朱
「行橋雁也と申します。此度の報告はユウさんと行動を共にしました。ジーダスの情報、ジーダス本社の地図を渡しにきました」
メガネをしていて、ごく一般的な風貌の少年が腰を曲げて丁寧に挨拶をする。
「おぉ♪ ありがと雁也ちゃん♪」
私てきた紙を受け取る母さん。
「あの、母さん。一体何が……。ユウって……」
どうして母さんやユウがジーダスを調べているのかが不思議で仕方が無かった。
ユウの仕事と言うのはこれの事だったのかと思いながらも、母さんがどんな仕事をしているのか気になった。
母さんはボクの声が聞こえなかったらしく、そのまま紙に目を通した。
「ふむふむ♪ 今ジーダスは大半がジーダスに仇なす敵を探せと言う名目の元、リクちゃんやユウちゃんやソウナちゃんを捜しているのね~♪ 聞き込み調査とはまた地味なことをするわね~♪」
「あの! 声に出しちゃだめですよ!? 紙の意味が無いじゃないですか!」
焦る雁也さん。母さんは気にした風も無く続けた。
するとある一点で目を止めると、カナが真剣な顔つきになった。
「これは……。もう決まりね。一度戻るわ」
「え? どちらにです?」
「職場」
「えぇ!? カナ様が職場に!? 自分から戻るような人じゃ――すみません。お願いですから襟を掴まな――」
「飛んでっちゃえ♪」
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ………………」
「「「…………」」」
母さんの仕事姿がよく思い浮かべることができた。
真上の空に星となって消えて行った雁也を見送りながらボクは母さんに向き合った。
「母さんの職場って?」
「どこでもいいじゃない♪」
話してくれない母。ヒスティマに居る異常、平和なところではないのだろう。
でも、話してくれないことは百も承知。母さんは基本秘密主義者なのだから。遊び以外。
「とにかくリクちゃんのご飯が食べられないのは残念だけど、私は戻るわ♪ 真陽ちゃん、一緒に来てくれないかしら?」
「ん? 別に良いよぉ。マナ」
「?」
「家に帰るのはくれぐれも遅くならない事だよぉ?」
「は~い」
もうすでに遅いんじゃないだろうか……?
真陽の言葉に笑顔で答えるマナは素直な子供に見える。
そしてボクは母さんに一つ、聞きたいところがあった。
「あの、母さん!」
「? 何かしら?」
だけどきっと教えてくれないのだろう。だからボクは聞くのではなく、当てて見せた。
「ユウもジーダスの事を調べてるってことだよね!? 大丈夫なんだよね!?」
兄としてはとても心配だ。
妹が戦場に居るようなものなのだから……。
そしてボクの言葉に母さんはにっこりとほほ笑んでくれた。
「大丈夫、死なないわ♪ だってユウちゃんは二つ名【朱】だもん。そう簡単には死なないわ♪ あ、そういえばよく『朱の魔人』って呼ばれてるわ♪ 後の事は他の人に聞きなさい♪ 真陽ちゃん。いくわよ?」
「ああ。今いくよぉ」
ボクが何を言っているのかわからないが、とりあえずその二つ名を知るためにボクはほかの人に聞いてみようとしたが、みんな固まってる。
「???」
意味が分からない。
どういうこと?
「どうかしたのですか? まさかと思いますが……母さんみたいにかなりすごい人の二つ名ですか?」
魔人って言われてるほどだからすごい人ってことなの? ってこんなこと思っていると絶対にすごくない人フラグがたっちゃうんだけど。
実際どれだけの実力でユウは知れ渡っているんだろう?
「リク。覚えとけ」
「?」
キリが怖い顔で言ってきた。
何かを恐れるように……。
「二つ名【朱】を持つ『朱の魔人』は危険指定人物だ。狙われた奴は今のところ全員生きていねぇ」
「え?」
ボクは耳を疑う。
生きて……いない?
