遠くへ……
「お父さん!」
ソウナはそれを見つけると、すぐに走りだした。
頭の隅では探していたのだろう、ボクと話している時以外は目線が合わなかった。
ボクとソウナは二人でソウナの父の所に着くと、早々にソウナが父の頭を包み込むように持って抱く。
「お父さん! お父さん! 大丈夫!? 大丈夫よね!?」
「う……」
「お父さん!」
ソウナは父がまだ意識があることに安心すると、〈治癒の光〉を当てる。
ソウナの父は回復しているのだと感じるけど、それとは別に感じる何かに疑問を持つ。
それは……魔力が消えかかっているのだ。
魔力切れの人の魔力はマナを見ていれば必ず目撃する。
だけどここまで薄くなった所は見たことがない。
「ルナ……。ソウナさんの父さんは……大丈夫だよね……?」
『…………』
「何か言ってよ……ルナ……。大丈夫……なんだよね?」
ルナからの返事は帰ってこない。
シラにも聞いたけど、返ってくるのは沈黙だけ。
「この……光は……ソウナ……の魔法……か……?」
「そう……そうよ、お父さん!!」
ソウナが父の手を取ってここにいることを知らせる。
「よか……った……。無事……だった……か……」
「今、回復魔法をかけてるから安静に!」
光が五芒星を書き、回復魔法がさらに強化、魔力が流れる速度が上がった。
だけど……ソウナの父の魔力がさらに薄くなっていくのがわかる。
「ルナ……何かないの! ルナなら知ってるんじゃ――」
『……悪魔に汚染された者を治す魔法は……』
「汚染!? 汚染って何!?」
『悪魔は人に取りつくと、段々と魔に沈めようと汚染を始める。人間が完全に汚染されるともう意識はおろか、魂さえも残っておらぬ』
「でも〝ヘカテ〟なら!」
『『神』は……『万能』じゃないです。ましてや〝ヘカテ〟はなにものかに『記憶』を『封印』されている『身』……。『魔法』をみなければおもいだせないそうです……』
シラが遠慮がちにボクの言葉を否定する。
『すまぬ主。妾が封印されずに憶えておれば……あるいは治せていたのかもしれんのに……』
「そん……な……」
ボクはそれ以上は何も言えず、ただ見ることしかできなかった。
するとソウナの父と目が合う。
「きみ……か……。私を……救ってくれたのは……」
ボクの心に突き刺さる。
「救えて……無いです……。まだ……悪魔の汚染が……」
目に涙が溜まる。
それだけでソウナの父は自分が助からないことを知るが、彼はそれを予知していたような顔で微笑んでいた。
「そういえば……名前がまだ……だったな……」
「……はい……」
ソウナは彼に安静にするように、喋らないように言っているが彼は聞く様子もない。
「私は……フェデル……・E・ハウスニル……。二つ名は……【軍神】……。きみは……?」
「フェデルさん……。ボクは赤砂リクって言います。二つ名はまだありませんけど……」
「無名か……。フフ……。強いのだな……。てっきり有名どころの……二つ名だと……ゴフッ」
口から黒い血を吐き出す。
「お父さんダメ! 安静にしないと……」
「良いんだ……ソウナ……。リク君……君は強い……無名は似合わない……。なぜなら……私の剣を……あっさりと……」
言葉は切れ切れ。
ソウナに何度も止められるが逆にフェデルがソウナを止める。
これ以上の魔力の無駄使いをするなと……。
それでも彼女はやめなかった。
子供が親の言うことを聞かないように……。
ついにソウナは魔力が切れ、これ以上の魔法は使えないようだった。
フェデルの腹部に顔を埋めて力強く服を掴む。
フェデルはソウナの頭を撫でながら、またボクの方に向く。
「そう……だな……。単純だか……【金光の白銀蒼】なんて……どうだろうか……?」
「え……?」
「金光は……金色の光……。君のその刀の……こと……」
ルナを見る。
刀から光が出ている。
悪魔と戦う前はこんなにも光が漏れていなかったのに今はかなりの光が漏れている。
刀身が輝いていて、見惚れるほどだ……。
「白銀蒼は……君の綺麗な……その髪の事と……流れ出る……蒼い光の事……」
