一閃
「一撃で決める。正々堂々、真正面から」
ボクはその言葉に従い、刀を鞘に納める。
「? もうあきらめるのか?」
姿勢を低くする。
「……なるほどね……」
『ほう。主、できるのか?』
(見よう見まねってね。……でも、できる……。体がそのように動く。まるでこれが基本みたいに)
魔力が体全体にめぐるような感覚。
体が軽い。
いつも以上に速く走れる。
いつかの感覚。
よく覚えていなかったが今思い出した。
この軽い感覚は雑賀を飛ばしたときと同じ――ッ!!
一陣の風が吹く。
『これは!』
「身体強化魔法か……。にしても……さすがカナちゃんとあの人の間に生まれた子。魔力が尋常じゃないねぇ。先ほどよりもスピードがけた違いだ。魔法を覚えるのも速そうだ」
素直に感心する真陽。
その手にある黒剣が黒く、鈍く、輝いた。
ボクはそれを合図とし、走り出した。
風迅を纏う、その姿で――
ボクは抜刀からの居合切りを――
彼女はそのまま黒剣を――
振った――
キンッ
交差し数秒。
「~~~~!!」
ボクが声にならない悲鳴を上げて、悶絶する。
しかしそれは切られた痛みで無く、右手、右腕の激痛によるものだった。右手にはルナが握られていない。
交差した時になった音はルナを剣ではじかれたものである。
視線を左右にふると左の方からルナが走ってきているのがわかる。
そこまで激痛になるか? とお思いだろう。
理由は簡単。速さによる影響だった。
大まかにすると、刀というものは速さを主とし、切り裂くための武器。
剣というものは重さを主とし、壊すための武器。
刀にさらに、速さを合わせればさらに迅くなり、痛覚を感じさせない武器となるが、そこに達するには切れ味が必要になってくる。
じゃなければ焼き切ることとなる。
それでも十分だろう。
だが刃こぼれしやすい。
それだけでなく、握力が持たなくて落とす事があるし、握力が持っても、持っている手にかなりの激痛が襲うこととなる。
そこで剣に合わせるとどうなるだろうか?
重さと速さが合わさり、すべてを粉砕する武器となる。
もちろんそこには剣の強度が欲しいわけである。
剣はどのみち、壊すという目的は変わらないが、速さが加わると段違いになる。
剣を持つ者は基本、握力がそれなりに必要だ。
どのみち、二つとも握力は必要だが、その基準が違うのだ。
この二つがぶつかり合うと、刀が剣を切り裂くための切れ味があれば刀が勝つが、それ以外ならば刀が飛ぶ。剣がしっかり作られていれば。
刀は剣よりかなり軽く作られているのだ。
よって、剣の速さと重さが合わさり刀を飛ばした後の残った力の威力がボクの腕にまで這いあがってきたのだ。
「主!! 大丈夫か!?」
焦るルナを抑えながらぎこちない笑みを返す。
「う、うん……なんとか……ね」
「そ、そうか……」
ルナは安心したようでホッと胸をなでおろす。
痛みもそろそろ引いてきたし、真陽の方を向くと、彼女は――
「まさか抜刀術がここまでとは……油断したねぇ」
場所こそ移動していないものの、左腕からは、血が流れ出てきている。
「だ、大丈夫ですか!? 真陽さん!」
「んん? あぁ。大丈夫だよぉ。これくらい。〈エナジードレイン〉」
彼女が魔法を使うと、周りの空気が彼女に吸い込まれるようにして消えて行き、彼女の左腕の血がすっかり元通りになっていた。
「すごい……」
ただ、感心するだけでしかなかった。
世の中、いろんな魔法があるんだね……。
「ふむ。魔属性特有の吸収魔法か」
ルナが、興味深そうに見ている。
「魔属性?」
ボクは聞いたことのない単語が出てきたので聞いた。
火、水、氷、土、風、颯、電、炎、海、大地、嵐、雷、光、闇は、知ってる属性。
こうしてみると属性だけでいろいろあるね……。
その上でさらにルナが魔属性といったので気になったのだ。
「魔属性とはのぅ。……の前に、陰属性は知っておるか?」
「知らないです」
陰属性?
また新たな属性が……。
「ふむ……。知らんかったか。陰属性とは闇属性の上位属性じゃ。そしてその上……つまり闇系統の最終属性が魔属性じゃ」
なるほどね……。
闇系統は一つまでだと思っていた。
だれも教えてくれなかったし……。
ちゃんと三つあるんだね。
ということは……。
光属性もちゃんと三つあるのかな?
