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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第1部 伝説のサムライ編
10/88

第10話 サムライはドラゴンを救う


────




 ドラゴン。


 このイノグランドにおいて、最強と謳われる幻獣種の中で、もっとも強力であると言われている生き物だ。

 その存在は世界の一部であると言われ、女神ルヴィアが世を生み出す際、この地を暖めるためもちいた炎は彼女の騎乗する原初の炎竜にはかせたものだと言われている。


 その炎は、今も天に輝きこの地を暖め続けている。


 ゆえに火は炎竜のものであり、竜がその口より自在に炎をはけるのは、そのためなのだと言われている。



「ギャオオオォォォー!!」



 真っ赤な鱗をもつレッドドラゴンと呼ばれる炎竜が空を飛び、天空に向って巨大な炎をはいた。


 それは巨大な火柱となり、一本の赤いラインが空を裂く。その柱はまるで、天へ仇成す巨大な剣のようにも見えた。



 咆哮とともにそれは身をよじり、天空へ向っていた進行をぐるりと地へ変えた。



 隕石が落下するかのごとき速度で真っ赤な流星は地面へと突き進み、激突すれすれのところで地面と水平に方向を変えた。

 真っ赤な巨体が地面すれすれを飛びぬけると、少し遅れて貫かれた空気の奔流があたりを穿つ。ごうごうと吹き荒れる竜巻のような突風がふきすさみ、木々をなぎ倒し、地に転がる岩をも吹き飛ばしてゆく。


 ドラゴンは空中で態勢を変え、その頭を、体を下へ上へとぐるぐると回転させる。



 まるでなにかにもだえているかのようだ。



 そのまま竜は地面に激突するかのようにし着地する。


 慣性によって生まれるパワーにより、四肢がついた地面が大きくえぐられてゆく。


 地をとらえた両足の筋肉は大きく盛り上がり、えぐる地面をもしっかりととらえていた。

 すべてのエネルギーを殺したドラゴンはその鎌首をもたげ、天を睨むようにして口の中に小さな炎をたぎらせた。



「ガアァァァァァァ!!」



 燃えるように真っ赤に光るその瞳には、怒りという単語が見て取れた。

 咆哮が場にこだまし、四方を山に囲まれた竜の巣の中へその叫びがこだまする。


 口の中に生まれた巨大な炎が噴出され、その地を薙いだ。


 そこはすでに、生き物の住まう地ではなかった。


 いたるところが焼け焦げ、なぎ倒された木々がごうごうと燃えている。地には生けとしいけるものはすでになく、その飛翔と着地の衝撃によって大地は大きく歪んでいた。



 そこはまさに、地獄と呼んでも酔い有様であった。



「い、一体、なにが起きておるんじゃ……」

 一山むこうにある山頂から、その竜の巣を見た老人は悲しく呟いた。


 その瞳は、世の終わりだということを悟ったようにも見える。


 それも当然だ。巨大な咆哮を耳にして様子を見に来てみれば、そこは地獄のような有様だったのだから。


 一匹の竜がこのような暴れ方をすれば、その地だけでなく、その周辺すべてがなにも住めぬ土地へと変貌しかねないからだ。


 これをとめるためには、あの怒れる竜を退治する以外にない。



「早く、早く領主様にお伝えせねば。出なければ、この地が、いや、世が終わってしまう……!」

 わたわたと、転がるようにして老人はその山を駆け下りていった。



「ヴァアァァァァァァ!」



 怒り狂うドラゴンの咆哮を背に受けながら……




──リオ──




 今日も晴天。ぽかぽかとしたいい陽気のもと、おいらはツカサの隣を歩いている。おいらの右にツカサ、ツカサのさらに右にマックスがいて、おいら達は相変わらず西を目指して歩き続けているというわけさ。


「でさ、あの宿場の親父さんが傑作なことを……」

 昨日の宿場であったことをツカサに話そうとしたその時。



「ギャオオオォォォォォー!!!」



 まるで雷のような音が空から響いてきた。


 雷雲もまったくない雲ひとつない晴天だってのに、こんな轟音がとどろくなんて、おいらもマックスも思わず耳を押さえてうずくまっちまったよ。

 一体なにが起きたのかと思ったら、直後空に雲がかげったんだ。


 いや、それは雲なんかじゃなかった。



 そいつはまさに青天の霹靂ってヤツだった。



 巨大ななにかがおいら達の頭の上をすごいスピードで飛び越えていったんだ。おいらが感じた影は、その巨体が作り出した影だったんだから。



 それは、ドラゴンだった。



 真っ赤な鱗を持つ伝説の怪物。


 幾度も英雄に倒されてきた、最強の生物。


 それが、おいら達の真上を飛んで行ったんだ。



 ドラゴンなんて、おいらはじめて見たよ……



 それがおいら達の上を通過した直後、ゴッ! っという突風がふきすさんで、おいらは吹き飛ばされそうになって両足に力をこめて踏ん張ったんだ。

 それでもおいらの軽い体は吹き飛ばされそうになって、まずいと思った瞬間、背中に手がそえられたのを感じた。


「っと、大丈夫か?」


 吹き飛ばされて転がりそうになったおいらの背中を、ツカサがおさえてくれた。


 ツカサはおいらの背中に手をそえ、さっきのドラゴンが飛び去っていった方をじっと見ていた。


 あんな突風に揺さぶられたってのに、平然と立っているなんてさすがツカサだ。マックスなんて突風にあおられて転んでいるってのに。


 竜が見えなくなると、ツカサはおいら達の方を見た。



「二人とも。あの竜の飛んでいった方へ行ってもいいかな?」



「え?」

「はっ?」

 口を開いたツカサから飛び出した言葉に、おいらもマックスもぽかんとした表情しか返せなかった。



 さっきのドラゴンが向ったのは南。


 西へ向うツカサの目的地とは完全に別方向だ。



「おいらは別にかまわないけど」

「拙者はツカサ殿の行く道へついてゆくだけです」


 おいらもマックスも反対はなかった。おいらとしてはむしろ、目的地につくのが長引く方がツカサとより長い旅ができるわけだから大歓迎だね。


「そっか。ありがとう」


 にこりと微笑まれちまった。


 なんでもないことだけど、やっぱツカサが笑ってくれるとおいらも嬉しいよ。

 思わずにへへ。とおいらの表情も緩んじまった。



『でもよ相棒。ドラゴンのところに行きてえのはわかったけど、なにしに行くんだ? はっはーん。そっか。今度はドラゴン退治にしゃれこもうってわけかい』


「「なっ!?」」



 おいらもマックスもオーマの言葉に驚いた。そうだよ。なんのために行くのかっていえば、答えはそれしかない。普通に考えればドラゴンのところへ自分から行くなんて自殺行為だ。でも、サムライであるツカサなら、間違いなく自殺行為とは逆の行為。むしろドラゴン退治なんて楽勝なのは確実だ!


 それに思い当たった瞬間、おいらの体は熱く震えた気がした。マックスへ視線を向けると、あっちも同じようだ。おいら達は目をあわせると、うん。と自分達の考えは間違っていないとうなずきあってしまった。


 英雄の証とも言える竜退治。おいら達が主張しない限りその手柄を決して誇ろうとしないツカサがみずから動くというのだから、おいらもマックスも期待に胸が高まっちまうのも無理はないよね。


 でも、ツカサの答えはおいら達の想像を超えていた。



 いや、誰もこんな答え予想もしていない。




「いや、あのドラゴンが助けを求めていたから、助けに行こうと思って」




「へ?」

『は?』

「はっ?」

 おいら達は、予想だにしなかったツカサの答えに、ぽかんと口を開くしかできなかった。




──ツカサ──




「ツカサツカサ、おいらの話を……」

「いいや、今度は拙者の話を聞いてくだされ。今朝のことでござるが……」

「邪魔すんじゃねえよ!」


 俺を挟んで、気まぐれな猫と尻尾をパタパタと振る忠犬がきゃんきゃんわんわんと話す順番を競って言い合いをしている。

 正確に言うと犬猫じゃなくてリオとマックスなんだけど。


 一見すると相変わらず仲が悪そうに見えるけど、二人してしっかりとにらみ合って話をしているんだから、前に比べればかなりの進歩だ。むしろ前みたいな険悪さはまるでなく、兄妹の順番口論のように見えた。


 この場合、俺はお父さんやお母さんにあたるのかもしれない。


 二人の言い合いはとまらないので、順番はじゃんけんで決めてもらうことにした。



「もうじゃんけんで決めたら?」



「え? なにそれ?」



 驚いたことに、この世界にじゃんけんに当たるものは存在しなかった。きょとんとした顔で聞き返されてびっくりした。

 なのでルールをおしえてやってもらうことにした。実にあっさりと、二回のあいこを経てリオの勝利となり、リオから話すことが決まった。


 ちなみにだが、じゃんけんの発祥は江戸から明治の日本だと言われている。今の「グー」「チョキ」「パー」の形が確定したのは明治時代とも言われ、意外に新しいモノなのである。

