あの日見た異形の姿
「え、えっと……。キリさんの身に一体何があったのですか……?」
「魔力切れが起こったんでカナから渡された魔力を全回復なる魔法薬を飲んだ結果がこれだ」
「え!? お母さんが!? すみません! まさかそんなことをするなんて……」
ボクたちは地下一階から上に上がってきて、一階のところの階段の途中で囮チームと合流した。
また階段を上がると、社長室のある最上階の階段を昇りきったすぐのところにユウの後ろ姿が見えたので声をかけると――そしたらユウはボクの腕の中に飛び込んできた――他の人たちも振り返ったところで、一人が幹部のコートを着ているが顔の見覚えのある明らかにおかしい姿の人がいたので出てしまった質問だったのだが……。
まさかお母さんの仕業だったなんて……。
膝から崩れ落ちたい衝動に駆られつつも、今は満足顔のユウがいるのでそんなことはできず、何とか堪えることにした。
「別にいい。後ですぐに戻してもらうが今は女じゃねぇと魔力がねぇし、体がイカレてて戦えねぇからな」
「キリ。あんた女の姿で戦ったこと無いけど大丈夫?」
「前がメチャクチャ邪魔。今はコートの胸の部分がキツイって感じる程度で抑えつけられてるから良いけど……?」
「「…………」」
「な、なんだよ……」
マナとユウから冷たい視線がキリの胸の部分に注がれるが、ボクだけが気づかず、なぜ背筋が寒いんだろうと感じるだけだった。
ユウはボクから離れてマナに近づき、何かを真剣に話し始めた。
そこにレナも加わるというなんともよくわからない状況だ。
「白夜ちゃんは混ざらなくてもいいのか?」
「……別にいい。……それにあれだけ大きいと動きづらい。……戦いにはマイナス」
「ほう。では揉み心地は?」
「……最高」
歩を止め、ガシッと無表情な顔でにやりとした雑賀と手を握り合う白夜。
その後、雑賀と白夜は耳のインカムがあるらしき場所に手を当てているのでデルタとも話しているのだろう。
「一体何が……?」
「さぁ? 頭がぶっ壊れたんじゃねぇの?」
「リク様とキリさんは人生を歩む上で学ぶことをオススメ――」
「させませんよ雁也さん。リクちゃんにはずっと純情でいてもらいたいのですから」
「???」
ボクは訳がわからず、ただ歩き続けただった。隣に歩いているソウナは声を殺して笑っていた。
歩き続けること数分。
「着いたぞ」
「ここに来るのは久しぶりですね雑賀先輩」
先頭を歩いていたガルムとグレンはこちらを振り向きながら言った。
「ああ。俺も入社以来だな……」
「その時はまだ私は入っていませんでしたね」
『俺は雑賀と同期だからな。雑賀と同じ時間にこの部屋を訪れたよ』
三人が続けて言う。
これまで扉が全く見当たらず、それでいてここが社長室と言うことはかなりの広さになると思う……。
「ンじゃあさっさとぶっ飛ばそうぜ」
腕を回しながら答えるキリは嬉々とした顔で扉を睨む。
「まぁ待てキリちゃん」
「あぁ? 誰がキリちゃんだ!」
「君以外にだ「遺言はあるか?」れが……コホン。とにかく今、魔力が無い者は回復しておいた方がいい」
雑賀はベルトにつけられたケースの中から丸い、小さな丸薬のような物を取り出してみんなに一つずつ分けた。
キリは「体さえ壊れて無ければ……」とかブツクサ言っている。
「なんです? これ」
「魔力の回復速度を上げる魔法薬の一つだ」
「速度? どうして回復させないんですか?」
「ああ。魔力を回復させる魔法薬は、もう無いに等しいし、この丸薬は魔力だけでなく体力の回復速度も上げる。傷ついている体にはちょうどいいだろ?」
そこで雑賀は言葉を切らす。
キリが「なんであそこで飲んじまったんだ……」なんて言いながら隅で暗くなっているけど一体何をしたのだろう……って、そうか。
母さんから貰った薬を飲んで女の子になってたんだった……。
体がボロボロだったり、魔力切れだったりとかだったんだよね……。
心の中でキリにもう一度謝っておいて、雑賀との会話に戻る。
「でもすぐに入るのですよ?」
「まぁ効率はこっちの方が悪いのはわかる。話でもして時間を稼ぐさ……」
そうして扉を開けようとした時だった……。
「待って」
ソウナが待ったをかけた。
「どうかしたのか?」
「その……。ボスの事だけど……」
『?』
ソウナは言いづらいそうにして口ごもる。
だけど決心したようで、顔を上げる。
「あの人は……。わ、私の……。お、お……」
「お?」
もう一度、ソウナは唾を呑み、そして開いた。
「ジーダスのボスは、私の……お父さん……なの」
「え?」
「お父さん?」
か細い声でしっかり言った、ソウナの告白はボクたち全員の耳に入る。
「似ても似つかねぇンだけど……」
「私は母親似なの。この髪だって、お母さん譲り」
髪を撫でながら言うソウナに雑賀が口を出す。
「ふむ……。それで? ソウナちゃんはボスが父親だと言うことを明かして、一体何を俺たちにさせたいんだ?」
「確かに。いくらソウナの親でも俺たちの目的はボスを無力化させることだ。何の関係も……」
ガルムが雑賀の後に続いて言ったことはもっともで、一体ソウナは何を……?
