呪い
仕方ない。その間にルナと話して詳しく聞こうか。いろいろと。
「ねぇルナ」
「うむ。なんでも聞いてみよ。答えられるものなら全て答えよう」
いまだに横になって目を瞑っているルナがボクの質問を予測していたかのように返してきた。
ならこちらも遠慮なく質問させてもらおう。
「うん。まず、なぜ神ではなくその断片なの? 契約した時は神だって……」
「簡単じゃ。人間が神の力に耐えきれぬからじゃ。馴れて、神の断片から神そのものが呼び出せるようにならねば神自身は呼び出せぬ。じゃが、神の力の消耗を最小限に抑えるためと言うこともあるし、何より、神自身を呼び出すのはじ諸刃の剣じゃ」
ん? つまり他の神もいるということか。
どんなのがいるんだろ?
ツクヨミとかアポロンとかセレネとかポセイドンとかハデスとかヒュプノスとかいるのだろうか?
「じゃあルナの属性は?」
「……光じゃ。それより一番聞きたいことがあるのではないか?」
属性の事を隠すような感じに言っていたので聞きたかったがあまり振られたくないことのようだ。
なら一番聞きたかった事を聞こうか。単刀直入ではあれかなと思ったので最初は伏せておいたこの質問。
内容は――
「代々、蝕んできたってどういうこと?」
彼女が契約をする際に言っていたこの言葉だ。
神がどうして一つの一族を蝕むのかきになった。できればその内容も知りたい。
僕がなにか関係しているのは確かだから。
「そのままの意味じゃ。蝕む……つまり、主の一族に呪いがかかっているからじゃ」
「呪い……それはつまり……」
「生死に関係しているということじゃ」
生死……か。そんな気はしていたが。
「じゃあ、どうすれば解くことができるの?」
「なに?」
訝しげに聞いてきた。何か変なこといったかな?
「だから解き方を知っているかな~と……」
「本気で言っておるのか?」
再度確認してきた。顔を覗き込むように。
「あたりまえだよ。だってボク死にたくないもん。ま、誰だって同じだろうけど。だから聞くの」
「たしかに死にたくはないじゃろう。しかしこれまで誰もが解こうと必死に探してきたが妾に聞こうとしたのはたったの一人もおらぬぞ? 呪いの説明はしてやったが……」
「じゃあ説明よろしく~。十五文字以内で」
「18歳になったら妾が主を喰らう」
うわぁお……。ホントに十五文字以内で言った……もうちょっと長くなると思いましたよ。
「なんで18歳?」
「人間は大概、18歳で自立するからじゃ」
「ふ~ん。そう。これで説明は終わりだね。それじゃあ一緒に解き方さがそっか」
笑いかけながらそうルナに言う。ルナはそれがとても意外だったようで、盛大に驚く。
「な!? 妾と!? お主説明を聞いておったか!? 妾がそなたを喰らうのじゃぞ!?」
「もちろん聞いていましたとも。でもルナが原因じゃないような気がする。直感だけど」
「妾が原因じゃない……じゃと……? 理由を……直感じゃったな……どうしてじゃ?」
「だってルナ悪い人(?)じゃなさそうだもん」
「それだけか? それだけなの……か? バカじゃ! 主はバカじゃ!!」
「ははは……バカって……」
顔を隠すように下を向いたルナ。
直感の理由以外ももちろんある。それはかけられている呪いをそんなに知らなそうだから。
自分でかけたならここまで表情豊かにするだろうか? そういう演技をしていたなら信用した僕はこの時点でアウトだろう。
だからちょっとは賭けをしているが……。
でもボクの直感はそれなりに当たるから大丈夫と念を押す。
これはボクと……これから生まれてくる僕の一族の命がかかっているならなおさら。
だから、ルナを信頼し、信頼してもらう必要がある。
そのほうが戦える。ルナにサポートをしてもらうつもりだしね。ボクは戦い方しらないし。
「ルナ。一緒に戦おう。長年。そう……ボクが大人になっても、18歳以上になっても」
ルナが驚いた顔でこちらを見る。
「わ、妾と……? 妾は……そなたらの一族を呪い殺してきたのじゃぞ? 妾は人殺しなのじゃぞ? リクの……人生をめちゃくちゃにした張本人じゃぞ?」
一滴の雫が金色の瞳から流れ落ちる。
「ううん。ボクの人生は自分で決めているんだ。ルナが呪いでボクの人生をおかしくさせた訳じゃない。そしてボクは呪いなどに屈しはしない。乗り越える。ボクのため、友達のため、家族のため……なにより、ルナのために。この理不尽な呪いから、ルナを解き放つために」
「わ……妾のため……?」
「うん! 心優しいルナのため」
確信した。ルナは悪い人じゃない。ルナは寂しかったんだ。
これまで呪いの事を言って憎まれてきたんだ。さけずまれてきたんだ。
だったらボクが変える。解いてやる。喰らうと言っても涙を流しながら喰らったんだろう。
そんな彼女をボクは見たくない。そしてボク自身も彼女に未来を……希望があることを見せてあげたい。
「う……うぅ……」
顔を隠して嗚咽を漏らすルナ。
ボクはなんとなく彼女の隣に座って優しく、ルナを抱き寄せた。いつも母さんがボクにするように……。
それを合図にしたようにボクの腕の中でルナは子供のように泣き崩れた。
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さて……そろそろマナが起きるかな?