 それが日本の国際化によって世界に広まっているのだというのだから驚きだ。



「でさ、あの宿場の親父さんが傑作なことを……」

 勝者となったリオが嬉々として話をはじめようとしたその時。



『痛いよー! 助けてー!』



 という悲鳴が、突然空から聞こえてきた。


 とんでもない大声だが、声が言葉として理解できるので、耳を塞ぐというよりいきなりなにを言っているんだ。と驚いて逆に耳をすませてしまった。


 空を見上げると、俺達の頭の上を羽の生えたトカゲらしい影が猛スピードでかっとんで行くのが見えた。


 この世界に来た時すごく遠くの空を飛んでいるのを見たけど、あれとは別の固体だろうか。


 それが俺達の真上を通過した直後、この前の塵旋風のような突風がゴッと吹いてきた。ちょっと前にあの風を踏ん張った経験のなければ俺でなければ間違いなく転んでいただろう。それえもちょっと厳しくて、リオの背中を俺の支えに使わせてもらうことにした。

 おかげで、風でバランスを崩すことなく立っていることができた。この形、これはまさに人という漢字そのものだった。


「大丈夫か?」

 なんて言っちゃったけど、まあお互い様ってことで。マックスは風で転がったけど、リオは転ばなかったんだから。


 俺はリオを支えにして足を踏ん張り、南の山の方へ消えてゆくドラゴンの姿を見送った。



 じっとそっちを見ていると、遠くからまた『痛いよー!』という悲鳴が聞こえてきた。



 やっぱり、あの悲鳴はドラゴンが発したもので、聞き間違いじゃなかったようだ。


 リオを見ると、さっきの悲鳴はただの咆哮でうるさいだけの騒音だったようだ。マックスも同様で、同じように耳をおさえている。

 つまり、あの悲鳴が『声』として認識できたのは、俺だけということになる。



 俺はちらりとオーマを見た。



 オーマにはいろんな機能がついている。人を感知したり、地形をサーチしてナビしたりとか。この子にはそれだけじゃなく、翻訳機能もついていた。


 オーマを持っているとき。もしくはある程度近くにある時、知らない言葉も知っている言葉にしてくれるというものである。これがあるおかげで、俺は異世界の言葉を話すリオ達と会話ができているわけなんだが、まさかそれで、ドラゴンの言葉もわかるようになるなんてびっくりだよ。


 ファンタジーのドラゴンはたいてい知性が高いものだから、ひょっとして言語を持つヤツとなら誰とでも会話できるってことか? だとすればすごいなオーマ!



『あーもう。なんなんだギャーギャーがーがー。うるさくてしかたねぇな!』


 ……オーマの方に翻訳機能の恩恵は伝わっていないみたいだけど。



 しかし、さっきの悲鳴、少し気になるな。『痛い』『助けて』ってどういうことだろうか? あのドラゴンは一人で飛んでいた。少なくとも追っ手にぺちぺちいじめられていたわけでもない。なにか原因があるのだろうけど、俺はドラゴンという生き物をあんな近くで見たのははじめてだ。そんな原因わかるわけもなかった。


 まあ、言葉がわかるということはどこが痛いのか聞けるということだ。


 どこが悪いのかを聞き、それが手におえるような事態ならなんとかしてあげることができる。俺じゃ無理でも、知恵のある人に聞きにいける。



 助けてという言葉を聞いてしまったんだから、あんまり無視はしたくなかった。



 なにより、本物のドラゴンを間近で見てみたい。会話してみたい! という好奇心猫を殺すという格言の見本のような好奇心を俺に湧き上がらせていた。


 危険。というよりもその時の俺は好奇心からくるワクワクに胸を高鳴らせている状態だった。



 それと、助けを求められ、それを聞いたのは自分だけという状況も行く気に拍車をかけていた。竜が助けてと訴えているのを知っているのは自分だけ。だから俺がなんとかしないと! という使命感を持ってしまったのかもしれない。


 自分だけが特別! だから俺がやってやるぜ! というような特別感が。



 だもんだから、あのドラゴンを助けに行くと言ったらみんなに驚かれた。



 それもそうだ。みんなドラゴンの言葉理解していないんだからな。


 言ってから俺も自分の発言に苦笑してしまった。


 でも、三人とも俺が行くというのならついてきてくれると言ってくれた。こんなわがままに付き合ってくれるなんて、なんていいヤツなんだお前達。




──マックス──




 拙者達は先ほど飛び去ったドラゴンの向った南にある山脈へと向って歩いていた。


 しかし、まさかあのドラゴンが助けを求めていたとは。


 先生が言ったことでなければきっと鼻で笑っていたに違いないが、先生のお言葉なのだから事実に違いない!


 先ほどの巨大な咆哮は、拙者には怒り狂って暴れまわるその行為の一つにしか感じられなかったが、先生はあの咆哮を悲鳴と判断なされた。いや、明確に『助けて』と言っていたともうされた。

 それはつまり、先生は竜の声色さえ理解できるということ!



「(あくまでオーマの機能のおかげだから)そんなにすごいことじゃないよ」



 拙者がすごいすごいと連発していたら、先生は涼しい顔をして否定なされた。照れるわけでもなく、できて当然のことをなに言っているんだ。という雰囲気であった。


 拙者、感服して涙が出るかと思ったでござる!



 スゴイことを吹聴しない。その謙虚な態度、見習わなくてはなりません! ですが先生。竜と意思が通じ合うことができるなんて、それは五百年前に実在したと言われる伝説の竜の巫女以外にありえなかったことです! それを自慢すらなさらないなんて……


 それを当然のように振舞えるなんて、さすがです師匠!



 拙者はもう、一生先生についていくと心に決めました。これで二百七十三回目の誓いです!



「待ちたまえ。そこの一団待ちたまえ!」



 南の山を目指して歩いていると、拙者達の前に騎士達が立ちはだかった。


 つい先生の雄姿に見惚れていたため、拙者気づくのが遅れてしまいもうした。


 数は三人。装備は軽装であるから、戦に出るというわけではなく、この道を封鎖するために控えていた者達のようだ。


 なぜか。と、思えば答えは簡単な話だった。



「ここは通行止めである。この先にドラゴンの巣が発見され、これ以上進むのは危険だとマクマホン卿が判断しましたので、これより来た道をもどられい!」



 マクマホン卿とはこの地。マクマホン領を治める方のことだ。拙者の実家。マクスウェル家とほぼ同等の領地を持つ大貴族であるが、この迅速な判断はこの場合非常に面倒な話だ。


 しかし、しっかりと領地運営をしている卿ならばしかたのないことだと拙者は思う。なにせドラゴンが現れたのだ。いつ近隣の村、街が襲われてもしかたがない。騎士団が即座に討伐令を出されてもしかたのないことだろう。


 あのドラゴンの出現はこの地に入って噂も聞いていないから、ほんの数日前の話だろう。実に迅速な出陣になる。



「……こんな時だけ足が速いのな」


 拙者と同じ考えにいたったリオが皮肉げにため息をついた。


 言いたいことはわからんでもないが、この地を治める卿は悪い方ではないし、事態が事態だ。許してほしい。


 それよりも、我々がここを通れない方が問題だ。



「この先にドラゴンがいるのは拙者達も知っている。むしろ我々はそのドラゴンの元へと向っているのだからな!」

 拙者は胸をはり、堂々と言い切った。


 なにせこちらにはサムライのツカサ殿がいるのだから、引く必要はない。むしろ彼等の力になれると確信しているからな!



「……」

 三人の騎士達は、胡散臭げに我々を見た。


 特に拙者の姿を上から下まで見回し……



「ぷっ」

 ……と笑いおった。



「本物のサムライ殿なら大歓迎なのだが、アンタみたいな偽者じゃぁなあ」


 なあ。と先頭にいた騎士が隣の騎士へ同意を求め、そちらの男もその通りとうなずいていた。


 三人は拙者のロングソードを見てニヤニヤと笑っている。


 確かに拙者は外見だけを真似た格好だけのサムライ。こうして笑われることは慣れている。しかしだな……!



 拙者はふっと笑みを浮かべた。



「なら問題ないな。こちらにおわす方こそ、真のサムライである! 今巷でお噂の、伝説の再来。ツカサ殿であらせられるぞ!」

 拙者は横によけ、ツカサ殿の姿をばーんと主張した。


 ツカサ殿は苦笑しておられていたが、今はここを通るのが先決にございますゆえ!



 決してツカサ殿のことを自慢したいなどということではございませんぞ!



「……」

 再び三人の騎士達はツカサ殿を上から下まで見回し。



「ぷっ」



 笑いおった。わらぁいおった(巻き舌)



 かっちーん。



 その態度に、拙者の口元はひくっとなったでござるよ。拙者が笑われることにはなれているからかまわんが、これはアレにござる。ゆ、る、せ、ん! にござる!


