シュジンとフクシン
自分の居場所はここではないというような、ふとした時に、なぜ自分は今、ここでこんな生活をしているんだろうというような、突然我に帰るというか、居るべき場所は他にあるという突拍子も無いといえば突拍子もない発想というのは、しかし実のところかなりの割合の人が経験したことがあるんじゃないかとも思う。
県立降籠高校。いつものように通っているその高校で、いつものように退屈な授業を終え、いつものようにその正門をくぐり帰宅の途についたところで、
「――やっと、見つけた。シュジン」
そんな風に、天使のような金色の髪と紺碧の瞳をした超絶美少年に声をかけられたとしても、だから人というのは意外と、まあそんなこともあるのかなあと、平静に受け止めてしまうものだった。
――って。
いやいや。
いやいやいやいやいやいや。
さすがにそれはない。
え? 何? 今この子なんていったの? シュジン? 主人?
あれあれ、おかしいなあ。私は今制服だから当然スカートをはいているし、男に見えるはずも無ければこんな小さな子と結婚した覚えもないんだけどなぁ。主人って旦那さんの事だよね?
いや、それとも聞き違いかな? 主治医? 囚人? いやあ、白衣もボーダーも私は着てはいないのだけど。
そんな風に私が呆然としていると、美少年は嘆息し、芸術品のように整った唇を開いて――
「ったく。あんたが限りなく存在感が薄いもんだから見つけるのが遅くなっちまったぜ。おい、時間がない。行くぞ」
――暴言を吐いた。
……。
地味にへこんだ。
確かに自分が目立たないのは自覚しているけれど、というかむしろそれは望むところなのだけれど、それでもこんな美少年に言われると世を儚んでしまいたくなる。というかその顔でその口調はやめて欲しい。せっかくの美形が台無しだ。
ん? って……。
「……え? い、行くって……どこへ?」
「あんたの世界だ」
うわあ。
可愛いけど、ちょっとおかしな子だな。何か流行ってる漫画かアニメにでも影響を受けているんだろうか。
「えっと、君、どこの子? 前に会ったことは、ないと思うんだけど……」
すると、少年はなんと私の目の前に跪いた。
――跪いた!
跪くって。跪くって。リアルで見る経験があるとは思わなかったよ。
そして私を見つめ、言う。
「おれは、あんたのフクシンだ。ずっとあんたを探していた」
「ちょ、ちょっと待ってよ。フクシンって『腹心』? 私に部下なんていないよ!? それにこんなところでそんなことしたら目立っちゃ――」
あれ?
慌てて周りを見渡したけれど、いつの間にか私の周りには人っ子一人いなくなっていた。下校時間の正門前、辺りにはたくさんの学生がいたはずなのだけど……。
少年が私の手を取る。
私と少年の周りを、眩い光のサークルが取り囲んだ。
え。やばいやばい。
このシチュエーションは見たことあるぞ。
小説でもゲームでもよくある、こういう場合は大抵――。
「フクシンは――副神。あんたと共にあり、支える存在。あんたを迎えに来たんだ。――主神」
一際大きく膨れ上がった光がドーム状に私達を包み込み、強烈な浮遊感が私を襲った。
どちらが空でどちらが地面かも分からなくなるような、そもそも空も地面も、空間さえ歪んでしまったような光流に包まれ、私は意識を失った。
こうして、十七年間の、平穏で、平凡で、平坦だった私の生活は、終わりを告げた。