ボクの髪は白銀色。その髪に魔力の残留の蒼い光が散っている。
周りの人は綺麗だとか言ってくれて、そのことに関して僕はとても嬉しく感じている。
「二つは……光を持つ色……。私を照らして……救ってくれた、色だ……。どう……だ……? この二つ名……受け取って……もらえない、だろうか……?」
涙を手で払う。
「……ありがとう……ございます……」
払っても払っても出てくる涙だが、何とか言えた言葉にフェデルは微笑んでくれた。
「ソウナ……顔を……あげてくれ……」
「うぐ……お父……さん……」
ソウナは顔を涙で濡らしたまま、顔を上げる。
手遅れ……そうわかっていても、回復魔法を使おうと魔力がめぐる。
「ソウナ……これを……」
フェデルは腰につけてあった剣帯から鞘ごと剣を引き抜く。
「お父さんの……剣……?」
ソウナは両手で剣を持つ。
それはずっしりと重く、ソウナに使えそうもない物だ。
だが彼女はそれをしっかりと胸に抱く。
「その剣は……その昔……。悪魔を倒す者から……受け渡された……『進軍する者の剣』……」
「進軍する者……?」
「私では使えない……。だが……加護はあったよう……だな……」
使えない?
ソウナの父であるフェデルが使えなくて、ソウナが使える剣……?
『神じゃよ』
(か、神……?)
『『進軍する者』……。そうやってよばれていた、かのじょですね?』
『うむ。まさかあやつがこんな所におるとは……』
とりあえずあの剣は神様が眠っているらしいことはわかった。
それをフェデルは起こせなかったってこと?
『起こせなかったが、彼は加護があったとゆうておったじゃろう?』
(うん……)
『そのおかげで彼は悪魔の汚染を完全にはされていなかったということじゃ』
『とちゅうまで『加護』で、まもられていたそうですが、さすがに『三年』はながかったのでしょう。『加護』があっても、かれはもう『九割近く汚染』されています』
ボクはフェデルを見る。
魔力が消えかかっている。
魔力切れ寸前なソウナと違ってフェデルは魔力が消えていく……そんな感じに見える。
「今は重く感じるだろう……。だが……渡された者からは……使いこなせれば……重みは感じないと……言っていた……」
「でも……私、こんなものいらない! 私が願うのはお父さんとまた一緒に暮らせること!!」
「そんな日がきたら……私も……嬉しいな……」
「来る! 来るからぁ! 絶対に来るから! 生きてよぉ……」
泣きじゃくるソウナに、フェデルは「まだまだ甘えん坊だな……」とだけ呟いた。
フェデルの手に力が入らなくなってくる。
「ダメ! お父さん! 負けちゃダメ! 生きて……生きてよぉ!」
フェデルはソウナの頭に手を乗せて撫でる。
「綺麗な……髪だ……。私の一番好きな……色……」
「何を言ってるの……お父さん……。これから毎日、お母さんと同じ、この髪を撫でてもいいから……。だから……」
「やさしい……な……ソウナは……。私譲りだ……」
「当たり前でしょう……。私は……お父さん似だもの……」
「そう……だな……。だけど……容姿はレーネ譲りだ……」
「当然よ……。お父さんと……お母さんの子だもの……」
フェデルはそう返してくれるソウナの頭を撫でる。
「ありがとう……私と……レーネの間に……生まれてきてくれて……」
「そんな……。なんで礼なんか! どうして礼なんか言うの!? ダメ! 生きて――」
その時、ソウナの頭に乗っていた大きな掌は、力なく、床に落ちた――。
「いや……いやよ……。おとうさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっっっ!!!!」
雨が降っていればよかったのに……。
周りは氷で覆われているジーダス社長室。
一番大きな氷華が天井を貫いていて、天井は無くなっているけど、そこには雲は無く、あるのは高く昇る満月のみ。
彼女の声だけが部屋に響いた時、一人、若くして儚い力を失ってしまった男の顔は、
――なんだか、とても優しい顔をしていたように感じたんだ……。