「マックス!」


 拙者が怒りのままに腰のロングソードへ手をかけたところで、リオが声をかけてきた。

 とめても無駄にござるぞ。奴等にわからせねば、拙者はおろか、ツカサ殿の名が廃る!


 その意志を瞳にこめ、リオへぎろりと振り返った。


 するとリオはにやりと微笑み、やっちゃえとジェスチャーを返してくれもうした。



 応!



 我等ツカサ殿を侮辱され我慢などできん隊の出陣にござる!



「なっ!? き、貴様。無理に押し通ろうというのか!」

「や、やろうってのか!」


 拙者がロングソードへ手を伸ばしたところでやっと三人の騎士は構えをとった。



 遅い。拙者が闘気を発した時に構えてもおらぬなんて、その気ならば三度はおぬし達は地に伏していたぞ。



「三人程度で拙者がおめられると思うならばかかってくるがいい!」


 相手が剣を抜いたところで拙者も抜こうと手を動かした。



「「やめろ!」」



 拙者の前と後ろから待ての声がかかった。


 後ろから声をかけたのは、当然我が敬愛する師匠ツカサ殿。前の方からは、あの三名の騎士達の上官のようだった。

 しかもこの声、拙者には聞き覚えがあった。



「マイク様!」



 声に驚いた騎士達が振り返り、その騎士の名を呼び、道を開けるようにその場から道のスミへとどき、礼をした。

 私はやはり、この男を知っている。


 マクマホン領の騎士団長。マイク・マヌキ・マクマホン! この地を治めるマクマホン領の領主マクマホン卿の息子である!

 騎士団長らしくしっかりと着飾ったよろいを身に纏ったマイクが、拙者の前にやってきた。



「やはり、マックスか。また奇抜な格好をしているな。相変わらず、サムライにかぶれているのか……」


 呆れられてしまった。



「これは拙者の矜持だからな。放っておかれよ」

「そ、そうか……」


 ふっ。そのどこかイタイ者を見る視線。すでに慣れたわ!


「知り合い?」

 リオが拙者の肘を引っ張った。


「うむ。彼はこの地。マクマホン領を治めるマクマホン卿の息子で、マクマホン騎士団を束ねる男だ。同じ貴族のよしみで拙者とも面識がある」


「紹介に預かり光栄だ。私がマイク。今はドラゴン討伐のため騎士団を指揮する立場にいる」


「へえー」

 リオはどこか納得したように声を上げた。



「やはりおぬしがドラゴン討伐の責任者か。ならば話が早い。マイク。拙者達を同行させてくれまいか? 必ず、必ずや力になる!」



「おお、お前が力を貸してくれるというのなら心強い。こちらから頼もうと思っていたくらいさ!」


「ならよかった。ツカサ殿。これでドラゴンのもとへとむかえますぞ!」


「そうだね。助かります」


 拙者が振り返ると、ツカサ殿が礼儀正しくマイクの方へ頭を下げた。



 なんとも筋の通った綺麗な礼なのだろう。ご自分の方が圧倒的に強いというのに、おごらず他者への礼を欠かさないその態度。これが強者のあり方というヤツですな!



「つかさ、どの?」

 マイクが首をひねった。


「それについては後々話そう。さあ、まずは竜のもとへとまいろうか!」


 拙者はマイクの背中を押し、目的の山へと向い歩き出した。



 こうして拙者達は、マイクの案内のもと、ドラゴンの住まう山へと足を踏み入れるのだった。



 くくっ。騎士団がいてくれるというならば、先生の活躍が間違いなく世に広まる! これでついに先生の名声が正しく世に広まるということだな。



 拙者は先生の威光が世に広まることに胸を高鳴らせた。




────




 マックス達を見送った騎士達は、小さくなってゆくその背中を見て、どこか呆れたように息をはいた。


「マイク様の知り合いで、マックスってあれだよな」

「ああ。あれだ。マクスウェルの天才剣士。サムライにかぶれて諸国漫遊してるってアレだよ」

「やっぱりか。でもよ……」

「ああ。マジで戦ったら、間違いなく……」


 二人は顔を見合わせ、うなずいた。



 間違いなく、負けていた。



 相手は十四であのマクスウェル騎士団の団長となった大天才。例え十年前ダークシップの一団に敗れたとはいえ、その名はこの国に広く知れ渡っている。


 それと剣を交えようとしていたなんて、下っ端でしかない彼等は自殺行為にも等しかった。



「まあ、それはわかるんだが……」

「ああ。わかるが、あの格好はなぁ……」

「ああ。あれはねえよな」


 二人は、同じくうなずいた。サムライもどきの格好なんてしているから、つい侮ってしまったのである。


「でもよ……」

 今まで無言で去るマックス達の背中を見ていたもう一人が口を開いた。


「そのサムライかぶれの天才がサムライって認めたってことは、あの少年、本物なのかもな……」

「「……」」



 二人は黙って去ってゆくツカサの背中を見た。



「ま、まっさかー」

「だよなだよな。今噂のサムライ様が、あんなどこにでもいそうなガキなわけねーよ」

「ああ。ないない。ちょっと肌の色が珍しいだけの普通のガキに違いない」


 その肌の色が珍しいというのは、伝説のサムライにも言えたことなので、彼等はまた黙ってしまった。



 そんなことはない。と彼等は思いつつも、まさか。と思いながら彼等の姿が見えなくなるまで見送ることになった。



 そして、のちに彼等は自分達の見る目のなさを、後悔することになる……




──マイク──




「いやー、君が手を貸してくれるというのは実に助かるよマックス」

 私はマックス達を案内しながら、彼に言った。


 サムライにかぶれてしまったが、本物の天才である彼の力が借りられるのは本当に心強い。


 ドラゴンの力は強大であり、討伐をするために必要な戦力は一人でも多い方がよいのだから。


「実は情けないことだが、困っていたところなのさ」

「困っている?」

 自分がきたのになぜだ? というようにマックスは首をひねった。


「ああ。それに関しては見てもらえば早い。もう少しだ。来てくれ」


 私は野営地となっている場所に足を踏み入れ、副官へ案内してからマックス達を竜の巣の見える場所に案内した。

 そこは、山と山に囲まれた、盆地となった広大な土地。



 そこがレッドドラゴンに分類される真っ赤な鱗を持つ炎竜の住処だった。



「ここは……」

 そこを見てマックスが絶句する。


 そこは、簡単に言えば火口が存在しているかのようだった。


 だが、ここには実際に火口などはない。元々はただの盆地だ。だが、二日前に突然あのレッドドラゴンが現れ、木々をすべて薙ぎ倒し、炎ですべてを焼き払い、このような有様に変えてしまったのである。


 薙ぎ倒された木々はすべて焼き尽くされ、地面は黒く焼け焦げ、巨大な岩さえ溶けて歪んでいる。



 まるで溶岩が流れた後のような姿だった。



 その盆地の中心に、真っ赤な鱗を持つドラゴンが低いうなり声をあげながらイラつくようにあっちへうろうろ、こっちへフラフラと動いている。


 我々がいるのは盆地を囲む山の上だが、その低いうなり声は盆地の上にいる我々にさえ聞こえてくるほどの音量だった。


 我等のいる山の上にはまだ木々が存在している。すべてが薙ぎ倒された場所は、ヤツの領域。いわゆる縄張りだ。一歩でもその縄張りに足を踏み入れれば、即座に襲い掛からんばかりの雰囲気をかもし出している。



「確かに、これでは近づくこともままならない。拙者でも困ったと嘆くだろう……」

 この現状を見て、マックスが同意してくれた。


 さすがマックス。言わずとも状況が正確に把握できたか。


「そうだ。これから先はヤツの縄張り。討伐にむかいたいところだが、隠れる場所がまったく存在しない。これではヤツに近づくことさえままならない状況なのだ」


「ああ。これではどうしようもないな。下手に近づこうとすれば、迎撃に炎をはかれるだけでおしまいだ」


 マックスはうなずいた。


 怒りに任せて暴れるあれを退治しなければならないというのに、怒りに任せて暴れた結果、こちらも手出しができなくなるとは皮肉な事態だ。



「一個聞きたいんだけど」

 あの帽子の少年が手を上げた。


「ドラゴンが眠るのを待つってのはダメなのかい?」


「それはすでに試した。昨夜一晩チャンスをうかがったのだが、少しでも音がすると即座に反応するのだ。夜はむしろ我等の視界が悪く、今より悪い状況となってしまうだろうな」


「そっかー」

 少年はしょぼんと口元を押さえ、さらに背後に控えるもう一人の黒髪の少年の方へと戻っていった。


 もう一人の方は、ただ静かに竜の方を見おろしている。



「ゆえに我々は今、魔法使い殿の到着を待っている状態だ。彼等の魔法によるサポートを得て、それで総攻撃をかける予定になっている。その時に力を貸してはもらえないか、マックス?」


