異世界トリップ
目が覚めたとき。
私は空に浮いていた。
っていうか宇宙に浮いていた。
「えええええ!?」
「気がついたか」
隣では退屈そうに少年が私を見ていた。相変わらず手は繋いだままだ。
「ちょ……、ここ何? なんで私宇宙に居るの? なんで普通に息して浮いてるの!?」
「落ち着けよ。あんたの世界なんだ。何が出来たって不思議じゃないだろう」
いや、どう考えても不思議だ!
……なんて、突っ込みを入れる勇気はないけれども。
制服で宇宙遊泳をしたのなんて私くらいのものだろう。
せっかくだから、地球は青かった、なーんて言ってみようか。
……ん?あれあれ。
確かに私の眼下には一つの惑星があったのだけれど、それは地球ではなさそうだった。そもそも青くない。海がない。
というより、なんというか、いかにも荒廃したような……生命の気配も感じられない、惨憺たる有様の星だった。
「あれが、今のあんたの司る星だ」
「はい!?」
「主神が――つまりあんたの不在が長かったために、絶対的にエレメントが足りていない。枯渇してしまっている。あれじゃ生命の育ちようがない。――死の星だ」
少年は私に向き直ると、ぎゅ、っと私の掌を両手で包み込んだ。
痛いくらいに、強く。
そして真摯な瞳で私を見つめる。
ちょっと。
顔が近い。近い、近いって! 平凡な女子高生には刺激が強すぎる! 美麗すぎて!
「でも――、ようやく会えた」
鼻先が触れ合うのではないかと思うほどに顔を寄せ、美少年は囁く。
そして、言った。
「主神。俺の唯一の主。頼む。この世界を、救ってくれ」
……。
正直、状況なんてさっぱり理解できていない。
夢物語もいいとこだ。他人に話せば一笑に付されるだろう。
でも、一つだけは理解できた。
この少年が、掛け値なしに、祈るような想いで、心の底から、私に助けを求めていることだけは、理解できた。
私は――必要とされていた。
「二つ、質問がある」
さりげなく少年から距離をとりながら(目の毒だ)、問いかける。
「一つ目。私は元の世界に戻れるの?」
「戻れる。あんたが役目を終えれば」
「や、役目? 何をさせられるの?」
「後で説明する。でも、あんたなら必ずやり遂げられることだ。約束する。その時には、おれが責任を持って、元の世界に還す」
……若干の不安はあるけれど、まあ、ひとまず良しとしよう。
「二つ目。元の世界の時間はどうなっているの? つまり、こちらでしばらく過ごしたとして、向こうで私が行方不明になっていたりはしない?」
「それは、無い。こちらとあちらは別世界だ。流れている時間も異なる。あんたが還るときは、今日、あの時、おれと出会ったあの場所に、その瞬間に戻ることになる」
……そうか。ならば、家族に余計な心配をかけることはないんだ。
よかった。それだけが不安だったから。
それならば、まあ。
向こうに置いてきて困るものなんて、私には無く。
何より――こんなにも必死な目を、見てしまったし。
「……ごめん、質問三つに変えさせて」
「な、何だよ」
「名前」
「……は?」
「私は、珠雰有紗。三つ目は、あなたの名前を、教えて欲しい。――これから、長い付き合いになりそうだから」
そういって、私は少年の手を握り返した。
「……普通は、主神と副神は名前で呼び合ったりしないものなんだけどな」
呆れたようにそんなことを言いながらも、少年は、とてもとても幸せそうに、大輪の花のような笑顔を見せて、言った。
「おれは、シュテル。どうか、この世界を、よろしく頼む」
「シュテル。うん、こちらこそ、よろしくね」
こうして私は女子高生から神様にジョブチェンジした。