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金牛 episode.1&side

「……妙だな。どうも、おかしい」

「シュテル?」

 いつものように合成に勤しんでいたある日、シュテルが考え込むようにポツリとつぶやいた。

「いや、あんたの送り込んだエレメントがな……」

 そう言いかけるも、どこか上の空で、再び口を閉じてしまう。

「……悪い。おれ、ちょっと出かけてくる。今日は採取には付き合えない。代わりの奴を呼んでくるから、そいつと行ってきてくれ。あんまり遠出はするなよ!」

 言い置いて、慌ただしく歩き去ってしまった。

「何だったんだろう……?」

 理由は分からないけど、でも、シュテルのあんな慌てた様子は珍しいな。


 -*-


「久しぶり、主神。元気にしていた?」

「あ……はい。ティアさんこそ」

「ティアさんなんて。ティアでいいよ。主神とはそんなに歳も違わないしね。敬語もいらないよ。友達みたいに接してほしいな」

 そういって、ティアさん……ティアはにっこり笑ってくれる。

 金牛宮のティア。優等生然とした、ゆったりした空気は相変わらずで、どこか落ち着くような、安心感を与えてくれる人だ。

「今日は副神がいないからね。なるべく安全な採取地にした方がいいと思う。散歩がてら、ナーエの小川にでも行ってみようか」

「うん。よろしくね、ティア」



 ナーエの小川。私が最初に来た採取地だ。

 前に来た時からそれほど日にちは経っていないのに、随分と時間が経った気がする。

 あの時はシュテルとも今ほど仲良くなかったな。

 そんな事を考えながら採取をしていると、ティアさんに声をかけられた。

「そういえば、主神はもう十二柱の皆と会ったんだよね。どうだった?」

「うっ……。どうだった、と聞かれると、なかなか素直に答えにくいものがあるなあ……」

「はは、それが充分答えになっているよ。自分で言うのもどうかと思うけど、結構変わった人が揃ってるもんね」

「そんな! 確かに十二柱の中には、こんな人とどうやって仲良くなればいいんだっていうような変な人も多いけど、ティアはそんなこと全然ない――」

 あ。しまった。思わず正直に変な人って言っちゃった。

「はは、いいんだよ。確かに変な人もいるよね。僕でも、一対一になったらどうやって接したらいいのか迷う人も居るもん」

 そんな風にティアが冗談めかして笑ってくれて、ほっとする。

 ほんとに優しい人だなあ。


「採取も、大分進んだね。少しその辺りで休もうか」

 柔らかそうな草が生えた川辺に、ティアが腰を下ろす。私もそれに続いた。

「主神、ちょっと手を出してもらえる?」

「?」

 ティアに言われ、掌を上に向けるようにして、両手を差し出す。

「はい、これ。あげる」

 その手の上にそっと、小さな袋が乗せられた。りんごほどの大きさで、だけど軽い。綺麗にリボンがかけられている。

「これは……?」

 目の前にかざすようにして見ていると、袋からふわっ、と爽やかな香りがした。

「ハーブティーだよ。家にあったものを、おすそ分け。好きだったらいいんだけど」

「うわあ、――ありがとう! すごくいい香りがする。気分が軽くなるっていうか……」

「気に入ってくれてよかった」

 そう言って、ティアは満足そうに笑う。

「ほんとに、ありがとう。でも、どうしてこれを?」

「ああ――大した理由じゃないんだ。主神が少しでもリラックスできればいいと思って、それで」

 柔らかく私に微笑んで、ティアは続ける。

「――主神は、全然違う世界から突然連れてこられた訳でしょう? 今までと全く異なる生活をしていたところに、急に主神なんて役割を押し付けられた形だよね。しかも、見ず知らずの人達と――それも、一筋縄ではいかない人達と、共に過ごさないといけない。きっと、戸惑うことや、大変なことも多いんじゃないのかな」


