一匹狼
「あ! もう時間! 一回帰って先生に報告しよ~」
「うん。わかった……けど……」
元凶の膝にいる可愛らしい神の断片がいる。
いまだに寝ているルナの顔がよく見える。
仕方ないので揺すって起こす。
「ルナ。そろそろ起きて」
「スースー」
う……起きない。
いや、むしろ起こしたくない!
プニプニと頬をつつく。その隣で、
「く! リクちゃんの膝枕とか羨まし……膝痛そうだから早く起こそうか!」
なんかいまマナちゃんの言葉から変な単語が聞こえてきた気が……。
「ほらルナ! お・き・な・さ・い~!」
ルナをボクが揺すっていたよりも早く動かすマナ。
ボクの膝の上で揺すっているのでとっっっっっっても痛いです。ここは我慢……だよね。
しばらく揺すっているとルナが目をパチリとあける。
「あ。やっと起きた~。もう授業終わってるから一回還ってくれないかな? 先生に報告しに行きたいし」
マナの言うことなどまるで聞いていないかのように立ち上がり、森がある正反対を眺める。
「あの……聞いていますか?」
「一つの……」
「?」
「一つの……敵意が近づいてくる……」
「「え?」」
敵意? それって……何の?
「どういうこと?」
起きて一言目がこの言葉とは……世の中物騒になりましたね。
などと言っている場合ではないな……。
ルナと同じ方角を見る。すると……。
「よう! さっきぶりだなぁ! クハハッ!」
見ていた方角に桜花魔法学校の制服を着た黒髪黒瞳の男の人、【一匹狼】仙道桐が声を上げてここまで聞こえるように言ってきた。
まだ遠く、小さく見えるだけだが。
「一時限かけてようやく見つけたぜ! 天童リク!」
なんだろう?
ボクに何か用なのかな?
それよりもボクはさっきの彼より今のほうが言葉遣いが汚くなっている事に気がついた。
でも嬉々としているところからこちらが本性なのだろう。
「リクちゃん……」
「?」
話しかけてくるマナの声は真剣そのものになっていた。
「逃げよう。あいつ、戦う気だ。幸い後ろは森の中。いくらあいつでも森の中では簡単に見つけられるはずがない」
「え? 戦うって……いいの? 学校は認めているのですか?」
「午後の授業中だけ認められている」
授業中だけ認められているって……それでいいのかな? 学校側は……。
「でも授業は終わって――」
「まだ一時限残ってる! だからチャイムが鳴る前にここから――」
キーンコーンカーンコーン
空気の読まないチャイムが学校中に鳴り響いた。
「「!?」」
「時間切れだ。残念だったなぁ篠桜マナ」
チャイムが鳴ると同時に、僕ら三人(一人、神の断片だけど)の前に立っていた桐。
さっきの風貌とは打って変わって、肩まで覆われている光、足の膝までにも同じように光で覆われている。
しかし、それはバチバチと鳴っていて雷だと知らされる。
「さぁ、殺り合おうか天童リク!!」
「そのまえに!」
「あ?」
彼を声で止める。
「なんかあんのか? そんやぁ精霊を出してなかったなぁ。待っててやんよ。さっさと出しな。逃げようとしたらわかってるよな?」
「いえ。精霊はもう出してます」
「ほぅ……じゃあいいな。もう殺り合っても」
「なぜボクを狙うのですか? 意図が全く読めません」
「あ? 一度戦いたかったからだよ。入学して二ヶ月しかたってねぇのに転入してきた謎の女とよぉ」
む……今の言葉にはカチンと来ましたよ? 特に最後。
ボクだって好きできたわけじゃないし、できれば一生関わりたくなかったですよ。
なんで女にならなきゃいけないんだよ。ホントに嫌でしたね。
第一、女にならなくても別にいじゃないですか。
だって見つからないようにするなら別に隠れればいいことだし……。
女になるなんて論外ですね。
ボクがいくら普段から女の子に見えるって言われてもボクはれっきとした男ですよ?
お・と・こ・の・こなんです!!
なのに……なのに……!
