れそうな立派なお風呂がここには備えつけてあったのだ。
これはすごい。
ちょっとワクワクしながら、わたしは服を脱ぎはじめる。
──ツカサ──
「ツカサ殿ツカサ殿ー!」
うっつらうっつらと船をこいでいると、どたばたとマックスの派手な足音が響いて近づいてきた。
そのおかげで首ががくんとなって、んあっ。なんて変な声が出てしまったような気がするけど、まあ気にしない。
顔を上げると、マックスがすごい勢いで扉を開けて入ってきた。
「風呂の準備が整いましたぞ! せっかくですから拙者とともに入りましょう!」
「……ともにって、なんかやだ」
「ががーん!」
すっごいショックを受けて、マックスは真っ白い灰になった。
いや、ちょっとしたジョークだったんだけど、そんなにショック受けるなんて。
でもさ、筋肉質のおにーさんに一緒に風呂入ろうとか荒い息で言われたら拒否もしたくなるよね?
椅子に座って燃え尽きた状態になっているマックスを何度かつついたけど復活する様子もなかったから、メニスさんが用意しておいてくれたバスタオルを持って風呂へ行くことにした。
鼻歌を歌いながら廊下を歩く。
お風呂は命の洗濯なんていわれるほどのモノだからね。宿にはまれに風呂もついていないでタオルで体を拭くだけなんてこともあったから、こうしてしっかり足を伸ばせそうなお風呂はすっごく楽しみなのだよ。
「ふっふふんふーっふーふー」
鼻歌を歌いながら、俺は意気揚々と脱衣所の扉を開けた。
「……」
「……」
そこに、今にもパンツを脱ごうとしていたリオがいた。
いや、ひょっとすると風呂から出て、今パンツを履こうとしていたのかもしれない。
はっきりと言えることは、パンツは、履いてた。
俺は扉を開けた状態で動きをとめ、リオもパンツに手をかけながら固まっている。
音に反応してこっちを見たリオとまさかいるわけないと思っていた俺の視線がばっちりとあった。
もう出たもんだとばっかり思っていた俺は、そこにリオがいるなんて思っていなかったし、まさか人が入ってくるなんて考えていなかったリオも、完全に思考が停止している。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
のち。
「きゃー!」
絹を裂くような悲鳴とはまさにこのことだろう。
俺は耳をおさえる余裕さえなく、顔面に桶を食らって仰向けにぶっ倒れていった。
リオは俺に桶をぶん投げた直後、胸を隠してうずくまる。
彼女の腰まである綺麗な髪がくるりと回転し、一瞬彼女の真っ白い背中が見えて、そのままそれは、髪の影に消えていった……
「な、何事ですかー!」
リオの悲鳴を聞いたマックスが俺のいた食堂から飛び出し、その反対側の方からメニスさんも飛び出してきた。
「ツ、ツカサ殿!?」
廊下で倒れる俺に驚いたマックスが駆け寄ってくる。
しかし廊下に倒れる俺と脱衣所の扉を見てなにかを察したメニスさんは、廊下の壁から一本のロープを引き出し、それを思いっきり引いた。
すると廊下の一部がガコンと抜け、見事な足落とし穴が生まれ、それに足をとられたマックスは綺麗な弧を描いて俺の真上を通過し、メニスさんの方へとすっ飛んで行った。
廊下に着弾したマックスはゴロゴロと転がり、メニスさんは老婆とは思えない軽やかさでそれを飛び越える。
最終的に廊下の端まで転がったマックスは目をぐるぐると回し、意識を失ったようだ。
「泥棒用のトラップが役に立ちましたかね。ほんにマックス様は、あれほど外見だけで判断してはいけないと、ばあやは口すっぱくもうしておりましたのに」
はあ。とメニスさんはため息をつき、マックスの方へと歩き出した。
ここで俺は気づいた。
マックス、リオのこと女だって気づいていなかったな……!
これで色々納得がいった。
リオがまだ入っているのに、風呂に一緒に入ろうと誘ってきたのも、メニスさんがトラップを発動させたのも、全部そう仮定すればつじつまが合う。
リオを男だと思っていたから、みんなで一緒に風呂へ入ろうと誘いに来たのだ……!
