夜空の月
真陽と二人でいろんなことを話しながら雑賀の家に戻ると夜中なのに何やら騒がしかった。
母さんがいる時点で騒がしくない事などありえないのだが……。
しかしなぜさっきから服の種類ばかりの話が聞こえるのか……。
「このワンピースとかいいと思うんだよね~」
「こちらのミニスカートの方が……。そこにパーカーを着せるんです……」
「いや……。あえて定番のメイド服とかどうだ!?」
「チャイナ服もいいわね~♪ あ♪ リボンだけでもいいけど♪」
「リボンは服じゃねぇだろ。……ってかさっさと終わらせねぇと帰ってくるぞ? あいつら」
「キリ君の言う通りね。私も見てみたいと思うけど」
どういうこと?
真陽と顔だけ向き合って首を傾げる。
居間に入る前に息をひそめて扉を少し開けて中の様子を確認する。
……そこにはマナと妃鈴と雑賀と母さんがそれぞれ服を手に持ちながら(母さんはリボンを持ってたが)あーだこうだ言い合っている。
キリはため息をつきながら扉……つまりこちらの方を見て、言い合っている人たちを見て一言。
「俺、ちょっとコンビニ行っていろいろ(包帯やら痺れが治まる薬やら)買ってくるわ」
「? あぁ、そういうこと。じゃあ私もそうするわ。キリ君。一緒に行かせて」
そう言って立つとこちらに向かってきた二人。
ボクたちは扉から下がると、キリが扉を開けて、手で『一回外へ出ろ』の合図をすると僕たちはそのまま外に出る。
「聞きたいことがあるんなら今言え。コンビニ行きながらだけどな」
「えっと……じゃあ……」
真陽に向くと、彼女は頷く。
そしてキリに向き合って単刀直入に聞いた。
「何を話していたのです? 服がどうとか言っていましたが……」
その質問に、キリは何の遠慮もなく言った。
「おまえに着せる服を――」
聞くのはそれだけでよかった。
ボクはその場から全力で駈け出した。
「……キリ君が遠慮なく言ったおかげであの家で刃傷沙汰が起きるかもしれないわよ?」
「話を始めた奴らが悪い」
「ははは……。さすがカナちゃんだねぇ……」
家の前にきて、音や気配を感じさせずに居間の扉の前にくる。
その間、約0.1秒。
そしてボクは扉を蹴り破りながら――。
「何やってんですかあなたたちはあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
跳び膝蹴りを雑賀の顔面に――。
「ぐふぉうッ!」
盛大にブッ飛ぶ雑賀。
豪快に音を立てて頭の変な部分でもあたってしまったのだろうか?
意識を失っている。
それ以外は氷のように凍りついたマナ、妃鈴。
母さんはいつもどおりにニコニコしているがちょっとたじろいでいる色合いが見え隠れしている。
これは実の子じゃないとわからないぐらい微々たるものだ。
少しぐらいは弁解させてもいいかな(雑賀は問答無用)と思ったので、ニッコリとしながら聞いてみる。
「何をしていたんですか?」
「そ、それは……」
「わ、私にはさっぱり……」
「なんの事かしらね~♪」
言葉を詰まらせ、目をそらす一同。
母さんはあさっての方向にこそ向いていないものの、顔は、さっきよりも固まってきている。
「大丈夫です♪ 素直に言ってください♪ きっとスッキリしますよ? (意訳:こんのデバカメども。ただで終わらせると思うなよ?)」
「こ、怖い……さわやかな笑顔なはずなのに……ッ。そしてその言葉の意味がなんとなくわかるウチがいる……ッ!」
「こ、この状況では弁解の余地が……あ、ありませんね……。ち、ちなみに一番ヒートしていたのは……て、天童さんです……。(こ、これで私に対する何かが、少しでも柔らかくなるといいのですが……)」
「そう? 私はみんな生き生きしていたと思うわ♪ ソウナちゃんとキリちゃん以外♪ ソウナちゃんは呆れてたわね~♪ キリちゃんは恥ずかしがってたわね~♪ あ♪ 今度キリちゃん女の子にしてみようかな♪ 面白そうだわ♪」
「ちょっとカナさん!?」
「私の発言が水の泡になりましたね……」
と、口々に言う始末。
と・り・あ・え・ず……。
「正座」
「「「はい…………」」」
強制的に立ち直らせた雑賀も正座をさせて、お話(説教)を始めました。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ん……風が冷たい……」
深夜、ボクは不意に目を覚まし、なんとなく雑賀に与えられた自分の部屋からベランダに出た。
居間では妃鈴と雑賀と母さんが寝ている。
マナは真陽が連れて帰ったし、キリはお話(説教)をしていないのでそのまま帰って行った。
ソウナは多分、割り振られた自分の部屋にいるだろう。
あるいは、もう寝たのかもしれない。
「今日は……いろいろあったな……」
まず学校に編入。校長室で真陽と睨みあう。ルナと契約。教室での自己紹介の後の質問の嵐。昼の食堂。午後の授業中でのキリとの決闘。バッチの受け渡し。
放課後には街の案内。母さんとヒスティマで会う。ジーダスの裏を知る。真陽との決闘。四人にお話。
たった一日でここまで遭遇する人はいるのだろうか……?