 今回我々が迅速に出動したにもかかわらず、こうしてここで手をこまねいていなければならない理由がこれだ。


 だが、相手はドラゴン。世界最強の幻獣種を相手にするのだから、優秀な魔法使いを何人も集めなければならない。父上が国王に掛け合い、魔法使いをかき集めているが、それには時間がかかっている。


 ゆえに、我等のできることはあの竜への監視と、周囲への被害が出ぬよう近づく人をおさえることしかできないのが現状なのだ。


 下手に手を出し、我等が全滅してしまっては、あのドラゴンを倒すことすら夢物語となってしまう。



「ふふっ。ならばっ……!」

 にやりとマックスが笑った。


「そもそもなマイク。我等はあのドラゴンを退治しに来たわけではないのだ!」



「は?」



 いきなりなにを言っているんだこいつは。


 冗談は言わない男だと思ったが、諸国漫遊をしている間になにか意識の変わることでもあったんだろうか。いや、でも今までそんな雰囲気はなかったしなあ……



「拙者達は、痛みに苦しむドラゴンを救いに来たのでござる!」


 ますます意味がわからない。



「ふっふっふ。意味がわからないという顔をしているな! 今まで隠していたが、この御仁。ツカサ殿はかの伝説の再来と言われる噂のサムライなのだ!」


「なっ!?」



 驚いて、私は竜の巣をじっと見ている少年へ視線を向けた。



 確かに、あの腰にあるのは刀だ。だが、それはマックスと同じでただのファッションなのだと思っていた。


 マックスはさらににやりと笑う。


 彼の続けた言葉は、さらに信じられない言葉だった。



「さらにこのツカサどのは、ドラゴンの言葉も理解できるのでござる! ゆえに、あのドラゴンは今痛い痛いと泣き叫んでいる状態なのだ! それを、我等は救いに来た。そういうわけなのでござるよ!」


 私は一瞬、くらりとめまいを感じた。


 まるで自分のことのように言ってきたマックスの自慢に、一瞬私の理解力がキャパオーバーをして爆発してしまうかと思った。



 あまりにも突拍子のない話だ。



 今巷で噂になっているサムライ殿が、こんな平凡な少年であったり、その少年が竜の言葉を理解できているなんて、欠片も信じられる要素がない。


 だが、マックスはこんなにも堂々と嘘をつけるような男ではない。



 ……のだが、にわかには信じられなかった。



「しょ、証拠はあるのか?」


「残念だが、ツカサ殿がサムライであるという証拠は出せても、ドラゴンと話せるという証拠はない!」


 ぐぬぬ。とマックスは悔しがった。



 サムライの証拠、出せるのか。と驚くと共に、いや、悔しがるのはそこじゃない。と私は心の中で思った。


 私として知りたいのはサムライであるか否かなので、その証明はむしろ大歓迎なのだが。



「というか、竜の言葉がわかるという証拠がないのに、なぜお前までそう熱弁する?」


 証拠を示せないということは、自分も証拠を見せてもらっていないということだ。だというのにマックスはそのツカサという少年の言葉を信じ、実現させようと私と交渉している。


 それは、なぜだ?



「ふっ。知れたこと。拙者がツカサ殿を信じているからだ!」


 それは、穢れを知らぬまっすぐな目だった。


 前から知っているマックスと同じ瞳。マックスは間違いなく、その彼の言葉を欠片も疑っていない。



 しかし……



 ちらりとまた、竜の巣をのぞく少年を見た。



 実に普通の少年だ。マックスをつれてきた時歩く姿も見たが、身のこなしもとてもじゃないが達人とは思えない。



『残念だが、マックスの言葉は嘘じゃぁないぜ』


「っ!」

 私が少年を疑問の目で見ていると、その腰から声がした。


 腰の声に気づいた少年がああ。と気づいたように私の方を向き、その腰にある刀を前に押し出した。


 するとそれはカタカタと揺れる。



『おう。おれっちの名はオーマ。よろしくな』



 カタカタと揺れたかと思えば、それが声を発した。

 細長い曲剣に、知性を持ち喋るインテリジェンスソード。それは、伝説にも歌われたサムライの武器。刀だ。


 ならばこの少年こそ、マックスの言うとおり今巷を騒がせるサムライであるということにもなる。



 とてもじゃないが、そうは見えなかった。



 私は驚いて、絶句することしかできなかった。


 というか、なぜ彼の近くにいる二人も得意げな顔をしている。



「い、一体なぜ、あのドラゴンが助けを求めていると?」


「それはまだ、わかりません。だから、聞きに行こうと思って」


「なっ!?」


 その言葉に、私はまた絶句する。



 聞きに、行く?



 ドラゴンの話を聞くということは、あの地獄のような場所へ入らなければならないのだぞ?


 だというのに、この少年はそれを恐ろしさを欠片も感じていないような顔で平然と言ってのけたのだ。



 これが、サムライの胆力というのか?



「今手を出せないというのならちょうどいいと思うんです。ちょっと、行ってきてもいいですか?」


 ちょっとって、ちょっとお使いに行くような言い方で言うんじゃない! 三軒となりの八百屋さんに買い物をしに行くんじゃないんだぞ。そんなレベルのことじゃなく、行ったら間違いなく消し炭にされるようなレベルの途方もないお使いなんだぞ! なのになんだそのちょっとって!



「ははっ、あわててるぜあの騎士団長」


「無理もない。先生の偉業を欠片も見ていないのなら、あの困惑は当然だ」


「そーかもな」



 マックスとあの帽子の少年が私を見てにやにやしている。ええい、ここでおかしいのはむしろお前達で、私の反応こそが正しい! ……はずだ。



「団長。行かせてみてはどうでしょう?」

 副官が耳打ちしてきた。


 私もそれはわかっていた。マックスの言葉が真実であるのなら、ここは行かせるべきだろう。


 しかし副官は、例え真実でなくとも行かせればいいと言っている。



「嘘でも真でも、やらせればドラゴンの実情を少しなりとも偵察できます。この偵察はいずれ誰かが命をかけてやらねばなりません。ならば、部下に死にに行けと言うよりは身元もわからぬ彼に命じた方がよいかと思われます」


「……」


 実に非情な判断にも思えるが、副官の言うことも間違ってはいない。私としても、大切な部下に死ねと命じるより、身元もわからぬ彼に命じた方が心は軽い。


 例えこの少年が無残に死んだところで、彼は部外者。我等とはなんの関係もないのだから、誰も責任をとる必要はない。むしろ、『いなかった』者として処理してもかまわない。


 それでドラゴンの情報が得られるのならば安いものだ。なにより、成功した場合は我等の手柄とすればいい。



 どちらに転んでも、我等に損はなかった。



「よし。わかった。ならば行ってきたまえ」


 私は損得も勘定し、うなずいた。



 少年は「よし!」と拳を作り、あろうことか「それじゃいって来ます」とそのまま谷底へと降りていってしまった。


 三度目の絶句である。



 間違いなくこの少年は死ぬだろう。私は確信した。


 とはいえ、期待をしていなかったかと言えばウソになる。



 半信半疑で事態を見守り、私は信じられないものを目撃する……




──リオ──




 ツカサなら大丈夫。そう信じてはいるものの、心配は減らない。


 おいらもマックスも、ひょいひょいと山をくだってゆくツカサの背中をただ見守ることしかできない。

 ついていきたかったけど、間違いなく足手まといにしかならないから、おいらもマックスもついていくなんていい出せなかった。


 そもそも、恐怖の象徴とも言えるドラゴンを相手に、ああも平然とした態度で向っていける人間なんてツカサ以外に存在しないよ……


 そんな姿を見たら、おいらの心配はすぐにどっかすっ飛んで行っちまったよ。



 やっぱ、ツカサは本当にすげぇや。



 ツカサはまるで危険などないかのような足取りでドラゴンの縄張りへ入っていった。



 縄張りにツカサが姿を現し、入りこんだことに気づいたドラゴンは、威嚇するように四肢を踏ん張り、巨大な咆哮を上げた。



 遠くに離れたこの場所にまでびりびりと震えるほどの振動が響いてきて、何事かとあのマイクって騎士団長の部下達がやってきた。


 谷底にツカサが入りこんでいるのを見て、騎士達も驚いたみたいだ。



 でも、そこからヤツ等は、もっと信じられないことを目撃することになるのさ。



 ちょっとかっこつけた言い方をすれば、歴史の目撃者ってヤツだ。


 威嚇するドラゴンに向かい、ツカサは平然と進んでいる。


 なにか声を張り上げているようにも見えるけど、こちらからではなにを言っているのかまったく聞こえない。



 でも、ツカサが近づくたび、竜が怯えているように見えた。



 身を低くしてうなり声を上げ何度も何度も咆哮をツカサに浴びせているけど、ツカサはまったく歩く速度を緩めない。その姿を見て、竜の方がますます怯えているようにも見えた。



 騎士団のヤツ等も、それを見てざわめいていた。



 ただそこにいるだけでドラゴンを怯えさせるなんて、普通じゃ考えられないことだからな。

 でも、ツカサはそんな範疇に収まる人間じゃないんだよ!


