…………(泣)
ボクはジーダスについて指示を仰ぎ、裏口から入ったところで何かに気づいたシラに、耳を傾ける。
『まって! ここ……』
「? ここがどうかしたの?」
何もない空間だけど……。試しに手を前に出してみても何も触れない。
『『懐かしい』かんじがする……』
「懐かしい?」
とにかく今は先に行くことが先なので歩を進ませようとするとシラが止める。
『まって』
「?」
『たぶんその『カナ』ってひとと、『真陽』ってひとはここにある『フィールド魔法』のなか』
「え!?」
『ん? どうしたリクちゃん』
デルタにはボクとシラの声は聞こえないんだ……。
今は腕輪になっていて脳に直接語りかけてくるから。
「シラが言うには母さんと真陽さんはちょうどここにある、フィールド魔法の中らしいんです」
『なるほど……だから通信が……。でも英名二人がいるのにそんなに戦いが長引くのか? ……まぁいい。わかった。じゃあ今度はルナ嬢だ!』
ルナ……大丈夫かな。
ボクは足をはやめる。
カメラのところは止まったりしているが途中でシラが、
『『カメラ』ってめんどくさいですね。こわしてはだめですか?』
と聞いてきたので「そしたらデルタさんが見えなくなっちゃう」って言ったら、今度はデルタさんから返ってきた。
『何の話をしているかはなんとなくわかる。カメラだろう? そうだな……。やっぱり俺が見えなくなるな……』
『りく。わたしのこれからいうことばを、そのまま『デルタ』っていうひとにいって』
ボクはいつの間にか足を止めていたが、シラの言葉をデルタさんに伝えるために、一つ一つ話した。
「え? ええっとシラからです。あなたの魔法でカメラのハッキングをしなくてもこの建物の画面を持っていたのですから、その画面を改善すればカメラがなくても見えるようになりますよ? って言ってます」
ってそうなの!? だったらもう侵入してるってわかっているんだからカメラを全部潰しちゃえば簡単に動くことが可能なんだけど……。
『悪いな……。それ、出発前のルナ嬢に言われたんだ……。すまん……』
謝罪の言葉がインカムから流れてきた。その声は少し落ち込んでいた。
『そう……。『ヘカテ』が……。りく、ごめんなさいっていってもらえませんか?』
「あ、デルタさん。シラが――」
『いい』
「え?」
きっぱりと断るデルタ。
言葉には力強さがあって、ボクは聞き返すことしかできなかった。
『それ以上は言うな。自分が情けなくなってくる……』
「…………」
声がいつものような明るさがない。力強さもなくなっていた。
場に何とも言えない空気が降りてきて、微妙な空気に耐えられなくなり、ボクは時間も惜しいと理由をつけて、ルナがどっちにいるか考える。
そして、なんだか内にある魔力が引かれる。ボクのじゃない。
これは……ルナの魔力? ルナの魔力が引かれている?
もし、その引かれている先にルナがいるとしたら……。
「デルタさん! 地下のカメラの方にルナらしき人影はありませんでしたか!?」
『なに? ルナ嬢は一階にいるはずだが……。今まで見てたけどカメラには写っていなかったな。ちょっと待ってろ。雁也に聞いてみる』
デルタが調べてくれるみたいだ。雁也と共に。
そしてそれと同時に――
「おい! こっちに人影を見たって本当か!?」
「ああ! しかもものすごい速さでこの本部に近づいてきた魔力の持ち主だと思われる!」
ドタドタと慌ただしい足音が聞こえ始めた。
目を閉じで、走ってくる足音の数を数える。
その数、十人はくだらないだろう。
無意識に生唾を飲み込む。
十人同時に戦うことは今のボクには難しいだろう。
(どうしよう……)
ここは廊下で、まだ入って近いところに部屋の扉はない。このままいけば見つかるほかない。とすれば戦闘は免れないが……。
先程も言ったとおり、十人同時に戦う今のボクには――
『りく』
「? どうしたのシラ?」
シラが話しかけてきたので思案を中断しシラの言葉を聞く。
『ここ、『暑くない』?』
「へ? 別に……暑くないと思うけど……」
『わたしは『暑い』。だからいまからここ、『寒くしない』?』
「それってどういうこと?」
暑いと言ったシラは一度人型に戻る。両手を広げで、天を仰ぐようにする。そして紡いだ。
「『雪』の『結晶』は『蒼白く澄む』〈フローズン・クリスタル〉」
すると、彼女を中心に、雪の様な光が広がった。だけどそれは寒くなく、温かくもなかった。丁度よい温度で少しひんやりする程度だ。
だが――
「な、なんだ!?」
「いきなり寒く――ッ!?」
「いや! これは寒すぎる!! おい、誰か火属性魔法を!!」
あれ? なんだか、慌てている?