 穏やかな風が、さやかに吹き抜ける。ゆっくりとしたティアの声音は気持ちを解きほぐすようで、思わず溜めていた思いを吐き出してしまった。


「……うん。主神っていう役割は、とても大事なものだっていうのはよく分かってるんだ。だから、立派に務めを果たさないといけないって思うのに、私は分からないことばかりで、全然進んでいない気がする。主神とは認めないって、はっきり言われたこともある。私は、皆が期待する主神にはなれていない。私も、他の人が主神だったらきっと私よりも上手くやってるんじゃないかって、私なんかが主神をやるより、その方がもっと――」

 口ごもる。これ以上は、はっきり言葉にはできなかった。あまりに情けないことを言っている気がして。


 ティアは、相変わらず優しい表情で私の言葉を最期まで聞いてくれていた。そして、そっと口を開く。

「他の人が主神だったらなんて、考える必要はないよ。――だって、今主神の地位にあるのはきみで、それはどうやっても変わらないんだから。きみが、やるしかないんだ」

 意外なほど厳しい言葉に、驚いてティアを見る。

 でも、ティアの表情は相変わらず温かく包み込むようで、私を追い詰めるために言った言葉ではないことは、すぐに分かった。


「――主神は、この世界に来たばかりだ。だから、分からないことが多いのは当たり前なんだよ。だから、一つずつ分かるようになっていけばいい。早く立派な主神になりたいと思うのはいいことだけれど、そのために焦る必要はないんだ」

 雲が流れ、暖かい日差しが降り注ぐ。

「主神がこの世界に来た時、この星は荒れ果てていたね。でも、主神が十二柱にエレメントを注いでくれたおかげで、こんなにきれいな小川や、街もできた。たとえ少しずつでも、この星は生き返ってきている。それはきみがいてくれたからこそなんだよ」

 ティアの言葉を聞いているうちに、肩に入っていた力が、ゆっくりと抜けていくのが分かる。

「周りの人は、きみにあらゆることを期待するよね。全ての期待には、応えられないかもしれない。――でもね、そんなことは、誰にだってできないんだよ。『主神としてこの星を豊かな星にする』、その目的さえはっきりしていれば、目的さえ皆と共有できていれば、そこにたどり着く道はきみが自由に決めていいんだ。他の人のやり方なんて、気にする必要はない。だって主神はきみなんだから。きみはきみらしく、自分自身のやり方で、進んでいけばいいんだよ――」


 目を、閉じる。

 ティアの言うとおり、私は焦っていたのだ。なかなか進まない、十二柱との絆結びにも、エレメント集めにも。まして、自分よりもよほど優秀に見える十二柱に、主神としての自分を否定されて――。

「ティア、ありがとう」

 だけど、もう迷うのはやめよう。

「そうだよね。主神は、私なんだ。私ができることを、少しずつでもやっていくしかない。たとえ歩みが遅くても、動いている限りは前に進んでいるんだから。成果を、積み重ねていけるんだから。無駄に焦っても、仕方ないよね」


 晴れやかに笑って、私はティアにお礼を言う。

「改めて、ありがとう! ティア。それと、これからもよろしくね!」

 すると、ティアは一瞬、虚をつかれたような顔をして、それから嬉しそうに笑ってくれた。

「こちらこそ、よろしく。主神」

 よし。これからも、頑張っていこう!


 ――side:ティア――


 少しは主神の肩の力が抜けたみたいでよかった。

 それにしても、僕は主神のことを少し見くびっていたのかもしれないな。

 少しずつでも成果を重ねていくと言った主神の言葉は強かったし――、あの鮮やかな笑顔にははっとさせられた。

 面倒を見てあげないといけない、危なっかしい子だと思っていたけれど……、訂正するよ。子ども扱いしてごめんね。

 これから一緒に頑張ろう、主神。


【習得スキル】

・凝固 Lv.1


 -*-


 ティアと別れ、私は鼻歌交じりに工房へと戻ってきた。

 なんだか、元気をもらった気がするな。いままで以上に働けそう。

 色んなことが上手くいくような気が――。

 ばたんっ!

 ――と、その時。扉を勢いよく開け、飛び込んできたのはシュテルだった。今まで見たことの無い緊張した表情をして、息を切らせている。

「非常事態だ。十二柱神を召喚した。今すぐ天上に来てくれ、主神!」


 ……前言撤回。

 そうそう上手くはいかないみたいだ。

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