あなただけが忘れてゆく
「ねえ、私のこと、忘れないでね」
彼女は僕に縋り付く。長い睫で縁取られた大きな栗色の目が、僕を見る。
「忘れないよ」
僕が言うと、彼女はほっとしたように顔を綻ばせた。
「うれしい」
そう言って、彼女は僕に近づいてくる。彼女の吐息や体温が空気越しに伝わりそうになるほど接近して、僕はこれ以上ないくらいにドキドキした。激しい鼓動が頭の中で響く。
ちゅ。
音が聞こえる。その淫靡なまでに素敵な響きが僕の鼓膜を震わせたとき、僕は崩れ落ちてしまいそうになるほど甘い気分になった。彼女は、ふ、と僕から顔をそむける。サラサラなハニーブラウンの髪からのぞく彼女の耳は真っ赤に染まっていた。
思わず、彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
手を伸ばすと、彼女は僕を見た。少しだけ潤んだ瞳を優しく細め、花が咲いたような柔らかく美しい笑みを見せた。頬をリンゴのように紅潮させた彼女は今まで見てきた中で、一番綺麗で、ずっと、僕の瞳の中に閉じ込めておきたい程だった。
もう少しで触れそうな距離まで近づいたとき、見えない壁が僕の指を跳ね返した。
気づけば、彼女はいつの間にか消え「ゲームクリア」の文字が浮かんでいる。
「……ああ」
僕は突然我に返り、彼女に触れようと伸ばしていた手を下ろした。
「クリア」の文字。達成感など、全くと言っていい程無い。僕は虚脱感と脱力感と疲労感を抱えながらゲーム画面を眺めた。僕と彼女を繋ぐ鎖が、思い切り引きちぎられた気分だ。
トップ画面に戻ると、続きから、という項目はない。その現実に、僕は思わず泣き出しそうになる。おもむろに「初めから」という項目を選ぶと、見慣れた女の子が出てくる。それは、紛れもなく、ついさっきまで僕にキスをして耳を真っ赤に染めていた、あの、愛らしい彼女だった。
「初めまして」
鈴を転がすような心地よい声。けれど、発せられた内容は、ひどくよそよそしい。
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