「さて……今日はここまでにしておくかねぇ」
「え? でも僕はまだ動けます」
困った顔で、真陽は首を振る。
「私が動けないのだよぅ」
「え? さっきの魔法で治ったんじゃ……」
「それは違うぞ主」
ルナの方に向くと説明してくれた。
「魔法……すなわち魔力を断ち切ったことにより、回復魔法の影響が受けにくくなっておるのじゃ。それだけでなく、魔力経路も断ち切っておるからのぅ。よって外傷は治ったものの、内側はいまだに治っておるまい。そうであろ?」
「よくわかってるじゃないかぁ。さっきから左腕が動かないんだよねぇ。魔力も流れる感じがしないしぃ。これ……治るのかぃ?」
「当たり前じゃ。自然治癒能力が備わっておるじゃろ。そのうち治る」
ルナの言葉を気楽に受け止めながらもう一つの理由を言った。
「それにぃ。特訓の内容を考えなきゃねぇ」
考えて無かったんですか!?
……にしても結局真陽をほんの少しも動かせなかった。
ボクはその事に落ち込んだ。
魔法を使うということをまだ実感できていなかったが、それでも少しも動かせなかったことには普通にショックだった。
それを察してくれたのか、真陽が慰めてくれた。
「落ち込むんじゃないよぅ。なぜなら自分で言うのもなんだけどぉ、私は英名持ちなんだからさぁ。むしろ自慢してほしいねぇ。この私に一太刀浴びせたんだからねぇ。じゃないと私の面が丸潰れだよぉ」
「あ、ありがとうございます。真陽さん。少し元気になりました」
礼を言ってやっとのことで立ち上がる。
「いいよぉ。明日。ちゃんと学校に来るんだよぉ?」
「はい!」
気合の入った言葉で返した。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「魔法を知ってから二日目の夜。リクはもうあそこまで戦えるんだ……」
どこの誰に、話しているとも知れない男。
白銀が光に照らされ灼銀の髪に。そして瞳は灼眼。
黒のジーンズに、上はコートを羽織っていて、下の服がどんな服かわからない。
コートは膝下まであって、その背には、背丈以上の異様な模様の書かれている大剣を背負っている。
男が居る場所は、リク達が戦っていた場所のフィールド外の空中。
おそらく魔法で虚空にとどまっているのだろう。
そしてそのまわりにも強力な認識阻害魔法が使われていて誰も気づく様子が無い。真陽でさえも……。
男は真陽が作った認識阻害魔法を見破っていて、中をしっかり確認していた。
その上での発言だった……。
「にしても……。真陽も強くなったね……。昔に比べると」
すると、一振りの大剣が、その異様な模様に沿って、赤く輝く。
『ねぇ、マスター。なぜ雪を早くとかしたの? 真陽とリクの戦いを邪魔しちゃいけないと思うの』
「別にいいでしょ? 俺の勝手。ただの気まぐれ。お遊び。にしても……気まぐれやお遊びはホントにいい言葉だよ……」
男は空を見上げる。
そして、そこの空間に話しかける。
「そうだろ? 自由な白銀」
そこには【自由な白銀】こと赤砂カナが男と同じように虚空の空間に浮いていた。
「ばれてたか~。……【終焉を知らせる者】」
終焉を知らせる者……。
英名の中で一、二を争う強さ。
カナを自由の象徴とするなら、彼は、二つ名でも使われているラグナロクを意味するように、炎と死の象徴。
「リク……。大事に育ったね。大切に、それでいて暇が無いように……。楽しい生活だった?」
「……ええ。でも……」
カナは顔を伏せる。
何かを言いたそうにしているが、その言葉を飲み込む。
「これからが怖い? 命をかける世界で生きて行くから?」
「…………」
答えないカナ。
その代わりに首を横に振っている。
否定の意味だろう。
俺の質問には答えなくてもいいと思われる。
その生活から、きっとこちらで生きていける必要最低限の知力を得ているだろう。
だが、いつもの笑顔の顔だがどこか戸惑っているような表情が見え隠れしている。
「ねぇ……もど――」
「行かなきゃ」
「え?」
言葉をさえぎるようにして言う。
そしてカナに背を向く。
そのまま……歩き出す。
「これから空中散歩に出かけなきゃいけないから……」
「……う…………ん……」
納得できていない表情に変わるカナ。
男はそのことをわかっていたのだろうか?
そのまま歩き出して行った。
……振り返らないまま。
『いいの? マスター。空中散歩って言ってもまだ休憩中なはずなの。それに今さっきの言葉は少しおかしいと思うの。だって本当は彼女に――』
「いい。俺は……久しぶりに見たかっただけ。昔の戦友と母とその子を……」
『おかしいということに対しては無視なの……? それでも、見たかっただけじゃなくてちゃんと話したらよかったの。久々の再開なの』
「いいでしょ? まだ……優しい時間に留まってはいけないのだから」
『相変わらず仕事バカなの……』
「そこは仕事熱心といってくれよ」
『いいや。ただのバカなの。少しは止まり木に止まることをオススメするの』
はたから見れば電波系? と思えるような会話をしながら、異様な模様のついた大剣を背負っている男の姿は闇の中に消えた……。
「まったく……。本当、いつまでも何やってんのよ……ラグナロク」
カナは、消えた彼のいた空間をしばらく見て、カナも同じようにその場から消えた……。