「狙われた奴は人型に積もってる灰になって発見されてんだ」
「え? 灰だったらユウが殺したって保証は――」
キリはボクの言葉を遮って、言葉を続けた。
「幾人もの人が人物探索魔法っていう中級魔法を使うんだけどよ。狙われてた奴を探そうにもその灰に反応を示しやがる。動かしても同じだ。だから間違えようにも間違えれねぇ。何人もの奴が嘘だと言い張って何度も使わせた奴もいたがすべてその灰に反応しやがった。これ以上ない証拠だよ」
「…………」
言葉を失うボク。キリの言葉を受け取れない。
ボクはその言葉が本当かどうかなんてわからない。
いや、分かりたくない。
ユウが……ユウが人殺しなんてするハズがないんだ……。
いつも……あんなに元気だもん……。
そんな話、信じられるわけない……。
雑賀は目を瞑る。
(人殺しか……。だがそれは俺たちも同じ……。ヒスティマでは日常茶飯事。殺すものが悪いんじゃない。殺されるものが悪い。だが俺は直接的には殺したことはない。すべての捕獲と言う任務は受けてこなかった……。だがどうだ? 直接的にないにしろ、俺は……間接的には人を殺している……。ジーダスのあの儀式によって……部下を……)
雑賀は目を開け、外を見る。
そこは静まり返った夜中。
だがそれは……闇夜に包まれて、一生懸命照らしている光を塗りつぶしているようにも見えた……。
空は薄暗く見えていて、曇っていた。
「まぁこんな噂もあるっつぅ話だよ。俺も、お前の妹が人殺しなんてしてねぇって思いたいがな」
「ウチだって。なんとなく覚えてるんだけど、ユウちゃんはかなり元気のいい子でカナさんの子ってすぐわかるような子だったから人殺しなんてね~」
キリとマナがフォローをしてくれるけど話したのはキリだし……。
でも、ありがたい話だ。
そんな噂が流れていると教えてくれるキリはホントにいい人だと思う。
変に隠すのはやっぱりいけない事だと思うから……。
「そろそろご飯を食べましょう。冷めてしまうわ」
「ソウナさん……。そうですね。そうしましょう」
ボクは拭い切れない気持ちをなんとか隠し、居間に台所から料理を運んでくる。
その量はかなり多く、結局みんなで運んだのだが……。
「おぉ。これはおいしそうだな」
「じゃあさっそく……」
「はい。どうぞ。おいしく食べていただければ……」
味見をしてこれならイケると思ったので、味の方は大丈夫なはずだ。
ちなみに6割方ボクが作って、2割づつ、真陽とソウナが作った。
「ちょっと待って。あなた達。食べる前に言っておきたいことがあるの」
「ん? なんだ?」
キリが手を止め、ソウナに向くと他のみんなもソウナを見る。
それを見てからソウナが口を開いた。
「リク君の料理を食べるのは後にした方がいいわ」
「え?」
「なんでだ?」
ソウナの言葉の意味は、全くの分からずじまいだった。
「あの、ソウナさん。食事ですし、自由に……」
「いえ。これだけは守ってもらいたいの……。だって……」
ソウナは悔しそうにしている。
とりあえずボクの作った料理を教えるとみんなはそれを後回しにして食べ始めた。
どうしてボクの料理が後回しにされたのかは疑問に残るが……。
「お、これうまいな」
「ウチも食べてみよ~」
など、普通の食卓に戻り、みんなで話していたのだが、段々と無くなり、最後に残ったのはボクの料理だけ。
「で。これがリクの作った……ね」
「何かマズイ事がありますの? ソウナさん」
「…………(コクコク)」
ごくりと生唾を飲み込むと同時に疑問を浮かべるみんなに、ソウナは「食べてみれば……」としか言わなかった。
「では遠慮なく……はむ」
みんなで口に運んだのは野菜炒め。ただ材料が余ったので作った一品だ。
そして……変化はすぐに起こった。
「「「!?」」」
変化が起こったのは口に入れた瞬間だった。
目が開き、箸の先端はいまだに口の中に入っている。
その状態で固まり、ぎぎぎ……と言うような音がしないでもない感じにボクの方を向き……はじけた。
「う、うまいぞ!? なんだこれは!」
「これまで食べてきていたのと比べ物にならないほどだぞこれは!」
「これ、リクさんが作ったんですの!?」
「……リクちゃん料理の天才……」
「え? え?」
意味がわからずたじろぐ。
一体どうしたと言うのだろうか?
「俺もここまでうまい物は……」
「リクちゃん! これは僕にとっては十分五つ星だよ!?」
「料理に自信はありましたけど……これを食べさせられると自分の腕に自信が……」
「り、リクは料理をよくすんのか……?」
「えっと……あまりしませんよ? だっていつもは母さんやユウがやってくれますから」
意味がわからず慌てているとキリから質問が来たので素直に答えた。
「じ、じゃあ何か習いごとは?」
「う~ん。あれは習い事とは言わないかな」
それだけ言って満足したのか、みんなは一気に食が進んだ。
たちまち消えていく料理。
そんな中、マナが、
「これ、ウチの料理に似ているような気がするけど……でもリクちゃんの方が料理おいしい……」
と呟いていた。
ちなみにボクは母さんがよく友達の家に言っていた時に、偶然コック長さんと会い、料理を教えてくれたのだ。
今は母さんの友達の家って真陽の家の事だとわかった。
「ウチの料理人のコック長は五つ星持ってるのに……」
「えっとマナちゃん。多分ボクはそのコック長さんに料理を学んだと思う」
「え!? それなら納得かも……。コック長さん、リクちゃんに料理の腕負けたな~」
たちまち料理はすべて消えていって、テーブルの上は何も残らなくなってしまった。
「あ゛~。食った食った」
「キリさんは一番食べてましたね」
「ん? ああ。アーマメントは食欲も旺盛だからな。仕方ねぇンだよ」
へぇ。だからグレンさんも……。
今は何も無くなった居間でみんなして話してのんびりしている。
(それにしても食後に真陽さんが稽古付けるような事言ってたけど……まぁしょうがないよね)
仕事がある以上、こちらをすることはできない。
明日は休日らしいので大人たちは今日泊まっていくらしい。
レナと白夜とマナはさすがに帰ると言っていたが、キリも今日は泊まっていくと言っていた。
「リク君。食器の片付けはもういいかしら?」
「あ。はい。あとはコップだけですし……これはボクがやっておきますね?」
「お願いするわ」
まだコップは使うだろうし……。ボクはそのままキリとの話しに戻って言った。
そこで――ピーンポーン。
「? こんな時間になんだ?」
「今は……8時ですが……」
「少し出てくる」
雑賀は立ち上がり、玄関の方に向かって言った。
「誰なんだろ……?」
「さぁ?」
「だけどよぉ。こんな夜中に来るなんて、何か急ぎの用なのか?」
「う~ん」
一体誰が……と考えた瞬間だった。
――雑賀が飛ばされてきたのは。