すぐそこまで迫っていた衛兵たちは何やら慌てて、火を灯している。
「火、火が!?」
「どうして暑くならないんだ!?」
「寒いままだぞ!? こ、このままでは凍えんで死んでしまう!!」
凍えむ?
「ええっと、衛兵たちはなんで寒がってるの?」
「『リク』からはんけい『五十m』は『マイナス五十℃以下の極寒の地』のきおんにしたからですよ?」
「ふ~ん」
そっか。
確かにそんな土地だったら火を灯しても温かくならな……?
…………!? まって!
「それってボクもその気温の中にいるってことだよね!?」
「そうですよ? それがどうかしたのですか?」
よくわからないと言った風に目をパチクリさせ、小首を傾げた。
「気づいてよ!! ボクはなんで大丈夫なの!?」
そう。
彼女はボクから半径五十mと言ったのだ。
ボクもその気温の中にいるというのに先ほどこの温度に思ったのは少しひんやりする程度だと思ったのだ。
ボクだって普通の人間なはずなのに……全く意味がわからない。
そしてシラは「ああ」と相槌を打ち、納得したように説明した。
「『リク』はわたしの『魔力』をもっているのですよ? 『寒さ』はへいきなはずです」
へ……? 寒さが……平気?
そういえばシラは契約した神は契約者と一緒にいないと魔力がないって言ってたっけ?
さっきの言葉通りにとると、それって魔力が契約者の中にあるからなんだ……。
「でもどうしよう。この衛兵たちは倒した方がいいかな……?」
腕輪に戻ったシラが答える。
『どっちでもいいとおもいます。だってまだみつかってはいないのですから』
「でもデルタさんからまだ通信こないし……」
通信がこない以上、ボクはこのジーダスの見取り図を憶えていないのでどちらに行ったらいいのかわからないのだ。
先ほどまでの分かれ道を除けば、ここは一本通路だと思われるが、隠し通路が何個かあるらしいと聞いているので迂闊に動けない。
走っていって、下に降りる階段が通り越しましたというのはなりたくない。
「さ、さぶ……い……」
「な、なんで……だ……」
「き、機械……が……使え……ねぇ……」
衛兵たちはほおっておいても大丈夫そうだ。
通信機は先ほどの言葉を聞く限り、凍っているだろう。
でも……。このままだと衛兵たちは死んでしまうんじゃ……。
「し、シラ。衛兵たちは死なない……よね?」
『だいじょうぶ。『リク』がころしたいとおもわないかぎり、『契約した神』はひとをころせない。だからあのひとたちはあるていどすると『気絶』するはず』
そっか……。よかった~。
衛兵たちの声が聞こえなくなったので、恐る恐る角から覗いてみると、そこには目を瞑っていて息をしているとわかる、衛兵たちが倒れていた。
死んではいないようなので「大丈夫」と自分に言い聞かせ、歩きながら前に進む。
そして気づいたのだが、ボクが歩いた足跡は見事に残っていた。
どうして残っていたかって?
魔法、〈フローズン・クリスタル〉によって、ボク自身にも影響はあるが、その気温は平気。
では体温はどうなっているのだろうか? 少なくとも平熱ではないだろう。平熱だったら…………。
……凍った足跡などつくはずがないもんね……。
ちなみにカメラは凍って動いていない。おそらく監視室では慌てていると思います。
デルタも慌ててると思います。慌てている声が聞こえているので……。
(やっちゃった……)
目から涙が止まらなかった。
ちなみに、ボクのインカムと涙はなぜか凍りませんでした。