まったくもー。なにやってんだあのサムライもどきは。あとでお仕置きしないとな。頭撫でてやる!
「ツゥーカーサー」
びくぅ!
服をちゃんと着て髪も頭の上でまとめたいつもの男装スタイルに戻ったリオが、廊下で大の字に寝そべる俺を見おろし、睨んでいた。
俺は頭に桶をかぶったまま、狸寝入りをはじめる。
「……」
「……」
じろりと睨まれたまま、またしばしの沈黙が広がる。
「み、見てないと言えば、安心するかな?」
沈黙と見えないプレッシャーに負けた俺が口を開いた。
「で、できるかよ!」
うん。そりゃそうだよな。でもこの場合どう答えればいいのだろう。どう言えば、女の子は安心するのだろう。
裸は見てないよと言えばいいのだろうか。それともパンツは見たといえばいいのだろうか。そもそも事故なんだからしゃーないやんと逆ギレすればいいのだろうか。
どれだけ悩んでも答えは出ない。だってこんな経験したことないもの。だって僕こうこういちねんせいだもの。
必死に悩んで悩んで悩んで口から搾り出した言い訳は……
「……綺麗だった」
……俺は、死を覚悟した。
なにを血迷ったことを口走っているんだ。これって完全に見ましたって自白したも同然じゃないか!
発言のあと、一瞬完全に時が止まったように感じたぞ!
俺は終わったと思い、目を瞑って審判の時を待つ。
「……」
しかし、いくら待ってもその時はやってこなかった。
むしろドタバタという音がして、誰かがすごい勢いで去っていく音が響き、続いてばたん! と勢いよくドアの閉まる音が聞こえてきた。
ちらりと桶の隙間から周囲を見回してみると、リオはいなかった。
どうやら助かったらしい……
俺はほっと胸をなでおろした。
『……相棒も災難だったなぁ』
今まで黙っていたオーマが俺を慰めてくれた。
今まで黙っていたのは、下手に口を開くとリオの怒りが飛び火するからだろう。
「というか、オーマ。リオいたの、気づかなかったの?」
『……さすがのおれっちも、気を抜いていたってヤツだぜ』
オーマのサーチ機能なら、俺に忠告できたんじゃないかと思ったけど、どうやらどこに誰がいるかなんて今の休息の状況でやっていなかったらしい。
俺もそこにいるなんて考えていなかったから、オーマも同じだったんだろうなあ。
ならしゃーねーか。
俺もオーマも、二人で苦笑するしかなかった。
「青春ですねぇ」
マックスを介抱していたメニスがどこか楽しそうにつぶやいた。
──リオ──
ドキドキドキドキドキ。
心臓の信じられないほど激しく動いている。鼓動の迷走がとまらない。
人に素肌を見せたのは、たぶん母さん以来だ。
つまり、家族以外ははじめてってことになる。
この貧相な体に自信なんて欠片もなかったけど、ツカサのあの……
「……綺麗だった」
あの……
「にゃー!」
寝室として貸してもらった部屋の中で頭を抱える。
思い出したらまた顔が熱くなってきた。
ドキドキがとまらない。
なんなんだ。なんなんだこれ!
ツカサに見られて恥ずかしいってのに、顔から火が出るかと思うほど恥ずかしいってのに。それなのに、どうしてこんなに……こんなに胸が高鳴るの!?
自分の心がよくわからない。
あの時は怒ればよかったんだろうか。恥ずかしがればよかったんだろうか。それとも、嬉しがれ……って、裸を見られて嬉しいってなにそれー!?
わたしは自分の心がわからなくなり、頭をかきむしった。
お風呂から出てまとめた髪がほどけ、またばさばさと広がった。
そういえば、出会った時も髪が綺麗だって褒められたっけ(第5話参照)
ひょっとしてツカサは……
……いや、ダメだ。これ以上そんなありもしない希望を思い描いちゃダメだ。ツカサとわたしは、住む世界が違うんだから。これ以上は、考えたらダメ。
わたしはよたよたとした足取りでベッドにむかうことにする。
寝よう。ここはもう、寝よう。
そうしてすべてを忘れて、明日からは元通り。うん。それがいい!