泣き崩れたルナは、今はボクの膝を枕としてスヤスヤと眠っている。
こうしてみるとただの小さな女の子にしか見えない。
どこにこれまで溜めていた想いを入れていたんだろう?
「は!? ウチはいったい……?」
「あ! おはよ。ビックリしたよ。いきなり立ったまま気絶するんだもん。もう大丈夫?」
「はえ? ……なんでウチ気絶してたの?」
「ルナが本当に精霊かどうかを質問していたでしょ」
「そっか! たしか……神とか言ってた! どゆこと?」
「し。今ルナ寝てるから大きな声出さないで」
唇の前で人差し指をたてる。
「ご、ごめん……」
声の音量を落とすマナ。
ルナは……と、大丈夫みたいだね。
いまだにスヤスヤと膝の上で寝ている。その頬はなんとなくつついてみる。
かなり柔らかいです。癖になりそう……。
「で、具体的に説明してほしいんだけど~……さすがに起こす気にはなれないからリクちゃん、説明出来たら説明してくれないかな~?」
「えっと……複雑な理由だからあんまり……」
「そっか……。まぁウチはそんなに考えるほうじゃないから、複雑な理由とかはいいや」
後ろを向いて腕を頭の後ろで組む。
するとマナは、あ! と思いついたかのようにこちらを向くと――
「ウチの精霊も見せてあげるね~」
と言って呪文を唱えはじめた。そして手を左右に広げる。
その際に事前に聞いていた魔力解放が行われる。熱風が吹きぬけた。
「我が名はマナ。我の声に気づいたならば、その姿。具現化し、我が前にいでよ。〝ファイアーバード〟」
彼女から火の粉が散った。
その火の粉が彼女からちょっと離れた場所に移動し、ひとりでに出続けている。
ずっと凝視していたら急に鳥のようなものが何もない空間から現れた。
「うわ! ……ビックリした~。鳥?」
しかし、それは鳥の形をしているが全身が炎に包まれているため体があるように見えない。
「そう。これがウチの精霊~。ファイアーバード。精霊は普通相手には姿が見えることは無いんだよ~。炎属性の精霊ならばリクちゃんが見えているように炎に包まれているはずなの。水属性なら水で包まれているんだよ~」
なるほど。
だから精霊は相手には見えないんだ。
納得。
「そして何より、精霊使いで魔法が強い理由は精霊を操るから。だから魔法だけ強いんだけど……。くれぐれも自分から戦うような真似はよしてね?」
「でもそうすると召喚と被るんじゃないの?」
チッチッチと指を前で左右に振って否定する。
「召喚は一度呼び出した後はその召喚した人外は自分の意思、もしくは主人の命令で勝手に動いてくれるの」
なるほど。そういうことか。
この微妙な違いがあるからわかれているのか。
そういえば召喚した人外は倒されると召喚した本人にフィードバックするって言ってたな。
精霊使いはそんなのなさそうだ。
他の人からすれば実体がないからまず当てることができないんだって。
「でね? この鳥はかの有名な不死鳥〝フェニックス〟に最も近い存在なんだよ~」
「日本語訳すると火の鳥だから?」
それしか思えませんでした。
「う……名前は関係ないと思う……」
「じゃあなんで?」
「そ、それは……」
口ごもる。ほんとは知らないんじゃないかなと思い始める。
「おばあちゃんが言ってたから……」
なるほど。真陽なら知ってそう。
それに真陽の孫だからそれくらいの精霊は使役できそうだしねと一人で納得する。
「マナちゃんって真陽さんのこと好きなんだね~」
「うん! だってたった一人の家族だもん~」
「え!? 一人!? ……えっと……ごめん」
気を悪くしたかな?
ボクが無神経なばかりに……。
「え? なんでリクちゃん謝るの?」
「だって……たった一人の家族って……」
そういうことなのだろう。
親は……その……亡くなっている……みたいな。
「あ! まさかおばあちゃんしか生きていないって思ってる?」
コクコクと頷く。
「心配ないよ~。ちゃんと向こうの世界では元気に生きているから。この世界ではたった一人って意味だよ~」
なんだ。そういうことか。よかった……。
キーンコーンカーンコーン
そこで、午後最初の授業の終わるチャイムがなった。