母さんがルナとの契約と呪いについて悩んでいる事を気づかれて優しく包んでくれた。
どれほど嬉しかったことか。
ボクはなんとなく魔力を出すために集中する。
今では、魔力を感じとることができて、そしてコントロールをする事ができる。
どちらもまだ1日目なので少ししか出来ていないが、出来るのと出来ないのとでは大きく違う。
どのみち練習はするけどね。
戦闘時はルナがコントロールをしてくれるのでボクはとても助かっている。
だが逆に考えるとボクはルナがいなければコントロール出来ないと言うことだ。
これは重症である。学校に通い始めて1日目だから……という理由は関係ない。
むしろそんな考えは捨てなければならない。
さっきと考え矛盾してるけど、雑賀たちの足手まといにならないためにもコントロールするのは大事だってことだ。
「なんじゃリク。まだ起きておったのか?」
不意に声がする。
いつの間に出ていたのだろう、そこには月に輝く金の髪をもつ神の断片、ルナが屋根からボクを見下ろしていた。
なぜそこにいるかはさておき、ボクは笑って誤魔化すように言った。
「ちょっと夜風に当たりたくて……」
「む……そうであったか」
「ルナこそなにやってるの?」
「妾か? 妾は……少し月をみて昔を思い出そうとしていたのじゃ」
そう言いながらルナは空にある満月を見つめる。
満月は真陽と戦った時と同じ様に今も綺麗に輝いている。
雲など一つもなく、満月だけが空に浮かんでいる。
「綺麗……」
「うむ……。妾も見惚れる」
互いに感動の言葉だけを言い合う。
空に浮かんでいる満月は一点の曇りもなく悠々と浮かんでいるのだろう。
ボクはそれが羨ましくて、少し、目から光が流れ落ちる。
「リク? どうかしたのか?」
「う、ううん。なんでもない」
ルナが聞いてきたので慌ててボクは袖で涙を拭う。
気づかれてはいないようだった。
ルナはそのまま月に視線を移す。
「ねぇルナ」
「なんじゃ?」
「ボク……強くなれるかな?」
なんとなく聞く言葉。
「そうじゃのぅ……」
ルナは少し考える素振りをしてやがてこちらに跳んで降りてくる。
ボクの目の前に降り立ったルナは本当に綺麗で月のような輝きを持っていた。
「強くなるかどうかはリク次第じゃ。じゃが強くなりたいと願うなら妾も手伝うぞ?」
「うん。ありがとう……」
「ああ、今から……という意味じゃ」
「へ?」
ボクはルナの言葉に首をかしげる。
今? どういう――
「今さっき妾がリクの事に気づいたのは、リクが魔力を放出したからじゃ」
あ……。そういえばさっき練習しようかと思って……。
「じゃから、今からの練習でも妾は付き合うぞ? どうじゃ? 魔法を教えてくれるこうち? ししょう? ……師範はいたほうが良いじゃろう」
「何それ」
くすっとボクは自然と微笑んだ。
少し、ルナの心遣いに感謝をして、ボクは眠くなるまでルナとともに魔法の練習をした。
途中、なんとなくルナの方に目を向けていると、満月の灯りがルナを照らしていて、金色の髪が輝いていた……。