こんこん。
「ひゃぁ!」
突然ノックされた扉の音に、飛び上がるほど驚いた。
「リオ、さっきのことなんだけど……」
声の主は、ツカサだった。
きっと、さっきの事故を謝りにきたんだろう。
いくらわたしが焦っていたからって、ツカサがわざと扉を開けたとは思っていない。あの態度から、なにかハプニングがあったんだと気づいたからだ。
おおかたマックスがわたしの完璧な変装のおかげでわたしを女だと気づいていなかったから裸の付きあいで仲を深めようとして誘ったとかに違いないんだ。
「わる……」
「い、いい! さっきのは事故だってわかってるから! わたしも桶ぶつけちゃったし、それでおあいこ!」
謝られるまえに、わたしはツカサの声をさえぎった。
「え? でも……」
「でもでもなんでもいいの! もう忘れる! 明日になったら二人とも元通り。いい!!」
「わ、わかった」
わたしの声におされたツカサは、言われるままに同意した。
「そう。それでいいの。わたしもう寝るから! おやすみ!」
わたしはそのまま逃げるようにベッドへ滑りこんだ。
そのまま明かりを消して毛布を頭からかぶる。
真っ暗な状態になるとまたツカサの言葉がリフレインしてきたけど、邪念を振り払うように頭を振った。
こうなったら別のことを考えよう。そうだ。羊を数えてぐっすり眠るんだ。
羊が一匹……
羊が二匹……
一匹数えると、草原の上を走る羊がぴょんと柵を飛び越え走り去ってゆく。
二匹、三匹と数えた羊が次々と柵を飛び越え、私は羊の数を増やしてゆく。
羊が五匹……ツカサが六人……ツカサが……ってぇ!
いつの間にか羊じゃなくツカサが柵を飛び越えわたしの元にやってきた彼が耳元であの言葉をささやきかけてきた。
いつの間にか、わたしの羊牧場はツカサまみれになっていた。
頭を振ってそれを振り払い、また数えなおす。
一匹、二匹、三ツカサ。一匹、二匹、三匹、四匹、五ツカサ……
そうして必死に数えて、一万二千ツカサを数えたところで朝になっていた……って、ちがーう!
外では朝日が昇り、鳩が鳴いているなか、わたしはベッドの上で頭を抱えて転げまわるのだった。
目の下にくまを作りながらも食堂へ行くと、ツカサはいつも通りだった。ほっとしたような、がっかりしたような。
この気持ちは、本当になんなんだろう……?
──ツカサ──
リオに謝罪をしようとしたら断られた。
どうやら事故だってわかってくれたらしい。
明日になったらいつも通りということを約束し、俺は風呂に入るため戻ってきた。
「オーマ、まさか風呂に人はいないよね?」
『いや、マックスのやつが入ってるぜ。目ぇ覚ましたんだな』
「ああ、そっか」
オーマに確認をとったところ、今回の原因マックスが風呂に入ろうとしていることがわかった。
マックスならまあ問題ないだろ。さっきの件もこってり絞らなきゃいけないし。
脱衣所なのでノックなどはせず、ドアを開いた。
……そこには、長髪ロン毛の美形がいた。
「え?」
思わず重複表現してしまうほど、衝撃だった。
均整のとれた筋肉に、リオにも負けないさらっさらの金髪。そしてどこかで見たことある長い下まつげ。そんなカッコいいにーさんが脱衣所で全裸になろうとしていた。
だれ、これ?
