朱の魔人
物理攻撃以外に鎖を外す策は……鍵しかない。物理的な破壊の策が粉々に崩れてしまった今、もう逃げることなんて……。
「ふむ。少女、マナよ。そなたは火の魔法使いだな?」
「え? う、うん……。そうだけど……」
もうほとんど諦めていたときにエングスからの質問が来たので、ぎこちない返事になってしまった。
「ならば残りの魔力をほとんど貰いたい。そうすればここから出られよう」
「ほんと!?」
思ってもみない所からの抜け道があり、エングスの言葉を思わず疑ってしまう。が、ハッと気づく。
「ウチ……魔力が……無い……」
そう。先ほどの連発で魔力切れ寸前まで行き、魔力が今は無いのだ。
「問題は無い。少しの魔力でもいいのだから」
「そ、そう? じゃあウチは何をすればいい?」
魔力が少しでもいいことに安心し、どうするべきか聞くけど、エングスは、黒い靄を見て、こちらを見直す。
「何もしなくてもよい。時間が無いので文句は後で聞こう!」
そう声を上げるとエングスはウチに向かって、突進してきた。
「え!?」
いきなりのことにビックリしてウチは避けることができずに衝突した。
だけど……衝撃は来なかった。
「あ、あれ?」
確かに目で見たのは当たっていたのに、感覚が無い。
どうやってかわからないけど外れたのかな? と思って辺りを見回してもユウちゃん以外には〈風死〉しか見えなくて、エングスさんの姿が見えない。
だけど、それは突然訪れた。
ド、クン――。
「ひゃぅ――ッ!? なに……んッ、こ、れ……ッ!」
突然、体が熱くなり、それでいてむず痒さとも言い切れない感覚が体の中を暴れまわった。
しかもそれは激しく暴れまわり、頭の中がおかしくなりそうだ。
「あ~。エンだね~」
「なん……で、んぁ! エン……グス……はぅ!」
次第に力が入らなくなり、腰が抜けて石畳にペタンと座りこんでしまう。
もうすぐそこまで〈風死〉が迫っているのに、そんなことお構いなしに何ともいえない熱い感覚が体の中を暴れまわる。
「多分魔力を吸っているんだと思うよ? ユウが魔力を封じられている今、エンも使えないって言ってたからね。だからマナ姉の魔力を使ってこの鎖を壊すんだよ」
「でも……ん……オリハル……コン……はぁはぁ……」
なぜだか暴れまわっていた感覚が引き始めると、横から、エングスの声がした。
「先ほど触ったが、オリハルコンとはこれ以上に強度が高い」
「はぁはぁ……え……?」
エングスが外に出た今も体から熱がなかなか引かず、火照った体には力が入らない。
動けないウチを無視してユウの手首に繋がれている鎖を手に取ると一言――
「所詮人が魔法で作った、まがい物だ」
――パキッン! と手でいとも簡単に握りつぶした。
「お~。さすがエン! やるね~。じゃ、始めますか♪」
それからの行動は迅速だった。
ユウはエングスに剣になるように言うと、エングスはとても重そうな大剣となり、それを片手で振りまわして鎖をいとも簡単に砕いた。
「す、すごい……」
その手際のいい行動に感嘆する。
「まだ〈風死〉が残ってるけどね。でも……コレで吹き飛べ!! 〈焔神技・崩ノ型 炎爆烈火衝〉!!」
ユウの大剣がこれでもかと言うほどの膨大な炎を纏い、〈風死〉に向かって放つ。
それは辺りを包み、すぐそこまで迫っていた〈風死〉を全て飲み込むだけにとどまらず、この部屋全てを焼き尽くさんとして広がった。
そして数秒が経ち、辺りは煙で包まれる。
今の状態で見えるのは、ウチ達を抜かして、防御魔法を展開していた棺だけだ。
だが棺は汗をたらし、息切れをしているところから、とっさに魔力を通して防御魔法を展開したのだろうと感じた。
「はぁ……はぁ……。なん……だ? 今……の……」
「魔法だけど? なんだか勝手に苦しそうね」
「!?」
煙が晴れると同時に目を見開く棺。はたしてそれはユウが解放されている事だろうか、もしくは、この部屋が開けた空間になったことだろうかはわからない。
ウチとしては破壊した鎖が魔法を吸収するハズなのに、溶けてしまって、高熱の液体状の鉄が床に穴を開けて下に落ちて行ったことに驚きを隠せない。
もちろんそれだけじゃない。
鉄が溶けたという言葉でわかった人はわかっただろう。
――〈焔神技・崩ノ型 炎爆烈火衝〉は床以外の周りの壁を全て、余すことなく焼き払ってしまったのだ。さながら、この場所でとてつもなく大きな爆発がおきたともいえる大きさの……。
「バ……バカな……」
どれだけの魔力を込めたらこれだけの規模になると言うのだろう?