 おいらはいい気になり、ふふんと胸を張って口を開いた。騎士団のヤツ等に教えてやるために。



「ふふっ。当然だろ。なにせツカサは……」

「ドラゴンが怯えるのも当然である! 先生はあの不死身のエンガンをも気合だけで消滅させた、伝説の再来なのだからな!」

 マックスに、おいらの発言、とられた。



 おおー。と騎士団から感嘆の声がマックスに上がる。



 あの野郎。おいらにまで自慢するかのように胸を張って鼻を鳴らしやがった。お前の手柄じゃないだろうが。それはおいらがあびる喝采だったんだぞ!


 ツカサとドラゴンの様子を見て騎士団達も納得しているようだった。



「あのドラゴンの怯えようを見ると、エンガンを気合で倒したというのもあながち……」


「まさか、噂のサムライがあんな少年だったとは……」


 ざわざわと、騎士団の連中がざわめく。



 マイクも「まさか……」と驚いているようだ。やっぱ、信じてはいなかったみてーだな。



 そうこうしていると、むこうにも動きがあった。


 ドラゴンがついにツカサの気合に負け、屈服するように頭をさげ、アゴを地面につけてひれ伏したのだ。



 戦いならば、これでもう終わり同然だ。



「なんとっ!」


 剣も使わずドラゴンを屈服させたツカサを見て、騎士団達は驚きの声をあげる。


 ふふっ。驚くのはこれからだろ。



 なにせツカサの目的は、ドラゴンを屈服させることじゃない。その命を救うことなんだから!




──ツカサ──




 マックスの知り合いのマイクという人のおかげで俺達はドラゴンの住処となっているところまでやってくることができた。

 色々と暴れているようで、騎士団の人もマイクって人もどこか竜に怯えているように見えた。


 でも、俺にしてみればあそこにいるのは痛くて痛くて泣いている怪我人のようにしか見えなかった。



 現に今でも、谷底で『痛いよ、痛いよ、助けて』とぐずぐず泣いているように助けを求めていたからだ。



 ああして暴れているのは違うことをしていないと痛くて痛くてたまらないからだろう。

 トイレを我慢してうろうろしているような状況に似ている。なんて思ったけど、これはちょっと違うか。


 ともあれ、あのでっかい怪我人に話を聞いて痛みの元を聞いてやらないとならないだろう。


 あんなに痛い痛い助けて助けて言っているのだ。いきなり炎をはかれたりもせず、きっと話くらいは聞いてもらえるだろう。


 騎士団長だというマイクさんに許可をもらい、俺は谷底へ降りていった。



 恐怖はなかった。



 やっぱり、俺しか救えない怪我人を助けなくちゃ。という不思議な使命感が働いていたからだろう。



 進んでいくと、また悲鳴が聞こえた。



『痛いよー!』



 よほど痛いのか、そのままのたうち回るように体を揺らしている。


 少し急ぐと、ついにさえぎるものがなにもない谷底へ到着した。


 ここからなら声が届くかと思い、俺は口を開いた。



「おーい。俺の声が聞こえるかー?」



 俺が声を張り上げると、びくっと竜が震えた。


 俺の方を見て、なにやら警戒している。


 その態度から、どうやら俺の言葉が理解できているのは間違いない。



「俺の声が聞こえているなら、返事をしてくれー」



『だ、誰!?』



 おお、返事が返ってきた!



 人間以外と会話したのは……あ、オーマがいたけど、別の生き物と会話したのはこれがはじめて。ちょっと感動である。


「俺だよ俺。俺の言葉、わかるかー?」


『あ、あたしの言葉がわかるの?』

 なんか、話し方が若い女の子みたいだ。これにまずびっくりだよ。



「ああ、わかる。痛い痛い。助けてと泣き叫んでいるのが聞こえたから、助けに来た」



『なぁー!?』


 なんと言えばいいのだろうか。人間で言えば恥ずかしさで一瞬にして茹ダコのように真っ赤になった。そう表現したいイメージがわいてきた。



 相手は真っ赤なトカゲだけど。



『そ、そ、そうか。ワシの声を聞いたか。くくっ。ワシが人に助けを求めるようなことはない。そ、早々に立ち去るがよい!』

「いや、今更取り繕われても手遅れだから」


 あ、スゲェ勢いでシュンとした。


 なんか小動物が悲しいことあって落ちこんだ時みたいだ。


 やっぱりドラゴンというだけあって、プライドも高かったんだろう。誰も聞いているとは思わず、痛い痛い助けてと叫んでいたのを聞かれていたのはやっぱりショックなんだろう。


 一人だと思ってなんかバカなことをやっていて誰かに目撃された時と似ているのかもしれない。



 ……うん。死にたくなるね。



 思い当たった俺も、少しずーんと沈んだ。


 だが、今はそんなことは言っていられない。



「痛い痛いって切実だと思ったからこっちにきたんです。どこが痛いんですかー?」


 一応、プライドがあるみたいだから敬語に言葉を変えてみた。


 これで少しくらい軟化してくれるといいんだけど……



『むっ、むうっ……!』


 ドラゴンが黙りこんだ。



 プライドと激痛を天秤にかけているんだろう。



「怪我をしたんですかー? それとも病気ですかー? どうか教えてくださいー」


 俺はドラゴンに向けて言葉を続ける。


 怪我なら、妖精の粉という治療の薬が少量だがある。それを使えば治せるんじゃないかと思うんだけど……



『それでは、人に助けを求めるなんて、ワシのプライドが……』



 ぐぬぬ。と頭を抱えるように動いた。


 その瞬間。



『いたっ。いたたたたたたた!』


 と、悲鳴を上げながら身をよじった。



「ほら、無茶しないでください。一体どこが痛いんですか!?」

『せ、背中の……翼のつけ根あたりがとっても痛いの……助けてぇ……』


 もう取り繕う余裕もないのか、完全に涙声だった。



 人間と同じように痛くて痛くてたまらない時は威厳だのなんだの言っていられなくなるんだな。


 背中。しかも翼のつけ根のあたりとなると、体の下からじゃまったく見えない。



「わかりました。見てみますから背中に登ってもいいですか?」

『なんでもいいから、たすけてぇ……』


 竜はぐったりとして、アゴを地面につけるようにして、人間で言うところのうつぶせの状態で地面に転がった。



 完全にぐったり状態である。


 そこまで痛いってのはなにが原因なんだ?



 俺は前脚の鱗に足をかけ、竜の体を昇っていく。



 近づいてみてわかったが、ドラゴン、やっぱでけぇ。全長は五十メートル近くはあり、ぐったりとした状態でも体の厚さは三メートルを超えているんだから異世界の生物ってスゴイ。


『痛い。早く、早くなんとかしてー!』


 時々びくぅっと竜が体を震わし、俺は振り落とされないよう慎重に背中へあがり、ごつごつとしたその皮膚の上を進んでゆく。


 翼があるから、あんまりゴロゴロされる心配はないと思うけど、そんなことされたら一巻の終わりだな。と思いつつ、背中。羽のつけ根あたり。位置としては首のつけ根あたりでもある場所へと近づいてゆく。



「翼のつけ根が痛いっと……」



 そこに向うと、俺は目を疑った。


「なんだこりゃ……」

 思わず声が漏れた。



『こりゃあ、剣だな』

 オーマも思わず声を上げる。


 ドラゴンの背中にあったのは、一本の剣だった。


 真っ黒い十字を思わせるような剣が翼の間に刃の根元近くまで突き刺さっていたのだ。


 こんなのが体に突き刺さってりゃそりゃあ痛いわけだぜ。



 人間で言えば背中にボールペンが刺さったようなもんだよこれ。しかも手が絶妙に届かない背中に。



『しかもこいつは……』


 このまま、オーマは黙ってしまった。


 なんだろう。と思ったけど、会話をしている場合じゃないので後回しにすることにした。



「あのー」

 俺は、竜に向って声をかけた。



『なに!? 痛いのなにかわかったの!?』


 どこかぶっきらぼうな答えが返ってきた。痛くて痛くてイライラしているのだろう。


 俺は刺激しないよう気をつけながら、なるべく優しく声をかける。


 そういうの苦手だけど、相手を怒らせて潰されたくはないからな。



「えーっと、剣が刺さってますよ」



『なにそれいつの間に!?』


 気づいてなかったのか。いや、気づいてれば言っているか。



「それはいつからは知らないけど、これが抜ければ痛みは引くんじゃ?」


『そ、それ! 頭いい! その通り。だから早く抜いてよ!』



「わっかりましたー。ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね。振り落とされたらたまらないから」