決めた。
今日帰ったら雑賀をボコそう。
それこそあのムカつく顔をゆがませるくらいまで……。
ボクの内にまたひとつ、雑賀にとっては理不尽な決心が生まれた。
狼を目の前で無視したまま……。
決心がついたので目の前の狼に意識を戻した。
「まぁぶっちゃけ戦えればそれでいいんだよ。だから戦え」
そこぶっちゃけちゃダメでしょ……。
桐と話しているとマナが桐との間に割り込んできて、立ちはだかった。
「リクちゃんは下がってて。ウチがやる」
「え? でも……彼、一年では一番強いんじゃ……? 大丈夫なの?」
「正直きついし逃げたいけどリクちゃんが先生のところに行くまでの時間ぐらい稼ぐよ」
「あぁ? 邪魔だ篠桜マナ。おまえは俺に負けてるだろうが。俺は自分より強い奴か、初めて見る奴としか戦わねぇんだよ。消え失せろ」
「え?」
マナの目の前に立った桐。と思った瞬間マナが桐に殴られ、盛大に吹っ飛ぶ。
「マナちゃん!?」
「おら。篠桜マナに近づこうとしてみろよ。どうなるかは明白だと思うけどよぉ」
「――ッ!」
雷の拳を見せるように少しづつ近づいてくる。と、またもや間に影が映る。
「今度は誰だ? 見たこともねぇ奴だな」
「主をむやみに傷つけるのはやめてもらおうかの」
「はぁ? 主?」
困惑する桐。
それもそうだろう。
いきなり間に入ってきてこんなことを言うのだ。
それに神の断片。一般の魔法使いは知らない。
そんなことはどうでもいいか。とりあえずこの人はぶっ飛ばすと、沸々と出てきた感情の怒りをあらわにする。
「ルナ。形状を変化させて。……マナを……友達を何の理由もなしに傷つけるのは許さない!!」
「うむ。同意じゃ。妾もこのような者は好かぬ。――χαρι――」
今なんて言ったのか気になったが今は無視する。
ルナが光に包まれ、ボクの手の内で刀になる。
あの中で見た通りの形。打刀。抜刀術ができる、一番速い武器。
「はぁ!? 精霊使いが接近戦だと!?」
彼の合間に入る。体の思うままに刀を振るい――たかったが彼が血まみれで倒れている姿は見たくないので鞘が付いているまま彼の腹に叩き込む。
「グフッ! ――ッ! いってえな!」
拳を振るった。
ボクはまるで読んでいたかのようにかわしてその先で今度は彼の肩を思いの限りに叩き込む。
「チッ!」
あたったと思ったら――ガキィッ。
などとまるでとても堅い物でも殴ったかのような音がした。
「うわっ!」
『リク、一旦離れよ』
「う、うん」
素早く後方に下がる。
(ってルナ!? 話せるの!?)
『当たり前じゃ。いくら刀になったとて妾は意思がある。できる限りのサポートはしよう』
(ありがと)
ルナとの会話をしている最中も激しく雷を纏った拳で襲ってくる桐。
ボクはその速さに若干感心しながら冷静に対処していた。
右から来る拳をしゃがんで避け、続けてくる左足の足払いをジャンプして避ける。
追撃でくる拳を刀を使って彼の頭を叩き、押して乗り越えて回避。
(なんでだろ……どうしてボクはここまで動ける?)
どんな原理で体が動いているか分からなかったが、今はこの直感を信じて彼を叩くために動いた。
そしてボクは、しばらく戦っていてわかったことがある。
肩や腕や脚、つまり雷で覆われているところはとても堅い音が鳴る。
つまり魔力で強度を強化しているものだとわかった。
ルナに刀で切りつけても致命傷は与えないかな? と聞くと、
『場所にもよるな……仙道桐とかいう小僧の手首や脇、足の付け根や股など、そこ以外ならば大丈夫であろう。妾の刀は魔法を切り裂きながら肉体も切ることができるので血は出ると思われるが致命傷にはならぬだろう』
最低でも血は出るんですね。
そして魔法を切り裂くってさりげなくすごくないですか?
でも死なないなら大丈夫か……。
血を見るぐらいなんだってんだ。
――あいつはマナを傷つけたんだ。
『やるなら妾の言う通りにするとよい。早い段階で決着がつくぞ?』
(それはとてもありがたいかな。内容は?)
ルナが説明をしている最中も攻撃の手は緩めない桐。
「おらおらどうした!! その程度か!? あぁ!?」
挑発ですか? ごめんね。
ボクってそういうのにはあんまりのらないんだ。元々ボクって冷静なタイプだしね。
そして負けフラグですね。お疲れ様です。
その時にルナの話が終わる。
『できるか?』
(たぶんできると思う)
二つに意識を向けていたためルナの話も聞いていた僕は内容からしてできると判断する。
『ならばやって見せよ。最後の魔法は妾が直接、リクの頭に図式として送ろう。――χαρι――』
またあの不思議な言葉が聞こえると頭の中に魔法陣のようなものが浮かび、それが何なのか理解した。
(いける!!)
ボクは彼の攻撃を避けた後、空中に跳躍する。
「〈スノウ〉」
ボクはそこで魔法を使う。氷魔法の基本中の基本である魔法。
雪を降らせるだけの魔法だ。
どうやらボク自身は雪魔法が得意らしいこともルナから聞いていた。
だけどそれだけじゃないとも言っていた。
ボクは桐から離れた場所に着地する。
「けっ! どんな魔法を使うと思ったら〈スノウ〉かよ! そんな魔法じゃ俺は殺せねぇぜ!?」
もちろんそんなことわかっている。季節は夏だし。
凍えさせることもできないだろう。でも、水を作ることはできる!
「この雪はあなたを倒すための布石」
「ほう……そいつはやべぇな。気をつけなきゃいけねぇなぁ。だがな!! 〈雷迅〉!!」
一瞬彼の体がきらめくと彼は――
「させる前に殺っちまえばいいじゃねぇか!!」
ボクの後ろにいた。
「な!」
「これが俺のトップスピードだ! 覚えておけ!! 〈雷剛拳〉!」
雷の鉄槌のように感じられる、痺れる感覚と鈍痛が叩き込まれた。