「まずは聞いてほしい。私のお父さんなんだけど……。実はホントは良い人で、人を犠牲にしようとするような人じゃないの。それこそ、儀式なんてする筈が無いの……」
「だけどボスは今、儀式をやってるでしょ? いくら信じてるからって、目の前の事を無視して良いわけないよ」
ユウがしっかりと注視しなくてはいけないところを言うけど……。
「そうだけど……違う。私は見てるの」
「見てる? 何を?」
ユウは頭にハテナを浮かべ、ソウナを見る。
ソウナは少し思い出すように顔を伏せる。
「わからない……。黒くて……姿は人間じゃなくて……角があって……。暗かったから、よく見え無くて黒に見えただけかもしれないけど……。ある言葉が聞こえたの。確か……『復讐だ。人間への復讐だ』だって……」
「復讐?」
みんなが思っただろうその言葉をマナが答える。
姿が人間じゃないってヒスティマにいるのだろうか……?
ファンタジー世界とかだったらモンスターだとか魔物だとかいそうだけど……。ってここファンタジー世界と言っても過言ではなかった。
丸薬の効果だろう、体は軽くなってきて、魔力もたまってきた。
後はこの扉を開けて戦うだけだが、ソウナの言葉には違和感を感じる。
「その後にお父さんの悲鳴が聞こえて……。まだ七歳で、幼かった私は目を瞑って影で震える事しかできなくて……。もう駄目だと思ったんだけど、次目を開けた時はすでに朝になってたの。寝てしまったと自分でもわかって、お父さんがどうなったのかすぐに姿を探したんだけど……」
「いなかったのか?」
キリの質問に首を振るソウナ。
「自分のベットで横になって寝ていたわ。起こしてみたけど特に変わった事もない……そう思ってた。その日、ある一人の男の人を仕事だって言って部屋につれて行った。今では『開かずの部屋』って言われてるわ」
「ああ、あそこは確か儀式の部屋だったな……」
雑賀が答えると、肯定する。
「そう。『開かずの部屋』は私しか知らない中の覗き方があるの。そしてそこから中を見たときには、お父さんは魔法陣を作り始めてた。私はそれが完成すると何の魔法陣かわかったわ。昔からいろいろな本を取っては読んできた私は、その魔法陣がわかってしまったの」
「儀式魔法陣……か……」
雑賀がどこか遠くを見る。母さんに見せられた時の自分の部下を思い出しているのだろう。
「お父さんは変わってしまった。あの日お父さんの悲鳴を聞いてからというもの、お父さんは人の命は自分の魔力の糧としか考えなくなった。どう考えてもおかしいの……。最近、あれはお父さんじゃなくて、誰か別人なんじゃないかって思えてきて……」
そこまで言って泣くようにして両手で顔を隠す。
「七歳? とすると9年前……? 確か報告書の表と裏が出てきたぐらい……」
ユウが難しい顔をして考えている。
「どうかしたの? ユウ」
「う~んと、ソウナさん。人間じゃない姿ってもう少し詳しくわからないかな? もしかしたらだけど……」
「知ってるの? ユウ」
ユウが珍しく「う~ん」と悩んで考えているのでもしかしたら、何者かが分かるかも知れない……。
ソウナは顔をあげてユウを見る。
「姿を……? ええっと……わからないけど、角が生えてて……」
「それさっき聞いたけど、確認で、それって一本?」
「そうよ?」
「羽は生えてた?」
「そ、そういえば……」
「大きさは赤ちゃんぐらい? 正確には50cmほどの」
「え、ええ……。どうして知ってるの?」
「じゃあわかった」
ユウはそういって立ちあがる。
背中に指している大剣の柄に触れ目を閉じ、少し話す素振り(?)をする。
するとユウは瞳を開く。
「おそらく、ソウナさんが見たのは低級悪魔、グレムリン」
『悪魔!?』
「おかしいな……。グレムリンは悪魔の中でも安全で、人間にする事としたら悪戯をするだけなのに……。人間を殺すようなことは……」
ユウの言葉にボクと白夜以外の全員が声を出して絶句した。
神がいるなら悪魔もいるのだろうと考えていたボクとしてはなぜそんなにも驚くのだろうと思う。
白夜は無表情のまま微動だにしない。
「ユウもよくわかんないけど、何とかなるでしょ♪ ここまで来たんだから走りぬけよう♪ ……個人的にブッ殺したい奴もいるし……」
最後の部分は聞き取れなかったが、ユウは有無を言わせず、扉を勝手に開けた。悪魔の件は、この騒動が終わった後になりそうだ。