『わ、わかったー』


 素直にそう言ってくれるのはいいんだけど、ほんとに動かないでくださいよ。絶対だよ。



 俺はこの黒い剣の柄に手をかけ、両足を肩幅の広さに開いて踏ん張った。


 最大の問題は、俺がこれを引き抜けるかってことなんだけど……



「ふんっ!」



 気合を入れて、力いっぱい剣を引き抜くのに挑戦してみた。


 ぐっという手ごたえと共に、一ミリくらい剣が動いた気がした。たぶん。


 いや、間違いなく、一ミリくらいは動いた。きっと。



「んにゅー!」


 さらに力を入れると、変な掛け声がもれちまった。




 ずずっ……



 その瞬間、ほんのちょっとだけ手ごたえがあった。


 一ミリなんていわず、二ミリくらい動いた手ごたえが。



 でも……



『いだだだだだだだあぁぁぁぁあ!』



 ドラゴンが痛みに大きな悲鳴を上げた。


 直後、びくんと体が跳ね、竜は地面をのたうち回る。


 まるで牛のロデオのようにどったんばったんと地面を跳ね回りはじめた。


 俺はとっさに、柄を握りなおして足を踏ん張り、振り落とされないように耐える。



「ちょっ!? やめっ、やめー!」


 俺も悲鳴のような声をあげるが、相手はまったく聞いてくれない。むしろよりひどく暴れはじめた。



 ロデオのように上下に揺さぶられ、ドラゴンは痛みのもとである剣を俺ごと振り落とそうとしている。


 俺の方も振り落とされたらたまらないので、必死に耐えた。



 ずずっ……



 でも、それがいけないとすぐに確信した。


 なぜドラゴンの暴れるのがとまらないかすぐに理解できた。



 俺が剣を握ったことにより、常に刺激が与えられてしまっている状態になっているからだ。


 ドラゴンが痛みで動けば、それに応じて傷口で剣が動く。それがまた激痛になって竜が暴れる。とんでもない悪循環だった。



 しかも、俺がちょっと動かしたおかげで剣が少しずつ抜けはじめている。


 上下に動くその力と、俺という重石によって剣も抜けようとしているのだ。


 だがそれもドラゴンの動きに拍車をかける。ドラゴンが動けば剣が動き、背に激痛が走りまた暴れる。



 上下に動くたび剣が少しずつ動いてゆく。



 やばい。これはやばいよ。このまま手を放せば俺は地面に放り出されるし、このまま柄を握り締めていても俺は空中に放り出される。


 どちらを選択しても俺は空中に放り出されることが確定し待っている。



 待て。動くの待ってー!



 必死に心で念じるが、当然通じるわけがない。もう踏ん張るのに必死で声なんて出せるような状態でもなかった。


 どったんばったんと竜があばれ、徐々に剣の動き幅が大きくなり……




 すっぽん。




 ついに、恐れていた事態が起こった。


 なんとも小気味のいい音を立て、その剣は竜の背中から、抜けた。



 ノオオオォォォォー!



 俺は、空中に放り出された。



 ものすごい勢いで、上に。



 ドラゴンの立った高さどころの話じゃない。三階くらいの高さまで俺は上昇し、そのまま重力にしたがって落下をはじめたのがわかる。


 素敵な浮遊感を味わいながら、俺はさぁっと血の気が引いたのがわかった。



 やばい。やばいやびあyばいあ!



 あばばばばば。と声にもならない悲鳴を上げながら、俺は空を回転する。


 頭の中はめちゃくちゃだ。声なんてまともに出ない。



 だが、せめて、せめて足から降りよう。そういう本能だけは働いた。足から落ちれば、命はなくならないからだ。生きてさえいれば、万能の治癒薬。妖精の粉でなんとかなる! ……といいな。


 ぐるぐると回る視界の中、そんな本能だけが動いていたけれど、今どちらが空でどこが地面なのかもわからなかった。



 ははっ。こりゃダメだ。



 俺は死を半ば覚悟し、自由落下に身を任せることにした。




 ぼすっ……




 でも、俺は死ななかった。


 もうダメか。と諦めていたその時。なにかが俺を優しく受け止めてくれたのだ。



 なんと、ドラゴンがやわらかい腹を上にして、俺を受け止めるようにスライディングしていたのである。



 俺はその腹の上に、まるで足から着地したように片膝をついていた。


 いくら足から落ちたといっても、この柔らかい腹の上に着地できなければ間違いなく両足粉砕骨折をしていただろう。

 だが、ドラゴンのおかげで怪我はまったくなかった。



 ……つまり、助かった?



 俺はキョトンとしながらも、ほっと胸をなでおろした。



『かかっ。どうやら助ける必要はなかったようじゃな』

 足の下から竜の声が聞こえてきた。


「いや、助かったよ。おかげで命拾いした。これで貸し借りはなしだね」


『かかっ。言うてくれるわ』


 竜が、笑った。



 やっぱり、背中から剣が抜けたことにより、痛みが消えたからだろう。


 どうやらのたうち回る時背中を地面にこすりつけなかったのは翼が邪魔だったのではなく、剣がさらにめりこんで痛みが増すからだったらしい。あれだけ刃がめりこんでいたのは、すでに何度かやったからだったりするのかも……


 その言動も、どこか余裕がある。痛い痛いと泣き叫んでいた少女のような雰囲気ではなく、落ち着いた老人のような雰囲気をかもし出していた。



「……」


 今更俺に取り繕ってももう遅い。と思ったけど、それを口にすると頭から丸かじりされるような予感がしたのでやめておいた。


 腹の上から滑り降りると、竜は元の四足で地面を踏む形に戻った。



 そして、降りてみた時に気づいたんだけど、周囲がなんかあったかい。


 たぶん剣を抜く時あのぎゃーすかやっている時、痛みに耐えかねてあの竜炎はいてたな。俺、背中にいてホントよかったよ……



『それか。ワシの背に刺さっていた剣は』



「あ、そうです」

 じっと、竜の瞳が俺の手に収まる黒い剣をじっと見ていた。



 俺もそれに視線を移す。



 一体成型のシンプルな形をした黒いロングソードだった。刃から柄まで、全部同じ金属のようなものでできている。

 刃の方はドラゴンの血液っぽいものがついているけど、結局色は真っ黒だ。


「あ、背中の傷、大丈夫ですか?」


『平気じゃ。すぐにふさがる。それより、この剣。つまりは人がワシに……いや、どうやら違うようじゃな』



 ドラゴンは俺の手に握られた黒い剣を見て、なにか納得したようにうなずいた。



 俺は首をひねった。これは明らかに剣であり、人の手で加工されたものなんだから、人が刺したものなんじゃないの?



『この剣のことは人であるぬしらの方がよく知っておろう。それに関しては不問とする』

「はあ」


 よくわからないけど、教えてはもらえない上よくもワシの背中に突き刺してくれたな人よ。なんて言われないようなので俺は調子を合わせてうなずいておいた。



 空気を読むって大事だからね!



『人よ、感謝する』


「いえいえ。困った時はお互い様ですから。さっきも助けてもらったし」


『かかっ。ちゃんと着地できていてお互い様。か。ならばこれをやろう』


 竜は自分の頭部にある鱗を一枚剥ぎ取ると、俺に手渡ししてくれた。



 大体手のひらにすっぽりと収まる、赤い鱗を。



「これは?」


『ワシの力のこもった鱗じゃ。炎からの害やぬしを傷つける危険から守ってくれるじゃろうて』


 おお、それはスゴイ!



 そんなありがたいものならば、ぜひ遠慮なくもらってしまいます!



「いいんですかもらっちゃって?」


『かまわん。さっきのあれで貸し借りなしなど、ワシのプライドが許さんからな!』



(ちゃんと着地できていたというのに、ワシが助けてしまったことに気を使っているのがバレバレじゃ!)


 十分に貸し借りゼロな案件だとは思ったけど、そういうのなら素直に受け取っておこう。



「でしたら、ありがたくいただいておきます」



『くくっ。それでよい。もしあたしが情けなく泣いていたと少しでもバラせば即座に殺してやれるからな!』


「……口からもれてまっせ」


 そーいう理由があったんかい。

 俺は苦笑するしかできなかった。



『しまった!』

 このドラゴン、意外におちゃめさんだね。



「これ、お守りとしての効果はちゃんとあります?」


『もちろんじゃ! ちゃんと炎と防御の守りはある! ただあたしの秘密をバラした時、持ち主を自動的に焼き尽くすだけじゃ!』


「持ち主を燃やすの?」


『うむ!』



 えっへんとふんぞり返った。こう話していると、やっぱり人間と話しているのとあんまり変わらないなあ。って気がしてくる。



「わかった。なら問題なし。もらっておくね」


『へっ?』


「へって、もらっちゃまずいの?」


『わ、悪いわけないけど、いいの?』


「せっかくお礼でくれたんだし。ありがたくもらうよ?」



 元々ドラゴンが情けなかったなんて話すつもりは最初からないからね。というか言っても信じてもらえないだろ。むしろ、俺にはこのメリットの方が大切。とっても大切。



『そ、そうか……』

 なんか、困惑させてしまった。


 くれるというものをもらったってのに、なんなのさ。俺は攻撃力よりもこういう防御力をあげるモノが欲しかったんだよ。だって生存能力アップするから!