俺の頭が、今日あったいろんなことで理解力の許容量をキャリーオーバーしそうになっている。意味がわからない。
「おお、ツカサ殿! 改めて風呂に入りにきもうしたか!」
「って、マックスか!?」
「む? 拙者ですが?」
思わず声を上げてしまった。
俺を見て、ぱぁっといい笑顔を向けられた挙句、声を聞いてやっとわかった。そこにたのは、オーマの言うとおりマックスだった。
そうか。リーゼントをやめて髪をおろすとまさに白馬に乗ってやってくる王子様って表現するにふさわしい姿になるのか。サムライかぶれの格好もせず、きちんとした騎士の姿をすれば毎日女の子に追い掛け回されるようなヤツのできあがりだぞこいつは。びっくりしたぜ。
「いやー、ツカサ殿にはもうしわけないことをしました。まさかリオが女性だったとは。まったく気づかなかったでござる。そうとは気づかず一緒に入ろうなど、まことにもうしわけござらん」
「だろうね」
知っていたらリオがいる風呂に入りにいこうなんて言い出す性格なんかじゃないからね君は。
本当に申し訳ない。と頭を下げられた。
「あ、そうだ」
頭を下げたのを見てマックスにあることをしようと思っていたのを思い出した俺は、マックスへ近づいた。
「マックス。そのままでいてね」
「は、はい……!」
頭を下げたまま、マックスはなにかをされると悟り、身を硬くした。
くっくっく。わかっているなら話は早い。今からお前にお仕置きをしてやるのだ!
俺は頭を下げがマックスの頭へ手を伸ばす。
むんず。とつかまんばかりで広げた手で……
「よしよし」
なでなでと、綺麗に下がって撫でやすい位置になった頭を丁寧に撫でてやった。
「なっ!?」
なでなで。
「なっ、ななななななー!?」
なでなでなで。
頭を撫でられる理由なんて思いつかなかったのだろう。とってもあわてたような声を出した。
理由も意味もわからず、きっと床を見る目は白黒させているに違いない。
くっくっく。なぜ頭を撫でられたのか理由もわからず悩むがいい。これが貴様へのバツだ! よくもリオの裸体を見せてくれたな。リオに変わってお仕置きしてくれる。ありがとう!
「それじゃ、俺も風呂入るから」
「せ、拙者は今から寝るでござりまする! それではごゆっくりー!」
なぜかマックスは急いで服を着て寝室の方へと走っていってしまった。
……今から君。お風呂入るんじゃなかったん?
それともカラスの行水ですでに入ったあとだったのか? 真相はわからん。
ともかくまあ、俺は風呂に入ろうか。
なんか、すっげぇ疲れたし。
かっぽーんとお風呂に入って寝室に戻ってきた。
「ふぅ。一人であの風呂を独り占めするってのもちょっとさびしいかもしれないな」
今回俺とマックスは同室。リオは他の客間で一人である。
マックスはすでに寝ているようで、なぜか頭には布が巻いてあった。まるでアイドルが触ったのをもう洗わないと誓ったかのように。いや、ちゃんと洗ってもらわないと困るよ。明日ちゃんと注意しておこう。
ランタンの炎を消し、俺はベッドへ転がった。
「……」
しかし、真っ暗になって目を瞑ると、目の前に浮かぶのはあの時の光景。
忘れろと言われて、そう簡単に忘れられるわけがない。だってぼく、男の子だもん!
忘れろ忘れろと念じるが、考えれば考えるほどそれがどんどん鮮明になっていく。
いけないいけないと思いつつ、何度も寝返りをうっていたら、いつの間にか朝になっていた。
今でも目を閉じればあの白い肌とぴん……いや、忘れろ忘れろ。
頭を振って朝ご飯を食べに行こうとベッドから這い出した。
マックスは気持ちよさそうに寝ていたので、頭をぐしゃぐしゃにして起してやった。
「髪、ちゃんと洗えよ」
と言ったら素直に「はい!」と返事してくれたのでもう大丈夫だろう。
食堂につくと、リオと鉢合わせした。
顔をあわせた瞬間、あの光景が浮かんだけど、態度にはなんとか出さなかった。
今日から祭りだし、変にギクシャクしたくはない。なにより、いつも通りと約束したからな。
「おはよう」
「おはよう。ツカサ」
俺とリオは、昨日と変わらぬ挨拶を交わした。
ちなみにだが、マックスは昨日のことをきちんとリオに謝り、ちゃんと許されたそうな。
「青春ですねぇ」
二人の姿を見て、メニスはニコニコしながらつぶいた。
武闘大会、今日からはじまります。
おしまい