しかも、これだけの魔力を彼女は一瞬にして溜めて、放ったのだ。
……彼女が『朱の魔人』なのは、本当なのかもしれない……。
「にしてもヤワだね~。こんなとこ、ユウが本気を出したら一瞬で蕩けちゃうよ?」
『今ので三割程度か?』
「ん? 二割でしょ? まぁ、なんにしても……」
ヴォンッと音を鳴らしながら大剣を肩に担ぐ。
「ユウを捕まえたいならもっと耐熱装甲をしっかりしてよ。こんなんじゃ本気も出せないじゃない」
彼女は、目を開けて微動だにしない棺を見下して言った。
「ほ、本気じゃ……ない……の……?」
「当たり前でしょ? 【朱】をなめないでよ」
大剣を担いだままこちらを振り向くユウ。
大剣で切れないのかと思ったが、その武器では傷つかないのかもしれない。
そして、あれで本気じゃないことに驚きを隠せない。
「【朱】……? ま、まさか……。貴様はあの『朱の魔人』とでも言うのか!?」
「御名答。だけどユウはその呼ばれ方好きじゃないけど、今は受け入れてあげる」
ユウちゃんは大剣を横に構えて、魔力を通す。
「マナ姉を傷つけた罪は重いよ、棺。〈焔剣〉」
ゴウッ――と音が呻き、大剣はたちまち、豪火の炎に包まれていく。
しかも、熱気がすさまじく、熱さがとどまるところを知らない。とてもその剣から熱気が出ているだけのようには感じない。まるでこの空間が全て炎に包まれているようだ。
「ま、魔人がなぜここに!?」
「ユウがどこにいようなんてどうでもいいじゃない。とりあえず……」
「ひぃぃッ」
もうすでに腰が引けて、逃げ腰な棺に、さっきまでの自信に満ちた顔は見られない。
そしてユウがいつの間にか横に現われたことにより、混乱を見せた棺がとっさに魔法を使う。
「く、くるなぁ!! 〈風烈斬〉!!」
それは切れる風となり、面で当たる〈鎌鼬〉の上位の魔法。
だけど――ザンッ。
いとも簡単に魔法を斬った。
「な!? か、風属性の魔法を斬るなどありえない!!」
「風系統は火に弱いんだよ?」
そして今度は大鎌を振るけど、むなしく空を切り。
「そんな鈍間じゃ、ユウには当たらない」
懐に簡単に入ってしまったユウは大剣を振り上げて、血飛沫を飛ばした。
「うぐ……ぐがぁぁああああああああ!!!!」
ユウが〈焔剣〉で斬ったところは、たちまち火がたち、数瞬後には人、一人分を覆い尽くした。その中で棺は苦しむ。
「あづい゛! あづい゛!! あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!!」
魔法で解除を試みるが棺が使うのは風系統の魔法ばかり。炎をいっそう強くさせるだけだった。
しまいには転げ回り、そして――
――悲鳴もあげず、動かなくなった。
一瞬だった。
一瞬で一人の命が失われた。
一瞬でその人の人生を奪ってしまった。
一瞬で…………何もかもを奪ってしまった。
呆然とその光景を見て、身動きが取れない。
いまだに脳の処理が間に合わず、なぜこうなったのかが理解できない。
炎の脇で何かを懐にしまうユウがこちらを向いて歩いてくる。
その姿は……、
炎を背にし、悠然と歩いてくる『朱の魔人』そのものであった……。