 だから、もう返せといわれても返さないぞ!


『ふふっ。おぬしは、あれじゃな』


「あれ?」


『阿呆というやつじゃ』


「ひどい言われよう」


 まあ、自爆装置つきのものを欲しいというのだからそりゃ当然か。


 俺は自分の行動を笑ってしまった。



(ワシは、人間という存在を少し侮っていたらしい。燃やされると知ってもなお笑ってそれを持つという。つまりそれは、ワシのことを決して言わぬという誓いのようなものなんじゃから……)



『人間よ、我が名はアラバ。覚えておけ。して、ぬしの名はなんという?』


「ツカサだけど?」


 突然聞かれたので、本当に名前しか言えなかった。



 あれだよ。びっくりしただけで、口がまた回らなくなったとかじゃないよ!



『そうか。ツカサ。ワシは再び眠りにつく。もう会うこともあるまいが、お前の名は覚えておこう』


「眠る?」


『かかっ。ドラゴンとはな、活動期と休眠期というのを繰り返し生きてゆくのじゃ。本来ならばワシはまだ休眠期の最中で、あと千年は寝ておるはずじゃった。じゃが、あの剣が刺された痛みで目が覚めたというわけじゃ』


「へー」



 休眠期とは、いわゆる冬眠に近いものらしい。別に季節は関係ないようだが。一定の期間活動し(睡眠もとる)、そして一定の期間力を蓄えるために活動を停止する。ドラゴンとはそういうものらしい。


 このドラゴンも、この黒い剣が刺されるまでは休眠していたらしいけど、刺されて痛みで起きたということらしい。



『ではな!』


 説明を終えたドラゴンは、ふわりと空に飛び上がった。


 彼女は一度大きく上昇し、まるで地面へダイブするかのように地面へつっこんでゆく。



 たゆん……



 ドラゴンが地面と激突した瞬間、まるで池にでも飛びこんだかのように地面に吸いこまれて消えていった。


 地面に小さな波紋が生まれ、少しだけ波うった。



 竜と共に舞った風が消えると、まるで最初からなにもいなかったかのような静寂が戻ってきた。



 どうやら無事、ドラゴンは助けられて、この一件は終わったみたいだ。




──オーマ──




 相棒がドラゴンを助けに行くって聞いた時、なんでだ? と思ったが、ドラゴンの背中に刺さっていたダークソードを見てそうだったのか。と理解ができたぜ。


 きっと相棒はおれっち達の上を飛んで行った時それに気づいたんだろうな。


 しっかし、相棒が本当に竜と話せるとは思わなかったぜ。てっきりアレが刺さっていると気づいたから助けを求めていると思っていたんだがなぁ。


 さっすが相棒。としか言いようがねえや。



 ドラゴンが地に帰り、休眠したのが確認できた。



『しかし相棒、ひょっとしてさっき名を告げたの、ドラゴンに名を聞かれたからなのか?』

「ん? そうだけど? あと、名前も教えてもらった」


 あっけらかんと俺の質問に答えを返してきた。


『マジか』


「それがどうかした?」


 かー。クールだね。高位のドラゴンは知性を持ち人の言葉も理解できる。そのドラゴンに名を伝えられ、さらに名を聞かれたてことは、ドラゴンに認められたってことだぜ。ドラゴンはプライドが高くて、滅多に他者を認めない。人類の中で名を覚えられたヤツなんて片手で数えるくらいいるかいないかだってのに、その態度だ。


 認められて当然の実力を持っているとはいえ、浮かれもしないとは、その器のでかさに感服するぜ。


 いやむしろ、この場合は相棒がドラゴンて存在を認めた。名を教えてやった。って考えた方がいいかもしれねえな。相棒ほどの男だ。むしろドラゴンより上でもなんら不思議はねえからな!



 さすが相棒だぜ!



「そういえばオーマ。その剣についてだけど……」


『ああ。そうだったな』


 ドラゴンと名前の件はもういいといわんばかりに、相棒が告げてきた。


 そうだよな。すでに去った危機より、目の前に現れた別の危険の方が大事だよな。



 アレを見てから黙りこんじまったから、おれっちのことを気にかけてくれたのかもしれねえな。



『そいつについては、むこうに戻ってからにしようぜ』


「わかった」


 これについては、相棒とだけ話すより、あの騎士団も交えて話した方がいいだろう。



 この問題は、この国を巻きこんだ大問題にもなりかねねぇからな。



 俺達は、勝利に沸く騎士団達の野営地に向かい歩き出した。




──マイク──




 まさか、姿を見せただけでドラゴンを怯えさせるとは、あの少年はその圧倒的な気配だけでドラゴンをも退けるほどの存在。本物のサムライだというのか……!


 ドラゴンが地に伏せ、少年がドラゴンの元へと近づくと、その体はドラゴンの影に隠れて見えなくなってしまった。



「どこだ?」

「一体どこへ消えた?」


 期待してみていた我々は、どこへ消えたのか探した。しかし、見つからない。そうしていると……



「ギャオオオオォォォォォー!!!!」



 ドラゴンが今まで聞いたこともない巨大な咆哮を上げ、のたうち回りはじめた。


 体を上下に揺らし、足をばたつかせ跳ねるように動き回る。それはまるで、なにかを踏み潰そうとしているかのようだ。


「くっ。やはり治療など無理な話だったのだ!」


 しょせんは獣。会話など成り立つはずがない。彼は、竜の逆鱗に触れてしまったのだろう。



 ドラゴンはあたりを踏み潰そうとするどころか、炎までふきはじめた。



 あれではいくらサムライといえどもひとたまりもないだろう。あの場に、安全地帯は存在しない。


 なんて強力な炎だろうか。



 熱風がここにまで届き、我等は生身の部分が焼けるような思いがしてその場から少しさがらねばその熱さに耐えられなかった。


 我々はあんな怪物をたった一つの騎士団で相手にしようとしていたのかと戦慄する。



 ドラゴンを退治するのは騎士の誉。すべての騎士の憧れであるが、あれを相手にするのは正気の沙汰でないというのがわかった。


 空さえ飛び、あんな強力な火炎をふく存在を相手にするのは、騎士団という集団ではなく、物語に謳われる勇者にしかできぬ偉業なのだと我等は思い知らされた。



 アレを退治するのに必要なのは、多数の兵ではなく、圧倒的な力を持った唯一無二の英雄なのだ。


 地がじゅうじゅうと蒸発し、我等のいる山の上まで陽炎が立ち上り、盆地を覆う巨大な炎の柱と共に我等の視界を完全に塞いでしまった。

 残るのは、音だけ。



「ガアアァァァァァア!!」



 響くのはドラゴンの地を震わすほどの巨大な咆哮と、噴出す炎の轟音。そして、地を破壊する音のみだった。そこはさながら戦場のようだ。いや、戦場など生ぬるい。そこはまさに、地獄……!




 しんっ……!




 しかし、その音は突然途絶える。


 盆地で生まれていた巨大な破壊音が突然とまり、沈黙の帳が舞い降りたのだ。


 何事か。と我等が身を乗り出すと、谷底より突風がふき、突然視界が広がった。

 炎が消え、熱による陽炎も失われ、映し出された光景。



 私達は、目を疑った。



 一言で言えば、信じられない。という光景だった。


 そこには、仰向けに倒れるドラゴンの姿があった。



 そして、その腹の上にはあの少年が膝をたてて座っている。



 地面にはなにか巨大なモノがスライディングでもしたかのようにこすれた跡があり、その終点には仰向けになったドラゴンがあるという状態だった。



 そこから導き出される答えは、ドラゴンの腹に蹴りを入れ、地面に叩きつけたという荒唐無稽なものだった。



 そう考えれば、あの削られた地面と、まるで腹に蹴りを入れ、着地したようにして腹の上にいる少年の状態にも説明がつく。


 あまりにもありえない事態。だが、状況を見るとそうとしか考えられない。



 サムライとは、怒り狂ったドラゴンを、蹴りでしずめるなんて出鱈目なことさえやってのけるというのか……!


 私はその圧倒的な強さに戦慄を覚えた。ちらりとマックス達を見ると、私の視線に気づいた二人は自慢げに胸を張った。



「ま、さか……」


「そのまさかさ! ツカサは暴れるドラゴンをしずめるために蹴り倒したんだよ!」


「きっと素直には治療を受け入れなかったのだろう。ツカサ殿もご苦労なされた……」


 あの帽子の少年とマックスがやれやれとため息をついている。


 驚愕の表情をあげる我々と違い、二人はこうなるのも当然の結果だといわんばかりの表情だ。



 まさか、サムライに同行する彼等にしてみれば、あんな超人的な事態はすでに見慣れているということなのか!?



 蹴り倒されたドラゴンは、おとなしく少年にしたがっているように見えた。

 ドラゴンさえも従えてしまうその圧倒的な力。あれこそが、伝説の再来。いや、伝説を超える者……!


 私は、彼のその力をまったく感じられなかったことを悔しいと思った。



 ドラゴンと彼は和やかに会話をかわしている。


 あの様子から、本当に彼はドラゴンの言葉が理解できているのだと見てとれた。



 サムライでありながら、伝説の竜の巫女と同じ力を持つとは、なんという方なのだ。



 しばらく会話をし、まるで握手のような行為をした後、ドラゴンは一度飛び上がり、そのまま地の中へ消えていった。

 地に消えたということは、休眠に入ったということである。


 これは竜と会話ができたという伝説の竜の巫女が残した竜の生態に関する伝承とも一致するので間違いないだろう。


 次にヤツが地上に姿を現すのは、よほど特別な理由がない限り数百年。下手をすれば数千年後となる。



 それまでにこの地に対策の種をまいておけば、もうこのような事態になるようなことはないだろう。



 つまり、今せまった危機は去ったのだ。


 それに気づいた私の部下達は、大いに沸きあがった。



 ドラゴンをたった一人で殴り倒した英雄の誕生に立ち会えたのだから当然だろう。



 もう一つ言えば、あの凶暴なドラゴンと戦わずにすんだ。という安堵もあると思う。サムライがあっさりと倒して見せたが、我等マクマホン騎士団だけではどれだけの被害が出たかわからないほどの相手であった。


 正直言えば、我等だけで倒せなかっただろう。



 そのドラゴンを追い払ってくれたのだ。歓喜の渦が沸くのも当然だ。



 もっとも、この後ドラゴン退治の報酬も名誉も、「俺は倒していないんだからもらえない」とサムライ殿にあっさり断られることになるのだが。


 確かに倒していないし、目的は助けることだったのだから当然かもしれない。



 そして、その手柄は私の手に回ってきた。



 不思議なものだな。手柄は横取りしてやろうと考えていたというのに、いざそれが手元に転がりこんできても、まったく嬉しくないとは……


 あとで気づいたことだが、私もマックスと同じようにあのサムライ殿の男気にほれてしまったようだ。



 サムライ殿が帰還し、大歓迎ムードとなったが、彼が前に出した漆黒の剣により、我等の状況は一変した。



「これが、竜の背中に刺さってた。これのせいであの子は暴れていたみたいです」


 彼はその剣を前に出し、そう言った。


 いつこれを抜いたのか、それはわからないが、この剣に私も、マックスも。そして私と共に戦ってきた歴戦の部下達も顔色を変えた。



「「こ、これは……!」」


 私とマックスは同時に声を上げた。



 これを知る部下達も、同じ驚きと共に息をのんだ。



「これは、まさか……」


『ああそうさ』

 サムライ殿の腰にあるインテリジェンスソードがうなずいた。


 私は確信し、戦慄した。



 これはダークソード。



 サムライに刀があるように、ダークシップよりこの地に降り立った『闇人』と呼ばれる黒い人型の怪物も武器を持っていた。通称『ダークナイト』と呼ばれるそいつらの持つ剣。それがあの闇を固めて生み出されたような漆黒の剣なのである。


 これをもつ『ダークナイト』は数こそ多くないものの、サムライに匹敵する強さを持ち、一時我等を絶望の淵まで追いこんだ。


 私もマックスも、十年前、ヤツ等と戦ったことのある者ならば間近でこれを見たことがある。



 ゆえに、一目見ただけでそれがなにか、すぐわかったのだ!



 これがここにあるということは、二つの可能性が考えられる。


 一つはかつての決戦でこの剣を手に入れ、利用した何者かがいるという可能性。


 もう一つは、かの『闇人』が再び世に現れ、暗躍しているという可能性だ。



 前者ならばまだいい。後者であれば、世は再びあの暗黒の時代に突入してしまう。



 いくらサムライという希望が再び現れたといっても、たった一人では厳しいはずだ。


 どちらにしても、どんな理由があってドラゴンへこの剣を突きたてたのか、その目的はわからない。



 むしろ、これはなにかのはじまりでしかないように思えた。



「これは早急に国王へお伝えせねばならないようだな」



 私の言葉に、マックスはうなずき、部下達も即座に同意してくれた。


 この際彼にその剣をこちらに渡すよう頼むと、快く手渡してもらえ、さらに報酬などの件を断られた。



 確かにサムライは『闇人』と敵対している。彼は今回の一件でこの剣がかかわっていると気づき、ドラゴンを助けたのだろう。


 しかし、彼はこの国では部外者。この件で自分が中心となるより、この国の者。私が中心となる方が対策や根回しをしやすいと考えたのだろう。


 サムライという立場は確かに強力だが、その力は逆にねたみの対象ともなりかねない。まだ『闇人』がいると決まったわけでもないのに自分が表に出るのはよくないと彼は考えたのだろう。


 まったく、なんと深い考えを持って動くお方なのだ。



 マックスが彼を師とあおぐのも無理はないように思えた。



 とんでもない男に弟子入りを願ったもんだよ。お前は。


 ちょっと、羨ましいくらいにな。


 だが、私には私のやるべきことがある。



 浮かれムードもダークソードの発見により吹っ飛び、我等は即座にこれを王へ知らせるため、撤収の準備に入った。



「ああ、そうだ」

 私は馬に飛び乗った直後、サムライ殿をふくめたマックス一行へ振り返った。



「今度我が街。サイドバリィで武闘大会が開かれる祭りが開催される。余裕があるならきてくれたまえ」



 私は彼等にそう伝え、ダークソードの件を国王に伝えるため走り出した。




────




「……」


 マイク達マクマホン騎士団が馬に乗り去ってゆくのをツカサは手を振って見送りながら、ツカサは思った。



(みんな、あの黒い剣を見て驚いていたけど、一体なにに驚いていたんだっ!?)



 オーマもマックスもマイクも他の騎士団もあの黒い剣。ダークソードを見て「あれは!」「これは!」「間違いない!」とわかっている人同士で会話していたため、この世界についてなんの知識もないツカサにはなんのことだかさっぱりな状態だった。


 リオもダークソードに関して実物は見たことはないが、十年前の件については聞いたことがあるので、周りの雰囲気でそれがなんなのか大体の察しはついているが、そんな知識のないツカサはそれすらもできない。



(くくっ。だが、俺はあれがなんなのか推測はできた!)



 心の中で、くわっと気合を入れる。緊迫した雰囲気と、彼等の会話からツカサはあの剣にある推測をたてていた。


(それはずばり、あれはとっても価値のある剣なんだ! だから王様に献上して褒められようとしているに違いない! 今回マックスの友達の人。マイクさんの手柄を奪ったような形になったから、その埋め合わせとしてあの剣を持っていこうと考えたんだろう。だから俺は、空気を呼んで褒美を断った。なんでできる男なんだろう、俺は)


 むふふ。とツカサは上機嫌に笑った。

 命を守るためのドラゴンの鱗を得た上、知り合った人にいいことをしたのだから気分は上々なのである。



 横にいたリオは、上機嫌に微笑むツカサを見て嬉しくなった。



(ツカサ、どこか嬉しそうだな。やっぱ、戦うことが仕事の騎士団とはいえ、被害がなく終わったのが嬉しいのか。おいら騎士団とかそういうのはあんまり好きじゃないけど、ツカサが助けられていいと思うのなら、おいらもうれしいよ!)



(さすが、ツカサ殿でござった。不死身のエンガンどころか、ドラゴンさえ相手にならないとは、不肖マックス、先生に一生ついていく所存であります!)

 ちなみにこれは、二百八十二回目の誓いだ。



『(ダークソード。やっぱ、相棒がこの国に使わされたのはそういうことなのか。やっぱ、国に帰るため西へ行かなきゃならねえのは間違いないな。この国を、いや、この世界を救うために!)』

 オーマは再び心に誓うのだった。



「とりあえず、祭りがあるみたいだからそこによっていこうか」


「いいのかい!?」


『なに。通り道だ。いいんじゃねえか?』


「なら拙者が案内させていただきます! お任せくだされ!」

 騎士団が完全に見えなくなり、いつもの雰囲気に戻った彼等は、再び西に向って歩き出した。



 次の目的地はサイドバリィ。


 マクマホン領最大の街である。




 おしまい

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